遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

58 / 119
ep57「終わる、安息」

「【竜巻竜】の効果を発動!オーバーレイユニットを一つ使い、理事長の伏せカードを1枚破壊!」

「ほう、ウェーブ・フォースを破壊してきますか…」

「よし!続いて俺は【重装甲列車アイアン・ヴォルフ】の効果発動!オーバレイユニットを一つ使うことで、このターン、アイアン・ヴォルフはダイレクトアタック出来る!そしてバトルだ!そのまま【重装甲列車アイアン・ヴォルフ】でダイレクトアタック!」

 

 

 

イースト校にある実技用スタジアムの一つ。

 

しかし実技用と言っても、かなりの収容人数を誇るそのだだっ広いスタジアムだというのに…この場にあるのは『たった3名』の人間の姿と、そしていくつもあるデュエル場の内、使われているのはたった一つのレーンという光景が広がっていた。

 

だが、この広い実技用スタジアムでこんな光景が繰り広げられる原因など、たった一つしかないだろう。

 

…そう、この今週の召喚別授業が行われていたそこでは今、砺波と鷹矢による激しい攻防が行われていたのだ。

 

 

 

「…しかし、【リミッター解除】を使うのがバレバレです。そんなモノが簡単に通ると思っているのですか?直接攻撃宣言時に罠カード、【波紋のバリア-ウェーブ・フォース-】を発動!君の場の【重装甲列車アイアン・ヴォルフ】と【竜巻竜】をデッキへ戻す!」

「ぬ!?同じ罠を伏せていただと!?」

 

 

 

…いや、応酬と言うよりは猪突猛進的に向かっている鷹矢を、砺波が難なくあしらっていると言った方が正しいか。

 

【超古深海王シーラカンス】を筆頭に、幾重にも群れを成した砺波の堅牢なフィールド。

 

その堅牢な砺波の場を、前のターンに【励騎士 ヴェルズ・ビュート】を対処され攻め手を欠いた鷹矢が、持てる手札を使い切ってようやく切り開いたチャンスだったというのに…

 

まるで自分の攻撃の手立てが読まれていたと思える砺波の二重の罠に、自分からぶつかりに行ってしまったような錯覚に襲われている様子。

 

 

 

「天宮寺君、君の柔軟な攻めは確かに評価に値します。…だが、状況に応じた戦法を取るということは、裏を返せばそれだけ相手に誘導されやすいと言うことでもある。」

「…この俺が…誘導されていた、のか?」

「えぇ、私がこれだけ場を整えれば…この後の君は、直接攻撃するしか残された手は無いですからね。まぁ、攻撃を優先せずに1枚でも罠を破壊してきたのは褒めてあげましょう。」

「ぐ…」

 

 

 

簡単そうにそう言い放つ砺波ではあったものの、そもそも決まった戦法しか取ってこないCPUとは違いその時その時の感情が入り乱れる対人戦において、相手をコントロールするような真似はほぼ不可能に近いと言えるだろう。

 

何せ『デュエル』とは、双方が同じカードや戦法を使っているわけでもなければ、相手の手札や伏せカードの情報が開示されているわけでもなく…

 

この世界にある膨大な数のカードから、デュエリスト達が各々自分自身で考え選んだカードを常に調整してデッキとして組み立て、それがドローという不確定要素によって混ざり合い、その結果として『無限大』とも呼べる戦術が一つ一つの状況ごとに存在しているのだ。

 

ゆえに、今置かれている状況を打破するべく全力で動いてくる相手が、どのカードを使ってくるのかもわからないというその状況で…相手を自分の思った通りに動かすなど、よほどの実力差と先見が無ければ不可能。

 

 

 

「…では私のターン、ドロー!このまま【白闘気海豚】でダイレクトアタック!波濤のアクア・ソニック!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

「ぐぅ…」

 

 

 

…とは言え、元シンクロ王者【白鯨】を持ってすれば、その『実力差』と『先見』の双方を兼ね備えることなど、出来ていて当然のレベルではあるのだろうが。

 

 

 

鷹矢 LP:1400→0(-1000)

 

 

 

―ピー…

 

 

 

他の誰も居ないスタジアムに鳴り響く無機質な機械音。

 

それは、大海を遊び泳ぐ白き者が無慈悲にも放った、その水の波動によって鷹矢のLPが底を突きデュエルの終了を告げたことを示していて。

 

しかし、本来ならば鷹矢は召喚別授業が行われているこの時間、自身の持つエクシーズのEx適正の授業が行われている他のスタジアムへと出席していなければならないはず。

 

その、遊良にのみ許されているはずの、この【白鯨】からの『特別授業』を鷹矢もまた受けているというこの状況は…

 

 

 

「ふむ、改めて君の力を測らせてもらいましたが…とりあえず、この辺りにしておきましょう。これならば、一応及第点と言った所でしょうか。」

「…ほとんどLPを削れなかったぞ…」

「当たり前です。全く、私を誰だと思っているんですか。」

 

 

 

それは先週言いつけられた通り、『次回の召喚別授業の時間に鷹矢を連れてくること』という通達を遊良が守ったために他ならない。

 

それも偏に、既に【決島】に参加が決まっている遊良と鷹矢を、砺波が直々に鍛えなおすという名目のため。

 

しかしその真意は、遊良が【決島】の本選に進めなければ、遊良を推薦した『決闘市側の理事長達』全員が処罰を受けてしまう事の回避の為と…

 

放っておいては何をしでかすか分からない鷹矢の、現状の実力の把握と今後の行動の制御のためと言うことは、今の遊良と鷹矢は全く持って知らないことではあるのだが。

 

 

 

「ぐぅ…不完全燃焼だ!理事長!もう一度だ、もう一度俺と戦え!」

「いいえ、もう時間です。…君が遅刻してこなければ、もう一戦くらいは出来たんですがね。」

「ぬぅ…」

 

 

 

…まぁ、前もって伝えてあったにも関わらず、それを忘れて堂々とエクシーズの召喚別授業に参加していた鷹矢を大慌てで遊良が連行してきたことは…また、別の話。

 

そして、砺波はその視線を鷹矢へと一度向けたかと思うと、ゆっくりとその口を開き始め…

 

 

 

「…しかし、そのふてぶてしい態度はさて置き…流石は【決闘祭】の準優勝者。そこの後ろに居る誰かさんよりも、随分まともなデュエルが出来るようで安心しましたよ。」

「む?」

 

 

 

 

そう言い終わった砺波の視線は、たった今デュエルを行っていた鷹矢を越え、スタジアムの端で鷹矢の後ろで今のデュエルを観戦していた遊良へと、呆れたようにして突き刺されていた。

 

…また、鷹矢の後ろで棒立ちになって立たされていた遊良も、砺波からのその突き刺すような視線を痛いほど感じたのか。

 

砺波がどうしてそんな言葉を吐いたのかも、遊良は確かにその理由を理解しているのだろう。どうにも苦い顔をして、冷や汗をかきながらバツの悪そうな目線を、ただ宙に彷徨わせている。

 

 

 

「それに比べて天城君、今日の君はどうしたのですか?流石に、今日のプレイングには酷いとしか言い様がありません。攻めるべき場面で動いて来ず、守るべき場面で全く動かないとは。」

「ち、違うんです砺波先生…あの…」

「違う?何が違うと言うのです。まさか、事故を起こしていたとは言うまいに…仮にもこの私の教えを受けている君が、事故を起こして動けませんでしたなど、言い訳にすらなりはしません。」

「い、いえ、その…」

 

 

 

砺波から繰り出される言葉の数々に、遊良の冷や汗は止まる気配を見せず。

 

…そう、今日の砺波の『特別授業』で、遊良もまた今までと同じように砺波と何度もデュエルを行った。

 

しかし先ほど砺波が言った通り、今日の遊良のデュエルはお世辞にも出来がいいとは到底言えず。同じ回数デュエルを行った鷹矢と比べても、その差は誰の目にも明らかなほどに、今日の遊良のデュエルは『酷い』としか言い様がなかったのだ。

