遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
「よし、では行ってくるか。」
暗い通路で最後の準備を終えたイースト校1年、天宮寺 鷹矢は、デュエルディスクを展開させながら自分の名前が呼ばれる時を待っていた。
盛り上がりが最高潮に達しているスタジアムの裏。
先ほどの第二回戦・第三試合、昨年優勝者である十文字 哲が、貫禄の勝利を見せ付けた結果となったウエスト校同士の対決が先ほど終了し…その圧巻のデュエルに沸き続ける会場の雰囲気を感じていても、なお緊張は彼には無く。
「いいか、油断は絶対にするんじゃないぞ。お前は昔っから焦るとつまんないミスするんだか…」
「わかっている。そんなに心配するな遊良。俺が負けるはず無いだろう?」
意気揚々。
昨日の晩御飯抜きのダメージは、2人前の弁当を平らげたおかげで回復している様子だし、控え室を出る直前までデッキの確認をしていたから戦う気持ちも削がれていない様子。
それに鷹矢のその自信とて、彼の才能と築いてきた錬磨ゆえのモノ。
確かに相手は融合召喚の名家の令嬢…とは言え鷹矢もエクシーズ召喚の名家、天宮寺一族の一人にして、彼の【黒翼】の孫であり弟子の一人なのだ。
彼にとって、ここで負けるイメージなど微塵も沸かないのだろう。いくら相手が同じイースト校の選手で、いくら紫魔家の令嬢であっても。
「いやその自信が信用ならねーんだって。」
「む、それは心外だ。」
「少しは相手を観察しろよ。紫魔先輩のデュエル、学園で一回も見てないんだからさ。」
しかし、どこまでも楽観的な振る舞いを見せる鷹矢に対して、遊良に心配をするなと言うほうが無理な話か。
紫魔 ヒイラギ…昨年はわざと押さえていたのかと思えるくらいに、その成績は目立っておらず。
デュエルを研究しようにも、不気味なくらいにデータが少なかったこと。イースト校での代表選抜戦でも、その戦いは見せず仕舞いになってしまっていることから、どうしても遊良の警戒心が勝ってしまっているのだ。
「とりあえず…地属性の紫魔だってことはわかっているけど…後は何をしてくるのかわからないし、どんな戦法でくるのかが問題だよな…」
「うむ。わからん相手を警戒しても始まらんという事だな。だったら俺はいつも通りにやる、それでいい。」
「違げーよ!警戒しろって言ってんだ!…はぁ、何で俺の方が色々考えてるんだよ。」
「今日の晩飯のメニューについてか?」
「紫魔先輩についてだよ!お前が考えることだろうが!」
「今日こそハンバーグをだな…」
「うるせぇ!負けたらまた飯抜きにするからな!」
「ぬぅ…」
いくら遊良が心配をかけても、本当にいつも通りの鷹矢。
このふてぶてしさも、ここまでくると逆に立派なステータスと勘違いしそうになるものの…あくまでソレはこの【決闘祭】にかける思いの低さを露呈しているだけとも取れる。
ココにいる全員が、何かしらの思いを抱いて戦っていて…その思いが強ければ強いほど、土壇場で何が起こるのかは誰にも分からないというのに。
「ふん、お前が先に準決勝に進んだんだ。俺が進めぬわけがない。」
しかし、それでも彼がここまで振る舞えるのには、その才能以外にも理由がある。
そう、彼の【決闘祭】にかける思いが低いなど、誰も言っていないのだから。
「ここで負けるなど、お前に負けを認めたようなものだ。俺は絶対にお前には負けん。つまり俺はこんなところで負けん、そうだろう?」
「いや、何なんだよその理論は。」
「天宮寺式、高等計算術だ。」
「…は?お前が…計算?天宮寺式…なんだって?」
「…失言だ。忘れろ。」
戦いに臨む鷹矢の理由、それは一重に遊良との戦いのため。それも、ただ普通に戦うのではなく…大舞台で、大観衆で、大歓声で。ただ純粋に、幼い頃の約束を。
そこへ向かって戦うだけ。
…彼の失言は置いておいても。ともかく、今に始まる戦いに気負いしていない分、普段通りの戦いを行えることには違いないだろう。
心配はある。それでも、確かにこの男が負けるイメージが沸かないことを感じながらも…遊良は戦いに臨む自分の『片割れ』を、冷ややかな目ではあるが静かに見ていた。
―…
「それで…おめおめと引き下がって来たと言うことですのね。」
鷹矢と遊良がいる通路の、丁度反対側。暗い通路で一人佇んでいるヒイラギが、何もない空間に向かって声をかけていた。
いや、何も無くはない。
暗い通路よりも黒い靄が微かに漂い、その中に薄っすらと見える一人の男が、ヒイラギに向かい合って話し合って…話し合いというよりは、一方的にヒイラギに言いくるめられているようにも見える。
「ぐ…し、仕方ないだろ…俺たち二人だけじゃ…」
「それで、竜胆 ミズチは今どこに?」
「亜蓮が見張っているけど…あいつ、隠れてる俺たちが見えてるみたいだったから中々近づけないんだよ…今は自分の控え室だ。兄の方は十文字と一緒みたいだぜ。」
先ほど、思わぬ障害によって計画を遂行できなかった彼ら2人。
その進展をヒイラギに伝えているようなのだが…これから試合に臨む彼女に泣き付くようにしてココに来ている紫魔 大治郎を、彼女とてどうにも情けなく思えてしまうのだろうか。
溜息混じりに、ヒイラギは整った顔の小さな口から、その声を漏らした。
「はぁ、そうですか、わかりましたわ。とりあえず、この試合が終わってからどうするかを決めましょう。本当に、不甲斐ない男たちですわね。」
「くそっ、さっさとお前も『プランB』に加われよ。一人だけ残りやがって気にくわねぇ。」
「ホホ、考えておきますわ。」
そう言って大治郎がその場を後にしたのか、その気配を消して。
何か目的を持っている紫魔達、その真意は未だ明らかではない。しかし、着実に進んでいく状況は果たして誰にとってのモノなのか。
「…では行きますか…本当に面倒ですわね。」
黒い指輪を一撫でし、ゆっくりとスタジアムへと視線を戻すヒイラギ。
