遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
「よし、こんなもんか。」
買い物を済ませ、スーパーから出る遊良。さっさと2人と合流して家に帰ろう。
―!
「…あ、あれ…な、なんだ…これ…」
まさに、そう思った瞬間のことだった。
急に遊良の視界が…その目の前が真っ暗になり体が動かなくなる。見慣れた町並みが消え、視界が黒く染まってしまって。
今日の下校前に感じた、あのふらつく感覚が…地震にも似た揺れが再び起こる。
―もういいだろう?…
「な、なんだ…?」
そんな時、不意に遊良の耳に聞こえる不思議な音…いや、声が…遊良の心はざわつき、何故か嫌な感じがする声が聞こえる。
―そろそろ始めよう………
「なにを…」
―お前の物語を…
「もの…がたり…?」
一体何のことか、遊良の意識がぼんやりとしてきて、足の力が抜けそうになる。浮いているような不快感が込み上がり、どちらが地面がわからないような…そんな感覚。
そして、倒れそうになった瞬間、反射的に足を踏ん張った所で、急に遊良の体に音と視界が元に戻った。
「あ、い、今のは…?」
下校前、さっきも感じた嫌な声。
ここまでくると流石に気味が悪いが、やはり本気で疲れているのだろうか。あまり深く考えるのはよそう、今日は2人には悪いが早く寝るか…遊良は必死に、そんな風に思うようにして2人を探す。
周りを見渡し、近くに目をやり。買い物袋を片手に、鷹矢とルキを探して回って。
「…あれ、あいつらどこ行ったんだ?」
しかし、何故かいくら周りを見渡しても二人の姿は無かった。
そんな中で、遊良に湧き上がってくる感情…いつもなら、どうせブラブラしているんだろうとか、ちょっと電話してみるかとか、その程度にしか思わないことだが、なぜかこの時に限って胸騒ぎが止まらない様子。
鼓動が早まり、耳に届く心音がうるさい。近くでアイスやたこ焼きを売っていた人に聞いてみても、二人が買った後から姿は見ていないと言われた。
デュエルディスクとなる万能端末を使って電話をかけてみても、コール音だけが響いて繋がらない。
こんなことは今までなかった…いよいよおかしい。遊良が、そう思った瞬間…
「あれ、これって…」
スーパー近くにある路地裏、そこに繋がる入り口に差し掛かったところで遊良は立ち止まりしゃがみこむ。
何故なら、そこに目を引く落し物が落ちていたから。
「間違いない、これ…ルキのだ。」
素早く、迷い無く。
ソレを瞬間的に理解する。遊良がそれを間違うことは絶対に無い為に。
それは、ルキが常に見につけていたネックレスであり、遊良が以前、ルキの誕生日に贈った物だったからだ。羽をモチーフにしたデザインで、かなり気にいってくれたのか、肌身離さず着けていてくれているのを彼もよく知っている。
つまり、これがここに落ちているのはあまりにも不自然と言うこと。遊良の家とは反対方向で、わざわざこんな路地裏に行く必要も用事も無い。
と、いう事は…わざと遊良が気がつくようにここに落としたか。
「この先…か?」
ますます早まる鼓動を抑えて、路地裏に足を踏み入れる遊良。日が傾いているだけあって薄暗く、進む足も重くなってきたのか。
ゆっくりと進むその足で、路地裏を進んでいって。
そして…その先で遊良は自分の目を疑うことになる。
しかしそれは、これから起こることの序章に過ぎず…
―…
「やぁやぁ、やっと来たねぇ。えっと…天城くん、だったっけ?もう、待ちくたびれたよ。」
「…あ、な、なんだよ…お前…」
路地裏の真ん中、立っているのは遊良達とそう年も変わらないであろう男。その男を見て、驚いたような…どこか怯えたような声を漏らす遊良。
まるで作り物のような顔、どこから出ているのか分からない様な声。
しかし、遊良が驚いているのはそんなことでは断じてない。
「鷹矢!ルキ!」
そこには、自分の目を疑う光景があったのだから。目の前の男の影から、上方に黒い巨大な腕が二本伸びていて、その腕の先には気を失った鷹矢とルキの姿。
その巨大な影の腕に、いつでも簡単に握りつぶされそうだ。
「お前…2人に何を…」
「なにもしてないよー…フフッ…まだ、ね。」
「まだ」という言葉に背筋が寒くなる遊良。
眼を疑うような異形の腕、そんな現実も信じられないが、まるで人形なのか、そう思うくらいの男の顔を見ているだけでも気味が悪いだろうに。
