遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
「おい、天城が来たぜ。」
「本当だ。あいつ、いつまで学園にいる気だよ。」
そう言った陰口が、隠れずに遊良にまで聞こえる。
しかし、誰もそれを隠そうとはしていない。なぜなら彼らにとって、これはもう日常茶飯事とも言えるからだ。
(はぁ……毎日毎日、飽きずによく言うよ。)
とは言え、遊良自身も特に気にした様子を見せはしない。
何故ならこれは、学園の初等部に入学したときから言われ続けているコト。
当初はいちいち突っかかって行ったが、もうそれから10年。高等部に入学してもそれは止まず、むしろ見知らぬ顔が増えるわけだから止むわけもないだろう。
…まぁ、遊良にしたってこれだけ言われ続けているのだから、流石にもう慣れたものだろうが。
ここは【決闘市】に4つある学園の一つ。東地区にあることから【イースト校】と呼ばれている学園の高等部の敷地内。
…しかし、決闘市とはよく言ったもの。
この街に住む人間は、決闘市中に点在する決闘学園の初等部から通い始め、中等部を経て…最終的に4つになる高等部のどれかへと進学する。そして、皆プロデュエリスト、あるいはデュエルに関した職を目指すのだ。
もちろん他の職種もあるが、決闘市だけあってこの街に住む人間の老若男女のほとんどが決闘者。
たとえば、冗談でデッキが住民票と言われてもこの街の住人ならば納得するだろう。
その広い決闘市の中でも、遊良の存在はかなり有名だった。
…もちろん、良い意味ではない。
慣れたとはいえ、毎日毎日同じようなことを聞くにもうんざりした様子で…いっそのこと、『耳が聞こえなければ静かで楽なのに…』と、無意識のうちにそんなことまで考えている様子を、遊良は見せていた。
「おはよ、遊良!今日は早いんだね。」
そんなとき、遊良の背後から透き通る声が聞こえた。他の侮蔑の声とは篭っている気持ちから違う…
親しみが込められた、聞きなれた声が。
「ん、あぁ何だルキか。おはよう。」
「もう、「何だ」じゃないよ。折角起こしに行ったのに居ないんだもん。追いつくのに走ったんだから。朝から汗かいちゃったよ。」
「そうか、それは悪かったな。じゃあお詫びにジュースでも奢ってやるよ。」
「ホント!?じゃあコーラ!あー、この暑い中走った甲斐あったね。」
「あ、でもこの前太ったって言ってたっけ。やっぱ無しで。」
「っておい!なんでだよ!あーもう、コーラ飲ませろー!あーつーいー!」
「うーるーせー。」
遊良に声をかけてきたこの少女は、
彼女は他の誰とも違って遊良を蔑んだりしていない。
何故なら、遊良とは初等部に上がる前からの、幼少期よりの仲。いわゆる幼馴染と言ったところだからだ。
容姿端麗で、活発で明るい。
真っ赤な髪を短く切り揃えていて、誰が見ても美少女と答えるだろう。
そしてデュエルの実力も高く、とある事情から、いい意味での有名人でもあるそんな人物だが…幼少期から長い時間一緒に居ただけあって、遊良が気を許している数少ない相手でもある。
「おい、天城の奴、また高天ヶ原さんと一緒にいるよ。」
「あの雑魚、高天ヶ原さんに近づくのもいい加減にしろよな。身の程を考えろよ。」
「ほら、高天ヶ原さん優しいから、きっとあんな雑魚でも可哀想で気にかけてあげてるんだぜ。」
しかし、遊良とルキの関係など知りもしない外野にはそんなことは関係などなく。
わざと遊良に聞こえるように言い、明らかに怨嗟も混ざっているほどにその声は侮辱を孕んではいたものの…
それでも、遊良からしてはこんな事も最早日常茶飯事なのか。特に気にする様子を遊良は見せはせず。
…それとは対照的に、横にいるルキの顔は次第に怪訝になってきているが。
「…もう、今日こそは我慢できないよ。ちょっと私言ってくる!」
憤慨した顔でそう言って、野次を言った外野の方に向かおうとするルキ。
しかし、それと同時にルキの体の前に、急に静止を促す手が出てきて彼女はその足を止めた。
…そう、ルキの隣で歩いていた遊良が、咄嗟に彼女を制したのだ。
