遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
天城 遊良は落ち零れだ。
少なくともこの決闘市において、去年まではそう『言われていた』。
この世界の住人ならば、誰だって当たり前のように持っている『Ex適正』を、世界でただ一人だけ『持っていない』デュエリスト。
この世界でだた一人だけ。皆が出来て当たり前のこと、呼吸をすることと同義のことが、どう足掻いても出来ない、そんな人間の底辺。
そんな彼のことを、世界中の人間は口を揃えてこう言っていたのだ…
―『出来損ない』と。
…『融合召喚』も『シンクロ召喚』も、そして『エクシーズ召喚』も出来ないという、デュエリストの成り損ない。
いくらデュエリストの真似事をしていても、所詮はただの出来損ない。
そんな奴が勝てたとしても、ただのまぐれかイカサマか八百長…
勝手にそう決めつけて、まるで天城 遊良という人間はそう言われ続けることが義務付けられているのだと、そう言わんばかりにこの天城 遊良という少年はずっと世界中から蔑まれてきたのだ。
―しかし、昨年度に彼が起こした一つの『偉業』
ソレはとてもじゃないが、イカサマや八百長が入り込む隙など無い、純然たる彼の力をこの決闘市の全てに見せ付けたほどの戦い。
壮絶なる戦いの果てで、決闘市の全てに己の存在を見せ付けたほどに…そこで繰り広げられた彼の戦いは、誰もが想像を絶するモノだった。
その戦いを見て、それでもまだ彼を蔑むような者がこの決闘市に居たとしたら…そんな人間は、最早デュエリストでは無いとまで言わせしめる程の戦いが、そこでは繰り広げられていたのだ。
それはこの広大な世界の中でも、デュエリストのレベルがトップクラスを誇るここ決闘市で毎年繰り広げられている、『決闘学園』の学生達における最高峰の舞台での出来事。
群雄割拠。20万人を超える決闘学園高等部の学生達の、たった『12人』しか出場することが許されないその『祭典』の、ただ一人の頂点を決めるその戦いで…
孤軍奮闘。周りの全てが敵であっても、ソレに決して押し潰されることなく戦い抜いた、その姿を、この広い決闘市の全てに見せつけたその戦いで…
―そう、その【決闘祭】に、1年生ながらも優勝を果たしたのだ。
紆余曲折あったものの、それぞれの決闘学園で選りすぐりの学生達の内、たったの12人しか出場できない【決闘祭】で、昨年度の優勝者や準優勝者、第4位だった学生達がさらにその強さを増して出場していたというのに…
それでも、彼は戦った。己の持てる力全てで、有無を言わせない戦いをして。
見せ付けた、己の存在をこの街に。思い知らせた、自らの力を住人達に。
誰もがその『偉業』を成し遂げることを、並大抵の実力では決して叶うはずが無いということを知っているからこそ…誰もが『あの』天城 遊良がソレを成し遂げたその瞬間を、現実のモノとは信じられなかった。
しかし、それでも決闘市の住人の全てが『その瞬間』を、自らの目であれほどはっきりと見てしまっては…誰であろうとソレを信じる他なかったのだ。
そんな天城 遊良の力を思い知らされた決闘市の人間達は、今まで自分たちが抱いていた『天城 遊良という弱者』に対して、一体何を思ったのだろうか。
未だに天城 遊良という少年の力から目を背け、彼を認められない弱者も居る中で…確かに天城 遊良を認め始めた者も、この決闘市に多々現れ始めたのもまた事実。
今まで培ってきた感覚はすぐには消えないとは言え、それでも決闘市に流れ始めたその空気は、紛れも無く天城 遊良という存在を卑下できないモノとなっていたのは先ず間違いなく。
そんな、昨年までとは違う、どこか新しく『変化』した風が…
―この街に、吹き始めていた。
―…
別れの季節を経て、新たな出会いの季節となったこの暖かな朝日の照らす道を…遊良は、どこか感慨深げに静かに歩いていた。
新学期が始まってから、既に数週間。
年明けに起こった『異変』の傷跡も随分と癒え、決闘市の人々もほぼ以前の生活を取り戻しているその様子は、誰もが新たな年度の始まりに心機一転で新生活を迎えて賑わっているかのよう。
決闘学園イースト校へと続く通学路には、散り始めた桜の花びらと騒がしい新入生達が所々に見られるものの…
その光景をどこか懐かしんでいる遊良の表情は、彼も自分が一つ上の学年に上がったのだということを改めて実感しているのだろうか。
「…一年生見てると、年取ったって気がするな。」
「一年しか違わないじゃん。ねぇ遊良、そのセリフ、何か年寄り臭いよ?」
「良いだろ別に。去年は【決闘祭】のこととか退学のこととかで慌しかったし、それに『あんなこと』があったけど無事に2年生になれたんだなーって思ってさ。」
「…まぁそうだけど。」
そんな感慨を見せた遊良に対し、隣で一緒に登校しながらも、的確に遊良へとツッコミを入れたルキ。
…確かに遊良の言った通り、昨年度の彼の身に起こったことは、とても高等部に入りたての一年生が受けるにはあまりに酷いことが多々降りかかっていたことだろう。
