遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
「…鷹矢が…勝ったのか…」
セントラル・スタジアムの外、決闘市中の人間全員がこのデュエルに夢中になっているのだろう、およそスタジアム周辺に人気は無く…その巨大なセントラル・スタジアムの外壁に寄りかかった遊良が、そう小さく呟いた。
中継映像も、デュエルシュミレーターによる映像を見なくとも…実況の声がここまで響いてきていたし、決闘市中から轟いてきている空気で、ソレは遊良にも理解出来ていて。
確かに遊良は決勝へと進んだ。それは、自分の『退学』と師の『引退』を打ち消すことが出来るまで、後一つの勝利というところまで辿り着いたという事であるものの…
「俺は…このまま戦っても良いんだろうか…このまま…鷹矢と…」
勝利した者の雰囲気ではない。まるで敗北した者が醸しだす雰囲気を纏っている遊良。
そう、鷹矢も自分と同じ、およそ『上』のレベルにいる相手との戦いで…自分は実質負けていたというのに、鷹矢のほうはソレを打ち破って堂々と勝ったのだ。
それに加えて、『わざと』大蛇が負けを選択したプレイングを、遊良はどうしても受け入れられないのか。
…いくら試合には勝利したとは言え、その立場はまるで逆。本来ならばソコに立てていなかったことを考えると、鷹矢との『約束』にだって、どこか申し訳なさが浮かんできている様子。
こんな気持ちでは、とても戦いの場へと臨むことなど出来ない…と。
その時。
「おいおい、ゴチャゴチャ考え込んでんじゃねーよ。」
そんな、気落ちしたように小さくなった遊良へと向かって、唐突に力強い声が放たれた。
遊良が瞬間的に振り向いてみれば、そこには師である鷹峰の姿。
しかし、急に声をかけてきたとは言え、鷹峰に限ってよもや落ち込んでいる弟子を励ましに来たのでないことは確か。
「…せ、先生。何でここに?」
「どうせ、しょーもねぇことでウジウジ悩んでんだろーと思ってよぉ。大方、本当は負けていたのに決勝を戦っていいのか、ってとこか?」
「…はい。」
その本心を、師に簡単に見抜かれて。
幼少の頃から面倒をかけているだけあって、隠しても無駄なことを遊良も理解しているのか。下手に隠すことは無いとは言え、だからと言ってそれに甘えて縋るということは無いが。
何せ、この男のことだ。
縋った所で、答えをくれるはずが無く…どうすればいいのかを、自分で『考えて』、更なる試練を与えてくるだけだろうから。
そんな鷹峰は、先ほどと変わらぬ声質で、気落ちした弟子の一人へと言い放った。
「さぁて、お前さんもわかってんだろ?今のクソガキは遊良、お前がいる場所よりも『上』にいった。その『壁』の高さは、ルキでよぉーく身に染みてるはずだぜ。」
「…はい、わかってます。」
「今のお前さんじゃあ、クソガキにゃあ絶対勝てねぇな。」
唐突に、しかし遊良も感じていたソレを…
そう、圧倒的になりすぎてしまった鷹矢との実力差を告げてくる鷹峰。
『上』へと無理やりに上がったその勢いと、謎の『何か』の相乗によって十文字 哲の絶対防御を打ち破ったことは…確かな鷹矢の血肉と変わっていて。
その戦いの過程を見ていない遊良と言えど、正面からぶつかって勝利をもぎ取った鷹矢と『今のまま』戦えば…
「このままじゃあ…明日の決勝戦はすげーつまんねーモンになるだろうなぁ。」
「…ッ!」
師のその言葉が、遊良の心へと深く突き刺さった。
なぜなら、師が開会式のときに言った、『退屈させるんじゃねーぞ』という言葉を、遊良が思いだしたからだろう。
―成長の証を見せろという、師の渇。
ソレを、鷹矢は見せたのだ。
本来ならば勝てなかった自分と違って…今更ながら、それをひしひしと遊良も痛感しているのか。
