遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

56 / 119
ep55「新たな舞台と不穏の影」

『いいな、『神』を持つ者を探し出すのだ。これは我々の…』

「へいへーい、わーってるってしつこいなー。」

 

 

 

どこかの場所、どこかの建物、そこがホテルの一室だということがわかる程度の装飾の施された、そんなどこかの一室でのこと。

 

電話越しでもわかるその面倒事の物言いに、電話を取っていた男は椅子にもたれかかりながらさも面倒くさそうにしてそう返答していた。

 

電話越しでは姿が見えないのを良い事に、まるでやる気の無い態度。

 

しかし、その言葉だけで電話越しにも態度が見えてしまうかのようなその言霊では、いくら音声だけの通話とは言え意味がないだろう。

 

とは言え電話の向こう側にいる人物も、相手側を良く知っているからこそソレすら許容しているのだろうか。先ほどから全く変わらぬ口調で、再度面倒臭さそうに生返事をしている男へと向かって、再び言葉を続けるのみ。

 

 

 

 

 

「必ず…『赤き竜神』を我らの手に。」

「だからわかってるって言ってんじゃん。もう目星もついてっし。」

 

 

 

 

一体、誰が何の目的のために。

 

それは、この場で話している者にしか分からぬ現状。深い闇の中で暗躍する者の意図など、到底それ以外の人間には理解出来ないようなことなのだ。

 

 

 

―しかし、唯一つわかっていることは…

 

 

 

『この話』が、何も知らぬ少女にとっては『害』しか及ぼさぬことだというコト。

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

「シシシッ、俺っちに任せとけっての。」

 

 

 

 

 

電話を取っていた男…【白竜】新堂 琥珀は、さも簡単そうにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「今年の【決闘祭】は中止です。」

「え!?」

 

 

 

大型連休も随分と前に過ぎ去り、新入生たちも既に学園生活に慣れてきた様子を見せ始め、夏の訪れがゆっくりと近づいてきたそんな頃。

 

週に一度イースト校にて行われる『召喚別授業』の終盤の時間、理事長である砺波 浜臣からの『特別授業』を受けていた遊良に対し…何やら話があると言われて耳を傾けた遊良へと向かって、唐突に砺波がそう告げてきた。

 

しかし、そのあまりに突拍子の無い『通達』に、遊良の思考は一瞬だけ考えることを停止をしてしまっていて…

 

 

 

「少し前から決まっていたことです。こんな話、本来だったらまだ学生達に通達など出来ないのですが…君は昨年度の優勝者ですからね、一応、『今後』のために早めに伝えておいた方がいいと思いまして。」

「でも砺波先生、【決闘祭】が中止って…あの、どうして…」

 

 

 

これまでどんなことがあろうとも必ず開催されてきた歴史ある【決闘祭】が、まさか『中止』になるなんて遊良には到底信じられないのか。

 

何せ、決闘学園の学生達が一年間待ちわびる決闘市における一大イベントがこんな学期の始めからいきなり『中止』だと伝えられたのだ。それは、例え遊良でなくとも誰だって同じリアクションを取ったに違いなく…

 

また、その大舞台を目指す全ての学生達の『目標』が開催されないことは、そのままこの決闘市の学生達全員のモチベーションに大きく関係してくることは間違いないこと。

 

 

 

「先の『異変』で、セントラル・スタジアム…もとい決闘市全域に甚大な被害が起きたことは知っていますね?」

「…は、はい。」

「復旧は街の生活圏が最優先だったため、まだセントラル・スタジアムの復旧にはかなりの時間を要するそうです。しかし、まだまだ街の復旧も全てが終わっているわけではありません。その関係で、とても年末の【決闘祭】までにはセントラル・スタジアムの復旧が間に合いそうにないのですよ。」

「そ、そうなんですか…」

 

 

 

目の前であからさまにショックを受けている遊良を目の前にしても、淡々とそう告げてくる砺波。

 

遥か過去…世界全土を巻き込んだ大戦時にだって、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】の定めた絶対の決まりによって、【決闘祭】が無理やりにでも開催されたということは歴史の教科書にも確かに載っている事だというのに。

 

その口調は、とても【決闘祭】の開催を義務化されている【決闘世界】の人間が発するモノとは思えないものの…しかし、それを知る砺波とて単に遊良にショックを与えるためだけにこの『悪い話』を伝えてきたわけでないことは確かだろう。

 

そう、肩を落としている遊良に対して、砺波はこう告げてきたのだから。

 

