遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep73「運命を切り裂く者」

『さぁ、生き残りを賭けて戦いぬけ!【決島】…スタァァァァァアトォォォォォォォォオ!』

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

今一斉に鳴り響いた、学生達による開戦の狼煙。

 

【決島】と言う、決闘市とデュエリアによる世界最大級の学生達の祭典が、ついにその叫びを上げたのだ。

 

 

 

「俺のターン!」

 

 

 

そんな【決島】の一角。

 

島の中心に程近い、木々が生い茂る森の中のとある場所で、遊良のデュエルもまたここにスタートして。

 

…相手は、決闘学園デュエリア校3年のダニー・Kと言う男子生徒。

 

じめじめと纏わり付くように湿った声と、全身を嘗め回して来るようなその視線で…遊良の前に対峙して、今開戦の時を迎えたのだ。

 

 

 

 

 

―先攻は、遊良。

 

 

 

 

 

「魔法カード、【成金ゴブリン】を発動!相手にLPを1000与え、俺はデッキから1枚ドロー!続けて【闇の誘惑】を発動し、2枚ドローして闇属性の【クラッキング・ドラゴン】を除外!魔法発動、【テラ・フォーミング】!デッキから【チキンレース】を手札に加え、そのまま【チキンレース】を発動してその効果発動!LPを1000払い、更にデッキから1枚ドロー!…よし、【手札抹殺】を発動だ!4枚捨てて4枚ドロー!」

 

 

 

デュエルが始まって早々に、ドローの乱舞を弾けさせる遊良。

 

その勢いはまさに嵐。恐るべき勢いでデッキからカードを引き、目まぐるしく手札のカードが入れ替えられていく。

 

…そう、迷いが生じていようとも、やるべき事は変わらない。

 

明日の決勝へと進む為の上位4名に入るには、負けないように勝ち続けることが第一条件。

 

先の長い【決島】では、これから一体どれだけデュエルを繰り返すか分からないとは言え…

 

そのどれにも勝つつもりでいなければならない事には変わりは無くのだから、まずはこの相手に勝たなければならないのだ。

 

だからこそ、遊良は最初から全力でデッキを回転させ…

 

 

 

「ヌフッ…そんなに気負ってて大丈夫?これから先長いんだよ?僕は5枚捨てて5枚ドロー。」

 

 

 

そんな遊良の気負いを、湿った笑いで返してくるダニー・Kの視線は遊良からすればどこまでも煩わしく。

 

…デュエルが始まる前から、どこか遊良の事を舐めているかのような節のあるこのダニー・K。

 

いくら遊良が『Ex適正』を持たないとは言え、【決闘祭】の優勝者という前情報はデュエリア校にだって伝わっているはず。

 

そうだと言うのに、これ程までに余裕を見せている相手の立ち振る舞いは、あまりにも不自然なモノであると言うのに。

 

 

 

「…【トレード・イン】発動!レベル8の【闇の侯爵ベリアル】を捨てて2枚ドロー!…俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 

 

だからこそ、煩わしさすら感じるダニー・Kの物言いと、不快感を覚えそうな湿った笑いを耳に入れても、遊良には苛立ちよりも先に警戒心が浮かび上がってきていて。

 

…この戦いには自分だけではなく、決闘市の理事長たち3人の進退が自分の背にかかっているからこそ。

 

いくら開戦の前に『色々』な感情が圧し掛かってきたとは言え、初戦からつまずくわけにはいかないのだと言わんばかりに。

 

これまで培ってきたモノを頼りに、遊良は次のターンに繋げる準備を終え…今、身構えるかのようにしてそのターンを終えた。

 

 

 

遊良 LP:4000→3000

手札:5→2枚

場:無し

伏せ:2枚

フィールド魔法:【チキンレース】

 

 

 

「僕のターン、ドロー。ヌフッ、あれれー?そういえば【決闘祭】の時とはデッキが違うみたいだけどー?」

「…」

「しまったなぁー、てっきり【堕天使】が出てくると思って対策してたから、目論見が外れちゃったなぁー。」

 

 

 

しかし…遊良のあからさまな警戒心を、察知しているのかしていないのか。

 

挑発的な視線で遊良を見つめるダニー・Kの言葉からは、相も変わらず湿った笑いと、神経を逆撫でするようなその声でどこまでも遊良を煽るように…

 

 

 

「まぁいいけどね!僕は【魔導戦士 ブレイカー】を召喚!召喚成功時、ブレイカーに魔力カウンターを一つ置くよ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【魔導戦士 ブレイカー】レベル4

ATK/1600→1900 DEF/1000

 

 

 

「さて、このままじゃダメージを与えられないからぁ…僕は【チキンレース】の効果を使うよ!LPを1000払って1枚ドロー!そしてブレイカーのモンスター効果!自身に乗っている魔力カウンターを一つ使って、【チキンレース】を破壊する!」

 

 

 

―!

 

 

 

遊良のフィールド魔法の効果を抜け目無く利用した後、召喚した深紅の鎧に身を包んだ魔法騎士の効果で、いとも簡単にソレを葬り去ったダニー・K。

 

如何なる戦場でもその真価を発揮できるその力を持って…更に増えたその手札から、更に動き始めようとしているのか。

 

 

 

ダニー・K LP:5000→4000

 

 

 

「ヌフフッ、いいカード引かせて貰っちゃった!魔法カード、【死者蘇生】発動!さっき【手札抹殺】で墓地に捨てた、【怪鳥グライフ】を特殊召喚!」

 

 

 

【怪鳥グライフ】レベル4

ATK/1500 DEF/1500

 

 

 

そうして…

 

続けて彼が召喚したのは、深紅の羽毛を持った巨大なる怪鳥。

 

怪しげな鳴き声を掻き鳴らしながら、場にモンスターが居ない遊良を嘲笑うかのように低く羽ばたく。

 

 

 

「【怪鳥グライフ】…」

「効果くらい知ってるよねぇ!特殊召喚成功時にグライフの効果発動!…そうだなぁ、右側の伏せカードを破壊しようかな!」

「だったら破壊される前に罠カード、【戦線復帰】を発動!墓地から【闇の侯爵ベリアル】を、守備表示で特殊召喚する!」

 

 

 

―!

 

 

 

【闇の侯爵ベリアル】レベル8

ATK/2800 DEF/2400

 

 

 

しかし…相手に馬鹿にされたような立ち振る舞いをされてはいても、遊良の一手は淀まない。

 

怪鳥の起こした竜巻よりも早く、遊良は伏せてあった罠を発動して悪魔の侯爵を呼び戻し…

 

深紅の魔法騎士と、深紅の怪鳥の怪しげな雰囲気を前にしても、悪魔の侯爵は少しも気圧される事もなく、その大剣で主を守護する。

 

 

 

「おっとっと、てっきり【闇次元の解放】なんかで【クラッキング・ドラゴン】でも出してくると思ったのになぁ…残念残念。まっ、あのまま2体のダイレクトアタックを受けてくれるわけもないよね。…じゃあ僕は、レベル4のモンスター2体で…オーバーレイ!」

 

 

 

それでも、悪魔の侯爵に少しも臆さず。

 

遊良の場に現れたモンスターを見て、即座にダニー・Kは次の手を打ちにかからんと高らかに宣言を行うのみ。

 

それは、この序盤から遊良を仕留めにかかる為に、切り札を出そうとしているのだろう。また遊良も、その次なる一手を繰り出さんとしてくるダニー・Kに対し身構え…

 

 

 

 

 

 

しかし、ダニー・Kの宣言に反し…

 

彼の場には、何も起こらず。

 

 

 

「…え?」

 

 

 

そう、エクシーズ召喚のエフェクトである、足元に広がる銀河も。

 

そしてそこに吸い込まれるはずの、レベルの揃った2体のモンスター達も。

 

その姿を保ったままで、彼の場には何も起こる気配が生じないのだ。

 

 

 

「…ヌフッ、『エクシーズ召喚!』って言いたいところだけど、残念ながら僕の『Ex適正』はエクシーズじゃなくてシンクロなんだよねー。あ、シンクロ召喚ってわかる?チューナーって言う…」

「…馬鹿にしてるのか?」

「いやいやー、『Ex適正』が無いっていうからさぁ、もしかしたらシンクロ召喚って知らないかなーって思っただけだよ?悪気は無いよ?ホントだよ?ヌフフッ。」

「…」

 

 

 

先程までの笑いよりも、さらにその声の質を挑発的なモノへと変え…その言葉の節々から、明らかに遊良の事を馬鹿にしているであろうモノを放ち続けるダニー・K。

 

この世界に生きるデュエリストとして、そして【決島】の出場選手に選ばれた者として、遊良が『シンクロ召喚』を知らないなんて事は『ありえない』事だと言うのに…

 

…そして、そんな事はダニー・Kだって承知している以前の問題であるにも関わらず。

 

わざとこうした物言いをぶつけてくるという、どこまでもふざけたその言動。それは間違いなく、遊良を小馬鹿にしていると言う事であって。

 

 

 

「さっきから一々何なんだよ。挑発するにしたってもう少し…」

「人聞きが悪いなぁ、挑発なんかしてないって。【強欲で貪欲な壷】を発動!デッキを10枚裏側で除外して2枚ドロー!…とりあえず手札にチューナーもいないし、僕はカードを3枚伏せてターンエンドかな。」

 

 

 

ダニー・K LP:5000→4000

手札:6→3枚

場:【魔導戦士 ブレイカー】、【怪鳥グライフ】

伏せ:3枚

 

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 

 

攻め気があるのか全く無いのか、どうにもはっきりしないままそのターンを終えたダニー・Kの宣言により、再びターンは遊良へと移る。

 

しかし、いつもならばこのまま、更なるドローへと手を伸ばす遊良だと言うのにも関わらず…

 

