遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep77「立ちはだかる地の壁」

 

 

 

「お、お前は…」

「み、見つけたわよ…やっと…やっと捕まえた…」

 

 

ルキの身に『何か』が起こったであろう、砺波から連絡を受けた直後の事。

 

今すぐにでも砺波に指示された場所に向かって、駆け出そうとしていた遊良の前に…唐突に現れた一人の少女が、その行く手を遮っていた。

 

 

…それは、遊良に確かな執念を持っているであろう一人の少女。

 

 

相当のダメージを受けているのか、フラフラした足取りで。それでも遊良を睨みつつ、強い憎悪の念を持って、ゆっくりと遊良に迫りくるのは…

 

 

―決闘学園イースト校2年、紫魔 アカリ

 

 

 

「も、もう逃がさないわ…やっと見つけた…こ、今度こそ、アンタを倒して…姉様の事…」

「し、紫魔 アカリ…」

 

 

 

しかし、彼女が【決島】での戦績などよりも、遊良個人に怨念の如き相当な執着を持っていると言うことは、遊良とて痛いほど理解しているものの…

 

遊良には、今ここで彼女と戦っている時間など無い。

 

 

…そう、時間が無い。

 

 

たった今遊良にかかってきた、『緊急事態』を告げる砺波からの電話。

 

『何』が起こったのかはわからないが、『何か』がルキの身に起こった事を告げる緊急の電話が、イースト校理事長、砺波 浜臣から遊良へとかかってきたのだ。

 

…あの冷静な砺波が、あれだけ焦って電話をかけてきたと言う事は、本当に緊急の事態がルキの身に起こったのだろう。

 

それだけで、遊良の心は居ても立ってもいられない程に焦燥を感じており…

 

だからこそ、【決島】のルールでは出会ったデュエリストが必ず戦わなければならない決まりは、一応は無いために遊良も今は戦っている時間は無いのだとして。

 

どうにか説得を試みようと、紫魔 アカリへと向かい直すが…

 

 

 

「悪い、今お前と戦ってる暇は…」

「黙れ!…に、逃げるなんて許さないから…ア、アタシと、戦え…」

 

 

 

それでも…

 

絶対に遊良を逃がさないという殺気を駄々漏れに、どこまでも声を荒げて遊良の行く手を遮ってくる紫魔 アカリ。

 

…それはまさに、鬼の形相。

 

デュエルディスクを構えた彼女の視線は、その眼光だけで人の肉体を穿ちそうなほどに鋭いモノとなりて、遊良を容赦なく貫いていて…

 

 

 

「逃がすものか…絶対に…」

「ぐ…こ、こんな時に…」

 

 

 

…逃げられない、逃げ出せない、逃がしてくれない。

 

不透明だった、ルキを狙う敵…正しくは、ルキの身に宿りし『赤き竜神』を狙っている『敵』が、本当に動き始めたこの現状で、ルキに『もしも』の事があれば遊良とて【決島】どころではなくなってしまうと言うのに。

 

…土に塗れた汚れた顔で、今にも倒れそうな立ち姿で。

 

少女は後先を考えず、今にも断ち切れそうな意識を無理矢理に繋げているだけであり…

 

…時間が無い遊良の事情など、全く持って聞く耳を持たず。

 

己の望みのためだけに、切なる望みを叶えるために。彼女にとって、何にも変え難い自らの目的の為には例え遊良にどんな事情があったとしても、そんなことなど自分には関係ないのだと言わんばかりにその憤怒を燃やし続けるだけ。

 

…それは、今にも倒れてしまいそうな程にダメージを受けているというのにも関わらず、遊良への執念のみで意識と身体を繋いでいるかのようにも見え…

 

 

 

「いくわよ…」

「くそっ!」

 

 

 

 

憤怒という意地でデュエルディスクを構えるアカリを前にしては、遊良もこのままではどうしても戦うしか道は無いと言うことを否応無しに理解するしかないのか。

 

時間の無いこんな時に、突如目の前に立ちはだかった地の壁を前にして。

 

それは、今にも倒れそうな少女の叫びと共に…

 

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

 

―容赦なく、始まってしまう。

 

 

 

 

先攻はイースト校2年、紫魔 アカリ。

 

 

 

「アタシの…ターン!【E・HEROソリッドマン】を召喚!その効果で、手札から【E・HERO エアーマン】を特殊召喚する!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【E・HERO ソリッドマン】レベル4

ATK/1300 DEF/1100

 

【E・HERO エアーマン】レベル4

ATK/1800 DEF/ 300

 

 

 

デュエルが始まってすぐ。紫魔家の代名詞と言える『HERO』の名を持つモンスターを、2体同時に呼び出した紫魔 アカリ。

 

…それは堅き鎧を纏った地の英雄と、要と言える旋風の英雄。

 

『HERO』使いの紫魔家にとっては基本となる、その2体の英雄達を場に揃え、アカリはそのままふらつく足取りをどうにか堪えつつ…

 

 

 

「エアーマンの効果で、アタシはデッキから【E・HERO エッジマン】を手札に加える!カ、カードを1枚伏せて…ターン、エンド…」

 

 

 

紫魔 アカリ LP:4000

手札:5→3枚

場:【E・HERO ソリッドマン】

【E・HERO エアーマン】

伏せ:1枚

 

 

 

やはり、相当のダメージを負っているのか。どうにか意識を繋げたまま、今、そのターンをどどうにか終える。

 

 

 

しかし…

 

 

 

「俺のターン、ドロー!俺は魔法カード、【トレード・イン】を発動!【闇の侯爵ベリアル】を捨てて2枚ドロー!続けて【闇の誘惑】を発動!2枚ドローし、【クラッキング・ドラゴン】を除外する!更にフィールド魔法、【チキンレース】も発動!LPを1000払って1枚ドロー!魔法発動、【成金ゴブリン】!LPを1000与えて1枚ドロー!」

 

 

 

 

そんな満身創痍なアカリを前にしても、遊良はあくまでも意に介さず。

 

自らのターンを向かえて即座に、焦りを全面に押し出しつつも…

 

いつもの様にドローの嵐を巻き起こし、一気にアカリを引き離しにかかり…

 

 

遊良 LP:4000→3000

 

アカリ LP:4000→5000

 

 

 

「2枚目の【闇の誘惑】を発動!2枚ドローし、闇属性の【サイコ・エース】を除外する!…よし!カードを1枚伏せ、【手札抹殺】を発動だ!俺は手札を全て捨てて4枚ドロー!」

「…3枚捨てて3枚ドロー…」

「そのまま今伏せた【死者蘇生】を発動!【手札抹殺】で墓地に捨てた【サクリボー】を守備表示で特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

 

 

そう、自分には時間が無いと、遊良もソレを分かっているからこそ。

 

そのドローの勢いは何時にも増して激しさを伴っており、相手が手負いの少女だとしても自らの行く手を阻むのならば、全く持って遠慮などするつもりはないのだと言わんばかりの激しさとなりて、遊良はデュエルを素早く進めるだけ。

 

 

…また、それだけではない。

 

 

…『義姉』への思いと、遊良に勝つというその執念だけで、実力の『壁』を超えた彼女の怖さを誰よりも理解しているのは何を隠そう遊良自身なのだ。

 

何度倒しても、何度破っても、何度負かしても諦めを見せず…負けるたびに力を増して挑んでくる紫魔 アカリと、幾度となく戦ってきた遊良だからこそ。

 

これだけ心が焦ってはいても、いつもの様にデッキを回す事が出来なければ危険だと言う事を彼も本能で理解していて…

 

 

 

「そして【サクリボー】の特殊召喚成功時に手札から速攻魔法、【地獄の暴走召喚】発動!デッキから2体の【サクリボー】を特殊召喚する!来い、【サクリボー】達!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

 

 

墓地とデッキから、勢い良く飛び出してくるのは遊良のデッキのエンジンとも言える小さき3体の悪魔の使い。

 

小さいながらも悪魔だけあって、鬼気迫る表情の紫魔 アカリに対しても、微塵も臆せず立ち向かう。

 

 

 