偉そうな事を鷹矢に言っていても、惨めなのは自分の方ではないか…いや、もしかしたら惨めな自分をひた隠しにして、その鬱憤を鷹矢にぶつけているだけなのではないのか…と。
そんな、実体のない負の感情がのしかかり…
「…んで、どうするんだ?」
「…え?」
「このままテメーの小せぇプライドに拘って、尻尾巻いて逃げ出すのか…みっともねー姿で、負けるって決まってる戦いに行くのかって…そういうことだよ。」
「…俺は…」
そう、そんな中で現在遊良に出来ることは、師の言った通りのこの二つしかない。
【決闘祭】から逃げ出すことは、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】が許さぬだろうが…
それでも、このまま決勝に臨んだ所で…
―鷹矢を、失望させるだけ。
いくら『約束』の舞台に上り詰めたとは言え、それは遊良と鷹矢、二人で鎬を削るような戦いをしてこその『約束』。
こんな精神状態と、こんなに開いた実力差でデュエルをした所で、自分も鷹矢も納得が出来るはずが無いと、そう言わんばかりの顔をしている遊良。
だとすれば…選択肢は一つしかないだろう。
…一つしか、ないのだが…
「たった…一日で…鷹矢の居る場所まで強くなるのは…」
そう、遊良に残された選択肢…弱いのだったら、鷹矢と同じ場所に…鷹矢が到達し、ルキの『本気』が位置している場所へ、自身の『壁』を越えるしかないという事。
…それが出来なければ、明日の決勝戦で今日と同じく、無様で何も出来ないデュエルを魅せるしかないことは必至。
―しかし、そんなことが無理なことくらい、遊良にはわかっている。
鷹矢がどうやって『壁』を越えたのかを遊良は知らないが、『Ex適正』が無い遊良にはそもそも、普通のデュエリストたちがレベルアップしていく段階と比べても、その努力の量が桁違いに多くかかってくるのだ。
今の力を得たのだって、師との想像を絶する修行があったからこそのモノ。
それは【黒翼】の弟子という、他人が聞いたら羨ましがられるような称号であっても、その実際の修行の中身は並のデュエリストが想像しているような、軟で生半可な鍛え方でないことだけは確かな事実であって。
それを経験してきた遊良だからこそ、理解できる事がある。
そもそも普通のデュエリストだって、この『壁』を越えること自体が簡単ではないのだから、鷹矢がどれだけ無理やりにソコまで昇ったのか…
その異常性を考えれば、より彼の無茶苦茶加減が目立つというものだ。
そんな事を、考えてしまうのだろう。再び顔を落としてしまった遊良に対して、再び鷹峰は言った。
「チッ、いつまでもウジウジしやがって胸糞悪りぃ。1日じゃ上がれねぇ?何寝ぼけたこと言ってやがる。」
「いや、だってたった一日しかないのに…」
「何もこの後すぐ試合でもねー癖に、ごちゃごちゃ言ってんじゃねーぞコラ。1日もあんじゃねーか。じゃあ直ぐやりゃあいいだけだってんだよこのガキが。」
「…せ、先生…でもどうやって…」
「あぁん?んなもんひたすらデュエルしやがれ。強ぇヤツとひたすらデュエルして、んで自分でどうすりゃいいのか考えろ…俺は最初に何を教えたよ。」
「…考えるのを止めるな…」
そう、どうすればいいのか分からなかった幼少期に、『考えることを止めた時が自分の最後だ』と、先ず始めに教えてくれた師。
『Ex適正』が無いという…普通のデュエリスト以下の境遇に居た遊良に、どうすればデュエルを続けられて…どうすれば『生きていられる』のかを、鷹峰はデュエルを通して教えたのだ。
「俺が…今やるべきこと…」
考えて、考える。
捕まらぬよう、囚われぬよう、落ち込んでいた感情、止まりそうだった思考をフル回転させて。
「…くっ」
…それでも、どうしても遊良の脳裏に浮かぶのは、大蛇に見せ付けられた『壁』の分厚さと、『負けていた』試合の後悔。
ー当たり前だ。
