遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep44「底知れぬ恐怖」

 

「グッ、グフッ…オ…オォォォ…」

 

 

自らの『名』、【王】たる白き鯨の怒涛の咆哮を砺波がその身に受けて、無機質な機械音がこの古びたスタジアムに響いた、その直後のこと。

 

デュエルが終了したことで、ゆっくりと消え行く【白鯨】の咆哮が高らかにこの古びたスタジアムに反響し…

 

また【白鯨】が消えていくことに伴い、一時とは言え【白鯨】を場に置いていた遊良に起こっていた、彼自身の『罪』による痛みも消えていって。

 

それと同時に、自ら選んだデュエルによる敗北によって体内から溢れん限りの『闇』が砺波の体内から放出されていき、惨めに感情を巻き散らかす『闇が造ったもう一人の砺波』も同時に消えていく。

 

 

 

「がっ、はっ……はぁ…はぁ…ふ、再び『この場所』で…敗北することになるとは…ね…」

 

 

 

鷹矢のような『例外』を除いて、如何なるモノであっても抗うことなど許されないはずのこの『闇』。

 

その『闇』に飲まれていた者が『解放』された時、その意識を回復させるまでには時間を要するはずであっても…満身創痍の中、未だその意識を健在させて声を発することが出来ている砺波の意識は、ただ単純に彼の精神力が強靭だということに他ならないだろう。

 

そんな砺波の言葉は、かつてこの場所で釈迦堂 ランに敗北した、あの時のデュエルを思い出してでもいるのだろうか。

 

…齢幾つの少女に得体の知れない恐怖を与えられ、Exデッキを『使わない』デュエルで心を折られた、あの屈辱的な敗北を。

 

 

―しかし、今の砺波の声は歪んでは折らず。

 

 

そう、『あの時』と今回とでは、同じ『敗北』でも全く意味が異なっているのだから。

 

 

 

「ぐっ、ご、ごほっ…」

「砺波理事長!だ、大丈夫ですか!」

 

 

 

きっと…いや間違いなく、遊良だけの実力では、絶対に砺波のLPを0にすることは叶わなかっただろう。

 

 

―『闇』の中で本来の砺波が、『もう一人の自分』とせめぎ合い『まとも』なデュエルが出来ていなかったこと。

 

―遊良の本心からの叫びが、幻を見ていた砺波の精神に強く響いたこと。

 

―突然現れた【黒翼】こと天宮寺 鷹峰の、衝撃的な言葉による揺さぶりがあったこと。

 

 

そのどれかが欠けていれば、きっと砺波のLPが0になる前に遊良は吹き飛ばされていたはずだ。それでも自らの『過ち』と『曲解』を恥じた今の砺波は、甘んじて『敗北』を受け入れたのか。

 

 

 

「…し、心配して欲しくなど…ありません。まったく…君なんかに助けられることになるなんて…激しく屈辱です…」

「カカッ、その割には随分とまぁスッキリした顔してんじゃねーか。」

 

 

 

そうして、倒れこんだ砺波へ駆け寄った遊良と、ゆっくりと歩いてきた鷹峰に対して、『普段』と変わらぬ言葉を砺波は放って。

 

その言葉は相変わらずの憎まれ口ではあったものの、しかし『今』の砺波の言葉の雰囲気からは、以前のような遊良への『敵意』は含まれておらず。

 

 

―そう、砺波の心には、最早遊良への怒りなど存在すらしていない。

 

 

己の抱いていたあの『憤怒』が、『Exデッキを使わないデュエル』への怒りや『天城 遊良への苛立ち』から来るモノではなく…ランに負けた、『弱い自分』への憤りであったことに、砺波はやっと気が付けたから。

 

ならば、その怒りは『己』へと向ければいい。弱い自分を許さず、強くあろうとした若き日のように、と。

 

 

 

「…フッ、先ほどの言葉は…聞かなかったことにしてあげますよ、鷹峰…」

「あぁん?俺ぁ何か言ったか、なぁ遊良?」

「…いえ、何も…」

「だろうなぁ、カッカッカ。」

 

 

 

また、あのなりふり構っていられない状況だったとはいえ、先ほどの鷹峰の叫びはここに居る誰もが信じられないワードであったことに変わりなく。

 