早くこの場から逃げ出せ、そんな命令を遊良の脳が送り出すが、なんとか遊良はこの場に踏みとどまっていた。こんな得体のしれないモノに鷹矢とルキが捕まっている。そんな状態で逃げ出すなんて冗談じゃない。
「何をする気だ…」
「だから何もしないって。でもそうだなぁ…君の返答しだいじゃあ、するかもね。」
「へ、返答?俺に用なら2人は関係ないだろ。」
「あるよー、大有りだって。せっかく待っててあげたのにさ。えっとねぇ…ボクと決闘しようよ。ね?いいでしょ?」
「デュエルだって?そんなことのためにこんな…」
「そんなことー?もう、心外だなぁ。この世界に住んでるんだったら、「決闘」は何よりも優先されることでしょ。あ、「出来損ない」の君には関係ないっけ、あはは!」
一々癇に障る言い方で挑発してくる男の声。その声の質からして、腹立たせようとしてくるのが彼にもよくわかるのか。
しかし、問答無用で危害を加えてくるつもりでないことはわかった。デュエルをするのが目的ならば、こちらにも分があると、浅ましくも勇ましく…後ろからデュエルディスクを取り出して。
「ぐっ、いいぜ!やってやるよ!でもその前に二人を離せ!デュエルはそれからだ!」
「ダメダメ。大事なお友達は人質なんだからさー。助けたかったら僕に勝ってよ。あ、ちなみに負けるとこの二人…死ぬからね。ははっ。」
「なっ!?」
そんな中、男の突然の宣言に…なんの悪びれもなく発せられたその言葉に、思わず動揺する遊良。
そんな話、にわかには信じられないことだ。
しかし、この異常な光景を見る限り、嘘と言い切れないのがもどかしい。大きな腕につかまれていて、そのまま握りつぶされでもしたら命はないだろう。それを用意に想像させるくらいに、今の状況は異常なのだから。
「…デュエルで…生死をかけるなんて…」
信じられない、信じたくないが、それに反して遊良の心臓はうるさく響く。
「だってそれが【決闘】だろ?大事なものを賭けないと。それにさ、OKしちゃったじゃん?大丈夫、嫌なら勝てばいいんだよ…じゃ、やろっか。」
「…くそっ!」
それでも、こちらに分があると簡単に決闘を受けてしまったことを後悔しながらも、遊良は自分のデュエルディスクを展開し始めた。
―何事においても、決闘者ならば決闘に関して逃げてはいけない。それが決闘者である者ならば。
今朝も使った、オーソドックスなタイプのディスクを腕に固定し、デュエルプレートが機器の中から展開される。
デッキがホルダーから現れオートシャッフルされると、男も同じように展開し文字通りの「決闘」が始まった。
ー
「先攻は俺だ!俺は【トレード・イン】を発動!レベル8の【神獣王バルバロス】を捨てて2枚ドロー!もう一枚【トレード・イン】を発動!【ギルフォード・ザ・ライトニング】を捨てて2枚ドロー!…よし、1枚伏せて【手札抹殺】を発動!俺は3枚捨てて3枚ドロー!」
「僕は5枚捨てて5枚ドローするよ。」
「【シャドール・ビースト】の効果でさらに1枚ドロー!さらに伏せてあった【貪欲な壷】を発動!墓地に捨てた【カイザーシースネーク】・【銀河眼の光子竜】・【シャドール・ビースト】・【神獣王バルバロス】・【ギルフォード・ザ・ライトニング】をデッキに戻して2枚ドロー!そして俺は1枚伏せてターンエンドだ!」
遊良 LP:4000
手札:5→5
場:無し
伏せ:1枚
いつものようにデッキをフル回転させる遊良。
どうしても事故率が高いこのデッキは、先攻に大型を出すことは少なく、こうして回して、回して、回して、そして攻める準備をしてから始まる。これで手札も伏せカードも磐石。次のターンにから一気に攻められるだろう。
「いやぁ、凄い凄い。【出来損ない】の癖にここまで頑張るって。ははっ、必死すぎて笑えるけど。」
「…なんとでも言え。これが俺の戦い方だ。それより、お前のターンだぜ?」
「はいはい、僕のターン、ドロー。僕は【ブリキンギョ】を召喚、その効果で手札から【グリーン・ガジェット】を特殊召喚!さらに効果で【レッド・ガジェット】を手札に加える。」
「【ガジェット】!?お前、そのデッキは…」
しかし、ターンが移ってすぐに目の前に現れた歯車の機械に、遊良は思わず驚きの声を上げた。
別に、【ガジェット】自体はそう珍しいカードではない。使用者もそれなりにいるし、かなりメジャーなテーマの一つ。
…しかし、遊良が驚いたのはそんな些細なことからでは断じて無い。
そう、このタイミングでわざわざ、見せつけのようにして【ガジェット】というデッキを使用するというこの男の行為に、自分への挑発以外ありえないと、そう確信した為だ。