負けた時が自分の最後…自分が負けた途端に、『Ex適正が無い』のにデュエルをするのは間違いなんだと、声を荒げる連中がこぞって出てくることは…遊良だけでなく、誰の目にも明らかな事。
…存在を、『否定』される。この世界において、デュエルをしてはいけないというレッテルは、それだけで生きている事を否定されているようなモノ…
ー『Ex適正が無い』と言うことは…そう言うことなのだから。
考えないようにしても襲ってくるソレが、否応にも自分の実力の低さと、理事長と交わした『取引』の実質的な失敗と…鷹矢への申し訳なさと、師への申し訳なさを混ぜ合わせて…次々に遊良の心へと突き刺さってきている様子。
「こりゃ重症だな。ったく、昔みてーな顔しやがって。弱ぇからウダウダ悩むたぁ、それじゃ昔と同じだろーが。」
「…俺は…絶対に負けられなかったんです。でも、さっきの試合…勝負には負けていた…だから…」
「戦う理由に迷いが出来たってか?ケッ、学生レベルの雑魚共がピーチクパーチク…んな大層なモン、背負うにゃ10年はえーってんだ。」
「…ッ!で、でも俺は…」
いくら思考を切り替えようとも、負けられないモノを背負ったゆえの危うさ…
思い返せば、鷹矢とルキの命を賭けた『あの時』のデュエルの後から、デュエルが常に負けられないモノと言う認識が、より一層強くなりそれに囚われていた遊良。
今までは、勝っていたからこそ保てていた境界…それが今回のデュエルをきっかけに、決壊してしまっているのだろう。
いつか誰かが言っていただろうか、必死さゆえの『危うさ』は、いつか遊良を潰してしまう、と。
「あーわかったわかった。つまりアレだ、こんな弱い自分に、もう一度戦う理由が欲しいってことだろ?」
「…いやそんなんじゃ…」
師の言葉の意味を上手く飲み込めないのか。遊良も、自分でもどうすればいいのか分からない感情に飲み込まれていて。
渦巻く後悔の念が今にも押し寄せて、彼を押しつぶそうと向かっている中で…
―そんな状態の遊良の言葉を遮るようにして、鷹峰が口を開いた。
「…俺様はよぉ、まだ引退したくねぇ、どうしても引退したくねぇ、絶対に引退したくねぇ。こんな弱っちぃ弟子なんかに、俺様の輝かしいプロ生活の全てを賭けたのが間違いだった。今からでも取り消してぇくらい、俺様は引退がちょー怖ぇ。」
「え、せ、先生!?」
不意に鷹峰の口から溢れ出した弱音の数々。
留まらぬソレが次々に遊良の耳に届き、周囲に他人が居ないことだけが救いか。
こんな言葉がもし他の誰かに聞かれでもしたら、【決闘祭】の盛り上がりと同じくらいのスキャンダルになることは必至。
その、この男が絶対に口にしてはいけない様な言葉の数々に…この男からは絶対に出てこない様な言葉の数々に、遊良に驚くなと言う方が無理な話。
「あー引退こえーぜー。それに折角お前ら2人に払ってやった学費も全部パーになるかと思うとすげー勿体ねーぜー。こんなことになるんならもっと稼いでおくんだったぜー。あー無一文になんの超こえーぜー。」
「…あ、あの…」
そんな、どれもが棒読みであるのを気にしなければ、およそこの男からは絶対に出て来ないであろう言葉の数々は…
いくら気落ちしている遊良であっても、その気落ちを一瞬でも忘れさせるには十分過ぎるほどの威力を放ち…
ソレを見た鷹峰は口角を上げた『したり顔』で、あっけに取られた表情を見せている遊良に向かって口を開いた。
「…っと、こんなモンか?まさかこの俺様にこんだけ言わせておいて、まだウジウジ言いてぇなんて言わねぇよなぁ、遊良。」
「…は、はい…」
師の言葉に、思わず返事を返すしかない遊良。
先ほどまで脳裏に浮かんでいたマイナスイメージが、突然のその言葉で吹き飛んでしまうくらいに、たった今鷹峰から放たれた言葉の衝撃は大きく…
今更、たかが引退程度で怯む師ではないことは、遊良だって嫌と言うほど理解している。
