遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep84「混戦終了、美麗のマフィアと蛟の眼」

陽も落ちてきた夕暮れ前。

 

もうすぐタイムリミットとなる【決島】でも、最後の追い込みにかかったように…コレまで以上の戦いの声が、島中のあちらこちらで叫ばれていた。

 

開始時に200人も居た選手達は、現在では決闘市側『37名』、デュエリア側『38名』となっており…

 

―リアル・ダメージルールも相まって、終盤となって既に失格者は『125名』。

 

1日中デュエルを続けるというその過酷さは言うに及ばず。この学生達の激闘は、決闘市とデュエリアの全学生の『頂点』に立つ事の難しさをこれ以上ないくらいにTVの前の者達へと見せ付けていたことだろう。

 

…現在の順位は、イースト校2年の天宮寺 鷹矢が『75戦全勝』と、序盤からトップをキープしたまま走り続けている。

 

その下には決闘学園デュエリア校、デュエルランキング第1位の、『ギャンブラー』と呼ばれるリョウ・サエグサが『69戦全勝』で続き…

 

そして第3位には、まさかの『Ex適正』の無いイースト校2年の天城 遊良が『62戦全勝』と続いていて。

 

 

…それは昨年度の遊良の躍進を知らぬ、決闘市以外の世界中の大多数の人間達からしたら信じられない現実の光景。

 

まさか『Ex適正』の無い天城 遊良が。【決島】の代表に選ばれたのが不思議だと思っていた天城 遊良が。すぐに無様を晒して『全敗』すると思われていた天城 遊良が。

 

 

―よもやここまで『全勝』を貫き、明日の決勝に王手をかけているだなんて。

 

 

その下にも『全勝』している者があと1名いるものの、決闘市以外の遊良の力を未だ信じきれていないであろう世界中の者達からすれば…いくら前【紫魔】の甥であったとは言え、Ex適正の無い天城 遊良がこれ程までに快進撃を続けるだなんて心の底から驚いているに違いないことだろう。

 

 

…この長い長い【決島】の予選で『全勝』を貫いてきたのはその4名だけ。

 

 

この終盤において、ここまで『全勝』を守ってきた者達はケチのつけようのない紛れも無い強者と言うこと。決闘市とデュエリアという世界の中でも有数のデュエル大都市の、その中でも勝ち残ったトップクラスのデュエリストの証であり…

 

故に…明日の『決勝』へと進む者達は、確実にその『全勝』の者達の中から現れるであろう。

 

それは最早、【決島】の外から祭典を楽しんでいる見えない観客達の共通認識とも言え、誰もがもうすぐ終了となる【決島】の予選に心躍らせながらその時を待っているのだ。

 

 

…しかし、彼等とてまだまだ油断は出来ない。

 

 

そう、5位以下では『1敗』の者達が数名おり、その者達もまだまだ上位陣を食ってかかろうと、終了となるその時まで虎視眈々とその牙を潜めているのだ。

 

既に半数以上の学生が脱落し、『失格』となった現在においても。全勝者以外でもまだ戦いを続けられている者達は、各校の洗練された猛者ばかり。

 

 

ソレ故…

 

 

タイムリミット、その最後の最後の瞬間まで、誰が勝ち残るのかはまだ誰にもわからず。最後の最後まで、誰もが明日の決勝を目指して次なる敵を求め島中を駆け巡り続けるのか。

 

 

 

―そんな、終了間際になっても未だ戦い収まらぬ【決島】…

 

 

 

その、少々薄暗くなり始めた森の中で…

 

 

 

「…フゥ…ちょっと疲れたネ。」

 

 

 

たった今一つの戦いを終えたであろう、1人の少女が居た。

 

…それはおよそ高等部の学生とは思えない程に育っている豊満な肉体を、体のラインを強調させる真っ赤な中華風のドレスで着飾った女生徒。

 

その金色の龍と鳳凰が刻印されたドレスのスリットから除く太股が、なんとも異性の劣情を煽るであろう…自らの武器をこの歳で熟知しているような、妖艶な色気を醸し出している…

 

 

―決闘学園デュエリア校3年、(ワン) ミレイ

 

 

猛者が集まるデュエリア校の、トップクラスのデュエリスト。

 

その妖艶な見た目とは裏腹に、あまりに慈悲無きそのデュエルから…『マフィア』と呼ばれ恐れられている、正真正銘の強者の1人。

 

…まぁ、彼女の父は黒社会の中でもとりわけ凶悪な噂の耐えない『樹龍会』という組織のボスなのだから、その『異名』も形容ではなくホンモノなのだが。

 

ともかく、そんな確かな強者であるはずの少女はたった今倒して気絶し『失格』となった決闘市の男子生徒を見下ろしながら…とても残念そうな声と共に一つ、その艶やかな唇から熱く濡れた溜息を吐き始めた。

 

 

 

「ハァ…コイツも天城 遊良じゃなかたネ。もう時間無いのニ…」

 

 

 

その艶やかな唇から、確かにイースト校2年の天城 遊良の名を零しながら。吐息一つ、身じろぎ一つ取っても、その一つ一つの動作から限りない色気を醸し出しながら艶かしく悩める様子を見せる王 ミレイ。

 

…それは経験の少ない男ならば、我を忘れて襲い掛かってしまうのではないかと思える程の美しい所作。

 

誰も見ていない、誰にも見られていないこんな森の中だというのに…一つの動作がこれほどの色気を滲ませているのは紛れも無く、彼女の色気が無意識の動作にまで染み付いているが故のモノなのだろう。

 

しかしその焦りと共に零された言葉は間違いなく、『全勝者』…その中でも取り分け、天城 遊良を探しているという、個人に焦点を当てているが故の焦りであり…

 

 

…とは言え、こんな美女がこれ程までに焦りを魅せているのにも理由がある。

 

 

 

「天宮寺とはもうヤたからデキないシ…リョウとはヤりたくないシ…早く見つけないと予選終わっちゃうネ…」

 

 

 

そう。色気に溢れた吐息を漏らす、慈悲なき『マフィア』と呼ばれるこの王 ミレイも、現在の成績は『65戦64勝1敗』という現在5位タイの順位。

 

それは中盤でのこと…デュエリア校の猛者にふさわしく、それまで全勝を保っていたと言うのに…現在トップを走るイースト校2年、天宮寺 鷹矢と対戦して敗北してしまい、『1敗』となってしまったのだ。

 

それ故、彼女が明日の決勝へと進む為には『全勝者』を1人でも倒すしか道はないという焦りから、『全勝者』の中でもとりわけ勝てる確率が高いであろう天城 遊良を探しているのだろう。

 

極上の色気を孕んでいるその艶かしい所作で、悩める様子を隠そうともせず。熱く濡れた吐息から、1人の男の名を呟くその姿はとても高等部の学生とは思えぬ…そう、少女とは思えぬ、女性特有の麗しさであって。

 

 

そして…

 

 

時間的にあと1戦、もしくは2戦すればタイムリミットとなってしまうであろう、予選終了が目に見えて近づいてきた…

 

 

 

―その時だった

 

 

 

「来い!【D-HERO Bloo-D】!」

 

 

 

考え事をしていたミレイの耳に、突如として近くで行われていたデュエルの声が聞こえてきて。

 

 

 

「Bloo-Dッ!?…【紫魔】のカード…ソレ確か始また時に…」

 

 

 

そして近くで叫ばれたそのモンスターの名を確かに耳にして、ミレイは確かに心臓が跳ね上がる感触を感じたのか。

 

聞こえたその名は紛れも無く、前【紫魔】の扱っていたエースの名であり…そして【決島】が始まったばかりの時に、何やら実況が騒がしく叫んでいたことを連動的にミレイは思い出し始める。

 

そう、元とはいえ【王者】のカードであった運命の英雄…

 

他の誰にも扱う事など出来ないはずのソレを、召喚出来る者など…この【決島】においては、たった一人しか存在しない。

 

 

だからこそ…声の聞こえた方向へと、駆け出し始める王 ミレイ。

 

 

木々の壁の間をすり抜けるように、そのしなやかな脚で森を駆け…逸る心臓の鼓動と、迫る予選のタイムリミットに追われながら、声の聞こえる方向へと一目散に足を向かわせる。

 

…それはもう決勝への進出が絶望的かと思われた矢先に幸運にも飛び込んできた、最初で最後の最大のチャンス。

 

明日の決勝へと進む為に、ここで目下の標的だった1人の男がこんな近くに居たことに対する高揚と…そして後1戦しか出来ないであろうこの時間ギリギリの場面で、目的の男を誰にも取られないようにするための疾走なのだろう。

 

そしてミレイの目に、森の中の開けた場所が飛び込んできた…

 

 

 

 

 

そこには―

 

 

 

 

 

「これでトドメだ!Bloo-Dでダイレクトアタック!鮮血の…ブラッディ・フィニッシュ!」

 

 

 

―!

 

 

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

男子生徒 LP:150→0

 

 

 

―ピー…

 

 

 

天に佇む竜頭纏いし、鮮血を降らせる運命の英雄が…圧倒的な存在感を放ちながら、デュエリア校の男子生徒を吹き飛ばす。

 

それに応じ、森の中に鳴り響いた無機質な機械音と…

 

リアル・ダメージ装置から放たれた電流が決闘学園デュエリア校2年、デュエルランキング第7位、『エクスキューショナー』の異名を持った男子生徒へと襲い掛かっていた。

 

 

 

「…く…そ…がふっ…」

 

 

 

そんな彼の最後の意識が紡ぐのは、どうにも無念そうな微かな吐息。

 

…それはもうすぐ予選終了となるこの終盤で気絶し、『失格』となってしまうことへの最後の抵抗なのだろうか。

 

ここまでの戦いで蓄積したダメージと、最後の運命の英雄の直接攻撃の衝撃によって…その意識を手放してしまい、その場に倒れこんでしまった男子生徒。

 

弱肉強食の戦いの島における混戦でここまで戦いぬいてきたというのに、この終了間際で気を失ってしまうというのは何事にも変えがたい屈辱だろう。

 

しかし…弱肉強食の戦いの島では、負けた方が悪い事は言うに及ばず。

 

そう、正々堂々の戦いで、最後まで立って戦いを続ける事こそが正義という島の掟は決して誰にも覆す事は出来ないのだ。

 

そして勝ったとは言え、ここまで勝ち残っていた強敵との戦いは…たった今勝利を収めた遊良にも、かなりの疲労を与えたのか。

 

勝ったというのに、遊良もその表情に確かな疲れを浮かび上がらせながら…

 

 

 

「はぁ、はぁ…つ、強かった…まさか【断頭台の惨劇】があんなに強いなんて…」

 

 

 

たった今終わったばかりだと言うのに、あと少しで首を落とされていたのは自分だったことを思い出すと…己の背筋に、冷たいモノが垂れるのを感じている様子の遊良。

 

しかし、それもそのはずで…

 

『エクスキューショナー』…死刑執行人の異名に恥じず、悉く遊良のモンスターを破壊してきたその勢いは、まさにデュエリア校の猛者に相応しい勢いだった。

 

【悪夢の迷宮】や【イタクァの暴風】を使いこなし、まるで死刑を執行するかのように【断頭台の惨劇】を発動して遊良のモンスターを悉く破壊し…モンスターを展開して攻めようにも悉く阻まれ、その全てを悉く葬られ続けられるという苦しい展開を、遊良は最初から最後まで強いられていたのだから。

 

だからこそ、まさか遊良も自身が得意としている絶え間ない『全体破壊』が、これ程までに敵にプレッシャーを与え続けるだなんて今更になって思い知ったのか。

 

それ故…

 

 

 

「…ふぅ…けどもうすぐ終了か。何とか全勝でいられたな。」

 

 

 

1人の強敵とのデュエルを終え、一日中デュエルを続けてきた疲労とも相まって。

 

遊良も思わず、残り時間と他の選手達の途中経過をデュエルディスクで確認しながら、一つ息を深く吐き、終了間際となったことで少々緊張の糸を緩ませ始め…

 

 

 

…すると、そんな一戦を終えて一息吐いた遊良へと。

 

 

 

後ろから…

 

ゆっくりと…

 

 

 

「天城 遊良…ネ?フフ…見つけたヨ。」

「ッ!?」

 

 

 

突然背後から声をかけられ、体をビクッと震わせながら。驚いた様子を見せる共に、反射的に声の方へと振り向いた遊良。

 

…それは緊張の糸が緩みかけた、その一瞬の空気の隙間を狙われた反動か。

 

狙われた野生の小動物のような警戒心の元に、警戒心を一瞬でMAXまで引き上げ…反射的に声の方へと振り向きながら、鋭い眼で声の方を睨みつける。

 

…しかし突如現れた女性の、そのあまりに特徴的な赤いドレスを眼に映すとすぐにソレが誰であるのか遊良にも検討がついたのか…

 

遊良は、声の主…背後に突然現れた女性へと向かって、その口を開き…

 

 

 

「…その衣装、【デュエルフェスタ】の映像で見た…確か(ワン)…」

「王 ミレイ、デュエリア校の3年生アル。終わたばかりで悪いケド、フフ…お姉さんの相手もシて欲しいネ。」

「…」

 

 

 

遊良の警戒心が高まっていることを感じながらも、男の耳を振るわせるような艶やかかつ至極の甘い言葉で…

 

遊良の視線にわざと入るようにして、ドレスのスリットから美しく伸びた太股をチラつかせるように、デュエルディスクを展開して構え始めた王 ミレイ。

 

…それは男を惑わせるかのような、欲情煽る艶かしい身じろぎ。

 

自分の武器を熟知しているが故の、彼女にとっての自然体。そう、戦いはデュエル外でも起こっているが故に…使える武器は使ってこその武器だという事をこの歳で理解しているミレイもまた、これまでの混戦の疲れを感じさせないような演技の元、己の色香を十二分に見せつけながら遊良へと近づいてきて…

 

…こんなモノを見せ付けられては、若さに溢れた男など我を忘れて飛び掛りたくなってしまうだろう。

 

そう、気の緩みかけた一瞬の隙に、こんなにも欲情駆り立てるような色気を浴びてしまっては…

 

それほどまでに王 ミレイの放つ色気は男の欲情を掻き立てるモノであり、男女の経験の浅い男ならば己の劣情を少しも我慢できずに放出してしまう事は最早必至。

 

また、例えその場では飛び掛るのを我慢できたとしても、とてもじゃないがデュエルに集中する事など出来はしないことだろう。

 

 

 

 

 

―しかし…

 

 

 

 

 

そんな極上の色気に中てられてもなお―

 

 

 

 

 

 

「いいぜ…アンタ、そうとう『ヤる』な?…匂いでわかる…楽しみだ。」

 

 

 

突然背後に現れた、極上の色気を醸しだす、欲情煽る美女に対しても。

 

緩みかけた緊張の糸を、一瞬で戦闘モードに切り替えつつ…全く『別』の猛りを浮かべ、不敵に遊良は笑うのみ。

 

