遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep26「決闘祭、熾烈ー歪んだ誇りvs自在なる大蛇」

「ま…負け…た?」

 

 

歓声が鳴り止まぬセントラル・スタジアム。

 

そう、前回の【決闘祭】で4位入賞を果たしたサウス校3年…獅子原 エリの、まさかの2回戦敗退に驚愕の歓声が鳴り止まないのだ。

 

昨年の猛者に勝ったというのが…一年生だという事も、Ex適性の無い天城 遊良だということも相まって、盛大な地響きを奏でていた。

 

 

「あ、ありがとうございました。」

「…あ…ぅ…」

 

 

声にならない呻きを、決して漏らさないようにして。その目から、今にも零れてしまいそうな雫を堪えて。

 

祖母に誓った勝利が、サウス校の選手としてのプライドが…まさかこんな男に打ち破られることなど、考えてもいなかったエリ。

 

 

 

―!

 

 

 

終わりの挨拶も出来ずに、彼女は一目散にその場から駆け出して行き…すぐさま入退場口へと入って、その姿を消していった。

 

負けた悔しさにもあるだろう。しかし、それ以上に彼女をこの場から離れさせたのは、デュエルが始まる前から何かと気にしていた『時間』。

 

 

「おばあちゃん…おばあちゃんっ!」

 

 

そう、彼女の『焦り』の原因は、デュエルが始まる前…控え室で精神統一をしていた獅子原 エリの端末に、突如届いた祖母の『病状悪化』の知らせ。

 

無論彼女とて、すぐにでも控え室を飛び出して病室へと駆けつけたかっただろう。しかし、それだけは、絶対に出来なかった。

 

 

―【決闘祭】を棄権だなんて、【決闘世界】が絶対に許さぬコト。

 

 

そうだとしても、普通ならとてもデュエルどころではなかったエリではあったが…それでもデュエルへと臨めたのは、祖母が自分に当てて書いていたエールの手紙を思い出したことと…その中に一緒に入っていた、祖母の【星態竜】のカードがあったから。

 

 

だから、なんとしてでも彼女は勝つつもりだったのだ。遊良にだけではない、この【決闘祭】で優勝するという意味で。

 

だからこそ、今の天城 遊良とのデュエルだって、勝って…『早く』勝って、一刻も早く祖母の下に向かうために逸っていたというのに。

 

 

―その『焦り』が彼女の落ち度だったことは、言うまでもない。

 

 

当然、負けたことは悔しい…悔しくないはずが無いだろう。ここまで賭けていた優勝の気概が、よもや『あの』天城 遊良に阻まれたことが。

 

こんな泣き崩れそうな表情で、祖母に会えるはずがない。しかし、それでもエリは祖母の元に向かわないわけには行かなかった。

 

そんな心に残る負けたことへの不甲斐なさと、祖母への申し訳なさに押しつぶされながら…彼女は急いでセントラル・スタジアムから出て、祖母のいる病院へと駆けていった。

 

 

―…

 

 

 

『あれだけの深い負の感情…取り付かせるにはもう十分…いい仕事をした。』

「はイ。」

 

 

そんな…誰も、知らぬところで。

 

何かは、進む。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「うーわ。俺っちの母校がもう全滅かよ。つっまんねーの。獅子原のバアサンの孫ってゆーから期待してたのに。こんなもんとかレベルひっくー。」

 

 

セントラル・スタジアム内が一望できる、特別に用意された観覧席の一つで…【白竜】、新堂 琥珀はとてもつまらなさそうにそう言った。

 

その視線の先には、たった今試合が終わったばかりのスタジアム。悔しさが余ったのか、逃げ去るように走り去っていった獅子原 エリのデュエルを、同じサウス校出身という義理で見てやっていた琥珀。

 

およそ自分が【決闘祭】に出ていた時のことでも思い出しているのだろうか。

 

当時から根本的な『モノ』が違っていた彼と比べられた、その当時の学生達が可哀想に思えるものの、それを感じる者など…ここには居ない。

 

居るのは、王者。他人を下して、下して。遥か高みに上り詰めた者たちのみ。

 

 

「つかEx適性無いって言うあの子さー、すげー必死でちょー笑えんね。」

「カッカッカ。トウコの孫くれーに負けてるようじゃあまだまだだからな。」

「おん?天宮寺のジイサン、あれと知り合いなん?」

「…おっと、なんでもねーってんだこのクソガキ。」

「ひどっ!ジイサンひっど!マジでぶっ飛ばすよマジ!」

「ケッ、やってみろってんだ、こんちくしょうめ。」

 

 

およそ、この男から聞いた事の無いような…どこか嬉しそうに、しかしいくら弟子とは言え、他人にはあまり触れられたくないコトなのだろうか。暴言で琥珀を退けようとする鷹峰。

 

それに簡単に乗ってくる琥珀も琥珀なのだが…いくら我が強くて一触即発な王者達といえども、壁を挟んですぐ隣の特別席に『妖怪』、綿貫 景虎が居る手前、本気でやりあうことは無いのだろう。

 

彼らにとって、暇をもてあました末の単なるじゃれあい。鷹峰の暴言にもすぐに興味を無くしたのか、琥珀はさらに言葉を緩めずに、隣に座っていた紫魔 恋介に絡み始めた。

 

 

「ねーねー紫魔っち、この後って誰だっけー…あ、また紫魔の子なんだねん。つーかさー、紫魔家多すぎね?紫魔っちが何か根回しでもしてんの?」

「…いえ、そんなことはありません。出場選手は全て、その学園の理事に一任されています。」

「でもさー、紫魔って全員同じ名字だから誰が誰だかわかんねーつーの。使ってるデッキもみーんな【HERO】とかさ、個性無さすぎぃ、って感じ?」

「…それも紫魔家のしきたりですので。私にどうこうできる問題ではありません。」

「つまんねー!紫魔ってマジつまんねー!」

 

 

遥か昔から、変わらぬ決まりを守る紫魔家。

 

