遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep68「化物vs.天才」

「…会いたかったぞ、釈迦堂 ラン!」

 

 

 

決闘市から遠く離れた『とある街』。その街外れに広がっている広大な森の奥深く。

 

何の因果か、【No.】に導かれた鷹矢はそこで…『出会うはずの無かった人物』と、何の前触れも無く邂逅を果たしていた。

 

…それは、かつて当時の王者であった前【紫魔】である紫魔 憐造と、【白鯨】と呼ばれる砺波 浜臣、そして鷹矢の祖父である【黒翼】、天宮寺 鷹峰までをもその手で降したという、正真正銘の【化物】。

 

浅黒い肌と、漆黒の髪。誰もが見惚れるほどに美しい顔立ちと、誰もが魅了されるであろう魅惑的な肉体を惜しみなく全面に見せつけながらも…

 

その高圧的過ぎる存在感の所為で、常人では直視することなど出来ないであろう圧倒的なオーラを纏った、全てが謎につつまれたこの女性。

 

 

 

―釈迦堂 ラン

 

 

 

「…フフッ、初めましてと言うべきかな?初対面なのにお互いに知っていると言うのも妙な気分だが…私も君を知っているよ。【決闘祭】で天城 遊良とデュエルをしていた鷹峰さんの孫。確か、天宮寺 鷹矢といったか。」

「うむ。」

 

 

 

まさか鷹矢も、理事長である【白鯨】から言い渡された『修業』のために、偶然訪れていたこんな辺境の街で、こんな人物に出会えるなんて思っても見なかったことだろう。

 

何せ、つい先ほどまではさっさと決闘市にある自宅に帰る気持ちで一杯で、こんな『野生の森』の、こんな奥深くまでは来るつもりもなかったというのに…

 

それが何故か、突然数ヶ月ぶりに鼓動した【No.】の導きによってこの森の中まで案内され、ずっと邂逅を望んでいた相手と、今こうしてようやく相見えることが出来たのだ。

 

―偶然か、必然か。

 

こんな突然な邂逅でも、どこまでも平然としている二人の決闘者が出会うことを予想できた者など、この世のどこにも存在しないことに違いなく。

 

…しかし、ここで出会うはずもなかったこの二人が、ここで邂逅を果たしてしまったことは紛れも無い真実。

 

そんな、依然として腕組をして仁王立ちしている鷹矢へと向かって…

 

ランは、あくまでも凛然とした態度を崩さぬまま、艶やかなその口をゆっくりと開き始めた。

 

 

 

「…さて、ここに来たというのも偶然と言うわけでは無いんだろう?偶然などでは『この場所』へ来られるはずもないからな。何やら妙な気配を持っているようだが…なるほど、君のデュエルディスクの中にあるそのカードが私の元へと導いたのか。」

「うむ。よくわからんが、とにかく探す手間が省けたのだ。用件は唯一つ!」

 

 

 

まるで全てを見通しているかのようなランの発言。それに対し、鷹矢は相も変わらず唯我独尊に言葉を紡いで。

 

この邂逅が鷹矢にとって、幸運か不運のどちらなのかと言うことはこの時には到底誰にも知りえないことではあるものの…

 

それでも鷹矢が、己に秘めていた『ある思い』から、釈迦堂 ランという女との邂逅を強く望んでいたこともまた事実。

 

…遊良の生きる目標になった女であり、自分もルキも立ち直らせることが出来なかった子どもの頃の遊良を立ち直らせた女が、一体どんな存在なのか。

 

そんな、祖父と相棒の話でしか知らぬ、この強き女へと向かって…

 

 

―どこまでも強い言葉で、鷹矢は言い放つ。

 

 

 

 

 

「俺と戦え、釈迦堂 ラン!」

「…ほう?」

 

 

 

 

恐れもなく、遅れもなく。

 

あくまでも堂々と、そしていとも簡単にその宣言をランへとぶつけた鷹矢。

 

こんな圧倒的な存在感を放つ【化物】を前にしても、普段通りの振る舞いをどこまでも貫く鷹矢のその姿は、虚勢を張っていると言うよりかは状況が飲み込めていない愚者のソレにも見えたことだろう。

 

…しかし鷹矢とて、ランの居る『この場所』と、なにより釈迦堂 ランという女が普通ではないことくらい、その肌で感じて理解している。

 

そう、木々のざわめきや風の音、草の揺れる音や生き物の鼓動まで、ありとあらゆる自然の音が消え去っているような『この場所』に足を踏み入れておいて、何も感じ取れない程鷹矢は馬鹿ではないのだ。

 

…そして、その原因が、この釈迦堂 ラン自身であるということも。

 

それを理解してもなお、鷹矢がこの場に留まり、釈迦堂 ランに挑もうとしている理由には、彼にとって譲れない『ある思い』があったからこそ。

 

 

 

 

「あのジジイと理事長が負け、遊良が手も足も出なかったという相手だ。今の俺の力を測るには丁度良い。」

 

 

 

 

…遊良が【決闘祭】に優勝した褒美として、祖父の手引きにより戦ったという相手。

 

そのデュエルでは手も足も出なかったと遊良本人から聞かされてはいるものの、そのたった一回のデュエルの経験が遊良のデュエルに何かしらの影響を与えたということは、遊良のことを最も近くで見続けてきている鷹矢からすれば一目瞭然。

 

遊良がこの女によってまた一つ強さを得たのならば、自分もソレを得なければいけない。

 

『この場所』が異様であったとしても、釈迦堂 ランが【化物】だったとしても…

 

 

―早く自分も戦っておかねば、不公平ではないか…と。

 

 

 

「ほう、この私を目の前にして、臆する事も無く『丁度良い』とまで言い放つか。なるほど、鷹峰さんの孫と言うだけはある。そういうところは本当にそっく…」

「ジジイのことなどどうでもいい、俺は俺だ!それよりどうするのだ?俺と戦うのか、戦わないのか!はっきりしろ!」

「…鷹峰さんが君の事をぼやいていたのが良く分かる。中々どうして、良い度胸をしているじゃないか。」

 

 

 

命知らずか、ただの馬鹿か。

 

艶かしくも恐ろしい、とてもこの世のモノとは思えぬ異様な雰囲気を全身から醸し出し、直視することすら難しい圧力を放ち続けているこの正真正銘の【化物】を前にしているというのに…

 

その【化物】の言葉さえ遮り、普段と全く変わらぬ立ち振る舞いで礼儀も作法も何も持たず、堂々と言葉を紡ぎ続ける鷹矢の態度は正に自分勝手、自分本位。

 

まぁ、誰もが恐れ誰もが憧れ、そして誰もが敬いを忘れぬあの【黒翼】、天宮寺 鷹峰に対しても、普段から不遜な振る舞いをしている鷹矢なのだ。

 

例えソレが、【化物】のような雰囲気を纏う釈迦堂 ランだったとしても…その態度を変えるつもりなど、鷹矢には更々無いのだろう。

 

…そんな鷹矢の言葉に対し、【化物】は一体何を思うのだろうか。

 

 

 

「…フフッ、良いよ。どんな相手だろうと、自分から向かってくる者は好きだ。ここ数年は面と向かう前に逃げていく者が殆どだったものだから、相手をしてくれる者も少なくなってきていたからね。」

 

 

 

自分勝手な鷹矢の雰囲気を全て見通しながらも、それでもどこか嬉しそうな声を発した釈迦堂 ラン。

 

そのランの言葉の端々に感じられる、隠しようのない確かな退屈。しかし、その退屈そうな声の中に、微かな嬉しさが混ざっていたことを鷹矢は気が付いていただろうか。

 

そう、人の理から外れた様なランの存在感は、およそ一般人から見れば畏怖以外に何の感情も抱くことは出来ないことに違いなく…

 

そのランからすれば他のデュエリスト達が自分を見ただけで…いや、大半が見る事も出来ずに怯えて逃げていくのは、本当に退屈で仕方のないことなのだ。

 

 

…【化物】の相手が務まる存在など、同じ【化物】の領域に至ったモノだけ。

 

 

自ら嬉々としてその場所に足を踏み入れた【黒翼】や、10年かけた長い旅の末に見つけたもう一人の【化物】と言った、ほんの一握りのモノしかランの退屈を紛らわせることをしてくれない。

 

…だからこそ、以前決闘市に現れていた、『闇』に呑まれた一般人を狩っていた時だって、全く相手にならない雑兵だろうと『自ら向かってくる』その敵の存在に、彼女は嬉しさすら覚えていたのだから。

 

故に、実力的には、およそ自分の相手など出来るか怪しいレベルの学生であっても…

 

 

 

「フフッ、喧嘩を売られるなんていつぶりだろう?少し楽しくなってきたじゃないか。」

「ならばすぐ始めるぞ。俺も帰りの時間があるからな。グズグズしていられん。」

「…私を前にデュエルを逸る者など、鷹峰さんだけだと思っていたよ。本当に血気盛んな一族だ。まぁ、だからこそ面白いのだが。」

「ふん、あんなジジイと一緒にするな。」

 

 

 

そうして…

 

他の音が消えた、その異質な空間となっているこの場所で…これより始まる戦いのために、【化物】と少年がお互いにやや距離を取り始める。

 

人の手が入っていない野生の森、人間など近づかぬ深奥の森の中。

 

その中におあつらえ向きに準備されていた…いや、あらかじめ準備されていたかのような、この森の中でも開けた場所にある、木々に囲まれた自然のリングの中で…

 

二人は互いに向かい合うと、その腕にデュエルディスクを装着し、デッキが現れディスクがデュエルモードへと切り替わって。

 

 

 

 

 

「では、天宮寺 鷹矢…」

 

 

 

 

 

出会うはずのなかった二人。それが『何か』の導きでこうして出会ったことは、果たして世界にとっては正か負か。

 

 

そのまま…

 

 

唐突に売られた喧嘩に対し、ランは自分の目の前に立っている、この命知らずの少年に対して…

 

 

静かに…

 

 

そう、まるで、願うかのように…

 

 

 

 

 

 

 

「潰れて…くれるなよ?」

 

 

 

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

 

そして、始まる。

 

 

先攻は、鷹矢。

 

 

 

「俺のターン!俺は【シルバー・ガジェット】を召喚し効果発動!手札から【グリーン・ガジェット】を特殊召喚し、その効果で【レッド・ガジェット】を手札に加える!更に魔法カード、【アイアンドロー】発動!俺の場に機械族が2体のみのため、デッキからカードを2枚ドロー!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【シルバー・ガジェット】レベル4

ATK/1500 DEF/1000

 

【グリーン・ガジェット】レベル4

ATK/1400 DEF/ 600

 

 

 

開始早々、お得意のガジェットモンスター達を即座に場に揃えた鷹矢。

 

どんな時でも変わらない、彼の立ち振る舞いをそのままに…どんな時もここから始まる、鷹矢のデュエルには欠かせない歯車達が、目の前に立つ【化物】へと向かって奮起に震えている。

 

 

…レベル4のモンスターが、2体。

 

 

そう、デュエルが始まってすぐにでも。己の持つ、エクシーズのExの赴くままに。

 

エクシーズ名家、天宮寺一族の名の下に…鷹矢は、早々に手札も整えそのまま手を天に掲げ…

 

 

 

「ゆくぞ!レベル4のモンスター2体で、オーバーレイネットワークを構築!」

 

 

 

高らかに放たれた鷹矢の宣言により、フィールドに現れた銀河の渦に飲み込まれていく2体のモンスター達。

 

 

―オーバーレイネットワークを、構築。

 

 

およそ、この世界のエクシーズ召喚のための口上ではないソレを、鷹矢は口にして。

 

 

 

「出でよ、【No.41】!戒めから解き放たれし魔獣の力!己が欲望のままに、饗宴を妨げし者共を沈めよ!」

 

 

 

呼び出すは、彼だけが持つ特別なエクシーズモンスター。

 

昨年度の【決闘祭】の決勝戦、その最中に彼自身が創造した、先の『異変』にて『闇』を喰らいその姿を変えた存在を…

 

 

 

―今、ここに

 

 

 

 

「エクシーズ召喚!ランク4!【No.41 泥睡魔獣バグースカ】!」

 

 

―!