誰もが出場を夢見る【決闘祭】に、出場どころか優勝できなければ即座に『退学』させられるという理事長からの脅し。
ソレに加え、師である【黒翼】の引退までをも背負わされて…周囲の学生達が全員『敵』というその重圧。
また、【決闘祭】が終わった直後の年明けに起こった、決闘市全土を巻き込んだ謎の『異変』。
その渦中に巻き込まれた遊良は、それでも必死になってその全てと戦ってきたのだ。
自らの力でその『退学』を撤回させたことは紛れも無い遊良の自信になっていることに違いなく、それと同時に『異変』の最深部まで踏み込んで知り得た『真実』は、遊良を確かに成長させていて…
それが新しく出来た後輩達の姿と、2年生への『進級』という形となって、ようやく彼に実感を与えている様子。
「あ、天城が来たぜ。」
「本当だ…アイツ、また高天ヶ原さんと登校してるよ…」
そして、ルキと並んで学園への道を歩いていた遊良に、周囲からそんな声が飛び込んできた。
いつものような、いつもの言葉。取るに足らない、それでいて構うことのない周囲の大きな陰口。
しかし、たった今遊良に届いた会話の声質は、『以前』までのモノとはどこか異なっている様子であって…
去年まではこうしてルキと歩いている所を見られれば、遊良の方がルキに付きまとっているストーカーなのだと決め付けられて横暴なことを言われ放題ではあったものの、そんな去年のモノとは違う雰囲気を確かに孕んでいたようにも聞こえるだろう。
「…いいよなぁ、天城の奴。高天ヶ原さんと幼馴染だってんだから。」
「高天ヶ原さんに告りたかったら、天城と天宮寺を倒さないといけないって噂だぜ…?」
「…無理…あいつら、【決闘祭】の1位と2位じゃんか。」
「高天ヶ原さんに言い寄っただけで天城と天宮寺が黙ってないって聞いたんだけど…怖すぎだろあいつら…」
そう、今の遊良に向けられた会話の言葉は、以前までの『嘲笑』などでは断じてなく。
確かな『羨望』を含んだ、嫉妬のようなモノとして呟かれていて。
彼らとて今までは、『高天ヶ原 ルキ』という自分達の高嶺の花に纏わり付いていた『天城 遊良』という汚い蝿を、颯爽と払うかのごとく意気揚々と遊良へと向かっていたというのに…
遊良とルキの、『本当の関係性』を知った今では、そして遊良の『実力』をその身を持って思い知っている今では、彼らも下手に遊良に喧嘩を売ることが出来ないのだ。
ルキの目の前で遊良を蔑めば、彼女からの心象は最悪。
遊良と鷹矢に真正面から勝負を挑んだところで、その実力が本物だということは【決闘祭】で証明されているのだから、今の自分たちの実力では勝てないだろうということを彼らとて理解しているのか。
そんな、どこか去年とは違う空気感と聞こえてくる会話を聞いて、遊良はルキへと向かって口を開いて…
「…なぁルキ、お前そんな事言ってるのか?俺初耳なんだけど…」
「…私も知らないよ、そんなこと。」
「だよなぁ…んなこと誰が言い出したんだか。」
「あ、でもさ、これはこれで楽だから別にいいかもね。」
「…え?」
「こうして遊良と一緒に歩いてても、もう何も言われなくなったじゃん。今まで酷かったもんねー。遊良だってもっと早くこうすればよかったのに。」
「…簡単に言うなよ。」
こんな勝手な噂が飛び交っているこの状況とて、ソレはソレで都合が良いかの如くそう言ったルキに対し…苦笑いしながら、ルキに言葉を返した遊良。
…そう、『結果的』に言えば、遊良に対する周囲の見方は随分と変わった。
【決闘祭】に優勝したことで自分の実力や存在を認めてくれる人間が増え、これまで向けられていた嘲笑や侮蔑の視線が少なくなった。もちろん、未だに認めようとしない人間達も居るものの、それでも以前よりもその数が随分と少なくなったのは確かなこと。
全ては、彼が苦しみながらも自ら勝ち取ったモノ。
…しかし、これまで常に蔑まれてきて、いくら訴えても変わる素振りすら見せなかった周囲に、どこか諦めすら感じていた遊良がここまでの決意に至るのも簡単ではなかったのだ。
それは、今まで己にあった『弱さ』を捨て、自らの存在を否定させないために戦う決意をしたからこその遊良の心境の変化。
これまでは『Ex適正』の無い自分の所為で、鷹矢とルキにまで迷惑がいくことを恐れていた遊良だったのだが…
―昨年、遊良の身に起きた『とある事件』。
鷹矢とルキを目の前で人質に取られ、いずれExデッキが使えるようになると希望を抱いていた遊良が、【堕天使】の力を得ることと引き換えに『Ex適正』を自ら『捨て去った』あの運命の分かれ道で、もう二度と後戻り出来なくなったからこそ選んだ道。
何も、隠す必要など無い。もう希望を抱くことすら許されないのだったら、『今』の自分を絶対に認めさせてやるという、遊良の決意の態度の現れ。
強くなって、強さを見せて、強さを思い知らせて…
鷹矢とルキに、『迷惑』をかけないようにではなく、自らの力で『守る』という…
―その為に。
「…でもいいのか?」
