遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
「行くよ!【ナチュル・ガオドレイク】で、【M・HERO ダイアン】に攻撃!」
「ぐっ……っくそがぁ!」
―ピー…
無機質な機械音がデュエルスタジアムの一つで鳴り響き、授業中の1、2年生を除いた、全3年生の見守る中で一つのデュエルが終了した。それに伴い、デュエルスタジアムの観客席にいる3年生からは大きな歓声と黄色い声援が飛びまわり、一部の席で固まった少数からは狼狽した溜息が漏れる。
「い、いずみぃ!お前ぇ!地紫魔の俺に勝つなんてどういうつもりだぁ!?」
悔しさと、恥ずかしさの混ざった憤慨した顔で対戦相手へと怒鳴る紫魔姓の一人の3年生。
観客席とは離れていて聞こえないだろうが、歴史ある自分の姓への誇りと扱うことを許された属性、そしてそれを背負った重圧からか、どうしてもこの敗北を呑み込めない彼は全勝で勝ち抜くことを義務付けられていたと言わんばかりに、たった今自分を降した対戦相手を忌々し気に睨みつけていた。
「お…俺は…紫魔の人間として絶対に負けられなかったんだ!それなのに…お前はぁ!」
「…これはデュエルだからね。八百長はしないし、僕も絶対に勝ちたかった。…対戦ありがとうございました。」
「…うっ、うぅ…くそぉ!」
その怒号を意にも介さず、デュエルスタジアムを降りていくのは同じく決闘学園イースト校3年生、シンクロクラスの泉 蒼人。
彼が自分の名を背負うように、自分にだって背負っているモノがあり、それが相手よりも軽いだなんてことは絶対にない。いくら自分の背負ったモノが大きくとも、それを背負いきることが出来なければ、勝つことが出来なければ意味が無いのだ。いつまでも凛とした彼の姿でそれを理解したのだろう、紫魔と名乗った3年生はそれ以上何も言えずに立ち去るしかなかった。
去年も決闘祭に出場した蒼人にとって、自身の名前にしがみついて嗚咽を漏らしながら下がっていく対戦相手を気遣うことは、自分が背負った大勢の仲間達からの期待、それへの侮辱に繋がることを理解している。
だからこそ、敗者には何も言わずに立ち去る。勝った自分にできることは、それだけなのだと言わんばかりに。
「お疲れ様、泉君!3年代表決定、1番乗りおめでとう!シンクロクラス担当として、僕も鼻が高いよ!」
そして、スタジアムから校内に繋がる通路を抜けたところで、シンクロクラス担当教員の一人が蒼人に労いの言葉をかけてきた。1年生の頃から何かと自分を気にかけてくれた教師で、去年の決闘祭の代表に選ばれた時も、まるで自分のことのように喜んでくれたことを思いだす蒼人。
「ありがとうございます。でもまだ学校選抜戦がありますから。」
しかし、褒められたことは素直に嬉しかったが、まだ代表への道のりへ一つ抜け出ただけだ。
代表候補発表から約1か月、選ばれた多くの候補者との、長い闘いを何とか乗り切ったのは蒼人にしても確かに誇らしいのだが、まだ3年生からはもう一人選ばれる。
戦績から見たら、今倒した地紫魔の3年生も、エクシーズクラスの虹村も、お互いに蒼人に敗れただけでその実力は拮抗している為どちらも最有力候補だが、二人とのデュエルでもギリギリの末の勝利だったので、彼らのどちらが再び上がってきても強敵で気など抜けないのだろう。それに自分が2年生で出場できたのだ、下級生相手でも侮ることは出来ないと、蒼人は担当教師へと向かって言う。
「もしかしたら、また紫魔君や虹村とも戦わなければいけないでしょうし。」
「君なら代表間違いないって!一番層が厚い3年生の中でも、特に抜きんでているんだからね!あの紫魔君に先駆けての代表入りは、きっとプロも注目すると思うなぁ。」
「はは、気が早いですよ。プロにはなりたいですが、今年は特に気が抜けませんから。エクシーズクラス1年の天宮寺君なんて、選抜戦を免除されての代表入りですし、入学早々にあの虹村に勝ってますからね。」