 

 

【No.41 泥睡魔獣バグースカ】ランク4

ATK/2100 DEF/2000

 

 

 

 

―最初から、初めから。

 

普段のデュエルではあまり使用しない、この【No.】を用いてまでランを威嚇する鷹矢。

 

現れたのは、その腹に【No.】の証である数字、『41』を刻み込んだ獏のようなモンスター。

 

酒瓶片手に酔いつぶれ、欲望のままに惰眠を貪っているその姿はとても戦いの場に呼び出されるようなモンスターとは思えないものの…

 

しかし、守備表示で快眠しているその体から漏れ出した、その得体の知れぬ謎の霧が言葉にし難い鈍重な雰囲気を醸し出しているではないか。

 

 

 

「【No.41】が守備表示で居る限り、お互いのモンスターは全て守備表示となり、発動した効果は無効となる!」

「…ほう?」

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 

 

鷹矢 LP:4000

手札:5→4枚

場:【No.41 泥酔魔獣バグースカ】

伏せ:1枚

 

 

 

そうして…

 

鷹矢は、まるでランの出方を伺うように、その先攻のターンを終えた。

 

アイアンドローの制約により、このターンは一度しかエクシーズ召喚出来なかったとはいえ…相手を封じる力を持った【No.】を呼び出し、ランの行動を封じる算段なのだろう。

 

…しかし、そんな【No.】を前にしていても、ランは少しも感情を波立たせてはおらず。

 

勇んで立っている鷹矢へと向かって、ランはゆっくりとその口を開き始めた。

 

 

 

「【No.】…確か、【決闘祭】で見たときは違うモンスターだったと思うが?」

「うむ。色々あって姿が変わった。」

「…なるほど。異界のカードらしい、随分と使い勝手が悪いカードだ。」

「…いかい?何を言っているのだ?」

 

 

 

溢れ出る余裕を一時も崩さず。

 

このカードを生み出した鷹矢でさえ知りえぬ『何か』を、まるで知っているかのような雰囲気で言葉を漏らした釈迦堂 ラン。

 

普通、自らの行動を封じてくるようなモンスターを先攻で出されれば、その対処に手が取られるか後攻の攻め手が滞るはずだと言うのに…

 

それすら些細なことなのだという雰囲気で、ただただ異様な立ち振る舞いでソコに立ち、彼女にしか分からぬ言葉を静かに漏らすだけ。

 

 

 

「いいや、こっちのことさ。しかし天宮寺 鷹矢…相手を封じるモンスターを出したとは言え、ソレ一体だけでターンを終えるとは。…天城 遊良は、初めからもっと全力で動いて来たと言うのに。」

「…む?」

 

 

 

そう、今このデュエルの場においては、彼女にしか知りえぬその『何か』など、ただの無粋でしかないのだろう。

 

以前戦った少年の名を出しつつ、そのまま言葉を変えるかのように、鷹矢の意識を無理やりにデュエルへと戻すかのように。

 

早々にターンの終了宣言をした鷹矢へと、ランは冷たくも不敵に微笑みを見せて…

 

 

 

「…まずは様子見と言った所か。とは言え、これではいくら鷹峰さんの孫でも…」

 

 

 

 

 

そして…

 

ランが、静かに言葉を紡ぎ始めた、その時のこと。

 

 

 

「…む?」

 

 

 

デュエルが始まる直前までは他の『音』など一切感じなかった、この静かな『野生の森』に、急に冷たい風が吹き始めたではないか。

 

 

それだけではない…

 

 

ランに呼応するかのように、徐々に変わっていく周囲の雰囲気。

 

…木々がざわめき、風が吹き始め、空が曇り気温が下がっていく。

 

また、少しずつ紡がれていくランの言葉は、先ほどの嬉しさの混じったモノから徐々に、ゆっくり、段々と、冷徹な重さを帯び始めた無常なモノへと変わっていき…

 

 

 

 

 

「…木々が…騒ぎ始めた?」

 

 

 

そんな周囲の変化と、ランの声質の変化には、流石にこれまでずっと普段通りに立ち振舞ってきた鷹矢でも気が付いたのか。

 

ランの言葉と共に、少しずつ変容してきている周囲の空気を強く感じたのだろう。真夏だというのに、震えすら感じそうなほどに冷えてきた空気と…

 

先ほどまで少なからず熱が篭っていた、そのランの纏う空気が突如として…

 

 

 

 

 

 

―変わる。

 

 

 

 

 

「…あまり、舐めるんじゃあないよ?」

 

 

―!

 

 

「…なっ!?」

 

 

 

張り詰める空気、切り詰める大気。

 

ランの発した一言で突風が吹き荒れ、真上から抑え込むような重力の奔流が鷹矢を跪かせようと襲いかかってきて。

 

常人ならば、とても立ってはいられないであろう風圧と重圧。

 

…尊大な言葉使いや、怖い者知らずの立ち振る舞いはまだ良い。しかし、デュエルが始まってもなおランの力を測ろうとしていた鷹矢の微かな緩んだ気持ちが、釈迦堂 ランの琴線に触れたのか。

 

 

 

「…ぐぅ!?こ、この女…」

「この私を相手に、何を思ってそれだけでターンを終えたのかは知らないが!その程度で牽制をしたつもりならば随分と甘い!私のターン、ドロー!私はフィールド魔法、【KYOUTOUウォーターフロント】を発動!そして君の場の、『泥睡魔獣バグースカ』をリリース!」

「何!?」

 

 

 

そして…

 

急激に重くなった体と、吹き飛ばされそうな威圧を耐えている鷹矢をまるで嘲笑うかのように。

 

 

―そう、当然のように、ランは相手のモンスターを生贄に捧げ始めたのだ。

 

 

…アドバンス召喚のためのエフェクトではない。あくまでも、特殊召喚のためのエフェクト。

 

通常であれば、相手の許可なく相手のモンスターを勝手に使うことなど、先に何かしらのカードの効果を使用しないと許されないはず。

 

しかし、何の前触れもなく。堂々と相手のモンスターをリリースするとランは宣言し、そしてソレに呼応して現れる天の渦が、ランの宣言を正当なモノだと証明していて。

 

そのまま、鷹矢の呼び出した牽制を骨の髄まで喰らい尽くすかのような咆哮が森の中に響いたかと思うと…

 

その命を、天に捧げて…

 

 

 

 

 

―ソレは、現れる。

 

 

 

 

 

 

「君の場に、【海亀壊獣ガメシエル】を特殊召喚!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

【海亀壊獣ガメシエル】レベル6

ATK/2200 DEF/3000

 

 

 

鷹矢のモンスターを糧として、ランの手札から鷹矢の場に現れしは、巨大な亀にも似た海の化物。

 

 

―壊獣

 

 

それは、そのカテゴリーの持つ名の如く。敵の場すら己の本能のままに壊しつくし、そして欲望の赴くままに暴れ果てる生物達の総称。

 

その力は、いかなるモンスターであっても餌と変え…

 

 

 

「まだだよ!相手フィールドに【壊獣】モンスターが居るため、私は手札から【怪粉壊獣ガダーラ】を特殊召喚!」

 

 

―!

 

 

【怪粉壊獣ガダーラ】レベル8

ATK/2700 DEF/1600

 

 

 

また、全てのモンスターが大型であるにも関わらず、敵の場に壊獣が居ればまるで本能で襲いかかるかのようにして、いとも簡単に手札から自分の場にも飛び出してくるのだ。

 

ランの宣言によって呼び出されしは、巨大な羽から鱗粉を撒き散らし浮遊する奇怪な蛾獣。

 

声にならぬ咆哮と共に、巨大な壊獣達のその轟きはただただ己の本能に従い…その姿は、戦いを求め続ける哀れな獣の姿その物。

 

…血に刻まれた本能のまま、目の前の敵へと威嚇をぶつけている。

 

 

 

「俺のモンスターをリリースしただと…壊獣…かなり珍しいカードだが…」

「私を少し舐めすぎじゃないかい?あの程度の牽制など無いも同然だ!行くぞ、バトルだ!【怪粉壊獣ガダーラ】で、【海亀壊獣ガメシエル】に攻撃!」

 

 

 

そして…

 

ランの命令の赴くままに、先ほど鷹矢のモンスターを喰らい無理やり鷹矢の場に現れた飛亀へと、突風を巻き起こしながら巨大な蛾獣が羽ばたき突撃を始めて。

 

そのまま声にもならぬ雄叫びを双方ともに爆裂させたと思えば、この世のモノとは思えぬ叫びと共に取っ組み合いの闘いを始めたではないか。

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

鷹矢 LP4000→3500

 

 

 

しかし、いくらお互いが巨大な壊獣を従えているとはいえ…この戦いは、全てランによって仕組まれた偽りの怪獣大決戦。

 

 

―まるで映画の大海戦。しかし全ては自作自演。

 

 

鷹矢のLPだけが減少し、全てがランの掌の上で転がされているかのようなこの壊獣達の大混戦は、鷹矢の策など塵の如く簡単に吹き飛ばしてしまうのか。

 

鷹矢の妨害など、少しの足止めにも感じていないランはただただ身震いすら感じそうなその冷たい空気と共に…駄々漏れにした恐怖を纏って鷹矢へとソレをぶつけるだけ。

 

 

 

「こうもあっさりと攻撃をしかけてくるとは…」

「フッ、別にこのターンで片付けてもよかったのだけどね。天宮寺 鷹矢、君にもう一度だけチャンスをあげよう。自分から喧嘩を売っておいて、この程度で終わることなど君もしたくはあるまい?」

「ぬぅ…」

「フフフ…これは特別大サービスだよ?鷹峰さんの孫、そして天城 遊良の友人と言うのだから…そうだな、2ターンほど特別にね。魔法カード、【アドバンスドロー】発動!場のガダーラを墓地へ送り2枚ドロー!そして壊獣カウンターが3つ以上あるため、【KYOUTOUウォーターフロント】の効果も発動!デッキから【怒炎壊獣ドゴラン】を手札に加える!私はカードを3枚伏せて、ターンエンドだ。」

 

 

 

ラン LP:4000

手札:6→2

場:なし

伏せ:3枚

フィールド魔法:【KYOUTOUウォーターフロント】

 

 

 

そのターンの終了とともに、常人ならばとっくに逃げ出すか恐怖で気を失っていそうなランの雰囲気がこの森の中に充満して広がっていく。

 

…震え、怯え、恐怖し、諦める。

 

きっと、これまでランと戦ってきた殆どの者達が、この桁違いの恐怖を放つランの威圧に負け精神を傷つけられるか、圧倒的に次元の違うランとの実力差に心を折られるか、はたまたその両方によって、『そうなった』に違いない。

 

…故に、ランは願いはしても、期待はしない。

 

相手が潰れないよう願うことは出来ても、相手に期待することが無駄だということを…これまでの人生において、理解してしまったから。

 

 

 

 

 

「…ふざけているのはどっちだ!貴様こそ、俺に向かっていつまでもそんな偉そうな口を叩くんじゃない!俺のターン、ドロー!」

 

 

 

 

 

しかし、そんなランを前にしていても。鷹矢はどこまでも闘気を燃やすのみ。

 

表情など読み取れぬ鉄仮面、しかしその奥にある確かな闘志の燃え上がり。

 

押し潰そうとしてくるランの圧力にも負けず、言葉が荒ぶり感情を燃やし、ただ【化物】へと歯向かって。

 

 

 

「…ほう、私の威嚇を受けてもなおその闘志を失わぬか。フフッ、やはり鷹峰さんの孫ならそうこなくては…」

「ジジイと比べるな!【ブリキンギョ】を召喚!その召喚時に手札から【カゲトカゲ】を特殊召喚し、ブリキンギョの効果で【ゴールド・ガジェット】を特殊召喚!更にゴールドの効果で【レッド・ガジェット】を特殊召喚!」

 

 

 

―!!!!

