遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep15「閑話ー高天ヶ原 ルキ 後編」

「あしたはお泊り会、楽しみだなー。」

「そっかー…明日はルキ居ないのかー…」

 

 

幼等部の一大イベント、夏のお泊り会を翌日に控えたルキは、後ろで寂し気な声を出している父を放って、ウキウキしながら準備にいそしんでいた。自分にベッタリだった愛娘が、子どもとは言え他の男と夜を明かすことに、一抹の不安を感じているのだろう。ビール片手に、哀愁を漂わせている。

 

 

「パパ寂しいなー…なールキー?」

「ママー?歯ブラシどこー?」

「手前のポケットに入れてあるよー。もう、そんなに何回も見直さなくたって大丈夫よ。あとパパさっきからうるさい。」

「そんなぁ…」

 

 

妻からの辛辣な言葉で父が余計に凹むものの、そんなことはお構いなしにルキは荷物の中から自分のデッキを取り出して一番上に置かれたシンクロモンスターを見た。遊良がすぐに取り繕ってくれた甲斐あってか、あれから誰にもうるさく言われることもなく、いつも通りの学園生活を送れている。

 

さらには根負けした父が、今はまだ幼いために許してくれないが、初等部に上がれば自分が創造したこのカードを使わないことを条件にデュエルをしてもいいと約束してくれたのだ。まだ先のことだが、ルキはそれが楽しみで仕方がないと、待ち遠しい表情をしていた。

 

 

「あしたはゆーらとたかやと寝るんだー。たかやは枕が変わると寝れないんだってゆーらが言ってたんだよ?おかしーよね。」

「鷹矢君って意外とデリケートなのね。遊良君の方がそんな感じなのに。」

「でりけーとって?」

「繊細ってことよ。」

「ふーん。」

「…あぁ、ルキが知らない男と寝るなんて…」

「パパちょっと黙ってくれる?」

「パパうるさーい。」

「うぐぅ…」

 

 

遂には娘からも辛らつな言葉を浴びせられる父。これでは完璧にワルモノ扱いだ、こんなに娘を思っているというのに、と言わんばかりに酔いも回ったのだろうか、父はテーブルに突っ伏して撃沈していた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「準備はいいか?」

「へい。そりゃもう。」

 

 

太陽がちょうど真上に上っている時間。決闘市のとある喫茶店の一席に居た男二人が呟いた。平日のこんな時間から男二人で喫茶店にいることもそうだが、二人の表情からして碌でもないことを考えているのが見て取れる。少ない客に紛れてはいるが、その雰囲気がどこか危なげだ。

 

喫茶店もマスターも、そんな雰囲気を感じ取ってはいただろうが、客のプライバシーに深く踏み込むことは好ましくないのだろう。聞き耳を立てないようにしているのが見て取れる。

 

 

「へへ…こりゃデカい金になるぜ。車の準備は出来てるんだろうな?暫くどこかに身を隠すんだ、失敗すんじゃねーぞ。」

「もちろんです、アニキ。分け前キッチリお願いしますぜ?…しっかし、あれがまさかこの街にあるなんて驚きですね。てっきり海外の博物館とかにでも大事にしまってあるもんだと…」

「シッ!黙ってろボケ。聞かれたらどうする。」

「へ、へい、すいやせん…」

 

 

どこかで聞いた、お伽話の中にあったカード。その名前を聞いたときは半信半疑ではあったが、しかし虚言にしてはリアルな名前だった。実物が存在していることは世界的に有名ではあるものの、それを目の当たりに出来る人間の数は多くない。

 

もし、実際にそれが本物だった場合、どれくらいの金額が懐に転がりこんでくるかわかったのものじゃないだろう。

 

少ない情報量ではあったものの、入念に下調べをしてきて準備は万全、横取りされないように、秘密裏にも進めてきた。逃亡ルートも確保してあり、標的の顔だって何度も確認した。あとは実行して、懐が潤うのを待つだけだ。その皮算用に興じながら、見るからに怪しげな男たちは店を出ると街の雑踏へと消えていった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「みなさーん、手は洗いましたかー?」

 

 

教諭がキレイにそろって座っている子供たちへと問いかける。元気のいい返事が返ってきたことに頷くも、全員幼等部に泊まるのは初めてだろう、親と離れて眠ることに心なしか緊張を覚えている様子。しかし、それでも昼間一緒に遊んでいる子達がこんな夜の時間まで一緒に居られることが嬉しいのか、大勢の同級生達と一夜を共にする興奮の方が勝っているようだ。

 

 

「はーい、ではいただきまーす。」

 

 

そして、教諭の号令と共に目の前に置かれたカレーへと一目散にスプーンを入れる子供たち。今日一日はしゃぎ回ってお腹も空いているのだろう、みるみるうちになくなっていくのが見て分かる。中にはもう食べ終わったのか、お代わりを求めて席を立っている子まで居た。

 

 

「鷹矢のやつ、食いすぎて腹壊しても知らないぞ。」

「はは…食べるの早いんだね、たかやって…」

 

 

教室の誰よりも早くカレーを平らげた鷹矢を、呆れた顔で見ている遊良とルキ。大盛りにしてもらったのか、隣に戻ってくる鷹矢の顔はどこか満足げた。

 

しかし、鷹矢はこの年にして元々かなり食べる方ではあるし、食べ盛りの子供と言うのも相まって日中にあれだけ駆けずり回ったていたのだから空腹でもしかたないことだろう。それにしても、鷹矢に付き合って同じくらい走り回っていた遊良と比べても、流石に早すぎではあるとルキは感じていたが。

