遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep51「第1章最終話ー門出の唄」

午後も数時間を過ぎ、決闘学園での授業も既に午後の最終授業の終盤に差し掛かっているような、そんな夕日が暮れ始めてきた時間。

 

決闘学園イースト校の教室には、学生達の姿は一人として見当たらず…

 

人の気配だけは学園内から多数感じられるものの、まだ授業が終わってないというにも関わらず教室内に一人も学生が居ないというこの状況は珍しいといえるだろう。

 

しかし、他の3つの決闘学園のカリキュラムとは違い、このイースト校だけが特別に行っている『とある授業』に関してであればこの状況とて当たり前とも言えるのか。

 

そう、この曜日、この時間から察するに…

 

今のこの時間は学生達が各々持つ『融合』、『シンクロ』、『エクシーズ』の『Ex適正』毎にクラスを分けて、その召喚法の特性や他の召喚法を使ってくる相手への対策などを教える授業。

 

 

『召喚別授業』を行っている最中なのだ。

 

 

そんな、『Ex適正を当たり前』のように持っている学生達が各々、『Exデッキの活用法』について学園の教師陣に習っているこの時間。

 

 

今日は他の誰も使用予定の無い、どのクラスの授業でも使われていないはずのイースト校にあるスタジアムの一つで…

 

 

 

激しい、戦いの音が打ち鳴らされていた。

 

 

 

 

 

「バトル!【白闘気海豚】でダイレクトアタック!」

「くっ、カウンター罠、【攻撃の無力化】発ど…」

「甘い!更にカウンター罠、【カウンター・カウンター】!【攻撃の無力化】を無効に!」

「なっ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

「…ぐっ、くっそ…」

 

 

 

遊良 LP:1400→0

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

その、他の誰も居ないたった『2人』だけのスタジアムに、突如としてデュエル終了を告げるべく鳴り響いた無機質な機械音。

 

それは、ここで行われていた一つの戦いが終わったことを知らせていて。

 

そんな他に見ている者など居ないこのスタジアムで圧倒的なオーラを持って悠然と立っている勝者に対し、完膚なきまでに叩きのめされた様子の遊良は『もう何度目』かも忘れてしまったほどの敗北をひたすらに噛み締めている様子。

 

 

そうして、ゆっくりと消え行くソリッド・ヴィジョンに合わせ、たった今敗北を喫した遊良へと向けて『勝者』の方がその口を開いた。

 

 

 

「全く、そんな見え見えの守りで本当に凌げると思っていたのですか?何度言えば分かるのでしょうかね君は。」

「ぐ…」

「もっと相手が取ってくるであろう手を深く読みなさい。何をされると自分にとって悪手なのか、常に最悪の事態を想定して動いておかないと手遅れになります。」

「は、はい…」

 

 

 

そんな、どこか厳しい言葉をかけながらも、以前のような『私怨』など今ではもう全く抱いていない様子の声を響かせて、目の前に居る遊良へと声をかけたこの『勝者』。

 

 

―砺波 浜臣。

 

 

そう、たった『2人』の人間しか居ないこのスタジアムで遊良とデュエルをしていたのは、イースト校理事長であり、元シンクロ王者【白鯨】と呼ばれた存在。

 

しかし、少し前まで間違った『私怨』を拗らせて、執拗に遊良を敵視していたはずの…決して分かり合えるような雰囲気ではなかったはずの圧倒的強者、世界最高峰の決闘者の一人。

 

しかし、そんな砺波も先の『異変』を経てその憤りの矛先を正せたからこそ、こうして遊良と対峙していても『私怨』など全く抱かずに接することが出来ているのか。

 

その歪に10年来の『憎しみ』を、『停留』ではなく『その先』へと向ける決心が、砺波にもようやく付いたのだろう。

 

そうして砺波もまた、もう『何度目かの反省点』を遊良へと伝えると、再度遊良へと向けて立ち上がるように促して…

 

 

 

「さて、わかったらさっさと立ち上がりなさい、休んでいる暇なんてありませんよ。返事は?」

「…はい…砺波先生。」

「よろしい。では次は3ターン耐えてみなさい。出来なければ次のレポートの量を倍にします。」

「なっ!?」

「それくらい出来なければ話にならないと言っているんです。ぐずぐずしていないで、早く構えなさい。」

「は、はい!」

 

 

 

そうして、再びデュエルを行おうとして立ち上がった遊良と、それを見てデュエルディスクを再び構えなおした砺波。

 

そう、遊良の言った『砺波先生』という呼び名の通り…

 

なんと、遊良には元シンクロ王者【白鯨】の教えを請うことを許されていたのだ。

 

 

それは、他の学生達からすれば到底信じられないような『特別待遇』。

 

 

世界中の誰もが憧れ、その誰もが彼の教えを請いたいと思っていても、これまでは絶対に叶わなかった元王者【白鯨】に、あろうことか直々に鍛えてもらえるという、誰もが『羨む』特別授業。

 

無論、遊良とて自分へのこんな『特別待遇』に対して周囲からまた色々と言われることを覚悟はしていたのだが…

 

一応、表向きには遊良の【決闘祭】の優勝という功績を称えた特例中の特例という名目であったために、遊良のこの『特別待遇』に対しても変に声を荒げるような者はイースト校には存在しなかったのか。

 

…いや、そんなことよりも今も決闘市には『異変』の爪痕がまだまだ大きく残されているのだから、街や人がこんな状態だというのに遊良に対して『何か』文句をつけようとしてくる元気の有り余っている学生など居ないと言った方が正しいだろう。

 

 

 

「【超古深海王シーラカンス】でダイレクトアタック。」

 

 

 

―!

 

 

 

遊良 LP:200→0

 

 

 

―ピー…

 

 

 

…とは言え、1年生ながら【決闘祭】の優勝という偉業を成し遂げたこの遊良でさえ、【白鯨】の『厳しい』という表現すら生温いと感じるレベルの『教え』には着いて行くことすら大変なほどなのだ。

 

例え他の学生達が同じように教えを受けることが出来た所で、何も得ることなど出来ずに早々に潰れてしまうのが関の山だろうが。

 

 

 

「ふむ、まぁ最後の抵抗は及第点でしょう。アレくらい出来るなら最初からやって欲しかったですが。」

「す、すみません…」

「では今の場面を忘れないよう、次回までにレポートにまとめて提出すること。あそこからどう対処すれば更に耐えられたのか、または考えられる違う手を調べ、書けるだけ書いてくるのも忘れずに。いいですね?」

「…はい、砺波先生。」

「よろしい。もうすぐ『召喚別授業』も終わる頃だ、今日はこの辺りで終了としましょう。」

「はい、ありがとうございました。」

 

 

 

しかし、【白鯨】のこの過酷な『教え』に対しても、頭を使いすぎて憔悴した様子は見せていても、全く『嫌な顔』をすることなく遊良は返事を返して。

 

 

そう、遊良からしても自分へのこの『特別待遇』は、願っても無いこと。

 

 

【白鯨】の教えと容赦の無い課題は、確かに日々の学業と家事と、そして鷹矢の世話をこなさなければならない遊良からすれば確かな負担となってはいるのだろうが…

 

それでも、今までイースト校で行われていた『召喚別授業』の時間に、自分だけ『放置』という名の『特別扱い』をされていたこの時間が、まさか本当の意味での『特別扱い』となったのだ。

 

確かに元【王者】の教えだけあって、それはそれは厳しくも辛い課題を多々押し付けられてはいるものの…エクシーズ王者【黒翼】を師に持つ遊良にとっては、この程度の『過酷』など最初から想定内。

 

幼少の頃に憧れたシンクロ王者【白鯨】に、まさか直々に鍛えてもらえるというこの夢のような時間。それ故に、遊良も最初から生易しい教えなど期待していないのだから。

 

求めるのは、更なる高みへと向けた壮絶なる修行。

 

今の自分よりも、更に強くなる…ただ、その為に。

 

 

 

 

 

…あの年明けに起きた『異変』から、およそ1か月半が過ぎた。

 

 

 

 

 

甚大な被害が起きた決闘市は国と【決闘世界】の迅速な対応の元、早急に居住区である東西南北地区から復旧作業が開始され…住人達は何とか元の生活を取り戻しつつ、あの時の混乱もどうにか落ち着いていて。

 

しかし、死者は出なかったとは言え、まだまだ怪我の癒えていない住人も多く居るというのが街の現状。

 

それほどまでに今回この決闘市に起きた『異変』の規模は凄まじく…

 

決闘市の象徴であったセントラル・スタジアムも、『何やらとてつもない力を持ったモンスターが内側から好き勝手に暴れたような』壊れ方をしてしまっていて、決闘市が完全に復旧するにはかなりの時間を要すると言われているのだ。

 

未だ怪我が癒えずに入院を余儀なくされている住人も多く、あの時の混乱がトラウマとなって心に傷を負ってしまっている者も居る。

 

…そして、遊良もまた、その例に漏れず。

 

 

 

「しかし、君もまだまだ荒削りで甘いですねぇ。全く、大雑把な鷹峰なんかに師事するから詰めが甘くなるんです。」

「それは…でも、先生は…」

 

 

 

そんな、今しがた砺波からの『授業』を終えて、帰り支度を始めた遊良に対して砺波が放った一言が…遊良の心に、微かな虚無感を覚えさせた。

 

しかし、遊良にはその原因もはっきりしている。

 

そう、あの『異変』の最後…

 

まさか自分の目の前で、あろうことか師である天宮寺 鷹峰が、『敵』であった少女を爆散させて吹き飛ばしたというあの残酷かつ無情な光景…

 

―少女の悲鳴と苦痛、そして師の無感情。

 

それが今もまだ、遊良の目に焼きついて残っているのだ。

 

 

信じたくない。いくら少女が『敵』だったとは言え、師があんなにも非情に人を消し飛ばしてしまっただなんて。

 

信じられない。あの師が、厳しくも尊敬できるあの師が、あんなにも残酷なことをあんなに簡単に実行してしまうだなんて。

 

今、遊良の心にはそんな思いが溢れてきてしまっているのか。今まで信じてきた師から、どこか裏切られてしまったような、そんな悲しみが。

 

…それだけ、あの時の光景が遊良にとっては衝撃的だったのだろう。

 

こんなことを、鷹矢とルキには言えない。言ってはいけない。そんな思いもまた遊良の中にあるからこそ、一人でソレを抱え込まなければいけない辛さの所為で、更に遊良の心は重くなってしまっている様子。

 

 

 

「…はぁ、まだ鷹峰の事を引きずっているのですか?」

 

 

 

そんな遊良を見かねたのか、砺波は一つ溜息をつきながら遊良へと声をかけて。

 

彼もまた、いくら『敵』であったとはいえ自分の学園の生徒を鷹峰に消し飛ばされたというのに…

 

その口調は遊良のように沈んだ様子のモノではなく、まるでソレを気にしていないかのように、気持ちの整理が出来ているのかはっきりとした口調で遊良へと声をかけるのみ。

 

それは、遊良と同じ光景を見せ付けられたはずの彼のその目に映るモノは、遊良とはまるで別のモノに映っているとでも言うのだろうか。

 

今まで囚われていた『私怨』を吹き飛ばした、鷹峰の衝撃的な砺波への言葉。

 

それを聞いた砺波の心境は、果たして…

 

 

 

「実際に起こってしまったことは、今更変えたくともどうしようもありません。目の前で起こったこと、それもまた仕方のない事実なのです。」

「でも、俺には先生があんなことをするなんて…」

「確かに私も、鷹峰があんなことをする奴だったとは思えませんが…君が鷹峰の事で何時までも落ち込んでいるのも今後の『授業』に支障が出ますので言わせて貰いましょう。」

「…え?」

「『あの時』に見た光景と、『今まで』君が見てきた鷹峰を比べてみなさい。本当に鷹峰があんなことを出来るのかどうか。『あの時』の一度と、『これまで』の鷹峰…君にとって、どちらの彼が本物なのか。」

「…比べて…みる…」

「後は自分で考えなさい。私から言えるのは以上です。」

 

 

 

砺波から発せられた言葉は穏やかなモノで、まるで生徒へと向けた教師の言葉のような…いや、事実として遊良と砺波の関係は『そう』なのだから、ソレに対して違和感を覚えるのも不思議な話ではあるのだが。

 

それでも、これまでの砺波からは思いもよらない言葉が遊良の耳に届けられ…どこか意外そうな顔を見せている遊良に対し、もう本当に砺波の中には遊良への個人的な『私怨』などは残っていない様子。

 

 

…目に見えたモノだけが真実ではない。その裏で、一体何が起こっていたのか。

 

 

その、見えるけれども見えないモノをいかにして感じ取ることが出来るかは、この長い人生という経験において、ソレを深く積んだ者にしか得られない感覚なのだろう。

 

無論、何が起こっていたのかという、『本当の真実』を今の遊良が知ることは叶わないものの…それでも、砺波からかけられた言葉は、遊良の沈んでいた心に確かに響いていて。

 

あの時の師と、今までの師。それぞれを思い出し、一体師が何を思っていたのかを考える遊良。これまでの師の教えは、全て遊良の中にある。ならばその師の教えこそ、遊良にとっての『天宮寺 鷹峰』と言う存在その物のはず。

 

 

 

「…どうやら、後は自分で答えが出せそうですね。ではもう下がって結構ですよ。」

「…はい、ありがとうございました…砺波先生。」

「はい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこか寒さも去り、暖かな風が吹き始めた静かな決闘市の中。

 

そんなイースト校からの人気の無い帰り道を、遊良は一人で歩いていた。

 

鷹矢は学園が終わると実家の再建の手伝いに借り出されていて最近はいつも帰りが夜遅くなり、ルキも今日は家族と過ごすらしく、本当に久々の一人となったこの夕暮れの中で…遊良のその物憂げな目は、一体どこを見ているのだろうか。

 

遊良のそのゆっくりとした足取りは、先ほど砺波から言われた事を頭の中で反芻している様にも見え…目まぐるしく入れ替わる思考とは正反対に、自分の思考を無意識の内に邪魔しないようにしているのだろう。

 

 

…確かに自分で答えが出せそうで、確かに自分で乗り越えられそうな問題。

 

 

しかし、だからと言って砺波のように直ぐに何かしらの結論が出せるほど、遊良はまだまだ大人ではないのだ。

 

そう、【決闘祭】に優勝したからとはいえ、『異変』を収束させようと奔走していたとはいえ、まだ遊良は高等部の1年生。人生という長い旅路において、ほんの少ししか歩いてきていない遊良には、まだまだ『経験』というモノが足りていない。

 

とは言え、悩み、苦しみ、理不尽、絶望…この人生において常に襲い掛かってくるソレらを、時間をかけて乗り越えるからこそ子どもとは成長していくもの。それを砺波もわかっていたからこそ、簡単に答えを教えずに遊良に自分で考えさせたのだろう。

 

だからこそ、遊良もわかっている。

 

これは、自分で乗り越えなければいけない問題なのだ、と。

 

 

 

「先生の…真意…か。」

 

 

 

消えていった命は戻らない。それは、言われるまでもなくこの世界の真理。

 

いくら『憐造』のような異例があったとは言え、遊良とて師が『命』と言うモノを軽んじた、あんな下衆な行動を取ったなど簡単に信じられないのだろう。

 

きっと、何か理由があったはず。

 

でなければ、あの人があんなことを簡単にするわけがない…遊良の頭の中で巡るその思い、それは遊良が『これまでの師』という存在の生き方を見てきたからこそなのか。

 

幼少の頃、『Ex適正』が無いという、ただそれだけの理由でほぼ全ての人間達から見下され、蔑まれ、まるで厄介者を弾くかのようにして扱われていた、あの地獄のような時期…

 

しかし、人々からの風当たりが今よりもっと酷かったあの時期に、こんな自分を『面白い』と笑い飛ばして拾ってくれた存在が師、鷹峰。

 