 

 

 

【ブリキンギョ】レベル4

ATK/ 800 DEF/2000

 

【カゲトカゲ】レベル4

ATK/1100 DEF/1500

 

【ゴールド・ガジェット】レベル4

ATK/1700 DEF/ 800

 

【レッド・ガジェット】レベル4

ATK/1300 DEF/1500

 

 

 

ランの気当たりに心を折られず。一瞬で場に4体のモンスターを揃えた鷹矢。

 

…確かに、最初のターンは鷹矢の『悪い癖』が出てしまい、ランの気分次第では先ほどのランのターンで完膚なきまでに吹き飛ばされていた可能性が大きいことは言うまでも無い。

 

そう、連日の『修業』の疲れもあったのだろう。元々、スロースターター気質のある鷹矢の『悪い癖』…

 

例え対峙していたのが【化物】であっても、次のターンの余力を残すように展開を抑えてしまったというのが、これまでの鷹矢の『悪い癖』なのだ。

 

しかし、ソレがどれだけ命取りになりえるか。

 

それは鷹矢もランの威嚇によって、骨の髄まで思い知ったことだろう。目の前の相手はこれまでのような、自分より格下か、自分と同じくらいか、自分よりもやや強いといった相手ではない。

 

自分よりも遥かに強い存在。過去に【王者】達を降した【化物】。遊良が手も足も出なかった紛れも無い強者。

 

…だからこそ、こんな無様なままでは終われない。鷹矢の召喚したモンスター達のどれもが、その鷹矢の闘志に応えるようにランを見据えて闘気を光らせ、主と同じく心を燃やす。

 

 

 

「ほう、中々の展開力だ。」

「まだだ!レッドの効果で、俺は【イエロー・ガジェット】を手札に加え…」

「ならばそれにチェーンして永続罠、【リビングデッドの呼び声】を発動!墓地より蘇れ、【怪粉壊獣ガダーラ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【怪粉壊獣ガダーラ】レベル8

ATK/2700 DEF/1600

 

 

 

しかし、そんな鷹矢の気概に割り込むように。ランもまた、先ほど自ら墓地へと送った巨大な蛾獣を再びこの場に飛び立たせるのか。

 

…先ほど、ランは言った。

 

―『別にこのターンで片付けてもよかったのだけどね。天宮寺 鷹矢、君にもう一度だけチャンスをあげよう。』…と。

 

その一言は、一体鷹矢のプライドをどれだけ傷つけたのだろう。

 

しかし、鷹矢のプライドが高いであろうと言うことを、ランもまた彼の祖父の姿から理解していたからこそ、あえて鷹矢に対しそう言った言葉を投げかけたのは言うまでも無く…

 

 

 

「ぬぅ…だったらゴールドとレッド、2体のガジェットでオーバーレイ!エクシーズ召喚、ランク4!【ギアギガントX】!さらにレベル4の【カゲトカゲ】と【ブリキンギョ】でオーバーレイ!エクシーズ召喚、来い、ランク4!【鳥銃士カステル】!」

 

 

―!!

 

 

【ギアギガントX】ランク4

ATK/2300 DEF/1500

 

【鳥銃士カステル】ランク4

ATK/2000 DEF/1500

 

 

 

そんなランの言葉に触発されたのか。勢いを止めず、更に加速し、鷹矢は連続してエクシーズ召喚を決めていく。

 

…鋼鉄の巨兵と、天空の銃士。

 

そのどれもが鷹矢が好んで扱うランク4のエクシーズモンスターであり、鷹矢のデュエルの要の存在。

 

相手の出方を伺うためでは無く、このいつものモンスター達を呼び出したと言うことは…彼もまた次への準備を怠ることなく、更に一気に攻撃に転じるためにその勢いを増していく算段なのか。

 

 

 

「一気に叩く!まずは【ギアギガントX】の効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い、デッキから【ゴールド・ガジェット】を手札に加える!そして【鳥銃士カステル】の効果も発動!オーバーレイユニットを2つ使っ…」

「いいや、そちらは許さないよ。罠カード、【蟲惑の落とし穴】発動!【鳥銃士カステル】の効果を無効にし破壊する!」

「ぐっ!?いやまだだ!罠発動、【戦線復帰】!墓地から【シルバー・ガジェット】を守備表示で蘇生し、その効果で手札から【イエロー・ガジェット】を特殊召喚!【グリーン・ガジェット】を手札に!シルバーとイエロー、2体のガジェットでオーバーレイ!」

 

 

 

ランの妨害に手を休めず。まだまだ鷹矢は展開を止めず。

 

鷹矢とて、ランが妨害してくることは予想済み。だからこそ、ここで止まってしまっては、全てが終わりなのだと悟ったかのような勢いで。

 

飛び出させしは、銀と黄色の歯車の闘士。

 

まるでレベル4のモンスターを並べることなど、どんなことよりも簡単なのだと言わんばかりのその勢いのまま。

 

エクシーズ名家、天宮寺一族の一人、その筆頭である祖父に倣うかのように…

 

鷹矢は、その手を掲げ…

 

 

 

 

 

「天音に羽ばたく黒翼よ!神威を貫く牙となれ!」

 

 

 

呼び出すのは、祖父から受け継ぎし【王者】の名。身を削って得た自身の『切り札』。

 

己の取るべき戦術の、その『砦』となるべく存在を呼び出すために。足元に現れる銀河へと、2体のモンスター達を導きながら…

 

 

 

 

「エクシーズ召喚!現れろ、ランク4!【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500 DEF/2000

 

 

 

天に羽ばたく雄雄しき翼と、神すら切り裂く鋭き牙が陽の光に輝いて。

 

紛うことなき、鷹矢の『切り札』。

 

この異質となっている森の中であっても、己が思うままにただ咆哮を轟かせ…身の程知らずにも威嚇してくる巨大な蛾獣に対し、その苛立ちを真正面からぶつけている。

 

 

 

「ほう、ここまで自在に鷹峰さんの【名】を呼び出すか…」

「【ダーク・リベリオン】の効果発動!オーバーレイユニットを2つ使い、相手モンスターの攻撃力を半分にし、【ダーク・リベリオン】の攻撃力に加える!吸い尽くせ、紫電吸雷!」

 

 

 

黒翼牙竜のその漆黒の翼から放出されし、深紫の猛る雷が巨大な蛾獣へと襲い掛かる。

 

…縛り上げ、絞り上げ、封じ込め、締め上げる。

 

そのまま自由を奪われた巨大な蛾獣は、その羽を広げることも叶わずに苦しげな声を発しながら地に落ちて来たではないか。

 

 

 

【怪粉壊獣ガダーラ】レベル8

ATK/2700→1350

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500→3850

 

 

 

「よし!バトルだ!【ダーク・リベリオン】で、【怪粉壊獣ガダーラ】へ攻撃!」

 

 

 

そしてそのまま間髪入れず。

 

猛り狂う牙竜へと、叫ぶようにして攻撃を命じた鷹矢。

 

そう、押し潰そうとしてくる巨大な圧力を、ここで一気に振り切るため。己の切り札を用いてでも、全力でランを攻めに行くために。

 

 

 

 

「断ち切れ!斬魔黒刃!ニルヴァー・ストライク!」

 

 

 

そして…

 

 

 

黒翼牙竜のその鋭牙が、地に叩きつけた巨大な蛾獣の喉元に突き刺さりそうになった…

 

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

 

「だが、まだまだまだな。罠カード、【ドレインシールド】発動!」

「なっ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

牙と蛾獣の喉元の、刹那と紙一重の小さな隙間。

 

今にも牙竜の牙が、蛾獣を喉元から真っ二つに断ち切ってしまいそうになったその僅かな隙間に…

 

目に見えない不思議な力が働き、勢い良く突っ込んで言った牙竜は自らの勢いを跳ね返され、攻撃を弾かれて鷹矢の元へと吹き飛ばされてしまったではないか。

 

 

 

 

ラン LP:4000→7850

 

 

 

「すまないな、こんなにLPをプレゼントしてもらって。」

「LPが7850だと…?」

「不用意に突っ込みすぎだよ?フフッ、他の罠だったら、これで終わっていたかもね。」

「ぬぅ…」

 

 

 

また、蛾獣の頭上では、その力を発している小さな盾が上空で怪しく光り輝いていて。

 

プロの試合でもあまり使われることの無い、かなり古い時代に作られた罠。どうしてランがここで『この罠』を使用したのかなど、到底ランにしか知りえぬ戦略ではあるものの…

 

しかし、今のランの態度とその言葉の雰囲気から、鷹矢は今はっきりとランの言葉の心意を嫌でも読み取ってしまったのか。

 

 

―『舐められている』

 

 

そう、嫌でも伝わってくる。ランが与えたこの『チャンス』という名の手加減の嵐は、この【化物】からしたら指先一つで遊んでいるようなモノなのだと言うことを。

 

人間的には最悪でも、実力は最高峰である祖父を含めた、怪物揃いのあの【王者】達と…自分と拮抗している遊良を瞬殺したというこんな【化物】が、よもやデュエルを長引かせるようなこんな罠を自分に使ってくることがその良い証拠。

 

 

 

「…ぐっ…この女…」

 

 

 

体が熱い。

 

まるで、煮えたぎるマグマを、頭の天辺から噴出してしまいそうな程に熱く熱く煮えくり返った腸の熱と…

 

自分の人生で初めて、『舐められる』という屈辱を味わっている鷹矢の頭の中には、今まさにランへの怒りがふつふつと渦巻いていて。

 

 

 

「ならばすぐに減らしてやるだけだ!【ギアギガントX】!【怪粉壊獣ガダーラ】に攻撃!」

「…熱くなって不用意に突っ込みすぎだ。【怪粉壊獣ガダーラ】の効果発動。場の壊獣カウンターを3つ使い、相手モンスター全ての攻守を半分にする!」

「なっ!?」

 

 

―!