「あー…スピーチ棒読みだった彼ね…まぁ彼は【黒翼】の孫だし、確かにそれだけの実力を持ってたとしても不思議じゃないけど…まだ1年生なんだし、君がそこまで気を付けることは…」
「いえ、油断はできません。」
「そ、そうか。」
自分の言葉をはっきり遮ったその言葉で、なんと頼もしい子なのだろうかと、全く心配する要素がない生徒を寂しくも思いつつ、彼が落ちることなど有り得ないと確信する教師。
いくらあの高名な【黒翼】の孫でも、いくら歴史ある紫魔家の人間でも、きっとそれらを抑えて決闘祭でも大活躍してくれることだろう。いや、もしかしたらあの【白竜】を超える、イースト校始まって以来の【王者】にだってなれるかもしれないとさえ思ってしまう。何せ、蒼人ならば高等部卒業と同時にプロにだってなれそうなのだから。それを期待させるモノが彼にはあるのだと、そう言いたげに。
この教師だって知っている。高等部卒業と同時にプロになれた者は、プロの世界にもそうはいない。しかしその若さでプロになれた者は、タイトルホルダーやランキング上位はもちろんのこと、皆もれなくプロの世界での著名人・有名人ばかりなのだ。
それは、狭き門であるプロへの道の第一歩に位置するプロテスト。【決闘世界】が管理しているソレは、毎年開催地は変わるものの、膨大な数の受験者が世界中から1次試験に向けてそれに受験してくるのだが、その本試験にやっと到達できる者も例年数人というその難しさは世界中でも有名である。
―これは、『誰にでもなれるモノ』ではなく、『誰にでも受けられるモノ』でもない。
ずいぶん昔は、『強さ』だけあれば例え幼児でもプロになれたらしいのだが、もう時代が違う。
今では…特殊例である紫魔家を除いて…普通なら【決闘世界】が運営する、世界中に支部が存在する決闘大学のプロ育成特別学科で基準を満たすことの出来た選ばれた実力者、またはそれに値する結果を持つデュエリストが【決闘世界】に認められれば、受験資格を与えられるプロテスト。
決闘学園に通うということは、こういった決闘大学に進学がしやすいという利点や、必要な結果を普通よりも残しやすいという利点が大きいのだ。
その中で大学ではなく、決闘学園高等部の生徒が卒業と同時にプロの世界に飛び込むには、決闘学園高等部が『本試験を受験するに値する実力』があると認めて与えることのできる本試験への『直接推薦状』が必要なのだが、無論誰でも手に入れられる物ではないことは確か。
決闘学園からの本試験推薦は学生達にとっても絶対に手に入れたい物だろうが、各々の高等部の中でも、数年に1人しか与えられないと言われる厳しい『ソレ』を手に入れるためには『しかるべき結果』を取ることが大前提ではあるものの、すでに蒼人は昨年の【決闘祭】で2年生ながらベスト4になって注目されているし、群雄割拠の3年生の中でも実力はトップクラス。【決闘世界】が定めた基準も、このまま彼が怠けなければきっと満たすことが出来るだろう。
それを嬉しく、また誇りに思う教師。
「あと候補が決まってないのは3年生から1人と、2年生から2人だけですね。1年生の方は…」
「う…」
そんな中、蒼人が言ったその言葉で教師は思わず言葉に詰まってしまった。
そう、たった今やっと候補者が一人決まった3年生を差し置いて、すでに1年生からは候補者が決まってしまっていたのだから。夏休み明け、始業式に行われた候補者発表日から数日は、そのあまりの大騒ぎに、職員室中が殺伐としていたのだから笑い事ではない。
―なにせ、たった一人を除いて、1年生の候補者が全員辞退してしまったのだから。
辞退していく候補者の誰もが説得に応じず、普段なら2名選出するはずのところを特例として、1人だけの選出をせざるを得なかった1年生の学年主任の苦々しい表情は、担当学年の違うこの教師でさえもよく覚えていた。
「確か、天城君だけでしたね。」
