遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep37「蹂躙、満を持して」

 

 

轟音、壊音、衝撃音…

 

悲鳴が響き、泣き声が飛び交い、新年の賑わいが突如として阿鼻叫喚の嵐へと変わっていく。

 

ついさっきまで、浮かれた人々の賑わいだけが街の中にざわめていたのに…あちらこちらから聞こえる人々の声は、焦りと危機感、そして身の危険にさらされていることを否応なしに伝えているのか。

 

街中から上がる煙と、ソレと同時に轟く破壊音。

 

それは、何か『ありえない』ことが現実となって、決闘市の人々を『襲って』いるということを、誰の目にも明らかにしていて。

 

 

…その中心には、虚ろな目をした『何か』が。

 

 

 

「ア…ガァ…」

「ガァ…デュ…」

「デュエ…ルゥ…」

「アガァ…」

 

 

 

ソレも、始めは少なかった。

 

混みあう場所の、ほんの一角。人混みで溢れ帰る『一般人』の中に居た、ほんの少数の『人間』だった者が…『何か』に合図されたかのようにして、突如その様子を変貌させたのだ。

 

それを真近で見てしまった一般人も、何が起こったのか理解できなかっただろう。

 

 

…いや、理解できなかったのも当然か。

 

 

何故なら、その変貌が起きた瞬間を覚えている人間など存在せず…ソレが起こった瞬間に、溢れ爆ぜる『黒い靄』…

 

『闇』に飲み込まれてしまった周囲の彼らもまた…物言わぬ虚ろな目をしたソレとなって、今ここで呻いているのだから。

 

 

「ひっ、ひぃぃ!」

「来るなぁー!」

「いやぁー!」

 

 

そんなソレらに追われて、運良く飲み込まれなかった人々は逃げるのみ。

 

人を押しのけ、物を乗り越え。泣き声と悲鳴だけが街中に木霊するかのように。何が起こったのか全くわからないこの状況で、まるで自分だけが我先に助からんとしているかのよう。

 

 

 

「デュ…デュエ…ルゥ…」

「くそがっ、気持ち悪いんだよ!デュエルディスクなんか構えやがって!俺とやろうってのか!ぶっ飛ばしてやるよ!」

 

 

 

しかし中には、デュエルディスクを構えて追って来るソレに対して、応戦しようとしている人間が居るのも事実。

 

こんな状況下であっても、デュエルを挑んでくるということは、それに勝てば助かる可能性があると言う事。もしそうならば、彼らも決闘市に生きる人間、その選択肢を迷い無く選んだとしても不思議ではない。

 

路地に追い込まれた一人の男が、自らのデュエルディスクを構えて…虚ろな目をしたソレと対峙し、デュエルにて生き残ろうと足掻きを見せる。

 

 

 

…それで、本当に助かるのならば。

 

 

 

「デュエ…ルゥ…」

「アガ…デュエ…」

「ガァ…」

「は!?ちょ、ま、な、何でこんな一斉に!?同時に相手できるわけないだろ!おい!聞いてんのか!おい!おいってば!」

「アガァ…」

「ガガ…」

 

 

 

対峙していた一体の後ろから、他の虚ろな目をしたソレらが数体現れて。

 

そのどれもがデュエルディスクを構え、まるでたった一人の獲物に対して大勢で襲い掛からんとしているよう。

 

男が急いでその場から再び逃げ出そうにも、何故か『強制的』にデュエルモードに入ってしまったデュエルディスクがデュエル開始を告げてしまって…逃げ出す暇も与えられないまま、そして『手札を引く暇』も与えられないまま…

 

 

―ソレらが、襲いかかる。

 

 

 

「ちょ、まっ…」

 

 

―エクシーズショウカン!

―シンクロショウカン!

―シンクロショウカン!

―ユウゴウショウカン!

―エクシーズショウカン!

―エクシーズショウカン!

―シンクロショウカン!

―ユウゴウショウカン!

 

 

 

 

―!!!!!!!!