 

 

攻めも守りも、そしてカード捌きも中途半端で…いつもなら勢い良くデッキを回転させる遊良の面影が、今日は全く見られていなかったというその出来の悪さ。

 

この姿を他人が見れば、【決闘祭】の優勝など本当に何かの間違いであったのではないかと錯覚するほどに…とても同じデュエリストとは思えないくらいに、見ていられない程のデュエルの出来栄え。

 

 

どうして、そうなったのか…

 

 

その原因は、もちろん遊良にはわかっていて…

 

 

 

「今日は、その…デュエルディスクが…全然、反応してくれなくて…」

 

 

 

弱々しい言葉で、しどろもどろな返事で。

 

そう、今日の遊良のデュエルでは、遊良の行動の要である【堕天使の追放】や、守りの要である【背徳の堕天使】といった、遊良にとっての主要なカードがここぞという場面で全く反応していなかったのだ。

 

幸い、まだモンスター効果を使ったり他のカードでその場を凌いだりは出来たものの…おかげで、今日の遊良のデュエルは自他共に認める『酷い』の一言。

 

あれだけちぐはぐで噛み合っていないデュエルを行ってしまっては、砺波も呆れて物を言えない様子なのは仕方ないだろう。

 

そんな砺波は、焦って言い訳がましく言葉を続ける教え子に何を思ったのか。少々苛立ちを見せながら、遊良へと向かって再度その口を開いた。

 

 

 

「だったらさっさと修理に出してきなさい!全く、こんな調子では【決島】すら危ぶまれます!大体、君の結果にはただでさえ…」

「…え?た、ただでさえ?」

「…何でもありません。…とにかく!君は早く調子を取り戻すことだけを考えなさい。くれぐれも、【決島】で無様な敗北だけはしないように。相手側を、全て自分が倒すくらいの勢いで望みなさい。いいですか?」

「は、はい、砺波先生…」

 

 

 

いくら遊良には伝えられない『裏』の事情があるとはいえ、砺波も今日の遊良の調子を見てしまってはその不安が大きくなってきてしまうことも仕方ないことだろう。

 

何せ、遊良が『予選』を突破出来なければ自分だけではなく、遊良をわざわざ【決島】に推薦してくれたサウス校理事の獅子原 トウコや、ウエスト校理事の李 木蓮までもが処罰を受けてしまうのだから。

 

…自分だけならばまだいい。しかし、自分の教え子を認めて、そして信じてくれた『盟友』達にまで迷惑をかけるわけにはいかず。

 

戦うのは、自分ではなく教え子。

 

今日の遊良の『酷い』様子を見て…砺波は、この時ほど戦いに臨むのが自分ではなく教え子だということが、ここまでのプレシャーとなるのだと言うことをより深く理解したことは言うまでも無く。

 

そして、次に砺波は、未だ不完全燃焼な態度を崩さずに居る鷹矢へと向かいなおすと…

 

 

 

「さて、では天宮寺君。今日の君を見てよくわかりました。君は今後、私の授業には参加しなくても結構です。」

「む?」

 

 

 

鷹矢へと告げられた、砺波からの突然の物言い。

 

【決島】でのイースト校の威信がかかっているからこそ、砺波はわざわざ鷹矢を呼び出したというのに…たった一日で授業に来なくてもいいという言いつけは、少々横暴が過ぎるとも取れてしまうことだ。

 

―とは言え、流石に今日の授業に遅刻してきたから…とは、砺波だって言いはしないはず。

 

何せ、先ほど遊良へと向けられた苛立ちを含んだ言葉と違い、今の鷹矢へと向けられている砺波の声は、もっと別の感情を含んでいたのだから。

 

 

 

「…理事長よ。自分で呼びつけておいてもう、来なくても良いとは一体どういうことだ。」

「…話は最後まで聞きなさい。今日は君の力を改めて確認しましたが…君には、天城君とは別の鍛え方が必要のようです。」

「別の鍛え方…だと?」

「えぇ。もしかしたら、君も昔、鷹峰に同じような事をやらされていたのではないですか?」

「ジジイと同じような…む!?ま、まさか…」

 

 

 

そんな砺波の含みのある言葉に、鷹矢は何故かその『心当たり』があるかの如き様子を見せていて。

 

 

…どうにも感じる、嫌な予感。

 

 

そう、幼少の過去、祖父の元での修行時代に、『似たような事』をさせられていたからこそ、鷹矢には心の底から面倒事のソレが、どうしても思い浮かんできてしまうのだろうか。

 

 

しかし、そんな鷹矢を意に介さず。

 

 

身構えている鷹矢へと向かって、砺波は言葉を続けるのみ。

 

 

 

「そうです。天宮寺君、君はもうすぐ始まる夏休みの間、大小様々な大会に片っ端から出場しなさい。決闘市の内外、またプロアマも問いません…いえ、寧ろプロが出場するような大きな大会を狙って行くのです。無論、出場費と交通費は私が出しますし、プロオンリーの大会には私から推薦をしてあげましょう。」

「…ぬぅ、やはりジジイと同じことを…しかも今度は規模がでかい。だが、流石にそれは面倒臭過ぎでは…」

「いいですね?」

「…う、うむ…わかった、わかったからそんなに圧をかけるな。」

「…全く、一体君の口の聞き方はいつになったら直るんでしょうか…本当に鷹峰にそっくりです。」

 

 

 

 

いくら傍若無人の鷹矢と言えど、師である祖父と同じ部類のオーラと圧を放ってくる人種を相手にしては、流石の鷹矢を持ってしても抗うことを許されてはおらず。

 

珍しく怯んだ様子で観念したように、自らに言いつけられた砺波からの面倒事を嫌々ながらも承諾し…かつて祖父にやらされた修行を思い出しているのか、心の底から面倒臭がっている態度を見せている鷹矢。

 

また、その一向に直る気配のない鷹矢の大きな態度に、砺波は一つ溜息をついたかと思うと…

 

その視線を再度遊良へと戻し、さらに言葉を続けて…

 

 

 

「あぁそうだ、天城君、君は今後も変わらず私が直々に見てあげましょう。とりあえず、今日の反省として今回のレポートは5倍です。」

「ごばっ!?ちょ、砺波先生、それは流石に…せめて3倍くらいに…」

「いいえ、これは罰です。期限通り、次回までに提出すること。デュエルディスクもさっさと修理に出してきなさい。異論は認めません、それとも、10倍の方がお好みで?私はそれでもいいんですがね。」

「う…」

 

 

 

遊良には、今日の罰としてかつてない程の量のレポートを砺波は襲い掛からせた。

 

その判決には遊良も思わず焦りの声を漏らしてしまったものの…

 

しかし、今日の彼の出来栄えを考えれば、レポートが5倍で済んだのはある意味遊良にとっては幸運には入るのではないだろうか。

 

…何せ、これで鷹矢の出来栄えまで砺波の想像以下であったならば、きっと遊良に降りかかる罰の量は考えられないほどに跳ね上がっていただろうから。

 

どうせ、鷹矢に追加でレポートや課題を出された所でその全ての面倒は遊良が請け負うことになるのだ。それを加味すれば、鷹矢に出された言いつけが彼自身で行動する問題でよかったと言う事になるのだが…ソレを、今の遊良は気付くことも出来ていない。

 

 

 

「では今日はここまで。これで下がって結構ですよ。」

「あ、ありがとうございました…」

「うむ…」

 

 

 

そして、砺波の言葉の終わりと同時に、イースト校全土に鳴り響く鐘の音。

 

それは本日の授業の全てが終了したことを、イースト校の全学生達へと教えていて…また、ソレと同時に砺波がこの特別授業の終了を宣言したことによって、遊良と鷹矢も自分の荷物を纏め、スタジアムを去ろうと下がっていく。