遊良とて、何度も戦っているからこそわかることだが…
ーこれは紛れもない、鷹矢のデッキなのだから。
「そうだよ、君のお友達の男の子のデッキさ。僕デッキ持ってなくてさぁ。丁度良いからこっそり借りたんだ。」
「…ふざけやがって。鷹矢のデッキを勝手に…」
「まぁまぁ。そう怒らないでよ。ちゃんと返すって。…君が勝てればね。僕はレベル4の【ブリキンギョ】と【グリーン・ガジェット】でオーバーレイ!機械族2体でオーバレイネットワークを構築!」
男の宣言と共に、足元に銀河のような渦が現れその中にモンスター2体が光となって吸い込まれる。
エクシーズ召喚特有のエフェクト。同じレベルのモンスターを素材に、レベルを持たないモンスターを生み出す召喚を。
「エクシーズ召喚!現れろ、ランク4!【ギアギガントX】!」
【ギアギガントX】 ランク4
ATK/2300 DEF/1500
その光が弾けると…男の場に、巨大な機械の戦士が現れた。
その体の周りには、円を描くように2つの光球が回っていて。ランクを持つエクシーズモンスターは、力の源であるこのオーバーレイユニットによって真価を発揮するのだ。
「そのまま【ギアギガントX】の効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い、デッキから【ブリキンギョ】を手札に加える!」
「いきなりエクシーズ召喚を決めてくるか…」
「君の場にモンスターも居ないし、早速ダメージだ!バトル、【ギアギガントX】でダイレクトアタック!」
そして、機械の巨腕が遊良に迫る。
もしこのまま勢いよく迫るこの腕で殴られて、簡単に攻撃が通ればいきなりLPが半分以上引かれてしまうことは必至。
…幼馴染たちの命がかかっていると言われていて、それを易々通すほど遊良は甘くないが。
「リバースカードオープン!罠カード【メタルリフレクトスライム】!守備力3000のモンスターになって俺の場に特殊召喚する!」
得体の知れない敵とはいえ、デッキ自体は鷹矢のデッキ。
戦いなれている分、何をしてくるかは遊良だっておおよそ理解できる。もしデッキの中身も昨日のままなのだとしたら、彼だって同じデッキでも鷹矢以外に負けてやる気はないのだ。
「へー、そんなの使ってるんだ。じゃあ攻撃はやめよう。カードを2枚伏せてターンエンド。」
男 LP:4000
手札:6→4枚
場:【ギアギガントX】
伏せ:2枚
「俺のターン、ドロー!一気に決める、俺は【冥界の宝札】を発動!そして…」
―こんな決闘、すぐに終わらせてやる。
「おっと、ここで永続罠【生贄封じの仮面】を発動!」
そう息巻いた遊良だったが、男のその宣言により場には奇妙な形をした大きな仮面が出現した。しかし、思いもよらない返しに思わず遊良の心臓が大きく跳ねるのを感じてしまう。
「なっ!?【生贄封じの仮面】だって!?そんなカード…」
そう、遊良の頬に、思わず冷たい汗が垂れてきてしまった。
それは、こんな戦いに長々と付き合ってやる気はない、そう思って一気に勝負を仕掛けにいった遊良だったのだが、思いもよらない手が帰ってきた為であって。
そもそも、このカードは鷹矢のデッキには入っていないはずの罠。ともすれば、明らかに遊良の戦術を知った上で対抗策としてこの男が加えた物なのだろう。
「フフフッ、こんな時代遅れのカードを使われるのは予想しなかったのかな。でも効くでしょ?君には特にさ。」
「…お前、くそっ。」
飄々とそう言ってくれる男だが、遊良にとってその制限は効くどころではない。この世界において誰もが見向きもしないようなアドバンス召喚を逆に力に変え、そして活路を見出してきた遊良だ。
EX適正が無いことも相まって、今まで誰も遊良を対策などしなかった。逆に鷹矢やルキはエース同士での殴りあいを好んだからこそ対策もへったくれも無かったが、今この時点でこの罠はとてつもない痛手となるのだから。
「くっ…だったら、それを乗り越えるカードを引けばいいだけだ!【闇の誘惑】を発動!2枚ドローし、【堕天使アスモディウス】を除外する!…よし、速攻魔法【サイクロン】を発動!お前の【生贄封じの仮面】を破壊する!」
「おっと、ここでちゃんと引けるんだ。…なるほどね、未だにしがみついているだけの事はある。」
だが、こういった所謂メタカードと言うものは汎用的な対策カードで突破できる。
