遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
悲鳴が鳴り止まぬ決闘市。
その全域に溢れ返る『闇』に飲み込まれた人々と、デュエルによって実体化したモンスターの攻撃が街を壊し…それに抵抗するデュエリストが居るとは言え、徐々にその数は減っていることは確か。
「た、助けてくれぇー!」
「いやぁー!」
「ぎゃぁあーっ!」
襲われ、囲まれ、戦い、負ける。
次々に人が吹き飛ばされ、減ることなく『敵』が街に増え続ける…その繰り返しが至る所で起こっていて、数にものを言わせて襲いかかる物言わぬ『雑兵』と…
その『雑兵』では敵わない手練れを潰すための、決闘市でも有数の実力を持った『駒』たちの進撃は留まることを知らず。
―そんな中を、鷹矢がひと時も休むことなく走り抜けていた。
「酷い有様だ…こんなに大勢が急に現れることなど、今まで無かったというのに。」
鷹矢の言葉は、夏休みに彼が師である祖父と共に、『闇』に飲み込まれた人間を相手にしていた時と比べているのか。
そう、確かに少し前まで決闘市に現れていた『闇』は、少なくとも同時に複数人など現れてはおらず…しかし、それが今では大勢が急に現れ、そして好き放題に暴れているのだ。
まるで意図的に、その存在を隠されていたかのように。
それに対して鷹矢の感じている違和感は益々強くなり、またその違和感が彼にこの状況に対する『心当たり』を感じさせてはいても…
それを今じっくりと考察する時間など鷹矢には無く、またそれを追求できる相棒も不在のこの状況では、鷹矢一人だけではどうにも出来ないことは必至。
「…むっ!?」
そんな東地区の一角でのこと。突如として、虚ろな目をした『雑兵』が駆けていた鷹矢の前に立ちふさがった。
…見たところ鷹矢と同じ位の歳の女子学生だろうか。
まぁ、多勢に物を言わせて、この決闘市中に溢れかえったソレらが無作為に人々を襲っているのだから、誰が何時どんな状況で『敵』として現れるかなど誰にも分からないが。
無論、その中を駆けている鷹矢とて、彼らにとっては獲物に過ぎず…足を止めてしまった鷹矢に、他の『雑兵』も近づいてきてしまう。
ゆっくりと鷹矢に近づいてきた『雑兵』は3人。鷹矢へと向かって、そして意識のない呻きでデュエルディスクを構え始める。
「アガァ…」
「デュエ…」
「デュエ…ルゥ…」
「しまった、囲まれたか…」
そうして、鷹矢が装着していたデュエルディスクが、強制的にデュエルモードへと移行してしまい…ディスクが自動的に展開され、デッキが現れ画面の表示がデュエルの状況を示すモノへと切り替わって。
そんな目の前の『雑兵』3体に対して、鷹矢の記憶の片隅には、どこか彼らと戦ったことのあるような気がするものの…元々、この状況で思い出す気などさらさら無い鷹矢なのだから、囲まれたと言うのに全く焦った様子もなく自衛のために手札を引くだけ。
「どこかで見たことのある顔だが、まぁ仕方ない…ゆくぞ!」
そう、どうしたって始まってしまうデュエルは、誰であっても拒むことを許されない。
デュエルモードに入ってしまえば、たとえ逃げ出してもモンスターは襲ってきて…それに対抗できなければ、物言わぬ『雑兵』の仲間入りするしか道はなく。
また、デュエルディスクを装着せずに逃げれば、確かにデュエルには応じずに済むものの…もしそんなことをすれば、単純に襲い来る『闇』を巻き散らかす敵に、『抵抗』する手段そのものが無くなり、何も出来ず無慈悲に飲み込まれてしまうだけなのだから。
―負ければ終わり、『敵』となり…しかし勝てば何とか生き残れる。
だからこそ戦える者にとって、デュエルは出来る唯一の『抵抗』。
鷹矢もソレを分かっているのだろう。囲まれた3人の『雑兵』を相手に、全く引かずに蹴散らすのみ。
そして…
「俺の邪魔をするな!【リミッター解除】を発動し、3体の【ギアギガントX】でそれぞれダイレクトアタック!」
―!!!
