遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep72「決島、開戦」

初秋のその日。

 

全世界から向けられた、数え切れない程の視線がこのとある『無人島』に一挙に集まっていた。

 

時差もあり、世界中の時間がバラバラであるにも関わらず。

 

これより始まる大きな戦いへの期待が、はちきれんばかりの興奮となって、この名も無き『無人島』へと注がれていて。

 

それは、未だかつて誰もが見たことも無いような規模の混戦が、これよりこの『無人島』に集められた200名の学生達の間で始まろうとしている事への期待。

 

中継を通して、世界中の人々がこのデュエリア領内にある『無人島』の映像を、今現在リアルタイムで眺めているという…

 

まさに、世界中の人々の興味と視線の全てが、この決闘市とデュエリアの学生達へと向けられている証明とも言えるだろうか。

 

 

そんな、世界中の人々の視線が集まるこのデュエリア領内の『無人島』の…

 

 

 

その中心で…

 

 

 

―それは、叫ばれた。

 

 

 

 

 

『…をここに宣言します!決闘学園デュエリア校代表、リョウ・サエグサ!』

 

 

 

中継を通して全世界に響き渡った、開会を告げる高らかな宣言。

 

それがたった今、昨年度の【デュエルフェスタ】で堂々の準優勝を飾ったデュエリア校3年、金髪で長身の男子生徒、リョウ・サエグサの口から全世界へと向けて発信されたのだ。

 

その宣言と同時に、この『無人島』へと向かって放たれた世界中の熱狂は、確かな声となってこの『無人島』にいる全ての学生の耳に幻聴の様に聞こえたことだろう。

 

…そう、これ程までに世界が熱狂する理由など、今この時において唯一つしか存在せず。

 

ソレは紛れも無い。世界中の人々が待ち望んでいた、決闘市とデュエリアにおける事実上最強の学生を決める、超大規模での『祭典』の開催が…

 

 

 

―【決島】の開催が、ついに宣言されたのだから。

 

 

 

これは決闘市vs.デュエリアと言う、単なる都市同士の争いでは無い。これがそんな単純な話ではないからこそ、世界中の人々はこれ程までに注目していて。

 

 

…全員が、敵。

 

 

先日、全世界に大々的に取り上げられたように、この『無人島』に集められた大勢の学生達による、200名入り乱れての大混戦。

 

それは、混戦の中では例え決闘市とデュエリアという括りの中にあっても、全員が全員の首を狙う敵となるという事でもあり…

 

決闘学園デュエリア校が所有する…と言うよりも、決闘学園デュエリア校学長、『逆鱗』と呼ばれた劉玄斎が個人で所有しているこの島で行われるのは、敵味方など無い生き残りを賭けた、まさにサバイバル・デュエルと呼ぶに相応しい代物。

 

…故に、自分以外の199人全てが敵と言うこの現状は、この島に居る限りは絶対に気を抜くことなど許されないと言えるだろうか。

 

決闘市とデュエリア、合わせて40万人を超える全学生達の中から選ばれた『200名』は、全員が各学園を代表する紛れも無い『強者』。

 

そんな逃げ場の無い『無人島』の中、この『強者』ばかりの環境で…

 

学生達は皆、混戦に次ぐ連戦を強要されるのだから、一度のデュエルにおける彼らの消耗もそれはそれは激しいモノとなるに違いないことだろう。

 

 

…だからこそ、世界中は熱狂している。

 

 

 

―『無人島』を、【決島】へと変えるその戦いを。

 

 

 

そんな世界中の熱狂が、轟きとなってこの【決島】に響き渡っている中…

 

 

 

―再び、運営の声が響き渡った。

 

 

 

 

 

『続きまして選手宣誓!決闘市代表!決闘学園イースト校2年、天宮寺 鷹矢選手!』

 

 

 

公平を期すためか、はたまた2つの都市が互角だということの証明か。

 

デュエリア校のリョウ・サエグサの開会宣言の後に、決闘市側からは昨年度【決闘祭】準優勝者、天宮寺 鷹矢の名が高らかに天へと響き渡り…

 

そして、それに応じるかのように。

 

200名の学生達が整列した、その大行列の真ん中を壇上へと向かって歩みを進め始めたのは、世界に轟くエクシーズ王者、【黒翼】天宮寺 鷹峰の孫として知られている一人の少年。

 

 

 

―決闘学園イースト校2年、天宮寺 鷹矢

 

 

 

強者の中を恐れもなく、見えない観客の視線にも強張らず。

 

胸を張り、肩で風を切り、あまりに威風堂々とした鷹矢の立ち振舞い。

 

それは先程の開会宣言をしたリョウ・サエグサの風格に、負けず劣らずの雰囲気を放っていたに違いないことだろう。

 

…歴史の一つを築き上げし、世界に轟くエクシーズ王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰の孫。

 

その血筋を色濃く受け継いでる、直系の一挙手一投足には…TVの前の誰もが瞬きを忘れ、期待と興奮で画面に見入っていることは、最早説明するまでも無く。

 

 

―しかし、そんな世界中の期待に満ちた視線とは裏腹に…

 

 

壇上に立つ鷹矢を見つめる遊良とルキの視線には、他の誰とも異なるモノが浮かび上がって来ていて…

 

 

 

 

 

「本当に鷹矢が選手宣誓するんだね…大丈夫かなぁ…」

「嫌な予感しかしねぇ…」

 

 

 

 

 

そう、期待に満ちた世界中の観客の視線と、好戦的な学生達の視線に反し…

 

遊良とルキの視線は、それらとは全くの正反対の、どこまでも心配と焦燥に満ちたモノ。

 

それは、たった今『あんな事』があったと言うのにも関わらず、あまりに『堂々とし過ぎている』鷹矢へと向けられた、心配に心配を重ねた心配の過剰とも言えるだろうか。

 

夏休みに入る前…【決島】の代表が発表されたその当日に、決闘市側の選手宣誓の代表が鷹矢であると言うことは、当然本人にも直接伝えられていたらしいのだが…

 

 

 

―「天宮寺選手!そろそろ選手宣誓の準備をお願いします!」

―「…む?…何の事だ?」

―「…え?」

 

 

 

案の定、鷹矢は前もって伝えられていたソレを、記憶の中からすっかり忘れ去っていたのだ。

 

当然、先程スタッフが鷹矢を呼びに来た時に、初めて鷹矢が選手宣誓を行うという事実を知った遊良とルキもその事実には心から驚いてしまって…

 

また、世界中が注目しているが故に、失敗など許されないスケジュールに駆られていたスタッフの、あの世界の終わりの様な青ざめた顔は、遊良も生涯忘れることは出来ないだろう。

 

…しかし、当の鷹矢本人はそんな事など何処吹く風。

 

今の今まで、その重大なる責任を綺麗さっぱり忘れ去っていと言うのに…

 

そんな事など、まるで些細な事のように感じている様子の鷹矢の姿は、遊良からしても心臓に悪い事に違いなく。

 

 

 

―「遊良よ、選手宣誓とは何を言えばいいのだ?」

―「知るかよ!と、とにかく何かこう…いい感じの抱負とか、当たり障り無い事とか…」

―「抱負か…うむ。とりあえず行ってくる。」

―「おい、下手なこと言うなよ!?絶対だぞ!?」

―「うむ。」

 

 

 

全くもって安心できないその言葉と共に、列を離れていく鷹矢を見送るしかなかった遊良の表情は、心配に塗れた焦燥そのモノ。

 

まだ【決島】が開戦してもいないのに、どうして今から焦燥を感じなければならないのか。

 

そんな腑に落ちない感情を抱きつつも、今の遊良には鷹矢の背中を視線で突き刺しつつ、余計な事を言わない様に念を送ることしか出来ず。

 