 

 

 

「あ…や、止め…て…」

 

 

 

まるで目の前に召喚された敵のモンスター達が、その存在感を容赦なく突きつけ…男に与えてくるのは、ただただ純粋な恐怖。

 

たかがデュエル…しかし、そう考えていた男の脳裏には、最早このデュエルに対する絶望しか昇って来ず。

 

 

―まるで、モンスターが実体化しているかのよう。

 

 

負けたら、どうなってしまうのか。普段ならば考えもしないような思考に対しても、今目の前の恐怖によって、疑問すら抱くことを許されもせず。

 

普通なら、ありえない考え。多勢に無勢、全くもって身を守ることも出来ない絶望が男を包み…そして恐怖によって震える膝が折れ…

 

 

「止めてくれーっ!」

 

 

「ダイレクトアタックゥ!」

「ダイレクトアタックゥ!」

「ダイレクトアタックゥ!」

「ダイレクトアタックゥ!」

「ダイレクトアタックゥ!」

「ダイレクトアタックゥ!」

「ダイレクトアタックゥ!」

「ダイレクトアタックゥ!」

 

 

 

―!!!!!!!!

 

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっぁあー!」

 

 

 

男 LP:4000→0(-17300)

 

 

鈍痛、鋭痛、ありとあらゆる衝撃と暴力。

 

それによって、男が放った悲鳴は紛れもない本物の痛みからくるモノ。

 

普通のデュエルではありえない衝撃。一体、誰が想像など出来るだろうか。モンスターの攻撃が『実体化』しているだなんて。

 

血を吐く衝撃と、切り刻まれたかのような傷だけが、この瞬間の男に許された、唯一つの感覚。

 

 

「ぁ…」

 

 

それに貫かれた人間の意識が、そこで切り離されたのだとしても仕方ないことだろう。

 

 

倒れ、動かなくなる。その体から滴る血が地面に広がり、彼の受けたダメージの総量の大きさを物語って。

 

 

そして…

 

 

「ァ…ァアア…」

 

 

ゆっくりと男が起き上がったかと思うと、その目には光が無くなっていた。

 

血を滴らせながら、意識を手放したまま。…いや、意識など取り戻せるはずが無いだろう。

 

何故なら、たった今負けてボロ雑巾のようになった男に…彼を吹き飛ばした『敵』から伸ばされた『闇』が、まるで取り憑くかのようしにて男を包んでいたのだから。

 

 

「アガァ…」

 

 

そうして、今まで『立ち向かった男』だった人間が、虚ろな目をしたソレへと変えられて…その他大勢のソレに加わって、ただ蠢くだけの人形となり歩き出して。

 

意識があっても、到底動けそうな傷ではないのに…まるで『闇』がその傷口を埋め立てるようにして体内に入り込み、『男』だったソレの体から傷が消えていくではないか。

 

そう、こうして着実に動ける『雑兵』の数を増やして…他の人間を襲うのだ。

 

感情もなく、『闇』に操られるままにして。老若男女など関係ない、大人も子供も、皆『平等』に…

 

 

―襲って、飲み込むために。

 

 

―これが、決闘市の到るところで起こっていた。街中から聞こえる、悲鳴の数だけ。

 

 

実体化したモンスターよる衝撃が、街の建物へと爪を立て…虚ろな目をしたソレらが、何の感情も無く人々を襲っていた。

 

 

―まるで『何か』に、操られているかのように。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「ガァァ!ダイレクトアタックゥ!」

「喰らうかよ!罠発動、【魔法の筒】!お前が喰らえぇ!」

 

 

―!

 

 

「これで終わりよ!ダイレクトアタック!」

「ヌゥァ!?」

 

 

―!

 

 

「アガァーッ!」

「ヌァァアー!」

 

 

『ソレ』 LP:1800→0(-200)

『ソレ』 LP:2200→0(-500)

 

 

 

―ピー…

 

 

 

決闘市の南地区…その街中の一角で、悲鳴が木霊する中でのこと。

 

虚ろな目をしたソレらに対して、腕に覚えがあるであろうデュエリストが二人、勇敢にも立ち向かっていた。

 

年齢と見た目からして、成人したての大学生くらいであろうか。

 

若いカップル、この新年の雰囲気に浮かれて外出していたことに違いないものの、まさか彼らもこんな事態に巻き込まれるだなんて思っても見なかったはずだ。

 

突如として襲われて、なし崩し的に身を守るためにデュエルに応じてはいても…物言わぬ雑兵に対して優位に立って蹴散らせるだけの実力を持っていることは明らかだろう。

 

 

「ウブォアーッ!」

「きゃあ!?」

「ガガ…ガァ…ブハァ…ァ…」

「うわっ、び、ビックリした…」

 

 