それは邪な考えよりも先に、目の前に現れた見るからに『強者』な女生徒との戦いへの気持ちが勝ったのか。まるで男の本能よりも、決闘者としての本能が勝っていると言わんばかりの…戦意に満ちた強者の眼。

 

そう、よほど女に慣れているか、特殊な性癖を持つ者以外は逆らえぬはずの王 ミレイの、その極上の色気に中てられても遊良は惑わされることなく…

 

発情期の猿のような猛りより、目の前の強者とのデュエルの方が大事なのだといわんばかりの…男も女も関係なく、本能的に強者との戦いを求めている決闘者の猛りでもあって。

 

 

 

「…天宮寺と同じ台詞…天宮寺といいボウヤといい、そんなに女に慣れてるようには見えないノに…まぁいいネ。それならさっさと始めるアル。」

「…鷹矢と戦ったのか?」

「まぁネ。結果は確認してると思うケド…ま、ボウヤの想像通りヨ。天宮寺に負けちゃったカラ、全勝のボウヤ倒して私を決勝にイかせて欲しいアル。」

「…残念だけど、鷹矢が勝ったんなら俺もアンタに負けるつもりはない。行くぜ…」

 

 

 

それ故…ミレイもまた、この若い男に色香が通用しない事を早めに感じ取ったのだろう。

 

…何故見るからに経験の薄そうな後輩達に、己の色香が通用しないのかなど、今この瞬間には考えるべきではないこと。

 

その判断を即決できる彼女もまた強者であることなど言うに及ばず…ミレイは早々にその雰囲気を欲情掻き立てる艶かしいモノから、決闘者特有の鋭い戦意へと変え始めるのか。

 

そんなミレイの強者のオーラに応じるように…遊良もまた、本能的に『勝ち』へと向かうため、勢いよくデュエルディスクを構え…

 

 

…おそらくコレが【決島】の予選、その最後となり得るデュエル。

 

 

言葉など不要。遊良も、ミレイも、明日の決勝に進む為にお互いに絶対に負けられない。ここまで来て下手な小細工など入らないことを即座に理解した二人もまた、学生の枠に収まらないトップクラスの実力を持っていることの証明であり…

 

決闘市とデュエリア、双方の学園のトップクラスのデュエリスト。ソレ故、どちらが明日の決勝に進んでも可笑しくはなく。

 

陽も落ちかけた森の中。そこで強者同士による予選最後の戦いが…

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

今、始まる。

 

先攻はデュエリア校3年、王 ミレイ。

 

 

 

「ワタシのターン!魔法カード、【ワン・フォー・ワン】発動!手札のモンスター1体捨てて、デッキからレベル1の【XX-セイバー レイジグラ】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【XX-セイバー レイジグラ】レベル1

ATK/ 200 DEF/1000

 

 

 

デュエルが始まってすぐ。

 

流れるような所作でミレイが呼び出したのは、妖艶な見た目を持つ彼女とは正反対の見た目をした荒野に生きる荒くれ者の集団…浅緑の皮を全身に纏った、獣戦士の一体であった。

 

…無論、遊良もデュエリアで行われた祭典、【デュエルフェスタ】の映像からミレイの事も研究した為に、この荒野の戦士集団の事はよく調べてある。

 

…仲間が仲間を呼ぶ、人と獣と獣人の荒くれ者達。

 

その荒々しくも猛々しい、猛獣のような戦士たちの強さは…昨年度の【デュエルフェスタ】で、王 ミレイが第三位となったことで証明されている。

 

 

 

「…【X-セイバー】…」

「フフ…お姉さんが遊んであげるヨ…特殊召喚に成功したレイジグラのモンスター効果!今墓地に捨てタ【XX-セイバー フォルトロール】を手札に戻ス!そして【X-セイバー エアベルン】を通常召喚シ…場に【X-セイバー】が2体以上居るかラ、手札から【XX-セイバー フォルトロール】を特殊召喚するヨ!レベル6の【XX-セイバー フォルトロール】に、レベル3の【X-セイバー エアベルン】をチューニング!」

 

 

 

流れるようなミレイの展開、次々に現れる荒野の剣士たち。

 

そのミレイの艶やかな声に応じて、天に飛び上がる剣士の一体と…ソレを追う獣の戦士がその身を3つの光輪に姿を変えるとき、光の柱が森の中に降り注ぐのか。

 

 

 

「砂塵切り裂く勇将ヨ、魔境の大地を切り進メ!シンクロ召喚!」

 

 

 

剣士の呼び声に連なって、更なる強者をシンクロ召喚によって呼び出す【X-セイバー】の真髄が…

 

 

 

今、ここに―

 

 

 

「来るヨ、レベル9!【XX-セイバー ガトムズ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【XX-セイバー ガトムズ】レベル9

ATK/3100 DEF/2600

 

 

 

現れしは白銀の鎧をその身に纏った、荒野の剣士の最たる剣豪。

 

巨大なる体躯から繰り出される、大地をも砕くその剣撃で…荒くれ達の頂点に立ち、敵から全てを奪い去る力を秘めた、剛力なりし蛮勇の巨漢。

 

 

 

「ガトムズ!?そいつの効果は確か…」

「そう、ガトムズは相手の手札を奪えるネ!手札から2体目の【XX-セイバー フォルトロール】を特殊召喚シ、【XX-セイバー ガトムズ】のモンスター効果!場の【XX-セイバー レイジグラ】をリリースしテ…お前の手札を一枚墓地に送るアル!まだヨ!フォルトロールの効果発動!墓地からレイジグラを特殊召喚して、レイジグラの効果で墓地のフォルトロールを手札に戻すアル!そのままガトムズの効果で、場のフォルトロールをリリースして…お前の手札を更に奪ウ!」

「くっ…」

「まだまだ安心出来ないヨ?手札からフォルトロール特殊召喚シテ、レイジグラをリリースして再びガトムズのモンスター効果発動!相手から手札を1枚奪ウ!更に今特殊召喚したフォルトロールはもう一度効果を使えるネ!墓地からレイジグラを特殊召喚!その効果で、墓地からフォルトロールを手札に戻ス!」

 

 

 

そして…

 

まだデュエルは始まったばかりで、まだ先攻のミレイのターンだと言うのにも関わらず。

 

ミレイの流れるような展開はどこまでも止まることなく、容赦なく遊良の手札を奪い続けていくではないか。

 

…現れては消え、消えては現れる荒野の剣士たち。

 

普通であれば、相手の手札を奪いながらこれだけの展開を行えば、どこかで必ず手が切れてしまうはずだと言うのに…それでもミレイは全く息切れする気配を見せず、荒野の剣士たちの効果は噛み合い続けていて。

 

そう…場も、手札も、墓地も。

 

その合計枚数が全く変化する事無く、永遠に回り続けられるこの展開は紛れも無く…

 

 

 

「…無限ループか…」

 

 

 

特定のカード同士の効果を、これ以上無い噛み合いで組み合わせたときにのみ発生する、永遠に続く効果の回転。

 

一度起動すれば、後は永久機関のように延々と効果同士が起動し続ける…永遠に終わらない、完成された一つの戦術。

 

…しかし、一息に無限ループと言っても実力者同士のデュエルでソレを意図的に狙って、そして実行に移すという事はまず不可能に近いこととも言えるだろうか。

 

何せ、ソレを行う為には特定のカードを複数枚も組み合わせなければならず、そして相手もまた準備が整うのをじっと待っていてはくれず。

 

また、あまりに多数のカードをピンポイントで組み合わせなければならない事から、相手の妨害などでループに不具合が生じた場合には、もうその後のデュエルは目も当てられない事になるのだ。

 

ソレ故…一瞬の隙も許されない強者同士の戦いにおいては、安易にソレを使用することは使用者への命取りにもなりかねないことは言うに及ばず。

 

 

…しかし、先攻のターンからソレを臆せず起動して、そして遊良の手札を次々に奪い去っていくその勢いはまさに本物。

 

 

そう、一部の例外を除き、デュエルの『要』、デュエリストの『命』とも言われる『手札』を、艶かしく微笑みながら奪い去っていく彼女には…まるで慈悲というモノが無いのかと思える程に、全く持って容赦がないのだ。

 

 

 

だからこそ―

 

 

 

妖艶な見た目と仕草とは裏腹に、相手の全てを奪いつくすようなデュエルを行う彼女の事を、このデュエリアの地はこう呼んで称えている。

 

 

 

―触る事など許されぬ、慈悲無き高嶺のデュエリスト

 

 

 

―決闘学園デュエリア校、デュエルランキング『第2位』…

 

 

 

 

 

―『マフィア』

 

 

 

 

 

(ワン) ミレイ

 

 

 

「フフ、ボウヤから全部奪てあげるヨ…さぁ、ガトムズの効果発動!フォルトロールをリリースして手札を墓地へ!そして手札からフォルトロールを特殊召喚シテ、ガトムズの効果でレイジグラをリリース!最後の手札も捨てるよろシ!」

「…」

「手札全部無くなてしまたネ?フフ、でもワタシが勝つ為だから許して欲しいネ。フォルトロールの効果で墓地からレイジグラを守備表示で特殊召喚シて、効果で墓地からフォルトロールを手札二…ワタシはコレでターンエンド。」

 

 

 

王 ミレイ LP:4000

手札:5→1枚

場:【XX-セイバー レイジグラ】

【XX-セイバー フォルトロール】

【XX-セイバー ガトムズ】

伏せ:無し

 

 

 

そして…

 

最初のターンだと言うのに、後攻の遊良の手札を全て奪い去って。

 

どこまでも無慈悲な微笑みを零しながら、ミレイはそのターンを終え…

 

 

 

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 

 

 

 

しかし―

 

 

自分のターンを迎える前に、全ての手札を奪われたというのにも関わらず。

 

自らのターンを迎えたその瞬間に、何の迷いも躊躇いも無く、当然のようにカードをドローした遊良。

 

普通であれば、手札0からコレだけの大軍を相手にするなど恐怖以外の何物でもないというのに…

 

そう、手札とは可能性。一部の例外を除いて、抵抗すら許されずにソレを全て奪われれば、残るのは次のドローに全てを賭けなければならないという、絶体絶命の恐怖だけにも関わらず。

 

 

 

 

 

「魔法カード、【強欲で貪欲な壷】を発動!デッキを10枚裏側除外して2枚ドローッ!」

「ナッ!?」

 

 

 

 

 

それでも当然のようにして、手札が0の状態から、手札を『増やせる』カードを引いた遊良。

 

即座にソレを発動し、常識的なデッキよりも相当に分厚い自らのデッキを削りながら。0枚だった手札を、突如として2枚にまで増やし始めたではないか。

 

 

 

「続けて【トレード・イン】を発動!【クラッキング・ドラゴン】を捨てて2枚ドロー!更に【貪欲な壷】発動!墓地の【闇の侯爵ベリアル】、【サクリボー】2体、【サイコ・エース】、【鉄鋼装甲虫】をデッキに戻して2枚ドロー!【神獣王バルバロス】を妥協召喚し、魔法カード、【アドバンス・ドロー】発動!バルバロスを墓地に送って2枚ドロー!…よし!【闇の誘惑】を発動だ!2枚ドローして【サクリボー】を除外!【成金ゴブリン】も発動!LPを1000与えて1枚ドロー!」

「ッ…何ネ、コイツ…」

「まだだ! 2枚目の【トレード・イン】を発動!【デモニック・モーター・Ω】を捨てて2枚ドロー!」

 

 

 

しかし、それだけでは終わらない。

 

手札を増やし始めるその勢いは、とてもじゃないが常人の枠には決して収まらぬ強者の如き怒涛のドローにも見え…

 

…手札0枚の情況から、ドローフェイズの通常ドローと合わせて既に遊良の手札は3枚。

 

普通であればありえない。手札を全て奪われた情況から、ここまで怒涛の回転を見せられる者など。手札0枚で自分のターンを迎えたはずの男が、全く恐れも無く自らのデッキを回転させている光景など。

 

だからこそ、確かに手札を全て奪ったはずだと言うのに、次々にドローを繰り返して手札を増やし始める遊良のデッキの回転に…

 

演技ではなく、心からの驚きを感じている様子をミレイは見せていて…

 

 

 

「よし!俺は墓地から【神獣王バルバロス】と【クラッキング・ドラゴン】を除外!来い、レベル8!【獣神機王バルバロスUr】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【獣神機王バルバロスUr】レベル8

ATK/3800 DEF/1200

 

 

 

そうして場に響き渡ったのは、機鉄の鎧をその身に纏った…神をも撃ち抜く獣の王の、猛々しく轟く力の咆哮。

 

…遊良が新たに得た力の一つ。

 

立ち塞がりし全ての敵を、正面から吹き飛ばす…純粋なる『力』を体現した、獣の王の新たなる姿。

 

 

 

「手札0から攻撃力3800…アイ倒したのはマグレじゃないてコト?」

「まだだ!速攻魔法、【大欲な壷】発動!」

「ッ…まだ引くノ!?」

「あぁ、まだ引くんだ!【サクリボー】、【神獣王バルバロス】、【クラッキング・ドラゴン】をデッキに戻して1枚ドロー!…よし!【死者蘇生】を発動だ!墓地から【デモニック・モーター・Ω】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【デモニック・モーター・Ω】レベル8

ATK/2800 DEF/ 2000

 

 

 

それだけでは終わらず。

 

更なるドローで加速して、続けて遊良が呼び出したのは…悪夢の駆動を掻き鳴らす、暴走しかけた悪魔の機械であった。

 

不気味に立ち上がる蒸気を纏いて、機鉄の獣王と並び立ち…

 

荒くれ集まる荒野の剣士に、今にも襲い掛からんとしていて…

 

 

 

 

「【デモニック・モーター・Ω】の効果発動!Ωの攻撃力を1000アップさせる!…行くぞ、バトルだ!【デモニック・モーター・Ω】でフォルトロールに攻撃!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

ミレイ LP:5000→3600

 

 

 

そのまま間髪要れず。

 

暴走しかけた悪魔の機械が、大剣構える剣士をその重量で弾き飛ばすように勢いよく激突して消し飛ばす。

 

それはまるで戦車…それも重装備に重装備を重ねた、決戦兵器のように巨大化した暴走機械の如く。

 

それに応じて、大型モンスター同士の戦闘による一撃のダメージに似つかわしくない、決して軽くないダメージがミレイを襲い…リアル・ダメージ装置から発せられた電流がミレイのしなやかな体を駆け巡り始めたではないか。

 

 

 

「クゥッ…何てデタラメな奴アル…リョウといい勝負ヨ…」

「まだだ!バルバロスUrでガトムズに攻撃!天蓋の粉砕…ディナイアー・ブラスター!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

しかし、怯んだミレイを意に介さず。

 

連撃の如く遊良の叫びと共に放たれた、神をも撃ち抜く獣王の一撃が白銀の鎧を撃ち抜き…そのまま巨大なる大剣ごと、一撃の下に荒野の剣豪を消し飛ばす。

 

…ダメージは受けないとはいえ、エースであった攻撃力3100のガトムズがこうも簡単に撃破されるだなんて。

 

