遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep17「止まぬ感情」

「眠い…とてつもなく眠いぞ遊良…」

「うるせぇ…俺だって眠いんだ…」

 

 

夏休みが開け、始業式ということもあってか、鷹矢にしては珍しく時間に余裕をもって登校していた。しかし、その表情はいつも以上に眠そうであり、それに並んでいる遊良ですら欠伸を隠せずに歩いている。

 

…まぁ、その理由はわかりきったことではあるのだが。

 

 

「結局宿題終わらなくて徹夜コースじゃねーか…。寝てたのに起こしやがって…」

「お前が最後まで見せてくれなかったからだろう…俺は頑張ったぞ…」

「それに喝いれる俺の身になれよな…俺の方が頑張ったんだぜ?」

 

 

そう、夏休み最終日まで宿題に手を付けず、夜中に気づいて焦って進めた鷹矢だったのだが流石に一人では限界が来たのか、翌日に備えて安眠していた遊良を無理やり起こして泣きついてきたのだ。実際に涙を流してはいないが、それに近い切羽詰まった雰囲気を全面に押し出して。

 

遊良とて、計画的に進めず最終日まで宿題を放って過ごしていた鷹矢を甘やかす気などなく、寝そうな鷹矢を物理的に起こし続けて、結局すべて自分でやらせたのだが、それに付き合わされた遊良からすれば、迷惑甚だしいことこの上ないだろう。

 

案の定、この展開を読んでいたルキは、その日は遊良と鷹矢の家には泊まらずに帰っていった。

 

 

「…こんなことならルキん家に泊めてもらえばよかった…ゆっくり寝たかったぜ…」

「む?それならルキにも手伝ってもらえたのか…迂闊だった…。」

「お前は留守番に決まってんだろ!ったく、一人でやってくれよな。」

「うむぅ…」

 

 

…まぁ、それでもなんだかんだ言って鷹矢が寝ないように見張っていた遊良も遊良なのだけれども。いくら鷹矢が決闘祭前に問題を起こさないよう教師に念を押されていたからと言って、そんなこと遊良には関係ないというのに無意識に『仕方ない』と思って面倒をみるのは、もはや彼にとって反射レベルとでも言うのだろうか。

 

しかし、朝からそんな風にしてトボトボ歩いている二人の後ろから明るい声が響き、二人は立ち止まる。振り向いたそこには、間違うはずもない、ルキの姿があった。

 

 

「おはよー。…あー、やっぱり徹夜したんだ。」

「うむ…」

「すげー眠い…。今日式の途中絶対に寝るぞコレ…」

「もう、二人してしかたないなぁ。今日は学年代表の発表があるんだからさ、ちゃんと起きててよ?」

「…あ、それ今日だったっけ。」

「…うむ。」

「…はぁ、ダメだねこれ。」

 

 

学年代表の発表は、決闘祭に是が非でも出場したい学生のいわば分水嶺。ここで名を残す生徒とそうでない生徒、イースト校での自分の序列が否応にでも貼り出されるのであって、きっと気が張り詰めているというのに。

 

何せ、決闘祭に出られるか出られないかは、その後の人生に付きまとう『プロ』という一つの選択肢に、大いに関わってくる問題なのだから。まぁ上級生に比べれば、まだ先のある1年生は多少いい方ではあるが。

 

しっかり者のはずの遊良にも、すでに瞼が下がってきている鷹矢にも、ルキは一抹の不安を覚える。こんな調子で本当に大丈夫なのだろうか、と。フラフラし始める鷹矢の足取りが、それを余計に駆り立てて。

 

 

「立ったまま寝て、式の最中に倒れても知らないからね!」

「…うむ。」

「おい、そっちは電柱だぞ!」

「むぅ!?」

 

 

そのまま寝ぼけた足取りで、電柱に頭を強打した鷹矢は、痛そうにして額を擦っていた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「ほ…本当に大丈夫でしょうか…」

「暴動が起こるぞ…」

「知らん!俺は責任を取らんと言ったぞ!」

 

 

