遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep16「夏、天才のある一日」

「どうだい天宮寺君、スピーチの言葉は考えてきたかい?」

「…む?」

 

 

夏休みも終盤に差し掛かってきた頃、登校日でもないのに学園へと呼び出されていた鷹矢は、質問を投げかけてきた新人教師へと不可解な声を返した。

 

もう昼にも近い時間。前もって伝えておいたことが幸いか、遊良に物理的に叩き起こされなければきっと呼び出されていることなど忘れて午後まで寝ていたことだろう。そもそも休みに学園に来るという行為自体に疑問を持っている鷹矢は、それでも学園へ向かうことを拒否して布団に齧りついていたが。

 

そうして、流石にキレかけた遊良に今日の飯作りを放棄すると言われて渋々学園に来てみれば、この新人教師に意味不明なことを言われて困っている様子だ。

 

スピーチと言われてもいったい何の事なのか、全く持って心当たりが思い浮かばないのだろう。どうせ思い出す努力もしていないのか、まるで違うことを考えているようにも見える。…それはきっと、遊良が朝から仕込んでいた本格カレーのことに違いないだろうが。

 

そして、いくら新人と言えども教師もそれを感じ取ったのか、1年生とはいえ彼の【黒翼】の孫であることも相まって、やや腰を低くした声色で再度口を開いた。

 

 

「…えっと、夏休み明けのさ、【決闘祭】代表決定に先駆けてのスピーチを…頼んであったと思うんだけど…」

 

 

きっと教師としては、ここで一人の生徒にこんな態度は許されない。キッチリと締めるところは締め、毅然とした態度で生徒に接しなければならないことは必至。

 

しかし、それでも彼らの学園のトップである前シンクロ王者として名高い【白鯨】と、同クラスという【黒翼】を祖父に持つ鷹矢に対してどうしても遠慮が入ってしまう。新人教師の心の底には、就職して最初に挨拶に行った理事長室で、そのあまりの威厳に思わず腰を抜かしそうになったことが根付いているのだから。

 

鷹矢にしてみれば、【黒翼】など名ばかりのあの『ろくでなし』の事などどうでもいいと思っているのだろうが、遊良とルキが師と仰いでいるから仕方なく師事してやっているだけだというのにと、彼の心は常にそう思っていた。

 

 

「…あぁ、そういえばそんなことを言われた気がするな。」

 

 

―嘘だ。

 

 

鷹矢の記憶の中には、そんなどうでもいい事に覚えなどない。第一彼の見解では、決闘祭だってどうでもいい事なのだ。

 

決闘祭への出場を承諾してやったのだって、遊良が出ると言ったから…久しく本気にならない相棒と戦えるのではと考え、そして出る気になったのだけだというのに。

 

―いつの日か、大舞台で戦いたいと言っていた自分の片割れの言葉を信じて。

 

 

「安心しろ。当日までには考えてきてやる。」

「そ、そうかい?だったら安心だね。」

 

 

そうして、これではどちらの立場が上かわかったものではないと新人教師も感じながらも、無表情を貫き通すこの無礼者への態度に何の違和感も覚えずに、職員室を出ていく高等部1年生とは思えない程に逞しいその背中をただ見送るだけ。

 

新人教師は教師生活の行先に若干の不安を感じながらも、隣に座って仕事をしていた先輩教師へと話しかけた。

 

 

「先輩…彼みたいなのが…将来とんでもない大物になったりするんですかね?」

「だろうなぁ…、【黒翼】の孫ってだけでも凄いのに、3年の虹村にも入学早々勝ってるし。それに加えて、今も実技成績が無敗だってんだから。」

「天才ですねー。…羨ましい。」

「そう言うな。それだけ努力してるんだろ。」

「…はぁ、僕もデッキ見直してみようかな…」

「そうしろそうしろ。教師になったって、生徒から教わることは結構多いんだぜ?」

 

 

新人教師とてデュエリストの端くれ、自分よりも圧倒的に深い才能を持っている鷹矢に対して、妬みが無いと言えば嘘となる。しかし、先輩教師に言われたその言葉が深く心に刺さったのか、先ほどよりは多少表情に明るみが戻っていた。

 

 

―…

 

 

「おい天宮寺!」

「…む?」

 

 

用事が終わったのならさっさと帰ろう。そうしていそいそと玄関へと向かっていた鷹矢だったが、廊下の途中で背後から不意に声をかけられて立ち止まった。

 

振り返ってみれば、そこには見覚えのある顔が一人。

 

 

「なんだ、虹村か。」

「何度言ったらわかるんだ、『先輩』をつけろといつも言っているだろう。」

「何の用だ?俺は急いでいるのだが。」

「…はぁ、相変わらずだなお前も。」

 

 

溜息をつきながらも、鷹矢のその態度にも慣れたといった表情をしたのは、エクシーズクラス3年、虹村 高貴(にじむら こうき)

 

彼は、父母兄弟、家族全員がプロデュエリストだというデュエリスト一家の3男にして、去年の決闘祭にも2年生ながら出場を勝ち取った実力者でもある。

 

―さらに言えば、昨年のイースト校の代表は全員が2年生という、まさに黄金世代と称された世代の、エクシーズクラスのトップだ。

 

…今は、『元』トップではあるが。

 

 

「いいところで見つけた。どうせお前のことだ、暇なんだろ?ちょっと来い。」

 

 

もちろん3年生においても彼の決闘祭代表は確実とされていたのだが、しかし新学期に入ったところで、彼の【黒翼】の孫という新一年生との、初召喚別授業でのエキシビション戦で負けてしまったことは学園でも一大事件として広まっている。

 

そんな彼は、今では鷹矢を恨んでいるという噂が周囲でも有名になっていた。

 

 

「暇ではないのだが。」

「いいから来い。先輩命令だ。」

「…むぅ。」

 

 

鷹矢にしてみれば、別に無視して帰ってもよかったのだが、召喚別授業以外にも事あるごとに絡んできて、いつも先輩風を吹かせて絡んでくるこの虹村に対して、どこか苦手に感じているのも事実だ。

 