 

 

 

「腹が減ったぞ遊良!帰って肉だ!肉が食いたい!」

「昨日も肉食っただろうが、ったく。わかったわかった、俺は帰りにディスク修理に出しにいくから、ルキに買い物頼んどくよ。その代わり、お前は先に帰って夏休みにやってる大会調べとけ。」

「うむ!」

 

 

 

…そんな彼らのやり取りは、迫っているとは言えまだ【決島】の開催もやや先のためか、どこか緊張感や切迫感等といったモノは感じられないことだろう。

 

気が抜けている…とは言いがたいが、それでも昨年のような『後に引けない』ような理由が今の彼らには無い以上、その歳相応の楽観している様な反応も、また仕方がないことではあるのだろうが…

 

しかし一方の砺波は、教え子達がスタジアムを出て行って、その話し声が完全にスタジアムの中から消え去ってから…

 

 

 

「しかし、どうして昔の鷹峰が『自分の孫だけ』を数々の大会に放り込んでいたのか…今日のことでよくわかりました。天宮寺君…彼は…」

 

 

 

静かに…それはそれは静かに呟かれた鯨の声。

 

それは、決して他の誰にも聞かれてはならないかの如く、とても小さく反響した音波ではあったものの…砺波以外には既に誰も居なくなったスタジアムなのだから、他の誰にも気遣う必要すらないはずだというのに。

 

 

それでも、その砺波の言葉はまるで自分自身にすら聞こえないように、その白き髭の間から漏れ出して…

 

 

その、虚空へと向かって呟かれたその言葉の続きは…

 

 

 

―それ以上、【白鯨】の口からは出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ一通り見たらまた連絡しますから。それまではその代用器を使ってください。」

「はい、よろしくお願いします。」

 

 

 

決闘市の東地区にある、デュエルディスクの販売を行っているとある店。その、丁度帰宅路の途中にある店に、遊良はデュエルディスクを点検に出していた。

 

今年度に入ってから、確かに度々カードが反応しなかった遊良のデュエルディスク。

 

電話機能やネット機能などには異常がなく、また今までのデュエルでもそこまでデュエルに支障はなかったために遊良も今まで点検には出してはいなかったのだが…

 

とうとう今日の授業ではデュエルに支障が出てしまい、あれほど砺波に口うるさく色々と言われてしまっては、流石に遊良もこれ以上問題を先延ばしにするわけにはいかなくなったのだろう。

 

…だが、とりあえずはこれで問題はないはず。

 

精密検査と点検をしてもらえば、もうカードが反応しないといったような不具合はでないはずであるし、それまでは新品に近いこの代用器のディスクで事足りるはずなのだから。

 

 

そうして…

 

 

ほぼ新品に近いその代用器のディスクにひとまずデッキを仕舞い、そのまま遊良は店を出たその足で、鷹矢とルキが待つ自身の家へと向けて歩き出した。

 

 

 

「代用器だから番号入ってないし、電話もできないからさっさと帰らないと。」

 

 

 

…店員と話し込んでいたら、少し遅くなってしまった。ルキには買い物を頼んでいるし、鷹矢は先に帰っていて腹を空かせている。早く帰らなければ。

 

 

そんな『いつもの』感情を浮かべて、街を歩き抜けていく遊良。

 

 

帰宅の時間と重なるこの夕暮れ時。

 

すれ違う人々から以前にも増して『視線』を向けられ、時には声もかけられながら。

 

しかし以前と違うのは、その人々から向けられる視線や言葉が、『昔』のような暴力に塗れたモノでは無いということ。

 

幼少の頃はこうして街を歩いていただけで、好奇の視線と侮蔑の言葉、そして無関心と無価値をぶつけられ続けていたというのに…

 

好奇の視線は微かな羨望を持ったモノへ。侮蔑の言葉は何気ない挨拶へ。無関心と無価値は関心と功績へ。

 

今の自分に向けられるのは、昔のような否定や侮辱とは違う。確かな『肯定』を持った新しい感触で、ソレに慣れていない遊良へと向けられているのだ。

 

…それを考えると、今の決闘市に吹いているこの『新しい風』は、遊良からすればどこか不思議な感覚に陥っていることに違いなく。

 

 

 

―随分と、街は変わった。

 

 

いや、街だけでは無い。人々から向けられる言葉もそうだが、自分を取り巻く環境や、自分自身のデュエルその物まで、何もかもが絶望に塗れていたあの頃とは違う。

 

 

…師である鷹峰の元に辿りつく以前には、まるで自分が人間では無いかのように物を言われ、時には直接的な暴力を向けられることもあった。

 

嘲笑と軽蔑の視線を刺され、視界に入ることさえ否定されたこともあった。

 

食品から衣服、果てはカードに至るまで何も売ってもらえず、基本的な人権すら否定されたこともあった。

 

 

その頃は…本当に、命を絶とうと考えていた。

 

 

そんなあの頃と比べて、今は何と充実しているのだろうか。

 

 

自らの行動の結果とは言え、この『新しい風』が吹き始めた決闘市の雰囲気を自らの肌で直に感じている遊良の表情は今…ソレを改めて実感して、自分が自分ではないかのような戸惑いにも似た雰囲気を見せていて。

 

 

…確かに、『Ex適正』は捨て去った。

 

 

ずっと渇望していた力を捨てる、ずっと抱いていた希望を捨てる。そのあまりの苦渋の選択を、遊良が後悔していないと言えば…それは、間違いなく嘘になる。

 

 

―しかし、あの日、あの時、あの場所において

 

 

自分が取ったあの選択は、絶対に間違ってはいなかったはず。何せ、Ex適正を捨てた代償に得た【堕天使】の力がなければ、あの時鷹矢とルキを助けることなど出来なかったのだし、【決闘祭】の優勝も『異変』の真実も、そこに辿りつくためには偏に【堕天使】の力があったからこそなのだ。

 

きっと今の遊良の雰囲気は、そう思っているに違いないことだろう。

 

 

―昨年までとは違い、全てが上手く行っているというこの今。

 

 

【決闘祭】を越える規模で行われる【決島】という祭典。それが、自分が学生である現在に開催されるというタイミング…ソレに加え、『他校の理事長』や『他国の学長』と言った決闘界の実力者や有識者が、自分の祭典への出場を後押ししてくれているという事実。

 

憧れていた王者【白鯨】からの『特別授業』もそう、それは『これまで』の遊良にとっては、決して考え付かないような『幸運』に違いない。

 

 

足が軽く、体が軽い。あんな目にあっていた自分が、こんな『幸運』を得て良いのだろうか。きっと、一昔前の自分にソレを伝えた所で、絶対に信じてはくれないだろう…と、そんな感覚を覚えながらも遊良の足取りは、益々帰宅路を軽やかに進んでいく。

 

 

これから待ち受ける【決島】の事を考え、そしてソレが楽しみで仕方がないといった表情で、遊良の心臓の鼓動は更なる高鳴り始めながら。

 

 

 

 

 

―そうして…

 

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐ家へと到着する、その人通りの少ない路地に遊良が入った…

 

 

 

 

 

 

 

―その時だった

 

 

 

 

 

『努々忘れることなかれ…自分が一体何なのか…』

 

 

「…え?」

 

 

 

曲がり角を曲がってすぐに、不意に聞こえた誰かの『声』。

 

聞きなれない人の声、少なくともソレは遊良の知る者の声ではなく、また時間も時間のためか遊良が周囲を見渡しても、人が誰一人としてその周囲には影の形すら見当たらず…

 

その声の出所が不明という不気味さが、先ほどまでとは全く異なる鼓動となって遊良の胸を内側から叩き始めているのか。

 

 

 

「だ、誰の声だ…?周りに人なんて居ないし…」

 

 

 

しかし今、確かに聞こえたのだ。

 

これを気のせいと言うには、あまりにもハッキリとしすぎている程に…遊良の耳には今の『声』と『言葉』が、どうしようもなく頭の中で反響していて。

 