それが例え、自分の決闘欲を満たすための素材だったのだとしても…ここまで自分を見てきてくれたそんな師を、遊良は何があっても信じたいのだ。

 

 

師の真意と世の真理。

 

 

何が起こって、何が本当で、何が嘘なのか…そんなモノ、『真実』を知らない遊良が考えたところで全貌が分かるはずないというのに。

 

その相反する現状を目の当たりにしてしまったが故に、どうしてもそんなことを考えてしまう遊良が、己に浮かび上がってくる様々な思いに自らの頭を悩ませて歩いていた…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「天城!ま、待ちなさい!」

「…ん?」

 

 

 

不意に背後からかけられた甲高い声によって、その足を止めた遊良。

 

どこかで聞いたことのあるような、しかし心当たりが思い浮かばないようなその声。

 

声質から言って女性であることは確かなのだが、しかし声と顔が一致しないような感覚を浮かばせながら、遊良は声の方へと振り返って。

 

 

 

「えっ、と…」

 

 

 

そして、その顔を見た瞬間、戸惑ったように、そして困ったような表情を遊良は見せた。

 

 

それは、その顔を見た所で誰だったのかを思い出すことなど叶わず…

 

その女生徒が自分と同じイースト校の一年生であることだけはその持ち物から即座に察知できたものの、きっと今までに倒してきた一年生の中の一人なのではないだろうか。

 

きっと理事長である【白鯨】の『特別授業』を受けられる遊良に対して、何か的外れな妬みを持った生徒がこうして声をかけてきたのだろう。

 

だったら、そんな相手など思い出すだけ無駄だと、遊良が思考を止め思い出すのを止め…

 

 

 

 

 

…と、声をかけてきたのが『他の生徒』だったならば、遊良もそう言った対応を取っただろう。

 

 

 

 

しかし『この女生徒』に対してだけは、遊良とてぞんざいな対応は許されない。

 

何故なら『この女生徒』だけは、遊良に対して他のどの学生の感情とも違うモノを持っているはずなのだから。

 

 

 

「…何か用?」

「あ、あんたに聞きたいことがあるのよ!ちょっと顔貸しなさい!」

 

 

 

―紫魔 アカリ

 

 

 

かつて、遊良のデッキを捨て去ろうとルキに持ちかけ、そして遊良に簡単に返り討ちにされた紫魔家の女生徒。

 

取るに足らない遊良への文句を持った、遊良とて相手にする必要すらないような…

 

そんな、どうでもいいような関係の同級生。

 

 

 

―しかし、この場においては『そんなこと』が問題なのではない。

 

 

 

そう、『問題』なのは、もっと別の話…

 

 

―それは彼女が、『紫魔 ヒイラギの義妹』なのだというコト。

 

 

 

「俺に…聞きたい、こと?」

 

 

 

…嫌な予感がする。以前会った時の、余裕を持って自分を見下しているような表情ではなく…どこか、切羽詰まったようなこの紫魔 アカリの表情を見て、遊良はそんな確信を得て。

 

そんな遊良の予感など意に介さず。紫魔 アカリは遊良へと早足で近づいてくると、ますますその表情を険しくさせ…それと同時に、一刻も早くこの場から逃げ出したい衝動に駆られ始めた遊良。

 

しかし、それよりも早く紫魔 アカリがその甲高い声を発して…

 

 

 

「…姉様の事よ!あんた、姉様がどこに行ったのか知ってるんじゃないの!?」

「…え?いや、何で俺が…」

「とぼけても無駄よ!あんたが姉様と何か関係があるってこと、私知ってるんだから!」

「…え?」

 

 

 

予感的中。わざわざヒイラギの妹が自分を名指しで声をかけてきたというこの状況を理解したその時から、遊良の中には『こんな事』を聞かれるのでは無いかという、とてつもなく嫌な予感が浮かんできていたのだ。

 

このヒイラギの妹である紫魔 アカリという少女が、果たしてどういった理由で遊良へと目をつけたのかは知らないが…それでも、遊良が確かに『ヒイラギの最後』を見てしまったが故に、そう言った予感が昇ってしまったのは仕方のないことだろう。

 

 

…それに、確かに遊良自身も、ヒイラギと『無関係』だとは言えない。

 

 

―『最後』を見てしまったという意味でも…実は、彼女と自分が『従姉弟』だったという意味でも。

 

 

そんな、自分の心ですらまだ整理出来ていないこの状態で、ヒイラギの妹からこんな追い討ちをかけられてしまった遊良の心境は果たしてどういったモノなのだろうか。

 

ざわつく遊良の心などお構いなしに、紫魔 アカリは癇癪を起こしたように言葉を続けるだけ。

 

 

 

「騒ぎが起こった前の日、姉様が誰かと電話してたのを聞いたの!そしたら姉様、『天城 遊良、彼ならきっと…』って言ってた!それなのに、あんたが姉様のことを知らないなんて言わせないから…少し前から姉様変だった…優しかったのに、急に厳しくなって…それに、騒ぎが起こった日の朝、『絶対に家から出るな』って言ってきて…」

「…」

「そしたら街は大変なことになるし、姉様は帰ってこなくなるし、右京もサキョウも帰ってこなくなるし、お祖父様に聞いても悲しそうな顔するだけで答えてくれないし!もう何が何なの!何で姉様帰ってこないのよ!?」

 

 

 

捲くし立てるように、攻め立てるように。

 

矢継ぎ早に言葉を荒げて、感情のままに遊良へと言葉をぶつける紫魔 アカリ。

 

しかし、それを静める方法など遊良にとっては簡単なことだ。遊良が自分の見たヒイラギの『最後』を、その目で見たままに伝えればいい。

 

…それで納得するもしないも彼女の勝手だし、それで何を思うのかも彼女の勝手。

 

それに、実際にその光景を見たのだから遊良にはソレに答えられる権利があるだろう…

 

 

 

「…」

 

 

 

―しかし、言えない。

 

 

―言えるわけが無い。

 

 

 

一体、どんな顔をすれば『家族の最後』という残酷な『事実』を、言葉に変えて彼女に伝えられるというのだろうか。

 

紫魔 アカリの、この切羽詰った表情と態度を見ていれば…遊良とて、彼女が『本当』にヒイラギの事を姉として慕っていたということを、それはそれは痛いほど理解できているのだろう。

 

それが例え、以前に一悶着あって衝突した同級生であったとしても…遊良とて、こんな残酷な事を嬉々として話せるような外道では決してないのだから。

 

そんな相手に、淡々と見たままを伝えられるほど遊良とて無感情にはいられず…家族を失う悲しみを、遊良ほど理解している者もそうは居ない。

 

だからこそ、自分の感情すら纏まっていないこんな状態で、下手なことは言ってはいけないのだ。それは、何を知っていようとも。

 

 

いや、何も知らないからこそ…

 

 

 

 

「ふざけないで!何で黙ってるのよ!」

 

 

 

 

そんな、何を言って良いのか、または答える気が無い様子の遊良を見かねたように、更に遊良へと詰め寄って、紫魔 アカリはその表情を今まで以上に追い詰まったようなモノへと変える。

 

 

焦りと苛立ち、怒りと困惑。

 

 

妹である自分が何も知らないというのに、一体どうしてこの男が何かを知っているというのか…

 

そんな言葉が、声に出されなくとも手に取るように態度から発せられ…

 

 

 

「何か知ってるんでしょ!?だったら黙ってないで話してよ!」

 

 

 

 

そうして、紫魔 アカリは衝動的に遊良の胸倉を掴み…

 

 

 

 

「私の姉様なのよ…だから…」

 

 

 

 

我慢が効かなくなった子どもの様な声を、小さく漏らして…

 

 

 

 

「わたしのねぇさま…かえしてよぉ…」

 

 

 

 

悲痛な叫び、溢れる涙。

 

いくら『義理』の家族だったとはいえ、これまで彼女達が過ごして来た時間はまさしく『本物』だったのだろう。

 

吐露される彼女の感情を見れば、嫌でも遊良には伝わってくる。心の底から彼女達は『姉妹』であったこと。血の繋がりの濃さなど関係なく、本当の『家族』となっていたこと。

 

その全てが『本物』であったことは、誰であっても容易に想像がつき…溢れる少女の涙がそれを確かに物語り、心の底から『姉』の行方を心配している真意が遊良にだって伝わってくるものの…

 

 

 

「…」

 

 

 

それでも、何も言ってはいけない。

 

『現実』の裏で、どんな『真実』があったのかを遊良は知らないのだから。ソレを知ることが許されるのは、あそこに居た『事実』を知る者だけ。

 

 

…疑惑はある。自分の知る『師』から考えられうる、何か自分の知らない『真実』があるのでは無いかという、そんな疑惑が。

 

…疑問もある。他の人間達の【黒翼】のイメージは知らないが、自分の見てきた師からは考えられないようなあんな『らしくない』行動を、一体どうして師は取ったというのだろうかという、そんな疑問が。

 

 

しかし、その『真実』を知らない遊良は、これ以上の言葉を言うこともなく…

 

 

 

「…ごめん…」

 

 

 

 

それだけ言って、掴まれたその手を振りほどくと遊良は一目散にその場から駆け出し始めた。

 

 

その後ろで、少女が泣き崩れたであろう『音』が静かな夕暮れの中響き渡り始めたが…

 

 

ただの一度も、振り返ることなく…

 

 

―遊良は、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜も更け、街中で鳴らされていた復興の喧騒も聞こえなくなったような、そんな遅い時間でのこと。

 

人々の多くも既に寝静まっているであろう時間帯、通行人もほとんど見かけないような暗い道。そんな、決闘市の外れにある小さいながらも立派な佇まいのBarの入り口を…

 

その前に立った一人の男がその扉を開いた。

 

 

 

「…いらっしゃいませ。お待ちしておりました、砺波様。」

「こんばんわ。ここに来たのも随分と久しぶりですね…彼はもう来ていますか?」

「はい、既にお待ちになられております。どうぞあちらへ。」

 

 

 

着ていたコートを預けると、Barのマスターに通され慣れた足つきで店の奥へと歩いていくイースト校理事長、砺波 浜臣。

 

若かりし頃…それこそ、王者【白鯨】となり多忙を極める前まで、幾度となく通いつめた行き着けであるこのBarに今、彼がこんな夜も更けた時間にわざわざ足を運んだのにも理由があった。

 

酒を嗜む者ならば、まだまだ飲み明かすであろうこの休日前の深夜だというのに…不思議なことに、普段は常連で一杯になっているこのBarには砺波と『もう一人』の他に、誰も客は居らず。

 

その代わりに、たった一つの大きな気配が店のカウンターから放たれていて…それはまるで、意図的にこの店に他人が入ってこられないよう圧力をかけられているかのよう。

 

そんなとても重苦しく異質な雰囲気が、このBarの中には充満していて。

 

そんな、声をかける事も憚られるような『只ならぬ圧力』を持った人物に対し、砺波は全く気後れした様子もなく声をかけた。

 

 

 

「もう来ていたんですか。あの遅刻魔が珍しい。」

「カッカッカ、俺ぁ酒飲むときゃ早ぇんだよ。」

 

 

 

そう、砺波がわざわざこの時間にBarにまで足を運んだその理由…【決闘世界】構成員であり、決闘学園イースト校理事長を勤める、元シンクロ王者【白鯨】に声をかけて呼び出せるような人物など、この世を探してもそうは居ないだろう。

 

 

 

―天宮寺 鷹峰。

 

 

それは紛れも無い、あの『異変』の中心で暗躍していた【黒翼】からの、直々の呼び出しだったのだから。

 

 

 

「…それで、わざわざ私を呼び出して何の話ですか?」

「そう急ぐこたぁねぇ。一杯ぐれぇ飲んでからでもいいだろうが。まぁ座れ。」

「…いいでしょう。すみません、マスター…」

「一杯目はいつもの…ですね。」

「…流石ですね。覚えていたとは。」

 

 

 

現役時代の過去、幾度と無く通いつめただけあって常連客のルーティーンを完璧に把握しているBarのマスターに敬意を表しながらも、即座に作られ届けられた酒を一口頬に含み、その味を懐かしみながら砺波は深く一息ついて。

 

こうして、【黒翼】と【白鯨】が一緒のカウンターに座って共に酒を飲んでいるという場面はかつての彼らからでは想像すら出来なかった光景だろう。

 

その珍しくも希少な光景を、Barのマスター以外は見ることが叶わないのが悔やまれるものの…しかし、そんな彼らが一同に介したということは、とてつもなく厄介な『事情』があってこそだということをマスターも当に理解しているのか。

 

聞く耳を立てないようにして、【黒翼】と【白鯨】に酒の御代わりを差し出すと…誰に言われるまでも無く、店の奥へと姿を消していく。

 

完璧なる個室、他の気配も無い絶界。

 

完全に外界と隔離されたこの空間において、【王者】達の話を聞ける者など既に存在しておらず。

 

そんな、完璧なる人払いが済んだところで…

 

 

静かで荘厳な音楽に隠れるようにして、砺波が問いかけるように再度その口を開いた。

 

 

 

「…ヒイラギさんは…無事に出ましたか?」

「カカッ、やっぱ気付いてやがったか。」

「フッ、伊達に長い付き合いではないですからね。貴方が『あんな行動』を取るなんて、誰だっておかしいと思います。」

 

 

 

それは、いきなりの話の本題。

 

しかし、『異変』の裏で起こっていた『真実』に、誰に教えられるわけでもなく地力で辿りついた砺波だからこそ踏み入れる領域。

 

きっと、他の誰であってもその『本筋』に辿り着くのは容易では無いはず。また辿りついたとしても、【黒翼】相手にそんな命知らずな台詞を吐ける様な猛者もこの世界には少なく…

 

それは、いがみあったり衝突しあったりしてきても、この数十年という永きに渡り共に競り合ってきた彼らだからこそ交わせる会話なのだろう。

 

余計な問答はいらない。確信に踏み入れる覚悟のある者同士だけが、この場に居られるのだ。

 

 

 

「お前さんの想像通りだ。…俺様にだって、事情ってもんがあったんだよ。切り捨てられねぇ、切り捨てる気もねぇ面倒臭ぇ事情がな。」

「全く、本当に昔から不器用な男だ。その事情の所為で、あなたの弟子の一人は傷をかかえてしまったようですが。」

「カカッ、遊良のことなら問題ねぇ。わざわざテメェに任せたんだからよ、なぁ、お優しい理事長先生よぉ。」

「…しかし、まさか貴方の弟子を私が見ることになるとは。」

「それがテメェの罪滅ぼしだ。これまで散々遊良につっかかった、大人気無ぇテメェのなぁ。」

「…わかっています。逆恨みとはいえ、あんな歳の子どもに随分と酷い扱いをしてしまいましたからね。」

 

 

 

先の『異変』を経て、『正気』を取り戻したことで砺波も今まで自分が行ってきた行動の愚かさを思い知ったのだろう。

 

あまりに酷く、あまりに醜く…そして、あまりにみっともなかったあの態度。

 

それは、かつて世界最強のシンクロ使いとまで称された【白鯨】のとっていいような態度ではなく…あろうことか、自分の学園の生徒『一人』に向けていい感情では決してなかったのだから。

 

 

 

「しかし、確かにアレは貴方の弟子だが、今は私の生徒でもある。つまり、私の好きなように鍛えてもいいんでしょう?」

「あ?…あー、そうだな、好きにしろい。その方があのガキにもいい刺激になるだろうからよ。」

「フッ、アレは叩けば叩くほど光る素材だ、今日も面白いモノを見せてもらった。」

「だろ?カカッ、あんな面白ぇ素材を放っておくにゃ勿体無ぇってんだ。」

「アレだけの素材を貴方のような大雑把な男一人に任せておくのも勿体無いですが。だから私がしっかりと矯正しておいてあげましょう。」

「おうおう、言うねぇ。流石は理事長先生様だ。ちなみに、他2人のガキも結構面白ぇぜ?」

「…貴方の孫は少々口の聞き方がなっていませんが。全く、誰に似たんだか。若い頃の誰かにそっくりだ。」

「知らねぇなぁ、カッカッカ。」

 