 

 

「まぁでも、『悪い話』ばかりではありません。」

「…え?」

「もう2つ。『良い話』と『どちらでもない話』があります。先に『悪い話』をしておいた方が気が楽だと思いましてね。さて、どちらから聞きたいですか?」

 

 

 

静かに笑う砺波の表情、白い髭のその下では、遊良の焦りの反応を明らかに面白がっている様子にも見えるものの…砺波のソレは以前のような悪態と敵意に塗れたようなモノでは断じて無く。

 

でなければ、まだ学生達に伝えられるはずのない『機密事項』を、わざわざ先んじて遊良にだけ教えてくれるはずがないだろう。

 

そして、遊良が与えられた選択肢の中から一つを選んだのか。静かに、砺波へと向かって言葉を返して…

 

 

 

「えっと…じゃあ、『良い話』から…」

「はい、今年の、『決闘市で行われる【決闘祭】は中止』ですが…しかし、【決闘世界】の名において、【決闘祭】は絶対に開催しなければならない決まり。…そこで、今年の【決闘祭】は、『合同』で執り行うことに決まりました。」

「…え…ご、合同!?でも合同って…一体、どこと…ですか?」

「【決闘世界】が運営している『決闘学園』は、決闘市にある4つの学園以外にも、この世界中に多々あります。…ですが、【決闘祭】レベルの『祭典』を執り行っている場所など、この決闘市を含めてもたった『2つ』だけしかありません。一つはこの『王者の集う街』である決闘市…そしてもう一つの街、『決闘発祥の地』である『デュエリア』で毎年行われている【デュエルフェスタ】は、この街の【決闘祭】となんら遜色ないレベルなのですよ。」

 

 

 

―デュエリア…

 

 

それは、この世界でも『決闘市』と同じ知名度と、そして世界一の大きさを誇るデュエル大都市。

 

この世界で『初めて決闘が行われた地』として伝承に伝わり、一説には『神のカード』が眠っているとさえ言われている、この世界の中心として位置付けられている国の、その首都の名。

 

遊良達の住むここ決闘市が、世界最強の【王者】達3人が拠点を置いているという世界最大の謎に包まれているのならば…

 

『決闘発祥の地』であるデュエリアには、【王者】に次ぐ数え切れない程の実力者達が、日々群雄割拠で喰らい合っているのだ。

 

 

―『王者の街』と『決闘発祥の街』

 

 

共に古から常に比較されてきた街ではあるものの、『例外』である【王者】を除いた今の決闘界のプロにおける世界ランクで言えば、決闘市出身の選手達よりも圧倒的にデュエリア出身の選手達の方が多く名を連ねているのは紛れも無い事実。

 

…とは言え、だからと言って別にデュエリアの方が決闘市よりも『デュエルレベル』が高いのかと言われれば、それは一概に比べられないというのもまた世界の常識だろう。

 

何せ、この世界最強の決闘者である【王者】達3人は、全員が『決闘市出身』であり…また、全員が決闘市に拠点を置いているということは、デュエリアとしても威信に関わる問題として取り上げられているらしく…

 

そんな歴史も相まって、デュエリアと決闘市は遥か昔からぶつかり合ってきたというわけだ。

 

無論、そんな世界的に有名な大都市のことは遊良だって知らないわけがなく…

 

 

 

「デュエリアって確か…【決闘世界】の本部があるっていう…」

「えぇ、その通りです。…生憎、決闘市ではこの『祭典』を開催出来ません。なので今のところ開催地は、決闘学園デュエリア校が所有する『無人島』にて開催される予定らしいですね。広大な島で、多くの学生達による『サバイバルバトル』をするそうです。」

「サバイバル…バトル?」

「決闘市とデュエリア、100vs.100による混戦になるそうです。まぁ、100vs.100と言っても同じ街の者と戦ってもいいそうですけれども…まだ詳しいルールは届いていませんが、両校の代表100名ずつによる大規模な混戦となるみたいですね。」

「…す、凄い…島、サバイバルっていうのも凄いのに、そんな人数の混戦って…規模が大きすぎる…」

 

 

 

次々と飛び出してくるその『良い話』を聞く度に、心臓の鼓動がどんどん大きくなっていくのを遊良は感じているのか。

 

しかし、それも当たり前で…何せ、遊良にとってはこれまでに体験したことのない『祭典』の規模。世界の中でも1、2を争うデュエル大都市である決闘市とデュエリア、その決闘学園同士が今ここにぶつかり合おうとしているのだから。