 

 

【ギアギガントX】ランク4

ATK/2300→1150

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/3850→1925

 

 

 

…しかし、そんな鷹矢の熱に呆れ返った声で。

 

ランは淡々と蛾獣に命令を下し、蛾獣がそれに応じて巻き起こす燐粉の竜巻。

 

ソレがそのまま攻撃してきた鋼鉄の機兵と、鷹矢の場の黒翼牙竜を飲み込んだかと思うと、2体のエクシーズモンスターの力がどんどんと吸い取られてしまったでは無いか。

 

 

 

「しまっ…」

「鷹峰さんの孫ともあろう者が、熱くなって相手の効果を忘れ攻撃をしかけるとは。…つまらん、返り討ちだ。」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐうっ…」

 

 

 

鷹矢 LP:3500→3300

 

 

 

LPの減少音が、無常にも鷹矢の熱を奪う。

 

…一体、何をしているのだ。舐められた挙句に、相手の効果も忘れ、無駄に攻撃をしてダメージを食らうなど…

 

きっと、今の鷹矢の脳内には、そうした自己嫌悪の嵐が渦を巻いて襲い掛かってきているに違いないだろう。

 

…しかし、そんな鷹矢を気遣うわけも無く。ランは、そのまま鷹矢へと静かに言葉を続けるのみ。

 

 

 

「勢い良く喧嘩を売ってきた割にはこの程度か?…それでは、せっかくの鷹峰さんの【名】も宝の持ち腐れだな。」

「…【貪欲な壷】発動。カステル、【No.41】、レッド、グリーン、イエローのガジェット達をデッキに戻して2枚ドロー…【強欲で貪欲な壷】も発動し、デッキを10枚裏側で除外し2枚ドロー…カードを3枚伏せて、ターンエンドだ…」

 

 

 

鷹矢 LP:3300

手札:5→2

場:【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】

伏せ:3枚

 

 

 

どことなくトーンを落とした鷹矢の声は、自らの失策に自分自身を許せていない証拠。

 

…ランのLPを不用意に増大させてしまっただけではなく、本来ならば攻撃を仕掛けてはいけない場面で熱くなって攻撃をしてしまい、自分のモンスターを自滅させてしまった。

 

そう、もしもランが鷹矢に『チャンス』を与えず、【ドレインシールド】ではなく【魔法の筒】と言った類のカードを伏せていたら…手も足も出ないどころか、一方的に遊ばれた挙句、プライドをズタズタにされて負けていたことは確実。

 

 

…もしそんな事になっていたら、鷹矢の心が折れていた可能性もある。

 

 

そんな心の折られた鷹矢の姿など、鷹矢自身にだって想像も出来ないというのに。ソレを簡単にやってのけるであろうランの異質な立ち姿が、どこまでもどこまでも深い恐怖を纏い、鷹矢を飲み込まんとしていて…

 

 

 

「私のターン、ドロー!2枚目の【アドバンスドロー】を発動!【怪粉壊獣ガダーラ】をリリースし、更にデッキから2枚ドロー!【KYOUTOUウォーターフロント】の効果も発動し、壊獣カウンターが3つ以上あるため、私はデッキから【雷撃壊獣サンダー・ザ・キング】を手札に加える!」

 

 

 

…そんな鷹矢を意に介さず。簡単に手札を増やしつつ、更にその圧力を増していく釈迦堂 ラン。

 

ランにとっては、自ら勇んで喧嘩を売ってきた鷹矢とて、『天宮寺 鷹峰の孫』としか見ていないのだろう。

 

それは、単なる雑兵よりも少しばかり興味を持っている程度。故に、鷹矢がこの程度で終わるのならば、例え鷹矢が天宮寺 鷹峰と言う【化物】の血を分けた孫であったとしても…

 

何の感慨もなく、ただ葬ってしまうことになるのだから。

 

 

 

「魔法カード、【強欲で貪欲な壷】を発動!デッキを10枚裏側で除外して2枚ドロー!そして【紅蓮魔獣 ダ・イーザ】を通常召喚!」

 

 

―!

 

 

【紅蓮魔獣 ダ・イーザ】レベル3

ATK/ ?→4000 DEF/ ?→4000

 

 

 

 

「攻撃力…4000…」

「フフッ、壊獣の次は魔獣と行こう。しかし君も抜け目が無いな。その伏せカードは【くず鉄のかかし】に【貪欲な瓶】、そして【戦線復帰】か。…ガジェット達と【くず鉄のかかし】でこのターンをどうにか凌いで、次のターンに繋ごうという算段だな?」

「貴様…なぜ俺の伏せカードが分かるのだ。」

「なに、造作も無いコトだよ。伏せカードだけではない、君の手札も…なんなら、君がこれから引くカードも、私には全てが既に見えているだけだ。」

「なっ!?」

 

 

 

そして…

 

重圧を増し続けるランの口から飛び出してきたのは、到底信じられないであろう言葉の数々。

 

 

 

「ばかばかしい!ふざけるな!」

 

 

 

またソレを聞いた鷹矢も、思わず声を荒げずにはいられないのか。

 

そう、鷹矢のその声も当然であり…出来るはずの無い、荒唐無稽な事象を、まるで当然のようにランはその口から呟いたのだから。

 

…何せ、この世界に溢れている、数え切れない程のカードの種類。そして、この世界に生きているデュエリスト達は、皆その性格もそのスタイルも、そしてそのEx適正によっても取るべき戦術や採用するカードが違ってくるというのに。

 

その無限とも言えるカードの組み合わせからドローされる、姿の見えないはずの手札。

 

その星の数とも言える戦略から伏せられる、形の見えないはずの伏せカード。

 

そのデュエリストの未来を映す、誰にも見えないはずの次に引くカード。

 

 

―その全てを、釈迦堂 ランは堂々と『見える』と言い放ったのだ。

 

 

それは、『人間』には絶対に出来るはずのないこと。いや、いくら目の前の女が【化物】であったとしても…そんな超常現象、誰であっても信じられるはずもなく。

 

 

 

「そんなこと、出来るはずが…」

「いいや、出来る!この私には、自分だけでは無く相手のカードが見えている!立っている『高さ』が違うからか、それとも存在からして異なるからか!相手の過去も、今も、そしてこれからでさえも!私には見えてしまうんだ!」

「ぬぅ…」

「…天宮寺 鷹矢。それが私にとって、どれだけ退屈かわかるかい?まぁ、鷹峰さんやもう一人の【化物】相手ならばこんな芸当も出来やしないが…しかし、それ以下の者共を相手にすると、どうしても見えてしまう!まるで、生きている次元が異なっているのではないかと錯覚するほどに!」

 

 

 

しかし、鷹矢の声すら遮り、どこか癇癪にも似た声でランは更にその言葉をヒートアップさせていく。

 

纏う雰囲気もまた異常、放つオーラもまた異質。

 

一度ソレに中てられてしまえば、到底信じられない超常現象であってもこの女が『出来る』と言い放つのならば、本当に出来てしまうのではないかと錯覚してしまいそうなほど。

 

そんな退屈と倦怠を味わいすぎた【化物】の、鬱憤に塗れた悲嘆の叫び。その言葉が歪曲した重圧を更に増し、どんどん周囲の空気を重い物へと変化させていき…

 

 

 

「だからこそ、せめて少しは抵抗して私の退屈を紛らわせてくれ!君の場の、【ダーク・リベリオン】をリリース!」

「むっ!?」

 

 

 

無常に、無慈悲に。

 

祖父から受け継いだ鷹矢の『切り札』でさえ、何の抵抗も出来ずに生贄に捧げられてしまう。その光景は鷹矢にとって、一体どれほどの屈辱となっているだろうか。

 

そんな鷹矢を嘲笑うかのように、ランは己の鬱憤をただ晴らすためだけに…

 

 

 

 

 

 

「君の場に、【怒炎壊獣ドゴラン】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【怒炎壊獣ドゴラン】レベル8

ATK/3000 DEF/1200

 

 

 

「おのれ…またしても…」

「歯痒いかい?しかしまだだ。相手フィールドに【壊獣】が存在する為、手札から【雷撃壊獣サンダー・ザ・キング】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【雷撃壊獣サンダー・ザ・キング】レベル9

ATK/3300 DEF/2100

 

 

 

「そいつは!?くっ、特殊召喚時に罠カード、【戦線復帰】を発動!墓地から【シルバー・ガジェット】を守備表示で特殊召喚し、その効果で手札からゴールドを、ゴールドの効果でグリーンを、それぞれ手札から守備表示で特殊召喚!【レッド・ガジェット】を手札に!」

「うん、『今度は』いい判断だ。サンダー・ザ・キングの効果は、相手の魔法、罠、モンスター効果の発動を封じるモノ。…さぁ、もっと足掻いてくれ!壊獣カウンターを3つ使い、サンダー・ザ・キングの効果発動!このターン、相手の効果を全て封じ、モンスターへの3回攻撃を可能とさせる!」

 

 

 

先ほどの失態を取り返すかのように行動を起こした鷹矢とは言え、これもまたランの掌の上。

 

きっと、ランはこのターンで鷹矢にトドメを刺すことなど考えてはいないのだろう。ソレは、恐怖と重圧に襲われ続けている鷹矢にだって嫌と言うほどわかっており…

 

何せ、攻撃力が1925まで下がった【ダーク・リベリオン】を残しておいた方が戦闘ダメージは大きかったにも関わらず、プライドを傷つけ、そしてただ煽るためだけに『切り札』をリリースして【壊獣】を出したこと。

 

そして、自分の伏せカードによる抵抗など簡単にどうとでも出来たはずだと言うのに、『あえて』何もせず雷撃の三頭竜を出したことは…

 

 

―『フフフ…これは特別大サービスだよ?鷹峰さんの孫、そして天城 遊良の友人と言うのだから…そうだな、2ターンほど特別にね。』

 

 

自分に、抵抗の『チャンス』を与えたのだ…と。

 

 

―ただの気まぐれ、ただの暇つぶし、ただの自分の退屈凌ぎ。

 

 

鷹矢が抵抗することも出来ずにここで終わるのならばソレでも構わない。天宮寺 鷹峰の孫と言っても、所詮はその程度だったと言うことで鷹矢への興味などなくしてしまうだけなのだから。

 

しかし、必至の抵抗を続けてどうにか生き残ることが出来るのならば…まだ多少は遊べるという、正に自分勝手な強者の暴論。

 

ソレを隠そうともしていないランの矜持は、まさに悪魔その物のようでもあって。

 

 

 

「バトル!サンダー・ザ・キングよ、3体のガジェットを葬れ!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

雷獣から放たれし白雷が、三叉の雷となりて歯車を砕く。

 

その衝撃は計り知れず、いくら守備表示でダメージがないからと言っても、異質な空間となっているこの場所の雰囲気が、まるでモンスターを実体化させているかのような錯覚を鷹矢に覚えさせているのか。

 

 

 

「ぐっ!?」

「まだだよ!【紅蓮魔獣 ダ・イーザ】で、【怒炎壊獣ドゴラン】を攻撃!紅蓮の…エンド・オブ・バースト!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐおぉっ!」

 

 

 

鷹矢 LP:3300→2300

 

 

 

そして…

 

怒炎を纏いし壊獣が、紅蓮を生み出す魔獣の煉獄に焼かれ朽ち果てて。

 

そのまま流れた灼炎の余波が、森の中の異様な空気を益々淀ませていき…ランの姿を陽炎に包ませるその熱は、灼熱の余波を直に受けてしまった鷹矢に、ランの姿を本物の【化物】のように歪ませて見せてしまっているのか。

 

 

 

「ぐ…釈迦堂…ラン…」

「私は退屈でつまらない。私と、私について来られる人種以外の、その他大勢の『人間』達はどうしてこんなにつまらないんだ。もういっその事、私達以外の雑魚など全て居なくなれば良いとまで考えた事もあったが…まぁ、今はそんな事どうでもいいか。さぁ、君に上げた2ターンの『チャンス』も終えるとしよう。私はカードを2枚伏せ、ターンエンドだ。」

 

 

 

ラン LP:7850

手札:3→1枚

場:【雷撃壊獣サンダー・ザ・キング】、【紅蓮魔獣ダ・イーザ】

魔法・罠:伏せ2枚、【リビングデッドの呼び声】(効果なし)

フィールド魔法:【KYOUTOUウォーターフロント】

 

 

 

そして、思うままに言葉を放ち続けたランが、その自分のターンを終えた時…

 

あれだけ日が刺していた森の空が薄く暗くなり始め、それに連動して更に彼女が纏うオーラが変化してゆく。

 

…それは彼女が言った通り、これで鷹矢に与えた2ターンの『チャンス』が終わったということ。

 