そんな遊良の視線を、果たして鷹矢は理解しているのだろうか。壇上へと上がっていく鷹矢の振る舞いは、遊良の眼にはどこまでもいつも通り映っており…

 

そして、一歩…二歩…

 

ゆっくりとその歩を進めていた鷹矢が、壇上の最上段に到達した時…

 

形容し難い静寂が無人島を包み、世界もまた一瞬だけ静寂をあらわにし始め…

 

 

 

 

 

『宣誓…』

 

 

 

 

 

…一体、あの馬鹿は何を言うつもりなのだろう。

 

決闘市中が注目していた【決闘祭】とは、注目度の規模が違うこの【決島】。

 

この映像が、世界中に中継されて注目されている以上。いくら王者【黒翼】の孫であろうとも、下手を言うことは許されず…

 

いや、王者【黒翼】の孫であるからこそ。下手を言えば笑い者で、もっと言えば袋叩き。どうしたって鷹矢には、『上手く言う』しか道はないのだ。

 

…それを、あの馬鹿はちゃんと分かっているのだろうか。

 

その、過剰とも思える遊良の心配と…そして、世界中からの期待の視線にさらされているという重圧の、その中で…

 

 

 

 

 

今、あまりに堂々と…

 

 

 

 

 

―鷹矢は、言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺が優勝する。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

………

 

 

 

 

 

誰もが、その言葉の意味を理解出来ていなかった。

 

そう、この場に居る、全ての学生達が今の鷹矢の言葉の意味を全く理解出来ておらず…

 

それ以上に、TVの前でこの中継を見ている世界中の人々の方が、今鷹矢の放った言葉を理解出来なかったに違いないだろう。

 

 

それは、あまりに不敵すぎる物知らずの物言い。

 

それは、あまりに不遜すぎる馬鹿者の豪語。

 

 

何せ、世界中に中継されている大舞台の、開戦の前の選手宣誓のマイクの前で…

 

栄えある決闘市の学生達を代表しての、選手宣誓を承ったエクシーズ王者【黒翼】の孫が…

 

 

―『こんな事』を言い放つなど、一体誰が予想出来たというのだろうか。

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!

 

 

 

そして一瞬の後に、島中へと学生達のブーイングが轟いて。

 

参加者達のほぼ全員から発せられるそれは、誰もが自分の力に自身があると言うことの証明と、あまりに勝手な鷹矢の言葉にプライドを傷つけられたということの証明。

 

そう、この【決島】に出場している学生達の誰もが優勝したいと思い、誰もが優勝してやるという気概で望んでいるのだ。

 

 

…いくら鷹矢が昨年度の【決闘祭】の準優勝者で、いくら鷹矢が王者【黒翼】の孫であったとしても。

 

 

この【決島】に集った学生達は、全員が腕に覚えのある猛者達ばかりであるが故に、誰一人として負けるつもりなどないのだから、鷹矢のあまりに不遜な言葉と独尊な態度を目の当たりにしてしまっては学生達に苛立つなと言う方が酷な話であって。

 

 

 

「…やりやがった…あの大馬鹿野郎…」

「はぁ…ほんとお馬鹿なんだから、もう…」

 

 

 

そんな中、ブーイングの嵐を起こしている学生達の最後尾で頭を抱え、呆れ果てている様子の遊良とルキの表情はどこまでも重く。

 

頭を抱え、頭痛を抑え、寄せ来る非難の嵐に溜息を吐き…

 

…確かに、鷹矢ならば何かを『やらかす』のではないかという懸念はしていた。

 

しかし、あれだけ念押しをして、あれだけ心配したにも関わらず。どうしてあの馬鹿は悪い意味で予想を裏切らずに、『こんな事』を平気でやらかしてしまうのだろうか。

 

…きっと、遊良とルキはそう思っているに違いない。

 

 

 

「…あの子、随分と怖いもの知らずネ。」

「HAHAHAHAHA、流石は【黒翼】の孫ってだけはあるじゃねーか。…面白れぇ。」

「…リョウが男に興味持つなんて珍しいネ。どういう風の吹き回しヨ?」

「俺はレディからのお誘いと、野郎から売られた喧嘩は断らないのさ。それより…」

「…」

「Hey、アイ。今日はどうした?随分と大人しいじゃねーか。」

「こういう時は一番にキレるのに珍しいヨ。テンションまでぺったんこになたカ?」

「…うるさいわ、ちょっと考え事してるだけや。」

「Oh…」

「…これは重症ネ。」

 

 

 

また、デュエリア校の中でも上位に位置する者の中には、鷹矢の宣戦布告を受けても憤慨とは別の感情を抱いている者達もおり…

 

鷹矢の挑発にあえて乗る者、全く乗る気がない者、そして全く聞いてもいない者。

 

各々がそれぞれ、異なった感情と共に…もうすぐ始まる開戦へと、それぞれの面持ちで臨んでいるだけ。

 

 

 

「…やると思いました。だから彼を決闘市代表になんてしたくなかったんです。」

「クハハハハ!アレが鷹峰の孫かよぉ!あの馬鹿そっくりの大馬鹿野郎じゃねぇかよおい!」

「ハッ、我が強すぎる所なんかホント鷹峰の奴にそっくりさね。」

 

 

 

更には、鷹矢の宣誓を『特別観覧席』で見ていた各学園の理事長達からは、一名を除いて笑いが起こっていて。

 

そう、今この場にいる決闘界の重鎮達は皆、全員が鷹矢の祖父である【黒翼】天宮寺 鷹峰を良く知っている。

 

それ故、若かりし頃の【黒翼】を思い出させるかのような鷹矢の物言いと態度は、彼ら重鎮達からすればどこか懐かしくもあるのか。

 

 

 

「フォフォッ。血は争えんのぅ、若い頃の鷹峰にそっくりじゃ。のぅ浜臣や。」

「綿貫さん…笑い事では無いのですが。」

「いいや、最近の子ども達はどうにも大人しいからの。あれくらい豪語する小僧が一人くらい居た方が面白いわい。」

「…ですが世界中に中継されていると言うのに、彼の言動には協調性がですね…」

「そんなモンあるわけなかろう。鷹峰の孫じゃぞあの小僧。」

「…返す言葉もありません。」

 

 

 

そして何故か特別観覧席に潜り込んでいた、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】最高幹部…

 

『妖怪』と呼ばれる翁、綿貫 景虎もまた、鷹矢の若すぎるが故の豪語に、気分を良くした様子を見せており…

 

 

 

(…しかし、今の天宮寺君の雰囲気…私の課した修業の意味を、彼はよく理解しているようだ。…もう少し上手くやってほしかったですが…)

 

「フォッフォッフォ。」

 

 

『何か』を考えている砺波とは裏腹に、この特別観覧室に最も木霊しているのは、しわがれた『妖怪』の笑い声。

 

鷹矢が『ああ言った』理由など、鷹矢自身にしか分からぬ事とは言え…

 

少なくとも、誰よりも歴戦の決闘者達を見てきた綿貫だからこそ。『天宮寺 鷹峰の孫』という少年を、押さえつける事自体がそもそもの間違いであると言うことを誰よりも知っていたのはこの綿貫 景虎なのかもしれないだろう。

 

そんな綿貫は、壇上から降りて列へと戻っていく鷹矢をぼんやりと眺めつつ…

 

その長く伸びた白い髭の奥に隠された、皺だらけの口から再びゆっくりと言葉を零し始めた。

 

 

 

「…ま、お主ん所のイースト校には、もう少し『言った方が良い』小僧も一人居るがの…」

「と言いますと?」

「…なに、良いチャンスと言うことじゃ。何せ【決島】は、世界中から見られておるからのぅ…随分と痛い目にあったのに、ここまで自力で辿りついた『あの子』にとっては【決島】は良いチャンスじゃろうて。」

