遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
『決闘市で多発している失踪事件の原因は未だわかっておらず、行方不明者は10名と未だ増え続け…』
一日の終わり、既に日も暮れて各家庭から様々な食事の匂いが漂い始めている頃。
「最近物騒だよね…まだ事件の手がかり見つかってないんでしょ?」
「あぁ、捜査が難航してるんだってな。」
夕方のニュースを見ながら、遊良達3人は今もなお被害者が続出している決闘市の不可解な事件の情報を耳に入れていた。
…ソファに3人腰掛けて、見るからにくつろいでいる様子を見せていて。
行方不明者に何の関連性もなく、事件が起こった場所もこの広大な決闘市の全域におよび、その所為で警察も何の手がかりを得ることが出来ないというこの不可解かつ恐るべき事件…
そうだというのに、どこかリラックスしてソレを見ている彼らからは、全く危機感を感じられず。
漂ういつもの雰囲気は、自分達が住む決闘市で起こっている事件だというのに、どこか自分とは関係の無いことだと感じているのだろうか。
しかし、それは遊良達だけではない。
ここまでの事件だというのに、決闘市に住む者達が明日は我が身かもしれないというこの事件に対しても…
誰もが日常を崩さずに居て、それはまるで自分だけは大丈夫だと言うような、根拠の無い錯覚を無意識に信じきっているようでもあって。
「…それより遊良よ、その【決島】とやらに出てくる『何とか校』にはどんな奴が居るのだ?」
「『デュエリア校』だ。って言っても俺もよく知らないんだけど…あ、そう言えばルキはデュエリア出身なんだっけ?」
「…生まれたのがデュエリアってだけだよ。幼等部の時にこっち引っ越してきたんだから、向こうのことなんて知ってるわけないじゃん。」
「だよなぁ…」
そんな鷹矢の興味は、既にニュースから先ほど遊良から聞いたばかりの【決島】についてのことに切り替わっている様子。
遊良も、先ほど砺波から聞いたばかりのこの機密事項、まだ教員達にすら通達されていない【決島】の事を、早々に鷹矢とルキに話してしまっているのも問題があるとは思われるものの…
とは言え、砺波から【決島】に関しての事を口止めはされていないのだし、何より鷹矢も出場が決定している当事者なのだから、遊良も幼馴染達二人にこの機密事項を話すことには何の抵抗もないのか。
どうせすぐに通達される話題。だったら、その事を先に相談しておいても問題ないだろう、と。
「一応簡単に調べた感じだと…決闘市には東西南北に学園が4校あるけど、デュエリア校は中心部にある1校だけらしい。でも、学生の総数は決闘市の4校とほぼ同じ…一つの学園に、物凄い数の学生達がいるってことだな。」
「ふん、まぁどんな奴が相手でも構わん。俺が全員吹き飛ばすだけだ。」
「…簡単に言ってんじゃねーよ。こっちはお前が一番研究されてんだぞ?」
「む?」
さも簡単そうにそう言い放った鷹矢に対し、呆れたようにしてソレを返した遊良。
…デュエルとは、ある意味情報戦でもある。
それは、高名な実力者であればある程、戦績が高い選手であればある程、それだけ周囲に自分のデュエルを知られているということでもあり…それだけ、相手をする場合に対策をされているということなのだ。
だからこそ、過去の修行時代に師である祖父の命によって、大小様々な大会に放り込まれていた鷹矢は、その戦績と自身の祖父の名も相まって、世間からの注目度も認知度もかなり高いというのに…
「お前、昔から先生に言われて色んな大会に出まくってたから、デュエルの戦績もかなり出回ってるだろうが。それに去年の【決闘祭】で先生の【ダーク・リベリオン】なんて召喚したもんだから、デュエリアでもかなり噂になってるらしいし。」
