遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep79「『逆鱗』vs.【白鯨】」

―かつて…決闘界を騒がせた問題児が居た。

 

それは誰にも媚びぬ傲慢な物言いと、後先を考えぬ喧嘩っ早い性格と、その自信を裏付けるほどに溢れた才能と、そして周囲を腕ずくで黙らせる事の出来る実力とが相まって…

 

誰も彼の暴れっぷりを止めることが出来ず、誰にも止められること無く『彼』はその好戦性に任せ己の本能のままに日々戦いに明け暮れていた。

 

かつての現役時代、幾度となくその暴虐性を持って、決闘界を『力』で荒らし回った歴戦の男…その暴走には、かつての決闘界の重鎮達も相当手を焼いていたに違いなく。

 

誰も彼もがその『彼』の前に蹴散らされ、一体彼によって何人の未来ある若者達が先への夢を頓挫し、一体どれほどの勲章を独り占めしたのだろう

 

 

…しかし、当時は誰も彼を咎めることをしなければ、誰もが彼を【王者】でも無いのに声高々に称えていた。

 

 

それは、『彼』の残した恐ろしいほどの実績と、純粋なる『力』を貫いて最後まで戦いぬいたからこそ。そう、引退するその時まで。世界の人々は彼の力を認め、また彼のデュエルに酔いしれ…

 

そして彼がコレから先、一体どれ程の偉業を達成するのかと、日々飽きる事無く声援を送り続けていたのだ。

 

その、彼の築いた伝説は数多く…

 

通算勝利数『No.1』。全世界プロデュエリストランキング『第1位』歴代最長。チャンピオンズ・リーグ優勝回数『歴代最多』。削値LP歴代全プロデュエリスト中『トップ』。

 

その他にも、賞金王やゴールデンデュエルディスク賞など…彼の伝説を上げればまだまだキリがなく、下手をすれば歴代のどの【王者】達よりも築き上げた武功は勝っているとも言えるだろうか。

 

 

―また、『彼』の残した伝説の中でも、特に有名な伝説が3つある。

 

 

 

―『殴り合い』…世界最強のエクシーズ使い、エクシーズ王者【黒翼】天宮寺 鷹峰との伝説の戦い。

 

―『潰し合い』…誇り高き歴戦の王者、シンクロ王者【白鯨】砺波 浜臣との伝説の試合。

 

―『殺し合い』…底知れぬ恐怖、融合王者【紫魔】紫魔 憐造との伝説の一戦。

 

 

お互いにLPを投げ捨てながら、正面衝突で殴りあった…お互いに相手の手を潰し合い、常に戦況が一転し張り詰めていた…お互いに相手の息の根を止めにかかり、一瞬の油断でLPが湯水の如く消え去っていった…

 

世界中のオーディエンスが熱狂し、文字通りこの星全土が興奮でヒートアップしていたと言っても過言ではない、決闘界の歴史の中でも『最高』の試合に数えられている三試合。

 

 

…その戦いはまさに互角。

 

 

【王者】ではない者が、【王者】と同等の実力を持ち…どちらが勝ってもおかしくない戦いを、【王者】でない一人の男がその身一つで成し遂げたのだ。

 

だからこそ…

 

『彼』と【王者】達とのその伝説の決闘は、最早語り継がれる『歴史』の一部となっている。

 

―【王者】の名に最も近づいた男、【王者】に最も拮抗した男。

 

もしも歴史が一つ違えば、例えば微かでも道を違えていれば…彼もまた、きっと【王者】と呼ばれていたであろう、伝説に数えられる決闘者の一人

 

故に…世界は彼の功績を称え、こう呼んでいる。

 

 

 

…王座を踏みつける戦闘狂、暴れ狂う大災害。

 

 

 

 

 

―『逆鱗』…

 

 

 

 

 

―劉玄斎

 

 

 

 

 

 

「私の学生をどうした!劉玄斎!」

 

 

 

そんな歴戦の男を前にして。

 

イースト校理事長であり、元シンクロ王者【白鯨】砺波 浜臣は、目の前に突如として立ち塞がった一人の男へと向かって、荒々しく声を上げていた。

 

…それは留める事など出来はしない、荒ぶる感情が発した怒号。

 

【決島】の参加者達の誰もが近づかないであろう、島の中心に聳え立つ休火山の中腹。その木々に囲まれた、不気味な雰囲気の中にある『洞窟』の前で…

 

常に冷静であろうと勤めている砺波にしては珍しい、むき出しにした感情から来る本能の言葉は、確かな威力を持った刺々しいモノとなりて周囲へと響いていて。

 

 

しかし、砺波のその怒りの声も最であり…

 

 

 

「あぁ?…クハハハハ、あの赤い髪した嬢ちゃんか。この奥にいるぜぇ?何せ、俺が運んだんだからなぁ。」

「貴様…」

 

 

 

そう、荒ぶる砺波の目の前に立っていたのは、決闘学園デュエリア校学長、劉玄斎。

 

…そう、今すぐにでもルキの元へと向かおうとしていた砺波と遊良の目の前に、突如としてデュエリア校学長である『逆鱗』の劉玄斎が立ち塞がったのだ。

 

こんなにも堂々と言い放ってくる劉玄斎の言葉から、ルキを攫った犯人が『逆鱗』であるということは最早明らかな事。

 

それ故、ルキを攫った犯人が見知った顔であったとう事実も相まって…いつもは冷静沈着なあの砺波も、感情を剥きだしにして声を荒げている。

 

 

 

「…ただの一般人である少女を攫って、一体何を企んでいる!返答次第ではただでは…」

「おいおい、この期に及んでただの一般人はねぇだろぉ?あの赤髪の嬢ちゃんが何を持ってるのかなんて、こっちはとっくに知ってんだからよぉ。ま、テメェが裏で必死に動いてたのは知ってるが…クハハ、残念だったなぁ砺波ぃ!施した策が全部無駄になってよぉ!一体いくら無駄になったんだろうなぁ!」

「そんな事はどうでもいい!それより私の教え子をどうするつもりだと聞いているのだ!」

「…さぁなぁ。…少なくとも、これから『何』をするのかは…俺ぁ、何も知らねぇ。」

「そんな言葉で逃れられると思うな!貴様が私と同じく、裏で色々と動いていたというのは既に調べが付いている!貴様の姿は天城君のデュエルドローンによって既に運営側に伝えられているはずだ、もう言い逃れる事は出来んぞ!」

 

 

 

元とはいえ【王者】と呼ばれた者と、ソレと『同格』とまで謳われた者同士がぶつけ合う言葉の応酬。

 

怒りの感情が質量を持ったかのようにして、周囲の木々を激しく揺らし…益々その怒りを強くしていく砺波の怒号は、容赦なく劉玄斎へと襲い掛かる。

 

…しかし、その言葉の応酬は劉玄斎に優位に傾いているのか。

 

果て無き鯨の怒りなど、全くもって効いていないかのようにして。【白鯨】の怒りを受けた劉玄斎は、どこまでも平気そうに重々しい龍の笑いを響かせるだけであり…

 

 

 

「クハハハハ!おいおい、俺がそんなマヌケだと思ってんのかぁ?そこの小僧のデュエルドローンの映像も、既に接続を切っちまったに決まってんだろうが。」

「接続を…切っただと?」

「あぁ、大方、騒ぎをデカくしねぇ方が動きやすいと踏んだんだろうが…テメェの動きは、最初っからこっちに筒抜けなんだよ。奴が言うには、【白鯨】のテメェが一番の障害らしいからなぁ。」

「ならばすぐにでも綿貫さんに連絡して、貴様の身柄を【決闘世界】に引渡…」

「クハハ、そりゃ無理だ。ここへ来た時点で、テメェらのありとあらゆる連絡手段は外部と切断されてんだとよ。俺には良くわからねぇが、この洞窟周辺にゃ妨害電波ってのが張り巡らされてるんだよぉ。」

「妨害?…くっ、どうりで先程からずっと天宮寺君にも連絡をしているのに、彼にだけ繋がらぬはずだ…」

「さぁて、どうすんだ砺波ぃ?外部に連絡できねぇんじゃあ、テメェが何をしようと助けは来ねぇ。綿貫の爺も、トウコのババアも、何も知らずに呑気に待ちぼうけってわけだ。俺が逃がすわけもねぇって事はテメェなら分かってるだろうしよぉ…どうする?この俺相手に、腕尽くでかかってくるかぁ?クハハハハ!」

「…」

 

 

 

砺波の怒りを受け止めながらも、逆にその威圧を跳ね返して更に笑いを響かせる劉玄斎。

 

常人ならば耐えられない砺波の威圧を、笑って受け止めているというただそれだけで…劉玄斎という男が、本当に【王者】と『同格』のモノを持っているという事が立ち尽くすしかない遊良には一目瞭然である事だろう。

 

…また、砺波とてここまで入念に張り巡らせた警戒網を、いとも簡単に潜り抜けて『敵』がルキを攫った時点で『敵』の力が一筋縄ではいかない事はわかってはいた。

 

それでも、騒ぎを大きくすればそれだけルキの身に危険が生じやすくなるであろうと考え、こうして少数で乗り込み証拠を掴み後から即座に大軍を送り込む算段だったというのに…裏をかこうと少数で乗り込んでしまったことが逆に悪手となってしまって、挙句の果てには自らが外部と切り離されてしまっただなんて、誤算どころでは済まない事態に違いない。

 

 

故に…

 

 

劉玄斎にだけではなく、自らの失態にも怒りを覚えているであろう砺波は苦々しげに、かつ怒りの表情を浮かべながら、強い視線で劉玄斎を睨んでいて…

 

 

 

(…え?)

 

 

 

 

…しかし―

 

この場に雰囲気についていけずに、立ち尽くしているしかなかった遊良は、ふと『ある事』に気が付いた。

 

 

 

(あの人…何で砺波先生じゃなくて、俺を見て…)

 

 

 

…それは砺波と向かい合っているはずの『逆鱗』の視線が、何故か【白鯨】ではなく『自分』へと向けられているという事。

 

そう、『逆鱗』の意識も言葉もその体も、全てが砺波へと向けられていはいるのだが…その高い位置にある『視線』だけは、何故か怒る【白鯨】の頭上を通り抜け、何も出来ないで立ち尽くしている遊良へと向けられてる。

 

歴戦を戦い抜いた重々しい佇まい、他を圧服させる重々しい雰囲気、常人を震え上がらせる重々しい声。

 

 

…しかし、何故か、不思議と。

 

 

怒り荒ぶる【白鯨】と、互角のオーラを放っている『逆鱗』の視線が…遊良には何故か、全く恐怖を感じない。

 

厳しい表情、重々しい雰囲気。劉玄斎という歴戦の男の、その存在全てから『圧』が放たれていると言うのにも関わらず…遊良を見ているその眼差しだけは、何故か『圧』が放たれていないのだ。

 

…一目見ただけで身も竦むような恐怖を覚えるであろう『逆鱗』の視線に中てられていると言うのに、遊良にはその『逆鱗』の視線に全く恐怖を感じない。

 

その『逆鱗』から感じるソレは、まるで意図的に敵意を向けられていないかのような…敵意の無い眼差しと、【白鯨】と『逆鱗』のぶつかり合うオーラから意図的に守られているかのような、安堵すら感じる『敵』からの視線。

 

幼少の頃…よほど『逆鱗』のファンだったらしい父に、何度も何度もデュエルの映像を見せられたプロデュエリスト『逆鱗』の、その正真正銘本物の本人。そんなTVの中でしか見たことが無いはずの本物の劉玄斎に、何故か今、見られている。

 

…その、どこか安堵すら感じるような視線は、何を言おうとしているのだろう。しかしこの危機的状況では、ソレを考える暇など遊良には無く…

 

そんな、『逆鱗』に見られている意味も分からぬ、ただただ立っているだけの遊良へと向かって。

 

劉玄斎と対峙している砺波が、横から遊良へと向かって『静かに』声をかけてきた。

 

 

 

「…天城君、私が合図したら走りなさい。」

「…え?」

「あの洞窟へ入り、高天ヶ原さんのところへ行くのです。四の五の言っている暇はありません、いいですね?」

「は、はい、砺波先生…」

 

 

 

一瞬だけ目的を見失いかけた遊良へと、静かに突き刺さる砺波のその声。

 

その、自らの使命を思い出させるかのような、砺波からの静かな指示をその耳に入れて…遊良は、再度自分のやらなければならない事を思いどしたのか。

 

…そう、今この場で、何よりも優先させなければならないのは紛れも無い『ルキ』の身の安全。

 

何故全く関わりも無いはずの『逆鱗』が、自分を敵意の無い眼で見ているのかなど今この状況においてはどうでもいいこと。

 

そもそも、ルキを攫った『敵』である『逆鱗』を前にして、一瞬でも気が抜けそうになった時点でソレが敵の思惑かもしれないのだ。

 

…だからこそ、遊良は今すぐにでも走り出せるように気を張り詰め直すと、再度『何』をすれば良いのかを自分の中で思い返して。

 

すると…

 

遊良と砺波の微かなやりとりを、遠目から見ていた劉玄斎が…目の前に勇み立つ二人へと向かって、再度その重々しい声を響かせ始めた。

 

 

 

「…内緒話は終わったかぁ?」

「…あぁ。貴様が意地でもそこをどかないというのなら…いいだろう、腕尽くで押し通る。デュエルで貴様を倒し、そこを押し通るだけだ!劉玄斎、私と戦…」

「…いいぜ?そのガキをこの先に行かせても?」

「なっ!?」

「え!?」

 

 

瞬間ー

 

―劉玄斎が、その言葉を口にしたその刹那。

 

あまりに突拍子過ぎる言葉だったせいか、たった今放たれた劉玄斎の言葉の意味を理解出来なかった遊良と砺波。

 

それは遊良と砺波の予想していなかった言葉。それは二人が予想など出来るはずも無かった台詞。

 

…そう、砺波の行く手を遮っている劉玄斎は、今何と言ったのか。

 

気を張り直した遊良の意識と、砺波の言葉の間に割って入るかのように。二人が予想もしていなかったであろう言葉を、その口から飛び出させた劉玄斎は一体何を考えているのか。

 

遊良はあっけに取られた顔のまま、驚きのあまりその場に固まってしまい…砺波の方はと言うと、劉玄斎へと向かって疑問の言葉を続けるしかなく。

 

 

 

「貴様…一体どういうつもりだ?」

「クハハハハ、なぁに、俺の仕事は砺波ぃ、テメェを止めることだからなぁ。ソレ以外は…ま、管轄外ってことかぁ?」

「…」

「…と、砺波先生…」

「…行きなさい。罠かもしれないが、ここで足踏みしている時間はありません。」

「…は、はい。」

 

 

 

…とは言え。

 

劉玄斎の言葉が何かしらの罠だとしても、ここで時間を取られている場合ではない言う事を砺波も遊良も即座に理解したのか。

 

…あくまでも目的はルキの救出。

 

わざわざルキを連れ去ったと言う事は、人目の付かぬ場所でルキの身に『何か』をしようとしていると言うこと。ルキの身に危険が迫っている以上、例え罠なのだとしても先に進まないという選択肢を取る訳には行かないのだ。

 

だからこそ、劉玄斎の言葉の心意が今この場ではわらかぬとも…ルキを助けるために、遊良も先へと進むしか選択肢は無く…

 

 

―そうして…

 

 

洞窟内に入るため、遊良は劉玄斎とすれ違うようにして横をすり抜けると…

 

 

 

「…」

「…え?」

 

 

 

一瞬、劉玄斎の口から『何か』が聞こえたと思いはしたものの…

 

そのまま止まらずに、遊良は洞窟内へと駆け足で入っていった

 

 

 

 

 

 

「…行っちまったか。」

「劉玄斎、貴様は先ほどから何をしたいというのだ。行く手を遮ったかと思えば、彼だけを行かせるなど。それでは足止めの意味が無い。」

「…さぁなぁ。ワケなんて話す気もねぇし、そもそも話せるモンでもねぇが…俺にだってよぉ、事情ってモンがあんだ。」

 

 

 

隣を走り抜けていった遊良を重い視線で視界に捕らえつつ、改めて自分へと敵意を持って向かい直してきた劉玄斎を見て、少々怪訝な顔をしながらそう口にした砺波。

 

…劉玄斎の思惑が、砺波には全く分からない。

 

砺波からすれば、ルキを隠密に連れ去ったかと思えばソレを全く隠す素振りも無く、また行く手を遮ったかと思えば遊良をすんなりと通した統一性の無い劉玄斎の行動を、ただただ不審と怪訝に思うばかりなのだ。

 

…それはまるで、悪行の狭間で己の心に迷いが生じているかのような立ち振る舞い。

 

一体何が目的なのか。敵なのか味方なのか…いや、今この現状において、劉玄斎はまさしく砺波にとっては『敵』に違いない。しかしその『敵』である劉玄斎自身が何かに迷っているこの状況は、砺波にとってはますますその不審を煽るだけだろう。

 

しかし、当の劉玄斎からしても、砺波にそう思われているという事を分かっていてもなお…

 

 

 

「けどまぁ…砺波、テメェだけはここを通さねぇ。テメェをきっちり止めとかねぇと、『こっち』も色々とやべぇんだよ。」

「…何を企んでいるのかは知らないが、あくまでも貴様がそういう態度を取るのならば私も容赦はしない!貴様を倒して、無理矢理にでも押し通らせてもらう!劉玄斎、私と戦え!」