「…アタシは【E・HERO エアーマン】を選択し、デッキから2体のエアーマンを特殊召喚するわ。そしてエアーマン2体の効果で、デッキから【E・HERO ブレイズマン】と【E-HERO マリシャス・エッジ】を手札に加える。…エアーマンが居るのを分かってて【地獄の暴走召喚】を使うなんて、随分と焦ってるじゃないの。これで次のターンで…」

「いや、このターンで決着をつければいいだけだ!手札から永続魔法、【冥界の宝札】を2枚発動!そして俺はサクリボー2体をリリース!レベル8、【鉄鋼装甲虫】をアドバンス召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【鉄鋼装甲虫】レベル8

ATK/2800 DEF/1500

 

 

 

そうして場に現れしは、遊良が幼少の頃から使用している鋼鉄の虫獣。

 

通常モンスターであれど、その高い攻撃力と『昆虫族』という利点を持った、今の遊良のデッキにおいては展開にも攻撃にも欠かせないモンスターであり…

 

 

 

「【冥界の宝札】2枚と、【サクリボー】2体の効果で…6枚ドロー!」

「くっ…手札0から一気に6枚とか…相変わらず馬鹿げたドローね…」

「まだだ!魔法カード、【二重召喚】発動!このターン、俺はもう一度召喚を行える!更に【ワーム・ベイト】も発動!俺の場に昆虫族の【鉄鋼装甲虫】が存在するため、【ワームトークン】2体を特殊召喚!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【ワームトークン】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

【ワームトークン】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

しかし、まだまだ。

 

現れては消え、消えては増えてと、一瞬の内に多くのモンスターが入れ替わり続けているというのにもかかわらず、遊良は更なるドローを持ってアカリを一気に引き離しにかかるのか。

 

…そう、アレだけ動き続けているのに、遊良の手札は一向に減らず。

 

夥しいほどの枚数のカードをドローしているにもかかわらず、増え続ける場のカードと、分厚さを保ち続ける遊良のデッキと、必要なカードをデッキの中から無理矢理に引っ張り出し続けるそのデュエルが、相手に与えるプレッシャーは果たしてどれほど重いのだろうか。

 

…この光景を、紫魔 アカリは幾度となく見てきた。

 

だからこそ、ふらつきながらもアカリには、次の遊良のヴィジョンが見えていて…

 

 

 

「弱小モンスターが3体…来る…」

「行くぞ!手札を一枚捨てて魔法カード、【死者転生】を発動!墓地から【神獣王バルバロス】を手札に戻す!そして俺は【ワームトークン】2体と、【サクリボー】の…3体のモンスターをリリース!」

 

 

 

轟かせしは獣の雄叫び。

 

主の焦りを払拭せんと、英雄達に牙剥く不退の叫び。

 

何度も何度も戦った。何度も何度も立ち塞がった。そんな諦めの悪い少女の感情を、存在ごと吹き飛ばさんとして響くソレは、まさに天を揺るがす王者の咆哮。

 

幾度となく立ち塞がる地の壁を、何度でも粉砕せんとして…

 

ソレはあまりに大きな咆哮となりて、この森の中に響くのか。

 

 

 

 

 

 

―震える大気、獣の咆哮と共に…

 

 

 

 

 

―それは、現れる

 

 

 

 

 

「来い!【神獣王バルバロス】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/3000 DEF/1200

 

 

 

激しい咆哮を轟かせ、場に現れし獣の王。

 

その豪咆は大気を揺るがし、焦る主の鬱憤を晴らすかの如く。猛々しく轟きながら、少女の場の英雄達を見据えて激しく吼え…

 

更には【冥界の宝札】の強制効果と、【サクリボー】のドロー加速によって再び手札を7枚にまで増やした遊良の叫びがそれに相まって、静かなはずの渓流に戦いの音を撒き散らし始める。

 

 

 

「出たわね…」

「アドバンス召喚成功時、【冥界の宝札】2枚と【サクリボー】の効果で5枚ドロー!」

「…チッ、ホントに手札が減らない…」

「そしてバルバロスのモンスター効果!3体のリリースでアドバンス召喚した時、相手のカードを全て破壊する!」

 

 

 

そして遊良の叫びに呼応して、その槍を勢い良く地面へと突き刺した獣の王。

 

…遊良の戦術の最大の要。敵の全てを粉砕せし、逃れる事の出来ぬ破壊の波が轟音を鳴らしながら地面を走り…

 

 

 

 

「やれ!バルバロス!」

 

 

―!

 

 

 

そのまま…

 

時間がなく焦りを押し出す遊良の叫びと、獣の王の破壊の衝撃波が紫魔 アカリの場のカード全てを飲み込まんとした…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「ぐっ!?…け、けど…読んでたわ!今アンタに破壊された、【ミラーフォース・ランチャー】の効果発動!」

「なっ!?」

 

 

 

全てを破壊する獣の王の、解き放たれた衝撃波がアカリの場の英雄達を伏せカードごと飲み込んだその瞬間。

 

砕け散ったはずのアカリの場に、一枚のカードが蘇り光を発し始めたではないか。

 

 

 

「相手によって破壊された為、墓地から今破壊された【ミラーフォース・ランチャー】を、デッキから【聖なるバリア -ミラーフォース-】をセットする!」

「【ミラーフォース・ランチャー】!?そんなカード、今まで使ってなかったはずだ!」

「…今まで…今までアタシがどれだけアンタに苦渋を舐めさせられたと思ってるのよ!あれだけアンタとデュエルしてきたんだから…馬鹿みたいにバルバロスの効果を使ってくるアンタに、カウンター仕掛けるなんて当然じゃない。」

「くっ…で、でも、お前の伏せカードからは何も嫌な感じはしなかったのに、まさか【ミラーフォース・ランチャー】なんてモノを伏せてたなんて…」

 

 

 

焦りからくる心臓の鼓動が、その速さを更に増して遊良を襲う。

 

…まさか、何も『感じなかった』紫魔 アカリの伏せていたカードが、遊良の破壊効果を逆手に取ったカウンターだったなんて。

 

…それが遊良には信じられない。

 

そう、これまでの彼女とのデュエルでは、全ての場面において彼女が仕掛けた罠の『危ない匂い』を遊良は感じ取ってきていた。

 

それこそ『何となく』ではなく、はっきりと彼女の狙いが分かってしまうほどに。

 

…それは彼女が抱いている、遊良の首を狙うという執念が強すぎるからこそ滲み出ていた、あからさま過ぎる罠の気配。

 

だからこそ、これほど執拗に遊良の首を狙ってくる紫魔 アカリを、これまで遊良は全て降して退けてこられたのだ。

 

そして、これまで『そう』だったのだから、彼女とのデュエルに全て勝利している遊良がここで、【ミラーフォース・ランチャー】と言う危険すぎるカードの危ない匂いを感じ取れないというのもおかしな話ではあるのだが…

 

 

…しかし、時間が無いと焦りすぎたのだろうか。

 

 

普段通りの遊良だったら、紫魔 アカリの伏せていた罠の危険性を、その嗅覚で感じ取って避ける手を取れていただろう。

 

もしも自分が焦ったあまり、彼女の伏せカードの危険な匂いを感じ取れなかったのならば、それはまさに遊良の失態とも言え…

 

 

 

 

 

(ッ!?…な、なんだ?この感じ…よく見れば、アイツの手札も、伏せカードも…破壊したモンスターからも…)

 

 

 

 

 

…いや、違う。

 

遊良の嗅覚が鈍っていたわけではない。

 

…それは、アカリのカウンターを喰らってしまった今だからこそ分かってしまった『感覚』。

 

そう、いくら焦っていたとしても。

 

一分一秒を争う時間の無いこの場面では、時間をかけている場合ではないと言う事を遊良とて痛いほど自覚しているからこそ。絶対に時間をかけてはいられないというこの焦燥の中でも、ミスを起こさないよう危険を感じるアンテナだけは普段以上に研ぎ澄ましてあった遊良。

 

…しかし、今はその研ぎ澄まし過ぎたソレが悪かった事を、ミスを犯してしまった後に遊良は気がついた。

 