 

―自分が、一体何なのか…

 

 

そんな不可解で、どこか不快にも感じてしまう様なフレーズに…逸り始めた心臓の鼓動を、遊良はどうしても抑えられず。

 

 

不快、不愉快、不可思議、不安。

 

 

その言葉から、どうしてここまで心がざわつき始めるのか。

 

その理由など遊良にはわからず、辛うじてその『声』が女性的なモノなのだと理解は出来たものの、それが遊良の記憶の中には存在しない人の声だったからこそ、その異質な幻聴がより一層異常なモノだということが際立っていて。

 

これが単なる気のせいだと思えたら、一体どれほど楽だったのだろう。しかし、これを単なる気のせいだと切り捨てることなど出来ない程に、先ほどの『声』は『誰か』の声だったのだと理解してしまっている。

 

 

そんな感情と共に、他の誰の気配も感じない道路の真ん中で、遊良は流れ出てくる冷たい嫌な汗を拭い…

 

 

一つ深呼吸をしようとして、息を吸い込もうとした…

 

 

 

―その時…

 

 

 

 

「…おい。」

 

 

 

 

背後から、突然『別の声』が放たれた。

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

周囲に人が居ないと完全に油断していた遊良に、先ほどとは比べ物にならない程に湧き上がった寒気と鳥肌。

 

しかし、ソレを気にする間もなく瞬間的に振り返り、今さっきまでは絶対に人が居なかったであろう方向へと、急いで視線を動かす遊良。

 

…それは再び耳に飛び込んできた『別人』の声の方。その気持ち悪さを覚える『ノイズ』が入ったような声の主の方へと。

 

 

 

 

 

 

―そこには…

 

 

 

 

 

「見つけた…あまぎ…ゆうら…」

「…だ、誰だ!?」

 

 

 

 

―漆黒の装束、ノイズの声

 

 

そこに居たのは、まるで誰なのか分からぬ者の姿。

 

 

顔が見えぬ怪しい『フード』を深く被り、全身が漆黒のコートに包まれていて。少し離れた場所から放たれる、恐ろしいほどの怒気と圧倒的な怨嗟、そしてそこに居るのに『居ない』と錯覚するほどの気配の無さ。

 

 

…この平穏な今の決闘市には、まるで不釣合いなその怪しき者。

 

 

たった今周囲を見渡したときには居なかったはずの、いつの間にか目の前に佇んで立っていたこの『フードの男』の虚無感は、遊良にとっては恐怖以外のどんな感情も与えては来ないことに違いなく。

 

 

…先ほど聞こえた女性的な『声』と、このフードの男の声はまた別物。

 

 

ノイズ交じりのその声は、本当にその漆黒のフードの奥にあるであろう口から漏れ出しているのかすら怪しいことだ。

 

 

そんなフードの男は、その憤怒をまるで弱める事無く遊良へと向かわせ…

 

 

…更に猛ったようにして、ソレをぶつけ始めた。

 

 

 

「…誰でもいい…あまぎ…ゆうら…オマエを…許さない…」

「な、何言って…お前!一体誰なんだよ!」

「うるさい…うるさい煩い五月蝿い!オマエの声を聞いていると虫唾が走る!オマエの顔を見てると!イライラするんだよ!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

フードの男の叫びに応じ、怨嗟の篭った憤怒の圧力が遊良へとぶつけられ…遊良の内なる本能が、一刻も早くこの場から逃げ出せという警笛をその体へと鳴らして。

 

誰かも知らぬ目の前の男に、こんなに恨まれるような覚えすらない遊良からすればこのフードの男の声も気配もその全ては、遊良にとっては畏怖そのモノ。

 

 

…まるで、怒りに狂った獣のソレ。

 

 

そんな狂ったフードの男は、その腕を静かに持ち上げ始めたかと思うと、長く伸びた袖の下から、自らのデュエルディスクを見せ始め…

 

 

 

 

 

「…デュエルだ…オマエを…消し飛ばしてやる!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

再び中てられる、容赦の無い怒号の圧力。

 

 

―意味のわからないままに、わけのわからないままに。

 

 

顔の見えない漆黒のフード、その奥から轟いてくる有り余る程の憎しみの重圧に、思わず遊良も後ずさりしてしまって。

 

 

―尋常じゃない、常人じゃない。

 

 

いきなりこんな危ない者からデュエルを挑まれた所で、それを受ける義理など遊良には無いだろう。一刻も早くこの場から駆け出して、身の安全を確保することが最優先。

 

 

 

(くそっ、何だってんだよいきなり…や、やるしかない…のか?)

 

 

 

…しかし、それが出来ないであろうことを、どうしても理解してしまう遊良。

 

その見るからに危ない雰囲気を纏ったフードの男を前にしては、遊良は嫌でもそう悟るしかないのだろう。

 

そう、このフードの男から感じる謎の『怒り』と圧力は、遊良が逃げた所で、決して許してはくれないことを証明していて…例えこの場から一目散に逃げ出したところで、どこまでも追ってきそうな恐怖を遊良の心にまざまざと与えてきていたのだから。

 

…幸い、調子の悪かったデュエルディスクは修理に出したばかりで、今自分が持っているのは新品同様の代用器。とにかく一瞬で、全力で片を付ける。

 

持てる力の全力で、この場を切り抜けて逃げるしかない…と、遊良がその決意を深く固めて…

 

 

 

 

「な、何だってんだよ一体…けど、そっちがその気ならやってやる!」

「いくぞ…」

 

 

 

そうして…

 

お互いにデュエルディスクを展開し、今にも暴れだしそうなほどに狂った様子のこのフードの男を前にして…

 

住宅街だというのに、周囲に全くと言っていいほど通行人の気配を感じないことにも、遊良は違和感を覚えることも出来ずに…

 

 

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

 

 

突如、始まる。

 

 

 

先攻は、フードの男。

 

 

 

 

 

 

 

「…魔法カード、【儀式の下準備】発動。デッキから【祝祷の聖歌】と【竜姫神サフィラ】を手札に加える。」

「なっ!?ぎ、儀式!?」

 

 

 

いきなりフードの男が発動したそのカードを見て、思わず驚愕の声を漏らさずにはいられなかった遊良。

 

 

…それは、今フードの男がデッキから手札に加えた、その『2枚のカード』が遊良にとってはあまりにも聞きなれぬ、しかしあまりにも見知った…そして、あまりにも意表を突かれたカードであったため。

 

 

 

 

 

―儀式召喚

 

 

 

 

この世界には、古の時代から確立されていた『儀式召喚』と言う召喚法が存在している。

 

それは、『融合魔法』とは異なる、専用の『儀式魔法』を用いて『特別』なモンスターを異界から降臨させる、Ex適正を必要としない召喚法。

 

 

…しかし、それを専門に扱う者など、この『Exデッキ主義』の現代には存在すらしていない。

 

 

様々な戦術が繰り広げられるプロの世界においても、アドバンス召喚よりも太古の召喚法である儀式召喚を扱う選手など決闘界には存在しないほどに…

 

時代の流れに置いて行かれたという意味では、遊良が進んで扱うアドバンス召喚と似たようなモノではあるものの、この『誰もが知る召喚法』である儀式召喚は今のこの『Exデッキ主義』である現代においては、誰もが使え、しかしアドバンス召喚よりも人々の選択肢には浮かび上がらないほどの太古の召喚法となっているのだ。

 

 

…それは、悲しき時代の成れの果て。そして、哀しき時代の無情な流れ。

 

 

確かに、『儀式』に関連したカードはこの時代にだって存在していて、そして新たな儀式に関連したカードだって僅かながらも製造されてはいる。

 

しかし、プロの世界においても扱う者の居ない儀式召喚と違い、今のこの時代においてもアドバンス召喚を扱う者が世界中に少なからず居るということは、『儀式召喚』と『アドバンス召喚』は進んできた道が違うということ。