 

まだ見ぬ強敵とのデュエルもそうだが、前回の【決闘祭】の時のような、『後に引けない切羽詰った理由』も特には無い今回の『祭典』は…

 

 

―まさに、心置きなく暴れられる格好の舞台。

 

 

 

 

「この世界にある、二つのデュエル大都市…決闘市とデュエリア。昔から何かと比べられてきた街同士ですが、これを機に一つの決着を着けようとしているのです。」

「決着…」

「えぇ、どちらの【決闘学園】が、より有能な学生を育てているのかを。」

 

 

 

 

逸る鼓動、迫る期待。

 

良い意味での緊張と高揚が、ますます遊良の心臓の鼓動を激しくさせて。体の内側から激しく打ち鳴らされる止まらぬリズムは、迫り来る『祭典』に対する期待がますます大きくなっていることを現しているのか。

 

 

そうして…

 

 

どうにも落ち着かない様子を遊良は見せ、それを見た砺波はどこか苦い顔をしながら更に言葉を続けて…

 

 

 

 

 

「そしてその『祭典』の開催名。その名も…【決島】。」

「え…?けっ…とう…?」

 

 

 

 

しかし、その『祭典』の名を聞いた途端に、どこか気が抜けたような声を漏らしてしまった遊良。

 

まぁ、あれだけ逸っていた期待に反して、こんな安易なネーミングが飛び出してきたのだから、遊良が思わず拍子抜けしてしまった様子を見せてしまっても、それは無理のない事だろう。

 

そう、その『祭典』の名を口にした砺波も、遊良と同じように顔をしかめているのだ。一体どういった経緯でこの『開催名』に決まったのかなど遊良は知らないのだから、今はただ固まって砺波の話の続きを聞くことしか、遊良には出来ず。

 

 

 

 

「なんですかその顔は。確かに私だってこの開催名はどうかと思いましたよ。しかし、『祭典』の開催名を決めたのは【決闘世界】の上層部ですので、私には関係ありません。」

「は、はい、それはわかってますけど…」

「…話が逸れましたが、その【決島】に出場する選手に関してです。…本来ならば、【決闘世界】が各校の成績や戦績などを考慮し、両校の全ての出場者を【決闘世界】側が決めるとの通達があったのですが…実は少々『事情』がありまして、既にイースト校からの出場者の内の2名に、君と天宮寺君を先駆けて推薦しておきました。」

「推薦!?…あ…も、もしかして、その事情って…」

 

 

 

イースト校からの出場者に既に推薦されているということは遊良にとっては嬉しい限りではあるのだが…それよりも、その『事情』という言葉を聞いた瞬間に、遊良に昇ってきた嫌な予感。

 

 

―今までも、これまでも

 

 

常に『同じような目』にあってきたからこそ、遊良には砺波が言葉を続けるよりも前にソレが何なのか遊良にはわかってしまっていて…

 

 

 

「えぇ、察しの良い教え子で助かります。…わざわざ丁寧に通達が来ましたよ。『天城 遊良の出場に異議を唱える者がいる。天城 遊良に出場する資格があるのならば、これを証明せよ。』…とね。」

「…やっぱり…」

 

 

 

 

それは、遊良の【決闘祭】優勝という功績を、未だに認めていない者が決闘界の上層部にも多々いることの証。

 

遊良とて、未だに一部界隈で『【決闘祭】に不正や八百長があった』と言う荒唐無稽な噂を流している者が居るということも知っている。

 

…まぁ、遊良からすれば既に結果が出ていることに対して、今なお反感を示している者などに興味などないため、そんな噂話などどうでも良いとさえ思っているのだが。

 

それでも公式的にあれ程の『結果』を残してもなおこうした反対意見が出るということに対して、遊良が悔しくないわけないだろう。

 

そんな遊良を見て、砺波は全く口調を変えずに口を開く。

 

 

 

 

「心配しなくとも、そんなモノはこの私が撤回させました。それに君の『出場』が他の誰よりも先駆けて決定したのは、私だけではなくサウス校の獅子原理事長と、ウエスト校の李理事長の推薦もあってのことです。」

「他の学園の理事長まで…」

「後は…決闘学園デュエリア校の、劉玄斎学長のことは知っていますか?」

「劉玄斎!?それって『逆鱗』の…は、はい、父が『逆鱗』の試合をよく見ていたので…」

「君の代表決定には、決闘市の理事長達だけではなくデュエリア校の劉玄斎学長の口添えもあったそうです。」

「え!?た、対戦相手の学長までも…ですか?」

 