地属性の紫魔を統べる『地紫魔』の令嬢である彼女も…向かい側の通路に見える、同じイースト校の天宮寺 鷹矢と比べても、全く気負いしていないのは同じな様子。
「ホホホ…」
果たしてそれが自信から来るものなのか、それとも別の要因があるのか。
あくまで、堂々と。
彼女も、その歩を進め始めた。
―…
『【決闘祭】2日目!いよいよ最終試合となりました!それでは、選手たちの入場です!』
―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
午前中の2試合と、そして先ほど終わった午後一番の第三試合の興奮が収束してなのか。実況の声が響くと同時に、観客達が『坩堝』の如くその盛り上がりを弾けさせる。
いよいよ2回戦の最後の戦い。本日行われた試合の、そのどれもが見ている彼らにとっては熱狂に足る試合であって。
第三試合と同じく、同校同士の戦い。そして、両者が【王者】に関係する『名』を持っているという、まさに整えられた展開。
イースト校1年、天宮寺 鷹矢
VS
イースト校2年、紫魔 ヒイラギ
これで、彼らが盛り上がるなと言うほうが無理な話だろう。入ってきた2人の選手を歓声が包み、今からの戦いに期待を乗せる。
「あれ?そういえばあの1年生ってジイサンの孫だっけ。やっぱ似てんね。」
「あぁん?どこが似てるってんだ。俺の方が男前だろうが。」
「いやいや、ちょーそっくりじゃん。」
「カッカッカ、あんなクソガキと一緒にすんじゃねーっての。」
「つーかもう一人ってまた紫魔じゃん。ねーねー、紫魔っちはあの子のこと知ってんの?」
「えぇ。もちろんよく知っています。」
無論、スタジアムが一望できる特別展望席にいる王者たちとて、その話題を出すのは当然か。
しかし、だからと言って【黒翼】と【紫魔】、彼らの目は、およそ身内の闘いを見守る目ではない様にも見える。
昨年と同様に、不甲斐ない結果しか残せなかったノース校…いや、紫魔姓の人間に対して、呆れているような目をした恋介。孫という肩書きなど関係なく、この決闘祭において初めから己の教え子達の戦いの過程を、厳しい目で見極めている鷹峰。
その視線は、盛り上がる観客達の期待の視線に混ざっても、戦いに臨む2人の学生を確かに見据えていた。
「さて、では始めますか。」
「うむ。」
そんな中で、スタジアムで向かい合った選手二人の雰囲気は…無駄な会話は挟まない、別に見知った仲では無いのだし、そもそもお互いに興味は無いと、そう言っているかのよう。
―だからこそ、淡々と。全く気負い無く戦えるのか。
既に展開されているデュエルディスクがデュエルモードへと切り替わり、それを確認した実況の声が再度響き渡ると…
『戦いの準備が整いました!それでは張り切ってまいりましょう!【決闘祭】第二回戦、第四試合ぃ!かいしぃぃぃぃいー!』
―デュエル!
そして、始まる。先攻はイースト校1年、天宮寺 鷹矢。
「俺のターン、【ブリキンギョ】を召喚。その効果で【グリーン・ガジェット】を特殊召喚。グリーンの効果で【レッド・ガジェット】を手札に加える。」
【ブリキンギョ】レベル4
ATK/ 800 DEF/2000
【グリーン・ガジェット】レベル4
ATK/1400 DEF/ 600
開始早々、早くも場に2体のモンスターを揃えた鷹矢。
お得意のガジェットモンスターを扱い、後続を切らすことなく戦えるこの歯車達の安定性は観客達もよく知っていることだろう。
手札消費も少なく、展開力と安定性に優れたこのモンスター達の弱点を挙げるのならば、強いて言えば打点が低いことなのだが…場に揃った同レベルのモンスターを見れば、彼が早々にエクシーズ召喚を決めてくることは想像できる。
―天宮寺 鷹矢、【黒翼】の孫。
そんな彼に込める期待を、観客達も抑えきれない。一回戦でも、サウス校の3年生相手に圧巻の勝利を見せた彼なのだからこそ、余計に。
「行くぞ、俺は2体の機械族でオーバーレイ!エクシーズ召喚!ランク4、【ギアギガントX】!」
―!
【ギアギガントX】ランク4
ATK/2300 DEF/1500
そうして鷹矢が召喚したのは、彼にとってのスタートとなる歯車の機械巨人。多種多様なランク4エクシーズモンスターなれど、およそ鷹矢が好んで使うモンスターの一体。
うなる豪腕と重厚な足音を響かせてここに現れるのは、主の策を整えるために。
「【ギアギガントX】の効果発動。オーバーレイユニットを一つ使い、デッキから2体目の【ブリキンギョ】を手札に加える。2枚伏せて、ターンエンドだ。」
鷹矢 LP:4000
手札:5→3枚
場:【ギアギガントX】
伏せ:2枚
「私のターン、ドロー。」
先行で、先ずは準備を整えるかの如く静かな立ち上がりを見せる鷹矢に対して、続く後攻、ヒイラギにターンが回り…彼女はすぐさまカードを引いた。
その佇まいは既に戦闘態勢に入っているのか。参加選手の紫魔の内、彼女だけが2年生…しかし、その風格は他のどの年上の紫魔達よりも余裕を醸し出しているようにも見えていて。
淡々と、決まっている動作のようにして…先ずは始まりとなるモンスターを召喚するべく動き出す。
「私は【E・HERO ブレイズマン】を召喚し、その効果でデッキから【融合】を手札に加えます。そして【融合】発動。場の【E・HERO ブレイズマン】と手札の【E・HERO エッジマン】を融合!」
紫魔における基本戦術。【融合】や素材となるモンスターをサーチし、その激しい手札消費をカバーしつつ、様々な融合体を使い分ける彼ら紫魔家。
先に鷹矢がエクシーズ召喚をしてきたように、ヒイラギも最初から融合召喚で対抗してくるのか。
地属性を統べる『地紫魔』の彼女、折り重なった大地の如く進撃するHEROを、召喚するために。
「融合召喚!現れなさい、レベル6!【E・HERO ガイア】!」
―!