 

…そう、遊良が犯した、その失態。

 

 

 

(アイツのカード、全部から嫌な感じが…)

 

 

 

それは、紫魔 アカリの持つ『どのカード』からも、等しく『危険な雰囲気』が漂ってきているという事に、気が付けなかったという事。

 

…改めてアカリの雰囲気を探ってみれば、『嫌な感じ』が漂っていなかったわけではない。

 

…それはまるで、彼女の憤怒が全てのカードに乗り移ったかのような『危険な雰囲気』。

 

彼女の操るカードが皆『等しく』、遊良の命を狙う殺意に染まった危ない雰囲気を発しているではないか。

 

そう、紫魔 アカリが陽動や牽制、状況を見るための静観など全く考えていないからこそ。一枚一枚、彼女の操る全てのカードに遊良の命を狙う殺意が滲み、そして全てのカードが等しく『危ない』モノとなっていて…

 

 

…一枚一枚が放つ、鋭い殺気と恐ろしい重圧。

 

 

コレまでの彼女とは違い、たった一枚の罠だけで遊良の首を狙っているわけではない。

 

モンスターでも魔法でも罠でも、少しの隙でも見せてしまえば、その綻びに彼女はすかさず手を差し込んでくるだろう。

 

それは荒くても、雑でも、醜くても…プライドも外面も周囲の評価も何もかもを気に留めず、どれだけ不恰好となっても遊良を倒す事だけを決意したが故に発せられる、紫魔 アカリの本気の殺意。

 

遊良を…ただ一人を倒すというただそれだけの為に燃やされた、執念と言う名の灼熱の憤怒。

 

 

 

「今セットしたミラーフォースは、セットしたターンに発動できる!これでアンタの攻撃は封じたわ!」

「ッ!ま、まだだ!速攻魔法、【禁じられた聖衣】を発動!【神獣王バルバロス】の攻撃力を600下げ、バルバロスはこのターンの間、効果破壊されなくなる!!」

「なにっ!?」

「バトルだ!【神獣王バルバロス】でダイレクトアタック!」

 

 

 

…しかし、それでも。

 

例え紫魔 アカリの全てのカードから、等しく『危険な感じ』が漂っていることがわかったからと言って、遊良とてここで怯むわけにはいかないのだ。

 

…今まで感じ取れていた、危険を知らせるセンサーが反応しなくなっただけ。

 

ならば相手が取ってきた手を、真正面から乗り越えればいいだけなのだと、そう言わんばかりに遊良が発動した一枚の速攻魔法。

 

そのカードから飛び出した、その禁忌の衣がバルバロスの腕に巻き付き…

 

獣の王は宣言に従い、地鳴りを上げつつ大地を駆け始める。

 

 

 

「くそっ!罠発動、【聖なるバリア -ミラーフォース-】!アンタのモンスターを全て破壊する!」

 

 

 

―!

 

 

 

ぶつかる槍と盾。

 

その余波は限界を超え、ひび割れつつあるアカリのバリアから、敵を貫く波動が遊良のモンスターへと襲い掛かるのか。

 

そのまま、遊良の場で次の攻撃の命令を待っていた鋼鉄の甲虫が、光の波動に飲み込まれて爆散してしまい…

 

 

 

「でもバルバロスは破壊されない!やれ、バルバロス!天柱の崩壊、ディナイアー・ブレイカー!」

 

 

 

―!

 

 

 

「うぐぅぅ!?」

 

 

 

アカリ LP:5000→2600

 

 

 

それでも獣の王は禁忌の衣に守られて、破壊されずに吠え猛る。

 

アカリの発動した聖なるバリアは、敵の戦意あるモンスターを破壊するモノではあっても、『攻撃』自体を防ぐモノではないからこそ…

 

聖なるバリアの破壊の光を、その禁忌の槍で切り裂いて。その勢いを失わず、アカリへと襲い掛かる。

 

 

 

「う…はぁ…はぁぁ…」

 

 

 

弱体化したとは言え獣の王の一撃を喰らい、元々ボロボロだった身体を、更に強くよろめかせてしまった紫魔 アカリ。

 

…リアル・ダメージルールに則って、デュエルディスクと共に腕に装着した装置からLPの減少に応じた実際のダメージがアカリを襲い…

 

…今にも倒れそうな身体、今にも手放しそうな意識。

 

しかし、少し肩を後ろに押せば、すぐにでも倒れてしまいそうなそんな状態であっても。

 

アカリは苦しげな声を漏らしながら、意地でもその意識を保って遊良の事を更に鋭く睨んでいて。

 

 

 

「…ま、まだ…よ…天城…絶対に、アンタを倒…して…」

「くっ、カ、カードを3枚伏せて、ターン、エンド…」

 

 

 

遊良 LP:4000→3000

手札:6→3枚

場:【神獣王バルバロス】

魔法・罠:【冥界の宝札】、【冥界の宝札】、伏せ3枚

フィールド魔法:【チキンレース】

 

 

 

 

「ア、アタシの…ターン、ドロー!」

 

 

 

その意識を、決して手放さないように。

 

カードを引く手に力を込めてドローするアカリの手札からは、全てのカードから先程よりも更に強い殺意が滲みでている。

 

…一体彼女は、遊良と遭遇する前にどれだけの戦いをしてきたのだろう。

 

戦っても戦っても終わらぬ戦いの島では、ボロボロの姿を見せてしまえばきっと他の選手達からの恰好の的だったはず。

 

だからこそ、ここまでボロボロになっても執拗に意識を保っている彼女は今、ある意味遊良への執念だけで立っているようなモノとも言え…

 

 

 

「【死者蘇生】発動!墓地から【E・HERO エアーマン】を特殊召喚!そしてエアーマンの効果でデッキから…」

「罠発動、【蟲惑の落とし穴】!エアーマンの効果を無効にして破壊する!」

「くそっ!だったら【E・HERO ブレイズマン】を召喚!その効果でデッキから【融合】を手札に加える!そしてすぐに【融合】を発動!場のブレイズマンと手札のマリシャス・エッジで融合召喚!現れなさい、レベル6!【E・HERO ガイア】!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

【E・HERO ガイア】レベル6

ATK/2200 DEF/2600

 

 

 

「ガイアの効果発動!バルバロスの攻撃力を半分にして…」

「それもさせない!永続罠、【デモンズ・チェーン】発動!ガイアの効果を無効に!」

 

 

 

そんなアカリの展開も、遊良はその全てを潰しにかかるのか。

 

…しかし、遊良からすればそれも当然。

 

ルキの身に『何か』が起こったであろうこんな時に、アカリの喚きにゆっくりと付き合ってやってる時間など遊良にはないのだ。

 

…それは、かつて遊良が彼女にやったような、相手に何もさせないデュエルの進行。

 

全てを潰し、動かせもせず。昨年、遊良のこのデュエルに手も足も出なかった彼女のトラウマを呼び覚ますかのように、遊良の妨害には全くの容赦はなく。

 

 

それでも…

 

 

 

「それがどうしたってのよ!魔法カード、【融合回収】発動!墓地から【融合】と【E・HEROブレイズマン】を手札に戻す!更に【強欲で貪欲な壺】を発動して、デッキを10枚裏側除外して2枚ドロー!」

「駄目だ、止まらない…」

「再び魔法カード、【融合】を発動!手札のブレイズマンと場のガイアで融合召喚!再び来なさい、レベル6!【E・HERO ガイア】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【E・HERO ガイア】レベル6

ATK/2200 DEF/2600

 

 

 

痛む体を押し通し、飛びそうな意識を辛うじて堪えて。

 

遊良の張り巡らせた罠の中を、どれだけ止められても止められも展開を続けようとするアカリの場に…

 

 

―ついに現れた、大地の英雄。

 

 

…地属性の紫魔家を統括する、『地紫魔』が誇る象徴の一体。

 

それは遊良には、昨年度の【決闘祭】で彼女の義姉である紫魔 ヒイラギが、鷹矢との戦いの時に魅せたガイアの連打にも見えたことだろう。

 

