遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep54「ひとときの日常」

「…んで、何か変な場面に遭遇したから遅刻した…と。」

「うむ。」

 

 

 

決闘学園イースト校、その2学年のとある一クラスでのこと。

 

自分の席で呆れた顔をした遊良が、出席の点呼に間に合わなかったにも関わらず何やら開き直った様子で入ってきた鷹矢に対し、苦い顔をしながらそう言っていた。

 

一応遊良が、鷹矢の『言い訳』を聞いてやったところによると…

 

何やら裏通りを駆け抜けていたら突然危ない気配を感じたらしく、道を外れて様子を見にいってみるとそこには『人』が居たらしい『形跡』だけが残っていたという、にわかには信じがたい摩訶不思議な現象が起こっていたのだと言うではないか。

 

そして、そこを偶然通りかかった他人に頼み、警察を呼んでもらってそのまま後を任せてきたらしいのだが…

 

 

 

「本当に驚いたぞ。何せ、本当に肉体だけが『消滅』していた様だったのだからな。」

 

 

 

しかし、そのあまりに堂々とした鷹矢の態度に、誰もが鷹矢は遅刻などしていないと勘違いしてしまいそうではあったものの、遊良の前の席で開き直ってふんぞり返ってそう豪語している鷹矢に対し、遊良はどこまでも目の前の馬鹿を見て呆れ果てているのみ。

 

 

 

「だから俺は悪くない。うむ、俺に非が無いと言うことは、今日の飯抜きは無しということに…」

「いや、それとこれとは別問題だろ。結果的に遅刻はしたんだ、鷹矢、お前今日飯抜きだからな。」

「む!?い、いやちょっと待て遊良!それだけは…お、おいルキ!お前からも遊良に何か言ってくれ!」

「…往生際が悪いよ鷹矢。だって遅刻は遅刻だし。」

「ぬ!?」

 

 

 

無情に、無慈悲に。

 

ふんぞり返っていた鷹矢の態度が一転。

 

遊良の出した判決に、その声が焦りを含んだ言葉へと変わって。

 

また鷹矢が、遊良の隣の席に座っていたルキにどうにか助けを求めたものの…彼女もまた、鷹矢の寝坊癖と遅刻癖を知っているために、甘やかして助け船を出すようなことはせず。

 

…別に、遊良とルキも昨年から現実味の無いような事件に何度か巻き込まれたのだから、一概に鷹矢の『言い訳』を最初から嘘だと断定はしないとはいえ…

 

 

―あくまでも『約束』。

 

 

事情がどうあれ、鷹矢が『遅刻』したことには変わりないのだという態度を遊良が変えるはずがないのだ。

 

 

 

「大体さー、鷹矢だってもう少し早く起きれば遅刻なんてしないわけでしょ?」

「何を言っているんだルキよ、この俺が朝早くに起きられるはずないだろうが。」

「情けないことを偉そうに言ってんじゃねーよ。早めに寝ればいいだけじゃねーか。」

「無理だ!大体、遊良こそ就寝が早すぎるぞ。9時半時になったらスイッチが切れるなど、幼児と対して変わらんではないか。」

「俺はいいんだよ、ずっとそれで生活してきたんだから。その時間になったら勝手に眠くなるんだし。」

「先生厳しかったもんね…『ガキはさっさと寝ろ!飲みに行けねぇじゃねえか!』って。」

「始めの内は朝に帰ってきたら行きと服が変わっていたこともあったな。あのジジイのことだ、本当に飲みに行っていたのか怪しいものだ。」

 

 

 

ここはイースト校の教室で、周囲には他の学生たちも居ると言うのに…彼らの間にある雰囲気はまるで、いつも『家』に3人で居るときのような距離感。

 

そう、昨年まではルキだけが違うクラスだったために、こういった場面などありえなかったものの、2年生となった今年にようやく3人ともが同じクラスとなったのだ。

 

ーまぁ、遊良は知る由も無いことではあるのだが…

 

クラス分けの職員会議が行われた際に、鷹矢を唯一コントロールできる遊良が速攻で鷹矢と同じクラスになることが、砺波を含めた教職員全員の満場一致で決まったという事実は…最早教師陣の中で語り継がれる話となっていることは置いておいて。

 

また、彼らの距離感を見慣れぬ周囲の学生達からすれば、遊良と鷹矢、そしてルキの3人が近い距離でこうして集まって話しているというこの光景自体が不思議でたまらないことだろうが…