そんな遊良に唐突に止められたルキは、憤慨した顔を戻さず。遊良へと向かって、悲しげな声で問う。
「ねぇ遊良、なんで止めるの?あの人達、毎日毎日飽きもせず、遊良のこと馬鹿にし続けてるんだよ?いくら遊良が気にしなくたって…私は、悔しいよ…。」
「別に良いよ。言いたい奴は言わせとけ。あいつらに注意したところで、今度は他の奴らが言うだけだって。」
「でも…」
遊良の言う通り、こんなこと、今更止めたって違う誰かがまた言い始めるだろう。
もう彼とて、今更止めるのは諦めているのだと、そう彼女へと向かって何度も何度も諭し続けてはいるのだが…
それでも、ルキは納得のいかない顔をしたまま。
しかし、それもそのはず。遊良が雑魚と言われているのが、どうにもルキには納得できないのだ。
それは、幼少期からずっと遊良と一緒にいるルキならばなおさらのこと。
それに、陰口や野次を言う人間の中には、遊良にデュエルを挑んできて、そしてあっさり返り討ちにあってボロ負けしていった人間が大勢いる。
しかし、その誰もが遊良を認めようとはしていなかった。
…周囲が遊良を認めないのは、単に遊良のデュエルの実力が低いとか、そんな話ではない。寧ろ、遊良のデュエルの実力は高い方だと言える。
この学園でも上位の実力を持つルキだが、遊良とのデュエルの勝率はほぼ五分五分。幼少期からのデュエルのトータルで、だ。
それに加えて、遊良本人の学園でのデュエル実習成績も勝率自体はかなり高い。
そうだと言うのに、それでも彼は馬鹿にされ続ける。いや、誰もが遊良に負けたという事実を決して認めないと言ったほうが正しいか。
ー無論ルキも、どうして遊良がここまで蔑まされているのかは知っていて…
「ただ…
―EX適正。
ルキが言ったその言葉は、この世界に生きる決闘者ならば知っていて当たり前のこと、常識である。
この世界では、人間はExデッキから召喚できる特殊な召喚法のうち、融合・シンクロ・エクシーズ、いずれか一つの適正を持っている。
それは家系であったり、育った環境であったりと様々な要因で決まるが、誰でも持っている物であり、そして各々の召喚法のモンスターを、大量生産されている物なら店で買ったり、特殊なモンスターならば一族で引き継いだりしている。
さらに特殊なケースでは、デュエルディスクがデュエルの最中に稀にカードを生み出したりもする。
無論、それはルール違反ではない。デュエルディスクがカードを創造することは、この世界では偶にあることだからだ。近しい出来事では、タイトル戦の終盤でチャレンジャーのディスクが生み出した新たな切り札が、古豪の王者を下したこともある。
そして、自分のEx適性でないExモンスターは、たとえデュエルに使用したとしてもディスクが反応してくれない。
それはこの世界の人間ならば誰もが知っていること。そして、遊良がことごとく馬鹿にされている理由もそこにある。
―天城 遊良
―皆に蔑まれ続ける彼には、このEx適正がなかった。
遅くても就学前にはほぼ全ての人間に現れるはずのEx適正が、なぜか遊良にだけ現れなかった。
いや、随分過去にもこう言った前例は、実はあったらしいのだが過去にEx適正がないと判定されたその人物達も、遊良の年頃にはEx適正が現れていたらしい。
つまり、未だにEx適正を持たない遊良のケースは前例がない特殊な事例といえる。そういう歴史も相まって、この年までEx適正が現れない遊良のことを、皆口をそろえてこう言った。
―『出来損ない』、と。
遊良が勝てるのは、ただの「メタ張り」と「まぐれ」。Ex適正の無い出来損ないに「俺(私)」が負けるはずが無い。だから自分は負けてない。
―皆、そう思うのだ。
「ルキ、いいから行こうぜ。」
「でも…」
こんなこと、子供の頃から変わらないのだから反論するだけ無駄。そうした諦めめいたモノが遊良の中にはあるものの…しかし、どうしても納得いかないとルキの顔が俯いて。
「あ、おい…」
そんなルキを見て、なんだか面倒なことになると感じた遊良が、無理矢理にでもこの場を離れるべくルキの手を引こうとしたが…
しかし、それは時既に遅しと言ったところで…
「おい落ち零れ!いつまでルキさんに付きまとう気だ!」