昨年…1年生の頃に、遊良に何もさせてもらえずに完全敗北していた紫魔 アカリとは全くもって比べ物にならない程の力の上昇。

 

かつては遊良の妨害に手も足も出せず、モンスターを出すことも伏せカードを伏せることもさせてもらえなかったというのに…

 

 

 

「くそっ、しつこい!」

「今度こそ防げないわ!ガイアの効果発動!バルバロスの攻撃力を半分にして、ガイアの攻撃力に加える!」

 

 

 

【E・HERO ガイア】レベル6

ATK/2200→3700

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/3000→1500

 

 

 

しつこいまでの執念で、遊良の罠を掻い潜り現れた大地の英雄が放った衝撃は、ついに地面を伝い獣の王の力を吸い取ってしまうのか。

 

…『地紫魔』の名をこれ以上ないくらいに洗練させた、地紫魔の誇りである大地の英雄の力を最大限かつ最優先に考えたが故のデュエルの形。

 

そのまま彼女は、遊良の威嚇の如き妨害など通用しないかの様にして。大地の英雄の轟き共に、益々アカリはその熱さを増していくのみ。

 

 

 

「まだよ!更に魔法カード、【ダーク・コーリング】を発動!」

「【ダーク・コーリング】!?それって紫魔 ヒイラギの…」

「アンタが気安く姉様の名前を呼ぶな!墓地のマリシャス・エッジと、さっきアンタの【手札抹殺】で墓地に捨てた【ブロックドラゴン】を除外融合!」

 

 

 

更には遊良の威嚇など、己の憤怒を増す道具に過ぎないのだと言わんばかりに。

 

益々強くなる猛りを上げながら、一枚の魔法カードを発動した紫魔 アカリ。

 

…それは昨年度の【決闘祭】で、彼女の義姉が扱っていた悪魔の英雄を呼び出す闇の魔術。

 

遊良のカードを利用してでも、遊良の上を意地でも行こうと。禁忌の力に身を染めし、もう一体の大地の英雄が…

 

 

 

今、ここに…

 

 

 

「姉様…アタシに力を!融合召喚!現れなさい、レベル8!【E-HERO ダーク・ガイア】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【E-HERO ダーク・ガイア】レベル8

ATK/ ?→5100 DEF/ 0

 

 

 

現れしは悪魔の如し、闇が混ざりし大地の英雄。

 

2体の地紫魔の象徴が、場に揃った圧力は地を轟かせ空気を震わせ…

 

今の彼女の実力の高さと、その溢れる遊良への殺意が相まって。その2体の大地の英雄達の放つ存在感は、他の追随を許さぬ圧倒的な重圧を持って遊良へと襲い掛かっていることだろう。

 

 

 

「ガイアと…ダーク・ガイア…」

「まだよ!この程度じゃまだアンタを倒せない…だから…」

 

 

 

 

しかし…2体の大地の英雄を、淀みなく揃えたというのにも関わらず。

 

まだまだアカリはその手を止めようとはせず、深く息を吐くようにしてその身に僅かな体力を溜め始めるのか。

 

 

…それは、これまで遊良と多くの戦いを経験し、そしてその全てを跳ね返された彼女だからこその勘。

 

 

まだまだこの程度の力では、遊良には及ばないことを彼女もこれまでの経験で理解しているからこそ。

 

今こそ絶対に遊良の首を取るのだとして、更にその殺意を増していき…

 

 

 

「だから………アタシは!ここでアンタを!絶対に倒す!これがその答えよ!魔法カード、【ミラクル・フュージョン】発動!アタシは墓地から…3体の【E・HERO エアーマン】を除外!」

「エアーマン3体!?で、でも、そんな召喚条件の地のHEROなんて…」

「いいえ、居るわ!…これはお爺様から託された、地紫魔に代々伝わる英雄…アンタを倒す為だけに得た…アタシの力よ!融合召喚!」

 

 

 

遊良の唖然と驚愕など、全く持って意に介さず。

 

…遊良の記憶が確かなら、『地属性』の融合HEROの中にアカリの提示した条件を持つモンスターなど居ないはず。

 

また、古の規律を重んじる紫魔家において、複数の属性を扱えるような許しを得るには、一部の『例外』を除いてプロデュエリストの紫魔姓の人間ですら難しい事であると言うことは、最早世界の常識として知られており…

 

だからこそ、アカリが宣言したその召喚条件には全く『地属性』が絡んでおらず、ソレを堂々とアカリが宣言したからこそ遊良には驚愕が降りかかってきているのだ。

 

けれども、そんな遊良の驚きなど、知ったことではないかの如く。

 

アカリはどこまでも激しい憤怒を持って…遊良へと、その猛りをぶつけ…

 

 

 

 

 

「現れなさい、レベル9!」

 

 

 

 

 

 

 

―ここに、現れるは…

 

 

 

 

 

 

 

「【E・HERO Core(コア)】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…それは、目を疑う光景だった。

 

幾千の命を乗せたモノ、数多の文明を守りしモノ。

 

果てなき海と大地を背負いし、生命の進化を見守る化身。マグマを血とし、大気を纏い、命を持ったまさに『地の星』に…

 

 

―とても良く、似たモノ。

 

 

それは、増え続ける命の荒ぶりを、一体のモンスターに押し留めているようではあるものの…

 

 

 

【E・HERO Core(コア)】レベル9

ATK/2700 DEF/2200

 

 

 

「馬鹿な!?こ、これは…プラネット!?」

 

 

 

アカリの宣言のそのままに、確かに場に現れたのは『地属性』のHERO。

 

それは、遊良がこれまで見たことのない代物であり…

 

おそらく、世界中のどんな資料を探したって、この地属性の英雄を知る者などいないであろうことが遊良にだって理解できるほどに…このCoreというHEROが放つ存在感は、両隣に存在しているガイアとダーク・ガイアとは似ても似つかぬ異質なオーラを放っていて。

 

そう、感じるその押し潰されそうな強大なオーラは、まさにソレらと過去に2度対峙した遊良だからこそ理解できる代物。

 

とてつもなく大きなオーラを放ち、この星のモノではない強大な力と重圧を放っていた、『プラネット』と呼ばれる特殊なカードに似ていると言うこと。

 

 

 

 

 

―しかし…

 

 

 

 

 

「い、いや…違う…こいつは、プラネットじゃ…ない…」

 

 

 

 

…だけれども、遊良にはわかってしまった。

 

そう、それは過去に2度ほど『ソレら』と対峙したことがある遊良だからこそ感じる事が出来たであろう、『似て』はいるが『同じではない』という不思議な感覚。

 

たった今紫魔 アカリが融合召喚したコレが、『プラネット』とは似て非なるモノだと言う事が、言葉よりも心で遊良は理解出来てしまったのだ。

 

紫魔 アカリがたった今、融合召喚したこの『プラネット』に良く似たコレは…

 

昨年度の【決闘祭】の直後に、釈迦堂 ランと対峙した時にランが見せた『火の星』とも…

 

昨年度の卒業式の日に、泉 蒼人が魅せてくれた『水の星』とも…

 

その、本物の『プラネット』ほど強大で傲慢な我の強さを感じない、『プラネット』に良く似た性質を持った別の存在だと言う事を。

 

…確かに『プラネット』に近い存在感。しかし『プラネット』ほど凶悪な重圧ではない。

 

あの、容赦なく押し潰してくるような『プラネット』達の性質に、良く似たモノを持ってはいるのだが…

 

それは例えるなら、『プラネット』の持つ強大な狂気の呪縛から解放された、『この星』のもう一つの『自我』とも呼べるような独特の雰囲気とオーラとも言えるだろうか。

 

 

 

「お前…こんなカードをどうして!?」

「アンタに教える義理なんて無い!LPを1000払って、【チキンレース】の効果発動!【チキンレース】を破壊する!」

「くっ!」

「バトルよ!先ずはダーク・ガイアで、バルバロスを攻撃!」

 

 

 

 

…けれども、安堵なんてしていられない。

 

そう、いくらこの【E・HERO Core】が、『プラネット』が放っていた容赦の無い異星の力とは『違う』とは言え。

 