「ん、何が?」
「いや、俺と鷹矢に勝った奴じゃないとルキに言い寄れないってことはさ、ルキに彼氏が出来るのは一体いつになるのかなーって思って。」
「……………は?」
「悪いけど、俺全然負けるつもりないからな。」
「……………はぁ…」
そんな遊良の言葉に対し、大きく溜息をついたルキ。
遊良とて、ルキのことを大事な幼馴染と思っているからこそ、生半可な男にルキを渡すつもりが無いという『意』を込めて発言したつもりだったというのに…
「…」
「な、なんだよ…」
突き刺すような、無言の責め。
遊良の予想に反し、ルキの視線が明らかに呆れたモノを見る目となり自分に向けられたことを遊良は理解したのか。
ルキのその『溜息の理由』とて、遊良からすれば全く心当たりも実に覚えも浮かばないようなモノではあったものの…
ルキの視線はまるで、自分が『悪者』なのだと無言で言われているような、そんな感覚に陥りそうな程に強く放たれている無言の圧力と後ずさりしそうな程に痛い冷ややかな目力となって、遊良へと向けられていて…
「ふーんだ、遊良のバーカ、鷹矢レベルの大ボケ大臣!」
「…おい、それはいくらなんでも酷くないか?」
「知らないよ、もう。遊良のバーカ、バーカ、バーカ!」
「意味わかんねー…」
「…うぅ…高天ヶ原さん、あんなに天城と仲良く…」
「天城の癖に…『Ex適正』無い癖に高天ヶ原さんと…」
「…でも今それ関係なくね…」
「う…」
そんな二人のやり取りも、周囲からみるとただの痴話喧嘩かじゃれあいにしか見えない様子。
…そう、『Ex適正が無い』ということしか、彼らには遊良を責める口実が見つからないのだ。
ずっと彼らはそうやって、意味も無く、意味も考えず、意味も理解できずに『天城 遊良』という少年を見ようともせず、ただただ無意味に見下してきただけ。
―だからこそ、彼らは『今』の遊良を何と言って貶していいのかわからない。
今までの『常識』が通用しなくなった瞬間、自分達の置かれている状況を今改めて理解させられたかのように、自分たちではどうにも出来ない無力の脱力で、彼らはただ恨めしそうに遊良を見ていることしか出来ないらしく…
―私怨の視線と、嫉妬の発言
ただただ恨めしく、二人のじゃれあいを見ているのみ。
何せ、言い合っている当人達の思いはどうあれ、周囲の人間達からすれば遊良とルキのソレは…決して手の出しようの無い、到底入り込めない二人だけの世界のような雰囲気を纏っていたのだから。
そんな、高嶺の花の前にして、手の届かない『壁』が立ちふさがっているこの状況。何も出来ない、これまでとは『異なる』状況にただ流されるようにして…
周囲の学生達が、二人のソレを怨嗟の目で見つめて呟いていた…
―その時だった。
「おい天城!お前みたいな落ち零れが何調子に乗ってんだ!」
「…ん?」
唐突に響いた、明らかに敵意の篭った幼い声
しかしどこか聞きなれたような、遊良にとっては『言われ慣れた』であろう、横暴な言葉の羅列。
最近ではあまり言われなくなったために、久々に聞いたソレに対してどこか懐かしいような気持ちになってしまった自分を遊良はどうかとは思いながらも…
その場で足を止めて立ち止まり、声がした背後へと振り返って。
…そこには
「なんだ、一年生か。」
遊良の視線のその先には、新たにこの決闘学園イースト校に入学してきたばかりの新入生の姿があった。
『着ている』というよりも、どこか『着られている』と言った方が正しいような真新しい制服に身を包み…汚れの無いカバンを背負い、目つきを鋭く遊良を睨んで。
…しかし、いくら目つきを鋭くさせて凄んでも去年まで中等部の学生だった彼の姿は、どこか遊良の目には幼さを残した子どもにようにも見えてしまっているのか。
―自分も、昨年の先輩達にはこんな風に見えていたのかもしれない。
目の前で堂々と貶されて喧嘩を売られたというのに、遊良の心はそんなことをふと思ってしまっていたのだから。
「俺に何か用か?」
「な、何か用か…じゃない!いっつも高天ヶ原先輩に付きまといやがって!見ててウザいんだよ!」
「…どっかで聞いた台詞だけど。でも別に、俺とルキが一緒に居ようとお前には何も関係ないだろ。」
「あ…か、関係あるんだよ!出来損ないの癖して、いいから高天ヶ原先輩に付きまとうのはやめろ!」
「…ふーん…で、それで?」
「え?そ、それでって…あ、み、皆わかってるんだぞ!?お前みたいなクズに付きまとわれて、高天ヶ原先輩だって迷惑してるって!」
「いや、私別に迷惑してないけど…」
所々言葉を詰まらせて、どこか聞く耳を『持たないように』努力している様子の新入生。
入学したての一年生だというにも関わらず、仮にも先輩である遊良へと向かって強気な言葉を悪びれた様子もなく必死に投げかけているというのに…
全く怯んだ様子を見せない遊良を前に、新入生の勢いがどんどん小さくなっていく。
…まぁ、この新入生の態度を見ていれば、遊良にだって彼が一体どんなイメージを抱いて自分に喧嘩を売ってきたのかは容易に想像できるのだろう。