ー不意に、遊良とルキの間に誰かの声が割って入った。
「彼女が迷惑がっているだろう!自分の身をわきまえろこの落ち零れが!」
そこには、遊良を睨むようにして立っている一人の男子生徒の姿。
少なくとも、遊良の記憶には無い人物。おそらく高等部になってから一緒になった学生で、ルキのファンの一人と言ったところだろうか。
鋭い目をして遊良を睨み、今にも胸倉に掴みかかりそうなほどに危なげな雰囲気を放って。
「大丈夫ですか、ルキさん!」
「…え?な、なに?私迷惑なんかじゃ…」
「安心してください!今、僕がこいつを追い払います!」
そんな男子生徒は、ルキが俯いたのを見て遊良がしつこく付きまとっていると勘違いしたのだろう。
場の状況など考えもせず、またルキの雰囲気も察しもせず。己の見当違いな正義感に則って、思考を停止し遊良に突っかかる。
「落ち零れの癖に…ルキさんに近づくなんてどれだけ図々しいんだ!おい、僕とデュエルしろ!そして負けて二度と彼女に近づくな!いいな!これは命令だ!」
「…はぁ、またこんなのかよ…大体、俺とルキのことにお前は関係ないだ…」
「お前に発言権なんて無い!落ち零れらしく、大人しく僕に従え!」
「…面倒くさ。……まぁ、別にデュエルするのはいいけどさ。」
「ちょ、ちょっと遊良…」
「だから何言ったって無駄だって言っただろ。…こう言う事なんだからさ…」
遊良の嫌な予感が、見事に当たった。
しかも、瞬間的に。
しかし、高等部に入学する前から、こういう事は多々あって、その度に手を焼いてはいたが、その時は今ほど横暴な言い分ではなかったと思う遊良。
―全く持って面倒だ。
この学園にルキのファンは多いが、時折こういった輩がルキに良いところを見せようと沸き始める。こんなこと、もはや風物詩とも言えるだろうと、そう言わんばかりにの顔して。
そう、そこに、ルキに絶賛付きまとい中と思われている遊良は格好の相手といった所なのか。
「許可もなく勝手に口を開くな!さっさと構えろ!」
「…はぁ、わかったわかった。」
こうなってしまったら、自分が何を言っても聞く耳は持たない…そう解釈して、遊良は自分のデュエルディスクを出して展開する。
この街の人間ならば必ず持っているオーソドックスなタイプのデュエルディスク。通信機能やネット端末など、日常生活でも必須アイテムでコンパクトに収まってはいるが、もちろんカードも収納されている万能端末。
腕に添えると自動的にアームロックが腕に巻き付き、デッキが中から現れ…
デュエルを行うプレート部分が機器のサイドから自動的に展開し、ライフポイントが表示される。
ーこれでデュエルの準備が整った。
「行くぞ!ルキさんに付きまとう奴は、この僕か速攻で叩きのめしてやる!」
「はいはい、とっととやろうか。…ルキ、ちょっと離れてろ。」
「え、う…うん。」
遊良とて、こういう輩とデュエルすること自体も慣れたものだが、正直こんな奴と戦ったってテンションは上がらない事だろう。
まぁデュエル自体は好きだから戦うことは別にいい様子ではあるが。でなければ、馬鹿にされ続けているというのに、今の今までデュエルを続けていないのだから。
しかし倒した所で、どうせ皆同じ捨て台詞を吐いてまた同じ様なことをするのだ。
…まったくもって面倒くさいと言うその雰囲気を崩さぬまま、いきり立つ男子生徒と、イマイチやる気が出ない遊良、そしてルキが少し離れたところに下がった所で…
「何々?誰かデュエルしてるの?」
「うん、それがね…あの「天城」なんだってさー。」
「えー、本当?」
唐突な朝の、それも登校時間真っ只中に始まったデュエルだったが、登校途中の生徒も足を止めて観戦を始め、周りにはすぐに人だかりが出来始める。
―ここは、決闘市
デュエルは何においても優先される。
と言っても、道路上の一般車両まで退避しなければいけないレベルではないが。
…それでも、デュエルの優先度は何においても譲れない。それは、周囲から蔑まれている遊良のような決闘者のデュエルでも。
それぞれが向かい合って、戦いの始まりの宣言を交わしたところで…
…それは、始まる
ーデュエル!