「それは…まぁ、確かにそう言えば聞こえが良いですが…」

「…のぅ浜臣や、ちと頼まれ事を一つ引き受けてくれんか?」

「構いませんが…しかし何を…」

「フォッフォッフォ、簡単な事じゃよ。ちとコレをな…」

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「うむ、やはり選手宣誓と言うモノは緊張するな。」

「何が『緊張する』だこの馬鹿野郎。」

「む!?」

 

 

 

 

壇上を降り、ブーイングの嵐の中。

 

周囲の突き刺すような視線に全く応えても居ない様子で、意気揚々と遊良達の元へと戻ってきた鷹矢に対し…

 

自らが放った言葉の重みを全く理解出来ていない馬鹿に対し、呆れと憤りで一杯の表情を見せ、鋭く言葉を突き刺した遊良。

 

…しかし、遊良のその表情も最もだろう。

 

何せ、世界に轟く王者【黒翼】の、『孫』という後ろ盾があっても先程の鷹矢の宣誓の言葉は、あまりに擁護のしようがないのだ。

 

…いや、いくら鷹矢がどう思っていようとも、鷹矢の言葉の一つ一つには天宮寺家の看板とエクシーズ王者【黒翼】の名が重く圧し掛かっていることは避けられない事実。

 

だからこそ、世界中が注目しているこの【決島】においては、言葉選びには十二分に気をつけなければいけないというのに…

 

言動行動全てが世界中に見られている『この場』が、一体どういうモノなのか。ソレを、この大馬鹿者は全く理解しておらず。

 

世界中へと向けて言ってしまったことは、取り消す事などもう出来ず。また、先程の宣誓とも言えないただの豪語は、この場に居る全ての学生達に喧嘩を売ったにも等しいモノ。

 

もしもこれで鷹矢が【決島】で芳しい成績を残せなければ、天宮寺家どころか、王者【黒翼】の『名』すらも汚してしまうという恐れがあると言うことは明白であり…

 

これで、この場にいる全員が鷹矢を真っ先に標的にする事は先ず間違い無いだろう。

 

ソレを証明するかのように、この場に集った全ての学生達が鷹矢を鋭く睨んでいて…

 

 

 

「馬鹿とは何だ馬鹿とは!お前が抱負を言えと言ったから俺は抱負を言ったのだぞ!」

「俺はあんな事言えなんて言ってねぇ!」

 

 

 

…しかしそんなコトなどお構い無しに。

 

どこまでも自分本位な言葉を連ね、遊良と口喧嘩を始める鷹矢。

 

…遊良と言い合い、ルキに呆れられ、周囲の学生達から睨まれているというのにも関わらず。

 

恐れを知らぬ鷹矢の言葉は、あくまでもどこまでも大胆不敵に不遜な振る舞い。

 

 

 

「俺が代表なのだ!俺の思った事を言って何が悪い!」

「それにしたって言って良い事と悪い事があるだろ!」

「大体鷹矢ってば、何で出来もしない選手宣誓なんて引き受けたの!?最初から全員に喧嘩売ってどうするのよ!もう!」

「ふん!どうせ全員蹴散らすのだ!雑魚がいくらかかってこようと何の問題も無い!」

 

 

 

―!!!!!

 

 

 

そして…

 

再び鷹矢の口から放たれた『その言葉』によって、更にこの無人島中に憤慨と怒号が轟いて。

 

…まぁ、全員が腕に覚えのあるこの猛者達の中で、その出場者達へと向かって『雑魚』呼ばわりをしたのだ。

 

そのあまりに酷い物言いでは、『この場』がこうなるのも当たり前なのだが…

 

 

 

「おまっ、何言ってんだ!」

「ちょっと!火に油注いでどうすんの!?」

「言った通りだ!全員蹴散らせば俺が優勝する。…その『全員』の中には遊良、お前も含まれているのだぞ?」

「…あ?」

 

 

 

…しかし、『敵意』を超えた『殺意』を、学生達から多大にぶつけられている中にあっても。

 

鷹矢は突然、遊良へと向かって述べたその言葉の中に…また一つ、『違った雰囲気』を含ませて始めたではないか。

 

 

 

「この夏休みの間で俺は強くなった。それこそ、今までの比では無いくらいにな。だからこそ、【決闘祭】での借りはこの【決島】で必ず返す。…俺はそう決めていたと言うのに、今のお前からは【決闘祭】のような必死さが無いではないか。」

「ッ!?そ、それは…」

「退学がかかって無いからか?ジジイの引退がかかって無いからか?遊良よ、何故もっと張り詰めんのだ。お前ともあろう奴が、緊張で寝不足とは情けない。」

「…なんで俺が寝不足だって知ってんだよ。」

「ふん、お前の顔を見れば大体分かる。緊張で眠れなかったことも、夜中にルキに泣きついたこともな。」

「…いや、泣きついてはねーけど。」

「…え、って言うか鷹矢なんで知ってるの?夜寝てたんだよね?」

「見れば分かると言ったはずだ。」

「…何か怖いよ?」

「なんとでも言え。分かるモノは分かるのだ。」

 

 

 

鋭い言葉で見透かしたように、唐突に遊良へと向かってそう言ってきた鷹矢。

 

…それは遊良の微かな心の緩みを、鷹矢が感じ取ったからに他ならない。

 

確かに鷹矢の言った通り、この【決島】における遊良の気持ちが、昨年度の【決闘祭】と比べてもどこか張り詰めが足りなかったことは否めない事実。

 

それを、遊良自身も心のどこかでわかっていたからこそ…鷹矢の突然の核心の追求に、反論の言葉を放つ事が出来ないでいるのか。

 

そう、決して気を抜いていたわけでは無いのだが…

 

それでも師の引退や自身の退学がかかっていた【決闘祭】に比べると、どうしても遊良には失うモノが無いという微かに緩みが心に浮かび上がってきてしまっているのだろう。

 

負けていいわけは断じてない。全てのデュエルに勝利する気持ちでここに立っている事は嘘では無い。しかし昨年度に比べると、どうしても僅かな緩みが遊良には生じてしまっていて。

 

そんな、自分でも必死に感じないようにしていた心の僅かな緩みを、隠す間もなく暴かれた遊良へと向かって…

 

鷹矢は、更に言葉を続けて…

 

 

 

「忘れたのか?俺とお前の『約束』は、まだまだ途中なのだぞ?」

「いや、それはわかってるけど…それにしたってさっきのは言いすぎだろ。」

「ふん、折角各校の猛者が集まっているのだ。…どうせなら、お前以外にも本気で俺の首を取りに来る者が居らんと張り合いがないからな。」

「…張り合い?」

「うむ。今までは【黒翼】の孫だの何だの、要らぬ評価を勝手に押し付けられて、勝手に遠巻きにされていたが…【決島】に居る者共は、皆自分が一番強いと思っている奴らばかり。そんな奴らとの、本気のデュエルが今の俺には必要なのだ。」

「お前…」

 

 

 

そして…

 

続けて放たれた鷹矢の言葉に、思わず言葉を失ってしまった遊良。

 

何せ、先程まではモノを知らぬ、ただの大馬鹿者の振る舞いを見せていた鷹矢だと言うのに…

 

 

―纏う雰囲気を一変し、言葉に重みを含ませ始め。

 

 

周囲の奮起と憤慨を、まるで最初から狙っていたと言わんばかりの今の鷹矢の風格は、まるでこの殺気だっている【決島】すらどこか愉快に感じているようではないか。

 

…今までの鷹矢からは、考えられないようなその雰囲気。

 

何も考えずに周囲を煽ったのではない。自分の言った言葉の意味を理解しつつ、それでいてわざと周囲に発破を掛けたのではないかと思えるくらいに…

 

