遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

68 / 119
ep67「邂逅」

夏も本格的に始まり、太陽がその日差しを激しく燃やし街の気温を上昇させている、そんなとある日のこと。

 

 

 

『ななな…何と言うことでしょう!今だかつて、こんな事があったでしょうか!?』

 

 

 

決闘市と国を同じくしている『とある都市』のスタジアムから、焦りのようなモノを孕んだ実況の声が鳴り響いていた。

 

その実況の声は、どこか大げさなようにも聞こえるモノではあったものの…

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

実況の声に同調するかのようにどんどんとテンションをヒートアップさせていく『観客達』の姿が、まさにこの実況の焦ったような声が『本物』なのだと言うことを誰しもに認識させていたことだろう。

 

 

…しかし、それもそのはず。

 

 

まさか、決闘市から遠く離れたこの『とある街』で開かれていた、新人とは言え『プロデュエリスト』も参加してくるようなこの『公式大会』の…

 

プロ同士の対決になると思われていたこの『決勝戦』で…

 

そのプロデュエリストと戦っているのが、まさかの『学生』だなんて。

 

 

 

「【ギアギガントX】、【ゴールド・ガジェット】、【シルバー・ガジェット】で、3体の【ゴヨウ・キング】に攻撃!」

「はっ!追い詰められて血迷ったのか!?」

「そんなわけ無いだろう!速攻魔法【リミッター解除】発動!」

「な!?」

 

 

 

―!!!

 

 

 

「ぐ…うぉっ!?」

 

 

 

新人プロ LP:3600→1800→1200→1000

 

 

 

そして大きく削られる新人プロのLPの減少音に呼応するように、更に盛り上がりを見せていく観客達。

 

先ほどまでは、確実に新人プロが押しており…

 

それこそ、このデュエルが始まってからずっと、新人とは言えプロらしく相手の学生を圧倒し続けていたというのに…

 

しかし、プロとは言え新人だったからか。一瞬だけ見せてしまったその油断の、僅かに生まれた隙をこの『学生』は見逃さず。

 

その隙を逃さず突くことによって、今まさにプロが押していたというこの戦況が、全てひっくり返りそうになっているのだ。

 

 

ー!!!!!!!!!!

 

 

 

そんな怒涛の攻撃を見せるこの『学生』のデュエルには、観客達も盛り上がりを押さえきれないかのようにして更にその歓声を大きくしていき…

 

観客達のその視線は、『学生』にも関わらずその高名な苗字と相まって、あまりに堂々とした立ち振る舞いを魅せる一人の少年へと注がれていて。

 

 

 

「くそっ、【黒翼】の孫だからって、学生の癖にここまで…」

 

 

 

苦々しくそう呟いた新人プロの言葉は、その『名』と相まって学生相手に押されていることを悔しがっているかのよう。

 

 

…そう、『学生』とは言え、彼の視線の先に居るその少年の、生まれ持ったその『名』はあまりにも高名。

 

 

昨年度の決闘市にて行われた【決闘祭】において、1年生にしてその『名』に恥じぬ成績を残したこの学生。

 

その『名』が決闘市から遠く離れたこの『とある都市』だけではなく、世界中にその『名』を知らぬ者など居ないからこそ…

 

誰もがその『名』を持つこの学生の躍進に、これだけの歓声を上げていることに違いなく。

 

 

そう、今この大会で、プロを相手に引かないどころか優勢を見せているのは紛れも無い。

 

エクシーズ王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰の孫として知られる…

 

 

―決闘学園イースト校2年、天宮寺 鷹矢だったのだから。

 

 

 

「ぐっ…でも残念だったな!いくらお前が【黒翼】の孫って言ったって、これでお前のバトルフェイズは終…」

「まだだ!更に罠カード、【ワンダー・エクシーズ】発動!このバトルフェイズ中にエクシーズ召喚する!俺はゴールドとシルバー、二体のガジェットでオーバーレイ!」

「なんだと!?」

 

 

 

押されていたにも関わらず、プロ相手に恐れも無く。

 

鷹矢のあまりに堂々としすぎている立ち振舞いは、この若きプロだって思いもよらなかったことだろう。

 

いくらこのプロデュエリストが、デビュー2年目の未だ新人と言える立ち位置に居るとは言え…

 