よもや手札も場も何もかも圧倒的だったはずのアドバンテージが、たった一枚のドローからこうも簡単にひっくり返されていくこの光景は…『マフィア』と呼ばれるミレイからしても、限りなく想定外だったに違いない。

 

 

…天城 遊良がアイナを倒したという、その途中経過を見た時点ではミレイとてまだまだ遊良の力を信じきれてはいなかった。

 

 

何せアイナ・アイリーン・アイヴィ・アイオーンは、曲がりなりにも昨年度の【デュエルフェスタ】の優勝者。

 

その功績だけでアイナの実力がこのデュエリアの中でも最上位に位置することはミレイとて認めているのだし、ミレイからしてみれば中等部の時から先輩であるアイナの力は嫌と言うほど見せ付けられて来ているのだ。

 

…何せ、中等部の時から数々の伝説を残している、一つ上の代の『森神一派』…その紅一点として名を馳せていたアイナの力は、『事情』があるとは言え今でもデュエリア校の最上位に位置していることは言うに及ばず…

 

それ故…そんなアイナを倒したのが、まさかの『Ex適正』の無い天城 遊良だったという事実を…

 

ミレイもにわかには信じられず…

 

 

しかし―

 

 

 

「バトルフェイズを終了し、魔法カード、【アドバンスドロー】発動。【デモニック・モーター・Ω】を墓地に送って2枚ドロー。俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ。」

 

 

 

遊良 LP:4000

手札:1→0

場:【獣神機王バルバロスUr】

伏せ:2枚

 

 

 

ミレイだけではなく、『Ex適正』の無い天城 遊良がデュエリア校の猛者をこうも圧倒している事に、この戦いを見ている世界中の観客達が度肝を抜かれている中。

 

その存在感からして、圧倒的強者のような雰囲気を纏ったまま…

 

遊良は今、堂々とそのターンを終え…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…天宮寺 鷹矢。」

「…む?」

 

 

 

夕日が波に反射した、潮風が吹く浜辺でのこと。

 

ここまで全勝を貫き、今も1人のデュエリストを倒したばかりの鷹矢へと…

 

1人の女生徒が、波風に掻き消されそうな声と共に、静かに声をかけてきた。

 

それは夕日に煌く白い髪が麗しく揺れる、儚くも気怠げな雰囲気を醸しだした1人の女生徒。

 

融合の『Ex適正』を持つ、昨年度【決闘祭】のベスト8であり…今年度からプロデュエリストとなった、竜胆 大蛇を兄に持つ、決闘市が誇る猛者の1人。

 

 

 

―決闘学園ウエスト校3年、竜胆 ミズチ

 

 

 

「…【黒翼】の孫…見つけたわ、貴方を探していたの。」

「その言われ方は好きではないのだが…貴様は確かウエスト校の…そうだ、大馬鹿者の妹だったな。俺を探していたとはどういうことだ?」

「…明日の決勝に進む為に全勝してる選手を倒さなくちゃいけなくて。…天城 遊良より、貴方と戦った方が勝てると思ったから。」

「む…」

 

 

 

しかし突然現れ、そして少々引っかかりを覚えるような台詞と共に…鷹矢へと向かって、そう気怠げに言葉を述べた竜胆 ミズチ。

 

そのミズチの放った少々ひっかかりを覚えるその物言いには、鷹矢もまたその鉄仮面のような無表情の上に、ほんの少しだけ眉を潜めたかのような雰囲気を醸し出し始めるのか。

 

 

そう…この女は、遊良よりも自分の方が倒しやすいと…自分よりも、遊良の方が『上』だと、恐れも無くそう言ったのだ。

 

 

…果たして、ミズチの言葉は単なる煽りか、それとも本気でそう思っているのか。

 

そんなことは鷹矢には分からないものの、それでも遊良と比べられて、そして遊良よりも『下』に見られて黙っていられるほど…ここまで勝率1位をキープしてきた鷹矢の自尊心は決して軽くなく。

 

…そのまま、売られた喧嘩を買うように。

 

鷹矢は目の前の現れた、この白髪で気怠げな儚い少女へと向かって。少々イラつきを感じたように、低い声で言葉を返し始める。

 

 

 

「いい度胸だ、俺を遊良の奴よりも下に見るとは。よほど俺を怒らせたいらしい。」

「…そう、天宮寺 鷹矢…貴方、自分で気付いていないのね。…自分の持っているモノに…それとも、わざと気付かないようにしてる?」

「空港の時といい今といい、一体何を言っているのだ貴様は。…まぁいい。俺もちょうど最後の相手を探してたのだ。匂いで分かるぞ、貴様も相当の実力を持っていると言うことを。」

「…私も見えるわ。貴方、また『増え』てる…」

「またわけの分からん事を…」

 

 

 

会話を交わしているというのに、まるでミズチとは交わす言語が異なっているのではないかと錯覚するほどに…鷹矢とミズチのその会話は、全くと言っていい程噛み合わず。

 

…喧嘩を売られたように感じている鷹矢と、自分の言葉だけを淡々と述べるミズチ。

 

一体、ミズチの持つ『見通す目』には、鷹矢の『何』が見えているのだろうか。ソレを鷹矢が理解していなくともお構いなく、ただ単々と静かに言葉を紡ぐミズチはどこまでもその儚げな雰囲気を崩す事無く。ただ、鷹矢へと向かい合っているだけであり…

 

 

…しかし、会話は交わせなくともお互いにやるべき事は同じであるが故に、言葉を紡ぎながらでも二人の動作は一致しているのか。

 

 

…そう、お互いにデュエリスト同士なのだから、この終了間際に邂逅したとしてもやるべき事は唯一つ。

 

お互いがお互いの強さを、言葉にせずとも感じ取っているからこそ。これ以上余計な言葉を挟む事無く、鷹矢とミズチはお互いに自らのデュエルディスクを構え始め…

 

 

 

「貴様ほどの相手ならば予選を締めくくるに相応しい。俺を遊良よりも下に見たことを後悔させてやる。…ゆくぞ。」

「…えぇ。」

 

 

 

 

激闘が綴られた【決島】の、その最後となるであろうデュエルが…

 

 

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

 

 

今、始まる。

 

 

 

 

 

先攻はイースト校2年、天宮寺 鷹矢。

 

 

 

 

 

「俺のターン!【ブリキンギョ】を通常召喚!その効果で【ゴールド・ガジェット】を特殊召喚し、ゴールドの効果で【シルバー・ガジェット】を、シルバーの効果で【グリーン・ガジェット】を特殊召喚する!来い、ガジェット達!」

 

 

 

―!!!!

 

 

 

【ブリキンギョ】レベル4

ATK/ 800 DEF/2000

 

【ゴールド・ガジェット】レベル4

ATK/1700 DEF/ 800

 

【シルバー・ガジェット】レベル4

ATK/1500 DEF/1000

 

【グリーン・ガジェット】レベル4

ATK/1400 DEF/ 600

 

 

 

開始早々。

 

ブリキの金魚から始まった効果の連鎖で、お得意のガジェットモンスター達を含めて実に4体ものモンスターを場に揃えた鷹矢。

 

…それはあまりに迅速なる、鷹矢のいつもの華麗なる展開。

 

どんな時でも変わらない、彼の立ち振る舞いをそのままに。まだ始まったばかりだというのに、手札を使いきらんとする勢いを見せ付けながら…

 

鷹矢のデュエルの始まりを飾る歯車達が、目の前の儚げな少女へと向かって勇み佇んでいる。

 

 

 

「そしてグリーンの効果でデッキから【レッド・ガジェット】を手札に加える!…ゆくぞ!レベル4のゴールドとシルバー、2体のガジェットでオーバーレイ!」

 

 

 

そして間髪入れずに。

 

銀河を生み出す高らかなる宣言を、鷹矢は天に向かって叫びだす。

 

…レベル4のモンスターが、2体。

 

そう、己の持つ、エクシーズのEx適正の赴くままに。

 

エクシーズ名家、天宮寺一族の名の下に…鷹矢は、早々に手札も整えそのまま手を天に掲げ…

 

 

 

「エクシーズ召喚!現れろ、ランク4!【ギアギガントX】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ギアギガントX】ランク4

ATK/2300 DEF/1500

 

 

 

現れしは鷹矢のデュエルの始まりとなる、鋼鉄なりし機械兵。

 

―唸る豪腕、轟く体躯

 

いつでも、どんな時も、鷹矢のデュエルはここから始まるのだ。【決島】で数多の戦いを駆け抜けてきたことも相まって、その駆動音からもどこか微かなる歴戦を感じさせていて。

 

 

 

「まだだ!続けて【ブリキンギョ】と【グリーン・ガジェット】でオーバレイ!エクシーズ召喚!ランク4、【ギアギガントX】!そして【ギアギガントX】2体の効果発動!オーバーレイユニットを一つずつ使い、デッキから2体目の【ゴールド・ガジェット】と【シルバー・ガジェット】を手札に加える!更に【アイアンドロー】を発動!俺はこのターン、後1度しか特殊召喚出来なくなる代わりに2枚ドロー!【エクシーズ・ギフト】も発動!2体の【ギアギガントX】のオーバレイユニットを一つずつ使い更に2枚ドロー!…うむ!俺はカードを2枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 

 

鷹矢 LP:4000

手札:5→4枚

場:【ギアギガントX】

【ギアギガントX】

伏せ:2枚

 

 

そして…

 

ドローフェイズの無い先攻だと言うのにも関わらず、まさかの手札を増やしながら展開を見せ付けた鷹矢はまさに磐石の態勢を整えながら。

 

いつものように、あまりに堂々としたその立ち姿を相手へと見せつけつつ…今、あまりに堂々とそのターンを終えた。

 

 

 

「…私のターン、ドロー。」

 

 

 

しかし磐石の態勢を整えた鷹矢に、全く臆することもなく。

 

海風に掻き消されそうなほどに儚げな声と共に、淡々とカードをドローしたミズチ。

 

…それは今にも消えてしまいそうな、海に溶けてしまいそうな儚い雰囲気。

 

けれどもデュエルディスクを構える彼女の存在感は、そのあまりに儚い雰囲気とは裏腹に竜胆 ミズチという女性を確かに『ここ』に刻んでいるという…矛盾しつつも絶対的な、確かなる強者の証でもあるのか。

 

…そう、儚げで気怠げに見えるとはいえ、彼女もこれまで【決島】で失格することなく戦い続けてきた、紛れも無い猛者の一人。

 

その力がホンモノだと言うことは彼女の戦績が証明しており、ミズチはそのまま鷹矢を相手に手札を見据えながら…

 

その儚くも麗しきその細い指で、手札から一枚のカードを取ると…

 

 

 

「…私は魔法カード、【捕食活動】を発動。手札から【捕食植物サンデウ・キンジー】を特殊召喚。」

 

 

 

―!

 

 

 

【捕食植物サンデウ・キンジー】レベル2

ATK/ 600 DEF/ 200

 

 

 

ミズチの呼び声と共に、彼女の場には意思を持った一本の野草が姿を現した。

 

それは草花だというのに、四肢を得たことで自らの意思で獲物を捕食できる様になった…地を這う獣の姿を模した、捕食する側の毒持つ獣草。

 

そして…

 

 

 

「…その後、【捕食活動】の効果でデッキから【捕食計画】を手札に加える。更に【捕食植物スピノ・ディオネア】を通常召喚。…その効果で、【ギアギガントX】の片方に捕食カウンターを一つ乗せる。」

「捕食カウンター…レベルを強制的に変動させる効果か。だがエクシーズモンスターはレベルを持たない。」

「…それはいいの。サンデウ・キンジーが場に居る時、捕食カウンターが乗っているモンスターは闇属性になる。…サンデウ・キンジーの効果発動。私はサンデウ・キンジーと…貴方の場の、捕食カウンターの乗った方の【ギアギガントX】を融合。」

「む!?」

 

 

 

―淡々と。

 

モンスターを呼び出しつつ、どこまでも気怠げな声のまま。さも当然のようにして、当然の事ではない宣言を下した竜胆 ミズチ。

 

そう…ミズチはたった今、さも当然のようにして…鷹矢の場のモンスターをも、融合召喚の素材にすると宣言したのだ。

 

…それは通常の【融合】の定めに反した、表に抗う裏側の戦術。

 

今、ミズチの宣言によって…鷹矢の場の鋼鉄の機械兵が、ミズチの草の蜥蜴と共に神秘の渦に吸い込まれていき…

 

 

 

 

「…融合召喚。レベル7、【捕食植物キメラフレシア】。」

 

 

 

―!

 

 

 

【捕食植物キメラフレシア】レベル7

ATK/2500 DEF/2000

 

 

 

現れたのは、凶暴化した毒花の一房。

 

禍々しく蠢くその姿はまるで人食い花。それも意思を持って巨大化した、獲物を貪り喰らう花の化物が鷹矢へと今にも襲いかからんとしており…

 

それはいくら鷹矢が勝率1位で、現在トップであろうとも…そう、例え王者【黒翼】の孫であろうとも。

 

全く恐れる事もなく、ただただ鷹矢へと目掛けて蠢めくのみ。

 

 

 

「俺のモンスターを融合素材にするとは…」

「…バトル。キメラフレシアで【ギアギガントX】に攻撃。そして攻撃宣言時に、キメラフレシアの効果で【ギアギガントX】の攻撃力を1000下げて…キメラフレシアの攻撃力を1000上げる。」

「何!?」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

鷹矢 LP:4000→1800

 

 

 

そして間髪入れず。

 

実に攻撃力を3500にまで上昇させた猛り狂う毒花が、その花を瞬間的に巨大化させて襲い掛かった。

 

そして毒の花粉によって身を蝕まれた鋼鉄の機兵が、成す術なく人食い花に捕食されてその身を粉々に砕かれてしまったではないか。

 

 

 

「…まだ。【捕食植物スピノディオネア】でダイレクトアタック。」

 

 

 

…しかし、それだけでは終わらない。

 

そう、ミズチの場にはまだ攻撃力1800の草獣竜の攻撃が残っているのだ。

 

…鷹矢のLPは1800。スピノディオネアの攻撃力も1800。

 

この攻撃を喰らってしまっては、鷹矢のLPは綺麗に0を刻む事になり…

 

 

 

 

「くっ、だがこれ以上好きにはさせん!罠カード、【戦線復帰】発動!墓地から【ゴールド・ガジェット】を守備表示で特殊召喚!そしてゴールドの効果で手札からシルバーを、シルバーの効果でレッドを!それぞれ守備表示で特殊召喚する!来い、ガジェット達!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

【ゴールド・ガジェット】レベル4

ATK/1700 DEF/ 800

 

【シルバー・ガジェット】レベル4

ATK/1500 DEF/1000

 

【レッド・ガジェット】レベル4

ATK/1300 DEF/1500

 

 

 

けれども鷹矢とて、こんなにも簡単にやられるわけにはいかず。

 

【決島】の終盤となっても衰える事無く発揮される、一瞬の判断力と瞬発力。相手のバトルフェイズだというのに、一瞬で3体ものモンスターで壁を作り上げ…ミズチの攻撃を通さぬように、その身を即座に守りにかかるのか。

 

…それは例え、ミズチが相手モンスターを融合素材とする意表を突いてきたとしても。

 

ミズチのモンスターの総数を上回る壁を、たった一枚の罠カードから作り上げ。全く動じることもなく、真正面から迎え撃つ。

 

 

 

「そして【レッド・ガジェット】の効果で、デッキから【イエロー・ガジェット】を手札に加える!」

「…守ってくるのはわかってた。じゃあ【シルバー・ガジェット】を攻撃。」

 

 

 

―!