「僕の先攻だ!【切り込み隊長】を召喚!そして効果発動!手札からレベル4以下のモンスターを特殊召喚する!来い、チューナーモンスター【ヴァイロン・キューブ】!」
【切り込み隊長】レベル3
ATK/1200 DEF/400
【ヴァイロン・キューブ】レベル3
ATK/800 DEF/800
召喚からさらに展開することが出来る【切り込み隊長】は優秀なモンスターだ。展開札のほかにも【切り込みロック】といった戦法も有名で、場にはレベル3のモンスターが2体揃うも、ここで召喚したのがチューナーモンスターということは、男子生徒のEx適正はシンクロであり当然だがチューナーを見せてターン終了とは行かないだろう。
「行くぞ!僕はレベル3の【切り込み隊長】にレベル3の【ヴァイロン・キューブ】をチューニング!シンクロ召喚!現れろ、レベル6!【
【
ATK/2500 DEF/1600
男子生徒の場に、甲虫のような鎧を纏ったモンスターが現れた。モンスターとチューナーモンスターのレベルを足して現れるシンクロモンスター。
この大型モンスターの登場に観客からも声が挙がった。こういった大型のモンスターの登場は、デュエルの醍醐味ともいえる。
「さらに、【ヴァイロン・キューブ】の効果発動!光属性モンスターのシンクロ素材になったことで、デッキから装備魔法を手札に加える!【団結の力】を手札に加え、【
男子生徒 LP4000
手札5→2枚
場:【
伏せ:1枚
ターンが遊良に移る。いきなりの攻撃力3300のモンスターの登場に、観客も盛り上がり、男子生徒もご満悦のようだ。
遊良はこの男子生徒と対戦した事は無かったが、しかし実際に今のターンを目の当たりにした遊良の感想は正直に言って、たったこれだけのことしか行っていないのに尊大な態度を立っているところを見るに…
(大した腕じゃなさそうだ。早く終わらせるか。)
「俺のターン、ドロー。」
(…なんて、流石にそう上手くは行かないけども。)
遊良は1枚増えた自分の手札を見るが、その内容から、すぐに決着をつけようとしても厳しいことを瞬時に理解して。
手札事故ではないが、この手札ではまだ相手のモンスターを倒すことは出来ない。精々壁モンスターを出して凌ぐのが筋だろう。
しかし、そんな事すら遊良にとってはいつものことであった。
なにせ、遊良以外のデュエリストは皆、呼吸をするようにExモンスターを召喚してくるのだ。初っ端から大型モンスターを展開されることなんて珍しくもないし、ピンチでもない。
ーそれに、壁モンスターで凌ぐことなんて、遊良はしない。
「…まだ良い方かな。よし、まずは魔法発動【トレード・イン】。手札のレベル8【神獣王バルバロス】を捨てて2枚ドロー。そして魔法カード【闇の誘惑】を発動。2枚ドローし、闇属性の【堕天使アスモディウス】をゲームから除外する。俺は場に2枚のカードを伏せて、魔法カード【手札抹殺】を発動。手札を全て捨てて同じ枚数ドロー。俺は3枚だ。」
「チッ、僕は2枚だ。ドロー。おい、手札交換ばかりしていないで、事故ったなら、さっさとターンエンドしろ!」
確かに、初手から大型モンスターを召喚した男子生徒の展開の後にコレでは、盛り上がりにかけるのも事実。しかし、遊良にとってこのデッキの流れはいつものこと。
