遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
『…おれに、デュエルを…おじえでぐだざい…』
そう言って、死にそうな眼をして尋ねてきた子供を思い出す。微か残る生きる希望にしがみついて、まるで全世界が敵だと言わんばかりの姿が印象的だった。年月にしたら、つい十年ほど前のことだが、今ではそれよりも随分と経った気もする。
「カカッ…」
笑うつもりなど無かったけれど、なぜか無性に懐かしさが込みあがって来てしまい、思わず声が漏れてしまった。今更だが、なぜあんな子供を鍛える気になったのだろうか。
そのときのことをほとんど覚えていないが、今にして思えば、「あの眼」はあの年齢の子供がしていい眼ではなかった、それだけはハッキリと覚えている。
しかし、まさか自分みたいな奴が教える側に回る日が来るとは。人生何があるか分かった物じゃない。何せ自分の子供だってまともに育てた覚えが無いし、ましてや他人の子供に何かを教えるなど、とてもじゃないがガラではないのに。きっと自分みたいなやつは一人で好き勝手に生きて、そしてどこかで野垂れ死ぬか、または誰かに命を奪われるのではないかと思っていたくらいなのだから。
「どうかしたんですか、急に。」
「あぁん?…いや何、なんてことはねー事だけどな。あー…なんか急に昔のこと思い出してよ。」
それが成り行きで、しかもなぜか追加でもう何人か鍛えることになってしまったのだが、ピーチクパーチク騒いでいたあのガキ共も、弟子として見ればなんとも可愛げがある。恨まれることは多々あれど、慕われることには慣れていない。
まぁ、あいつらにはここ数年会っていないが、特に心配もないし、放っておいても元気にやってるだろう、若いうちは何をしても死なない。
「あなたが…?ふふ、珍しいですね。なにかあったんですか?」
そんな感傷に浸っていたのだが、隣に座っていた若い女性が珍しいものを見たかの様に返した。隣の女性も、この男とは長い付き合いなのだろうが、しかし実際こんなふうに過去を顧みることはかなり珍しいのだろう。
しかし男の方も、何かと言われても思い出せない様子だ。
「…何か…はて、こんなこと思い出すような何かってーと…何かあったか?」
しばらく会っていないとはいえ、連絡など自分からはしないし…あ
「そういやぁ、あったあった。」
そういえば昨日珍しい奴から電話が来ていた。それ繋がりで連鎖的に浮かんできたのかと、男はそれを思い出す。そしてそれを見た女性の方も、まるで何かを悟ったような声で返した。
「だから帰国を早めたんですね。昨日急に帰るって言い出した時は、また無茶なこと言い始めたと思いましたが。」
「それについてきたお前さんも大概だろうが。…それによ、もうこの国でもやることはねーんだし、そろそろゆっくり隠居でもしてーからな。」
「ふふ、あなたが?ご冗談を。まだまだ現役でいてもらわなければ困ります。」
「おぉ怖い怖い。これだから若いやつは。威勢がいいこった、カッカッカ。」
上空一万メートルで、それも薄暗い飛行機の中で、初老の男性と若い女性の組み合わせは、傍から見れば異様な組み合わせである。
しかし、誰もそれを気に留める者はいない。
彼らが持つ異質な雰囲気と、近づくだけで苦しくなるような圧力に、誰も彼らを直視できずにいた。まるで本能が、彼らを凝視することを拒むかのように、誰も二人を見ないようにしていたのだった。
―…
「おい天城!お前いい加減目障りなんだよ!」
朝の登校途中、家から出てまだ少ししか経っていないのだが、聞きなれない声で、聞き馴染んだ罵声が遊良の耳に届いた。
もう毎朝恒例のものなっているこの罵倒だが、しかしまだ学校も見えていないこんな場所ではっきりと言ってくる輩も珍しい。いつもはもっと学校の近くで絡んでくる奴が大半だというのに。
なにせ、その方がギャラリーが多いし、それだけ自分の力を周囲に誇示できるのだから。
…そう考えて返り討ちにされた輩は数多いが。
まぁ、しかし今日に限ってなぜかは簡単に予想できる。
「いつもいつも高天ヶ原に付きまといやがって!見ててうぜぇんだよ!」
大方、こんな学園からまだ遠い場所からルキと一緒に登校しているのが気に食わなかったのだろう。
まぁ、いつもはこんなことも予想して、早めに家を出ている遊良なのだが、なるべくルキとかかわらないようにしてきたことも、ルキはそれをあまり良く思っていなかったみたいであるものの。