この【E・HERO Core】が放つ重圧も、この星のカードとは似ても似つかぬ、相当たる代物なのだ。

 

…それに加え、アカリの場には2体の『地紫魔』の象徴たち。

 

油断も隙も許されぬ、確実に遊良の命を取りに来ているその重圧。

 

先ずはその片方…闇の力を纏った大地の英雄が、その巨大化した岩盤の拳を天に掲げて遊良へと襲いかかり…

 

 

 

「させるか!永続罠、【光の護封霊剣】発動!LPを1000払い、ダーク・ガイアの攻撃を無効にする!」

「足掻くな!続けて【E・HERO ガイア】でバルバロスを攻撃!」

「再び【光の護封霊剣】の効果発動!LPを1000払って、ガイアの攻撃を無効に!」

 

 

 

遊良 LP:3000→1000

 

 

 

遊良の言葉を遮って、一撃一撃が遊良のLPを確実に0にするであろう重い一撃を、そのボロボロの身体で繰り出してくる紫魔 アカリ。

 

これまで、幾度となく遊良を狙って戦ってきた経験か。

 

これだけ熱くなってはいても、あくまでも戦況だけは冷静に、遊良の防御の手を見越して【チキンレース】を破壊することも忘れず…

 

また、そんなアカリの猛攻を、どうにかLPを削りつつ止めている遊良ではあるものの…

 

そのLPも尽きかけてしまっては、もうアカリの攻撃を止める手立てなど遊良の場には残されてはおらず。

 

 

…【冥界の宝札】を主軸とした事が、ここへきて仇となった。

 

 

2枚の永続魔法を発動していては、遊良が伏せられるカードは3枚まで。まぁ、これまでのアカリであったならば、遊良の3枚の罠を掻い潜ることも出来なかったのだが…

 

憤怒の高揚、力の上昇、殺意の果てに届くその牙。

 

この土壇場にきて、とうとう遊良の妨害を超えたアカリの場には、まだ最後の英雄の攻撃が残っているではないか。

 

 

 

「…チッ、しぶといわね…でもこれで、アンタのLPは残り1000!もう攻撃は防げないわ!これで終わりよ!【E・HERO Core】で、バルバロスに攻撃!」

 

 

 

迫る大地の堅き拳、唸る星の核の一撃。

 

あの、憎き天城 遊良に…何度挑んでも、かすり傷さえ負わせる事も出来なかったこの忌々しい天城 遊良に、とうとう手が届くのだ。

 

…その少女の昂ぶりは叫びとなりて、星の英雄の拳へと届くのか。

 

大地の力をその手に収め、星の核の熱さを放ち…

 

 

 

 

 

「よし!これで終わ…」

「…ッ!ま、まだだ!攻撃宣言時に墓地の【ネクロ・ガードナー】を除外して効果発動!【E・HERO Core】の攻撃を無効にする!」

「なっ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

それでも、遊良は最後まで抵抗を止めず。

 

最後の最後…もしもの時の為に、デッキにたった一枚だけ入れていたその最後の守りの札によって、どうにかLPを守る事に成功し…

 

あらかじめ保険として墓地に送っておいた方が幸いし、ギリギリのところで何とかダメージを受けずに命を保ち…

 

 

 

「【ネクロ・ガードナー】…そんなカードいつ墓地に…【手札抹殺】か…くそっ!往生際の悪い!攻撃が無効になったらCoreの効果も発動できない………うぐっ…ど、【貪欲な壺】を発動…墓地のガイア、ブレイズマン、エッジマン、ワイルドマン、ソリッドマンをデッキに戻して2枚ドロー…」

「こいつ、まだそんなカードを…」

「ア、アタシはカードを2枚伏せて…タ、ターン、エンド…」

 

 

 

紫魔 アカリ LP:2600→1600

手札:6→0枚

場:【E・HERO ガイア】

【E-HERO ダーク・ガイア】

【E・HERO Core】

伏せ:3枚

 

 

 

やはり身体に蓄積したダメージが、もう限界に近いのか。

 

苦しげな声を漏らしつつ…アカリは、そのターンを終え…

 

 

 

(あ、危なかった…最初のターンに【ネクロ・ガードナー】が引けていたからよかったけど…もし引けていなかったら…)

 

 

 

そんな、憔悴しきっているアカリを前に。

 

体力的にはまだまだ余裕があるはずの遊良の方が、どこか追い込まれているかのようにしてその心臓が逸っている。

 

…そう、何とかあの猛攻を耐えたとは言え。

 

全ての攻撃が、遊良のLPを一撃で0にしてしまうほどの攻撃を3連続で向けてこられては、遊良の額からも止めようのない冷や汗が垂れてきてしまうのか。

 

 

 

 

「…俺のターン、ドロー!」

 

 

 

…かつての、『地紫魔』と言う名家に甘えていた、あの弱かった彼女からは想像もつかないほどの力の上昇。

 

アレだけの展開を行ったと言うのに、アカリの場には遊良の次の手に備えたであろう伏せカードが2枚に、先のターンに墓地から蘇った【ミラーフォース・ランチャー】までもが伏せてあるのだ。

 

遊良一人の首を狙うというその執念だけで、よくぞここまで力をつけたものだ。今の彼女は、これまで戦ってきたどの彼女よりも強い状態とも言えるだろう。

 

一刻も早くルキの元に駆けつけたい、時間のない遊良の前に立つのは…これまで戦ってきた、どの紫魔 アカリよりも強い紫魔 アカリ。

 

…簡単にケリをつけられる相手ではない。簡単に倒せる相手でもない。出し惜しみしている場合でもなければ、余力を残せる場合でも無い。

 

 

 

―それを、遊良も理解したからこそ…

 

 

 

「…もういい加減、時間をかけるわけにはいかないんだ!【アドバンスドロー】を発動!バルバロスを墓地に送って2枚ドロー!更に【貪欲な壺】も発動!墓地の【神獣王バルバロス】、【闇の公爵ベリアル】、【サクリボー】3体をデッキに戻して2枚ドロー!【マジック・プランター】も発動だ!【デモンズ・チェーン】を墓地に送って2枚ドロー!」

 

 

 

なんとしてでもこのターンで決着をつけるために、再びドローを加速して、アカリの勢いに負けないようにその勢いを増していく遊良。

 

…相手は、自分と戦い慣れている。それ故、アカリが遊良の基本戦術であるバルバロスの全体破壊を大いに対策してきているのならば…

 

 

 

「魔法発動、【ワン・フォー・ワン】!手札の【サイコ・エース】を捨てて、デッキから【サクリボー】を特殊召喚!そして特殊召喚成功時に速攻魔法、【地獄の暴走召喚】発動!」

「チィッ!またそのカードか!…アタシの場には融合モンスターしかいない…アタシはガイアを選択…」

「俺はデッキから、【サクリボー】2体を特殊召喚する!再び集え、【サクリボー】達!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

 

 

再び遊良の場に集いしは、闇の悪魔の化身たる、3体の小さき毛玉達。

 

その小さき目を、精一杯に鋭くし…殺意を向けるアカリへと、負けじと威嚇の唸りを零す。

 

 

 

「…またバルバロス?無駄よ!アタシの場に【ミラーフォース・ランチャー】がある限り…」

「いや違う!行くぞ!俺は【サクリボー】3体をリリース!」

 

 

 

そして…

 

アカリの言葉を遮って、天に捧げし宣言と、天に掲げし遊良のその手。

 

それはアドバンス召喚のモノとは違う、特殊召喚のための生贄のエフェクトであり…

 

遊良の宣言によって、天にその身を捧げる小さき悪魔達の、その身に纏うは渦では無く。

 

 

 

 

 

「運命を切り裂く英雄よ!青き誓いをその身に刻み…天を喰らいし覇者となれ!」

「なっ、そ、それは!」

 

 

 

もう、出し惜しみしている場合じゃない。

 

一刻も早く紫魔 アカリを倒し、一刻も早くルキの元へと向かう為に…一筋縄では言う事を聞かぬ、その誇り高きカードを無理矢理にデッキから手札に呼んで。

 