―きっと、今まで彼が抱いていた天城 遊良のイメージは、『蔑まれて当然の雑魚』というモノだったのではないだろうか。
何が【決闘祭】の優勝者。『あの天城 遊良』の癖に、そんな事が出来るわけがない…と、そう思って。
しかし新入生もいざ喧嘩を売ってみれば、目の前に立つ天城 遊良の実物は自分の抱いていたイメージとは似ても似つかぬ、全くの『別物』であったと理解したのか。
驚いた様子を隠せておらず、まるで喧嘩を売る相手を間違えたかのような振る舞いになっていくではないか。
(…なんか、喧嘩売られるのも懐かしいな。)
…とは言え、遊良の方にしても自分を受け入れ始めた今の決闘市の雰囲気よりも、こういった敵意を向けられている方が性に合っていると感じている辺りはまだまだ自分へと向けられる『変化』には慣れていない様子。
―出来損ない、落ち零れ、クズ…
それは遊良にとって、長年言われ続けてきて聞き慣れた…そして、もう聞き飽きた台詞。
それこそ『Ex適正』が無いと知られてから10年余りの永きに渡り、遊良はずっとそんな敵意に晒されてきたのだ。今目の前に立つこの新入生が、必死になってその『テンプレート』のような暴言を吐いてきた所で、遊良にダメージなど負わせることなど出来るはずがなく。
…しかし、いくら言われ慣れたとはいえ、ソレを容認して黙っててることをやめたからこそ、遊良は全く引く様子も無くただそこに佇むのみ。
そうして意気込む新入生へと向かって、遊良は静かに、しかし意気揚々とデュエルディスクを取り出しながら口を開いて…
「…まぁいいや、俺とルキの事はお前には全く関係ないけど…俺に、言う事を聞かせたいんだったらさ、わかってんだろ?」
「…へ?」
「デュエルで来いよ一年生。ここは決闘学園、自分の主張を押し通したいなら、デュエルで決着を着けるのがルールだ。」
「なっ!?」
予想に反し、想定と違う。
目の前に立った『出来損ない』の天城 遊良が、目の前でどんどん大きくなっていく。
まさか想像していた『Ex適正の無い雑魚』と、ここまで『天城 遊良』の実物が放つ雰囲気が異なっていることを、彼も今になってようやく理解出来たのか。
…まぁ、この決闘市に住む『平均的な実力』を持ったデュエリストならば、【決闘祭】での激闘を見ていれば遊良の力をとっくに理解出来ているはずなのだが…
それでも、この新入生が遊良へのイメージを変えられていないということは、『最早』この新入生に関しては語るにも及ばないことに違いないだろう。
しかし、わざわざ正面切って喧嘩を売った天城 遊良に、逆に真正面からデュエルを挑まれて逃げるという『恥さらし』を、この新入生とてこんな公衆の面前で出来るわけがないことだけは確か。
「あ、何々!?誰かデュエルするの?」
「うん、それがさー…あの天城君がデュエルするんだってー!」
「うっそー!見たい見たい!【決闘祭】の決勝凄かったもん!」
「…おいおい、あの一年は馬鹿か?自分から天城に喧嘩売るなんて冗談だろ?」
「あぁ…あの一年は天城の『アレ』を知らないんだろうぜ。…入学早々に心折られなきゃいいけど。」
「無理だな。俺達だって今だにアイツの『アレ』引きずってるってのに。」
そして『デュエル』と言う言葉に連なって、次第に通学途中だった学生達がわらわらと遊良と新入生を取り囲むようにして輪を作り始めて。
口々に呟く台詞は多種多様なれど、その全ての台詞は今から始まるデュエルに対する期待と哀れみを含んだモノ。
―そう、ここは決闘市…デュエルは、何においても優先される。
「な…なんだよ皆して天城天城って…くそっ、なんだってんだよ!」
また、いよいよ逃げ場がなくなった新入生も、どうにか腹をくくったのか。
周囲を囲む学生達が、哀れみの視線を自分へと向けていることにも気付かずに…先にデュエルディスクを展開していた遊良に続いて、ゆっくりではあるものの新入生も自分のデュエルディスクを取り出して展開し始めて。
「や、やってやるよ!何が【決闘祭】の優勝者だ!あんなの、ただの八百長かまぐれだってことを俺が証明してやる!お、お前なんか…お前なんか!『東一中のグレートデビル』って言われた俺に勝てるわけないんだ!」
「…デビッ!?…へ、へぇー…か、かっこいいじゃん…」
「…だっさ…」
「おいルキ…まぁいいや、とりあえず下がっててくれ。すぐに終わる。」
「はいはい。…はぁ、折角遊良と一緒だったのにまた邪魔されたよ、もう。」
そうして、不貞腐れながら溜息をついて後ろに下がっていくルキを横目に、改めて新入生へと向かい合う遊良。
「でもまぁ、わざわざ名乗ったってことは、それなりに『やる』ってことなんだろ?…楽しみだ。」
「うっ…」
少々大人気ないとは感じながらも、昨年暴れすぎた所為かこうして外で野試合をすることも減った今では、面と向かって挑んできてくれることが遊良にとっても嬉しいことなのか。
春の暖かな風を背に感じながら、二人がデュエルディスクを構えたところで…
―デュエル!
