遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep76「這い寄るモノ」

「…なぁ木蓮。アンタ、どう思う」

「…どう、とは…何に対してでしょう?」

 

 

 

各校の理事長、学長の為に特別に用意された、超巨大モニターが設置された『特別観覧席』での事。

 

つい先ほど同時に起こった、デュエリアの猛者達の進撃に対し…

 

サウス校理事長である獅子原 トウコは、隣に座っていたウエスト校理事長、李 木蓮に対して、そう声を投げかけていた。

 

 

 

「さっきのデュエリア校の上位陣のあの強さに決まってるさね。学生の間に『先』に辿り着けるガキなんて、数十年に一人出てくるかどうかだってのに…それがざっと見ただけでも3~4人は居るなんて、はっきり言って異常さよ。」

「…そうですね。私もウエスト校で最も強いミズチ君が負けてしまうとは思いませんでした。彼女も来年度には確実にプロになれる力を持っていたのですが…まさか劉義兄さんの学園の子ども達がここまでとは。」

「それに鷹峰の孫も、どうやら大口叩くだけの事はあったみたいさね。…全く、ウチの孫もやられちまったし、一体どんな育て方してるってのかねぇ小龍の奴。」

 

 

 

それは、先ほど行われたデュエリア校の『全勝者』達と、決闘市側の『全勝者』達とのデュエルの結果について。

 

そう、両校の実力者達は皆、学生レベルの上…実力の『壁』を超えた、プロになれる素質を持った者たちばかりだったというのにもかかわらず…

 

そんな決闘市側のデュエリストを、『一人』を除いて一方的に吹き飛ばしたデュエリアのデュエリスト達の力は、まさかプロのトップレベルの者達が居る領域…

 

 

―実力の『壁』を超えた、『先』の地平に辿り着いた者達だったのだ。

 

 

…普通であればありえない。学生の内に、『先』の地平に辿り着ける者が現れることなど。

 

何せ、実力の『壁』を超え、魔窟と呼ばれるプロの世界に立ち入った者達の中でも、そこから更に『先』の地平に足を踏み入れられるモノは極僅かな限られた者達だけ。

 

才能に溢れ、己を磨き…他人には真似できない自分だけのデュエルを確立し、苦行とも思える果てしない戦いの果ての果てに、ようやく踏み入る事を許される『壁』を超えた更なる地平。

 

それは、この場に集った決闘界の重鎮達…各学園の理事長達の目からみても、デュエリア校の上位陣の『数人』がその『先』の地平に到達しているという見解に至ったことは、長年多くの学生達を見てきた彼等からしても異常事態であり非常事態とも言えるのか。

 

まぁ、そもそも実力の『壁』を超えられる者でさえ、数年で数えられる程度現れればいい方。それが、各学園にこれ程の人数も居るという事態でさえ、例年に無い珍しい黄金期ではあるのだが…

 

 

 

「これで決闘市で『全勝』なのは浜臣んトコのガキ共だけかい。アタシが鍛えてやった天城と高天ヶ原はともかく、鷹峰の孫が勝率トップってのもなんだか癪さねぇ、なぁ浜臣。」

「…」

「おい浜臣、聞いてんのかい?」

「…はい?…あぁ、すみません、少々考え事をしていました…」

「…アンタ、さっきから何怖い顔して考え込んでんのさ。」

 

 

 

トウコに、大きめの声をかけられたにもかかわらず。

 

イースト校理事長、元シンクロ王者【白鯨】と呼ばれた砺波 浜臣は、何やらソレらが全く耳に届いていない様子で、難しい顔をして黙り込んでいて…

 

 

 

「いえ…劉玄斎学長の戻りがやけに遅いと思いまして。」

「そういや随分と長いトイレさね。まっ、その内戻ってくるさよ。…つーか珍しいね、アンタが小龍の事を気にかけるなんて。アンタ、小龍のこと苦手だって言ってなかったかい?」

「…昔の話です。」

 

 

 

先ほどから、用を足しに外に出て行った劉玄斎が中々戻ってこない事に対し、何やら怪訝な顔をしているイースト校理事長、砺波 浜臣。

 

そんな砺波を見て、サウス校理事長、獅子原 トウコは少々不思議そうな顔を浮かべており…

 

―過去…『荒くれ者』と呼ばれていた、若かりし頃の砺波 浜臣と…触れる者の全てを傷つけていた、若かりし頃の劉玄斎。

 

トウコからすれば、過去に『色々』と感情を剥き出しにしてぶつかりあっていた、あの砺波と劉玄斎を知っているからこそ。

 

そんな、歳を取ってお互いに少々落ち着いたとは言え、これまでだったらなるべく劉玄斎には関わらない様にしていたあの砺波が、今わざわざ劉玄斎の事を気にかけているというその態度には少々の驚きを感じてしまうのか。

 

何せ、歳を取った弟分たちの心境の変化といえば微笑ましいが…【白鯨】と『逆鱗』がそんな簡単な仲では無い事を、『烈火』は知っているが故に。

 

あくまでも仕事の場である以上、それ以上のことを追求する事はしないものの…それでも、何かが引っかかるような違和感をトウコは感じていて…

 

しかし、そんなトウコに怪訝な顔を向けられていてもなお、砺波は一体『何』を考えているというのだろうか。

 

…眉間に刻んだ深い皺、思考を巡らせすぎて考えが二転三転し続けている脳の電位。

 

この場にいる誰もが知らぬ、砺波にしか感じられぬ感情を持って、どこまで砺波は怪訝な顔をし続けて考え込んでいるだけ。

 

 

 

「そう言えば砺波理事長…」

 

 

 

…そんな、どこまでも怪訝な顔を崩さぬ砺波へと向かって。

 

ウエスト校理事長である李 木蓮は、唐突に何かを思い出したかのように、徐にその口を開き始めた。

 

 

 