現れるは、世界中の人間が知っている、世界に轟くその『口上』と共に。

 

そして何よりも、『紫魔』の姓を持つ紫魔 アカリにとっては…いや、『紫魔 ヒイラギ』を義姉にもつ彼女にとっては、誰よりも『特別』であろうその『口上』を、今ここに見せ付けるようにして。

 

【決島】へ来てから新たに得た、もう一枚の切り札を今ここに呼び出すため…

 

 

 

 

 

 

―遊良は、叫ぶ

 

 

 

 

 

 

「来い!【D-HERO Bloo-D】!」

 

 

 

 

その瞬間…

 

 

―天が、震えた。

 

 

血霧と共に降臨し、剥き出しの牙を刃へと変え…混沌渦巻く天より出でし、竜頭を纏いし運命の英雄。

 

纏いし竜の咆哮で、双翼を広げ地に降りることなく空に佇み。下界を見下ろすその瞳は、一体何を映しているのか。

 

 

 

【D-HERO Bloo-D】レベル8

ATK/1900 DEF/ 600

 

 

 

「【サクリボー】3体の効果で3枚ドロー!」

「Bloo-D…姉様の…実父のカード…」

 

 

 

そんな、彼女にとっては別の意味で『特別』な意味を持つそのカードを見て、アカリは一体何を思ったのだろうか。

 

一瞬顔を伏せ地面を見たと思うと、そのままわなわなと肩を小さく震わせ始め…

 

 

 

「…ソレよ…そのBloo-Dのカード!」

「…え?」

「アンタ…一体そのカードをどこで手に入れたのよ!それは【紫魔】の…姉様に関係のあるカードよ!アンタが持ってていいようなカードじゃない!」

 

 

 

遊良の場に召喚された運命の英雄。ソレを見て、怒りを顕に声を荒げ始めた紫魔 アカリ。

 

その瞳には、先程よりも更に増悪した憎悪が燃え上がっており…

 

 

 

「アンタが姉様と血が繋がってたってことは別にどうでもいいわ。でも解せないのは、何でアンタ何かが【紫魔】のカードを持っているのかってこと…」

「それは…」

「そう、そうよ…Bloo-Dのカードだって、元々姉様が持っていたのなら説明がつくわ…だってソレは姉様の実父の…それをどうしてアンタが…も、もしかしてアンタ、姉様に何か…」

「違う!お、俺は何も…」

「嘘よ!じゃなきゃ、姉様が突然いなくなるなんて事!そ、それに…姉様が…し、死んだなんて…」

 

 

 

歪む言葉を絞り出し、震える声を漏らし出し…

 

もう我慢がならないのだと言わんばかりに、喚き散らすかのようにして次々にアカリは放り出す。

 

 

…紫魔 アカリは認めていない。

 

 

そう、まるで認めたくないかのようにして搾り出したその声の通り。紫魔 ヒイラギが、『公的』に『死亡』した扱いになっているとはいえ…ソレを、アカリは全く認めていないのだ。

 

…現実を見ていないとも言えるだろうが、『ある意味』で最も『真実』に近い彼女の強いその思い。

 

だからこそ彼女は紫魔 ヒイラギの事を遊良から聞きだそうと躍起になっているのだし、幾度も遊良にデュエルを挑み続けてきたのであって…

 

『紫魔 ヒイラギ』に何があって、そして『その後』がどうなったのかを知らぬ彼女からすれば、義姉の死を絶対に認めたくは無いモノなのだ。

 

 

そして…

 

 

そんな溢れる少女の憤怒と、『間違った答え』に到達している紫魔 アカリと目の当たりにして、遊良にはわかってしまった。

 

これまで、イースト校で戦ってきた紫魔 アカリと…『今』の紫魔 アカリが放つ、自分へと向けた驚くべきほどの『憎悪』の、その違い、その正体を。

 

…これまでの紫魔 アカリは、遊良を倒す事に執念を持ってはいても、ここまでの『憎悪』を持ってはいなかった。

 

それは、義姉である『紫魔 ヒイラギ』の失踪について、遊良が何かしら知っているのではないかという、『間接的』な繋がりをアカリは疑っていたため。

 

 

しかし…

 

 

 

―『前【紫魔】、紫魔 憐造を!【王者】を『伯父』に持つ俺が!Bloo-Dを召喚出来ないわけがない!』

 

 

 

彼女は、この【決島】で知ってしまった。

 

【決島】の初戦…世界中が驚いた、天城 遊良の突然の暴露。

 

遊良と義姉の、何かしらの『間接的』な繋がりではなく…その『直接的』な繋がりを。

 

 

 

「…そうよ…実は従姉弟だったってことを利用して姉様を脅したのね!この人でなし!」

「俺の話を聞けって!俺は何も…」

「うるさい!Ex適正も無い癖に、紫魔家に取り入ろうとして姉様に近づいたのね!じゃなきゃアンタが【紫魔】のカードを持ってるなんておかしいじゃない!」

 

 

 

『紫魔本家』が切り捨て、そしてその繋がりを隠蔽していた、遊良の母と前【紫魔】との、その濃い血の繋がりを、遊良は世界中へと向けて解き放った。

 

…そして、ただの学生の妄言とも取られそうなソレを、本当の事だと決定付けたのは、何を隠そう今遊良の場に居る【D-HERO Bloo-D】の存在。

 

…とは言え、別にアカリにとって義姉と天城 遊良に実は血の繋がりがあったと言うのは、それほど大した問題ではない。

 

自分と義姉の血が繋がっていない事など幼少の頃から知っていたのだし、そんな血の繋がりなど無くとも自分達は『家族』だったのだから。

 

そして、天城 遊良が義姉と血が繋がっていたとしても、そもそも天城も義姉も『別々』の人生を歩んできているのだから、二人が『他人』であると言う事は心が理解できている。

 

…しかし、ソレをアカリもわかってはいても。

 

一度でも『ソレ』を考えてしまっては、もう止める事などで出来はしない。

 

そう、今まで考えないようにしてきた義姉の『死』の可能性を、今まで考えてもいなかった義姉の失踪の理由の断片を、一度でも考えてしまったら。

 

 

…溢れる憎悪は止められず、燃え上がる憤怒は収まらず。

 

 

 

 

 

「…全部吐いてもらうわ…アンタが姉様に何をしたのか!そして出るとこ出てもらうわよ!この犯罪者め!」

「何を言っても無駄なのか…でも、こっちだって時間が無いんだ!Bloo-Dのモンスター効果発動!1ターンに1度、相手モンスターをBloo-Dに装備する!」

 

 

 

そして、こんなにも妄執に取り憑かれた少女には、これ以上話しかけても無駄だと遊良も悟ったのか。

 

だからこそ、1秒でも早くこのデュエルを終わらせようとして…

 

 

 

「やれBloo-D!【E・HERO Core】を喰ら…」

 

 

 

アカリの叫びを他所に、遊良が運命の英雄へと命令を飛ばした…

 

 

 

ーその時…

 

 

 

「それも読んでたわ!永続罠、【デモンズ・チェーン】発動!」

「なっ!?」

 

 

 

少女の場から飛び出したるは、神をも縛る悪魔の鎖。

 

今まさに、攻勢に転じ始めた遊良の攻め気を弾き返すかのように。運命の英雄へと向けて、命令を飛ばした遊良の言葉に割って入り、紫魔 アカリが悪魔の鎖を飛ばしたのだ。

 

そのまま、焦る遊良を他所に…紫魔 アカリが発動したその悪魔の鎖に縛られて、竜頭の運命の英雄はその翼を広げる事も出来ずに地に堕ちてしまったではないか。

 

 

 

「しまっ…」

「何が従姉弟よ…何が【紫魔】の甥よ…何がBloo-Dよ!アンタ程度がBloo-Dを使った所で、怖くも何とも無いのよ!」

 

 

 

自身の持つ『紫魔姓』の、その頂点だった男が扱っていた運命の英雄を前にしても、アカリは少しも怯んでおらず。

 