…これくらいのことで、踏みとどまるわけにはいかない。なにせ、幼馴染たち二人の命がかかっているのだ。意地でも突破しなければならない。
しかし、遊良を封じるカードを破壊されたというのに表情一つ変わらない男に、遊良は冷や汗が止まらなかった。
このまま動いていいものか、まだ様子を見たほうがいいか…、そんな思考が頭の中でグルグル回って。
得体の知れない相手、負ければ二人は死ぬかもしれない。本当に。
(鷹矢…ルキ…)
しかし、それを無理やり振りほどいて。奇怪な黒い腕に捕まっている二人を見て、迷っている暇は無い、早く決着をつけなければと決心を固める遊良。
「残念だったな!これで動けるぜ!」
「確かに、ちょっと意外だったよ。ここでちゃんと突破できるカードを引く辺りは流石かな。…でもまだダメだ!僕は罠カード【ブービートラップE】を発動!手札を一枚捨てて破壊された【生贄封じの仮面】を再びセット!そしてこれは伏せたターンに発動できる!再び【生贄封じの仮面】発動だ!」
「なっ!?ば、ばかな!」
そんな時に、折角破壊したというのに再び現れる【生贄封じの仮面】。さっきは運よく突破できるカードを引けたが、もう遊良の手札にはドローソースは無く、その手札には上級モンスターと、今は使い道のない魔法のみ。
「くっ…そ…、い、1枚伏せて…た、ターンエンド…」
遊良 LP:4000
手札:6→3枚
場:【メタルリフレクトスライム】
魔法・罠:【冥界の宝札】・伏せ1枚
「僕のターン、ドロー。【ブリキンギョ】を召喚し、【レッド・ガジェット】を特殊召喚!効果で【イエロー・ガジェット】を手札に!そして2体でオーバーレイ!エクシーズ召喚、ランク4!【ギアギガントX】!」
そして、男の場には2体目の【ギアギガントX】が現れた。
後続を切らさずに戦えるガジェットは、毎ターン安定して展開してくるのが特徴だ。このまま長引けば遊良の方がジリ貧になって手に負えない。
「一体目の【ギアギガントX】の効果発動!オーバーレイユニットを一つ使って3枚目の【ブリキンギョ】を手札に!さらに二体目の【ギアギガントX】の効果も発動!デッキから【グリーン・ガジェット】を手札に!」
「だ、だが、それじゃあ俺にダメージはないぞ!」
「安心してよ。さっきのお返しだ。速攻魔法【ツインツイスター】を発動。手札を一枚捨てて罠カード扱いの【メタルリフレクトスライム】とその伏せカードを破壊する!」
「なっ!?」
そう言って男が発動したのは、遊良が先ほど使った【サイクロン】の上位交換カード。手札コストがあるとはいえ、ここで一気に2枚のカードを破壊されると遊良はこのターンで終わってしまう。
「させるか!リバースカードオープン!速攻魔法【終焉の焔】を発動!黒焔トークン2体を守備表示で特殊召喚!」
しかし、そんなものを簡単に通すわけにはいかない。
遊良が破壊される前に発動した【終焉の焔】によって、場には遊良を守るように揺らめく黒焔の魂が2つ現れた。だが、その揺らめきは今にも消えてしまいそうな物であって…
「でも【メタルリフレクトスライム】は破壊するよ。…しょうがない、このままバトルだ。【ギアギガントX】2体で黒焔トークン2体を攻撃。」
―!
男の攻撃宣言で、二つの黒焔に迫る鉄の拳。
ただ揺らいでいるだけの黒焔は、主人を守るだけで精一杯なのか。
二つの魂はなす術なく吹き飛ばされて消えてしまって、遊良の場には何も残らず。
「く…」
「僕はターンエンド。さっ、君のターンだよ。」
男 LP:4000
手札:5→4枚
場:【ギアギガントX】【ギアギガントX】
魔法・罠:無し
これで、遊良の場にはカードが無くなってしまった。相手の場には2体の【ギアギガントX】と遊良を封じる【生贄封じの仮面】。そして手札に起死回生のカードはない。
「く…そ…」
悔しそうに男を睨む遊良。
ここでまたサイクロンを引くか、ドローソースで体勢を整えられなければ…彼とて何も出来なくなってしまう。
そして、そうなってしまえば次のターンは耐えられないことは必至。今まで引いたカードと、残りのドローソース、そして手札のモンスターカードを見比べて…遊良は考える。
(どうする?…このままじゃ、多分、次のターンにあれを突破できるカードは引けそうに無い…。俺の残りのデッキのカードを逆算しろ…罠をくぐって、上級を出すには…)
必死に焦る頭をフル稼働させて考える。こういう時に、思考を止めることは勝負を捨てたに等しいことを知っているから。