 

 

 

けれども、毒花の侵食もまた止まらず。

 

捕食者による無慈悲な貪り。ミズチの毒持つ草花の攻撃は、どこまでも容赦の無い土流のように襲いかかるのか。

 

いくら広い壁を作ったからとはいえ、凶暴化した植物の勢いには鷹矢のガジェットも簡単に蹴散らされていくしかないのだろう。そう、いくら一瞬で広い壁を構築しようとも…それも長くは持たないという事を鷹矢は理解している。

 

…何せ先程は発揮されなかったものの、ミズチの主力である【捕食植物キメラフレシア】には恐るべき効果が備わっているのだから。

 

 

 

「…バトルフェイズを終了、メインフェイズ2にキメラフレシアの効果を発動するわ。キメラフレシアよりもレベルの低い…レベル4の【ゴールド・ガジェット】を除外。」

「ぬぅ…」

「…まだ。魔法カード、【置換融合】発動。キメラフレシアとスピノ・ディオネアを融合。…融合召喚、レベル8、【捕食植物ドラゴスタペリア】。」

 

 

 

―!

 

 

 

【捕食植物ドラゴスタペリア】レベル8

ATK/2700 DEF/1900

 

 

 

また、それだけでは終わらず。

 

ミズチは2体の毒花たちを再度混ぜ合わせ、更なる大型モンスターを融合召喚し鷹矢へのプレッシャーを強くしていく。

 

…その呼び声に誘われ、場に現れたのは蠢く竜花。毒の霧にて生育せし、怪しく蠢く竜の花。

 

その潜在的な恐怖を煽るような鳴き声と姿で、どこまでも怪しく鷹矢を煽る。

 

そして…

 

 

 

「…私はカードを2枚伏せてターンエンド。」

 

 

 

竜胆 ミズチ LP:4000

手札:6→1枚

場:【捕食植物ドラゴスタペリア】

伏せ:2枚

 

 

 

どこまでも淡々と、どこまでも粛々と。

 

その白い髪の揺らめきを、優しく吹きぬける潮風に靡かせながら…ミズチは勝率一位の鷹矢に全く引けを取らぬ佇まいをみせつけつつ、そのターンを終え…

 

 

 

「俺のターン、ドロー!」

「…このスタンバイフェイズに、墓地の【捕食植物キメラフレシア】の効果発動。…デッキから【再融合】を手札に加える。」

「かまわん!【強欲で貪欲な壷】を発動。デッキを10枚裏側除外して2枚ドロー。そしてリバースカードオープン!罠カード、【エクシーズ・リボーン】発動!墓地から【ギアギガントX】を蘇生し、このカードをオーバーレイユニットにする!そのまま【ギアギガントX】の効果はつど…」

「…駄目。ドラゴスタペリアのモンスター効果。【ギアギガントX】に捕食カウンターを乗せ、ドラゴスタペリアが居ると相手は発動した効果が全て無効になる。」

「くっ、だったらこうだ!俺は【ゴールド・ガジェット】を通常召喚!そして…」

「…速攻魔法、【捕食生成】発動。手札の【捕食植物セラセニアント】を見せて、【ゴールド・ガジェット】に捕食カウンターを乗せる。」

「ならば【死者蘇生】を発動!墓地から【シルバー・ガジェット】を守備表示で特殊召喚する!特殊召喚成功時にシルバー・ガジェットの…」

「…それも駄目。罠発動、【捕食計画】。デッキから【捕食植物コーディセップス】を墓地に送って、全てのモンスターに捕食カウンターを置く。」

「ぬぅ…」

 

 

 

悉く…

 

そう、鷹矢の行動の逐一に。

 

怒涛のように繰り出される鷹矢の動きの、その全てを見据えつつ。次なる行動のその全てを、己が持つ『眼』で見通しているミズチの全く容赦のない封殺が…

 

『捕食カウンター』という、小さくも足を持ったまるで悪魔の草の種子となりて鷹矢のモンスター達に連続して噛みつき続けているではないか。

 

 

…それは追撃の展開を許さない、次なる補充も許さない蛟の絞殺。

 

 

全く止まらぬ鷹矢のデュエルの、この終わらぬ展開と切れぬ手札の…

 

その全てをミズチは封じて、封じて封じて封じて封じて全てを封じ続けようとでも語っているのだろうか、

 

何しろ、鷹矢の行動のその逐一に対してオートと言えるまでの過剰なる反応。いくら彼女が静かに言葉を紡いでいようとも、ただただ淡々と鷹矢の動きに反応し続ける今のミズチの反射はまさしく…そうする事が自然であると言わんばかりの、野生に咲く儚くも美しい一厘の華の揺らめきのようなのだから。

 

 

 

きっと…

 

 

 

激闘が続いた【決島】においても、ここまで鷹矢を封じ込んできたのは鷹矢の戦った中ではミズチだけだろう。

 

それはこの場の示す通り、ミズチの力が鷹矢にも引けを取らぬ代物であるコトの証明とも言え…その気怠げで儚い雰囲気とは裏腹に、現在勝率1位の鷹矢を相手に全く引けを取らぬその力はまさしく嘘偽りのないホンモノの力といえるのか。

 

そう、ミズチはただ鷹矢のモンスター効果を封じただけではない。ただ鷹矢の展開を封じたのではない。ただ鷹矢の手札補充を封じただけではない。ただ鷹矢の行動を制限したのではない。

 

 

 

 

 

 

 

―ミズチの狙いは、その更に先まで見据えていて。

 

 

 

【レッド・ガジェット】レベル4→1

ATK/1300 DEF/1500

 

【ゴールド・ガジェット】レベル4→1

ATK/1700 DEF/ 800

 

【シルバー・ガジェット】レベル4→1

ATK/1500 DEF/1000

 

 

 

 

 

そう、ミズチはただ鷹矢のモンスターの『効果』を封じただけではない。

 

…それはランク4のエクシーズモンスターを多用する鷹矢のデュエルでは、絶対に見られないであろう光景。

 

なんとエクシーズモンスターである【ギアギガントX】を除いて、鷹矢のモンスター達のレベルが奇怪な草の種に噛み付かれた所為で全て『1』となってしまったではないか。

 

 

 

「…捕食カウンターが乗ったモンスターのレベルは1になる。…これで、貴方はもうエクシーズ召喚出来ない。」

「ふん、無駄な事を。いくらレベルを変動させても、これだけレベル1のモンスターが場に揃えば…」

「…いいえ、これでいいの。…だって、貴方のExデッキにはランク4のエクシーズモンスターしか居ないから。」

「…なに?」

 

 

 

そして…

 

あまりに確信を得ているかのような言葉と共に、儚く気怠げな彼女からは想像も出来ない大胆かつ不敵な断言を鷹矢へと放った竜胆 ミズチ。

 

…普通ではれば、エクシーズ召喚を封じるためにはレベルを『変動』させるというより、レベルを『揃えさせない』ようにするのが定石だろう。

 

何せエクシーズ召喚とは、同じレベルのモンスターを2体以上場に揃える事が基本的かつ最低限の条件。例えレベルを変動させても、その全てが同じレベルとなってしまえば…その揃ったレベルに応じたランクを持つエクシーズモンスターが、相手のExデッキから現れてしまうのだから。

 

また、エクシーズの『Ex適正』を持つデュエリストの大概は、主軸や切り札となるランクのエクシーズモンスターの他にも、様々なランクのエクシーズモンスターをExデッキに揃えているモノ。

 

…それはどんな場面にも対応出来るようにした、様々な角度からの切り込みを見据えたExデッキの構築理論。

 

だからこそ、いくら鷹矢のモンスターのレベルを4から変動させたとは言え…それでレベル1のモンスターが3体も場に揃えてしまっては、その策は本末転等となってしまうはずなのだが…

 

 

 

 

 

―けれども、たった今ミズチが見通した通り…

 

 

 

 

 

「貴様、適当なことを…」

「…適当じゃないわ。私には見えているから、貴方の背負っているモノが…貴方、Exデッキにランク4しか入れていないのね。」

「…」

 

 

 

 

 

…その沈黙が、何よりもミズチの考えを認めている。

 

そう、普通であればデッキに柔軟性を持たせるために、多彩なランクで構成されたエクシーズの『Ex適正』を持つデュエリスト達。

 

しかし、世間が決めたそんな定石に真っ向から反発するかのように…

 

 

―鷹矢のExデッキの構築は、たった今ミズチの言った通り。全て『ランク4』のモンスターのみで構築されていたのだ。

 

 

…確信を持ったミズチの言葉に、それ以上言葉を続けられぬ鷹矢の視線だけが海岸線に鋭く伸ばされる。

 

それは鷹矢のExデッキの中身を、全て見通しているかのようなミズチの大胆かつ不敵な華麗なる奇策。しかし、どこか簡単そうにそう告げてくる竜胆 ミズチではあるものの…

 

普通であれば、常識的な考えを持った者ならば、『眼』を持たぬデュエリストであったならば。世界に轟く王者【黒翼】の、その才覚を受け継いだ天才と名高い『孫』相手に絶対にそんな対策を施すことはないだろう。

 

何せ歴戦に名を残す、世界最強のエクシーズ使いの…その遺伝子を色濃く受け継いだ、誰もが認める天才がこの天宮寺 鷹矢。

 

そんな才能と血筋と実力をこれ程までに世界へと向けて見せ付けている、いずれエクシーズ王者を継ぐであろうと思われている天宮寺 鷹矢が。

 

まさか己のExデッキのカードを、全て『ランク4』のみで構成しているだなんて一体誰が想像できようか。

 

 

 

「…貴方のデュエルは手札も切れない、展開も止まらない、一見完璧に見えるけど…」

「…む?」

「…でも、パターンは同じ。ガジェットで展開して、情況に応じてランク4を出すだけ…。じゃあ、ランク4を出させなければいい。…レベル4のモンスターを揃えさせなければ、貴方はエクシーズ召喚出来なくなる。…後続も止めれば、貴方のメインデッキのモンスターだけじゃ私には勝てない。」

「ぬぅ…」

 

 

 

 

だからこそ…

 

 

プロデュエリストを兄に持つとは言え、彼女自身の力も相当たる代物。

 

ソレをその『眼』で見通して、最低限かつ最大限の封殺で鷹矢を封じ込めようとしているミズチの力は…幾重にも何重にも重ねられた分厚い荊の壁の如く、刺々しさを纏いて鷹矢の前に聳え立っているのだ。

 

的確に鷹矢のExデッキの構築を見破り、そして鷹矢の行動を封じる策と重ねて、鷹矢のモンスターのレベルを『1』と変えてきたそのあまりに大胆な度胸はこの儚い立ち姿からは想像もできないほどに強く麗しい。

 

それは、いくら彼女が『竜胆』の娘で、いくら現在では大犯罪者の所為で地に落ちた『名』の持ち主であっても…それは彼女の『兄』が証明しているように、決して嘘のつけようの無い『力』となりてこの場に君臨し続けるのか。

 

 

…そう。今の時点でのミズチの成績は、『57戦56勝1敗』という『5位』タイという順位。

 

 

それは文句のつけようのない、【決島】でも上位に位置している成績であり…最も実力の層が厚いとされているウエスト校でも、彼女がトップの実力を持っていると言うことの証明とも言えるだろう。

 

…現在勝率トップの天宮寺 鷹矢と比べても、引けを取らぬ実力と才覚。

 

…ここへきて、この終盤へ来て。

 

この長い長い混戦の、その最後にまさかここまで天宮寺 鷹矢が苦しめられる事になるだなんて。それはここまで鷹矢のデュエルを中継で観覧してきた世界中の観客達からしても、思いもよらなかった事に違いなく…

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様…」

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

 

 

 

 

「それだけで俺に勝ったつもりか!俺はレベル1となったモンスター3体で…オーバーレイ!」

「…え?」

 

 

 

そんなミズチの封殺に、真っ向から立ち向かうかのように。

 

 

―少しの迷いも淀みもなく、天へと向かって高らかに、覇道が如き鷹矢の叫びが木霊する。

 

 

驚くミズチを意に介さず。海岸線に響き渡るは、まるで小さい子どもが押さえつけられた事に反抗するかのような…我武者羅なるも我が侭な、癇癪にも似た鷹矢の叫び。

 

それは己の覇道を邪魔する者を、真正面から弾き飛ばすかの如き激しさ。その激しさを纏いた孤高の叫びが、この海岸線に響き渡り…

 

 

 

 

 

「…どうして…Exデッキにランク1なんて…」

「うるさい!ランク1を持っていないのならば、今ここでランク1を造ればいいだけのことだ!俺の力、俺だけの力、『No.』よ!今この時…この女をも超える力となりて、俺の元に現れろ!俺は3体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!」

 

 

 

 

―オーバーレイネットワークを、構築

 

 

それは、およそこの世界のエクシーズ召喚のためのモノではない口上。そう、この世界においては、鷹矢にのみ許されたその宣言の導くままに…

 

…鷹矢とて自分でも分かっているはず。Exデッキには、ランク4のエクシーズモンスターしか入っていないというのに。

 

 

―しかし、けれども、だからこそ

 

 

鷹矢は、自分が持っていない『ランク1』のエクシーズモンスターを、今ここで創り出そうとしているのか。

 

…それはあまりに無茶な賭け、それはあまりに無謀な狙い。

 

そう、いくらこれまで姿形を変えてきた『No.』と言えど…ソレらは全て、『ランク4』のエクシーズモンスターであった。

 

それは鷹矢がランク4を多用している所為か、それとも『No.』にはランク4のエクシーズモンスターしか存在していない所為なのか。そんなコトは、鷹矢にだって分かるはずもないのだが…

 

…確かに鷹矢の持つエクシーズの『Ex適正』の宣言によって、3体のレベル1のモンスター達は銀河の渦に吸い込まれはする。

 

だからと言って、『No.』のカードが今ここで鷹矢の臨む『ランク1』のエクシーズモンスターへと変化するかどうかなんて、鷹矢にだって分からないことなのだ。

 

このまま鷹矢のExデッキに『ランク1』が居なければ、銀河の渦は弾けても何も起こることはないのだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

「現れろ、『No.54』!」

 

 

 

 

 

今、この時、この瞬間に。

 

頭の中に生まれしイメージと、脳裏に浮かび上がってきた『番号』を具現化せんと轟くは、覇道を突き進む鷹矢の咆哮。

 