彼が先ほど放った『衝撃的な言葉』に関しては、およそ鷹峰とて二度と口にすることはないだろう。

 

 

 

「…でも先生、どうしてここに?確か仕事だって言って…」

「…ガキにゃ関係ねーって言ったろ。俺にも色々と事情ってモンがあんだっての。ったく、その癖突っ走って砺波と戦ってんだからよ。まだテメェじゃ勝てるわけねーって言ってただろーが。」

「…す、すみません…」

 

 

 

そんな中、師が突然現れたことに対して、そう問いかけた遊良。

 

何しろこの異変が起こる少し前に、巨大なジェットヘリの迎えによって遊良の目の前から、果てはこの決闘市を離れたはずの師がこの場に舞い戻り…あの限界ギリギリの場面で、まるで遊良と砺波の双方の為とも思えるような言葉を発したのだ。

 

その師の言葉に遊良が救われたことは事実ではあるものの、それでも何故この場に師が現れたことに関して遊良が疑問に思わないわけがないだろう。

 

しかす真意を明かす気など無い師の言葉に、遊良の口はひしひしと感じられる『察しろ』という師の圧力によって閉じられるだけ。

 

 

 

「まっ、どうせ勝てねぇんだとしても腑抜けちゃいねぇようだしよ、ちったぁ褒めてやるぜ、カッカッカ。」

「…え?」

「あ?褒めてやるっつってんのに何だその顔は。」

「い、いえ…先生が…ほ、褒めてくれるなんて…珍しいな、と…」

「おうおう、勘違いすんじゃねーぜ。褒めるったって『ほんの少し』だけだ。まだまだテメェは俺様の相手にもなんねぇ雑魚だって事を忘れんじゃねーぞ。」

「は、はい…」

 

 

 

そんな先ほどから鷹峰らしくない言葉の数々に、圧力とは違う意味で遊良の口が上手く回らず…

 

それでも師の言葉を受けて、遊良の雰囲気がどこか安堵を含んでいるのも確かなこと。

 

 

そう、いくら師から発せられる言葉が普段と違うとは言え、現状の『結果』において、これ以上無いくらいの成果が得られたことには違いないのだ。

 

先ほどの【白闘気白鯨】の実体化した咆哮によって、砺波を縛り付けていた『闇』は根本から消え去り…その衝撃はそのまま、砺波の後ろで轟いていた『闇の塔』をも飲み込んで散り散りにしてしまったのだから。

 

さすがは【王】の一撃。決闘市の空を覆いつくさんとして、恐るべき勢いで放出していた『闇の塔』がこれで消えたことで、地鳴りのようなスタジアムの揺れも今は収まっていて。

 

ならば一刻も早く、動けなさそうな砺波を連れてこの場を離れるのが先決だろうと、遊良がそんなことを考えた…

 

 

 

―その時だった

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

突然の轟音がスタジアム内に轟き、それと同時に先ほどまで感じていた揺れと同じモノが今再びこの場に巻き起こり、地響きとなりて遊良達へと襲いかかった。

 

 

 

「なっ!?ま、また『闇』が噴出した!?」

 

 

 

それと同時に、先ほど【白鯨】の一撃で消し飛ばされたはずの『闇』が、再び間欠泉の如き勢いで噴出し始めたではないか。

 

先ほどと寸分違わぬ同じ場所から、先ほどの勢いをそのままに。

 

一旦途切れたとは言え、またもや決闘市の空へと向かって『闇』が立ち昇って行き、太陽の光を遮らんとして決闘市から光を奪わんと広がっていくその光景は…まるで、今にも堕ちてきそうな絶望を、これほど分かりやすく具現化する方法があるのかと言うほどに禍々しく。

 

 

 

「そんな…たった今消えたはずなのに…」

「チッ、たりめーだ。アレがあんなんで消えるわけねぇだろ。」

「じゃあ…一体どうすれば…」

「あぁん?…んなこた、決まってんだろーが。」

 

 

 

そんな中で再度口を開いた鷹峰の視線は、地面より昇る巨大な『闇の塔』へと向けられていて。

 

未だ収まる気配の無い、恐るべき勢いで噴出し続ける『闇の塔』。

 