 

 

「どうしたゆうら。お前は食わないのか?」

「そんなに早く食えるか。食いすぎで腹壊しても夜トイレについて行かないからな。」

「安心しろ、平気だ。まだまだ食える。」

「…たかやー。ゆーらが言ったのそういうことじゃ無いと思うよー?」

「じゃあ、もっとゆっくりいっぱい食べる。」

「そういう事でもねーよ。知らねーぞ?」

 

 

どこまでも自分のペースを崩さない鷹矢に、遊良は一抹の不安を覚えながらも晩御飯の時間は過ぎていき、笑い声が絶えない。そして、食事の途中で余ったデザートのバニラアイスを巡って盛大なじゃんけん大会が開かれたのだが、驚異的な運を見せつけた遊良が大勢の中、まさかの一人勝ちを決めたのが一番の盛り上がりとなり終了した。

 

その後、子供たちは寝るまでのお約束の如く、大規模な枕投げ大会が開かれたのだが、やがて疲れ果てたのか子供たちは電池が切れたように、しだいに布団の中で寝息を立て始めていった。

 

 

―夜は…更けていく。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…ゆうら…おいゆうら…」

「…んぁ?なんだよ…」

 

 

誰もが眠りについた頃、教諭すら深い寝息を立てていた中で、揺り動かされるように起こされた遊良は不機嫌な顔でそこを見上げた。ひそひそ声で話しかけてきてはいるが、聞きなれたそれは暗い中でも間違えることはない鷹矢の顔だ。

 

しかし、一度寝付いたら朝まで起きない鷹矢がこんな夜中に起きたことも驚くべきことではあったが、遊良にしてみればその理由はわかりきっていたことであって…

 

 

「…腹が…いたいぞ…」

「7杯も食べるからだって。トイレ行ってこいよ。」

「…ついてきてくれ…」

「…こんなことだろうと思った。ったく、さっさとしろよ?」

「…うむぅ…」

 

 

先ほどはトイレについていかないと宣言したものの、どうせついてくるまで煩く言うのだろう。自分の家や鷹矢の家ならまだしも、皆がいる幼等部で盛大にやらかされても面倒だ、ならばとっとと済ませてしまった方が早い、そう判断したのだろうか。

 

遊良は布団から出ると、枕元に置いてあった自分のデュエルディスクから漏れる微かな光を手掛かりにして、鷹矢を連れ立って静かに教室を出ていった。

 

 

―それと入れ違いになるようにして開いた、玄関の扉の音に気が付かぬまま。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「終わったかー?」

「…もう、少しだ…」

「…早くしてくれよなー。」

 

 

暗い所、しかもそれが家と違い、幼等部のトイレともなれば流石に怖くも感じてしまうのは、この年の子供ならば何もおかしなことではない。

 

いくらデュエルディスクを兼ねた万能端末に内蔵されている、このデュエルシミュレーターで遊んで気を紛らわしてはいても、確かに鷹矢でなくてもこれでは誰かについてきてほしくなるとトイレの外で感じた遊良だったが、どうにもそわそわして落ち着かない。

 

今にも廊下の向こうから何かが走ってこないだろうか、鍵が閉まっている空き教室から何かが覗いていないだろうか、そんな風な嫌な妄想すらわいてくる。しかし、やがて回復したのか鷹矢が出てくると、そんな考えを吹き飛ばして早く戻りたいかのように遊良は促した。

 

 

「早く戻ろうぜ、眠いし。今何時だよ…。」

「すまん。」

「お前が謝るなんて珍しいな。そんなに痛かったのか?」

「うむ。だがもう大丈夫だ。」

「そっか。」

 

 

すっかり回復した様子の鷹矢を見て、この調子なら今晩はもう起きなくて済むだろう、そう判断する遊良。自分に正直な奴だからこそ、嘘は言わないことは分かっている。…それでも、自分に対して全く遠慮をしてこないこの馬鹿に対して、少しは遠慮して欲しいものだと感じてはいるだろうが。

 

そんな中、二人は帰路につくが一刻も早く布団に戻りたいのだろう、教室までの道のりは階段を上らなければならず、やや早足で階段を上っていた…

 

 

―そんな時だった。

 

 

「…ん?なぁ鷹矢、今なんか音しなかったか?」

「変なことを言うな。おれを怖がらせようとしても無駄だからな。本当だぞ。」

「…いや、そんなんじゃなくて…なんか玄関が開いたような…」

 

 

微かだが、静かな夜だからこそ聞こえた音。多分、日中に鳴ったら気が付かなかったであろう小さいドアの音。鍵も閉めてあるはずだし、そもそも関係者だったらこんなにコッソリ開ける必要はないはず。だからこそ、気になってしまうのは仕方のない人間の性か。

 

子供ゆえの好奇心なのか、先ほどまで感じていた微かな恐怖心を忘れて遊良は階段を降り始めた。こんな所に一人で置いていかれたくないのだろう、鷹矢もそれに連れ立って、二人は一階へと向かおうとする。

 

 

「ちょっと見てくる。」

「おい、まて、置いていくなゆうら。」

 

 

トイレが玄関に近かったことが幸いか、遊良と鷹矢はそそくさと一階へと到達すると、いつも使っている玄関へと向かう。

 