Ex適正が無い自分は周囲の人間と比べて武器が一つ足りない。ならばそれを補ってもあり余る何かを。自分の武器を、無理やりにでも自分のデッキを回して、メインデッキから引っ張ってくるしかないのだ。
「慌てるなよ。捨てられた【シャドール・ビースト】の効果を発動して1枚ドロー。…よし、そろそろ良いか。」
手札の数は劇的に増えていないが、この序盤から遊良は初期手札5枚を含めて1ターンでデッキの3分の1以上を引いたことになる。
しかし、相手の男子学生はこの事実に気付いても居なければ、それに対して危機感も感じていないことに遊良は半ば呆れるが…
ならば、それがこの生徒の実力という事。
ー想像以上に大したことがない。そんな感想が浮かび上がるとともに…これで準備が整った。後は、蹴散らすだけ。
「じゃあ行くぞ。相手フィールドのみにモンスターがいる場合、手札から【カイザー・シースネーク】を特殊召喚!そして効果発動、墓地からもう一体の【カイザー・シースネーク】をレベル4、攻守を0にして特殊召喚する!そして1体目の【カイザー・シースネーク】のレベルも4となり、元々の攻撃力は0となる。」
【カイザー・シースネーク】レベル8→4
ATK/2500→0 DEF/1000
【カイザー・シースネーク】レベル8→4
ATK/0 DEF/0
「ふん、レベル4のモンスターを2体並べたところでExデッキから出すモンスターが居ないだろ!」
「まだだ、魔法カード【死者転生】を発動。手札の【グローアップ・バルブ】を捨てて墓地の【神獣王バルバロス】を手札に戻す。そして今捨てた【グローアップ・バルブ】の効果発動。デッキトップを1枚墓地へ送って自身を特殊召喚!」
【グローアップ・バルブ】レベル1・チューナー
ATK/100 DEF/100
目まぐるしく、間髪いれず。遊良の場に並ぶ三体のモンスター達。
しかし、どれも男子生徒の場の【甲化鎧骨格】に勝てるモンスターではなく…さらに、男子生徒は遊良が出したモンスターをみて、なにやら心外といった顔をしていて。
「おい、【グローアップ・バルブ】はチューナーモンスターだろ!Ex適正のないお前がなぜチューナーを使う!それにさっきの【シャドール・ビースト】は融合メインのカードじゃないか!」
「…良いじゃんか別に。俺がどんなカード使おうが。」
「ふん、EXデッキが使えないけど、せめてチューナーだけでも使いたかったのか?まったく惨めな奴だ。」
「むっ…」
そんな中、流石の遊良でも今の男子生徒の言葉には少々頭にきたのか。
初対面なのに尊大な態度を取られたからか…はたまた大した実力も持たない癖に、自分のデュエルにそんなに自信があるのだろう。
いつもは聞き流す言葉にも、反論を言いたくもなるかの如く…口を開き、淡々と事実を伝えるのみ。
「何とでも言え。どうせお前はこのターンで終わりなんだ。」
「なっ、お前のその雑魚モンスターで僕の【甲化鎧骨格】に勝てるわけないだろ!」
「誰が今から戦闘するって言った?まだこれからだ。リバースカードオープン!さっき伏せておいた永続魔法、【冥界の宝札】を2枚発動!」
ー!