…そう、いくらBloo-Dが、前【紫魔】の扱っていたカードだからとは言え。

 

あくまでもソレは、前【紫魔】である紫魔 憐造が使っていたからこその伝説。

 

使うタイミングも、その真価も、そしてこのカードが持つ特別な意義すらもまだ曖昧な遊良では、同じ【D-HERO Bloo-D】のカードであっても、【紫魔】と同じ重圧を放つには足りないのか。

 

焦る遊良の隙を突き、遊良の動きを先読みし。

 

遊良の存在を咎めるように、アカリは増悪し続ける憤怒に任せ、更に言葉を荒げ続け…

 

 

 

「…アンタが姉様に何をしたのか!全部話すまで逃がさない!」

「くっ、た、頼む…時間が無いんだよ…じゃないと…」

「逃げる気!?姉様に何かした癖に…何も持ってないアンタが!これ以上一体何をしたいって言うの!?」

「話を聞いてくれ!俺は…早く行かなきゃいけないんだ!早く行かないと…俺は…幼馴染を…」

「はぁ!?何が幼馴染よ!アタシは家族を奪われたのよ!家族もいないアンタが!家族でもない奴を助けようなんて、アタシをどれだけ侮辱したいのよ!」

「…ッ!?」

「Ex適正が無くて侮辱され続けて来たからって、何よここぞとばかりに!アンタ、他人に否定され続けてきたからって、今度はアタシと姉様を否定したいんでしょ!」

「違っ…」

 

 

 

…言葉を遮ぎり、事情を否定し、感情すらも無視し続け。

 

遊良の話など聞き入れず、そのまま少女は言葉を止めず…己の間違った答えが生み出す的外れな憤怒を、真実なのだとして遊良へと噛み付き続ける紫魔 アカリ。

 

 

 

「許さない…許さない許さない許さない!アタシから姉様を奪ったアンタが!自分は何かを守りたいなんて絶対に許さない!絶対に行かせないから…ここで!アンタをぶっ飛ばして!アンタを気絶させてでも!絶対に行かせるものか!」

「お、俺はルキを…」

「うるさい!そんな奴より姉様の事よ!…そうよ…アンタが姉様の命を奪ったんだったら…今度はアタシがソイツの命を奪ってやるわ!」

「なっ!?」

「アタシが受けた苦しみをアンタも味わいなさい!…いいえ、同等なモノか…たかが…たかが幼馴染の命なんかで!家族を奪われたアタシの苦しみがわかるものかぁ!」

「ぐっ…ぅ…」

 

 

 

 

遊良を探しつづけて、無茶を繰り返した身体は悲鳴を上げていると言うのにもかかわらず。

 

まともに考えればありえないはずの間違った答えすら、今の憔悴しきった彼女ではソレを否定するつもりもなく、アカリはただただ遊良への怒りを燃やし続けるだけ。

 

決して褒められぬ、紫魔 アカリの濁った言動。

 

その言葉の荒さはボロボロの身体と、磨耗した精神の所為もあるのだろう。自分が何を言っているのかすら、今彼女には理解できていないようではないか。

 

 

 

 

「お、お前…」

「何が幼馴染よ!Ex適正もない!家族もいない!何もないアンタに…」

 

 

 

そして…

 

 

 

俯く遊良の肩が小刻み震え、食いしばった口から血滴がしたたっている事にも気づかぬアカリが、朦朧とした感情のまま。

 

 

 

 

 

「家族を奪われたアタシの何が分か…」

 

 

 

 

 

遊良へと向かって、更に喚き散らさんとした…

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

突如として辺り一面に響いた、あまりの声量を持った怒号。

 

それに揺らされざわめく木々たち。大気が震え、小川が波立ち…

 

喚き散らすアカリの憤怒を、丸ごと上から押し潰すかのような重い怒号が、突然この渓流に轟いた。

 

 

 

「なっ!?」

「さっきからゴチャゴチャ…時間が無いって言ってんだろうがぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

…それは、紫魔 アカリも見たことが無いような…

 

いや、おそらく誰もが見たことの無いような、弾けるような遊良の憤怒。

 

怒りに顔を歪ませて、憤怒に体を震わせて。

 

…ここまで感情を剥き出しにした遊良は、おそらく鷹矢やルキであっても見たことが無いことだろう。

 

ソレほどまでに遊良から放たれる憤怒の慟哭は凄まじく、その声はまるで実体を持っているかのようにして重々しくアカリを飲み込み、周囲の空気ごと少女を潰していて。

 

 

 

「お前こそ…お前なんかに!俺の何がわかるってんだぁぁぁあ!【イービル・ソーン】を通常召喚!そのまま自身をリリースし、相手に300のダメージを与えデッキから【イービル・ソーン】2体を特殊召喚!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【イービル・ソーン】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 300

 

【イービル・ソーン】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 300

 

 

 

アカリの怒りを超える怒声。

 

弾ける憤怒のそのままに、闇の新芽を繰り出して、遊良は更に勢いを増していく。

 

そう、遊良の事を何も知らぬが故に、怒りに任せて無知のまま遊良にとっての大切なモノを、あろうかとかアカリは踏み抜いてしまったのだ。

 

…それは、触れてはいけない遊良の逆鱗。誰もが皆、大切なモノがある。それは、Ex適正が無い遊良であっても同様だというのにもかかわらず…

 

遊良にとっての大切なモノ。Ex適正も持たない、血の繋がった家族もいない、そんな遊良のこの世で最も大切なモノ。

 

 

…それを、紫魔 アカリは踏み抜いた。

 

 

 

「【闇の誘惑】発動!2枚ドローして【サイコ・エース】を除外!【大欲な壷】も発動!【サイコ・エース】2体、【クラッキング・ドラゴン】をデッキに戻し1枚ドロー!【トレード・イン】も発動!【モザイク・マンティコア】を捨てて2枚ドロー!」

 

 

 

故に…

 

 

 

 

「俺の邪魔を…邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁあ!バトルフェイズに入り速攻魔法、【ライバル・アライバル】を発動!3体のモンスターをリリース!」

「なっ!?Bloo-Dまでリリース!?」

 

 

 

―!

 

 

 

紫魔 アカリの目の前で、【紫魔】のモンスターすらも生贄に捧げ。

 

どうにもならない苛立ちを、虚空に向かって叫び散らす遊良の姿は…まさに獣の雄叫びにも似た、怒りの頂点の轟きの震撼。

 

 

―地を揺らし、木々を騒がせ、大気を震わし雲を散らし。

 

 

自らの邪魔をする、紫魔 アカリすらも怯えさせながらここに現れるは…

 

 

 

 

 

「来い!【神獣王バルバロス】!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/3000 DEF/1200

 

 

 

主の叫びに呼応して、猛々しく吼えながら現れしは獣の王。

 

その咆哮は天を貫き、大気を震わせ大地を揺らす。

 

…もう、ごちゃごちゃ考えるのはやめた。

 

少女が自分の話を聞かず、喚き散らし、どこまでもどこまでも自分の邪魔をするつもりなのだったら…

 

その浅はかさごと、全て吹き飛ばしてやるのだと、まさに遊良はそう言わんばかりに…

 

 

 

 

 

「バルバロス!全部吹き飛ばせぇぇぇぇぇえ!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

「くぅっ!?…け、けどCoreは破壊された時…」

「【冥界の宝札】の効果発動!俺はデッキから4枚ドロー!」

「あっ!し、しまっ…」

 

 

 

獣の王が放った、全てを粉砕する破壊の波に、飲み込まれていくアカリの英雄たち。

 

また、破壊された時にもCoreは効果を持っているものの…タイミングを逃してしまった為に、Coreの効果は発動することはなく。

 

 

…別に、遊良はCoreの効果の隙を狙ったわけではない。

 

 

偶然の産物、偶々の出来事。

 

初めて目の当たりにした【E・HERO Core】の効果を、遊良が知っているわけもない。

 

ただ偶然に、偶々に、奇跡的に遊良の取っていた展開が、Coreの隙を突けるモノだったという、ただそれだけの話。

 

そしてソレは、アカリの方もそう。

 