「うむ、とうとう他国にも俺の名が轟き始めたというわけだな。ならば見せ付けるだけだ、この俺の強さを。」
「…ホントお気楽なんだから。相手に一番警戒されてる鷹矢が、本番だと一番不利になるってことじゃないの?」
「ルキの言うとおりだ、大体お前は【黒翼】の孫ってだけで注目されてんのに。」
「む…あんなクソジジイなど関係ない。俺は俺だ。例え相手が国外の誰であろうと、負けるつもりなど無い!俺の敵は遊良、お前一人だけだ。」
「いや敵ってお前…」
それを理解してもなお…いや、理解しているのか怪しいものの、鷹矢は『いつも通り』に豪語するのみ。
…鷹矢にとって、戦う舞台が【決闘祭】でも【決島】でも関係ない。
全ては、遊良と戦える大舞台であることには変わりないのだ。
だからこそ、そこに他人がどれだけ居ても問題はなく…ただ自分と遊良が全力でぶつかりあえる格好の舞台であるのならば、立ちはだかる者を全て蹴散らすだけなのだろう。
昔からそう…遊良の力を誰よりも知っているからこそ、遊良だけには負けたくないのが、鷹矢の信念。
他のデュエリストなど関係ない。ただ、遊良と大きな舞台で戦う、ただそれだけのために。
まぁ、そんな鷹矢だからこそ昨年度の【決闘祭】で元ウエスト校の絶対防御、『鋼鉄』のデュエリストである十文字 哲から学んだことは、鷹矢にとっても大きかったはずなのだが…
ソレを承知してもなお、鷹矢は自らの言葉をただ正直に放つだけなのか。
「今回こそは俺が勝つ。遊良の癖に、まさか【決闘祭】で一度勝っただけでもう俺より強い気になっているわけではあるまいな。」
「んだと…鷹矢の癖に、次も俺が勝つに決まってんだろ。」
「ふん、次こそ勝つのはこの俺だ!」
「いや俺だ!」
「俺だ!」
「俺だって!」
「はぁ…また始まったよ、もう。」
…とは言え、そんな『いつもの喧騒』の板ばさみになるのは、いつだってルキ一人なのだ。
彼女もまた、この男共の決して引かない意地の張り合いに、いい加減うんざりしてきているのもまた事実であり…
言い合う男共を尻目に、若干冷えた目でソレを見ているルキ。
昔からそう。どうしてこの二人はこんな簡単な事でしょっちゅう張り合い、こんなにもお互いに対して意地でも自分の負けを認めないのか。
かと思えば、互いの弱点となるような所では当たり前のように…それこそ、互いが互いの足りない部分を無意識に支えることが当たり前となっているという、不可思議なくらいに当たり前のその『矛盾』を、ルキはこれまでの人生で何度見てきたのだろう。
その矛盾をずっと見てきたルキからしても、遊良と鷹矢、二人の繋がりは羨ましさを感じると共に…理解出来ない男共の生き方など、理解するつもりもなければ理解したいとも思わないのだろう。
確かに、生まれた時からずっと一緒に居る二人。
しかし、そこには血の繋がりもなく、あるのは『幼馴染』と言う絆だけ。
そうだと言うのに、血の繋がった家族以上にお互いの事を理解しているというのだから、遊良と鷹矢の関係性は不安定でありつつも絶対的な安定を持ったモノというまさに矛盾。
そんな、男共の奏でる『いつもの喧騒』を、ルキは呆れたように聞き流しながら…
ふと、思い出したようにし、て彼女はその口を開いた。
「あ、そう言えばさー、デュエリア校の学長先生まで遊良の出場を推してくれたって、ホントビックリだよねー。」
「大体お前はいつもいつも……ん?…あー…そうだな。まさか『逆鱗』の劉玄斎が、って俺も驚いたよ。」
「む?『逆鱗』…げきりん…どこかで聞いた名だ…」