苛立ちと不安の混ざった声を上げたのは、太陽に照らされてどこか輝いている1学年の学年主任と、数人の教師だ。彼らは、二階にある職員室から事の顛末を見守っていた。

 

先ほど始業式が無事に終了し、後は帰るだけ。しかし、生徒たちには帰る雰囲気はなく、誰もがソワソワして落ち着かない空気に包まれている。それはなぜなら、現在多くの学生達がこぞって中庭へと駆け寄ってきていたのだが、全員の意識は中庭の中心にセットされて未だ隠されている3つの掲示板へと向けられていたことに他ならない。

 

1、2、3年生の、特に自分の名が書いてあるだろうという自信のある生徒達が詰め寄って、これから発表される学年代表の開示を、今か今かと待ちわびている様子で。

 

 

「はぁ…天城の名前をみた1年生が一体なんて言うか…。」

「お!そろそろだぞ?」

 

 

そんな教師たちの心配も虚しく、非常にも時間は来てしまう。厳重に縛られた覆いを、外しにきた教員が近づいてくるのを見て、生徒たちの興奮も最高潮に達していた。そして、一人の教員が拡声器を手にして言う。

 

 

『それでは!【決闘祭】へ向けた!選抜戦の学年代表選手を!これより発表する!』

 

 

 

―!

 

 

 

その呼びかけに呼応して、一斉に歓声が上がるこの中庭。

 

この日の為に努力してきた生徒達だ、特に3年生にとってはこれが最後の決闘祭。それに賭ける意識は、きっと下級生よりも高いのだろう、待ちわびる表情には鬼気迫るものさえ感じられていて…

 

 

―そして、その覆いが、切って落とされる…

 

 

「あ!あったあった!オレ、代表候補になれた!」

「…な…ない…」

「やったぁ!私の名前もあったぁ!」

「いいなぁー…私はやっぱりダメかー…」

 

 

2、3年生の掲示板の前で、嬉々としている学生もいれば落ち込む学生と、その反応は様々だ。そんな中で、職員室にいる教師たちの視線はこぞって1年生用の掲示板へと向けられている。大きな騒ぎにならないだろうか、職員室まで詰め寄ってこないだろうか、そんな心配をしている顔をして。

 

それだけではない。遮蔽を落とした教師も、気が気でなかっただろう。順番的に最後の発表となる1年生に、囲まれて暴言を言われないだろうか、引きつった顔で事の顛末を覚悟していた。

 

 

―そして…

 

 

「なん…で…?」

「うっそ…何よこれ…」

 

 

しかし、てっきり大問題になるかと思われた1年生の候補発表の反応はと言えば、何故か皆信じられないものを見たような表情の生徒が多いではないか。中には自分の名前があるにも関わらず、その名前の羅列を見てがっくりうなだれている生徒まで居た。微かなざわめきが起こってはいるが、この空気はとても暴動まで発展しそうではない。

 

 

 

しかしその原因は、生徒達の方からしたら明らかであって…

 

 

 

「何で…天城のヤローが…」

「あ…天城の癖に…なんでここに名前が書いてあんだよ!?」

「無所属…天城 遊良?」

 

 

驚きのあと、次第に暗い雰囲気に包まれる1年生たち。噂を吐き捨てている教師陣にも、自分たちには関係ないとしていた上級生たちにも、きっと彼らの気持ちはわからないだろう。

 

暴れまわっていた調子に乗る落ち零れを、自分を過信して倒そうとしていた者。

 

高嶺の花に付きまとうストーカーのクズを、我先に追っ払おうとしていた者。

 

Exデッキが使えないくせに決闘学園にしがみつく出来損ないを、見下して追い出そうとしていた者。

 

そう、ここに名前がある1年生は皆、夏休みが始まる前、所構わず・誰彼構わず、思わず引いてしまうぐらい容赦の無いデュエルで、1年生の間を暴れまわっていたあの天城 遊良に、圧倒的敗北を与えられた生徒ばかりだったのだから。

 

今沸き起こっている恐れと嫉妬と僻みは、卑下や蔑んできた彼らには容認できないモノ。Ex適性が無いくせに、自分たちと同じ高さに居ることをどうしても拒みたいのだろう。しかし、これまで天城 遊良と言う存在を格下と同義語にしてきた彼らの心には、今ははっきりと刷り込まれている。