ーただのデュエルならばまだいい。しかしこれには命がかかっている。
そんな中で、自分のデッキから考えられる手は…
(…な…い…)
絶望的ともいえる確率が思い浮かび、自分の無力さがひしひしと襲い掛かって来てしまった。多分このままでは、たとえ次のターンを何とか凌いだとしても…じわじわと嬲り殺されることに変わりはない。
「あれれー、どうしたの?早くドローしないの?」
(…どうすればいい…このままじゃ…)
そんな声をよそに、遊良は心が深く沈み、デュエルディスクを支える腕さえも重くなった。
そう、遊良のデッキは、相手のEXデッキから出てくる強力なモンスターに対抗するために、必然的にメインデッキの中には上級モンスターが多くなっているが、対抗するにも何をするにもそれは召喚できればの話し。
今、現状のこの手札では…およそ壁モンスターは出せても、相手の男は必ず更なるエクシーズ召喚をしてトドメを指しに来ることだろう。
(こんなときに、俺もEXデッキが使えたら…くそ…なんで俺には…)
そう思うと、遊良の手がデッキに伸びなくなってしまう。
そんな心情の中で、遊良には当に諦めていたはずの感情が沸きあがってきていた。
幼い日に宣告されても、それでも後天的にEXデッキが扱えるようになるのではないかと微かな期待もあった過去。しかし、いつまでたっても変わらない自分に、期待などは捨てたはずだったのに…
ーそれなのに込みあがるモノが押さえきれない。今にも目から零れそうになる。
…そんなときだった。
「…う…こ、これは…」
「…え…なにこれ!」
「あれれ、起きちゃった?もうすぐ終わるとこなのになー。」
「鷹矢、ルキ!…気がついて…」
「遊良…お前、何をして…なんだこれは?なぜこんな物に掴まれている?まるで意味がわからんぞ!」
「遊良!?なんでデュエルなんか…」
唐突に、目を覚ましたものの状況が飲み込めずに、騒ぎ始めた鷹矢とルキ。しかしこんな状況に置かれてもなお、その目が…力なく腕を下ろして今にも泣きそうな遊良を見たのか、その矛先を男に向ける。
「貴様、遊良に何をしている!」
「何って、ただのデュエルじゃん。」
「嘘よ!ただのデュエルで遊良がそんな顔するわけないから!」
「まあねぇ。ちょっと賭け事をしてるだけだけど。」
「賭け…だと?」
「遊良君が勝ったら、君たちは怪我なく帰れる。でも負けたら…君たちは死ぬ。」
「なっ!?デュエルで命を賭けるだと!?」
「そんな…馬鹿なことって…」
その言葉で、得体の知れない男の、想像もしていなかった返しに…思わず鷹矢とルキは驚いてしまった。
そう、普通ならば、デュエルの勝敗なんかで命のやり取りはしない。しかし、今の自分達の置かれている状況を見て、それが虚言でないことを理解したのか息を呑む。
今、自分達は男の影から出ている謎の黒い腕に捕まって、宙に持ち上げられている。掴まれている感触も本物で、そのまま握りつぶされでもしたら本当に死んでしまうかもしれない恐怖からだ。
しかし、一瞬の沈黙の後…
「…構うな遊良!サレンダーしろ!」
「そうだよ!遊良だけでも逃げて!」
「なっ!?お前ら何言って…」
それは、捕まっているはずの幼馴染達からの、思いもよらない提案。
遊良とて、そもそも二人を守るために戦っているというのに、今更逃げられるわけがないというのに。
しかし、それに苛立ったのか、対戦相手の男が言った。
「…もー、うるさいなぁ。もう終わるんだし、ちょっと黙っててよ。」
「な…ぐ、うぁぁ…」
「あっ…あぁ…」
不意に男が手をかざすと、まるで従うように鷹矢とルキを掴んでいた黒い腕が力を強めた。
急に力を増した影の腕に締め付けられ、鷹矢とルキが苦しそうな息を漏らしたが、それを聞いたところで男は全く緩めようとはしない。
「やめろ!鷹矢とルキを離せ!」
「だったら早くドローしなよ。2人が苦しんでるのは君のせいなんだから。まぁ、君が負ければ2人も死ぬんだけど。」
「…くそぉ…」
―どうすればいい。
このままでは勝ち目は無い。かといって鷹矢とルキを見捨てて逃げ出すわけにもいかない。
もう、わけがわからない。ついさっきまで何気ない、いつもと変わらない日だったはずだ。それがなぜ、こんなことになったのか。
「ねぇ、まだー?いい加減早くしてよー。それとも逃げちゃうー?」
男の言葉が耳に届くが、どうしたらいいのか分からない。見たくも無い光景に遊良は目を瞑り、視界が真っ暗になる。
―…
―…ッ!?