「物凄い有名な元プロデュエリストだろうが。現役時代には先生とも何度か対戦してるんだぞ?」
「そう言われてもな…駄目だ、思いだせん…ここまで顔が出掛かっているのだが…」
「もう、ホント人の顔と名前覚えないよね鷹矢って。あんなに特徴的な人なのに、『逆鱗』って。」
「むぅ…どうでもいい人間の顔など覚えて何になるというのだ。」
「いやどうでもよくは無いだろ…ったく、ちょっと待ってろ。部屋に『逆鱗』の試合の映像があるから、それ見て思い出せ。」
「うむ。」
そうして、先ほどの喧騒など忘れたように、徐にソファから立ち上がってリビングの外へ向かって歩き出す遊良。
それは、昔からプロの試合を見るのが好きだった遊良の『父』が、昔から集めていた古今東西の色々なプロデュエリストの試合の映像の中に、『逆鱗』の試合の物があったことを覚えていた為だ。
「確か父さんの遺品の中だったっけ。すぐ持って来てやるよ。」
「…え?」
しかし、二階にある自室へと向かい始めた遊良を、いつもと変わらぬ様子で見送った鷹矢とは対象的に…
確かにルキの表情は、遊良が出て行った瞬間にどこか『曇った』様子を見せていて。
何故なら今、遊良は言った…
―『父さんの遺品』、と。
遊良が何気なく言った『父の遺品』と言う言葉。
ソレ自体には、特に何の感慨も見せていない様子の遊良と鷹矢ではあったものの…
何気ないその単語、確かに真実であるはずのその単語、その『遺品』と言う単語を何事も無いかの様にして言い放った遊良に対して、思わず言葉が漏れてしまった程に、ルキにはどうしても感じてしまうモノがあったのだろうか。
…そう、ルキは決して忘れてはいない。
『遺品』と言う言葉を、遊良が簡単に口に出せるようになるまでの…ここまで遊良が立ち直るまでの、その軌跡を。
遊良にEx適正が無いと分かったその日に、突然姿を消してしまった遊良の両親。遊良への誹謗中傷が増長した中には、きっと遊良の両親が消えてしまったことも大きかったはず。
デュエリストの出来損ない、生きている価値がない。そんな言葉に混ざって遊良へとぶつけられた…
―『親に捨てられた』、『親から見放された』という、心無い言葉の数々。
それは、これまで順風満帆な生活を送っていた幼い遊良の、そのあまりに小さい心を圧し折るには充分過ぎる暴力となっていて…
世間から絶望を突きつけられた直後に、無償で愛してくれるはずの親すら目の前から消え去ってしまった幼少の子どもが受けるには、とてもじゃないが過ぎた言葉の暴力だったのだ。
―ルキは決して忘れない。あの時の遊良の、絶望に塗れた顔を…この世のモノとは思えない、あまりに惨い遊良への仕打ちを。
…そして、そんな表情の曇ったルキを見て、一体鷹矢は何を思ったのか。
鷹矢はルキの方を向いて、ただただ無言で彼女を見ているのみ。
「…何?」
「いや、お前が変な顔をしていたからな。」
「鷹矢に変な顔って言われたくないし。自分だって鉄仮面じゃん。」
「む、それは心外だぞ。こんなにも分かりやすい顔をしているというのに。」
「…遊良以外にはわかんないよ、もう。」
いつもと変わらぬ鷹矢の声質だというのに、どこかとぼけた様な感じでルキの耳に聞こえてくる辺りはルキも流石は長い付き合いか。
まぁルキとて、鷹矢という男を良く知っているからこそ…一瞬曇った表情を見せた自分を、下手に励まそうとした…と言うわけでは絶対に無いことを、彼女もまた理解していて。
そんな、この後に鷹矢からかけられるであろう言葉を想像しているルキへと向けて…
鷹矢は、更に言葉を続けて…
「ふん。どうせ、遊良に対する要らん心配でもしているのだろう?だが無駄なことだ。遊良が吹っ切れている以上、お前がソレを気にする必要など無い。」