「ヌブォァー!」
「アガァー!」
「ブハァ…」
『雑兵』×3 LP:4000→0(-600)
始まって間もなく…それこそたった今始まったばかりだというのに、自身のターンに入った瞬間に鷹矢の速攻が炸裂し、その実際の衝撃で『雑兵』達が成す術なく吹き飛ばされていって。
そう、これまでも『闇』に取り付かれた人間を相手にしてきた鷹矢にとって、たとえ一般人であろうとも蹴散らすことに手加減は無いのだろう。
また、いくら実体化したモンスターによる攻撃によって実際のダメージが発生しようとも…
『闇』の放出時に『ある程度』の致命的なダメージもソレと一緒に消えていくことをこれまでの経験で知っている鷹矢だからこそ、自らの邪魔をする者を何の躊躇もなく蹴散らして先へ進むのだ。
それは幸か不幸か、彼の行っている行為の合理性を否応なしに証明していることに違いなく。
こんな『雑兵』数人の相手にもたついてしまっては、次々に現れる他の『雑兵』達に瞬く間に取り囲まれてしまうことは必至。
もしそうなってしまえば、そのまま終わることのないデュエルを延々と続けさせられてしまい…
そして、力尽きて飲み込まれるだけなのだから。
「うむ、虹村に『多対一』をやらされていて助かったぞ。今度会ったら礼くらい言っておいてやるか。」
人生、何が役に立つか分かったものではないとはよく言うが…まさか鷹矢も、入学当初から虹村にしつこく行わされていた『多人数』相手の経験が、よもやこんな所で生きてくるとは思ってもみなかったことだろう。
そうして、吹き飛ばした3人の『雑兵』達が吐き出すようにしてその体の内から『闇』を放出し…意識をその体に戻せぬまま、その場に倒れこんでしまった。
たった今吹き飛ばしたのが、同じイースト校の上級生だということも、それが夏休みのとある一日に蹴散らした上級生であったことにも彼は気が付けぬまま…
再び蔓延っている『雑兵』達に囲まれる前に、一刻も早く自らが住む家に戻るため、鷹矢はその場から駆けだし始めて。
示し合わせたわけでもなく、また決めてあったわけでもないが、それでも遊良とルキの『無事』を疑っていない鷹矢にとって、連絡が取れない場合には『そこ』に向かうことが最善なのだと感じているからこそ、その足を緩めずに駆けるのだ。
…今まさに起こっている『異変』に対して、少しでも改善の手を見つけるために。
―…
「亜蓮、西地区10-Aに『駒』を出せ。抵抗している奴がいるみたいだ。」
「言われなくてもわかってるよ。」
この決闘市の、どこかの場所。
誰にも邪魔されぬその広い空間に、この『異変』に対して『何か』をしている二人の男がいた。
…紫魔 大治郎と紫魔 亜蓮
ノース校代表として【決闘祭】に出場していたが、しかしその裏で何やら暗躍をしていた彼ら。その手を頭上に掲げ、その手に『黒い球』を持って。
「お前こそ南地区をサキョウに任せきりで手薄じゃないのか?『雑兵』の数も南が一番少ないぜ。」
「わかったわかった、今補充する。」
そんな彼らの口ぶりは、まるで今この決闘市で暴れている『闇』に飲み込まれた人々に対して、指示を出しているか、または操っているかのようにも聞こえ…そんな彼らが手を掲げている頭上には、超巨大な『闇』の球体が。
…それは鷹矢が【決闘祭】で見せた、あの謎の黒い宝石の何倍もありそうなほどに大きなモノ。
二人はソレに対して、手に持った『黒い球』を向け…彼らにだけ見えるのであろう何かの光景を確認しては、『雑兵』や『駒』達を動かしている様子。
「チッ、間に合わなかった。西の『駒』が2体倒れちまったじゃねーか。これだからウエスト校の奴らは使えねーんだよなぁ。大治郎、南から少し回せ。」
「あぁ?何で先に手を打っておかないんだよ。」
「しょうがねーだろ。今北地区で手一杯なんだからよ。」
「はぁ…じゃあサキョウに指示を出しておいてやる。」
とは言え、この広大な決闘市の全てをたった2人だけで把握できるわけもないのだろう。現に彼らが出している指示は、大まかな区分に分けられた街に『雑兵』を大まかに動かして…『駒』と呼ばれるそれなりの手練れを、意図した場所へと向かわせることだけ。