 

 

 

そして、再び流れる静寂の音。

 

お互いに同じタイミングでグラスを傾け、その苦味と輝きを口の中に広げて流し込み…Barの中に溢れる異質な雰囲気が、微かに流れるジャズの音色と重なってより一層この空間を外の世界と切り離している。

 

 

これまでの長い間…それこそ、お互いに知り合った頃から数えてもう数十年。

 

 

本当に色々な事があった。ぶつかって、ぶつかって、ぶつかって…そしてぶつかってきた、そんな相容れない存在であったはずのエクシーズ王者とシンクロ王者が、今こうして席を同じにして酒を飲んでいるという、このあまりに非現実的な光景を映し出していることすら一種の奇跡。

 

とは言え、コレまでの人生の大半を『決闘』によって語り合ってきた世界最高峰の決闘者である【黒翼】と【白鯨】にとっては…これ以上、上辺だけの言葉を多く重ねる必要すらないのだろう。

 

 

そうして…

 

 

しばらくの静寂が響いた後…

 

 

 

「チッ…」

 

 

 

徐に鷹峰が椅子から降りて、その場に立ち上がったと思うと砺波を背にコートを羽織り始め…そのまま、砺波に背を向けたままでその口を開いた。

 

 

 

「…俺様はまたしばらくこの街を離れる、ガキ共の事は頼んだぜ。…今回の事で、色々と『勘付いた』奴もいるだろうからよ。」

「わかっています。特に…高天ヶ原さんですね。」

「…おう。やっぱわかってやがったか。」

「【神】を持つ少女…【決闘世界】にも、今回の【神】出現の報告は上がっていますが…まさか、それが高天ヶ原さんからだとは思いませんでした。…ひとまずこの情報は私のところで止めていますが…しかし、『奴ら』にまで情報が行けばどうなることか…」

「カカカッ、流石はお優しい理事長先生だ、手が早いこった。…おう、任せたからよ。ランも待ってっし、そろそろ俺様は出る。これで言う事は全部言ったからな。」

 

 

 

誰に聞かれることもない空間で、誰にも聞かれてはいけない言葉を交わした二人の【王者】。

 

この世の『裏側』には、まだまだ子ども達が知らない『闇』が多く存在していることは事実…しかし、その『裏側』から忍び寄る魔の手は、決して遠慮も配慮もすることなくいつどこからでも『表側』へと向かって忍び寄ってくるのだ。

 

それを守るのもまた大人の務めなのだということは、人を教える立場にある砺波にとっては至極当然なのだということを含めた返事を返して。

 

 

砺波もまた、決して鷹峰の方など見ずに…

 

 

酒のグラスを手に、顔を俯むかせたままで。

 

 

 

「…お気をつけて…なんて、貴方には不要でしょう。精々野垂れ死なないようにしてください。」

「カッカッカ、テメェに心配されるようじゃあ俺様もお終いだぜ。似合わねぇこたぁ言うもんじゃねーぞこら?」

「おや、私達は『ダチ』なのでしょう?少なくとも、私にはそう聞こえてましたが?」

「チッ、あんな状態だった癖に、面倒なことだけはしっかり覚えてやがる。」

 

 

 

背を向けたままではあるものの、この時の鷹峰は一体どんな表情をしていたのか。

 

誰にも見られることはないからこそ、ソレを知ることが出来るのはこの場には居らず…しかし、その纏った雰囲気の変化で、少なくとも砺波にだけは理解できたはず。

 

そうして鷹峰はその手を軽く上げ、砺波へと言葉をかけて…

 

 

 

「あばよダチ公。次会うときゃ、もしかしたら戦りあってっかもな。」

「フフッ、そうなったら派手に散らしてあげますよ。…【白鯨】の名にかけてね。」

「…カカッ、言うじゃねーか。…まっ、楽しみにしてっぜ。」

 

 

 

静かに…その場を後にした。

 

 

 

「…全く、本当に不器用な男だ。」

 

 

 

その瞬間、唐突に軽くなった雰囲気と、異質な空間となっていたBarの中に放られた砺波の言葉が…

 

 

薄暗いライトに照らされ輝く酒の雫と、グラスの中で静かに溶けゆく氷と混ざり合い…

 

 

…これからの行く末を、憂いていた。

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

雲ひとつ無い晴天、満開に咲き誇った桜の花。

 

どこか寂しさを孕ませたこの暖かな街の雰囲気は、今日という『この日』を確かな一つの『区切り』とするべく街中に広がっているに違いないだろう。

 

そんな決闘市中に光り輝く別れの涙と、これからの少年達の未来を写し照らすであろう唄が決闘市の東西南北から鳴り響き…

 

この街に居る誰もが新たな旅立ちを迎える少年達を称え、今日と言う『この日』をこれ以上無い程に盛大に祝していた。

 

 

これまでの3年間、彼らには本当に色々なことがあった。

 

 

―人々の上に立ち続け、常に最前線でその強さを街中に見せ付けてきた者。

 

 

―己の目的を強く持ち、常のその強さを磨いてきた者。

 

 

―人々との輪を保ち、常にその輪の中心で明るく輝いていた者。

 

 

―後続たちの先頭に立ち続け、常にこれからの未来を照らそうと勤めてきた者。

 

 

―そして…輝くことは叶わなかったものの、自分の持てる全てを持って、全力で立ち向かってきた者。

 

 

千差万別、多種多様。

 

 

そんな色取り取りの原石たちが、これまでの長く厳しかった…しかし短く楽しかった学生生活を終え、これから新たな『道』へと向かって飛び立とうとしているのだ。

 

涙を流す者がいる、笑顔で巣立つ者もいる。誰もがその心に浮かべている感情は異なるモノで、しかし誰もが同じ気持ちで『この日』を迎えていたはず。

 

そんな東西南北で響き渡る泣き声の混ざった歌声が、決して終わりたくないという感情を前面に押し出し…

 

しかし確かに迎えなければいけない終わりに、静かに辿りつき始めた…

 

 

 

―その『東地区』で、それは叫ばれた。

 

 

 

 

 

『卒業生!退場!』

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

決闘学園イースト校が誇る、大きくも荘厳な造りをしている巨大なるデュエルスタジアム。

 

そのメインゲート、正面入り口が堂々と開き…3年間の長きに渡る、しかしどこか短かった学生生活を修めた『卒業生』達が、晴れ晴れとした顔、崩れた泣き顔、様々な表情を持ってこの場から退場を始めた。

 

 

 

「泉せんぱーい!!私達のこと忘れないでくださぁぁぁぁい!」

「やだぁー!泉先輩卒業しちゃやだぁぁぁあ!」

「虹村先輩!ありがとうございましたぁぁぁぁぁあ!」

「プロに行っても頑張ってくださぁぁぁぁぁぁい!」

 

 

 

その瞬間、外で『卒業生』達を待っていた在校生たちが、歓喜と悲観の混ざった様々な泣き声漏らして『卒業生』達を包みこんで。

 

『個人』に向けた歓声から、『全員』に向けた賛辞までその声の質は多岐に渡り、そのどれもがこれから巣立つ先人たちを大いに称える言葉となっていることだろう。

 

そんな在校生たちの感極まった奔流が一瞬にして『卒業生』達を飲み込こみ…何時までも別れを拒むかのようにして、これまであった色々なことと、そしてこれからの行く末と不安が混ざり合い飛び交いあって、何時までも収まらぬ『言葉』の渦となっているかのよう。

 

 

 

「おい泉、皆お前に卒業して欲しくないみたいだぞ。もう一年ここに居てやったらどうだ?」

「はは、それも楽しそうだけど…でも、僕達の先輩たちがそうだったように、僕達が何時までもここに居ちゃいけないよ。そうだろ、虹村。」

「…あぁ、そうだな。」

 

 

 

その歓喜の悲嘆の暴風の中で、人一倍大きな歓声を浴びせられている『卒業生』の内の『2人』が…祝福と感涙の嵐に掻き消されることなく、互いに言葉を交わしていた。

 

 

一人はその爽やかな容姿と分け隔てない性格、そして確かなデュエルの実力を揃え、周囲からの羨望を集めてもなお折れることのない屈強な精神を持った、芯の強いデュエリスト。

 

一人は他人に厳しく、そして自分には更に厳しさを求めるものの、常に後進のためを思い、そしてその思いを確かに受け継いだ後輩たちから絶対の信頼を寄せられる、重厚なる佇まいの持ち主。

 

 

 

 

―シンクロクラス3年、泉 蒼人

 

 

―エクシーズクラス3年、虹村 高貴

 

 

 

1年生の頃から頭角を現し、2年生で【決闘祭】出場を勝ち取り…そして3年生になってからは色々あったものの、それでもこの『決闘学園イースト校』が誇る双璧であり、学外でも有名となっている強者の2人。

 

無論、そんな彼らに与えられる言葉の数々は歯止めが聞かないかのようにして感涙に塗れており、誰もが彼らの『卒業』という門出を祝っていることには違いないだろう。そう、誰もが彼ら2人の『これから』の展望を称え、その声を大にして我先に賞賛を与えようとして詰め寄ってきているのだ。

 

何せ、彼らが成し遂げた偉業…

 

その過去に類の無い『特例』を知った在校生たちが、その興奮を押さえきれないとしてもそれは仕方ないことなのだから。

 

 

そう、イースト校始まって以来…いや、【決闘市】の歴史から見ても特例中の『特例』を知った在校生たちからの賛辞…

 

 

何と、泉 蒼人と虹村 高貴…イースト校史上初めてとなる、次年度から『2人の学生が同時にプロ入り』するという、その賛辞を。

 

 

あの『異変』の後、【決闘世界】の厳正なる審査の元…

 

 

特例中の『特例』として、各学園において数年に一人与えられれば良いというレベルであるプロテストの『本試験への推薦』が、何とイースト校の『泉 蒼人』と『虹村 高貴』、ウエスト校の『竜胆 大蛇』、サウス校の『獅子原 エリ』へと与えられたのだ。

 

 

無論、昨年度【決闘祭】優勝者であり今年度第3位という輝かしい成績を刻み込んだ、絶対防御、『鋼鉄』のデュエリストと呼ばれたウエスト校3年、十文字 哲においては、これもまた【白竜】以来となる『プロ試験免除』にてプロ入りが既に決まっていて。

 

 

…それは、表向きには昨年度の成績を加味した厳正なる審査の元。

 

 

…その実は、混乱を起こしてしまったとある『少女』の懇願と謝意が、【妖怪】へと聞き入れられて実装された結果なのだという真実は、決して誰にも知られていけないこと。

 

 

また余談ではあるが、ノース校においては誰にも『推薦』は与えられず…寧ろノース校においては、『何も無かった』というのが果てしない『温情』となっていることは、最早説明するにも及ばないことだろう。

 

 

とは言え、先日行われたプロテストの『本試験』においても、高等部の学生である彼ら『全員』が、見事その『実力』を持って正々堂々と『合格』を叩き出したモノだから、もう決闘市中はその驚愕と賞賛で溢れかえっていて。

 

2年生時、そして3年生時に巻き起こした【決闘祭】での盛り上がり。まさに『黄金世代』と称された中でも中心となっていた学生のほとんどが、なんと同時期に『プロデュエリスト』として活躍するというのだから…それで盛り上がれない住人など、この【決闘市】には存在しないと言える。

 

 

そうして2人は共に並んでゆっくりと歩き、いつまでも止まぬ歓声と賞賛の竜巻の中で、蒼人と虹村は静かに言葉を交わして…

 

 

 

「虹村、頼みがあるんだけど…いいかな?」

「あぁ、わかっている。ここは任せておけ。」

「…ありがとう。何も聞かないで分かってくれるなんて、流石は虹村だ。」

「まぁお前とも長い付き合いだからな。いいからさっさと行ってこい。…俺も、最後にここでやることがある。」

「そっか、『君も』なんだね…頑張って。」

「…お前もな。」

 

 

 

そうして喧騒の中で、何やら短く言葉を交わした二人の卒業生たち。

 

 

…彼らが何を話していたのか、それを聞き取れた者はここには居らず。

 

 

誰もが、様々な思いを抱きながらこの学び舎を巣立っていく今日という日。ソレを見送る在校生達もまた、これから訪れる虚無感と責任感の重圧に耐えていかねばならず…しかし、必ず訪れるこの別れもまた、決して繋がりの終わりではないことを全員が知っているからこそ、今こうしてこの時にしか交わせない言葉を飛び交わせているのだ。

 

 

 

―轟く喧騒、飛び交う賛辞。

 

 

 

何時までも鳴り止まぬ、誇るべき『卒業生』たちへの言葉の雨。

 

 

 

そんな歓喜の喧騒の動乱を…

 

 

 

上階の教室の窓から、遊良と鷹矢とルキが見下ろしていた。

 

 

 

 

「…先輩たち、卒業しちゃったね。」

「あぁ、そうだな。」

「…寂しくなるね、もう先輩たちには会えないなんて。」

「む?別に会えないことは無いだろう。街に出ればそこらに居そうではないか。」

「違うよ、もう。これで先輩たちはイースト校の学生じゃなくなるから、これまでみたいに授業とかで一緒になることはないんだなーって思って…」

「って言っても俺は元から『召喚別授業』受けてないからよくわからないけどな。」

「…もー、遊良までそんな事言って。」

「はは、悪い悪い。でも確かに、今まで居た人達が居なくなるっていうのは何か…寂しいな。」

 

 

 

ほぼ全ての生徒が『卒業生』達の元に集っているこの光景の中で、3人だけ教室内で『下』の喧騒を見下ろしている遊良達。

 

そんな彼らの声も、含ませた感情は『下』にいる在校生たちと同じく…鷹矢は除いてだが…どこか寂しさを孕んだような、微かな虚無感を発している様子。

 

 

ルキからすれば、交流の多かった先輩たち。

 

鷹矢からすれば、戦い慣れた先人たち。

 

…そして遊良からすれば、『色々』と一悶着も二悶着もあった先達たち。

 

 

そんな人々が、これから綺麗さっぱりいなくなるのだ。

 

各々思うことは違っても、その根本に浮かび上がる寂しさという感情は、鷹矢を除いてきっと同じはず。

 

 

そうして未だ静まらぬ、寧ろどんどん大きくなる喧騒を見下ろしながら…遊良は、鷹矢へと向かって口を開いた。

 

 

 

 

「おい鷹矢…そろそろ行くか?」

「うむ。」

「あ、二人ともやっぱりやるんだね。」

「あぁ…『約束』、だからな。」

「うむ。」

 

 

 

秘めたる思いと確かな『約束』。

 

先ほど鷹矢が言ったように、これからも『卒業生』たちには『どこか』で顔を合わせる機会はたくさんあることだろう。

 

…しかし、ルキの言葉の通りこの『イースト校』で、同じ制服を着て、同じ授業を受けて、同じ時間を共有することは、これから先には決して無いのだ。

 

 

―これが、最後…

 

 

だからこそ、遊良も鷹矢も己の内に秘めた『何か』を持って、『約束』を果たそうとしていて。

 

 

そんな遊良へと向かって、ルキが少々ふて腐れたような顔をして…

 

 

 

「…ねぇ遊良、私本当に付いてったらダメ?私も見たいよ。」

「ダメだ。ルキは鷹矢に付いていってくれ。」

「むー…」

「頼む。」

「…わかった。でもちゃんと後で詳しく教えてよ?」

「あぁ、わかってるって。」

「…じゃ、後でね。」

「あぁ。」

 

 

 

しかし、遊良の思いを理解しているからこそ、ルキも無闇に食い下がることなく引き下がったのか。

 

そのままルキが教室を出て行き、一足先に教室を出て歩き始めていた鷹矢に追いついて、2人が何か話し始める様子を見送った遊良。

 

 

この後、きっとこの『下』で起こる喧騒はこれまで以上に盛大に盛り上がることだろう。

 

これから『何』が起こるのかを知っている遊良からすれば、それは容易に想像できるものの…

 

しかし、この『門出』の場においても、鷹矢へと向けた『違う意味』での心配がどこか遊良の心には募ってきている。

 

 

 

「鷹矢の奴、下手なこと言わなきゃいいけど…じゃ、俺も行くか。」

 

 

 

…しかし、ずっと鷹矢への心配もしてはいられない。

 

鷹矢のことは、ルキに任せた。

 

これから先、自分は自分の心配をしなければならない。

 

それを心に刻みなおし、『約束』の場へと向かって誰一人として居ない校舎の中を、急ぎ足で遊良は歩き始める。

 

その心に、押さえきれない『感情』を溢れさせながら。

 

 

 

 

 

―心が躍る。

 

 

 

―この日、この時、この場所で。

 

 

 

―こんなにも楽しいことが出来るだなんて。

 

 

歩みから、早足へ…早足から、駆け足へ。

 

 

その思いとともに、遊良は目的の場所へと向かって、その足を速めていって…

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

「…まだ、来てない…よな。」

 

 

 

 

遊良が扉を開けた瞬間。

 

暖かな風がこの『屋上』に吹き、頬を掠める桜の花びらが、遊良の心をより一層囃し立てた。

 

 

普段は、あまり生徒の来る様な場所ではないこの場所。しかし遊良からすれば、色々と思うところがある場所。

 

 

何も感じないわけが無い。この『屋上』で、初めて遊良は幼馴染たち以外での『味方』を得たのだから。

 

 

そして、感情が溢れそうになる『この場所』に遊良が足を踏み入れたその瞬間…

 

 

 

―!!!