しかし、それにしてもなんとガキ臭い理由だろう、これだから色恋に染まっている男は面倒くさい。そう遊良は感じた。
だが、男子生徒にそんな事を言われても仕方が無いことだろう。昨日あんなことがあっても学園には登校しなければいけないのだし、昨日はこの家に泊まって今朝も一緒に家を出たのだから。
鷹矢は睡魔に負けて、深い眠りの中にいたため問答無用で置いてきたが。
まぁ遊良にとって、鷹矢が居なくても今は結果的にこの方が都合がいいことは確か。
そうして遊良は自分の代わりに憤慨して、罵倒した生徒に今にも掴みかかろうとしたルキを制した。
そのまま…その因縁をつけてきた男子生徒に対し、今までの自分からは言うことすらなかった言葉を、遊良は発するために。
「誰だお前?…つーかお前には関係ないことだろ。文句があるならデュエルで来い。さっさと蹴散らしてやるからさ。」
「んなっ!?なんで俺がお前なんかと!天城の癖に、俺に勝てると思ってんのか!?」
「なんだ。かかってこないで大声を上げるだけってことは本気で俺にビビってたのか。名前知らないけど、今なら見逃してやるからとっとと消えろ。」
「…テメェ、天城の癖しやがって上等だ!ぶっ飛ばしてやる!」
わかりやすく怒ってくれてやりやすい、こんな簡単に挑発に乗ってくれて助かった。そう、遊良は感じているのだろう。
隣ではルキが若干驚いた顔をしているが、今までの遊良の態度とは正反対の台詞が飛び出してきたのだから当たり前か。
そんなルキを余所目に、遊良はデュエルディスクを展開しながら向かっていった。
―…
「いいの?朝からあんな事して。」
そう遊良に語りかけながら、ルキが振り向いた後ろには男子生徒が5~6人ほど力なく崩れ落ちていた。最初のデュエルから10分ほどしか経っていないが、既に死屍累々となっている。
これは、いつものように遊良のことを悪く言っていた生徒達だったが、文字通り手当たり次第にデュエルで蹴散らした結果だ。
「むしろ好都合だったよ。昨日言ったじゃん?向かってくる奴は全部倒してやるって。」
「でもなぁ…」
向かってくる生徒は容赦をせず叩きのめし、陰口だけの生徒も許さずにデュエルを仕掛けた。
陰口だけを叩いていた生徒も、いつもは完全にスルーする遊良に油断していたのか、急に挑まれて困惑しそして惨めなくらい完膚なきまでにデュエルで叩きのめされていて。
全員が打ちひしがれている様子は、今までの遊良からは想像もできないことだ。遠巻きにみていたギャラリーも、信じられないものを見たといわんばかりにあっけに取られているのがその証拠となっている。
「なにもあそこまでする事無かったんじゃない?」
「これくらい見せ付けてやった方がわかりやすいだろ。言い訳する余地すら無い方がさ。つーかまだ全然だぞ?回す気ならもっと回せたしさ。」
そんなギャラリーには眼もくれずにゆったり歩き続ける遊良とルキ。
そういう遊良だったが、終始デュエルを見ていたルキからしたら本当にこれ以上無いくらいに容赦が無かったのだ。
モンスターを召喚すればそれを破壊し、伏せカードをセットすれば、エンドフェイズ時に破壊する。
ターンを終えるときには、相手の場にはカードが存在すら出来ていないという普通ではありえないような状況が、全てのデュエルで起きていた。
対戦相手からしたら、自分が何をやっても無駄という恐怖を覚えさせられたことだろう。
それも、自分達が見下していたはずの天城 遊良にだ。
負けを認めたくなくて言い訳めいた言葉を出そうにも、何もさせてもらえなかったという事実だけが目の前に立ちはだかる。
―単純に、明解に。
天城 遊良との実力差がありすぎただけ、そういわれているのと同義なのだから。こうなってしまっては、これほど屈辱的なことはない。しかし、それを言葉に出来るはずも無い。
ー『さ、最初の手札が悪かっただけだ!この僕が、お前なんかに負けるわけが…』
しかし中には一人だけ、自分の手札が悪かったと言い張った生徒もいたが…
ー『ふーん…手札事故…ね。』
ー『…あっ…あぁ…』
そもそもこの世界でデュエルを行う以上、手札事故なんて敗北の理由にはならない。
手札事故を起こす時点で、そいつの実力はたかが知れている。実力の有無に関わらず、手札事故を起こすようなデッキを組んだ方が悪い。それが全世界共通の認識。
そして、その生徒は言ってから自分の失言に気付いて勝手に泣き崩れ落ちていた。
「いやいや、俺が自分でやらなかったらルキがもっと叩きのめしてたんじゃないか?俺より容赦ない癖にさ。」