その瞬間の出来事だった。
不意に足元が不安定になり、ぐらりと揺れるあの感覚が遊良を襲う。
そう、今日も数回起きたもの。今このタイミングで起こることもそうだが、何より頭の中が直接揺れている気持ち悪いこの感覚。
そのため遊良は目を反射的に開けたが、何故かその先には何も見えず…閉瞼していた時と全く変わらない暗闇が、ただ無限にそこには広がっていた。
遊良のその視界は暗いままで…全く光が無いくらいの、真っ暗闇が。
そこには鷹矢の姿もルキの姿も、そして対戦していた男の姿すら見えない。
「な、なんだこれ…」
足が地面についている感触すら無い。体が浮いている感覚、奇妙な浮遊感が体を包んでいた。
―『力が欲しいか…』
「な、なんだよ!誰だ!」
そんな時、急にこの暗闇に声が響いた。
それは、今日何度も聞いた声。体の中がザワザワして、嫌な感じがする声。
―『力が…欲しいか?この場を収められる力が…』
これは、夢なのだろうか…。
デュエルの真っ最中にこんなことになるなんて普通はありえない。余程の絶望が現実逃避でも起こしたのか。
「い、意味がわからない…」
そんな事を考えても、全く納得などできはしない遊良。目を見開いて、耳を澄ましても何も感じない。先ほどまでの男の姿も、決闘の喧騒も聞こえてこない。
ーこんな事、ありえない。
しかし、そうは言っても現状このまま決闘を続けていても勝ち目など出てこない事は確定していて、もしこの声がいうような力が得られるのであれば確かに嬉しいことには違いないのだが…
Ex適正が無い自分に、こんな状態で得られる力など無い。それは彼とて重々承知している。
どうせ、夢か幻…現実逃避の成れの果て…
だったら、もうどうにでもなれと、遊良は胸のうちを開けた。
「力だって?……そんな物、欲しいに決まってるだろ!そんなことガキの頃から何度だって思ってた!…でも、俺はEXデッキが使えないんだよ…いくら力をくれるって言っても、EXデッキが使えないんじゃ、デュエルディスクが創造すらしてくれないんだよ!」
今まで隠してきた自分の弱さ。強がっていても、皆が出来ることが出来ない。そんな、今まで溜め込んできたものを一気に吐きだす遊良。
そう…いくら強がっていても、その悔しさは簡単に吹っ切ることが出来ない。
「EXデッキが使えない奴が…今更、力なんて得られるはずが…」
ー!
「ッ!?」
しかし、そう言った遊良の目の前に、突如いきなり明るい光が湧き上がった。
それは、とても小さな光で今にも消えてしまいそう…
しかしこの暗闇にしっかりと輝いている、1枚のカードであって。
謎の声は、続けて言う。
―『では…貴様が遠い未来に手に入れられるはずだったこの力を捨てても…貴様は今、力が欲しいと願うか?』
「え、な、なんだって!?これ、俺のExモンスターなのか!?お、俺が…Exデッキを使えるようになる…ってのか?」
―『そうだ。この場を逃げ出し、一人生き延びた末に、貴様は修練の末、神の情けで一つの召喚を与えられる。…そういう未来も確かにある。それはそのカードだ。』
「…う、嘘だ…ほ、本当に俺がExデッキを…」
思いもよらなかったその声。
思わず、咄嗟に、無意識に。遊良は自分が得られるというExモンスターに、手が伸びそうになる。
しかし、その手を遮るかのように声は続けた。
―『再び問おう。それを今、捨ててなお貴様は力を願うか。』
「…あ…俺は…」
…不意に、掴み掛けたその手を止める。
思っても見なかった未来、まだ年端も行かない幼少期に絶望を味わい、周囲の冷たい目に晒されてきた過去。
いくらExデッキに頼らない戦いを磨いても、周りは認めてくれず、それにも慣れてきて諦めすらしていた自分。
一時は、このままデュエルをしていて良いのかと、悩んだりもした。
―それでも、デュエルを諦められなかった。
もしこの声の言う事が本当であれば、今まで惨めに生きてきた自分が、ついにExデッキを扱える未来があるのだと。
眼前に浮かんで輝いている一枚のカードを見つめ、捨てきれない気持ちが大きく膨れる。自分自身の力が、こんなにわかりやすく見せて貰えることが、たまらなく嬉しい。例えこれが、現実逃避の末の幻聴だとしても。
もしそれが本当なのだったら、それは彼にとっては願ってもないことだ。
…正直、Exデッキを扱う鷹矢やルキを羨ましく思っていたのも事実。
いや、この二人だけではない。