それは、始まる。
先攻は、遊良。
「俺のターン、【トレード・イン】を発動!【堕天使ゼラート】を捨てて2枚ドロー!続いて【堕天使の追放】を発動!デッキから【堕天使イシュタム】を手札に加える!今加えた【堕天使イシュタム】の効果を発動!手札の【背徳の堕天使】と共に捨てて2枚ドロー!【闇の誘惑】を発動し、2枚ドローして【堕天使マスティマ】を除外!2枚目の【トレード・イン】を発動!【堕天使スペルビア】を捨てて更に2枚ドロー!」
開始早々、遊良はいつものように自分のデッキをフル回転させていく。
止まることのない暴風雨、止められない嵐の如く。
恐るべきスピードで手札が入れ替わっていくその光景は、瞬く間に減っていくデッキと急速に増えていく墓地の圧力と相まって、対峙している者に恐るべきプレッシャーとなって襲い掛かっているのは先ず間違いないことだろう。
「お、おい!どんだけ引くんだよ!引きすぎだろ!」
「まだだ!俺は【死者蘇生】を発動!墓地から【堕天使スペルビア】を特殊召喚し、その効果で【堕天使イシュタム】も特殊召喚!」
【堕天使スペルビア】レベル8
ATK/2900 DEF/2400
【堕天使イシュタム】レベル10
ATK/2500 DEF/2900
「【堕天使イシュタム】の効果発動!LPを1000払い、墓地の【堕天使の追放】の効果を得る!【神属の堕天使】を手札に加え、【堕天使の追放】をデッキへ戻す!更に【アドバンス・ドロー】を発動!【堕天使スペルビア】を墓地へ送って2枚ドロー!」
「あ…な、何で先攻なのに手札が増えてるんだよ…」
また、入れ替えるだけでは飽き足らず。
先攻の初期手札は『5枚』だというのに、あれだけ連続して動いてデッキを回転させたというのに、遊良の手札がいつの間にか『6枚』へと増えていて。
好き放題に動いたにも関わらず、手札が減るどころか逆に増えているというのは一体相手からすればどれだけ恐ろしいことなのだろうか。
―誰かが言った…手札とは可能性だ、と。
『とあるイレギュラー』を除いて、手札が多ければ多いだけ自分の取れる選択肢が増えていくのはデュエリストにとっては当たり前のことであり…
ソレに加えて、遊良の場にはただならぬ圧力と魅力を混ぜ合わせた上位の堕天使が君臨しているのだから、遊良から感じられるあまりに落ち着いたその余裕は、新入生からすれば恐怖以外の何物でもないことに違いなく…
「よし、俺は【堕天使ユコバック】を通常召喚!その効果で、デッキから【魅惑の堕天使】を墓地へ送る!カードを3枚伏せて、ターンエンドだ。」
遊良 LP:4000→3000
手札:5→2
場:【堕天使イシュタム】
【堕天使ユコバック】
伏せ:3枚
「伏せカードが3枚…お、俺のターン、ドロー…」
そうしてあまりにも激しい遊良のターンの後に、ゆっくりとカードを引いた新入生の手は遅く。
…まぁ、目の前であれだけ自在にデッキをフル回転させられたのだ。
好き放題に暴れ回し、これだけ磐石に固められた遊良の場を前にして、今改めて【決闘祭】の優勝者と戦っている事実を目の当たりにしている新入生の手がここで止まってしまいそうだとしても、それは仕方のないことだろう。
「くそっ、この俺が雑魚の天城なんかにビビるはずないだろ!【マスマティシャン】を召喚!」
【マスマティシャン】レベル3
ATK/1500 DEF/ 500
それでも強い言葉をあえて発して自分を鼓舞する辺りは、この新入生も勝負を捨てているわけでは無い様子。
とは言え新入生の手は震え、おどろおどろにモンスターを召喚し精一杯になって自分の取れる手を模索し、必死な自分に気付かずに遊良へとただ向かっているだけ。
「【マスマティシャン】の効果発動!召喚成功時、俺はデッキから…」
「罠発動、【神属の堕天使】!【堕天使ユコバック】を墓地へ送り、【マスマティシャン】の効果を無効に!そしてLPを1500回復する!」
遊良 LP:3000→4500
「くそっ!で、でもまだ動ける!魔法カード、【増援】発動!デッキから【マジック・ストライカー】を手札に加える!墓地の【増援】を除外して、手札から【マジック・ストライカー】を特殊召喚だ!」
【マジック・ストライカー】レベル3
ATK/ 600 DEF/ 200
「レベル3のモンスターが2体…」
「見せてやるよ…Ex適正が無いお前に!『東一中のグレートデビル』の!この俺のエースを!レベル3のモンスター2体で、オーバーレイ!」
焦燥を振り切るかのようにして、遊良を煽るようにして。徐に手を振り上げて、その勢いを増さんと叫ぶ新入生。
足元に広がる銀河の渦に、2体のモンスターが光となって吸い込まれていくその光景は…
―レベルではない、ランクを持つモンスターを新たに生み出す召喚法のエフェクト。
それは自らの持つ、エクシーズの『Ex適正』を駆使するために…
「エクシーズ召喚!来い、ランク3!【弦魔人ムズムズリズム】!」
【弦魔人ムズムズリズム】ランク3
ATK/1500 DEF/1000
独特の音色を奏でながら現れるは、楽器を構えた小さき悪魔。
帽子の奥から覗き込む、鋭き眼で遊良を睨む。
「攻撃力3000になれる俺のエースだ!お前のモンスターなんて、こいつでふっ飛ばして…」
「罠発動、【奈落の落とし穴】!ムズムズリズムを破壊し除外する!」
「なっ!?」
―!