それが今もなお決闘市の空を覆いつくさんと、その地響きを反響させて古びたスタジアムを揺らしているというのに。

 

一体、鷹峰は何をしようとしているのだろうか。その手立てなど全く持って思いつかない遊良からすれば、簡単にそう言い放つ鷹峰の言葉が不思議でたまらないことに違いないだろう。

 

そんな訝しげな目で師を見る遊良に対して、その視線を感じたのか鷹峰はおもむろに口を開いた。

 

 

 

「アレを吹っ飛ばしても止まんねーってんなら、張本人をぶっ飛ばすしかねーってんだ。」

「…え、張本人って…?」

「この『異変』を巻き起こした奴だ。ついでに言やぁ、ルードでテメェが戦った奴も、街で暴れてる奴らも、全部操ってんのは『奴』だってこった。いくらその他の奴ぶっ倒したって、大本叩かなきゃキリがねぇ。」

「それが、『黒幕』…でも、それは…」

「お前さんもここまで『見て』来たんだ。もうソイツが『誰』なのか…テメェにだって見当はついてんだろ?」

「ッ!?」

 

 

 

鷹峰が告げる解決方法は確かに真理で、この古びたスタジアムに来る前に遊良達が出していた結論と同じモノに違いないのだが…

 

それでも最初と異なっているのは、始めは影も形も思い浮かばなかったその『黒幕』の予想が、今この段階では遊良にだって思い浮かんでいるということ。

 

遊良がここまで戦ってきて…それこそ、最初に『闇』に襲われたルード地区の経験と、【決闘祭】で見たモノ…そして、先ほど戦った紫魔 ヒイラギの使っていた『特別』なカードの存在が、遊良に『黒幕』の姿を鮮明に見せ始めたのだから。

 

 

それは…

 

 

 

 

 

「…は、はい…紫魔 ヒイラギ、あいつはさっきのデュエルで【D-HREO】のカードを使ってきていた…」

 

 

 

【決闘祭】で見た、『地紫魔』であるはずの彼女のデュエルが、先ほどエントランスで戦った時には根本からして異なるモノを繰り出してきていたこと。

 

更に、元とは言え【王者】を『闇』に飲み込むことの出来るほどの人物…それだけでも、『黒幕』となり得る人物には限りがあるのだ。

 

 

それが、遊良の思い至った『黒幕』の予想へと繋がったことは先ず間違いなく。

 

 

また『HERO』と言うカテゴリーを使うことを、古よりの『掟』で決められている紫魔家だからこそ、【D-HERO】と言う『特別なHERO』を彼女が使ってきたことも拍車をかけたのだろう。

 

 

 

「…あれは…あ、あのカードは【紫魔】のカードだったはず!それを、どうしてあいつが…借り物だって言ってたけど…」

「そうだ、世界広しと言えど、この世界で【D-HERO】を使える奴なんざ、俺様の知る限りでも『一人』しか居ねぇんだよ。」

「【D-HERO】…その名を再び聞くことになろうとは…にわかには信じられた話ではありませんが…しかし、『あの子』が【D-HERO】を使ったとなると…」

 

 

 

そう、この世界において紫魔家にだけ許された『HERO』と言うカテゴリーの中でも、多くの紫魔達が扱う『E(エレメンタル)』とも『E(イービル)』とも、『M(マスクド)』とも『V(ヴィジョン)』とも全く違う存在であるソレは…

 

 

―この世界の歴史上でも、扱った人間は『たった一人』しか存在しない。

 

 

悠久の遥か昔から記されている長い長い紫魔の歴史、ひいては膨大な枚数を持つ『HERO』というカテゴリーの中でも…

 

『運命』の名を冠するその英雄達の姿は、特に近年になって初めて確認されたモノであるからに他ならない。

 

それは近年、『ある一人の人間』の、まさに『運命』を決める一戦において創造された代物であることは、世界の歴史に刻まれていることであって。

 

 

 

「で、でも『その人』は…」

 

 

 

…しかし、どうにも遊良にはソレが信じられていない様子。

 

 

何せ、今遊良の中に浮かび上がってきている『黒幕』の存在は…遊良からすれば、到底信じられた人物ではないのだ。

 