この若きプロデュエリストだって、あの厳しいプロ試験をクリアしてその道に踏み込んだ、自他共に認める確かな強者であるはずというのに。

 

プロに『なるだけ』でも、相応の実力や相当の運を必要とするにも関わらず…

 

まだ学生の、それもまだ2年生という若さでここまでの勢いを見せつけてくる天宮寺 鷹矢のその姿は、このプロの目から見てもただただ『脅威』の一言であって。

 

 

 

「天音に羽ばたく黒翼よ!神威を貫く牙となれ!エクシーズ召喚!来い、ランク4!【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500 DEF/2000

 

 

 

そうしてこの場に現れしは、祖父から受け継ぎし鷹矢の『切り札』。

 

天に轟く牙竜の咆哮は、圧倒的熱気に包まれているこのスタジアムの空気を切り裂くようにその黒き翼を広げ…

 

空に咆哮を轟かせながら、その牙を高々と煌かせていて。

 

新人とは言え、相手はプロデュエリスト。

 

鷹矢も、自分のLPが残り『200』というギリギリの場面まで追い込まれているからこそ。やっと巡ってきたこの最後のチャンスで、一気に攻めきり勝負を決めにかかるつもりなのだろう。

 

 

 

「ぐっ!?ま、孫が【黒翼】を召喚できるって噂は本当だったのかよ!けど罠カード、【激流葬】発動!全てのモンスターを破壊する!」

 

 

 

―!

 

 

 

しかし、学生相手に一瞬の隙を突かれたとは言え、【黒翼】に呑まれることなく反撃の一手を放てる辺りはさすがにプロか。

 

即座に激しい奔流のうねりを呼び出し、鷹矢の場のモンスターの全てを飲み込み破壊していく若きプロ。

 

世界に名立たる王者【黒翼】の、象徴とも言えるその『名』が目の前に降臨しても…その相手が覇道を歩む【黒翼】本人ではなく、その『孫』だったからこそ、【黒翼】に気圧される事無く手を打つことが出来たのだろう。

 

 

 

 

「よし!これで次のターンに…」

「うむ!最後の伏せカードを使うのを待っていたぞ!これで全ての邪魔が消えた!罠発動!【エクシーズ・リボーン】!」

「なにっ!?」

「貴様がやっと隙を見せたのだ、ここで終わらせる!蘇れ!【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

しかし…そんなプロの抵抗を、鷹矢は更に超えにかかって。

 

墓地から再び舞い上がる、天に羽ばたく漆黒の翼。

 

バトルフェイズの為にその効果を発動することは叶わぬものの、しかし既に場は激流の後のために、【黒翼】以外のモンスターは存在すらしておらず…

 

また、最後に賭けていた罠を躱され、もう守る札の全てを使い切ってしまった若きプロには、最早目の前の【黒翼】の攻撃から身を守ることは敵わないことなのか。

 

 

 

「ぐ…ぐぐっ、くっ…そっ…」

 

 

 

この男もプロとは言え、未だ経験の浅い新人。

 

歴戦には程遠い、まだ若いが故の焦りと共に…

 

プロの身としては絶対に出してはいけない、どこか諦めめいた声が新人プロの口から漏れ出てしまい…

 

 

 

「これでトドメだ!【ダーク・リベリオン】でダイレクトアタック!」

 

 

 

翼を広げ、紫電を纏い、牙を轟かせ羽ばたく【黒翼】。

 

たとえ使い手が孫だったとしても、風を切りながら敵へと迫るその迫力は世界に名立たる【王者】の姿そのまま。

 

神すら喰らわんとする、唯我独尊なる咆哮と共に…

 

 

―鷹矢は、叫ぶ。

 

 

 

「断ち切れ!斬魔黒刃、ニルヴァー・ストライク!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

「ぐ…ぐあぁぁぁ!?」

 

 

 

新人プロ LP:1000→0(-1500)

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

 

『決まったぁぁぁぁあ!まさかのプロを押しのけ!優勝したのは決闘市からエントリー!決闘学園イースト校2年!天宮寺 鷹矢選手だぁぁぁぁぁぁあ!』

 

 

 

―!!!!!!!!!!