伏せてあった同じカードを2枚発動した遊良。
それは、【手札抹殺】で捨てないように、予め場に残しておいた物。
そして、今発動した【冥界の宝札】はこのデッキの、いわばメインエンジン。展開には手札消費が激しいが、このカードがあれば話は別となる。冥界に送られたモンスターの分、プレイヤーに恩恵を与える強力なカードであって。
「俺は場の3体のモンスターをリリース!レベル8【神獣王バルバロス】をアドバンス召喚!」
高らかにモンスターの名を宣言する遊良。
それと共に聞こえる雄叫び…
そう、獣の咆哮、震える大気ともに、そのモンスターは現れるのだ。
【神獣王バルバロス】レベル8
ATK/3000 DEF/1200
それは、攻撃力3000の大型モンスター。遊良が好んで使うモンスターの一体。
…Exデッキが使えないのならば、それに負けないようなモンスターで対抗すれば良い。
現在、Exモンスター以外の大型モンスターは軽視される傾向にあるが、決してそのポテンシャルはExモンスターには負けていないと遊良は確信しているからこそ、遊良は今までデュエルを続けているのだ。
そして、デュエル序盤で互いに大型モンスターを並べたことも相まって歓声が上がったが、相手の男子生徒は嘲笑う形で遊良に言った。
「ハッ、何がアドバンス召喚だ!そんな時代遅れの召喚でいい気になるな落ち零れが!たかが攻撃力3000!僕の場は3300だ!」
「だから戦闘じゃないって言っただろ。ったく、わざわざ3体もリリースしたのに何見てるんだよ。俺は【冥界の宝札】2枚の効果でデッキから4枚ドロー。そして【神獣王バルバロス】の効果発動、【神獣王バルバロス】を3体のリリースでアドバンス召喚した場合、相手の場のカード全てを破壊する。」
「……へ?」
「やれ、バルバロス。」
淡々と遊良が効果を言い、それと同時に獣の王が巨大な槍を振り回し、盛大に地面に突き刺した。
…その巨大な衝撃波が、男子生徒のフィールドを襲って。
―!
「うわぁー!ばかなー!」
大きな轟音とともに、男子生徒の場のモンスターと装備魔法、そして伏せカードまでもが全て破壊された。
そう、この男子生徒が馬鹿にしていたとは言え、アドバンス召喚の中でも3体のリリースという大きな代償に伴う、強力な効果。
…これで、男子生徒を守るものは何もなくなった。
「へぇー。伏せカードはミラーフォースか。なんだよ、攻撃された時のことも一応考えてたんだな。」
「…くそっ、け、けど、そのモンスターの攻撃でも僕のライフは残る!次のターンで…」
「だからそんなもん無いって。手札から魔法発動、【死者蘇生】。墓地から【堕天使スペルビア】を特殊召喚する。」
「……へ?」
ー!
【堕天使スペルビア】レベル8
ATK/2900 DEF/2400
「【堕天使スペルビア】?そんなカードいつ墓地に…」
「【手札抹殺】の時だ。まっ、スペルビアの効果対象はいないけど。…待たせたな、これで終わりだ。バトル!【神獣王バルバロス】と【堕天使スペルビア】でダイレクトアタック!」
「ちょ、う、うわー!」
―!