この数ターンの攻防でランが感じた鷹矢の力では、これ以上の楽しみは増えないという無慈悲な判決を下したのか。

 

並みの精神力ならば、とっくに泡を吹いて倒れているであろうこの重圧。

 

鷹矢の心を折ることになんの抵抗も無いランからすれば、もうこのデュエルに欲するモノなど何もないのだと言わんばかりに立っているだけ。

 

 

 

「…意味のわからんことを…何時までも喋るな!俺のターン、ドロー!」

 

 

 

しかし、この本物の【化物】の異常性を目の当たりにし続けているというのに。

 

どこまでも、どこまでも…どこまでも鷹矢は叫び続ける。

 

心が強いだとか、精神が強靭だとか、そんな類の理由では決して説明がつかないほどの鷹矢の奮起。

 

今の鷹矢より実力も精神も上位に位置しているはずのデュエリストですら、釈迦堂 ランのプレッシャーに勝てず…無常にも心を折られていった者達が、この世界には大勢いるはずだと言うのに。

 

 

 

「よし!俺は【ブリキンギョ】を召喚!その効果で、【レッド・ガジェット】を特殊召喚!【イエロー・ガジェット】を手札に!」

 

 

 

迷う事無くデッキからカードを引くその勢いは、まさしく真正の決闘者である証。

 

たった一枚の次に引くカードに、悲観など微塵も感じていない、正に戦いを諦めていない鋼の精神。

 

 

―折れない精神、折れない自信、全く持って折れない心。

 

 

一体、何がそれほど鷹矢を【化物】へと立ち向かわせているのだろうか。

 

【化物】に対し、未だに奮起を忘れぬ鷹矢へと向かって…既に鷹矢への興味など完全に無くしたであろう様子を見せていたランが、徐にその口を開き始め…

 

 

 

「…良い足掻きっぷりだ天宮寺 鷹矢。私にここまでされて潰れなかった人間は初めてだよ。…しかし、一体何が君をそこまで突き動かす?」

 

 

 

他人の心になど全く興味など示さないであろう釈迦堂 ランが、この時初めて鷹矢へと一つ、言葉を投げかけて。

 

…思えば、存在自体が周囲に重圧を与えてしまう自分にも、同じ【化物】の領域に至った祖父にも、この少年は全く畏怖するということを覚えていないのだ。

 

その折れる気配など全く無い鷹矢の姿は、ランにとっても意外であっただろう。ランの思考の中には、そんな鷹矢の態度がようやく不思議と思えてきた様子。

 

 

…それは、彼女が今まで戦ってきたどのデュエリストとも違うモノ。

 

 

そう、枝を折るように葬ってきた数多の有象無象とも、嬉々として自ら【化物】に足を踏み入れた【黒翼】とも…そして自分に憧れているという【黒翼】の弟子と比べても、そのどれとも違う。

 

それは、単なる本人の精神力の問題ではない。心の底から【化物】など恐れてなどいない、類稀なる畏怖への鈍さと…

 

この少年にとって、【化物】などよりも、もっと『恐怖』に値するモノが他にあるということに他ならず。

 

そんな、ランからの問いかけに対し…

 

鷹矢は、この【化物】の重圧の中で、搾り出すようにその声を発して…

 

 

 

 

 

「俺には…力がいるのだ!遊良との『約束』を叶えるために、邪魔者どもを全て黙らせる力が!」

「…約束?」

「ガキの頃…あいつと、もっと強くなり、世界の頂点で戦うと、そう『約束』をした!だが遊良に『Ex適正』が無いという、そんな下らん理由だけで俺達の邪魔をする馬鹿共は数多い!そんな馬鹿共を一人残らず黙らせる為には、ジジイのような力が要る…だが、俺にはまだ『力』が足りん!」

 

 

 

 

 

搾り出される鷹矢の叫びは、まさしく彼の必死の叫び。

 

それは幼い頃に遊良と交わした、何よりも大切な彼らの『約束』のため。世界の頂点を賭けて、最も高い場所で、最高の決闘をするという…子どもらしい、しかし誰もが一度は夢見る頂点への憧れ。

 

所詮は子どもの絵空事。しかし彼らにとっては大事な『約束』。

 

常識という名の諦めに染まった大人達が聞けば、笑い飛ばされ身の程を知れと言われそうなその絵空事でも…遊良も鷹矢も、ソレを全く諦めてはいないからこそ。自分が最も嫌悪する祖父であっても、その祖父の持つ『本物の力』が、どうしても鷹矢には欲しいのだ。

 

…いくら不本意でも、いくら不愉快でも、いくら自分が不甲斐なくとも。

 

そんなプライドなど関係ない。

 

遊良と交わした『約束』は、鷹矢にとってはこの世の何よりも大切なことなのだから。

 

 

 

―だからこそ…

 

 

 

 

 

「だから俺は…こんな所で、お前などに折れている暇などない!俺はまだまだ強くならねばならんのだ!…俺の力、俺だけの力!【No.】よ!俺の望むままに、この女にも立ち向かえる強さとなれ!俺は2体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!」

 

 

 

―だからこそ、鷹矢は叫び続ける。

 

 

…オーバーレイネットワークを、構築。

 

 

およそこの世界のモノではないエクシーズ召喚の為の、この世界においては彼だけに許されたそのキーワード。

 

【化物】なんかに怯えている暇など無い。自分と、遊良の道筋を邪魔する者達を、一人残らず黙らせるほどの圧倒的な『力』をひたすらに欲し…

 

子どもの頃の、ただ一つの『約束』のためだけに。

 

 

 

 

 

 

「来い、【No.103】!」

 

 

 

 

 

願うように、ではない。縋るように、でもない。

 

自分の我が侭を、無理やり押し付けるかのように。Exデッキに眠る【No.41】では無く、異なる【No.】の名を叫ぶ鷹矢。

 

それは、Exデッキに戻った【No.】のカードが、今再び『白紙』へと戻ったからこその轟き。

 

…別に、ルール違反ではない。デュエル中にExデッキのカードが、全く新しい別のカードに進化することなど、この世界には稀にあることなのだから。

 

鷹矢の咆哮に呼応するかのように、デュエルディスクが反応していることがその証拠。

 

誰も知らぬ、全く新しいカードであっても…デュエルディスクが、そのカードを正規のモノだと言っている限り、誰にも文句など言えないことなのだ。

 

故に…

 

 

 

「紅蓮をも葬る薄氷の刃!驕りし者よ、己の罪でその身を滅ぼせ!エクシーズ召喚!」

 

 

 

自分のやるべき事のために、ただひたすらに求める強さ。鷹矢の叫びに応え、鷹矢の魂を映しだし、鷹矢の力を具現化し…

 

 

 

―ここに、現れるは…

 

 

 

 

 

「ランク4!【No.103 神葬零嬢ラグナ・ゼロ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【No.103 神葬零嬢ラグナ・ゼロ】ランク4

ATK/2400 DEF/1200

 

 

 

現れたのは、儚げな凍気を纏う麗しき令嬢。

 

そのあまりに透明感のある立ち振る舞いは、猛る鷹矢とは正反対なモノではあれど…鷹矢の闘気に呼応して、その凍気を更に強大なモノへと変えていく。

 

 

 

「ほう…デュエルの最中にまた姿を変えるとは。」

「【No.103】の効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い、元々の攻撃力と異なる、【紅蓮魔獣 ダ・イーザ】を破壊する!」

 

 

 

そして…

 

凍りし微笑の令嬢が、驕りし者を裁く双刃を振るい…恍惚と燃える紅蓮を切り裂き、その命を凍らせ断ち切って。

 

自らの力を貪欲に増し続けたその欲望が、己の身を滅ぼすことを身を持って思い知らせるかの如く。

 

先ほどの相手の出方を封じる、【No.41】とはまるで違う。怒涛の好戦を体現するかのようなその力は、まさに鷹矢の執念の表れとも言えるだろうか。

 

 

 

「更に破壊と同時に、カードを1枚ドロー!…よし!【貪欲な壷】発動!【ダーク・リベリオン】、【ギアギガントX】、【カゲトカゲ】、【ブリキンギョ】、【ゴールド・ガジェット】をデッキに戻し2枚ドロー!」

「ほう、【死者蘇生】を引いたか。先ほどの【ブリキンギョ】と言い、今の【貪欲な壷】と言い…その強運だけは賞賛に値するが…」

「更に手札から、今引いた【死者蘇生】を発動!墓地から【シルバー・ガジェット】を蘇らせ、その効果で手札から【イエロー・ガジェット】を特殊召喚!グリーンを手札に!」

「諦めはしないと…フフッ、そうこなくては。天城 遊良同様、中々歯ごたえがあるじゃないか。」

「諦めるつもりなど毛頭ない!ゆくぞ!2体のガジェットで…オーバーレイ!」

 

 

 

少ない手札をフル活用し、一つのドローに命をかけて。

 

並のデュエリストならば、とっくに諦めている場面。並の強者ならば、とっくに心折れている盤面。

 

たった一枚のドローにデュエルの行く末がかかっているこんな状況では、誰であってもその手が伸びなくなってしまうはずだと言うのに…

 

しかし、鷹矢は恐れない。

 

それは、己のデッキへの絶対の信頼。それは、『約束』のための恐怖の忘却。

 

そう、引くカードが一つ違えば、そのまま何も出来ずに終わってしまうであろうこの場面においても…鷹矢が、この程度で折れるはずが無いのだ。

 

なぜなら、次のドローに逆転をかけることも、少ない手札から驚異的な展開を続けることも…

 

 

―どれもこれも、既に遊良が当たり前のようにやっていること。

 

 

あの馬鹿に出来るのであれば、自分に出来ないはずが無い。

 

圧倒的な力の差を見せ付けられても、遊良がこの【化物】に折れていないのであれば、自分も【化物】程度に折れてやる道理などないのだと、そう言わんばかりに鷹矢は猛る。

 

まさに、自分勝手な思いのままにに。彼もまた、【化物】を相手にも絶対にデュエルを諦めるはずもなく…

 

 

 

 

「天音に羽ばたく黒翼よ!神威を貫く牙となれぇ!」

 

 

 

 

何度でも、何度でも…何度だって鷹矢は叫び続ける。

 

世界で最も有名な口上、祖父より受け継ぎし王者の『名』。

 

己の取るべき戦術の、『砦』となるべく存在を。多様なランク4を使用する『鷹矢のデュエル』の、その象徴と呼べる彼だけの『切り札』。

 

今は例え、模倣でもいい。最も嫌悪する存在でも、その頂に立つ者の強さを、嫌でも体で理解させられているからこそ…

 

その祖父の『強さ』をも、喰らうために…

 

 

 

 

 

「今再び…俺の元で羽ばたけ!エクシーズ召喚!」

 

 

 

 

 

―鷹矢は、叫ぶ

 

 

 

 

 

「【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500 DEF/2000

 

 

 

天に轟く王者の咆哮。自らの前に立ち塞がりし、全ての愚者を貫くその牙。

 

鷹矢の叫びに応えるように、黒翼を翻し牙竜は轟く。

 

例え相手が何であろうと…例えソレが神であろうとも。戦の匂いがある限り、その咆哮は全てを貫く牙と化すのだ。

 

 

 

「あくまでも『切り札』に拘るか。だが、いくら鷹峰さんの真似をした所で…」

「うるさい!何と言われようと…これが俺のデュエルだ!【ダーク・リベリオン】の効果発動!サンダー・ザ・キングの力を取り込め、紫電吸雷!」

「無駄だ!罠発動、【ブレイクスルー・スキル】!【ダーク・リベリオン】の効果を無効に!」

「ぬぅっ!ならば永続魔法、【強者の苦痛】を発動!サンダー・ザ・キングの攻撃力を900下げる!」

 

 

―!