一枚増えた手札を見て、そして何かを考えるかのようにして、一旦その手を止めた遊良。

 

 

 

(ブレイカーに、グライフ…)

 

 

 

思考を巡らせ、記憶を手繰り…それは、あからさまに舐めてかかって来ている相手のペースに、乗せられぬようにするための呼吸の入れ替え。

 

そう、【怪鳥グライフ】と言うカードは、ある特殊なデッキでその真価を発揮できるカードではあるのだが…

 

それよりも遊良には、ダニー・Kが最初に召喚した【魔導戦士 ブレイカー】とグライフが並んだ姿を見て、ある意味で『特徴的』な相手のデッキのスタイルがある程度その頭の内に浮かんできているのか。

 

 

 

(多分、アイツのデッキは決まったテーマのデッキじゃない…あの2体のモンスターは…じゃあ、伏せカードは…)

 

 

 

…それは相手のデッキが、いわゆる【スタンダード】と呼ばれるデッキに近いモノだということ。

 

 

―良く言えば『究極のバランス』を持ったデッキ、悪く言えば『速攻性に欠けた』デッキ。

 

 

決まったスタイルを持たず、決まったカテゴリに属さず…

 

『寄せ集め』とも違う、ドローしたカードの一つ一つがそれぞれの役割を持ち、確実で堅実な動きで相手との差をゆっくりと広げる戦法を取る、一つの戦いのデッキの形。

 

過去、遊良は何度かこのタイプのデッキを相手にしたことがあり…引くカード全てがその場に応じた働きを見せるこのタイプのデッキは、デュエルが長引けば長引くほどジリ貧にさせられる事を知っていて。

 

そう、ダニー・Kのようなアドバンテージを重ねて徐々に差を広げてくるようなデッキは、引くカードの一枚一枚がそれぞれ単体で役割を持っている、持久戦に長けた手強いデッキなのだ。

 

 

 

「…よし、2枚目の【闇の誘惑】を発動!2枚ドローし、闇属性の【イービル・ソーン】を除外する!更に魔法カード、【アドバンスドロー】発動!【闇の侯爵ベリアル】をリリースして2枚ドロー!」

 

 

 

だからこそ、これまでの経験からこうしたデッキが相手の時に、己が取るべき行動が何なのかを遊良もすぐに思い至ったのか。

 

相手のデッキのスタイルから、伏せられているであろうカードを予測し…

 

遊良のデッキのような、一瞬の爆発力で攻めるピーキーなデッキだと、このままデュエルが長引けば長引くほど勝ち目がどんどんと薄くなってしまうからこそ。

 

ドローを加速し、勢いを増し。再び、恐るべき速度でデッキを回転させにかかって。

 

 

 

「魔法発動、【トレード・イン】!レベル8の【モザイク・マンティコア】を捨てて2枚ドロー!そして永続罠、【リビングデッドの呼び声】を発動だ!墓地から【サイコ・エース】を…」

「おっと、それにチェーンして速攻魔法、【墓穴の指名者】を発動!【サイコ・エース】を除外しちゃうよ!」

「ッ!まだだ!永続魔法、【冥界の宝札】発動!」

「それを待ってたんだよね!リバースカードオープン、速攻魔法【コズミック・サイクロン】!LPを1000払って、【冥界の宝札】を除外する!」

「これも除外!?だ、だったら!魔法カード、【死者蘇生】発ど…」

「手札の【増殖するG】のモンスター効果!このカードを捨て、相手の特殊召喚に応じて1枚ドローするからね!」

「くっ…でも、ここで止まるわけには行かないんだ!【死者蘇生】の効果で、墓地から【サクリボー】を特殊召喚!そしてその特殊召喚成功時に速攻魔法、【地獄の暴走召喚】発動!」

 

 

 

止められても、防がれても、更にその上を超えるように。

 

どこまでも行く手を阻もうとする、その包囲網を掻い潜り…

 

攻める遊良の気概はどこまでもその回転を落とす事無くデッキを回転させ続ける。

 

そう、持久戦になれば、相手が優位に立ってしまうことを察知しているからこそ。

 

速攻性に欠けた相手のデッキを、自らのデッキの爆発力で一気に葬り去ってやろうという気概とも言え…

 

諦める事無く展開を続ける遊良の勢いは、まさに何度阻まれてもソレを超える攻撃で無理矢理に押し通ればいいという、ある意味無理矢理な攻め気の爆発。

 

それは、自分の事を完全に舐めきっているであろう輩に、力ずくでも思い知らせてやるために。

 

 

 

「俺はデッキから、更に2体の【サクリボー】を特殊召喚する!来い、サクリボー達!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

【サクリボー】レベル1

ATK/ 300 DEF/ 200

 

 

 

小さき毛玉の悪魔を従え、更にその勢いを増していく遊良。

 

その昂ぶりは、まるでこんな初戦から躓いているわけにはいかないのだと言う、一種の焦りにも似たモノであったとは言え…

 

 

―あれだけ妨害されたにも関わらず、遊良の場には『3体』のモンスター。

 

 

…これで、準備は整った。

 

 

舐めてかかっているのなら、その油断を抱えさせたまま降してやる。後はいくら【地獄の暴走召喚】の効果で相手が壁モンスターを並べてこようとも、いくら伏せているであろう攻撃反応系の罠で備えていようとも。

 

 

―油断しきっている相手の全てを、完膚なきまでに粉砕してやるだけなのだと、そう言わんばかりに…

 

 

 

「最初の【死者蘇生】での特殊召喚成時に1枚ドロー、そして【地獄の暴走召喚】の効果で、僕は【怪鳥グライフ】2体をデッキから守備表示で特殊召喚!同時召喚の為、更に1枚ドロー!…勿体無いし、グライフ1体の効果で【リビングデッドの呼び声】は破壊しておこ…」

「よし!俺は3体の【サクリボー】をリリース!」

 

 

 

そうして…

 

深紅の怪鳥の羽ばたきが、まだ遊良の場の残った永続罠に『到達していない』と言うのにも関わらず。

 

あまりに逸った遊良が、早々に次なる宣言を行おうとした…

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

「おっとっと、まだダメだよ!僕はここでグライフの効果にチェーンし、手札を1枚除外して罠カード、【終焉の指名者】発動!」

 

 

 

―!

 

 

 

逸る遊良を止めるかの如く、遊良のリリースの前に一枚の罠を発動したダニー・K。

 

手札一枚を除外して発動されるソレは、【スタンダード】タイプのデッキで無くともあまり使用する者の居ない、ある意味珍しいカードの一枚ではあるのだが…

 

 

 

「【終焉の指名者】!?効果は確か…」

「ヌフッ、【終焉の指名者】のコストで除外したカードは、このデュエル中いかなる場合においても効果を発動することが許されなくなる。僕がコストとして除外するカードは…【神獣王バルバロス】だ!」

「なっ!?」

 

 

 

そして…

 

まるで、遊良に見せ付けるように。

 

ダニー・Kが宙に放った手札の、そのある一枚が終末を思わせる黒天へと吸い込まれていく。

 

 

…それは紛れも無い、遊良も見慣れた『獣の王』のカードその物。

 

 

遊良のカードでは無い。何せ、遊良はたった今ソレを召喚しようとして、ソレを今もその手に握っているのだ。

 

故に、ダニー・Kが己の手札から除外したのは、正真正銘彼のデッキに入っていた【神獣王バルバロス】のカード。

 

あまりに見慣れたカードであるソレが、今確かに遊良の目の前で除外されていき…

 

 

 

「ヌフフフフッ!一時的な封印じゃないよ?このデュエル中、永遠にだよ!これで、もうお前はバルバロスの破壊効果を絶対に使えないんだよねぇ!」

「そんな…ど、どうしてお前がバルバロスを…」

 

 

 

驚きと共に滲み出る、遊良の悲痛かつ唖然の表情。

 

 

…別に、遊良が驚いたのは相手が【神獣王バルバロス】を『持っていた事』に関してなどではない。

 

 

そう、【神獣王バルバロス】と言うカード自体は、世界に多々あるカードの一枚。その為、遊良以外にもこの『獣の王』のカードを持っている者が居たとしても、それは何らおかしな話では無いのだ。

 

だからこそ、遊良が驚愕を隠せなかったのは相手がバルバロスを『持っていた』事に関してではなく、相手がバルバロスを『デッキに入れていた』事に対してであり…

 

『Exデッキ至上主義』であるこの時代においては、アドバンス召喚でその真価を発揮する【神獣王バルバロス】と言ったカードを、扱おうとするデュエリストなど居ないも同然であるからこそ。

 

この相手が『あえて』バルバロスをデッキに『入れていた事』と、そしてソレをあまりにピンポイントに『狙い打ちしてきた事』が、遊良の心にこれ以上無い程の衝撃を与えていて。

 

 

 

「あれれー?『何でアイツがわざわざバルバロスをデッキに入れてたんだ?』って顔してるねー?…ヌフッ、そんなの決まってるじゃないか!【神獣王バルバロス】…このカードが、お前の『唯一』の切り札だからだ!」

「…え?」

「いやぁ、こうも綺麗に罠に引っかかってくれると気持ちいいねぇ!手間隙かけて調べて準備した甲斐があったってモノだよ!バルバロスさえ封じれば、後の君のデッキにある他の上級モンスターは攻撃力が高いだけで、特に警戒する必要も無い奴らばかりだし。」

「…お前…俺を舐めてたんじゃないのか?何で俺のデッキがバルバロス主体だって事を…だって、デュエルが始まった時は【堕天使】じゃないのかって…」

「はぁ?………天城 遊良、まさかとは思うけど…『Ex適正』が無いからって、僕が本気でお前の事を舐めきってるって思ってたの?」

「それは…」

「いやいやいやいやいやいやいや!ちょっと考えればわかるでしょ?仮にも【決闘祭】の優勝者を、対策こそすれ舐めてかかるわけないじゃん!そんな馬鹿が【決島】に出てくるとでも!?」