 

今までは、学園でも『あえて』鷹矢とルキに対して距離を取っていた遊良が、こうして学園でも全く気にする事無く幼馴染二人と話しているということも、遊良の心境の大きな変化の現れとなっていることは間違いないだろう。

 

そして、もうすぐ始まる最初の授業を、にわかにざわつきながら待っている教室の中で…

 

どうにか『飯抜き』を回避しようと画策している様子の鷹矢が、唐突に思いついたかのようにして幼馴染達2人に向かって口を開いた。

 

 

 

「うむ、まぁジジイのことなどどうでもいい。それより遊良、今日の晩飯は肉が食いた…」

「だからお前は飯抜きだって言ってんだろ!何しらばっくれようとしてんだ!」

「むぅ…そうだ!俺の見たアレは、今ニュースでやっている失踪事件と何か関係があるのかもしれんのだぞ?重要な発見かもしれんのだ!うむ、だったらお手柄というコトで飯抜きは無しということにだな…」

「…お前が…ニュース?」

「どうしたの鷹矢!?まさか具合でも悪い…わけないよね。だって鷹矢だし。」

「熱がある…わけないか、鷹矢だしな。」

「お前ら…一体俺をなんだと思っているのだ!」

 

 

 

しかし、起死回生を狙った鷹矢の言葉を切って捨てた遊良とルキの言葉に、どこか憤慨したようにして鷹矢は声を発して。

 

鷹矢が言った、今この決闘市でにわかに騒がれている失踪事件。

 

被害者に何の関連性も無く、この年度の初めから既に2~3人の行方不明者が出ているこの事件のことは、夕食時に遊良が見ているニュースを鷹矢だって一緒になって聞いているのだから、無論鷹矢だって知っていることなのだが…

 

ソレに関する重大な発見かもしれない場面に遭遇したというのに、遊良とルキのあまりの台詞にどこか心外だといわんばかりの雰囲気を顕にする鷹矢。

 

そんな鷹矢を尻目に、遊良とルキが顔を見合わせて。アイコンタクトをし、一呼吸置いて同時に口を開き…

 

 

 

 

「馬鹿。」

「馬鹿。」

「…むぅ…」

 

 

 

 

遊良とルキもこれまでの鷹矢の振る舞いを知っているからこそ、遊良とルキから同時に放たれた言葉は上手くシンクロして鷹矢へと届けられ、何の躊躇も無く鷹矢の態度を切って捨てる。

 

ぐうの音も出ず、反論も出来ず。

 

こうもはっきりと切って捨てられては、鷹矢とて返す言葉も無く口を噤むしかないのか。

 

また、それ以上何も言えなくなってしまった鷹矢の『飯抜き』が確定し、彼もこれ以上の抵抗は無駄だと悟ってしまったのだろうか…

 

鷹矢の『表情』は、過去に一度経験した恐るべき『罰』へと向けてどこか意を決したように…

 

 

 

「そんな顔しても無駄だからな。飯抜きは飯抜きだ。」

「ぐ…遊良の頑固者め…」

 

 

 

…いや、他人からしたら表情など分からぬ鷹矢の『鉄仮面』など、誰が推測した所で遊良以外には絶対に分からないのだから、その憶測を立てる事すら無意味な事だろう。

 

鷹矢が今どんな表情なのかを知ることが出来るのは、最早この場に置いては遊良一人だけなのだから。

 

 

そして、授業を始めるべく入ってきた教師が声をかけたことで学生達が各々の席に戻っていき…

 

 

ーこれから始まる一日に向けて、ざわめきを押さえ始めるその光景はまさに、『日常』

 

 

…そう、これから始まるのは、いつもの日常。

 

 

やっと戻ってきた、穏やかな日々。

 

 

決闘市を襲った先の『異変』の混乱と傷跡も、やっと皆の記憶から薄れ始めてきたからこそ、こんな日がずっと続けばいいと誰もが思っていることだろう。

 

 

そうして…

 

 

暖かな日差しが気温を上げ始めていくその中で、『いつも通り』の日常が、再び始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、話はわかりました。」

 

 

 

豪華な装飾が施された応接間。

 

そのイースト校の来客用の一室で、元シンクロ王者と呼ばれた決闘者、そして今はイースト校理事長である【白鯨】砺波 浜臣が、目の前に座っている役員風の『細身の男』と、厳かな雰囲気を持った『大柄な男』の2人に対してそう言った。