 

また、『Exデッキ主義』のこの時代。

 

世界の人々の関心は『儀式』には向かず、Exデッキから飛び出してくる様々なExモンスターにのみ注目を集めていて…

 

だからこそ、今の時代において『儀式』に関連したカードの流通はとても低く、そしてこの時代においてその存在は、その物すら見ることがほぼ皆無というのがまた現状。

 

 

 

―それもまた、この世界の流れ。

 

 

 

 

「儀式…お前、本当に何者なんだ…?」

 

 

 

 

それ故に、この現代に生きる遊良も儀式関連のカードを実際にその目で見た事も無ければ、ソレを使う者すらその脳裏には浮かんでは来ない。

 

それほど儀式召喚というモノはこの世界では零細な存在であり…また、ソレを使おうと考えている者も、この世界には全くと言っていい程存在しないというレベルであって。

 

 

 

 

「うるさい…うるさい煩い五月蝿い!誰でもいい…誰だっていい!オマエなんかに名乗る名なんて無い!オレは儀式魔法、【祝祷の聖歌】を発動!手札の【デーモンの降臨】を生贄に、【竜姫神サフィラ】を儀式召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【竜姫神サフィラ】レベル6

ATK/2500 DEF/2400

 

 

 

そんな召喚法を、まるで当然のようにして意のままに操ってくるこの目の前のフードの男の場に現れるは、神光を纏いし竜の姫。

 

 

―知ってはいる、知識として。

 

 

しかし遊良はソレを実際に見たことが無ければ、その力を喰らったことすらないのだ。

 

そんな戦ったことすらない儀式モンスターを繰り出してくるこの相手は、対峙している遊良からすれば本当に誰かもわからず、また心の底から不気味であることに違いなく。

 

 

 

「…オレはカードを一枚伏せて、このエンドフェイズに【竜姫神サフィラ】の効果発動。デッキから2枚ドローし、その後手札を1枚捨てる。ターンエンドだ。」

 

 

 

フードの男 LP:4000

手札:5→3枚

場:【竜姫神サフィラ】

伏せ:一枚

 

 

 

「お、俺のターン、ドロー!」

 

 

 

そうしてターンが遊良へと移り、嫌な鼓動をかき鳴らす心臓を押さえて遊良はデッキからカードを引いて。

 

しかし、その見慣れぬ青きカードと、得体の知れぬフードの男のノイズ混じりの声を前にしては…どうしても呼吸が浅くなり、また痛いほど跳ねる心臓の鼓動がその手を宙に固まらせているのか。

 

 

 

「どうした?恐怖でデュエルの仕方も忘れたのか?」

「くっ…魔法発動、【トレード・イン】!【堕天使スペルビア】を捨てて2枚ドロー!【闇の誘惑】を発動し、2枚ドローして【堕天使アスモディウス】を除外する!」

 

 

 

しかし、いざ始まってしまったデュエルの最中で、ただ棒立ちに成っているわけにもいかないだろう。

 

この直接耳に響いてくるようなノイズの声を、必死に掻き消すかのようにして遊良は『いつもの様に』ドローカードを用いてデッキと手札を回し始める。

 

 

―確かに、戦ったことのない儀式召喚。しかし、それに驚いてばかりもいられない。

 

 

見るからに怪しいこのフードの男の雰囲気と、そして狂ったような怨嗟の憤怒を直接目の当たりにしてしまっては…遊良とて、一刻も早くこの場を切り抜けて去ってしまいたいだろうから。

 

 

そうして、迫り来る恐怖と焦燥を振り切るかのような遊良の手が、自身の手札から一枚のカードを発動させようとして…

 

 

 

 

 

「よし!俺は【堕天使の追放】を発動!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、反応が無い。

 

 

 

 

 

「お、おい!代用器なのにどうして反応しないんだよ!【堕天使の追放】発動!発動だってば!おい!」

 

 

 

何度差し込んでも反応しない、遊良の発動したそのカード。

 

交換したばかりで、新品同様の代用のデュエルディスクだというのに…

 

先ほど点検にだしたばかりの本来のデュエルディスクと同じように、何度差し込んで何度発動を宣言してもソレは反応する素振りすら見せてはくれず。

 

 

…一体、コレはどういうことなのか。

 

 

発動のエフェクトすら場には現れず、効果処理すらされずに墓地へもカードが送られないこの状況には、遊良も意味が分からずに焦りの声を漏らすしかなく…

 

 

 

 

「…何をしている…遊んでいるならさっさとターンエンドしろ!」

「ぐ…だ、だったらモンスター効果だ!【堕天使イシュタム】の効果発動!【魅惑の堕天使】と共に捨てて…おい!何でイシュタムの効果まで発動しないんだ!?さっきまで使えてただろ!?【堕天使イシュタム】!効果発動だ!」

「…惨めだな、一人で騒いで。」

「なっ!?」

 

 

 

また、今日の『特別授業』の時には使えていたはずの、堕天使の『モンスター効果』までもが、今は反応すら見せる様子がない。

 

発動もせず、反応もせず。

 

いつものように、イシュタムと他の堕天使カードを何度も墓地へと送ろうとするも…デュエルディスクは全く効果処理を進めてはくれず、カードが墓地に吸い込まれてくれない。

 

その原因すらわからぬ遊良からすれば、この切羽詰っている現場でこの不具合は、その思考を白紙にするには充分であり…

 

下手をすれば身の危険すら感じているこの状況において、フードの男の煽りと遊良のその苛立ちは、まさしく彼の焦燥から来るものに違いないだろう。

 

 

 

「何でだ………いい加減にしろ!【堕天使イシュタム】!効果発動!【魅惑の堕天使】と共に捨てて……2枚をドロー!…よ、よし、発動した!続いて2枚目の【トレード・イン】を発動だ!【堕天使ゼラート】を捨てて2枚ドロー!」

 

 

 

しかし、このあまりに追い詰められている現状で、反応の鈍いデュエルディスクに遊良は業を煮やしたのか。その声を荒げ、切羽詰った叫びと共に、強引に2枚の堕天使カードを墓地へと押し込んで。

 

…そして、どうにか発動したイシュタムの効果を使い、詰まりながらも何とかデッキを回転させにかかる。

 

 

―こんな所で、もたついている暇なんてない。

 

 

焦りに焦った遊良の姿は、言葉にしなくてもソレを体現しているのだ。下手をすれば命の危険すら感じさせるこのフードの男の憤怒は、決して自分を無事には済ませないと体現しているのだから。

 

 

 

「来た!【死者蘇生】発動!【堕天使スペルビア】を蘇生し、その効果で【堕天使イシュタム】も呼び戻す!羽ばたけ、2体の堕天使達よ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【堕天使スペルビア】レベル8

ATK/2900 DEF/2400

 

 

 

そうして…どうにか加速したドローによって、欲しかったキーカードを発動させた遊良。

 

 

―墓地より羽ばたくのは、遊良のデュエルにてその展開の要となる異形の堕天使。

 

 

しかし、いつもならここで魅惑の堕天使も同時に蘇って大空へと飛び立つというのに…

 

 

 

「ど、どうしてスペルビアの効果まで発動しないんだ!?たった今特殊召喚は出来ていたのに!」

 

 

 

異形の堕天使の蘇りに、魅惑の堕天使が連なることはなく。

 

たった一体だけの堕天使の羽ばたきが遊良のフィールドに反響するも、その羽ばたきはいつにもまして緩やかで弱々しいではないか。

 

それはまるで、遊良の焦りを見て見ぬ振りをしているかのようであって…

 

 

 

「…いい加減にしてくれ。オマエのそのお粗末なデュエルを、これ以上オレに見せないでくれ。本当に不愉快でたまらない。」

「くそっ!だ、だったらこのままバトルだ!【堕天使スペルビア】で、【竜姫神サフィラ】に攻撃!」

 