 

 

 

先程までの、遊良の事を完全に舐めきっていたあの態度から一転…

 

遊良を研究し尽くしたかのような言葉と共に、その纏う雰囲気を、どこか浮ついたモノから一種の『怖さ』を持ったモノへと変え始めたダニー・K。

 

それは、先程の雰囲気とは全くの正反対の代物であり…

 

 

 

「で、でも、だったら何で俺のデッキが【堕天使】じゃないって事まで知って…」

「ヌフッ、そこは企業秘密かなー?でもまぁ、僕にかかれば、お前のデッキが【決闘祭】の時の【堕天使】じゃなくて、【神獣王バルバロス】のワンマンなデッキだって事も既に調査済み!さーて、【闇の侯爵ベリアル】はさっき見たし、この後に君が出せる上級モンスターには何が残ってるのかな?【クラッキング・ドラゴン】?【モザイク・マンティコア】?…あ、通常モンスターの【鉄鋼装甲虫】なんてのも使ってたっけ。…それに最近のデュエルじゃ使ってないみたいだけど、去年は確か【ギルフォード・ザ・ライトニング】に、【銀河眼の光子竜】なんかも使ってたよねぇ…でも知ってるよ!ソレ、今は持って無いんでしょ?」

「昔のデッキの事まで…そ、そこまで調べて…」

 

 

 

遊良のデッキの状況を、全て見透かしているような言動で。矢継ぎ早に早口で、ダニー・Kは堂々とそう言い放つ。

 

…湿った笑いと共に繰り出される、怖さすら覚えるあまりに的を射た分析と解析。

 

それは、TVの前の世界中の観客達の全員が、遊良のデッキが【堕天使】では無い事に対して今もなお驚きを感じていると言うのに…

 

 

今さっき初めて顔を合わせたはずのこの男から、寸分の狂いも無い的確な分析が放たれてきているのだ。

 

…それが、遊良には到底信じられない。

 

遊良のデッキが【堕天使】では無いと言うことを知っているのは、決闘市でも限られた人物だけ。

 

それは、遊良が【堕天使】を無くした原因が決闘市で多発していた、今では何故か鳴りを潜めている『失踪事件』に何か関係がある可能性があったからこその情報の秘匿であり…

 

日常を生きる者達からすれば、カードが突然消えたという事象など経験したことも無いはず。

 

そんな、【決闘祭】の優勝に大きく貢献した、天城 遊良の代名詞とも言える【堕天使】のデッキ…

 

その輝かしい功績を持つデッキを、まさか【決闘祭】の優勝者がこの【決島】で使ってこないだなんて、どうしてこの男が予想出来たと言うのだろうか。

 

しかし、あっけにとられている遊良へと向かって…

 

ダニー・Kは、まるで『してやったり』と言わんばかりに。湿った笑いを零しながら、更に続けて言葉を発した。

 

 

 

「ヌフフフフッ、知ってるよ?もう他に使えそうな大型モンスターなんて持ってないんだよねぇ?思い通りにデュエルを進めてたのはどっちだろうねぇ!」

「でも、だったら何でお前は俺の対策『だけ』をしてきてるんだよ!【決島】でデュエルするのは俺だけじゃないってのに!」

 

 

 

また、相手がここまで自分のことを警戒してきていることにも驚きの事実ではあるのだが…

 

それ以上に、ダニー・Kの突然の雰囲気の変貌とその言葉に、どこか引っかかりを覚えてしまっている様子を見せる遊良。

 

 

…それは、遊良が今放った言葉の通り。

 

 

参加者が『200人』も居る、このあまりに大規模で行われている【決島】においては、相手は遊良だけではなく他に198人も居ると言うのにも関わらず…

 

これから先のデュエルにも支障が生じるであろう、まるで遊良一人にだけ照準を合わせてきているかのような彼のデッキ構築が、遊良からすればあまりに不自然であり非効率ではないかと感じたのだ。

 

しかし、あまりに『過剰』とも思える『遊良一人』への対策を見せたダニー・Kは、その頭に疑問符を浮かべ続けている遊良へと向かって…

 

 

 

「不思議かい?僕がお前だけに照準を合わせていることが…けど一つ違うね!僕が照準を合わせているのは、お前だけじゃなくて【決島】の参加者全員だ!」

「ッ!?全員!?」

「そう、僕の天才的な頭の中には、他の参加者199人全員の顔と戦術、スタイルや切り札、それに普段から使っているカードの情報が全て詰まっている!…見ろ!」

 

 

 

 

そんな遊良へと、まるで見せ付けるように。

 

ダニー・Kが勢い良く広げたその制服の、内側に備え付けられたホルスターには…

 

『調整用』と言うにはあまりに膨大なカードの束が、まるで銃を収めるように幾つも揃えられているではないか。

 

 

 

「それは…デッキ調整用のカード…なのか?」

「そう、これが僕の武器だ!僕が調べ上げた相手の情報と、準備していた『このカード達』があれば!【決島】に参加している誰が相手だろうと、瞬時にデッキを調整をして優位に立てるデッキに仕上げる事が出来るのさ!」

「…そ、そんな事、出来るはずが…」

「いいや、僕になら出来る!相手を見た瞬間に、どのカードを抜いてどのカードを入れればいいのかを完璧に準備できている僕なら…デッキを最低限の形に保ったまま、瞬時にデッキを調整する事なんて、朝ごはんを食べるより簡単な事だからねぇ!」

 

 

 

…別に、ルール違反ではない。

 

ルール上、デュエルとデュエルの合間にデッキの調整を行う事は認められているし、なんならデッキを丸ごとチェンジする事だってルール上は認められてはいる。

 

しかし、こんな大規模で行われる戦いにおいては、使い慣れていないデッキを使用すること程危ない事はなく…

 

また、さも簡単そうにそう言うダニー・Kの言葉とは裏腹に、誰と戦うのかが直前までわからないこの【決島】においては、相手を見た瞬間にデッキを『調整』すると一口に言っても、それは限りなく不可能に近い事だろう。

 

何せ、相手を見た瞬間と言っても、その相手はいつまでも待ってはくれず…相手に合わせたデッキなど、ゆっくりと仕上げる暇など存在しないはずなのだ。

 

いくらダニー・Kのデッキが決まったカテゴリに属さない、幅広い構築が可能な【スタンダード】タイプのデッキであったとしても。

 

相手を対策したデッキと言うのは、長い時間と実戦を経て、そうしてようやく戦えるレベルのバランスとして完成するモノなのだから…

 

即座に組み立てたようなデッキでは相手のデッキへの『対策』と自分のデッキの『中核』がバランスを崩してしまい、まともに回す事すら出来なくなってしまうはずだと言うのに。

 

 

 

「だからデュエルが始まる前に、対お前用にデッキを調整しただけの話さ!…まっ、けど安心していいよ。こんな芸当が出来るのも、デュエリアじゃ僕だけだからねぇ!」

 

 

 

にわかには信じられないようなソレを、自信満々に出来ると言い放った彼の言葉はまさしく本物。

 

200名もの学生が参加している【決島】の、その全ての相手に対応できる『調整』が『瞬時』に出来ると…彼は今、はっきりとそう言い張っている。

 

 

…そう、猛者がひしめくデュエリア校で、上位に立つという事は生易しい道ではない。

 

 

―100/200000…200000を超える生徒の中の、選ばれた上位『100』人。

 

 

そんな戦乱と蹴落とし合いが日常のデュエリア校で、『上』へと昇りつめる為には他の生徒達に負けない、『自分だけの武器』を手に入れることが必須条件であり最低条件。

 

一芸に秀で、個性を突き詰め…他者には到底真似できない、自分だけにしか出来ないデュエルを磨き上げた者達だけしか、デュエリア校では『上』へと昇っては行けず。

 

 

―そう、20万人超の中から、【決島】に出場できるたった『100人』に選ばれるという事は『そういう事』なのだ。

 

 

そして、それはプロの世界においても同じ事。決闘学園デュエリア校が、プロの環境に最も近いと言われているその由縁…猛者達が互いに喰らい合う、プロの世界にも似た競い合いを学生の頃から行っているからこそ。

 

デュエリア校の上位者達は、その『デュエルランキング』に応じてそれぞれ学生の頃からその『異名』と共に称えられ…学生の頃に培った力を持って、プロの道へと身を投じているのだ。

 

 

―故に…

 

 

今遊良と対戦しているこのダニー・Kも、デュエリア校においてはこう呼ばれている。

 

 

 

「僕は僕だけの武器を磨いた!情報網を広げ、相手を徹底的に調べ上げ、分析し、そして誰が相手でも瞬時にデッキを調整出来る力を手に入れて!ソレがこの僕、決闘学園デュエリア校、デュエルランキング43位!『アナライザー』のダニー・Kだ!」

「ア、『アナライザー』…」

「ヌフッ、『Ex適正』が無いお前を、小馬鹿にしているだけの雑魚だと思った?残念だったねぇ!デュエリアの『アナライザー』と呼ばれるこの僕にかかれば、お前のデュエルがバルバロスに頼り切っていたってことも既に見切っている!バルバロスの効果を完全に封じられ、後は馬鹿みたいに殴る事しか出来ない今!もうお前に勝ち目はないよ!」

「くっ…」

「まっ、僕の知らない『Exデッキ』のモンスターでも使えばまだ分からないけど…あ!でも無理か!だって『Ex適正』無いんだもんねぇヌフフフフッ!」

 

 

 

…舐められていると思っていた。油断されていると思っていた。

 