 

 

 

無機質な機械音が鳴り響いたと同時に叫ばれた、興奮に塗れた実況の声。

 

それに呼応するかのように観客達もまたその興奮を坩堝へと押し上げていき、学生ながらもプロをどうにか打ち破った天宮寺一族の若き天才へとその歓声を届けていて。

 

 

 

「くそっ、学生相手に負けちまった…【黒翼】の孫だからって…」

「その言われ方は好きでは無いのだが。…まぁいい。とりあえず良い経験にはなった。」

 

 

 

興奮に包まれたスタジアムの中央であるにも関わらず、不遜な態度を鷹矢は崩さず。

 

驕っているわけではない。彼にとっては、例え相手がプロであっても…そう、誰であっても、その態度を変えるつもりはないのだ。

 

…そんな鷹矢の姿は、たった今対戦していた若きプロの目にはどのように映ったのだろう。

 

大歓声の中、どこまでも堂々と立っている鷹矢へと向かって…

 

若きプロは、苦々しげにその口を開いた。

 

 

 

「…お前、プロになる気はあるのか?」

「うむ。」

「ちっ、ただでさえ怪物の巣窟だってのに、お前みたいな新人がどんどん入って来るし、今年の学生上がりの奴らも軒並み成績上げてきてるし…あーあ、【黒翼】の孫ってだけで羨ましいってのに、ホント嫌になりそうだぜ。」

「…ふん。」

 

 

 

若き新人プロの放った、そのプロが故の『後がない』様なその言葉に対し…

 

鷹矢は、一瞥のみで背を向けてその場を後にし始めて。

 

その後姿は、優勝したというにも関わらずどこか不機嫌そうにも見えるモノであり…それはきっと、たった今新人プロが放った言葉が鷹矢の癪に障ったからだろう。

 

 

―王者【黒翼】の孫

 

 

それは、世間の他人からしたら羨ましくも輝かしい称号。

 

天宮寺 鷹峰が【黒翼】と呼ばれる由縁である、【黒翼】にしか召喚出来ないはずの『ダーク・リベリオン』のカードも直々に渡されていて、そして何より祖父から受け継いだ才能の高さは世間の目から見ても明らかなほど。

 

…しかし、それは鷹矢からすれば忌むべき称号。

 

世間が抱く【王者】とその家族のイメージなど、その『本人達』からすれば全くの虚像。

 

勝手すぎる筆頭の所為で、これまで多大なる迷惑を被ってきた天宮寺家の人間からすれば…

 

世間が羨むようなモノなど何一つとして存在しないのだということを、声を大にして言いたいことなのだから。

 

 

 

「…ジジイなど関係ない。俺は俺だ。」

 

 

 

プロに勝ったというにも関わらず、どこか不機嫌そうに呟かれた鷹矢のその言葉はこの場の大歓声に掻き消されていき…

 

ソレを聞いている者は、この場には誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うむ。夕方の便で帰るから着くのは夜になる。」

『はいはーい、じゃあ遊良に伝えておくね。』

 

 

 

表彰式も終わり、興奮の残響も落ち着いてきたスタジアムの、その控え室でのこと。

 

昼過ぎと言うこともあり、選手用に用意されていた弁当を余分に3人前ほどたいらげた鷹矢は、修行中で電話に出られないと言う遊良に変わってルキと電話越しで話をしていた。

 

 

 

「晩飯の準備もしておけと言っておけ。夜は食わずに帰るつもりだからな。」

『え!?どうしたの鷹矢!鷹矢がいつもの時間に晩ご飯食べないで帰ってくるなんて!?』

「…わめくな。さすがに外食も飽きただけだ。量も少なく味も似たようなモノばかりでいい加減食い飽きた。」

『理事長先生にお金出してもらってるくせに贅沢なんだから、もう。』

「ふん、この俺が嫌々言いつけを聞いてやっているのだ。それくらい当たり前だろう。」

 

 

 

そんな鷹矢の声は、彼にしては珍しく疲れを含んだような声質となっていて…

 

まぁ、前日行われた予選、そして二日目に行われた本選の全てがプロ、そしてプロに近い相手だったのだから、鷹矢のその疲労も至極当然なことなのだが。

 

しかし、それ以上に我が道を突き進むことを信条としている鷹矢にとっては、命令とは言え他人に強制されたことをさせられていることが最も我慢ならないことなのか。

 