地を割き、深い原石の塊を抉って現れるのは、磨き上げられた鉱石よりもなお硬き英雄の姿。
大地の恵みの恩恵をその腕に集め、機械の巨人を粉砕すべくその磨き上げられた腕槌を振るわんとしたその姿は、まさに地殻そのものが人型に形作られた様にも見える。
【E・HERO ガイア】レベル6
ATK/2200 DEF/2600
「ホホ、ガイアの効果発動ですわ!融合召喚成功時、【ギアギガントX】の攻撃力を半分にして、ガイアの攻撃力に加えます!」
「…む。」
【E・HERO ガイア】レベル6
ATK/2200→3350
【ギアギガントX】ランク4
ATK/2300→1150
そして、大地の巨人がその腕槌を地面に突き刺し、母なる地中からその力を吸い上げて。
融合召喚時にのみ扱えるその真価を、余すことなく発揮するに目の前に敵がいてこそ。歯向かう敵を押しつぶす、その大地の鉄槌で…早々にダメージを稼ぐべく、彼女は宣言するだけだ。
「行きますわ!バトル!【E・HERO ガイア】で【ギアギガントX】を攻撃!」
「ふん、攻撃宣言時に罠発動、【くず鉄のかかし】!ガイアの攻撃を無効にし、そのままこのカードはセットされる!」
しかし、鷹矢とてこうも簡単にLPの半分以上のダメージなど受けるなど無いのか。
主を守るように現れた壊れかけの鉄案山子が、迫り来る腕槌をその身で受け止めて…大きな軋みが響くものの、壊れることなく敵を退けた後に、再びその場にセットされた。
この1ターンに1度しか使えない攻撃の無効化なれど、場に伏せられている限り何ターンでも使いまわせる効果は、相手にとっては邪魔な事この上ない効果となるに違いないはず。
そうだと言うのに、攻撃を止められたヒイラギの表情は全く応えておらず…小さな口に変わらずの笑みを浮かべているだけ。
「残念だったな。ガイアは不発だ。」
「ホホ…いいえ、まだ安心するのは早くてよ。速攻魔法、【マスクチェンジ】発動!ガイアを墓地へ送り、【M・HERO ダイアン】を特殊召喚!」
【M・HERO ダイアン】レベル8
ATK/2800 DEF/3000
そう、ここで立ち止まるような彼女ならば初めから代表として出場すらしていない。
変身、速攻、無情の追撃。
『地紫魔』の家において、妹である紫魔 アカリ、兄である紫魔 幹斗と比べても…彼女の力はおそらくその誰よりも上。
だからこその自信なのか、一度防がれてところで彼女にとっては何の障害にもなりはしないと、そう言わんばかりに。
「…追撃か。」
「えぇ。まだバトルは終了していませんの。続けて【M・HERO ダイアン】で【ギアギガントX】を攻撃!」
―!
「むぅ…」
鷹矢 LP:4000→2350
そうして、大地の仮面を得た英雄の一撃で、始めから鷹矢にそれなりのダメージが発生してしまった。
まだ特に慌てるようなダメージでは無いゆえに、焦りなど沸き起こるはずは無いものの…特に警戒もしていなかった相手に先手を取られたのが、どこか癪に障るのだろうか。
鉄仮面は崩さない、しかしどこか眉を潜め…潜めたような雰囲気だけを醸して。
彼とてただの無知ではない。破壊されていった機械の巨人をただ見て、そしてヒイラギの更なる追撃へと気を入れ直す。
「ダイアンの効果は確か…」
「ホホホ、まだまだ終わりませんわ。ダイアンの効果発動!モンスターを戦闘破壊したため、私はデッキから【E・HERO エアーマン】を特殊召喚!そしてエアーマンの効果で、更にデッキから【E・HERO シャドー・ミスト】を手札に加える!」
【E・HERO エアーマン】レベル4
ATK/1800 DEF/ 300
「行きますわよ!エアーマンでダイレクトアタック!」
休むまもなく、間髪入れず。
持久戦に強い鷹矢相手に付き合ってやる気など、毛頭無いかのようなヒイラギの迫る連撃は、そのどれもが本気で鷹矢を崩しにかかっていて。
この【決闘祭】に置いて、不甲斐ない結果しか残していない他の紫魔家の戦いぶりからは、予想もつかないほどの鋭い攻めを見せるヒイラギ。
―全力で、削りにかかる。
「させん!罠カード、【エクシーズ・リボーン】を発動!墓地の【ギアギガントX】を攻撃表示で蘇生し、このカードをオーバーレイユニットにする!」
「…あら。流石に防いできますか。いいですわ、攻撃は中止、バトルフェイズを終了します。」
そんな、まさに攻撃が届く寸前で…鷹矢が先ほど破壊された機械兵を蘇らせて事なきを得たものの、その言葉はどこか苦々しげにも聞こえるだろう。
別に、鷹矢とてまだ若く…その才能だけがどこか先走る時もあるのだろう。合理的に見えても、まだまだ付け入る隙が多いことも確かであって。
「…ぬぅ、こんなに早く使わされるとはな。」
「ホホ、序盤は様子を見るとでも思っていたのかしら。あなたのデュエルは学園でも有名ですのよ。先攻ターンを最低限で済ませることは織り込み済みですわ。」
速攻に弱い、と言うわけではない。しかし万全の防御を取る、と言うわけでもない。
鷹矢にとって、無傷に拘る必要は無く…自分のLPが残っていて、相手のLPを削りきればいいだけ。
そこを、上手く突かれて。