「無駄なことって…だって遊良のお父さんとお母さん、見つかってないってだけで亡くなったかもわからないのに。」
「だとしてもだ。遊良を放って居なくなり、今も音沙汰が無いというのは、既に竜一もスミレも、遊良には関係が無いも同然ではないか。」
「呼び捨て…」
「昔からそう呼んできたのだ、今更畏まってどうする。…それに、遊良が親に縋っていないのならば、俺達がそれを気にする必要も、アイツに遠慮する必要も無い。」
「でも…」
鷹矢の言う言葉の意味は、もちろんルキにも理解は出来ている。
いや、理解出来ているからこそ、どうしてもルキには鷹矢の言葉を簡単に飲み込むことが出来ない。
…遊良の両親の事は、ルキだって良く知っている。
全てが上手く行っていた『あの頃』、幾度となく遊良の家に泊まって過ごした、あの優しかった遊良の両親が…
遊良の事を、とても大切に思っていたはずの遊良の両親が、たかが『Ex適正』が遊良に無かったからといって、簡単に遊良を見捨てて居なくなるはずが無いと、どうしてもルキは思ってしまうのだ。
―何せ『幼馴染』の自分達が、ずっと遊良と共に居ることを選んだというのに…
また、遊良とは血の繋がっていない自分と鷹矢の『親』も、遊良を決して見捨てていないのに、まさか血の繋がった遊良の『親』が、自分の子を簡単に見捨てることがあるのだろうか…と。
そうして、どこまでも遊良を理解しているかのような鷹矢の口ぶりに…
「…私達には家族が居るのに、遊良には…」
遊良には言えない感情を、思わずルキが吐露しそうになった…
―その時だった…
「それ以上言うな。…『ソレ』は、お前もよく分かっているだろうが。」
「あ…」
いつものふざけた口調では無い、『本気』の鷹矢の放った口調。
それを聞き、ルキも思わず自分が『何を』言いかけたのかを唐突に理解したのか。
…それは、彼女も十分に理解しているはずだったこと。
いくら遊良が両親以外の他の血の繋がりを知らず、天涯孤独となってしまっても…自分と鷹矢のことを、『家族と同じくらい』に大切にしてくれていることくらい、彼女とて確かに知っているはずだったと言うのに。
―今、自分は何を言おうとしてしまったのか…
ソレを少しでも考えてしまっては、遊良の傍に居続ける資格など無くなってしまう…と、そう言わんばかりにルキの表情は沈んでいき…
「…ごめん…」
「俺に謝ってどうする。お前が何を思おうと勝手だが…これまで遊良を見てきたんだ。それを、お前が否定するのだけは駄目だ。」
「…うん。」
「大体、お前は遊良と同じでゴチャゴチャ考え過ぎだぞ。どうせ今も、『一緒に居る資格が無い』などと、無意味なことを考えているのだろう?」
「………鷹矢、何か気持ち悪いよ?」
「ふん、お前の顔にそう書いてあっただけだ。しかし図星のようだな。」
「う…」
「全く資格だの何だの…本当に下らん。」
はっきり言ってくれるのはありがたいが、核心を突いている分、言われれば言われるだけ自分の情けなさが浮き彫りになってきそうな鷹矢からの言葉の数々。
それを聞く度により深く沈んでいくルキの表情は、自分から漏れ出しそうになった言葉をどこまでも後悔しているようであり…
また鷹矢から発せられるその核心を突く言葉には、いつもの通り少しの遠慮もないものの…今はその遠慮の無さが、どうにもルキには堪えている様子。
絶望に塗れた遊良を見た、幼少期のあの時…自分の命を救ってくれた遊良を、今度は自分が共に居て、ずっと守ると誓ったはずだった。
それでも思わず口に出そうとしてしまったということは、ルキの中に微かでも遊良を哀れんでいる感情があったということなのだろうか。