そんな中で、彼らがたった今倒した『敵』が何かを吐き出すようにして苦しみだし…そして、その体内から『闇』を一気に放出し始めた。

 

そのあまりの勢いの良さに、カップルの心臓が跳ねたのも仕方がなく…やがて放出しきったのか、動かなくなった『敵』を見下ろしながらも彼らは口を開いて、その不安な気持ちを吐き出して。

 

 

「い、一体なんなんだよコイツら。」

「知らないわよ。でも気持ち悪いわ、早く逃げようよ…」

「逃げるったって、どこにだよ…」

「知らないわよ…」

 

 

街が壊され、敵が溢れて。こんな非常事態に巻き込まれた経験などあるわけがないこのカップルにしても、突然の混乱の中に沈んでいても不思議では無いのだが…

 

今こうやって彼らが冷静に話していられるのだって、デュエルという最も『身近』な行為があったからこそ。しかし、デュエルによって多少の冷静さを取り戻したとは言え、突然のこの状況を飲み込めていないのも事実。

 

一種の、災害。避難をしなければ…しかし、どこへ…そんな状況下での『普通』の思考が彼らの頭に浮かんだ…

 

 

―その時だった。

 

 

 

「デハ…逃がしテあげましょウ…」

「きゃっ!?」

「なっ!?だ、誰だ!」

 

 

…勝負を終えて、完全に気の抜けていたカップルへと放たれた声。

 

彼らがその声の方へと目をやれば、そこには従者のような格好をした一人の『少女』の姿。

 

 

―紫魔 サキョウ

 

 

地紫魔に仕える、下層の紫魔家。もっとも、そんな『その他大勢』に過ぎない紫魔の一人の事など、関係者でもなければ知っている人間の方が少ないが。

 

 

「だ、誰だよお前…」

 

 

しかし、普通ならばこの危機的状況下において『助け』となるような言葉を投げかけられられでもしたら、誰だってすぐにでもソレに縋りつきたくなるだろう。

 

…そうだと言うのに、カップルの表情は見る見るうちに青ざめて…とてもじゃないが、救助が来たというような顔では無い。

 

 

―何故なら…

 

 

「アガァ…」

「ガァ…」

 

 

言葉を投げかけたサキョウの後ろには…虚ろな目をしたソレらが大量に待機していたのだから。

 

 

 

「…ね、ねぇ…私達、逃がしてくれるんじゃないの?」

「そ、そうだぜ…お前、その後ろの奴らはなんなんだよ…」

 

 

自分の置かれた状況が、最悪だというコトを即座に理解するカップル。

 

見ただけでも新たに5人ほど現れた『敵』に、ソレを引き連れてきたのが得体の知れない『少女』と来たのだ。

 

この目の前の少女の言った、『逃がす』という単語の意味と…このカップルの置かれている状況にはあまりにも正反対。到底、少女が逃がしてくれるとは思えず…重々しくも、サキョウは言葉を続ける。

 

 

「心配しなくてモ、勿論逃がしテあげまス…『闇』ノ中へト…」

「なっ!?」

 

 

やはり、この少女は『敵』。その雰囲気だけで、即座にソレを理解するカップル。寒気がして、恐怖心が沸き起こって。

 

…腕には覚えがある、だから全てに勝って逃げ出すことは無理ではない…

 

そう考えるカップルではあったものの…腕に覚えがあっても、この数を一気に相手をするとなれば、ソレ相応のリスクが伴うことは、カップルとて重々承知していることであって。

 

 

 

「…やるしかないの?」

「くそっ、俺が攻めるからお前は守りに入れ!頼んだぞ!」

「わ、わかったわ!」

 

 

一応、この二人も決闘市では多少名が知れた実力者。高等部時代には、【決闘祭】には出られなかったものの、それに近いところまでは行ったのだ、と。そう自らを鼓舞し、目の前の『雑兵』へと立ち向かう決意をする二人。

 

―そんな自信など、この状況下においては何の意味も成していないことを、理解しているのはサキョウだけ。

 

 

 

「無駄…デス。」

 

 

サキョウが合図をするようにをしてその手を掲げると、その後ろに並んでいた『雑兵』達が道を開け始めた。

 

そう、数に物を言わせた、戦略など到底扱えないような『雑兵』達では…どうしても敵わないような相手が出てくることは、無論この『異変』を巻き起こした存在の想定内なことだろう。