男子生徒 LP4000→0(-1900)
黒き天使と、獣の王の一撃が男子生徒に襲いかかる。
自らの命と言うべきLPも、この2体の攻撃に耐えられるはずが無く…無情にも、一瞬でデュエルディスクのライフカウンターが0となって。
―ピー…
そして無機質な機械音が遊良の勝利を告げ、終わってみれば後攻のワンショットキルが炸裂した。
終了と同時に早々にソリッドヴィジョンは消え始め、自分のデュエルディスクを閉まう遊良。
しかし、向こう側に立っていた男子生徒は、負けたと言うのに俯きながらブツブツ呟いていて…徐に、遊良に近づいてくるではないか。
「く、くっそ…あんなところで【手札抹殺】さえなければ…いや、そもそも手札を使い切っていたのに、なぜ都合よく【死者蘇生】が手札にあった…そ、そうか!お前、イカサマしたな!どこかに隠し持っていたんだ!」
「…はぁ?…さっき【冥界の宝札】使っただろ。それにお前なぁ、俺がデッキから何枚引いたと思って…」
事実無根、負け犬の遠吠え。
それ程までに、男子生徒の言い分はメチャクチャだ。
実際に、最後の【死者蘇生】も、強力なドローソースで遊良のデッキのエンジンでもある【冥界の宝札】を使って、それで最後に引けたものだというのに。
そうやって、無理やりにでもデッキの中から引き出せたのであって、決して袖の中や、ましてやリストバンドなんかに隠し持っていたわけではない。…まぁ、遊良はリストバンドを着けていないが。
それに、そもそもデュエルディスクにそんな細工など出来ないし、デッキから引いたカード以外がディスクは反応しないことは、誰だって知っているはずだ。
また、遊良がこのデュエルでデッキから引き出したカードは、初期手札を含め19枚、デッキのほぼ半数。
それだけ引けばあの場に応じたカードは手札に来るだろう。
自分に足りないものを補うためにデッキをフル回転させ、そして無理やりにでもキーカードを引き込む戦術を行っただけだというのに…
どうやら、それをこの男子生徒は理解していないらしい。
「おいおい、イカサマかよ。」
「そうよね…だってあの子って、あの「天城」だし…」
しかし、観客の中にはそんな荒唐無稽な言い分にも賛同する声も出てき始めていて。そんなことできるはずが無いのに、疑いの眼差しが遊良に向かい始める。
…そう、これもまたいつもの事。
誰もが負けても負けを認めず、遊良のデュエルを否定する。目の前で起こったプレーを忘れ、意味不明で荒唐無稽な罵詈雑言を浴び始めるのだ。
…これだから面倒臭いのだ。ここまで直情的に向かってくるタイプも珍しいとは言え、周囲の学生達までこんなことを信じ始めてしまえば、後からさらに面倒なことになる。
だからこそ、この場から一刻も早く逃げるのが正解か…と、遊良が感じた…
-そんな時だった。
「一体何の騒ぎだ?この人だかりは。」
不意にギャラリーの後ろから、よく通る男性の声が響き、人だかりが真っ二つに割れて。
そこには遊良達と同じ制服に身を包みながらも、周りの生徒とは体付きが一回り大きい少年が立っているではないか。
周囲にいる生徒達もその男の登場に対しにわかに騒ぎ始め…
それは、この学園で彼を知らない人間は居ない事を示唆していて。
―
学園随一の実力者として有名な彼は、高等部に入学したばかりだと言うのに、一重に天才として称される。
そして何より、エクシーズ召喚の中でも名門中の名門、『天宮寺一族』の一人。
「あ、て、天宮寺くん!この落ち零れが僕とのデュエルで不正を…」
「不正だと?」
人の輪の中心まで堂々と歩き、遊良と男子生徒の前で止まった鷹矢。
近くに立つと中々の威圧感を醸し出している彼に対し、男子生徒はゴクリと唾を飲み込んで。
…そう、それほどの雰囲気を持ったこの少年は、この学園では皆が認める実力者、有名人なのだ。
だからこそ、きっと鷹矢なら自分の味方をして、そしてこの生意気な落ち零れを成敗してくれるだろうと、男子生徒はそう思っていた…
そして、一瞬の沈黙の後に、鷹矢は遊良へと向かって口を開く。