 

 

―天城 遊良には、敵わない。

 

 

「…天城が代表候補…オレダメだ……辞退しようかなぁ…」

「俺も…手も足も出なかったのに…あいつに勝てるわけないじゃん…」

「あ…天城ぃ…天城の癖にぃ…」

 

 

漂う悲壮感は、まだ始まってもいない代表選抜戦の結果がもう出ているかのよう。

 

これに落胆している学生達も、遊良以外であったらここまで落ち込まないはずだ。ここに名があるという事は、自分の実力が1年生の中でも上位にあるという証拠。いくらこの中の誰かに負けたことがあったとしても、本選ではそれに喰らいついてやるといった感情が沸き起こってくるはず。

 

…しかし、彼らにはそれが出来なかった。

 

なぜなら、Ex適性が無い天城に、負けたという事実。Exデッキを使うことが出来ない落ち零れに、完膚なきまでに負けたという思い出が、彼らのプライドを深く…それは深く削りとっていたことに他ならない。

 

それは、今まで遊良が暴れた結果なのだが、しかし当の遊良にしてみれば、こんな状態になるとは思いもしていないはずだ。

 

何せ、暴れまわったのは、自分が代表候補に選ばれても誰にも文句を言わせないようにしてきたのであって、それがここまで他の生徒に刻み込まれているということなど、期待もしていなければ想像もしていないのだから。

 

本人の知らぬ所で、そのまま散り散りになって帰っていく1年生の違和感を察知した上級生が、1年生の掲示板まで見に来ていたが、1年生の発表時よりも遥かに大きい驚愕が、巨大なざわめきとなって中庭に響いていた。

 

 

―…

 

 

「ちょっと聞いた!?天城のこと!」

「うんうん!あの天城君が代表候補だってね!信じらんなーい!」

 

「お前も名前あったんだろ?」

「無理無理…俺あいつにこの前ボロ負けしちゃったんだよ…」

 

 

式も終わり、後は帰るだけという時間帯にも関わらず、1年生フロアではその話題で持ちきりだった。しかし、それは入学当初では考えられない空気、蔑みよりも驚愕と悲観が勝っている様子だ。きっと、遊良が暴れまわるという行動を起こさなければ、絶対にこんな空気にはならなかっただろう。…まぁ、それだったらきっと代表候補になんて選ばれてもいなかっただろうが。

 

そんな校内の空気を他所に、すでに人もいなくなった中庭で盛大な笑い声が上がった。

 

 

「あははははははっ!ゆ、遊良が!遊良がガッツポーズしてる!」

 

 

それは、すぐさま噂が広まってきて自分の候補入りを知った遊良が、面倒ごとに巻き込まれることを確信していたのでさっさと学園からの帰路につこうとしていたところで、帰り際に自分の名前が書かれた掲示板を実際に見にきて、嬉しさのあまり一人でガッツポーズをしたところを丁度いいタイミングでルキに見られ爆笑されていたからだ。

 

笑い転げるルキの目には笑いすぎて涙が浮かんできているし、その全く遠慮のない笑い方に遊良もポーズを解くことが出来ずに固まっている。辛うじて強がってはみるものの、その姿には全く説得力がない。

 

 

「わ、笑うんじゃねー!」

「遊良がっ!遊良のガッツポーズ!こ、これはレアだよぅ!あははははははっ!」

「…くっそ…」

 

 

赤面していそうな熱さを顔に感じながらも、ゆっくりとガッツポーズを解く遊良。しかし、まるで良い物を見たと言わんばかりに爆笑するルキの声は、もう遊良には一周回って心地よくすら聞こえてきてしまうのもどうなのだろうか。恥ずかしい事には変わりないが、全く遠慮がないことが逆に救いなのかもしれないと言わんばかりに。

 

しかし、まだルキだけでよかったものの、もしここに鷹矢が居たら確実に弄り倒されたことに違いないだろう。明日に正式発表される自身の代表決定のスピーチに向けた、細かい打ち合わせがあるらしく鷹矢は呼び出されていたが、それで本当に良かったと遊良は感じてもいた。