 

 

 

『卒業生』たちと在校生たちでごった返している『下』から、先ほどの喧騒とは比べ物にならないほどの轟きが響き始めた。

 

それは、どこか【決闘祭】で掻き鳴らされた人々の歓声と言う名の轟きに似ていたことだろう。

 

 

…どうやら、鷹矢は上手くやったようだ。

 

 

『下』からは死角となっていて、決してその光景を見ることは叶わないこの『屋上』からでも…ソレが、まるで手に取るように分かる遊良。

 

後は、自分。

 

今か今かと待ち人を待ちわびる遊良の心が逸り…

 

その時を永遠とも錯覚するほどに心臓の鼓動が回転を上げていき…

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

「…やぁ、待たせたね、遊良君。」

 

 

 

他の誰も居ないこの屋上に…静かにもう一人の声が放たれた。

 

 

 

「蒼人先輩…よく抜けられましたね。」

「うん、ちょっと大変だったけど、虹村が何とかしてくれてさ。…天宮寺君がね、来てくれたから。」

「はい。鷹矢の奴も、虹村先輩とデュエルをするんだって言って、昨日から張り切ってて。」

 

 

 

それは、初めて会ったあの日と同じ。

 

この『屋上』で交わした会話の時と同じような…敵意など無い、心から自分を認めてくれているのだと、遊良にだってはっきりと理解できるような蒼人の声がこの屋上に広まり始めて。

 

アレだけの観衆の中を、蒼人はこうして誰にも見つからずにここまで来たのだ。

 

『下』に突如現れた鷹矢が、虹村へと放った言葉によって起こった一瞬の喧騒に紛れて…自分への注意が一瞬だけそれたその瞬間に、即座に『下』を離れてこの屋上まで駆け上がってきたのだろう。

 

そうまでして、蒼人が『屋上』にまで来た理由。

 

それは決して他の学生たちには、わかるはずもない遊良と蒼人、2人だけの確かな『約束』のためであって。

 

 

 

「僕が入院していたり、その後も混乱でゴタゴタしていてそれ所じゃなかったけど…遊良君、これでやっと君との『約束』を果たせる。君には随分と迷惑をかけた…選抜戦のときも、その後も…」

「いえ、俺の方こそ、先輩には随分と助けてもらいました。だから、謝って欲しくなんかないです。御礼を言うのは俺の方なんですから。」

「…ははっ、やっぱり君は凄いよ。この一年間で『あんなこと』が沢山起きたのに…いや、ずっと辛い目に遭ってきても、それでもこうして強くいられる。それは君にしかない、君だけの強さだ。」

「…あ、ありがとうございます。」

 

 

 

どこまでも優しく、しかしはっきりと自分の『本心』を包み隠さず伝えてくれる蒼人の声。

 

決して、初めからわかりあえた関係ではない。

 

 

…突然の邂逅に、戸惑うこともあった。

 

…あまりの変貌に、ぶつかって傷つけ合った。

 

…悩み苦しんでいたところを、支えてもらった。

 

…最後の最後まで、信じてくれた。

 

 

遊良にとって、幼馴染以外で初めて出会えた自分の『味方』。

 

 

―Ex適正が無い…

 

 

それは、この世界においてどうしようもないくらいに『出来損ない』の証。

 

 

ただ、呼吸をしているだけの存在。こんな不出来な人間は、『決闘者』ではないと言い放たれたほどに…天城 遊良という、たった一人の少年の本質を『見ようともしない』人間たちは、簡単に遊良の『敵』となっていたというのに。

 

 

世界から蔑まれていたこんな自分を、偏見なく見てくれて…

 

…そして、心から信じてくれた、信頼出来る唯一の『味方』

 

 

幼馴染とは違う繋がり。師弟とも違う繋がり…ようやく出来た、『他人』というカテゴリーの中で唯一の遊良の理解者となってくれた人。

 

いや理解者ではない、遊良を認め、遊良が認め、そして遊良と認め合った、そんな『対等な仲間』という、この世で初めて出来た遊良の『味方』が、今ここにいるのだ。

 

 

 

「…よし、じゃあ始めようか。誰も見ていないけれど、そんなことは関係ない。ここで…初めて話し合ったこの場所で…」

「…よろしく、お願いします。」

 

 

 

そんな先輩に出会えたことが、遊良にとって誇らしくないわけがない。

 

遊良に溢れる感情は、これまで敵の多かった自分に芽生えることが無かった、そんな『異質』なモノを確かに心に覚えさせていることだろう。

 

 

―世界は確かに残酷だ。

 

 

弱者を簡単に見捨ててしまい、弱者を簡単に切り捨ててしまう。

 

しかし、自ら成長しようと足掻き続けた者が決して報われずに終わる『わけがない』ということも、紛れもないこの世の真理。

 

 

 

これが、このデュエルが…

 

 

 

―そう、この『決闘』が。

 

 

 

『イースト校の学生』と言う、遊良と蒼人が同じ所で戦える、最初で最後の約束の機会。

 

 

 

「いくよ、遊良君…」

 

 

 

デュエルディスクを転開し、デッキが現れ手札を引いて…

 

 

 

 

「僕達にしか出来ない戦いを…『約束』の決闘を…」

 

 

 

 

言葉が溢れ、感情が弾け…

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、楽しいデュエルをしよう!」

「はい!」

 

 

 

 

 

二人は、叫ぶ。

 

 

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

 

 

そして、始まる。

 

 

先攻は、蒼人。

 

 

 

 

「僕の先攻!僕は【ナチュル・アントジョー】を通常召喚!」

 

 

 

【ナチュル・アントジョー】レベル2

ATK/ 400 DEF/ 200

 

 

 

開始早々、蒼人の場に現れた可愛らしい見た目をした蟻のようなモンスター。

 

攻撃力も低く、守備力も低い…かつて遊良が蒼人と戦った時の【インフェルニティ】とは、まるで真逆の、蒼人の操るモンスターの内の一体。

 

しかし、その可愛らしい見た目に騙されてはいけない。これこそ、この【ナチュル】たちこそ泉 蒼人というデュエリストの本来のデッキなのだ。

 

彼が『闇』に憑かれていた時の実力と、『今』の蒼人の力は本質からして強さが違う。あの選抜戦の時に、本来の蒼人と遊良が戦っていれば…遊良に勝ち目など無かったはずなのだから。

 

 

 

「そしてカードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

 

 

蒼人 LP:4000

手札:5→2枚

場:【ナチュル・アントジョー】

伏せ:2枚

 

 

 

「来い、遊良君!僕と、僕の【ナチュル】達の全力を!君に見せてあげるよ!」

「はい!蒼人先輩、俺も…全力で行きます!俺のターン、ドロー!」

 

 

 

そうして、静かな立ち上がりではあるが、決して油断など出来ない雰囲気のままそのターンを終えた蒼人を見て…遊良もまた、初めからその勢いを爆発寸前まで高めて戦いに望んでいる様子。

 

 

―油断などしない、油断など出来るわけがない。

 

 

選抜戦の時のデュエルなど、参考にもならなければ勝ったとも遊良は思っていないのだ。

 

こうして【決闘祭】を経たからこそ、真正面から蒼人に立ち向かえる強さを得たとはいえ…それは、こうしてようやく『同じ立ち位置』に辿りついたということを遊良に理解させたと言うことで、蒼人の過去のデュエルを研究していた遊良は既に気が付いている。

 

 

…それは紛れも無い。

 

 

蒼人も既に、一つ上のレベルである『壁』を、遊良と出会うよりも遥か昔に超えていたということであって。

 

 

 

 

「【堕天使の追放】を発動!デッキから【堕天使スペルビア】を手札に加える!続いて魔法カード、【トレード・イン】発動!スペルビアを捨てて2枚ドロー!【堕天使イシュタム】の効果発動!手札の【堕天使ゼラート】と共に捨てて2枚ドロー!【闇の誘惑】を発動し、2枚ドローして【堕天使アスモディウス】を除外!2枚目の【闇の誘惑】も発動だ!2枚ドローし、【堕天使ユコバック】を除外する!」

「…流石、凄いドローだ。」

 

 

 

宣言どおり、初めから全力でデッキを回転させにかかる遊良。

 

微塵も油断できない相手、しかし戦うことを心から楽しみにしていた相手。そんな相手と、ようやく戦うことが出来るのだ。それなのに、生半可な様子見でターンを終えることなど勿体無いと言わんばかりに、その勢いを増していき…

 

 

 

「行きます!俺は手札から【堕天使の戒壇】を発動!墓地から【堕天使スペルビア】を、守備表示で特殊召喚!」

 

 

 

【堕天使スペルビア】レベル8

ATK/2900 DEF/2400

 

 

 

最初に現れたのは、遊良のデュエルにとって無くてはならない異形の堕天使。

 

展開の要であるこのスペルビアを蘇生させ、ここから一気に展開して畳みかけるのが遊良の戦法の一種。

 

 

「そしてスペルビアの効果で…」

 

 

そうして、遊良が異形の堕天使の効果を発動させようとした…

 

その時…

 

 

 

「おっと、【堕天使スペルビア】の特殊召喚成功時、僕は【ナチュル・アントジョー】の効果を発動!デッキから、2体目の【ナチュル・アントジョー】を守備表示で特殊召喚するよ!」

 

 

 

【ナチュル・アントジョー】レベル2

ATK/ 400 DEF/ 200

 

 

 

蒼人の場に飛び出てきた、2体目の蟻のモンスター。

 

相手の特殊召喚に呼応して、その逞しき顎を打ち鳴らしてデッキという聖なる森から仲間を呼び出すその共鳴は…

 

攻め寄る敵から蒼人を守る、堅牢なる盾となろうとしている様。

 

 

 

「特殊召喚反応型のモンスター…前に映像で見た…でも、ここで止まるわけには行かない!スペルビアの効果発動!墓地から【堕天使イシュタム】を攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 

 

【堕天使イシュタム】レベル9

ATK/2500 DEF/2900

 

 

 

しかし、ソレを見てもなお遊良は怯んだ様子を見せず。

 

そもそもスペルビアの効果は止まらないし、こんな序盤で手を止めるような自殺行為など出来るわけがないのだから。

 

いつもと同じ、遊良の戦いの始まりの形。

 

異形の堕天使と魅惑の堕天使…いつも、いつだって、遊良の進撃はここから始まるのだ。

 

一気に攻め切れるわけがないが、一気に攻めきる気持ちを持っていなければ一瞬でもって行かれる。それは『壁』を超えた者達の戦いを間近で見てきて、そして『壁』を超えた者達と戦ってきたからこその遊良の感覚。

 

 

 

「【ナチュル・アントジョー】2体の効果を再び発動だ!僕はデッキから【ナチュル・コスモスビート】と【ナチュル・フライトフライ】を、それぞれ守備表示で特殊召喚!」

 

 

 

【ナチュル・コスモスビート】レベル2

ATK/1000 DEF/ 700

 

 

【ナチュル・フライトフライ】レベル3

ATK/ 800 DEF/1500

 

 

 

そして、蒼人もまた自分と同じ領域に辿りついた遊良を前にして、遠慮も油断もする様子は見せず。遊良の堕天使の羽ばたきに負けず、次々と聖なる森の仲間を呼び出してはその勢いを増していく。

 

そのどれもが遊良の堕天使と比べると攻守も低く、また遥かに小さきモンスター達ではあるものの…しかし、攻守の高さだとか効果の強さだとか、そんな『些細』なことなど『決闘』と言うモノには関係ない。

 

どんなデッキを扱おうと強者は強者…いや、強者が自分の『魂』とも呼べるデッキやカードに出会い、そしてソレを扱うからこそどんなカードであってもそのカードにしか出来ない『強さ』が発揮されるのだ。

 

例え強いだけのカードを持っていたとしても、それが自分の『魂』とならなければただのカード。例え他人には弱いカードだとしても、そのカードと自らの『魂』が合致した者がそのカードを扱えば、それはとてつもなく強いカードと化けるのだから。

 

 

 

「【ナチュル・フライトフライ】がいる限り、僕の場の【ナチュル】の数まで、君のモンスターの攻守は下がる!この場合、君のモンスターの攻守は1200下がるよ!」

「色んな効果を状況に応じて使い分ける戦法…研究した通りだ。けど、まだ俺はモンスターを通常召喚をしていない!【堕天使イシュタム】の効果発動!LPを1000払い、墓地の【堕天使の追放】の効果を得る!デッキから【堕天使ディザイア】を手札に加え、【堕天使の追放】をデッキに戻す!行くぞ!【堕天使スペルビア】をリリース、レベル10、【堕天使ディザイア】をアドバンス召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【堕天使ディザイア】レベル10

ATK/3000→1800 DEF/2800→1600

 

 

 

天から堕ちし漆黒から、静かに現れるは鎧の堕天使。

 

闇に煌く鎧を纏い、敵を深黒へと引きずりこまんと武具を構え…目の前に群がる敵達を、厳しく睨んで宙に佇む。

 

例え攻撃力と守備力を下げられていても問題ない。そう言わんばかりに、遊良は悠々自適に浮かんでいる鎧の堕天使へと向かって命令を下すのみ。

 

 

 

「まだディザイアの攻撃力は1800!【堕天使ディザイア】の効果発動!攻撃力を1000下げることで、【ナチュル・フライトフライ】を墓地へ送る!」

「くっ…流石にすぐに対処してくるか…」

「よし、これで攻守は元に戻った!行くぞ、バトルだ!まずは【堕天使イシュタム】で、攻撃表示の【ナチュル・アントジョー】に攻撃!」

 

 

 

そうして蒼人の繰り出す多彩な戦法を掻い潜り、一時も攻める気持ちを捨てない遊良の宣言によって魅惑の堕天使が空へと飛び立つ。

 

狙うは、蒼人の繰り出したモンスターの中でも唯一の攻撃表示の蟻の一匹。

 