子供達の背に合わせたのだろう、そこまで高く無い下駄箱が立ち並ぶが、現在幼等部に通っている最中の遊良達にしてみればそれでも十分に高い。そこを通り抜け、ガラス張りになっている玄関の入り口を確かめた。

 

 

「お、おいこれ…」

 

 

すると、鍵の周辺のガラスにガムテープが貼られ、中心が小さく割られているではないか。そこから針金か何かで鍵がこじ開けられていて傷がついている。まるで、誰かが忍び入ったのことが明らかであるかのようで。

 

 

「なんだ、お化けではないのか。お化けなら鍵を開ける必要もないからな。安心したぞ。」

「そういう問題じゃねーだろ…ど、泥棒…か?」

「なに!?泥棒だと!?大変じゃないか!」

「だからそう言ってんだよ!でも、何のために…」

 

 

どうにも腑に落ちない様子の遊良。普通、こんなリスキーな場所に忍び込むのはあり得ない、もっと簡単に入れて足が付きにくい民家に入る方が捕まりにくいだろうに。前にコッソリ入った学長室にあった金庫には、こんなお粗末な侵入をしてくるような輩では決して開けられそうにない程の厳重なロックが掛けてあったが、盗むものと言ったらそれくらいしかこの幼等部にはないはずだ。そう必死に思考を巡らせて考える。

 

 

「何を狙って…あ、おいあれ!」

「なんだ?」

 

 

しかし、そんな疑問を抱いていた遊良の目に、一枚のカードが目に入った。ガラス製の扉の外、しかし常に点いている正面玄関の照明に照らされているソレは、間違いないデュエルモンスターズだ。

 

違和感を感じてすぐに玄関の鍵を開け、外へと出て目を通す。しかし、それは信じられないことに…

 

 

「ル、ルキのカードだ…」

「なんだと!?それは本当か!?」

「この前散らばったときにチラッと見ちゃったんだ、間違いない。それにウチのクラスの奴はこれ持ってないし…」

 

 

以前、ルキがまき散らしてしまったデッキの中にあった効果モンスター。それ自体は特別珍しいカードではなかったが、とっさに拾おうとしたその中にこのモンスターがあったのを覚えている。隠したがるルキには何も聞いていないが、他の誰もそれを扱わないことから、その印象は強かったのだろう。

 

―なぜなら、これはEx適性検査を受けていない子供達が持っているはずも無い、チューナーモンスターだったのだから。

 

 

「まさか…ルキが泥棒されたというのか?」

「そ、そうかもしれな…」

 

 

信じられないが、ここにこれが落ちているということは『そういうこと』なのかもしれない、最悪の想像をしてしまった遊良と、狼狽えたように振る舞う鷹矢。どうすればいいのだろうかと考え始める…

 

 

「…ん?」

 

 

必死に考えを凝らしてした遊良の耳に、不意に門の向こうで車のドアを閉める音が聞こえた。ここの近くは確かに住宅が立ち並んではいるが、しかし今は夜も更けた時間。誰かが忍び込んで、そして出て行った音がついさっき聞こえたことを考えると、この音の主が犯人である可能性は高いと、一瞬でその考察へと到達する遊良。

 

―もしルキが攫われたのであれば、モタモタしている暇はない。

 

 

「門の外に誰かいる!…逃げる気だ!鷹矢、お前は先生起こしてこい!俺は泥棒追っかけるから!後でディスクに電話しろ!」

「うむ!」

 

 

そう考え、遊良は早くから補助輪無しで乗れるようになっておいてよかったと思いながらも、学園の入り口に常備してある子供達の練習用の自転車に乗り込んだ。不自然に開いていた門から外へ出て、たった今発進したであろう黒塗りのワゴン車を追いかけるために。

 

子どもが夜に乗ることなど想定していないのであろう、遊良の乗った自転車にはライトが点いていないものの、今はそれが幸いか。車の主は遊良に気付いた様子もなく、入り組んだ道であるため中々スピードがでない車に徐々に離されながらではあったが、一定の距離を保つことが出来ていた。

 

午前中のデュエルの理想的な初手と言い、じゃんけん大会の一人勝ちと言い、今日は異様にツイている。絶対に逃がさない。そんなことを感じながらも、遊良は必死に逃げていく車を追いかけていった。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

「おし、ここから車を捨てるぞ。ガキ持て。」

「へい。どうせ盗難車ですし足はつきませんね。」

「んんっ!?んー!」

「チッ、大人しくしろって。ぶっ殺すぞ!」

「んんっ!?んぅう…」

 

 

猿轡で口をふさがれ、ロープで縛られながらも暴れるルキを睨みつけながら、二人の男は路地の奥で車を捨て降りた。閑静な住宅街を抜けて、決して人通りの多い街は通らないようにして、そしてこの人気のない路地裏通りへと来たこの男達の計画は、あたかも順調に進んでいるようにも見える。

 

いきなり攫われて、こんな状態にされたのだ、その恐怖は計り知れないだろう、ドスの効かした声で脅されてルキは恐怖で固まってしまった。ルキを攫った男達はと言えば、下品な表情でニヤニヤとした笑いを隠せず、懐に入ってくるだろう金額を想像している様子だ。

 

 

「へへっ、こんなガキがあんなカードを本当に持ってやがったとはな。こりゃ高く売れるぜ。」

「このガキ担保に身代金でも強請りゃあ、もっと儲かりますね。」

「だな。へっへっへ。」

「ん…んんん…」

 

 