自分以外の人間はExデッキを扱えるのだ。いくら考えないようにしてきても、心の底では一種の羨望があったことに変わりはない。それは、いくら自分よりも弱いデュエリストであっても。
もし、自分がEx適正を得ることが出来れば、今まで自分をバカにしてきた周囲を見返すことができる。自分の存在を認めさせられる。
もう…「出来損ない」などど言われずに済む。
そう、思った。
「俺…は…」
そう、思っても
「俺は……Ex適正なんていらない!Exデッキが使えるようになっても、そこに鷹矢とルキが居ないんだったら、周りを見返したって意味が無い!」
もしここで、一人逃げ出して生き延びても…Exデッキを使えるようになっても、そこに二人が居なくなっていれば、自分も生きている意味は無い。
二人が居なかったら、きっと自分も生きることをとっくに諦めていただろうから。
「…よこせ!」
泣きそうな声を振り絞って、遊良は叫ぶ。
「力をよこせ!あんたが誰だっていい!どんな力だっていい!」
渇望していた筈の「希望」を捨てなければいけない後悔と、そんな不甲斐ない自分の力の無さを悔やむ。悔しくて胸を掻き毟りたい、そんな衝動が自分を襲う。
けれど、それでも…
「いつか得られる力じゃ遅いんだ…俺自身の力じゃなくたって!今ここで!鷹矢とルキを守れなくちゃ意味が無い!」
自分の境遇も生い立ちも、願いも未来も渇望も
―そんなもの今はどうでもいい。
どんなことも些細なことだ。今、鷹矢とルキを失うことに比べたら。
声は続ける。
―『では貴様は今、力を得る代償に…これから得られたであろうこの力の一切を捨てる…よいな。』
「構わない。期待を持つのはもう…やめる。俺はExデッキなんて…使えなくていい!」
そう、決心して。遊良は目の前に燦然と輝く自身の未来のカードに手を伸ばすと…
―それを握り潰した。
もう、後戻りはしないために。そして、徐々にその光は消えていき、再び真っ暗な闇が視界を覆う。
―『よかろう。では、神と決別する貴様に与えるのは…』
―…
「ねぇ、まだー?いい加減早くしてよー。それとも逃げちゃうー?」
瞑っていた目を開ける。もう、迷いはない。
「ぐ…ゆう…ら…」
「ゆー…らぁー…」
鷹矢とルキの苦しそうな声が聞こえ、体が熱くなる。今にもあの男につかみかかり、殴り倒してやりたい衝動に心がざわつき体が疼く。
しかし、熱くなった体とは対照的に、頭は痛いくらいに冷え、視界は開けていた。
そして、自分が今何をすれば良いのかを理解し、目の前の男をしっかりと見据えて…
ー遊良は、叫ぶ。
「逃げはしない!行くぞ!俺の…」
―『同じく神に背く、黒き翼持つ者達だ…』
「タァァァーン!」
勢いよくデッキからドローする遊良。そして引いたカードを一瞥すると迷い無く発動した。
「俺は魔法カード、【堕天使の追放】を発動!その効果で、デッキから【堕天使】カードを手札に加える!俺は【堕天使イシュタム】を手札に!そしてそのまま効果発動!手札のイシュタムと、【堕天使スペルビア】を捨てて…2枚をドロー!」
「…ッ!?堕天使?」
先ほどとは打って変わって迷いの無くなった遊良に、余裕な顔をしていた男の表情が、珍しく険しくなるのが見てわかる。
その動揺からか鷹矢とルキを掴んでいた腕の拘束が緩み、二人の表情からも苦しさが消えた。しかし直ぐに二人も、同じく遊良の発動したカードを見て驚いだ表情をする。
「堕天使だと…遊良のデッキには確かにアスモディウスやスペルビアなんかが入っていたが、あんなカードなんてあったか?」
「見たこと無いよ…あんなカード…」
それは、幼馴染の二人も見たことの無いカード。そのはず、この力は遊良しかその発現を知らないのだから。
しかし、夢などではないと、はっきりわかる。
「もうお前に容赦はしない!魔法発動!【堕天使の戒壇】!墓地から【堕天使スペルビア】を守備表示で特殊召喚!」
【堕天使スペルピア】レベル8
ATK/2900 DEF/2400
そして遊良が呼び出したのは、今までも使っていた堕天使の一体。
壷のような特異な形容をしてはいるが、その力は高く、本来ならば墓地からの特殊召喚時に仲間も復活させることが出来るのだが、今までの遊良のデッキでは打点要因か、デッキ回転のパーツの一つであって活躍の場がほとんど無かった。
しかし、今は違う。
「そしてモンスター効果発動!スペルビアが墓地からの特殊召喚に成功した場合、墓地から更なる堕天使を呼び戻す!来い!【堕天使イシュタム】!」
【堕天使イシュタム】レベル10