 

しかし、来客を前にしているというのに砺波の表情は険しく…

 

明らかに苛立ちを隠していないその雰囲気は、今にもこの部屋を軋ませてしまいそうなほどに怒りを孕んでいて。

 

 

 

「【決闘祭】の中止は仕方ありません。少し前に【決闘祭実行委員】からも報告を聞いていますし、何よりセントラル・スタジアムがあの有様では。」

「えぇ、ですから昔から親交の深い『我々』が、決闘市の為に一肌脱がせていただきました。既にノース校からは『賛成』…ウエスト、サウス校の理事長達からは、『前向き』なお返事を頂いています。あとは砺波理事長のイースト校さえ『賛成』していただければ『上』も納得せざるを得ず、一気に『この話』も現実的になるかと。」

「親交が深い…ですか…」

 

 

 

目の前に座った『細身の男』の、異様に鼻につく声を耳に入れる度に、その眉間の皺を深くさせていく砺波。

 

そして、それに気付いているのか気付いていなのか。『細身の男』は噤む気もなく、ただ淡々と癪に障る声質で言葉を述べていくだけ。

 

その会話の内容から、この『来客』達もまたどこかの『学園』の者なのだろうということだけはわかるものの…

 

今はそのことよりも、この一触即発の空気がまさにこの応接室を、『普通』のモノとは異なる空間へと変化させていた。

 

 

…そう、今、彼らが話しているのは学生達はおろか、教師陣にだって極秘の話。

 

 

超巨大決闘者育成機関【決闘世界】の中でも、上層部でのみ話が進んでいる、それはそれは重大な話の、ほんの一部。

 

 

 

それは紛れも無い、先ほどの会話にあった通り…

 

 

 

 

 

―【決闘祭】の『中止』と、その『代替案』について。

 

 

 

 

 

「砺波理事長、何を迷う必要が?これは学生達のためではないですか。現にこの『案』には他の3校も賛同されていますし、『我々』の方も決闘市の学生達と競い合えるのならば、『我々』にとっても『いい刺激』になると考えております故…」

「えぇ、それには私も賛成です。確かにその『祭典』の案ならば、これまで【決闘祭】に出場したくても叶わなかった学生達にとっても現実的な目標となるでしょう。それに【決闘祭】が中止のままでは、こちらの学生達のモチベーションにも影響が出てくることは間違いないですし。」

「えぇ、『我々』の方も同じ意見です。せっかくの競演…たった数名の選ばれた学生達だけではなく、『出来るだけ多く』の学生達に良い経験を与えてやりたいではありませんか。」

「…そうですね。」

 

 

 

苛立ちながらも事務的な話し方を崩さぬ砺波の口調は、流石に一校の理事長か。

 

しかし、砺波のその苛立ちの原因がなんなのかはさて置いても…【決闘祭】は絶対に開催しないといけない『決まり』。

 

いくら『決められている会場』が使用不可能になっているからと言っても、絶対の『決まり』を設けている超巨大決闘者育成機関【決闘世界】が、【決闘祭】の中止など絶対に許すはずもないということは【決闘世界】に所属している砺波も重々承知していることであって。

 

だからこそ、突如通達された【決闘祭】の『中止』という『大惨事』を前に、砺波が頭を悩ませていたこともまた事実。

 

 

…そんな悲嘆に暮れかけていたところに、舞い込んできたこの『良い話』。

 

 

まだまだ『この話』が、『向こう側』が提示しているだけの机上の構想段階とはいえ…

 

決闘市にとっても決闘学園にとっても、そして主役である『双方の学生達』にとっても、こんなメリットしかない話には乗らない以外に手は存在しないことだろう。

 

 

そうして…

 

 

 

「ありがとうございます。さすがは【白鯨】と呼ばれたお方だ。『烈火』と違って、話しが早くて助かります。では…」

 

 

 

砺波の苛立ちを『不自然』に無視しながら、『細身の男』がこのまま話をまとめにかかった…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

「待ってください。まだ大事なことを聞いていません。」

「ッ!?…だ、大事なこと…ですか?」

「とぼけないでください。【決闘祭】が中止せざるを得ない決闘市に、救いの手を差し伸べてくださったことは感謝しています。…しかし、先ほどあなた方が述べた『条件』について、まだ私には異議を唱えたいことがあるんですよ。」