いきなりで状況も呑み込めないだろうが、しかしこの男たちが悪い事を企んでいるのがよく分かったのだろう。自分のデュエルディスクは、背の高い方の、偉そうに指示を出している男に奪われて、誰にも見せてはいけないという父との約束も無下に破られてしまった。そのこともあり、さらには暗い中で攫われた恐怖も相まって、ルキは体の震えが止まらない。

 

 

―誰か、助けて。

 

 

塞がれてしまって声を出せない口から洩れた音は、誰にも届かない。そんなことわかっているのに、涙が溢れて止まらない。

 

 

「う…んんぅ…」

「ちっ、うっとおしいガキだ。一発ぶん殴っとけ。そしたら大人しくなるだろ。」

「へい。」

「んん!?んー!んぅうー!」

 

 

背の高い男の言ったソレによって、より一層恐怖が強くなるルキ。楽しみにしていたお泊り会だったのに、一体なんで自分がこんな目にあうのだろう。誘拐された恐怖と、振りかぶった太った男に殴られることへの恐怖で、喚きが止まらない。殺されてしまうのではないかという恐れが襲ってきて思わず目を強く瞑った…

 

 

―その時だった。

 

 

 

「やめろ!ルキを離せ!」

「ゲッ!?バレた!?」

「なっ!?誰だ!?」

 

 

深い路地で、急に降って沸いた声に驚きの声を出す男達。慎重に事を運んでいたからだろう、この高い声が子供の物とは気が付かず、逸る心臓を抑えながら車の後ろへと出て、そこに立っていた人影へと視線を向ける。

 

…恐る恐るではあるが、見られたからには許してはおかないと、そう言わんばかりの顔をして。

 

 

「…ってガキじゃないですかアニキ!」

「そうだな。おいガキ、てめーあの学園のガキか?」

 

 

すると、そこには全く想像していなかった人間の姿。巡回中の警察官や、へべれけになるまで呑んでいた酔っ払いならともかく、こんな人気のない裏路地に、よもやこんな子供がいるなど微塵も思っていなかったのだろう。

 

しかし、怒りの眼をした子供は、勇んだ姿を崩さずに言う。

 

 

「そうだ!ルキを泥棒しやがって…酷いことするなよな!返せ!」

 

 

なんと無謀な子供なのだろうかと、子供相手とは言え顔を見られたことに危機感も抱かないまま、男たちは張りつめていた緊張の糸を緩め始めた。

 

—それは、法を犯している最中の人間が一番してはいけないことなのだろう。

 

それをしてしまっている男達のレベルの低さが見て伺えるが、男達はそれに気が付いた様子もなければ、口元に笑みさえ浮かべているが。

 

 

「んぅん!?」

 

 

そしてルキも、まさかこんな状態でかけてつけてくれた遊良を、大人の助けではないものの、一筋の希望へ縋るような瞳を向けた。寸前のところで助けに来てくれる、まさにヒーローと感じたのだろう。涙がこぼれる瞳で、精一杯の助けを求めている。

 

それを目の当たりにした遊良は、大人二人相手だというのに全く委縮した様子もなく言い放った。

 

 

「…ルキ…おい!お前ら!俺とデュエルだ!俺が勝ったらルキを離せ!」

「あ?」

「へぇ?」

 

 

そして遊良が言ったその言葉で、誰の目にも明らかなくらいに、一気に男達から緊張感が抜けたのが見てわかった。勇ましく助けに飛び込んだ子供が、まさかデュエルを挑んでくるなど思ってもいなかったのだろう。勇ましくデュエルディスクを構えたこの子供が、何を言ったのか理解できなかった様子を見せたが、すぐさまその口から笑いが漏れだし始める。

 

 

「ガハハハッ!でゅ、でゅえるだってぇ?お前みたいなガキンチョが、俺たちとデュエルだってぇ!?」

「は、腹痛ぇ!おいおい、本気かよ!?」

 

 

自分のEx適正もまだ調べていないこんな子供が、まさか自分たちに挑む気なのにも驚きだが、それでもあまりに突拍子な発言に、笑わずにはいられないといった振る舞いをしている男たち。

 

別に、腕力に訴えてもよかったのだが、しかし誘拐犯といえども決闘市に居る人間、どっぷりつかったデュエルありきの人生がそれを受け入れたのか、背の高い男が言う。

 

 

「おい、お前相手してやれよ。」

「アニキー、でもいいでんすかい?逃げなくて。」

「こんなガキ一瞬で片づけちまえ。ついでにこいつも攫って身代金マシマシだ。」

「了解、ガハハハッ。」

 

 

下品な笑いを出しながら、ルキを背の高い男に任せて、太った男が遊良に近づいてくる。必死になって追いかけてきたのはいいが、調子に乗ったガキを黙らせてやることに何の抵抗もなさそうに。

 

 

―しかし、そんな中でもルキの希望の視線がより一層強くなる。

 

 

なにせ、誘拐犯が相手にしようとしているのは、幼等部の双璧。

 

大人顔負けの実力を持つ、この天城 遊良なのだから。

 

 

 

―デュエル!