 

 

 

どうせ相容れぬのだと言わんばかりに。同時にデュエルディスクを構えつつ、戦意を剥き出しにし始める【白鯨】と『逆鱗』。

 

そう、何故天城 遊良を通したのかは劉玄斎にしか分かりえない事とはいえ、あくまでも彼が砺波をここから先に行かせないようにしていると言うことだけは確かな事実。

 

また、砺波もここから先へと向かうには、劉玄斎を倒さなければならないのだと言うことを理解しているからこそ。剥き出しの戦意を曝け出し、戦いへと臨もうとしているのか。

 

 

 

…【白鯨】と、『逆鱗』

 

 

一昔前なら、その対戦が発表されただけで世界中が熱狂し、その一戦を用意する為だけに大国を揺るがすほどの大金が動き、その一戦のチケットを巡って死者まで発生したという、まさに天上の決闘者同士の対戦カード。

 

…歴史に名を刻んだ決闘者同士。かつての彼等の戦いが、『潰し合い』と呼ばれる伝説の試合となっていると言うことは世界中の人々が知っている。

 

 

―それが今まさに、こんな観客も居ない山中の中腹の辺境で行われようとしているだなんて。

 

 

この世界最高峰の決闘者同士の戦いが、こんな観客もいない山中で静かにひっそりと行われようとしているのは…

 

果たして、世界にとっては幸か不幸か。

 

…しかし、今ここに居るのは世界が誇ったシンクロ王者【白鯨】でも、王者と同格と謳われた『逆鱗』でもない。

 

―ただの、二人のデュエリスト。しかし頂点の決闘者。

 

一つの決闘を行うのに、何の柵も制約も無くなったただの世界最高峰の実力を持った二人の決闘者が…ただの【白鯨】と『逆鱗』が、己の目的の為にただただぶつかるだけ。

 

 

 

 

 

―そうして…

 

 

 

 

 

「…行くぞ。」

「おう。」

 

 

 

 

 

決して相容れぬ男達の、我を押し通すための『私闘』。それが、ギャラリーの居ない、誰にも見られていない、こんな山中の一角で。

 

―今静かに…しかし激しく。

 

誰にも知られることもなく、誰にも見ることの出来ない、そんな世界最高峰の歴戦の決闘者同士の戦いが…

 

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

 

今、始まる。

 

 

 

 

 

先攻は『逆鱗』、劉玄斎。

 

 

 

 

 

「俺のタァァン!俺ぁ手札から、【炎征竜-バーナー】の効果発動ぉ!手札の【炎征竜-バーナー】と【真紅眼の黒竜】を捨て、デッキから【焔征竜-ブラスター】を特殊召かぁぁん!」

 

 

 

―!

 

 

 

【焔征竜-ブラスター】レベル7

ATK/2800 DEF/1800

 

 

 

デュエルが始まってすぐ。

 

大気を震わせる劉玄斎の声と共に、地を割き溶岩と共に地中から飛び出したのは…

 

まるで火山の災害をそのまま形取ったかのような、荒れ狂う狂気を孕んだ焔の竜であった。

 

 

―征竜

 

 

それは大自然の暴走をその身に宿した、荒ぶる災害の化身たる竜の総称。

 

その咆哮は雲を引き裂き、周囲の大気を怯えさせる…まさに『災害』その物の化身たる、凶悪な4体のドラゴン達。

 

その力の凶暴さは、この世界においては知らぬ者など居ない程に有名であり…

 

 

 

「続けて魔法カード、【封印の黄金櫃】を発動ぉ!デッキから【嵐征竜-テンペスト】を除外し、テンペストの効果で【風征竜-ライトニング】を手札に加えるぜぇ!更に【七星の宝刀】を発動ぉ!場のブラスターを除外して2枚ドローし、除外されたブラスターの効果で俺ぁデッキから炎属性の【タイラント・ドラゴン】を手札に加える!そして【手札抹殺】を発動だぁ!4枚捨てて4枚ドロー!」

「5枚捨てて5枚ドロー…来るか?」

「おうよ!これで準備は整ったってなぁ!たった今【手札抹殺】で墓地に捨てた、【瀑征竜-タイダル】の効果発動ぉ!墓地のライトニングとバーナーを除外しぃ!墓地から自身を特殊召喚!更に手札から【地征竜-リアクタン】の効果発動ぉ!手札のリアクタンと【仮面竜】を捨てぇ!デッキから【巌征竜-レドックス】特殊召かぁぁん!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【瀑征竜-タイダル】レベル7

ATK/2600 DEF/2000

 

【巌征竜-レドックス】レベル7

ATK/1600 DEF/3000

 

 

 

止めどなく現れる災害の竜達。噴火の化身に続きしは…豪雨を呼び込む瀑布の化身と、大地を引き裂く地割れの化身。

 

一つの災害だけでも人の手に負えぬであろう力を持っていると言うのに、ソレを同時に二つも従える劉玄斎のオーラはあまりに大きく重いモノとも思え…

 

…かつて、この災害の竜たちをその身一つで支配し、文字通り『逆鱗』を震わせ決闘界で暴れ回った男、劉玄斎。

 

征竜たちの凶暴さと残虐さは、かつての劉玄斎が既にプロの試合で世界に証明している。

 

その持ち主にすら牙を剥くあまりに強大過ぎる『力』と、災害の如く他者へと襲い掛かるあまりの凶暴性に、心を折られ精神を壊された決闘者が過去に一体何人居たことだろう。

 

…また、この世界において【征竜】というカードは、その凶悪さ故か使用・所持を『逆鱗』と謳われた劉玄斎を除いて、他の誰にも許されていない。

 

 

―そう、【征竜】というカードの所持も使用も複製も、【征竜】に関わることは劉玄斎以外には絶対に認められていないのだ。

 

 

それは今や、学生達の教科書にだって載っている程に、世界の常識として知られている事。

 

そう、たった一人の男の戦いが、世界の法にも刻まれるというその歴戦の重みは…劉玄斎という男の功績が、他に類を見ない程に大きいということの証明かつ実績であり暴虐の果ての存在の証明。

 

…決闘界の根幹に関わるほどの、あまりに大きいその力。

 

その、『逆鱗』たる劉玄斎にのみ使用を許された、もう公の場では決して見ることの叶わぬ大災害の竜たちの真価が…

 

 

 

―今ここに、蘇る。

 

 

 

「…行くぜぇ!レベル7のタイダルとレドックスでオーバーレイィ!」

 

 

 

水害の化身と震災の化身。その二つの災害が劉玄斎の宣言によって天を舞う。

 

そして、劉玄斎が持つエクシーズのEx適正によって導かれし、その2つの災害が地面に現れし銀河の渦にその身を捧げ始め…

 

 

 

「燃えろ、真紅の玉鋼(たまはがね)ぇ!黒き焔よ大地を焦がせぇ!エクシーズ召かぁぁん!来やがれ、ランク7!【真紅眼の鋼炎竜】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【真紅眼の鋼炎竜】ランク7

ATK/2800 DEF/2400

 

 

 

呼び出されたのは燃ゆる黒鉄(くろがね)、真紅の眼を持つ気高き炎竜。

 

火花を散らせ、炎を点し、血の流れよりもなお紅いその眼で、【白鯨】を鋭く睨み付ける。

 

 

 

「【真紅眼の鋼炎竜】の効果発動ぉ!オーバーレイユニットを一つ使い、墓地から【真紅眼の黒竜】を攻撃表示で特殊召喚!更に魔法カード、【復活の福音】発動ぉ!墓地からレベル7の【瀑征竜-タイダル】を蘇生し、そのままレベル7のタイダルと黒竜でオーバーレイィ!」

 

 

 

しかし、まだ止まらない。

 

 

劉玄斎の誇る竜族たちが現れては消え、消えては現れ…目まぐるしくフィールドを駆け巡るその激しい展開はまさに竜の咆哮にも似た鋭さを持って砺波へと襲い掛かるのか。

 

『逆鱗』の劉玄斎が放つ、あまりに重いプレッシャー。その声は天を震わせ、更に猛々しく空から降り注ぎ…

 

 

 

「疾れ、機鉄の天竜よぉ!朧の(うつつ)と空を舞えぇ!エクシーズ召かぁぁん!」

 

 

 

どこまで重厚に響く劉玄斎の声に連なり、銀河が弾けその光の中から現れしは…

 

 

 

「現れろぉ、ランク7!【幻獣機ドラゴサック】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【幻獣機ドラゴサック】ランク7

ATK/2600 DEF/2200

 

 

 

鋼の黒竜に続き呼び出されたのは、命を持った機鉄の天竜。

 

音速を超える咆哮を響かせ、猛々しく空を舞う。

 

 

…これが、『逆鱗』と呼ばれし劉玄斎、その現役時代の二枚看板。

 

 

強固な耐性を備える天竜、相手を燃やす黒鉄(くろがね)の炎竜。

 

災害の竜達によって呼び出されるこの2体の竜が並び立つ光景は、現役時代の劉玄斎を良く知る砺波からしても見慣れたモノに違いない。

 

 

 

「相変わらずの布陣か…」

「クハハ、ワンパターンだって言いてぇのか?けどそのワンパターンにやられてった奴等が多いってこたぁ、テメェもよく知ってるだろ?」

「あぁ…」

「俺ぁドラゴサックの効果発動ぉ!オーバーレイユニットを一つ使い、2体の【幻獣機トークン】を守備表示で特殊召喚するぜぇ!更に速攻魔法、【超再生能力】発動ぉ!このターン、俺が手札から捨てたドラゴンは全部で8体!エンドフェイズに移行し、俺ぁデッキから8枚ドロー!…クハハ!ドローしすぎちまった!手札制限により、手札を2枚捨ててターンエンドだ!」

 

 

 

劉玄斎 LP:4000

手札:5→6枚

場:【真紅眼の鋼炎竜】

【幻獣機ドラゴサック】

【幻獣機トークン】

【幻獣機トークン】

伏せ:無し

 

 

 

…そして、ようやく劉玄斎の先攻ターンが終了したそこには。

 

あれだけ激しい展開を行い、手札を全て使いきったと言うのにも関わらず。まさかの手札を『増やして』ターンを終える劉玄斎の姿と…

 

強固に聳え立った竜達による、堅牢なる『城壁』が築き上げられていた。

 

 

 

「貴様にのみ使用を許された【征竜】…引退したとはいえ、その力は健在のようだな。」

「あぁ。何せ俺以外にゃあ、こいつらを押さえられる奴ぁ居ねぇからなぁ。…テメェこそ引退して随分と経つがよぉ、ガラにもねぇ指導者っつー立場になって腕が鈍ってんじゃあねぇか?」

「…何だと?」

「クハハ、『デュエリストは孤高でなければならない!』、なぁんてクセェ台詞言って頑なに弟子を取らなかったあのテメェが…随分とまぁ、あの天城 遊良に入れ込んでるみてぇだからよぉ。理事長なんて地位に就いて、テメェも甘くなったもんだって思っただけだぜ。」

「…」

 

 

 

元シンクロ王者【白鯨】と対峙していても、全く気圧される事無く周囲へと響き渡る劉玄斎の重い声。

 

…今の劉玄斎の雰囲気は紛れも無く、世界に君臨する【王者】達と比べても何ら遜色無い『同等』と言える代物。

 

何せ、2体のエクシーズモンスターが放つ重圧もそうだが、あれだけ墓地にカードを送りあれだけの展開を行ったにも関わらず。ターンの終わりに初期手札よりも手札の枚数を増やしているという『逆鱗』の一挙手一投足は、まさに相手の心を遠慮なしに折ろうとしている暴君の佇まいそのモノなのだ。

 

…【白鯨】と呼ばれた砺波と対峙していても、全く引けを取らないその風格。

 

砺波に対してこんな言葉を吐けるのも、劉玄斎という歴戦の男が【王者】クラスの実力を持っていると言うことの証明とも言え…

 

 

 

 

 

それでも…

 

 

 

 

 

「ならばその眼で確かめてみるがいい!私のターン、ドロー!」

 

 

 

劉玄斎を前にして、怯むことなくカードを引く砺波。

 

 

 

「まずは鋼炎竜からだ!私は墓地から【ブレイクスルー・スキル】を除外して効果発動!【真紅眼の鋼炎竜】を対象に、その効果を無効にする!」

「チッ…【手札抹殺】の時か。相変わらず抜け目の無ぇ野郎だ。ならそれにチェーンして【真紅眼の鋼炎竜】の効果発動ぉ!オーバーレイユニットを一つ使い、墓地から【真紅眼の黒竜】を攻撃表示で特殊召喚するぜ!」

「だが、これで鋼炎竜の効果でダメージは発生しない!ゆくぞ!【深海のディーヴァ】を通常召喚しその効果発動!召喚成功時、私はデッキから【海皇子 ネプトアビス】を特殊召喚する!いでよ、ネプトアビス!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【深海のディーヴァ】レベル3

ATK/ 200 DEF/ 400

 

【海皇子 ネプトアビス】レベル1

ATK/ 800 DEF/ 0

 

 

 

無慈悲なバーンダメージを相手に与えるはずの、鋼炎竜の効果を意にも介さず。

 

ターンを迎えてすぐ、即座に鋼炎竜を無効化した砺波が呼び出したのは己のデュエルの始まりとなる、深海の歌姫と海の皇子。

 

並の強者であれば、鋼の炎竜が放つ炎圧の回避に少なからず手間を取られるというのに…劉玄斎の『重』の威圧を、さらに『深海』の如き圧力で押し返すという暴挙は流石は元シンクロ王者【白鯨】か。

 

…冷たい深海の水圧の如き、砺波の放つ鯨の威圧。

 

いつの時代もどの戦いも、砺波のデュエルはこの歌姫から始まる。それは今現在砺波と真っ向から対峙している劉玄斎も、プロの世界でこれまで嫌と言うほど見てきた光景と言えるのであり…

 

 

 

「クハハ、相変わらずだなぁ砺波ぃ!人の事言えねぇじゃねぇか、テメェこそまたソイツらからかよ!」

「減らず口を…ネプトアビスの効果発動!デッキの【海皇の竜騎隊】をコストに、デッキから【海皇の重装兵】を手札に加える!コストとなった竜騎隊の効果で、更にデッキから【水精鱗―メガロアビス】を手札に!」

「お?ご自慢の氷霊神は出さねぇのか?」

「白々しいことを言うな、昔から貴様のそういうところが気に入らないのだ!私はレベル1の【海皇子 ネプトアビス】に、レベル2の【深海のディーヴァ】をチューニング!シンクロ召喚、いでよ、レベル3!シンクロチューナー、【たつのこ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【たつのこ】レベル3

ATK/1700 DEF/ 500

 

 

 

「続いて魔法カード、【サルベージ】を発動!墓地のネプトアビスとディーヴァを手札に戻す!そして手札の水属性モンスター2体を捨てることで、手札から【水精鱗―メガロアビス】を特殊召喚!自身の効果で特殊召喚に成功したため、メガロアビスのモンスター効果でデッキから【アビスフィアー】を手札に加え、更に今コストとして捨てたネプトアビスと重装兵の効果も発動!ネプトアビスの効果で墓地から【海皇の竜騎隊】を特殊召喚し、重装兵の効果で【真紅眼の鋼炎竜】を破壊する!」

「チッ!墓地の【復活の福音】の効果ぁ!鋼炎竜が破壊される代わりに、墓地から【復活の福音】を除外するぜ!」

「まだだ!レベル4の【海皇の竜騎隊】に、レベル3の【たつのこ】をチューニング!」

 

 

 

止まらぬ砺波の怒涛の展開。次々と現れる海の者達。

 

先ほどの劉玄斎の先攻ターン同様に、始まったばかりだと言うのに最初からノンストップで動き続け手札を増やしていく砺波の姿は…まるで、劉玄斎相手に様子見などする気はないのだと言わんばかりの激しいモノ。

 

…それは劉玄斎が、様子見など出来る相手ではないと言う事を理解しているが故の怒涛。

 

ここで氷霊神を召喚し、劉玄斎の手札を奪う手もある。しかし劉玄斎の駆る征竜の力は文字通り災害の如き凄まじさであり、倒されると次の自分のバトルフェイズをスキップさせられてしまう霊神の制約を考えると、今ここで霊神を使用するのは得策ではないという砺波の考えは間違ってはいないだろう。

 

…『逆鱗』と呼ばれた劉玄斎の恐ろしさを、砺波も良くわかっているからこそ。例え自分が元【王者】であろうとも、微塵も油断なく臨むのか。

 

 

 

「白き者よ、深層の海流を貫き現れよ!」

 

 

 

砺波の激浪の如き宣言により、天に舞う海の竜騎士とそれを追う龍の子がその身を3つの水輪へと変えていく。

 

…深海の竜宮の饗宴の如き、どこまでも流麗な水の展開。

 

今深き海の底から、光の柱を破って飛び上がりしは…

 

 

 

「シンクロ召喚!レベル7、【白闘気一角】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【白闘気一角】レベル7

ATK/2500 DEF/1500

 

 

 

現れたのは、鋭き角を天に生やした、純白の姿持つ深海の一角。

 

冷たい深層海流の中でも悠々自適に遊覧せしその力で、竜族達にも怯まず空を泳ぐ。

 

 

 

そして…

 

 

 