「…で、でも彼は特に問題ないね!確かExデッキが使えないんだから、1年生が上級生に遠慮して辞退さえしなきゃ、きっと上がってこれなかっ…」
「彼ガ残ってくれテよかっタ。」
「え?」
「あ、いえなんでも。…では先生。僕はこれで。まだこの後に試合も残ってるでしょうから。」
「あ、ああ…お疲れ様…」
そうして、その場を後にしていく蒼人を見送る教師。
これから先ほど負けた紫魔3年生と、エクシーズクラス元トップの虹村の試合が残っており、それの執り行いもこの教師がしなければならなかったのだが、しかしその後ろ姿を見ていた教師は何かが引っかかっていた。
「…泉君って、あんな顔で笑ったっけ?見間違いかな…。」
さわやかな顔が印象的な彼の、どこか見たことのない表情に驚きながらも、きっと自分の見間違いだろう、それか勝ち抜き1番乗りが嬉しかっただけか、そんな風に考えるようにして、教師もその場を後にした。
―…
「天城ィ!お前1人だけ代表候補に選ばれたからって、調子に乗ってんじゃねーぞ!」
「お、まだイキが良いのがいたか!選抜戦まで暇だったんだ、相手してくれ!」
「うげっ、し、しまった…」
焦るくらいなら声をかけなければいいのにと、帰り際だった遊良は遠くから暴言を吐いてきた同級生の一人へと向かって行く。
代表候補発表から1ヶ月と少し。1年生のクラスは遊良の話題で持ちきりで、選出されなかった者の中にはまだそれを快く思わない者たちが若干名居たのか、ごくたまに声をかけてくるのだ。
「お前とはまだ戦ってなかったな。よし、やるか!」
「な、なんで2階までわざわざ上ってくるんだよ!」
「なんでって…馬鹿にしたのはお前じゃん。じゃあぶっ飛ばされる覚悟があるんだろ?いいから構えろよ。」
「ぐ…」
返り討ちにされる覚悟もなくモノを言ってきたのだろうか、それならば余計に無事に済ます気はないと言わんばかりの遊良の表情に、逃げられない事を悟った様子の男子生徒。
しかし、いくらEx適正が無い相手でも、並み居る1年生を退けて1年生代表になったのだ、選抜に選ばれなかった腹いせも伴って暴言を吐いたとはいえ、自分が叶う相手ではないと理解している様子で。
「ぐぐぅ…」
「やっと構えたか。…よし、じゃあ行くぞ!」
苦々しい顔で構えた相手でも容赦はしない、後は宣言を行うだけ。そんなことを思いながら遊良がデュエルを始めようとした…
そんな時だった。
「待って…彼、デュエル嫌がってない?」
「…誰?」
不意に、肩に手を置かれ、デュエルを止められた遊良が振り返ってみれば、そこにはイケメンと感じる顔が近くにあり驚く遊良。
思わず敬語を使わずに返答してしまったが、対戦しようとしていた男子生徒がまるで助け舟を得たかのような顔をしていたことで、雰囲気からして上級生であろうということを理解した。
「えっと…天城君、だよね?3年の泉 蒼人です。」
「あ、ど、どうも。」
「この子はシンクロクラスの僕の後輩なんだ。ここは僕に免じて抑えてくれないかな?僕も天城君…君を探してたところだったし。」
「まぁ…別にいいですけど。」
「君、大丈夫?」
「…い、泉先輩…」
「すまないね。天城君と話があるから譲ってくれるかい?」
「…は、はい!」
そう言って、蒼人に促されるままにその場を立ち去った男子生徒。しかし、上級生がわざわざなぜ自分を探していたというのだろうか。
それに不信感も覚える遊良だったが、そのまま話を続けようとする蒼人が口を開きかけたところで、急に廊下に黄色い声が上がった。そこを見れば、クラスの一つから身を乗り出した女生徒達が蒼人を見て、目をハートマークにして輝かせているではないか。
「キャー!あ、あれ泉先輩じゃない!?」
「ほんとだ!泉センパーイ!」
「あれ、なんで天城なんかと先輩が?」
およそ、まだ帰らずに残っていた女生徒達だろうが、しかしそれはかなりの数でこちらに近づいてきてしまい、そのあまりの勢いに遊良も思わずどうしていいのか分からず後ずさってしまう。