確かに、『決闘』において攻撃力の差など関係は無い。しかし、ソレはそこに至るまでの過程の話であり…幾重にも張り巡らされた攻防を経てソコに至ってしまえば、後は攻守の差によってLPが削られるのだ。

 

これは、『決闘』…遠慮など、している暇は無い。

 

 

 

 

「でもそうはさせないよ!攻撃宣言時に罠カード、【緊急同調】を発動!レベル2の【ナチュル・アントジョー】2体に、レベル2の【ナチュル・コスモスビート】をチューニング!」

「なっ!?俺のターンにシンクロ召喚!?」

 

 

 

だからこそ蒼人の方もまた、簡単には攻撃を許さない。

 

彼が発動した罠カードによって、2体の蟻が花の輪を潜り抜けて星へと変わっていく。

 

相手のターンに行われる、シンクロ召喚によって…蒼人を守りし守護獣を、この場に呼び出すために。

 

 

 

「聖なる森の守護竜よ、蔓延る悪意を噛み砕け!シンクロ召喚、レベル6!【ナチュル・パルキオン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ナチュル・パルキオン】レベル6

ATK/2500 DEF/1800

 

 

 

「あれは罠を封じるモンスター!…くそっ、攻撃は中止だ。俺はカードを3枚伏せて、ターンエンド!」

 

 

 

遊良 LP:4000→3000

手札:6→2枚

場:【堕天使イシュタム】

【堕天使ディザイア】

伏せ:3枚

 

 

 

攻撃を止め、ターンを終えた遊良にとって、ここで蒼人の守護竜と自分の魅惑の堕天使を同士討ちさせる手もあっただろう。

 

そうすることで、がら空きになった蒼人に鎧の堕天使の攻撃を喰らわせることが出来たのだから。

 

しかし、遊良はソレをしなかった。

 

それは、相手のターンに自発的に動くことの出来るイシュタムを残しておいた方が返しのターンでの蒼人の巻き返しに対応できると判断したのか…

 

それとも過去に痛い目を見た、蒼人の場にあるたった一枚の伏せカードを警戒したのか…

 

そんなこと、今ここで戦っている遊良本人にしかわからないものの、それでも今この状況においては彼らの全てが、この『決闘』の全て。

 

その心境など、戦っている彼らにしかわかるはずもない。

 

 

 

「僕のターン、ドロー!」

「このスタンバイフェイズ!速攻魔法、【禁じられた聖杯】を発動!【ナチュル・パルキオン】の効果を無効にし、攻撃力を400アップさせる!」

 

 

 

【ナチュル・パルキオン】レベル6

ATK/2500→2900

 

 

 

「このタイミングでパルキオンの効果を無効に…」

「はい、このままただ待っているだけだと、俺は何も出来なくなりますからね。…特に、先輩のシンクロモンスター達は。」

「流石の洞察力だ、やっぱり一筋縄じゃいかないね…僕は【ナチュル・パンプキン】を召喚!その効果で手札から、【ナチュル・ナーブ】を特殊召喚!…じゃあ行くよ、レベル4の【ナチュル・パンプキン】に、レベル1の【ナチュル・ナーブ】をチューニング!聖なる森の守護獣よ、寄せ来る敵を打ち払え!シンクロ召喚、レベル5!【ナチュル・ビースト】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ナチュル・ビースト】レベル5

ATK/2200 DEF/1700

 

 

 

続いて蒼人の場に現れるは、聖なる咆哮を轟かせる深緑の獣。

 

神聖樹を脅かす邪な者を、決して許すことのないように…主である蒼人の元で、その存在を大いに示す。

 

 

 

「やっぱり来たか、今度は魔法を封じるモンスター!」

「魔法カード、【貪欲な壷】発動。【ナチュル・アントジョー】2体、【ナチュル・コスモスビート】、【ナチュル・パンプキン】、【ナチュル・ナーブ】をデッキに戻して2枚ドロー!そして【強欲で貪欲な壷】も発動!デッキを10枚裏側除外して更に2枚ドロー!…よし、【死者蘇生】を発動するよ!【ナチュル・フライトフライ】を墓地から特殊召喚!」

 

 

 

 

【ナチュル・フライトフライ】レベル3

ATK/ 800 DEF/1500

 

 

【堕天使イシュタム】レベル9

ATK/2500→1600

 

【堕天使ディザイア】レベル10

ATK/2000→1100

 

 

 

そうして蘇った羽虫の共鳴が、再び遊良の堕天使達を弱体化させて。

 

遊良もかつて、蒼人のデュエルを必死に研究していたからこそ理解しているのだが…状況に応じて様々な効果を持つ仲間達を繰り出して、その時に応じて攻め方を変えるからこそ、蒼人のデュエルには弱点という弱点が見当たらないのだ。

 

攻撃力が低いのならば、相手の力を下げれば良い。

 

連続攻撃を仕掛けられても、次々に現れる仲間達が守ってくれる。

 

相手がどんな強力な効果をぶつけてこようとも、聖なる森の守護獣達が必ず蒼人を守る。

 

その全てのモンスターが蒼人にとっての切り札であり、その全てが頼れる仲間。どんな戦法で相手がかかってこようとも、その全てに対応してみせるまさにオールラウンダー。

 

 

 

「また攻撃力を下げられた…くそっ!」

「じゃあ行くよ!バトルだ!【ナチュル・ビースト】で【堕天使ディザイア】を攻撃!」

 

 

 

そうして迫る獣の姿が、力を奪われた鎧の堕天使へと襲い掛かる。先ほど自らを犠牲にしたためか、より一層その力を奪われた鎧の堕天使は今にも地に足がついてしまいそうな程に羽ばたきが弱いではないか。

 

そんな鋭利な爪撃が、今にもディザイアの鎧を切り裂こうとして…

 

 

 

「させるか!罠発動【神属の堕天使】!【堕天使ディザイア】を墓地へ送って、【ナチュル・フライトフライ】の効果を無効にし、LPを800回復!」

 

 

 

遊良 LP:3000→3800

 

 

 

それでも簡単に攻撃を許してやるほど、『今』の遊良とて甘くは無いだろう。

 

いくら蒼人が様々な攻め方で遊良へと向かってこようとも、これまでの戦いで色々な相手と鎬を削って戦ってきた遊良なのだ。今まで培ってきた戦いの記憶は、確かな遊良の戦術の引き出しとなって行動すべき時を遊良へと教えてくれているのか。

 

遊良が発動した堕天使の力…かつて神の元に居た天使達の、与えられていた力の残滓が蒼人のモンスターを飲み込んで鎮めて。

 

 

 

「これで攻撃力は元に戻った!」

「なるほど、これを使うためにパルキオンの効果を無効にしたのか。だったら…【ナチュル・ビースト】の攻撃は中止!続いて【ナチュル・パルキオン】で【堕天使イシュタム】を攻撃だ!」

「がら空きにはしない!【堕天使イシュタム】の効果発動!LPを1000払い、墓地の【堕天使の戒壇】の効果を得る!【堕天使ゼラート】を守備表示で特殊召喚し、その後【堕天使の戒壇】をデッキへ戻す!更に永続罠、【奇跡の降臨】発動!除外されている【堕天使アスモディウス】を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 

 

―!!

 

 

 

遊良 LP:3800→2800

 

【堕天使ゼラート】レベル8

ATK/2800 DEF/2300

 

【堕天使アスモディウス】レベル8

ATK/3000 DEF/2500

 

 

 

 

がら空きになりかけたにも関わらず、一瞬で堕天使達で溢れ変える遊良の場。

 

―入れ替わり、立ち代り。

 

次々に状況が変化して、幾度も場面が変わっていくこのデュエル。蒼人が場を変化させれば、遊良だって次々に堕天使達を呼び出し応じて、蒼人相手に一歩も引くことはなく。

 

…果たして、この場にギャラリーが居たとしても、『壁』を超えた者同士のこの戦いに付いてこられる学生達が一体イースト校には何人いるのだろうか。

 

そんなこの目まぐるしい遊良の状況の変化にすら、蒼人はまるで焦りもなく。更なる追撃の手を休めることもせず…

 

 

 

「でも攻撃は止めないよ!行けパルキオン、【堕天使イシュタム】に攻撃!ガイア・ファング!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐぅ…」

 

 

 

遊良 LP:2800→2400

 

 

 

そして…

 

 

このデュエルでの初のダメージが、遊良へと襲い掛かった。

 

 

それは、たかが『400』のダメージだったかもしれない。

 

 

しかし、このたった400のダメージが、今はっきりと流れがどちらに傾いたのかを分けたのだ。それは、お互いに一歩も引かずにここまで攻め合ってきた均衡が、僅かに崩れた証とも言えるのではないだろうか。

 

確かに遊良の場には、強力な力を持った堕天使が2体…しかし、2体ともこのターンが終了すれば弱体化してしまい、更に蒼人の場には魔法と罠を封じる強力な守護者が2体も君臨しているのだ。

 

 

 

「な、何とか場をがら空きにはしないで済んだけど…」

 

 

 

崩れた均衡、喰らったダメージ。攻めきられたが故に漏らしてしまった、遊良の静かな焦りの吐息。

 

たった400のダメージが、ソレをはっきりと自覚させてしまうほどに今の『僅かな』ダメージは『大きく』遊良に襲い掛かってきて…

 

想像していた以上に高く、想定していた以上に深い。

 

これが、この姿こそが、選抜戦の時のような『闇』に操られていた姿ではない、蒼人本来の実力。

 

いくら同じ場所へと辿りついたとは言え、ずっと前から『ここ』に立っていた者の心の余裕は、『壁』を超えたばかりの遊良にはまだまだわからないモノ。

 

それを、今まさにその肌で実感している様子を遊良は見せて。

 

 

 

「強い…攻めても守っても優位に立てないなんて。これが蒼人先輩の本気…まるで底が見えない…」

「どうだい遊良君、これが僕の守護獣達だ!」

 

 

 

きっと、【決闘祭】を最後まで戦い抜いた遊良でなければ、ここまで蒼人とは戦えるはずもなかったはずだ。

 

学園に多々いる、並みの実力程度のデュエリストならば…きっと、蒼人の外面だけしか見ることができずに、その実力の深さを測ることすら出来ないだろう。

 

自分が何をされているのかすら分からない内に、手も足も身動きも出せなくなってしまって…簡単に、LPを0にされていることだろうから。

 

爽やかで、誰にでも対等で、どんな時でも笑顔を絶やさない泉 蒼人という、この遥かな清流の如き精神を持った強大なデュエリストの…これが本来の力であり、これこそが本来の姿。

 

そんな蒼人は、均衡を崩して優位に立ったにも関わらず微塵も油断などした様子も無く…静かに、その口を開いて遊良へと声をかける。

 

 

 

「…遊良君、君は確かに強くなった。最初に出会ったときから比べて、比べ物にならないほどに。沢山の戦いを経験し、沢山の辛い目に遭ってきた…」

 

 

 

果たして、今こうして遊良へと声をかけた蒼人の心意はいかなるモノなのだろう。

 

LPが勝っている故の安堵か、先輩としての心の余裕か…それとも、もっと別の『何か』か。

 

きっと、蒼人の言った『辛い目』の中には、選抜戦での自分との戦いも含まれているのではないだろうか。

 

最初に約束したことを、果たせなかった申し訳なさ。折角分かり合えたというのに、それはお互いに傷つけ合った後だった…そんな、悔しさが。

 

 

 

「だからこそ!『今』なら君はどうやってこの場を突破する?君はこのくらいで諦めるほど弱いデュエリストじゃないはず、いくら追い詰められても、デュエリストだったらどんな状況でも逆転することを諦めちゃいけないんだ!僕はカードを1枚伏せてターンエンド!そしてフライトフライとパルキオンの効果は戻り、パルキオンの攻撃力も元に戻る!」

 

 

 

蒼人 LP:4000

手札:3→1枚

場:【ナチュル・パルキオン】

【ナチュル・ビースト】

【ナチュル・フライトフライ】

伏せ:2枚

 

 

 

「これからは君が先輩になっていく。君の【決闘祭】での活躍は、決闘市の全ての人が知っているからね…これからのイースト校は、君と天宮寺君が背負っていくことになるだろう。」

「はい…」

「でもきっと、まだ君を認めようとしない人も沢山いる。だからこそ僕が学園を去る前に、君には先輩として伝えておかなければいけないことが沢山あるんだ!」

 

 

 

きっと相手が遊良でなければ、蒼人もここまでの『枷』を遊良には与えなかっただろう。

 

蒼人から送られる言葉は全て、彼がこの3年間という『時間』をイースト校で過ごして来たからこその言葉。

 

 

―今日を持って、自分はこの学園を去ってしまう。

 

 

だからこそ、次なる世代に自分の思いと、そして自分が受け継いできた思いを残していかなければならないのだと、そう言わんばかりに今の蒼人は優しくも厳しく遊良の前に立ちふさがり…

 

まるでこの最後の機会、この『約束』のデュエルで、蒼人は『何か』を遊良に伝えようとしているかのよう。

 

 

 

「さぁ遊良君、君の強さをもっと僕に見せてくれ!」

「…わかっています。魔法も罠も封じられて、その上モンスターも弱体化させられてる…でも、こんな状況今までいくらでも経験してきた!だから、まだまだ俺は諦めてなんかない!」

 

 

 

叫びは奮起、呼応は決意。

 

この状況に置かれても、流れを蒼人に持っていかれても…遊良は決して諦める様子を見せず、更に自らを高めようとするべく自らを奮い立たせて。

 

遊良にとってこのデュエルは、蒼人と『対等』に戦える最後の機会。

 

これよりプロとなる蒼人と学生のままの遊良では、次の機会ではどう足掻いても社会的な『壁』が存在してしまうのだ。

 

それを、遊良がこんな程度で終わらせられるはずもなく。

 

 

 

「このまま…終わってたまるか!俺のターン、ドロー!…よし!」

 

 

 

だからこそ、こんなにも全力でぶつかっているというのに、ソレを超えて立ちふさがってくれる蒼人という偉大な先輩との最後のデュエルを、この程度で終わらせるわけにはいかないのだと言わんばかりに遊良は勢い良くデッキからカードをドローして…

 

 

今の自分が出せる以上の、持てる力の全てで遊良は蒼人にぶつかろうとするのみ。

 

 

―それが、そうすることが。

 

 

今日を持って『ここ』を飛び立つ蒼人への、盛大なる門出の唄になることを、遊良は知っているから。

 

 

 

「魔法も罠も封じられた…でも、モンスター効果は封じられていない!まずは【堕天使ゼラート】の効果を発動!手札の【堕天使ユコバック】を墓地へ送って…」

「そうはさせないよ!永続罠、【デモンズ・チェーン】発動!【堕天使ゼラート】の効果を無効に!」

「くっ、やっぱり通らないか…」

 

 

 

流石に、一瞬で状況を一変させられる力を持った赤き装束の堕天使の効果を、こんなにも簡単に蒼人が通してくれるはずがないだろう。

 

神をも封じる悪魔の鎖。その力により堕天使の羽ばたきが封じられ、抗う間もなく地に落とされる。

 

蒼人が『あえて』残したであろう『モンスター効果』という抜け道を、遊良とて何とか潜り抜けようとしたとは言え…そう易々と、そこを通り抜けられるわけもなく。

 

 

―この程度じゃ、まだダメだ。

 

 

蒼人言いたいことが遊良へと手に取るように伝わり、益々遊良の行動が制限されていって。

 

 

 

「でも…これで終わりじゃない!蒼人先輩、行きます!これが…これが俺の切り札だ!俺は2体の堕天使をリリース!」

「ここでアドバンス召喚!?まさか、今引いたのか!?」

 

 

 

それでも…いや、だからこそ遊良は更に自らを奮い立たせるのか。

 

…初めから、ゼラートの効果が蒼人に届かないことなど遊良はわかっていた。

 