 

 

【雷撃壊獣サンダー・ザ・キング】レベル9

ATK/3300→2400

 

 

 

折れない、潰れない、諦めない鷹矢。

 

例え起死回生の『切り札』を止められようとも、先ほど貪欲に引いた2枚の内の、手札に残った最後のカードを発動して再びランに喰らい付く。

 

類稀なる才覚と、恐怖に打ち勝つその精神。

 

その『強者の証』を兼ね備えていてもなお、更に『力』を求め続ける鷹矢が発動したのは、以前に遊良も使っていた本物の『強者』相手だからこそ効果のある永続魔法。

 

ソレを見事に引き当てられたのは、一度は実力の『壁』を越え、貪欲に己を超えたからこそ…デッキもまた、鷹矢の闘志に応えそのカードを引かせたのか。

 

 

 

「性懲りも無い。いくら君が足掻いても、それは無駄な維持と言うモノだ。」

「それがどうした!例え無駄な意地なのだとしても、俺のデュエルは俺だけのモノ!お前に否定する権利などない!ゆくぞ、バトルだ!【ダーク・リベリオン】で、【雷撃壊獣サンダー・ザ・キング】へ攻撃!」

 

 

 

恐れはなく。

 

先ほども全ての攻撃をいなされ、どんどんと状況が悪化していったことを鷹矢は忘れたわけではない。

 

しかし、普通であればこの圧倒的な【化物】のオーラと手も足も出せていないデュエルの内容で、並のデュエリストならば攻撃するどころかデュエルを継続することすら困難になっているにも関わらず…

 

ここで守りに入っては、一生『約束』は叶わない。遊良が通ったこの道を、自分も突っ走ってこそ意味があるのだと、鷹矢は猛り攻めるのみ。

 

…あの【化物】の喉元に、この牙を突きたてるまでは。

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「だから甘いと言っている!攻撃宣言時に罠カード、【砂塵の大嵐】を発動!【強者の苦痛】と君の伏せカード、【くず鉄のかかし】を破壊する!」

 

 

 

 

初めから分かっていたかのように…いや、初めから分かっていた通り。

 

鷹矢の、『この攻撃のため』に予め伏せられていた双頭の竜巻を、ランはきっかりと発動して。

 

【ダーク・リベリオン】の効果を止めても、【強者の苦痛】まで発動してくることを予見していたからこその対策。最初から、鷹矢がここまで攻めてくることを先見して見通していたが故のカウンター。

 

攻撃反応系の罠でもなく、反射ダメージを与える罠でもなく…ただの竜巻。しかしランにとっては、この場面ではコレが正解であり最適解。

 

―ただ強いだけの『罠カード』で迎え撃つことなど、全くもってつまらない。

 

 

相手の全力を、わざとギリギリの所で返り討ちにする底意地の悪い悪魔の戦術。

 

鷹矢が必死になってドローを繋ぎ、そうして転じた必死の攻撃を上から潰すからこそ、自分の退屈が多少なりとも紛れるのだと、ランはそう言わんばかりに…

 

 

 

「天宮寺 鷹矢、どうやらここが君の限界のようだ。今の君では、これ以上の抵抗など出来はしない!」

「限界だと!?…お、俺の限界を………俺の限界を!お前が勝手に決めるな!まだだ、【砂塵の大嵐】にチェーンして罠カード、【貪欲な瓶】を発動!」

 

 

 

それでもあくまで最後まで、その足掻きをやめない鷹矢。

 

全て見破られ、全て見通され…そしてランに『ここが限界』なのだと言われても、それでも最後まで自分を信じきれる鷹矢のその自信は、一体どこからくるのだろう。

 

どう足掻いても絶体絶命、どう逆らっても崖っぷち。

 

デッキの中を逆算しても、ここで起死回生の手を引ける可能性は0にも等しい。しかも既に攻撃宣言は終了し、雷撃壊獣の攻撃力もこのままでは確実に元に戻ってしまうと言うのに。

 

 

 

「最後まで諦めずにドローに賭けるとは面白い。…だが無駄だ。次に君が引くカードは罠カードの【エクシーズ・リボーン】。それでは引いたところで…」

「うるさい!俺の限界を決めるのはお前でも…ましてや俺自身でもない!俺の限界は、俺のデッキが決めるのだ!」

「…ッ…その台詞は…」

「ゆくぞ!【死者蘇生】、【ブリキンギョ】、【ゴールド・ガジェット】、【戦線復帰】、【グリーン・ガジェット】をデッキに戻し…」

 

 

 

 

 

賭けるのは、自分の『運』にではない。

 

カードを引くことをまるで恐れない鷹矢の言葉には、今までどうして彼が折れなかったのかが全て詰まっていて。

 

そう、己の限界など、鷹矢は知らない。

 

己の限界を知っているのは、自分でも相手でもなく…デュエルを行っている、自分自身の『デッキ』だけなのだ。

 

戦えなくなるのは、自分が折れたときではない。デュエリストにとって戦えなくなった時と言うのは、己の魂を宿した『デッキ』が折れてしまったときだけであり…

 

 

―『カカッ、俺様の限界を決めるのはお前さんでも俺でもねぇ!俺の限界を決められんのは、俺様のデッキだけだぜ!』

 

 

それは、ランとの初勝負で心を折られることもなく、寧ろ嬉々として自ら【化物】の頂に足を踏み入れた【黒翼】、天宮寺 鷹峰が放った言葉と同じモノ。

 

直系の血の繋がりか、それとも師弟の伝承か。

 

己が掲げるその言葉と信念が、己の最も毛嫌いする祖父、天宮寺 鷹峰が放った言葉と同じモノだということを…

 

 

 

―鷹矢は、知らない。

 

 

 

 

 

「1枚…ドロー!」

 

 

 

 

 

それでも…

 

 

 

 

 

「だが無駄だ、私には全て見えていると言ったはず!君が引いたのはやはり【エクシーズ・リボーン】!それではこの場は何も変わらない!これで、サンダー・ザ・キングの攻撃力は元に戻る!」

 

 

 

【雷撃壊獣サンダー・ザ・キング】レベル9

ATK/2400→3300

 

 

 

 

―無常にも。

 

 

鷹矢がカードをドローしても、その場の流れは何も変わらず。

 

双頭の竜巻が場を荒し、鷹矢の必死の抵抗の証を無慈悲にも砕いていき…

 

雷撃壊獣の攻撃力が、ただ【黒翼】を大きく上回るのみ。

 

 

 

「さぁ、返り討ちだ!サンダー・ザ・キング!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

解き放たれた3つの白雷。そのまま鷹矢の【黒翼】へと命中し、ソレに伴い激しい爆発と炎上が巻き起こって。

 

…周囲へと広がる黒い煙。鷹矢を飲み込む煙幕の奔流。

 

撒き散らかされたその黒煙と、周囲へと弾けた電流の残滓は…まさに、圧倒的な力による蹂躙その物。

 

いくら折れない心を持った少年とて、その実力ではここが限界だったのか。

 

 

 

 

 

「…フッ、最後まで折れないその心は気に入ったが…」

 

 

 

しかし、ここまで心折れること無く最後の最後まで必死になって、どうにかデュエルを繋げようとしていたその心意気だけは立派だったのだと、【化物】の目には少年がそう映っていたことだろう。

 

不遜な態度と言葉使いに、多少は退屈が凌げたか。そんなことを思っている様子を、ランは見せていて。

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「やはり、ここまでだったよう…」

 

 

 

 

 

 

何も変わらなかった攻防の緩みから、ランがそう言いかけた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

黒煙を切り裂き、爆炎を超え、天へと羽ばたき現れたモノ。

 

 

―ソレは見間違うはずも無い、正真正銘本物の【黒翼】。

 

 

そう、壊獣の雷撃によって破壊されたはずの【黒翼】が、黒煙の中から羽ばたき轟きながら現れたのだ。

 

怒りの咆哮にその身を奮わせ、自らに歯向かってきた雷撃壊獣へとその憤怒を炸裂させていて。

 

 

 

 

「なにっ!?ば、馬鹿な!」

 

 

 

…珍しく。

 

本当に本当に珍しく、その口から驚きの声を上げた釈迦堂 ラン。

 

それはまるで、目の前で起こった事象が信じられないかのよう。そんなランは、これまでの彼女からは想像も出来ない程に似合わない歳相応の声を漏らし…

 

…また、それを切り捨てるかの如く。黒煙の向こうに見える鷹矢の足元には、発動され光り輝いている一枚のカードが。

 

 

 

「…俺の引いたカードは【エクシーズ・リボーン】ではない!速攻魔法、【コンセントレイト】発動!【ダーク・リベリオン】の攻撃力を、その守備力分アップさせる!」

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500→4500

 

 

 

 

…そう。

 

壊獣の攻撃によって、【黒翼】は破壊されてはいなかった。

 

それは鷹矢がダメージステップに発動させた、攻守を増化させられるその速攻魔法の効果によるもの。

 

雷撃壊獣の白雷を、逆に牙竜へと纏わせ…限界を超えた力を、一時的に【黒翼】に与えたのだ。

 

 

…それは守りを捨て、意地でもランに一矢報いるという鷹矢の強い意思の表れ。

 

 

ランの先見を超えたドロー。【化物】に無駄と切り捨てられたその『意地』は、鷹矢に意地でも無理やりに『何か』を掴ませたのだろうか。

 

牙竜がその咆哮で壊獣を貫き、鋭き牙を更に唸らせ轟き続け…

 

 

 

「まだバトルは終わってない!ダーク・リベリオンよ!奴を断ち切れぇ!斬魔黒刃!ニルヴァー…ストライィィィィィィク!」

 

 

 

 

 

―!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…それは、とても小さな傷だった。

 

膨れ上がったランのLPからすれば、かすり傷にもなりはしない、本当に小さく微かな傷。

 

しかし、これまでLPに触れることすら出来なかった少年からすれば…いや、例え過去の【王者】であっても触れることの出来なかった、この釈迦堂 ランという【化物】のLPに…

 

 

―まさか実力的にも能力的にも、全く届いていないこの少年が触れたのだ。

 

 

同じ【化物】以外に、LPを触れられる。それは、ランにしてみればどんな感覚だったのか。

 

過去の【王者】でさえ、彼女の相手にはならなかったと言うのに。例え酷く侮った所で、自分に触れることなど天地がひっくり返っても出来ない運命にあったはずのこの少年が、まさか求めていた『片鱗』を見せ付けてくることなど、一体誰が予想できようか。

 

 

 

「…ぐっ!」

 

 

 

釈迦堂 ラン LP:7850→6650

 

 

 

 

 

「ば、馬鹿な…確かに【エクシーズ・リボーン】が見えたはず…いや、こんなことが前にも…」

 

 

 

そんな鷹矢の攻撃を受け、明らかな動揺を見せた釈迦堂 ラン。

 

それは別に、攻撃を受けたことで取り乱すとか、LPを傷つけられて怒るだとか、そんな程度の低いレベルでの話では断じてない。

 

普通であればありえないその【化物】の動揺は、まるで何かを思い出しているかのような雰囲気であり…

 

 

 

「フ………フフッ…」

「…む?」

「フフッ、ハハハハハハハッ!良い…良いよ天宮寺 鷹矢!これほどの衝撃はいつ振りだ!?これはそう、鷹峰さんと初めて戦った時や、裏決闘界で【無垢】と戦ったとき以来の衝撃だった!鷹峰さんなら今の攻撃で私のLPを0にしていただろうから、まだまだ実力では祖父に遠く及ばない。…だが、しかし、良い!本当に今の攻撃は良かった!よもや私が相手のカードを見誤ったり、見えなくなったりするのは本当に良い『モノ』を飼っている証拠だ!」