どうせ引退になった所でプロに何の未練も無いだろうし、一生どころか五生は一族揃って遊んで暮らしても使い切れないほど稼いでいるこの男が、金に困るなど口が裂けても言えない言葉だ。
…しかし、それをまさか一人の弟子のために、恥ずかしげも無く口に出すなんて。
「…で、どうすんだよ、やるのか、やらねーのか。」
「…やります。俺も先生を引退させたくありませんし…退学もしたくありません。」
「おう、わかってんじゃねーか。」
驚愕と強制が彼を包み、『そう』言わざるを得ない雰囲気が場を支配して。
先ほどと変わらず、不敵な笑みをどこまでも崩さない鷹峰に対し…遊良は困惑したまま、ただ鷹峰を見ているだけ。
…しかし、そんな遊良と言えども、唐突にこんな言葉を言った鷹峰の真意を確かに感じているのか。
負に囚われている弟子を鼓舞し、迷いの生じた弟子に対して、何故遊良が戦うのか…その、遊良の戦う理由を、わざとらしい『言葉』にして、そこに向かわせてくれているのだろう。
その意味を理解できないほど、遊良は弱者ではいないのだから。
―弱かったら、『強く』なればいいだけ。
どこまでも、単純明快な答え…しかしどこまでも、複雑怪奇な答えを…
「負けてた自分が許せねーんだったら、その自分より強くなりゃいいだけだろ。ったく、これぐれー自分で気付きやがれってんだ…どいつもこいつもよぉ。」
師の示したその言葉は、一体『誰』に向かって言ったのか。
その真意は鷹峰にしか分からぬものの、この言葉から感じる師の『喝』を、遊良は確かにその心に受け止める。
―そう…師も、見たいのだ。
この【決闘祭】という大舞台にまで上り詰めた、己の弟子達の戦いを。
弱者同士の戦いなど、誰が見たいものか。
程度の低い、呆れるような戦いなど、始めから鷹峰は期待していない。ソレを、もっと『おもしろいモノ』とするために。
それに加えて、今の遊良の言葉は…彼の本心からくるモノに違いない。師の引退も、自身の退学も…遊良にとっては心から回避したい目的であって。
その過程がどうあれ、ここに至った『結果』がある限り…逃げ出すわけには行かないことを、迷いながらもその旨に刻む。
「…あの頃を思い出せよ。お前さんはどうしたかった?」
「…強く、なりたかったです。」
「じゃあ強くなりゃあいい。一回やってんだ、出来ねぇなんて言わせねぇぜ。」
「…はい。」
有無を言わせず、御託を並べず。
世界全てが敵に回り、自分が弱かったからこそ言われ放題、傷付けられ放題だった過去。
それを今、少しでも変えられたのは一重に『強く』なったからだ。
やるべきことは、昔となんら変わりない。
―『弱い』自分から、『強く』なる。
ただ、それだけのこと。
「行くぜ。」
「…はい。」
渦巻く後悔を吹き飛ばされ、その下に沈んでいた戦う理由を思い出させられて。
まだ、迷いは確かに彼の胸に残っている。しかし、先に『壁』を一つ越えた相棒に一刻も早く追いつくために…
明日に迫る戦いを、『約束』の舞台とするために、遊良は師と共にその場を後にしていった。
―…
「おかわりだ!まだ足りん!」
「ちょっと、まだ食べるの!?」
「腹が減って仕方ないのだ!明日空腹で力が出なかったらどうするのだ!」
「いや決勝って夜からじゃん!絶対また食べる時間あるし!」
激闘だった準決勝を終え、自宅に戻ってきていた鷹矢は、どれだけ食べても満たされぬ空腹と戦いながら、水を飲むかのようにステーキを次々に飲み込んでいた。
遊良が隠しておいたであろう、取っておきのステーキ肉を見つけ出して…ルキに焼かせたソレを、なんの遠慮も無く食べ進める。
その空腹が、一体『何』を押さえ込んでいるから起こっているのか、鷹矢とて理解できていないはずが無いのだが…
それ以上に、自らの手で勝ち取った『約束』の舞台が待ち遠しすぎるのか。