 

そしてひとしきり笑って落ち着いたのか、呼吸を整えたルキが口を開いた。

 

 

「あー、お腹痛い。…でも珍しいね。遊良がここまで喜ぶなんて。」

「仕方ねーだろ?公平に選出するって言ったって、俺がちゃんと候補に挙がるか不安だったんだからさ。」

「えー?先生が大丈夫だって言ってたし、遊良成績良かったじゃん。」

「だってさー…」

 

 

そうだ、これは想像通りの結果であって、予定通りのはず。なにせ、これに選出されないことは、そのまま師の引退にまで直結する問題。遊良にとって、決闘祭には何が何でも出場しなければならないのだから。

 

 

―そう、覚悟していたはず。それなのに、なぜか沸き上がる感情を抑えきれなかった。

 

 

【決闘世界】に則った公平な選出。【黒翼】が取り付け、【白鯨】が約束したことは、確かに行われていて、成績的に見ても遊良が落ちるはずがない。

 

いくら成績以外にも、学園生活内での総合的な評価が選出基準なのだとはいえ、これでもし遊良が落ちることがあればきっと鷹峰が教育部に殴り込んで行って、改ざんなどされていない純粋な遊良の評価成績を手に入れることだろう。

 

それで遊良の成績が本当に選出基準に至っていなければ、鷹峰とて暴れないと約束しているのだし、終業式に配られた成績表から控えめに見積もっても遊良が落ちることなど有り得ないであろう成績であったことは確かなのだから。

 

それなのに、ここまで喜ぶのは遊良にしてはかなり珍しいと言わんばかりのルキの表情。

 

―しかしその感情の出どころは、遊良にははっきりとわかっていて…

 

 

 

「…ちゃんと認めてもらったのが…嬉しかったんだよ…」

 

 

 

明らかに照れているのだろう。顔をうつむかせて、ルキに見せないように隠している遊良。

 

 

―Ex適正が無いと宣告され、その日から何においても認められなくなった少年。

 

 

いくら努力してデュエルの実力を上げても、いくら筆記や実技で好成績を残しても、それでも何も変わらなかった。そんな生活をずっと送って来たのだ、ここに自分の名があるのはある意味師のおかげとは言え、それが嬉しくないはずがない。

 

そんな遊良の姿と言葉を聞いたルキの胸中には、今にも何かが込みあがってきそうであって…

 

 

「…うん…おめでと遊良!今日はお祝いしよっか!」

「…鷹矢に全部食われる気がするからいいよ。」

「もう、そんなこと言わないの!鷹矢と遊良、二人の代表をお祝いしなきゃね!」

「まだ俺は代表『候補』だけどな。」

「でも代表になる気なんでしょ?当たり前だけど。」

「…あぁ。先生のこともあるし、何より鷹矢にだけは負けたくない。」

「だね!じゃあお買い物いこ?ウチのお母さん達にも報告しなきゃ、きっと喜んでくれるよ!」

「…そうだな!」

 

 

自分の力が、やっと認められた気がした。Ex適正が無くとも、デュエリストとして歩んでいいのだ…と。それは、世界から蔑まれていた少年にとって、切望していたEx適正を捨てた彼にとって、何よりも嬉しい事だろう。

 

そしてルキが言うように、高天ヶ原家にも報告しなければいけないことを理解している遊良。ルキも鷹峰の元で修業していたとはいえ、遊良のことも何かと気にかけてくれていた。態度には出さなくても、大人の世界ではきっとルキの両親も何かと言われていたに違いないのに、それでも遊良の敵には回らなかったのだから。

 

そうして、確かに感じる嬉しさを胸に、遊良とルキはそのままいつものスーパーへと向かい始めた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「オレ…辞退します…」

「おい、お前まで…」

 

 

もうこれで何人目になるだろう、涙ぐみながら辞退を告げてくる1年生の数の多さに、放課後の遅くまで教師達が対応に追われていた。

 