今の鷹矢からは、今までの彼からは考えられない空気が感じられるのだから。

 

 

 

「俺がもっと強くなる為には、多くの強敵との戦いが必要不可欠。だからこそ、この【決島】は良い機会と言えるだろう。俺はまだまだ強くなる…いや、強くならなければならん。」

 

 

 

…だからこそ、遊良は今、驚いている。

 

 

鷹矢がデュエルをしているのは、幼い頃に遊良と交わした、世界の頂点という大舞台で思い切り戦うという、その『約束』のため。

 

それ以外の為のデュエルには、例え何があっても…

 

そう、例えば昨年度に決闘市で起きた、あの大混乱が起きた『先の異変』のような非常事態であっても、鷹矢は決して熱くなるような姿を見せなかったのが、今までの鷹矢。

 

ここ数年で考えても、鷹矢が熱くなったデュエルなど、【決闘祭】の準決勝での十文字 哲とのデュエルか、決勝の遊良とのデュエルだけであり…

 

 

故に、遊良には信じられない。『約束』の為にデュエルを続けていると言っても過言では無い、頑固な程に偏屈屋だったあの鷹矢が…

 

才能がありすぎるが故に、デュエルと言うモノをあまり重んじなかったあの鷹矢が…

 

 

 

―あろうことか、自ら嬉々として強者との戦いを待ち望んでいるだなんて。

 

 

 

「だから遊良よ…」

 

 

 

…一体、『何』が鷹矢を変えたのか。

 

夏休みの序盤と中盤に各一日ずつと、夏休み最終日である出発の前日の、合計『3日間』しかこの夏休みは直に顔を合わせていないからか。

 

夏休みに鷹矢に何があったのかを知らず、彼の変化の『きっかけ』を知らぬ遊良からすれば…これまでずっと一緒にいたはずの鷹矢の、その心情の変化にただただ戸惑うばかり。

 

そんな鷹矢は、どこか腑に落ちない表情をしている遊良へと向かって…

 

ブーイングの嵐の中で堂々と、更に続けて言葉を放った。

 

 

 

「お前ももっと俺に張り合え。でなければつまらん。」

「…」

「ちょっとー、私も居るんだけど。簡単に優勝するとか言わないでよね。」

「うむ。全くもって問題ない。ルキも俺が倒す。全力でかかってこい。」

「…何かムカつく。ふんだ、なら私が真っ先に鷹矢倒すんだから!」

「うむ。」

 

 

 

自分を追い込み、周囲を煽り…更なる強さを求める鷹矢。

 

それは、今までの鷹矢からは考えられない程の心境の変化。

 

元々、あまりに突出した才能を持っていたために、こういった勝負事にはどこか冷めていた見方をしていたあの鷹矢が…今は、本気で強くなるために貪欲さを滲み出している。

 

 

―学生達を煽ったのも、世界中に堂々と宣言したのも…全ては、自らを追い込むため。

 

 

しかし、他人からすれば当たり前の、そして今までの鷹矢からすればありえなかったであろう、その『強くなりたい』というその気持ちが…

 

そう、才能がありすぎるが故に、これまで鷹矢に欠如していた、その『当たり前の気持ち』が今の鷹矢からはひしひしと感じられるのだ。

 

それは、これまで常に鷹矢と一緒に居た遊良だからこそ感じ取る事の出来た、これまでの鷹矢からは絶対に出てこないであろう言葉と気持ち。

 

今の鷹矢は、『本気』で【決島】の優勝を狙いつつ…自分の首を本気で狙ってくる猛者達との凌ぎ合いに心が躍っていると言う事を、遊良は嫌でも感じ取ってしまっていて。

 

 

 

『せ、静粛に!皆さん静粛にー!こ、これより学生達は全員、所定の初期位置へと移動を開始してくださーい!』

 

 

 

そんな遊良が感じた違和感を掻き消すかのように、そして他の学生達の鷹矢への不満をも掻き消すかのように。

 

開始時間が迫っているからか、選手宣誓での『アクシデント』によるタイムロスを取り返すかのごとく…

 

島中へと向けて張り巡らされたスピーカーから、学生達の中心へとスタッフの焦燥の放送が放り込まれて。

 

 

 

「うむ。では遊良よ、俺に負ける前に倒されるんじゃないぞ。今のお前だと大いにありえる。」

「…その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ。全員に喧嘩売っといって、早々に袋叩きにあっても知らねーからな。」

「ふん、要らぬ心配だ。遊良の癖に。」

「んだよ、鷹矢の癖に。」

 

 

 

確かに鷹矢の言った通り、遊良がどこか【決島】に対して、『絶対に負けられない』という『必死さ』が足りていなかったのは否めない事実。

 

それを、あえて考えないようにしてきたと言うのに…鷹矢に一瞬で見抜かれた事で、今更になってその『緩み』が表に漏れ出してきてしまっているとでも言うのだろうか。

 

…この開戦直前で、すぐに取り返せる心の緩みではない。

 

自分も必死にならなれければ、自分よりも必死なデュエリストには絶対に勝てない。

 

それは昨年に、遊良自身が証明している事だからこそ…

 

鷹矢がここまで『本気』でいると言うことと、鷹矢に触発された猛者達が更に奮起しているというこの現状では、この僅かな緩みこそが取り返しの付かない命取りになってしまう危険があると言うのに。

 

 

そして…

 

 

鷹矢への不平不満がまだざわついてはいるモノの、各々の学生達が、それぞれ決められた最初のスタート地点へと向かって歩き出していく。

 

 

―これより始まるのは、200名の学生達によるその『混戦』。

 

 

この険しい自然が群生している島中で、生き残りを賭けたデュエルが多々繰り広げられるからこそこの『無人島』は【決島】へと変化する。

 

そう、最初のデュエルを皮切りに、200のデュエリスト達がこの『無人島』を縦横無尽に駆け巡り…

 

明日の決勝へと進む、たったの『4名』を決める為に。

 

生き残りを賭けて戦うサバイバルデュエルの、その始まりとなる100のデュエルが、コレより一斉に始まろうとしていて。

 

 

 

「じゃあ私スタート位置あっちだから、二人とはここでお別れだね。」

「うむ。」

「あぁ、ルキも頑張れよ。…何かあったら、すぐに駆けつけるからな。」

「…うん、ありがと。」

 

 

 

比較的スタート位置がここから近いために、それぞれ島の中へと向かって歩いていく幼馴染二人を見送る遊良。

 

 

―その瞳に映るのは、自ら嬉々として強敵との戦いを求めている鷹矢の背中。

 

 

…鷹矢の突然の心境の変化に、僅かな動揺を隠せない。

 

それは、コレまでずっと一緒に居たはずの相棒が、突然自分の知らぬ場所に旅立って行きそうな不安を遊良に与えているから。

 

 

―そして、もしかしたら『敵』に狙われているかもしれないと言う、ルキへの心配。

 

 

…ルキはとても強くなった。それはデュエルの腕前にしても、『神』の力の抑制にしても。

 

夏休みの間、ソレをずっと傍で見てきた遊良だからこそ。例え休む間もなくルキがデュエルを行ったとしても、『神』の暴走は起こらないという事を理解出来ている。

 

…しかし、最大の懸念はルキを狙っているかもしれない『敵』がこの【決島】に居るかもしれないということ。

 

一応、砺波が私財を使用して用意した『防衛措置』と、そして何かあった時にすぐに迷わずにルキの元へと駆けつけられる『準備』は揃えてある。

 

だからこそ遊良もまた、どうにか今こうして【決島】に望めていると言っても過言ではないのだが…

 

それでもこの【決島】に対する緩みと共に、あまりに目まぐるしく動き続け変わり続ける周囲には、遊良とてどこか言葉にならない不安を感じているのか。

 