―『断っても面倒なことになるんだったら、話を聞いてやる振りをしてやるのも一手だろ?』

 

遊良に習ったソレをうろ覚えのまま実践する鷹矢は、夏休みだと言うのに何故か学校に来ている先輩に連れられるまま、どこかへと向かって歩き始めた。

 

 

―…

 

 

「よし、ここだ。」

「…第一デュエル場…なんだ、また俺とデュエルしたいのか?」

「いいから入れよ。」

 

 

そうして、鷹矢が連れてこられたのはイースト校にいくつかあるデュエル場の一つ、主にエクシーズクラスの授業に使われている第一デュエル実技室だった。『実技室』とはいえ、決闘学園だけあってその設備は盛大で、大型ドーム並みの広さを持つスタジアムとなっているこの施設に、これ見よがしに置かれたデュエルフィールドの2つがなんとも贅沢と言える。

 

そしてその中にはあらかじめ待っていたのだろうか、3人の生徒がデュエルフィールドの上に立って待機していた。

 

 

「お疲れ様です虹村先輩。おっ、天宮寺が素直についてくるなんて。」

「珍しいな。あの生意気な天宮寺の癖して。」

「キミも虹村先輩に根負けしたってことね。」

「む?…何の話だ…あと誰なのだ貴様らは。」

「2年の山下と佐藤と川本だろうが。いい加減同じエクシーズクラスの先輩の顔を覚えろ。あと先輩には敬語を使えって何度言えばわかるんだお前は。」

 

 

そう言って後ろから虹村に頭を叩かれた鷹矢だったが、そう言われたところでどうしても見覚えのない生徒達に、頭を捻るだけだ。

 

第一自分よりも弱い生徒だらけのこの学園で、顔を見ればすぐ絡んでくる虹村の顔も、最近やっと名前と一致したというのにそれ以外を全て覚えろと言われても鷹矢にしたら苦痛でしかないだろう。

 

元々他人の顔など覚える気も無くその必要も感じず、他人に気を使ったところで良い事など一つもないと言うのが彼の持論なのに。

 

それを、いきなり自己紹介されたところで記憶に残すことは出来ないだろう。たった今言われた2年生三人の名前など、はなから覚える気もなく、もう忘れている鷹矢は後ろにいる虹村へと向かって言った。

 

 

「またこれか。一体こんなことをして何になると言うのだ?」

「いいから上がれ1年坊主。いつも通り3対1だ。それが終わったら俺と続けてデュエルをするんだ。いつも召喚別でやってることだろうが。」

 

 

そう、鷹矢が入学初日に虹村に勝った日から、召喚別授業では必ずと言っていいほどに虹村が考案したこの複数対一人のデュエルをやらされている。それだけではない、それが終われば最後に虹村とのサシのデュエルが待っている。

 

別に、雑魚が何人束になろうが鷹矢からすれば有象無象のようであって全く持って相手にならないのだが、こと虹村においては連戦の後に行うにしては些か厄介な相手でもあった。戦う毎に手の内を分析してくる相手だ。流石はエクシーズクラス元トップというだけあって、虹村相手では気を抜くことが出来ないでいる。

 

 

―それでも、負けはしないが。

 

 

それが気に入らないのだろうか、上級生でも鷹矢に敬語を使い始める生徒が増え始める中、虹村は何度負けても鷹矢に対して先輩風を吹かせて話すのをやめない。…まぁ、それでも相手になる生徒が少ない中では数少ない実力者なのだから別にいいかと、鷹矢は虹村の要求を呑んですでに待ち構えていた2年生三人へと向かい合った。

 

 

「行くぞ天宮寺!」

「覚悟しろよ?」

「今日こそは一撃入れてやるわ!」

「そうか。では頑張ってくれ。」

 

 

勇んだ2年生達の言葉の圧に、待ったくもって何も感じていない様子の鷹矢。

 

そのまま鷹矢は、自分のデュエルディスクを展開すると遊良から入っていたメッセージが気になりつつも…すぐに終わるだろうからと、それを見ずにデュエルモードへと切り替え始め…

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「バトル!【ギアギガントX】であの男に!【キングレムリン】でその男に!【恐牙狼 ダイヤウルフ】でこの女に!それぞれダイレクトアタックだ!」

 

 

―!!!

 

 

「ぐぅっ!?」

「くっそぉ…」

「きゃあ!?」

 

 

―ピー…

 

 

無機質な機械音が三重に鳴り響き、それは鷹矢が同時に三人の2年生との勝負をつけたところであった。

 

―まるで相手にならない。

 

ダメージを一つ負わず、実力差を見せつけるようにして威風堂々と立つ鷹矢のその姿は、1年生にしては雰囲気がありすぎていて。見る者が見れば、まるで若かりし日の【黒翼】だと評することもあるだろう。

 

 

「あーあ。またLP削れなかった。」

「ちっ、どうなってんだお前は。」

「ホント、強すぎて逆に引いちゃうわよ。」

 

 

そんな鷹矢に負けた2年生三人は、まるでいつものことのようにしてそそくさとデュエルフィールドから降りると、ディスクを片付けながら虹村の元へと集まった。そして、一言二言彼と言葉を交わすと、何かメモを取り始める。

 

そうして、それが終わると次に待ち構えていたのだろう虹村が、鷹矢の対面へと立って自身のデュエルディスクを展開し始めた。

 

 

「よし、じゃあ次はオレとデュエルだ。少しは疲れたか天宮寺?」

「問題ない。」

「そうか、じゃあすぐに始めよう。」

 

 

複数人を相手にしてからの、続けざまの連戦。いくら相手が自分よりも格下だとは言え、全員が自分一人を標的にして全力でかかってくるのだ。三人分の全力を受け切ってから、それ以上の実力を持ったデュエリストが間髪入れずにかかってくることは、ある意味プロデュエリストでも疲れることだろう。

 

それを踏まえてもなお、鷹矢は全く乱れていない呼吸と思考で虹村に向かう。

 

まるで負ける気がしないのだろうか。夏休み前だったら、最後に万全の態勢で待ち受けている虹村に対して、多少は焦りもしていた。しかし今現在、その虹村に対してもまるで全然焦らなくなっていることに、鷹矢は気が付いた。