 

 

 

「オレの先攻だぁ!自分の場にカードが無い場合、チューナーモンスター【こけコッコ】をレベル3として特殊召喚!そして【デーモン・ソルジャー】を召喚!いくぜぇ、レベル4の【デーモン・ソルジャー】にレベル3の【こけコッコ】をチューニング!シンクロ召喚!レベル7【ダーク・ダイブ・ボンバー】!」

 

 

【ダーク・ダイブ・ボンバー】レベル7

ATK/2600 DEF/1400

 

 

開幕と同時に、男の場に人型戦闘機のようなモンスターが現れた。それは見るからに厳つく空に浮かび、また太った男はいきなり召喚したExモンスターによって、この子供との力の差を見せつけようという算段なのだろうか、下品な笑いをこぼし始める。

 

 

「ガハハハッ!どうだガキンチョ!行くぜ!【ダーク・ダイブ・ボンバー】の効果発動!こいつをリリースして、1400ポイントのダメージだ!いけっ、射出ッ!」

 

 

―!

 

 

そして、敵モンスターがその機体をまさしく戦闘機に変えて遊良へと迫ってくる。1ターンに1度しか使えない効果とは言え、先攻でいきなりダメージを与えてくるとは。その驚きもあってだろう、巨大な戦闘機のようなモンスターに突っ込まれ、遊良は苦しそうな声を漏らした。

 

 

「いきなりダメージかよ…くそっ…」

 

 

遊良 LP:4000→2600

 

 

「どうだぁ!?ガキンチョ、悔しいかぁ?」

「チッ、まだまだだ。」

 

「…へっ、おいガキ!」

 

 

しかし、苦々しげな目をしてはいるが、全く焦った様子のない遊良。

 

まだLPは尽きていないのだ、負けていないのだから諦めるわけにはいかない、そう言いたげな表情をしていたのだが、背の高い男はそれが気に食わなかったのだろう。ルキを抱えながらもデュエル中の二人に割って声をかけると遊良に向かって言った。

 

 

「なーんか妙に落ち着いてんのがいやらしいガキだねぇ。場慣れてんのか知らねーけどよ、それじゃあ面白くないよなぁ。だったら…」

 

 

確かに、Exモンスターと戦う経験が少ない幼等部生の割に、Exモンスター相手に焦った様子もなければ、大幅にLPが削られたのに焦りもしない。

 

とは言うものの、遊良とて毎日のように鷹矢を相手にしているのだ、大幅にLPを削られるのにも、Exモンスターを相手にするのにも慣れている。

 

今更こんな誘拐犯が大きな態度でデュエルに臨んできたところで憶するほど、自分の心は弱くはない。忌々し気に男を睨む遊良の目は、そう訴えていた。

 

 

「こうすりゃあ、もっと面白れぇよなぁ!」

 

 

―!

 

 

しかし、背の高い男がそう言った瞬間に、遊良の目は信じられないものを見たかの如く、大きく見開かれた。

 

 

「んぐぅ!!…ぐふっぅ、ぅう…」

 

 

—そう、ルキを取り戻さんとして戦う遊良の姿を、吐き捨てるようにして男は大きく振りかぶると、まるでアッパーカットを撃つかの如く、抱えていたルキの腹部目掛けて拳をふるったのだから。

 

 

 

「なっ!何するんだ!」

 

 

突然発生した痛みに、苦悶の表情が滲み出るルキ。堪えていた涙が溢れかえり、殴られた驚きと恐怖と、あまりの激痛に嗚咽を漏らす。

 

その光景を、怒りと焦りの声で問う遊良だったが、背の高い男は嘲笑いながら答えた。まるで、ただのゲームのように。まるで、罪悪感がないように。

 

 

―遊良のLPが直接ルキへと直結しているかの如く、男は言い放つ。

 

 

「テメーのLPが減るごとにこの娘に一発入れてくぜ?そうすりゃお前ももっと楽しくなるだろう、なあ?」

「ふ、ふざけやがって…殴るなら俺にすればいいだろ!?」

「安心しろぉ、負けたお前はたっぷり身代金頂いてから殴って殴って…んでボロ雑巾にしてから生き埋めにしてやるよ、へへっ。誰もこない山の中でなぁ。おい、一気に倒すんじゃねーぞ?じっくり嬲れ。」

「ガハハハッ!了解ですアニキ。俺は【死者蘇生】を発動して【ダーク・ダイブ・ボンバー】を蘇生!カードを1枚伏せて、ターンエンドだ。」

 

 

太った男 LP:4000

手札:5→1枚

場:【ダーク・ダイブ・ボンバー】

伏せ:1枚

 

 

「…俺の…ターン…ドロー…」

 

 

ターンが移り、ゆっくりとデッキからカードを引く遊良。

 

こんな子悪党が調子に乗っているのと、ルキを傷つけたことへの怒り、それが臨界点を突破し、背の高い男に抱えられたルキが殴られた痛みと恐怖で泣き崩れていが、それが返って冷静にさせてくれていた。絶対に、これ以上ダメージを受けるわけにはいかないということを教えてくるように。

 

 

―そんな簡単な事を要求されたことにも、怒りを覚えて。

 

 

しかし、遊良の威勢があまりに小さくなった姿を、恐怖にとらわれたと勘違いしたのか、太った男が下品な声で言った。

 

 

「ビビってんのかガキンチョ?もっと喚けよな!スタンバイフェイズに永続罠【ゴブリンの小役人】を発動!LP3000以下のお前に、スタンバイフェイズごとに500ダメージを受けてもらうぜぇ!」

「おっしゃあ!もういっぱぁつ!」

 

 

完全に遊良を舐めきっているのだろう、ダメージの判定を待たずに、背の高い男が振りかぶった。それをあまりの恐怖と悲しみと痛みで無抵抗にしているルキだったが、そんなことを遊良が許すはずがないというのに。