ATK/2500 DEF/2900
遊良の呼応に反応し、本来の力を存分に発揮する堕天使。そして続いて遊良の場には、魅惑の羽を持つ堕天使が現れた。その姿は堕天したとは思えないくらいに神々しく美しい。
しかし、まだまだ。それだけでは終わらない。
彼女らの効果は、主の命を代償に、散っていった力さえ再び発動させるのだから。
「まだだ!魔法カード【おろかな副葬】を発動し、デッキから【背徳の堕天使】を墓地へ!そしてイシュタムのモンスター効果!1000LPを払い、墓地の【背徳の堕天使】の効果を得る!【生贄封じの仮面】を破壊!そして【背徳の堕天使】はデッキへ戻る!」
遊良 LP4000→3000
「これで制限はなくなった。」
「くっ…あくまでもアドバンス召喚する気か。これだから出来損ないは!」
「黙れ!もう俺を…出来損ないとは言わせない!EXデッキが使えなくても、俺の存在を否定させない!」
その言葉に迷いは無い。淡い期待など捨て去ったから言える言葉を。今まで持っていた僅かな期待も、一切の希望も失くして。
「俺は二体の堕天使をリリース!」
もう二度とEXデッキを使えない、使わないと覚悟した者の自負。遊良の宣言で二体の堕天使が渦を纏う。
「現れろ!レベル11!」
召喚せしは、背徳の責を背負わされても、なお神に反逆する者。
「神に背きし反逆の翼!その姿を今ここに!」
遊良の覚悟が形となりて、姿を現す。
「来い!【堕天使ルシフェル】!」
―!
清廉なる天の光。それを遮る黒き姿。
漆黒の羽を広げ、二振りの刃を携えて降臨する。その姿はまるで神か悪魔か。神々しくも悲しげなその姿は見る者を魅了する堕天使達を統べる者。
【堕天使ルシフェル】レベル11
ATK/3000 DEF/3000
「すごい…遊良がこんな…」
「あぁ…凄いモンスターだ。」
神々しく天に佇む堕天使に、つい見とれている二人。
神に背く堕天の王は、アドバンス召喚成功時に、更なる堕天使を呼び寄せる力を持つのだ。
「【堕天使ルシフェル】のモンスター効果を発動!アドバンス召喚成功時、相手フィールドの効果モンスターの数だけ、デッキから堕天使を特殊召喚できる!集え、【堕天使マスティマ】、【堕天使テスカトリポカ】!」
【堕天使マスティマ】レベル7
ATK/2600 DEF/2600
【堕天使テスカトリポカ】レベル9
ATK/2800 DEF/2100
そして、息切れなど感じさせずに次々と堕天使達を呼び出す遊良。そのどれもが見たことのないモンスターであり、鷹矢とルキは驚きを隠せない様子を見せている。
先ほどまでどうすればいいかわからず、泣き崩れそうな姿とは打って変わって。今では負けることなど考えられない、強者のオーラを纏う遊良。
「くっ、一斉召喚だと…でも、総攻撃を受けても僕のライフは残る!次のターンにまたエクシーズ召喚で…」
「おい、何か忘れてないか?」
「…え?」
「俺は場の【冥界の宝札】の効果発動!アドバンス召喚成功時、俺は強制的にデッキから2枚ドローする!…よし、魔法カード【死者蘇生】を発動!墓地の【堕天使スペルビア】を蘇生!」
【堕天使スペルビア】レベル8
ATK/2900 DEF/2400
「…そうか、こういう始まり方なのか。…、これは想像以上だったよ。」
「何をブツブツ言っている!バトルだ!【堕天使マスティマ】と【堕天使テスカトリポカ】で2体の【ギアギガントX】を攻撃!そして【堕天使スペルビア】でダイレクトアタック!」
―!
遊良の宣言で、次々に男の場のモンスターを蹴散らす堕天使達。
突如現れた新たな力と、真なる力を発揮した堕天使によって…その攻撃は、ついに余裕そうだった男にまで届いた。
「…くっ」
男LP4000→300
「これで終わりだ!【堕天使ルシフェル】で、あいつにダイレクトアタック!」
そして、ルシフェルが天高く舞い上がり、二つの剣に光を集め始める。
背徳を、反逆を…神に背きし力の全てを、その力を放つために、相手の男に向けて、狙いを定め…
…それは、遊良の宣言とともに放たれた。
「背徳の一閃、バニッシュ・プライド!」
―!
ルシフェルが振り下ろした、その二振りの剣から放たれた一撃は、一筋の閃光となって男を貫く。
まるでそれは、遊良の怒りその物のようで。
「クッ…」
男LP300→0(-2700)
―ピー…
そうして起こった爆風と共に、無機質な機械音が鳴り響くと、それは、間違いなく遊良の勝利を告げていた。