 

 

―そして、動かない。

 

 

猛々しくも宣言した遊良の声すら、異形の堕天使はソレを聞き入れてはくれず。

 

 

これまで以上の不調のデュエル。これまでとは比べ物にならないほど異常なデュエル。先ほどまで行っていた『授業』の時の方が、まだ『マシ』なデュエルが出来ていたと思えるほどに…

 

この、まともにカードを扱えていない遊良の今のデュエルは、とても『酷い』の一言では収まらない。

 

 

 

「こ、攻撃もしてくれないなんて…何で、何で俺の声に反応してくれないんだ!スペルビア!攻撃だ!【竜姫神サフィラ】に攻撃だ!」

「はぁ…醜いデュエルだ…醜い、醜い、酷すぎる…」

 

 

 

 

そんな一向に動こうとしない異形の堕天使に、声をぶつける遊良を見て…とても不快そうに、そしてとても不服そうにしてそう言葉を漏らしたフードの男。

 

彼が一体、何の目的で遊良に近づいたのかは未だに深い闇の中。しかし、あれだけ憤慨して遊良に叫びかかった割に、今の遊良のあまりに『醜い』デュエルに、彼はどこか『落胆』している様子を見せているではないか。

 

 

 

 

「くそっ、こ、こんなことって…俺は、カードを2枚伏せて…ターン、エンド…」

 

 

 

遊良 LP:4000

手札:6→3枚

場:【堕天使スペルビア】

伏せ:2枚

 

 

 

成す術なく、取る手がなく。

 

カードの発動も、効果の発動も…そして攻撃すら言う事を聞いてくれない堕天使を前にしては、遊良とて何も出来ずにそのターンを終えるしかないだろう。

 

『敵』は、目の前のフードの男一人のはずなのに…今の遊良の落胆は、自分のデッキすら『敵』に回ってしまっているような錯覚に襲われている様子。

 

まるで、『異常』があったのは『デュエルディスク』本体ではなく、自分の持っている『カード』の方だと言わんばかりのその反応は…いや、その反応の無さは、まさしく遊良が今思い浮かべてしまったその『最悪の想定』を、今まさに肯定しているかのようでもあって。

 

 

 

「ふん…無様、無様、無様だ!こんな…こんなデュエルしか出来ない癖に!そんな顔してデュエルなんてしてるんじゃない!」

「な、なんだってんだよ一体…」

 

 

 

また、フードの男の、その湧き上がる怒りの理由すら遊良には分からず。

 

時間を追うごとに増していくその怒りの矛先が、自分に向いているのか『それ以上』のモノに向いているのか。ソレすら曖昧になって来そうな程に、遊良へとぶつけられているその憤怒の圧力は、ターンを追う毎に益々その鋭さを増していくのみ。

 

そして、再度自分のターンを迎えたフードの男は、怒りに任せてその勢いを更に増していき…

 

 

 

 

「オレのターン、ドロー!【魔神儀-タリスマンドラ】の効果発動!手札の【終焉の覇王デミス】を見せ、手札からタリスマンドラを、デッキから【魔神儀-キャンドール】を特殊召喚!キャンドールの効果で、儀式魔法【エンドレス・オブ・ザ・ワールド】を手札に!」

 

 

 

【魔神儀-タリスマンドラ】レベル6

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

【魔神儀-キャンドール】レベル4

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

 

「ま、また儀式…」

「…まさかオマエが、こんなに無様で低レベルだとは思わなかったよ…オレは儀式魔法、【エンドレス・オブ・ザ・ワールド】を発動!【魔神儀-タリスマンドラ】と【魔神儀-キャンドール】を生贄に!レベル10、【終焉の覇王デミス】を儀式召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【終焉の覇王デミス】(終焉の王デミス)レベル10

ATK/3000 DEF/3000

 

 

 

 

そうして降臨せしは、破滅を与えし終焉の覇王。

 

その禍々しいオーラを駄々漏れに、破壊衝動を隠さず遊良へと向かって佇む。

 

 

 

 

「デミス!?…こ、効果は確か…」

「デミスの効果発動!LPを2000払い、デミス以外のカードを全て破壊して、破壊した数一枚につき…お前に200のダメージを与える!吹き飛べ!天城 遊良!」

「ッ!?さ、させるか!罠発動、【神属の堕天使】!手札の【堕天使ユコバック】を墓地へ送って…なっ!?【神属の堕天使】まで!?ど、どうしてだ!」

 

 

 

 

―まさに終焉の覇王がその斧を持って、崩壊の判決を下そうとしたその時であっても

 

遊良が発動を宣言したにも関わらず、遊良の声に全く反応を見せてはくれないその罠カード。

 

 

―迫る衝撃、轟く波動、その勢いはまるで『本物』。

 

 

…『モンスター効果』も、『魔法』も、そして『罠』も駄目。

 

自分のカードが全く反応してくれない遊良へと、その容赦の無い破壊衝動がまさに怒涛となって遊良へと襲いかかって…

 

 

 

 

「くっそぉぉぉぉぉぉお!永続罠、【デモンズ・チェーン】発動!」

 

 

 

―!

 

 

 

そんな、まさに遊良が飲み込まれかけた、その瞬間だった。

 

 

解き放たれた悪魔の鎖によって、波動を放った悪魔の覇王が幾重にも縛られ地に倒れ伏し…大きな倒落音が場に響き、実体化したが故の土煙が空へと舞い上がる。

 

 

…それは、遊良が張った二重の罠。

 

 

彼が好んで使うその永続罠によって、終焉の覇王が身動きを封じられたため。

 

 

 

「はぁ…はぁ…い、今の衝撃は本物だった…お、お前は一体…」

 

 

 

焦りに焦った遊良の呼吸、止めどなく溢れ出してくる嫌な冷や汗。

 

どうにかギリギリで『最悪の事態』を回避した遊良ではあったものの…今の『本物』の衝撃波は、かつて『実体化』したデュエルを経験したことのある遊良だからこそ嫌でも理解出来てしまったのか。

 

アレにあのまま飲み込まれていたら、例えLPが残っていたとしてもデュエルを続行することは出来なかっただろう。それを瞬間的に悟ったからこそ、悪魔の鎖を保険で伏せておいてよかった、と。

 

また、その破壊の衝撃波が自分を貫くまさに寸前で、何とか身を守ることに成功した遊良を見て…フードの男は、LPを無駄撃ちしたにも関わらず鼻で笑うようにして声を投げかけるのみ。

 

 

 

「へぇ、意外と意地汚く動くじゃないか。じゃあオレはこのままターンエンドだ。」

 

 

 

 

フードの男 LP:4000→2000

手札:4→2枚

場:【竜姫神サフィラ】

【終焉の覇王デミス】

伏せ:1枚

 

 

 

「俺のターン、ドロー…」

 

 

 

何とかターンを凌ぎきった、遊良のその手は鉛よりも重く。

 

それもそのはず…どうにか1枚増えた手札を見比べるものの、カードが言う事を聞かないという事と、『実体化』したデュエルという『最悪』の組み合わせがどうしようもない恐怖と重圧となって、今まさに遊良へと襲いかかって来ているのだ。

 

それ故に、かつての『異変』で味わったあの痛みが、どうしても遊良の脳裏には浮かび上がってきてしまって…

 

 

 

 

「…【堕天使の追放】発動!デッキから…くそっ、やっぱりコレは駄目か…だったら【堕天使ユコバック】を通常しょうか…ッ!?つ、通常召喚まで!?」

 

 

 

 

一向に、遊良の場に現れない堕天使達。

 

何度も何度も、それこそ叩きつけるようにして遊良が小さき堕天使のカードをディスクに置いても、反応もしなければ召喚権の処理すらされないこの状況。

 

先ほど、異形の堕天使は墓地から確かに蘇った。しかし、それすらもう幻影だったかのように…何度も叫ぶ遊良の呼びかけに、小さき堕天使は応じることが無いのか。

 