 

遊良は瞬間的に手札から1枚のカードをディスクに差し込むと、それを発動する。

 

 

「発動と同時に、速攻魔法【サイクロン】を発動!【ゴブリンの小役人】を破壊する!効果が発生する時に場に残っていないため、俺はダメージを受けない!」

「はぁ!?」

「…チッ。」

 

 

自分の決めたルールだからか、当たる寸前で拳を止めると、つまらなさそうにデュエルへと目を戻す背の高い男。

 

なんとも運よくそんなカードが手札にあったものだと言わんばかりの表情だが、しかし遊良からしてみれば当然のことだ。なにせ、今日の自分はツイている。こんな芸当など出来て当たり前、ルキを守ってやることなど出来て当然と、そう思っているのだから。

 

それに、子供だからと完全に舐めきっているこの男達に怒っているのもある。

 

大人に歯向かう生意気な子供にプライドを傷つけられたのか何だか知らないが、相手の力量も量れずにじわじわと嬲るつもりだという下らない算段…実力も無い癖に、遊良よりも歳をとっているというだけで、それが実力の差だとでも思っているのだろうか。

 

ならば、なおさらこの男達を許せないだろう。ルキを攫ったことももちろん、ただで返すことなどしたくないはず。

 

 

「俺は【トレード・イン】を発動!レベル8の【鋼鉄装甲虫】を捨てて2枚ドロー!そして【手札抹殺】を発動し、4枚捨てて4枚ドロー!」

「チッ、オレは1枚だ。」

「魔法カード【思い出のブランコ】発動!【鋼鉄装甲虫】を蘇生する!」

 

 

 

【鋼鉄装甲虫】レベル8

ATK/2800 DEF/1500

 

 

 

「ガキらしい通常モンスターだぜ。」

「ヘッ、確かに攻撃力は高いが、それだけだ!」

「まだだぁ!魔法発動【ワーム・ベイト】!俺の場に昆虫族がいる場合、【ワーム・トークン】2体を特殊召喚!」

 

 

そして、遊良は次々と場をモンスターで埋めるが、男たちの表情と空気はまるで焦っていない。それは、まだExデッキを使ってこないガキ相手に、負けることなど微塵も考えていないからだろう。いくら攻撃力の高い通常モンスターで突破してこようと、自分の手札にあるカードと、次に引くカードで逆転できる自信がある様子だ。

 

 

…しかし、腹部の痛みを堪えながらも、この時にルキは確信を得た。

 

 

今、遊良の場にはモンスターが3体。そして妨害する伏せカードはなく、遊良ならば手札の中に確実にアレを持っているはず。恐怖による体の震えが止まり、自分の為に戦ってくれている少年への眼差しが、より一層強くなると同時に…

 

 

―遊良は動き出す。

 

 

「俺は永続魔法【冥界の宝札】を発動!」

「あぁ!?冥界の…ガハハハッ!そりゃアドバンス召喚のサポートカードか!?こ、これ以上笑わせんじゃねーって!」

「つ、通常モンスターの次はアドバンス召喚ってか!?へへっ、は、腹が痛てーぜ…」

 

 

なぜ遊良がこのカードを発動したのかを考えもせず、盤面だけ見て嘲笑う男達。その笑い声がいちいち勘に触り遊良の神経を逆なでしてくるが…

 

—完全に舐めきっている男達の声をかき消すように、そしてルキの恐怖を打ち消すように、遊良は小さな手を天に掲げた。

 

 

 

「笑ってられるのも今のうちだ!俺は3体のモンスターをリリース!」

 

 

それは、彼の一番の相棒。いつのデュエルでも登場するソレは、絶対に遊良の叫びに応えてくれる。

 

その宣言により大気が震え、暗い路地に獣の咆哮が響き渡ると…

 

 

 

「来い!【神獣王バルバロス】!」

 

 

 

―!

 

 

まるで幼い遊良を守護するかのように、ソレは降臨した。

 

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/3000 DEF/1200

 

 

「…んあ、攻撃力3000のモンスター?ガキが持つには過ぎたモンスターだけどよ…、でもたかがアドバンス召喚したモンスターで俺に勝とうたぁ…」

「【神獣王バルバロス】のモンスター効果!3体リリースでアドバンス召喚したバルバロスは、召喚時に相手のカードを全部破壊する!いっけぇ、バルバロスゥ!」

 

 

―!

 

 

遊良の叫びに呼応して、バルバロスは盛大に吠えながら自身の槍を地面に突き刺した。

 

最上級モンスターの生贄数よりも多くの生贄を要するソレは、例え何者であろうともフィールドに残ることを許さないかのように。獣の王が繰り出したそれによって、発生した衝撃破が太った男へと襲い掛かると、全てが為す術なく飲み込まれて吹き飛んでいく。

 

 

「チッ、なかなかやるじゃねーか。」

 

 

しかし、自分フィールドを焼け野原にされたというのに、それにすら焦りをみせない太った男は、まるで遊良がこれ以上動かないと思っている様子に見える。およそ、攻撃力3000のモンスターの直接攻撃を受けたところでライフは残る、次の自分のターンが回ってくればと、そんな事を思っているのだろう。

 

―そんな生ぬるい事を、遊良がするわけがないというのに。

 

 