確かにプロにも紫魔姓の選手は多々いるものの、その全てが【HERO】を使うことは最早世界の常識。扱う【HERO】の属性は多種多様なれど…確かに代わり映えしないのは否めないだろうものの…

 

 

―『紫魔本家』、古の決まりが全て。

 

 

本家の長、融合召喚の王者である【紫魔】と言えども…とても、今更変えられる問題ではない。

 

 

「もっとさー、融合っつったって色々あんじゃん?」

「…はぁ、琥珀さん…紫魔家の問題はあなたには関係ないでしょう?あなたの物差しで計るのはやめていただけませんか。」

「あ、そろそろ次始まんね。今日はあと3試合かー。辛いわー、ケツ痛てーわー。」

「…はぁ。本当に人の話を聞かない人ですね。」

 

 

恋介に冷ややかな視線を送られていることを意に介さず、どこまでも自分のペースを崩さない琥珀。

 

この華やかで賑やかな祭典でも、遥か高みに居る王者達にしてみれば、連続的に見せられる学生たちの戦いに、どこか退屈も感じるのだろう。

 

母校であるサウス校の選手が全て負けてしまった琥珀も、残り一人となったノース校の選手の試合を見る恋介も。

 

不甲斐ない後輩や一族を見る彼らの目は、この部屋の雰囲気以上に冷ややかなものだった。

 

 

「カッカッカ、若けー奴らは威勢がいいねぇ。」

 

 

【決闘祭】で戦う選手に向けたのか、それとも他の若い2人の王者に向けたものか…または、その両方か。

 

その呟かれた鷹峰の言葉に、返事は返ってこなかった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「…兄さん、いってらっしゃい。」

「おっしゃ!」

 

 

第一試合が終わって…少し経た頃。

 

次の試合のための、スタジアムの準備が整ったのだろう。盛り上がる会場へと続く通路、輝くスタジアムと正反対に暗い通路で…それでも輝く金髪を揺らしながら、ウエスト校3年、竜胆 大蛇は意気揚々と戦いに望もうとしていた。

 

期待から、昨年よりも強いプレッシャーを乗せてくる観客も、対戦相手である紫魔家の令嬢の気負いすら…この竜胆 大蛇にはまるで応えない。

 

 

―全てをすり抜け、全てを捻じ伏せる、まさに『大蛇』

 

 

昨年の猛者の一人が、早々に2回戦で消えて行った第一試合。その逆転劇で、大いに盛り上がっているセントラル・スタジアムに発生している、この更なる『重圧』すら…この竜胆 大蛇は心地良さそうな様子を見せているのだから。

 

 

「…油断しちゃ駄目よ。いくら紫魔の女でも。」

「わかっとるわ。兄ちゃんに任しとき、かるーく捻って来るさかい。」

「…うん。」

 

 

いつものように、のらりくらり。

 

圧し掛かる重圧も、立ちはだかる壁も、彼はただ…『蛇』のようにすり抜けるだけ。

 

悠々自適に、その歩みを進めるのみ。

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

『第二回戦、第二試合!ただいま選手が入場してまいりました!どちらの選手も同じ、融合使い同士の対決です!』

 

 

司会の実況と同時に沸き起こったその大歓声をその身に受けて。明るくライトアップされたスタジアムへと、2人の選手が入ってきた。

 

 

ウエスト校3年、竜胆 大蛇

VS

ノース校3年、紫魔 サクラ

 

 

飄々と口元に笑いを絶やさぬ大蛇と、その大蛇を忌々しげに睨むサクラの表情は正反対であって…実況が発言した、同じ融合使いと言う触れ込みが、サクラにはどうにも気に入らない様子。

 

名家の誇りか…または、昨年の準優勝者として持ち上げられている目の前の男への不快感からか。

 

苦々しい顔を前面に押し出して、サクラが口を開いた。

 

 

「こんな偽物と同列に扱われるなんて…本当に屈辱だわ。紫魔家でもないくせに、堂々と融合を使わないで欲しいものね。」

「ほ?何言ってんねん。俺かて融合の適性ちゃーんと持ってるんや、融合つこーて何が悪いん?」

「それが気に入らないのよ。『竜胆』の癖に、紫魔家に楯突くなんて…」

「ちょ、お前らかて何なん?知りもせん昔のことを未だにネチネチネチネチ…今の俺らには全く関係ないことやっちゅーのに。」

「…ふん、この犯罪者め…」

「…ソレかて俺らには関係あらへん。ちゅーか俺らかて、お前ら紫魔は気に入らへんのや…いい加減、融合の王者は『竜胆』が貰うで。」

「偽物が…どの口で…」

 

 

お互いに秘める『名』への確かな誇り。

 

遥か昔…それこそ御伽噺として伝わる伝承で、祖先に何があったかなど彼らに知る由は無く…残っているのは、王者の名を一族の物として繁栄を極めた紫魔家と、それ以外の融合使いと言う縮図のみ。

 

それを、他の融合の名家が黙っているわけも無く…この【決闘祭】の場であっても、それが収まることは無いのか。他の融合使いを偽物と言い放つサクラに対して、大蛇とていい気持ちがしないのは確か。

 

 

 

『第一試合はまさかの結果となりましたが、この第二試合ではいかなる戦いが繰り広げられるのでしょう!ノース校の融合召喚が炸裂するのか、前回の準優勝者が意地を見せるか!』

 

 

 

一人は、紫魔本家に近い者として…

 

一人は、紫魔に貶められた『名』と、自らの『名』の復興ため…

 

今、誇りを賭けた戦いが…

 

 

 

『それでは参りましょう!第二回戦、第二試合…かいしぃぃぃぃい!』

 

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

今、始まる。先攻はノース校3年、紫魔 サクラ。

 

 

「私のターン、魔法カード、【E-エマージェンシーコール】を発動!デッキから【E・HERO エアーマン】を手札に加える!そのまま【E・HERO エアーマン】を召喚!」

 

 

【E・HERO エアーマン】レベル4

ATK/1800 DEF/ 300

 