何せ、先ほど学年代表者を発表したばかりだというのに、選出された1年生の多くが栄誉ある決闘祭の代表を降りると言うのだ。1年生の辞退は過去の選出時にも数人ほどいたが、しかしいくら2、3年生との実力差があるからと言っても、この数は尋常ではないのだろう。

 

このペースでは、あの例の問題児を除いて1年生の代表候補がいなくなってしまうではないか。そんなこと、絶対に容認するわけにはいかない。学年代表者に名前を載せることだって反対だというのに、まさかそのまま不戦勝で代表にさせるというなど前代未聞なのだ。辞退を告げに来ている1年生を何とかして繋ぎとめようと、この教師の顔にはそう書いてある。

 

 

「か、考え直せ!お前の実力なら上級生にだって…」

「オレ…天城に何も出来ずに負けたんです!だから嫌ですッ!」

「あ!おい待て!…くっ、どいつもこいつも天城天城って…あの落ち零れが一体なんだってんだよ!くそっ!」

 

 

しかしその理由は明確で、皆口をそろえて『天城に負けたから』としか言わないではないか。対応に追われる教師達からしたら、そんなバカな話で辞退させたくないというのに、一体何故そんな馬鹿げた嘘までついて辞退しようとするのか不思議でならないと言わんばかりの表情をしていた。

 

選出した生徒は皆、自分が召喚別授業で育ててきた見込みある生徒たちだ、とてもじゃないが、Exデッキが使えない天城程度に負けるなんてことがあるはずがない。選出に至った学生達の実力を、その目で見て理解している教師達のほとんどはそう考えているのだろう。

 

しかし中には、職員室のほんの一画でそんな喧噪など関係ないかのようにのんびりしている人間もいる。それは、辞退の対応などせずにその姿を傍観して話をしている、天城の選出に反対を述べなかった他グループの教師達である。

 

 

「はは、暴動よりもこっちの方が面白いな。なんかすげーし。」

「天城君が、1年生のほとんどを倒したって噂が効いているんですかね?」

「まぁそうでしょう、あんな負け方した学生からしたら、二度と天城と戦りたくないでしょうし。しかも今度は舞台の上でですからね。」

 

 

そう、今ここに辞退を告げに来ている1年生達とてわかっているのだ。

 

次に天城と戦うのは学年選抜戦か学校代表戦。ただの野良試合で天城に負けるのではない、このままでは上級生にも、ここには居ない上級生担当の教師にも、もっと上の役員達もいるそんな中で、皆が見下しているあの天城と戦わなくてはいけない。

 

今までの1年生達からしてみれば、鼻で笑って見下すだけ。図々しく学年代表に選ばれたあのクズに、公衆の面前で無様に負かしてやるだけだと考えることだろう。

 

しかし、今の彼らでばもうそんな考えなど出来ない程に、天城との実力の差を見せつけられてしまっているのだ。逆に、公衆の面前で天城との有り余る実力差を見せ付けられる学生からしたら、きっと恥ずかしくてその場に立ちたくないことは必至なのだから。

 

そう思わせるように暴れまわった遊良の目論見は、違う意味で成功していたのだが、本人にそれを知る余地は無いが。

 

職員室内が暗い雰囲気に包まれていた。

 

 

 

―…

 

 

 

「キャー!泉センパーイ!」

「代表候補、おめでとうございますセンパイ!」

「わぁ、みんなありがとう!」

 

 

多数のファンに囲まれて、決闘学園イースト校3年、シンクロクラス所属の泉 蒼人は廊下で手を振る女生徒たちへとほほ笑んだ。

 

昨日発表された代表候補、3年生の中でも、融合クラスの紫魔より代表確実と噂される彼は、ファンクラブがあることでも有名な、いわゆるイケメン決闘者というのが周囲の反応であり、当然女生徒達からの人気は高い。

 

去年の決闘祭でも2年生で代表へと上り詰めたことで、その実力が高いことは周知の事実であるし、そのルックスと去年の決闘祭ベスト4という結果でメディアに取り上げられたこともあってか、彼は世間から卒業後のプロ入りを強く熱望されていた。

 

 