しかし、蒼人自身はそれに慣れているのだろうか。急いで遊良へと耳打ちして用件だけを手短に伝える蒼人。その時に香った微かな匂いが、なんともイケメン度を向上させて。
「天城君、後で西棟の屋上へきて。鍵は開いてるから。」
「え?」
「じゃあね!絶対だよ?」
「あ、ちょ!」
そう言って、蒼人は早々にその場を離れて駆けていった。女生徒達が遊良のいる場所へと到達する頃には、もうその姿は遠くまで行っており、追い付くことは不可能だろう。顔だけでなく足も立派だ。
しかし、蒼人を取り逃がした女生徒達の憤りは、そのまま先ほどまで話していた遊良へと襲い掛かり…
「天城!泉先輩に何したのよ!」
「いや何って…」
「天城の癖に!ファンクラブの私だって中々話せないのよ!」
「知るかよそんなこと!」
「きっと失礼な事言って先輩困らせたんでしょ!天城の癖に!」
「はぁ!?」
言いがかりもここまでくると清々しい。しかし、困らせられているのは自分の方なのにと、面倒な事になった事態に遊良も呆れるしかない。
そういえば、前にルキが言っていた、関わるとファンがうるさいであろう先輩はあいつだったのかと、タイミングの悪さを悔やみながらも、うるさく言われ続けるのも面倒なので、急いでその場から駆け出し始める遊良。こういう手合いを相手にするだけ無駄、何を言っても聞かないのだと経験からそれを理解したのだろう。先ほどの蒼人にも負けず劣らずの速さで廊下を駆け抜ける。
「あ、待て天城!」
「あぁ…先輩の残り香がぁ…」
後ろから聞こえてくる言葉は、ファンもここまでくれば変態と何ら変わりない。そんな身震いする謎の恐怖に怯えつつも、これだから痴情のもつれはごめんなのだと言わんばかりに遊良は姿を隠した。
遊良がいたすぐ近くの、曲がり角を曲がってすぐの空き教室であったが、怒り狂う女生徒達の目を欺いて撒くには十分だ。そうして遊良の姿がいきなり消えた事で彼女達も落ち着いたのか、遊良ではなく蒼人の向かった方向を追いかけるという目的にシフトチェンジしたのだろう。追手の声が蒼人の走って行った方へと遠ざかっていき、そして完全に聞こえなくなったところで、遊良は先ほど蒼人から言われたことを思い出す。
「屋上へ来いって言ってたっけ。…でも何で…」
一応、話の途中だったか、いや、だからと言って自分が行く義理もないだろうと思う遊良だったが、また会いに来られても面倒なことになると思い直し、空き教室から外へと出て、屋上への階段を上がり始める。
幸い、追手が向かって言った方向は蒼人が指定した屋上とは反対方向。…なるほど、これも見越してわざわざ逆へとあの先輩は走っていったのか。用意の良い対応にもイケメンの余裕を感じる遊良だったが、そんな気を使われたのなら行ってやるものいいかと、その足取りを軽くして。
そして、数階上がったところに屋上への扉があり、確かにいつもは厳重にかけられた鍵が開いているのを見て扉を開けた。
「ごめんね天城君。さっきは話の途中で。」
「あぁ、いえ…」
そこで、自分よりも早くここに来ていたのであろう、蒼人は今入って来たばかりの遊良へと話しかけてきた。深い蒼色の髪が屋上の風に靡き、なんとも絵になる先輩だろうかと思わず見とれそうにもなったが、しかし自分にはそんな趣味はないのだと、遊良は頭を切り替えて話を続ける。
しかし、話も何も、自分も相手も学年代表には選ばれていているのだから、この後2年生の代表が決まり次第で行われる学校代表選抜戦で会うはず。急を要する話なら別だが、選抜戦前の候補者のデュエルはご法度であり、接点もないのになぜ今なのかと、遊良が警戒を隠せないのは仕方ないことだろう。
「俺に何の用ですか?今じゃなくても、どうせ選抜戦で顔を合わせるでしょう?」
「いやぁ…どうしても会っておきたくてさ。今噂になっている君に。」
「あんまりいい噂じゃなさそうですけど。」
「そんなことないよ。ずっと…気になってたんだ。1年生で唯一代表になったんだし、どんな子なのかなって。そしたら噂通り強そうで驚いちゃったよ。僕が1年生の時よりずっと強そうなんだもの。」