挑発的に、簡単そうにそう言ってくるダニー・Kではあるものの…彼がここまで到達するまでには相当のモノを費やしてきたに違いない。

 

…何せ、相手を徹底的に調べ上げ、それに見合った対策とそれを実行できる実力を手に入れるというのは生半可な覚悟では出来るはずがないのだ。

 

彼の纏う雰囲気から発せられる、『本物』の猛者のオーラがその証拠。それこそ20万人を超えるデュエリアの学生の中でも、ここまで上位に上り詰めるために彼も血反吐を吐く思いもしてきたのだろう。

 

 

―ここまで遊良のデッキを解析でき、最低限でも最大限の対策を講じる事の出来る彼の実力はまさに本物。

 

 

…見誤っていたのは、遊良自身。

 

煽っているかのような挑発的な言葉も、小馬鹿にしているかのようなこの態度も…全ては、仕掛けた罠を遊良に悟らせないようにするための虚言と虚構。

 

戦いは、デュエルの外でも起こっていたのだ。巧妙に隠された相手の雰囲気に惑わされ、相手の張った罠への『嗅覚』を遊良が鈍らせていたのがその証拠。

 

まさか舐められていると思い込んでいたが故に、【決島】に出場している猛者の実力を、遊良自身が見誤っていただなんて。

 

 

 

 

「…スタンダードじゃなくて、ロックデッキ…ってことか…」

「んんん?いやいや、僕のはロックデッキじゃない。単なるロックデッキじゃ、僕のしたいデュエルじゃないからねぇ…僕がしたいのは、相手の『最高』の動きを『最低限』の罠で封じて、悪あがきを一つ一つ潰して仕留めていくデュエルだからね。」

「…アンタ、性格悪いな…」

「ヌフッ、僕には最高の褒め言葉だよ!ほらほら、どうするの?ターンエンドしちゃうの?」

「くそっ…俺はサクリボー3体をリリースし、【神獣王バルバロス】をアドバンス召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/3000 DEF/1200

 

 

 

効果の発動を禁じられ、大気を奮わせる事も出来ずに呼び出された獣の王。

 

一応、召喚の為の3体のリリースは出来る為に…毛玉の悪魔3体を生贄に、どうにか場に現れる事は出来るものの、その咆哮に力は無く。

 

 

 

「…バルバロスの効果は発動出来ないけど、リリースされた【サクリボー】3体の効果で3枚ドロー!」

「いいねいいねぇ…ヌフフッ、その元気はどこまで続くかなぁ?」

「…破壊効果が使えなくても、伏せカードが無い今ならダメージは通る!バトルだ!【神獣王バルバロス】で、【怪鳥グライフ】に攻撃!」

 

 

 

それでも…どこか失態を取り返すかのように、遊良はその叫びと共に獣の王に攻撃を命じて。

 

バルバロスの全体破壊が封じられ、これから先ジリジリと追い詰められていく事を危うんだのか。

 

それは、どこか焦りにも似た叫びで…

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

 

 

「無駄だよ!攻撃宣言時に手札から、【工作列車シグナル・レッド】の効果発動!シグナル・レッドを守備表示で特殊召喚し、攻撃対象をこのカードに移し変える!」

 

 

 

―!

 

 

 

【工作列車シグナル・レッド】レベル3

ATK/1000 DEF/1300

 

 

 

遊良の攻撃を阻むが如く。

 

ダニー・Kの場に、突如出現した朱色の列車によって…獣の王の槍が止められ、少しのダメージすら生じさせる事も出来ずにその攻撃が弾かれてしまって。

 

そのまま、遊良の場へと弾かれたバルバロスが悔しげに唸りを零すものの…

 

それ以上に今の遊良の表情は、相手の術中にまんまと嵌ってしまっていた事と、『本物』の力を持っていたこの相手の事を見誤っていた自分を恥じている様。

 

 

 

「ほらほら、だから言ったでしょ?馬鹿みたいに殴る事しか出来ないお前に、もう勝ち目は無いって。」

「くそっ、…魔法カード、【アドバンスドロー】を発動。バルバロスをリリースして2枚ドロー…カードを2枚伏せて、ターンエンドだ。」

 

 

 

遊良 LP:3000

手札:3→2枚

場:無し

伏せ:2枚

 

 

 

「僕のターン、ドロー!このメインフェイズ1の開始時に、僕は魔法カード、【強欲で金満な壷】を発動!Exデッキから6枚をランダムに裏側除外して、2枚ドローしちゃうよ!」

 

 

 

しかし、そんな遊良を意に介さず。

 

術中に嵌った遊良を、あとは嬲り殺しにするだけだと言わんばかりに連続してカードを引くダニー・K。

 

Exデッキのシンクロモンスターが、コンボ用や展開用やキーカードではなく、どれを出しても一定の働きを持つモンスターで固められているからこそ、ランダムに除外されるこのカードを使うことにも、何も恐れることもなく。

 

 

 

「ヌフフフフッ、その伏せカードは何かなぁ?【量子猫】?【鏡像のスワンプマン】?流石に【デモンズ・チェーン】だけじゃあ僕のモンスターの連続攻撃は防げない事なんて分かってるだろうからー…蘇生系のカードを使って、【サクリボー】で耐え切ろうって考えなのかなぁ?」

「…」

「でもまぁ、【サクリボー】で延命なんてさせないんだけどね!魔法カード、【魂の解放】発動!お前の墓地から、【サクリボー】3体、【神獣王バルバロス】、【闇の侯爵 ベリアル】を除外する!」

「【魂の解放】!?」

「まだだよ!装備魔法、【月鏡の盾】を【魔導戦士 ブレイカー】に装備!更に2体の【怪鳥グライフ】を攻撃表示に変更!」

 

 

 

遊良のデッキを、完璧に解析しきっている自信から。この状況から導き出される、遊良の守りの手を全て見通しているような言動を放ちつつ…

 

3体の深紅の怪鳥と、月鏡の盾を構えた深紅の魔法騎士の、遊良の3000のLPを削りきるには充分過ぎるソレらを構え、一部の隙も無く遊良にトドメを刺しにかかる算段なのか。

 

 

 

「さぁて、これで例え【メタル・リフレクト・スライム】を出してもブレイカーは止められない…じゃあ行くよ!バトル、僕は【魔導戦士 ブレイカー】で…」

「ま、まだだ!墓地から永続罠、【光の護封霊剣】を除外して効果発動!このターンの相手の直接攻撃を封じる!」

 

 

 

―!

 

 

 

しかし…今まさに、ダニー・Kが深紅の魔法騎士に直接攻撃を命じかけたその寸前。

 

バトルフェイズのその前に、最後の守りの一手をギリギリで発動した遊良が、どうにかその身を守ることに成功して。

 

 

 

「…あぁそっか、最初の【手札抹殺】か。流石にしぶといねぇ。…まぁいいや、僕はカードを2枚伏せてターンエンド。」

 

 

 

ダニー・K LP:3000

手札:3→0枚

場:【怪鳥グライフ】

【怪鳥グライフ】

【怪鳥グライフ】

【魔導戦士 ブレイカー】

【工作列車シグナル・レッド】

魔法・罠:伏せ2枚、【月鏡の盾】(魔導戦士 ブレイカー装備中)

 

 

 

その、遊良の悪あがきにも似たソレを見て、溜息を吐きながらもダニー・Kはそのターンを終える。

 

そんな決着のチャンスを止められたのにも関わらず、少しも焦った様子を見せない彼の胸の内には…一体何が思い浮かんでいるのだろうか。

 

 

 

(…ヌフッ、後は攻撃力が高いだけの大型で殴ってくる事しか出来ないんでしょ?【サイコ・エース】だって【墓穴の指名者】がある…後は悪あがきで攻撃してきたら、このミラーフォースで終わりさ。)

 

 

 

それは、持久戦に長けている己への自負と…

 

遊良のデッキを完全に、かつ想定どおりに麻痺させる事が出来た事で、にやけたい気持ちを必死に抑えているようにも見え…

 

 

 

「…俺のターン、ドロー。」

 

 

 

そんな中、少しずつ失っていく守りの手段に、心臓の鼓動が更に逸り続けているのだろうか…自分のターンを向かえ、ゆっくりとカードを引いた遊良の手には力が無い。

 

 

…相手が取ってきた行動は、バルバロスを『一時的』に封じるのではなく、このデュエルにおいて『永遠』にその効果の発動を封じてしまうというモノ。

 

―バルバロスの効果を何度止められても、何度だってソレを乗り越えて全てを粉砕できる自信があった。

 

―例えバルバロスを除外されたとしても、例えデッキに戻されたとしても、例え破壊されたとしても、何度だってソレを乗り越えて全てを粉砕できる自信があった。

 

そうだと言うのに、【堕天使】を失ってからあれだけ悩み苦しみ、そしてやっとの思いで組み上げたこの新たなデッキが…

 

まさかバルバロスの効果の発動を永遠に封じられた位で、ここまで麻痺させられるだなんて、遊良とて思ってもみなかった事なのだ。

 

 

 

「どうするのかなー?バルバロス以外に、この状況を打破出来るような上級モンスター持ってるのかなー?ヌフッ、持ってないよねぇ、持ってたら色んなデュエルでもっと使ってるはずだもんねぇ!」

「くっ…」

 

 

 

昔のデッキも、今のデッキも、そして遊良に【堕天使】が無い事も、この男には見破られている。

 

これまで自分のデュエルを見下される事はあっても、ここまで研究されて対策を講じられた経験など無い為か…

 

どこか言葉にしがたい『やりにくさ』を感じている様子もありつつ、それ以上に遊良には自分のデッキにここまで『脆い』弱点があった事に、今まで気付く事も出来ていなかった自分自身への怒りすら感じているかのようでもあり…

 

 

 