幼少の頃、祖父に同じ様な修業を強要されていたからこそ、その面倒臭さは重々承知しており…

 

それでもその命令を下した相手が、祖父と同じ頂に立ったあの【白鯨】であったからこそ、鷹矢と言えども今は大人しく言う事を聞いているのだろう。

 

 

―それは、【王者】を祖父に持っている鷹矢だからこその勘。

 

 

あのレベルの者達が、遊良やルキに課した修業とは違う方法を自分に課すという事は…それ自体に、何かしらの『意味』があるのだろうということをなんとなくの感覚で察知している様子。

 

 

 

『おわぁぁぁぁぁあ!』

「…なぁルキよ、今…遊良の悲鳴のようなモノが聞こえたのだが…」

『あー…えっと、今サウス校に来ててね、サウス校の理事長先生と遊良がデュエルしてるんだけど…ちょっと凄いことになってて。』

「…そっちも相変わらず無茶をやっているようだな。まぁいい、カレーは先週食ったから今日は肉がいい。ハンバーグが食いたいと遊良に言っておいてくれ。」

『はいはい、遊良がイイって言ったらね。じゃあ鷹矢も気をつけてねー。』

「うむ。」

 

 

 

そうして…

 

電話の向こうの遊良の悲鳴から何かを察しつつも、小さく息を吐きながら鷹矢は電話を切って。

 

ゆっくりと溜息を吐いた彼のその顔色は、確かな疲労を感じさせており…重い体をどうにか動かし、一週間ぶりにやっと家に帰れるということだけを支えにして前日と本日の試合をどうにか乗り切ったのか。

 

しかし、鷹矢の疲労も尤だろう。

 

 

―夏休みが始まって二週間。

 

 

休み前に理事長に言いつけられていた通りに、自らの『修業』と称して決闘市内外のあらゆる大会に片っ端から出場していた鷹矢。

 

…その姿は、無尽蔵とも思える体力を持つ流石の鷹矢を持ってしても限界が近い様子。

 

まぁ、どの大会もプロ、もしくはソコに近いプロ候補生達が実力を試すために出場するような大きな規模の大会ばかり。

 

故に、体力だけではなく精神の磨耗も今までの比ではなかったことに違いなく…

 

また、夏休みが始まってからこれまで、家に帰れたのは先週にたったの一日だけ。

 

幼少の頃から、枕が変わるだけでも寝つきが悪くなる鷹矢からすれば、ここまで家に帰れないことは本当に苦痛で仕方がないことと同義。

 

食事と睡眠とデッキ調整以外の時間は、ほぼ全てをデュエルに費やしているのだ。

 

オマケに、家に帰れば遊良に宿題をさせられてしまい…こんなスケジュールでは、例え鷹矢とは言えその顔色に疲労の色を見せてしまっても、それは仕方のないことだろう。

 

 

 

「…やっと帰れる…ホテルはもううんざりだ。枕が変わるだけでも不快だというのに、肌に合わんベッドでなど休んだ気もせん。」

 

 

 

そして一言そう呟いた後、鷹矢は控え室から出るために、少ない荷物をさっさとまとめ始める。

 

心の底から早く帰りたいという気持ちを全面に押し出しながら、一刻も早く自宅のベッドで眠りたいという気持ちを万遍に抱きながら。

 

控え室を出て、疲労が重なり重くなった体を前へと進め…遠く離れた決闘市にある自宅へと帰るために、関係者入り口から外へと向かおうとして。

 

幼少の頃にも、数々の大会に無理やり出場させられるといった、どこか腑に落ちない修業方法を祖父に取らされたことがある鷹矢ではあるが…今回の【白鯨】からの修業内容はわ大会の規模も大きく実力も段違いに高いモノばかりであると言う、幼少の頃とは比較にならないくらいに多忙なもの。

 

まぁ、それだけ幼少期と今では鷹矢の実力も格段に上がっているということなのだろうが…

 

それでも渦中の鷹矢の気分は、自分一人だけが決闘市を離れて色々と大変な目に遭っていることが不満も不満で仕方がない様子。

 

遊良の飯も食えず、自宅のベッドでも寝られず…更には出場するどの大会でも【黒翼】の孫と言う肩書きの所為で、主に新人プロ達から苦言を漏らされているのだから、それを聞かされる鷹矢からすればストレスが溜まって仕方がないのだ。