 

―草など燃やし尽くしてくれる。竜など殴り飛ばしてくれる。

 

 

一体何が出てくるのかはわからない。どんな効果を持っているのかはわからない。けれども己のイメージを、『白紙』で眠っている『No.』に押し付けるように。

 

 

 

「戦いに飢えた熱き拳よ!勇猛なる心を燃やし、全ての敵を殴り飛ばせ!」

 

 

 

己のExデッキで眠っている、『無』から生まれし『白紙』のカードに強く訴え。

 

そしてソレに呼応し発光している未だ眠りしその『白紙』は、一体この世界に『何』を産み落とそうとしているのか。

 

Exデッキに入っていないはずの、『ランク1』のモンスターを呼び出すための宣言が…

 

 

 

 

 

今、ここに―

 

 

 

 

 

 

 

 

「来い、ランク1!【No.54 反骨の闘士ライオンハート】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

 

 

地に浮かび上がりし銀河の底から、光の爆発と共に爆誕せしは…

 

金色煌くたてがみ燃やす、灼熱纏いし獅子の闘士であった―

 

その胸元に『No.』の証とも言える数字…『54』の定めをその身に刻み、この瞬間に鷹矢の魂に呼応した、誇り高き獅子の雄叫び。

 

それは燃える炎を拳と化し、その身一つで敵へと向かう…決して退かぬ魂を持った、鷹矢の魂を写し取ったかのようであって。

 

 

 

【No.54 反骨の闘士ライオンハート】ランク1

ATK/ 100 DEF/ 100

 

 

 

「…ッ、さっきまでランク4だった『No.52』が、ランク1の『54』に…貴方、どこまで…」

 

 

 

そんな、突然鷹矢の場に現れた…いや、生み出された『ランク1』のモンスターを見て。

 

驚くというよりは怪訝な顔を見せ始めた、ウエスト校3年の竜胆 ミズチ。

 

…確かにこの世界では、それまでExデッキに存在していなかったカードが新たに創造されることは極稀にあること。しかし、普通であればそんな低すぎる確率にデュエルの全てを賭けるなど、誰にだって出来るはずがないというのに。

 

…さりとて、別にルール違反ではない。

 

デュエル中に、Exデッキのカードが全く新しい別のカードに進化することだって、この世界には稀にあること。

 

鷹矢の咆哮に呼応するかのように、デュエルディスクが新たに生み出された『No.54』に反応していることがその証拠。誰も知らぬ、全く新しいカードであっても…デュエルディスクがそのカードを正規のモノだと言っている限り、ソレは誰にも文句など言えないことなのだ。

 

そして、ソレはミズチも理解しているからこそ。新たに創造された『No.54』に…ではなく、ソレを生み出した人物である鷹矢へと向かって…

 

いや、正確には鷹矢の『背後』を見ながら、どこまでもミズチは怪訝な顔で…

 

 

 

「…どこまで背負い込むつもりなの?」

「意味のわからん事をゴチャゴチャぬかすな!ゆくぞ、バトルだ!ライオンハートで、【捕食植物ドラゴスタペリア】を攻撃!」

「…ッ、攻撃力の低いライオンハートで…」

「かまわん!ライオンハートよ、その草ヘビを殴り飛ばせぇ!」

 

 

 

しかし、ミズチの言葉を遮るように。

 

…そのまま即座に間髪居れず、鷹矢の叫びが空を切る。

 

残りLP1800の鷹矢が、攻撃力100しかないライオンハートで攻撃力2700のドラゴスタペリアに突っ込むなど、文字通り自殺行為以外の何物でもないにも関わらず…

 

全く臆した様子も無くソレを命じる鷹矢と、ソレに応じる『No.』の、その疾走には迷いが無く。そして鷹矢の叫びに呼応して、獅子の闘士はそのまま毒撒き散らす竜の草花へと、熱く燃えるその屈強な足で力強く疾走し始めたではないか。

 

 

 

 

…燃える拳を振り上げる、走る獅子の拳闘士。

 

 

 

そして獅子の燃える巨大な拳が、下からの軌跡を描いて竜の草花へとぶつかった…

 

 

 

 

 

―その時だった

 

 

 

 

 

 

「ここだ!ライオンハートの効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い、俺が受けるダメージを相手に代わりに与える!」

「…え…」

「喰らえ!気炎万丈!フレア・スマッシュ!」

 

 

 

―!

 

 

 

エクシーズモンスター特有の光の球が、獅子の闘士に吸い込まれたその瞬間。

 

モンスター同士の戦闘によって、衝撃の波が目に見えるほどの重みとなりて辺りへと広がり…

 

なんと鷹矢が受けるはずだったソレはそのまま、獅子の雄叫びによって鷹矢ではなくミズチの方へと襲いかかり始めたではないか。

 

 

 

「…ッ、うっ…」

 

 

 

ミズチ LP:4000→1400

 

 

 

そして突然襲ってきたその衝撃の余波を受け、苦しそうな声と共にその気怠げな口から儚い吐息を意図せずして漏らしてしまった…ウエスト校3年、竜胆 ミズチ。

 

…しかし、それも当然だろう。

 

何せアレだけ展開を止めて、エクシーズ召喚も封じたと思った矢先に…まさかの『ランク1』のエクシーズモンスターをその場で創造させ、そして搦め手を張り巡らした自分に天宮寺 鷹矢は真っ向から向かってきてダメージを与えてきたのだ。

 

あれだけ張り巡らした策を、こんなにも直線的かつ堂々とした展開と攻撃で打ち破ってくるだなんてミズチからしても予想外だったに違いなく…

 

 

 

「…そんな効果が…攻撃力100だからおかしいと思ったけど…貴方…迷いがないの?」

「うむ。何が出てくるのかは賭けだったが、上手くいったのならば問題ない。ライオンハートは戦闘では破壊されん。だがドラゴスタペリアが残ってしまったか…俺は【エクシーズ・ギフト】を発動。場にエクシーズモンスターが2体いる為、ライオンハートのオーバーレイユニットを2つ使って2枚ドロー。カードを2枚伏せ、ターンエンドだ。」

 

 

 

鷹矢 LP:1800

手札:4→2枚

場:【No.54 反骨の闘士ライオンハート】

【ギアギガントX】

伏せ:2枚

 

 

 

一進一退。

 

まさに拮抗した実力で、鍔迫り合いが続くこのデュエル。

 

…攻撃力の低いライオンハートで、そのまま攻撃をしかけてきたことから鷹矢が『何か』を狙っていることはミズチもわかってはいた。

 

それでもあまりに迷い無く突進してくる鷹矢と、全てを見通すミズチの眼を持ってしても何故か見通すことのできなかった『No.』の前では、ミズチとて思わず正面から立ち向かってしまう他なかったのだろう。

 

…しかし、一体どうして全てを見通す『眼』を持ってしても『No.』の変化…いや、転生、降誕を、ミズチは見通せなかったのか。そんなコトは幾ら考えてもわかるはずもなく、またこれまでの激戦の疲れの上に2600もの突然のダメージを受けてしまったことはウエスト校でトップの実力を持ったミズチを持ってしても、その儚げな雰囲気をより一層消え入りそうなモノへと変えていて。

 

 

 

「…一体何なの、その『No.』ってカード…見えないし、ランクも変わるなんて…」

「俺もわからん。」

「…そう…変なカードね。…でも、貴方の方がもっと変…あれだけ背負っているのに押し潰されてない…貴方、どこまで強くなるつもり?」

「また意味のわからんことを…だが愚問だな。俺と遊良の先にはまだまだ敵が多い…だから俺は、俺の前に立ち塞がる誰よりも強くなる。」

「…それは…【王者】も?」

「うむ。今は無理だが、いずれはジジイも、そして理事長も超えてやる。誰であろうと、俺と遊良の前に立ち塞がる者は全て倒すのみだ。」

「…そう。」

 

 

 

そんな中…

 

ミズチの静かな問いに対して恐れもなくそう言い放たれた鷹矢の言葉は、彼の本心から放たれる本気の決意であった。

 

普通であれば、【黒翼】に【白鯨】…生きた伝説と化している、歴戦に名を残す伝説の【王者】を倒すだなんて、とてもじゃないが恐ろしくて口に出すことなど出来はしないだろう。

 

何せ並のデュエリストでなくとも、現在のプロのトップランカーでさえもエクシーズ王者【黒翼】との直接対決は避けているのが現代に起こっている現象なのだ。この現代において現役のプロデュエリストの中でも、既に【黒翼】は最強の代名詞が最も似合うとされていると言うのにも関わらず…

 

ソレを『出来る』と信じて放つ鷹矢の言葉には、少しの迷いも戸惑いも無く。

 

それほどまでに鷹矢の言葉は強い意思を纏っており、『今は無理』だと素直に認めつつも、そこで折れずにその夢物語が実現出来てしまいそうだと思ってしまうのは、およそ天宮寺 鷹矢の雰囲気が学生の枠に収まらぬ程のオーラを纏っているからなのだろうか。

 

…口が裂けても言えるはずが無い。世界最強のエクシーズ使い、王者【黒翼】を『倒す』だなんて。

 

けれども、今の鷹矢のその言葉が嘘偽り無い、彼の心からの言葉だということは全てを見通す『眼』を持ったミズチでなくとも、例え対峙したのが誰であったとしても強く理解できたに違いない。

 

 

 

だからこそ…

 

 

 

どこまでも不敵に堂々と立つ、鷹矢へと向かって…

 

 

 

「…敵ばかりなのね、貴方の世界は…」

「ふん、遊良の敵は俺の敵だ。ガキの頃にそう決めたからな。…あぁそうだ、敵といえば、遊良とルキを傷つけた【紫影】とやらも倒すべき敵か。」

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし―

 

 

 

 

 

 

 

 

鷹矢が、何気なく『その名』を放ったその瞬間―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―張り詰めた一瞬の静寂が、海岸線を包み込んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…む?」

 

 

 

そして、この唐突に変化した周囲の雰囲気に対し…不思議そうに言葉を持たした鷹矢の声が、あまりに大きく聞こえてしまったのはきっと幻聴などではないはず。

 

それは波打つ波頭の音が、この海岸線から消え失せた証明。

 

それは風にざわめく木々の擦れが、無理矢理に張り詰めた所為で止められたことの証明。

 

先ほどまで、当然のように周囲に溢れていた自然の音が…

 

 

 

 

自然の音が、消え去った―

 

 

 

「…ッ、この感覚は…」

 

 

 

そして、常人であれば理解する事すら出来ないであろう、本能的な恐怖を覚えるようなこの『静寂』を感じ取って…得体の知れぬこの感覚に対し、思わずその本能的な察知能力を全開にして警戒心を顕にし始めた鷹矢。

 

それは鷹矢が、この自然の音が消えた『静寂』の感覚を一度感じ取ったことがあるが故の最大限の危機察知能力。

 

何せ夏休みに一度経験したソレは、鷹矢とて忘れたくとも忘れられない記憶となりて鷹矢の本能に刻まれているのだ。

 

ソレを全く同じモノではないとはいえ、およそ常人には作り出すことなど出来ないはずのソレによく似た今のこの海岸線の状況は…鷹矢にとっても、無視できる環境などでは断じて無く。

 

そして、そんな鷹矢の目線の先には…

 

 

 

 

 

 

「…し…え…い…」

 

 

 

 

 

 

その眼を、大きく見開いた…

 

 

 

 

 

コレまでの彼女の比ではない雰囲気を纏った、竜胆 ミズチがそこに居た―

 

 

 

 

 

「…天宮寺 鷹矢…貴方、今…なんて………………【紫影】…って…」

「…う、うむ…何やら、つい先ほど遊良とルキを危険な目に遭わせた奴らしい。どうやら【王者】と同レベルの力を持っているらしいが…」

「…ッ!?つい先ほどって…うそ…だって…しえい…あいつは…ずっと昔に死んだはず…」

「む?…俺だって詳しい事は知らん。だが、この俺の知らぬところで遊良とルキに手を出したらしいのだ。その所為でルキが失格になったとか何とか…確か、捻じれたような男だと遊良の奴が…」

「…ッ!?」

 

 

 

鷹矢が言葉を続けた瞬間、更に大きく見開かれたミズチの眼。

 

…それは、まるで信じられないモノを聞いたかのよう。それは、まるで信じられない事実を知ってしまったかのよう。

 

【紫影】の事を影も形も知らぬ、ただ遊良から伝え聞いただけの鷹矢の言葉に…更に素早く反応して、その身を震わせ始めた竜胆 ミズチ。

 

 

…今の彼女の様子は明らかにおかしい。

 

 

確かにミズチから漂ってくる気配…ソレは憤怒…それも途轍もなく大きく熱い、蛇の執念のような禍々しい憤怒。

 

それが、対峙しているだけの鷹矢までひしひしと伝わってくるのだ。それはそのまま、【紫影】に対するミズチの憤怒が大きいということなのだが…

 

しかし鷹矢とて、見た事も無ければ遊良から状況だけを伝え聞いたその【紫影】という何気ない一つの単語を零しただけで、よもやミズチがここまでの憤怒を顕にするだなんて思いもよらなかった事だろう。

 

 

…しかし、そんな戸惑いを浮かべている鷹矢を意に介さず。

 

 

ミズチはそのまま、憤怒を浮かべたまま…

 

 

 

 

 

 

「…私のターン、ドロー!」

 

 

 

―!