 

少し前に、祖父に連れられて行ったルード地区。遊良と競い合って連戦に次ぐ連戦を経験してきた鷹矢にしてみれば、先の2年生三人とのデュエルなどたかが1戦扱いであり準備運動にもなりはしない。どんなデュエルをしたのかも記憶に残していないのか、きっと圧倒的すぎて彼には覚えている価値もなかったのだろう。

 

 

「これが終われば帰っていいんだな?」

「…好きにしろ。オレが勝ったら…わかってんだろうな。」

「うむ。虹村に敬語を使えばいいのだろう?」

「違ぇよ!先輩全員にだって言ってんだろ!」

 

 

そう、虹村が課してきている条件、それは彼が鷹矢に勝った暁には、鷹矢に先輩を敬えと強制させるものだ。

 

別に、そんなことに何の価値があるのかを考えたこともない鷹矢だったが、負ける気も無いのだからそんな程度の条件を呑んでやることなど造作もないと、そう言ってデュエルを受けていた。

 

元々思ったことを包み隠さず、そのまま口に出てくるタイプの鷹矢だ。強制されたところで意識して言葉使いを変えるとも思えないのだが、虹村からすれば意地でも鷹矢を負かしたいのだろう。何度も負けている1年生に、やっきになって挑み続けている。

 

 

「いいから始めるぞ。腹が減ってたまらん。」

「この1年クソ坊主が…。調子に乗るのもいい加減にしとけよ?」

「うむ。善処する。」

「…はぁ。もういい、始めるか。」

 

 

そうして、口の利き方も知らない1年生と、最上級生のデュエルが始まった。

 

 

―デュエル!

 

 

「先攻はオレだ!手札から、【聖刻龍―アセトドラゴン】をリリースなしで通常召喚!その場合、アセトドラゴンの攻撃力は1000となる。そのままアセトドラゴンをリリース!手札の【聖刻龍―シユウドラゴン】を特殊召喚する!来い、シユウドラゴン!」

 

 

【聖刻龍―シユウドラゴン】レベル6

ATK/2200 DEF/1000

 

 

虹村の場に現れたのは、古代の魂を宿した聖なる刻印を持つドラゴン。神聖なる輝きを放つ龍たちは、進んでリリースされた時にこそ、その真価を発揮することが出来る。

 

それは、アドバンス召喚でも当然発動できるのだが、一度しか行えないそれよりも、効果でリリースを連続的に繰り返すことこそ彼の得意とする戦法でもある。

 

 

「リリースされたアセトドラゴンの効果発動!デッキから【エレキテルドラゴン】を、攻守を0にして特殊召喚する!」

 

 

【エレキテルドラゴン】レベル6

ATK/2500→0 DEF/1000→0

 

 

そして、さらに現れた通常モンスター。普通ならレベルに似合わぬ攻撃力を持つモンスターなのだが、今は聖刻龍の効果によってその力を封じられていた。雷を纏ったその体も、小さく萎んでしまっている。しかし、それは虹村にとっては常套手段。何も、攻撃力0のモンスターを棒立ちにするために呼び出したのではないのだから。

 

 

「行くぞ!オレはレベル6の【聖刻龍―シユウドラゴン】と【エレキテルドラゴン】でオーバーレイ!エクシーズ召喚!来い、ランク6、【聖刻龍王―アトゥムス】!」

 

 

【聖刻龍王―アトゥムス】ランク6

ATK/2400 DEF/2100

 

 

聖刻龍を統べる王。虹村が相棒とするそれは、金色に輝く鎧を身に纏う龍王であり、その咆哮によって、未だ眠りしいかなるドラゴン達をも呼び出すことが出来る強力な能力を持つモンスター。その代償に、自身はそのターンに攻撃する力を失うことになるが、どんなドラゴンをも呼び出せるということはただただ脅威だ。

 

 

「アトゥムスの効果発動!オーバーレイユニットを一つ使って、俺はデッキから【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】を攻守0にして、守備表示で特殊召喚!」

 

 

【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】レベル10

ATK/2800→0 DEF/2400→0

 

 

「ほう、良いモンスターだ。」

「ありがとよ!オレは【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】の効果を発動して、墓地の【聖刻龍―シユウドラゴン】を蘇生する!甦れ、シユウドラゴン!」

 

 

次々と場を埋めていく虹村。『真紅眼』の名を冠する【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】は、ドラゴン族にとって無くてはならない効果を持ち、もちろん聖刻龍との相性も抜群。攻守が0になっているとはいえ、虹村がそれを承知で残すわけがないと、鷹矢は経験上知っている。

 

案の定、先ほどオーバーレイユニットとして使われたシユウドラゴンが蘇り、さらに虹村は動き出した。

 

 

「魔法カード【召集の聖刻印】を発動し、デッキから2体目のシユウドラゴンを手札に加える!そのまま手札のシユウドラゴンの効果で、フィールドのシユウドラゴンをリリースして手札から特殊召喚!今リリースされた1体目のシユウドラゴンの効果で、デッキからレベル6の【エメラルドドラゴン】を攻守0にして特殊召喚し、そのままオーバーレイ!エクシーズ召喚!ランク6、【セイクリッド・トレミスM7】!」

 

 

【セイクリッド・トレミスM7】ランク6

ATK/2700 DEF/2000

 

 

続いて呼び出したのは、星の騎士団として名高い星雲の機械龍。聖刻龍ではないものの、その高い攻撃力とバウンス効果は強力で、セイクリッド使い以外にも扱う者は多いモンスターだ。

 

多いとは言っても、これだけ強力なエクシーズモンスターはほとんど流通しておらず、虹村とてプロデュエリスト一家の末弟として、家族全員の物であるコレを一時的に借りているに過ぎないが。

 

それでも、彼がこのモンスターを最大限に使いこなせることには違いない。弱体化させられている真紅の眼の竜へと狙いを定めて、機械龍は咆哮した。

 

 