 

サクラの場に現れたのは、大きなファンで空を飛び回る風のHERO。およそ、HERO使いならば必須のモンスターであり、切り込むように場に呼び出されることの多い戦士。

 

 

「召喚成功時、デッキから【E・HERO シャドーミスト】を手札に加えるわ!続いて【融合】を発動し、手札の【E・HERO シャドー・ミスト】と、水属性の【E・HERO バブルマン】を融合!現れなさい!レベル8、【E・HERO アブソルートZERO】!」

 

 

【E・HERO アブソルートZERO】レベル8

ATK/2500 DEF/2000

 

 

続いて、開始早々に融合召喚を決めるサクラ。

 

極寒を操り、全てを凍らせることの出来る絶対零度を持つ英雄の力は…プロで活躍する紫魔も使っているからか、その強力な効果はあまりにも有名なことであって…

 

現れて早々に、大蛇の場を凍てつかせんと、堂々と立ちはだかった。

 

 

「シャドー・ミストが墓地へ送られたことで、デッキから【E・HERO ブレイズマン】を手札に加える。そして魔法発動、【融合回収】!墓地の【融合】と【E・HERO シャドー・ミスト】を手札に戻す!カードを一枚伏せて、ターンエンドよ!」

 

 

サクラ LP:4000

手札:5→3枚

場:【E・HERO アブソルートZERO】

【E・HERO エアーマン】

伏せ:一枚

 

 

大型モンスターを序盤から融合召喚し、激しい手札消費もカバーすることを怠らないのは、流石は紫魔家でも上位の人間なのか。

 

尊大な態度を取ってはいても、油断はしていない様子。伏せカードが一枚だからと言えども、アブソルートZEROの存在は相手にとってもまさしく脅威そのもの。

 

場を離れるだけで、相手モンスターを全て凍結させて砕くその力は、極寒の英雄にこそ相応しい能力と言えるだろう。

 

 

「ほぉー、アブソルートZEROちゅーことは、お嬢さんは水の紫魔さんちゅーわけやな。中々厄介なモンスターやで。」

「ふん、偽物と話すことなどないわ。」

「…なんやかなぁ、まぁええか。俺のターン、ドロー!」

 

 

それでも、極寒の英雄にも全く臆さず。悠々自適とドローをする大蛇とて、流石は前回の準優勝者。

 

…昨年だって、水紫魔の人間とも戦った彼。そう、前年度の【決闘祭】を最後まで戦い抜いた彼にしてみれば、この程度で立ち止まるはずが無い。

 

今まで吹き飛ばしてきた紫魔の人間と同じように、サクラも降すべく動き出すだけ。

 

 

 

「行くでぇ!【サイバー・ドラゴン・コア】を召喚!」

 

 

 

【サイバー・ドラゴン・コア】レベル2

ATK/ 400 DEF/1500

 

 

そんな大蛇の場に、文字通り『何か』の核となりそうなモンスターが現れた。

 

妖しく動くそのうねりは、目の前のHEROたちに比べれは弱々しく感じられるものの…昨年の戦いを覚えている観客達からしてみれば、これから始まる自由自在を今か今かと期待している様。

 

そう、コレはあくまでコア。この中核が今まさに自由に、いかなる装甲を纏って、どんな機竜に変化してくのか、と。

 

 

「コアの効果で、デッキから【サイバネティック・フュージョン・サポート】を手札に加えるで!そして手札から魔法カード、【パワー・ボンド】発動!フィールドの【サイバー・ドラゴン・コア】と手札の【サイバー・ドラゴン】を融合や!」

 

 

そうして大蛇が発動した魔法…

 

それは、通常の融合魔法ではないモノ。

 

強引な溶接力で機械族を繋ぎ合わせるその魔法は、普通にモンスターを混ぜ合わせるよりも、その力をさらに引き出すことが出来るものの…

 

その結果として、最後には発動者にもダメージを与える諸刃の剣。

 

普通ならば、こんな序盤に使うべきモノではなく。逆転への切り札としての立ち位置が強い、一発逆転のカードではあるものの…そんなことは、この竜胆 大蛇には当てはまらない事実であって。

 

そう、いかなる時も、どんな状況でも。彼は何にも囚われずに、したいように振舞うだけ。

 

 

「双頭!猛りあって現れろ!融合召喚!レベル8、【サイバー・ツイン・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

この歓声にも負けない程大きな、その二重の咆哮をかき鳴らして、猛々しく現れるは双頭の機竜。

 

無理やりに上げられた力によって通常の状態よりも荒ぶっているようにも見え、今にも弾けてしまいそうに漏電しているものの、その力は強大で…二つの頭から放たれる光線を、それぞれ異なった敵へと放つことが出来る存在。

 

敵対する英雄達を全て吹き飛ばすべく、ここに吼える。

 

 

【サイバー・ツイン・ドラゴン】レベル8

ATK/2800→5600 DEF/2100

 

 

 

「ふーん、攻撃力5600…下民にしては頑張るじゃない。」

「そりゃどうも!でも余裕ぶっこいとる場合やないで?【サイバー・ツイン・ドラゴン】は2回攻撃出来るんや!ワンショットキルかまさせて貰うでぇ!」

 

 

そう、攻撃力5600の二回攻撃。

 

いくらアブソルートZEROの強力な効果があっても、エアーマンから最初に攻撃を加えられれば、サクラのLPは跡形も無く吹き飛んでしまう代物、一気に試合が決まってしまうほどの攻撃だ。

 

初っ端から繰り出される容赦の無い大蛇の攻撃に、ソレを見に来たといわんばかりの観客たちも大いに興奮を盛り上げ…歓声とは違う悲鳴めいた声を上げたのは、昨年、散々大蛇の機竜に吹き飛ばされたことを覚えているノース校の学生達。

 

まさか、選ばれた紫魔の令嬢でさえも、こんなに早く終わってしまうのではないかという、そんな悲観に満ちた表情をして。

 

 