まるで遠足前の子供の如き興奮。いつまで経っても冷めることはないソレが、彼の消化に一役買っていることは先ず間違いない。
「遊良の苦労がよくわかるよ…もう。」
ポツリと呟いたその言葉を、鷹矢が聞いているはずもなく。
人の世話をやく大変さ、子育てをしている様なその苦労を…
自分の母ではなく、まさか幼馴染の男の子からソレを理解する事になるなんてルキも思っていなかっただろう。
いくら遊良から頼まれたとは言え、鷹矢の晩御飯の世話を一人でしなければいけない自分の気持ちも考えて欲しいモノだと…鷹矢の引くくらいの食べっぷりを見ているルキは、小さな口から静かに溜息を吐いた。
「…はぁ、遊良は帰ってこないし鷹矢は馬鹿だし。明日って本当に決勝戦なんだよね?」
「む?何を言っているんだルキよ、ボケたのか?もう一度日程を確認したらどうだ。」
「いやわかってるし!あと鷹矢にボケたなんて言われたくないし!」
「…むぅ。」
試合でデュエルしている時には、どこか怖さすら感じさせていたと言うのに、まるで今日の試合の鷹矢とは別人のような、『いつも通り』のその振る舞い。
今日のデュエルで鷹矢の実力が跳ね上がったのは、もちろんルキだって見ていたのだから分かっているだろう。
雰囲気がガラリと変わって、使ってもいなかったカードを次々に使って…
その結果、昨年度の優勝者である十文字 哲を破ってしまったのだから、もう街中は今日の鷹矢の噂で持ちきりとなっていた。
しかし、いくらルキがソレについて鷹矢を問い詰めても、黙り込んで何も話してくれないものだから、ついに根負けして晩御飯を食べさせているのだ。
帰ってこない遊良に、どこか不安そうな声をしながら、ルキは再度口を開く。
「…ねぇ、遊良は本当に大丈夫かな…」
「大丈夫とは…どういう意味だ?」
ルキの問いに、本気で意味がわからぬといった声で返す鷹矢。
明日に迫る『約束』の戦いで、遊良が来ないことなど微塵も考えていないからこそ、いつもと変わらぬ調子でそう言えるのだろう。
そんな鷹矢に反して、納得できないであろう『勝ち方』をした遊良の気持ちを考えると、ルキがこう言うのも無理は無いのだが…
「だって遊良、今日の試合は実際負けてたでしょ?その後いくら電話しても繋がらないし、メッセージ来たと思ったら『鷹矢の飯を頼む』ってだけだし。」
「一番重要なことを忘れていなかったな。遊良は偉い奴だ。」
「こんなどーでもいい事だけ連絡入れて…遊良はちゃんとご飯食べたかな…」
「どうでもいいだと!?おいルキ、俺の飯のどこがどうでもいいんだ!」
「うるさい、この腹ペコ星人!カップ麺でも食べてれば!」
「うむ!お湯をくれ!」
「あぁもう!」
どこまでも自分のペースを崩す気が無い鷹矢を前にして、ルキに苛立つなと言うほうが無理な話だ。
どうしてこの男はここまで物事を楽観して考える所があるのか不思議でたまらないと、そう言いたげな表情をして、ルキは鷹矢を睨む。
落ち込んでいないだろうか、自分を責めていないだろうか…自分がこんなに遊良の心配しているというのに、遊良との付き合いが一番長い鷹矢がこんな態度でいいのだろうか、と。
しかし、そんな不機嫌なルキを見てもなお、鷹矢は心配するだけ無駄だと言わんばかりに、ルキに向かって言った。
「ふん、遊良の事だ。落ち込んでいる暇など無いことにすぐに気付くだろう。こっちがウダウダ考えたところで、あいつ自身が答えを出さなければ前へは進めん。」
「…そうかなぁ。」
「何を言っているんだお前は。あの頃もそうだっただろうが。」
「むー…まぁそうだけどさ…」
ルキに反論の余地を与えずに論破するなど、鷹矢にしては珍しいことだ。
確かに、遊良の周りが全て敵だった頃、ソレに怯えて殻に閉じこもっているだけでは決して生きていけないことを…
鷹矢の『言葉』があったとは言え、あの時に遊良自身が自ら決意していなければ、今の遊良は居ないと言うこと。