「【セイクリッド・トレミスM7】の効果発動!オーバーレイユニットを一つ使って、【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】を手札に戻す!そして、【聖刻龍王―アトゥムス】を除外して、今戻した【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】を特殊召喚!一度場を離れたことで、【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】の効果をもう一度発動し、墓地からシユウドラゴンを特殊召喚だ!続けて速攻魔法、【銀龍の轟咆】発動!蘇生するのは【エレキテルドラゴン】!そのまま2体のドラゴンでオーバーレイ!エクシーズ召喚、ランク6【聖刻龍王―アトゥムス】!その効果をもう一度発動し、オーバーレイユニットを一つ使って、デッキから【ライトパルサー・ドラゴン】の攻守を0にして守備表示で特殊召喚!」

 

 

【ライトパルサー・ドラゴン】レベル6

ATK/2500→0 DEF/1500→0

 

 

まるで終わる様子のない虹村の展開。

 

先攻だと言うのに、すでに場には4体の大型ドラゴン達が出現し、一体は攻守0だとは言え、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンとライトパルサー・ドラゴンの相性の良さは世界的に有名だ。

 

それ以外にも、高攻撃力を持った2体のエクシーズモンスターが虹村の場にはいて…これを全て突破することは、並大抵の『モノ』では出来ないと断言できるのではないだろうか。

 

この実力…『元』とは言え、流石はエクシーズクラスのトップに立った生徒と言えるだろう。

 

 

「すっげぇ、虹村先輩、また腕を上げたな!」

「ここまでの展開は今まで以上だ!流石虹村先輩!」

「これならいくら天宮寺君だって、ちょっとやそっとじゃ突破出来ないわ!」

 

 

そして、その展開を見て2年生の三人は歓喜の声を上げた。

 

今まで以上の虹村の展開力と、その容赦のない盤面に…思わず嬉しさが勝ったのだろう。なぜなら彼ら三人の表情は、今まで無敗を誇った糞生意気な1年坊主に、初めて敗北を教えてやれるのだと、そう言わんばかりの顔をしていたのだから。

 

 

「オレはカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 

虹村 LP:4000

手札:5→0枚

場:【セイクリッド・トレミスM7】・【レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン】・【ライトパルサー・ドラゴン】・【聖刻龍王―アトゥムス】

伏せ:1枚

 

 

そうして、長い長い先攻1ターン目が終わって、ようやく手番が回ってきた鷹矢。

 

…およそ、自身が出来る最高の盤面を虹村は作り上げたのだろう。

 

その虹村は自信満々に鷹矢を見ていたが…しかし当の鷹矢はと言えば、反応が無くただ突っ立っているだけ。

 

まさかこの男に限って、臆したということはあるまいと、それは虹村とて分かっていたが…いつもならすぐにでもドローをする鷹矢が、まるで動かないこと、それがとても不思議でたまらなかったのだろう。

 

彼が何かあったのかと、勘繰るのも不思議ではないのだが…

 

 

 

「…おい!どうした天宮寺!?」

 

 

 

―しかし…

 

 

「…ぅむ?…あぁやっと終わったのか。すまない、あまりに長かったから寝ていた。」

「…は?」

 

 

言い終わると同時に起こった大きな欠伸を隠さずに、鷹矢はいけしゃあしゃあとそう言い放った。

 

…しかし、何かあったのかと勘ぐってはみたものの、デュエル中の居眠り…

 

こんなこと、礼儀も何もあったものじゃない。

 

あまりに舐めた態度を取った1年生を許せるはずもなく、虹村のボルテージは否応にも上がってしまうことは必至。

 

そうして虹村は、つまらなさそうにして立っている生意気な1年生へと向かって、怒りを隠さずに叫んだ。

 

 

「いい加減にしろ!お前、いくら実力があるからと言って、デュエル中に寝るなんてどういうつもりだ!」

「仕方ないだろう、昨日遅かったんだ。」

「言い訳するんじゃない!いつも言っているだろうが!向かい合ってデュエルをする以上、相手への礼儀は忘れるな!それじゃあいくらトップクラスの実力があっても、プロでは上がっていけないんだってな!」

 

 

まるで、出来の悪い後輩の面倒をみる先輩のような台詞で、憤慨したように捲くし立てる虹村。

 

 

―そう、虹村が鷹矢に拘る原因として、どうしても鷹矢の態度を許すわけにはいかなかったのだ。

 

 

鷹矢がすでに学園でもトップクラスの実力者だということも、虹村は認めていて…

 

それでも挑み続けたのは、何度言っても聞かないこの生意気な1年生に敗北を教えて、考えを改めさせることが自分に課せられた責任なのだと、そう自分に言い聞かせて。

 

 

ー過去、プロデュエリスト一家の末っ子として調子に乗っていたとある生徒の鼻っ柱をへし折ってくれた、とある偉大な先輩たち。

 

 

相手への礼節と尊敬を大切にすることの重要さを気づかせてくれたソレを次の世代に伝えることは、先に生まれた者として疎かにすることは出来ないのだと、そう理解しているのだから。

 

いくら『鷹矢を恨んでいるという噂』が蔓延っていても、躍起になって挑んで諦めが悪いと言われても、そんなことは周囲が勝手に言っているだけであって、自分には関係ない。

 

いつかプロになるだろうこの生意気な後輩を、全力で改心させて、そして成功させてやるのも、先輩としての責務なのだから、と。

 

もちろん、後輩に実力で劣っているのは、彼にとってはそれはそれは悔しいことだろう。だからと言って、妬んでいては始まらないことなど、虹村には分っている。

 

だからこそ、自身を鍛えることを怠らなかった。プロデュエリスト一家きっての天才と持ち上げられようとも、両親や兄たちを超える才能を持っていると称されようとも、気を緩めることなどなく鍛錬に励んだのだ。

 

目の前に、自分以上の才能と力を持つ人間がいるのだ、勝てなくても、自分の修練の結果が目に見えて進んでいることがよくわかるし、少しづつ近づいていることも感じ取れているからこそ…

 

虹村自身の上達のためだけではない。鷹矢に理不尽な連戦を課すのだって、鷹矢のデュエルスキル向上のためだ。かつて自分も同じ特訓を先輩達にしてもらい、それで途切れない集中力と思考力を身につけたのだから。