「ついさっき気がついたのですが…先ほどから31番のモニターが映っていないようですね。」

「なっ!?31番のモニターが映っていない!?い、いつからですか!?」

「え?いえ、あの…本当についさっき気がついたのです。電波でも悪いのかと思い…」

「そういえばそうさね。まっ、すぐに直るんじゃないかい?」

「馬鹿な…」

 

 

 

考え込んでいた顔から一転。

 

木蓮にそう告げられたその瞬間に、砺波はあまりの焦りと共に、絶句とも言える表情を浮かべて眼を見開いて。

 

…それは、いつもの冷静な彼にしては、あまりに珍しい取り乱し。

 

ごくありふれた機器の不調。たかだたモニター1つの不調。そんな許容範囲なアクシデントに対し、一体何が彼をここまで焦らせているのだろう。

 

【決島】では200機もドローンを同時起動させ、その全てが同時に全世界に向かって映像を中継しているのだから…大量の機械を同時に動かせば一機くらい調子の悪くなるドローンが出たとしてもそれは何の不思議でもない事だというのにもかかわらず…

 

この当たり前のイレギュラーを、どうしても容認できていない様子の砺波の慌てている姿は、トウコや木蓮からしてもあまりにも不自然にも映ると言え…

 

 

 

「200個も画面があるから気がつかなかったよ。まっ、大方ドローンのカメラの調子でも悪いんじゃないかい?」

「い、いえ、そ、そんなはずは…」

 

 

 

しかし…この中継用ドローンを用意した砺波は知っている。

 

何せ公には出来ぬ事ではあるのだが、その31番モニターのドローンは砺波が直々に状態のチェックを行い、念入りに調子を調整させた、確実に故障など起こりえないことを断言できるほどに注意深く仕上げられた『特別』な一台。

 

…他の量産機が故障をしていない中、あれだけ状態を確認したこの特別な一台だけが不調を起こすだなんてありえない。

 

それを、砺波自身もわかっているからこそ。この映っていない『たった一台』の突然の不調は、砺波に焦りと驚きを誘発させるには充分な事態となりて【白鯨】に襲い掛かっているのだろう。

 

 

…とは言え、砺波の焦りはなにも、『機器の不調』に対して生じているのではない。

 

 

そう、砺波がこれ程までに焦りと驚きを見せているのは、『映像が映らない事』に対してなどではなく…

 

映らない映像の先にいるであろう『対象の学生』の方が、砺波にとっては重要な事であり…

 

 

―何を隠そう、砺波が気にしている、その31番のモニター…

 

 

それは紛れも無い。

 

 

イースト校2年、高天ヶ原 ルキを映しているはずのデュエルドローンだったのだから。

 

 

 

「失礼します!少々所用が出来ました!」

「お、おい浜臣!アンタどこ行くつもりだい!?」

「すぐに戻ります!」

 

 

 

そうして…

 

まるで飛び上がるようにドアを跳ね開け、勢い良く外に飛び出した砺波 浜臣。

 

…そのあまりの勢いは、いつもの冷静沈着なイースト校理事長とは真逆の態度。

 

一校の責任者が、これ程までに取り乱している場面など、到底学生達には見せられたモノではないものの…

 

しかし、そんな体裁など気にしている場合では無いのだと、そう言わんばかりの今の砺波は、行動を起こさない選択が出来ない程に追い詰められているとも言い換えられるだろうか。

 

そのまま、砺波は『特別観覧室』を飛び出すと、海岸に停泊していた大きな船からも飛び出し…

 

その足を緩めることなく、深い森の中へと駆け出し始めて。

 

 

…ただのドローンの不調で済んでいれば何も問題ない。しかし、ルキのモニターだけが映っていないという今の状況を楽観視出来るほど、砺波も楽天家では決して無い。

 

 

何かが起こってからでは遅いのだ。ルキの身に『何か」が起こっているかもしれない『可能性』を考えると、例えソレが僅かなモノだとしても砺波は走らずにはいられず…

 

…学生達がどこに居るのかは、常にデュエルディスクの起動で確認されている。

 

だからこそ、砺波は自身のデュエルディスクを取り出すと、即座にルキの今居る位置を確認し…

 

その走りを緩めぬまま、別の端末へと向けて電話をかけ始める。

 

 

 

「…私です。恐れていた事態が起こりました。位置データを送るので、すぐに現場に向かってください。」

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…デュエルをしましょう、高天ヶ原さん?」

「え?ど、どうしてあなたが?」

 

 

 

【決島】の中の大きな森の、そのどこかとある場所。

 

この島の中心に聳える、大きな休火山に面した…その、森と山との境目の場所で、ルキは思いも寄らぬ人物と対面を果たしていた。

 

それは、デュエルの相手を探して島中を迷い歩いていたルキにとっては、あまりにも意外で驚愕を覚えるような人物であり…

 

夏の日差しに良く映える、闇に溶けるその褐色の肌。どこまでも綺麗に長く伸びた、夜よりもなお深いその漆黒の髪。

 

それは遊良が生きる指標となった、『とある人物』に瓜二つだという謎の女生徒。

 

 

 

―釈迦堂 ユイ

 

 

 

(え?な、何で釈迦堂さんが…?)