「…か、飼っている?何を言っているのだ…」

 

 

 

『片鱗』を見せた鷹矢へと、歓喜の声をランはぶつけて。

 

矢継ぎ早に繰り出される言葉の数々は、ランが感情を抑えられていない証拠。感情を激しく起伏させ、歓喜に震えているその様子は、まさしく彼女が心の底から笑いを抑えられていないからなのだろう。

 

一体、今の鷹矢の必死の抵抗に、【化物】は何を感じたというのだろうか。

 

ソレを知らぬ鷹矢からすれば、ランのこの異様な態度の変わりようが本当に不気味で仕方なく…

 

 

 

「そうこなくてはな!私の相手を出来そうな決闘者が、『こんな時』にまだ見つかるとは!資格も持たない、実力も足りない、しかし君はその定めを無理やりこじ開けた!フフフフフッ!これだから世界は面白い!」

 

 

 

感極まっているランのテンションは、今までのどれとも異なる異質なモノ。

 

不穏を交えた歓喜の羅列と、定まっていない感情の爆発。

 

今までのように、退屈に塗れ呆れ果てた言葉ではない。むしろ、これまでの鷹矢へと放っていた言葉とはまるで正反対の、賛辞と興味に溢れた言葉となっていて。

 

 

 

 

「…タ、ターン…エンドだ…」

 

 

 

鷹矢 LP:2300

手札:2→1

場:【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】

【No.103神葬零嬢ラグナ・ゼロ】

伏せ:なし

 

 

 

「私のターン、ドロー!【KYOUTOUウォーターフロント】の効果発動!デッキから【多次元壊獣ラディアン】を手札加える。更に【貪欲な壷】も発動。『ガメシエル』、『ガダーラ』、『ドゴラン』、『サンダー・ザ・キング』、『ダ・イーザ』の5体をデッキに戻し2枚ドロー!」

 

 

 

そんな鷹矢などお構い無しに、歓喜と共にみるみる手札を増やしていく釈迦堂 ラン。

 

また、先ほどと同じくランの言葉のテンションに呼応して、周囲の空気がランの鼓動にあわせるかの如く更に変化していくではないか。

 

…もっと重々しく、もっと異質的な、もっと終末的なモノへと。

 

この森の自然の方が彼女に合わせているという事実など、到底信じられないこと。しかし、ソレを今、実際に目の当たりにしているからこそ。本当にこの女が、人間の枠を超えた【化物】なのだと言うことは、最早誰の目にも明らかなこと。

 

鷹矢もまた、実際に対峙しているからこそ…その周囲の空気の悲嘆な変化が、手に取るようにわかってしまい…

 

 

 

 

「…早くここまで来たまえ天宮寺 鷹矢。早く祖父と同じ道を辿り、私ともっと遊ぼう。」

「ぬっ、ぬぅ…」

「フフッ、まさか『こんな時』に、こんなにイイ拾い物をするとはね。だから、これは君へのご褒美だ。君を煽り続けたことを詫び、鷹峰さんの孫としてではなく、一人の決闘者として君を称えることをここに誓おう!君の場のラグナ・ゼロをリリース!再び君の場に、【怒炎壊獣ドゴラン】を特殊召喚!」

 

 

―!

 

 

【怒炎壊獣ドゴラン】レベル8

ATK/3000 DEF/1200

 

 

 

鷹矢の『力』を喰らい現れしは、先ほども鷹矢の場に召喚された、怒炎を纏いし竜の壊獣。

 

いくらランへと吼えてはいても、それがランによって作為的に作り出された舞台だということに、この竜獣は気付いていない。

 

 

 

「ぐっ、またしても…」

「そして私は手札から、【多次元壊獣ラディアン】を特殊召喚!更に壊獣カウンターを2つ使い、その効果を発動!自分フィールドに【ラディアントークン】を特殊召喚する!」

 

 

 

―!!

 

 

【多次元壊獣ラディアン】レベル7

ATK/2800 DEF/2500

 

【ラディアントークン】レベル7

ATK/2800 DEF/ 0

 

 

 

そしてそれに続くかの如く呼び出されしは、黒く靄のかかった不気味な壊獣。

 

そしてその影が実体化した、もう一体の同じ壊獣。

 

その壊獣の周囲の空間が捻じ曲がり、歪曲した狭間から不気味な眼光を光らせていて。

 

…しかし、どうしてランはわざわざ攻撃力の低い多次元壊獣を自分の場に呼び出したのだろうか。

 

確かにその効果によって手数は増えるとは言え、ただ攻撃するだけならば鷹矢の場に呼び出した怒炎壊獣の方が攻撃力は上のはず。

 

そして何より、怒炎壊獣の効果で鷹矢の場を一層すれば、トドメをさせないとは言え鷹矢を更に追い詰めることが出来たかもしれないと言うのに。

 

 

 

 

「同じモンスターが…2体?」

「…このトークンはシンクロ素材には出来ない。もっとも、私のExデッキには元々モンスターは居ないがね。まだだ、【死者蘇生】を発動し、君の墓地の【シルバー・ガジェット】を私の場に特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【シルバー・ガジェット】レベル4

ATK/1500 DEF/1000

 

 

 

それだけでは飽き足らず。

 

ランは貴重な【死者蘇生】を使ってまで、鷹矢のモンスターを奪い自らの場に呼び出したのだ。

 

…益々、意味が分からない。

 

手札に【死者蘇生】があったのならば、こんな回りくどいやり方をしなくとも、簡単に鷹矢にトドメをさせたはず。

 

 

 

「…俺のモンスターを…一体何をするつもりだ!」

「フフッ、だから言っただろう?これはご褒美だと。本来ならば、少しの抵抗も出来ないはずだった君に…一瞬でも運命を乗り越えた君に、良いモノを見せてあげるよ。…私はラディアンとラディアントークン、そして【シルバー・ガジェット】の…」

 

 

 

しかし、そんな鷹矢を意に介さず。

 

ランの言葉と雰囲気が、益々不気味さを増して行き…

 

 

 

「3体のモンスターをリリース!」

「なにっ!?さ、3体リリースだと!?」

 

 

 

高らかに宣言を行うランと、それに驚きを隠せない様子の鷹矢

 

…これは、壊獣などのための特殊召喚のエフェクトでは無い。

 

そう、鷹矢がソレを見間違うはずもなく。

 

この天に捧げる生贄と、その身に纏う天の渦。この世界でも扱う者など殆ど居ない、そして遊良が扱うために、鷹矢にとってはあまりに見慣れたそのエフェクトは…

 

 

―紛れも無い、アドバンス召喚のためのエフェクト。

 

 

しかし3体の生贄を必要とする存在など、遊良の持つ獣の王を含めても、この世界には極限られたモノしか存在しないはずだというのに…

 

その突然のランの行為に対し、あっけにとられている鷹矢へと向かって。

 

ランは、まさに見せ付けるかのように…

 

 

 

 

 

 

 

「いでよ!」

 

 

 

無駄な詠唱など必要なく。無駄な口上など存在せず。

 

あまりに純粋な恐怖と共に、高々とその手を天に掲げた釈迦堂 ラン。

 

大気が暴れ、大地が揺れ、星その物が怯えながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ここに、呼び出されしは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【邪神ドレッド・ルート】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―それは、『何か』の影だった。

 

 

人間が立ち入ってはならない領域。人間が見てはいけない存在。

 

 

存在そのモノがただの『深淵』で、存在そのモノがただの『恐怖』。

 

 

…木々を枯らし、命を奪い、星その物を震え上がらせる純粋なる恐怖の塊。

 

あまりに巨大で、あまりに絶大で、あまりに膨大な恐怖の根源。その巨大なる姿は、まさしく神性を纏った人の理解の追いつかぬ存在とも言えるのか。

 

この世にこんなモノが存在することなど、誰にも信じられないかのように…

 

その巨大すぎる影に覆われただけで、森の木々が次々と枯れていくその光景は、この存在から駄々漏れているただ純粋なる『恐怖』そのモノであって。

 

 

 

 

 

【邪神ドレッド・ルート】レベル10

ATK/4000 DEF/4000

 

 

 

 

 

「…な…なんだこのモンスターは…」

「フフッ、モンスターじゃないよ…これは…【神】だ。」

「か、神…こ、こんなモノが、【神】のカードだと…?」

 

 

 

ランの言葉に反応し、身じろぎ一つで大気を揺らす巨大な邪神。

 

それは、この世界の伝承にある、どの【神】のカードとも違うモノ。少なくとも鷹矢が知るこの世界の御伽噺の中には、こんな邪なる力を持った神の存在など語られてすらいなかったはず。

 

…また、鷹矢が幼少の頃に見た、ルキの持つ『赤き竜神』の存在感とは全くの別の神性を持ったこの存在。

 

その巨大な体が生み出す深淵の影によって、鷹矢の周囲にある木や草と言った命という命の息吹が、自らその生命を閉じて枯れていくではないか。

 

それは紛れも無い、この【邪神】から漏れ出ている純然たる『恐怖』によるモノ。

 

怯えすぎた木々たちが、介錯されるよりも早く楽になるために、自らそうしているとしか思えない程に…

 

この世界のどんなモノとも比べることの出来ない恐怖が、あの【邪神】から発せられている、ただそれだけのこと。

 

 

 

「…こんなモノ…見たことが無い…」

「そうだろうね。…これは私のため、私だけの【邪神】。コレを見たことがあるのは、おそらくこの世界でも鷹峰さんだけだろう。しかし、君は誇ってもいい!鷹峰さんでも経験したことの無いこと!そう、実際にコレと対峙したのは、この世で君が始めてなのだから!」

「ぐっ!?」

 

 

 

ランの言葉に呼応して、【邪神】はさらにその恐怖の暴雨を増していく。

 

ランが今言った通り、確かにランはこの『神のカード』を鷹峰に見せたことがある。しかし、それを実際に場に出したことなど無く…今この時、この恐怖の根源たる【邪神】をこの星に呼び出したこと自体、ランにとっては『想定外』のことだったのだろう。

 

…それは、過去にエクシーズ王者【黒翼】を相手にした時よりも、裏決闘界の皇【無垢】を相手にした時よりも、そのどれよりも感情が昂ぶってしまった証拠。

 

実力的には全然【化物】に届いても、かすっても、ましてやその姿すら見えない程に下層に居るであろう少年。

 

しかし、そんな矮小な存在であっても、全く折れずに喧嘩を売り続け、そして最後には自分にその牙の先端を触れさせたこと…

 

…そう、全く期待すらしていなかった存在が、運命に逆らえるはずのない少年が。まさか無理やりに世界の定めをこじ開けて、こんなイレギュラーを巻き起こすなんてランは想像すらしていなかったのだ。

 

だからこそ、今のランの昂ぶりは、これまでの人生で1、2を争うほどの気分の高まり。

 

故に…

 

ランは、退屈が飽和したこの世界の中で、よもやこんな面白い事をしでかしてしまう少年が現れたことに対するその賛辞を込めて…

 

彼女自身が持つ、圧倒的な恐怖の、その『根源』かつ『正体』であるこの邪なる【神】に、今まさに命を下して…

 

 

 

 

「さぁ、これで終わりだ!バトル!【邪神ドレッド・ルート】で、【ダーク・リベリオン】に攻撃!」

「ぐっ!?だ、だが邪神の攻撃力は4000!この攻撃では…」

「無駄だ!【邪神ドレッド・ルート】の効果!その恐怖により、邪神以外の攻守は…全て半分となる!」

「なっ!?」

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500→1250 DEF/2000→1000

 