 

 

―だから、今日こそは。

 

 

いつもそう思っているからこそ、彼はいつも全力で鷹矢に接するのだろう。それゆえに、鷹矢の態度が…

 

 

ー虹村は、どうしても…許せない。

 

 

「いいか天宮寺!自分より実力が劣る相手だろうと、自分より何か優れた物を絶対に持っているんだ!」

 

 

相手を尊敬できない人間は、絶対に大成しない。自身の過去と、家庭の都合で多くのプロと接する機会が多かった経験も相まって、虹村はそれを知っているのであって。

 

こんなに才能豊かな後輩をそんなことで潰すのは、それこそ自分を変えてくれた先輩たちに申し訳が立たないのだからと言わんばかりに。

 

しかし、『絶対に勝って鷹矢にわからせてやる』と、そう言いかけている虹村の言葉を遮るようにして…不意に鷹矢が口を開いた。

 

 

「だからこそ対戦相手に敬意だな…」

「わかったわかった。だがそれは俺が負けたらの話なのだろう?安心しろ、負けたらちゃんと話は聞いてやる。俺のターン、ドロー。」

「ぐっ!」

 

 

先輩の言葉を遮って、思うがままに口走って。

 

…どうにも聞く耳を持たない、自分の道を突き進む鷹矢。

 

そんな鷹矢に話を聞かせることが出来るとすれば、鷹矢が言うようにデュエルで勝つしかないのだろう。

 

しかし、自分の進化した全力を目の前にしても、それでも全く焦りもしない鷹矢の姿は、虹村からも夏休み前よりも大きく見えてしまうのはどうしてなのだろうか。

 

あれだけ行った修練でも、この1年生には届かないのか。まだ負けていないのに、そんな気分にさせられていることに虹村は気がついて…

 

 

「天宮寺、お前…」

「俺は魔法カード、【ナイト・ショット】を発動して、その伏せカードを使わせずに破壊。」

「ぐっ…【デモンズ・チェーン】が!」

「よし。では【ゴールド・ガジェット】を召喚し、効果で【グリーン・ガジェット】を特殊召喚。デッキから【レッド・ガジェット】を手札に加える。」

 

 

鷹矢お得意のガジェットモンスター達が、早々に彼の場に場に2体揃う。手札消費も少なく、展開力と安定性に優れたこのモンスター達の弱点を挙げるのならば、強いて言えば打点が低いことだろう。

 

しかしそれも、鷹矢の場にレベル4のモンスターが2体揃ったことで解消される。

 

エクシーズ名家、天宮寺家の人間として…鷹矢は自身が持つエクシーズモンスターを召喚するために、動きだすのみ。

 

 

「2体の機械族でオーバーレイ!エクシーズ召喚、ランク4【重装甲列車アイアン・ヴォルフ】!」

 

【重装甲列車アイアン・ヴォルフ】ランク4

ATK/2200 DEF/2000

 

 

そうして現れるのは、雪原を生きる狼を模した鋼鉄の列車。どんな荒廃した場所でもたどり着けそうなほどに力強く、その重量級の車体に突撃されては大ダメージでは済まないことだろう。

 

だが、虹村の場には大型モンスターが4体も犇めき合っている。対して鷹矢は、通常召喚権も使って、出したといえばこの1体のみ。

 

この重装甲列車が、いくら直接攻撃できる効果を持っていても、群雄割拠のランク4エクシーズモンスターの中には『いかなるモノも全て吹き飛ばす』ことが出来るモンスターだって居るということはエクシーズクラスの人間ならば知っていて当然。

 

そうだというのに、今鷹矢が召喚したこのモンスターでは、今虹村のライフを半分以上削った所で、次の虹村のターンが回ってくれば耐え切れずに鷹矢の勝ち目は無いということは必至。

 

それだと言うのに、無表情の鉄仮面を貫き通す鷹矢に対して虹村は怪訝な顔をして聞き返した。

 

 

「どうした?寝ぼけて出すモンスター間違えたのか?」

「そんなわけないだろう。アイアン・ヴォルフの効果発動!オーバーレイユニットを一つ使って、このターン、アイアン・ヴォルフしか攻撃できなくなる代わりに、こいつは直接攻撃をすることが出来る!」

「…だが、オレのモンスターを避けて攻撃してくるってことは、この場を突破できないって認めたのか?ったく、ようやくお前も…」

「…先ほどから何を言っているのだ?俺は早く終わらせて帰りたいだけだ。速攻魔法【リミッター解除】を発動し、アイアン・ヴォルフの攻撃力を倍にする。」

「んなっ!?」

 

 

【重装甲列車アイアン・ヴォルフ】ランク4

ATK/2200→4400

 

 

唐突に、かつ無慈悲に。

 

鷹矢は感情を込めていない声で淡々とソレを発動するだけ。

 

それは、機械族に限界を無理やり超えさせる魔法カードであり…それに伴う代償として、オーバースペックを課せられた機械がそれに耐え切れるはずも無く…最後には爆発四散してしまう諸刃の剣。

 

こんな展開方法は、エクシーズモンスターで安定して圧倒してくる鷹矢にしては使う事すら珍しいカードでもある。

 

普通ならこんな序盤で使うことなどありえなく、最後の切り札として使うのが定石であることは、デュエリストたちには常識であることだろう。しかし、それを全く無視したかの様な鷹矢の姿は、世のデュエリストたちをまるで高みから嘲笑っているかのようであって。

 

 

「攻撃力4400だとっ!?」

「うむ。」

 

 

虹村とて、まさか今まである程度喰らいつくことが出来ていた後輩に、後攻ワンショットキルをされるとは思っても見なかったのだろうか。

 

今までとはどこかデュエルの仕方が変わった鷹矢に、身震いすら起こってくるのをしかと感じていて。自分の今の力を最大限に発揮して作り上げたこのドラゴン達の場を見れば、デュエルが長丁場にすらなるかもしれないと思っていたのにと、虹村は苦虫を噛み潰したような顔をして鷹矢を睨みつけた。

 