 

 

 

しかし、一応『クラスメート』として、夏休みの直前に転入してきた彼女の事はルキだって知ってはいるものの…

 

突然現れて声をかけてきた釈迦堂 ユイに対し、心から驚いた表情をしているルキ。

 

それは、己の記憶が正しければ釈迦堂 ユイという転入生は、絶対に『この島』には居るはずが無いと言うことを、ルキも知っているが故の驚愕の表情でもあり…

 

…そう、この釈迦堂 ユイという転入生の女生徒が、今確かに自分の目の前に居るという事実が、どうしてもルキには信じられない。

 

なぜなら、夏休みの前…【決島】の代表者を発表するその『当日』に、急に転入してきた釈迦堂 ユイがこの【決島】に『居る』と言うこと自体が、そもそも『ありえない』事実。

 

そもそもルキの記憶が正しければ、イースト校の【決島】の代表者25名の名簿の中には確かに釈迦堂 ユイと言う名は無かったはず。

 

それをルキ自身も分かっているからこそ、森を抜けたところで偶然にも遭遇した謎の転入生に対して、ルキはこれ程までに言葉に詰まってしまっていて…

 

 

 

「…どうして…とは?」

「え?…だ、だって…その…釈迦堂さんって確か…その、だ、代表じゃなかったはずじゃ…」

「…そうでしたか?…けれど、よく思い出してみてください高天ヶ原さん。代表者の発表の時、代表者の送別会の時、出発の時…開会式の時を…」

「え…」

 

 

 

そんな、心の底から不思議がっているルキに対し…

 

徐に、そう言葉を放った釈迦堂 ユイ。

 

…一体、彼女は何を言っているのだろう。

 

自分の記憶が確かなら、今目の前の彼女が言った言葉は、全くの荒唐無稽な作り話にもならない非現実の羅列。それを分かっているルキからすれば、釈迦堂 ユイの言葉は現実味の無いただの理解できぬ妄言であり…

 

 

しかし…

 

周囲に流れる不穏な空気。周囲に漂う淀んだ湿気。

 

 

―それらが急速に重みを増して、ルキを包み込んだと思ったその瞬間。

 

 

いやに頭に響く彼女の言葉がルキの耳に入り込み、それに連動して突然ルキの頭の中に、耳鳴りにも似た金切り音が頭に響き始め…

 

 

 

 

 

(あれ…?何か…ボーっとしてくる…)

 

 

 

 

 

…頭が、痛い。

 

目の前の転入生は、一体何を言っているのだろう。

 

頭がボーっとしてくるような、視線が遠くに持っていかれるような…

 

そんな不思議な感覚がルキの中に現れ始め、それに伴いルキの耳に目の前の釈迦堂 ユイの声だけが嫌に耳の中に酷く反響し…

 

それと同時に、『何か』がルキの記憶の上を覆い始め…

 

 

 

―『…釈迦堂 ユイです。よろしく。』

―『釈迦堂さんは既に【決島】の代表に選ばれているんだ。他の者も頑張るように。』

 

―『時間だ!それではこれより各校毎に出欠を取る!イースト校、釈迦堂 ユイ!』

―『…はい。』

 

 

 

思い出すのは、記憶の『どれ』にも、釈迦堂 ユイが『居た』という光景。

 

 

…何故彼女が【決島】に居ることに違和感を覚えていたのだろう。だって、『最初』から彼女はここに居たではないか。

 

…確かに思い返してみれば、釈迦堂 ユイは『最初』からイースト校の代表だった。

 

…詳しい事情は知らないが、元々【決島】の代表者である事が確定している状態でイースト校に転入してきた事を、『思い返せば』説明されていた『気』もする。

 

そして壮行式の時も出発の飛行場でも、【決島】の開会式のときも彼女は居たと言う光景がルキの記憶の中にはある。

 

…それを覚えているのに、一体どうして彼女の事を疑ってしまっていたのだろうか。

 

そんな自分でも何故かは分からないが、どうしても『腑に落ちている』感情がルキの心には浮かび上がってきていて…

 

 

 

 

 

―そうして…

 

 

 

 

 

「…私は最初から…居ましたよ?」

「あ…えっ…と……………う、うん…そ、そうだったかも…ごめんなさい…」

「では…デュエルをしましょう、高天ヶ原さん。」

「…そうだね、イースト校同士だけど、出会ったら戦わなきゃいけないんだもんね。」

 

 

 

先ほどまで、一体何に対して自分は不思議がっていたのだろうか。

 

そんな、何を考えていたのかすら思い出せなくなってしまったルキは、【決島】のルールに則って、目の前に現れた『次の相手』に対してデュエルディスクを構え始めるしかなく。

 

それに倣い、ルキの前に立つ黒い少女もまた、徐に自らのデュエルディスクを構え始め…

 

 

 

 

「…フフッ、お手柔らかに。」

「うん…よろしくお願いします…」

 

 

 

…不思議を不思議と思う事もできず。

 

…自分の記憶が曖昧な事にも気がつけず。

 

【決島】の定めに則った、不穏を孕んだソレは…

 

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

 

唐突に、始まってしまう。

 

先攻はイースト校2年、高天ヶ原 ルキ。

 

 

 

 

 

「私のターン!私は【デスマニア・デビル】を召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【デスマニア・デビル】レベル4

ATK/1700 DEF/1400

 

 

 

デュエルが始まってすぐ。

 

純黒の体毛に覆われた小さな獣を、即座に召喚したルキ。

 

悪魔のささやき声のような、奇妙な鳴き声を漏らし…全身の体毛を逆立たせて森の中から飛び出してきたソレは、小さいながらも確かな獣の形をした荒々しさを醸し出している。

 

 

 

(えっと…そう言えば釈迦堂さんってどんなデッキ使ってるんだっけ…)

 

 

 

そして、クラスメートと言う事から、ルキは目の前に立つ釈迦堂 ユイのデュエルを思い出そうと記憶の引き出しに手をかけ始めるが…

 

 

 

(…あれ?)