 

 

 

【決闘世界】から降りかかるであろう自身の処罰を天秤に賭けても、砺波は迷う事無く言葉を発して。

 

この『良い話』を纏めにかかった『細身の男』の言葉を遮り、苛立ちを隠そうともせず砺波は面と向かって目の前の2人へと言葉を向かわせるのか。

 

 

 

…確かに、決闘市にとっても決闘学園にとっても、そして学生達にとってもこの話は『メリット』しかない。

 

 

―そう、良いところばかりが強調されていて、『メリットしか』ないのだ。

 

 

しかし、世の中にはそんな美味い『だけ』の話などあるわけが無いということを理解している砺波だからこそ、どうしてもこの話に対しては手放しで飛びつくことなど出来はしないのか。

 

…何せ、話の最初に目の前の2人から砺波へと提示された『条件』を聞けば、例え普段は穏やかな鯨であっても『怒るな』と言う方が無理のあることなのだから。

 

 

 

そう、先ほどから砺波が、目の前の来客に対して感じている『怒り』の原因…

 

 

 

話の初めに提示されていた、その条件とは…

 

 

 

 

 

 

「はて…あぁ、掛かる『費用』に関してでしたら…」

「違う!『天城 遊良を出場させるな』という条件は!一体どういう事なのかと聞いているんです!」

 

 

 

―!

 

 

 

放たれし怒号の圧で、応接間全体が軋みを上げて。

 

それでも砺波はその怒りを隠すどころか、益々激しいモノへと変え…

 

目の前の『細身の男』と『大柄な男』へとぶつけ始め、この一触即発の均衡を保つことを自ら捨ててでも、今提示されているこの『条件』に対して砺波は異議を申し立てる。

 

 

しかし、砺波のその怒りの理由ももっともで…

 

 

告げられたその『条件』を聞けば、ここまで砺波が怒った事に関しても、それはそれは仕方ないことだろう。

 

 

ーそう、砺波へと告げられていたのは紛れも無い…

 

 

 

『Ex適正の無い』天城 遊良を、今思案されている『祭典』に出場させるなと、堂々と言われていたのだから。

 

 

 

「他の学園の理事長達ならばともかく…この私の前でよくそんな妄言が吐けたモノだ!一体何を考えているつもりでそんな馬鹿なことを口にしている!」

 

 

 

それは、【決闘祭】を戦い抜いた遊良への侮辱。

 

 

先に起きた決闘市における『異変』の罪滅ぼしとは言え、ここまで遊良を直々に教え鍛えてきた砺波からすれば、こんな『条件』など絶対に容認できるわけがなく。

 

それは、他の3つの決闘学園とは違って、遊良が通っているイースト校の理事長を務める砺波からすればなおさらのこと。

 

 

 

「…で、ですからお話したでしょう?今回の『祭典』は、『世界中』が注目するほどの規模となるのです!決闘市だけならばまだしも、『我々』まで恥をかくわけには行かないでのすよ!ましてや、『あの』天城 遊良が出場するなとなれば、きっと世界中から『祭典』自体が笑いモノにされて…」

「私の教え子の出場が、どうしてあなた方の『恥』となるのでしょう!仮にも天城 遊良は前回の【決闘祭】の優勝者、彼が出場しないなどありえません!笑いモノ?そんなもの、実際に『祭典』が始まってしまえば、誰もが自分の考えを改めるはずだ。」

「…全く、獅子原理事長といい李理事長といい…そして今度は砺波理事長まで。一体どうしたというのですか?【白鯨】とまで呼ばれたあなたが、何故に天城 遊良の肩をお持ちになるなど…」

「その名は今この場では関係ありません。今の私は【王者】ではなくイースト校の理事長。その分、天城 遊良の実力は私が一番よく知っているつもりです。」

「じつりょ…ぷっ、いやいや、『Ex適正』も持って無いのに『実力』と言われましてもねぇ…」

 

 

 

平行線を辿りかけているこの言い合いは、『実際』を見た者とそうでない者が故に起こっている、かけ離れた価値観ゆえの見解の相違。

 

…確かに遊良への『見方』は変わっては来ている。

 

しかし、それはあくまでこの『決闘市』の住人達と、【決闘祭】を見ていた外部の者達のみの話。

 