一体、夏休みのこの間だけでこの男はどれだけ成長しているのだろうか。その底知れぬ才能に畏怖すら感じそうだ、と。

 

そんな虹村など意にも介さず、鷹矢は先ほどの2年生達に止めを刺した時と同じようにして宣言した。

 

 

「バトル!アイアン・ヴォルフで虹村にダイレクトアタック!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐぁあ!」

 

 

虹村 LP:4000→0(-400)

 

 

 

―ピー…

 

 

 

ソリッド・ヴィジョンの重装甲列車が、虹村へと躊躇無く激突し…もしこれが本物であったならば、きっとただでは済まないだろう勢いを見せて。

 

無機質な機械音が鳴り響き鷹矢の勝利を告げると、その機械のモンスターは徐々にその姿を薄くしていき、最後には消えて無くなっていった。

 

 

「よし。では俺は帰らせてもらう。ではな、虹村。」

「…くそっ、また負けた!あと敬語はまだしも『先輩』をつけろ!」

「だからそれも俺に勝ったらの話だ。」

「あ、おい!…はぁー…ったくあの馬鹿野郎が!」

 

 

既に勝負は決し、本当に早く帰りたかったのだろう、鷹矢は先輩達の制止を聞かずに走り去っていく。

 

一体、いつになったらあの馬鹿に礼儀を叩き込めるのだろうかと、虹村は盛大な溜息と糞生意気な後輩への怒りを同時に吐き出した。

 

 

「あーあ、何か天宮寺の奴、以前にも増して強くなってませんかね?」

「そうねぇ。何か、凄みが増したって言うのかな。天宮寺君、なんだか前より大きく見えたわ。」

「虹村先輩、ドンマイですって。」

 

 

2年生達が、口々にそう言って壇上へと上がって虹村に近づいてくる。いくら先輩が連敗しようとも、もう何度目かも分からぬ敗北を見せ付けられても、彼ら2年生にとって虹村が尊敬に値する先輩であることにかわりないのだろう。彼らの眼は負け犬を見る眼ではなく、次こそはやってくれとるだろうと信じている眼だ。

 

この人は後輩たちの期待を裏切らないということを、彼らもわかっているのだから。

 

 

「ちっくしょー…まだ勝てねーのかよ。」

「でも先輩だって腕かなり上げましたよね?次は行けますって。」

「天宮寺に勝てる可能性があるのは虹村先輩だけですからね。」

「お前らなぁ、そんな持ち上げんなよ。」

 

 

そうは言っても、全く諦めた様子のない虹村だ。そうでなければ、後輩にここまで負けてもまだ挑めはしないだろうが。

 

しかし、虹村とてこのまま黙って負け続けるつもりが無いのも事実。来たる決闘祭に、エクシーズ代表として出場するのは自分だといわんばかりに、特訓に精を出すことは忘れない。

 

噂では、天宮寺が既に決闘祭の代表に決定しているとさえ言われているものの、ある意味それは正解で、既に鷹矢が代表の一人目として決定はしているが今年から召喚別クラスによっての人数制限もなくなっていることは、学生達はまだ知る由もないが。

 

だからと言って諦める気もないのだろう。だから夏休みだと言うのに、特訓の為に後輩と共に学園にまで来ているのだから。

 

 

「お前ら暇か?今日はもう少し特訓に付き合ってくれ。」

「もちろんです。」

「どうせ暇ですし。」

「私もいいですよ。今日デートの約束キャンセルしたんで一日空いてますから。」

「…それは、何かすまないな。」

 

 

いい先輩の後ろには、いい後輩がついてくる。それも彼が彼の先輩から教わったことだ。

 

ソレは一重に、虹村の面倒見がいいこともあるのだろう。どのデュエルでも、彼は後輩たちへのアドバイスを忘れない。先ほどの2年生三人のデュエルだって、改善できる点を見つけてはアドバイスをして、律儀に後輩たちもメモをしていた。それを彼らが次の後輩へと繋げてくれれば…

 

きっと彼らもいい先輩になって、いい後輩が必ず育つ。

 

そんな頼もしい後輩たちを前に、立ち止まる暇など無いと言わんばかりに虹村は立ち上がると、後輩たち相手にデュエルを続けていった。

 

 

「よし、行くぞ!」

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「あ、鷹矢おかえりー…って汗だく!?汚い!早くシャワー行ってきな!」

「むぅ…」

 

 

照り付ける太陽にも負けず、全力疾走の後に帰宅した鷹矢だったのだが、冷房の聞いたリビングのソファーに寝転がって悠々自適に雑誌を呼んでいたルキに、開口一番で貶されたために息を切らしながら怪訝そうな顔をしていた。

 

まぁ、もう昼食の時間など過ぎ去っていたが、寝坊したせいで朝から飲まず食わずだった鷹矢の腹はすでに限界が近かったのだろう。そんな体でも、遊良が準備しているだろう昼食を最後の希望として、走って帰ってきたのだ。鳴り響く腹の音に負けずに、足を止めることは無かったというのに。

 

しかし、そんなことなど関係ないルキからしてみれば、上半身裸の、汗だくでゼーゼー言っている男子高校生とは同じ部屋に居るのも嫌になることは必至。腹の音で抗議を続ける鷹矢など無視して、先にシャワーを浴びろと言い放った。

 

それに負けじと、鷹矢はルキに投げつけられたタオルで汗を拭って応戦するが。

 

 

「俺は腹が減っているんだ。」

「ダメ!汗臭いし!ご飯なんて後にして!」

「む…。」

 

 

こうなってしまっては、ルキは聞く耳を持たない。きっと自分がシャワーを浴びてくるまで意地でも飯を食わせてくれないことを、長い付き合いなのだから容易に分かってしまうのがなんとも残念に思う鷹矢だったが、ふと彼はそこに居るはずのもう一人が居ないことに気がついた。

 

それと同時に、自分の昼食が準備出来ていないことにも気がついて。

 

 