だからこそ『雑兵』と呼んでいる一般人は戦術と呼べるような手を取ることが出来ず、ただ蠢くようにして目的も無く『雑』に獲物を襲っているのだ。
「プククッ、サキョウをこき使うねぇ大治郎。」
「ヒイラギのとこの召使いだからな。それに、下層の紫魔の癖に使ってもらえるだけありがたいと思って欲しいね。」
「確かに。しかし…こうも動かしっぱなしじゃ疲れるぜ。少しは休みたいもんだ。」
「馬鹿。サボると後からどうなるか…」
「わかってるって。でも、『隔離』が完了するまでこのままってのもなぁ…さっさと『制圧』完了しねーかなぁ。」
「ヒイラギから連絡が来ないことにはな。コレも俺たちの仕事だ。亜蓮も文句言わずに働けよ。」
「へいへい。」
こんな大混乱が決闘市に起こっているというのに、その口ぶりはどこか他人事で…まるでゲームでも楽しむかのように、自らが指示した『雑兵』と『駒』が街を制圧していくのを見ているだけ。
そう、この『異変』の当事者である彼らにとって、外でどんな騒ぎが起ころうとも何も思わず。彼らが居るこの『安全な場所』から、ただ出された指示に従って任務をこなすだけなのだから。
「…おい亜蓮、東地区38-C に近い『駒』を向かわせろ。…天城 遊良だ。」
「あ?…本当だ。プククッ、『出来損ない』の癖に【決闘祭】に優勝なんかしやがって。痛い目見せてやる。」
―…
「全て吹き飛ばせ!【神獣王バルバロス】!」
―!
豪快な衝撃音が炸裂し、遊良の行く手を遮ってデュエルを挑んできた『雑兵』が数体吹き飛ばされていく。
LPを0にするまでとは行かずとも、モンスターが実体化していることが功を成したのか…獣の王の効果によって、敵のモンスターが破壊される衝撃と共に、それを召喚した『雑兵』達もソレに巻き込まれて吹き飛ばされて、そのままデュエル続行不可能となってモンスターが消えていって。
そう、戦う気が無い者は、無抵抗に『闇』に飲まれる。攻撃に耐え切れず、途中で力尽きた者もそこで終わり。デュエルに負けた者は問答無用、その時点で『敗者』となるのだ。
だからこそ、デュエル自体が終了していなくても、プレイヤーが戦えなくなった時点でその人間は負け。
そうして一気に『雑兵』を吹き飛ばし、街からやや離れた霊園から一目散に駆けて決闘市まで戻ってきた遊良が…止まらぬようにして、再びその場から駆け出した。
「ハァ…ハァ…くそっ、何だよこれ…」
そんな遊良の目に映るのは…無残に破壊された街並と、物言わぬ虚ろな目をした、全く減らぬ『雑兵』達。
今朝までは決闘市がこんな有様になるなんて、きっと誰だって思い浮かべてはいなかっただろう。
どこかで女性の悲鳴と、子供の泣き声と、男の叫び声に混ざって…
モンスターの咆哮と、建物が壊れる音と、声になっていない呻きが混ざり合って遊良の耳にまで聞こえる。
それがどんなに人の耳に不快感を与えるのか、彼の心の中にもソレがグルグルと吐き気が渦巻いて…どうにもやるせない気持ちが遊良に沸き起こり、一刻も早くその場を立ち去りたい衝動に駆られている様子。
「鷹矢は…きっと無事だ。くそっ、ルキ!何で繋がらないんだよ!」
そんな中で駆けだした遊良の中には、初めから鷹矢の心配など無く、今の心配は全てルキへと向けられていた。
そう、あの馬鹿が簡単にやられるわけがないし、夏休みに修行と称して師に連れられたルード地区でも遊良と鷹矢の二人はこんな休みの無い混戦を経験しているのだから、ある程度の身の守り方もお互いに分かっている。
その経験が今生きていることを考えると、確かにあの無茶苦茶な修行も身になっているのだろう、ソレを今更ながら実感している遊良。
だからこそ、デュエルでしか身を守る方法しかないこの『異変』において、『本気』でデュエルが出来ないルキの身が遊良にとっては一番の心配なことなのだ。
「回線がパンクしてるのか?ああもう、こんな時に!」
遊良が走りながらもルキに絶えず電話をかけ続けているものの、それでも一向に電話が繋がる気配がない。