それを、鷹矢の言葉で考えてしまったのだろう。際限なく沈んでいくルキの目には、微かに込みあがるモノが浮かび…
…そのあまりのルキの落ち込みようを見かねたのか。
ルキへとむかって、鷹矢が再度口を開いた。
「全く…仕方のない奴だ。おいルキ、一つ言っておいてやる。例えお前が遊良のことを何と思っていたとしても…一緒に居る事を決めるのは、お前ではなく遊良自身だ。」
「…え?」
「お前が遊良から離れようと、お前の身にどんな事があろうと…遊良の奴は、間違いなくお前と居ることを選ぶ。とりあえず、遊良の中での『お前』は、お前が思っているほど小さくはない…と、一応言っておいてやろう。」
「…」
唐突に鷹矢から飛び出してきた、彼から発せられたとは思えないその言葉。
確かに耳に入ったはずだと言うのに言葉の理解が追いつかず、ルキも思わず言葉をなくしてしまっていて。
悩みなど何も無いように振舞う癖に、こちらの悩みを簡単に吹き飛ばしてくる馬鹿。だからこそこれまで…それこそ、この歳まで関係を拗らせる事もなくずっと3人で居られたのだろうが…
いつもは好き放題に言い放題の癖して、どうしてこの男はこういった所で欲しい言葉を投げかけられるのだろうか。そんな不思議そうな顔をしながらも、こういう場面で一番大人びた言葉を放つことが出来るのは、意外にも鷹矢だったというコトをルキは再確認していて…
「う、うん…ありが…」
「何話してたんだ?」
「わっ!え、あ、遊良!?…う、ううん!別に何も!」
「うむ。」
「何だよ、気になるじゃんか…」
そして、自室から戻ってきた不意の遊良の声に、思わず心臓が跳ね上がった感触をその胸の内に感じたルキ。
そんな遊良の表情は、見るからにどこか落ち込んでいるルキの…先ほどとは、どこか違うルキの表情を見て、まさに不思議そうな顔をしていて。この短時間で何があったのかを知らぬ遊良からすれば、今まさに若干の疎外感を感じているのだろう。
「まぁいいや、鷹矢、これ入れて再生してくれ。」
「うむ。」
しかし、すぐに目的を思い出したのか。持ってきた映像ディスクを鷹矢へと手渡すと、立ち上がる前まで座っていたソファの…ルキの隣へと、遊良は腰掛けた。
「で、何話してたんだよ。」
「だから何でもないって。あ、それよりさ、デュエルディスクの調子って…」
「遊良!再生ボタンはどれだ!?」
「右端にスイッチあるだろ。」
「うむ。」
「あ、悪いルキ、何だったっけ?」
「…いいよ、やっぱり何でもない。」
「ん?そっか、じゃあいいや。」
自分がソファを立つ前と、戻ってきた今ではどことなく違うルキの様子。しかしルキが自らそれを話さないと言う事は、今自分が聞くべきことでは無いのだと、すぐさま思い直して遊良は話を打ち切る。
―話せないことは、無理に話さなくてもいい。きっと、ルキにだって隠したい感情はあるのだろう、と。
そして、鷹矢が映像ディスクを再生機器に無事入れられたのか。
映像ディスク独特の回転音が機器から聞こえ始めた…
―その瞬間…
―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
『クハハハハハ!オラァ!行くぜぇ!』
―再生したその瞬間に、あまりの爆音がテレビから放たれ、遊良達3人の耳を劈いた。
「うるさっ!ちょ、ちょっと音量下げてよ!」
「わかってるって!………はぁ、テレビが壊れたのかと思った…」
「ぐぉ…耳が…やられた…」
巨大なモンスターによる激しすぎる衝突音と、相手を容赦なく叩き伏せる暴力的なデュエル。そして、ソレに魅せられた熱狂的ファン達からの大歓声が音撃と化し、到底収まらぬ爆音となってスピーカーから解き放たれていて。