 

 

―そうして…

 

 

 

僅かな迷いを抱えつつ、そして『何』も起こらないことを祈りつつ。

 

いよいよ始まる『祭典』に、遊良の心臓もその鼓動を早め始め…

 

自らも、反対方向にあるスタート位置へと歩き始めようとした…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「…天城、待ちなさい。」

「…え?」

 

 

 

もうすぐ試合が始まろうとしているその矢先。

 

背後から突発に、呼び止めるように突然に…

 

自分を呼んだ声が聞こえ、思わず前へと差し出しかけたその足を、無理矢理に地面へと押し付けた遊良。

 

 

…開戦時間も迫っているのに、一体誰が何の用なのか。

 

 

どこか『聞き覚えのある声』、そして何やら面倒事の予感。そんな感情が渦巻きつつも、声の方へと向かって遊良が振り向いた…

 

そこには…

 

 

 

「なんだ…またお前か。」

「『なんだ』とは何よ、失礼な奴ね。」

 

 

 

高飛車そうな鋭い目つき。しかし日の光に反射するほどに艶やかな黒い髪。

 

その髪型を、『姉』そっくりに後ろで一つに纏め…棘のある口調とは裏腹に、どことなく気品を感じさせる一人の女生徒の姿が。

 

 

―イースト校2年、紫魔 アカリ

 

 

昨年度に【堕天使】を得たばかりの遊良とデュエルをしたものの、手も足も出せずに敗北を喫したはずの紫魔家の少女。

 

…遊良からすれば、あまり関わりたくはないであろう、そんな少女。

 

しかし、昨年までの彼女の実力では【決島】の代表に選ばれるかどうかも怪しかったであろうこの少女が、一体どうしてこの開戦間近になって、突然遊良へと声をかけてきたのだろうか。

 

そんな鋭い視線をした少女を、遊良はあまり刺激しないように意識しつつ…

 

目の前の少女へと向かって、ゆっくりと言葉を漏らして…

 

 

 

「…もうすぐ開戦の時間なんだけど。」

「わかってるわよ!…その前にハッキリさせておきたかったの。アンタ、アタシとの『約束』…忘れてないでしょうね。」

「約束…」

 

 

 

拗ねた子どもの喚きにも似た、攻め寄る少女の鬼気迫る圧力。

 

それは遊良からしても、思わず後ずさりしそうなほどの圧力を放つ代物であり…

 

この『混戦』が予想される【決島】においても、あくまでも狙いは遊良ただ一人なのだと言わんばかりのその気迫。

 

それはとてもじゃないが、昨年度までの『地紫魔』である事をひけらかしていた、遊良に簡単に返り討ちにされたはずのあの彼女からは想像も出来ない程に膨れ上がった、まさに鬼気迫るオーラとなっていたことだろう。

 

そう、鷹矢との『約束』とは別の、『約束』と言うよりは彼女の一方的な物言いとも言える…

 

彼女が、どうしても遊良に執着する、その理由…

 

 

 

「とぼけないで!アタシがアンタにデュエルで勝ったら…」

「…あぁ、俺が知ってる、紫魔 ヒイラギの情報…全部教えるって奴だろ?…忘れてないよ。」

「…ふん、ならいいわ。」

 

 

 

それは紛れも無い。

 

昨年度に決闘市で起こった、甚大なる被害を決闘市へともたらした先の『異変』の中核であった…

 

そしてその『異変』の後にこの街から姿を消した、公式的には既に『死亡』扱いとなっている、『先の異変』の『ただ一人の犠牲者』として数えられている彼女の義姉…

 

 

―『紫魔 ヒイラギ』の事について、遊良からその全てを聞き出すためだったのだ。

 

 

…師である【黒翼】が、自分の目の前でその少女を文字通り『消し飛ばした』と言う、遊良からすればあまり思い出したくはない出来事。

 

しかし義姉の『死』を全く信じていない彼女からすれば、何かを知っているであろう遊良は逃がすわけにはいかない絶対の獲物。

 

そんな『捻じれ』が、彼らの間にあるからこそ。この【決島】という、世界中が注目している『祭典』の、その最中であっても…

 

 

 

「【決島】じゃ逃げも隠れも出来ないわ…絶対に逃がさないから。」

「…あぁ。」

 

 

 

…昨年までの、『地紫魔』であるコトをひけらかしていた彼女だったならば、絶対に【決島】の代表には選ばれなかっただろう。

 

しかし今の彼女からは、絶対に遊良を逃さないという狂気にも似た雰囲気と、後に引く気など無い鬼気迫るオーラが漏れ出ていて。

 

 

―そう、昨年度に起こった先の『異変』のその後…『何か』が彼女を変えたのか。

 

 

先程遊良が放った、『またか』という言葉のその通り。

 

春休みが終わり新学期が始まってからと言うもの、彼女はあまりにしつこく遊良に付きまといその首を狙ってきていたのだ。

 

そのあまりのアカリのしつこさに、デュエルで勝つことを条件にしたのは遊良とは言え…ここまで遊良に全敗を喫しているアカリは、それでも諦めることを全くせず。

 

更には精神面以上に、昨年までの彼女からは考えられない程のデュエルの鍛錬を積んだらしく、2年生になってからメキメキと頭角を現し始め、今ではこの紫魔 アカリは『地属性』の紫魔家の統括である『地紫魔』の名に恥じない、イースト校を代表出来る程の実力者となっていて。

 

 

…それはすなわち、その実力は今やイースト校でも上位に数えられるモノであると言う事。

 

 

そんな、言いたいことだけを言い終えて、遊良の元から去っていくそんな彼女もまた…

 

何よりも第一に、遊良の首を『本気』で狙っており…

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 

だからこそ、これまでの彼女とのデュエルに、全て勝利しているとは言え。

 

誰もが戦いに貪欲さを見せているこの【決島】の空気と、自分の心の僅かな緩み、そして彼女の鬼気迫る必死さが相まってしまえば、その場の勝負では何が起こるか誰にもわからないことなのだ。

 

それを、遊良も感じ取ったからこそ…

 

この隔絶された【決島】で、誰もが皆それぞれ譲れない思いで『本気』で戦いに臨んでいるというのにも関わらず。

 

自分がその必死さに辿り着く、最後の僅かな心の鍵が、今の自分にとっては『何』なのか。

 

 

…それが、今の遊良にはどうしてもわからない。

 

 

そんな、戦いの前だと言うのに決心がつききらない遊良へと向かって…

 

再び、背後から近づいてきた人物が、徐に声をかけてきた。

 

 

 

 

 

「天城君、少々いいですか?」

「…砺波先生?」

 

 

 

 

紫魔 アカリが去っていった矢先。

 

今度はイースト校理事長であり、自身の師である【白鯨】、砺波 浜臣から呼び止められた遊良。

 

…砺波とて、もう開戦寸前だという事を分かっていない訳がない。

 

それなのに、いくら直属の教え子とは言えイースト校理事長でもあり元シンクロ王者でもある【白鯨】が、ある特定の一人の学生へと声をかけていること自体、あまり周囲には見せてはいけないような光景であるはずだというのに…

 

 

 

「どうしたんですか?もう始まる寸前なのに。」

「いえ、少々君に用があったのですが…それより、戦いの前だと言うのに随分と迷いが生じているようですね。」

「…え?」

「今の君を見れば誰にだって分かります。…あれこれ考え過ぎるところが君の悪い癖だ。何を悩んでいるのかは…まぁ、大体想像がつきますが。大方、先程の天宮寺君の選手宣誓に秘められた『覚悟』と、高天ヶ原さんの心配…と言ったところでしょうか?」

「は、はい…」

 

 

 