「…はぁ。」
―苦手だ。
遊良の表情は、歯がゆいセリフを恥ずかしげもなく言ってくる蒼人に向かって、あからさまにそう言っていた。自分のことを蔑んでこない人間自体珍しいし、ここまで評価されていることも、遊良にとってはむず痒くて信用できない。
まぁ、幼いころから悪意にさらされてきた遊良だけあって、この先輩の言葉から悪意は感じ取れず、きっと本心でそう言っているのだろうと想像は出来るが、それにしても物好きな人間だと言いたげな顔をしているのだから、それだけでも遊良の人を信用する基準が相当高いことがわかるだろう。
「シンクロクラスの高天ヶ原さんも、クラスで君の事話してたよ。君たち幼馴染なんだってね。」
「…そうですけど。」
「そっかー…だから彼女、君の話をあんなに嬉しそうにして…」
「へ?ルキがなんかしたんですか?」
「あ、ううん…なんでもないんだ。…でもよかったよ、噂みたいな、荒っぽい生徒じゃなくて。ほら、僕この通りだから、喧嘩になったらどうしようかって思ってたんだ。」
苦笑いしながらその細腕を見せてくる姿は、本気で遊良と話をしたいだけなのだろう。いつもならば、ここらで暴言や蔑みの一言が入ってきてもいいはずなのに、ニコニコしながらそう言ってくる蒼人の表情には敵意はなく、どこか調子が出にくい遊良。
変な偏見を持っていないことは遊良にとっては好都合ははずなのに、幼馴染以外で経験したことのない態度に、どうしても警戒心が勝ってしまう。
「ごめんね。本当に、ただ話してみたかっただけなんだ…選抜戦前に一度話をしておきたくて。Exデッキを使わないデュエルをするっていう、噂になっている強い1年生が一体どんな人なんだろうかなって…でも中々会えなくて、1年生に聞いてみても、危ない人としか教えてもらえなくてさ。」
「あー…暴れまわってるって言われてましたね。」
「そうそう。」
それなのに、心から笑っていると思われるこの屈託のない笑顔には、いくら警戒している遊良にも嫌でも伝わるのだから不思議だ。最大限に警戒していたはずなのに、誰も居ない屋上で思わずつられて笑ってしまう遊良。きっと、遊良にしても初めてだろう、鷹矢とルキ以外の人間相手に、学校でここまで笑うことなど。
だが、不思議とそれに嫌な感じはせず、この先輩がどうして人気があるのかを今になってはっきりと理解した。
「選抜戦が楽しみだよ。トーナメントになるから戦えるかわからないけど、でもなんだか君とは戦える気がするんだ。」
「…そうなるといいですね。でも俺、負けませんから。」
「もちろん!僕も僕の【ナチュル】達も、君に負けないくらい…」
「ちょ!デッキバラしていいんですか!?」
「…あ。」
普通、これから戦うというのにデッキを教える人間は居ないだろう。もちろん、誰でも対戦相手の研究は行うし、その過程でデッキの想像をつけることは出来る。数多くのデュエルを行えばそれだけ手の内を読まれることは必至だが、なにも自分でバラさなくてもいいだろうにと、遊良も苦笑いを隠せない様子だ。
それを慌てて取り繕うかのように続ける蒼人だったが、遊良も思わずつられてしまう。
「で、でも僕も君のデッキが【堕天使】だって調べちゃったし、これでお相子ってことだよ!うん、そういうことにしておこう?」
「…わかりました。じゃあ泉…先輩。選抜戦でまた。」
「うん。またね、天城君。」
どうにも調子を崩される相手ではあったが、ここまで敵意を感じない人間も珍しい。先ほどルキの話題を出してきたところを見るに、もしかしたらルキに気があるのかとも思ったが、まぁもしルキがまんざらでもないのなら、こんな相手なら信用できるのかもしれないなと、まるで父親のような複雑な感情を抱いてしまうのもどうなのだろうか。
しかし、年が上であることもそうだが、精神的に余裕があった。流石、群雄割拠の決闘学園イースト校で、3年生代表にまで選ばれた生徒だと感じる遊良。
―!