 

 

 

「帰ったら次の出発までは絶対に起きんぞ。遊良にもそう言っておかねば。せっかくの休みにまた宿題をさせられてはたまらん…」

 

 

 

それゆえに、疲れに疲れた鷹矢が文句を口々にしながら…

 

 

会場の関係者出口から、外へと出ようとした…

 

 

 

 

 

―その時だった

 

 

 

 

 

「…む?」

 

 

 

唐突に、突発に、突然に。

 

ついさっき電話を切って仕舞ったはずのデュエルディスクから感じた、微かで不可思議な一瞬の『疼き』。

 

その一瞬の『疼き』に気が付き、鷹矢は思わずその場に立ち止まってしまって…

 

それは、着信やメッセージの通知と言った、機械的な震えの類ではない。

 

心に直接訴えかけてきているかのような、心臓を直接くすぐられているかのような…そんな形容しがたい不思議な感覚が、デュエルディススクの中から急に沸き起こったのだ。

 

まぁ、普通だったらそんな一瞬の疼きなど、勘違いか気のせいと切り捨てて気にも留めないことなのだろうが…

 

 

…しかし、その疼きの『正体』を、鷹矢は知っている。

 

 

なにせ、今でこそ『大人しく』はなったものの、昨年の夏休みはこの『疼き』と全く同じモノを鷹矢は常に感じていたのだから。

 

 

それは…

 

 

 

 

「…【No.】のカードが…震えている?」

 

 

 

デュエルディスクを取り出し、そのExデッキの部分を開け、一枚のエクシーズモンスターのカードを取り出した鷹矢。

 

それは、この世に存在しているどのエクシーズモンスターとも違う『名』を持つモノであり…

 

昨年度の【決闘祭】において、鷹矢が『闇』を用いて『白紙のカード』から創造したモノ。

 

 

―【No.】

 

 

人を飲み込む『闇』、そしてソレを餌として欲し、鷹矢が己の身の内に溜め込んだ『闇』を喰らって生まれたカード。

 

その正体も、ソレが何故『闇』を喰らうのかも全てが不明ではあるものの、決闘市から『闇』が消えた今ではすっかり大人しくなっていた、世界中でも鷹矢だけが持つエクシーズモンスター。

 

しかし、一体何故このタイミングで再び【No.】が胎動したのか。

 

一時は鷹矢すら飲み込まんとして暴れたソレではあるものの、決闘市で起きた先の『異変』で紫魔家の者たちが所持していた大量の【闇】を喰らって満足したのか、最近では全くと言っていい程静かになっていたというのに…

 

 

 

「ふん、今更また腹が減ったとでも抜かすつもりか?今の俺なら貴様など簡単に抑え込め…いや、違う…これは…」

 

 

 

そして…【No.】の疼きを餌の催促と切り捨てようとしたその刹那。

 

何かに気が付いた様子を鷹矢は見せて。

 

それは、鷹矢にしか分からぬカードの訴え。

 

以前の時にずっと感じていた、『餌』を求める訴えではなく…

 

確かに以前にも感じていた『餌の催促』にも似ているものの、今【No.】が発している訴えは、以前のモノと比べても全くの『別モノ』だということを即座に鷹矢は理解したのか。

 

 

 

「引っ張っているのか?自分の指し示す方向へ行けとでも言っているようだが…」

 

 

 

きっと、鷹矢の今発した言葉を一般人が聞いたら笑い飛ばすことだろう。

 

 

ーカードがモノを言うものか、と。

 

 

しかし、鷹矢にはわかってしまうのだ。得体の知れない存在である【No.】を、完全に手なずけているということもあるのだろうが…それ以上に、鷹矢はこのカードと一年近く共に居て、そして『餌』と言う名の『闇』を与えてきた。

 

それゆえか、まるで手のかかる飼い犬の如く、鷹矢には【No.】の発している意思を汲み取ることができ…

 

生意気にも主人を引っ張ろうとしているこの飼い犬から感じる疼きは、良くないモノへと引きずり込もうとしているよりは、見せたいモノがあるから逸っているかのような、どこか無邪気さすら感じるモノ。

 

 

 