 

 

 

いくら思い出そうとしても、いくら考えてみても。

 

いくら記憶を辿ってみても、彼女がデュエルをしていたというその場面を、ほんの少しもルキは思い出せず…

 

…いくら釈迦堂 ユイの転入が、夏休みの直前だったとは言え。クラスメートである以上、一度くらいはクラスのデュエル実技などで彼女のデュエルを見ているはずだと言うのに。

 

また、彼女がどの『Ex適正』を持っているのかも、どの召喚別コースに振り分けられたのかも。クラスメートとして知っていても良い筈の事が、不自然なほどにルキには何も思い出す事が出来ないでいるではないか。

 

 

 

「…まぁいいや。私はカードを2枚伏せてターンエンド!」

 

 

 

 

ルキ LP:4000

手札:5→2枚

場:【デスマニア・デビル】

伏せ:2枚

 

 

 

しかし…そういった事を、考えようとすればするほど。

 

釈迦堂 ユイの事を深く思い出そうとすればするほど、ボンヤリとした靄のようなモノがルキの頭の中を覆い始め、何故か考えていた事がどうでもよくなってくるのをルキは感じているのか。

 

そのまま、何も疑問に思う事もなく。ターンは、釈迦堂 ユイへと移り変わり…

 

 

 

 

 

「…私のターン、ドロー。【王立魔法図書館】を召喚。」

 

 

 

【王立魔法図書館】レベル4

ATK/ 0 DEF/2000

 

 

 

そんな釈迦堂 ユイが召喚したのは、視界を覆いつくすように現れた、無数の本が並び立つ不思議な空間。

 

魔法を発動すればするだけ、知識の恩恵とも言い換えられるドローを所有者に与えるソレは…モンスターと言うよりは、フィールド魔法と見間違う程に大きな存在であり…

 

あまりに大きすぎる存在感で、周囲の森や山と言った景色を飲み込み鎮座する。

 

 

 

「…図書館?」

「…続いて【成金ゴブリン】を発動。LPを1000与えて1枚ドロー。フィールド魔法、【チキンレース】を発動して効果発動、LPを1000払って1枚ドロー。【トレード・イン】を発動し、レベル8の【クラッキング・ドラゴン】を捨てて2枚ドロー。更に【王立魔法図書館】に乗った魔力カウンターを3つ使い1枚ドロー。【闇の誘惑】を発動し、2枚ドローして【闇の侯爵 ベリアル】を除外。」

「え!?」

 

 

 

そして…

 

ルキにとってはあまりに『見慣れたカード』の組み合わせを次々に使って、ドローの乱舞をし始めた釈迦堂 ユイ。

 

 

…それはまるでドローの嵐、それはまるでドローの乱舞。

 

 

そう、それはまさに、遊良のデッキのような多量のドロー。

 

遊良は【王立魔法図書館】を使ってはいなかったものの、その止まる事のないデッキの回転と止む事の無いドローの嵐は、まさにそっくりだとルキの目には映っており…

 

 

 

ルキ LP:4000→5000

 

釈迦堂 ユイ LP:4000→3000

 

 

 

「…モンスターまで遊良のデッキにそっくり…」

「…まだですよ。2枚目の【成金ゴブリン】を発動し、LPを1000与えて1枚ドロー。【手札抹殺】を発動し、手札を全て捨て5枚をドロー。」

「わ、私は2枚捨てて2枚ドロー!」

「…更に【王立魔法図書館】の効果発動。魔力カウンターを3つ使い1枚ドロー。2枚目の【チキンレース】を発動し、LPを1000払って1枚ドロー。…カードを3枚伏せて、ターンエンド。」

「え?な、何もしてこない…の?」

 

 

 

 

釈迦堂 ユイ LP:4000→2000

手札:6→3枚

場:【王立魔法図書館】(魔力カウンター:①)

伏せ:3枚

 

 

 

…果たして、彼女はこのターンだけで一体何枚のカードを引いたのだろう。

 

初期手札と合わせて、実に20枚を超える枚数のドロー…

 

ソレを流れるように行ってきた釈迦堂 ユイが発する雰囲気は、一言で言えばただただ異常。しかし、ソレは彼女の行った『ドロー』という行為に対してではなく、彼女が使ってきた『カード』に対して言えることであり…

 

 

 

(攻撃してこない…何で?あんなにドローして墓地にも大型モンスターが揃ったのに…)

 

 

 

そう、20枚以上のカードをドローしたにもかかわらず、遊良のデッキにそっくりな戦術を使用してきているのにもかかわらず。

 

それ以上動く気配を見せず、釈迦堂 ユイはただただ攻撃力0の【王立魔法図書館】を棒立ちにさせて、ターンをルキに受け渡しただけなのだ。

 

…遊良であれば、アレだけドローした後攻には絶対に攻めにくる事だろう。

 

それこそ、このターンで終わらせるほどの勢いでワンショットを狙ってくるだろうし…トドメをさせないにしても、何かしらこちらの場を荒らすアクションをしてくるはず。

 

また、遊良でなくとも20枚以上のカードをドローしていて、何も無くターンを終えるというのは傍から見ていて明らかにおかしい。

 

だからこそ、『異常』。こうもあからさまに極端なデュエルを見れば、ルキでなくとも何かあると思ってしまうことは普通であり…

 

それ故、目の前の少女が一体何を考えてこのようなデュエルを仕掛けてきているのかを、ルキは慎重に見極めなくてはならないのだが…

 

 

 

(攻撃してこないってことは、あの伏せカードが危ないのかな?…私の攻撃を誘ってるんだったら、あの伏せカー………あれ?伏せカードが…何なんだっけ?…えっと…次は私のターンだから…)

 

 

 

…しかし、釈迦堂 ユイの、読めぬ思惑のその先を、深く考えようとしても。

 

釈迦堂 ユイの事を少しでも考えようとすると、途端に何故かその思考に靄がかかり…寸前まで何を考えて、何をしようとしていたのかが曖昧になってきてしまうルキ。

 

 

 

 

 

「…どうしました?貴方のターンですよ?」

「あ、わ、私のターン、ドロー!」

「…このスタンバイフェイズにLPを1000払って罠カード、【活路への希望】を発動。そしてそれにチェーンして【ギフトカード】も発動。高天ヶ原さんのLPは3000回復し、LPの差が8000となるため私は4枚をドロー。」

「う…またドローカード…」

 