 

 

純粋なる驚愕の声、驚きを隠せず息を呑んで。

 

砺波だけではなく、サウス校・ウエスト校の理事長からの推薦まであったことは遊良にとっては驚くべき事だというのに…それだけではなく、まさか『相手側』であるデュエリア校の学長までもが自分の出場に賛同を示してくれていたというその事実は、遊良を更に驚愕させていて。

 

しかし砺波からすれば、劉玄斎が【決闘世界】側に話を通しておくと言ったにも関わらずこうして遊良の出場を認めようとしない通達が来た辺りは、やはり劉玄斎など信用ができないと再確認している様でもあるが…

 

 

 

 

「奴が何を考えているのはしりませんが…まぁ、他校の理事長たちまで推薦してくれたということは、それだけ君の昨年度【決闘祭】優勝という『実績』はこの決闘市にとっても大きいとうことです。放っておいても選ばれる天宮寺君はさて置き…いや、彼みたいな自由すぎる学生を放っておいたら、どうなっていたかは分かりませんが…ともかく、君達は昨年度の【決闘祭】優勝者と準優勝者。イースト校にとっても、君たち二人が出場しないなんて選択肢は初めからありません。他の出場者達よりも先に、君と天宮寺君の出場はもう決定させました。これは既に決定事項です。」

「あ、ありがとうございます…」

 

 

 

それは、どこか以前までの砺波からは考えられない言葉。

 

しかし、確かに遊良のことを認めてくれているからこその言葉ということを、遊良とてこれまでの砺波から受けた教えから理解しているのだろう。

 

…また、【決闘祭】が中止と初めに知らされたときの遊良の落ち込み様はどこへやら。

 

未だに自分を認めない者が居るということなど、心の底からどうでもいいほどに…過程はどうあれ、他校の理事長達が自分を推薦してくれたということは、きっと『過去の遊良』に言ったとしても信じては貰えないことだろう。

 

 

…世界の全てが彼の『敵』だった、地獄のような幼少の頃と比べれば…今この時、自らが勝ち取った『結果』を認めてくれている者も確かに居て。

 

 

―それは、遊良にとっては何よりも嬉しいこと。

 

 

 

 

「全く、この私にここまで手間をかけさせたのだ。来月には【決島】のことも大々的に発表されるでしょうし、【決闘世界】からもうすぐ各校に全ての出場者が通達されるでしょう。これまで以上に多くの学生が出場する【決島】は、それだけ多くの学生達が奮起して臨むことが考えられますが…前回の【決闘祭】に優勝した触れ込みもありますし、【決島】でもさっさと全員負かして、軽く優勝を掴み取ってきなさい。」

「え、いや…それは…」

「仮にも【白鯨】の教えを受けているのだ、間違っても【決島】で無様な姿は見せないでください?…天宮寺君もそうです、何度も言いますが君たちは前回の【決闘祭】の優勝者と準優勝者。イースト校からの代表者の内、君たちのどちらかがもしも【決島】で簡単に負けるようなことがあれば…それは私だけではなく、君達を推薦してくれたサウス校とウエスト校の理事長たちにも迷惑がかかることだと知りなさい。」

「それは…わかってますけど…」

「くれぐれもこの私に恥をかかせないよう。そんなことになったら私は絶対に許しません。いいですか?」

「いいですかって…あの、砺波せんせ…」

 

 

 

とは言え、簡単にそう言放ってきた砺波の言葉に、焦りを持って遊良は返して。

 

【決闘祭】で、あれだけ苦しい戦いをしてきたのだ。そのどの試合も簡単に進められたわけではなく、『強者』のみが集うような『祭典』で勝ちを拾うというその大変さは、今の遊良には身に染みて分かっていること。

 

きっと、未だ見ぬ実力者達が…それこそ、学生レベルの『壁』を超えた恐るべき猛者が、一体どれほど居るのだろうか、と。

 

 

しかし、そんな遊良を意に介さず。砺波はソレが確定事項のようにして遊良へと言葉を返して…

 

 

 

「返事は?」

「…は、はい、砺波先生…」

「よろしい。それくらいやってもらわないと困ります。年末に行われる【決闘祭】と違い、【決島】の開催はデュエリア校の都合もあるため『秋の初め頃』となります。もうすぐこちらも夏休みだとは言え…決して怠けることなく、常に精進を忘れないようにしなさい。」