「でも調子に乗っててもお前は次のターンに…」

「次のターンなんて無い!【冥界の宝札】の効果で、俺は2枚のカードをドロー!…魔法カード【死者蘇生】を発動だ!墓地の【鋼鉄装甲虫】を特殊召喚!」

「んなぁんだとぉ!」

 

 

【鋼鉄装甲虫】レベル8

ATK/2800 DEF/1500

 

 

ピンポイントで蘇生カードを引ける遊良の運にも驚きだが、遊良自身からしてみればここで引けないはずがないだろう。なにしろ今日はツイているのだ、こんなデブに負けるはずがない、その姿がそれを物語っている。

 

そして遊良の場に蘇るは、先ほども現れた通常モンスター。それは、いくら効果が無いと馬鹿にしていても、有り余る攻撃力を持ったモンスターに違いはない。

 

すべて吹き飛んでしまった太った男に為す術はなく、2体の怒り狂ったモンスターに睨まれていて動けなかった。

 

 

「おい!何やってんだデブ!?」

「う、嘘だろぉ!?こ、こここ、こんなガキに…」

「バトル!【鋼鉄装甲虫】と【神獣王バルバロス】で、ダイレクトアタック!」

「ばかなぁー!」

 

 

―!

 

 

「ぐぁー!」

 

 

そして、鋼鉄に身を固めた甲虫と、獣の王の迫りくる一撃が、太った男に身動きを許さずに炸裂した。

 

その攻撃は、肥えた体と無傷のLPを吹き飛ばすには十分であって、こんな子供にワンショットキルされたのが信じられないのだろう。足元がおぼつかず、あまりの迫力の遊良のモンスターに対して、後ずさりしながら崩れ落ちていた。

 

 

太った男 LP:4000→0(‐1800)

 

 

―ピー…

 

 

無機質な機械音が路地に鳴り響き、幼い遊良の勝利を告げる。幼い子供と侮った罰だ、年齢もそうだが、なにより実力の差がはっきりしていたこの戦い。

 

ルキへの暴行というプレッシャーもあったはずなのに、臆することなく戦った遊良に対して、言い訳など言う余地もなく…

 

 

「ア…アニキ…す、すいやせ…ガハッ!?す、すいやせグフゥ!」

 

 

負けて座り込んでいる子分に、苛立ったように蹴りを食らわす背の高い男。何度も何度も蹴り出されたソレに耐えきれなくなったのか、太った男は次第に声を小さくすると、そのまま何も言わなくなって倒れ落ちた。

 

 

「使えねーデブが!始めっからガキは殴り飛ばして連れて行けばよかったんだよ!…おいガキ…テメーは許さねぇ…ここで殺してやる…」

「…ッ!?」

 

 

計画を台無しにされた腹いせか、使えない子分への苛立ちか、血走った目で完全にキレている男は、遊良に向かって冷酷にも言い放つ。漏れ出る殺気に思わず後ずさる遊良だが、デュエルでかったのにルキを離してくれないのは約束が違うだろう。そう言わんばかりに、逃げ出すことを拒むが、それを意に介さずに男は近づてきた。

 

…助けてくれた大事な友達が、今度は危ない目にあっている。そんな怒りの視線を向けているルキに、気がつかぬまま。

 

 

「覚悟しろよ…このクソガ…」

 

 

—!

 

 

「ッチィ!?…な、んだってんだ…いきなり…」

「ッ!?ルキ!こっちだ!」

 

 

しかし、急に、男が抱えていたルキから手を離してしまった。

 

それは、まるで持っていられないほどの「何か」が起こったようだったが、しかしルキは地面に落とされるとすぐに立ち上がって駆けだし、男を睨みつけながら遊良が促すままその後ろへと隠れる。

 

 

「なんだってんだよ一体…このクソガキどもぉ!」

「くっ!」

 

 

片手を痛そうに庇ってはいたが、それよりも怒りが勝ったのだろう。余計な手間を負わせられた小娘にも、偉そうに歯向かってきたガキにも、その怒りのボルテージが上がっているのが見て取れる。

 

絶対に許さない…そんな風に怒り狂った男のあまりの切れ具合に、おもわず身も竦む遊良達。その遊良達を力づくで捕まえようと手を伸ばした…

 

 

―その時だった。

 

 

―!

 

 

『そこまでだ!お前は完全に包囲されている!大人しくしろ!』

「なっ!?サ、サツ…だとぉ!?」

 

 

急に明るくなった路地で、中てられたライトに目が眩みながらも、そこには教諭たちが呼んだのだろう警察が集まって、男を睨みつける。そして鷹矢が案内したのだろうか、警察の先頭に偉そうに立った彼は、ふてぶてしくも仁王立ちをしていた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「うわぁああん!ゆーらぁあ!」

「大丈夫…もう大丈夫だって。」

 

 

拘束を解かれ、自由になったルキは、今まで溜まった恐怖を発散させるかのごとく遊良に泣きついていた。あれだけの目に会ったのだ、こんな子供が受けるには酷すぎる仕打ちをよく耐え、また助けてくれたヒーローから離れることを拒む。

 

 

「ぶじか二人とも。」

「あぁ。でも鷹矢、お前よくここが分かったな?」

「電話したらデュエルモードだったから、「ばしょさーち」ってのをしてケーサツに乗っけてもらった。どうだ、偉いだろう。」

「そうだな、さんきゅ。」

「グスッ…たかやも…ありがと…」

「うむ。」

 

 