 

 

ルキ LP:6000→9000

 

釈迦堂 ユイ LP:2000→1000

 

 

 

そんなボンヤリしているルキを他所に、LPを削りに削って多量のドローを繰り返す釈迦堂 ユイ。

 

LPを削ってまで、LP差を大きく広げてまで。

 

一体、彼女の狙いは何なのか。それを考えようとしても、どうしてもルキの思考には靄がかかり、デュエルに集中する事が出来ず…

 

また、そんな多量のドローを行う釈迦堂 ユイを見ているルキの表情には、少々渋いモノが滲み出てきて…

 

 

 

(…なんだろ…釈迦堂さんのデッキが遊良のデッキと似てるの…何か嫌だな…)

 

 

 

…そう、使っているカードがあまりに似ているからか、ドローする枚数があまりに異常であるからか。

 

使っているカードに差異はあれど、彼女のあまりのドロー多さは、ルキにはどうしても遊良のデュエルと重なってしまうのだ。

 

 

…遊良と『全く同じ』ではないからこそ、なおさら余計に性質が悪い。

 

 

遊良と使うカードが全く同じであったならば、釈迦堂 ユイが自分を動揺させに来ていると明確になる。

 

しかし、差異があるからこそ遊良と釈迦堂 ユイのデッキが『似ている』事に、ルキの心は鋭いほどの過敏を示してしまい…

 

 

 

―『まぁでも、釈迦堂 ユイの事は砺波先生が自分で調べるって言ってくれたし、これで少しは楽になったけどな。一つやることが減っただけで随分と楽になった。』

 

―『…あー、うん。…そうだね。………なんだろ、何か変な感じ。』

 

―『ん?何か言ったか?』

 

―『え!?あ、う、ううん、なんでも…なんでもないから!』

 

 

 

ルキの頭に唐突に蘇るのは、夏休みに遊良と電話をしていた時にも感じた、自分でも『正体』のわからぬ謎の感情。

 

『正体』が分からぬ、やけに熱く心を傷つけるソレ。心の中がモヤモヤするような、心の壁を針でチクチク刺されているような、言葉にし難い黒く重い渦巻き。

 

…夏休みに、遊良が釈迦堂 ユイの事をよく話題に出していたときにも感じたアレ。その、胸の内がモヤモヤする経験した事のないソレが、今再びルキの心を覆いつくさんと広がってくるではないか。

 

 

 

「…意味分かんない。何で変な事思い出すんだろ、もう…」

「…どうしました?」

「え?あ、う、ううん…何でもないよ!まだデュエルの最中だもん!私は【レスキューキャット】を召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【レスキューキャット】レベル4

ATK/ 300 DEF/ 100

 

 

 

しかし、そんな感情が飛び出してくる寸前に。

 

そんな意味のわからぬ感情に、囚われている暇などないのだとして、『何か』を振り切ろうとしてヘルメットを被った小さな猫を呼び出したルキ。

 

 

 

「何狙ってるのか知らないけど、何もしてこないならこっちからいくよ!【レスキューキャット】の効果発動!【レスキューキャット】を墓地に送って、デッキから【マイン・モール】と【森の聖獣 ヴァレリフォーン】を特殊召喚!」

 

 

 

そう、いくら釈迦堂 ユイが、遊良と似たデッキを使っていようとも。

 

今はデュエルの最中なのだから、あくまでも目の前の相手に向かい合わなくてはならない。

 

だからこそ、ルキは無理矢理にでも、このモヤモヤした感情を振り切ろうと吼え…

 

 

 

「いくよ…レベル3の【マイン・モール】に、レベル2【森の聖獣 ヴァレリフォーン】をチューニング!」

 

 

 

その感情の『名前』を知らなければ、その正体に気付く事もできないルキは更に激しく動くのみ。

 

 

 

「蒼穹の彼方へ鳴り響け、天翔ける雷よ!シンクロ召喚!」

 

 

 

天へと昇る地を穿つ獣、ソレを追う華の小鹿が2つの光輪に姿を変える時。

 

…轟く雷鳴、瞬く稲妻。

 

晴れ渡る晴天の空に、突如として雷音が鳴り響き…少女の叫びに呼応して、ソレは大地に降り立つ一筋の雷光となりて…

 

 

 

―ここに、現れる。

 

 

 

「おいで、レベル5!【サンダー・ユニコーン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【サンダー・ユニコーン】レベル5

ATK/2200 DEF/1800

 

 

 

 

天から落ちる光の柱を貫き、今ここに呼び出されたのは、蒼き雷が化身となった幻想の一角獣。

 

真っ赤な髪をした少女の髪色と比べ、青天の空を纏ったような雷馬の体色はあまりに対照的かつ正反対ではあるものの…

 

雷角を槍に、その身を奮わせ…赤き髪の少女を守らんとして吼え、雷鳴を唸らせ少女の前に勇み立つ。

 

 

 

「シンクロ素材になった【マイン・モール】の効果で1枚ドロー!…遊良のデッキに似てるんだったら、なおさら負けるつもりなんてないからね!」

 

 

 

どこか無理矢理に吼えている、空元気のようなルキの叫び。

 

…それは遊良と似たデッキを使ってくる釈迦堂 ユイに、意地でも負けたくないと思うが故の少女の叫びなのか。

 

そう、この意味のわからぬモヤモヤを、ルキも早く発散させたいのだろう。いくら似たデッキであろうとも、相手が遊良でないのなら絶対に負けたくないとルキが感じてしまうのは当たり前の事。

 

そうして、何故かはわからないが、どうしても釈迦堂 ユイには負けたくないという気負いの下。

 

そのままルキは、更にその勢いを増し…

 

 

 

 

 

「いくよ!バト…」

 

 

 

 

 

幼少の頃からずっと共に過ごして来た、彼女にとっては『エース』とも呼べるこの蒼の雷馬と共に…

 