「【白闘気一角】がシンクロ召喚に成功した時、墓地から魚族モンスターを蘇生できる!私が選択するのは…【超古深海王シーラカンス】だ!」

「…あ?シーラカンスぅ?」

 

 

 

砺波から飛び出たそのモンスターの名を聞いて、劉玄斎はどこか驚きを含んだ声を漏らして。

 

…しかし、それもそのはず。

 

何せ、今砺波が宣言した、【超古深海王シーラカンス】…それは過去の砺波、それもプロに成り立ての『ルーキー』と呼ばれていた、駆け出しの頃の彼が好んで扱っていたエースモンスターなのだ。

 

…その驚きは、昔から砺波の事を良く知る劉玄斎だからこその驚愕。

 

常にプロとして『新しさ』をファンに提供してきた砺波が、この場この時この瞬間に過去のエースであった【超古深海王シーラカンス】を召喚した事が、劉玄斎にはどこか信じられない光景の様に見えているのだろう。

 

 

 

「おいおい、深海王たぁ…こりゃあまた、随分と懐かしいエースだなぁおい。どういう風の吹き回しだぁ?『常に新しい事でファンを喜ばせるのがプロの務めだ!』…なんて言ってたテメェが…」

「…何とでも言え、これが今の私の戦い方だ。私は墓地より、先ほど【手札抹殺】で墓地に捨てたシーラカンスを攻撃表示で特殊召喚する!出でよ、【超古深海王シーラカンス】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【超古深海王シーラカンス】レベル7

ATK/2800 DEF/2200

 

 

 

そんな、不思議がっている劉玄斎を他所に…空へと跳ね上がって現れたのは、深海を統べる魚の王。

 

…先ほどの【手札抹殺】で予め墓地に送られていた、かつての砺波のデッキの中核。

 

太古より生きるその岩のような鱗を煌かせ、時の流れを感じさせない迫力を持って…遥かな海の底の底から、劉玄斎へと魚眼を見開く。

 

 

 

「…チッ、今更になって、厄介な魚を引っ張り出してきたモンだぜ。こんな時によぉ…」

「シーラカンスの効果発動!手札を一枚捨て、デッキから【フィッシュボーグ・プランター】と【竜宮の白タウナギ】を特殊召喚!そのままレベル2の【フィッシュボーグ・プランター】に、レベル4、【竜宮の白タウナギ】をチューニング!」

 

 

 

…しかし、まだ止まらない。

 

深海王の号令によって、砺波のデッキから更に海の眷属達が呼び出され…流れるように次々とモンスター達がその姿を変えていくこの光景は、まさに竜宮の舞にも似た美しさを兼ね備えた流麗なるモノ。

 

…果たして、今の砺波の重圧に耐えられる者は、現役プロのトップランカーの中でも一体何人いるのだろうか。

 

かつて世界に君臨した、シンクロ召喚の頂点に立った伝説の王者。

 

引退したとは言え、歳を取ったとは言え。その力には寸分の衰えも感じさせず、寧ろ過去の力をも『今』の自分に取り込んだ砺波の迫力は、昔よりもその凄みを増しているとさえ劉玄斎に感じさせており…

 

 

 

「白き者よ、大いなる海原を遊び巡れ!シンクロ召喚!…出でよ、レベル6!【白闘気海豚】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【白闘気海豚】レベル6

ATK/2400 DEF/1000

 

 

 

 

「…なんだよ、随分と飛ばしてんじゃねぇか。最初からそんなに飛ばしてて大丈夫かぁ?その懐かしい懐かしいシーラカンスだってよぉ、このターン攻撃出来ないんじゃあ意味が…」

「貴様相手に出し惜しみするほど、私は錆び付いても落ちぶれてもいない!メガロアビスのモンスター効果!水属性1体をリリースする事で、メガロアビスは2回攻撃出来るようになる!私はシーラカンスをリリースし、メガロアビスに2回攻撃を可能とさせる!更に2枚目の【サルベージ】を発動!墓地より【彩宝龍】と【海皇子 ネプトアビス】を手札に戻し、墓地より手札に加わった【彩宝龍】は自身の効果で特殊召喚できる!更に【浮上】も発動!墓地から【真海皇 トライドン】を特殊召喚!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【彩宝龍】レベル5

ATK/ 0 DEF/2600

 

【真海皇 トライドン】レベル3

ATK/1600 DEF/ 800

 

 

 

―さらに、続けて…

 

海鳴りの咆哮と共に現れたのは、竜宮に棲まう宝の龍と、蒼海の王座に鎮座せし深き海の蒼き龍の…その、嫡子であった。

 

そんな、次々に現れる砺波のモンスター達を見て…劉玄斎は、再度訝しげな声を漏らして…

 

 

 

「今度はトライドン…おいおい、マジかテメェ。同窓会じゃあねぇんだぜ?懐かしいモンスター使えばいいってモンじゃ…」

「これが今の私の戦い方だと言ったはずだ!…行くぞ!まずは【白闘気海豚】の効果発動!【真紅眼の鋼炎竜】を対象に、その攻撃力を元々の半分にする!そして【真海皇 トライドン】の効果発動!フィールドから海竜族のトライドンと彩宝龍をリリースし…デッキから、【海皇龍 ポセイドラ】を特殊召喚!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

【海皇龍 ポセイドラ】レベル7

ATK/2800 DEF/1600

 

 

 

燃え盛る大地を飲み込む睨眼、高波を纏う蒼海の鎧。

 

その猛々しい海鳴りの咆哮は、歯向かう敵対種族を力で捻じ伏せる…海の皇族と呼ばれる【海皇】の、まさに王にして皇たる威光。

 

…それは先ほどの深海王、シーラカンスと同様。この蒼海王、ポセイドラもまた、砺波が【白鯨】と呼ばれる前までの…若かりし頃の彼が好んで扱っていた、エース足り得る大型モンスターの一体。

 

そう、シンクロ王者【白鯨】と呼ばれて数十年も経つが故に、砺波 浜臣というデュエリストの切り札は【白鯨】の名を冠した巨大な純白の鯨というイメージが世界に浸透してはいるものの…

 

『荒くれ者』と呼ばれていた、血気盛んだった若年の砺波のスタイルは、水属性の大型モンスターをとにかく多く場に揃え相手を一瞬で飲み込んでしまう、高波のようなデュエルだった。

 

…一体、砺波にどんな心境の変化があったのか。

 

今でこそ冷静沈着なイメージが強い元王者【白鯨】とは言え、若かりし頃の砺波の事を良く知る劉玄斎からすれば…今になって昔のエースを次々に召喚して攻め立ててくる砺波の姿が、不思議でたまらないことだろう。

 

…しかし、そんな劉玄斎を意に介さず。砺波は場に揃えた海の眷属の強者達へ、攻め立てんとして命を下す。

 

 

 

「墓地より蘇った【彩宝龍】は除外され、ポセイドラの特殊召喚の後にトライドンの効果で貴様のモンスター達の攻撃力を300下げる!」

「チィッ!」

「行くぞ、バトルだ!【白闘気一角】で、【真紅眼の鋼炎竜】を攻撃!激浪のウェーブ・ドライブ!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐっ…相変わらず容赦の無ぇ野郎だぜ…」

 

 

 

劉玄斎 LP:4000→2600

 

 

 

先ずは深海の白き一角が激流の流れをその身に纏い鋼の黒竜を貫いて。

 

勢いよく鳴り響くLPの減少音は、劉玄斎の築き上げた城壁が崩れる音とでも例えられるだろうか。

 

…しかし、それだけでは終わらない。

 

 

 

「まだだ!【水精鱗-メガロアビス】の二回攻撃で、2体の【幻獣機トークン】にアタック!更に【白闘気海豚】で【真紅眼の黒竜】に攻撃!そして【海皇龍 ポセイドラ】で、【幻獣機ドラゴサック】に攻撃だ!」

 

 

 

劉玄斎の展開に負けず劣らず。砺波の海の者達の、激しい攻撃は止まる事を知らず。今と昔の砺波のエース達、その誇り高き海の眷属達が今一斉に高らかに吼え…

 

トライドンによる全体弱化と、白きイルカの水輪の拘束によって、その力を押さえつけられた竜族達が呻きにも似た咆哮を山森の中に木霊させようとも。

 

砺波はまるで容赦なく、そのまま更なる攻撃を命じるのみ。

 

 

 

「海鳴りの…ディープオーシャンブラストォ!」

 

 

 

―!

 

 

 

「…ぐぅっ!?」

 

 

 

劉玄斎 LP:2600→2300→1800

 

 

 

そうして…海の眷属達の猛攻に、次々と蹴散らされていく竜の眷属達。

 

あれだけ場に居たドラゴン達が皆、4つの激流に飲み込まれていくその衝撃の余波は…容赦なしに劉玄斎へと襲いかかり、また微塵も手を緩める事無く攻勢に転じる砺波の勢いは益々その激しさを増していく。

 

…この容赦のない砺波の激しい連撃は、例えるならば止む事のない嵐の雨と強い波。

 

並の強者であれば、2~3回は吹き飛ばされているであろう激浪の如き連撃と言えども…それは砺波にとっても、劉玄斎という男が出し惜しみ出来る相手ではないからこその激しさと言えるのだろう。

 

かつて世界を圧巻した、元シンクロ王者【白鯨】の威風堂々とした立ち振る舞いのそのままに。微塵も揺れぬ意思と強さで、どこまでも強く聳え立つのか。

 

 

 

「【貪欲な壷】を発動。重装兵、たつのこ、白タウナギ、竜騎隊、白棘鱏をデッキに戻して2枚ドロー。私はカードを2枚伏せ、ターンエンドだ。」

 

 

 

砺波 LP:4000

手札:6→3枚

場:【白闘気一角】

【白闘気海豚】

【水精鱗-メガロアビス】

【海皇龍 ポセイドラ】

伏せ:2枚

 

 

 

そして…

 

長い長い展開を終え、一瞬の高波のような攻撃を終え。

 

ようやく、砺波のターンは終了を宣言されたのだった。

 

 

 

「やっぱ簡単にゃ止まっちゃくれねぇか…つくづく融通の利かねぇ野郎だぜ…」

「…昔から貴様の事は気に食わんが、貴様とは現役時代に嫌と言うほど戦りあってきたのだ。貴様が何を企んでいようと、私が貴様相手に油断をする事は絶対にない。貴様こそ、似合わぬ地位に就いて勘が鈍っているようだな。このまま押し切らせてもらうぞ。」

「チッ…」

 

 

 

苦々しい声の劉玄斎に対し、凛とした声で聳え立つ砺波。

 

今の砺波のあまりに堂々とした佇まいは、彼が元とは言え世界中のデュエリスト達の頂点に立った元シンクロ王者【白鯨】である事の証明とも言えるだろう。

 

…劉玄斎の二枚看板を乗り越え、威圧を威圧で返すというその暴挙。

 

他者を圧倒する、その深海の水圧のような強い覇気はまさしく【王者】に相応しい代物。この攻守において統率の取れた、弱点と言った弱点を持たない総合力こそが砺波を歴代最強のシンクロ王者と成していたと言っても過言ではなく…

 

…生半可な実力者では、到底砺波の相手は務まらない。

 

今の砺波は、引退に追い込まれた時の負の『過去』を乗り越えた、『今』を生きる誇り高き【白鯨】。

 

かつての弱さを受け入れ、先に進む決意を持てたからこそ…今の砺波の力は、かつての現役時代をも超えた代物となりて、昔よりも更に強くなっているのだ。

 

『今』の砺波は、昔のスタイルに戻ったような…

 

いや、深海王や蒼海王といった切り札を扱っていた頃の、『荒くれ者』と呼ばれていた昔の彼の激しさと…冷静沈着な王者【白鯨】の要素を、高い純度で混ぜ合わせた代物。

 

そう、世界の決闘者の頂点に立った元シンクロ王者【白鯨】が、引退してからもその力を更に増しているのだ。

 

それは未だかつて誰も体験したことのない、新たな【白鯨】の未知なる姿とも言えるだろう。

 

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

「こっちだってなぁ…テメェ相手に無傷で済むなんて思ってもねぇんだよ!俺のタァァァン、ドロォォォォオ!」

 

 

 

猛るオーラを飛ばしつつ、勢い良くカードをドローする劉玄斎。

 

そう、いくら砺波 浜臣が元王者の【白鯨】で、その力が世界中の決闘者達の中でも最上位に位置する『極』の頂に存在しているとは言え…

 

 

 

「速攻魔法、【ツインツイスター】発動ぉ!手札の【トライホーン・ドラゴン】を捨て、テメェの伏せカード2枚を破壊するぜぇ!」

 

 

 

…それは劉玄斎とて同じ事。

 

砺波のオーラに負けず劣らず。【王者】の放つモノと同種のオーラを猛々と放つ彼もまた、かつては【王者】と同格と謳われた元プロデュエリスト『逆鱗』なのだ。

 

その力が紛れも無い『本物』なのだという事は、【征竜】の使用が彼にのみ許されていると言う世界の法と歴史が既に証明している事であって。

 

 

 

「ならば破壊される前に罠カード、【アビスフィアー】発動!デッキから【水精鱗-アビスリンデ】を特殊召喚する!そして【アビスフィアー】が破壊されたことでアビスリンデも破壊され、破壊されたアビスリンデの効果でデッキから【水精鱗-リードアビス】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【水精鱗-リードアビス】レベル7

ATK/2700 DEF/1000

 

 

 

「チッ、また増えやがったか!」

「簡単には巻き返させんぞ、劉玄斎!」

「…だがこれで、テメェお得意のウェーブ・フォースはなくなったぜぇ!それに、テメェが何体モンスターを揃えようと関係ねぇんだよぉ!速攻魔法、【銀龍の轟咆】発動ぉ!墓地から【トライホーン・ドラゴン】を特殊召喚し、続けて手札の【巌征竜-レドックス】のモンスター効果ぁ!手札のレドックスと【幻木龍】を捨て、墓地から【ラビードラゴン】を特殊召かぁぁぁん!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【トライホーン・ドラゴン】レベル8

ATK/2850 DEF/2350

 

【ラビードラゴン】レベル8

ATK/2950 DEF/2900

 

 

 

そうして…

 

重々しい声に導かれ現れたのは、三叉の竜角を誇る闇竜と、雪原に生きる眩き兎竜の、効果を持たぬ2体の通常モンスターであった。

 

デュエルが高速化したこの時代に、効果を持たない通常モンスターを操るなど特殊なデッキを持つ者を除いてはほぼ皆無と言えど…

 

ドラゴン族を能動的に捨てられる【征竜】や、【手札抹殺】や【ツインツイスター】などを駆使することで、効果を持たない大型の通常モンスターの動きをも劉玄斎は自在に操れるのか。

 

 

 

「レベル8のモンスターが2…いや、通常モンスターが2体?…まさか!」

「そのまさかだぜ!これがテメェの馬鹿にしていた、効果を持たないモンスターの『力』だぁ!行くぜぇ、俺ぁレベル8のトライホーンとラビー、2体の通常モンスターでオーバーレイィ!」

 

 

 

劉玄斎の叫びに呼応して、2体の通常ドラゴンが宙を舞う。

 

その、天に身を捧げる2体の『通常モンスター』を見て、何やら記憶の片隅から何かを察した様子の砺波と…

 

それを一蹴するかのように猛る劉玄斎の叫び共に、三叉の竜角と雪原の兎竜がその身を光へと変え…

 

 

 

「轟け、天火の熱界雷ぃ!黒雲を引き裂き空を焼けぇ!」

 

 

 

地面に現れた渦巻く銀河にその身を捧げ、雷雲と共にこの場に現れるのは…

 

 

 

「エクシーズ召かぁぁん!来い、ランク8!【サンダーエンド・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【サンダーエンド・ドラゴン】ランク8

ATK/3000 DEF/2000

 

 

 

轟く雷鳴、唸る雷轟。乾いた爆音と共にこの地に降り立つは、終焉導く弾轟の雷竜。

 

それは効果を持たない通常モンスター『のみ』で呼び出す事の出来る、終焉を呼ぶ黒霆の竜であり…

 

その『通常モンスター』のみを素材とすることで呼び出せるこの竜は、その扱いの難しさと味方をも巻き込んでしまう制御不可の暴雷の所為で、今では扱う者の殆ど居ないエクシーズモンスターとされている、時代に忘れられてしまった存在の一体。

 

…しかし、砺波はこの終焉の雷竜の事を良く知っている。

 

そう、このモンスターも砺波のシーラカンスやポセイドラ同様。劉玄斎がまだ、『ルーキー』と呼ばれていた若い頃に使用していたドラゴンなのだから。

 

 

 

「サンダーエンド…通常モンスターでのみ呼び出せるドラゴンか!貴様こそ、随分と古いエースを呼び出してくるものだな!」

「クハハハハ!テメェにだけは言われたくねぇなぁ!行くぜぇ、サンダーエンドの効果発動ぉ!オーバーレイユニットを一つ使い、コイツ以外のモンスターを全て破壊する!弾け飛べぇ、破邪滅界ぃ!」

 

 

 

―!