「バトル!【サイバー・ツイン・ドラゴン】で…」

「無駄よ。伏せカードオープン、速攻魔法【マスク・チェンジ】!【E・HERO アブソルートZERO】を【M・HERO】にする!」

「ぬな!?」

 

 

しかし、そんなものを簡単に許すはずもなく。

 

双頭の機竜が今にも咆哮を放とうとした瞬間、サクラの宣言によって、極寒の英雄が天井高く飛び上がった。サクラが発動した速攻魔法…HERO達の頭部を守るマスクを、別の力を宿したマスクへと変えるソレは、まさに変幻自在の変身召喚の布石か。

 

いくら機竜を強化して一掃しにかかった大蛇でも、極寒のHEROはそれを意にも介さずに変身を試み…そうして、降りてくる。青き仮面を被る、深海のHEROとなって。

 

…その最後に、極寒の絶対零度を…吼える双頭の機竜へと喰らわせながら。

 

 

「マスクチェンジ!現れなさい、レベル6、【M・HERO ヴェイパー】!」

 

 

【M・HERO ヴェイパー】レベル6

ATK/2400 DEF/2000

 

 

水属性の紫魔がよく扱う戦術。相手モンスターの一掃効果を持つアブソルートZEROを同族性のM・HEROへと変身させて、相手の手も表情も凍らせんとするこの戦法。

 

当然、複数の属性を扱う事を許されているサクラも、その戦法は基本的なものであって。

 

 

 

「そしてアブソルートZEROが場を離れたため、【サイバー・ツイン・ドラゴン】を破壊する!壊れなさい、偽者の融合め!」

 

 

―!

 

 

そうして、絶対零度の永久氷壁に閉じ込められた双頭の機竜がその中で盛大に爆発してしまった。

 

元々漏電するくらい無理に力を引き出したせいか、その爆発は通常の破壊エフェクトよりも大きく、また爆発音すらも歓声に負けないほどの轟きを聞かせてくるのか。

 

元々アドバンテージを失いやすい融合召喚だというのに、自身のモンスターをあっけなく破壊されてしまった大蛇の心境は、一体どのような物なのだろうか。

 

『苦々しい顔』でサクラを見ているものの、折角召喚した高攻撃力モンスターをあっけなく破壊され…彼に残るのは、【パワー・ボンド】によるダメージだけ。

 

 

「くぅー…や、やるやんけ。」

「残念ね。無駄にダメージを受けて終わりよ。この偽物の融合使いが…さっさとターンエンドなさい!」

「偽物偽物ってさっきからうっさいわ!魔法発動、【サイバー・リペア・プラント】!デッキから【サイバー・ドラゴン】を手札に加えるで!俺はカードを3枚伏せてターンエンドや!…くそぅ、でも2800のダメージを受けるで…」

 

 

 

大蛇 LP:4000→1200

手札:6→1枚

場:無し

伏せ:3枚

 

 

 

この序盤で…攻撃されてもいないのに、もうLPが半分をきってしまった大蛇。

 

型にはまらないデュエルを魅せるこの竜胆 大蛇といえど、まるで『勝負を急いだかのような』ミスに、観客席でも思わずざわめきの声が挙がるのは仕方ないことだろう。

 

そう、観客達の目にも明らかな…大蛇本人が『本当に悔しそうな顔』をしていたからか、誰もそれを疑うことが出来なかったが…まさか、本当に昨年の2位がこんなあっけなく負けてしまうのだろうか、と。

 

 

「…ふん、無様ね。みっともない。この程度が昨年の2位なの?…3枚伏せるって言ったって、その内の一枚は現状役に立たない速攻魔法じゃない。そんなもので本当に防げると思ってるのかしら。」

「ぐぬぬ…ば、バレとる…」

 

 

伏せカードは多くとも、あくまで冷静にソレを見極めるサクラにはまるで隙が無いようにも見え…昨年の準優勝者らしくないプレイングを魅せられている観客からしたら、盛り下がるなと言うほうが無理な話か。

 

昨年、散々蹴散らされたノース校の生徒達から発せられる、この野次以外の声は変わらないものの、その他の観客たち…特にウエスト校がいる西ブロックのボリュームが落ちてきてしまっている。

 

そう、このままでは第一試合と同じように、昨年の活躍選手がまた負けてしまうではないか、と…まるで信じられないモノを見ているかのような雰囲気を見せていたのだから。

 

それを感じ取ったサクラにしても、まるで『手ごたえの無い』この竜胆 大蛇が、昨年の2位である事実からも、己の実力の高さを自分の中で再確認しているよう。

 

 

「いい気味だわ。昨年のレベルがコレだったら、私の優勝はもう確実じゃないの。行くわよ、私のターン、ドロー!」

 

 

 

そうして嬉々としてカードを引いて、すでに勝利を確信した様子のサクラ。今の彼女の心境は、最早『偽物』と罵っていた大蛇の事は見ていないのか。

 

とは言え、今のこの場を見ればそれも当たり前だろう。場を見れば戦力差は歴然、紫魔家とそれ以外だというのに…同じ融合使いと数えられていることが彼女にとっては何よりもの侮辱なコト。

 

観客のほとんども、デュエルが始まる前までは竜胆 大蛇の活躍見たさに沸いていたようであったし、どこまでも紫魔家のプライドを逆撫でしてくるこの【決闘祭】と言う場に、最早ストレスしか感じていない振る舞いを見せる。

 

 

「全く、どいつもこいつもわかっていないわ。紫魔家以外は全て偽物!見せ付けてあげるわ、融合召喚は紫魔家の物なのだと!行くわよ、【E・HERO ブレイズマン】を召喚!その効果で、デッキから【融合】を手札に加える!」

 

 

【E・HERO ブレイズマン】レベル4

ATK/1200 DEF/1800

 

 

そうして彼女が召喚した、燃える鎧のHERO。召喚時に【融合】を手札に加えられるこの効果は、まさに融合召喚の名家を謳う紫魔にちょうど合っている効果であって。

 

 

―誰も、何も。全く理解していない。

 