焦っては居らず、手を抜いているわけでも無いものの、対戦相手であるヒイラギの評価は彼も考え直さなければいけないだろう。相手のスタイルがわからない現状で、早くもライフアドバンテージを広げられた鷹矢の心情は、彼にしか分からないが。
「ではメインフェイズ2で、私は【手札抹殺】を発動します。3枚捨てて3枚ドロー。」
「…HEROで、【手札抹殺】だと?…よく分からん回し方をするのは昔の遊良みたいだな。俺も3枚捨てて3枚ドロー。」
「さらに、今墓地へ送られたシャドー・ミストの効果を発動。デッキから【E・HERO エアーマン】を手札に加え、私はカードを1枚伏せてターンエンドですわ。」
ヒイラギ LP:4000
手札:6→3枚
場:【M・HERO ダイアン】
【E・HERO エアーマン】
伏せ:1枚
「俺のターン、ドロー!とりあえず、遠慮は要らないようだ!【ギアギガントX】の効果発動!オーバーレイユニットを1つ使い、デッキから【ゴールド・ガジェット】を手札に加える!」
それでも、ここからが彼のエンジンの駆け所なのか。
攻撃を許されていない、先攻ゆえのスロースタート。…しかし、ここからは違う。先ほど好き勝手に暴れられたからこそ、そのダメージを返済することなど鷹矢にとっては容易いこと。
受けたダメージを、ただでは返さない。
「【ゴールド・ガジェット】を召喚!ゴールドの召喚時効果に連ねて【カゲトカゲ】を特殊召喚し、ゴールドの効果で【シルバー・ガジェット】を特殊召喚!更にシルバーの効果で【イエロー・ガジェット】も特殊召喚!イエローの効果で2体目の【グリーン・ガジェット】を手札に!」
「なっ!?」
【ゴールド・ガジェット】レベル4
ATK/1700 DEF/ 800
【カゲトカゲ】レベル4
ATK/1100 DEF/1500
【シルバー・ガジェット】レベル4
ATK/1500 DEF/1000
【イエロー・ガジェット】レベル4
ATK/1200 DEF/1200
瞬間で…鷹矢がまさに、一瞬で場を埋めるほどのモンスターを展開し、その素早くも圧巻の光景に会場内が盛り上がりを見せ始める。
全てのモンスターの攻撃力は低く、到底ヒイラギの場のHEROに叶うモンスターは居ないものの…全てのモンスターのレベルは4で統一されていて…
そう、ここからの連続的なエクシーズ召喚で、先ほどのヒイラギの攻めを超える連撃を見せようとしているのだ。
「行くぞ!レベル4の【ゴールド・ガジェット】と【シルバー・ガジェット】でオーバーレイ!エクシーズ召喚!ランク4、【恐牙狼 ダイヤウルフ】!」
【恐牙狼 ダイヤウルフ】ランク4
ATK/2000 DEF/1200
「更に!レベル4の【カゲトカゲ】と【イエロー・ガジェット】でオーバーレイ!エクシーズ召喚!ランク4、【ダイガスタ・エメラル】!」
【ダイガスタ・エメラル】ランク4
ATK/1800 DEF/ 800
そうして召喚されしは、宝石の名を冠する2体のエクシーズモンスター達。
多種多様なランク4戦術、状況に応じて様々な動きを可能にする柔軟性は、ひとつの事に囚われない、まさに自由奔放に飛び回る鷹矢自身を現しているかのような戦い方であって。
先ほど彼が言ったように…遠慮はしない、こちらも全力で叩き潰すのみと、そう言っているかのような雰囲気を出していた。
「【恐牙狼 ダイヤウルフ】の効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い、俺のダイヤウルフとお前の【M・HERO ダイアン】を破壊する!」
―!
金剛の体持つ狼の…その美しき体を持って炸裂させるは、大地の仮面の英雄を道連れにする咆哮。
いくら攻撃力では叶わなくとも、別にバトルだけが戦いではないことを証明するかの様に。
その効果を選択的に扱うことで敵を圧倒していく鷹矢の戦い。それに、激しく展開して手札を消費しても、それを簡単に補うことだって鷹矢には簡単なことなのか。
「続いて【ダイガスタ・エメラル】の効果を発動!オーバーレイユニットを一つ使い、墓地の【ゴールド・ガジェット】、【シルバー・ガジェット】、【グリーン・ガジェット】をデッキに戻して1枚ドロー!」
「…アレだけモンスターを出しておいて、抜け目の無いですこと。」
「まだだ、【貪欲な壷】を発動!【ブリキンギョ】2体、【レッド・ガジェット】・【イエロー・ガジェット】・【恐牙狼 ダイヤウルフ】をデッキに戻し、2枚ドロー!」
手札を補充し、場を覆して。
若さゆえに己に振り回されることがあるとは言え、だからと言ってソレを使いこなせないほど、軟な鍛えられ方もしていない鷹矢。
世間からは【黒翼】の孫として見られていても、その本質は受け継いだ才能だけでは無い。
そう、祖父譲りと思われる才能に加えて…師である祖父から課せられてきた、それに溺れぬ鍛錬をしてきたからこその実力は、決して飾りでは終わらぬ確かなモノとなっているのだ。
面倒くさがりで、食い意地が張って、朝にとことん弱い彼。しかし、ことデュエルでは別の姿を見せるのは、鷹矢をよく知る人間からすれは最早当たり前のこと。
「バトルだ!【ギアギガントX】で【E・HERO エアーマン】を攻撃!」
―!