(どうする…バルバロスの全体破壊が使えないこの状況で、あいつの5体のモンスターと伏せカードを切り抜けて攻撃するには…【サイコ・エース】…ダメだ、絶対に読まれている…何か、打つ手は…)

 

 

 

迷いが渦巻き、混乱が生じて。

 

この男に勝つためには、この男が知らないモノを使うしかない。【決島】以前の遊良のデュエルを、全て調べ上げたというこのデュエリアの『アナライザー』に勝つためには。

 

…デッキの中を逆算し、何か打つ手が残っていないかを考える遊良。

 

こんな時、【堕天使】を得た時に同時に消えてしまった、『以前のデッキ』に入っていた厳選に厳選を重ねた最上級モンスターが残っていれば…少なくとも、バルバロスを止められても打つ手はまだ確かに残っていたというのに。

 

…しかし、今更になって無いモノには頼れない。

 

【堕天使】を得る前まで使っていた『以前のデッキ』の、バルバロスを除く切り札級の最上級モンスター達が消えたからこそ。遊良の『今のデッキ』は、バルバロスに最大限特化した代物へと昇華させられたのだから。

 

だからこそ、今この時に、遊良は必死に考える。

 

ここまで完璧に遊良のデッキを読んできている相手の、その逐一の行動は遊良の行動を先読みした厄介なモノであり…

 

 

バルバロス以外に、この状況を打破できるようなモンスターを、遊良が持っていない事を調べ上げてきているからこそ。

 

 

そんな奴を相手に、裏を取る事など出来るはずが…

 

 

 

(いや…あるにはあるけど…)

 

 

 

しかし、そんな状況下においても。何か、ある考えが浮かび上がった様子の遊良。

 

 

…それは、一応遊良のデッキの中には、『アナライザー』でも絶対に知らないであろうカードが、『2枚』だけ存在していると言う事を思い出したが故なのか。

 

 

…そう、これまでのデュエルで、一度も使っていない『2枚』のカード。

 

 

―昨年度の【決闘祭】の後に、釈迦堂 ランから預っていて欲しいと言われ渡された『あるカード』と…

 

―開戦直前に砺波から渡された、『その時』が来るまで預っておけと言われた、『とあるカード』が。

 

 

この状況を打破するには、『アナライザー』すら知りえぬそのカードを使うしかない。

 

また、ソレらが今は手札には無いため、ソレらを手札に加えるには再びドローを加速するしか方法が無いと言うことだって遊良は分かってはいる。

 

…そうだと言うのに、ソレをわかっていてもなお遊良は未だ『迷い』を生じているかのような雰囲気のまま、ドローを加速せずにただ立ち尽くしているだけで…

 

 

 

(俺に…引けるのか?だってランさんから預ったあのカードは、今までどうやっても引けた事が無い…それに、砺波先生から渡されたアレも、きっと今の俺じゃ…)

 

 

 

今ここで、ソレが自分に引けるだろうか。

 

ランから預ったカードは、修業の時にどれだけドローしても全く引く事が出来なかった。それはまるで、カード自体が今の遊良の実力では引かせる事を拒んでいるかのようでもあり…

 

…いや、実際にそうなのだろう。

 

今の自分の力では扱わせるに値しないと、カード自身がそう言っているのだ。そしてそれは、砺波から預ったカードの方もそう。

 

この世界において『特別な意味』を持つそのカードも、果たして今の自分に従ってくれるかどうか…

 

 

 

「ちょっとー、何時まで待たせる気?戦意喪失したんなら早くターンエンドしてよ。」

 

 

 

頭の中でグルグル回る、悲観的な思考と無謀な賭け。

 

そんなイメージが渦巻いては消えている遊良の心には、多くの戦いを強いられる【決島】の、こんな初戦からこんな無茶なデュエルをしていてはこの先の戦いに身が持たないのではないかとさえ思ってしまっている。

 

更には、張り詰めが足りず、僅かな緩みのあるこんな状況で、もし初戦から手も足も出せずに負けてしまったら、きっと負の連鎖が濁流のように襲いかかって、そのまま普段の実力の半分も出せずに惨めな成績に終わってしまう可能性だってあるのだ。

 

 

…これは、『祭典』。

 

 

世界中から見られている祭典。

 

それに、自分の結果は自分だけのモノではなく。もしもここで初戦を落とし、そのまま不甲斐ない結果に終わってしまえば…

 

砺波を始め、散々世話になった決闘市側の理事長達から受けた恩を仇で返すだけでは収まらず。

 

…彼らの顔に泥を塗り、コレまで築き上げてきた彼らの経歴その物を潰してしまうことになる。

 

 

 

(どうすればいい…まだ先は長いし、このデュエルは落として気持ちを一旦入れ替え…)

 

 

 

そして…

 

 

 

そんな弱気な考えが、遊良の脳裏に走り始めた…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

―『遊良よ…お前ももっと俺に張り合え。でなければつまらん。』

 

 

 

 

(…ッ!?)

 

 

 

こんな状況下で突然に、フラッシュバックしてきた鷹矢の言葉。

 

それは開戦の前に鷹矢に言われた、不遜かつ呆れを含ませた片割れからの期待の言葉。

 

思い出そうとして思い出したのでは無い。別の感情が募ってきていた所に、無意識が突然ソレを見せたのだ。

 

そんな絶望を感じているこの場面で、不意に思い出すのがあの馬鹿の不遜な言葉であるコトに対し、遊良も少々自分の『無意識』へと驚きを感じつつ…

 

その時の光景が今まさに頭の中に蘇り、あまりに鮮明に思い出せるその光景は、鷹矢があの言葉に含ませた『感情』を、今更になって遊良へとひしひしと伝えているようではないか。

 

 

 

 

 

(そうか…だから鷹矢の奴は…)

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

突然、突飛、突如、突発。あまりに不意に、周囲に響いた渇いた音。

 

それは、思い切り自分の頬を叩いた遊良から発せられた、あまりに力強い自分への一喝。

 

よほど力強く頬を叩いたのだろう。叩かれた遊良の頬は、遠目からでも分かるほどの赤みを帯びていて…

 

何を考えているのだろうか、突然自分の頬を思い切り叩いた遊良の行動は、目の前に対峙しているダニー・Kにも驚きを感じさせた様子。

 

 

 

「ちょっ、え、何してるの?気でも狂った?」

「…いや、ちょっとイライラしただけだ。馬鹿な事ばっかり考えている自分に…」

 

 

 

しかし、突然の遊良の行動に面を喰らったダニー・Kを他所に…

 

遊良は、今一度考える。

 

先程までの、ぐらぐらと揺れていた弱気の思考は、針を刺しているかのような頬のヒリヒリする痛みによって、一時的にどこかへと無理矢理に消し去った。

 

…だからこそ、この隙に遊良は今一度、己にとって最も優先すべき事は何なのかを、頭の中で再度思い浮かべ始めるのか。

 

 

デュエリアの学生達は皆、このダニー・Kのような『本物』の実力を持った猛者達ばかり。そして決闘市側の参加選手達も皆、本気で勝ちを狙いに来ている実力者達ばかり。

 

そんな強者ばかりの環境で、今自分がやるべき事とは何なのか。

 

『Ex適正』の無い自分の保身か、理事長達の進退の確保か…自らに課せられた、その重圧を思い出しつつ。それ以上に、『覚悟』が足りない今の自分にとって、その『覚悟』を持つ為には果たして一体何をすればいいのかを。

 

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

「…よし。」

 

 

 

 

 

一つ息を吐きつつ、何やら自分の中での結論を出せた様子の遊良。

 

頬の痛みと鷹矢の言葉のおかげか、その吐かれた一つの息からは、先程までの弱々しさに塗れた重々しいモノではなく…

 

確かにこの初戦を皮切りに、これから数え切れない程のデュエルを重ねることを考えると、初戦を落としてもまだまだ取り返せるチャンスはあるだろう。

 

…しかし、そんな程度のコトを思っているようでは、例え砺波たちのクビを繋げられたとしても、そこから『先』へは辿り着けないと言う結論に遊良は至ったのか。

 

守りに入り保身を考えているようでは絶対に辿り着けない、背負わされた重圧を乗り越えるだけではまだ足りない。

 

もっと『先』にある、最も大切なモノに辿り着くには…それを超える『覚悟』を、自分自身で見つけるのではなく、自分自身で『作り出す』しかないのだ。

 

そう、今の遊良にとって、一番大切な『覚悟』…

 

それは、『Ex適正』を持たない自分自身の存在を思い知らせる事でも、砺波たち決闘市側の理事長達の進退でもなく…

 

 

 

 

 

 

―『俺が優勝する。』

 

 

 

 

 

 

…張り合って欲しいなら、張り合ってやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…速攻魔法、【大欲な壷】を発動!除外されている【神獣王バルバロス】と【サクリボー】2体をデッキに戻して1枚ドロー!そして永続罠、【メタル・リフレクト・スライム】発動!発動後モンスターとなり、守備表示で特殊召喚!更に【マジック・プランター】を発動し、【メタル・リフレクト・スライム】を墓地へ送って2枚ドロー!」

「んんん?今更何必死になってんだい?」

 

 

 

先程までとは全く違う、どこか決意を決めたかのようなドローの乱舞。

 

…ゴチャゴチャ考えるのはもう辞めた。駄目なら駄目でその時の事は、その時の自分に任せよう。

 

そんな悲嘆の未来に囚われていた自分と決別し、あくまでも『今』この時だけの事を考えているかのような遊良の表情は、どこか吹っ切れたような、それでいてヤケになっているかのような複雑な代物。

 

 

 

しかし、それでも…

 

 

 

「魔法カード、【闇の誘惑】発動!2枚ドローし、闇属性の【イービル・ソーン】を除外!」

 

 

 