決闘市の『外』の人間である、この『細身の男』からすれば…

 

 

いや、まだまだ『世界』において天城 遊良は、『Ex適正』を持たないただ一人の出来損ないという認識なのだ。

 

 

とは言え、きっと少し前までの砺波であったならば遊良の出場を拒否されたことに対しても、嬉々としてソレを承認していたことだろう。

 

いや、砺波だけではない。

 

昨年の【決闘祭】以前の決闘市の状態では、『Ex適正の無い』天城 遊良というデュエリストを、『認める』という選択肢など存在すらしていなかったのだから。

 

 

―しかし、『今』は違う。

 

 

その風潮に対しても、遊良が決して諦めることなく『真正面』からソレに立ち向かったからこそ…彼が自らの手で勝ち取った【決闘祭】の優勝という、誰にも『有無を言わせない』ほどの力の証明を、確かに認めている人間達がここに存在していることもまた事実。

 

それは、理事長が変わったばかりのノース校はともかくとして…

 

元プロデュエリストである『烈火』と呼ばれたサウス校理事長の『獅子原 トウコ』や、決闘界に深い繋がりを持つ『元カードデザイナー』だったウエスト校理事長の『李 木蓮』が、今ここで激昂している砺波と同じく『天城 遊良を出場させないこと』という『条件』に異議を唱えていることが証明していることであって。

 

 

 

「あなた方がいくら自分達の『学生』に自信を持っているのかはわかりませんが…その程度の見聞では、『そちら』のレベルも知れたモノだ。よほど『自分達の学生』が天城 遊良に敗北していく姿を見たくないようですね。」

「なっ!?あ、『あの天城』が優勝する程度の学生のレベルで!『我々の学生』を侮辱するつもりですか!?」

「先に私の教え子を馬鹿にしたのはそちらだ!これ以上こんな馬鹿な話を続けるつもりなら、『この話』は私が潰してもいいんですよ!」

「うっ…そ、そんなことをすれば、【決闘世界】が黙っては…」

「それがどうした!私は【白鯨】!例え【決闘世界】が相手となろうが、私はそんなことを認める気は無い!」

「…いや認める気は無いって…そんな無茶苦茶な…」

 

 

 

怒号を奏でる鯨の咆哮。しかしその真意は果てしなく深く。

 

まさか砺波も、あれだけ『嫌悪していた』はずの遊良のことでここまで激昂出来るなど信じがたいことではあるだろうが…

 

それでも、【決闘世界】から降りかかるであろう恐るべき『処罰』よりも、今第一に『優先すべき事』を履き違えていない辺りは、砺波もまた以前よりも確かに変化しているのか。

 

 

―始めは、確かに『罪滅ぼし』だった。

 

 

しかし、その懺悔の感情の中でも日に日に強くなっていく教え子を一番近くで見ているのだから、砺波とていつまでも同じ所に立ち止まっているわけにはいかないことを、自らの教え子にまた教えられているのだろう。

 

一度は頂点に立った人間。今もなお、弱いままで居るわけがない。

 

 

 

そうして…

 

 

 

「こ、これだから【王者】は話が通じなくて困るんだ…」

 

 

 

砺波から発せられる、常人には堪えられない怒りを受けて、『細身の男』が今にも根負けして脱力してしまいそうになった…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

「クハハ…」

 

 

 

 

 

今まで沈黙を貫いていた、『細身の男』の隣に座っていた『大柄な男』が…

 

 

重々しく、その口を開いた。

 

 

 

 

「いいじゃねーかぁ。あの砺波がここまで肩入れしてるんだぜ?流石に天城がどんなモンか気になってきたじゃねーかよぉ。」

 

 

 

早口で喋る『細身の男』とは対照的に、とてもゆったりとした喋り方。

 

しかしその言動の一つ一つが、比較対象など思いつかない程に…この世のモノのどれよりも、ただただ重く鼓膜に響く。

 

砺波から発せられる圧力を真正面から受け止めてなお拮抗させているこの雰囲気からして、この『大柄な男』が只者ではないことは誰の目にも明らかなことだろう。

 

 

 

「りゅ、劉玄斎(りゅうげんさい)学長…しかし…」

「『烈火』のババアが天城の肩を持ったときにはよぉ、一体全体どうしたことかと思いもしたが…【白鯨】まで天城を買ってんだ。クハハ、いいぜぇ砺波ぃ、お前がそこまで言うんだったら、『天城 遊良』の出場を認めてやっても…」