 

融合召喚は紫魔家の物、紫魔家こそこの世界で最も優れた一族。なぜそれを他の人間達は理解していないのだろうか、と。

 

本家になまじ近いばかりか、その誇りが『本来』あるべき思想から外れた歪んだモノだとは、彼女は考えもせずに…いや、遥かな時がたった現在では、それを理解している者の方が少ないことを知れずに。

 

 

 

「私を水紫魔かって言っていたわね…見せてあげるわ!この私がどの紫魔よりも優れていることを!」

「な、何をする気や!?」

 

 

たった今手札に加えたばかりの【融合】を手に取り、発動しようとしているサクラ。

 

きっと観客の誰もが…目の前のこの男でさえ驚くであろう事実を…今、見せ付けてやるために。

 

下層の紫魔とは、存在からして違う立場なのだと分からせてやるため…自分が、選ばれた特別な存在だと、愉悦に浸って。

 

 

「【融合】発動!手札の【E・HERO シャドー・ミスト】と場の【E・HERO ブレイズマン】を融合!融合召喚!【E・HERO ノヴァマスター】!」

 

 

―!

 

 

【E・HERO ノヴァマスター】レベル8

ATK/2600 DEF2100

 

 

そして、何の前触れも無くいきなり起こった、その巨大な火柱の中から現れるは炎のHERO。

 

場に、異なる属性の融合HEROが現れるという、学生レベルでは見られないこの光景にノース校の興奮が大いに高まり、また他の観客達もその事実に素直に驚いている様子を見せ始め…

 

 

ざわざわと、揺らめく会場。

 

 

そう…何せ、プロで活躍している紫魔姓の選手ならばまだしも…今年が初出場の紫魔が、まさか複数の属性を操ってくるなんて。

 

去年だって見られなかったその光景は、大蛇にだって驚きなのか。驚愕の声を漏らした。

 

 

「なにぃ!?プロでも無いのに2属性やて!?」

「いい声ね!でもまだよ!シャドー・ミストが墓地へ送られたことで、【E・HERO エッジマン】を手札に加える。さらに【融合】発動!手札の【E・HERO エッジマン】と場の【E・HERO エアーマン】を融合!融合召喚!レベル8、【E・HERO Great TORNADO】!」

 

 

―!

 

 

【E・HERO Great TORNADO】レベル8

ATK/2800 DEF/2200

 

 

続いてスタジアム内に、何故か沸き起こった竜巻。その中から旋風のHEROが、荒々しく吹き荒ぶソレを引き裂くようにして現れた。

 

周囲の歓声と自分のデュエルに酔いしれているかのようなサクラの気分は向上していき、また偽物と罵った大蛇が驚きの声を上げていることも、それを増す要因となっている。

 

 

「ちょお!?三種類扱うなんて聞いたことないで!?」

「もっとよ!もっと喚きなさい、この下民が!さらに【ミラクル・フュージョン】を発動、墓地の【E・HERO ブレイズマン】と【E・HERO エッジマン】を除外して、融合召喚!現れなさい、レベル6、【E・HERO ガイア】!」

 

 

【E・HERO ガイア】レベル6

ATK/2200 DEF/2600

 

 

―!

 

 

そして最後には地属性まで。

 

次ぎ次ぎに、休み無く。いたる物から現れるHERO達が…『普通』ならば同じ場に揃うことがない英雄たちが一堂に。

 

 

その異常な光景に、見ている誰もが信じられない。

 

 

そう、全属性を操ることが許されている【紫魔】以外に、ここまで複数の属性を操る紫魔が居ただろうかと…瞬間的に驚愕的に、沈黙がスタジアムを包んだものの、ソレは一瞬で崩壊して即座に興奮と歓喜の声に包まれ始めた。

 

 

それは、対戦している大蛇とて同じようであって…

 

 

「そ…そんな…アホな…4つの属性扱うやなんて…【紫魔】以外で…んなアホな…」

「どう?これが私の力!他の誰にも真似できない、私だけに許された力よ!」

「お…俺が馬鹿やった…こ、こんな奴に偉そうにしてたやなんて…今までの紫魔と…実力が全然ちゃうやんけ…」

 

 

去年も、そしてそれ以前からも。

 

彼が蹴散らして、吹き飛ばして、勝ち続けてきたほかの紫魔達と比べても、その『実力の違い』は…たった今、肌を合わせて戦っている大蛇だからこそ感じる確かなモノ。

 

そしてその大蛇の言葉に、彼女も大いに満足したのか。恐れをなして自分の立場を思い知らせた偽者の融合使いに、特別な自分がトドメを刺さんと…

 

場に並ぶ4体のHEROたちに、サクラは攻撃を命じ始める。

 

 

 

「今さら分かっても、もう遅いのよ偽物め!行くわよ!バトル!」

 

 

 

ー先ずは、一体目から

 

大蛇のLPは先ほどの自ダメージで大きく減っており、これで終わりになるはず。もし何かしらで耐えたとしても、他にも3体ものモンスターがいる自分が負けるはずがない。

 

その様にサクラは確信しているのだろう。猛る彼女の叫び声は、すでに勝負が決していると言わんばかりの轟きとなりて…

 

 

 

 

 

 

 

 

―そう

 

 

 

 

 

 

 

その結末を、彼女は確信していたからこそ…

 

 

 

 

 

 

 

「…え?なんで!?何で動かないの!?ちょっと!バトルよ!バトルだってば!」

 

 

何故かサクラの命令を聞かず、構えもしない英雄達。

 

大蛇に攻撃を仕掛けようとしないHEROたちは、その場を微動だにしないままであり…

 

また、主人の宣言を聞いていないかのようなHEROたちの佇まいに、サクラも意味がわからず驚愕の表情を見せていて。

 

そして、何が起こっているのかわかっていないサクラを見て…

 

 

ー先ほどの、『うろたえていた顔』が嘘のように。

 

 

サクラの正面に立っていた大蛇は、どこか『つかみどころの無い笑顔』になっていた。

 