…しかし、意気揚々と繰り出した新入生のエースモンスターが、場に出たその瞬間に奈落からの悪魔によって落とし穴へと引きずりこまれてしまった。
相手の攻撃力1500以上のモンスターを、容赦なく破壊し除外するこの罠カードは遊良も【決闘祭】で使ってはいたのだが…
新入生が堂々とエースなのだと自負して召喚したそのモンスターを、少しの見せ場も無く退場させてしまう辺りは遊良には全く容赦がないだろう。
誰だってそう。自分のモンスターが召喚と同時にいきなり片付けられてしまってはいい気分ではいられないはず。
それが自分の中核となるモンスターだったならば尚更のことであり…
「そ、そんな…俺の…エースが…」
「どうした、もう終わりか?」
「く、くっそぉ…天城の癖しやがってぇ!【死者蘇生】発動!【マスマティシャン】を守備表示で特殊召喚!」
「【堕天使イシュタム】の効果発動!LPを1000払い、墓地の【背徳の堕天使】の効果を得る!【マスマティシャン】を破壊して、【背徳の堕天使】をデッキへ戻す!」
「ぐっ!?だったら魔法発動!【ブラック・ホール】!お前のモンスターも破壊されろぉ!」
「手札から【堕天使テスカトリポカ】の効果発動!テスカトリポカを手札から捨て、堕天使の破壊を防ぐ!」
「なっ!?」
―何も、出来ない。
攻める以前の問題、モンスターを場に出す事も、その効果を使う事も…守りを固めることも、遊良のモンスターを破壊することも出来ず。
全く持って容赦の無い遊良の立ち振る舞いに、見る見るうちに新入生の威勢が弱くなっていき…手も足も、かすり傷の一つも遊良に負わせることの出来ないこの状況で、新入生もようやくソレを理解出来たのか。
―実力が、違いすぎる。
相手に『何もさせてもらえない』ということは、それだけ自分と相手の実力に『差』があるということ。
今までこの街の常識として広まっていた、天城 遊良というEx適正の無い出来損ないのデュエリストのイメージが…霧となって、彼の中から消えていく。
まるで、自分と天城 遊良との間にはとてつもなく大きな『壁』が立ち塞がっているかのように思えてしまっているのだろう。
それと同時に、自分の目ではっきりと見てしまっている『本物』の天城 遊良の姿に、新入生の焦燥感と恐怖感がどんどん大きくなっていくではないか。
「あ…う、嘘だ…俺はカードを2枚伏せて、タ、ターンエン…」
「そのエンドフェイズ!罠カード、【砂塵の大嵐】を発動!」
「はぁ!?」
「その効果で、今伏せた2枚の伏せカードを破壊する!」
「そんな…何も…出来…ない…カ、カードを伏せることも…」
「…相変わらずえげつねーな、天城の『アレ』…」
「でもあの一年も自分から喧嘩売ったんだし。自業自得っちゃ自業自得だけど。」
「…俺は二度と『アレ』やられたくねーけどな。」
「俺も…」
周囲で見ている2年生以上の学生達は覚えている。
…去年の、夏前辺りからだろうか。
『いつも』のように天城 遊良を馬鹿にして蔑んでいたら、今まで手を出してこなかった遊良から一転、これまでの言われたい放題だった遊良からは考えられない程に嬉々として戦いを挑んでくるようになり…
『Ex適正』が無い癖に、えらく挑発的にして振舞う天城 遊良に逆上してしまって、返り討ちを目論んだらこのデュエルのような『何もさせてもらえない』デュエルを、戦った全員が喰らったという、それはそれは恐るべき出来事があったと言うことを。
それを未だに引きずっている学生は多く、その時のトラウマと遊良の【決闘祭】優勝という事実と相まって、今では遊良を貶すことは『実力差を測れない馬鹿』のすることだという認識が、ある程度の力のある学生達の間では常識となっているのだ。
「あ…あぅぅ…」
だからこそ、この新入生が『自分が正しい』と思って遊良を蔑みながら挑んだことも、周囲の学生達からしたらただの『無謀』。
自分の実力と相手の実力の差を測ることが出来ない、その程度のレベルのデュエリストが息巻いて逸っただけという、ただの『無知』。
自分の実力を過信して、天城 遊良の力を理解出来なかっただけという…ただの無力という認識としてしか見られていない。
「ターン…エン…ド…」
そんなこととは露知らず。果たして、見下していたはずの天城 遊良に何もさせてもらえないこの状況は、新入生にとってはどれほど屈辱的なのだろうか。
強い言葉で言い負かして追っ払うか、デュエルで吹っ飛ばして高天ヶ原先輩に気に入られようとしていた彼の算段が、その根元からどんどん崩れていく。
―これが、本物。
TVで見ていた【決闘祭】が、紛れも無い本物の激闘であったことを、今更ながらに新入生が思い知らされ…
「俺のターン、ドロー!よし、俺は【堕天使の戒壇】を発動!」
そうして、遊良がこのデュエルに決着を着けようとして、手札から一枚のカードを発動した…
…その時だった。
…
反応が、ない。
確かに宣言された遊良の声と、デュエルディスクに差し込まれたはずのカードは全く反応を見せず。
ソリッド・ヴィジョンすら現れず、その効果を発揮すらせずに静寂が広まるだけ。
墓地から堕天使を守備表示で呼び出す遊良のソレは、彼が自らのデュエルで必ずと言って良いほど良く使う【堕天使】専用の蘇生カードなのだが…
「え、どうしたの?天城君、何で急に止まったの?」
「おいおい、どうしたんだ天城の奴、何でこの状況で手を止めてんだ?」
「考える必要あるか?もう勝負は着いてるだろ?」
「あぁ、そのはずだけど…」
そして、テンポ良く進んでいたデュエルに突如としてざわめきが広まり、周囲がにわかにざわつき始めて遊良の手が止まったことに対し疑問を抱き始めて。
「…まただ、本当に最近ディスクの調子悪いな…」
また、周囲の反応とは違い、反応しない自らのディスクを見て、そして差し込んだカードを引き抜いて見つめながらそう言った遊良。
そう、最近、遊良がデュエルをしていると偶に起こるのだが…
頻繁にではないものの、時折こうしてカードを発動したりモンスターを召喚したりしても、中々デュエルディスクが反応してくれないことがあるのだ。
数度再発動してみたり、別のカードを使用すると問題なかったりするため、遊良も特に気にはしていないものの…
別に、精密機械であるこの万能端末のディスクをブーメランみたいにして乱雑に扱ったりだとか…違法で悪質な改造を施したりだとか、そんな事など遊良は断じてしていないのだから、その原因など心当たりすら思い浮かびあがるはずがなく。
もしもコレがデュエルディスクの故障だったならば、早めに修理に出さなければならないなと、そんなことを遊良は考えつつ…
「…まぁいいか、だったらコイツだ!俺は【神獣王バルバロス】を妥協召喚!」
―!