こんな混乱なのだから仕方がないとは言え、それでも遊良にとっては気が気でないことは必至。
こうしている間にもルキが襲われていたら…いや、ルキの実力を考えれば、こんな『雑兵』などにやられるなんてことはありえないことなのだが。
それでも遊良が心配しているのは、『敵の実力』ではなくルキのデュエルの回数が増えてしまうことだ。
もしルキが連戦を強いられるようなことがあれば…彼女の身に『最悪』の事態も考えられるからこそ、遊良の心にはその不安が昇ってきていて。
そう、それこそこんな『闇』に飲まれるよりも、もっと最悪の事態が。
「とりあえず家に向かうか…鷹矢と合流してルキを捜しに行かないと…」
この混乱の決闘市、そこに住む一般人が大混乱の中にあっても…遊良は今自分のすべき事を頭に思い浮かべては整理し、そうして冷静さを保とうとしているのか。
それは偏に師の教えがあったからこそだが、それ以外にもここ最近彼の周りに頻発している超常現象の多さが、彼に一種の慣れを与えているのだろう。
…ルキもきっと無事でいるはず、そう信じて。
そうして東地区を駆け抜けていた遊良は、学園の近くにある自身が住む家の近くの通りへと差し掛かった所で、その足を急に止めた。
「…くそっ、こんなところにも…」
静かにそう呟いた遊良の眼前には、2体の『敵』が彼の家の近くをうろついていて。
何時どこに現れるか分からぬ敵、そしてデュエルでのダメージが実体化して襲ってくるその恐怖は…
彼がルード地区で味わったものよりもさらに大きく、その時の恐怖をより一層強くして思い出させること間違いなく。
…とはいえ、今の遊良にしてみれば、街に溢れかえっている『雑兵』が束になってかかってこようとも別に突破できない人数ではない。
およそ戦術と言えるような手を取れぬ『雑』な相手、一気にケリをつければ問題はなく、目的地がもう目の前にあることを考えれば、その足を止めている場合ではないだろう。
しかし、彼はその足を止めたまま…
「しかもあれって…まさか!」
…そう、それは遊良の目の前にいるソレらが、本当に『雑兵』だったのならばの話。
「アガァ…」
「ガガ…」
そこには…
「に、虹村…先輩…虹村先輩がなんで…」
イースト校3年、虹村 高貴。
遊良も代表選抜戦の開会式のときに会った、エクシーズクラスの元トップの3年生。
彼の事をよく知るとまでは行かないが…それでも見知った顔が突然虚ろな目をして目の前に現れたのだから、きっと遊良のその驚きも当然とも言えるだろう。
質実剛健、文武両道…素行に問題のある鷹矢よりも、イースト校を代表するエクシーズ使い。
昨年の【決闘祭】にも2年生ながら出場していた、イースト校における強者の一人に数えられている彼が…
「それと…確かサウス校の…えっと、大門選手だったか…」
そして、そんな虹村に連れ立って呻いているのは、今年の【決闘祭】にも出場していた、サウス校3年の大門 ミヤコの姿。
綺麗な程に真っ直ぐな髪を長く伸ばした彼女が、鷹矢と一回戦で当たっていたことも遊良は覚えている。
速攻が得意のシンクロ使い、1回戦で鷹矢に負けはしていたが、それでも【決闘祭】に出場した程の実力を持ったデュエリストであることに変わりはなく。
「なんで二人が…まさかあんな二人が、敵に負けたってわけじゃないだろうし…」
実際にそのデュエルを見た大門 ミヤコもそうだが、遊良も虹村に対して、代表選抜戦で対戦していたかもしれないことから、過去に彼のデュエルを研究をしていて。
最近の虹村は、鷹矢とのデュエルのときにどこか焦りを含んだデュエルをすることが多かったものの…
昨年までの彼の戦法は、腰を据えて相手を押し潰すような『重厚』なスタイルが特徴。
もし彼が鷹矢と戦うときにもこのスタイルを常に貫き通せていれば、鷹矢との実力差は思ったよりも短いというのが遊良の印象だった。
…そんな『敵』が、まさかの二人。
そこらを徘徊している『雑兵』とは一線を画す、遊良にとっては厄介な存在に違いないだろう。
―『雑兵』では手に負えない、抵抗者を潰すための敵の『駒』。