だから一つでも蒼人の守りの手を、ここで消費させるべく遊良はあえてゼラートの効果を発動したのだ。

 

いくら『枷』を提示されても、それを超えて立ち向かう姿を蒼人へと見せ続けるため…

 

 

 

 

「現れろ!レベル11!」

 

 

 

この状況下で来てくれた、この状況下だからこそドローした…

 

 

 

「神に背きし反逆の翼、その姿を今ここに!」

 

 

 

自らの『切り札』を、今こうして降臨させる…

 

 

 

 

…そのために

 

 

 

 

 

―遊良は、叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

「来い、【堕天使ルシフェル】!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

清廉なる天の光、それを遮る黒き姿。

 

聖なる森の守護獣達にも、決して引けを取らぬその佇まいはまるで神か悪魔か。

 

儚くも奮えるその姿は、まるで今の遊良の姿のようでもあって。

 

 

 

【堕天使ルシフェル】レベル11

ATK/3000→2100 DEF/3000→2100

 

 

 

「来たか…遊良君の切り札!そうだ、それが見たかったんだ!君の全力が!」

「召喚成功時、【堕天使ルシフェル】の効果発動!相手モンスターの数まで、デッキから堕天使達を呼び起こす!来い、【堕天使マスティマ】、【堕天使テスカトリポカ】、【堕天使エデ・アーラエ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【堕天使マスティマ】レベル7

ATK/2600→1700 DEF/2600→1700

 

【堕天使テスカトリポカ】レベル8

ATK/2800→1900 DEF/2100→1200

 

【堕天使エデ・アーラエ】レベル5

ATK/2300→1400 DEF/2000→1100

 

 

 

そうして…堕天の王の呼びかけによって、場に君臨したその瞬間にデッキに眠りし他の堕天使達が突如として出現し始めて。

 

悪魔のような堕天使と、獣の堕天使と、そして悪鬼の堕天使。

 

瞬きほどの一瞬の後に、堕天使達が遊良の場に参上してその黒き翼を広げ、主を守らんと宙に羽ばたき始めるのか。

 

…もしも、遊良がルシフェルを引いたことで気を緩めて、すぐにでも王を召喚をしてしまっていれば、きっと蒼人は遊良のこの宣言を許してはくれなかっただろう。

 

 

それをわかっているからこそ、緩みも無く、驕りも無く。

 

 

いくら魔法・罠を封じられていようとも、わずかに残されたモンスター効果という『抜け道』を『いくつも』掻い潜り、必死になって喰らいつく。

 

…いや、喰らいつくのではない。

 

残った微かな希望を目掛けて、己の持てる全てを賭ける。己の放てる『切り札』で、最後まで逆転を諦めないこれが、これこそが遊良のデュエルなのだから。

 

 

 

「一瞬でこんなにも多くの堕天使達を…やっぱり、凄いモンスターだ…」

「まだだ!【堕天使ルシフェル】の更なる効果発動!俺はデッキからカードを4枚墓地へ送る!墓地へ送られた堕天使カードは2枚!よって更にLPを1000回復!」

 

 

 

遊良 LP:2400→3400

 

 

 

「【背徳の堕天使】は落ちないか…けど、まだだ!俺は【堕天使テスカトリポカ】の効果発動!LPを1000払い、今墓地へ送られた、【堕天使の追放】の効果を得る!デッキから【堕天使アムドゥシアス】を手札に加え、【堕天使の追放】をデッキに戻す!そして【堕天使マスティマ】の効果発動!LPを1000払い、墓地にある【神属の堕天使】の効果を得る!【ナチュル・ビースト】の効果を無効にし、俺はLPを2200回復!その後、【神属の堕天使】はデッキに戻る!」

 

 

 

遊良 LP:3400→2400→1400→3600

 

 

 

 

 

「これだけ展開しながら、LPがほぼ元通りにまで回復…ドローに頼るだけじゃない、モンスター効果だけで、なんて凄い回転力なんだ。」

 

 

 

形勢逆転、たった一体のモンスターの降臨によって、この盤面の優位性が入れ替わった。

 

蒼人の言葉があったとはいえ、アレだけ行動を制限された遊良が決して諦める姿をみせなかったからこそ堕天の王は遊良の元へと現れ…そして切り札を引いたとは言え、遊良が行動を起こすその最後まで驕りを見せなかったからこそ、今この状況が転換したのだ。

 

それは、今まで大量の魔法カードや罠カードを駆使してデッキを回転させ、無理やりに相手の場をこじ開けて攻め立てていた遊良に、一つ違う可能性が見つかったということ。

 

モンスター効果だけでもこれほどの展開力。魔法に頼って、逸って焦ってデッキを回転させるという戦い方とは違う戦い方が、遊良は出来るということでもあって。

 

 

 

「蒼人先輩…先輩は強くて、頼りになって…そして、とても優しい人だ。こうして俺の魔法と罠を封じてくれたおかげで、俺は残されたモンスター効果だけでもこうして戦うことが出来た。それは、今までドローや罠を多用してきた俺に、違う戦い方を考えさせてくれたってことでもある。」

 

 

 

そうして遊良が発したその言葉が、尊敬の意を持って蒼人まで届けられて。

 

それは、ここまでの蒼人との戦いを通じて、蒼人が伝えたかったことの一つを遊良は感じ取ったからなのだろうか。

 

 

 

「…うん。ドローに目が行きがちだけど、君のデッキにはまだまだ多くの戦い方が出来る道がある。だから今こうして自分の殻を一つ破った君は、これからもどんどん強くなっていくだろう。…君は、まだまだ発展途上なんだから。」

 

 

 

油断ではない。そして驕りでもない。

 

確かに蒼人はデュエルを行うとき、相手の行動を制限するカードで自らを守る。

 

しかし、それはガチガチに固めて相手を封殺するのではない。僅かな可能性を残し、そしてそれを打ち破ってみせた強者と全力で鎬を削り合うという、泉 蒼人という決闘者にしかできない代物。

 

 

…別に、蒼人にとって相手を完全に封じるのは簡単だ。

 

 

けれども、そんな自分本位で相手を蔑ろにするだけのデュエルが自分と相手には何も生み出さないことを蒼人は知っているからこそ、相手となったデュエリストが自らの殻を破ってどんどん強くなっていくその光景が、蒼人は見たいのだ。

 

楽しいデュエルを信条とする蒼人の戦い。それは遊良がたった今行ったような、僅かな可能性という『殻』を貫き破って更なる成長をした相手と、全力で高め合いぶつかりあうことで行われる一進一退の戦いなのだから。

 

 

 

「俺は…まだまだ強くなれる!蒼人先輩、ありがとうございました!本当に…色々と…だから…ここで、決めきります!」

 

 

 

今、この時、この瞬間。

 

この戦いにおいて、デッキがどんな動きをするかなど誰にもわからない。

 

だからこそ、この瞬間に行動を起こしたデッキの動きと、この瞬間にどう動くかを『考えた』デュエリストの思考が、このデュエルの全て。

 

蒼人が終始余裕を持って優位に立っていたのもまた事実。蒼人に優位に立たれても、逆転を信じてドローした遊良が己の持てる切り札でこの形勢をひっくり返したのもまた事実。

 

 

何故この行動に到ったのかも、全て含めて彼らのデュエル。

 

 

それは、この場で戦っている彼らにしかわからない、彼らだけのモノ。

 

 

 

「バトルだ!【堕天使ルシフェル】で、【ナチュル・フライトフライ】を攻撃!」

 

 

 

そうして遊良の宣言が、堕天の王へと届けられ。

 

全力で戦い、そして己の全力を賭けた切り札で一気に決めきることこそが、色々な大切な事を教えてくれた蒼人へ返す、精一杯のメッセージとなることを遊良は理解したのか。

 

一斉攻撃のまずは初め、この一閃を合図に、堕天使達が総攻撃をしかけるそのために…

 

狙うは、堕天使達の攻撃力を下げている羽虫のモンスター。いくら敵を弱体化させる共鳴波を響かせていようとも、元々の攻撃力自体が低く、とても堕天の王の背徳の一閃に耐え切れるはずがないだろう。

 

 

 

「決めろルシフェル!」

 

 

 

そしてルシフェルがその漆黒の翼を広げ、その二振りの剣を掲げてその刀身に背徳の光を集め…

 

 

 

 

 

「やっぱり…君は凄いよ、遊良君…」

 

 

 

今にも解き放たれそうな閃光が、蒼人へ確かに向けられていて。

 

 

今にも爆発しそうなソレを見て、一体蒼人は何を思うのか。

 

 

 

「君は、とても強い…Ex適正なんて、全く関係ないほどに…」

 

 

 

逞しく鍛えられた後輩…きっと、自分が去った後のイースト校を、任せても良いと思えるほどに、今の遊良の姿は堂々としていた事だろう。

 

 

 

…もうこれで、この学園に思い残すことは無い。

 

 

 

そんなホッとしたような表情が、蒼人の顔から零れ、迫る背徳の一閃を受け入れたかのように、その手から力を抜いて…

 

 

 

 

「背徳の一閃、バニッシュ・プライドォォォォォォォオ!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

そして…

 

 

 

果て無き背徳の剣閃が、今にも蒼人を貫かんとして蒼人が微笑んだ…

 

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

「ははっ…」

 

 

 

 

 

―顔を綻ばせ、爽やかに笑う。

 

 

 

 

 

「でも僕だって負けたくない!速攻魔法、【ライバル・アライバル】発動!」

「なっ!?」

 

 

 

それは、まさに一瞬だった。

 

 

蒼人の場に残っていた、最初から伏せられていた最後の一枚。

 

 

自分、相手の『バトルフェイズ』に、手札からモンスターを『召喚』することの出来るこのカードは、かつて【決闘祭】でも遊良が使ったことのある、まさに『ライバル』とのギリギリの勝負にこそその真価を発揮するカードであって。

 

 

 

「僕は場の3体のモンスターをリリース!」

「あ、蒼人先輩がアドバンス召喚!?そ、それも3体で!?」

 

 

 

堕天の王の剣閃を、寸前で交わした羽虫の一体。

 

 

…それだけではない。

 

 

蒼人を守りし『守護竜』と『守護獣』もまた、羽虫とともに渦を纏って空へと浮かび上がるではないか。

 

 

―遊良にとっては見慣れたエフェクト

 

 

―しかしこの世界の他のデュエリストからすれば使う選択肢すら浮かばないようなエフェクト

 

 

それが今、泉 蒼人という『清流』のシンクロ使いから堂々と宣言されたのだ。

 

その思いもよらぬ光景、想像すらしていなかった現象、そして勝利を確信していた遊良が驚愕の声を漏らしたことにも蒼人はあくまでも堂々その場に君臨し…

 

 

―そして、『何か』が煌びやかに現れ…

 

 

 

 

 

 

 

「アドバンス召喚!現れろ、レベル8!【The tripping MERCURY】!」

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

その時…

 

何かが、宙より現れた。

 

それは清流よりも青きモノ、青嵐よりも強きモノ。

 

果て無き奔流をその身に纏い、青天すら洗い流す瀑布の化身。

 

空にたゆたい、雨を生み出し、宙に逆巻くまさに『水の星』。

 

それは激しく流れる星の荒ぶりを、一体のモンスターに押しとどめているようであって。

 

 

 

【The tripping MERCURY】レベル8

ATK/2000 DEF/2000

 

 

 

 

「どうだい遊良君!これが僕の持ってる『とっておき』だ!確かに君にはこのデュエルで多くの事を伝えられた…でも!だからって僕も負けるつもりは全然無い!強くなった君に、益々強くなる君に!僕は!心の底から君に勝ちたい!」

「なっ!?こ、これは…プラネット!?ど、どうして蒼人先輩が!?」

 

 

 

一体、どうして蒼人が『プラネット』の一枚を持っているのか。

 

それは今の遊良には知る由もないことであり…また、蒼人からしても『取っておき』であるこのカードまで使うことになるとは思ってもいなかったのか。

 

荒ぶる星、のしかかる重力、恐ろしいほどの圧倒的な圧力。

 

それが対峙している者にも、そしてソレを操っている者にも容赦なく襲い掛かってくるのだ。精神力の弱い者にはとても扱えないカード、そして心が弱い者は対峙した瞬間に折れてしまうようなモンスター。

 

―だからこそ蒼人は躊躇わない。

 

それは、『プラネット』を使っても遊良が折れないことを確信していたからこそ。

 

 

 

 

「ふふっ、昔ちょっとね。でも流石は遊良君だ、まさかプラネットまで使うことになるなんてね!…さぁ行くよ、燦然と輝くプラネットの一球、【The tripping MERCURY】のモンスター効果!3体リリースでアドバンス召喚したこのカードが場にいる限り、君のモンスターの攻撃力はその元々の攻撃力分だけ下がる!つまり…」

 

 

 

【堕天使ルシフェル】レベル11

ATK/3000→0

 

【堕天使テスカトリポカ】レベル9

ATK/2800→0

 

【堕天使マスティマ】レベル7

ATK/2600→0

 

【堕天使エデ・アーラエ】レベル6

ATK/2200→0

 

 

 

「だ、堕天使達の攻撃力が0に!?まずい、こ、攻撃は中止だ!」

 

 

 

先ほどの【ナチュル・フライトフライ】の弱体化の比ではない。

 

堕天使達が持つ『力』の全てが、この果て無き清流によって無理やりに鎮められているかのようにその波紋は静かに広がり…ソレに反して、荒ぶる『水の星』から放たれる圧力は益々その凄まじさを増していくではないか。

 

―遊良とて、今のこの状況をはっきりと理解できている。

 

これは、かつて戦った、いや手を合わせてもらった釈迦堂 ランの扱ってきた『火の星』と同じ部類の圧力。

 

それが導く唯一つの答え。それは蒼人が繰り出してきたこの『水の星』も、ランの持っていたプラネットと同種、同じモノ、まさしく本物の『プラネット』の一体だということを、はっきりと遊良へと伝えていたのだから。

 

 

 

「あ、蒼人先輩も本物のプラネットを…す、凄い!ランさんのと同じ…」

 

 

 

それでも、この人の心を簡単に折ろうとしてくる『星』の重力にも、遊良の心は決して下を向かず。

 

 

―なんて…なんて楽しいデュエル。

 

 

今、遊良の心には全く終わらせられる気配のないこの決闘に対しても、そして『プラネット』から容赦なく襲いかかるこの恐ろしいほどの迫力に対しても、心躍る感情がとめどなく沸きあがってきているのか。

 

確かに自分の場には、4体もの堕天使達がいる。

 

しかし、その総力を持ってしてもまだ蒼人を降すには足りないというのだから、この人の持つ『実力』には果てと言うモノが無いのではないかと錯覚するほどに、今の蒼人から感じる強者のオーラは、遊良へと向かって燦然と放たれていて。

 

こんな、どこまでも堂々と立ちふさがり、どこまでも正面から全力でぶつかり合えるこのデュエルが、遊良にとっても楽しくならないわけがない。

 

 

 

「うん、君ならプラネットを前にしても折れないってわかってたよ!さぁ、まだまだデュエルはこれからさ!行くよ、遊良君!」

「は、はい!」

 

 

 

―終わらない、終わりたくない。

 

 

そんな感情が遊良と蒼人、そのお互いに芽生えて消えないかのように二人は今、心の底からこのデュエルを楽しんでいるのだ。

 

 

お互いを認め、お互いが認め、そしてお互いに全力でぶつかりあってもまだ終わらないこの戦いの『楽しい』声だけが…

 

 

どこまでも、この屋上に響き渡っていて…

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「装備魔法、【巨大化】をエネアードに装備!そしてバトルだ!【聖刻神龍-エネアード】で、【ギアギガントX】に攻撃!」