 

 

 

カードをドローしただけなのに、巨大な蛇に睨まれているかのような圧迫感が鷹矢を襲う。

 

…先ほどまでの、儚く気怠げな雰囲気から一転。

 

今のミズチが織り成すオーラは、蛙を睨む蛇が如く。圧迫感を周囲へと与える、圧倒的捕食者が獲物を捕らえた、途轍もなく鋭い攻撃性を孕んでいて。

 

 

 

「ぐっ!?な、何だこの女…急に雰囲気が…」

「…しえい…【紫影】…生きてた!…私はスタンバイフェイズに墓地の【捕食植物コーディセップス】の効果発動!コーディセップスを除外し、墓地からスピノ・ディオネアとサンデウ・キンジーを特殊召喚!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【捕食植物スピノ・ディオネア】レベル4

ATK/1800 DEF/ 0

 

【捕食植物サンデウ・キンジー】レベル2

ATK/ 600 DEF/ 200

 

 

 

「…スピノ・ディオネアの効果でライオンハートに捕食カウンターを乗せる!そしてサンデウ・キンジーは融合魔法なしで融合出来るから、私はサンデウ・キンジーとスピノ・ディオネアに…貴方のライオンハートを融合!」

「ぬぅ!?」

 

 

 

そして、即座に。

 

先程と同じく、鷹矢のモンスターに捕食カウンターを乗せ…そして鷹矢の『No.』をも喰らいながら、天に出現した神秘の渦に3体のモンスターが巻き込まれていく。

 

 

…しかし、それは先程までとは比べ物にならない『闇』が混ざった、憤怒と怨嗟の混沌の渦。

 

 

そして【紫影】という単語を聞いて、【紫影】が生きていると知って…押さえきれない感情が溢れる、変貌したミズチの叫びによって…

 

 

―なんと彼女のExデッキが強く大きく、そして禍々しく『光り輝き』始めたではないか。

 

 

 

「ぬぅ!?こ、この光は!?」

「…あの男だけは!…禍つ紫影を喰い破り、世界の果てで狂い咲け!融合召喚!」

 

 

 

混沌なりし禍々しい光。

 

それは新たなカードが、この世界に『創造』されている証の光。

 

…デュエリストの感情の昂ぶりによって、デュエルの最中に新たなカードが創造されることはこの世界においては極稀にあること。

 

それは高揚、突破、不屈のような正の感情でも起これば…怨嗟、憤怒、悲嘆といった、負の感情でも起こりえることであり…

 

 

―その叫びによって、今この地に狂い咲こうとしているのは一体『何』なのか。

 

 

竜胆 ミズチの、押さえきれない怨嗟の叫びが海岸線の果てを切り裂き…

 

 

 

 

 

―今、呼び出されしは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レベル9、【捕食植物トリフィオヴェルトゥム】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

【捕食植物トリフィオヴェルトゥム】レベル9

ATK/3000 DEF/3000

 

 

 

 

 

禍々しい―

 

それはあまりに禍々しい姿をした、奇怪にうねる三つの茎を持つ…怪しく蠢く毒の草でありつつも、辺り一面に毒の涎を撒き散らす、飢えた牙持つ毒の華竜であった。

 

…地に根を張る植物だというのに、意思を持って動き獲物を喰らう文字通りの捕食者。

 

その虚ろな目は本当に見えているのか。双翼に怪しく咲く禍々しい花は、草でありつつ竜であるというその異形をその身一つで体現している…

 

まさに異質なる雰囲気に塗れた、畏怖すら感じる異端なる重圧。

 

 

 

 

 

―また…鷹矢へとプレッシャーを与えているのは三叉の毒花だけではなく…

 

 

 

 

 

 

「…な、なんだ、その眼は…」

 

 

 

 

 

鷹矢が見据えるその先に映るは、大きく見開かれた竜胆 ミズチの…その『眼』。

 

…それは先程までの、儚く気怠げな眼ではない。

 

大きく大きく見開かれた、獲物を見据えて血走った、細く鋭く縮瞳した…人ならざる異形の眼。

 

縦に細く長く伸びたその瞳孔は、まるで蛇の眼のよう。

 

その眼の周囲には、眼を囲うように浮き出た血管が模様を作っており…

 

そして何よりも異常なのは、周囲は自然の音が消え去って『凪いでいる』にも関わらず。ミズチの白く美しい前髪が彼女のオーラに触れて、怪しく独りでに揺らいでいると言うこと。

 

 

 

「…何なのだいきなり!一体、【紫影】とやらは貴様の何なのだ!」

「…【紫影】…生きてたなんて…絶対に許さない、あの男だけは絶対に!融合召喚成功時、墓地の【捕食計画】を除外して効果発動!【ギアギガントX】を破壊する!」

「くっ、聞く耳持たんか…」

「…まだ!装備魔法、【再融合】発動。LPを800払って、墓地から【捕食植物キメラフレシア】を蘇生!そして【捕食植物トリフィオヴェルトゥム】の攻撃力は、捕食カウンターが乗っているモンスターの元々の攻撃力の合計分アップする!」

 

 

 

【捕食植物キメラフレシア】レベル7

ATK/2500 DEF/2000

 

【捕食植物トリフィオヴェルトゥム】レベル9

ATK/3000→5700

 

 

ミズチ LP:1400→600

 

 

 

そして…

 

先程ミズチが張り巡らせた捕食カウンターによって、【捕食植物ドラゴスタペリア】の力が養分となりて毒の華竜へと送られ始める。

 

その養分によって、みるみるうちに毒の華竜は巨大化していき…

 

その力は蘇った毒花の一房の不気味さと相まって、鷹矢のLP4000を消し飛ばすには充分過ぎる力となりて鷹矢へとプレッシャーを与えているではないか。

 

 

 

「…バトル!【捕食植物トリフィオヴェルトゥム】でダイレクトアタック!」

 

 

 

そして…

 

 

 

変貌せしミズチの叫びに、狂いながらも応じるように。

 

怪しく蠢く毒の草竜が、餌を見つけたかのように叫んだかと思うと…鷹矢を獲物と見定めたのか、毒の涎を零したその瞬間に、両翼の華がコレまで以上に大きく開いていく。

 

…それは捕食者の狩りの時間。食物連鎖の上位種による、腹を満たすための本能の性。

 

そのまま、両翼の華の中心に光が集まったかと思うと…

 

 

 

 

 

「…狂生の…プレデター・レイ!」

 

 

 

 

 

巨大なる毒華の中心から、どうやったって逃げられそうにないほどに太く禍々しい閃光が放たれ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やらせるものか!罠カード、【和睦の使者】発動!」

「…ッ、それは哲さんが使ってた…」

「うむ!俺はこのターン、戦闘ダメージを受けない!」

 

 

 

 

 

 

 

それでも禍々しき毒の閃光が当たる、まさにギリギリ寸前で。

 

なんと鷹矢の宣言に同調し、絶対不可侵の領域を作り出す集団が現れたかと思うと、そのバリアが一瞬で鷹矢を覆い、華の魔閃光をギリギリで防いだではないか。

 

…それはその名の通り、あらゆる攻撃から自身を1ターンだけ守る防御の罠。

 

そう、一撃でLPを0にするその閃光が、鷹矢の発動した一枚の罠カードとぶつかったのだ。

 

しかしバリアと閃光が激しくぶつかり、絶対無敵のはずのバリアに亀裂が生じているその光景は、まさにミズチの一撃が鷹矢を跡形も無く消し飛ばすほどの威力を持っていたということの証明でもあるのだろう。

 

 

…閃光が生み出す波動の余波が、鷹矢の頬に鋭く傷を残す。

 

 

それ故、一枚の罠でどうにかこのターンを凌いだ鷹矢も、今の一撃には少々肝を冷やした様子を見せており…

 

 

 

「…っ、この女…」

 

 

 

もし鷹矢が先程と同じく、【戦線復帰】で耐えようとすれば…蘇ったキメラフレシアの所為で、一手足りずに鷹矢はこのターンで終わっていた。

 

ソレを考えると、好敵手とも呼べる十文字 哲に倣って、絶対防御のカードをデッキに仕込んでおいてよかったと…

 

血が滲む頬を親指で拭いながら、鷹矢もこのギリギリの情況でソレを感じ取っているのか。

 

 

 

「…雰囲気が先程までとは別物だ…ここまでの力を持っていたとは…」

「…貴方にはもう用はないのに。早く天城 遊良のところにいかないと…私はカードを1枚伏せてターンエンド。」

 

 

 

ミズチ LP:1400→600

手札:3→1枚

場:【捕食植物トリフィオヴェルトゥム】

【捕食植物ドラゴスタペリア】

【捕食植物キメラフレシア】

魔法・罠:伏せ1枚、【再融合】(キメラフレシア装備中)

 

 

 

「俺のターン、ドロー!罠カード、【戦線復帰】発動!墓地から【シルバー・ガジェット】を蘇生し、その効果で手札から【イエロー・ガジェット】を特殊召喚!グリーンを手札に!」

 

 

 

【シルバー・ガジェット】レベル4

ATK/1500 DEF/1000

 

【イエロー・ガジェット】レベル4

ATK/1200 DEF/1200

 

 

 

そしてターンが変わってすぐに。

 

ミズチの放つ重圧を跳ね返すように、荒々しく2体のモンスターを即座に場に揃えた鷹矢。

 

…それは先程、行動を悉く止められた鬱憤を晴らしているかの様にも見える展開。ミズチに止められるその前に、何が何でもモンスターを揃えるという鷹矢の気概。

 

また、先ほどのターンとは打って変わって。鷹矢の行動に対して、ミズチはまだ動く様子を見せようとはせず…

 

不気味なほどに静かなミズチのその異形の『眼』が見据えるのは、先の『No.』との攻防で鷹矢のモンスターのレベルを変えても無駄だという事がわかったからなのか…

 

…そう、鷹矢のモンスターのレベルを変化させても、使い手の叫びに応じたモノとなって場に現れる『No.』。

 

それを完全に封じる事はミズチの『眼』を持ってしても至難の技であり、ソレこそが鷹矢の強みであると言うことをミズチも認めたからこそ…最善の策をその『眼』で見て、そして反撃する隙を淡々と見極めているかのよう。

 

だからこそ、彼女が次に取るべき手は…

 

 

 

 

 

「ゆくぞ!俺は2体のガジェットでオーバーレイ!天音に羽ばたく黒翼よ!神威を貫く牙となれ!」

 

 

 

 

 

高らかに天に反響せしは、覇道を突き進む男の雄叫び。

 

祖父である王者【黒翼】から受け継ぎし、世界に轟くその口上とともに…満を持して、己の『切り札』たる黒き翼を、鷹矢は今ここに呼び出そうとしているのか。

 

…己を舐めたこの女へと、自分を力を思い知らせてやるかのように。

 

今、銀河の渦がその軌跡を広げていき、その中から竜の咆哮が轟いてきて…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「エクシーズ召喚!来い、ランク4!ダーク・リベリオ…」

「…させない!【捕食植物トリフィオヴェルトゥム】のモンスター効果!エクシーズ召喚を無効にして破壊する!」

「何!?」

 

 

 

―!

 

 

 

銀河の渦が爆発する、まさにその瞬間。

 

辺り一面に、耳の痛くなる異様で奇怪な咆哮が響いたかと思うと…

 

なんと鷹矢の場に形勢されていたエクシーズ召喚の為の銀河の渦が、その音波に弾かれて爆散してしまったではないか。

 

…それは鷹矢のエクシーズ召喚を遮るように、ミズチによって叫ばれた宣言によるもの。

 

獲物を押さえつける捕食者の咆哮、毒の華竜による無情の制圧。

 

そう、【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】となるはずだった二つの光の導きが、天に形作る前に霧散してしまったのだ。

 

 

 

「そんな効果が…くそっ!」

「…もう貴方に用は無いの。何もさせない…早くターンエンドして。」

「ぐっ…この女…」

 

 

 

…ミズチがわざわざ鷹矢にレベル4のモンスターを揃えさせたのも、『召喚させない』のではなく『召喚を無効』にして、『切り札』をExデッキから墓地に遅らせる為。

 

今のミズチの行動からソレを感じ取った鷹矢の額には、掌で弄ばれたことに対する怒りが昇ってきているようにも見え…

 

そう、召喚を無効にし、そのまま墓地に送ってしまえば…蘇生もできなくなり、Exデッキにも居なくなるのだから再度召喚することはかなり困難になるという、鷹矢のデュエルの自由を奪う植物の壁。

 

 

…今のミズチから放たれる重圧は、先程までの彼女の比ではない。

 

 

モンスターのレベルを1にしても意地でもエクシーズ召喚してくる鷹矢の、その世界に轟く『切り札』を封じるための、容赦の無いミズチの一手。

 

それは元々、かなりの実力を兼ね備えていた竜胆 ミズチが、『何か』のきっかけで己を超えたという…

 

異形の『眼』を覚醒させた今のミズチの力が、先程の彼女とは比べ物にならない程に飛躍していると言うことであって。

 

 

 

「…天城 遊良から聞いたって言ってたわね。…早く貴方を倒して天城 遊良のところに行かないと…」

「貴様…もう俺に勝ったつもりか!」

「…早く…もし天城 遊良が【紫影】の事を隠したら、倒してでも聞き出さないといけないから…今なら、きっと貴方よりも簡単に倒せると思うし…」

「な…」

 

 

 

もうミズチの眼中には、鷹矢は映っていないのか。

 

【紫影】と彼女の関係が一体どういったモノなのかなど、鷹矢には到底わかるはずが無いとは言え…

 

こうも雰囲気を変貌させ、そしてその『眼』を異形のモノへと変化させた今のミズチの力は、紛れも無く実力の『壁』を超えたその『先』の地平にも匹敵していると言えるだろう。

 

それは、いくらここまで『全勝』を貫き通して1位をキープしてきた鷹矢を持ってしても押さえきれぬ、禍々しくも強き代物でもあり…

 

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなぁ!」

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

自分を見ていないミズチの言葉に反応した、鷹矢の叫びが空を切る。

 

その怒りに震える鷹矢の叫びは、ミズチの意識を意地でも自分に向けさせてやると言わんばかりの重さを持って、既に自分を見ていないミズチの耳に投げつけられ…

 

 

 

「この俺を!俺を遊良よりも下に見るだけでは飽きたらず!あまつさえ赤の他人が!俺以外の奴が、簡単に遊良を倒すだと!?例え寝言でもそれだけは絶対に許さん!」

 

 

 

ソレと共に海岸線に響くは、ミズチの重圧を押し返す鷹矢の怒号。

 

 

…鷹矢にとって、絶対に許せない事が2つある。

 

 

一つは、遊良に仇名す者。

 

幼少の頃、遊良の敵の全てに牙を剥くと決めた鷹矢にとって…幼馴染であり相棒であり、生まれてからずっと共に過ごして来た片割れに害をなそうとする者は絶対に容認など出来ないのだ。

 

そしてもう一つ…

 

 

 

「遊良は【決島】の頂点の舞台で、この俺と戦うのだ!そうアイツと『約束』した…だから俺以外の者がアイツを…遊良を軽々しく倒せるなどと思い上がるな!【貪欲な壷】発動!墓地のダーク・リベリオン、ライオンハート、ギアギガントX2体、シルバー・ガジェットをデッキとExデッキに戻して2枚ドロー!」

 

 

 

…そう。

 

自分を遊良よりも倒しやすいとぬかしただけでは飽き足らず、自分と並び立つ遊良すらも簡単に倒せると口にしたミズチが、どうしても鷹矢には許せない。

 

…遊良を馬鹿にされる事は、自分を馬鹿にされている事と同義。

 

生まれた時からずっと共に過ごしてきて、常に対等に隣に並び立ってきた、己の片割れである遊良を…簡単に倒せるなどと思い上がられる事は、ソレすなわち自分と遊良の交わした『約束』を邪魔する敵であると言うこと。

 

 

 

「【ブリキンギョ】を召喚!その効果で手札から…」

「…無駄!ドラゴスタペリアの効果発動!【ブリキンギョ】に捕食カウンターを乗せて、発動した効果を無効にする!」

「くそっ…だが負けるわけにはいかん!俺を舐め腐り、あまつさえ遊良を簡単に倒せるなどと抜かした貴様には!魔法カード、【アイアンコール】発動!墓地から【ゴールド・ガジェット】を、効果を無効にして特殊召喚!」

 

 

 

…人には、絶対に譲る事が出来ない『モノ』がある。それは例え、他人にとっては『そんなことで』と思うことであっても。

 