 

これまで共に戦ってきたはずの堕天使が、Ex適正を捨ててまで得た堕天使が…

 

 

もう後戻りしないと覚悟を決めてまで選んだその力が、全て無くなってしまったかのよう。

 

 

 

「【デモンズ・チェーン】は発動した…さっきの【死者蘇生】や【トレード・イン】も普通に発動できたのに…どうして…」

「おい、まだかかるのか?いい加減にしてくれ。そろそろ本当に不愉快でキレそうだ。」

「ぐ…」

 

 

 

発動したカードとしないカード、ソレを思い出しながら、最悪の想像が遊良を襲う。

 

何をした覚えもない。ここまで言う事を聞かなくなるまで『罪』を被った覚えもなければ、『罰』を受けた覚えもない。だというのに、ここまで『反応』してくれないということは、不調なのはデュエルディスクではなく、本当にカードの方なのだろう。

 

その『まさか』の悲嘆に遊良が浸かって行くのと同時に、対面に立つフードの男の苛立ちは益々増えていって…

 

 

 

 

「た、頼む…お前だけは…」

 

 

 

 

―このままでは、何も出来ずに吹き飛ばされるだけ。

 

 

ダメージが現実となっているデュエルの危険性と、その痛みを実際に身に染みて分かっている遊良だからこそ、ソレだけは絶対に阻止しなければならないこと。

 

故に、負けるわけにはいかないこの状況で、しかしカードが言う事を聞かないこの状況で…

 

遊良は手札にあった1枚のカードを見つめ、ソレに、一縷の望みを託して…

 

 

 

 

 

「…俺は…【神獣王バルバロス】を妥協召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/3000→1900 DEF/1200

 

 

 

震える大気、獣の咆哮。

 

遊良の場に轟いた、天地を揺るがす獣の王のその姿。

 

叫んでも叫んでも、一向に言う事を聞こうとしなかった堕天使達とは打って変わり…即座にこの場に現れては、遊良の前に立ち吼える。

 

 

 

 

「…よかった、バルバロス…お、お前だけは…」

 

 

 

 

フィールドに現れし獣の王の、昔と変わらぬその佇まいはまるで、獣の王に守られているかのような安心感を遊良に与えていることだろう。

 

 

…あれだけ逸っていた遊良の心臓の鼓動が、その咆哮によって僅かながらも抑えられていく。

 

 

この切羽詰った状況に置いても、絶対にこの獣の王だけは裏切らないという核心が、遊良には残っていた。

 

幸いにも先ほどのユコバックの召喚宣言は遊良のデュエルディスクには認証されておらず、遊良にはまだ召喚権が残っていて…

 

だからこそ、遊良は叫ぶ。

 

一縷の望みをかけてでも、ここで流れを取り戻さなくては、と。

 

 

 

 

「…行くぞ!バトルだ!バルバロスで、デミスに攻撃!」

「攻撃力が低いまま…なるほど、『聖杯』か…」

「手札から速攻魔法、【禁じられた聖杯】を発動!バルバロスの効果を無効にし、攻撃力を400アップ!」

 

 

 

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/1900→3400

 

 

 

聖杯より落ちし雫を受けて、本来の力を取り戻した獣の王。

 

その甘美な雫は獣の雄叫びを増長させ、本能を刺激し悪魔へと向かわせるのか。

 

 

 

「墓地から【祝祷の聖歌】の効果発動!【祝祷の聖歌】を除外し、デミスの破壊を防ぐ!」

「くっ…だが、ダメージは通る!貫け!ディナイアル・スピアー!」

 

 

 

―!

 

 

 

また、とっさにフードの男が天からの聖歌によって、悪魔の鎖に縛られし覇王を守ったものの…その衝撃は覇王を通り過ぎ、このデュエル初のダメージとなってフードの男へと襲い掛かって。

 

 

 

フードの男 LP:2000→1600

 

 

 

しかし、少量とは言え実体化したダメージの痛みは想像を絶するモノだというのに…

 

フードの男は何事もなかったかのようにして、鼻で笑うようにそのノイズの声を響かせるだけ。

 

 

 

 

「ふん…たったこれだけか。」

「くっ…タ、ターン…エンドだ…」

 

 

 

遊良 LP:4000

手札:4→2枚

場:【神獣王バルバロス】

【堕天使スペルビア】

伏せ:1枚

 

 

 

本来であれば、今手札にある【堕天使の追放】や【堕天使ユコバック】で、返しのターンの守りを整える手筈だった今の遊良のターン。

 

しかしソレすら出来ない今のこの状況は、フードの男の涼しい余裕と恐るべき憤怒とが相まって、遊良に焦りしか与えては来ない。

 

条件は整っているというのに、遊良は先ほど発動してくれなかった、場に伏せてあるその罠カードを見て…

 

いくら自分の場には高い攻撃力を持ったモンスターが2体いるとは言え、たったそれだけの守りしか出来ずにターンを受け渡すしかなかった遊良の心臓の鼓動は、まるで留まることを知らないのだろう。

 

 

…また、そんな遊良の表情を見て、一体フードの男は何を思うのか。

 

 

静かに、激しく、冷ややかに、猛り…

 

 

それはまるで、この世のモノでは無いかのような『虚無感』。

 

その矛盾しながらも相混じる異質な感情を爆発させて、ただただ遊良へと向かって放つのみ。

 

 

 

 

「下らない…下らない下らない本当に下らない!この程度で!この程度の実力で!どうしてオマエはまだ生きていられる!」

「な…何言って…」

「どうしてオマエが生きていて、何故こんなにも無様なデュエルを続けられる!こんなにも弱くて、こんなにも無様な癖に…不愉快だ…天城 遊良!オマエの存在が!どうしようもなく不愉快だ!」

「なんだよ…一体、俺がお前に何をしたって言うんだ!」

「うるさい!オマエに知る権利なんて無いんだ…オマエみたいなクズ野郎なんかが!」

 

 

 

声のノイズを更に増し、痛いほど冷たいその怒りを益々増していくフードの男。

 

狂乱怒涛とは言いがたいものの、その爆発寸前の怒りはまさにもう我慢の限界だということなのだろう。

 

ノイズの向こうの声からは怒りと共にどこかへと向けた哀しさすら感じ…それを隠す気すら見せず、寧ろ遊良へと向けて正面からソレをぶつけるだけ。

 

 

 

「…もう限界だ…オレのターン、ドロー!【儀式の下準備】を発動!オレはデッキから【イリュージョンの儀式】と【サクリファイス】を手札に加える!そして儀式魔法、【イリュージョンの儀式】を発動!場のデミスを生贄に…」

 

 

 

 

そうして…静かに、そして奮えながらフードの男はソレを発動して。

 

それは、これまで彼が発動してきた『儀式魔法』とは、どこか形質の異なったモノ。

 

これまでの2度に渡って『高レベル』の儀式を行ったフードの男の場に現れるは、ソレとは違うたった『一つ』の命の灯火。

 

彼がソレの発動を宣言したことより空気が震え、どこからとも無く異様な雰囲気が辺り一面に広がっていくこの光景は…

 

 

 

「儀式召喚!現れろ、レベル1!」

 

 

 

―まるで、この街全体がこのフードの男と、そして彼が発動したその儀式魔法によって、無理やりに怯えさせられているかのようでもあって。

 

 

 

 

 

「来い、【サクリファイス】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【サクリファイス】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

「サ…クリ…ファイス…?」

 

 

 

闇の中から降臨するは、真理を見通す異形の眼。

 

悪魔よりもなお異質、悪鬼よりもなお異物。その形容しがたい異界の瞳は、一体遊良を見て何を考えているのだろうか。

 

 

…その目から、目がそらせない。

 

 

怖いはずなのに、見ていられないはずなのに…

 

何故か伝わってくる、自分へと向けられたその怒り、憎しみ、悲しみ、妬み…

 