【神獣王バルバロス】レベル8
ATK/3000→1900 DEF/1200
そうして、一瞬のざわめきの中で手を変えた遊良の場に現れたのは、天柱崩せし獣の王。
【決闘祭】の決勝を経て、古くからの相棒を再び暴れさせることを選んだ遊良の声に応え、轟く雄叫びで敵を見て。
遊良の扱う【堕天使】というデッキにおいて、この【神獣王バルバロス】とにシナジーがあるかと問われれば誰にだって疑問が浮かぶであろうが…
―それでも、どんなデッキを扱おうと強者は強者。
確かな信念と強さを持った決闘者にデッキとは必ず応えるモノなのだからこそ、どんなカードをデッキに入れていても本物の決闘者は『必ず』戦える。
生贄を捧げていない分、力を押さえられているとは言え…獣の王の咆哮は、大気を震わし周囲に轟く。
「そ、それ、【決闘祭】で使ってた…」
「これで終わりだ!バトル!【堕天使イシュタム】と【神獣王バルバロス】でダイレクトアタック!」
―!!
「うわぁー!嘘だぁー!」
新入生 LP:4000→0(-400)
―ピー…
そうして、獣の王と魅惑の堕天使の一撃によって無機質な機械音が周囲に鳴り響き、デュエル終了の合図を知らせて。
誰の目から見ても容赦の無い、圧倒的な勝敗の着き方。
2年生以上の学生達はもう幾度と見た、馬鹿にしてきた相手に何もさせない遊良のデュエルは、遊良の力がその他大勢の学生レベルを当に超えていることを、ここにいる誰しもに思い知らせていることだろう。
「うっ…うぅ…何も…させてもらえなかった…」
膝を折り、手を付いて、うなだれるようにして地面に体を近くしている新入生には少々酷なデュエルとはなったものの…
彼も自ら勇んで向かっていって、逆に返り討ちにされてしまったのだから…誰からの同情の余地もない。
「あーあ、また天城の圧勝か。」
「アイツ、ホントに喧嘩売ってくる奴に容赦ねーよな。」
「…俺達も返り討ちにされたしな。」
「ソレを言うなよ…」
そうして、デュエルが終了したことで周囲を囲んでいた学生達が、その輪を崩して各々再び登校を始めだして。
ギャラリーとなっていた者の内、幾人かの足取りはやや重く。最近ではめっきり行われなくなったソレを久々に目の当たりにしたことで、彼らもまた思い出したのだろう。
…天城 遊良を、もう馬鹿には出来ないことを。
先ほど遊良の言っていた通りこの学園、ひいてはこの世界で自分の主張を押し通したいのならばデュエルで勝つしかなく…
それが出来ないのならば、相手よりも必死になって『強く』なるしかないのだ。
そして…
今倒されたばかりの新入生を他所に、もうギャラリーも居なくなったデュエルの跡から遊良とルキも歩き始め…イースト校へと向けて、再び歩き始めた。
「…遊良ってば、一年生相手に大人気ないよ。」
「売られた喧嘩を買っただけだって。去年だって同じコトしてたろ?」
「去年と今は別でしょ!今は下手に喧嘩売らなくたって皆遊良の強さ知ってるじゃん!同級生ならまだしも、後輩泣かしてどうするの!」
「…お、おう…悪い…」
そう言うルキの言葉はどこか荒く、今のデュエルが売られた喧嘩だったとは言え、思わず反射的に謝ってしまった遊良。
確かに、考えてみれば入学したばかりの後輩を相手にするにはやりすぎたかもしれないと、そう思いなおして。
…そう、今の自分はもう最下級生ではない。
同世代と年上しか居なかった昨年までと比べても、年下の後輩が出来たという今となっては、今まで通りの振る舞いをそのままするわけにはいけないのではないかという気持ちが、遊良にもやっと浮かんできたのだろうか。
それを考えると、昨年度卒業していった蒼人は先輩として何とも『出来て』いたのだろうと、遊良も先輩となった今になって改めてソレを感じている様子を見せながら…
自らの力でどうにか周囲の評価を『変え始められた』とは言え、周囲の全てが敵だった今までの事を考えると、この『慣れない変化』に対して彼もまだまだ成長しなければならない事だろう。
「そう言えば、鷹矢はまだ寝てるのかなぁ…」
そんな中、学園へと向かって歩きだしてすぐに、寝ていたために放置してきた鷹矢のことをふと思いだした様子で声を発したルキ。
そう、今ここに遊良とルキが学園への道を歩いているというのに、この場に鷹矢が居ない理由など、たった一つしかない。
それは、二年生に進級したというのに鷹矢の『寝坊癖』は相も変わらず全く改善する様子を見せず…
いつもは仕方なく無理やりに起こして学園まで連れてきている遊良ではあったものの、とうとう今回こそは流石の遊良といえども我慢の限界が来たことに他ならない。
…何せ、先日も始業式の日に盛大に寝坊した所為で、遊良まで巻き添えで遅刻しそうになっていたのだ。その所為か、流石の遊良もとうとう堪忍袋の緒が切れて、今日こそは一向に起きる気配のない鷹矢を放置してきたというわけだ。
「まぁでも、いくらあの馬鹿でもそろそろ起きて向かってるんじゃないか?今度遅刻したら飯抜きだって言ってあるからさ。」
「…【決闘祭】の時にご飯抜きにされたこと、相当応えてたもんね。」
「あぁ。」
―…
…時は少々遡り、丁度遊良が新入生に絡まれてデュエルを始めた頃。
「…むぅ、このままでは遅刻だ。」