そうして、うなる機械の豪腕が、旋風の英雄を吹き飛ばす。
先ほど簡単に戦闘破壊されたからか、その攻撃に並々ならぬ威力を纏わせて。英雄は成す術なく軽々と吹き飛ばされていき、そのまま砕け散っていった。
ヒイラギ LP:4000→3500
「続けて【ダイガスタ・エメラル】でダイレクトアタック!」
―!
更に、間を開けずに攻める。
深緑の宝石騎士の放った緑風の一撃は、がら空きになったヒイラギに確かに直撃して。受けたダメージを返すどころか、それ以上のダメージで返すその攻撃に容赦はなく…ヒイラギの評価を考え直した所で、それでも鷹矢には全く負ける気など無いのだろう。
「…くぅ。」
場を一掃され、連続的に繰り出された攻撃に対して、ヒイラギはどこか苦々しそうな声を漏らすものの、ソレに対して鷹矢が何か感じることも無い。
ヒイラギ LP:3500→1700
「うむ、とりあえずこんな所か。ダメージは返したぞ。」
「…やはり、流石に1年程度ではここまでですか…」
「む?何か言ったか?」
「ホホ…こちらの話ですわ。それより、このターンで勝負を着けなくてよろしかったのかしら。」
「問題ない。それに、どうせ追撃出来ていたとしても、貴様はそれを防いできていただろう?」
「…あら…」
一見すれば、展開の仕方を変えていればこのターンで決着となっていたかもしれないだろう鷹矢の連続召喚ではあったが…その言葉は、まるでヒイラギをこのターンで倒すことは出来なかったと聞こえるモノ。
ヒイラギの言葉に、鷹矢はそっけなくも淡々と答えるものの…しかし、鷹矢が戦い方を間違えたわけではない。
だからこそ手札を補充しにかかり、次に備えようとしたのか。
それを聞いたヒイラギも、どこか鷹矢の印象を勘違いしていた素振りを見せて…まぁ、初日の開会式前に、アレだけの『コト』をやらかしていたのだから、それも仕方ない事だろうが。
「遊良に口うるさく言われたからな。油断はせん。」
「…ただのお馬鹿さんとも思いましたが、中々場慣れしてらっしゃるようですわね。いいですわ…戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて罠カード、【ダメージ・コンデンサー】を発動!私がデッキから特殊召喚するのは【V・HERO ヴァイオン】!」
【V・HEROヴァイオン】レベル4
ATK/1000 DEF/1200
そんな中で、ヒイラギの発動した罠によって現れたのは、深紫に投影された英雄の姿。
受けた戦闘ダメージの数値以下の攻撃力を持つモンスターを、デッキから特殊召喚できるこの罠…相手の攻撃力依存な部分はあるものの、それでもヒイラギのデッキに居る下級戦士達ならば、どれでも選択肢になりえる防御札であって。
別にこのヴァイオンとて、ここで召喚しなければいけなかったというモンスターではない。
受けたダメージと、鷹矢のエクシーズ召喚したモンスターによって、その時に出すべくモンスターを選択的に変えられたヒイラギの一つの策に過ぎないが…だからこそ、今この場面でコレを出したことに、意味のあるモンスターといえるモノとも考えられる。
「ヴァイオンの効果発動、特殊召喚に成功したため、デッキから【E-HERO マリシャス・エッジ】を墓地へ送ります。」
「やはり壁を出してきたか。」
「えぇ。…まぁ何でも良かったんですけれど、あなたの攻撃も終わりましたし。」
「うむ。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ。」
鷹矢 LP:2350
手札:4→3枚
場:【ギアギガントX】
【ダイガスタ・エメラル】
伏せ:2枚
「私のターン、ドロー!ヴァイオンの効果を発動し、私は墓地からエアーマンを除外して、デッキから【融合】を手札に!」
融合使いの必須魔法、【融合】を手にする方法に抜かりのないヒイラギ。
先ほど鷹矢が、このヒイラギのターンに備えるといって前のターンを終えたものの…果たしてそれは善手であったのだろうか。
そう、一瞬だって気は抜けない、ヒイラギが先ほど言ったように、場合によっては先ほどのターンで倒しておかなければ手遅れにだってなり得るのが、この【決闘祭】のステージ。
最初からヒイラギは鷹矢を倒しにかかっていた。それは、今だって変わらない。
「そして【ミラクル・フュージョン】発動!墓地の【E・HERO ブレイズマン】と【E・HERO エッジマン】を除外して融合召喚!再び現れなさい!レベル6、【E・HERO ガイア】!」
―!
【E・HERO ガイア】レベル6
ATK/2200 DEF/2600
「またそいつか。」
「えぇ、これが地紫魔の象徴の『一つ』なのですから。ガイアの効果発動!【ギアギガントX】の攻撃力を半分にして、その数値分、ガイアの攻撃力に加える!」
そうして、自身の家…地属性の紫魔を統べる、『地紫魔』を現す象徴の『一つ』を、何度でも召喚して。
積み重なった大地にも似た、重厚なる一撃を信条とする地紫魔の教えに従い、ヒイラギはそれを喰らわせようとしているのか。
しかし、一度喰らった効果を易々と受けてやるほど、向かい合っている鷹矢とて甘くは無いだろう。
「無駄だ!【ギアギガントX】を選択して罠カード、【スキル・プリズナー】発動!ガイアの効果は無効となる!」
「だったら【E・HERO エアーマン】を通常召喚!その効果で、邪魔な【くず鉄のかかし】を破壊しますわ!」
「…ぬ。」
鷹矢が大地の吸収を防いだかと思えば、すぐさまヒイラギもやり返す。
いくら攻撃力を上げてその一撃を重くしても、崩れかけの案山子に防がれるのはヒイラギとて織り込み済み。だからこそエアーマンの2つの効果を状況に応じて使い分け、自身の邪魔を少しずつ消していって…
―そして、何度でも。
扱う属性を限定されているからこその、その戦法に特化した紫魔家の攻撃が、こんな中途半端で終わるはずがない。
「魔法カード、【融合】を発動!場のエアーマンとガイアを融合!三度現れなさい!【E・HERO ガイア】!」
―!