 

 

 

そして…

 

敵味方問わず全てのモンスターを破壊する神鳴りの咆哮が、激しく周囲に轟いた。

 

あれだけ展開されていた砺波の場が、一瞬で崩壊していくその轟音。砺波の場いた海の眷属達は、全員が高い攻撃力を持っていたと言うのにも関わらず…

 

瞬く間に周囲は焼け野原になってしまい、残ったのは終焉導く神鳴りの竜だけになってしまったではないか。

 

 

 

「くっ!」

「折角揃えた魚の大軍も、コイツの前じゃあ小魚の集まりなんだよ砺波ぃ!」

「…だが!破壊された【白闘気海豚】と【白闘気一角】のモンスター効果!墓地の水属性を除外する事で、自身をチューナーと化して蘇生できる!墓地の【水精鱗-アビスリンデ】と【真海皇 トライドン】を除外し、墓地から【白闘気海豚】と【白闘気一角】を守備表示で特殊召喚!」

 

 

 

しかし…それでも砺波は崩れない。

 

そう、高い攻撃力を持った5体もの水属性モンスター達が、終焉の雷竜の轟きによって一瞬で葬り去られようとも。砺波の代名詞とも呼べる白き者達は皆、破壊されると輪廻を超えて再び蘇る事が出来るのだ。

 

それは例え、敵味方問わず如何なる存在をも貫く雷棘の狂い咲きであろうとも。砕けぬ魂を新たな身に宿し、主の周りを離れずにここに蘇るのみ。

 

 

 

「貴様がどれだけ攻めてこようとも、私の白闘気は何度でも蘇る!」

「チッ、ぞろぞろと面倒な奴等だぜ。…けど『何度でも』ってのは違うだろ?一体いつまで持つだろうなぁ!魔法カード、【貪欲な壷】発動ぉ!墓地のドラゴサック、鋼炎竜、リアクタン、レドックス、幻木龍をデッキに戻して2枚ドロー!そして速攻魔法、【異次元からの埋葬】を発動ぉ!除外されているブラスター、テンペスト、ライトニングを墓地に戻す!そのままテンペストとタイダルを除外しぃ、墓地から【焔征竜-ブラスター】を特殊召かぁぁぁん!更に除外された2体の征竜の効果で、デッキからライトニングとストリームを手札に加え…手札のストリームの効果発動ぉ!ストリームとライトニングを捨てぇ!デッキから【瀑征竜-タイダル】も特殊召かぁぁぁん!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【焔征竜-ブラスター】レベル7

ATK/2800 DEF/1800

 

【瀑征竜-タイダル】レベル7

ATK/2600 DEF/2000

 

 

 

それでも劉玄斎も同じく止まらず。

 

…決して収まらぬ災害の連続、止めどなく起こるは噴火と洪水。

 

終焉の雷竜に続き、2体もの【征竜】を即座に場に揃えられるその勢いはまさに、止めどなく押し寄せる災害そのモノ。

 

 

―かつて『潰し合い』と名付けられた、【白鯨】と『逆鱗』の試合があった。

 

 

今では伝説となっているその試合は、お互いがお互いの場を荒らし、潰し、蹴散らし、打ちのめし…両者共に一歩も引かない鍔迫り合いを、世界の大舞台で己のプライドを賭け、真正面から砺波と劉玄斎は正々堂々とぶつかり合ったのだ。

 

それは世界中が熱狂した、伝説に数えられる世紀の一戦。

 

その結果はまさに互角、まさに対等、まさに同格、まさに同種と言える程の戦いであり…

 

そして今の二人の戦いもまた、『潰し合い』の再来とでも言わんはかりに。砺波も劉玄斎も一歩も引かず、戦いは更に激しさを増していく。

 

 

 

「【強欲で貪欲な壷】発動ぉ!デッキを10枚裏側除外し2枚ドロー!そんで【トランスターン】発動だぁ!このターン攻撃できねぇタイダルを墓地に送り、代わりにデッキからレベル8の【青氷の白夜龍】を特殊召かぁぁぁん!」

「攻撃力3000のドラゴンを2体も揃えたか…しかし貴様が幾ら攻撃をしかけようとも、このターン私にダメージを与える事は…」

「そいつぁどうだかなぁ!装備魔法、【ビックバン・シュート】をブラスターに装備ぃ!攻撃力を400上げ、貫通効果をブラスターに与えるぜ!」

「なっ!?ここで貫通だと!?」

「オラオラぁ!バトルだ!ブラスターで【白闘気海豚】に攻撃ぃ!焔魔崩龍波ぁ!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

そうして…

 

激しい威圧の交錯と、叫びの木霊がぶつかり合う拮抗を崩すかのように。

 

劉玄斎の宣言により噴火の咆哮が放たれ、その噴火の如き焔竜の咆哮が白きイルカにぶつかった…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

「うぐっ!?」

 

 

 

砺波 LP:4000→1800

 

 

 

―突然。

 

そう。突然、突如、唐突、突発。

 

LPの減少音と共に、思わずその口から途轍もない衝撃を受けたかのような声を漏らしてしまった砺波。

 

…大きく見開く瞼と眼、崩れかける足と膝、呼吸が詰まり飛びかける意識。

 

それはまるで、今の焔竜の貫通攻撃の余波が砺波のモンスターを貫いただけではなく…そのまま砺波自身をも貫いたかのような、異常と言える様な苦しみ方にも見え…

 

 

 

「ごふっ…な…なんだ…この衝撃は…」

 

 

 

どうにかギリギリでその足を留め、倒れる事だけは是が非でも拒否するも…

 

…突如として襲い掛かったその予想していなかった衝撃は、あまりに鋭い痛みとなりていまだ砺波の体を襲っている様子。

 

…リアルダメージ・ルールの適応外であるはずの砺波に襲い掛かった、腹を抉られたような鋭くも重々しい激しい衝撃。

 

そう、突然意識の外から襲ってきたソレは、普通であればありえないモノ。もしも何も知らぬ者がソレを受けたとなれば、あまりの痛みに我を忘れのた打ち回る事は必須とも思える重く鋭く激しい痛みがたった今砺波を襲ったのだ。

 

普通であれば思考が停止する。普通であれば目の前が真っ白になる。普通であれば痛みにのた打ち回る。普通であれば意識を飛ばす。普通であれば…

 

…けれども、その普通であれば混乱に陥れられるであろう『謎』の衝撃にもどうにか耐えつつ。

 

たった今起こった突拍子もない衝撃は、砺波に『ある可能性』を即座に思い出させ…

 

 

 

「…まさか…モンスターが…実体化しているのか?」

「…あぁ?………クハハハハ!おいおいどうしたぁ!?あの堅物だったテメェが、まさかそんな突拍子も無ぇ答えを出すとはなぁ!あの頭ガチガチで、融通の利かなかった堅物のテメェがぁ!そんなオカルトを真っ先に考えるなんてよぉ!」

「…」

 

 

 

そして、砺波の言葉を耳にしたその瞬間。まるで信じられないモノを聞いたと言わんばかりに、重厚な笑い声を放った劉玄斎。

 

…それは劉玄斎からしても、砺波から『そんな答え』が真っ先に聞けるとは思っても居なかったが故なのだろうか。

 

どこか砺波を小馬鹿にしたような台詞と、感情を逆撫でするような煽りを混ぜた劉玄斎の笑い声。かつての砺波を良く知る劉玄斎だからこそ、まさか砺波から出た言葉がソレだったことに、驚きつつも可笑しさを感じている様子を見せていて…

 

…まぁ、砺波とて以前までの彼だったら、モンスターが『実体化』しているといった現実味の無い可能性などは絶対に考えすらしなかっただろう。それ故、劉玄斎の笑いはある意味で当たり前ではあるのだが。

 

しかし…

 

『今の砺波』には、嫌でもそれが真実なのだと確証に至るほどの『経験』がある。そう、何も知らぬ他人からすれば、一笑されるような結論であったとしても。ソレを確かに経験した砺波だからこそ至れるその結論。

 

 

 

「けど…その通りだぜぇ砺波ぃ!俺とお前のこのデュエル!モンスターはソリッド・ヴィジョンじゃあなく、実際にここに居んだよ。けどアレだなぁ、テメェからそんな答えが聞けるたぁ解せねぇが…あぁ、もしかしてアレか?少し前に決闘市でドンパチあったっつぅ…」

「…知っていたか、決闘市で起こった事件の事を。」

 

 

 

―それは昨年度に起こった、決闘市での『異変』での経験。

 

そう、正体不明の『闇』によって、決闘市に実体化したモンスターが出現し…その『闇』に操られた砺波は、モンスターが実体化した危険なデュエルを自分の教え子とさせらてしまったのだ。

 

その誇る事など出来ない、しかし確かに経験したからこその目測からくるその考察のおかげで、こんな突然な異常事態でも冷静でいられたのは皮肉なモノとも言えるだろうか。

 

また、劉玄斎からの肯定を聞いて。砺波には、もう一つの疑問が浮かび上がってきており…

 

 

 

「しかし、モンスターが実体化していたならば先程の貴様へのダメージは…」

「クハハ。まっ、こっちもこっちで決闘市みてぇに、少し前に『色々』とあったんでよぉ、こっちもこう言ったこたぁ慣れてんだわ。それに、俺ぁテメェと違って、さっきのあの程度のダメージじゃあびくともしねぇんだよ!」

「…何だと?」

「おいおい、つーか今はそんなコト関係ねぇだろうが!バトル続行!サンダーエンドで【白闘気一角】を攻撃!終焉襲雷撃ぃ!」

 

 

 

―!

 

 

 

そんな砺波の言葉を遮って、劉玄斎は更に攻撃を続ける。

 

…そう、いくら予期せぬ事態が起こり、そしてモンスターが実体化している事を砺波が知ってしまったとはいえ。

 

今はまだデュエルの途中であり、両者ともに引けぬ理由を持っているのだから、デュエルを途中で終わらせられるわけもないのだ。

 

 

 

「…ぐっ、破壊された【白闘気一角】の効果で、墓地のポセイドラを除外して自身を蘇生する!」

「クハハハハ、さっきの【白闘気海豚】は呼び戻さなくても良かったのかぁ?それとも、実体化した攻撃に驚いて忘れてたのかぁ?」

「…なんとでも言え。蘇らせるのは【白闘気一角】一体だけでいい。」

「そうかよ。じゃあバトルは続行だぜ!【青氷の白夜龍】で【白闘気一角】に攻撃ぃ!」

「…メガロアビスを除外し、【白闘気一角】を守備表示で蘇生…」

「クハハ、墓地からどんどん身代わりが無くなってくなぁ。俺ぁ2枚目の【七星の宝刀】発動ぉ!場のブラスターを除外し2枚ドロー!そしてカードを一枚伏せ、速攻魔法、【超再生能力】も発動だぜ!エンドフェイズに5枚ドローしてターンエンドだ!」

 

 

 

劉玄斎 LP:1800

手札:6→5枚

場:【サンダーエンド・ドラゴン】

【青氷の白夜龍】

伏せ:1枚

 

 

 

そうして…

 

砺波の魚の大群を、一蹴の元に粉砕した劉玄斎はまたもや場と手札を揃えて、磐石の態勢でそのターンを終える。

 

 

 

「おいおいどうしたぁ?大人しくなっちまってよぉ!まっ、無理もねぇか。長ぇことお上品なデュエルばっかやってたテメェが、いきなりこんな危ねぇデュエルやらされちゃあな!」

「…その手には、乗らんぞ…うぐっ…あ、相手に冷静さを失わせる図々しい態度…貴様の常套句だ。」

「クハハ、常套句ってのは人聞きが悪ぃなぁ!これが俺の『素』なんだよ。それより随分と辛そうじゃあねぇか。そろそろサレンダーするかぁ?」

「ふざけるな…誰が貴様に降参するものか…」

 

 

 

予期せず襲ってきたダメージの所為か、それとも劉玄斎の猛攻の所為か。

 

先ほどまでの勢いが嘘のように、咳き込みながらデュエルディスクを持ち上げる砺波のその腕にはどこか力が入っておらず。それに先の砺波のターン同様。どれだけ場を整えてもその全てを蹴散らしてくる劉玄斎の戦意は、どこまでもどこまでも昂ぶりを続けるだけであり…

 

…先のターンの砺波の攻撃で、確かに劉玄斎にもダメージが生じていたにも関わらず。ソレを砺波に全く悟らせず、更に激しいデュエルを劉玄斎が仕掛けてきた所為で砺波も異変に気付くのが遅れてしまったのだろう。

 

 

…減らない手札、消えない竜族、場を一掃する竜の撃進。

 

 

デュエルが始まってから全く勢いを落とすこともなく、常に爆発的な攻撃を仕掛けてくる劉玄斎の轟きは例え【王者】クラスのデュエリストであっても疲弊を感じてしまう代物。

 

また、貫通はなくダメージは無いが、モンスターが実体化していると砺波は認識してしまったが故か。その衝撃の余波は砺波の頬を掠め、そうして生じた微かな切り傷から血が滲んでしまっている。

 

…しかし、ソレを気にしている余裕も無いのか。砺波は血を拭うことなく、その腕でデュエルディスクを構えるだけで…

 

 

 

「それに、もう時間もかけられん。【白鯨】の名に懸けて………一刻も早く、貴様を倒す!私のターン、ドロー!」

 

 

 

それでも痛みをどうにか堪え、途切れかける意識を繋ぎ。戦意を無くさずターンを向かえ、一枚のカードをドローする砺波。

 

…強がってはいても、やはり先ほどの実体化したダメージは容赦なく砺波の体を内側から痛めつけていると言うのに…

 

どこか煽るような劉玄斎の口調を受けてもなお、あくまでも冷静さだけは失わぬように勤め。ルキが連れ去られてからもうかなり時間が経過していることを察し、勝利への道をただ模索するのか。

 

 

 

「【白鯨】、なぁ…」

 

 

 

静かにそう呟かれた、劉玄斎の言葉も聞こえず…

 

 

 

「私は【深海のディーヴァ】を召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【深海のディーヴァ】レベル3

ATK/ 200 DEF/ 400

 

 

 

起死回生の一手を狙い、砺波が召喚したのは先のターンでも現れた深海の歌姫。

 

砺波のデュエルを支える柱。いかなる佳境におかれても、このモンスターの効果があれば海の眷属達は無限とも思える展開をみせるのだ。

 

これまでどんな困難な場面に陥れられても、砺波はこの歌姫と共に巻き返しをみせてきた。

 

だからこそ…一進一退を繰り返すこのデュエルにおいても、ここから更なる逆転を目指し、前へ前へと進むのみ。

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「召喚成功時、ディーヴァの効果で私はデッキから…」

「そう何度も好きにさせるかよぉ!手札の【エフェクト・ヴェーラー】のモンスター効果ぁ!コイツを捨てて、ディーヴァのモンスター効果を無効にするぜぇ!」

「ならば魔法カード、【強欲で貪欲な壷】発動!デッキを10枚裏側除外し2枚ドロー!更に【強欲なウツボ】を発動し、手札の【フィッシュボーグ・アーチャー】と【サイレント・アングラー】をデッキに戻して3枚ドロー!…そして【死者蘇生】を発動する!墓地から【超古深海王シーラカンス】を特殊召喚!」

「チィッ、またソイツか!」

「シーラカンスのモンスター効果!手札を1枚捨て…」

「だからやらせるかって言っただろうがぁ!永続罠、【デモンズ・チェーン】発動ぉ!シーラカンスの効果は無効だぁ!」

 

 

 

砺波の進撃への一手を、悉く封じにかかる劉玄斎。

 

それは、ここがデュエルの佳境だと劉玄斎も理解しているからこその妨害。劉玄斎は砺波の一挙手一投足を防ぎ、拒み、邪魔し、封じ…

 

そうして劉玄斎は優位に立とうと、荒々しく声を轟かせる。

 

 

 

「クハハハハ!やらせるわけねぇだろうがよぉ!ここできっちりテメェを止めて、最後に勝つのはこの俺だ!」

「…だが…これで貴様も、もう打つ手は無くなったと見た!」

「…あぁ?」

「プロの時に散々研究させてもらったから知っている!攻撃的な貴様のデッキに、守りの手はそれほど多くないと言う事を!もう貴様の手札に、身を守るカードは無い!」

「クハハ!けどそれがどうしたよ!テメェこそ、さっきのターンに全力で展開しすぎて息切れしてきたんじゃあねぇのか?こうも出だしを止められちゃあ、今のテメェの手札からじゃあこの場を突破できる展開なんて出来ねぇだろ?これでテメェも終わりだぜ砺波よぉ!」

 

 

 

お互いに引かぬ物言いと、ぶつかり合うは怒号の応酬。

 

歌姫の効果を止められても、古代の魚王も止められてもなお…砺波は戦意を落とすことなく、どこまでも戦い抜く姿勢を貫いていて。

 

…確かに劉玄斎の言う通り、全く衰える事のない力で常に攻め立ててくる劉玄斎のデュエルは、砺波にとっても苦しい戦いを強いられる事に違いない。

 

しかし、いくら劉玄斎の場に攻撃力3000を超えるドラゴンが2体も居て、先の2ターンでの展開によって少なからずの疲弊を砺波が見せ始めてしまっていても。

 

それでも砺波にデッキにおいて、この場を簡単にひっくり返す事の出来るカードは確かにあるのだ。

 

そう、こんな状況など、プロの世界では日常茶飯事だった。ソレ故、その歴戦を駆け抜け、そして勝ち続けてきた自負が砺波に折れぬ戦意を与えているのは先ず間違いなく…

 

…とは言え、それは劉玄斎とて承知のはず。

 