 

 

 

―そして、何故か、哀れみが…

 

 

 

 

―遊良を貫く

 

 

 

 

 

 

「オレは許さない…あまぎ…ゆうら…オマエを絶対に!」

「くっ!?」

「【サクリファイス】の効果発動!そこの汚いケダモノを吸い込んでしまえ!」

「さ、させるか!罠発動、神属の堕天…ッ!?罠発動!どうして!?罠発動!どうしてだ!どうして発動してくれない!?」

 

 

 

 

 

それでも、反応しない堕天の力。

 

今まで、これまで、この時まで共に戦ってきたはずの『力』が、どう叫んでも応えてくれない。

 

それは遊良にとって、どれほど信じがたいことなのだろうか。

 

 

 

…信じられるわけがない、信じたいわけがない。

 

 

 

しかし、これまでの事を思い起こせば、ソレはもう間違いないこと。

 

 

 

何度発動を宣言しても動かないこの状況と、声を荒げても羽ばたかないソレが否応にも遊良へとソレを自覚させてしまう。

 

 

 

そう、これまでのデュエルで…それこそ、この不調が出始めた頃からのデュエルを思い返すと、それ以外の『事実』は考えられないのだ。

 

 

 

それは『デュエルディスク』の不調でも、ましてや『カード』の不調でもない…

 

 

 

 

 

 

 

―【堕天使】のカードだけが、発動しないということ。

 

 

 

 

 

 

 

「どうして発動しないんだよぉぉぉぉぉぉお!」

「飲み込め!【サクリファイス】!」

「待て!バルバロス!行くな!行くなぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

異形の眼が開いた『何か』へと、獣の王が身動き一つ取れず吸い込まれていく。

 

苦しげに響くその咆哮は、遊良の悲痛の叫びも空しく完全に飲み込まれてしまった瞬間にこの世から消え去ってしまって…

 

 

 

 

【サクリファイス】レベル1

ATK/ 0→3000 DEF/ 0→1200

 

 

 

「そ…んな…」

 

 

 

遊良を守るはずのその力の全てが、よもや敵の手に落ちて牙を剥くということなど誰が想像出来ようか。

 

消え去ってしまった獣の雄叫びは、このデュエルにおいてはもう遊良を守ることすら出来はしないのだ。

 

これまで自分を支えてくれた、【堕天使】の力を全く使えず…

 

今までずっと共にあった相棒のカードすら自分の前から消えてしまっては…

 

 

 

 

 

 

「バトルだ!【竜姫神サフィラ】で【堕天使スペルビア】に攻撃!そしてこのダメージステップ開始時!手札から【オネスト】の効果を発動し、サフィラの攻撃力を2900アップさせる!木偶を消し去れ、サフィラ!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐ、ぐぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

遊良 LP:4000→2500

 

 

 

そうして、神光を増した竜の姫の一撃によって、跡形も無く崩れ去っていく異形の堕天使。

 

その有り余る衝撃波はそのまま遊良への痛みと変わり、LPの減少に伴って遊良へと襲い掛かって…

 

 

 

 

「かはっ…ぁ…」

「…トドメだ!【サクリファイス】で天城 遊良…オマエに!ダイレクトアタック!」

「…ッ!?」

 

 

 

間髪入れず、息つく暇も無く。

 

異形の眼が怪しげな輝きを纏い、その不穏なる光が異物を吸い込むであろう空虚な穴へと収束していく。

 

 

…否定、憤慨、怨恨、哀憐

 

 

その形容しがたい様々な感情が混ざり合い、その全てを遊良へとぶつけようとしているのだ。

 

 

 

―フードの男が常に放つ、限りない憤怒を代行し…

 

 

 

 

 

―それは、放たれる

 

 

 

 

 

 

「消え去れぇ!天城 遊良ぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ…うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊良 LP:2500→0(-500)

 

 

 

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

 

身を守るモノが何も無く、放たれたその閃光は無慈悲にも遊良を飲み込んで貫いた。

 

 

…実体化したモンスターの攻撃、それもLPが0となるほどの衝撃。

 

 

それをまともに喰らってしまっては、遊良はその体を地面に繋げておくことも許されず…

 

 

その体が宙を舞い、気持ちの悪い浮遊感と味わったことの無い痛みとなって遊良の全身へと襲いかかって。

 

 

 

そして…

 

 

 

デュエルの終了を告げてしまう無機質な機械音が鳴り終わると同時に、遊良の体は大きな衝突音を立てながら、無情にも固いアスファルトへとそのまま叩き付けられた。

 

 

 

 

「う…ぁ…」

 

 

 

 

呼吸も出来ず、身動きも取れず、痛みにのたうち回ることすら出来ず。

 

体が冷たい…全身に走る痺れにも似た痛みは、指先一つ動かすことを許可してはくれない。

 

 

また、ソレと同時に沸き起こる、実体化したモンスターの攻撃による現実のダメージ。

 

体が熱い…まるで、体の肉が外側と内側、その両方から溶け始めているかのような感覚が、遊良を襲っているのか。

 

 

―声にならぬ呻き声、意識すら朦朧としてきて。

 

 

薄れゆく意識の中で、辛うじて自分が負けたのだということが理解できたものの…全身が『溶けていく』様なこの感覚の中では、既に遊良の脳は考えることすら放棄してしまっている様子。

 

 

 

 

 

「…いい気味だ。この程度の癖に、今の今までヘラヘラ笑って生きていた罰…」

 

 

 

また、いつのまにか見下ろすようにして立っていたフードの男が、遊良へと向かって何か言っているようではあったものの…

 

もう遊良の耳は機能を働かせてはいないのか、全く持ってソレを聞き取ってはくれない。

 

 

憤怒を纏った怨嗟のノイズ。しかしもう興味を失ったかのような無関心の声。

 

 

そんなフードの男は、衝撃によって辺り一面に散らばっていた『遊良のカード』の中から、一枚のカードを拾い上げると…

 

 

 

―それを、遊良へと向かって、投げ捨てた。

 

 

 

 

「こんなケダモノのカードに縋って惨めな奴だ…本当に惨め過ぎて気持ちが悪い。だが、よほど今のオマエはコイツに縋って生きてきたみたいだし…ほらよ、せめて最後はコイツと一緒に居させてやる。」

 

 

 

そうして投げ捨てられた獣のカード。発熱している遊良の体の上に舞い落ちて。

 

 

 

 

「じゃあな天城 遊良。このクズが、とっととこの世から…」

 

 

 

 

そのままフードの男は踵を返すと、倒れて呻いている遊良へと向かって…

 

怒りの感情をそのままに、顔元の見えないその装束の中から…

 

 

 

ーソレを、放つ。

 

 

 

 

 

「消え去れ。」

 

 

 

―!

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

たった一言。

 

『その言葉』が遊良にぶつけられたその瞬間。

 

『発熱』していた遊良の体が、まるで『発火』したかのような熱さに包まれていく。

 

 

 

 

 

 

「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!」

 

 

 

 

 

 

―悲鳴にならないその震え、悲痛にならないその叫び。

 

 

―手と足と指と体と。

 

 

体が『無くなっていく錯覚』に襲われながら、遊良の全身から『感覚』が消え去っていく。

 

 

…見えない、聞こえない、匂わない、感じない。

 

 

本当に『溶けて』いるかのような『痛み』が絶えず遊良へと襲いかかり、自分が消えていくような感覚だけが今の遊良を取り囲んでいるのだ。

 

 

一体、今の遊良は第三者からはどういったように見えているのだろう。住宅街だというのに、『何故か』全く人の気配が無いこの場においては、ソレは決して分からぬことではあるのだが…

 

 

唯一つ言えることは、苦悶に悶えのた打ち回る遊良を見下ろすフードの男は、もう既にこの場から居なくなっているということだけ。

 

 

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

 

 

次第に薄れゆく遊良の意識は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―そこで、途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。