「…ッ!?」
「あれ、どうしたの?」
「あ…いえ…」
そんな瞬間、その場を離れようとした遊良の背に、鋭い針で刺されたかのような殺気を感じて、思わず振り向いてしまった。そこには先ほどと変わらずに、敵意を感じない蒼人がいるだけで、相手も不思議そうな顔をしていただけだったが。
「すみません。…なんでもないです。」
「うん?じゃあね。」
きっと、普段に敵意を向けられすぎて、気を張り詰めすぎているのだろうと、ニコニコしている蒼人を見てくるとそんな気分にさせられて、遊良は今度こそその場を後にした。
「アマギ…ユウラ。…ギャハッ。」
深い蒼色の髪が風に乗って靡くたびに、微かな黒い靄も一緒になって流されていたことに、気が付かぬまま。
―…
『ただいまより、決闘祭代表候補者の入場です!』
決闘学園イースト校が誇る大デュエルスタジアム。理事長の意向もあって、プロの大舞台さながらの作りをされたこのデュエルスタジアムには、卒業デュエルなどの何かのイベント時に、許可されたデュエリストしか立つことを許されない場所だ。
3年生、そして2年生の候補者も無事に決まってからさらに数日。その中で、各々の学年で厳しい戦いを勝ち抜いた生徒が、今から名前を呼ばれて入ってくる。
これが決闘祭の最終選考。本番に則ってトーナメント形式で行われる戦いは、公平な選出システムによってランダムに決められ、その勝敗は恨みっこなし。全校生徒が見守る中、彼らの興奮が絶頂に達してから、実況を担当する係の者がマイクを手にして叫んだ。
『3年生代表!シンクロクラス…泉 蒼人!』
まず最初に入ってきた、イースト校が誇るイケメンデュエリスト。ファンクラブと、それ以外でも彼のルックスに惑わされた女生徒達からの黄色い声援に手を振りながら、堂々と入場してくる。
「ねぇルキ!蒼人先輩だよ!ねぇねぇ、かっこいいよねぇ…」
「え?あ、うん。」
「もー、前も先輩の方から話しかけてきてくれたのに、ルキってば天城君のことばっかり話すんだもん。そんなに天城君の方が先輩よりいいってわけ?」
「いや、別にそんなんじゃ…」
ファンクラブに入っていると言っていた同級生の威圧感に、観客席にいたルキも思わずたじろいでしまった。しかし、どっちがいいかと聞かれても、蒼人には別段興味がないと言ってしまったらきっとこの同級生が怒り狂ってあの先輩のことを熱弁してくるだろう。
やれ趣味が悪いだとか、Exが無い天城相手に何言ってるんだとか。
そんなことになれば絶対にそこで言い返したくもなるが、どう考えても面倒なことになるのは目に見えてしまうため、ルキは話をそらそうとして促した。
「あ、次の人が入ってくるよ!」
『3年生代表!エクシーズクラス…虹村 高貴!』
続いて入ってきたエクシーズクラスの生徒。すでに代表入りを決めた鷹矢に、入学早々に敗れてはしまったが、その実力は折り紙付き。虎視眈々と代表入りを狙い、学年選抜では粘る紫魔3年生を相手に、実力でねじ伏せていた。
『続いて2年生代表、融合クラス…紫魔 ヒイラギ!』
学年が変わり、融合クラスからの大きな歓声とともに入場してきたのは、この学園でも融合クラスにおいて一大勢力となっている紫魔姓の少女。まだ2年生ながらも、その実力は本家にすら届く才能を秘めていると言われているのだから侮れないだろう。人差し指に付けた黒い宝石の指輪が、ステージのライトに照らされて鈍く輝く。
『2年生代表、融合クラス…紫魔 右京!』
続いて入ってきた男子生徒も、同じく紫魔姓の人間。しかし、ゆっくりと歓声に答えていた先ほどまでの生徒たちと違う、そそくさと入って来たかと思うと素早く2年生代表の紫魔 ヒイラギの隣へと並んだ。
「右京、わかってますわね?」
「はい、お嬢様。」
隣に控えめに立ったその姿は、まるで主人と従者のようだったがそれもそのはず。巨大な一族となった紫魔家において、血筋一つとっても上下関係があり、本家に血が近いほど待遇は良くなる。例え同じ紫魔の名を持っていても、家柄が格下の紫魔をこうして仕えさせることだって可能なのだ。