いや、寧ろこんな戦況だからこそ一際輝くと言っても過言ではないカードと共に、砺波は歴戦の戦いでもこんな場面を幾度も切り抜けてきたその砺波の『代名詞』の事を、劉玄斎が忘れているはずもないと言うのに…

 

 

 

 

「…貴様こそ、私の『名』を忘れたわけではあるまいな!この【白鯨】の名にかけ…」

「…本当にソレが出せればなぁ…」

「…何?」

「おっと、あくまでも噂だったか?けどどっかの誰かが、自分のエースを召喚出来なくなって引退したっつう下らねぇ噂が、昔チラッと流れたよなぁクハハハハ!」

「…」

 

 

 

…そんな砺波に対し。

 

鋭く尖った言葉を重い声に乗せ、砺波へとそう言葉を投げつけた劉玄斎。

 

…どこか嫌味にも聞こえるような、棘を生やした針のようなモノ。

 

それは紛れも無く、今も決闘界のどこかで流れている些細な『噂話』の事についての事であった。

 

過去、歴代最強のシンクロ王者と称えられていた【白鯨】が、謎の不調に加え【白竜】との一戦で敗北を喫し…そのまま引退を表明したという世界が震撼したあの時に、どこからとも無く流れたその『根も葉もない噂』は、過去に確かに流れた『説』の一つ。

 

それを聞いて、砺波はあからさまな怪訝な顔を浮かべ…

 

 

 

「…何が言いたい?」

「クハハ!俺ぁ知ってんだぜ砺波ぃ!テメェが今、【白鯨】を出せねぇってことはよぉ!誰からとは言わねぇが、随分と腑抜けちまってるようじゃねぇか!」

「…私が…腑抜け…だと?」

「あぁそうだ!【白鯨】が無ぇ今のテメェじゃあ、俺と渡りあうなんて最初っから無理な話だったってことなんだよぉ!」

 

 

 

確信めいたモノを持って、言葉を放つ劉玄斎。

 

砺波の引退の『真実』を知る者は、秘匿に努めた砺波の見栄という名の羞恥心によって、全世界に5人と居ないはずだと言うのに…

 

ソレを、一体なぜ劉玄斎が知りえたのか。

 

そんなこと、今この場では砺波には全く分からないものの…劉玄斎の声の棘は、砺波の琴線に悉く触れていて。

 

 

ーそれでも…

 

 

「ならばその眼で確かめてみるがいい!魔法カード、【浮上】発動!シーラカンスの効果で墓地に捨てた、【海皇子 ネプトアビス】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【海皇子 ネプトアビス】レベル1

ATK/ 800 DEF/ 0

 

 

 

放たれる竜の嘲笑を、薙ぎ払うかのように鯨は叫ぶ。

 

…いや、薙ぎ払うだけではない。寧ろその驕りを蹴散らすかのようにして、鯨の叫びと共に海の皇子が砺波の場に蘇って。

 

 

 

「おいおい、無駄な足掻きかぁ?出せねぇモンスター呼ぶ準備なんざ、必死こいたって無駄なこ…」

「黙って見ていろ!そのままネプトアビスの効果発動!デッキから【海皇の竜騎隊】を墓地に送り、【海皇の狙撃兵】を手札に加える!コストとなった【海皇の竜騎隊】の効果で、更にデッキから【重装兵】を手札に加え…レベル1、【海皇子 ネプトアビス】に、自身の効果でチューナーとなったレベル7、【白闘気一角】をチューニング!」

 

 

 

…確かに『根も葉もない噂』であっても、火の無い所に煙は立たない。

 

砺波の引退の真実は、砺波と極少数の者しか知らない事実とは言え…あの時期に囁かれた噂の中に、確かな現実があった事もまた史実。

 

…しかし、傷心の中にあった昔の自分ならばいざ知らず。

 

当にソレを乗り越えている今の砺波にとっては、そんな『根も葉もない噂』になど微塵も精神を削られはしないのだ。

 

そう、過去を乗り越え、今を生き、未来へと進むことを決めた砺波の叫びが形となりて…

 

 

 

 

 

 

「悠久を生きる白き潮、大いなる海原から輪廻を巡れ!シンクロ召喚!」

 

 

 

 

 

―今ここに、現れる

 

 

 

 

 

「出でよ、レベル8!【白闘気白鯨】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【白闘気白鯨】レベル8

ATK/2800 DEF/2000

 

 

 

天に響くは鯨の叫び。深海より木霊する高らかな咆哮。

 

…かつて世界の頂点に立った、七つの海の君臨者。

 

ソレは不穏な空気に包まれた、この戦いの場であっても一片の穢れもなく。純白の海王のその姿は、かつての栄光の輝きにも負けぬ代物となりて、今孤高に天に映える。

 

 

 

「あぁ!?砺波テメェ!【白鯨】は出せねぇんじゃなかったのかぁ!?」

「いつの話をしている!そんな昔の出来事など、私はとうに克服している!行くぞ!【白闘気白鯨】の効果発動!」

 

 

 

そして…当が外れて焦ったのか。

 

予想に反し現れた、王者【白鯨】の姿に動揺を隠せず驚いた様子の劉玄斎。

 

砺波の強さをその身で理解しているはずの劉玄斎が、どうしてあれほどまでに余裕を持っていたのか。それは偏に、砺波が【白鯨】を使えない事を期待していたが故に生じていた余裕だったのだろう。

 

…しかし今目の前の光景は、劉玄斎の余裕を打ち崩す確かな現実。

 

シンクロ王者【白鯨】が誇る、世界の頂点に立った【白鯨】。その白き威光は他の追随を許さぬほどの美しさを放ち、どこまでも竜族を見下ろすのか。

 

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

「シンクロ召喚成功時…全ての『敵』を洗い流す!」

 

 

 

驚いている様子の劉玄斎を意に介さず。

 

【白鯨】が呼び出したる大地を飲み込む激流が、劉玄斎の竜族達を飲み込まんとした…

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

「…なぁんてなぁ!だから知ってんだよ!今のテメェが、【白鯨】を取り戻してるってこともなぁ!俺のドラゴン共が破壊されるこの時!墓地から2枚目の【復活の福音】を除外だぁ!」

「なっ!?」

 

 

 

 

 

…一転。

 

そう、驚愕していたはずの表情から、まさに『してやったり』と言わんばかりに。

 

劉玄斎は一瞬でその顔を『動揺』から『不敵』なモノへと変化させ、【白鯨】の起こした高波を前にして一枚のカードの発動の宣言して。

 

劉玄斎の墓地から除外されし『そのカード』は、先ほども使用した竜族の身代わりとなる魔法カードではあるものの…

 

 

 

「オラオラぁ!これで俺のドラゴン共は、テメェの効果じゃ破壊されねぇ!」

 

 

 

劉玄斎の宣言で、【白鯨】の激流の間に割って入るように出現した竜の像。

 

その像が激流を二つに割り、果て無き奔流は竜族、そして劉玄斎を逸れていってしまったではないか。

 

 

 

「馬鹿な!?2枚目の【復活の福音】だと!?…貴様、2枚目をいつ墓地に…【手札抹殺】と【ツインツイスター】で捨てたカードは確かに確認して…」

「クハハハハ!もう俺に防御の手が無いとでも思ってたのかぁ?さっきテメェの眼の前で、堂々と捨ててたじゃねぇかよぉ。」

「何?…いや、【征竜】の捨てる効果はモンスターのみ。それ以外でカードを捨てた効果は【手札抹殺】と【ツインツイスター】だけ…それも全てモンスターカードだったはず…」

 

 

 

そして…

 

浮かび上がった砺波の疑問に対し、劉玄斎は先ほどと同様、『してやったり』の顔を崩さずにそう言葉をぶつけて。また、それを聞いて砺波は思考を一瞬で深いところまで持っていき、デュエルの流れを全て思い返し始める。

 

…思い出せる限りでは、劉玄斎が『効果』で捨てたカードの中には『2枚目』の【復活の福音】は存在していなかった。発動した【復活の福音】も『1枚』だけで、自分が見ている限り【復活の福音】を墓地に送るチャンスなど他には…

 

 

 

 

 

―『クハハ!ドローしすぎちまった!手札制限により、手札を2枚捨ててターンエンドだ!』

 

 

 

 

 

「…最初の【超再生能力】か…抜け目の無い男だ。」

「クハハ、やっと気付いたか。けどテメェにだけは言われたくねぇなぁ。目ざといテメェの眼を掻い潜るにゃ、こんなトリックも必要だろうが。」

「…しかし、私が【白鯨】を失っていた事だけではなく、【白鯨】を取り戻していた事まで知っていたとは…」

「テメェを相手するってぇのに、万全を整えねぇ馬鹿は居ねぇだろ。ちっと伝手を使って、きっちりと調べさせてもらったぜぇ?」

 

 

 

…それはデュエルの進行の意識の外。カードの『効果』の裏をかいた劉玄斎の、カードを何気なく墓地へと送った一つの行動の結果。

 

 

…別に、ルール違反ではない。

 

―いや、ルール違反であるはずもない。

 

 

手札をルールの範疇に収める為に、劉玄斎がそのルールに則った…ただそれだけのこと。

 

しかし、カード効果による入れ替えではなく、あまりに普通にデュエルの進行の為にその行為を行ったために…始めから墓地に置かれていたそのカードの存在が、砺波の意識から綺麗に外されてしまっていたのか。

 

…それだけではない。

 

このデュエルが高速化した時代に、手札の枚数が限界を超えることはあまりない。また手札の枚数制限が起こったときには、普通であれば『必要の無いカード』を捨てるのがまずセオリーのはず。

 

 

…だから、こそ。

 

 

使用すれば有利に展開できるその『蘇生系』のカードを、一つの戦略として当たり前のように捨てられる劉玄斎のその豪胆さはあまりに大胆かつ不敵。

 

砺波 浜臣という男のデュエルを知り尽くし、元とは言え【王者】と渡り合える程に磨き上げられた力と拮抗できる程の知略、そして恐れもなくそれを実行できるだけの度胸を持ち合わせた、洗練された確かな実力。

 

…そう、世紀末に生きているのかと思える程の巨躯や、その不遜な言動に勘違いをしている者も多々いるが…

 

そもそも劉玄斎という男は、何も野蛮な『暴力』だけで【王者】と同格にまで上り詰めたのでは無い。

 

 

…先見の明と知略に長けた【白鯨】、砺波 浜臣と、真っ向から渡り合える程の『戦略性』を持った竜。

 

…激しい展開と止まらぬ猛攻を行う【黒翼】、天宮寺 鷹峰と、真正面からぶつかり合える程の『実力』を持った龍。

 

…純粋な殺意と純然たる才能を持った【紫魔】、紫魔 憐造と、真っ当に切り結べる程の『胆力』を持った辰。

 

 

世界の頂点に君臨する【王者】達と渡り合うには、ただの『暴力』だけでは足りないのだ。その暴力性の裏に隠された、高い戦略・強い腕力・硬い胆力を兼ね備えているからこそ劉玄斎と言う男は【王者】と同格とまで謳われていて…

 

そしてまた、こうも称えられている。

 

 

 

…王座を踏みつける戦闘狂、暴れ狂う大災害。

 

 

 

―『逆鱗』

 

 

 

ー劉玄斎、その人。

 

 

 

「だからさっき言っただろうが!これでテメェは終わりだってなぁ!折角ギリギリの手札で呼び出した【白鯨】も、この状況じゃあただの通常モンスターと変わりねぇんだよ砺波ぃ!」

「くっ…」

 

 

 

出方を悉く封じられ、逆転の芽を耐え切られ。

 

生徒を攫われた憤りと、実体化したモンスターの攻撃によって、『読み』が緩くなっていたのは自分の方だったということを砺波は今になって後悔し始めているかのよう。

 

…その口から漏れる静かな焦りは、砺波の甘さそのモノ。

 

【白鯨】と戦う事を見越して、万全の状態を整えてきていた劉玄斎と…過去の『逆鱗』との戦いの経験のみで乗り切ろうとしていた砺波。

 

それだけを見れば、最早どちらに勝利の女神が微笑んでいるのかは一目瞭然とも言え…

 

 

 

 

 

それでも…

 

 

 

 

 

「だがそれも一度きりだ!【シンクロキャンセル】発動!」

「あぁ!?」

 

 

 

そんな女神の微笑みになど、一瞥もくれずに砺波は叫ぶ。

 

 

 

「【白闘気白鯨】をExデッキに戻し、シンクロ素材とした【白闘気一角】と【海皇子 ネプトアビス】を特殊召喚!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【白闘気一角】レベル7

ATK/2500 DEF/1500

 

【海皇子 ネプトアビス】レベル1

ATK/ 800 DEF/ 0

 

 

 

そして砺波が発動した一枚の魔法カードによって、その身を静かに消していく【白鯨】。【白鯨】が居たそこには、再び白き者と海の皇子が現れたではないか。

 

そう、例え劉玄斎が磐石を整えていたからと言って、自分の読みが甘かったからと言って…それでも砺波とて、ここでデュエルを諦められるわけがない。

 

…いや、決して諦めてはいけない。学生の命がかかっているかもしれないこの状況においては、負けてもいいと言う選択肢は砺波には残されてはいないのだ。

 

その足掻きにも似た我武者羅な姿は、かつての王者【白鯨】らしからぬ荒々しいモノとは言え…

 

ここで劉玄斎を倒さなければ、自分は先へは進めない。

 

この程度の逆境で、折れている暇などないと言わんばかりに。例えソレが、元シンクロ王者【白鯨】らしからぬ、不細工で不恰好で我武者羅なデュエルとなろうとも…

 

それでも砺波は構わずに、前へと向けて叫ぶだけ。

 

 

 

「チッ!…だがその効果で呼び出した【白闘気一角】はチューナーじゃねぇ!」

「わかっている!レベル1の【海皇子 ネプトアビス】に、レベル2の【深海のディーヴァ】をチューニング!シンクロ召喚、レベル3!シンクロチューナー、【たつのこ】!」

 

 

―!

 

 

【たつのこ】レベル3

ATK/1700 DEF/ 500

 

 

 

「つづけて墓地の【フィッシュボーグ-プランター】のモンスター効果発動!デッキの一番上のカードを墓地に送り、それが水属性だったら【フィッシュボーグ-プランター】を蘇生できる!墓地に送られたのは水属性の【シー・ランサー】!墓地から【フィッシュボーグ-プランター】を蘇生し、【たつのこ】のモンスター効果により私は手札のモンスター1体もシンクロ素材として扱える!手札のレベル3、【海皇の狙撃兵】と場のレベル2、【フィッシュボーグ-プランター】に…レベル3、シンクロチューナー、【たつのこ】をチューニング!」

 

 

 

砺波の叫びに呼応して、再び天に昇りし5つの光球と3つの水輪。

 

…今の砺波のデュエルは、プロの時代に【王者】と呼ばれていた彼とは似ても似つかぬ、ただただ我武者羅な若者のような必死さを呈していることだろう。

 

しかし…過去を乗り越え、今を生き、未来へと進む決意を抱けた砺波にとっては、今ここで立ち止まるという選択肢は最早存在してはおらず。

 

―前へ…ただ、前へ。

 

そこに勝利があるのなら、例えこの戦いが【白鯨】らしからぬ不恰好なデュエルであろうとも。ただ守ると決めたモノの為に、ここに海の眷属の力が集約し…

 

今、巡りし歴戦の記憶と共に…

 

 

 

 

 

「悠久を生きる白き潮!大いなる海原から輪廻を巡れぇ!シンクロ召喚!」

 

 

 

 

 

―砺波は、叫ぶ

 

 

 

 

 

「再び現れよ、レベル8!【白闘気白鯨】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

【白闘気白鯨】レベル8

ATK/2800 DEF/2000

 

 

 

再び天に現れし、純白なりし海の王。

 

陽の光に煌く、そのあまりに清麗なる白き姿はどこまでも王たる威厳を放ち…何度行く手を阻まれようとも、彼の者は水の煌きと共に、どこまでも優雅に空を泳ぐのか。

 

そう、それは同じ歴戦を戦ってきた、終焉と災害の竜を前にしても不変。

 

存在からして異なる【王者】の威光をありありと放ちながら、【白鯨】は堂々と天に浮かぶのみ。

 

 

 

「貴様が幾度も立ち塞がるのなら、私はソレを何度でも超えるだけだ!再び【白闘気白鯨】の効果発動!貴様のドラゴン達を全て…破壊する!」

 

 

 

―!

 

 

 

そして…

 

今度こそ守りの手が無くなったのか。

 

透き通るほどに清らかな咆哮によって、【白鯨】が再び大地を飲み込む高波を呼び起こし…

 

ついに劉玄斎の場の終焉と災害の竜が飲み込まれていくその光景は、まさしく『拮抗』が崩れた、戦況が傾いた事の証明とも言える光景と言えるだろうか。

 

 

 

「ぐっ…こんなトリックじゃ怯みもしねぇか…」

「これで終わりだ!バトル!【白闘気白鯨】で、劉玄斎にダイレクトアタック!」

 

 

 

迫る怒涛の白鯨の息吹、深海に響く王者の叫び。

 

その轟きは天をも揺るがし、今高らかに海鳴りが響く。

 

劉玄斎の場にモンスターは居らず、砺波の場には【白鯨】とその眷属の攻撃がまだ残っている。もう、時間はかけられないのだと言わんばかりに。

 

そのまま砺波は猛るように、今、がら空きとなった劉玄斎へと目掛け…

 

 

 

 

「喰らえ!怒涛のタイダル・ストリー…」

「けどやらせねぇつっただろうがぁ!攻撃宣言時に、手札の【アンクリボー】を捨てて効果発動ぉ!墓地から【サンダーエンド・ドラゴン】を特殊召かぁぁん!!」

 

 

 

―!