 

ルキが、勢い良く攻撃に転じ始めた…

 

 

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

 

「…いいえ、もうこれで大丈夫です。メインフェイズ終了時に罠カード、【自爆スイッチ】を発動。」

「…え!?」

 

 

 

…一瞬。

 

ルキの意識の外から、あまりに突然発動されたその1枚の罠カード。

 

 

 

「え、な、何で!?」

 

 

 

…それは、必ずと言っていい程『勝敗』がはっきりする『デュエル』という行為においては、あまりに珍しい『引き分け』となるカードであり…

 

 

―言葉が続かず、思考が止まる。

 

 

意味のある言葉が連想できぬルキの思考では、釈迦堂 ユイの発動したそのカードが光る目の前の光景に、全く追いついてこられず…

 

 

―何故、引き分けを狙うのか。

 

―初めから引き分け狙いなら、何故あれだけドローしたのか。

 

―そもそも初めから【自爆スイッチ】を狙っていたのなら、もっと早いタイミングで発動しても良かったはず。

 

 

デュエリストであれば誰もが皆『勝つ』事を最優先にするはずだと言うのに、まるで最初からこの自爆の巻き込みを狙っていたかのような彼女のあまりに早いデュエルの放棄は、ルキにとっては全く理解できぬことであって。

 

 

 

「デュエルは終わりです。…自分のLPが相手より7000以上少ない時…お互いのLPを0にする。」

「待っ…」

「…フフ…あまり時間はかけられませんから…では…爆発です。」

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

そうして…

 

 

瞬く間に、当たり一面にあまりに凄まじい爆発音が響き渡った。

 

 

―轟音、衝音、激音、狂音。

 

 

…それは自分も相手も巻き込んでの、命を捨てる相打ちの爆発。

 

敵も無い。味方も無い。ただ単純に全てのプレイヤーに襲い掛かる無慈悲なる爆炎は、いくらソリッド・ヴィジョンとは言え、相当たるリアリティを持ってルキと釈迦堂 ユイを飲み込んでしまって。

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」

「…」

 

 

 

 

ルキ LP:9000→0

 

釈迦堂 ユイ LP:1000→0

 

 

 

デュエルの終了を告げる無機質な機械音すら、尋常ならざる爆発音に掻き消されて辺りには響かず…

 

…たった、2ターン。

 

そう、たった2ターンという、あまりに早く、そしてあまりにあっけなく終わってしまったこのデュエル。

 

それは時間にして、数分もかからなかっただろう。

 

『あまり時間をかけてもいられない』と言った釈迦堂 ユイの思惑など、全く持って知る由もないルキには、彼女が何を考えてこのカードを使ったのかなど考える暇も無く…

 

 

…リアル・ダメージルールの所為か、それともまた『別の要因』の所為か。

 

 

あまりにリアルで凄まじい爆発に、身構える間もなく飲み込まれたルキは…

 

 

 

―その場で倒れて、気を失っていた。

 

 

 

 

 

そんな中…

 

 

 

 

 

 

「…予定通りですね。」

 

 

 

ソリッド・ヴィジョンなどではない、本物の土煙が周囲を覆いつくしている中。

 

…ルキと同じ爆発に巻き込まれたにもかかわらず、何事も無かったかのようにしてゆっくりとルキの方へと歩いてくる釈迦堂 ユイ。

 

 

―土に塗れ、気を失い、倒れこんでいるルキとは全くの真逆。

 

 

ただただゆっくりと歩を進め、感情の無い冷たい眼でルキを見下ろしているだけ。

 

 

 

「…動揺、困惑、嫉妬、奮起…人間の心は脆い。例え微かなモノでも、綻びから亀裂を生じさせるには充分。…後は【赤き竜神】が出て来易い様に、『裂け目』を作るだけで済むんですから。」

 

 

 

…一体、彼女は何を言っているのだろうか。

 

誰も居ないこの森と山の境目では、釈迦堂 ユイが呟いたその言葉を聞いている者など誰もおらず…

 

しかし、何の思惑があるのかなど分からぬ釈迦堂 ユイの言葉からも、微かに感じ取れるモノがあるとすれば、今のデュエルは全て釈迦堂 ユイの思惑通りに進んでいたと言う事だけ。

 

 

…そう。

 

 

ドローを激しく繰り返したのも、使うカードを『誰か』と似せたのも…

 

ルキがエースである蒼の雷馬をシンクロ召喚して、これから気持ちを切り替えようとしたその瞬間を狙ったかのような、不自然すぎる【自爆スイッチ】の発動も…

 

それは、ルキの心を大きく揺さぶらんとして、『わざと』使うカードや発動のタイミングを狙ったということに違いなく。

 

 

そして…

 

 

釈迦堂 ユイが、ルキの真横に立ってピタリと足を止めたその時。

 

 

 

「コホッ、コホッ…いやいや、計画通りですねぇ。仕事が速くて助かります、えぇ。」

 

 

 

土煙の向こうから、咳き込みながら一人の男が現れた。

 

…それはスーツと言う名の胡散臭さを着込んだ、細身で長身の一人の男であり…以前に何度も、劉玄斎と不穏な会話をしていた男と同一人物。

 

立ち振る舞いからして怪しさの塊。仕草一つとっても悪意の塊。

 

それだけで、突然現れた『この男』が決して良い人物では無い事は明らなことではあるものの…

 

しかし、他の人間が居ないこの場においては、倒れているルキを見下ろしている『この男』を止めるような者など居はしないのか。

 

 

 

「いやはや、【白鯨】の奴が中継用ドローンをつけるなんて余計な事をしたせいで、動き難くて仕方なかったですからねぇ、えぇ。」

 

 

 

そんな、『捻じれた』という表現があまりにぴったりな『この男』が、なぜ釈迦堂 ユイとこうも親しげに…いや、親しげとは言い難いだろうが、それでもどうしてこの捻じれた男が学生達しかいないこの島に現れたのだろう。