 

 

 

 

 

劉玄斎(りゅうげんさい)

 

 

 

 

 

この世界においてその名は、【王者】に次いで知らぬ者など存在しない程の『名』。

 

これほどまでに『名』が『体』を現している男など、世界広しと言えどもエクシーズ王者【黒翼】を除いて他には見当たらないと思えるほどに…

 

歴戦を感じさせるこの『重々しい雰囲気』と、まるで世紀末に生きているのかと見間違うほどの『巨躯』。

 

そして、本物の戦場を裸で歩いてきたのかと錯覚するような、全身に大きく残った『古傷』だらけのその体は…

 

 

まさにこの男が元プロデュエリスト、『逆鱗』と呼ばれたほどの男、『劉玄斎』なのだということを誰しもに思い知らせていることだろう。

 

 

 

「劉玄斎………貴様、何を考えている?」

 

 

 

また、先ほど『細身の男』と話していた時よりも更に砺波は纏う空気を『臨戦態勢』へと変化させていくものの…

 

砺波とて、この大柄な男を前にしてはそれも致し方ないことに違いなく。

 

 

…かつての現役時代、幾度となくその暴虐性を持って、決闘界を『力』で荒らし回った歴戦の男。

 

 

【黒翼】との『殴り合い』…お互いにLPを投げ捨てながら、正面衝突で殴り合った伝説の戦い。

 

【白鯨】との『潰し合い』…お互いに相手の手を潰し合い、常に戦況が一転を繰り返して張り詰めていた伝説の試合。

 

【紫魔】との『殺し合い』…お互いに相手の息の根を止めにかかり、一瞬の油断でLPが湯水の如く消え去っていった伝説の一戦。

 

 

 

その【王者】達との伝説の決闘は、最早語り継がれる『歴史』の一部となって語られているのだ。

 

【王者】の名に最も近づいた男。

 

【王者】に最も拮抗した男。

 

もしも歴史が一つ違えば、例えば微かでも運が傾いていれば…

 

きっと、彼もまた【王者】と呼ばれていたであろう、伝説に数えられる決闘者の一人。

 

 

そんな見知った、しかし決して相容れぬ劉玄斎の声に触発されたのか。砺波の表情がより一層険しくなっていくものの…

 

そんなコトなど、劉玄斎はまるで意に介さず。

 

徐に立ち上がったと思うと、劉玄斎は砺波に背を向けながら再度その重々しい口を開いた。

 

 

 

「別にぃ?あのお前らにそこまで言わせる天城 遊良だ…ちっとばっかし、そのガキに興味が出てきただけだぜ。まぁ俺とお前の仲だ、老害共には、こっちから言っておいてやるからよぉ。じゃあなぁ砺波ぃ。精々恥かかないように、せっせと天城 遊良を鍛えておくんだなぁ…」

「心配には及びません。今の彼の実力は、学生レベルをとうに超えている。」

「…あぁ?…そうか…クハハッ、そりゃ楽しみだぜ。てめぇらがやけに拘ってる天城 遊良が、あっという間にくたばっちまったら…こっちとしても、つまらねぇからなぁ…何せこっちにゃ…」

「劉玄斎様!それは!」

「おっといけねぇ!クハハハハ…」

「あ、ま、待ってください!劉玄斎学長!」

 

 

 

そして、言いたいことを言い終わり、重々しい巨躯を軽々しくその足で支え、ゆっくりと応接室を出て行く劉玄斎。

 

それを追う『細身の男』が、焦ったようにして劉玄斎の後に続いて出て行き…

 

応接室に一人残された砺波は、『異質』なモノから開放されたこの空間で深く溜息を吐いたと思うと…

 

静かに、しかし懸念を深く絡ませたように言葉を漏らした。

 

 

 

「全く、何が『親交』だ…劉玄斎、あの男は一体、何を考えている…」

 

 

 

それは、決して相容れぬ仲だからこそ。『過去』の劉玄斎を、その身をもって確かに知っているからこそ…

 

そして過去の対戦において、劉玄斎の『逆鱗』に触れたことのある砺波だからこその勘。

 