 

 

 

【サンダーエンド・ドラゴン】ランク8

ATK/3000 DEF/2000

 

 

 

―咄嗟に。

 

そう、今まさに【白鯨】の息吹がぶつかろうとしていたその瞬間。

 

墓地より終焉の雷竜が蘇り、【白鯨】の怒涛の息吹の間に割って入ってその衝撃を全身で耐え始めたではないか。

 

…それは劉玄斎が発動した、死者を一時的に蘇らせることの出来る悪魔の使いの力によるもの。

 

このギリギリの状況におかれても、どうにかそのLPを次に繋げようとして…手札に隠し持っていたソレを用い、劉玄斎は砺波の攻撃を悉く耐えようとしていて。

 

 

 

「…くっ、まだそんなカードを隠していたか…」

「危ねぇ危ねぇ…テメェ相手だしよぉ、一応用心しておいて正解だったぜ。」

「仕方ない…攻撃は中止し、エンドフェイズに移行する。…このエンドフェイズ、【アンクリボー】の効果で特殊召喚した【サンダーエンド・ドラゴン】は墓地に送ってもらうぞ。」

「…あぁ。」

「私はこれでターンエンドだ。」

 

 

 

砺波 LP:1800

手札:4→1

場:【白闘気白鯨】

【白闘気一角】

【超古深海王シーラカンス】

伏せ:無し

 

 

 

 

―互角

 

そう、まさに互角の戦い。

 

お互いのターンに入るたびに、戦況は一転を繰り返し続けるこのデュエル。

 

LPが並び、お互いがお互いの場を全壊させ、一つのミスが敗北へと繋がる危険を孕み、少しの油断が取り返しの付かない情況を呼び寄せ…

 

こんなにも張り詰められた戦いが、こんなギャラリーの居ない山奥で繰り広げられているだなんて、世界中の【白鯨】と『逆鱗』のファンが知ったら発狂どころでは済まないと言っても過言ではないだろう。

 

…しかし、ソレももう長くは続かないはず。

 

何せ二転三転を繰り返し続けるこのデュエルは、どちらも常に全身全霊であり、どちらも最初から全力疾走しているような代物。並の強者程度ならばもう2~3回は蹴散らされているほどの衝突を、この二人は毎ターン繰り返しているのだ。

 

また、モンスターが実体化しているというプレッシャーも相まって、その消耗は通常のデュエルの比ではない。それ故、その全力疾走を、今後のターンも続けるのが難しいということは戦っている二人が最もよく感じ取っているはず。

 

 

―早く、決着を

 

 

共通している二人の願望。そして、ターンは再び劉玄斎へと移り変わり…

 

 

 

 

 

「俺のタァァン、ドロォォォオ!」

「待て、劉玄斎!」

「あぁ?」

 

 

 

―そんな中

 

唐突に、劉玄斎へとデュエルを遮る言葉を投げかけた砺波 浜臣。

 

 

 

「貴様の腕が錆び付いていないことは、これまでの攻防で良く分かった…だからこそ解せない!『逆鱗』とまで呼ばれ、富も名声も地位も手に入れた貴様が!一体何の為に私の学生を攫った!」

 

 

 

…その言葉は、『昔』の劉玄斎を良く知る砺波は、どうしても『今』の劉玄斎から感じる違和感が気になって仕方がないのか。

 

時間が無いとはわかっていても、聞かずにはいられなかったのだと言わんばかりの砺波の声が周囲に木霊し…

 

 

 

「…テメェにゃ関係ねぇだろうが。」

「関係はある!私の学園の子だ…私には高天ヶ原さんを守る責務がある!貴様とてデュエリア校の学長ならば、何故学生に危害を加えようとしているのかと聞いているんだ!そこまで堕ちた理由があるはずだろう!」

「…チッ、こっちにもワケがあんだよ。」

「だからその理由は何だと聞いている!劉玄斎…先ほどからの貴様の台詞を聞いていると、黒幕が別にいるのは一目瞭然!一体誰だ、貴様の後ろにいる者は!誰が貴様の後ろで動いている!」

「だからテメェにゃ関係ねぇつってんだろうが!何も知らねぇ癖に、図々しく首つっこもうとしてんじゃねぇ!」

「首を突っ込んで何が悪い!貴様こそ、昔だったらこんな陰湿な手を取ることは無かっただろうが!」

 

 

 

これまでの攻防でお互いに昂ぶっているのか、二人の声はどこか喧嘩腰のようにも聞こえるモノ。

 

…いや、実際にお互いに喧嘩腰になっているのだろう。

 

現役時代の砺波と劉玄斎もよくこうして、何か在る度に衝突していたのだ。年月が経っているとは言え、衝突し合っていた時間の方が長いのだから、ソレが今この場でも再燃したとしてもそれは何ら不思議な事でもなんでもなく。

 

 

 

「学生を人質に取り、私を足止めし…貴様はそこまで陰湿な手を取るような男ではなかっただろう!誰だ!貴様を利用して何かを企んでいる輩は!」

「チッ…」

 

 

 

しかし…

 

喧嘩腰になっているとはいえ、それでも劉玄斎を良く知る砺波が確信を突くと。

 

劉玄斎はどこかイラつきながらも、今まで頑なに閉ざしていたその口をゆっくりと開き始め…

 

 

 

「…【紫影】…」

「なっ!…い、今、何と言った!?」

 

 

 

そして、劉玄斎が口にした、その『名』を耳にしたその瞬間。

 

全くその『名』を選択肢に入れていなかったのか、あまりの驚愕の表情を砺波は見せ始めたではないか。

 

…それは砺波からしても、その【紫影】という名があまりに予想外だったが為に生じた、意識の外から喰らったパンチだったのではないだろうか。

 

劉玄斎が告げたその【紫影】の名に、驚きつつ苦々しげにな顔をする砺波の姿は…普段の砺波からすれば考えられない程に驚いているのが誰の目にも手に取るようにわかったことだろう。

 

どこか過去の記憶から、思い出したくも無い名前を嫌々ながら引き出しているかのような砺波の苦い顔。

 

そのまま砺波は、記憶の奥の奥から思い出したくも無い激闘の記憶を呼び戻し…

 

 

 

 

 

「馬鹿な!…し、【紫影】…だと!?裏決闘界の融合帝…あの男が、まさか…」

 

 

 

自ら発している言葉が信じられないかのように、動揺を隠せていない砺波 浜臣。

 

…しかし、それもそのはず。

 

 

 

―『裏決闘界』

 

 

 

それは文字通り、この世界の決闘界の裏側の世界。

 

世界中の人々が日々見ているような、輝かしいプロの世界とはかけ離れた暗黒の場所。

 

…表が正々堂々の『実力』の世界なら、裏は陰謀策略の『暴力』の世界。

 

…表が豪華絢爛な『栄光』の世界なら、裏は陰湿悪逆な『殺伐』の世界。

 

力ある者のみが生きながらえ、力の無い者は生きる事すら許されぬ。悪鬼羅刹が闊歩する、混沌渦巻く負の決闘界。表の決闘界に馴染めなかったはぐれ者や、表の決闘界を追い出された乱暴者…表の決闘界に恨みを持つ者や、表の決闘界では生きられぬ者達が屯しているとされる、決闘界のまさに裏側。

 

まぁ、裏決闘界と銘打っていても、人々に広く認知されている『表』の決闘界のように体系化されているような場所ではなく。あくまでも表に出れぬ『裏』の人間達が生きている、一つの裏社会の総称のようなモノなのだが。

 

…それでも危険な場所には違いなく。その実体を把握している者はこの世界においても【決闘世界】の上の者や、【王者】といった決闘界の重鎮達のような、極限られた者達だけであり…

 

無論、元シンクロ王者【白鯨】として、若かりし頃からプロデュエリストとして活躍していた砺波 浜臣も『裏決闘界』の事は良く知っている。

 

―過去…表の決闘界と裏決闘界が正面衝突をした、決して表沙汰にはならない裏側の歴史

 

王者【白鯨】として、『裏』の者と戦った経験。裏決闘界の三帝王…【紫影】、【白夜】、【黒獣】との、『極』の頂に至った者達との戦いはまさに熾烈を極めた苛烈な戦いであった。

 

それは決して表では報じられぬ、国家機密以上の機密事項。

 

かつてあったとされる、決闘界の命運を賭けた『表』と『裏』の戦いが、かつて確かに勃発したのだ。そしてその戦いの後、表に負けた裏決闘界は三帝王を失い、徐々にその勢力を落とし消滅したはず。

 

また、砺波が驚いたのは『裏決闘界』が動いていたというだけではなく…

 

 

 

「やはり裏決闘界が動いていたのか…だ、だが何故【紫影】が生きている!?あの屑は確かに憐造に負け…そう、【紫魔】に敗れ、自ら火口に落ちていったはずだ!それは貴様も見ていたから知っているはず!」

「俺だって知らねぇよ。けどあの屑が生きて俺の前に現れたってぇのも…事実なんだよ、イラつく事になぁ…」

 

 

 

そう、砺波も劉玄斎も『屑』と称する、【紫影】という最低最悪なデュエリストは既にこの世には居ないはずの存在だったのだから。

 

 

―【紫影】

 

 

それは世界最悪の犯罪者、性根の腐った捻じれた男。

 

 

そのおぞましき所業は最早語る事すら禁じられ、歴史の闇の片隅に追いやられているほどの代物でもあり…

 

それは今ここでは語ることすら出来ぬ、口に出すのもおぞましい所業ではあるものの、そんな歴史の闇に葬られた犯罪を犯して表の世界から姿を消した、世界の犯罪史上でも類をみないほどの大量の人間の命を奪った男。

 

下種で、小物で、狡猾な、人の命を命とも思わぬ最低最悪の思考を持った野心家。裏決闘界の頂点に君臨する、融合召喚の頂点に立つ裏社会のトップの一人。

 

しかし、かつて勃発した表と裏の戦争の最期に、裏決闘界の三帝王である【紫影】、【白夜】、【黒獣】はそれぞれ…

 

当時の決闘界の王者であった【紫魔】、【白鯨】、【黒翼】と、文字通り命を賭けた戦いを行い、敗北した裏決闘界の三帝王は皆、火口に落とされたり深海に沈められたり、遥か上空から落とされて命を落としたはず。

 

…そう、その当事者であった砺波だからこそ。あの戦いから20年以上も経っている今になって【紫影】と言う名が再び現れたことに、どうしても驚きを禁じえないのか。

 

 

 

―『…俺様はまたしばらくこの街を離れる、ガキ共の事は頼んだぜ。…今回の事で、色々と『勘付いた』奴もいるだろうからよ。』

―『わかっています。特に…高天ヶ原さんですね。』

―『…おう。やっぱわかってやがったか。』

―『【神】を持つ少女…【決闘世界】にも、今回の【神】出現の報告は上がっていますが…まさか、それが高天ヶ原さんからだとは思いませんでした。…ひとまずこの情報は私のところで止めていますが…しかし、『奴ら』にまで情報が行けばどうなることか…』

―『カカカッ、流石はお優しい理事長先生だ、手が早いこった』

 

 

 

砺波とて、『裏決闘界』の残党が何やら不穏な動きをしていると言うことの情報を掴んではいた。

 

しかし、ソレがよもや死んだはずの【紫影】が手引きしていただなんて、砺波からしても思いもよらなかった事に違いないこと。

 

…いや、決闘市の『先の異変』で、前【紫魔】である紫魔 憐造が蘇っていた例もあるにはあるのだが…

 

狡猾で謀略家でペテン師な【紫影】という屑の事を思うと、実は20年以上前の表と裏の戦いであの狡賢い男は自分が死んだと思わせていたのではないかと考えるほうが自然か。

 

また、今の話しを聞いて、砺波が最も許せないのは…

 

 

 

「い、いや、この際、あの屑が生きていたのだとしてもだ! 例え【紫影】が生きていたのだとしても…劉玄斎!私たち【王者】と同格とまで言われた貴様が、一体何故あの屑に…【紫影】などに従っている!そこまで堕ちたか!」

 

 

 

 

そう、砺波が最も許せないのは、仲が悪いとは言え歴戦を共に戦ってきた『逆鱗』の劉玄斎ともあろう男が、【紫影】などと言う最低最悪な屑の下について従っているというこの現状について。

 

…劉玄斎が築き上げた地位と資産と伝手と権威を行使すれば、例え【紫影】が何かしらの悪巧みを企んでいたとしても未然に防ぐか後から対処できたはず。

 

しかし劉玄斎がソレをしていないということは、この男は少なくとも自らの意思で【紫影】の下に付くという選択肢を取ったと言う事。

 

…他人の下に付くのを嫌がり、その身一つでのし上がった劉玄斎が…よもや、最低最悪の屑の下に自ら付いたという事実が、砺波には許せない。

 

 

 

「…」

「見損なったぞ劉玄斎!貴様ほどの力があれば【紫影】になど…」

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

劉玄斎に向けた砺波の言葉が、最後まで言い切られる寸前の…

 

 

 

 

 

―その時だった

 

 

 

 

 

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

突如として周囲の山林に爆音が鳴り響き、それに応じて木々が酷くざわめいて。

 

 

 

「なっ!?」

「さっきからゴチャゴチャ…こっちの事情も知らねぇ癖しやがってぇ!この俺が好き好んで【紫影】の屑野郎なんかに付き従ってるとでも思ってんのかぁ!」

「な、ならば何故!?」

「うるせぇぇぇぇぇえ!何も知らねぇ癖に上からモノ言ってんじゃねぇぇぇえ!」

 

 

 

…怒号。

 

そう、それは紛れもなく怒号であった。

 

噴出した怒り。爆発した憤り。溜め込んでいた鬱憤が、砺波からの言葉によって一気に放出されてしまったのか。

 

 

…言えない鬱憤、言わない葛藤。砺波の言動に、とうとう限界を超えた竜の怒り。

 

 

どこか八つ当たりにも似た今の劉玄斎の態度はまるで、【紫影】という最低最悪の屑野郎に従わざるを得ない状況にある自分自身が許せないかのようではあるものの…

 

…プライドを無理矢理押さえ込み、誇りをどれだけ傷つけられても。それでも【紫影】という屑に従う道しか残されなかった自分に対する怒りが、今限界を超え噴出し始め。

 

 

 

「【復活の福音】発動ぉ!墓地から【瀑征竜-タイダル】を特殊召喚しぃ、墓地の【巌征竜-レドックス】の効果発動ぉ!墓地の【仮面竜】と【タイラント・ドラゴン】を除外し墓地からレドックスを特殊召かぁぁん!更に墓地の【嵐征竜-テンペスト】のモンスター効果も発動ぉ!墓地のサンダーエンドとラビーを除外し、テンペストを特殊召かぁぁん!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

【瀑征竜-タイダル】レベル7

ATK/2600 DEF/2000

 

【巌征竜-レドックス】レベル7

ATK/1600 DEF/3000

 

【嵐征竜-テンペスト】レベル7

ATK/2400 DEF/2200

 

 

 

怒号に呼応し現れる、洪水と地裂と竜巻の化身。

 

まるで、劉玄斎の怒りが具現化したかのようなその唸りは、先のターンまでとは比べ物にならない程に強まっており…

 

 

 

「何も知らねぇ癖しやがって…好き勝手言ってんじゃねぇ!レベル7の征竜3体でオーバーレイィ!」

 

 

 

そのまま、劉玄斎は呼び出した3体の災害の竜を天に捧げ…

 

 

 

 

「怒りに震える逆鱗よぉ!歯向かう愚者を消し飛ばせぇ!」

「…ッ!?その口上は!」

 

 

 

…狭間で揺れる竜の怒り。

 

それはまるで、何かと何かの間に囚われて、後に引けぬ場所に追いやられている窮地の叫びにも似た叫びのよう。

 

純粋なる怒りの豪咆、それは砺波へと向けたモノか自分へと向けたモノか…ソレが姿形となりて、今この場に降臨するのか。

 

銀河の渦が爆発し、3つの災害が合わさり呼び出されしは…

 

 

 

「エクシーズ召かぁぁん!来やがれぇ、ランク7ぁ!【撃滅龍 ダーク・アームド】ぉ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【撃滅龍 ダーク・アームド】ランク7

ATK/2800 DEF/1000

 

 

 

―怒りに震える巨大な体躯、力を纏いし豪き腕。

 

刃翼を広げ、重い咆哮を響かせ…全身を牙と化したその姿は、まさに怒りに震える逆鱗そのモノ。

 

…これが、このモンスターこそが『逆鱗』と呼ばれた黒き龍。

 

純白の【白鯨】と対照的な、純黒なりしその姿を今ここに轟かせながら。主の怒りを体現せんと、好敵手へと向かって唸り猛る。

 

 

 

 

「『逆鱗』…」

「【撃滅龍 ダーク・アームド】の効果発動ぉ!オーバーレイユニットを一つ使いぃ…【白鯨】を破壊する!」

 

 

 

―!