稀に、本家の紫魔と結婚して本家に入る人間や、王者である【紫魔】を降して本家当主に上り詰める紫魔もいるが、どちらにしても彼女は自分が本家に行くことを疑っていない口調で、従者の答えに満足気そうな表情で隣に並んでいた2人の先輩へと視線を送ると、隣の2人をさも見下したかのように言った。
「ホホ、低俗なシンクロとエクシーズの下民に負けた、あのだらしない男に見せつけてやりましょう?本家に入るのはわたくしだとね。」
「はい、お嬢様。」
「おい、なんだその口の利き方は。」
「まぁまぁ虹村、落ち着いて。次の子が入ってくるよ。」
エクシーズクラス元トップとは言え、後輩にこれ以上舐められるのは彼にとっても癪に障るのだろう。虹村は憤慨した様子で紫魔の二人を睨んだが、それを制した蒼人によって元の位置へと戻る。
「…次は遊良かぁ。」
「うむ。」
「あれ、鷹矢だ。良いの?ここに居て。」
「一人で座っているのも暇だ。だからいい。」
「そっか。」
既に出場が決まっているであろう幼馴染が、指定された自分の席を抜け出してきたことは置いておいて、ルキは入場口へと目を戻した。やっとここまできた、見下され続けた彼が、今、自分の力で舞台に立つことを誇らしく思いつつ、その瞬間を待ちわびる。
そして…
『えー…最後に…1年生代表…むしょぞくー…あまぎゆうらー。』
先ほどまでとは明らかにテンションの違うアナウンスと、言い放たれた無所属という単語に、会場内にもざわめきが走る。全ての候補者が辞退した1年生達からとっては、自分達をことごとく倒してきた忌々しい奴。上級生達からすれば、Ex適正がないのになぜか選ばれた生徒。
しかし、そんな空気に包まれた中で、遊良はそれを意に介さずに入場し、より一層ざわめきが強くなった雰囲気の中、ほとんどの生徒が上がることを許されないステージへと昇ると、自分の定位置へと立った。
「やぁ、天城君。待ってたよ。」
「泉先輩…どうも。」
「こいつが天宮寺とタメ張るっていう1年か。そんな風には見えないな。」
「えっと…」
「あぁ、エクシーズクラスの虹村 高貴だ。天宮寺には負けたが、これ以上1年に負けるつもりはないからな。」
「…はぁ。」
そうして、全ての生徒が揃ったところで巨大モニターに抽選が映し出され、それに伴うトーナメント表が埋められていく。きっと、各々の今後を左右する大事な抽選。観客席でもそれを固唾を呑んで見守り、次々と決まっていく。
その一つ一つの組み合わせに、一つ一つ盛り上がる学生達。そして、最終試合から名前が映し出されて行き、そして最後まで名前が映らなかったことで、最後の二人は第一試合の出番であることを悟った。
『第一試合!3年生、泉 蒼人VS、1年生、天城 遊良!』
「ほら、天城君、やっぱり戦えると思った!やった、こんなに早く戦えるなんて!」
「よろしくお願いします、泉先輩。」
「うん!楽しいデュエルをしようね!」
「は、はい…」
これは決闘祭への代表を決める戦い。しかし、師のこともあり気を張っている遊良と違って、まるでこの空気すら楽しんでいるかのような蒼人に、どうしても調子が出ない遊良。
負ければ終わり。しかし、本当に遊良と戦うことが楽しみだったのだろう。お互いに負けるつもりはなくとも、蒼人の方には精神的に余裕もあれば、デュエルへの純粋な待ち遠しさも持ち合わせている。
「じゃあ天城君、また後で会おう。きっといいデュエルが出来るよ!」
「…そうですね。楽しみです。」
「うん!」
ともあれ、第一試合はこの後スタジアムの調整が終わったらすぐ始まってしまうため、そそくさと二手に分かれた学生達は、事前に通達されている通りに左右にある入退場口から出ていくと、通路をしばらく歩いたところにある控室に入り、しばしの待機予定となっている。
ここで自分の名前を呼ばれるのを待つのだが、遊良が入った控室には融合クラス2年の紫魔 ヒイラギも同じく入ってきて、候補者が5人しかいないこともあって、そこでは二人っきりとなっていた。