「遊良、何故不正なんてしてしまった。お前はそんなことをする奴では無いと思っていたのに。まったく、俺はとても残念でならな…」
「馬鹿なこと言ってんじゃねーよこの低血圧野郎。んなわけ無いだろ。普通にデュエルしただけだっての。」
「うむ。まぁ、そうだろうな。」
しかし、いざ口を開けば鷹矢のその口調は、まるで友人に何気なく聞くが如く、冗談交じりな親しみさえ感じるものではないか。
それに遊良本人も、鷹矢相手に全く臆せずに話していて…
そのあまりの親しげな様子に、男子生徒は見るからに困惑し始める。
「え、えっと…あの…」
「あぁ、遊良は俺の知り合いだ。嘘をつく奴ではないことは俺が保証しよう。それに、ここはひとまず俺の顔を立てて解散してくれないか?もうすぐ始業だからな。」
「え、あ、て、天宮寺くんがそういうなら…」
「うむ。」
その鷹矢の一言で、男子生徒はすごすごと場を離れて。
また、鷹矢が開散と言ったことで、デュエルを見ていた生徒たちも遊良への興味を失ったのか。
誰もが終了したデュエルの事を振り返ることもせず、散り散りになって歩いてゆく。
そうして…
しばらくの後、人がまばらになって周囲に人が居なくなってきたのを見計らって、遊良が言った。
「…何が『俺の顔を立てて解散してくれないか』だよ。どうせお前、今来たばかりで状況もわかってないだろ。この寝ぼすけ。」
「む…折角助けてやったというのに何だその言い草は。大体お前が、俺を起こさず先に家を出るからだろう。」
「『高校生になったら朝くらい自分で起きられる』って言ったのはお前だ。…ったく、でも鷹矢、お前よく起きれたな。あの様子だと絶対遅刻コースだと思ったのに。」
「うむ。それなら…」
「はいはい、私が起こして来ましたよ。家に迎えに行ったらもう遊良は居ないし、鷹矢は爆睡してるし。」
「…カバンのダイレクトアタックを喰らった。…あれは流石に驚いたぞ。」
「それくらいしないと鷹矢は起きないでしょ、もう!それで二度寝したら流石に捨てて行ったけど。」
…まるで壁などなく、彼らにとっては普段と何ら変わりないその会話、
そう、後から合流した鷹矢も、いわばルキと同じで遊良とは幼馴染の関係。
ーしかも遊良と鷹矢の関係は、彼らの親同士の仲もあって、まさに生まれる前からの付き合いといってもいいだろう。
今は事情があって高等部から学園の近くで二人で暮らしているが、それ以前から今まで、まるで兄弟同然に育ってきた二人だ。今さら遠慮など無い。
学園の授業以外では、ほとんどをこの3人で行動していて…それは幼少期から変わらない、遊良にとって、デュエル以外に唯一心を許せる時間と言える。
「しかし何でこんな所でデュエルをしていたんだ?朝食を食べていたらルキから早く来いと連絡が来たのでここまで急いだのだが…何だか変なことになっていて驚いたぞ。」
「わかんないよ。いきなりあの人が遊良に食って掛かって来て。」
「あー、まぁ俺をかっこよく倒したかったんだろうな。」
「は?何?かっこよくって。意味わかんない。大体遊良の悪口ばっかり言って。私ああいう人とは絶対仲良くなれない!その癖にあっさり負けてるし、ホント何なの?」
「…ハハ。アイツもし俺に勝ってても意味無かったな。」
ばっさりと切り捨てるルキに、先ほど戦った男子生徒が若干かわいそうにも思えたが…
それでも、向こうから一方的にかかってきたのだ、遊良とて同情の余地はない。
「…なぁお前達、俺にもわかる様に説明してくれ。あと何か食うものをくれないか?朝食の途中だったんだ。」
「お前なぁ…水でも飲んでろ!ほら、そろそろチャイムなるし急ごうぜ。」
「あ、おいこら!」
「ちょっとー!置いてかないでよ!」
何気ない、いつもの会話。
昔と変わらず、自分を認めてくれる幼馴染達と居る時が一番楽だ。そう遊良は感じ、しかしそれを口には出さない。
駆け出した遊良と、それを追う鷹矢とルキ。
…これは、何気ない日常の始まり。
しかし、これから起こる壮絶な戦いの、始まり。
神に見放された少年が歩む…
ー反逆の物語。
…