しかしそれだけではない。
『駒』2体が立つ道の奥から、わらわらと『雑兵』達の姿が見え隠れしだしたのだ。
…このまま遊良がここに立ち止まったままでは、いずれ夥しい数の敵に囲まれて身動きが取れなくなってしまうことは必至。
終わらぬデュエルを強いられて、力尽きてしまうか…それとも『駒』である虹村と大門 ミヤコに吹き飛ばされてしまうか…
「や、やるしかないのか…」
―だからこそ、遊良に考えられる選択肢は一つ。そう、無理やりにでも、ここで一気に突破するしかないだろう。
とは言え2体1、それも【決闘祭】に出場するほどの実力者が2人。例えその成績がどうであれ、『闇』に飲まれた敵が厄介な状態になることには変わりなく…
またそのデュエル自体も普段の彼らからは一変してしまっていることを考えると、敵の手も読めず。
言わずもがな、遊良も今までの経験から、闇に侵食されたデッキがその構築すら変えてしまうことを理解しているのだ。
―無論、【決闘祭】を戦い抜いた今の遊良であれば、『駒』2体が相手でも惨敗なんてことはしないはずではあるのだが…
「デュエ…ルゥ…」
「アガァ…」
「くそっ…行くぞ!」
それでも時間を取られ、その後の状況にも響いてくることを考えると…いや、焦って戦い方を間違えると、それこそ取り返しが付かない程に手が付けられなくなってしまうのだから、遊良にとっては分が悪いどころではないだろう。
そうして時間の無い遊良に対して、ゆっくりとデュエルディスクをこちらに向けた『駒』2体が歩いてきて…
それに対して、覚悟を決めた遊良がデュエルディスクを力を込めて構えた…
―その時だった。
「待って、一人で無茶はしちゃいけない。」
「…え!?」
気を張って身構えていた遊良の背後から、急に誰かの声が聞こえて。
それは『敵』の呻きでは断じてなく、また遊良がその声を聞き違えるなんてことはありえない。
紛うことなきその声と、遊良の焦りを止めるかのようにして肩に置かれたその手は…
その人物がはっきりと遊良の味方であるということを、確かに彼に伝えているのか。
こんな…そう、まさにこんな状況下で、まさか『この人』の声が聞こえてくるなんて。
―そう、そこに居たのは
「やぁ、無事で何より、天城君。」
「なっ!?泉先輩!?な、何でこんなところに!?」
爽やかに整えられているその容姿は、この混乱の中にあっても確かに輝いていて…
その実力に疑う余地は無く、冷たい風に揺られて流れるその青い髪は、彼の存在をより一層証明していた。
―イースト校3年、泉 蒼人
そう、この迅速を要する状況に対して、これ以上無いくらいの増援でもある蒼人の存在は、今まさに覚悟を決めて戦いに臨もうとしていた遊良にとって、まさに救いでしかないだろう。
―誰もが認める、イースト校における確かな『強者』。
しかし、退院できるほどに回復したとは言え…それでも壮絶なダメージを負っていたはずの彼の体は、未だ絶対安静を医師から告げられていて…
「先輩、まだ安静にしてないといけないんじゃ…」
「街が大変なことになっていたからね、居ても立ってもいられなくて。…そんなことより話は後に、急ぐよ天城君。もっと面倒なことになる前に、虹村達を早く倒さないと。」
「は、はい!」
それでも、はっきりと戦う意思を見せる蒼人に、後輩が口出しなど出来るわけがない。
その甘い容姿と裏腹に、どこかこういった混乱に対して場慣れしているような蒼人の立ち振る舞いは…この突然勃発した『異変』に対して、不安を感じていた遊良を落ち着かせるのに十分な様子。
また、その実力の高さを、遊良とて考える前に理解出来ていて。
何せ、代表選抜戦で蒼人が『闇』に飲まれていない、普段の彼のままだったら…遊良とて、勝てていたかわからないのだから。
そんな遊良と蒼人は『敵』へと向けてデュエルディスクを構え、そして目の前の2体の『駒』を見据えて…
「虹村の相手は僕に任せて。大門さんの相手は頼んだよ。」
「はい!」
―有無を言わせぬこのタイミングで、突如、それは始まる。
―デュエル!