 

 

「…なーんてなぁ。」

 

 

 

そう、デュエルディスクの故障などありえなく、何の理由も無くモンスターは命令を無視などしない。

 

また、サクラのHEROが言う事を聞かない理由は、HEROの影に隠れたサクラには見えにくいモノなのだろうが…周囲で見ている他の観客たちからすれば、一目瞭然かつ明々白々。

 

 

 

―まだ、サクラのメインフェイズは終わってはいない。

 

 

 

 

「メインフェイズ終了時に罠カード、【威嚇する咆哮】を発動や!このターン、お嬢さんは攻撃宣言できへんで!」

「なっ…そ、そんな悪あがきを…」

 

 

 

そう、サクラがバトルフェイズに移る前に、大蛇の場では堂々と一枚の罠カードが発動されていたのだ。

 

それは、モンスターではなくプレイヤーに効果が及ぶ罠。フリーチェーンで発動出来る防御札で、一体どころではない…全てのモンスターの攻撃を封じる威嚇の声。

 

大蛇の先ほどまでの『焦り』は、一体なんだったのだろうかと疑いすら抱くだろう。それほどまでに、先程とはまるで別人のような…どこまでも『余裕を醸し出している』大蛇。

 

しかし、自分の力を疑わないサクラは、たった一ターン猶予が出来ただけと…大蛇の余裕をまるで意に介していない様子にも見える。押しているのは自分なのだと言い聞かせるように…それが彼の掌の上だったということに気がつかぬまま…

 

大蛇のその表情の度重なる変化が、一体『何』を意味しているかを理解しようともせずに、そのターンを終えた。

 

 

「くそっ、ターンエンド。運がいい奴ね…」

 

 

 

サクラ LP:4000

手札:4→0

場:【M・HERO ヴェイパー】

【E・HERO ノヴァマスター】

【E・HERO Great TORNADO】

【E・HERO ガイア】

 

 

 

「俺のターン、ドロー。…なぁお嬢さん、あんた、何や偉そうに色々言うとるけど…まだまだやなぁ、デッキに振り回されとる。」

「なっ!?に、偽物の分際でこの私に!偽物にこれ以上何が出来るって言うのよ!実力の違いを認めたんじゃなかったの!?」

「さっきから偽物偽物って、お嬢さん同じことしか言えへんのかい。ちゅーか…確かに実力は段違いやよ?…去年の紫魔の方がもっと強かったさかい。」

「はぁぁぁあ!?今なんて言った!?こ、この私が!ほ、他の紫魔に劣っているとでも言いたいの!?」

 

 

その中で、静かに口を開いた大蛇。

 

突きつけるように放たれたソレは、サクラと直に肌を合わせて感じた彼であったからこその言葉。

 

先ほどまで『うろたえていた』様に見えていた大蛇の言葉など、サクラとて飲み込めるはずも無いのだろう

 

…最初は威勢がよく…続いては焦ってうろたえていて…そして今は、どこまでも落ち着いたような声で。そんな『変化』し続ける彼の本当の声が、いったいどれなのかを彼女に判断することは難しいことは間違いない。

 

しかし、ただ一つ。誰の心にも刷り込まれている確実なコトがある。

 

そう、昨年の準優勝者という肩書きは…決してサクラが言ったような軽いものではない、ということだ。

 

 

少なくとも、根本的な実力自体が違うことを、その雰囲気だけで伝えてくる今の大蛇。それに気がつきもしないサクラなど、最初から彼の相手にすら…ならないのだから。

 

 

「この私には4つも属性が…」

「属性だけ多くても全く扱いきれてへん!これなら一つの属性に秀でた他の紫魔の方が、突き詰めてくる分もっと強かったわ!」

 

 

大蛇の言葉を必死に否定しようとサクラが声を荒げるものの、それを許さぬ大蛇の遮り。

 

 

…自分の扱える属性の多さに、愉悦を感じて。

 

 

調子に乗って、ただ違いを見せ付けるためだけに次々に融合召喚した彼女と比べれば…『水紫魔』や『風紫魔』と言った、その属性しか許されていないからこその、戦術の『突き詰め』が…

 

 

―サクラには、足りていなかった。

 

 

それを、先ほどの攻防で既に見切っている大蛇。確かに並のデュエリストでは、『紫魔の常識』に囚われてサクラの展開に驚愕の顔を見せるのだろうが…

 

それでも、竜胆 大蛇は慄かない。

 

 

「ぐ…ぐぐぅ…わ、分かったような口を聞いて…偽物のくせにぃ…犯罪者の竜胆の癖にぃ…ア、アンタなんかにこの場をひっくり返せるわけないでしょ!」

 

 

それでも、彼女には納得など出来なかった。そう、選ばれた自分の…他の紫魔より上位に立つこの自分の、どこが劣っていると言うのか。紫魔の事など何も知らないこの男の言葉など、全く持って聞き入れてたまるかと、そう思っているのだろう。

 

それに、場の戦力差は歴然。いくらこの男が大型融合モンスターを出そうと画策しているのだとしても、あの手札からではこの戦況を一発でひっくり返せる物などではしない…と。

 

何せ、この男は『竜胆』…

 

遥か昔に、原初の英雄に忠誠を誓って力を与えられた紫魔の下僕であり…

 

世界最悪の犯罪者を輩出した家だと、そう思っていたから。

 

 

 

だからこそ、サクラは知らない…いや、知ろうともしていなかっただろう。この竜胆 大蛇が、一体『何』と呼ばれているのか。

 

 

 

 

―全てをすり抜け、全てを捻じ伏せる…まさに、『大蛇』

 

 

 

 

「出来るんやなぁ、それが!行くで!永続罠、【DNA改造手術】を発動や!場のモンスターを全て機械族にする!」

「なっ!?」

 

 

与えられた力に振り回され、自分の力を過信している紫魔など…最初から相手ではなかったかのように、伏せていた罠を発動させる大蛇。

 