遊良の心に渦巻いた、複雑に絡まった感情をまるで見透かしたようにしてそう言葉を発した砺波。

 

…何やら用があるらしいのだが、それよりも今の遊良の迷いの方が砺波には目に映ったのか。

 

 

 

「高天ヶ原さんについては、何があってもすぐに対応できる手筈を整えたのは君もしっているはずです。」

「それは…わかってますけど…でも、その…さっき、鷹矢に言われたんです…気が抜けているって。」

「戦う理由が足りないと?」

「いえ、そういうわけじゃ…」

 

 

 

中途半端な煮え切らない言葉と、心に渦巻く迷いと緩み。

 

…弱音など、吐いている場合じゃない。

 

それは遊良とて、重々承知していることとは言え…後に引けない焦燥が常に背中に張り付いていた昨年度の【決闘祭】と比べると、どうしても【決島】に対する戦いへの熱が低い事は遊良にとってもどうしようもないのか。

 

…そう、いくら同じ年代の学生達よりも大人びているであろう遊良とて、まだまだ高等部の2年生で、大人には程遠い部類の少年。

 

そんな少年が、ただ『Ex適正』が無いと言う理由だけで、これまでずっと負けてはいけないデュエル『だけ』をし続けてきた方が異常なのだ。

 

それは『Ex適正』が無いと宣告を受けてからこれまでの間、ずっと過酷を味わい続けてきた遊良にとっては…

 

今この時、ある意味『初めて』何も賭けるモノもなく戦いに臨めると言う、にわかには信じがたい違和感を感じる状況とも言え…

 

 

 

「ふむ…なるほど、少々重症のようだ。」

 

 

 

開戦間近のこんな時に、消沈してきている教え子が砺波には如何様に映ったのか。

 

そんな、自分ではどうしようもない感情に囚われている遊良へと向かって…

 

砺波は、周囲に言葉が漏れないよう。やや溜息を吐きながら、その白い髭の奥から再び重々しく言葉を発した。

 

 

 

「…この際仕方ありません。…終わるまで言うつもりはなかったのですが、覚悟して聞きなさい…この【決島】で、君が『それ相応』の結果を出せなければ…君を【決島】に推薦した決闘市側の理事長…すなわち、私と、獅子原理事長、そして李理事長の3名はクビになります。」

「え!?」

 

 

 

唐突に。

 

遊良の耳に、突然の雷鳴のように砺波の言葉が飛び込んできて。

 

ソレに伴い、驚きと共に遊良の心臓が大きく跳ね…今まで隠されていたあまりの事実に、遊良の思考は混乱の一途を辿り始めたではないか。

 

 

 

「な、ど、どうして…」

「当たり前でしょう?君の出場に懐疑的だった【決闘世界】の上層部の決定に、真っ向から反論したんですから。同じく君を推薦した劉玄斎がどうなるのかは知りませんが…少なくとも君の【決島】の結果には、昨年の【決闘祭】の時よりも多くの人の進退がかかっていた…という、ただソレだけの事です。」

「そ、それだけの事…って…」

 

 

 

あまりに突然の砺波の言葉に、遊良の思考が付いてこない。

 

それに比例し、今の今までひた隠されていたが故に…突如として自分の肩に圧し掛かってきたあまりの責任が、さらに遊良の焦りを助長するだけ。

 

…失うモノが無いなどと、思い上がっている場合ではなかった。

 

考え直せば当たり前の事で、思い直せば当然の事。何故これまでずっと賭けてきたモノが、今回だけは『無い』などと思い上がってしまっていたのだろう。

 

幼少の頃から憧れて、昨年は紆余曲折あったとは言え…今ではこうして師となってくれた、イースト校理事長である元シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣。

 

夏休みに初めて邂逅したとは言え、こんな自分に全く偏見も持たずに修業をつけてくれた…歴戦の決闘者、『烈火』と呼ばれるサウス校理事長、獅子原 トウコ。

 

そして、これまで接点が無いにも関わらず、他校の学生である自分を信じて、そしてそのリスクを負ってまで自分を【決島】に推薦をしてくれた、元カードデザイナーであるウエスト校理事長の李 木蓮。

 

そんな【決闘界】の大物達の進退が、こんな自分のデュエルの結果にかかってくるということは、昨年の【決闘祭】で師である【黒翼】の引退と自身の退学を賭けて戦ったあの時よりも、更に過酷な重圧とも言えるだろうか。

 

ただ自分が知らなかっただけで、水面下では『いつもと同じ状況』が今まで通りに進んでいただなんて。今の遊良の頭の中には、突然告げられたソレらの重みが、今更になってひしひしと圧し掛かってきている様子で…

 

 

 

「本来ならば、開戦の直前にこんな事など言いたくはなかったのですがね。さて、この事実を聞いて迷っている暇がありますか?これまで世話になった人達の進退が、君の肩に全てかかって来ているのですから。」

「あ、ありません…」

 

 

 

それにより…

 

『Ex適正』の無いと言うその『意味』を、遊良もようやく思い出したのか。

 

そう、いつもと違う環境という『緊張』の所為か、至るのも気付くのも遅れてしまったが…自らを取り巻く状況は、いつもと全く変わってはいなかったのだ。

 

 

―【決闘祭】の優勝者として【決島】に出場するという、これまでの人生において経験した事のない『プレッシャー』…

 

―住み慣れた決闘市を離れ、土地も人も雰囲気も空気も何もかもが初めての場所で戦わなければならないという『緊張』…

 

―これまでの人生において、常に聞こえていた野次や否定、侮蔑や嘲笑といった、遊良にとってはある意味『聞き慣れていた』いつもの状況が、この【決島】には存在していなかったからこそ生じてしまっていた心の僅かな『緩み』…

 

 

その、いつもとは異なる状況の『全て』によって、これ程までに遊良の心には必死さがそぎ落とされてしまっていたのだろう。

 

…しかし、自分が気付けなかっただけで、状況はいつもと全く同じだった。

 

 

―ここは自分を認め始めてくれていた『決闘市』ではない。未だに『Ex適正』の無い自分を認めていない、決闘市の『外』の世界。

 

 

自らの力で、決闘市における『その常識』を覆したとは言え…まだまだ『外』の世界にとっての自分は、『Ex適正』の無いデュエリストの成り損ないという認識。

 

だからこそ、この【決島】が全世界へと向けて中継され、自分の全てのデュエルが見られている以上…

 

 

―『観客』は居る。

 

 

―ただ、見えないだけ。

 

 

そして聞こえないだけで、『ソレ』はきっと今もTVの前などで言われているのだろう。『Ex適正』の無い、天城 遊良というデュエリストの成り損ないに対する、いつものような数々の否定の嵐は。

 

…何の関係も無い他人だったら、こんな事で悩む必要などない。

 

しかし、関係のある者達、それもこんな自分に対して、温情を向けてくれている人達の事だからこそ。昨年の、師【黒翼】の『引退』を背負っていた時と同じ…いや、下手をすればソレ以上の重圧が遊良を襲っていて。

 

 

―忘れていたわけではない…【決島】への参加も、初めは上層部からは否定されていたと言うことを。

 

―忘れてはいけない…『Ex適正』が無いと言う、その意味を。

 

 

焦りに塗れながらも、それを今一度遊良も思い出したのだろう。

 

そんな、冷や汗を垂らしながら表情を一転させている遊良の顔を、砺波は一瞥したかと思うと…

 

懐から、一枚のカードを取り出し始め…ソレを、徐に遊良へと手渡してきた。

 

 

 

 

「…よろしい。そんな君に『預り物』です。」

「え?と、砺波先生!…こ、これって…」

 

 

 

砺波から直々に手渡されたソレに、思わず驚きの声を上げた遊良。

 

…しかし、それもそのはず。

 