「センコウ!4枚伏セ、ターンエンド!」
虹村(『駒』) LP:4000
手札5→1枚
場:無し
伏せ:4枚
始まって早々、『駒』となった虹村はその手札のほとんどを場に伏せてターンを終えた。
それは今までの虹村からは見られないような組み立て方であり、そのあまりのスタイルの変貌は、彼が『闇』に飲まれていることを、否応なしに蒼人にも見せ付けているよう。
「僕のターン、ドロー!」
「スタンバイフェイズゥ!罠発動【バージェストマ・ピカイア】!」
そうして蒼人のターンに入った瞬間に、罠をすかさず発動する虹村。
彼が使い慣れているはずの【聖刻】とは、似ても似つかない【バージェストマ】…罠カードを主体とした、特異なカード群。
太古の生物、ソレよりも更に原始の生物を模したその罠カードは…
自らが罠を張り巡らせれば張り巡らせる程に暴れ回り、そして相手を滅ぼすまで続く代物。
それに、『駒』となった虹村が使うソレは、他のデュエリストが扱う【バージェストマ】よりも激しく荒ぶり、まるで『闇』に塗れている所為で、悪意をダダ漏れにして蒼人へと襲って来ている様にも見える。
「虹村、本当に今の君は『君』じゃないみたいだ。」
そんないつものデッキと異なるデッキを扱う虹村に対して、蒼人は一体何を思うのか。
以前自分も飲まれた『闇』…その凶悪さと不快感、そしてその苦しさを知っている蒼人だからこそ、虹村を見据えるその目は真剣で…
誇りと信念、デュエリストの最も大切な『心』を、無理やり変貌させるこの『闇』のことを…絶対に蒼人は許すことができない。
「カカ…【バージェストマ・ピカイア】ノ効果デ…手札ノ【バージェストマ・エルドニア】ヲ捨テ2枚ドロー…」
「虹村先輩、【聖刻】じゃなくて、【バージェストマ】に。やっぱりデッキが変わって…」
「天城君、君は自分の相手に集中して。油断なんて出来る相手じゃないし、そんな状況でもないでしょ?」
「は、はい!す、すみません…」
そんな中で、遊良にも厳しい言葉を投げかけた蒼人。
―そう、タッグデュエルでもなければ、バトルロイヤルでもないこのデュエル。
己自身が目の前の敵を、『1体1』で倒さなければならないこの状況においては…小さなミスなど絶対に許されず、またピンチに陥ったとしても誰も助けることなど出来ないのだ。
…敵が溢れているこの状況で、自分が『敵』になるわけにはいかない。
動揺なんてしている場合ではないのだし、また可及的速やかに勝負を着けなければ、こちらへとゆっくり向かってきている『雑兵』に取り囲まれて手遅れになることは必至。
今目の前に立ちふさがっている相手を、責任持って迅速に倒す。
凛とした蒼人の立ち振る舞いは、それをまだまだ未熟な後輩へと教えているようにも見え…
「僕はフィールド魔法、【ナチュルの森】を発動!」
「罠発動ォ!【バージェストマ・オレノイデス】!ソシテ墓地ノ【バージェストマ・ピカイア】ノ効果発動ォ!【バージェストマ・ピカイア】ヲ守備表示デ特殊召喚シ、【ナチュルの森】ヲ破壊ィ!」
―!
【バージェストマ・ピカイア】レベル2
ATK/1200 DEF/ 0
『闇』の意思に飲まれたままの虹村が更に発動した罠によって、蒼人の発動したカードを破壊しながら、更に先ほど発動した罠がモンスターとなりて虹村の場に蘇った。
そう、相手への罠となって敵を捕食し、その後の罠に連なり次々と現れるこの【バージェストマ】達の、その真価。
それは、こうして二重にその存在を示すことで相手に多大なる圧力を与え、更にエクシーズ召喚という進化を経ることで、その本領が発揮されるのだ。
無論、そんな特異なカテゴリーである【バージェストマ】のことを、イースト校随一の成績優秀者として知られるこの泉 蒼人が知らないわけもなく。
だからこそ、突如変貌した虹村相手にも、怯む姿など絶対に見せずに蒼人は戦うのみ。
「虹村、今の君はデュエルを楽しむことが出来ないみたいだ。そんなの君だってつまらないはず。だったら…僕は【ナチュル・パンプキン】を召喚!その効果で、更に手札から【ナチュル・コスモスビート】を特殊召喚!」
―!!