 

だからこそ、ソレに対する『手』を、用意してあるのは当然のこと。

 

そこには、ゆっくりとおぼつかない足取りで歩いてくる、虚ろな目をした『2人』が…

 

 

 

「なっ!?け、【決闘祭】に出てた奴らじゃないか!」

「うそっ!な、何でそんな子たちが!?」

 

 

 

―獅子原 エリと、袴田 光一

 

 

先日行われた【決闘祭】にも出場していた実力者。そんな彼らのことを、【決闘祭】を見ていたこのカップルが知らないわけがなく…

 

 

まるで、信じられないモノを見ているかのようにして驚愕の声を漏らす男女。

 

そう、『信じられない』のだ。

 

いくら『雑』なデュエルを仕掛けてくる『雑兵』とは言え、そのあまりの多勢にやられてしまい、飲み込まれる者も居る中で…この決闘市には、それに抵抗できる実力の者もいる。

 

多少腕に覚えのある者ならば、虚ろな目をした『雑兵』は相手にならず。だからこそ、この混乱の街の中でも、少なからず抵抗している人間達がいるのだから。

 

世界でも有数のデュエル大都市である【決闘市】

 

…ここに拠点を置く3人の【王者】に憧れて、多くのプロが在籍していることでも有名ないこの街のデュエルの平均レベルが高いことは、世界の中で見ても明らかなこと。

 

だからこそ、【決闘祭】に出場する程のレベルを持ったデュエリストが、こんな『雑兵』程度に混ざって敵として現れることなど、この時のカップルには想像もできなかったのだが…

 

 

「群集にハ、『雑兵』ヲ…手練れにハ、『駒』ヲ…コレも命令ですのデ…」

 

 

サキョウの淡々とした声が、カップルの絶望をさらに込み上げる。

 

自らに与えられた命令をこなす彼女の思惑など、この『異変』においては小さな一つでしかないことを、十分に理解しているからこそ、下層の紫魔としての役割をこなすことだけを、彼女は考えて。

 

 

「ど、どうするんだよ、こんな奴ら相手って…」

 

 

慈悲はなく、例外もなく。

 

 

ただ、『蹂躙』するだけ。彼女が知りえぬ、『目的』へと向けて…ソレは、進むのみ。

 

 

 

 

 

―そして…

 

 

 

 

 

「い、いやだぁー!」

「ダイレクトアタックゥ!」

 

 

―!

 

 

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!」

 

 

 

大学生の男 LP:2900→0(-100)

 

 

 

「…いやよ…いや、やめて…」

「ダイレクトアタックゥ!」

 

 

―!

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」

 

 

大学生の女 LP:3800→(-1000)

 

 

 

―ピー…

 

 

 

無機質な機械音が二つ、この壊れた街中に響き渡った。

 

実体化したモンスターに吹き飛ばされ、そのあまりの衝撃に地面に叩きつけられたカップルが無残に転がっていくその光景は…如何なる抵抗も、この『異変』の中では無意味なのだと、決闘市の住人に見せ付けているかのよう。

 

物言わぬ、粗雑な『雑兵』と…手練れを降すは、名のある『駒』達。

 

 

―多勢で襲って、『雑兵』を増やして。

 

―手練れは『駒』で、兵を増やして。

 

 

今のこのカップルに限ったことではない。こんなことが、決闘市の全域で沸き起こっているのだ。

 

 

 

「アア…ガァッ…」

「ァ…」

 

 

 

負ければ、『闇』に飲まれてしまう…

 

 

…逃げられはしない。

 

 

まるで地獄絵図のように広がるこの『異変』の中で、人々の悲鳴だけが、街中に響き渡っていた。

 

 

「お嬢様…右京……グッ…アガ…ワ、私…ハ…ア…お、嬢…様…」

 

 

ソレは使い捨ての『一つ』である彼女にも…

 

『例外』は、無く…

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「止めろ!中へ入れるな!」

「はっ!」

「裏に8人向かえ!おいそこのジジイども!テメェらもとっとと奥に引っ込みやがれってんだ!」

「す、すまん正鷹…」

「女と子供は避難だ!グズグズすんじゃねぇ!」

「は、はい!」

 

 

悲鳴に包まれている決闘市の東地区、その中で最も巨大な屋敷、『天宮寺家』でのこと。

 