少しも緩まぬ遊良の手には、迷いも淀みも既に無く。

 

そう、遊良にとって、何よりもまず『優先』すべきモノ…それは自分自身の風評でも、理事長達の進退でもなかったのだ。

 

遊良にとって、何よりも優先するべき事。それは、他の何と比べても釣り合いはしない、幼少の頃に鷹矢と誓った、頂点で戦うという幼き日の『約束』ただ一つ。

 

…その鷹矢との『約束』と比べたら、どれも優先すべき事ではないのだと、遊良自身が区切りをつけたのか。

 

それはあの時の鷹矢が、自分との約束を更なる高みに昇華させんとして、天宮寺家も【黒翼】の名も、そして自分自身の逃げ道も全て捨て去ったという意思を遊良も感じ取れたからこそ。

 

あの馬鹿ほど馬鹿になるつもりなど毛頭無いが、あれくらい馬鹿馬鹿しいことを豪語した鷹矢に張り合うには…自分は一体どうすればいいのかを、理解し直したかのような吹っ切れた表情。

 

 

―そう、お互いが、お互いには絶対に負けたくないからこそ。

 

 

物心ついた頃からずっと共に育ってきたあの馬鹿に、一人だけ先に行かれることは遊良にとっては何よりも癪な事。

 

片割れとも言える相棒に、心から負けたくないという意地を張り合い、常に隣に立っているのが遊良と鷹矢の『普通』であるからこそ、常に向かい合っていることこそが二人にとっての『当たり前』の事と言えるのであって。

 

 

 

「【トレード・イン】発動!レベル8の【鉄鋼装甲虫】を捨てて…」

 

 

 

だったら、自分の行動にかかる責任も、今この時は忘れよう。

 

今ここで、このデュエリアの『アナライザー』に勝つことが出来なければ全てが終わる。それはこの先のデュエルにおいても、そしてこの先の人生においても。

 

…鷹矢は、世界中に見られているというあの中で、あえて自らの退路を断った。

 

それは自分の覚悟を形にするため。そしてソレを体現出来ると本気で思っているからこその自負と、自分の目指す先に当然遊良も来ると信じているからこそ言えた言葉。

 

そんな一人だけ先に進もうとしているあの馬鹿に並び立つには、鷹矢のような馬鹿馬鹿しい豪語と、それに伴う『覚悟』が今の自分には必要なのだ。

 

遊良に必要なのは、今この時、この瞬間、何が何でも勝つのだという、後先を考えていては踏み込めない領域へと踏み込むための決意と覚悟。

 

だからこそ…

 

その覚悟を決めた今の遊良にあるのは、鷹矢に並び立とうとする意思と、そこへと到達する為に強敵であるデュエリアの『アナライザー』を倒すと決めた戦意のみ。

 

 

―見せ付けてやろう。自分の事を、全て調べ上げたと豪語する『アナライザー』に…

 

 

―思い知らせてやろう。Ex適正の無い、天城 遊良のデュエルを。

 

 

 

 

 

「2枚…ドロー!………ッ!来た!」

 

 

 

 

 

そうして…

 

遊良が今一度、『覚悟』を決めたからなのか。

 

デッキの中から無理矢理に、ドローを重ねて引っ張り出してきた一枚のカード。それは遊良が覚悟を決めたからこそ、デッキがソレを引かせたようでもあり…

 

果たしてソレは、『2枚』の内のどちらなのだろう。

 

 

 

 

 

(こっちか…でも、確かに今の俺にはこっちのカードの方が…)

 

 

 

 

 

…覚悟は決めた。

 

世界中から見られているこんな場所で、『このカード』を使う事が、果たしてどれだけの『意味』を持つのかなど、遊良にだって分かってはいる。

 

しかし、そんな頭の中に浮かび上がる『常識』という名の抑制を捻じ伏せてでも、今の自分が『先』へと進む為には『このカード』が必要なのだと言う覚悟の元に…

 

きっと自分がこのカードを使う事で、コレまで以上に世間は大きく騒ぎ立てるだろう。

 

それは、『Ex適正を持たないデュエリスト』への騒ぎと同じくらいの…いや、一部にとってはソレ以上のことを、遊良は言わんとしている。

 

 

ソレを、遊良はわかっていてもなお…

 

 

 

「…よし!俺は【神獣王バルバロス】を妥協召喚!この時、攻撃力は1900となる!」

 

 

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/3000→1900 DEF/1200

 

 

 

「はぁ?今更バルバロスを召喚して何を狙うんだい?【禁じられた聖杯】?でも少しくらいダメージを稼いだって、もう勝負はついてるっていうのにさぁ。」

 

 

(【激流葬】は無い…これなら!)

 

 

「永続罠、【リビングデッドの呼び声】を発動!墓地から【鉄鋼装甲虫】を特殊召喚する!」

「…蘇生するのは通常モンスター…まだいいか…」

「よし!俺は更に魔法カード、【ワーム・ベイト】発動!俺の場に昆虫族の【鉄鋼装甲虫】が存在する為、ワーム・トークン2体を特殊召喚する!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

【鉄鋼装甲虫】レベル8

ATK/2800 DEF/1500

 

【ワーム・トークン】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

【ワーム・トークン】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

次々と現れるは、装甲に身を包んだ鋼鉄の虫と、小さな小さな幼体の昆虫。

 

それは幼少の過去、よく遊良が使用していたリリース確保の為のコンボ。

 

【鉄鋼装甲虫】を墓地より呼び出すときに相手が妨害してこなかったという事は、相手にとっては【鉄鋼装甲虫】など恐れるに足りぬという事でもあり…

 

これだけピンポイントなカード同士を組み合わせる事が出来るのも、幼少の頃に誰もが持っていた後先を考えないからこそ出来る勢いと、それを今一度使いこなせるだけの力を『壁』を超えて手に入れたからこそ。

 

 

 

…これで、準備は整った。

 

 

 

…召喚権は既に無い、手札に召喚権を増やすカードもない。

 

遊良のデッキに、バルバロス以外に3体のリリースでアドバンス召喚出来るモンスターが他に居ないであろう事も、既に相手にはバレているはず。

 

しかし、そんな絶望的な状況下でも覚悟を決め、決意を改め、そうして今出来る唯一の勝利へと、遊良は必死になって手を伸ばしながら…

 

 

 

 

「…俺は【鉄鋼装甲虫】と、2体の【ワーム・トークン】の…」

 

 

 

 

 

―今、決意の『先』へと進む為に…

 

 

 

 

 

「3体のモンスターをリリース!」

 

 

 

―!

 

 

 

天に捧げし宣言と、天に掲げしその手。

 

アドバンス召喚のモノとは違う、特殊召喚のための生贄のエフェクト。

 

その、召喚権が無いはずの遊良の宣言によって…天にその身を捧げる虫達の、その身に纏うは渦では無く。

 

 

 

「はぁ!?もう召喚権なんて無いのに何を…って言うか、お前のデッキにはもう3体でアドバンス召喚できるモンスターなんて居ないはずだろ!?」

「これはアドバンス召喚じゃない、特殊召喚だ!行くぞ!」

 

 

 

迷いは無い。

 

このカードを、世界中から見られているというこの状況下で呼び出すということは、先の鷹矢と同じく自らの退路を断つという事と同義であり…

 

また、このカードは遊良にとって、あまりいい思いのあるカードではなく、寧ろ忌々しいとすら思えるカードであるはずだと言うのに。

 

 

 

しかし、それでも…

 

 

 

 

 

「運命を切り裂く英雄よ!」

 

 

 

迷い無く上げられた声と手には、少しの迷いも淀みもない。

 

…退路は断った。もう、後に引くわけにはいかない。

 

…覚悟は決めた。もう、迷っているわけにはいかない。

 

 

 

「青き誓いをその身に刻み!」

 

 

 

自分の事よりも、理事長達の事よりも。

 

『先』で自分を待っている、生まれた時から隣に居る絶対に負けたくは無い自分の片割れに並び立つ為に。

 

 

 

 

「天を喰らいし覇者となれ!」

「なっ、お前!そ、それは!?」

 

 

 

 

 

世界中の人間が知っている、世界に轟くその『口上』と共に。

 

全世界へと向けて、その存在を思い出させる為…

 

 

 

 

 

―遊良は、叫ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【D-HERO Bloo-D】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

その瞬間…

 

 

―天が、震えた。

 

 

血霧と共に降臨し、剥き出しの牙を刃へと変え…混沌渦巻く天より出でし、竜頭を纏いし運命の英雄。

 

纏いし竜の咆哮で、双翼を広げ地に降りることなく空に佇み。下界を見下ろすその瞳は、一体何を映しているのか。

 

 

 

 

 

【D-HERO Bloo-D】レベル8

ATK/1900 DEF/ 600

 

 

 

 

 

「な、ななな…そ、それって…」

 

 

 

そんな運命を切り裂く英雄の出現に、言葉を無くし声を震わせるデュエリアの『アナライザー』。

 

しかし、彼のその驚きも最もであり…

 

…この世界で『このモンスター』の事を知らぬ者など、世界中探しても見つけることなど出来はしないことだろう。

 

何せ、それまで世界に存在すらしなかった、全く新しい『名』を持つ英雄のカード…

 

その、たった一人の若き男が文字通り自らの『運命』を賭けた一戦で創造したというこのカードの事は、知らない人間を探す方が難しいほどなのだから。

 

 

そんな、文字通り世界の『頂点』を見た一体の英雄の姿を…

 

 

理事長・学長達の為に特別に作られた特別観覧席の中で見ていた者達が、どこか感慨深げに言葉を発して…

 

 

 

 

 

 