「…まぁそうだけど。だってムカつくし。」
「…はは。けどさ、これでいいんだって。多分今日は忙しくなるぞ。」
「ん?何で?」
そんな有象無象には眼もくれず、ワクワクしているような顔をしている遊良の横顔を見ながらルキは若干不安そうに聞き返した。まるで新しく得た堕天使デッキを、もっと試すことが出来るのが嬉しいかの様だ。
「朝からこれだけ大暴れしたんだ。学校に着いたら俺のことが気に食わない奴らが朝の噂を聞きつけて、もっと食いついてくるはず。腕に自身があるやつなら尚更な。それを片っ端から倒しまくってやるってこと。」
「…その内、先生達が出て来そうだけど。」
「決闘学園でデュエルしているだけだ。俺を咎めたら学園のあり方自体に文句を言ってるってことくらい、教師もすぐ分かるって。」
「あー、確かに。遊良冴えてるー。」
「だろ?」
そういって、ふざけあって笑いながら遊良とルキは学校への道を歩いていった。
もう既に倒した、後ろに崩れ落ちている生徒達など気にも留めずに。
―…
「腹が減った。」
開口一番、午前中の授業もまだまだ残っているというのに遊良に救いを求めてきたのは鷹矢だった。案の定寝坊して、折角容易しておいた朝食には見向きもせずにノンストップで学校まで駆けてきたらしい。それでも間に合ってしまうのだから、本当にこの体力バカは侮れない。
例えばこれでデュエルの腕が大したことなかったのならまだ釣り合いが取れると言うのに、3年生を差し置いて既に学園最強クラスのエクシーズ使いだというのが余計に性質が悪い。決闘祭の代表戦も確実と噂されているところがなおさらに。
しかしギリギリ1限には間に合ったが、時間には勝てても腹の限界には負けた様だ。
「そう思ってサンドイッチ持ってきてやったよ。ほらよ、ありがたく食え。」
「でかした遊良!」
まぁ、こうなることは簡単に予測出来た為、先手は打ってあった。幼馴染は伊達じゃない。
遊良がカバンの中からそれを取り出すと、すぐさま嬉しそうにサンドイッチを奪う鷹矢。30cmはあろうそれを、恐るべき速さで食べ始めた。バケットを丸々一本使ったというのに、このペースなら5分と持たないかもしれない。
「…もっと落ち着いて食えよな。こっちは授業始まるまで連戦で大変だったんだぞ。」
「ふ?ははひひはほ。はいへんはっはんはっへは。」
「いやわかんねーよ。食ってから話せ。」
いきなり謎の言語で会話を目論んできた鷹矢だったが、全く持って聞き取れない。
きっと、「む?ああ聞いたぞ。大変だったんだってな。」と言ったであろうことは理解できるが、口に食べ物を入れながら話すなとあれほど言ったのに直りゃしない。
一瞬、「こんな奴に育てた覚えはないんだが」。そんな台詞が頭に浮かんだが、いくら昔から四六時中一緒だったとはいえ、考えてみれば確かにこいつを育てた覚えはないなと遊良は思い直した。
そして、今口に入っている分のサンドイッチを飲み込んだのか、鷹矢が口を開く。
「…さっきの休み時間に周りが話しているのを聞いた。お前の気が狂って暴れまわっていると噂になっていたぞ。」
「…マジ?そんな残念な話になってんの?」
「うむ。」
「もっと言葉を選ぶべきだったかなぁ。喧嘩腰で行くとそんな風に言われるとは。」
それは、ある意味遊良の予定通りな展開ではあったのだが、噂の広がり方に若干不満が残る。まぁ、噂話に文句をいっても仕方がないが。落ちこぼれから嫌われ者になったところで別に痛くもないか、ふと、そんなことを考えた時だった。
―ガラッ!
「天城ぃ!調子に乗ってんじゃねーぞゴラァ!デュエルだテメェ!!」
勢いよく教室の扉が開き、他教室の生徒が怒鳴り込んできた。素行の悪さが有名な生徒だが、それでもそこそこデュエルの腕は立つため、学園でも名が通っている人物だ。今朝、よほど派手に遊良が暴れたのが癪に障ったのか。
そんな人物の突然の来訪に教室内にもざわめきが走るが、しかし当の遊良はさもカモが走ってきたと言わんばかりに嬉々とした表情で言い返した。
「いいぜー。ちゃんと次の授業にも間に合うように、とっとと片付けてやるからな。」
「んだとゴラァ!!」
そういって、嬉々としてディスクを持って廊下に出て行く遊良。先ほどの残念そうだった態度が嘘のようだ。そして、そんな遊良を見ながらサンドイッチを再び食べ始めようとして、鷹矢は呟く。
「悪役も案外乗り気な癖に。」
言い終えてすぐに、その手からはもうサンドイッチの姿は消えていた。
―…