それは、ルキも目の当たりにしてきたのだからもちろん身に染みて理解していることだろう。
…それでも
「でも、何だか…遊良がどんどん変わってくみたいで…」
声のトーンが弱くなっていき、ルキの言葉が次第に空気中に消えていって。
それは、彼女もまたこれまでの遊良を見てきたからに他ならない。
…自信に満ち溢れて、常にみんなの中心にいて頼られていた遊良。
…周囲全てが敵となり、自分の殻に閉じこもって命を終えようとしていた遊良。
…たった一つの生きる希望にしがみついて、我武者羅に強くなろうとしていた遊良。
…いくら強くなっても認めてくれない世界に、どこか諦めていた遊良。
…命を賭けて、未来を捨てて。そうして得た力で、後戻りが出来なくなった遊良。
そのどれもが、確かに遊良であることに変わりないとは言え…彼のこれまでの全てを見てきたルキだからこそ、不安が押し寄せてくることにも変わりない。
しかし、そんなルキの気持ちを意に介さず。鷹矢は全く別の意見をぶつけた。
「変わった…あいつが?…フッ、笑わせる。俺に言わせれば、やっと『帰って』きただけだと言うのに。」
鷹矢の放ったその言葉。
それは、ルキが感じていたモノは確かに事実で、彼女がこれまで見てきた遊良のどれもが、彼が苦しみながら出してきた答えによるモノだということを、鷹矢も理解しているからこその言葉。
それでも、鷹矢が感じていたモノは、他の誰にも感じることなど出来ない、彼だけの感覚に違いない。
何せ、生まれた時から一緒だったのだ。
遊良のことを誰よりも…下手をすれば、遊良自身よりも理解出来ているのではないかと思うくらいに、鷹矢の感性による遊良の見方は、他の誰にも出来ない見方となっていて…
「帰ってきたって…だって昔の遊良はもう…」
「ふん、達観したフリで上手く隠して来たようだが、俺とルキに引け目を感じていたアイツが、【堕天使】を得たことでソレを蹴り飛ばしたのだ。」
「引け目!?だ、だって遊良そんなこと一言も…」
「事実だ!それがどうだ、綺麗さっぱりEx適正を捨てたことで、あの頃の俺と同じ景色を見ていたアイツが、ようやくここまで帰ってきた。だから許さん、遊良が再び殻に閉じこもることなど、絶対に!」
鷹矢の言う『引け目』…それはEx適正が無いゆえの、遊良の無意識の感情から来た、彼でもどうしようも無いモノなのか。
遊良自身も、絶対に感じないように隠してきたソレは…生まれたときから隣にいた鷹矢だからこそ感じ取っていたモノであって。
たかが『Exデッキが使えない』ことが分かった程度で、あの『強かった遊良』が消えたことを…一番諦め切れていなかったのは、何を隠そう遊良自身ではなく、鷹矢の方なのだろう。
「遊良はジジイに任せてある。何も心配はいらん…明日の試合も、遊良の事も。」
「…いやそれ余計に心配なんだけど。落ち込んでる遊良に、よりによって先生って。」
「だから良いのだ。ここで遊良が潰れるのなら、その程度の奴、俺が戦う価値もない。」
「そんな言い方って!鷹矢は遊良と戦いたいの!?戦いたくないの!?」
「戦いたいに決まっているだろうが!だから俺にはわかっている、あいつは絶対に戦いに来るとな!あの負けず嫌いの大馬鹿者はそういう奴だ!」
「馬鹿が遊良を馬鹿って言うな!」
「うるさい!ゴチャゴチャ抜かすな!」
お互いに感情が昂ぶり、その苛立ちをぶつけ合う二人。
お互いに思うところが違うからか、その思想は決して相容れぬモノとなっているのは仕方ないこととは言え。
命を捨てる気でいた遊良を、その身を持って繋ぎとめた少女と…常に遊良と肩を並べて生きてきたと言うのに、唐突にソレを奪われた少年の…その思想を合わせるなど、誰であっても出来ないことなのか。
それでも必ず訪れる戦い…彼らにとっての『約束』の場所へと…