「あら、こんな下民と同じ控室だなんて。消毒スプレーを持ってこさせるべきでしたわね。」
「…。」
控え室に入るや否や、あからさまな悪口をぶつけられる遊良。しかし、穏やかな蒼人と違い、やはりこういった言葉を向けられる方が性に合っていると、自分の心の荒んだ感覚にむしろ笑いさえ出てきそうな遊良だったが、自分はこれから試合。こんなところで言い合うつもりもないといった表情で入口を見ていた。
それを不審に思ったのだろうか、ヒイラギも続けて口を開くものの、しかし先ほどの遊良の反応の悪さに飽きたのだろうか。本気で挑発してきてはいない様子にも見える。
そうして5分から10分程、ステージの喧騒が多少聞こえるくらいのしばしの静寂が控え室を包んでいた。
…
「…つまらないわね。アカリが随分と世話になったと喚いていたから、どんな下民かと思っていたのですけど。予想以下の人間でしたわ。固まっていて、本当に無様にしか見えません。」
そのあまりの静寂に痺れを切らしたように口を開いたヒイラギ。遊良があまりにも言葉を発さず、身動き一つ取らずに自分の番だけを待っている様子が癪に触ったのだろうか。
確かに、集中しすぎて扉を見続けている遊良の表情は、見るものが見れば必死になりすぎていて危うく見える事だろう。しかし、そんな気配りをするには見合わぬ相手の言葉は、むしろ遊良の集中を崩そうとも取れる事だ。
そんな中でも、遊良の耳には聞きなれない名前が聞こえてきて、思わず遊良も口を開いた。
「…アカリ?…誰ですか?」
「妹ですわ。なんでもあなたに乱暴されたって言ってたのですけれど、まぁ…いつものかまって欲しさの喚きでしょうけども。本当に見苦しいったら。」
「…妹に良くそこまで言えますね。」
「紫魔では力が全てですので。…あなた程度の下民に無様に負けたあの子を、妹にしておくのも我慢がならないというのに。」
遊良を下民と言い放つくせに会話を続けてくるヒイラギ。相変わらず言葉には棘があり、この挑発がどこまで本気なのかわからなかったが、しかし嫌っている風の癖にこうも話かけてくる事自体が遊良にとっては意味がわからない。
しかし、ヒイラギはその長い艶やかな黒髪を一度搔き上げると、さも見下したような目を一層強くして言う。
「ホホッ、あなたも今すぐにでも楽にして差し上げたいところですわ。なにせあの『裏切り者』の子供だと思うと…」
「…ッ!」
―!
それは無意識の物だった。
これから試合で、苦手な雰囲気の蒼人相手に、平常心を保たなければいけないというのに。しかしどうしても体が勝手に動いてしまった。ヒイラギの言った言葉は、遊良にとってはまるで意味の分からないモノ。
どうしても心当たりなど記憶には無いというのに、まるで体がそれを容認できないかのようにヒイラギを拒絶したのだ。振り払うかのように薙ぎ払われた遊良の腕は、少しも届くことなくヒイラギの体の前を通過すると、微かに空気を切る音が鳴る。
「おっと。…ホホ、そんな顔も出来たのですか。」
「…。」
「精々足掻くが良いですわ。どうせこの選抜戦、結果はもうわかりきっているのですから。」
「天城選手!…ッ!?…ス、ステージへお願いします…。」
ヒイラギがそういったところで、第一試合の時間が来たのだろう、係が遊良を呼びに来た。しかし、その時の遊良の表情は果たしてどのようなものだったのだろうか。それを目の当たりにした係も、それを引き出したヒイラギにも…そして言われた遊良にしたって、きっと思うことは違うだろうが、それでもなお遊良はデュエリストとして目の前の戦いへと臨むべく控室を後にする。
―その胸中に沸き起こった、意味も分からぬ、消せぬ感情を渦巻かせて。
「…本当、無駄な戦いですこと。」
誰も居なくなった控室で手に付けた指輪の黒い宝石を見つめながら、とてもつまらなさそうに彼女が言ったそれを聞いている者は、そこには誰もいなかった。
―…