 

 

 

そして…

 

『逆鱗』から放たれし力の波動が、刃となりて【白鯨】へと襲い掛かった。

 

…【王者】を恐れぬ怒りの権化。『逆鱗』の怒りは形となりて、目につく全てを壊すのか。

 

そのまま龍の怒りを集約した力の刃は、純白の海王の体を無慈悲にも真っ二つに切り裂いてしまったではないか。

 

 

 

「その後!俺ぁダーク・アームドの効果で、墓地からカード1枚を除外する!【七星の宝刀】を除外するぜぇ!」

「くっ…だが、【白鯨】は何度でも蘇る!破壊された【白闘気白鯨】のモンスター効果!墓地の【海皇の狙撃兵】を除外して、自身をチューナーと化して特殊召喚!」

「しゃらくせぇ!もう一度ダーク・アームドの効果発動ぉ!オーバーレイユニットを一つ使い、もう一回【白鯨】を破壊ぃ!その後墓地から【手札抹殺】を除外だぁ!」

「墓地の【水精鱗-リードアビス】を除外し【白鯨】を蘇生!」

「3回目のダーク・アームドの効果発動ぉ!オーバーレイユニットを一つ使い、【白鯨】を破壊し墓地から【銀龍の轟咆】を除外ぃ!」

「墓地の【海皇の竜騎隊】を除外し【白鯨】を蘇生する!」

「まだだぁ!俺の墓地には闇属性が3体!俺ぁ手札から、【ダーク・アームド・ドラゴン】を特殊召かぁぁん!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ダーク・アームド・ドラゴン】レベル7

ATK/2800 DEF/1000

 

 

 

―そんな攻防の最中。

 

続けざまに劉玄斎が呼び出したのは、猛り狂った巨大な闇の龍であった。

 

…それは『逆鱗』に良く似た龍。発達し隆々とした豪腕を持った、闇に染まりし進撃の轟きであり…

 

その、いきなり呼び出された【ダーク・アームド・ドラゴン】を見て。砺波は驚きと共に、焦りの声を漏らしつつ…

 

 

 

「なっ、【ダーク・アームド・ドラゴン】だと!?それは『逆鱗』へと…エクシーズモンスターへと進化して消えたのではなかったのか!?」

「テメェこそ何時の頃の話をしてやがる!木蓮の野郎にとっくに再生させたに決まってんだろうがぁ!【ダーク・アームド・ドラゴン】の効果発動ぉ!墓地の闇属性を除外することでテメェのカードを破壊する!【真紅眼の黒竜】を除外し【白鯨】を破壊ぃ!」

「ぐっ!?【白闘気白鯨】の効果発動!【フィッシュボーグ-プランター】を除外し、自身をチューナーとして特殊召喚!」

「それがどうしたぁ!【アンクリボー】を除外して、もう一回【白鯨】を破壊だぁ!」

「か、【海皇子 ネプトアビス】を除外し自身を蘇生!」

「足掻くんじゃねぇぇぇぇえ!今度は【トライホーン・ドラゴン】を除外して【白鯨】を破壊ぃ!」

「うぐっ…墓地の【シー・ランサー】を除外し、【白鯨】を蘇生…」

「砺波ぃ…テメェはやっぱりムカつく野郎だぜぇ…どこまでどこまでも俺の邪魔しくさりやがってぇ!速攻魔法、【異次元からの埋葬】発動ぉ!除外されている【トライホーン・ドラゴン】、【アンクリボー】、【真紅眼の黒竜】を墓地に戻し、そんでもう一周【ダーク・アームド・ドラゴン】の効果を発動だぁ!」

「何っ!?」

「容赦はしねぇ!【真紅眼の黒竜】を除外して【白鯨】を破壊するぜぇ!」

「ぼ、墓地の【白闘気海豚】を除外し蘇生!」

「次は【アンクリボー】を除外して【白鯨】を破壊ぃ!」

「…た、【たつのこ】を除外し…」

「【トライホーン・ドラゴン】を除外して【白鯨】を破壊ぃ!」

「ぐぅっ!?…し、【深海のディーヴァ】を除外し…は、【白鯨】を蘇生する…」

 

 

 

 

容赦の無い破壊の連撃、襲い掛かるは刃腕の轟き。

 

何度でも、何度でも、何度でも何度でも何度でも【白鯨】が耐えれば耐えるだけ…その度に、何度だって劉玄斎の怒りが襲い掛かって。

 

…既に、9回。

 

そう、既に9回も連続で破壊され続け、その度に海の眷属達の命を貰い輪廻を繰り返し続けている【白鯨】。その『逆鱗』の猛攻によって、砺波の墓地にはもう水属性モンスターが底をついてしまっている。

 

9回も【白鯨】を破壊し続けてくる『逆鱗』の怒りは、まさに災害超えた大災害そのモノ。

 

その終わる事のない連撃の嵐は、確かな重圧となって砺波を蝕み…また【白鯨】が蘇る度に逆転への足がかりとして墓地で眠っていた水属性モンスター達が瞬く間に消耗されていくこの情況は、砺波にとっても相当に劣勢に追い込まれている事の証明とも言えるだろう。

 

…その疲弊は言うに及ばず。それは砺波にとっても、【白鯨】にとっても。

 

 

 

「そろそろ沈んじまえ!バトル、【ダーク・アームド・ドラゴン】で【白闘気一角】に攻撃ぃ!冥龍崩天撃ぃ!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

「ぐあぁぁぁぁぁあっ!」

 

 

 

砺波 LP:1800→1500

 

 

 

そうして…

 

『逆鱗』の元となった闇の龍が、闇の力を纏ったその刃腕を振い、白き者を一瞬の後に殴り飛ばして。

 

…もう墓地に水属性モンスターが居なくなってしまったが為に、【白闘気一角】は輪廻を繰り返す事を許されもせず…

 

また今の攻撃によって生じた実体化したダメージが、再び砺波の体を襲い、今度こそ内臓が傷付いてしまったのか。砺波はその衝撃によって、口から少量の血を砺波は吐き出してしまったではないか。

 

 

 

「ぐ…ぅ…」

「チッ、やけにみっともなく足掻くじゃねぇか、テメェらしくもねぇ。【撃滅龍 ダーク・アームド】はこのターン攻撃できねぇ。バトルフェイズを終了し、魔法カード、【貪欲な壷】を発動ぉ。ライトニング2体、ストリーム、ヴェーラー、テンペストをデッキに戻して2枚ドロー。3枚目の【七星の宝刀】も発動し、レベル7の【ダーク・アームド・ドラゴン】を除外し2枚ドロー。…俺ぁカードを2枚伏せて、ターンエンドだ。」

 

 

 

劉玄斎 LP:1800

手札:4→1枚

場:【撃滅龍 ダーク・アームド】

伏せ:2枚

 

 

 

災害が通り過ぎた後のような、あまりに激しい劉玄斎の攻撃が終了し…何とかこのターンを凌ぎきった【白鯨】、砺波 浜臣。

 

…しかし情況は最悪で、このターンで墓地の水属性を悉く消し去られてしまった砺波にとっては逆転の芽が悉く潰されてしまったように感じるのか。

 

…痛みによって視界が揺らぎ、意識が遠のき耳が鳴る。

 

情況は最悪、それはデュエルも砺波自身も。

 

劉玄斎は毎回当然のように、万全の体制を整えてターンを終えてくるのだ。そのプレッシャーはあまりに重く、どうにか場に【白鯨】を残し大ダメージを食らう事だけは避けられたものの…

 

2枚の伏せカードに加え、劉玄斎の墓地に3枚目の【復活の福音】がある今の状況では、到底『逆鱗』は超えられないと言う事を嫌でも感じ取ってしまっている様子。

 

…それは先のターンのように、【シンクロキャンセル】のようなカードで再び【白鯨】の効果を狙おうとも同様。

 

シーラカンスも【デモンズ・チェーン】に縛られていてその効果は使えず、もしまた劉玄斎の手札に【エフェクト・ヴェーラー】と言ったカードまで備わっていたら一体その妨害を掻い潜るために何枚のカードを犠牲にしなければならないのだろうか…と。

 

…また、砺波のExデッキには【白鯨】を超える攻撃力を持つモンスターが居らず。どうにかあの場を突破できたとしても、劉玄斎が再びサンダーエンドのような高い攻撃力を持ったモンスターを咄嗟に出してきたら戦闘で無理矢理押し通る事も難しく…

 

 

 

「私の…ターン、ドロー…」

 

 

 

…絶体絶命。

 

砺波とて、劉玄斎が自分と同等の相手だとは理解していたとは言え…よもや自分がここまで追い詰められるだなんて、深く想像出来ていなかったのか。

 

…まだ戦う事を諦めてはいなくとも、その手からは力が抜けていて今にも倒れこんでしまいそうな砺波の姿。

 

元シンクロ王者【白鯨】が、これ程までに追い詰められている姿は現役時代には殆どありえなかった光景でもあり…

 

 

 

「まだ諦めねぇか。いっその事【白鯨】で相打ちでも狙うのかぁ?だがもう無駄なんだよ砺波ぃ!テメェはもうこれ以上の事ぁ出来ねぇだろうが!」

 

 

 

また、【王者】と呼ばれていた頃からは想像もつかないほどに泥臭いデュエルと、こんなにも必死になってまでカードをドローする砺波を見て。

 

…思わずその口からイラつきにも似た、荒々しい声を放った劉玄斎。

 

まるで勝ち誇ったようなその言動は、まだデュエルは終わっていないのだから勝ち誇るには早すぎると言えるのだが…しかしそれが確実なモノなのだと実感しているかのような物言いは、歴戦を幾度も砺波と戦ってきた劉玄斎だからこそ出せた結論でもあるのだろう。

 

 

―そう、これまでのデュエルの流れと、今の場の状況と、そしてこれからの砺波と劉玄斎の取るであろう行動を考えれば最早どちらが優位に立っているのかは一目瞭然。

 

 

 

…元々、砺波のデュエルはExデッキのシンクロモンスターで相手を圧倒するデュエルが主体だった。

 

しかし切り札である【白鯨】は既に場に出ていて、展開に使う【たつのこ】は除外されている。【白闘気海豚】も【白闘気一角】も除外されていたり墓地にあったりで、【王者】ではない今の砺波は【氷結界の龍 グングニール】は持ってはおらず。残っている砺波のExデッキに居るであろう残りの主力といえば、後は【瑚之龍】くらいのモノ。

 

そう、無効となっているシーラカンスの効果をどうにかして使っても、呼び出せるシンクロモンスターにはこの場を突破できるモノはいないはず。

 

また、いくら過去のエースの何かしらを再び狙おうとも、これだけの攻防を繰り返してきたのだから…この場を逆転出来る切り札を呼び出す余力など、もう砺波のデッキと手札には無いと言える。

 

更には―

 

手札には先ほども使用した、相手モンスターの効果を無効化する【エフェクト・ヴェーラー】があり、伏せているカードは【デモンズ・チェーン】と【竜嵐還帰】。

 

墓地には最後の【復活の福音】が用意してあるのだから、これで砺波がいかなる手を持って攻めてこようとも守りきる事が出来るだろう…

 

…と、劉玄斎はそう、結論つけたのだ。

 

 

 

「…くっ…最後に…一つ、教えろ…貴様は、どうして私を足止めしている?」

 

 

 

すると…

 

呼吸するのもままならない程に、内臓が傷付いている中で。砺波はそう、劉玄斎へと問いかけて。

 

 

 

「あぁ?…そりゃあ…テメェが行くと、マジでテメェ一人に全部止められそうだからなんだってよ。…胸糞悪ぃが、【紫影】の野郎が言うにゃあ今テメェに止められるのだけは絶対に阻止しなきゃいけねぇんだとよ。」

「…それは…『私が』止めに行った場合の話…だな?」

「あぁ。」

「…なるほど…それを聞いて安心した。私が行って止められることならば、ここは教え子に全て任せられる…」

「クハハ、あんだけ自己中だったテメェの口から、まさかそんな台詞が聞けるなんて思わなかったぜ。どういう心境の変化なんだかよぉ…けど、ようやく諦めたのかぁ?」

 

 

 

…一体、砺波は何を確認したかったのか。

 

どこかトーンが落ちていく砺波の言葉からは、ダメージの所為か今にも意識が消えかかっていそうなほどに弱っているのが劉玄斎にも手に取るようにわかり…

 

実体化したモンスター、容赦なく襲い掛かる実際の衝撃、そして災害の如き劉玄斎の猛攻…ソレを全てその身一つに受けてきた所為で、砺波の戦意が折れてしまったとでも言うのだろうか。

 

そのまま、砺波は言葉を続けようとして深く息を吸い込むと…

 

 

 

 

 

「…いや…」

 

 

 

 

 

一瞬の間の、その直後に…

 

 

 

 

 

―強く、眼を見開いた

 

 

 

 

 

「もうこの先の為に、力を温存しなくても良いと思っただけだ!出し惜しみはせん…私の全力を持って、貴様を倒す!」

「あ?今更何を叫んでやがる!今のテメェのデッキで、そんなコト出来るはずねぇだろうが!もうテメェのExデッキにゃ、俺を倒せるモンスターなんて…」

「ここで貴様を倒せるカードをドローすればいいだけの事だ!このメインフェイズ1の開始時!魔法カード、【強欲で金満な壷】を発動!」

 

 

 

―!

 

 

 

砺波の叫びに応じて、場に現れた輝く壷。

 

強欲と金満、二つの顔を持つその怪しくも巨大な壷は、プロの世界でも広く使われている【強欲で貪欲な壷】や【強欲で謙虚な壷】と同種のデュエリストに恩恵を与えるドローカードであり…

 

…しかし、元シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣が場に出したその【強欲で金満な壷】を見て。劉玄斎は、驚きつつ声を漏らし…

 

 

 

「お、おいおい…そのカードはテメェが昔、『無価値』だっつって絶対に使おうとしなかったカードじゃねぇか。」

 

 

 

…そう、【強欲で金満な壷】。

 

それはExデッキにいる、デュエリスト達の主力であるExモンスターを犠牲にして手札を増やすカードなのだ。

 

このExデッキ至上主義とも言える世界では、デュエリスト達の切り札やエース、相棒とったカードは軒並み己の『Ex適正』に応じた融合・シンクロ・エクシーズモンスターと言っても過言ではなく…

 

現役時代、王者【白鯨】と呼ばれていた頃の砺波もまた、【強欲で貪欲な壷】や【強欲で謙虚な壷】と違い、シンクロモンスターを裏側除外してしまうこの【強欲で金満な壷】はデッキに入れる選択肢すら浮かび上がらないほどに無価値と決め付けていたのだ。

 

…そんなシンクロ召喚に誇りを持ち、シンクロ召喚の王と呼ばれたあの砺波が。

 

 

―そう、シンクロ召喚の頂点を極めた、あの王者【白鯨】が。

 

 

これまでの自分の言葉を否定し、生きてきた道を断ち切り…自らExデッキを放棄してでも、起死回生を狙おうとしているとでも言うのだろうか。

 

それでも…

 

 

 

 

 

「もう迷いは無い!行くぞ!…Exデッキを6枚除外し…」

 

 

 

 

 

確かな決意と強い意思、その双方を持ってカードをドローせんとする砺波。

 

その決意は、常人が考えるような生半可なモノでは断じてなく…

 

 

―身を裂く思い、心をすり減らす覚悟、己の生き方を否定する決意。

 

 

シンクロ召喚の頂点に立ったほどの男が、その誇りもプライドも投げ打って。

 

今この時、この瞬間の勝利の為の、ただそれだけの為だけにその『魂』をも生贄に捧げようとしているのか。

 

 

 

 

 

 

「…2枚をドロー!」

 

 

 

 

 

引いた、カードは…

 

 

 

 

 

「…来たか!」

 

 

 

そして、たった今ドローしたその2枚のカードに、一瞬だけ目を落とした後。

 

上空に浮かぶ己の『名』であり、自分自身の化身とも言える【白闘気白鯨】を砺波は見つめ始めて。

 

…砺波のその目は何を思い、そして何を訴えているのか。

 

それはどこか謝罪のような、それでいて懺悔のような…

 

…いや、そのどれでも無い。

 

弱っている身体とは裏腹に、砺波の目にはこれまで以上の戦意が宿っている。深き海の底に流れる水よりも、なお洗練されたその戦意は劣勢だという事を感じさせない【王】たる代物。

 

…また、【白闘気白鯨】の眼も、同じく強く砺波を見ている。

 

それはまるで、己自身である砺波がこれより行おうとしている事を悟り、己もまた『覚悟』と『決意』を持っているかのような姿にも見え…

 

『極』の頂よりも更に先…その最果てをも越えた見果てぬ場所へと、『全て』を投げ打ってでも進むのだという…勝利を渇望する事への覚悟と、王たる【白鯨】の決意の眼。

 

―それを、砺波もまた理解しているからこそ…

 

 

 

 

 

「行くぞ…」

 

 

 

 

 

長き眠りから目覚め、前へと進む事を決意した砺波と…

 

 

 

 

 

「私は【超古深海王シーラカンス】と…【白闘気白鯨】の…」

 

 

 

 

 

 

長き背反から解き放たれ、再び蘇った【白鯨】が…

 

 

 

 

 

 

「2体のモンスターをリリース!」

「なぁっ!?」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

天に佇む【白鯨】と、深海王が渦を纏う。

 

そして砺波の宣言を耳にし、これまで以上に…そう、これまでのどんな出来事よりも驚愕しているかのような驚きを見せた劉玄斎。

 

…しかし、それもそのはず。

 

 

今、砺波は確かに宣言した。

 

 

―『リリース』、と。

 

 

それは効果のためのリリースでもなければ、効果による特殊召喚のためのリリースではない。

 

天で渦を纏い浮かぶ、2体のモンスターが証明している。それは間違いなく、『アドバンス召喚』のためのリリースなのだと。

 

また、劉玄斎の驚き方はソレだけによるモノではない…

 

 

 

「馬鹿なぁ!砺波ぃ、テ、テメェがアドバンス召喚!?しかも【白鯨】をリリースしてまでだとぉ!?」

 

 

 

―そう、砺波は己の『名』そのモノを生贄に捧げたのだ。

 

【王者】の名に誇りを持ち、プライドの塊のようだったあの砺波が。まさか己の魂そのモノである【白鯨】を、生贄に捧げるだなんて。

 

…それが、劉玄斎には信じられない。

 

しかし―

 

 

 

「今の私は…もう昔の私ではない!貴様を倒す為ならば…私の学生を守る為ならば…その為ならば私は!【白鯨】の『名』も『誇り』も、その全てを生贄に捧げてみせる!」

 

 

 

―迷いは無く。

 

そう、今までの己を超えると決めた砺波の心意には、一片の迷いも恐れも無い。

 

…自分と『同等』の相手に。【王者】と『同格』の相手に。そんな『同種』の相手に、今ここで確実に勝ちたいと思うのならば、今この瞬間に相手よりも強くなるしか道はないのだ。

 

―砺波の決意は、【王者】を超えるということ。

 

それは『極』の頂よりも更に上…

 

過去に自分を降した、【化物】の住まう前人未到の未知なる領域へと、足を踏み入れる覚悟を決めたと言う事であって。

 

 

 

「アドバンス召喚!いでよ!レベル8!」

 

 

 

世界を統べし【白鯨】が、決意の元にその身を天に捧げる時。

 

深海よりも更に深い、人類が未だ見た事もない場所から『ソレ』は浮上し現れるのか。

 

 

輪廻を超える【白鯨】の、王たる魂を受け継ぎて。

 

 

ー今ここに現れるは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【幻煌龍 スパイラル】!」

 

 

 

 

 

 

ー!