―いや、『訪れる』のではない。
彼らの強い意思が、明日の決勝の舞台を『約束』の場所へと昇華させたのだ。
「むぅー、鷹矢の超馬鹿!寝ぼすけ!明日起こしてあげないんだからね!」
「いらん!寝られる気がせん!」
明日の夜、【決闘祭】の決勝の日。
長い歴史の中でも、絶対に満月となり…街の街灯よりも明るい月光が照らすスタジアムで、大勢の目の中、自分の片割れとの戦いを全員に見せ付けられる。
それを考えただけでも、鷹矢の興奮は今から押さえきれるものではないのか。
いくら食べても満足できず、全く襲ってこない眠気を意に介さず。
およそ、最低とも思われる『最高のコンディション』の中で、その猛りを沈める方法など、一つしかないだろう。
「そんなことよりルキ、今晩付き合え。デッキは持ってきているだろう?」
「持ってきてるけど…え、まさか徹夜でデュエルする気!?」
「うむ。」
「嫌だよ!私だって明日の試合ちゃんと見たいのに!」
無理難題を押し付けてくる鷹矢ではあるものの…彼とて、今日を持って『壁』を越えた、その感覚が忘れられないのだろう。
別に、一度ソコへと『昇った』者が、下に落ちるという事などありえないのだが…ソレを確実なモノとしたいのか、またはその時の高揚と歓喜が渦巻いているのか、ともかく鷹矢が到底眠れそうでは無いことは確か。
ソレに付き合わされるルキからすれば、この提案はたまったものではないのだが…
「別に良いではないか!俺の調整に付き合え…それに今の俺なら、お前の『本気』を受け止めても平気そうなのだ。」
「…は?」
「何なら、『全力』を出してもいいんだぞ?ソレくらいしてもらわんと調整にならん。」
「いや何言って…」
唐突にそう言ってきた鷹矢の言葉に、思わず返答に困った様子を見せるルキ。
彼女の学園での成績が…調整しているとはいえ…決してトップクラスに上がってこられない理由は確かにあって。
軽々しく『本気』のデュエルを行えない『葛藤』と『もどかしさ』に耐えてきたルキが身につけた、今の彼女が出せる実力もまた…『今』の彼女の本気に違いないのだろう。
しかし、現状の『押さえられる限界』を超えた途端に、彼女に襲いかかるソレ。
師に、そして何より彼女の親に禁じられているその『本気』…ルキ自身の体に危険が起こるというその怖さのことを知っている鷹矢も、ソレは十二分に理解していると言うのに。
そんな、鷹矢とて身に染みて理解しているはずのルキの『本気』と、それを超える『全力』は…師を相手に、修行時代にたった一度しか見ていないとはいえ…
「…鷹矢、それ本気で言ってるの?」
「当たり前だ…遊良に勝つ、その為には、お前の『本気』を受け止めるくらいのことをしないと意味が無い。きっと今頃、遊良はジジイ相手に必死になって修行しているはずだからな。」
「でも…下手したら、鷹矢の方が明日の決勝に出られないかもなんだよ?…それでもやるの?」
「うむ!」
それを覚えていてもなお、簡単にそう言い放つ鷹矢に、ルキの顔が険しくなるのは仕方ないこと。
―それでも…馬鹿にはしていない、本気でそう思っている鷹矢のソレを、ルキも感じたのか。
「…はぁ、私の方が『危なく』なったらすぐサレンダーするからね。それでもいい?」
「うむ。」
ルキとて、遊良と鷹矢、どちらにだって負けて欲しくない。しかし、勝敗が確実に着く『デュエル』というモノにおいて、それを願ったって無理な話だということは、ルキだって理解していること。
ならば、少しでも洗練された戦いを…ソレを見たい彼女もまた、遊良が強くなる為に必死になっているのだからと…
同じく必死になろうとする鷹矢の姿勢を、常に二人の
「もう、わかったよ。仕方ないんだから。」
「でもその前に腹ごしらえだ!カップ麺をくれ!」
「…はぁ、ホントおバカだよね鷹矢って。」