「はい…」

「あぁそうだ、もう一つ…来週の『召喚別授業』の時間ですが、天宮寺君もこちらに来るように伝えておいて…いや、連行してきてください。一応、彼も見ておかないと不安でしかない。」

「鷹矢も…わかりました。」

 

 

 

例年よりも早い時期に『祭典』が行われるということは、決闘市側はこの夏休みをいかに有意義に過ごすかによって変わってくることだろう。

 

いつも通りでは居られない。目先に迫った目標に対して、益々その準備を怠ることなく自らを高めておかなければ恥をかいてしまうであろうことを遊良は理解して。

 

 

 

「あ、それでその…『どちらでもない話』っていうのは…」

 

 

 

そして、これで話が終わったかと錯覚しかけたその時、遊良は急に思い出したようにして砺波へと問いかけた。

 

 

 

「あぁ…実はこれが本題でもあるのですが…」

 

 

 

しかし砺波の物言いは、本題が『良い話』でも『悪い話』でもなく、『どちらでもない話』という些か疑問に思われるような返答であり…

 

一体どういう意味なのか遊良には理解出来ないものの、どこか言い辛そうに口を閉ざしかけている砺波の様子はより一層この『どちらでもない話』が碌でも無い話なのでは無いかという不安を遊良へと浮かび上がらせていることだろう。

 

 

そうして…

 

 

苦い表情のまま、砺波は閉じかけていた口を開いた。

 

 

 

「…近々、君のクラスに転入生が来ます。」

「…え?転入生って…こんな中途半端な時期にですか!?でも転入生が来るってだけで、それをどうして俺に…」

 

 

 

砺波から告げられた『本題』に、思わず気の抜けたような言葉を返してしまった遊良。

 

しかし、その遊良の反応ももっともで…まさか【決闘祭】中止という『悪い話』と、その代わりに開催されるという、これまで以上の祭典となる【決島】の『良い話』を差し置いての本題が、まさか『転入生』に関することだったなど遊良にだって思いもよらなかったことなのだから。

 

こんな『何もなさそうな』時期に来るということも、そして同じクラスに来るとは言えソレをわざわざ自分にだけ告げてくるということも…

 

遊良からすれば、砺波の意図が全く読めない。

 

 

―しかし…

 

 

 

「別に、コレがただの転入生だったら私だって君をわざわざ呼び出したりしませんが…問題なのは、その姓です。」

「姓…?」

 

 

 

その表情を一層強張らせ、砺波は益々その苦々しい口調を強めていく。

 

まるで、ソレを口に出すのも憚られているような…ソレを、思い出したくも無いような…

 

そんな心の底から『嫌』そうな態度を、遊良にもわかるよう全面に押し出しながら、それでも遊良にソレを伝えようとしているのだ。

 

 

 

―そして、砺波から告げられるその『名』…

 

 

 

それは、遊良も耳を疑うような名であって…

 

 

 

 

 

「転入生の名は…『釈迦堂 ユイ』。」

「え…しゃ、釈迦堂!?そ、それってランさんと同じ…」

「えぇそうです。…流石に、私も自分の目を疑いましたよ。何せあれだけ手を尽くして探した『釈迦堂』という名の痕跡が、こんなところで見ることになるとは。」

 

 

 

…過去、思いつく限りの手を尽くして釈迦堂 ランの痕跡を追った砺波。

 

 

―彼女を否定するために、彼女を降すために。

 

 

その名も、その人生も、その痕跡も、その全ても…およそ考えられる手段を全て使ってでもランを調べ、それでも砺波が知りえたのは釈迦堂 ランという女性の、ほんの表面上のことだけ。

 

家族もおらず、幼少期に一人施設に居たことしかわからず。またその施設の責任者も含めた、釈迦堂 ランを知る全ての大人が既にこの世から去っていたため、それ以上はわからなかった。

 

だからこそ、その砺波を持ってしても『たったそれだけ』しか知りえなかった釈迦堂 ランの『手がかり』かもしれない少女が、明日このイースト校に転入してくるという事実に対しても、砺波にはどうしても警戒心を解くことが出来ないのか。

 

どこまでも懐疑心を隠さず…

 

 

砺波は、話を続けて…

 

 

 

 