先ほど紫魔 ヒイラギと戦ったことによって、遊良にはヒイラギの上にいるであろう『その人物』の姿が、確かにその脳裏に浮かび上がって来ていることは事実。

 

それでも、鷹峰が言っているであろう人物が遊良の思い浮かべている人物と『同じ』なのだろうが…しかし、それはありえないと言うことを遊良は『知っている』からこそ、ソレがどうしても信じられない様子を見せていて。

 

…もしそんな人物がこの『異変』を巻き起こしたというのならば、それこそ『神』にでもなったというのだろうか。

 

そんな、決して『ありえない人物』のことが浮かび上がっている遊良の頭が、その『名』を口走りそうになった…

 

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

「…ホホ、そうは…さ、させません…わ…」

「ッ!?」

 

 

 

突然、この地鳴りの中であってもはっきり聞こえるキーの高い声がスタジアム内に聞こえてきて…ボロボロの姿をその身で支え、息も絶え絶えになって現れたこの少女。

 

 

―紫魔 ヒイラギ

 

 

つい先ほど、遊良を足止めしようとして返り討ちに会い…そのまま意識を手放したはずの地紫魔の少女が、スタジアムの入り口の一つから突如現れたのだ。

 

しかし、先ほどのデュエルで受けたダメージが回復しているはずもないというのに、一体どうしてこの場に現れることが出来たというのだろうか。

 

LPを0にされるような実際のダメージは、到底すぐに意識を取り戻せるような代物では無いはず。その痛みを知っている遊良だからこそ、今こうしてヒイラギが現れたことに対しても驚きを禁じえない様子を見せていて。

 

 

 

「ッ!?し、紫魔 ヒイラギ!?お、お前、な、何で…」

「邪魔はさせませんと…い、言ったはずでしょう?…くっ、わ、私には、やることが…あるんですの…」

「…チッ、ガキが…」

「…さっき言ってた、『復讐』ってやつか?」

 

 

 

遊良に思い浮かぶのは、先ほどエントランスでヒイラギと戦ったときに彼女が放った、『復讐』と言う名のその言葉。

 

ダメージを負った体を無理やりに、ヒイラギがよろけながら遊良達に向かってきて…呻る『闇の塔の』前に立ち、まるで立ちはだかるようにしてデュエルディスクを構える彼女。

 

 

―『あら、散々傷つけられて来たと言うのに、そんな奴らに躊躇をする必要がありまして?』

 

 

先ほど、紫魔 ヒイラギはそう言った。

 

決闘市の空を覆う『闇』がこの街に落ちる時、今無事で居る人間であっても『闇』から逃れられる術は無く…全ての住人が『闇』に囚われてしまえば、一体どれほどの被害が出るのか想像すら出来ないだろう。

 

 

街を壊し、人を操り…

 

 

はたしてそれが、彼女の言った『復讐』なのだろうか…

 

 

 

「…やっと…ここまで来たんですの…だから…最後の最後まで…邪魔はさせません…」

 

 

 

その彼女の言葉の真意が何なのかなど遊良には到底思い浮かびもしないものの、それでも高飛車でプライドの高そうな彼女がここまでボロボロになってまで抵抗しにきたということはそれだけ彼女が本気なのだということに違いない。

 

 

―呼吸を乱し、微かに震え…

 

 

その華奢な体から感じるのは、もう後には引けない場所まで来ているという彼女の追い詰められている雰囲気と、何が何でも『自分の目的』を達するという強い意思。

 

 

 

「…どけクソガキ。邪魔なんだよ。」

「…お、お断り…します…」

「チッ、テメェごとフッ飛ばしてやろうか、あぁ!」

「うっ!?ぜ、絶対に、どきませんわ…」

 

 

 

だからこそ、彼女は『闇』に対して『何か』をしようとしていた【黒翼】の前に立ちふさがり、意識を吹き飛ばされそうな威嚇を受けていてもなお、意地でもその場に立ち止まるのか。

 

常人ならば卒倒してしまうほどに荒々しい鷹峰から発せられるこの圧力を、正面から華奢な体にまともにぶつけられていると言うのに…

 

何か決意を持った様子の彼女の足は竦みあがる程の迫力を持つ【黒翼】を前にしても、決して逃げ出そうとはしておらず。

 

 

 