遅刻ギリギリの時間に奇跡的に覚醒した鷹矢が、遊良から言い渡されている『飯抜き』という、彼にとって『最大限の罰』への焦りから長距離走の選手も真っ青なスピードで学園への道筋を駆け抜けていた。
いつも遅刻ギリギリに学園に駆け込んでいるからこその勘、その長年の感覚に則り、誰にも全く誇ることの出来ないその体内時計から、学園への道筋を計算して更にそのスピードを上げていって。
…あの鷹矢が、朝食を食べる間も惜しんで学園へと向かっているのだ。彼にとって、よほど遊良の『飯抜き』は応えているらしい。
しかし、いくら鷹矢とてこのままスピード上げていってイースト校へと走っても、大通りを大回りしなければいけないこの通学路を走っていては、ギリギリで始業のベルには間に合わないと踏んだのか。
「流石にまずいか…ならば近道だ!」
長年の遅刻癖は伊達じゃない。ソレを即座に鷹矢は理解して。
意を決したように前方へと向かわせていた体幹を思い切り反り、地面を蹴るために溜めていた足の力を急遽止まる為の力へと変え…全力疾走の勢いをフルブレーキによって無理やりに停止させた鷹矢。
地面との摩擦によって靴底が磨り減る音がしたものの、そんなことに構っていられない鷹矢は即座に進む方向を通学路の大通りから一転…その目を、狭く入り組んだ裏路地へと向ける。
「確かここを抜ければ学園前のはずだったな…よし!」
そうして、鷹矢はそのまま裏路地へと侵入すると、幅一人分しかない程の建物の間の裏通りを、先ほどと同じ位のスピードで再度駆け抜け始めた。
以前にも同じような時期に、遅刻寸前だったところを、この裏路地を抜けたおかげでどうにか始業に間に合ったのだ。
そのおかげで遊良が揉めている場面を助けることも出来たのだが、基本的に人が通ることを想定されていない通りのためか、流石に道筋も狭くゴミやその他の綺麗とは言いがたいモノも多々あるために、鷹矢とて自らソコを駆け抜けることにはやや抵抗があるのか。
普段ならば絶対に通ることはしないものの…こういった後の無い場面だったらば仕方がないと、そう意を決して。
…建物の角を左に曲がり、その後すぐさま右に曲がって。散乱しているゴミを飛び越え、汚れた壁に制服が擦れても構うことなく。
狭くなったり広くなったりする、人が通ることを想定されていないはずの裏通り、建物の隙間を、止まることなく鷹矢はどんどん進んでいく。
そうして、一目散にイースト校へと向かって走り、この調子だと何とか間に合いそうだと、そう安堵して一瞬だけ気を抜いた…
…その時だった。
「…ッ!?な、何だ!?」
唐突に、突然に。
前へ前へと進んでいたその勢いを、全身全霊を持って無理やりに止めて…まるで何かを感じた様子で、警戒心を最大限に顕にした様子の鷹矢。
思わずその場に立ち止まり、背中に走った電気のような寒気が鷹矢の緩んだ気を一瞬で引き締め…
息を潜め、運動のモノとは違った嫌な汗が一つ、鷹矢の額から流れ落ち…聞き耳を働かせ、即座に警戒レベルを最大にまで引き上げて。
「…何なのだ…これは…」
鷹矢の感じた気配…それは、殺気の入り混じった、感じるのも憚られるような禍々しい気配。
冗談などでは断じて無く、気のせいなどでも決して無い。
臨戦態勢に無理やり引き込まれたかのような、そんな一瞬の油断さえ許されないような気配を、鷹矢は感じたのだ。
そして鷹矢の耳に、どこか学園の方向から『獣の王の雄叫び』が聞こえた気がしたのと同時に…
その野生染みた感覚を頼りに、鷹矢は学園の方向とは『逸れた方向』の路地へとルートを変えると、気配のする方へと足を進め始めた。
そのまま鷹矢が進んでみると、建物と建物の間の、やや開けたスペースの通りに出て…
そこに顔だけを覗かせて、建物の影から気配の様子を伺おうとして目を凝らして…
「誰だ…む!?」
そこには…
「だ、誰もいないではないか…いや、確かに居た…居なくなったのか?」
何もなく、人もなく。
自分が覗き込む寸前まで確かにあった『何か』の気配が、覗き込んだその瞬間に綺麗さっぱり消え去ってしまっていた。
しかし、一瞬だけ自分が感じた気配が気のせいだったのだろうかという思いが鷹矢に浮かび上がったものの、しかしすぐさまソレがおかしいことだということを、鷹矢は『嫌でも』理解させられてしまったのか。
―そう、そこには、確かに誰かがいたと言う『おかしな証拠』が落ちていたのだから。
「ありえん…服だけが…綺麗に人の形になって落ちているなど…」
そう、確かにここに『人が居た』証拠…
―男性物の上下の服から下着類、そしてアクセサリーなどの装飾品といった、およそ『人』の身につけるモノが、そこには落ちていたのだ。
意図的に『そう』置いたとしか思えないような置かれ方、先ほどまでこの服が確かに『纏われていた』と感じる温かみと、作り物では決して表現出来ない躍動感に溢れた服の皺と膨らみ…
それはまるで、服だけが残り『肉体』だけが消滅したかのよう。
…それだけではない
置かれている『服』の左腕の部分を中心に『カード』が散らばり、まるで先ほどまでここでデュエルが行われていたようではないか。
「何が…起こっているのだ…」
年始に起きた『異変』から、やっとこの決闘市の復旧も終わってきたというのに…
新たに感じてしまった異変の予感と、唐突に消えた禍々しい気配が…
…鷹矢の心臓の鼓動を、逸らせていた。
―…