また、再生されたその瞬間にテレビの一番近くに居た鷹矢へのダメージが最も大きかったのか。
振動の余波で痛む耳を押さえながら、鷹矢はフラフラとした足取りでソファへと戻ってきた。
「き、気絶するかと思ったぞ…」
「もー、ビックリしたじゃん!音量上げすぎてたんじゃない?」
「普通にしてたはずなんだけどな…こんなに爆音で再生されるなんて思うわけないだろ。」
「…むぅ、まだ耳鳴りが収まらん…む?…あぁそうだ、『逆鱗』とはこんな顔だったな。思い出したぞ、何と言うか…アレだな。」
「…えっと…クマ?」
「うむ。」
そのルキの提示した例に、迷う事無く即答する鷹矢。
いや、誰だってソレを見れば、鷹矢で無くとも頷くだろう。…何せ、目の前で再生されている映像の中で響く、この轟音の中にあってもより一層轟き渡る低い轟声は、この巨漢がまさしく若かりし頃の『逆鱗』、劉玄斎であるのだと遊良達に思い知らせているのだ。
はっきりと分かるほどの、世紀末に生きているのかと見間違うほどのその体躯。
戦場を散歩してきたのかと錯覚するほどに刻まれた体の古傷と、そして何の衣装なのか『逆鱗』が纏った毛皮の姿は、ルキの言った通り確かに『獣』のソレに見えていて。
誰の目にも明らかなこと。名が体を現すと言う言葉を、これほど的確に表現している男は、世界中探したってそうそう見つからないはず。
『天音に羽ばたく黒翼よ!神威を貫く牙となれぇ!エクシーズ召喚!来い、ランク4!【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】!』
―!
そんな中、ターンが入れ替わったその瞬間に、遊良達にとって聞きなれた声と、『その口上』がテレビの向こう側から聞こえてきた。
それは、現在のモノとはどこかキーが異なるものの…
彼らにとってその声は、幾度となく聞いてきた声であり…
「あ、先生だ…って、じゃあこれって先生との試合!?」
「あぁ、『殴り合い』って言われてる【黒翼】と『逆鱗』の試合の映像。俺達が生まれるずっと前の試合だけど、父さんによく見せられたから全部覚えてる。」
「ジジイ…若いな。髪の色が特に。」
「ホントだー、全然白髪じゃないねー。」
「お前ら…どこ見てんだよ。」
今よりも若々しさと荒々しさを全面に押し出した師の見慣れない姿に、鷹矢とルキの声がどこか明るくなったのは仕方のないことだろう。
何せ、天に羽ばたく【黒翼】の咆哮に重なり、観客達が今まで以上の盛り上がりを見せているこの若かりし頃の師の、こんなにも生き生きとした戦いぶりは鷹矢もルキも今まで見たことすらないのだ。
また、自分達の知らない師の姿に興味を示している幼馴染二人に、若干呆れながらも遊良もまた視線をテレビから動かさず。
そう、若かりし師が召喚した、天宮寺 鷹峰の代名詞とも呼べる【黒翼】が今ここで降臨したというコトは…
この直後に、この『殴り合い』と呼ばれている伝説の試合の、最大最上最高の見せ場と盛り上がりが巻き起こることを、遊良は知っているから。
そして…
『怒りに震える逆鱗よぉ!歯向かう愚者を消し飛ばせぇ!』
その口上が唱えられた瞬間に、より一層『逆鱗』を包む歓声が大きくなっていく。
「あ、これだ!劉玄斎が『逆鱗』って呼ばれるようになったモンスター!」
いつも父が力説していた、劉玄斎が『逆鱗』たるその由縁。
ー『見ろ遊良!これが『逆鱗』のモンスターだぞ!』
…よほど『逆鱗』のファンだったのか。
あの頃の、楽しげに話しかけてくれていた『父の姿』を、遊良は記憶の底の底に、微かに微かに思い出しながら…
『エクシーズ召喚!来やがれぇ、ランク7!【撃滅龍 ダーク・アームド】!』
―!