 

そのまま、捻じれた男は絵に描いたような作り笑いと、笑っていない瞳の奥から滲む濁った光を漏らしつつ…

 

倒れて動かないルキを見下ろしながら、釈迦堂 ユイへと向かってその怪しげな口を開いて…

 

 

 

「しかしえげつないですねぇ。心を揺さぶり、浮き沈みを激しくした瞬間に意表を突いて意識を奪うなんて、えぇ。ですが、こうも簡単に何とかしてくださって助かりますたよ。流石は『せ…」

「…では後は任せましたよ。私はこの後、別の仕事がありますから。」

「畏まりました。お手間を取らせて申し訳ありません、えぇ。」

「…努々忘れる事なかれ…自分が一体何なのか…」

「えぇ、えぇ。充分に分かっておりますとも。我らはただの駒。あくまで【無垢】の為…ただそれだけの為に、私はこうして動いているのですから、えぇ。」

「…わかっているならいいのです。では…」

 

 

 

誰にも分からぬ彼等の会話。

 

誰にも知りえぬ捻じれた思惑。

 

この捻じれた男が何を考え、そして釈迦堂 ユイが何モノなのかなど、見ている者がこの場に誰も居ない以上は、この周囲を包んでいる土煙の様に虚ろな靄の中。

 

 

そのまま…

 

 

 

「…努々忘れる事なかれ…自分が一体何なのか…」

 

 

 

たった、一言。

 

釈迦堂 ユイは、先ほど捻じれた男に投げかけた『ある一言』を再び呟いたかと思うと…

 

 

一陣の風が吹いた、その刹那。

 

 

文字通り…その場から、一瞬で消え失せていた。

 

 

 

―そして…

 

 

 

「さてさて、必要な素材は揃いました。後は【赤き竜神】を少女の身の内から解放し、私が捕らえなおすだけですねぇ、えぇ。…まっ、この少女には申し訳ないですが…私たち…いえ、私の計画の為、尊い犠牲となってもらいましょう。…さっ、この少女を運んでください、劉玄斎殿?」

「…あぁ。」

 

 

 

…土煙が晴れ、捻じれた男が徐に背後へと声を投げかけたその時。

 

森と山との境目、後ろの森の木の陰から現れたのは、決闘学園デュエリア校学長、かつては『逆鱗』と呼ばれた元プロデュエリスト…

 

 

―劉玄斎、その人。

 

 

…それだけではない。

 

劉玄斎の後ろには、あまりに『小柄』な一人の少女の姿もあって…

 

 

 

「どうせ抵抗する者も来る事でしょうし、護衛は任せましたよ二人とも。その為に手伝ってもらっているのですから、えぇ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「行け、バルバロス!ダイレクトアタックだ!」

 

 

 

―!

 

 

 

小川がさらさらと流れる渓流の近く。

 

そこに、まさにデュエルの勝敗を決める一撃が轟いた。

 

…それは紛れも無い。たった今、遊良がこの一撃によって決着を着けたという、無機質な機械音と同時に轟いた獣の王の咆哮であり…

 

吹き飛ばされたウエスト校の3年生がそのまま、リアル・ダメージルールによって生じた衝撃によって気を失って倒れこんでしまっていて。

 

 

 

「…よし、これで31戦31勝…鷹矢の奴は…」

 

 

 

そんな中、たった今一戦を終えたばかりだと言うのにもかかわらず…

 

徐にデュエルディスクの画面を、デュエルモードから誰でも見られる【決島】の途中経過画面に切り替えると、乱れた呼吸を整える事も後回しにして、その暫定の勝率ランキングの上位を見始める遊良。

 

 

…探しているのは、あまりに見慣れた相棒の名であり、絶対に負けたくないライバルの名前。

 

 

開会式であれだけの大口を叩いたにもかかわらず、先ほど途中経過を確認した時に…いや、【決島】が始まってから先ほどまで、ずっと勝率1位で対戦数も1番多い鷹矢。

 

そんな鷹矢を狙う者は、決闘市側にもデュエリア側にも数多く存在しているものの、遊良と同じくここまで『全勝』を貫いている鷹矢の結果が、【決島】にいる誰よりも気になるのは、鷹矢に意地でも張り合ってやると決めた遊良だからこそなのだろう。

 

そのまま勢い良くデュエルディスクの画面をスクロールし、目当ての名前を探して眼を滑らせ…

 

 

 

「くそっ、アイツまだ勝率1位キープしてるのか…それに37戦全勝…」

 

 

 

鷹矢の結果が、先程と比べても全く不動のモノとなっている事を確認し、遊良も思わず苦言を漏らしてまって。

 

…開会式であれだけ大口を叩いただけあって、その勢いは【決島】が始まってから留まる事を知らない鷹矢の進撃は、遊良からすれば『まだ負けていない』ことへの安堵と同時に、自分よりも戦績を伸ばしている事に対して煽られているような気分になってしまうのか。

 

…何せ、意地でも張り合ってやる事を決めた遊良にとっては、鷹矢が好調なのは嬉しくありつつも焦りを生み出すモノ。

 

【決島】で相対した時には、もちろんその場で戦う事はするつもりもあるのだが…

 

何故かは分からないが、この200人の混戦の中では鷹矢と戦う事は無いだろうと感じている遊良からすれば、お互いに上位4人だけが進める『決勝』でしか戦えぬであろう鷹矢との戦いに向けて、少しも鷹矢に離されるわけには行かないと感じている様子もあって。

 

 

そうして…

 

 

 

「…よし。早く次の相手を見つけよう。これ以上、鷹矢の奴に引き離されてたまるか。」

 

 

 

戦いに飢え始めた遊良が、疲れを押して次なる相手を探しにこの渓流から歩き出そうとした…

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

 

 