「…うむ。何のつもりかは知らんが、今ここで貴様が目覚めたということは…また、『何か』が近くにあると言うことなのだろう?…いいだろう、まだ帰りの便まで時間もある。付き合ってやろう。」

 

 

 

久々に鼓動した【No.】のカードに応えるかのように、カードが示すままスタジアムの外へと出た鷹矢。

 

街外れに建てられたがゆえか、四方を森に囲まれたデュエルスタジアムの…

 

その裏手に広がっている、立ち入り禁止の看板が立っている広大な森へと、鷹矢は当然のように足を踏み入れて。

 

…【No.】が引っ張るままに、木々の間を散歩するようにして足を進める。

 

街自体はそれなりに栄えているのに、こうした街外れには山々に隣接した森などが無造作に広がっているあたり、まだまだこの街も発展途中の街なのだろう。

 

手入れなどされておらず、普段から人の手など入れていないであろう木々の連なり。

 

至るところに落ちている枝や葉を踏みしめながら、その音を森に響かせて歩き…また日差しや虫の声や風の音と言った夏の音が、あちこちから木霊してこの暗い森の中に広がって…

 

人の気配など感じない、野生の森。

 

また、例えこのままこの先に進んだとしても『何』があるのかなど全くもって予想もついていない鷹矢を他所に。その手に持たれた【No.】は、このまま真っ直ぐ進めと主人に訴えているだけ。

 

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

30分ほど、鷹矢が歩いた頃だろうか。

 

 

 

「…む?」

 

 

 

不意に。

 

これまでずっと止める事無く進めていたその足を急に止め、突然その場に立ち止まった鷹矢。

 

…別に、ここが【No.】の示した場所というわけではない。当の本人、いや本カードはまだ先へ進めと先ほどから変わらず煩く疼き続けているのだし、鷹矢もまだ歩き続けようと思っていたのだから。

 

…しかし、徐に鷹矢がこの場で足を止めたのは理由がある。

 

それは、鷹矢も己の耳を疑うような情況が沸き起こったからであり…

 

 

 

 

…音が、消えた。

 

 

 

 

 

そう。不意に、急に。

 

今までうるさいくらいに聞こえていた夏の音が、何の前触れも無く突然全て消え去ったのだ。

 

それだけではない。生い茂る木々の影が深くなった所為もあるのだろうが、何故か真夏だというのにも関わらず…その肌に感じる温度もまた、どこか寒気すら感じるような冷たさを帯び始めたではないか。

 

それはまるで、人が入ってはいけない境界に足を踏み入れてしまったかのよう。

 

 

 

「…なんなのだ、これは…」

 

 

 

得体の知れぬ不思議な感覚。

 

これ以上先に行くのは危険だという、鷹矢の野生の勘が幾度も警告を鳴らしているこの状況。

 

それとは裏腹に、鷹矢の手に持たれた【No.】は更にその先へ進めと、先ほどよりも更に煩く『疼き』を鳴らしていて…

 

 

…進むべきか、戻るべきか。

 

 

そんな選択を迫られた時、大抵の人間は戻る選択をすることだろう。本能が告げているのだ。これ以上進むのは危険だ、と。

 

 

…しかし、鷹矢はその場に留まり続ける。

 

 

そう、ここで鷹矢が戻ることを躊躇っているのは、偏に己の持つ【No.】がこの先にあるモノを欲している意思を見せているからこそ。

 

【No.】が久々に鼓動を見せたということは、この飼い犬が再び何かしらの変化を起こそうとしているということ。

 

【決闘祭】の時も、先の『異変』の時もそう。【No.】の訴えを聞いてやったことが、そのまま遊良に対抗できる自分だけの『力』と変わったのだから…

 

『修業中』の身としては、少しでも自身を強化して遊良をまた驚かせたいと考えたとしても、それは鷹矢ならば十二分にありえることであり…

 

 

 

 

「…うむ。」

 

 

 

本能を無理やり黙らせて、境界の奥へと更に足を進め始める鷹矢。

 

鬼が出るか、蛇が出るか…いや、鬼や蛇で済めば良い。得体の知れぬ『闇』から生まれた【No.】が欲しているモノは、きっと鬼や蛇以上に危ないモノであるはずなのだから。

 

…そう、この先に進まない方が良いということは、鷹矢だってわかっている。しかし、それでも先へと進むのは、この先のモノが己の『糧』となりえると思っているからこそ。

 