「邪魔だっつってんだよこのクソガキがぁ!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

そうして鷹峰の叫びが木霊して、その圧力がこの古びたスタジアムを更に軋ませて。

 

…容赦の無い、意識を強引に吹き飛ばすような鷹峰の『威嚇』

 

鬼気迫るほどの鷹峰の迫力が並大抵の人間に耐えられるようなモノでないことは、過去に幾度も証明されており…

 

『闇』の轟きによるスタジアムの崩壊と相まって、逃げ出す暇も与えられない程の恐怖が浮かんでくるというコトは、誰の目にも明白だというのに…

 

 

 

「く…ぅ…」

 

 

 

意思を意地でも維持して…息も絶え絶え、ふらつくほどに体も傷ついているその痛々しい姿で、一体何がここまで彼女を動かすのだろう。

 

轟音を奏で、絶望を増していく『闇の塔』の勢いが更に大きくなっていくのに連なって、ヒイラギへと向けて放たれる鷹峰の圧力も増していき…

 

 

 

「…はぁ、これでもどかねぇか…じゃあ仕方ねぇ、マジでそろそろ時間もなくなってきやがったしなぁ…ガキ一匹なんざ無理やりフッ飛ばしてでも…」

「ッ!?」

 

 

 

それでも意識を無理やり繋げ、その場に意地でも踏みとどまる少女に対して苛立ちを含ませた鷹峰は歩みを少女へと進め…

 

 

デュエルディスクを構えているヒイラギ目掛けて、鷹峰もまたその手を上げてデュエルディスクを構えようとした…

 

 

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

 

 

『…待て』

 

 

 

―!

 

 

 

鷹峰が無理やりにヒイラギを掴もうとしたその瞬間。

 

轟音が響くスタジアムの中のどこからか、突然『何か』が反響し…まるで聴覚に直接響かせているのでは無いかと錯覚しそうになる不協和音と共に、誰の鼓膜にもむず痒さを感じさせて。

 

『闇』よりもなお深い場所から響いてくるこれは『恐怖』、聞く者全てを飲み込まんとする深淵の『闇』…底知れぬ恐怖。

 

 

―しかし、それだけではない。

 

 

突如として、鷹峰とヒイラギの間に割って入るようにして地面から別の『闇』が噴出し始め…

 

まるで鷹峰を遮るようにして、その足を一歩後ずさりさせたのだ。

 

 

 

「おっと、危ねぇ危ねぇ…」

 

 

 

ソレに触れないように反射的に手を引っ込める鷹峰ではあったものの、しかしその顔は焦りを見せるわけでもなく。

 

突如聞こえてきた『何か』に対して、どこか苛立ちを含んだ顔を見せるのみ。

 

 

 

「チッ、『相変わらず』胸糞わりぃ声だぜこんちくしょうが…」

「…こ、この声は…ま、まさか本当に『奴』なのか?」

「初めっからそう言ってんだろーが!砺波よぉ、テメェは『奴』の声も忘れちまったのか、あぁん?」

「しかし…いや、紫魔 ヒイラギ…この子が関わっているのなら、確かに納得は出来るが…」

「だろうなぁ。カカッ、何たってこの小娘が【D-HERO】を使ったってだけで、『奴』は自分から俺らにネタばらしをしているようなもんなんだからよぉ。」

 

 

 

そして、この『声』のような音に対して、どこか聞き覚えがあるかのような振る舞いを見せる鷹峰と砺波。

 

遊良が得た半信半疑の確信とは異なった…【王者】である彼らだからこその確信。

 

 

―砺波ほどの者を深淵の『闇』に飲み込めるような人物

 

―『紫魔 ヒイラギの関係者』

 

 

たったこれだけの情報から…いや、鷹峰と砺波にはたったこれだけの情報でも十分なのか。

 

今の『声』と、鷹峰を遮った『闇』に向かって…いや、『闇』に守られているかのような紫魔 ヒイラギへと向かって、砺波が口を開く。

 

 

 

「…にわかに信じられる話しではありませんが…しかしヒイラギさん、あなたがこの『異変』に関わっているのを知った今…『彼』しか思い当たる人間は居ません…なぜなら私も鷹峰も…ヒイラギさん…あなたのことを、遥か以前から知っているんですから。」