不意に…『何か』を感じたのか、思わずその場に立ち止まってしまった遊良。

 

それは、制服の内ポケットに入れていた、『もう一つのデュエルディスク』から生じた震えを感じた所為であり…

 

選手のデュエルディスクは常時デュエルモードになっているため、【決島】の間は電話など出来るはずも無く。だからこそこれは、『もしもの時』の為に用意された…そう、遊良や鷹矢などにだけ渡されていた、『緊急連絡用』の小型デュエルディスク。

 

…別にルール違反ではない。

 

そもそもルールにデュエルディスクを持ちこめるのは一台だけとは明記されてはいない為、もしもの時の為、緊急時の為に砺波が用意し、遊良と鷹矢とルキに渡していた小型のソレにかかってきた電話に遊良が出たとしても、その行為は咎められることはせず。

 

…まぁ、祭典の最中に電話をかける余裕など普通であれば学生達にはありはしないのだから、ルールに明記する必要すらもないのだが…

 

 

―それでも、電話のバイブレーションに連動し、無性に嫌な予感が遊良を襲う。

 

 

…この端末に電話をかけてくる人物など、『たった一人』しかいない。

 

『もしもの時』…本当に万が一の時にのみ…それこそ、【決島】の途中に割り込んででも緊急の用があると言う知らせの震え。

 

しかし…緊急時の連絡用に渡されていたもう一つの端末に電話がかかってくると言う事は、ソレすなわち『緊急』の何かが起こったと言う事でもあり…

 

だからこそ、言葉にならない嫌な予感が、遊良の心に渦巻き始め…

 

 

 

 

 

 

「は、はい、天城です!」

『…私です。恐れていた事態が起こりました。』

「え!?…と、砺波先生、それってもしかして…」

『説明は後です。位置データを送るので、すぐに現場に向かってください。』

 

 

 

 

 

それだけ言われて、すぐに切れた砺波からの電話。

 

…そう、緊急で電話をかけてきたのは、イースト校理事長、砺波 浜臣。

 

…嫌な予感が当たってしまった。…いや、そもそもこの緊急時用の小型デュエルディスクに電話がかかってきた時点で、嫌な予感は的中していたのだ。

 

…今こうして、『緊急』で砺波が電話をかけてきたのは、『そう』言う事なのだろう。

 

あまりに短い電話ではあったものの、砺波の焦った様子の口調から、遊良には一体『何』が起こったのかが容易に想像できてしまって。

 

 

 

「ッ!…ルキ!」

 

 

 

思わず口から飛び出てきたのは、『何か』があったであろう大切な幼馴染の名。

 

先程の、勝負に飢え始めた雰囲気から打って変わって…砺波の焦りが乗り移ったかのように、暑さとは別の冷や汗が頬を伝い始め…

 

…幸いにも、砺波に指定された場所は遊良が今居る渓流を更に奥に進んだ、島の中心に聳える休火山と森の境目の場所。

 

近くにデュエリストの気配は無く、このまますぐに森の中へと向かって駆け出せば障害も無く到着できるはず。

 

だからこそ、遊良は砺波に指定された、向かえと支持されたその位置データを頭に入れて、すぐさま渓流から駆け出そうして振り向いた…

 

 

 

 

 

―その時…

 

 

 

 

 

「…ま、待ちなさい…天城…」

「…え?」

 

 

 

小川の流れる静かな音を遮って、突如聞こえたか細い一人の女性の声。

 

思わず遊良もその声に呼び止められ、今にも駆け出そうとしていた足を無理矢理止めた勢いで足を滑らせそうになってしまい…

 

聞こえたのは、随分とか細い、今にも消え入りそうな弱った声。

 

…この時間の無いときに、一体誰が声をかけてきたというのだ。しかし、確かに自分へと向けられた、はっきりと聞こえてしまった声の方へと遊良が振り向いた…

 

 

 

そこには…

 

 

 

「お、お前は…」

「み、見つけたわよ…やっと…やっと捕まえた…」

 

 

 

遊良に確かな執着を持っているであろう一人の女生徒の姿が。

 

 

―紫魔 アカリ

 

 

相当のダメージを受けているのか。フラフラした足取りをしていると言うのに、それでも遊良を睨みつつ、強い憎悪の念を持ってゆっくりと迫る彼女。

 

…しかし、いくら彼女が遊良に執着を持っていようとも、今ここで彼女と戦っている時間など遊良にはない。

 

…時間が無い。

 

砺波があれだけ焦って電話をかけてきたと言う事は、本当に緊急の事態がルキの身に起こったと言う事。

 

だからこそ、一応【決島】のルールでは出会ったデュエリストが必ず戦わなければならない決まりは無いために、遊良も今は戦っている時間など無いのだとして紫魔 アカリへと向かい…

 

 

 

「も、もう逃がさないわ…やっと見つけた…こ、今度こそ、アンタを倒して…姉様の事…」

「紫魔 アカリ…悪い、今お前と戦ってる暇は…」

「黙れ!…に、逃げるなんて許さないから…ア、アタシと、戦え…」

 

 

 

しかし…

 

絶対に遊良を逃がさないという殺気を駄々漏れにした彼女の視線は、その眼光だけで人の肉体を穿ちそうなほどに鋭いモノ。

 

 

…逃げられない。

 

 

執念に塗れた鬼の形相。マグマの如き殺気を糧に。

 

後先を考えておらぬ、今にも断ち切れそうな意識を無理矢理に繋げ…アカリはただただ遊良へと向かって、憤怒という名のデュエルディスクを構えるのみ。

 

 

 

「逃がすものですか…絶対に…」

「くそっ…こ、こんな時に…」

 

 

 

…逃げられない、逃げ出せない、逃がしてくれない。

 

 

一秒でも早く向かわねばならない、切羽詰ったこんな時に…

 

 

 

―遊良の前に、分厚い地の壁が立ち塞がった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 


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