―【黒翼】と『逆鱗』
奇しくも黒き翼と黒き体を持つ竜同士、そしてその牙と腕のぶつかり合いは、他では見ることなど決して叶わぬ程の、遥か高みでしか行われない天上の決闘。
そんな『殴り合い』と呼ばれる【黒翼】と『逆鱗』の戦いは、各々が自身の『名』を繰り出したことによって益々その激しさを増していく。
お互いがお互いを嬉々として殴り続け、常にマウントを取り合い狂気の笑みでぶつかり合うその姿は…最早、ただの喧嘩と言うよりも更に性質の悪い、まさに『殴り合い』となっていて。
…きっとこの時の師は、本当に相手を殴り倒すことだけを考えているのだろう。
いや、【黒翼】天宮寺 鷹峰を師に持つ彼らには分かる。本当に、実際に、紛れもなく『そう』なのだ、と。
守ることなど考えず、負けず嫌いの馬鹿同士が、逃げることを先ず初めに捨て去って。
正面から衝突することを、ただただ無邪気に楽しんでいるだけなのだと、嫌でも理解してしまうのだから。
そうして…
一つの伝説となっている試合を見終わって…
まるで疲れたかのようにして、ルキがその口から言葉を漏らした。
「何か…先生らしい試合だったね…」
「うむ、馬鹿の一つ覚えのように殴り合っているだけだったな。これだからあのジジイは…」
「いやお前だって馬鹿だろうが。お前が一番先生のスタイルに似てるんだから先生のこと棚に上げてんじゃねーよ。」
「む…それは心外だぞ。俺とクソジジイのどこが似ていると言うのだ!」
「えー…【ダーク・リベリオン】使えてる時点でそっくりだと思うよ?先生以外に【ダーク・リベリオン】使える人なんて、世界中探したって鷹矢しか居ないんだし。」
「ふん!俺は俺だ、誰の孫だろうと関係無い!」
憤慨した様子でそう言う鷹矢を、呆れた目で見ている遊良とルキ。
祖父を引き合いに出されると、どうして鷹矢はこうも反発してしまうのだろうか。
また、反発しているのかと思えば祖父の『名』である【ダーク・リベリオン】を切り札に据えていたり、祖父の事を一応『師』としていたりするのだから…それは鷹矢が祖父と家族が故に、どうしても起こってしまう複雑な感情の入り乱れなのだろうと、今では特に遊良もルキも気にしてはいないが。
…リビングに木霊する、いつもの声。
このゆったりとした時間の流れと、とても居心地のいい雰囲気が溢れている彼らだけの空間は…今は誰にも邪魔されない、彼らだけの世界。
誰かの感情はどうあれど、根本的に今までずっと3人で一緒に過ごして来たのだから、もうこの雰囲気で日常を過ごすのは反射レベルで生み出せる独特の空気なのだろう。
…夜は、更けていく。
…
【決島】の事は二人には話したものの、もうすぐ転入してくるという『釈迦堂』という名の新入生のことは、遊良も二人には伏せてある。
それは、遊良からしてもあの【化物】である釈迦堂 ランと、近々転入して来る釈迦堂 ユイという転入生に、何かしらの関係があるとはとても思えず…
それは、一度だけ実際に邂逅したことのある、遊良だからこその感覚。
あの孤高で孤独で、それでいて強すぎるが為の『孤立』すら心地よさそうに振舞うあのランと関係のある者が、こんなに簡単に見つかるとも現れるとも思えないために。
砺波の考えすぎだったならばそれでいい。それとなく本人と話してみて、何事も無く話を終わらせて、そして砺波に当たり障りなく報告して、それで終わりにする、と。
…
『日常』が過ぎてゆく。
目に見えている今の現状が、全て上手く行っていると錯覚するほどに…
今の遊良の周囲に流れる雰囲気は、どこまでも彼の日常、穏やかな日々その物。
…しかし、遊良は知らない。
この、全てが穏やかに過ぎてゆく日々の…
―その裏で、その先で、その向こうで
一体、何が待っているのかを。
未だ、何も知らず。未だ、何もわからず。
目に見えるモノだけが全てじゃない。見えるけれども見えないモノが、この世界には多々あって。
…しかし、今この時は、まだ何も見えていない。
今は、ただゆっくりと…
―日常が、過ぎてゆく。
―…
次回
遊戯王Wings「神に見放された決闘者」
ep57「終わる、安息」
近日、更新