「そういえば遊良はどうした?」

「え?遊良なら上でお昼寝してるよ?」

「珍しいな。遊良が俺の飯を準備せずに昼寝をするなど。」

「いつまでも遊良に甘えないの、もう!疲れてるんだよ、朝から毎日、家事もして鷹矢の世話もして!」

「それと俺の飯は別だろう?」

「いや一緒でしょ…どんな感覚なのよー、もう!」

 

 

なんとも食い意地を引かない鷹矢に呆れかえるしかないルキ。

 

しかし考えてみれば、確かに生まれて直ぐから一緒に居て、年中セットにされていた遊良と鷹矢だ。

 

今更お互いへの気遣いなど、例え意識したって出来るはずも無く、鷹矢にしてみれば遊良が自分の飯の仕度をしてくれることはもはや呼吸と同じレベルの当たり前なのかもしれない。

 

なんだかんだ言っても面倒をみる遊良も遊良だが、彼に関しても鷹矢の面倒を見ることが当たり前になっているのも大きだろう。

 

昔からの習慣というか、『慣れ』を通り越して、それが『普通』になっている。

 

…それと同時に、遊良にしても鷹矢に対して家族以上に遠慮が無いのだから、それこそお互い様だろうけれど。何せ、過去のこともあって、他の人間にはどこか一線を引く遊良も…鷹矢相手には全く壁など作らないのだ。

 

それは、鷹矢が遊良を、『一緒に居るのが当然の片割れ』と思っているように、遊良もまた鷹矢を『当たり前に隣にいる奴』だと思っているのだから。

 

 

「でも遊良のこと起こしちゃダメだよ?」

「む?なぜだ。俺の飯が無いと言うのに。」

「もー、遊良から頼まれてるからそれくらいやってあげるってば。」

「それなら仕方ない、我慢して先にシャワーに行ってやるか。」

「そうそう。最初から素直にそうすれば私だって直ぐにご飯の準備してあげたのに。」

「頼んだぞルキ。俺は火の点け方も知らん。台所になど立ったことも無いからな。」

「偉そうに言わないの、もう!じゃあカレー温めておくから早く浴びてきちゃいな。」

「うむ。」

 

 

 

 

「上がったぞ!」

「早ぁっ!何その早さ!ちゃんと洗ったの!?」

「うむ!」

 

 

そうして、我慢してシャワーへと向かった鷹矢だったが、まるで烏の行水の如く速さで上がって来たのには、流石のルキも呆れかえってしまった。

 

まだカレーの鍋に火をかけて2分と経っていないのに、一体この男はどこを洗ってきたのだろうかと、そう言いたげな顔をしている。

 

仕方ないので鷹矢が食べるであろう量を取り、レンジで温めて食わせたルキだったが、その幼等部からまるで変っていない鷹矢の食べっぷりには苦笑いしか出てこない様子。

 

何せ、鷹矢専用の巨大皿に乗っている、大食い選手権も腰を抜かす量に盛り付けられたカレーが…恐るべきスピードで吸い込まれて行くのは見ていて不思議でならない顔をしていたのだから。これではまるで、いつまでも吸引力の変わらない掃除機だ。

 

そんな鷹矢のカレーが残り3分の1を切ったあたりで、不意にルキは問いかけた。

 

 

「あ、そういえば何でこんなに遅かったの?遊良がメッセージ入れてたでしょ?」

「む?あぁ、そういえばそうだったか。デュエルしていたからな。」

「え、今日は職員室に呼ばれてただけなんでしょ?」

「うむ。それで帰りに絡まれたから遅くなったのだ。」

「ふーん。でも夏休みなのに誰が学校に居たの?」

「あぁ…あいつだ…あの…」

 

 

多分、必死で思い出そうとしているのだろう、何があっても食器から手を離すことが無い鷹矢だというのに、腕を組んで天井へと視線をやって、一生懸命になって記憶からひねり出そうとしているのがルキにも手に取るようにわかる。

 

そんな、相変わらずの表情の少なさではあったが、ルキにはその鉄仮面の下にある鷹矢の表情が簡単にわかってしまった。

 

 

―きっと、本人は全力で顔を歪めて、眉間に皺を寄せて考え込んでいるつもりなのだろう、と。

 

 

ルキとて、鷹矢が『天才』と称される他にも、学園で『鉄仮面』や『無表情』と言われていることは知っている。まぁ、それは遊良のソレと違い、陰口ではなく事実なのだから特に何も感じないのだろうが。

 

しかし、考え込んでいる鷹矢の姿を見ている限り、ルキには彼がいくら学園で鉄仮面だと言われても、いくら他の生徒から無表情だと言われても、この馬鹿に関しては昔から何も変わっていないのだろう。

 

そんな中でも、ふとルキは思う。確かに昔の鷹矢は、よく表情をコロコロと変え、感情が全面に出ている子供だったのだが、それがいつからか今のように感情を表に出さず無表情でいることが多くなった。

 

遊良に言わせれば、今でも鷹矢ほどわかりやすい奴は居ないとまで言い放つのだが、流石にルキでも鷹矢の表情の少なさにはたまに何を考えているのか分からなくなる時があるのも事実。

 

きっと遊良の眼には、今でも七変化のように変わっている鷹矢の表情が手に取るようにわかるのだろうが、それでも少なからず鷹矢が変わってしまっていることには違いない。

 

それでも、彼女にだってその心当たりはある。…もちろん、遊良が蔑まれ始めてからだ。

 

 

―『遊良の敵は、全員許さん。』

 

 

昔、鷹矢が言ったことを思い出すルキ。彼が人の顔を覚えることを必要とせず、目上の人間にも敬意など持たない理由も、きっとそこにある。

 

自分の片割れの事を、蔑み、馬鹿にし、乏し、無視し、見下し、傷つけた人間は、皆等しく同じ『敵』なのだ。

 

きっと、彼の心には、遊良の敵は全員同じにしか映らないのではないか。

 

今でこそ、遊良の敵は遊良自身に何とかさせるスタンスの鷹矢ではあるが、幼少期は遊良を馬鹿にした人間には誰であろうと真っ先に噛みついていたのだ。だから、強烈な印象を与えた事件や、強い個性を持つ『敵』ならまだしも、それ以外は有象無象でしかないということなのかもしれない。