 

 

 

 

 

 

…『何か』が開く、音がした。

 

それは誰にでも聞こえる音ではなく、おおよそ『ヒト』には聞こえない音であったことだろう。

 

…しかし、確かにソレは鳴った。

 

『誰か』が『ここ』の扉を開いて、足を踏み入れてきた音。姿が見えぬその扉の、固く閉ざされていた鍵を…

 

否、姿が見えぬとか、閉ざされていたとか、そんな次元の話ではない。

 

およそ『ヒト』には見えぬはずの場所にあった、開けられぬはずのその扉を…何者かが無理矢理に出現させ、そして無理矢理にこじ開けたような…

 

鳴ったのは、そんな音。

 

 

ー果たして

 

 

新たに『ここ』に踏み入ってきた者に、先に『ここ』に居たモノ達は何を思うのか。

 

…そんなこと、ここで『彼』が来るのを待っていた、本物の【化物】達にしかわからないことであり…

 

 

 

 

 

 

 

【幻煌龍 スパイラル】レベル8

ATK/2900 DEF/2900

 

 

 

 

 

渦巻く天を貫いて、響くは遥か深海の唄。

 

形容ではない。戦い溢れる【決島】の、その中心に聳える休火山の更に上空に浮かぶ雲が螺旋の如く暴れ始め…

 

その螺旋の天より現れたのは、海竜より進化した…いや、海竜より浸渦した、幻の中に生きる一体の龍。海に生きる眷属達の、一つ上の段階へと至った螺旋の海神竜であり…

 

 

―また…ソレは効果を持たぬ、『通常モンスター』だった。

 

 

 

 

「馬鹿な…あの堅物だったテメェがアドバンス召喚…しかも【白鯨】をリリースしてまで呼び出したのが、テメェが馬鹿にしていた『通常モンスター』…だと…?」

 

 

 

そして砺波が呼び出したその『通常モンスター』を見て、劉玄斎は思わず言葉を詰まらせて。

 

…それは、先ほどのような演技ではない。

 

本当に、心の底から…砺波がアドバンス召喚した驚きと、そして呼び出したのが通常モンスターであった二重の衝撃は、劉玄斎にとってあまりに信じがたい現実だったとでも言うのだろうか。

 

…シンクロ召喚に誇りを持ち、その真髄を極めんとして頂点に立った元シンクロ王者【白鯨】。

 

しかし、10年程前にExデッキを使わぬ釈迦堂 ランに敗北し、そして敗北のきっかけとなったアドバンス召喚を心の底から憎んでいたあの砺波が…今確かに、最上級モンスターを『アドバンス召喚』したというのは、変えようのない紛れも無い事実なのだ。

 

 

…一体、何が砺波を変えたのか。

 

 

以前の砺波ならば見向きもしなかったであろう、効果を持たない『通常モンスター』。ソレを、まさか【白鯨】の『名』そのモノを賭けてまで、元シンクロ王者【白鯨】が『アドバンス召喚』を行うなど、一体誰が想像出来たというのか。

 

 

 

「…認めよう、昔の私は愚かだったと。まだ見ぬ可能性を自ら否定し、成長の余地を自ら潰していた。しかし、今の私は昔の私とは違う。更に強くなるためならば…【王者】を超えるためならば!私はこれまでの自分を否定してでも先へと進んでみせる!」

「クソが…だが、今更通常モンスターを出したところで通常モンスターは通常モンスター!見たことねぇモンスターでも、効果が無くて攻撃することしか出来ねぇんじゃ、それ以上テメェにゃ何も…」

「私がドローしたのはスパイラルだけではない!装備魔法、【幻煌龍の螺旋突】をスパイラルに装備!そしてバトルだ!スパイラルで【撃滅龍 ダーク・アームド】に攻撃!」

「あぁ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐおぉぉお!?」

 

 

 

劉玄斎 LP:1800→1700

 

 

 

劉玄斎の言葉を遮って、螺旋の海竜に攻撃を命じた砺波 浜臣。

 

 

 

「ぐっ…だ、だが、たかが100のダメージで何が変わる!墓地の【復活の福音】を除外する事でダーク・アームドは破壊されねぇ!コレでテメェの攻撃は終わったぜぇ!」

 

 

 

しかし決意の熱意とは裏腹に、装備魔法を装備したとは言え【幻煌龍 スパイラル】には何も変化は起こらず…

 

劉玄斎が言った通り、LPをたった100削っただけでその攻撃は終了してしまい、スパイラルはその轟きを徐々に鎮め始めてしまったではないか。

 

…勇んで偉そうに吼えた割には、あまりにあっけない終わり方。

 

通常モンスターであるが為に、【エフェクト・ヴェーラー】も【デモンズ・チェーン】も使えないとは言え。先ほどの驚きが大きすぎた所為か、どこか拍子抜けとも思える砺波の攻撃の終わりに、劉玄斎も思わず声を大にしてしまい…

 

 

 

―しかし【王者】を超えると宣言した砺波が、これで終わるはずもなく。

 

 

 

幻煌龍の攻撃が終わった直後に、砺波は再度高らかにその手を天へと掲げる。

 

 

 

「いや、まだ終わらない!装備魔法、【幻煌龍の螺旋突】の効果発動!相手に戦闘ダメージを与えた時…デッキから更なる【幻煌龍 スパイラル】を特殊召喚し、このカードを装備する!」

「なぁ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

【幻煌龍 スパイラル】レベル8

ATK/2900 DEF/2900

 

 

 

砺波の宣言によって、デッキから2体目の同名モンスターが現れて。

 

…鋭く伸びる螺旋の双角、蒼海に染まった海流の体色。

 

虚ろな瞳は浸渦を求め、『逆鱗』を相手に戦渦を欲し…今、天渦の名の下に、螺旋の雄叫びを上げ始める。

 

…そう、【王者】であった砺波が、自らの意思で【王者】を超えると宣言したのだ。

 

その覚悟が生半可な代物でない事は、今のアドバンス召喚の流れで既に証明されており…その覚悟の化身こそがこの【幻煌龍 スパイラル】であるのだから、例え【幻煌龍 スパイラル】が効果を『持たぬ』通常モンスターと言えども、それはつまり効果を『持てぬ』わけではないのだ。

 

2体目の幻煌龍に装備された、【幻煌龍の螺旋突】が…

 

―今、その真価を放つ。

 

 

 

「増えやがった…け、けどこの攻撃じゃあ俺のLPはまだ残る!んで他にモンスターを出してきても、まだ俺にゃ守る手立てが…」

「まだだ、まだ【幻煌龍の螺旋突】効果は終わっていない!【幻煌龍の螺旋突】の更なる効果!新たなスパイラルに装備し直した後、【撃滅龍 ダーク・アームド】を守備表示にし…そして【幻煌龍の螺旋突】は、装備モンスターに貫通効果を与える!」

「な、何だとぉ!?」

「これで終わりだ!【幻煌龍 スパイラル】よ、もう一度『逆鱗』を攻撃!」

 

 

 

解き放つは螺旋の突撃。

 

果て無き深層海流を貫く、鋭き一本の海神の槍。

 

天に轟き、戦を求め、更なる進化を目指し続ける幻煌と…

 

【王者】を超えると覚悟した、砺波の信念の姿が今、『逆鱗』へと向けられ…

 

 

 

 

 

 

「轟け!渦天のスパイラル・フラードォォォォオ!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

「ぐ…うぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁあっ!」

 

 

 

 

劉玄斎 LP:1700→0(-200)

 

 

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

天に渦巻く螺旋の雲を割って。

 

 

 

無機質な機械音と、ここに深海の咆哮が響き渡った時…

 

 

 

…それは【白鯨】と『逆鱗』の、戦いの終了を告げていた。

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「…ザマぁねぇな…ガフッ…自分で仕掛けといて、テメェに返り討ちにあうたぁ…」

 

 

 

地に背をつけ、天を仰ぎ、息も絶え絶えになりながら。

 

…倒れこんでいる劉玄斎が、荒い呼吸と共にそう、言葉を呟いていた。

 

それは実体化したモンスターの攻撃による余波が、立ちはだかった劉玄斎にも襲い掛かったのだ。今の劉玄斎の状態は、ある意味で因果応報と言えるのだが…しかし砺波と条件を揃えていたと言うことに関しては、彼はフェアでもあったと言えるだろうか。

 

また、劉玄斎を見下ろしている砺波の方も、今にも倒れこんでしまいそうな程にダメージを負っているものの…

 

砺波の方は『勝者』らしく、倒れる事を拒んで立っていて。

 

 

 

「…融通の利かねぇ堅物が…変われば変わるもんだなぁおい。…何がそこまでテメェを変えた?昔のテメェなら、アドバンス召喚を切り札になんか…絶対ぇに、しなかっただろうが…」

「…言ったはずだ。今と昔の私は違うと。だが…そうだな、一つだけきっかけがあったとすれば…教え子から、私も強さを教わったと言う事だろう。」

「…天城…遊良…か…」

「…あぁ。」

「クハハ…絶対ぇに弟子を取らなかったあのテメェが…教え子から教わった…ねぇ…」

 

 

 

これまでの砺波を知っているからこそ、砺波の口から出てくる信じられない言葉の数々に、口元を緩めながらも劉玄斎はどこか感慨深げにそう言葉を続けて。

 

…過去。それこそ現役時代から数えれば、星の数ほどいたであろう、数え切れない程の【白鯨】への弟子志願者たち。

 

それらを全て突っ放し、孤高でシンクロ召喚の頂に立ち続けた、決して弟子を取らぬことで有名だったあの元シンクロ王者【白鯨】が…ただ一人弟子であると認めたのが、この世でたった一人の、『Ex適正』の無い天城 遊良。

 

昨年度に紆余曲折あったとはいえ、きっと今の遊良の存在は砺波にとっても特別なモノとなっているのだろう。

 

 

―良き師は、良き弟子を育てるモノ。しかし良き弟子もまた、良き師を育てるモノ。

 

 

…天城 遊良との師弟関係がなければ、砺波がこの場で劉玄斎に勝つことは不可能だった。

 

それは己の弟子に教えることだけではなく、己の弟子からも教わっている事が多々あるのだとも取れる心情の変化。その証でもあるモンスターを、最後の最後で確かに従えた砺波の心には、もう昔のように濁った心意など既に無く…

 

 

 

「…劉玄斎。私は貴様の苦悩など知らん。【紫影】の屑なんぞに従い、高天ヶ原さんを…我が校の学生を危険な目にあわせようとしている、貴様の苦悩など。」

「…あぁ、テメェには…分かって欲しくもねぇ。」

「だが…一つだけ、今のデュエルでハッキリした事がある。」

「…あぁ?」

「…天城 遊良は、私が責任を持って面倒を見る。あの子は…この【白鯨】の、ただ一人の弟子なのだから。」

「…あぁ、そうかよ。」

 

 

 

…一体、砺波は何故今ここで劉玄斎へと向けて、『天城 遊良』の名を出したのだろう。

 

…戦いの中で何かを知ったのか、それともただの的外れな確信か。

 

しかし、劉玄斎の『肯定』とも『否定』とも取れぬその『曖昧』な返事は…少なくとも砺波の言葉が、単なる的外れではないと言う事を証明しているようでもあり…

 

 

 

「劉玄斎、貴様はあの子の…」

「…チッ、負けた俺にゃ、もうこれ以上話すことなんかねぇよ…俺は確かにテメェを『止めた』…そうだろ?」

「…あぁ。」

「ならさっさともう行け。早くしねぇと、あの赤髪の嬢ちゃんと…遊良が…どうなっても知らねぇぞ。」

「…わかっている。」

 

 

 

…砺波が『何』を知ったのか。

 

それはきっと、ここで問答をして聞きだすような事情ではないのだろう。衝突が多かったとは言え、長い付き合い故かソレを今ココで無理矢理に聞きだす事など砺波はせず。

 

過去に色々とあったとはいえ、劉玄斎とは歴戦を共に戦ってきたのだ。だからこそ、今のデュエルを通して劉玄斎が『本心』からルキに危害を加えようとしているわけでは断じてないと言う事を理解した砺波。

 

…何か、理由がある。最低最悪の屑である裏決闘界の融合帝、【紫影】が関わっていると言うのならばなおさらに。

 

…ならば、早く連れ去られた高天ヶ原 ルキを救わなければ。

 

ルキの持つ『赤き竜神』のカードの事もそうだが、何よりも彼女の身の安全が第一。親御から預った大切なイースト校の学生を、絶対に救い出さねばならぬ…と。

 

 

 

―そうして…

 

 

 

倒れている劉玄斎の横を通り過ぎて。

 

 

 

…砺波は、洞窟の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

「クソッ、琥珀のボウズが言った通りだったなぁおい…砺波の野郎、昔より相当強くなってやがった…」

 

 

 

砺波が洞窟へと入っていった後。

 

今にも飛びそうな意識を堪え、どこか悔しげな声質でそう声を漏らした劉玄斎。

 

のっぴきならない『事情』があったとは言え、その声は『敗北』の悔しさからか微かに震えているようにも聞こえるモノ。

 

…手加減などはしておらず、全力で戦いそして負けてしまった。

 

それは幾ら押さえようとしても溢れてくる、決闘者特有の感情でもあり…

 

…勝つつもりだった。昔までの砺波だったら、あの場面で確実に勝利を手に入れられていた。

 

それを後一歩、本当に後一歩のところで砺波に押し切られてしまった悔しさは…【王者】と同格と謳われた、『逆鱗』だからこそ沸き起こる悔しさでもあるのだろう。

 

そのまま、ゆっくりと消え入りそうな声で。

 

劉玄斎は、再度天へと向かって口を開いて…

 

 

 

 

 

「…すまねぇなぁ遊良…こんな…こんな『…』でよぉ…」

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「ぐっ…ダメージを負いすぎた…」

 

 

 

痛むわき腹を押さえ、震える足を無理矢理動かし。

 

口へと上ってくる血を飲み込みながら、洞窟の中を進む砺波 浜臣。

 

…劉玄斎との戦いに、だいぶ時間を取られてしまった。

 

それ故、痛む身体を押して歩みを進める砺波の足取りには、確かな焦りが滲み出ており…

 

そう、ルキの身の心配もそうだが、裏決闘界の融合帝である【紫影】が関わっていると知ってしまった以上…先に向かった遊良の事も気がかりであり、一刻も早くその場に向かわねばならないのだ。

 

 

 

そして…

 

 

 

暗く滑る洞窟の岩肌を壁伝いに進みつつ、砺波の目線の先にどこか明るい光が映った…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「やめろ!やめてくれぇぇぇぇぇぇぇえ!」

 

 

 

―突如。

 

 

ダメージを負った砺波の耳にも確かに飛び込んできた、少年の『悲鳴』のような叫び声。

 

それが尋常じゃない事態であると言うことを、砺波は即座に理解してしまい…

 

 

 

「…あの声は…天城君に何か!?」

 

 

 

砺波は激闘を終えたばかりの胸の内に浮かび上がった、ザワザワとした嫌な感覚を感じつつ。

 

 

…痛んだ体に鞭打って、洞窟の先へと駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 


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