【ナチュル・パンプキン】レベル4
ATK/1400 DEF/ 800
【ナチュル・コスモスビート】レベル2
ATK/1000 DEF/ 700
敵となった虹村の呻きを意に介さず、怯むことなく自身の場に次々とモンスターを召喚していく蒼人。
そのどれもが愛くるしい見た目をしているとは言え、その秘めたポテンシャルの高さは昨年の【決闘祭】で既に証明されていて。
昨年の【決闘祭】も、今年に劣らないデュエルが一回戦から決勝戦まで繰り広げられていたが…
その中でも明らかに群を抜いていたのが、ウエスト校の双璧とイースト校の泉 蒼人だったことは、ソレを見ていた人間ならば誰しも感じたことだろう。
蒼人の操る、聖なる森に棲みしモンスターと、その森を守護する獣達の戦い。
相手と拮抗しながら鎬を削りあって行われるからこそ、その戦いは誰の目から見ても楽しいモノとなるのだ。
「行くよ…僕はレベル4の【ナチュル・パンプキン】に、レベル2の【ナチュル・コスモスビート】をチューニング!」
そんな蒼人の声によって、1体のモンスターが4つの光球へと姿を変え、ソレを包むようにして2つの光輪が天へと舞い上がって。
小さな力を紡ぎ、さらなる存在へと昇華するシンクロモンスター。それを、今ここに呼び出すために。
―それは、輝く。
「聖なる森の守護竜よ、蔓延る悪意を噛み砕け!シンクロ召喚、レベル6!【ナチュル・パルキオン】!」
―!
【ナチュル・パルキオン】レベル6
ATK/2500 DEF/1800
そうして現れたのは、森を守護する3体の守護神…その内の一体、敵の卑劣なる罠から、棲獣達を守りし誇り高き竜。
敵へと向けたその視線は猛々しく、まるで古代の生物を震え上がらせているかのようにも見え…
かつて主を飲み込んだ『闇』を、決して許すわけがないと言わんばかりに怒りを顕にしているのか。
「ヌゥ!特殊召喚時二罠カード、【奈落の落とし穴】発動ォ!ソシテ墓地ノ…」
「無駄だよ!【ナチュル・パルキオン】の効果発動!墓地の【ナチュルの森】と【ナチュル・コスモスビート】を除外して、【奈落の落とし穴】の発動を無効にして破壊する!」
―!
虹村の罠に対し、蒼人の宣言と共に放たれた守護竜の咆哮は、主へと害をなすモノを決して許さず。
そう、罠カードが主体となる【バージェストマ】というカテゴリーにおいて、この竜の存在は…
純然たる『脅威』、強大なる壁。
―とはいえ、単なる封殺の一手として蒼人はこのモンスターを召喚したのではない。
もしも『相手』となる人間が本当に『デュエリスト』であるならば、きっと蒼人が用意した壁を何とかして乗り越えようとして自らを高めてくるはず。
そうしてお互いが鎬を削りあうからこそ、そのデュエルはまさに『お互いに楽しい』モノとなるのだが…今の相手は『デュエリスト』ではなく、悪意しかない『敵』。
例え級友が相手でも、ソレを割り切れる彼の経験値がそうさせるのか。
…一刻も早く虹村を解放するために、容赦などしない。
「【ナチュル】が効果を発動したターン、僕は手札から【ナチュル・ハイドランジー】を特殊召喚!そして【死者蘇生】を発動!墓地から蘇れ、【ナチュル・パンプキン!】」
―!!