 

 

「一人は虹村なのだが…後は忘れた。多分どうでもいい相手だったのだろう。デュエル自体もすぐ片づけたからよく覚えておらん。」

「ふーん…って虹村ってそれ先輩じゃんか!でもまあデュエルしただけならいいけどさ。少しは遊良に迷惑かけないようにしないと。」

「む?」

 

 

そう言ったルキの言葉の意味を、よく理解できていないのか、鷹矢は先ほどよりも怪訝な声で聴き返す。

 

迷惑とは、一体どういうことなのだろうか、と。鷹矢にとっては、師の元での修業時代から遊良の飯を食うのは当たり前であって、家事もこなすのは最早日常、彼にとっての『普通』なのだ。それに疑問も抱かなければ違和感もないと言わんばかりに。

 

 

「決闘祭で遊良と戦いたいんでしょ?だったら少しは遊良にも楽させてあげてさ、そうしたら万全の遊良と戦えるじゃん。」

「…そうか。善処しよう。とりあえずあいつはこのまま寝かせておいてやるか。」

「そうそう。」

「明日は遊良に宿題を手伝ってもらう予定だからな。」

「っておい!何でだよ!私の話聞いてた!?」

「うむ。聞いていたぞ?だから遊良に迷惑をかけないように、昼寝したら少しは自分でやるつもりだ。」

「おぉー…いや全く褒められないけど。でも鷹矢にしては少しは進歩してる気がするのが悔しい。」

 

 

そんなこと言って、きっと夜まで寝てそのまま宿題の事など忘れて夜更かしするのが目に見えているルキではあったが、この馬鹿が確かに言葉に出すのは珍しいのだろうか。遊良がこの場に居ないとはいえ、今までは絶対に思っていても照れくさくて言葉にしなかったというのに。

 

それ程までに、遊良と大舞台で戦うことが楽しみなのだろう。もうすでに食べ終わっているカレーの皿を、自ら進んで流し台に持っていこうと立ち上がっているのが余計にルキには新鮮に見える。

 

 

「おかわりだ!足りん!」

「まだ食べるの!?私の感動を返せこのやろう!そんなに食べたら夜の分無くなっちゃうよ!?」

「大丈夫だ、問題ない!」

「いやいや、遊良に怒られると思…」

 

 

―!

 

 

前言撤回、やはり人間はそんなに急には変われないのか、どこまでも食い意地が優先される鷹矢に思わずツッコまずにはいられないルキだったが、そんなルキの声を遮るようにして、唐突にリビングの扉が開いた。

 

そこには、まだ眠そうな目をした遊良の姿。

 

 

「…何だ鷹矢、帰ってたのか。」

「うむ。」

「あ、ごめん遊良、うるさかった?」

「流石に目が覚めるって。まぁそろそろ起きるつもりだったからいいけどさ。」

 

 

下で騒いでいたために目が覚めてしまったのだろうか、遊良が眠そうな目を擦って一階へと降りてきたのだ。

 

そんな遊良は、鷹矢が持っている彼専用の巨大皿と、微かに残るカレーの匂いで何が起こっているのかを察したのだろう。

 

冷蔵庫を開け、ペットボトルのスポーツドリンクを一口飲んで喉を潤すと、立ったまま皿を持っている鷹矢へと促すようにして言った。

 

 

「どうせまだ食い足りないんだろ?そんなことだろうと思って冷蔵庫にもう一つカレー作ってあるからさ。昼の分は食っちまってもいいぞ。」

「でかした遊良!おかわりだ!」

 

 

そう言って、鷹矢は嬉々とした声で遊良に自分の皿を渡すと、目にも止まらぬ速さで先ほどまで座っていた椅子に腰かけた。

 

待ちきれないのだろうか、スプーンを離さずに、今か今かと待ちわびる。

 

それを自然に受け取ってカレーをよそってやる遊良も遊良なのだが、そんな鷹矢の姿にもはやルキには溜息しか出てこないのか。先ほど忠告し、鷹矢も珍しくソレを聞き入れようとしていたというのに、今はカレーのことしか頭になさそうなのだから。

 

 

「もう、遊良ってば鷹矢に甘いんだから。」

「む?俺はカレーは辛口だぞ?」

「いや、そういうことじゃねーって。…でもいいんだよ。どうせこいつ、腹いっぱいになるまで腹鳴らすんだしさ。」

「いやまぁそうだけどさ。それにしても遊良準備良すぎじゃない?言ってくれればこんなに騒がなかったのになー。」

「え、寝る前に鷹矢にメッセージ入れておいただろ?『ルキに言い忘れたけど、夜の分はあるからカレー好きなだけ食っていいんだってルキに言えよ』って。」

「む?本当だ。」

「ちょっと鷹矢ー、それならそうと早く言ってよねー、もう!」

「別にいいって。今起きないと夜寝れなくなるし丁度良かった。」

「むー。遊良がそういうならいいけど。」

 

 

自分の端末を出して、未開封だったメッセージを確認し始める鷹矢だったが、よほど腹が減っていたために見るのをすっかり忘れていたのか。

 

ルキとて、初めから鷹矢がそれを見ていれば遊良を起こさなくて済んだというのにと、騒いでしまったことを軽く悔やみながらも、完全に覚醒した遊良が気にした様子もないことで安心した様だ。

 

 

「けど宿題は手伝わねーぞ。」

「なっ、遊良、お前一体どこから聞いていたのだ!?」

「聞こえてきたんだっての。つーかまだ日にちあるんだからさっさとやっちまえよな。今年こそは手伝わないって決めてるんだから。おかわりやらねーぞ?」

「むぅ…し、仕方ない…」

「あ、やっぱりちょっと進歩してる。」

 

 

カレーを人質にされては仕方ないのか。やはり多少素直になった鷹矢に、どこか違和感も感じるルキだったが、それでも2杯目とは思えない程の量をこれまた先ほどまでと変わらぬスピードで食べ始める鷹矢を見て、ルキもどうでもよくなっていった。

 

 

…夏が、過ぎていく。

 

いつものように、変わらぬ日常で。

 

 

 

 


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