「だが、釈迦堂 ユイ…彼女はあまりにも不自然すぎる。この時期の転入手続きもそうだが、彼女の家族構成や経歴があまりに『普通』過ぎるのです。…まるで、意図的に『普通』を作ってきたかのように『何』もなさすぎる…これでは私に疑ってほしいと言っているようなモノだとすら感じましたよ。」

「で、でも確かに珍しい苗字ですけど…単に偶然ってことも…」

「この私が、単なる『偶然』という言葉でコレを片付けるとでも?…釈迦堂 ランを心の底から憎み、世界中から釈迦堂という人間の『痕跡』を調べ上げたこの私が。…残念ですが、あの頃調べた結果では該当するのは地名ばかり…この世界に、『釈迦堂』と言う姓を持つ人間はあの『釈迦堂 ラン』を除いて『誰一人』として見当たらなかったのです。そうだと言うのに、ここにきてこんなにも『普通』の経歴しかない『釈迦堂』の姓を持つ人間が現れるなど、偶然などでは断じてないでしょう。それも、その家族含めて全員が『普通』。こんなこと、ありえるわけがない。」

「…そ、それはそうですけど…」

 

 

 

そのあまりの砺波の熱弁に、思わず後ずさりをしてしまう遊良。

 

しかし、遊良の『嫌な予感』が益々その勢いを増して彼の体へと警告を促してくるものの…どうしてもここから逃げ出すことが出来ず、ただただ襲いかかる砺波からの『嫌な予感』に対して、耐えることしか遊良には出来ないのか。

 

 

 

「じゃあ砺波先生、もしかして俺を呼び出した理由っていうのは…」

「ここまで言ったのだから分かるでしょう?天城君、君には近々転入してくる釈迦堂 ユイと、我々が良く知る釈迦堂 ランの関係性を探ってもらいたい。無論、嫌とは言わせません。」

「や、やっぱり…でも探って貰いたいって…砺波先生、それはいくらなんでも…」

「いいですね?我が教え子よ。」

「え、あ…」

「いいですね?」

「…は、はい、砺波先生…」

「よろしい。」

 

 

 

有無を言わせてくれない砺波の圧力に負けてしまっては、遊良もただ頷くしか出来ない様子。

 

全く気乗りしない砺波の命令に、ただただ肩を落として溜息を吐くしか遊良には許されてはおらず…

 

遊良とて、いくら砺波が尊敬している元シンクロ王者【白鯨】とは言え、ランのことになるとまるで『以前の砺波』に戻ったかのように回りが見えなくなってしまうのだから、それが無ければ完璧なのにとどうしても思ってしまってもそれは仕方のないことだろう。

 

 

そうして…

 

 

丁度、今週の『召喚別授業』の終了時刻が来たのか。

 

学業を終わらせるベルの音と共に、色々と複雑に絡まった感情の足取りで砺波の元を去っていく遊良の後姿は、どうにも哀愁漂う歳外れの背中にも見える。

 

確かに『良い話』だった【決島】と、遊良にとっては『悪い話』であった『転入生』…その複雑に入り混じった感情を背負い、足取りを更に重くして。

 

 

そんな遊良を黙って見送った砺波の表情は、どこか先ほどまでの苦いモノとは打って変わってこれまた複雑な表情をしいて…

 

 

そして、遊良の姿が完全に見えなくなったところで、砺波は、ポツリと言葉を一つ落とした。

 

 

 

「…しかし、天城君がもし予選を通過できなければ、こちらの理事長たち全員が罰せられるということは…伏せておいたほうが良いでしょう。彼への余計なプレッシャーにしかならない。」

 

 

 

昨年度の遊良に降りかかった…いや砺波が自ら遊良へと押し付けた『余計なプレッシャー』が、若い学生達にどのような作用をもたらすのかは…

 

これまでの遊良の戦いぶりを見てきた砺波には、もう充分に理解出来ているのだろう。

 

果たして、戦いが激しくなればなるほど後に引けず、自ら進んで傷付くことを選ぶ教え子の姿は一体今の砺波の目にはどのように見えているのか。

 

絶対に負けられない戦いに身を置くには、遊良はまだまだ若すぎるということを今ならはっきりと理解できているからこそ…

 

昨年とは正反対の輝きを放つ鯨の瞳は、ただ優しく教え子を見送っていた。

 

 

 

 

 

『努々忘れることなかれ…自分が一体何なのか…』

「…え?」

 

 

 

 

 

不意に聞こえた空耳に…

 

 

 

 

「何だ…今のは…気のせいか?」

 

 

 

思わず、寒気を感じてしまいながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。