「むっ!?速攻魔法、【リミッター解除】発動!【ギアギガントX】の攻撃力を倍にする!」

「無駄だ!それでもエネアードの方が攻撃力が上!行けエネアード!シャイニング・ノヴァ!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐっ!?」

「まだだぜ!【聖刻龍王-アトゥムス】でダイレクトアタック!!喰らえ、ドラゴニック・ソル・バースト!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐぅ…い、今までの虹村よりも…遥かに強い…」

 

 

 

鷹矢 LP3900→2500→100

 

 

 

大歓声の中、大観衆の中。

 

―『卒業生』も、在校生も…そして教師陣から保護者に至るまで。

 

まるでどこかで戦っている『2名』を除いた、このイースト校にいる『全員』がこの戦いを見ているのでは無いかと思われるほどにこの『広場』に集まったギャラリー達の注目はその中心へと注がれていて…

 

そんな大観衆が集まったこの中で、鷹矢は虹村との激闘にその身を投じていた。

 

 

 

―『さぁ式も終わったぞ!虹村よ!この俺とデュエルだ!』

―『…待ってたぜ天宮寺…おう、これが最後のデュエルだ!お前に負けっぱなしで卒業してたまるかよ!』

 

 

 

先ほど、『卒業生』達へと向けられた歓喜の渦の、その中心に堂々と現れてそう言い放った鷹矢。

 

そんな鷹矢に注目が集まったのは必然で、またその挑戦を堂々と受けた虹村に対してもこの日一番の歓声が上がったのは言うまでも無く…その戦いの開催と同時に、彼らの周囲が開けていくその光景はまさに【決闘学園】の名に相応しい行動であっただろう。

 

 

―ここは【決闘学園】。『決闘』は、全てにおいて優先される。

 

 

そうして始まったこの戦い。

 

 

『天才』の名を欲しいままにして入学してきた、エクシーズ王者【黒翼】の孫である天宮寺 鷹矢に、この1年間『一度』も勝ったことが無いというエクシーズクラス元トップの虹村 高貴。

 

他の学生達が早々にその才能の違いに心を折られ、鷹矢に立ち向かうこと自体が『無謀』とまで言われていたこのイースト校において…これまで、彼は決して折れずに鷹矢と接してきた。

 

それは見方によっては『悪あがき』、見方によっては『年功序列』、見方によっては『身の程知らず』とまで言われた事もあったという。

 

…それでも、虹村は鷹矢に『絡んだ』。

 

それは力があっても『無知』な後輩を放っておけなかった、まさに『先輩の意地』。

 

そんな虹村を前にして、鷹矢もまたこれまでの1年間ほぼ毎日顔を合わせて『絡まれた』彼にデュエルを通して何か伝えたいことがあったらしいのだが…

 

しかし、どうやら『今』の虹村を相手にしている鷹矢の様子は珍しくどこか苦しそうな雰囲気を醸し出していて。

 

 

 

「まるで隙が無い…十文字を相手にしている気分だぞ。」

 

 

 

鷹矢にしても、今まではどこか『余裕』すら感じていた虹村 高貴との戦いだというのに…今までの彼とは、戦い方がまるで違う。

 

…それは、これまで鷹矢と虹村の戦いを見慣れたエクシーズクラスの学生達は信じられなかっただろう。

 

 

―いや、エクシーズクラスの学生たちだけではない。

 

 

何せ、先の【決闘祭】で堂々の準優勝を果たした天才、天宮寺 鷹矢に対して、虹村は一歩も引かずに互角にぶつかっていたのだから。

 

 

 

「す、すげぇ!虹村先輩、あの天宮寺を押してるぞ!」

「こ、この調子だといける…いけるぞ虹村ぁ!最後に天宮寺に一泡ふかせてやれぇ!」

「いけぇ!虹村くぅぅぅん!」

「虹村せんぱぁぁい!」

 

 

 

後輩、同級生、そして教師に至る全てが虹村へと声援を送って。

 

そしてソレに答えるかのように、虹村は益々その雰囲気を『重厚』なモノへと変えていくではないか。

 

 

それは、鷹矢が今まで経験したことのない虹村のスタイル。

 

これが、鷹矢が入学してくるまで前までの虹村のスタイル。

 

 

ウエスト校の『鋼鉄』、十文字 哲のような絶対防御ではないものの…重い攻撃と硬い防御、これこそが虹村にしか出来ない、打たれても撃たれても崩れぬ、まさに『重厚』なる佇まい。

 

鷹矢が入学してきてからは、その責任感と焦りでどこか逸っていた虹村ではあるものの…『卒業』という門出と、『プロ入り』を決めたという自信によってかつての力を取り戻したのか。

 

それは、鷹矢とてこれまでと同じように戦っていては、決して勝てない程に洗練されているモノ。

 

 

 

「全く、随分と強くなってきたではないか虹村よ。」

「まぁな、プロテスト行った時に思い知ったからよ。…俺が十文字の真似事をしたって、上手くはいかない…だったら、俺は俺のやりやすいようにやればいいんだってな!」

「むぅ…もしや吹っ切れたことで超えたのか?…元からかなりの腕ではあったが…」

「はっ、一年ボウズが生意気言ってんじゃねぇ!先輩の意地だ、最後まで負けっぱなしでいられるかよ!」

 

 

 

それは学生達よりも一つ上のレベル、プロの世界では基本的な実力…この『壁』を超えた鷹矢と同種、今までとは違う虹村の雰囲気。

 

気を張って、無理をして、『立派』を演じることを捨てて自分本来のスタイルへと回帰したが故に吹っ切れたのだろう。まさしく、彼の心が一つ上へと到ったということ。

 

 

―それはまさしく、彼もまた『壁』を超えたということであって。

 

 

 

「最後の最後にやってくれるぜ虹村先輩!」

「これならいける!頑張れぇぇぇえ!虹村せんぱぁぁぁい!」

「最後に天宮寺に勝ってください!先輩ファイトォォォオ!」

 

 

 

盛り上がる観衆、燃え上がるテンション。

 

今までの虹村とは一味違う。これより『プロ』となる虹村に向けた更なる期待が、この戦いを見ている誰しもに燃え上がっているのだ。

 

偉大なる、尊敬に値する先輩へと向けた後輩たちの、文字通り『最後』の勇姿へと向けた賞賛の嵐。

 

それが決して収まらぬ賛辞の雨となって、今まで彼と接してきた全ての後輩たちから届けられていて。

 

 

 

「…ふん、どいつもこいつも最後最後と…」

 

 

 

しかし、その雰囲気の中でも鷹矢の中に芽生えているとある感情は、この場に居る他の誰とも違うモノとでも言うのだろうか。

 

この場に溢れる『別れ』の雰囲気を、とても不愉快そうにして立っている鷹矢の表情は相変わらずの鉄仮面ではあったものの…それでも、誰もが口にしている『最後』という言葉を、鷹矢自身は認めてはおらず。

 

 

 

「何が…何が『最後』だ!今までも、そしてこれからも!『決闘』を続けている限り俺達はどこででも出会う!これが今生の別れでも無い癖に、俺達の戦いに軽々しく『最後』と区切りをつけるな!」

「あ!?天宮寺、お前何言って…」

「虹村、お前はプロに行く!そして!この俺もいずれプロとなる!ならば、俺達はこれからも戦う運命にあるということ!つまり俺達の戦いに『最後』など無い…あるのは、これからも続くであろう果て無き戦いの『道』のみ!」

 

 

 

―響く。

 

 

この大歓声の中、鷹矢の声が高らかに。

 

 

それは【決闘学園】という『小さい』世界ではなく、人生という『大きな』世界を視野に入れている鷹矢だからこその言葉。

 

 

一体、この観客の中にどれだけ居るのだろうか。鷹矢の言った言葉の意味を、己の心に響かせられた者は…鷹矢の言った言葉を笑わず、己の心を震えさせられた『弱くない者』は。

 

 

―この『決闘』は、『最後』じゃない。

 

 

今のこの門出すら、鷹矢にとってはこれからも続く戦いの『一つ』に過ぎないのだ。

 

誰がどんな気持ちでこの戦いを見ていようとも関係ない。今この場で、実際に戦っている鷹矢が虹村との『決闘』を『最後』だと思って居ない限り、どこまでも、どこであっても戦い続けられるのだと、鷹矢の迫力はそう虹村に伝えていて…

 

 

 

 

「…それでもなぁ、俺は今!天宮寺!お前に勝ちたいんだよ!『先輩』としてな!俺は1枚伏せてターンエンド!さぁこい、一年ボウズ!」

 

 

 

虹村 LP:2400

手札:4→1

場:【聖刻龍王-アトゥムス】

【聖刻神龍-エネアード】

魔法・罠:伏せ2枚、【巨大化】(【聖刻神龍-エネアード】装備中)

 

 

 

それでも、虹村のこれまでの考え方全てが消えたわけでは断じてない。

 

プロ一家の末弟という立場をひけらかしてた、愚かだった自分を変えてくれた偉大な先輩達の尽力のおかげで今の自分があるのだ。その思いを受け継いで自分も『先輩』となったのだから、今度は自分が『後輩』達のために『何か』を残さなければいけないと、そう言わんばかりに吼える虹村。

 

これは、意地。後輩達に残す、そして後輩達に伝える次への『意地』。

 

…そんな虹村を見て、鷹矢は一体何を思うのか。

 

誰もが、色々と世話になった虹村へと視線を集めているこの中で、静かにその口を開いた。

 

 

 

「ふん…先輩先輩と、貴様は口を開けばすぐそれだ。一体、先に生まれたからといって何が偉いというのだ!」

「あぁ!?当然だろうが!俺は、お前よりも先にイースト校に来た!そして、お前よりも先にプロになる!だったら、お前よりも【世界】を見ているってことだ!そんなお前よりも世界を知ってるこの俺が!何も知らないお前を放っておけるわけないだろうが!」

「む!?」

「俺は先輩として…イースト校だけじゃねぇ、人生の先輩として、天宮寺!後輩であるお前の面倒を見る義務があるんだよ!誰が何と言おうとお前は俺の後輩だ!お前が認めなくても、それが俺の生き方だ!俺の信念なんだ!」

 

 

 

この場にいる全ての『在校生』達にとって、どこまでも後輩達の『導』となるべく行動してきた虹村 高貴という決闘者。

 

誰よりもこの『導』の重要さを理解していた彼だからこそ、後輩よりもこの学園で長く過ごしているという『自負』と『責任』…それを背負って、次の世代の『導』となってやるという意地を、ここまで貫き通してきた。

 

…そんな彼だったから、鉄仮面で【王者】の孫と言う、誰もが関わることを恐れる鷹矢に対してもこうして同等に接してこられたのか。

 

その言葉はどこまでも『重厚』で、誰よりも『屈強』で…彼ほどこの学園で慕われている者も居ないだろう。

 

どこまでも誇り高く放たれる虹村の叫びを、鷹矢は聞いて…

 

 

 

 

「…全く…」

 

 

 

 

どこか迷惑そうな…しかし嬉しそうな声を漏らして…

 

 

 

 

「どこまでも暑苦しい奴だ。」

「あぁ!?」

「…だが、そんな貴様のおかげで…まぁ、アレだ…この一年、退屈せずに済んだ。それだけは、礼を言っておいてやろう。」

「なっ!?天宮寺が…礼!?…お、お前…」

「だが!この戦いも遠慮はせん!俺のターン、ドロー!…よし!まずは速攻魔法、【ツインツイスター】発動!手札を1枚捨て、貴様の伏せカード2枚を破壊する!」

「チィッ、速攻魔法【サイクロン】発動!俺の場の【巨大化】を破壊して、エネアードの攻撃力を元に戻す!」

 

 

 

そうして、まるで自らの言った言葉を掻き消すかのように、無理やりに戦いへと意識を戻した鷹矢。

 

また、聞き間違えかと思われた鷹矢のソレに虹村は一瞬だけ驚いたような顔をしたものの、それでもデュエルへの意識を切っていない辺りは流石と言え…伏せていた【スキルドレイン】が破壊されても鷹矢の行動にすぐさま対応を見せる。

 

 

 

「虹村よ、有象無象しか居ないこの学園において、貴様は数少ないこの俺の『好敵手』となった!だからこそ、『壁』を超えた今の貴様だったら申し分ない。見せてやろう虹村、貴様にも!この俺の『切り札』を!」

「あ!?…『切り札』…ま、まさか!」

「うむ、この土壇場で…このギリギリの状態でのドローで条件が整ったからこそ、まさにこれこそが俺の『切り札』と呼べるモノとなる!魔法発動、【死者蘇生】!」

「こ、ここで【死者蘇生】を引いただと!?」

「俺は墓地から【ゴールド・ガジェット】を特殊召喚し、その効果で手札から【グリーン・ガジェット】を特殊召喚!【レッド・ガジェット】を手札に!さぁ…ゆくぞ!2体のモンスターでオーバーレイ!」

 

 

 

そんな、これまでどこまででも立ちふさがってきた虹村 高貴という決闘者に対し…鷹矢はその身を鼓舞し始めて、これまで以上に気迫を纏って。

 

虹村も『壁』を超えた以上、生半可な決着は着けられない。こんなにも追い込まれたギリギリの状況に置かれても、まるで2体のレベル4モンスターを並べることなど、どんなことよりも簡単だと言わんばかりに鷹矢の場に並び立った2体の歯車が光となって銀河に吸い込まれていく。

 

簡単には言うことを聞かない己の『砦』、しかし本物の『決闘』の舞台には嬉々として現れるまさに『切り札』を今、鷹矢はこの場に呼び出そうとしているのだ。

 

世界に轟くその異名、祖父である王者【黒翼】の名の通り…最も嫌悪する相手に倣い、無意識にその姿をなぞらえるかのように。

 

 

 

「天音に羽ばたく黒翼よ!神威を貫く牙となれ!」

 

 

 

天に羽ばたく雄雄しき翼と、神すら切り裂く鋭き牙が歓声の中でも輝いて。

 

誰もが知る王者の姿、誰もが慄く王者の姿。

 

世界で最も有名な、語り受け継ぐその口上と共に…

 

 

 

―鷹矢は、叫ぶ。

 

 

 

「エクシーズ召喚!現れろ、ランク4!【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500 DEF/2000

 

 

 

「こ、これが【黒翼】…本物の…」

「うむ!【ダーク・リベリオン】の効果発動!オーバーレイ・ユニットを2つ使い、【聖刻神龍-エネアード】の攻撃力を半分にし、【ダーク・リベリオン】の攻撃力に加える!喰らい尽くせ、紫電吸雷!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500→4000

 

【聖刻神龍-エネアード】ランク8

ATK/3000→1500

 

 

 

神に近づきし刻印も、神を切り裂く牙の前にはなす術もないのか。

 

王者の翼から放たれる、紫電の嵐によってその力を吸い取られていき…それに呼応して【黒翼】が吼え、その咆哮を歓喜に変えてこの場に君臨するのみ。

 

 

 

「しまっ…」

「さぁゆくぞ!バトルだ!【ダーク・リベリオン】よ、エネアードを断ち切れぇ!」

 

 

 

―猛りし牙突、羽ばたく黒翼

 

 

雄雄しき【黒翼】を翻し、歴戦を切り伏せし牙を持ち、【王者】と呼ばれしその翼で天へと羽ばたく竜の姿はまるで如何なる存在も邪魔すること自体を許さない我が道のよう。

 

 

―狙うは、神龍。

 

 

その麗しき牙が太陽を反射して煌く時、それは神の体すら貫く強靭な意志と化すのだ。

 

歓喜と共に風を切り、雷電纏し牙を持て…

 

 

―ソレは、轟く。

 

 

 

「斬魔黒刃、ニルヴァー・ストライク!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐっ、ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

虹村 LP:2400→0(-100)

 

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

 

そして…

 

決闘の終了を知らせる無機質な機械音が、この広場に高らかに鳴り響いた。

 