「おっ!蒼人、選抜戦、頑張れよ!お前なら紫魔なんかに負けないって!」

「うん、頑張るよ!」

「期待してるぜ?泉が代表なら誰も文句ねーからよ!みんな応援するぜ!」

「ありがとう!みんなの為にも、絶対に勝つよ!」

「おう!」

 

 

しかし、だからといって男子生徒から僻みを受けるかと言えばそうではなく、裏表のない彼は誰に対しても平等だ。彼を応援する男子生徒も多く、仲間意識が高いのも教師達からの評価の高さにもつながっている。

 

その誠意が皆にも伝わり、融合クラスの一大勢力となっている紫魔姓の人間たちを除いて、こぞって彼を応援する学生は多いのだが、それはファンクラブの会員を含めてもイースト校の半数以上は彼の味方と言っても過言ではないだろう。

 

その歓声と期待によるプレッシャーを感じず、むしろ奮起に変換できる彼の精神力も、彼を応援する者達からしたら魅力の一つなのかもしれない。

 

 

「なぁ蒼人、1年生のEx適正が無い奴、知ってるか?」

 

 

そんな中で、一人の3年生が蒼人に問いかけた。3年生の中でも彼の天城少年の噂は届いており、そんな彼が1年生の代表候補に挙げられたことは、一晩経った今でも学園中で噂となっているのだから。1年生の中には、何故か天城の代表発表と同時に辞退したという意味の分からない後輩がいることも、その噂を助長させる一つとなって。

 

そして、それを快く思わない上級生がいるのも確か。自分が選ばれていないのに、どうしてあの落ちこぼれの1年生が選ばれているのか、と。

 

もちろん、品行方正なこの泉 蒼人の耳にも、天城 遊良の噂は聞き届いており…

 

 

「あぁ!それって…えっと、天城君…だったよね?前にも1年生のほとんどを倒したって聞いてさ、僕、彼と一度戦ってみたかったんだ。」

「うぇ、マジかよ。Ex適性ない奴だぜ?何か気持ち悪くねぇか?」

「…え?そんなこと無いと思うけど。」

 

 

夏休み前だったか、シンクロクラスの一年生の間で噂になった、急に頭角を現してきた無所属だという男子生徒。

 

そんなに強い1年生なら、きっと何か強い信念や考えがあるのだろうと、是非直接会って話しをしてみたり、全力で楽しく戦ってみたりしたいと思っていたのだが、何故か彼に関する話はこれ以外には蔑みや見下しがほとんどを占めていた。そのせいで自分が知りたい彼に関する良い話は聞けず、公式の大会などにも出場経験が無かったということから調べるにも限界があったことを思い出す蒼人。

 

実は、我慢できずに直接会いに行ったこともあるのだが、授業が終わると早々に下校するか、どこかでゲリラ的なデュエルを突然行うらしく、生徒会の実務もある蒼人は彼と邂逅することは叶わなかったが。

 

 

「僕が3年代表になったら彼と戦えるかな?今から楽しみだよ。」

「…やっぱお前すげぇな。絶対そんな落ちこぼれに負けんじゃねーぞ!」

「あ、でもまずは3年生の紫魔君達と戦わないと。他のみんなも強いから、それに集中しなきゃいけないね。特に虹村とは今イーブンだし。」

「じゃあ放課後、皆でデュエルに付き合ってやるよ!虹村に負けずに特訓しようぜ!?」

「あ!私もやるやる!泉君と一回デュエルしてみたかったんだ!」

「うん!ありがとうみんな!」

 

 

いくら強い後輩とのデュエルが楽しみでも、目下を疎かには出来ない。同級生の仲間達からの期待を裏切らないためにも、苦労して自分を育ててくれた祖父母に恩を返すためにも。

 

そしてプロの世界にいる、とある【王者】と絶対に戦わなければいけないという、絶対の目標のためにも。

 

自分が憧れる前シンクロ王者、イースト校理事長である【白鯨】のような、凛としたデュエルを志す蒼人は、彼が愛するナチュルの森の仲間達と共に、微塵も油断なく望む覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

…その足元に漂う黒い靄に、気がつかぬまま。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 


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