「カッカッカ、あのガキが随分とまぁデカくなったもんだぜ。」

「でしょうね…は、【白鯨】と【黒翼】であるあなた方には…隠せるモノでも…ありませんですし…」

「…え?昔から知っているって…何で紫魔 ヒイラギの事を…先生達が?」

 

 

 

そんな鷹峰と砺波から発せられる言葉には、遊良からすれば全く持って理解が追いつかないことだろう。

 

何故ここで鷹峰と砺波が紫魔家の一人に過ぎない少女の事を言葉に出すのかも理解の範疇を超えている遊良からすれば、【黒翼】と【白鯨】のその言葉には疑問を思い浮かべることしか許されておらず。

 

それでも、一々遊良の疑問に答えている暇など無い大人たちは『闇』の後ろに隠れた紫魔 ヒイラギへと向かって、その言葉を投げかけるだけ。

 

 

 

「あなたが私の学園に入学してきた時には何の縁なのかと思いましたが…しかし今考えれば、それも初めから仕組まれていたという事なのでしょうか?」

「…ホホ…どうでしょうね…どこからが私の…」

 

 

 

何かを『知っている』様子の砺波が、そうヒイラギに問いかけるも…どこかはぐらかすようなヒイラギの言葉は、新たに地面から噴出した『闇』の勢いにかき消されていき、対面している3人に届くことはなく。

 

今にも倒れそうなヒイラギは、ふらつきながらもその場に立っているだけ。

 

 

 

「チッ、今はこんな小娘のことはいいだろうが!それよりいい加減にしやがれ!ガキ共を動かしてテメェは『闇』の中で見てるだけか!?もうネタは上がってんだよ!」

 

 

 

そして、最早ヒイラギなど視界にも入れていない鷹峰がその纏う圧力を更に大きくしながらそう叫び…その叫びは、先ほど聞こえてきた『声』へと向かっているのか。

 

 

未だ姿を『闇』の中に隠しているソレへと…目の前の、常人ならば卒倒しそうなほどに恐ろしい深さの『闇』へと向かって…

 

 

―『底知れぬ恐怖』へと向かって、叫ぶ

 

 

 

 

 

「出てきやがれ!そこに居んだろうが!」

 

 

 

 

 

―その、『奴』目掛けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「れんぞぉぉぉぉぉぉぉお!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…流石だ、【黒翼】…』

 

 

 

ゆっくりと、深い深い『闇』の中から歩いてきた人物。

 

その声は確かな振動となって遊良達の耳へと振るわせられるものの、それが人の口から出ているとは到底思えない『音』となって届けられているのは果たして現実か虚構か。

 

 

 

「あ、あぁ…や、やっぱり!で、でも何で!?『あなた』は…じゅ、10年前に…」

 

 

 

そして、その『信じられない』黒幕の姿を目に入れてしまった遊良が思わず声を荒げて叫ぶのも、仕方なく…

 

 

 

「10年前に!し、死んだって公表されたはずだ!!」

『ここに居ることが全てだよ天城 遊良。私は死んでなどいない、今もこうしてここにいる。』

「ッ!?」

 

 

 

その言葉の一つ一つから漏れ出るモノは、聞いている者の耳に嫌と言うほどはっきりと聞こえてきて…

 

 

―与えられるのは、『底知れぬ恐怖』

 

 

口から出る『音』が、気持ちの悪いくらいに透き通っているからこそ、その人物の声は他人からすれば、抗うことの出来ない畏怖の対象でしかないだろう。

 

自らの名を呼ばれたことすら、遊良にとっては竦みあがることしか許されないほどに、その声からは恐怖しか感じられず…

 

 

 

誰もが『知っている』。

 

『闇』から現れた、この男のことを…

 

 

 

 

 

「やはり貴様か、【紫魔】…いや!」

 

 

 

 

 

―いや、『知っていた』。

 

 

遊良が思わず叫んだ通り、そして砺波が言葉を選びなおそうとした様に、公式に発表された情報では彼はもう『故人』として扱われているはずなのだから。

 

 

 

 

 

 

―紫魔 憐造

 

 

 

 

 

 

 

【紫魔】…いや、先代【紫魔】であるはずの男が…

 

 

 

 

 

 

 

―『闇』の中から、現れたのだ。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 


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