その効果と大蛇の宣言によって、サクラの場に揃っている4属性の英雄達が、勇猛なる戦士から造り物の機械へとその体を変えられていく。

 

 

「だ、だから何だって言うの!種族を変えたからって出来ることなんか…」

 

 

しかし、あれだけ威勢のいいことを言った割には、種族を変えた程度が何になると言うのだろうか…そんなサクラの声がその口から小さく漏れていたものの、大蛇の思惑を考えもしないその思考では、最早その言葉は彼の神経を逆撫ですることすら叶わないのか。

 

サクラのどの喚きにも、大蛇は反応しない。

 

 

―そう、悠々自適に、意気揚々に。

 

 

まるでこうなることが最初から決まっていたかのように、大蛇は動き出すのだから。

 

 

「相手の場にのみモンスターがいる場合、手札から【サイバー・ドラゴン】を特殊召喚!」

 

 

【サイバー・ドラゴン】レベル5

ATK/2100 DEF/1600

 

 

大蛇の場に現れるそれは、彼が扱うどの機竜たちからしても、まさに進化の出発点となる機竜。

 

ゆえに、いつの頃からか、こう呼ばれ始めたモノ。

 

 

―始まりの機竜。

 

 

 

「そ、素材も融合魔法も無いのに…い、いまさらそんなモンスターを…」

「別に魔法使うだけが融合やあらへんで!お互いのフィールド上の機械族を全て墓地へ送ることで、このモンスターはExデッキから特殊召喚できる!俺は全ての機械族を墓地へ!」

 

 

大蛇の宣言によって、融合魔法も無しに上空に現れた神秘の渦へと、場の機械族が吸い込まれていく。それは、普通ならば見ることが叶わぬ光景。

 

なにせ、融合召喚とは基本的に、魔法効果によって執り行われるモノである。しかし今目の前で起こっているソレは…確かな融合召喚に違いなく、また決して抗えぬものであって。

 

 

「そ、そんな!?私のモンスターまで!?」

 

 

自分が召喚した4属性のHERO達まで吸い込まれていく事実が、より一層サクラの心を抉るのか。

 

彼女とて思いもよらなかったのだろう。サクラが絶望交じりの声を出すと同時に…

 

 

「要塞!出でませ!融合召喚!レベル8、【キメラテック・フォートレス・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

神秘の渦が光り輝き、這い出るようにして出てくる要塞の機竜。妖しく蠢くソレは、融合体であるにもかかわらず…媒体だけあればどこからでも現れる奇異なる存在。

 

 

神出鬼没、出没自在。

 

 

目の前の少女を嘲笑うかのように、ソレは現れた。

 

 

【キメラテック・フォートレス・ドラゴン】レベル8

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

 

「どや!形勢逆転!」

「な、何よ!こ、攻撃力0のモンスターの癖に、あんな偉そうに…」

「あかんあかん、攻撃力0を舐めてちゃあかんでぇ!【キメラテック・フォートレス・ドラゴン】の元々の攻撃力は、素材の数×1000となる!よって攻撃力は…」

 

 

【キメラテック・フォートレス・ドラゴン】レベル8

ATK/ 0→5000

 

 

「こ、攻撃力…5000?」

 

 

そう、吸い込んだ機械は、全てこの要塞の機竜を構成する部品となる。

 

まさに、全てが思惑通り。

 

挑発に『乗って』いたのも、『うろたえて』いたのも…全て思い知らせるため。扱う属性が実力だと思い込んでいる、この世間知らずのお嬢様に、現実を突きつけるため。

 

攻撃もせず、直接除去するような魔法や罠を使ってもいないのに…自分のHERO達を逆に利用され、敵のモンスターの力をわざわざ上げたという事実が、ひしひしと彼女に圧し掛かった。

 

 

「う、嘘よ嘘よ嘘よ!あんたみたいな偽物に!4つ許されているこの私が…」

「そう、これで仕舞いや!バトル!【キメラテック・フォートレス・ドラゴン】で、お嬢さんにダイレクトアタック!」

 

 

―!

 

 

「あぁーっ!」

 

 

 

紫魔 サクラ LP:4000→0(-1000)

 

 

 

―ピー…

 

 

 

まさに、一瞬の攻防。サクラがあれだけ揃えた英雄達を、一瞬で消し去って…まるで、すり抜ける様にして、竜胆 大蛇が捻じ伏せただけ。

 

会場内に、無機質な機械音が鳴り響いて。

 

終わってみれば、大蛇が圧倒的な実力差を見せ付けたというデュエル…それは、これを見ていた誰もが感じていて、サクラも呆然とその場に崩れ落ちていた。

 

 

「あ…この私が…な…なんで負けなくちゃいけないのよ…」

「なんでも何も、コレが現実や。まっ、根本の実力からして違ったんやし、こうなるのも当たり前やで。」

「なっ!?だ、だって最初は私が押して…」

 

 

確かに見せ付けるためとは言え、無理やりに多種多様なHEROを融合召喚したのは彼女だが…それでも、納得がいかない様子のサクラ。

 

しかし、そのまま声を荒げようとして立ち上がるも、向かい側に立っている大蛇が、未だ理解できないサクラに対して、まるで哀れんだ目をしていたのが見えたのだろう。

 

すぐに、その意味を感じ取った様子を見せて…

 

 

「あ…わ、わざと…追い込まれたフリを…」

「まぁな、いくら気に入らへん紫魔やーちゅーても、ノース校もお嬢さんで最後やし。少しくらい見せ場無いと可哀想やろ?すぐに終わったら盛り上がらへんやんけ。」

「あ…あぁ…」

 

 

そう、最初から大蛇の思惑通り。一々サクラの挑発に乗ったのも、追い込まれたフリをしたのも、すべて彼の演技。

 

 

…そんなもの、この竜胆 大蛇というデュエリストの本質の『ほんの一端』に過ぎないが。彼が何を考えているのか。彼が何を思っているのか。

 

 

誰も、彼の本当の思惑を見抜ける者など、居はしない。

 

 

 