 

 

たとえ神を喰らう【黒翼】であろうとも、ソレは一つの例外も許さない。

 

純然たる恐怖が生み出すその重圧は、例え歯向かう者が神に怯えていなくとも、その力をいとも容易く奪い去ってしまうのか。

 

恐怖に怯えているわけではないというのに、その力が見る見るうちに飛散していくその重圧に…

 

神を喰らうはずの黒翼牙竜が、苦しげな咆哮を天へと叫び…

 

 

 

 

―迫る拳、響く轟音、追憶すら許さぬその絶望。

 

 

 

 

逃げ場のない巨大な拳に、もう誰も恐れを感じる暇も無く…

 

 

 

 

 

…だが、悲観することは無い。

 

 

 

 

 

―ただ、次元が違うだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

「砕け散れ!フォール…パンドラァァァァァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

「ぐっ!ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

めり込む拳と、空を覆う神の体。

 

周囲の木々が拳の風圧でなぎ倒され、あたり一面が爆撃を受けたかのように吹き飛ばされているこの光景は、紛れも無く【神】の一撃により生じた地獄の光景。

 

ソリッド・ヴィジョンの常識ではまるで説明が付かないこの事象。実体化を伴い現れた【神】の存在は、誰にも理解できるようなモノではないのだろうか。

 

 

 

 

「ぐ…はっ…ぁ…」

 

 

 

 

 

鷹矢 LP:2300→0(-450)

 

 

 

そして…

 

直接攻撃ではなくモンスターへの攻撃だった為に、どうにか寸前で直撃だけは免れた鷹矢ではあったものの…

 

それでも今まで経験したことの無い風圧によって吹き飛ばされ、全身を強く打ち付けてしまったが故の苦しみが、今まさに鷹矢を襲っていて。

 

それはかつて味わった、実体化したモンスターの攻撃など比較にならないほどの衝撃。

 

直撃でもないというのに、今すぐにでも意識が飛んでしまいそうなこの一撃は、まさに【神】による神罰そのもののよう。

 

また、デュエル終了を告げる無機質な機械音すら、そのシステムが仕事を忘れているかのように沈黙を貫き…

 

 

 

「あぁ、やはりイイ…邪神の攻撃を受けてもなおその意識を手放さぬとは。益々君が気に入ったよ天宮寺 鷹矢。」

「っ…釈迦…堂…ラ…ン…」

 

 

 

そんな悶え苦しんでいる鷹矢へと、ゆっくりと近づいてくる釈迦堂 ラン。

 

どうにか繋いでいる意識の欠片が、ランの名と彼女の言葉をどうにか鷹矢の耳に届けてはいるとは言え…そのあまりの衝撃に、鷹矢は今にもその意識を手放してしまいそう。

 

そんな吹き飛ばされ倒れた鷹矢を見て、一体ランは何を思うのだろうか。

 

デュエルディスクを仕舞いながら、消え行く【邪神】を背に向けながら…

 

ランは、ゆっくりとその口を開いて…

 

 

 

「そんなすぐ動こうとしてはダメだ。しばらく横になっているがいい。…あぁ、そういえば帰りの時間を気にしていたか。フフッ、だが心配することはない。私が何とかしてあげるから、今はこのまま眠るといいさ。」

「ぐ…ぅ…」

 

 

 

興味の無い他人のことなど、塵か道端の小石程度の認識しかしていなかったランの口から語られる、紛れも無い鷹矢への優しい言葉の数々。

 

…それはランの言葉のそのままに、本当に鷹矢の事が気に入ったのだろう。

 

そこら辺で繁殖している、有象無象の雑魚とは違う。自分が気にかけるに値する存在、いつか地力でここまで上り詰めるであろう、その内に良いモノを『飼っている』少年。

 

 

 

「そうだ、君は天城 遊良がどうとか言っていたね?うん、確かに彼にだけカードを預けておいて、君にも預けないのは不公平だ。…コレを、君にも預けておこう。いつか私が取りに行くか、君が返しに来るまで預っておいてくれ?」

 

 

 

そんなランは、今まさに気を失いかけている鷹矢へと向かって、その豊満な胸の内の上着の内ポケットから、一枚のカードを取り出して。

 

ソレを鷹矢の制服のポケットに入れたかと思うと、その手を徐に鷹矢の顔の上…視界を隠すようにして、その冷たい掌で鷹矢の目を覆い隠し始めたではないか。

 

 

 

「天宮寺 鷹矢…君の中の【化物】が育ったらまたやろう。フフッ、その時は、きっと世界はもっと『面白いこと』になっているはずだから。」

 

 

 

そうして…

 

 

 

ランが、そう鷹矢へと声をかけたことを最後に…

 

 

 

「じゃあ…おやすみ。」

 

 

 

鷹矢の意識は…

 

 

 

―そこで、途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…むぅ。」

 

 

 

目が覚めると、鷹矢は見慣れた座席に座っていた。

 

この夏休みの間中、ずっと移動のために使っていた『新幹線』の、その座りなれた柔らかい、そして一向に尻に馴染まぬ座席の一つに。予め取っておいたチケットの、指定された座席。決闘市に到着する時間も前もって決めておいた時間ピッタリで。

 

…しかし、今しがた目覚めた鷹矢には、その光景がどうしても信じられなかった。

 

…そう、鷹矢にしてみれば、どうやって新幹線に乗ったのかも覚えておらず。また、車掌や隣の席の老人に聞いても、『そういえばいつの間にか乗っていた』としか答えてはくれないのだ。

 

痛みは無い。疲労もない。あれだけ派手に吹っ飛ばされたにも関わらず、体の調子はとても好調。

 

これまでの『修業』で積み重なった疲労感も、3日間ほど熟睡したかのように体の中には疲労の欠片も残ってはおらず。

 

…まるで、【化物】との邂逅など、夢のまた夢だったかのよう。

 

 

 

「…意味がわからん。森の中に居たと思ったら、帰りの新幹線には乗っているとは。」

 

 

 

しかし、鷹矢にはソレが夢ではなかったのだと、あまりにもはっきりとわかっている。

 

…森の中での、【化物】との邂逅。そして純然たる恐怖の塊であった、【邪神】の存在。

 

あの衝撃は、夢や妄想と言った類の言葉で片付けられる代物ではない。

 

そして、その出来事の証拠を確かめるかのように…

 

鷹矢は、己の懐から取り出した2枚のカードをまじまじと見つめ、その2枚の『異質』なカードを見比べながら呟いて…

 

 

 

「…また【No.】のカードが『白紙』に戻っている。…それに、奴から貰った『このカード』は…」

 

 

 

ランが呼び出した【邪神】に中てられたのか、それとも何か他に理由があるのか。

 

戦いの前の姿である【No.41 】や、戦いの最中に変化した【No.103】から、再びその姿を『白紙』へと変えた鷹矢の【No.】。

 

しかし以前の『白紙』と違うのは、この『白紙』の【No.】はその鼓動を失っていないということ。

 

以前はその力の源である『闇』が足りないが故の『白紙』ではあったものの、今の『白紙』の【No.】から感じるのは溢れ出そうなほどの闘争欲と、今にも飛び出してきそうな剥き出しの戦意。

 

それだけではない。鷹矢は遊良と同じように、ランから『あるカード』を手渡されたのだ。そのカードが今、鷹矢の手の中にある以上…

 

…あの出来事は、夢などでは断じてないのだから。

 

 

 

(釈迦堂 ラン…確かに【化物】だった。それにあの『神』のカードは…)

 

 

 

実際に見たことのある、ルキの『神』のカードから感じられた神性とはまるで違う、全く異質の【邪神】の力。

 

それを目の当たりにし、そしてソレと実際に戦った鷹矢は一体何を思うのか。

 

 

 

 

(…面白い。ジジイ以外にも本当にあんな【化物】が居たとはな。他人に至れる境地が、この俺に至れぬはずがない。待っていろ釈迦堂 ラン、そしてジジイ…俺もソコへ行って、いずれ貴様らを叩きのめしてやる。)

 

 

 

【邪神】と【化物】に吹き飛ばされても、それでも鷹矢の闘志は未だ消えず。

 

あんな目に遭ったばかりだというのに、今すぐにでもデュエルをしたいその闘争心は彼が生粋のデュエリストである証とも言えるだろうか。

 

まだまだ、世界は広い。

 

自分の求める、誰にも有無を言わせないほどに洗練された『力』の目標は、あまりに遠いところにあるのだということがわかったから。

 

ならば、まだ足踏みをするような時ではない。立ち止まっている暇などなく、心を居っている場合でもないのだ。

 

…まだまだ、強くなれる。自分よりも強い者の存在は、自分の力がどれだけ足りていないかを測るに丁度良い指標なのだ…と、そう言わんばかりにふてぶてしい鷹矢の思考は留まることを知らないのか。

 

そんな、どこまでも自分本位な鷹矢の思いは…

 

 

 

 

 

 

「待っていろ…遊良…」

 

 

 

 

 

決闘市、そして『約束』を共に目指す片割れの少年へと向けて…

 

 

 

 

 

―静かに、放たれていた…

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「…カカッ、どうだったよクソガキは。」

 

 

どことも分からぬ暗闇の空間。

 

そこに響いた渇いた笑い。

 

相手の姿など見えないその空間で、その声だけで存在を認識しているであろう『その人物』は、不意にこの暗闇へと『帰ってきた』人物へと、そう声をかけて。

 

そして、その声に反応するかのように…ここへと帰ってきた人物もまた、渇いた笑いの持ち主へと声を返す。

 

 

 

「えぇ、全く期待していませんでしたが、予想外の事が起こったので楽しめましたよ。」

「そうだろうなぁ。なんせ、お前さんが【神】を出すことなんざ人生で初めてだっただろうに。クソガキに中てられて昂ぶるたぁ、一体どういう気まぐれだい?」

「仕方ないでしょう?初めて私よりも年の若い少年が私に傷をつけたのだから、これで昂ぶらないと言ったら嘘になる。流石は貴方の孫だ、寸分違わず貴方と同じ道を辿っていた。」

「ケッ、クソガキなんかと比べられるのも癪だぜ。一緒にするなってんだ。」

「フフッ、本当にそっくりな一族だ。」

 

 

 

世間話をしているかのような気軽さ。しかしこの暗闇の所為もあってかその雰囲気は全くの別物。

 

彼らが『ここ』にお喋りをしに来たわけでは無いコトは明らかで、その目的も思想も全く分からないままではあるものの、それでも彼女らにしか知りえぬ『何か』を持って、ただ淡々と会話を続けるだけ。

 

 

 

「さて、【神】の力も把握できた。あとは残りの『一枚』が私の元に来れば…」

「『時が来る』…って奴かい?おうおう、若ぇ奴は危なっかしいったらありゃしねぇぜ、ったくよぉ。」

「フフフッ、その時はよろしくお願いしますよ?着々とピースは揃いつつある。それに、その時には彼らも『育っている』かもしれませんし。」

 

 

 

不穏な空気と、不穏な言葉。

 

決して常人には理解出来ぬであろう言葉を持って、掲げる『何か』への思いを女性は連ねる。

 

そのまま、女性が静かに呼吸を一つ、吸い込んだかと思うと…

 

期待を込めた雰囲気で、その口から言葉を発して…

 

 

 

 

 

「…さぁ、世界が面白くなるのはもうすぐだ。」

 

 

 

 

誰が聞いているのかもわからぬ、誰も聞いていないかもしれないこの『闇』の中で…

 

ポツリと呟かれたその言葉は、誰にも止められることも無く…

 

 

 

 

―闇へと、吸い込まれていった…

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 


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