とは言え、どこまでもペースを崩さぬ鷹矢に、ルキは再び溜息を吐くのだった。
―…
暗い空間、何も無い部屋。
そこに居るのは3人の紫魔と…地面に倒れた男性が一人。
「チッ、明日は決勝戦か。あーあ、俺も『コイツ』が調子に乗って出場してこなきゃ、『プランA』は俺の仕事になってたのによ。オラッ、このクズがっ!調子に乗ってたって、最後は俺に従うしかないんだよお前はっ!」
そこで、ノース校3年の紫魔 亜蓮は、地面に倒れて物言わぬウエスト校3年、竜胆 大蛇を踏みつけながらそう言った。
今の大蛇では決して敵わぬ人物によって、『黒い靄』に飲み込まれた彼が物言わぬのは当たり前なのだが…それに気を良くしたのか、特に、大蛇に直接敗北した亜蓮の態度は、誰が見ても度が過ぎていると言えるものであって。
「…亜蓮の奴、竜胆にボロ負けしたからって容赦ねーな。『あの方』に飲み込んで貰ったってのに。」
「ホホ、負け犬の遠吠えとはこの事ですわね。」
「あぁ!?お前らだって竜胆妹と【黒翼】の孫に負けたじゃねーか!」
「だからってそこまではしねーよ。八つ当たりにしか見えねーし。」
「そのみっともない振る舞いはさっさと止めてはどうかしら。」
「チッ、面白くねーな。なんだったら竜胆妹も今すぐ呼び出して、ひん剥いて好きにすりゃ良いんだよ。」
上流階級を謳っている紫魔家中でも、特に上位の人間だというのに、その下衆な思考を恥ずかしげも無く言う亜蓮。
ヒイラギに止められ、一応大蛇から足は除けるものの…気に食わないといった表情で大蛇を睨んでいるその顔は、公衆の面前でプライドを砕かれたことと、紫魔に楯突く融合使いが、心の底から目障りなのか。
それを聞いたヒイラギと大治郎が、亜蓮をやや引き気味に見て口を開いた。
「物言わぬ人形に性的欲求をぶつけるなんて、本当に気持ち悪い男ですわ。」
「きもっ!?」
「そこまで言うとか正直引くぜ。気持ち悪い」
「んなっ!?」
賛同を得られなかったことだけでは足りず、仲間からも怪訝に扱われたことが相当ショックだったのか。
亜蓮はその場で表情を固めて、口を開けたままその場で棒立ちになっていた。
「そんなことより、十文字の方は良かったのか?」
「ホホ、竜胆を下僕にした時点で『プランB』は達しましたし、表彰台に上がる人間に『アガアガ』言わせるわけには行かないでしょう?」
「まぁそうだけどさ。でも戦力的には…」
そんな亜蓮を意に介さず。彼を他所に話し合いを続けるヒイラギと大治郎。
彼らが何らかの目的を持ってこのような行動をしていることは間違いようのない事実ではあるものの、それが碌でもないことだけは確か。
人を支配する悪意の塊、それを誘発する『黒い靄』…既に彼らの手中には大勢の手駒が揃っていて、彼らが躍起になっていた『プランB』というモノも、既にソレは終えていて。
【決闘祭】の大詰めに伴って、彼らの目的も大詰めに来ていると言わんばかりな様子。
「…戦力ですか。まぁ操れたら、ですけどね…」
「ん?なんて言ったんだ?」
「ホホホ、何でもありませんわ。『プランA』を全員しくじった時点で、もう【決闘祭】に用はありません。」
「最後は決勝後に…『最後の一人』を『あの方』が飲み込めば計画の方も大詰めか。後は『あの方』のご期待に沿えるよう、しっかりやるさ。」
「お、おう、俺に任せとけよ。」
その口ぶりから、いよいよ彼らの目的が、その最終段階に入っているよう。
明日の、『最後の一人』が一体誰なのか。そして彼らが従う、竜胆 大蛇を飲み込んだ『あの方』の目的が一体なんなのか。
明日に迫った決着に、興奮と熱狂が覚めやらぬここ決闘市で…暗躍している者達も確かにいて…
「では、明日の戦いは高みの見物をさせていただきましょうか…『最後のプラン』と…『計画』のために。」
暗い、どこかの部屋の一室から…
『何か』が、起ころうとしていた…
―…
次回…決闘祭、決勝