【E・HERO ガイア】レベル6
ATK/2200 DEF/2600
何度でも現れる、大地の英雄。
こと戦闘において、無敵とも呼べる能力を持つガイアの効果で、歯向かう敵に重厚なる一撃を。
防いでも防いでもソレを狙ってくるヒイラギの戦法…それを貫き通してくるヒイラギの、執念にも似た繰り返しは、たとえ誰が対策していても乗り越えんとする気概を発していた。
「ぐぅ…しつこいな。」
「ガイアの効果を発動!【ギアギガントX】にはこのターンの間は意味がありませんので、【ダイガスタ・エメラル】の攻撃力を半分にし、その分をガイアに加えますわ!」
【E・HERO ガイア】レベル6
ATK/2200→3100
【ダイガスタ・エメラル】ランク4
ATK/1800→900
深緑の宝石騎士に狙いを変えて、その大地の腕槌を炸裂させるガイア。
元々エメラルよりも攻撃力は高かったというのに…それ以上に吸収した力は、磨き上げられた宝石を粉々に砕く岩と化していく。
しかし、まだまだ。融合召喚に伴う激しい手札消費をカバーし損ねるほど、ヒイラギは楽観的ではない様子。残った最後の手札からカードを取ると…さらなる追撃を行うために、それを使う。
「魔法発動!【HEROの遺産】!墓地のガイア2体をExデッキに戻し、デッキから3枚ドローします!さて、このままではあなたのLPを削りきれませんので…」
「…む?」
一呼吸おいて、ヒイラギはたった今引いたカードの一枚を見た。
さも当然のように手札に加わったソレ、まるでコレが引けることを分かっていたかのように、下準備も怠らず。
…別に、このドローに賭けたと言うわけではない。
しかし紫魔として、生まれたときから宿命付けられてきた融合召喚を、物心ついたときから扱ってきた彼女なのだから…または、それ以外にも『何か』が彼女の自信となっているのか…もう少しで決着となるべきこの状況で、最後の詰めが出来ないはずがないと、そう言わんばかりに…
―それを、発動する。
「行きますわよ!魔法カード、【ダーク・コーリング】を発動!墓地の【E―HERO マリシャス・エッジ】と【ブロックドラゴン】を除外融合!融合召喚!現れなさい、【E-HERO ダーク・ガイア】!」
―!
そうして現れたのは、地殻を纏いし悪魔の英雄。
禍々しくも、その姿一つで『重厚』を現している佇まいは、まさに『地紫魔』の象徴と言えるほどの雰囲気を醸し出していて…歯向かう者を圧倒する重圧を放つ、まさにもう一つの『大地の英雄』と言える代物。
【E-HERO ダーク・ガイア】レベル8
ATK/ ? DEF/ 0
―『ガイア』と、『ダーク・ガイア』
当たり前のように、その『2つ』の象徴を降臨させた光景に、会場内の数多い紫魔姓の人間も…その双璧の大地の登場に、大いに沸き立っている様子を見せていて。
「ブロックドラゴン…【手札抹殺】か。」
「ホホ…『2体』のガイア、コレこそが地紫魔の象徴たちですわ!ダーク・ガイアの攻撃力は、融合素材の攻撃力の合計となります!よって攻撃力は…」
【E-HERO ダーク・ガイア】レベル8
ATK/ ? →5100
「攻撃力、5100か…」
「ホホホホホ!ここまでの攻撃力は予想していませんでしたか?…【くず鉄のかかし】なき今、あなたにこれを止める手があって?」
そう、先ほどヒイラギに破壊されたことによって、この状況で鷹矢を守る伏せカードは無く…
彼の残っているLP2350だけでは、攻撃力の下がった【ダイガスタ・エメラル】だけでなく、【ギアギガントX】を攻撃されただけでもソレが消し飛んでしまう程。
彼女から止めどなく繰り出される一撃は、まさに『重厚』といえる代物となっていて。
その状況を作り、今にも攻撃を喰らわせんとしているヒイラギの力は…『ここ』に出場しているどの紫魔よりも、その実力の違いを証明しているのが一目瞭然だ。
「では行きますわ!バトル!ダークガイアで…」
先走るように鷹矢に迫る、その重厚なる大地。
威圧と重圧を放ちながら力を増していくその姿に、観客席で見ている者達の誰もが、この一撃で勝敗が決まったと思ってしまった…
―その時であっても。
「防ぐ手はある!墓地の【超電磁タートル】の効果発動!バトルフェイズにこのカードを除外し、このバトルフェイズを終了させる!」
鷹矢の墓地から飛び出して、寸前で進撃を止めたのは…目に見えるほどの磁力を放つ機械亀。
―反発し、相殺する、その有り余る斥力で。
その超電磁力を開放させ、迫りくる大地を弾き飛ばした。
「なっ!?…【超電磁タートル】…そんなカードなんて…あっ、【手札抹殺】を利用して…」
「うむ。」
「…本当に、どこまでも抜け目ない男ですわね…私は【V・HERO ヴァイオン】を守備表示に変更。1枚伏せて、ターンエンドですわ…【E・HERO ガイア】の攻撃力も元に戻ります。」
ヒイラギ LP:1700
手札:3→1枚
場:【V・HERO ヴァイオン】
【E・HERO ガイア】
【E-HERO ダーク・ガイア】
伏せ:1枚
「行くぞ!俺のターン、ドロー!」
誰の期待も、いい意味で裏切って。危機を難なく乗り切った鷹矢の振る舞いは、ヒートアップする観客の興奮に呼応したように昇っていくのか。
意気揚々と、鷹矢が何の迷いも無くカードを引けるのは、先ほどのヒイラギの攻撃を防ぎきったことで確信した勝利への道筋を、彼の目が確かに捉えているからだろう。