だからこそ、これ程までに変貌したミズチを前にしても、鷹矢がこれ程までに怒っているのはミズチが自分の力を軽く見ているだけでなく、自分と対等の遊良を軽々しく倒すと抜かしたことに対してであり…

 

ここでミズチが自分と遊良を倒すという事は、勝敗によっては自分か遊良、もしくはどちらも明日の『決勝』へと進めなくなるという事でもあるが為に、鷹矢にはソレが何が何でも許せない。

 

…鷹矢にとって、遊良と交わした『約束』を邪魔する者は何があっても許せないこと。

 

それは例え相手が誰であろうと、例え相手が何を思っていようとも。対峙している竜胆 ミズチと、顔も知らぬ【紫影】という敵の因縁など、鷹矢にとっては何の関係も無いこと。

 

そう、いくらミズチの眼が怨嗟塗れる蛇のような、異形のモノへと変貌しても…そのどれもが鷹矢にとっては関係のないことであり、鷹矢の頭の中にあるのは不遜なる態度を取ってきた竜胆 ミズチを、何が何でも倒すと決めたその意志だけ。

 

 

 

「【モンスタースロット】を発動!レベル4の【ゴールド・ガジェット】を選択し、墓地の【ブリキンギョ】を除外して1枚ドロー!…よし!俺がドローしたのはレベル4の【無限起動ロックアンカー】!ロックアンカーを特殊召喚し、その効果で手札から【グリーン・ガジェット】も特殊召喚!レッドを手札に!」

 

 

 

…そうして。

 

鷹矢の意思に、デッキが同調するかのようにして。次々に場に現れるは、命を持った機鉄のモンスター達。

 

何度ミズチに止められても、幾度ミズチに妨害されても。それでも鷹矢の展開は終わる事無く、その意思がデッキに乗り移ったかのように次々にモンスターが揃っていくではないか。

 

 

 

「ゆくぞ!俺はレベル4のゴールドとグリーン…2体のガジェットで、オーバーレイ!」

 

 

 

その異形の『眼』で立ち塞がるミズチを前にしてもなお、決して鷹矢の咆哮も止まらず。

 

再び2体のレベル4のモンスターが、その身を光に変えて天に舞う。それはまるで、2体のレベル4モンスターを揃える事など、どんな事よりも簡単なのだと言わんばかりの立ち振る舞いとなりて…

 

 

 

 

 

「天音に羽ばたく黒翼よ!神威を貫く牙となれぇ!」

 

 

 

 

 

世界に轟くその口上。

 

己の身を削ってまで得た、自身にとってたった一枚の『切り札』。

 

自由に振舞う鷹矢のデュエルの、『砦』となるべく存在を今ここに呼び出すため…

 

天宮寺一族の筆頭である祖父、王者【黒翼】天宮寺 鷹峰の倣うかのように…

 

 

 

 

 

「エクシーズ召喚!ランク4、【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500 DEF/2000

 

 

 

そして…

 

天に羽ばたく雄雄しき翼と、全てを切り裂く鋭き牙が夕日の光に輝いて。

 

遂に場に現れた、世界に知られる王者【黒翼】の…文字通りその『名』となった、天で吼えるは黒翼牙竜。

 

その佇まいはまさに王の風格。

 

未だ未熟さを感じさせる鷹矢の場に現れても、その存在感は正真正銘歴戦の代物となりて天に咆哮を轟かせるのか。

 

ミズチの場で怪しく蠢く、3体の奇怪な植物たちを前にしてもなお。その全てを切り裂かんと、好戦的に叫びを上げていて。

 

 

 

 

「…【黒翼】…」

「【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】の効果発動!オーバーレイユニットを2つ使い、【捕食植物トリフィオヴェルトゥム】の攻撃力を半減させ、ダーク・リベリオンの攻撃力に加える!吸い尽くせ、紫電吸雷!」

 

 

 

そうして猛々しく現れた【黒翼】が、その双翼を荒々しく広げる時。

 

その翼から放たれた紫電の網は、捕食者であるはずの敵を逆に捕食するのだと言わんばかりの勢いを纏いて、毒の華竜へと向かって伸びていく。

 

…ミズチのLPは残り600。

 

一撃でいい。とにかく、ミズチのLPを削りきるだけの一撃を求めて、必死さに似た諦めの悪い叫びと共に。自分と遊良を舐め腐っている、目の前の異形の眼を持つ少女へと向かって…

 

どこまでもどこまでも荒々しいまま、鷹矢は力の限りに叫びつづける。

 

 

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

 

 

「…させない!速攻魔法、【捕食生成】発動!手札のセラセニアントを見せて【黒翼】に捕食カウンターを乗せる!」

「くそっ!これでも届かんのか!」

 

 

 

ミズチとてここで終わるはずもなく。

 

彼女が発動した悪魔の種子を生み出す一枚の魔法カードによって、なんと【黒翼】の翼にもミズチの放った悪魔の種子が弾丸となりて、勢い良く【黒翼】に噛み付いてしまったではないか。

 

…それは先程も鷹矢の手を潰す為に使用した、ミズチの妨害のための速攻魔法。

 

そう、まるで狙い済ましたかのように。ミズチの封殺の手はどこまでもどこまでも鋭い棘となりて、鷹矢の決め手へと悉く突き刺さってくるのだ。

 

…果たして、ミズチにはこの光景が見えていたのだろうか。そう、どれだけ手を潰しても、どれだけ押し潰しても…それでも諦める事無く向かってくる鷹矢と【黒翼】のその姿が。

 

そうでなければ、ここまで鷹矢の手を潰す事などできるわけが無い。鷹矢の持つ【黒翼】をこれ程までに封じ、鷹矢相手に勝利を勝ち取れると思う事など、生半可なデュエリストでは到底居るはずも無いのだから。

 

 

 

「…無駄。もう貴方のデュエルは見切ってる。未熟な貴方が【黒翼】を使っても怖くない」

「…なんだと?」

「…『No.』はちょっと予想外だったけど、でも貴方の手札は【レッド・ガジェット】だけ。『No.』がもう出てこないなら…私の勝ちよ。」

 

 

 

…淡々と。

 

どこまでも淡々としているものの、異質なる覇気を纏いて発せられる、異形の目を持つミズチの言葉。

 

ミズチが後続を呼ぶロックアンカーを無効化しなかったのは、レベル1のモンスターが2体場に揃うことを嫌ってか。

 

そう、鷹矢の後ろに見える『何か』を見通しているミズチからすれば、レベル4のモンスターが場に並ぶ事とレベル1のモンスターが場に並ぶ事を天秤にかけたら、何が出てくるか分からないランク1の『No.』よりもランク4の方が対処しやすいと取ったと思われ…

 

まぁ、そんな事は今この場にいるミズチにしか分からない、デュエルを肌で感じている彼女自身の思考なのだから、どれだけ考察しようと無駄なことではあるのだが。

 

それでも、その言葉の説得力が相当たる力を持っていると言うことは、この戦いを観覧している世界中の見えない観客達が最も強く感じており…

 

…何せ、現時点まで75戦75勝で勝率1位を突っ走ってきた、王者【黒翼】の孫である天宮寺 鷹矢をここまで押さえ追い詰め押し潰し…そして圧倒している姿を魅せたのは、何を隠そうこのウエスト校3年の竜胆 ミズチただ一人なのだ。

 

…他の75人に出来なかった事を、この少女は達成しようとしている。

 

 

【王者】の孫が負ける姿。【王者】の『名』が討たれる姿―

 

 

ソレが見たい。ソレを見たい。群雄割拠のこの【決島】で、【王者】の血筋を真正面から打ち破る一人の少女の姿を、このデュエルを見ている世界中の観客達が期待していて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし―

 

 

 

 

 

 

 

 

「…貴様は先程、俺がランク1を出した時に『迷いは無いの』かと聞いたな?」

「…えぇ。」

 

 

 

突然…

 

そう、他者を圧伏させるような、ミズチの捕食者のオーラを前にして。

 

静かに呟かれた鷹矢の言葉は、どこか先程までの荒々しいモノから一転。声に重みを持たせ、異質な存在となったミズチの耳に無理矢理に届かせるかのようなトーンとなりて…不意に、竜胆 ミズチの耳に届けられ始めたのだ。

 

…それは先程までの、荒々しい言葉とは真逆、裏腹、正反対。

 

どこか落ち着きを取り戻したかのような言葉のトーンで、静かに言葉を発し始めた鷹矢のその姿は、まさかこの窮地に追い込まれたことで勝負をもう諦めてしまった…

 

と言うわけでは、鷹矢に限っては断じてないと言う事だけは確かではあるものの…それでも、どこか追い込まれたことによる精神の乱れを感じさせるような鷹矢の突然の変化は、当然ながらミズチにも多少の警戒を与えており…

 

 

 

「…迷いならば確かにあった。ランク1など出した事もなければ、使おうと思った事もなかったのだからな。」

「…じゃあ、どうして?」

「いい機会だと思ったのだ。…俺は去年の【決闘祭】が終わってからずっと考えていた。俺のデュエルは確かにランク4に頼りきっているが、本当にソレだけでいいのか…と。」

「…」

 

 

 

…けれども、そんなミズチを意に介さず。

 

鷹矢は淡々と静かに言葉を紡ぎ、その目はどこか遠い場所を見ているだけ。

 

…搾り出すようなその声は、鷹矢にしては珍しい。

 

いつも自信満々で不敵な態度で、不遜なる言葉使いで他者を敬わないあの鷹矢の、この搾り出すようなその声は…開始前に大見得を切って、ここまでノンストップで戦いを続けてきて、そして最後の最後でぶつかった窮地に思わず吐露してしまったとも取れる言葉だろう。

 

それは周囲に『天才』と持て囃され、王者【黒翼】の孫というレッテルを貼られ続けてきた鷹矢の、苦悩にも似た心の内だとでも言うのだろうか。

 

 

 

「確かに貴様の言った通りだ。俺のExデッキはランク4のみ。そしてメインデッキのモンスターもレベル4のみ。これでは、貴様にワンパターンと言われても仕方がないだろう。だがこれが俺のスタイルであり、これが俺のデュエルなのだ。今更変える事もできんし、変えるつもりもない。」

「…じゃあ、貴方はここで終わ…」

「しかし!俺とて考えたのだ!このまま変わらなければ、俺はこれから『先』に進む事も難しいと!…だから考えた…考えて考えて…」

 

 

 

…その苦悩を表すかのように、鷹矢の場に居るのは効果を奪われた【黒翼】の他にレベル4とレベル1の2体の機械族だけ。

 

そもそもレベルがバラバラではエクシーズ召喚は行えず、鷹矢のExデッキにあるのはランク4だけだという事を鑑みると…ミズチの度重なる妨害によって、とうとう鷹矢の万策は尽きてしまったのか。

 

そんな鷹矢の、鷹矢の搾り出すようなその声に竜胆 ミズチ本人も勝利を確信し…

 

手を止めてしまった鷹矢の姿を見て、TVの前の誰もが鷹矢の負けを確信し…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、至ったのだ。」

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―否

 

 

 

続けて放たれたその声は、万策尽きた声ではない。

 

 

 

 

 

「貴様はいいチャンスを与えてくれた。俺の考えていた策を、実行させてくれるいいチャンスを。」

「…チャンス?」

「うむ。夏休みは理事長の所為で大会に出っぱなしだったからな。プロ相手では考えていても実行する暇など与えてはくれん。【決島】でも手ごたえのある者は居たが、やはり試す前に決着が着いてしまうために試す暇も無かった…だが、このデュエルでは貴様の方から俺のモンスターのレベルを変えてくれたのだ。おかげでいい実験が出来た。俺の考えていた事が実現可能だったと言う事を、実戦の中で掴めた事はこの上なく大きい。」

「…私を…利用して…」

「いや、利用ではない。元々俺の中にあった確信が、貴様のおかげで確定となっただけだ。貴様の妨害のおかげだ。ソレがなければ、俺は貴様のような強者相手に意地でもランク4で勝とうと躍起になって…そして負けていただろう。…だから感謝を述べてやる。貴様のおかげで、俺はまだまだ強くなれることがわかったのだからな。」

「…」

 

 

 

それは鷹矢のいつもの声。

 

…不遜、不敵、不敬、不屈。

 

ソレを聞いてしまえば、先程までの鷹矢の声も雰囲気も立ち振る舞いも、勝負を諦めた弱者のモノではないとさえ思えてきてしまい…先程の声は、決意を固める前の心の準備をしていた、嵐の前の静けさにも似た声だったのだろうか。

 

…そう。どれだけの困難を前にしても、どれだけの強敵を前にしても、それでも鷹矢の心は折れず。例え相手が誰であっても、どこまでも唯我独尊を貫かんとするその姿はまさに天上天下の頂を見据える、孤高を貫く立ち振る舞い。

 

しかし、それも考えてみれば当たり前か。

 

何せ、幼少の頃に二人で誓った、遊良との『約束』の実現の前に。鷹矢の心が、折れるはずもなく…

 

 

 

ソレ故―

 

 

 

「…いいだろう!覚えたぞ、竜胆 ミズチ!貴様を大馬鹿者の妹ではなく、1人のデュエリストとしてこの頭に!その貴様に見せてやる!…本来ならば明日の遊良との戦いの為に取っておこうと思っていたのだが…修業で新たに掴んだ、俺の新たなる戦い方を!俺は場の、【無限起動ロックアンカー】の効果発動!」

 

 

 

今までの、ミズチに圧倒されていた鷹矢から一転。

 

鷹矢の宣言に反応して、ミズチのオーラに押し潰されていた2体の機械族がその身を無理矢理に押し上げ始める。

 

…そして軋みを上げる空気と大気、ぶつかり合うは蛇と鷹。

 

ミズチの放つ圧迫を、己の我が侭なるも強靭な自意識のみで押し返そうと叫ぶ鷹矢の猛りが辺りを覆っている捕食者のオーラとぶつかり…

 

蛇の睨みと鷹の目がその視線を改めて合わせる時、このデュエルが紛れもない『決闘』と変わっていくではないか。

 

鷹矢の放つ豪の覇気と、ミズチの持つ儚げな雰囲気。その双方の持つモノが激しく押し合いを始めたその瞬間に、周囲の空気が文字通り一触即発の代物へと変わっていき…

 

 

 

 

 

「俺はブリキンギョとロックアンカーの…元々のレベルを合成する!」

 

 

 

【無限起動ロックアンカー】レベル4→8

 

【ブリキンギョ】レベル1(4)→8

 

 

 

「…ッ、レベル4のモンスターがレベル8のモンスターに…レベル8のモンスターが2体…」

「ゆくぞ!俺はレベル8となったモンスター2体で、オーバーレイ!」

 

 

 

そうして…

 

そのレベルを8と変えた、2体の機械族が天を舞う。

 

自分自身のデュエルは紛れも無く『コレ』なのだという、その誇りが鷹矢の中に確立されているからこそ…その『先』に進む為に、鷹矢はずっと悩んできた。

 

ソレ故、今の自分を構築しているデュエルのスタイル、これまで共に戦ってきたデッキの相性、ソレらを今更、根本から変えることなど鷹矢には出来ず。

 