「ほな、さいなら。」

「あぁーっ!」

 

 

 

最初から掌の上で踊らされていたことを、負けてから知る。

 

与えられた力を誇って。紫魔以外の融合使いは偽物だと教えられてきて。そんな彼女にとって、今のデュエルがどれだけの屈辱か。

 

そんな泣き崩れるサクラのことなど、まるで意にも介さずに…もう興味をなくしたように、大蛇はその場を去っていった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「サ…サクラ…お前…なんてことを…」

「父様…う…グスッ…」

 

 

歪んだ誇りを捻じり折られ、最初から相手にされていなかった。そんな意気消沈しているサクラが何とか引き下がってきたところに、詰め寄ってきたのは彼女の父、ノース校理事長である紫魔 幹春。

 

怒りではない、恐怖に塗れた顔をして。

 

彼にとって最後の希望だった娘が…4つも属性を許されているサクラが…敗北するなんて。その娘を特別視し、一人だけ選抜戦を免除して出場させたことが、まさかこんな結果になるなんて、と。

 

その幹春の後ろには、黒服を来た大柄の男が3人。そう、昨年の失敗から何も学んでいないと思われる幹春に…処罰を下すため。

 

 

「…さて、では幹春様。今後の進退を決めに行きましょうか…当主様は現在、【紫魔】としてここを離れられませんが…他の本家の方々がお待ちです。では、こちらへ…。」

「い、いやだ…いやだいやだいやだぁー!サクラァー!助けてくれぇー!」

 

「あ…と、父様…」

 

 

引きずられていく父を、力なき目で見ているしかないサクラ。その父の断末魔を、何も出来なかった自分は見ているしか出来ないと、無意識に理解して。

 

涙を流しながら立っているだけの彼女の頭の中では、もう何も考えられず。

 

竜胆 大蛇への悔しさと、負けたことからの逃避と…父を助けられなかった後悔がグルグルと駆け回り…まるで今にも倒れてしまいそう。

 

 

…当然、その足元から昇ってきた黒い靄には、反応も出来るはずがなく。

 

 

―瞬時に、飲み込まれる。

 

 

 

「…ホホ。ですから言ったでしょう。『おこぼれ』程度では、決勝に上がれるはずもない、と。」

「おいヒイラギ、いいのかよ。サクラ様にまでこんな…」

「そうだぜ…もしこんな事がバレたら…」

 

 

そして、暗い通路の暗闇から現れた、紫魔 ヒイラギと…一回戦で負けたノース校の紫魔 亜蓮と紫魔 大治郎。

 

後ろに控える彼らがそう言うものの…その彼らとて、されるがままに飲み込まれて、目の光を消された上位の紫魔に恐ろしくなったのか。

 

そんなことなど気にも留めず、何の躊躇も無くサクラを飲み込んだヒイラギは、指につけた黒い宝石を撫でながら言葉を投げるだけだが。

 

 

「あら、今更何を怖気付いているのかしら。亜蓮、大治郎、負けたあなた達はプランBでしょう?さっさと行ってくださらない?」

「ぐ…まだ残っているからって偉そうに…」

「お前も早く負けてこっちに加われよな。」

「ホホホ、そっちは任せましたわよ。」

 

 

誰が、何を。

 

起こっている事は、未だ…深い闇。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「【DNA改造手術】に、【キメラテック・フォートレス・ドラゴン】…だって?」

 

 

入退場口へと繋がる暗い通路で、この戦いの一部始終を見ていた遊良が焦ったような声を出した。

 

そう…この戦いの勝者が、次の自分の当たる相手。トーナメント表からそれを知っていたからこそ、少しでも近くで食い入るようにデュエルを見ていた遊良だったのだが…ウエスト校3年、竜胆 大蛇のデュエルで、去年は出していなかった戦法…その思いもよらぬ危機を感じ取ったために。

 

 

「ま、まずい…俺のモンスターまで融合素材にされたら…」

 

 

それは、経験こそ無いが…確信があるからこその焦り。

 

イースト校の代表選抜戦でも、遊良がExモンスターのコントロールを一時的に奪っただけで堕天使たちの怒りを買ったこと。

 

間接的にExモンスターと関わるだけでコレなのだ。もしこれで、堕天使たちがExモンスターの糧にでもされたら…

 

 

「竜胆 大蛇…ヤバイぞこれ…」

 

 

自分の罪に貫かれ血を吐き、立つこともままならぬほどの痛みが襲ってくる。

 

あの時はルキの声で何とか持ちこたえられたが、規模が桁違いのセントラル・スタジアムでは、その微かな声も届かないだろう。

 

 

―倒れでもしたら、そこで終わり。

 

 

デュエルが続行不可能になってしまえば、その場で棄権とみなされてしまうことは必至。それだけは、絶対に阻止しなければならないことだ。

 

それに、一回戦も二回戦も。まるで本気では無い彼の姿から否応にも感じる、その不気味さ。

 

相手を手玉に取って、思うが侭にデュエルを進めるのは、『相当の実力』を持っていないと出来ない芸当だというのに、その実力がそれほどのものなのか…遊良でさえ全く感じ取れない。

 

 

「つーか鷹矢が当たってたら、あのバカ絶対に負けてたじゃんか…」

 

 

何の因果か、偶然逆ブロックに入った鷹矢は幸運だったのだろうか。

 

機械族を主体にして戦う鷹矢が、もし竜胆 大蛇と当たっていたら…何も出来ずに負けていたのではないかと言う様子が、簡単に目に浮かぶ遊良。

 

しかし、だからと言って遊良が当たって良かったと言うわけでは絶対にない。

 

そもそもの実力…昨年の【決闘祭】準優勝者の肩書きから感じるモノとしては、この竜胆 大蛇に感じた印象が、遊良にとってもありえないモノであって…

 

 

「…何だ…全く底が見えない。あんな相手は初めてだ…」

 

 

心のどこかから沸く、そのえもいわれぬ不快感に耐え…遊良は明日の戦いへと気持ちを繋いでいた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 


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