砺波から手渡されたそのカードは、遊良からすればどうして自分に渡してくるのか…その理由すら分からないような代物だったのだから。

 

しかし、この開戦間近になって、突然『そのカード』を渡された意味すら全く分かって居ない様子の遊良に対し…砺波はその白い髭の奥から、更に静かに言葉を続けるのみ。

 

 

 

「ある方からの預かり物です。『その時』が来るまで、君に預っていて欲しいと…」

「『その時』…で、でも何でコレを俺に?こ、こんなカード、俺が持ってていいようなモノじゃ…」

「…さぁ?私には、あの方がどうして君に『そのカード』を預けたのかなどわかりません。…しかし、このカードを君に渡すように言ってきたお方は、そのカードを君が使用するのも良いと言っておられました。」

「え、お、俺が!?…俺が…このカードを…」

 

 

 

…意味が、わからない。

 

先程は砺波の言葉に驚いて、思わず焦っている暇は無いと言ってしまったとは言え…心の緩みが消えはしても、今度はそれ以上の『何か』が心に生じている様子の遊良。

 

何せ、自分の肩に決闘市の理事長3人の進退がかかっているという重圧と、そのすぐ後に『こんなカード』を渡されてしまっては…

 

 

 

「…まぁ、私はあまりオススメはしませんが。ソレが君にとって、あまり良い意味を持っているわけではないことを私も知っていますので。…ですが、君が『そのカード』を預けられたという、その意味をどう捉えるか。それもまた君次第です。」

「…」

 

 

 

昨日感じた『緊張』もそう。否定が聞こえなかった事による『緩み』もそう。

 

開戦直前になって襲い掛かってくる、自分ではどうする事も出来ないソレらに、振り回され続ける遊良の心が戦う前から疲弊し始めているのは決して錯覚ではないはず。

 

しかし既に疲弊している己の教え子を、鯨の瞳はただ見下ろしているだけであり…

 

 

 

「…迷いなさい。今の君には、その迷いが必要だ。」

「え…」

「焦って、迷って、悩んで…そして自分自身で解決策を見つければいい。こんな状況ですが、君にはソレが出来ることを…とりあえず、今は信じておいてあげましょう。何せ、この【白鯨】の教え子なのだから。」

「砺波先生…」

 

 

 

人生においては自分ではどうしようもない『壁』が突然出現することなど日常茶飯事。

 

…それ故、子どもではどう足掻いても越えられないモノが、いきなり目の前に立ち塞がってしまう事があるのも、また変えようの無い人生の流れ。

 

だからこそ、そうした、『子ども』がどうしようもない迷いに囚われたときに、導けるのは『大人』だけ。

 

特に今回は遊良の結果に、決闘界の重鎮3名もの進退が背負わされているのだから、今ここで迷いに囚われかけている遊良を師として導くのは、砺波の当然の役目とも言え…

 

しかし、ソレをわかっていてもなお。今ここで遊良に助け舟を出すことは、彼の為にならないという結論に【白鯨】は至ったのか。

 

これまで自分が築き上げた、輝かしい功績を賭けてでも。

 

そして自分だけではなく、自分の教え子を信頼して進退を預けてくれた、決闘界の重鎮達の今後を勝手に賭けてでも。

 

その全てを賭けるに値すると、砺波自身も信じているからこそ。あえて迷いを持たせたまま、砺波は遊良を送り出そうとしている様子で…

 

 

 

「さぁもう行きなさい。くれぐれも、自分のデュエルの全てが世界に見られていると言うことだけは忘れないように。それだけを理解していれば、自ずと答えは出てきます。」

「は、はい、砺波先生。」

 

 

 

そうして…

 

迷いに囚われたままで初期地点へと向かって歩いていく教え子を、遠い眼で見送る鯨の眼差しは果たして一体何を思っているのだろう。

 

 

 

(…全く、自分が戦わず教え子に全てを預けるなど正気の沙汰ではない。鷹峰も…あの時はよくもまぁ簡単に言えたモノだ。)

 

 

 

そんな砺波が今思い浮かべていたのは、昨年に己の弟子に自身の『引退』を簡単に預けた、古い付き合いでもあるエクシーズ王者【黒翼】の…

 

あの憎たらしくもふてぶてしい、それでいて自信たっぷりに発せられた、後先を考えていなかったであろう約束の豪語。

 

…きっと、あの頃の自分に言っても絶対に信じることはないだろう。まさか、ソレと同じ事を、今度は自分がすることになるだなんて。今の砺波は、そう思っているに違いなく。

 

しかもソレが、世界中からその存在を全否定されたあの『Ex適正の無い』天城 遊良だというのだから…

 

…ここまで変化した自らの心情に、最も驚いているのは砺波自身なのかもしれず。

 

 

 

(さて、ちゃんと気付いてくれるでしょうかね。…天城君、君にとって、最も優先するべき事は何なのかを。)

 

 

 

…けれども今の砺波には、教え子を疑っている様子など微塵もない。

 

そう、自分達の進退よりも、あくまでも遊良自身の事を考えているかのような砺波の思考は、遊良自身に『何か』を気付いて欲しいと言っているかのよう。

 

それは、最初はいくら罪滅ぼしの為だったとはいえ、これまで遊良の事を見てきたが故に至った結論。

 

歴戦を戦った王者【白鯨】が、一人の少年を鍛えてきたが故に変化した、【白鯨】自身にも予想しなかったであろう心境の変化。

 

 

 

そう、あくまでもやるべきことは唯一つ。

 

 

 

全ては、自身が認めた教え子を…

 

 

 

 

 

―更に、強くする為。

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

『各選手!所定の位置へと到着しました!それではいよいよ!一斉にデュエルが開始されます!』

 

 

 

 

 

 

開戦直前に色々あったとは言え、ようやく始まろうとしている【決島】を盛り上げるべく島中に響き渡ったのは実況の声。

 

 

それに伴い、今か今かと開戦を待ちわびていた世界中の観客達は、その興奮の熱を今まで以上に上げ始め…

 

各チャンネルには、それぞれの局がそれぞれ別の学生達のデュエルをリアルタイムで映し出すべく、開会式の映像から島中の映像へと切り替わり始めたではないか。

 

 

 

『各選手達のデュエルの様子は、元シンクロ王者【白鯨】のご好意により、各チャンネルより全てのデュエルがリアルタイムで映し出されます!』

 

 

 

普通だったらこんな大規模な混戦において、『全員』のデュエルが取り上げられることなどプロの世界でも皆無の事。

 

しかしこの【決島】においては、200名全員のデュエルが同時に世界中に放映されるのだ。

 

それは、砺波が私財を使って特別に用意させた、各学生達について回るデュエルドローンが個人個人のデュエルを逃す事無く映し出すからでもあり…

 

それとリンクした、世界中の放送局が学生達のデュエルを余すこと無く放送する為。

 

 

…表向きは、【決島】を盛り上げるための建前と、出場している各校の猛者達のデュエルを、広く世間に見せ付ける為。

 

―しかしその実は、【決島】全域を常にリアルタイムで映し出し、外から現れるであろう『赤き竜神』を狙ってくる『敵』を、自由に動かさない為。

 

 

また、公にはされていないが、この周辺海域には砺波が依頼し手配した警備隊による、魚一匹抜け出せないであろう警戒網と…

 

空域には、いつでも飛び立てるジェットヘリを、近くの『島』に待機させてある。

 

これで、『赤き竜神』を狙う『敵』がこの【決島】で行動を起こそうとしても、『侵入』する事も出来なければ、『脱出』することも『隠密』で行動する事も、更には『逃走』する事だって困難であるはず。

 

…自分の教え子を狙ってくる不逞の輩には、この【決島】に入れも逃げも行動もさせない。

 