遊良に対する、取っておきの隠し玉として、ずっと温存しておいたが故の経験の不足が呼び起こした、Coreを使った戦術の積み上げがアカリには足りなかった。

 

ソレらがここへきて、この一瞬で複雑に絡み合い、そうして生まれた一瞬の隙が二人の命運をわけた…

 

 

 

ーただ、それだけのこと。

 

 

 

そして…

 

 

 

「ダストフォースも破壊されたか…で、でも【ミラーフォース・ランチャー】の効果は発動する!墓地からランチャーとミラーフォースを…」

「それにチェーンして速攻魔法、【禁じられた聖槍】を発動!バルバロスの攻撃力を800下げ…効果を受けなくする!」

「そんな!?」

 

 

 

更には【冥界の宝札】のドロー加速により、デッキの中から無理矢理にキーカードを引っ張り出した遊良。

 

神によって封じられた、禁忌の槍をその手に構え。

 

二振りの槍を振り回せし、獣の王は高らかに吠える。

 

 

 

「いけ、バルバロス!」

 

 

 

 

大地を駆ける獣の王。

 

その手に握られし、螺旋の槍と禁忌の槍が大気を切り裂くその音は、野獣の雄叫びよりも更に鋭く反響し、鈍く少女の耳を襲う。

 

 

 

「アイツに…ダイレクトアタック!」

 

 

 

…許さぬ。

 

自らの感情のままに、主の逆鱗を踏み抜いたこの少女を。

 

まるで、獣の王自身がそう思っているかの如く。

 

遊良の咆哮に混ざった獣の怒りの叫びが、天を貫き空を裂き…

 

 

 

 

「天柱の崩壊!ディナイアァァァァ…ブレイカァァァァァ!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

少女を貫く螺旋の槍。

 

少女を切り裂く禁忌の槍。

 

その二振りの槍の一閃が、紫魔 アカリを吹き飛ばす。

 

 

 

 

アカリ LP:1300→0(-900)

 

 

 

 

 

「ぅ…ぁ…ぅ…」

 

 

 

そして吹き飛ばされた少女は地面に激突し、一度地面にぶつかりバウンドしたかと思うと背中をぶつけたのか、呼吸が更に弱くなり…

 

息も絶え絶え、意識も朦朧。

 

あまりにリアルな獣の王と、【決島】のルールにより実際に発生したリアル・ダメージによって、最早アカリがその身に負ったダメージは彼女の身体の限界を超えたのか。

 

 

 

ーピー…

 

 

 

また、一瞬、静かになったかと思われた渓流に、デュエルディスクが決闘の終了を告げる無機質な機械音をかき鳴らすも…

 

敗者と言うにはあまりに傷付いた、土に塗れボロボロになった少女は立ち上がることも出来ずに。

 

その場に倒れ、虚ろな意識で天を仰いでいた。

 

 

 

そして…

 

 

 

そんな、満身創痍な少女へと向かって。

 

 

 

 

「お前が…お前が俺に、勝てるわけないだろ!なのに…何度も何度も挑んできて…」

「ぅ…う、ぅ…」

 

 

 

朦朧とした意識で涙を零し、声も出せずに倒れている紫魔 アカリに対し…

 

苛立ちを含めた辛辣な言葉を、容赦なく敗者に噴射した遊良。

 

…しかし、遊良も単なる見下しのつもりでそんな言葉を放ったのではない。

 

遊良とて、何度負かしてもその度に執念という名の強さを増して向かってくる紫魔 アカリの実力が、今では自分に近い相当なモノとなっている事など、今の戦いで嫌でも理解出来ている。

 

 

だからこそ…今の遊良のその苛立ちは、まるで『そう言わずにはいられなかった』のだと言わんばかりの焦燥に満ちた代物。

 

 

遊良の、これほどまでの余裕の無さがその証拠。

 

 

あと一歩…遊良の引くカードが、あと一枚でも違ったら。あと一手…アカリの使ったカードが、あと一枚でも多かったら。

 

今この場で倒れていたのは遊良の方であって、今この場で天を仰いで涙を流していたのは遊良の方であった事だろう。

 

それ程までにアカリの執念の牙は凄まじく、冗談抜きで遊良の喉元にほんの数ミリのところにまで迫って来たのだ。

 

昨年の彼女からは考えられない意思の強さと、昨年の彼女からは比べ物にならない程の力の向上。

 

きっと、遊良には想像もつかないほどの執念が、紫魔 アカリの心には渦巻いているのだろう。それこそ、彼女がこれ程までに執着している『義姉』を、何としてでも取り返すために。

 

 

 

「…ぅ……」

「…悪いけど、お前に構ってる暇なんてないんだ。…じゃあな。」

「ぁ…」

 

 

 

それでも、これはあくまでも『決闘』。

 

どれだけ可能性を提示しても、最後の最後にLPを残して立っていたのは遊良なのだ。

 

勝者は一人…

 

敗者は、勝者を止めてはならない。それがデュエルの定めであって、それが【決島】の掟であって…そして、それが遊良とアカリが決めた、『約束』の原則。

 

 

故に…

 

 

 

倒れているアカリを背に、決別の意を込めて遊良は今にも駆け出し始めようとしていて…

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

けれども、一瞬の躊躇いの後…

 

 

 

ー何故か遊良はその場に、足を止めて立ち止まった。

 

 

 

 

「…紫魔 ヒイラギは…」

「…ッ!?」

「…紫魔 ヒイラギは…きっと生きてる。…少なくとも、俺はそう思ってる。」

「ぁ………ほ………ほん、と………に…?」

「確証は無いけど…でも、紫魔 ヒイラギが死んだなんて俺も信じない。わかんないけど…そんな気がしてる…ただ、それだけだ。」

「…そ…う…」

 

 

 

肺の奥から絞り出すような、苦しげなアカリの声にならぬその声に応えるように。

 

…何を思ったのだろうか。これまで全く話そうともしなかった『紫魔 ヒイラギ』の事を、その口から零し始めた遊良。

 

それは別に、あまりにしつこい紫魔 アカリに対し、『嘘』を言った…と言う訳では断じてない。

 

これ程までに執念深い彼女には、口だけの軽い嘘など通用するわけも無く…

 

…そう、あの時の師の行動と、遊良自身が知っている【黒翼】と言う男を考え、そうして遊良も『本気』でそう思っているからこそ。

 

紛れも無い遊良の本心。心の底から『そう』思っているからこそ口に出した、アカリへと向けた己の望み。

 

そして、遊良のその言葉は、紛れも無い本心からの言葉となって紫魔 アカリに届いたのか。

 

それ以上の反応も出来ぬほどに傷ついたアカリは、遊良のその言葉にただただ微かな安堵を覚えた様子で…

 

 

 

「…」

 

 

 

 

ボロボロの身体で、ギリギリでどうにか繋いでいたその意識を…

 

 

 

 

―静かに、手放した。

 

 

 

 

「くそっ、時間を取られた…急がないと…」

 

 

 

そうして…

 

アカリが地面に倒れこんだ音を聞いたと同時に、今度こそその足を勢い良く前へと出し始めた遊良。

 

砺波から急げと言われていたのに、思わぬ時間を食ってしまった事を悔やみながら…

 

その速度を即座に最高速にまで押し上げた遊良は、静かな渓流をノンストップで駆け出し走る。

 

 

…早く、速く、疾く捷く夙く。

 

 

ルキの身に何かが起こった可能性は、例え誤報や勘違いや間違いであったとしても無視などできない。

 

心臓の鼓動がうるさく遊良の胸の内を叩き続け、肺の中で暴れる大気の荒ぶりも無理矢理抑え。

 

何かあったからでは遅いのだ。ルキが無事なら、それだけで何の問題もない。

 

しかし、もしもルキの身に何かあったらと思うと…

 

そんな恐怖が遊良を襲い、その怖れがますます遊良の足の回転を速めるのか。

 

 

…そのまま、遊良は砺波に来い指定された、その場所へと向かって…

 

 

 

 

ー必死に、走り始めたのだった。

 

 

 

 

ー…


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