【ナチュル・ハイドランジー】レベル5
ATK/1900 DEF/2000
【ナチュル・パンプキン】レベル4
ATK/1400 DEF/ 800
『楽しいデュエル』を信条としている彼ではあったものの、その手を止めることなく蒼人は展開を続けて。
そんな蒼人に呼び出されるのを待っていたかのようにして、彼の場には咲き誇る花の一輪と、カボチャを模した小さな命が芽吹いた。
その奮起は、まるで初めからこんな状況になるのが分かっていたようでもあり、モンスター自らが初めから攻撃の準備していたようにも見える。
カードが煌めき、まるでデッキが己の一部の如く応えてくれる。
そう、蒼人を守り、蒼人と共にある【ナチュル】達…その真価は、この『泉 蒼人』であるからこそ輝くのだ。
「魔法発動、【テラ・フォーミング】。デッキから2枚目の【ナチュルの森】を手札に加え、それをすぐに発動。…行くよ、バトル!【ナチュル・パンプキン】で、【バージェストマ・ピカイア】を攻撃!」
「罠発動ォ!【聖なるバリア‐ミラーフォース‐】!ソシテ墓地ノォ…」
「駄目だ!再び【ナチュル・パルキオン】の効果発動!墓地の【死者蘇生】と【テラ・フォーミング】を除外して、その罠の発動を無効にして破壊するよ!」
―!
―通じない。
再度響く竜の咆哮、たった一体のモンスターの存在で、虹村は完全にデッキの動きを封じられてしまっている。
そして、『そうなる』と分かっているはずなのに、それでも同じ手を取ってしまうしかないのが、『闇』に飲まれた者なのか。
その『闇』に飲まれた者のデュエルは…普段何気なく、それこそ当たり前のように行っている駆け引きやせめぎ合いを、完全に『デュエリスト』達からそぎ落としているかのよう。
「【ナチュルの森】の効果で、デッキから【ナチュル・マロン】を手札に加える。…虹村、いつもの君だったら…君にしか出来ない手を考えて、僕を相手に罠一辺倒のデュエルはしないはずだ。」
「ガ…ガ…」
「だから、このデュエルはカウントしないでおくよ。僕達の決着は、楽しいデュエルじゃないと意味が無いから。」
そう、もしも普段の虹村であったならば、きっと別の手で目の前の壁を何が何でも越えようとしてくるはず。
場を見て、手を考え、そして己の力を最大限発揮して、なんとしてでも純粋に勝利を目指すために。
だからこそ、こんな『駒』となり下がった虹村を、どうしても蒼人は許せなかった。
同じイースト校で今まで鎬を削りあってきた仲間に対し、こんな姿を強要している『闇』のことを、絶対に。
虹村の場の罠も、森を守る守護竜の牙によって駆除され…
また攻撃を受けた古代の生物は現代に残骸を残すことも出来ず、そのまま除外と言う名の消滅をするのみ。
「…これで終わりだ、【ナチュル・ハイドランジー】と【ナチュル・パルキオン】で、虹村にダイレクトアタック!」
―!!
「ガァァァァァァァアッ!」
虹村(『駒』) LP:4000→0(-400)
そうして、2体のモンスターの突撃を正面から喰らい、虹村の体が吹き飛ばされていって。
その衝撃は、確かに実体化したモンスターの攻撃から来るモノではあったものの…それでも他の容赦の無い『敵』達の攻撃と比べると、その衝撃はどこか手心の加えられた小さいモノにも感じられることだろう。
―ピー…
混乱の街に起こったこの無機質な機械音は、一般人を襲っている『敵』が打ち鳴らすモノとは異なっているように鳴り響き…
「ガ…ガハァ…」
…虹村から放出されていく【闇】が、彼を深い闇の中から解き放って。
もし虹村がこの戦いを知れば、きっと彼は自分を許さないだろう。だからこその、蒼人から出たノーカウントの宣言。
それは、本来の戦いたい相手ではない存在、その本来の実力を発揮出来ないのは、デュエリストである人間ならばどれほど悔しいことなのかを、代表選抜戦で『闇』に囚われてしまっていた蒼人は理解しているから。
虹村を見る蒼人の表情は、誰かに強要されたデュエルでは、自分達が本当にしたい戦いではないのだと、そう言いたげな顔をしていて…
希望は捨てない、『闇』に囚われた人々を必ず救い出す。
…そんな1人の男の気概と、街に吹く風が…ここに一人の男の『闇』からの解放を告げていた。
―…