大地の『重厚』など、意に介さずに攻めの選択肢を増やすことの出来るランク4エクシーズモンスターを駆使する鷹矢の戦法ならば、おそらくコレで決着となることは必至。
千差万別、多種多様。
悠々自適にカードを引き、トドメの一撃を喰らわせるモンスターを、頭の中で無意識に選別して。
「これは…不味いですわね…」
静かにヒイラギがそう呟くものの、その小さな声は大歓声に飲み込まれていき、決して誰の耳に届くようなものではない。
そう、ヒイラギとて理解しているのだ。
いくら大地の如き『重厚』な盤面を揃えた所で、それを『鷹』のように空から軽々と飛び越えられれば、全く意味を成さないと言うことを。
「俺は…」
今にもソレを宣言しようと手を掲げている鷹矢。
このまま現状を変えられる札がなければ、このまま勝敗が決してしまうことは決定事項…成す術なき者は、何も出来ずにそれを受け入れるしかなかった。
―…そう、何も出来ない者ならば
「ホホ…でも、知っていますのよ…」
「ぐむっ!?」
しかし、突如としてその手を止める鷹矢。
―言葉を詰まらせるように、咳き込むことを拒むように。
鍛えられた肩に起こっているその震えは…自分の身に突然起こった『何か』を、まるで押さえ込もうとしている様子にも見えて。
―何も無しに、鷹矢が手を止めるわけがない。
鷹矢の目の前で、指にはめた指輪の黒い宝石を隠すように…ヒイラギがソレをゆっくりと撫でていた。
「ホホホ、天宮寺 鷹矢…押さえ込んでいる精神力は素晴らしいですが…付いている者を操ることは容易いですわ。」
「ぐ…グぁ…」
鷹矢の足元に、微かに漂う『黒い靄』。
こんな微かな『靄』など、観客達から見えるはずも無く…例え何か見えたとしても、デュエル中のエフェクトとしか感じないだろう薄さのソレ。
ほんの僅か、鷹矢の口から漏れ出る、『黒い靄』。
こんな僅かな『靄』など、向かい合っているヒイラギにしか見えないであろう量のソレ。
―言葉は要らない。要るのは、命じる者の念じと、『黒い靄』だけ。
ヒイラギは、知っている。ソレに関しての、『何か』を知っている彼女にとって…今の鷹矢に憑いているモノが『何』なのかを。
そして、それを操る術も…。
「ぐ…グ…お、俺…ハ…」
「さぁ、そのままターンエンドなさい!」
自我を押し込め、意識を乗っ取る、侵食してくるソレに対して…『自分』を持って行かれるのを拒む苦しみ。
…そもそも持っている『才能』だけならば、おそらくこの広い決闘市においても類を見ないこの天宮寺 鷹矢。
そんな、放っておいても強くなったであろうこの男が…『片割れ』の生きる指標ためと、その『片割れ』に張り合うために、嫌々師事した祖父である【黒翼】に鍛え上げられたのだから、その地力が相当なモノとして出来上がっているのを…当然対峙しているヒイラギが感じないわけがない。
―だからこそ、命ずる。
手の届かない実力を持っていた相手であろうとも…目的遂行を掲げて勝利するために。
「オレハ……」
そうして…鷹矢が振り上げていたその手をゆっくりと降ろし始め…
ヒイラギがそれを見て、隠していた手を再び露にし始めたが…
「…俺ハ!俺は【ゴールド・ガジェット】ヲ召喚!」
―!
【ゴールド・ガジェット】レベル4
ATK/1700 DEF/ 800
「なっ!?」
それを振り払うかのようにしてディスクに叩きつけられた1枚のカードと、そこから召喚されし黄金の歯車が鷹矢の場に現れて。
ヒイラギに誘発され、無理やりに増大された悪意と、ヒイラギの頭の中から発せられる『ターンエンドしろ』という念が、彼の頭の中で痛いほどに反響していると言うのに。
―飲み込んで、堂々と。
この、ヒイラギによって増強・誘発された、自我を保つことなど難しいであろう『悪意の侵食』と、思考を停止させんとする『念の嵐』を喰らっている中であっても。
「【ゴールド・ガジェット】ノ効果デ【グリーン・ガジェット】ヲ特殊召喚!その効果で【レッド・ガジェット】を手札に加えル!」
「な、何で…何で言う事を聞かないんですの!」
驚愕を抑えきれないかのようなヒイラギの、その悲鳴めいた声の塊。
…きっと、彼女だってこんなことは予想していなかったことなのだろう。
彼がアレを自我で押さえていたのはとっくに知っていて、それに対する精神力の評価も確かにあったというのに…
それでも、命じ手の意に反する行動など、彼女の経験には全く無いこと。そう、今までこんなことなど無かったのだから。
―悪意に、飲み込まれない。
どんなに精神力が強い人間であっても、沸きあがる悪意には染まるしか道は無いこの『侵食』。
そうだというのに、完全に悪意を押さえ込む人間など、見たことが無いと言わんばかりの彼女の表情は…今目の前で、彼女の意思に逆らう鷹矢の振る舞いが、まるで信じられないかのように。
「うるさい!誰モ…誰にモ邪魔はさせン!」
あくまで変わらぬ鷹矢の言葉、彼の強い意思の現れ。
そう、誰よりも…誰よりも強く、重い…この【決闘祭】に賭ける鷹矢の思い。
しかし、鷹矢よりも強い実力や精神力を持つであろう元プロの人間だって、完全にコレに逆らうことは出来なかったこという事実があるというのに…普通ならば、一人の人間の意志で、人外の現象である『黒い靄』を押さえ込むことなど出来るはずがないことだ。
―その影に隠れているのは、誰も知らない事実。
鷹矢がコレに逆らえる理由…彼のExデッキの中で、『靄』に反発するように妖しく輝いている1枚のカードがあることを…
鷹矢自身も、気付いていない。
―それでも、叫ぶ。
「俺ト遊良ノ…邪魔をするなぁ!」
―!