そんな砺波の、過剰とも思える警備網が張り巡らされていることなど、件の当事者達以外には知る人間など誰も居らず。

 

 

 

『更にはデュエルを盛り上げる要素として、【決島】ではリアル・ダメージルールを採用!学生達が腕に嵌めているリングによって、デュエルでのダメージに応じて実際に衝撃が起こりますので、学生達がいかにダメージを受けずにデュエルを進めるのかも見所の一つと言えるでしょうか!』

 

 

 

「…アタシは反対したんだけどねぇ、そんな危ないモン、子ども達につけさせるなんてさ。」

「衝撃つっても死ぬほどじゃあねぇよ。まぁ、ワンショットでも喰らえば気絶する位にゃビリビリ来るけどなぁ。」

「…ソレにしたって限度ってモンがあるさね。」

「安心しろ、ウチの優秀な医療班が待機してんだ、それにこんなモン、デュエリアじゃあ当たり前の事だぜぇ?それとも、軟弱な決闘市のガキ共にゃキツいってかぁ?クハハハハ!」

 

 

 

そんな中、学長、理事長達の為に特別に作られた特別観覧室の中に呟かれた『烈火』のぼやきと、ソレに対して木霊する『逆鱗』の重々しい声。

 

 

―プロの世界でも賛否両論の、実際の衝撃を伴うリアル・ダメージルール。

 

 

しかし、その『烈火』のぼやきに反し。倫理的に問題があるかのようにも思えるこのリアル・ダメージルールに対して、反対の声はひとつも聞こえてこないでは無いか。

 

…それは、危険を伴うであろうこのルールですら、世界最大規模の祭典を更に盛り上げるためのスパイスと言う程度にしか観客達も思っていないという証拠なのか。

 

そう、プロの世界には、実際にコレと同じルールが適応されている耐久レースも存在する為か…世界最大規模の『祭典』の興奮と相まって、このルールに異議を唱える者など、観客達の中には誰も居らず。

 

また【決島】のルール上、何度デュエルに敗北しても『失格』にはならないとは言え…

 

それはあくまでも『意識がある場合』でのみ適応されるルールであり、連戦に次ぐ連戦が予想される【決島】の混戦の中では、その場その場の細かいダメージよりもデュエルを重ねた事によるダメージの『蓄積』の方が深刻と言えるだろう。

 

…何せ、受けたダメージに比例して、流れる電流の強さも変わる。

 

それは、もしもワンショットキル級のダメージを受けでもすれば、人間の意識など簡単に断ち切れる程の代物であり…

 

 

―カードを引けぬデュエリストに、ターンは回っては来ない。

 

 

もしも途中で意識を失えば、その場で即『失格』となってしまうのだ、

 

だからこそ、何度デュエルを重ねるか分からないこの【決島】では、勝ち負け以上にどれだけダメージを食らわずに戦い抜けるかも重要となってくる。

 

そう、新たなデュエルを開始する時に、いくらLPが4000まで戻ろうと…それまで体に『蓄積』されたダメージは、簡単に元には戻ってくれないのだから。

 

 

 

 

 

故に…【決島】における、ルールは簡単。

 

 

 

 

―最後まで立って、デュエルをするだけ。

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…最初の相手は君か…ヌフッ、こりゃあ幸先良いね。」

 

 

 

砺波と別れ、森へと足を踏み入れてすぐの場所でのこと。

 

自らの初期スタート位置に到着した遊良へと、その場に居たもう一人の学生が徐に言葉を投げかけてきた。

 

…それはじめじめと湿った笑いを漏らし、どこか耳に纏わり付くような声をした、遊良の見知らぬ男の学生。

 

デュエリア校の制服を着ていることから、当然その相手がデュエリア校の生徒であると言うことは遊良とて瞬時に理解したとは言え…

 

まるで、最初の相手が遊良だという事を知り、既に勝利を確信しているかのような相手の学生のその言葉に、色々あって疲弊し始めていた遊良の心も思わず高まりを始めてしまって。

 

 

 

「ヌフフッ、僕はデュエリア校3年のダニー・K。」

「…イースト校2年、天城…」

「あぁ自己紹介はしなくても大丈夫だよ?ヌフフフフ、君の事ならちゃーんと知ってるからね…よろしく、『Ex適正無し』クン。」

 

 

 

そんな遊良の精神を、察してか見透かしてか見通してか。

 

このダニー・Kと名乗った湿った笑いを漏らすデュエリアの学生は、更に遊良の癪に障るような言葉を続けるのみ。

 

 

 

『各選手!所定の位置へと到着しました!それではいよいよ!一斉にデュエルが開始されます!』

 

 

 

しかし、遊良の精神状況などお構いなしに。突如鳴り響いた実況の声に連動し、この場に集まった総勢200名のデュエルディスクが同時に展開されていく。

 

これより始まる戦いを皮切りに、学生達はこの日、島中を縦横無尽に駆け巡り…

 

そして終わる事の無い連戦に身を投じ、その戦いの全てが世界中に見られているというこの逃げ場の無い戦場で、決闘市とデュエリアと言う、世界が誇る二大デュエル大都市の学生の頂点が決められるのだ。

 

…迷いはある。焦りもある。未だ吹っ切れていないこの状況が、【決島】では大きな命取りになることを遊良は理解している。

 

 

―それでも、戦わなければ生き残れない。

 

 

ここは自分を認めはじめてくれていた決闘市ではない。自分の存在を未だ認めてくれていない、決闘市の『外』の世界。

 

だからこそ…そう、自分だけではなく、師達の命運をも背負っているからこそ。

 

自分の負けは、自分一人の負けではない。自分だけの戦いではない事を思い出したが故に、いくら精神状態が最悪だからとは言え自分に負けることは許されないのだ。

 

それを、遊良も戦いの寸前に思い出したからこそ…

 

 

 

『ルール説明は以上!それでは、これより開戦です!デュエルディスク展開!デュエルモードオン!』

 

 

 

見えない観客達へと向けてルール説明をしていた実況の声が、いよいよ開戦の時を告げる。

 

総勢200名の学生達による混戦。実際のダメージが襲いかかるリアル・ダメージルール。

 

逃げ場の無いこの無人島が、本当の意味での【決島】へと、その姿を変えていき…

 

それに呼応し、世界中の熱狂がこの島を覆い始め、世界中で轟いている聞こえないはずの熱狂がその勢いを増すごとに、見えないはずの観客の声が【決島】にいる学生達にも聞こえ始めてくるではないか。

 

 

…錯覚か、実体か。

 

 

しかし今この場に集った臨戦態勢のデュエリスト達は、誰もそんなモノになど気をとられる事などなく。

 

そう、臨戦態勢に入った学生達の耳には、周囲の熱狂など既に聞こえない。

 

…200名の学生達全員が、それぞれの相手を前に手札を引く。

 

それは戦いの準備が整った合図であり、これより完全にランダムに決められたというこのスタート位置で、今一斉にデュエルが始まろうとしていて。

 

 

 

「ヌフフッ、【決闘祭】の優勝者だろうと、デュエリアの敵じゃ無いって事を思い知らせてあげるよ。」

「…」

 

 

 

…迷いと焦りが残りつつも、開戦の時は待ってはくれない。

 

『Ex適正』が無いと言うことは、負ければ終わりという事。

 

それを、遊良は今一度己の心に刻み込み…

 

 

 

 

 

『さぁ!生き残りを賭けて戦いぬけ!』

 

 

 

 

 

世界の全ての視線が、【決島】へと注がれたところで…

 

 

 

 

 

『【決島】…スタァァァァァアトォォォォォォォォオ!』

 

 

 

 

 

―デュエル!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

ついに、始まる…

 

 

 

 

 

―今、一斉に

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 


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