そんな、絶対に劉玄斎を信用できぬ砺波の表情と雰囲気は、益々険しく厳しいモノへとなっていった…

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「劉玄斎学長…本当にコレでよかったのですか?」

「おぅ、上出来だぜ…クハハハハハ、これで砺波の奴ぁ、天城 遊良を絶対に『出場させなきゃいけなくなった』んだ…どうなるかも知らないでよぉ…」

 

 

 

イースト校の敷地内から出てすぐの場所。

 

そこに待たせておいた迎えのリムジンを、走らせてからすぐに劉玄斎へと向かってそう言葉を述べた『細身の男』。

 

そしてソレに応える劉玄斎もまた、何かの『思惑』が成功したことを喜んでいるのか。

 

外からわざわざ決闘市へと足を運び、数日かけて4つの決闘学園に働きかけをした甲斐があったという態度を全面に押し出して。

 

その巨躯を車に揺らし、心地よさそうに腕を組んでいるのみ。

 

 

 

「しかし学長の言ったとおり、本当に決闘市の中で天城 遊良が認められ始めているとは…」

「少しはてめぇも自分で調べるくらいしろよなぁ。それでも秘書のつもりかぁおい?」

「す、すみません…しかし、何ゆえ天城 遊良を『祭典』に出場させようなどと?確かに【決闘祭】に優勝したという報告はこちらにも届いておりますが…決闘市の決闘学園のレベルは年々落ちてきていると聞きますし、八百長や不正があったとの噂も聞いています。」

 

 

 

しかし『細身の男』からすれば、いくら長年使えている劉玄斎とはいえ『天城 遊良を出場させる』という思惑に対してどこか嫌疑的になってしまうのか。

 

自身の知る天城 遊良という『デュエリストの出来損ない』が、決闘市でいまだにデュエルを続けているということだって『細身の男』には信じられないことなのだから。

 

 

 

「…それに、そもそも『Ex適正』も無いのに『優勝』など絶対におかしいではないですか。私には、天城 遊良の力が本物とは到底思えません…」

 

 

 

それは、この世界のデュエルは自らが持つ『Ex適正』をどこまで使いこなせるか最重要であると『学生』達に教えている『細身の男』だからこその価値観。

 

 

―『Ex適正』が無いという事は、デュエリストでは無い証拠だというのに

 

 

…そんな出来損ないを『烈火』や【白鯨】が買いかぶっている理由もわからなければ、劉玄斎が出場させたがっている理由すら『細身の男』には思い浮かばず。

 

 

 

「全く…天城 遊良、『Ex適正』の無いクズの癖に、一体どうやって優勝など…」

 

 

 

そして…

 

 

『細身の男』が、遊良に『Ex適正』が無いというあまりの嫌悪感から、心の底から不快を押し出してその口から拒絶の言葉を漏らした…

 

 

その時…

 

 

 

「おい…」

 

 

 

先ほどまでの緩んでいた空気が一転。

 

突如として、リムジンの中の空気が瞬間的に張り詰めたモノへと変わった。

 

 

 

「…てめぇ、そろそろ口閉じて黙ってろ。いい加減うるせぇ。」

「…へ?」

 

 

 

震える空気、張り詰めた周囲。

 

少しでも身じろぎをすれば、こんなリムジンなど一瞬で弾け飛んでしまいそうな程に息苦しくなってしまったこの車内の雰囲気。

 

何の前触れもなく劉玄斎から放たれたその怒りに、『細身の男』の体が自発的に身の危険を感じて全身をすくみあがらせて。冷や汗を垂らすことすら許されず、全身から噴出する鳥肌の不快感すら『細身の男』は感じている暇が無いのか。

 

 

 

 

「わかったなぁ、あぁ?」

「は、はひ…」

 

 

 

しかし、一体どうして劉玄斎の『逆鱗』に触れてしまったのかも、どうして急に劉玄斎が怒りを発したのかも…

 

その理由も何もわからぬ『細身の男』からすれば、劉玄斎に言われた通りに呼吸する以外ではその口を閉じているしかないのだろう。

 

何も言えず、悲鳴も出せず。

 

気付かぬままに触ってしまった暴竜の『逆鱗』を、これ以上刺激しないようにしているしか『細身の男』には取るべき行動が無いのだ。

 

 

 

そうして…

 

 

 

決闘市の『外』へと向けて、張り詰めた静寂に包まれながらもリムジンは走り抜けていった。

 

 

突如噴出した劉玄斎の怒りの理由も、『細身の男』には分からぬまま…

 

 

 

―…

 

 

 

 


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