「きゃあ!?」
彼の鍛え上げられたその体から発せられる覇気…それを受けて、ヒイラギの指にはめられていた指輪の、その黒い宝石が砕け散った。そう、まるで鷹矢の心の爆発に、巻き込まれたかの様に。
―誰にも、邪魔はさせない。
彼にとっては、コレが何よりも大事なこと。
誰の命令も、誰の指図も受けない、【決闘祭】に臨む鷹矢の思い…そう、遊良との戦いの約束が、他の誰の『思い』よりも軽いはずがない。
「2体のモンスターでオーバーレイ!エクシーズ召喚!現れろ、ランク4!【鳥銃士カステル】!」
―!
【鳥銃士カステル】ランク4
ATK/2000 DEF/1500
彼の叫びに呼応して現れるは、邪魔者を消し去る天空の銃士。
いくら重厚なる大地の力を持った英雄と言えども、その狙撃で急所を打ち抜かれれば…有無を言えずに消し飛ばされるだけ。
鷹矢の思いに立ちふさがる、まさに壁となっている『地紫魔』の象徴の一体を、打ち抜かんとソレを構えて…今、放つ。
「カステルの効果発動!オーバーレイユニットを2つ使い、【E-HERO ダーク・ガイア】をデッキへ戻す!」
「そんなっ!?…まずいですわ、これでは…」
「そんな猿芝居はいらん!【ナイトショット】発動!貴様の伏せカードを、使わせずに破壊!」
焦りを誘発させたいような、そんなヒイラギのうろたえのモノすら見抜いている鷹矢。
鳥銃士の放った一発のすぐ後に、自身もまた暗闇からの一発を命中させて。
相手の死角から放たれるこの弾に狙われてしまっては、ターゲットは逃げることも、隠れることも許されない。
それに無残に貫かれて…ヒイラギの伏せカード、【砂塵のバリア―ダスト・フォース―】が破壊され砕け散っていった。
「くっ、ダスト・フォースが破壊されましたか…」
「まだだ!貴様はまだ策を残しているのだろう?俺はそれを超える!【死者蘇生】発動!蘇れ、【ゴールド・ガジェット】!」
【ゴールド・ガジェット】レベル4
ATK/1700 DEF/ 800
そして、再び蘇る黄金の歯車。
およそ、【鳥銃士カステル】のエクシーズ召喚で勝敗は決していたようにも思えるものの…
最後の手を残しているヒイラギの策すら、鷹矢は見抜いているようであって。
そう、直に戦りあったからこそ感じられたヒイラギの『欺き』を、否応にも鷹矢は理解できていた。
後は、それを越えるだけの攻撃を…鷹矢は繰り出すだけ。
「…もう、ここまでですわね。」
「バトル!【ギアギガントX】で【E・HERO ガイア】へ攻撃!」
―!
ヒイラギ LP:1700→1600
「続けて【ダイガスタ・エメラル】で、守備表示の【V・HERO ヴァイオン】を攻撃!」
―!
場を一掃し、敵を葬送し。
がら空きになったヒイラギを守るものが、これで本当になくなってしまった。
頼みの綱にしていた『靄』も駄目で、彼女にとって今の状況は、もう逃れられない状況になっていて…
ヒイラギの墓地には、先ほど鷹矢が仕込んでいた【超電磁タートル】のような防御札があるにはあるものの…決して慢心せず、最後の最後まで打てる手を使って展開しきった鷹矢を止めることなど出来ないのだから。
「【ゴールド・ガジェット】でダイレクトアタック!」
「墓地の【ネクロ・ガードナー】の効果発動…【ゴールド・ガジェット】の攻撃を無効にします…」
【手札抹殺】で送っていた、ヒイラギの最後の防御を使わせて。そう、カステルの召喚だけで鷹矢が展開を終えていれば、鷹矢とて決してヒイラギには勝てなかっただろう。
無駄にターンを終了させられ、返しのターンでヒイラギの手にある【平行世界融合】を発動されれば…絶対にヒイラギは『地紫魔の象徴』である、大地の英雄で止めを刺しに来ていたはず。
―だからこそ、油断しない。
試合前に、あれだけ遊良に『釘を刺されていた』ことを…自分の『相棒』の言葉を、この鷹矢が蔑ろにするわけがない。
「うむ!やはりそうだろうな!だが、これで終わりだ!【鳥銃士カステル】で、ダイレクトアタック!」
―!
銃士の放った弾丸が、確かに彼女を貫いて。それを避けることなどできないヒイラギは、ただ立ってそれを受け入れるのみ。
最後、どこか心苦しそうにして声を漏らしてから…それは鳴り響いた。
「くっ…」
ヒイラギ LP:1600→0(-400)
―ピー…
『激しいデットヒートがついに決着ぅー!何という事か!準決勝に進んだのはこれまたイースト校の1年生!』
本日、幾度も鳴ったその無機質な機械音は、勝者にのみ送られるファンファーレの如く。
この音に呼応して猛る実況と、観客達の目には【決闘祭】2日目の最後を飾るに相応しく映ったこの試合への興奮が、まるで鳴り止まない音を醸し出している。
堂々たる勝利、祖父に劣らぬ佇まい。そんな、誰もが知っている【黒翼】の偉大さを受け継ぐ一人の男を、ここに称えるように。
『流石は王者、【黒翼】の孫!コレが受け継いだ才能だぁー!勝者!イースト校1年、天宮寺 鷹矢選手ぅー!』
―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
―…