突如現れた謎の『雑兵』達がこの巨大な屋敷に攻め入り…その家の祝勝のムードを一転、瞬く間に混乱の渦へと叩き落した。

 

しかし、その混乱も最初のみ。

 

そう、この天宮寺家における家長代理、鷹矢の父である天宮寺 正鷹が、門番や使用人であるデュエリスト達に命じ、その『雑兵』達と応戦させて戦線を即座に立てさせたのだ。

 

流石は破天荒で他に縛られない無茶苦茶な父、【黒翼】こと天宮寺 鷹峰の『息子』。その父に倣うかのような荒い口調ではあったものの、的確に指示を飛ばせるのはまるで過去にそう言った経験があったかのようでもあって。

 

 

 

―それでも…

 

 

 

「正鷹様!正門が突破されました!門番が飲み込まれたようです!」

「中庭で止めろ!他は非常シャッターを下ろせ!離れへの道を確保するんだ!」

「はっ!」

「警備隊の出動を急がせろ!」

「わ、わかっています!ただいま!」

 

 

―急襲

 

とてもじゃないが、手が追いつかず間に合わない。

 

まるで暗中模索。情報も無く原因もわからない。

 

何とか女子供、そして老人をシェルターとなる『離れ』へと避難させる手筈だけは確保しつつも…多勢に物を言わせて襲ってくる『雑兵』達が容赦なく攻撃を加えてきては、この屋敷とていつまで耐えられるか。

 

 

「モ、モンスターが実体化して襲ってくるなんて…」

「何ブツブツ言ってやがんだ!んな暇があんだったらテメェも応戦しねぇか!」

「は、はいぃ!」

 

 

守備についていた一人がそんな弱音を吐きつつも、そんなことを言っている場合でないことは誰の目にも明らかなこと。

 

正鷹とて、この『ありえない』状況に驚いて叫びたい気持ちを押しとどめて指示を出しているのだ。大勢の安全を預る天宮寺家の家長代理としての責務から、なんとしてでもこの戦線を維持しなければ、と。

 

徐々に攻め入られていることには変わりなくとも、それでも何か情報が入るまでは、せめて避難が完了するまでは…ここを崩されるわけには行かないのだと、そう皆に言い聞かせていた。

 

 

 

「親父、俺も出るぞ!」

「テメェは引っ込んでろ馬鹿息子!それより遊良に連絡は付いたのか?」

「いや、電話が一向に繋がらん。遊良のことだから無事だとは思うが…」

「ならテメェはさっさと避難しやがれ。ガキが出てる場合じゃねーんだっての。」

「むぅ…しかし…」

 

 

 

そんな中、鷹矢もこの防衛網に加わろうと提案したものの…すぐにソレを父に却下されてしまって。

 

いくら天宮寺家においても類稀なる才能を持つ鷹矢であっても、『親』として息子を戦わせるわけにはいかないのだと、父がそういわんばかりの顔をしていたことを理解できない鷹矢ではないが…

 

それでも、誰もが状況を飲み込めないこの場において、彼だけがコレを体験したことがあるのだ。

 

ならばなおさら鷹矢には立ち向かわなければいけない理由があり、また少しでも状況を改善できる可能性があるのは、この『家』において最も強い自分なのだと、そう言いたげな雰囲気をかもし出して父にぶつけている。

 

負ければ『闇』に飲み込まれて『敵』となる。

 

こうしている間にも、守備に付いている人間が少しずつ負けていっており…倒しても倒しても後から湧いてくる『雑兵』達に追い込まれて、既に正門は半壊の一途を辿っているのだから。

 

 

 

「親父…俺はコレを知っている。」

「あぁ?テメェ何言って…」

「俺は、コイツらと戦った事がある。ジジイに連れて行かれたルード地区でだ。」

「ルードっておい…あぁ、夏休みのアレか?」

 

 

 

だからこそ、鷹矢も戦う意思を見せているのか。

 

いくら好きではない実家とは言え、こうも破壊されていく光景を見ているだけなのは彼にとっても許しがたいことには違いなく…

 

その自分の知りえる情報を、父に伝えようとして口を開く。

 

 

 

「うむ。その時の奴らよりも、今のこいつらは明らかにおかしい。…何だか、その、アレだ。とにかく何かおかしいのだ。」

「いやわかんねぇよ。」

「知らん、そんなことは遊良に聞いてくれ。俺は上手く言えん。」

「その遊良に連絡が取れねぇんだろうがこのアホ!」

「ぬぅ…」

 