「おやまぁ…こりゃまた、随分と懐かしい奴じゃないさね。」

「…おい砺波ぃ、ありゃあ、憐造のカードじゃあねぇか…なんでお前んトコの学生がアレを持ってやがんだ?」

「…少々訳ありでしてね。」

「フォッフォッフォ。」

 

 

 

―…

 

 

 

『あ、天城選手ぅー!な、何でソレを持って…って言うかそれ以前に!何で『召喚』出来ているんだぁー!?』

 

 

 

また、遊良の目の前に居る、このデュエリアの『アナライザー』ことダニー・Kだけではなく…

 

他のデュエルを実況していた実況の声も、演技などでは無い『本気』の驚愕の声と素の反応を見せていて。

 

…それだけではない。

 

ダニー・Kと、実況と、そしてソレを見ていた世界中の見えない観客達と…

 

そして実況の驚愕の声が聞こえていたであろう、【決島】で戦っている全選手が同じ事を思ったに違いない。

 

 

そう、天城 遊良が召喚した【D-HERO Bloo-D】。

 

 

それは、この世界中探してもソレを持っている者など…

 

 

―いや、それ以前に。

 

 

この世界において、運命の英雄といわれる【D-HERO】と名の付いたソレらを扱える者など…

 

 

 

「そ、それは前【紫魔】の…し、紫魔 憐造にしか召喚出来ないはずのカードだろ!?何でお前が召喚出来ているんだ?」

 

 

 

そう、【D-HERO Bloo-D】を扱うことなど、ソレを『創造』した前【紫魔】である元融合王者、紫魔 憐造にしか出来ないはずなのだ。

 

普通であればありえない。前【紫魔】以外に、この竜頭持つ運命の英雄を扱える者が存在しているというこの事実を。

 

 

 

「…いや、俺には、このBloo-Dを召喚出来た理由がある!」

 

 

 

しかし、誰もが知るその世界の『常識』に反してでも、遊良の声はどこまで響いて。

 

…何故なら、遊良には、半ば確信めいたモノがあった。

 

運命の英雄達のカードを創造した、前【紫魔】である紫魔 憐造以外にも…このカードを、『召喚』する事は、不可能ではないのだ…と。

 

それは紛れも無い。

 

前【紫魔】以外にも、この【D-HERO Bloo-D】を『召喚』していた者が居た事を、遊良は知っているからこそ得られた確信。

 

そう、前【紫魔】以外にも、【D-HERO Bloo-D】を従えて自分と戦った人物…

 

 

 

―『あら…つまらないわね。アカリが随分と世話になったと喚いていたから、どんな下民かと思っていたのに。』

 

―『ホホッ、今すぐにでも血祭りにして差し上げたいところですわ。なにせ、あの女の血が混ざっているかと思うと…』

 

―『ここに侵入してくる者がいるなんて、思いもしませんでしたわ。ホホホ、下民風情が一体どういったご用件かしら。』

 

 

 

 

―紫魔 ヒイラギの事を、遊良は覚えているから。

 

 

前【紫魔】、紫魔 憐造の血を引いた、血の繋がった彼の娘。その『前例』を見ているからこそ、ソレを操れる事が出来るのだという自負が、遊良にはあった。

 

そう、他の誰にも出来ないことでも、紫魔家の誰にも出来ない事でも…

 

絶対に自分には出来ると確信していた、いや、出来なければおかしいという確信が…

 

 

 

―『か、母さんの旧姓って…まさか…』

 

―『そうだ、君の母…紫魔 スミレは…いや、今は天城 スミレだったな。彼女は紛れもない、私の妹…『紫魔本家』の地位を捨て、下民との小さな幸せを選んだ紫魔家の裏切り者だ。まぁ、今となっては最早、関係も無い間柄だが。』

 

 

 

それは嬉々するよりも、嫌忌すら感じるようなある事実。

 

しかし事実であるが故に逃げられない、どうしようもない確かな真実。

 

 

…世界中が見ている。何故『Ex適正』の無い天城 遊良が、Bloo-Dを所持しているのかという疑問と共に。

 

…納得がいっていない。どうして他の紫魔姓の者が操れないソレを、遊良が従えているのか。

 

 

だからこそ、世界中から発せられるこのプレッシャーの中では、遊良に沈黙は許されない。

 

運命の英雄を従えているこの光景に、つじつまの合う言葉を述べなければ、当然の事ながら世界に少なからず混乱が起こるのだから。

 

そして、それは遊良もわかっているからこそ。

 

世界中に見られているという、こんな場面においても…

 

それが例え、先の決闘市の『異変』で思い知らされた、嫌悪すら覚える真実だったとしても…

 

 

今、全世界へと向けて…

 

 

 

 

 

―遊良は、解き放つ

 

 

 

 

 

「前【紫魔】、紫魔 憐造を!【王者】を『伯父』に持つ俺が!Bloo-Dを召喚出来ないわけがない!」

「なっ…は…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

見ている者が、聞いている者が、この世界中に一体どれだけ居るのかなど、膨大すぎて数えられもしないと言うのにも関わらず。

 

たった今世界中へと放たれた、あまりに信じられないであろう遊良の叫び。

 

 

…それは、世界中に発信された。もう、取り消す事など出来はしない。

 

 

しかし、取り消す気など遊良には無い。

 

そう、今の自分の宣言が、この『世界』にとってどんな意味を持っているのかなど、遊良にだって分かっているのだ。

 

『Ex適正』の無い天城 遊良が、『紫魔本家』が隠し続けてきたその裏側の事実を公表することは、一体どれだけ『紫魔本家』の怒りを買うというのだろうか。

 

それに伴い、目の前で対峙しているダニー・Kはもちろん…その言葉を聞いていた、世界中の見えない観客達から発せられた驚愕の轟きが、今一斉にこの【決島】へと降りかかって。

 

 

 

「し、【紫魔】が…紫魔 憐造が伯父ィ!?し、知らないぞ!お、お前が、お前がそんな血筋だなんて!僕が調べた中にはなかったのに!」

 

 

 

演技などでは断じてない、心からの驚きを隠せないダニー・K。

 

…それもそのはず。

 

これは、遊良の事を調べ上げることの出来たデュエリアの『アナライザー』、このダニー・Kを持ってしても到達する事など出来ないであろう、隠蔽され続けてきた裏側の事情。

 

…そう、いくらデュエリアの『アナライザー』を持ってしても、政界・財界・決闘界に強い繋がりを持つ『紫魔本家』が過去に切り捨てた『事実』は、知ることなど許されない。

 

いくら前【紫魔】である紫魔 憐造が、公的に『死亡』したとされ、既に紫魔本家においては過去の人物となっているとは言っても…

 

その『名』が持つ影響力は今もなお『決闘界』に、ひいては紫魔本家が強い繋がりを持っている『政界』や『経済界』において、今でも多大なる影響力を持っていることは紛れも無い事実。

 

 

―何せ、紫魔家の歴史上、歴代最強とまで謳われた伝説の【紫魔】。

 

 

長い長い決闘界の歴史の中でも、融合召喚の使い手として並ぶ者など存在しない、『鬼才』とまで称えられた伝説の【王者】。

 

その魅力に取り付かれた者達はこの世界に未だ数多く、死してなお彼の『名』に未だ陶酔している者達が政界、財界にも多々存在している事もまた確かであり…

 

しかし、それを承知で、ソレを覚悟で。

 

そんな事に怖気着いていては、『先』に行った鷹矢には絶対に追いつけなどしないと言うことを、今ここで覚悟したからこそ。

 

これから先のことなどお構いなしに、遊良は先の鷹矢と同じく、自らを後先に引けぬ状況へと追い込んだのか。

 

 

 

「行くぞ!Bloo-Dの効果発動!1ターンに1度、相手のモンスターをBloo-Dに装備できる!いけ、Bloo-D!【魔導戦士 ブレイカー】を喰らい尽くせ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【D-HERO Bloo-D】レベル8

ATK/1900→2700

 

 

 

 

そうして…

 

暴食の巨竜のその牙が、深紅の魔法騎士を無残に食い荒らす。

 

【王者】にしか操れぬはずのモンスターが、本来の主以外の者の命令を聞いているその光景は…疑う余地も無く、遊良の放った言葉が紛れも無い真実であると言うことの証明でもあるのか。

 

 

 

「くそっ、【月鏡の盾】の強制効果で、LPを500払ってデッキの1番下に戻す…でも、なんでアイツが【紫魔】のモンスターを…」

 

 

 

…確かに遊良にはEx適正が無い。

 

しかし前【紫魔】、紫魔 憐造が好んで扱っていたエースであるこのBloo-Dは、紛れも無くExモンスターではなく、メインデッキから現れるモンスター。

 

だからこそ、ソレが例え、【紫魔】のモンスターであったとしても…

 

Bloo-D がExモンスターでない以上、その血筋を誰よりも色濃く受け継ぎ、そして実力の『壁』を超え、更には後先を省みない『覚悟』を決めた遊良に…

 

Bloo-Dが、扱えぬわけがない。

 

 

 

「け、けどいくら【紫魔】のモンスターだからって、操ってるのがアイツじゃ…」

「魔法カード、【強欲で貪欲な壷】発動!」

「なっ、まだ引くのか!?」

「あぁ、まだ引くんだ!デッキを10枚裏側で除外して2枚ドロー!…来た!速攻魔法、【サイクロン】発動!…右側の伏せカードを破壊!」

「そんな!?」

 

 

 

―!