それは、決着の音。この『門出』の舞台で打ち鳴らされた戦いに、一つの終止符が打たれたのだと誰しもに伝えていて。

 

自らの殻を破り続け、誰よりも厳しくあった虹村 高貴と言う誇り高き決闘者の奮闘は、きっとコレを見ていた全員の心に刻まれたことだろう。

 

また、こんな『門出』の舞台であっても、決して『決闘』に手加減も遠慮もせず、誰よりも真っ直ぐに戦い抜いた鷹矢に対しても、心無い言葉を投げかける者はこの場には居らず。

 

 

 

「く…くっそぉ!また負けた!」

「うむ、しかし今までで一番強かったぞ。流石に危なかった。」

「チッ、全然そう思ってなさそうな顔しやがって、この1年ボウズが。」

「フッ、何を言うか。こんなにも分かりやすく表情を崩しているというのに。」

「…いやわかんねーよ。…あーあ、結局勝てなかったじゃねーか。ったく、少しは先輩を敬う気はないのかお前は。」

「む?手を抜いたところで貴様にはすぐにバレるだろう?それに手を抜きでもしたら…」

「まっ、ブチ切れるけどな。」

「…うむ。」

 

 

 

そうして戦いが無事終わり、互いに近づいてその口を開いた鷹矢と虹村。

 

しかし、口では『そう言う』虹村ではあったものの、たった今戦いが終わったばかりだというのに、彼らの間に確執など無く。

 

『卒業生』にとっては『門出』の舞台。この戦いに賭けた虹村の思いは本物であったものの、しかし鷹矢の言ったとおりこれが『最後』では無いことが虹村にも心から伝わったのだろう。

 

まだまだ、生意気盛りの心配が多い後輩。しかし、これからのイースト校を背負うであろう、屈強な精神と確かな実力を持った後輩。

 

 

 

「…ったく…おい天宮寺!」

「む?」

「お前によ、これからのこと…」

 

 

 

だからこそ、これからイースト校を巣立つ故、虹村にも最後までこの問題児を見ていられないことにどこか物悲しさを覚えてしまったとは言え…

 

 

 

「任せたからな。」

「…うむ。」

 

 

 

それでも信じた後輩に、絶対に『やってくれる』と信じてここを去ることも先輩としての仕事なのだと…彼もまた、そう自分に言い聞かせているのだろう。

 

 

 

「別れは言わんぞ虹村よ。いずれまた相見える、今度は…プロの舞台でな。」

「あぁ、その時にはもっと強くなっててやるからよ。今度こそ天宮寺、お前に土つけてやるから覚悟しとけ。」

「ふっ…しかし、これが『最後』などでは決して無いが…まぁ、アレだ…あー…今日は一応、『卒業式』だからな…」

 

 

 

 

そんな虹村に対して、珍しく気恥ずかしそうに鷹矢はその口から言葉を詰まらせて。

 

 

一体、彼が何を思ったのか。

 

 

それは確かな言葉と変わり、良き『好敵手』であったここを巣立つ先人へと、確かに向けられて…

 

 

 

 

 

 

 

 

「次も俺が勝つ。」

「いや『卒業おめでとう』じゃねぇのかよ!」

 

 

 

 

それでも、最後の最後まで『いつも通り』の鷹矢と虹村の楽しげな声が…

 

 

―どこまでも、いつまでも

 

 

―この広場に、響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

『どこか』で一つの戦いが終わったのとほぼ同時に、この『屋上』に響き渡った無機質な機械音。

 

それは紛れも無い、たった今この場で繰り広げられていた、永遠に続くと思われたこの『決闘』が『終わり』を迎えたということ。

 

 

―果たしてどちらが勝ったのか。

 

 

この場にギャラリーが居ないように、このデュエルの勝敗は決して第三者が知ることを許されない。

 

これは、この戦いの勝敗は…戦っていた遊良と蒼人、彼ら2人だけのモノ。

 

 

唯一つ言えるのは、この決着の着き方も彼ららしい、彼らにしか起こせない戦いの軌跡の末のモノだったというコトだけ。

 

 

 

「蒼人先輩…ありがとうございました。」

「うん、こちらこそ。すっごく楽しいデュエルだったよ。」

 

 

 

アレだけ激しい戦いを繰り広げた後だというのに、彼らの気持ちはどこまでも晴れ晴れとしていて。

 

きっと、この戦いにおいて『勝ち負け』はさほど重要ではない。遊良と蒼人、彼ら2人がこの戦いに対して、どこまでも満足しているように…ここまで至る『内容』が、彼らにとっては大切だったのだから。

 

 

 

「これで…これで安心して卒業できる。今の君には、僕から伝えられることの全てを伝えられたから。」

「…本当にありがとうございました。蒼人先輩…卒業、おめでとうございます。」

「ありがとう…今度は、プロの舞台で勝負だ。君も、いや君だったら、例えどんなに困難でも絶対にプロになるんだろう?」

「…はい、絶対に!」

 

 

 

 

力強く遊良は答え、決意を持って蒼人に応える。

 

きっと、この別れは別れではない。

 

例え一時離れることになろうとも、この空の下で繋がっている限り…そして決闘者であるかぎり彼らは『決闘』というモノで繋がっていて、その道は個人個人で違えども決して違えることなくどこかで繋がっているのだから。

 

 

―きっとまた会える。今度は、もっと大きな舞台で。

 

 

例えばこの先、プロを目指す遊良に心無い言葉を投げかける輩も出てくることだろう。それは【決闘祭】を優勝したとはいえ、遊良のことをまだ認めてない人間だっているから。

 

それでも『約束』のこの場所で、『約束』の戦いを果たしたように…今交わした『約束』もまた、彼らに新たな『約束』の舞台を絶対に用意してくれるはず。

 

 

 

「まだまだ君は強くなれる。君は…君なら、どんな逆境も絶対に打ち破ってくれるって、僕はそう信じてるから!」

「はい!」

 

 

 

交わす『約束』、交し合う手と手。

 

 

次に相見えることを誓い合い、そうして交わした思いがこれからもずっと繋がって行くのだ。

 

 

そうして…

 

 

『屋上』に吹き抜ける爽やかな風がどこまでも…どこまでも優しく…

 

 

 

彼らを、包んでいた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…舞い散る桜の花びらが、彼らの行く末を華やかに彩る。

 

 

 

卒業とは別れではない、新たなステージへの通過点。新たな道へと進むために、誰もが通る分岐点。

 

 

きっとこれから先、これまで以上の困難が彼らを待っていることだろう。

 

それは卒業生にとっても、在校生にとっても。

 

 

渡されたバトン、受け継がれた思い。

 

 

上の者が下を育て、下の者が新たな上となって更に下を育てる。そうして連綿と紡がれた確かな教えが、今こうして次世代の上の者達へと渡されたのだ。

 

 

これからも生きていく人生の中で、この時代とは決して忘れることのない大きな経験。きっと、これからどんなことがあったとしても、何物にも変えがたい宝物となって彼らの中に輝き続けることだろう。

 

これから先、どんな困難が待ち受けていようとも…この時代で得たモノがきっと彼らを支えてくれるはず。

 

 

 

―季節が、変わる。

 

 

 

別れの季節から、出会いの季節へと。

 

 

 

―世代も、変わる。

 

 

 

先人から受け継いだ思いを胸に、彼らが新たな先人となるのだ。

 

 

 

こうして、彼らの物語は続いて行く。

 

 

 

 

 

…これからも、ずっと。

 

 

 

 

 

―まだまだ、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

遊戯王Wings「神に見放された決闘者」

 

 

 

 

 

第一章

 

 

 

 

 

『完』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

影もなく、闇もなく、光しかない『どこか』の場所。

 

 

まるで意図的に『暗い』部分を作らないかのように、この場所には『光』だけが溢れていて…

 

他には何もなく、ただの『白い』空間だけが作られているかのよう…

 

 

 

「ヴゥ…ゥ…」

 

 

 

いや、それでも眩しきこの場所に、『たった一つ』だけ『置かれている』不純物があった。

 

全ての角度から照らされて、影すら作ることを許されない…縛られて、拘束されて、押さえ込まれて転がされている『不純物』。

 

呻き、悲しみ、苦しみ…そして、ゆっくりと消えるのだけを待っている存在。

 

 

―紫魔 憐造

 

 

先の決闘市における『異変』の黒幕。

 

目の前で『蘇った理由』である最愛の娘を、まさか守れもせずに消し飛ばされたことでその行動意識を消失させ…

 

そして【妖怪】、綿貫 景虎が引き連れてきた【決闘世界】の実務部隊によって、『闇』を封じ込められて捕まった『人外』の存在と成り果てた者。

 

そんな彼は、【決闘世界】に捕まってから極秘裏にこの『光』だけの空間に放り込まれ…あれからずっと、決して消えぬ『光』によって照らされ続けていたのだ。

 

…そうすることが、『闇』その物と成り果てた憐造を、『あるべき姿』に戻す唯一の手段だったから。

 

一体、綿貫がどうしてそんなことを知っていたのか。それはここで語るべきことではないものの…現にあれからずっと拘束されて、光を浴び続けてきた憐造の体の表面には確かに細かい『闇』が少しずつ粒子となって消えていっている。

 

この調子だと、後『数年』もこうしていればきっと憐造は粒子となって完全に消え去り、再びこの世界の均衡は保たれることだろう。

 

 

…これは、定め。一度死んだ人間は、決して蘇ってはいけないのがこの世界の決まり。

 

…これは、けじめ。世界その物を滅ぼせるだけの『力』を持った『大人』が、起こしてしまったことへの責任をとっているだけなのだから。

 

 

 

「ヴゥゥ…イ…ラギ…」

 

 

 

また、憐造とて目の前で娘を失った衝撃で、最早その内には復讐心よりも『喪失感』しか湧き上がってきていない様子。

 

蘇った理由を失ったこの『闇』を、例えば放置しておいたって勝手に消えて逝ったことだろうが…もしも何かの拍子で『真実』を知ってしまったときのことを考えると、こうして『人』の手で葬ってやることが一番なのだろうという綿貫の指示の元、今のこの状況が作られていて。

 

無論、このことは最重要機密。

 

この『異変』に関わった『上層部』の、ほんの一部しかこのことは知らされておらず…【決闘世界】最古参である【妖怪】、綿貫 景虎が責任者である以上、この『光』のことは決して明るみには出ないことだろう。

 

 

 

 

 

…そんな、決して影も生まれないこの空間

 

 

 

…『闇』すら消し去る『光』の中に…

 

 

 

 

 

 

―突如として、『闇』が出現した。

 

 

 

 

 

 

「フフッ、こんな所に居たとは…本当に探させてくれる。」

 

 

 

そして、この特別に準備された超極秘施設の、最重要機密である警戒態勢の『光』の中であるにも関わらず…

 

まるで散歩でもしにきたかのような女性の声が聞こえ始め、『闇』を消し去るこの『光』よりも更に深く暗く覆いつくさんとして出現したこの『更なる闇』。

 

 

 

そんな、突如として出現した『闇』の中から、これもまた突如として一人の女性がその姿を見せ始めて…

 

 

 

 

―釈迦堂 ラン

 

 

 

 

かつて世界に君臨していた【王者】達を、全て倒して世界を一度混乱させたその元凶。自他共に認める絶対強者、【王者】を越えたまさに【化物】。

 

そんな彼女が一体なぜ、この場にこうして『出現』したというのだろうか。

 

その心意も素性も実体も、全てにおいて謎という釈迦堂 ランというこの女性…そんな彼女は、とても人間技ではない現象をさも当たり前のようにして操ると、他の誰にも向けないような冷徹な微笑を艶やかな唇に浮かべてゆっくりと歩き初めた。

 

 

 

「全く、鷹峰さんも綿貫さんも人が悪い。わざわざ私から『コレ』を引き離そうとして、こんなにも『無駄』なことをするのだから。」

 

 

 

ゆっくりとその歩を進めて、呻くだけの憐造へと近づいていって。

 

 

 

「しかし本当に探したぞ。この10年、世界中を探し回って来たというのに、これでは見つかるはずもなかったじゃないか。」

 

 

 

他に聞いている者など居ないというのに、まるで我慢が押さえきれない子どもような声を漏らしながら憐造の前へと立って。

 

 

 

「まさか…この世界の『外』にあったなんてね。これでは流石の私も見つけられるはずがなかったよ。」

 

 

 

そうして、一体『何』を言っているのか誰にも分からない言葉の数々を、ランは口にして手を伸ばす。

 

 

―憐造へと向けて…

 

 

 

―そして…

 

 

 

 

 

 

「では…貰うとするよ!ソレは私のモノだ!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

「ヴッ!?ヴゥゥゥゥゥゥゥゥ!?ヴヴヴヴゥ!」

 

 

 

伸ばされたランのしなやかな『腕』が、憐造へと『突き刺さった』その時。

 

 

悲しみに呻くだけだった憐造から、『苦痛』による叫びにもならぬ『音』が叫ばれはじめて。

 

 

―血は出ない。肉も無い。ただの『闇』の塊である憐造へと差し込まれている、ランの『腕』。

 

 

それは苦しみ悶える憐造の『中』をまさぐり、まるでその中で『何か』を探しているかのようではないか。

 

 

 

「ゥゥゥゥゥゥゥゥウウヴ!?ヴヴヴヴヴヴッヴウッ!ヴヴヴッ!?」

「煩い、耳元でキャンキャン吼えるな人形が。…どうせ貴様には扱いきれぬ『力』なのだ。その証拠に、『この程度の光』でも消え始めていたじゃないか。」

「ヴッ!ヴヴッ…ヴ…」

「あぁ、えぇと…そう言えば何て名前だったかな貴様は。前の【紫魔】だったとは言え、どうでもいい男だったからいかんせん名前が思いだせんよ…『コレ』をこの世界に持ってきてくれたのだから、一言礼くらい言っておこうと思ったのだが…まぁいいか、所詮は人形だ。」

 

 

 

一応、憐造に言葉を投げかけてはいるものの、一向にランのそのまさぐる腕は止まる気配を見せず。

 

想像を絶する苦痛なのか、呻きを漏らしている憐造から次第にその声すら失われていき…それに伴って、彼を形成している『闇』が恐るべき速度で散り散りになって消えていく。

 

そうして…

 

 

 

「あっ、あったあった…」

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

目当ての『モノ』を見つけたのか、憐造の中に差し込まれていたランの腕が、勢い良く憐造から引き抜かれたと同時に…

 

 

 

 

 

「ヴゥゥ…」

 

 

 

 

―憐造の姿は、この世界から完全に消え去っていった

 

 

 

 

 

 

「やった!やっと手に入れた!」

 

 

 

しかし、そんな憐造になど興味も無いかのように、まるで子どものような声ではしゃぎ喜び始める釈迦堂 ラン。

 

これまでの彼女を知っている者には、見せた所で到底信じることなど出来ない程に、今の彼女の姿は年不相応に幼く見え…

 

その豊満で妖艶な体を目一杯に使って飛び跳ねて、ようやく手に入れられた喜びを体全体を使って表現しているかのよう。

 

 

 

 

「これでやっと『2枚目』だ!長かった…10年、10年もの間ずっと探していたよ!もうすぐ、もうすぐ私の願いも成就させられる!あと少し!あと少しだ!やっと手に入れられた!」

 

 

 

歓喜に震える彼女の笑顔は、屈託の無い子どものよう。

 

 

無邪気に振舞う彼女の姿は、邪気しか感じぬ『闇』の中に消えていって。

 

 

この世界は、何がどうなっているのか。

 

この世界で、一体何が起こっているのか。

 

 

全てが『闇』に包まれたこの場所で、それらを知る者など居るはずも無く。

 

 

 

…唯一つ

 

 

 

―ランの声だけがこの場に響いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【邪神アバター】のカードだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―物語は、終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

第二章へ…

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 




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