 

 

しかし、元々難しい話は苦手だからこそ、こういった込み入った話は全て遊良に任せてきていた鷹矢。

 

今までのソレが災いし、この危機的状況下においても何の役に立っていないのは最早仕方のない事なのだろう。

 

まぁ、鷹矢からすれば戦った『だけ』ではないのだれけども。

 

父には伏せているが、鷹矢はルード地区だけではなく、祖父である鷹峰の指示で、この決闘市に時折現れていた『闇』に取り付かれた人間達を相手にしてきたこと。

 

彼のExデッキに眠る、創造されし【No.】がソレを物語り…またその経験がこの『雑兵』達の粗雑さを彼に鮮明に教えてはいても…それを上手く伝えられないのだから、最早何の意味も無いが。

 

 

 

「…まぁいい。ってことは遊良も何か知ってんだな?」

「うむ。」

「わかった。でもテメェはここに加わるんじゃねぇ。」

「親父!しかしだな…」

「いいっつってんだろ!それより馬鹿息子、テメェはもっとやるべきことがあんだろうが。」

「ぬ?」

 

 

そんな鷹矢を見て、父は言葉を投げかけて。

 

『何か』知っているという息子の言葉を信じるのは、『親』であるならば頭よりも早く心が理解できるのだろう。上手く説明出来ていなくとも、その雰囲気だけで父は何かを察した様子。

 

ならば…

 

 

 

「テメェはさっさと遊良と合流しやがれ。遊良のことだ、どうせ無事なんだろ?」

「うむ。」

「…じゃあ行け。ここは俺が何とかすっからよ。…気をつけろ、鷹矢。遊良にも言っとけ。」

「うむ!」

 

 

本当ならば、危険な外へなど息子を行かせるわけがないのが『普通』の親。しかし、それでも行かせるのは…

 

偏に、外には『遊良』がいるから。

 

そして、その遊良も『何か』知っているのならば、心配ではあっても賭けるしかないのだろう。何も分からぬ自分よりも、信じるモノは2人の息子たち。

 

 

 

―!

 

 

 

「チッ、ここも持たねぇ。さっさと行け鷹矢!」

「うむ!」

 

 

 

その瞬間に爆ぜた音が正門から響くも、ソレと同時に走り出した鷹矢が土煙と共に一瞬の隙を突いて外へと駆け出した。

 

―物言わぬ『雑兵』の反応が悪いことが幸を成して。

 

目指すは、自分達が住む家。きっと遊良ならば、まず安全の確保のためにそこへ戻るだろうということを、鷹矢だからこそ理解したから。

 

 

「正門!大破しました!こ、このままでは持ちません!」

「んなこたぁ見ればわかるってんだ!守備をここに集めろ!避難が終わるまで食い止めんだよ!俺のデュエルディスク持ってこい!」

「は、はいぃ!」

 

 

 

阿鼻叫喚の嵐、悲鳴と泣き声が木霊しているこの決闘市の一角で、僅かな希望を持って立ち向かう者達がいる。

 

それがどんなに無駄なことなのかを、きっと戦っている人間達も勘付いてはいるだろうが…

 

 

「チッ、鷹矢、遊良…」

 

 

それでも、『期待』せずにはいられない。

 

こんな状況下において、子供たちに『何か』を期待するということは、親として許容するわけにはいかず…いくら信じているとはいえ、それでも進んで危険な目に合わせることを喜ぶ親がどこにいようか。

 

それでも、自分の息子と、息子同然の少年ならば…血の繋がりよりも、もっと強い『モノ』を持っている彼らならば…どこか『やってくれる』と思ってしまうのも事実。

 

こんな状況下なのだ、何も知らぬ役に立たない自分よりも、行動を起こせる人間に託すという『希望』を抱かないと正鷹とて戦うことすらできないだろうから。

 

 

 

「ア…ガァ…」

 

「あ…ツ、ツボネ様まで…」

「…ツボネの野郎、本当に役に立たねぇ女だぜ。」

 

 

裏門が突破されたのだろう、屋敷の奥から歩いてくる『雑兵』の先頭に立って呻く天宮寺 ツボネに溜息をつきながら…

 

 

 

「すまねぇな…頼むぜ、馬鹿息子共…」

 

 

 

 

―地獄は、続いていく。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 


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