そう、デッキの中のモンスターのレベルをバラけさせれば、今まで培ってきたスタイルが崩れる。Exデッキに多様なランクを入れれば、必要な時に手が足りなくなる。

 

その悩みに、板ばさみにされてきた鷹矢だからこそ…

 

 

 

 

 

 

「…今度はランク8?けど、今『No.』はランク1になってるはずじゃ…」

「いや、これでいいのだ!『No.』はExデッキに戻るたびに白紙に戻る!」

「…白紙!?…嘘、だって54はまだそこに居…ッ、消えてく!?」

「意味のわからぬ事を何時までも抜かすな!俺の力、俺だけの力、『No.』よ!今この瞬間に………竜胆 ミズチを超える力となれぇ!2体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!」

 

 

 

―オーバーレイネットワークを、構築

 

およそこの世界においては、鷹矢にのみ許されたその口上が導くままに。

 

もし『レベル4』だけを主軸に残したまま、様々なランクのエクシーズ召喚を行う事が出来たら…その時こそ、自分次なる段階に至る事が出来るという、その確信が鷹矢にはあった。

 

けれども、ただ単に様々なランクのエクシーズモンスターをExデッキに入れてしまっては、肝心な場面で手が足りなくなってしまう事からソレは実現不可能なのではないかという懸念もあった。

 

 

…しかし、昨年度に決闘市を襲った『異変』。

 

 

その際に紫魔家の者たちの手にあった『闇』を『No.』が喰らったことで、なんと『No.』は再び『白紙』に戻り、そしてその姿をデュエルの度に変化させるようになったのだ。

 

夏休みの修業中は、レベルの高い大会に出続けだった所為で『試す』暇が無かったが…

 

先ほどの竜胆 ミズチの『レベル変動』という妨害のおかげで、意図せずソレを『試す』機会が訪れた。そう、『そうしなければ』負けていたあの時点で、鷹矢の元々あった『確信』は紛れも無い『確実』となったのだ。

 

 

―ソレが出来ると確定したからこそ、ソレが出来ると確認できたからこそ。

 

 

 

 

 

「現れろ、『No.23』!」

 

 

 

 

 

微塵も迷いを感じさせない、鷹矢の叫びが木霊する。

 

…呼び出そうとしているのは、今この場を切り伏せられる力を持ったモノの『イメージ』と、頭の中に浮かんだ『番号』が混ざり合った、異界より出でし謎の存在。

 

…求めるのは、今ここでで竜胆 ミズチに立ち向かえる力と、今ここで竜胆 ミズチを超える程の己の力が具現化した存在。

 

それを、己の魂に強く訴え。自分が持てる力の全てを賭けてでも、今ここで絶対にミズチを倒すと誓い…その鷹矢の叫びが形となりて、銀河の渦へと吸い込まれていく。

 

 

 

 

 

「冥界の扉を守護する騎士よ!精魂尽きるその時まで…全ての敵を切り伏せろ!エクシーズ召喚!」

 

 

 

 

 

立ち塞がる者は、例え『何』であろうとも捻じ伏せる。

 

ソレは例え強者であっても、手の届かない【王者】であっても…そう、例えソレがどんな【化物】であっても。

 

覇道を突き進む鷹矢の叫びが、今ここに響き渡り…今の鷹矢の姿は、彼が最も毛嫌いする祖父にも似たモノとなりて。異形となった竜胆 ミズチの、その蛇のような『眼』に写るのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

―ここに、現れしは…

 

 

 

 

 

 

 

 

「来い…ランク8!【No.23冥界の霊騎士ランスロット】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弾ける銀河を突き破り、この現世に現れたのは…肉体を捨てた幽世(かくりよ)の、冥府を守護せし白銀の鎧。

 

それはその腹部に、『No.』の証である数字…『23』を刻み込んだ、この世界のモノではない全く新しいエクシーズモンスター。

 

命尽きてもなお戦いを止めぬその姿は、己に刻まれた定めを死してもなお全うせんと掲げる、騎士の誇りにも視える代物でもあり…

 

まさに鷹矢の鷹矢による鷹矢の為の、鷹矢が生み出した全く新しいカードの姿であって。

 

 

 

【No.23冥界の霊騎士ランスロット】ランク8

ATK/2000 DEF/1500

 

 

 

「…ライオンハートが消えて…また新しいのが増えた…今度は…ランク8…」

 

 

 

そして、再びその姿を変えた『No.』を見て…

 

否、視て、思わず一歩後ずさってしまった竜胆 ミズチ。

 

…果たして、ミズチの異形のその『眼』には一体鷹矢の『何』が見えていると言うのか。

 

ここに新たに現れたランク8の『No.23』の事を、見えているけれども見えていないような表情をしている竜胆 ミズチの驚き様は…

 

今この瞬間にまた姿を変えた『No.』の変化に、心から惑わされているかのようではないか。

 

 

 

「…けど、攻撃力2000…それなら54みたいな効果は…」

「いや、この攻撃で終わりだ!オーバーレイユニットを持ったランスロットはダイレクトアタック出来る!」

「…え…」

「バトル!ランスロットよ、あの女にダイレクトアタックだ!」

 

 

 

けれども、そんなミズチの心情に割って入るかのように。

 

…肉体滅びし幽なる騎士が、今高らかに天に飛ぶ。

 

それは単純なりしも明確な、勝利を最短で掴み取る為の無慈悲な効果。

 

いくら壁が分厚かろうと、いくら壁が高かろうと…肉体を持たぬその騎士は、ただただ主の為に軽やかに天に飛び上がるのか。

 

果たして…その切っ先が見据えるのは、ミズチかそれともミズチの持っている『何か』か。

 

今、幽世(かくりよ)から現れた異界の騎士が、夕日の逆光と共にその姿を陽炎のようにこの世から消し…

 

 

 

「…消え…」

 

 

 

ミズチの異形の『眼』からも、ミズチの場の捕食者達の目からも消えてしまったその瞬間に…

 

 

 

 

 

―ソレは、叫ばれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊騎薄刃!スピニング…ディスカリバー!」

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

「…あぁッ!」

 

 

 

陽炎の如く揺らめきながら、ミズチを背後から貫いたレイピアの一突き。

 

それはミズチの残ったLPを、根こそぎ貫く一閃となりてミズチの胸を貫くのか。

 

リアル・ダメージ装置によって、剣の一刺しの如き鋭い痛みがミズチの儚くも美しい体を貫き…

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

ミズチ LP:600→0(-1400)

 

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

霊騎士の一閃が走った瞬間、無機質な機械音が海岸線に響き渡ったかと思うと…

 

 

 

ソレは紛れも無く、強者同士の戦いが終わったことを現していた―

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「…あッ…ぐ…し、【紫影】は…絶対に私が…」

「…貴様が【紫影】とやらにどんな恨みがあるのかは知らんが…【紫影】とやらは俺が倒す。…遊良とルキを傷つけたのだ。ただでは済まさん。」

 

 

 

砂浜にうつぶせに倒れつつ、未だ意識を失う事なく鷹矢を見ている竜胆 ミズチに対し…ソレを目線で見下しつつも、決して心では見下してはいない鷹矢の声が、この海岸線の波と交わる。

 

…【紫影】の名を聞いて、突然変貌した竜胆 ミズチ。

 

彼女がどうして【紫影】をこれ程恨んでいるのか。そんな理由など鷹矢には到底知りえる理由では無いとは言え…

 

この最終盤で、【決島】始まって以来の大苦戦を強いられた鷹矢にとっては、あまりの強敵だったミズチを何とか倒せた事にどこか安堵を感じているかのよう。

 

 

 

…ギリギリ…本当にギリギリの勝利だった。

 

 

もしもミズチが後一つ妨害できていたら。もしもミズチが最初からあれほどの『力』と異形の『眼』に目覚めていたら。もしもミズチが最後にランク1ではなくランク4を警戒してきたら。もしもミズチにロックアンカーを止められていたら。

 

 

もしも『No.』が、鷹矢に反して『ランク4』にしかなれなかったとしたら…

 

 

ソレを鷹矢もわかっているからこそ、ギリギリでどうにか勝ちを拾えた事に安堵を感じると共に、強敵だったミズチを決して忘れぬよう人の顔と名前を覚えないその頭に竜胆 ミズチの名を刻み込んでいるのか。

 

 

 

「…覚えておくぞ竜胆 ミズチ。プロに行っても戦う事になる強敵の一人よ。…さらばだ。」

 

 

 

けれども、最後に勝利したのは紛れもなく鷹矢。

 

ソレ故、ミズチにそれ以上の言葉をかける事無く。【決島】の掟に従い、鷹矢はミズチに背を向けてこの場から離れ始め…

 

 

敗者に情けをかけぬよう。勝者は振り返る事無く、その場から立ち去るのだった。

 

 

 

「…ぅ…に、兄さん…兄さんに伝えなきゃ…【紫影】が…『竜胆』の汚点が…生きていたって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでネ…」

「トドメだ!【神獣王バルバロス】でダイレクトアタック!天柱の崩壊、ディナイアー・ブレイカー!」

 

 

 

―!

 

 

 

「クァァァァァアッ!」

 

 

 

ミレイ LP:800→0(-2200)

 

 

 

―ピー…

 

 

 

深い森の中で掻き鳴らされた、無機質な機械音。

 

それは先ほどまで繰り広げられた、激しい戦いの決着がたった今着いたことを知らせる音となりて…陽も落ち暗くなってきた、二人の周囲へと響き渡る。

 

 

 

「はぁ…はぁ…つ、強かった…王…ミレイ…」

「ハッ…ハァッ…そ、想像以上だた…ヨ…アイ、倒したのも…な、なるほど…ネ…」

 

 

 

そして一つの戦いを終えて、あまりの疲労とダメージに苛まれている様子の遊良とミレイ。

 

何とか遊良は立っていられるものの、体を捻じらせながら天を仰いでいるミレイの意識は既に少々朦朧としてきている様子でもあり…

 

その荒く速く浅い呼吸は、まるで全力疾走の後の疲労にも似ている心地良い倦怠感となりて、二人の体に重く圧し掛かってきているかのよう。

 

何せ、ミレイが先攻1ターン目から遊良の手札を全て奪ったかと思うと、その次のターンに遊良は手札0からたった1枚のドローで戦況をひっくり返し…その次のターンには、ミレイもまたソレをひっくり返し、そうして1ターン毎に戦況がひっきりなしにひっくり返るという、あまりに激しい応酬を遊良とミレイは繰り広げたのだ。

 

…勝ったとは言え、遊良の残りLPもたったの100。

 

一つ手を間違えれば、どちらが勝っても可笑しくない戦いだった。そのギリギリの戦いを終えたばかりなのだから、遊良のその疲労している姿もある意味当然とも言え…

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

遊良とミレイの戦いが終わった、その直後。

 

 

―島全土に、大音量の無機質な機械音が轟いた。

 

 

それはデュエルの終わりの音ではなく、紛れも無く混戦全ての終了を知らせる、タイムアップの大音量。

 

そう、一日中行われた、世界全土が観戦している学生達の祭典…【決島】の、予選が終了した合図を、島の中にいる全ての学生達へと届けているのだ。

 

…倒れた者も多いだろう。立っているのがやっとの者もいるだろう。

 

無傷の者など皆無であり、この島で最後まで戦い抜いた学生達の全てがボロボロとなっているその姿は、そのまま【決島】のレベルが高かった事の証明となりて全世界の観客達へと届けているのか。

 

 

 

 

 

 

 

ついに、ようやく…

 

 

 

 

 

 

 

 

予選が、終了したのだ―

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おや、予選が終わったみたいですねぇ、えぇ。」

 

 

 

埃臭い、どこか暗い倉庫のような場所。

 

その、光差さぬ辛気臭い場所に…裏決闘界融合帝、性根の腐った捻じれた男…【紫影】が、居た。

 

…いや、【紫影】だけではない。

 

手に鈍器のようなモノを持った【紫影】に、見下されるようにして…無様にも地面に転がっているのは、決闘学園デュエリア校学長、かつては『逆鱗』と謳われた元プロデュエリスト…

 

 

 

ー劉玄斎、その人

 

 

 

「ぐ…【紫影】…テメェ…」

「ふふ、無駄な抵抗はおよしなさい『逆鱗』。いくら貴方でも、【白鯨】とのデュエルで負ったダメージが残っていてはその鎖は引きちぎれないでしょうからねぇ、えぇ。」

 

 

 

手と足と指と。鋼鉄の鎖で縛られて、立ち上がることすらできずに転がされ…

 

【紫影】の持っている鈍器に、何度も何度も打たれたのだろう。頭から血を流し、体中には痛々しい痣だらけの劉玄斎。

 

…しかし、【決島】から姿を消したはずの【紫影】に、一体どうして劉玄斎が捕まっているのか。

 

どうにか上半身を起き上がらせはするものの、砺波との激闘のダメージもあるのか既にその身は満身創痍。

 

この状況を見れば、彼が紛れもなく【紫影】に捕まっているということだけはまず間違いはなく…

 

 

 

「何が…狙いだぁ…くっ、テメェの策略は…失敗したんだろうがぁ…」

「はぁ…呆れるほど頑丈ですねぇ貴方も。これだけ叩いてもまだ意識を保っているとは、えぇ。」

「…これ以上…何しようってんだ、この…屑野郎…もう綿貫の爺にも、砺波の野郎にも…ハァ、ハァ…テメェの事ぁ…バ、バレてん…だぜぇ?」

「えぇ、知ってます。なので私も『明日』の準備を始めたいですし…そろそろ落ちなさい。」

 

 

 

―!

 

 

 

そうして。

 

劉玄斎の言葉を、無理やりに遮るかのように。

 

【紫影】が思い切り鈍器のような太い棒を振り回したかと思うと、ソレが一閃となりて劉玄斎の側頭部を弾き撃ち抜いてしまって。

 

そして…金属の太い棒らしき鈍器で、頭部を思い切り叩かれた劉玄斎は…

 

 

その場で大きく音を立て、その場に倒れこんでしまったー

 

 

 

「さて、貴方には【決島】が終わるまで大人しくしていてもらいましょう。【白鯨】を止めろと命じましたが、『負けろ』とは言いませんでしたし…これは罰です、えぇ。貴方はそこで大人しく、ご自分の生徒達が蹂躙されるのを…ふふ、指を咥えて見ていればいい。明日の決勝が終われば…ふふ…」

 

 

 

また、どこまでも飄々と、そしてあまりに悪びれもなく。

 

言いたい事を吐き捨てるように、倒れた劉玄斎を一瞥の元に見下しつつ…

 

この倉庫のような部屋から、【紫影】は出て行ってしまったではないか。

 

 

 

 

残されたのは、気を失った劉玄斎と…

 

 

 

 

 

「おっと、咥える指も縛られていては流石に咥えられませんかねぇ、えぇ。」

 

 

 

 

嘲笑混じりの【紫影】の声が、残響するのみだったー

 

 

 

 

ー…

 

 

 

 


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