時に強欲、しかし無謀とも思える鷹矢の意思。

 

その全てを喰らうことに何の抵抗も持たない彼だからこそ、得体の知れぬ【No.】もまた、鷹矢に懐いているとも言え…

 

 

―先へ先へと、歩き続ける。

 

 

先ほどまでとは打って変わって、あまりに静かな野生の森。

 

まるで全ての自然が、意図的に己の気配を隠しているかの如き静けさは…

 

この先に待っているモノが、野生の自然すら畏怖するモノであることをまざまざと証明していて。

 

そんな静かな森の中を我が物顔で歩き続ける鷹矢も大概だが、しかしそれ以上に、『森』を黙らせているその存在への興味の方が鷹矢にはある様子。

 

そして、暗い森の奥深くに進み続けるにつれ、何故か暗いだけだった森に次第に明るさが差し込んできて…

 

 

 

「…あれは…」

 

 

 

こんな森の中腹で、何故か開けた場所に出たかと思えば…

 

その先に見えた『モノ』をその目に捉えて、鷹矢は思わず再び立ち止まる。

 

 

 

 

 

そこには…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あぁ、不思議な気配が近づいてきていると思ったら…これはまた珍しい顔が来たものだ。」

「…む!?き、貴様は!?」

 

 

 

 

木々の影に溶け込んでしまいそうな浅黒い肌と、木々の影よりも深い漆黒の髪。

 

冷たい風にその長髪を揺らし、豊満な体を惜しみなく見せ付けながら…

 

森の澄んだ空気よりも凛とした声を発しながらも、触れたモノ全てを飲み込んでしまいそうなほどに底の見えない雰囲気を纏っている女性が、そこには居て。

 

 

 

「貴様…は…」

 

 

 

…そこに居たのは、鷹矢からすれば会った事など無い人間、名前も知らないはずの人間。

 

 

何故この女性がこんな場所にいるのかなど、彼女にしかわからぬことではあるのだが…しかし、今この場に確実にその女性は存在しており…

 

 

また、驚くほどに他人の顔を覚えられない鷹矢ですら、『その女性』の事を見たその瞬間にソレが誰なのかを、本能で即座に理解してしまって。

 

 

 

 

 

「…言われずともわかる…知っているぞ、貴様を!」

 

 

 

 

 

対面したことが無くとも、その細胞が知っている。

 

それもそのはず。何せ、『この女性』にそっくりな少女が、少し前にクラスに転入してきているのだし…

 

何より祖父や相棒から、『この女性』の事を耳にたこが出来る程に聞かされていたのだから。

 

また、その姿を一目見れば、彼女以外に『彼女』らしい女性などこの世には存在しないと思えるほどにイメージ通り。

 

その女性の仕草や見た目は、鷹矢がずっと思い浮かべていた彼女の姿そのままに…

 

 

そう、あまりに『あの女』に想像通りであって。

 

 

 

 

 

 

 

 

―それは…

 

 

 

 

 

 

 

「…会いたかったぞ、釈迦堂 ラン!」

「…フフッ、初めましてと言うべきかな?初対面だと言うのに、お互いに知っていると言うのも妙な気分だが。」

 

 

 

 

 

 

 

―釈迦堂 ラン

 

 

 

 

 

過去、当時の王者であった【紫魔】、【白鯨】、そして【黒翼】の全てを降したという、恐るべき力を持つ決闘者。

 

ただ『強い』と言うこと以外に、彼女のことを知る者は居ない。その行方もその詳細も、全てが謎に包まれた謎の女性。

 

誰もが見惚れてしまいそうな程に整った顔立ちと、見る者全てを魅了しそうな艶やかな肉体を持っていると言うのに…

 

ソレを直視できる『人間』など、この世には存在しないかのように漏れ出すその迫力は、まさしく人ならぬ『人外』のモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、正真正銘の【化物】と…

 

 

 

 

 

 

 

「私も君を知っているよ。【決闘祭】で天城 遊良とデュエルをしていた、鷹峰さんの孫…」

 

 

 

 

 

 

 

天宮寺一族の、最も若き天才が今…

 

 

 

 

 

 

 

 

―邂逅を、果たしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 




次回、遊戯王Wings

ep68「天才vs.化物」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。