 

 

 

そうして…

 

放たれし一陣の竜巻が、ダニー・Kの策を粉々に砕いて。

 

あとは殴ってくる事しか出来ないと思っていたが為に、遊良の攻撃に備え伏せられていた【聖なるバリア―ミラーフォース―】が…その輝きを放つこともなく砕け散って。

 

 

 

「なっ、ど、どうしてこっちのカードを!?」

 

 

 

ソレをピンポイントで打ち抜かれた事に、驚きを生じるダニー・K。

 

…しかし、今の遊良には分かる。

 

ダニー・Kの伏せていたカードから感じた、このまま攻撃してはならないという『嫌な臭い』を。

 

先程まではダニー・Kの事を見誤っていた為に、巧妙に隠されていたその『嫌な臭い』が…

 

今こうして、戦いに望む覚悟を入れなおしたからこそ。遊良には、確かにカードへの『嗅覚』が蘇っていて。

 

だからこそ、Bloo-Dを召喚して、それで慢心せず満足せず見誤る事もなく。

 

攻撃をより確実なモノとするために、繰り返すドローによって再び無理矢理にデッキから必要なカードをその手に加えるだけ。

 

 

 

「ど、どうしてここで引けるんだ!?どうしてこの状況で引こうと思えるんだよ!?どうしてここで、そのカードが引けるんだお前は!?」

「決まってる!これが俺のデュエルだからだ!」

「し、調べたから知ってはいたけど…な、なんて無茶苦茶な…」

「アンタには言われたくないけどな。よし、行くぞ、バトルだ!【神獣王バルバロス】で【怪鳥グライフ】に攻撃!そして攻撃宣言時に速攻魔法、【禁じられた聖杯】発動!バルバロスの効果を無効にする!」

 

 

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/1900→3400

 

 

 

迷いを全て、吹っ切ったが故に。

 

勢いを増した遊良に連なり、獣の王が本来の力を更に超え、大気を震わすその咆哮を轟かせながら地を駆け出し飛び上がる。

 

…最後の手札まで全て使用し、迷っていた先程までとは比べモノにならない程の全力で。

 

『壁』を超えたその力と、『覚悟』を決めた心にデッキは答える。それは、全てを破壊する力を封じられようとも、そんな事では自らの進撃を止められないのだと言わんばかりの響きとなりて…

 

 

 

 

「吼えろ、【神獣王バルバロス】!天柱の崩壊、ディナイアー・ブレイカー!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ひぎっ、う、うわぁぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

ダニー・K LP:2500→600

 

 

 

爆音響かせ、轟音轟かせ、獣の王のその槍が、深紅の怪鳥へと爆音と共に突き刺る。

 

そのダメージに連動し、リアル・ダメージルールに乗っ取りダニー・Kにダメージ相等の衝撃が走り…

 

LPを大幅に削るその衝撃は、さしものダニー・Kも想像以上の鋭痛だったのか。

 

痛みに顔を歪ませて、足をふらつかせ肩を落として。

 

 

 

「あぐ…な、何で…じ、授業の時より…痛…」

「これで終わりだ!Bloo-Dで、【怪鳥グライフ】に攻撃!」

「ひっ!?」

 

 

 

しかし、そんなダニー・Kへと、今度は遊良が見せ付けるかのように。

 

…続けて舞い上がりし英雄の、広げられし双翼から造られし血霧の槍雨。

 

それを見て、ダニー・Kは逃げようの無い『恐怖』にも似たモノを、今この時になって感じているのか。

 

 

…覚悟は決めた、もう迷わない。

 

 

天に佇む英雄に、決着の一撃を遊良は命じて。

 

…例えこの【D-HERO Bloo-D】が、遊良にとっては目を背けたくとも変えようの無い血筋の証明だとしても。

 

その真実から逃げないため、そしてソレを受け入れてでも自らの運命を切り開くために、遊良は猛る。

 

それは自らを追い込み、自分にとって最も大切な『約束』の為に…

 

この力が、自らには必要なのだと、そう言わんばかりに…

 

 

 

 

 

 

「喰らい尽くせ!鮮血の…ブラッディ・フィニッシュ!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

「わぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

ダニー・K LP:600→0(-600)

 

 

 

―ピー…

 

 

 

深紅の怪鳥ごとダニー・Kを飲み込み、その命の全てを断ち切る運命の英雄。

 

その衝撃と共に無機質に響く機械音は、デュエルを終わらせる合図と共に、たった今始まった壮絶なる戦いの始まりの合図とも言えるのか。

 

 

 

「ひっ!ぎ、ぎぴゃぁぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

 

また、LPが0となった事に連動し、その腕につけられた装置によってリアル・ダメージがダニー・Kへと襲い掛かって。

 

いくらこの【決島】がトーナメント方式で無い為に、例えいくら負けても『失格』にはならないとは言え…このリアル・ダメージルールにおいては、例外的に『失格』になってしまう条件が、たった一つだけある。

 

 

…それは、戦う意思の無い者には、ターンは回ってこないと言う、プロに適応されているルールと同じ。

 

 

そう、デュエルでのダメージが実際の衝撃となって襲いかかるこのリアル・ダメージルールの条件下では、その衝撃によって気を失ってしまえばその場で即失格となってしまうのだ。

 

与えられたダメージによって、実際に受ける衝撃も変わる。それは、もしもワンショットクラスのダメージを食らってしまえば、人間の意識など簡単に奪い去ってしまえるような代物。

 

 

 

 

「あっ…うっ…ぐ、ぐっ…」

 

 

 

しかし、まだ一度もダメージを食らっていない『初戦』だったことが幸いしたのか。

 

大量にあったLPが0となるダメージを一気に食らっても、どうにかその意識を繋ぎとめたダニー・K。

 

あまりに大きなダメージだったと言うのに、どこか執念めいた表情を浮かばせながら…地に伏せながらも、忌々しげに遊良を睨んでいて。

 

 

 

「初戦で、し、失格になるわけには…いか、ないんだよ…ぼ、僕だって…本気で…」

「あぁ、わかってる。…強かったよ、あんなに本気で対策されたのは初めてだった。」

「…Bloo…D…お前が、そのカードを持っている、なんて…僕が調べた中に、な、無かったはず…い、一体、何時お前が、ソレを…」

「ついさっきだ。」

「…は?」

「さっき、デュエルが始まる前に突然渡された。だから、俺もこのカードをデッキに入れるかどうかギリギリまで迷っていたけど…でも、結果的に入れておいて良かった。このカードがなかったら、アンタに勝つことなんて出来なかったから。」

「…ぐぐっ…お、お前なんか嫌いだ…僕の…分析にないカード使う…お前なんか…」

「…気が合うな。俺も、アンタとはもう戦りたくない。」

 

 

 

言葉ではそういいつつも、ソレがデュエリアの『アナライザー』にとっては褒め言葉となる事を、遊良もこのデュエルで理解したからこそ。

 

冗談ではなく、少々本気でそう言う遊良の表情は、本当に強かったこのデュエリアの『アナライザー』であるダニー・Kを心から賞賛していたことだろう。

 

…遊良が【鉄鋼装甲虫】を蘇生したあの時、ダニー・Kがソレを止めてきていたら…勝敗は、まだ分からなかった。

 

それはあくまでも、ダニー・Kが遊良の思惑とは『別の対策』をしていたからこそ出来た、思考の交錯による一瞬の隙間。

 

 

…一歩間違えれば、倒れていたのは遊良自身。

 

 

故に…一つのミスが負けに繋がる、こんな強敵がこの【決島】にはごろごろしていると言う事に対し、遊良は改めて戦いに臨む決意を固め始めて。

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

そして、遊良のデュエルから間髪入れず。

 

あちらこちらから次々に、決着を告げる無機質な機械音の嵐が掻き鳴らされ始めた。

 

それは全てが強敵であるこの島において、誰かが勝利し誰かが敗北していると言うこと。

 

この初戦の戦いの結果が、そのまま最後の結果に繋がるわけではないものの…

 

誰もが皆、敗者になどなる気はないからこそ。戦意と闘志が混ざり合い、この島を本当の意味で【決島】へと変え始めたのだ。

 

 

 

だからこそ、この【決島】におけるルールは唯一つ。

 

 

 

―最後まで立って、デュエルを続けよ。

 

 

 

そうして…

 

 

 

「…うぐっ…さ、さっさと行けよ…いつまでも…見てんじゃない…」

「あぁ…じゃあな。」

 

 

 

ふらつきながらも、どうにか立ち上がり始めたダニー・Kに背を向けて、遊良は激しい戦場へとその足を一歩踏み出し始める。

 

誰もが皆、『本気』で勝ちに来ているこの戦場では、余計な感情を相手に向けている暇などありはしないのだ。

 

それは、誰もが皆分かっていることで、そして誰もが覚悟していることであるからこそ…

 

 

…覚悟は決めた、もう迷わない。

 

…決意は固めた、もう悩まない。

 

 

遊良もまた、誰もが本気で臨んでいる【決島】で、相手の本気を乗り越えて、そして相手の持つ『渇望』を捻じ伏せてでも、本気で自分の勝利へと突き進むと言う『覚悟』が必要だということを、今改めて心に刻みなおす。

 

そう、遊良にとって、『本気』で【決島】を戦うべきその理由…それは、開戦の前に豪語した鷹矢と同じ、幼き日の『約束』のため。

 

その為には、気を緩めている暇も無ければ、迷いに囚われている暇も無い。

 

 

―それを、『頭』では無く『心』で理解したからこそ。

 

 

今ここに、遊良の戦いもまた、これより本格的に始まったのだ。

 

多岐に渡る戦いの、その始まりとなる最初の戦いを超え…壮絶なる戦いの序章が、この島の全土から轟き響く。

 

これより初期位置でのデュエルを終えた者達が、島の全土を縦横無尽に駆け巡り始め…島の全てを戦場として、生き残りを賭けたサバイバル・デュエルが行われようとしていて。

 

 

…全ての相手が敵となり、休む間もなく戦いに明け暮れる。

 

 

 

…そう、戦いの火蓋は、切って落とされた。

 

 

 

 

―今、これより…

 

 

 

 

 

―【決島】、開戦

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 


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