臆せず犯人を止めた遊良も、手早く大人への対応をした鷹矢も、どっちも無ければきっと無事ではすまなかっただろう。もし遊良が追い付かなければ、ルキは手遅れになっていたかもしれず、いくら遊良がデュエルで勝っていても逆上した生き残りが向かってきては力では叶わない。

 

それを感じたのかルキは鷹矢へも礼を言い、ルキの親も警察に連れられて今到着したのか、一目散にルキへと駆け寄った。

 

 

「ルキ!だ、大丈夫か!?ぶぶぶ無事でよかった…」

「あ…パパ…声大きくて耳痛い。」

「ルキ…よかった…」

「ママ…ママぁ…!」

 

 

あまりに取り乱す父を見てか、恐怖よりも安心が勝ったのだろう、いつもの口調に戻っていたが、母に優しく抱きしめられてソレは決壊し、今まで以上に盛大に泣き出す。

 

そして、よもや命すら危ぶまれたという状況が無事に済んだという結果に安堵したのだろうか、ルキの母も同じく泣き出し、宥める父とともに、念のための救急車に乗って高天ヶ原家はそのまま病院へと直行していった。

 

 

「よかったよかった。」

「うむ!」

 

 

一件落着。まるで事件を解決したヒーロー気取りでそれを眺めていた二人の少年。いや、ルキにとっては紛れもないヒーローだ。そんな彼らの表情は明るく、とても誇らしげに見える。

 

自分達でルキを守れたという自負、大人相手にも実力で引けを取らなかったという自信がそうさせているのだろう。

 

しかしその背後に、この世の物とは思えない程の怒りの表情を浮かび上がらせていた、彼らの両親に気が付かぬまま…

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

「おやじになぐられた…」

「俺も…危ない真似しすぎだって…」

「でも二人ともかっこよかったよ。助けてくれてありがとう。」

 

 

翌日、念のための検査入院をしていたルキの元を訪れていた遊良と鷹矢だったが、事の本末を聞いた天城家と天宮寺家の父と母から、盛大に叱られて拳骨を食らったらしい。今にも痛みを思い出せるのだろう、二人して頭をさすりながら。しかし、お見舞いに来てみればルキは元気そうで、打撲以外に目立った外傷もないということを聞いて、二人は素直にホッとした様子を見せた。

 

まぁ、いくら自信があったとはいえ、誘拐犯相手に子供だけで挑むなど、無謀もいいところ。もし玄関で鉢合わせて居たら二人の身も危なかったのだし、遊良のデュエルに応じず敵が腕力に物を言わせてかかってきていたら、きっとただでは済まなかったのだから。

 

 

「おれがデュエルしていたらダメージは受けなかったがな。」

「先攻じゃ無理に決まってんだろ!」

「できるぞ!」

「無理だ!」

「ちょっと、二人ともうるさいよー!」

 

 

子供だからか、自分のしたことの危うさに気付かぬまま、三人はふざけあいながらも笑いあう。途中、ルキの両親からこれ以上無いくらいに感謝されたものだから、二人は嬉しそうな顔をして誇らしげに立ち、それを見ていたルキもおかしそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

…こんな時代も確かにあったのだ。

 

 

 

 

 

―だから、忘れられない。忘れることができない。決して…

 

 

 

 

 

 

「なんでゆーらに会っちゃいけないの!?意味わかんない!」

 

 

憤慨して父を睨みつけるその目は、まるで、実の父すら敵だと言わんばかりだ。忌々しげに睨まれた父は深く傷ついたのだろうが、しかしルキはそれを悪いとは思わない。それ以上に、彼の方が傷ついているのだからと、それを訴えていた。

 

 

「ゆ、遊良君はね…Ex適性がなかったんだって…そんな彼と一緒にいて、もしルキのEx適性まで消えちゃったら…」

「知らないよそんなこと!だったら、たかやなんかとっくに消えてるし!何でそんなことでゆーらが苛められなくちゃいけないの!意味わかんない!」

 

 

誰が流した噂なのか。まるで感染症の原因とでも言わんばかりに、天城 遊良に近づくことを禁じ始める親たち。その姿を、その言葉を聞いてしまった子供たちも、こぞって言いたい放題な現状に、ルキは驚きを隠せない。

 

一体遊良の何が悪いというのだろうか、Ex適正など関係ない幼等部で、鷹矢以外は誰も遊良に勝てない癖に、それなのに何で遊良をまるで弱者のように扱うのだろうか、と。

 

 

―自分を救ってくれたヒーローの、一体何が悪いというのか。

 

 

「私行くから!ゆーらのとこ行くから!」

「あっ、ま、待ちなさいルキ!」

「うるさい!パパなんて大っ嫌い!」

 

 

父の制止も聞かず、一目散に家を飛び出すルキ。慌てて父はそれを止めようとするも、妻にそれを止められてしまっては動けないのだろう、素直にその場に足を止めた。

 

 

「言っても無駄よ。…それに、私は遊良君が可哀想でならないわ。今あの子の傍にはきっとルキが居た方がいい…」

「で、でもルキの身が…」

「ルキを命がけで助けてくれた子を、私たちが見殺しにする気なの?」

「う…そ、それは…」

 

 

妻の放った言葉は真理だ。彼は何も悪くない、それは父とて分かっている。

 

しかし世間の目は、いやおうにも彼に石つぶてを投げかけるのだ。それに娘が巻き込まれでもしたらと、どうしても思ってしまうのだろう。誰だって、自分の子が一番可愛いはずなのだから。

 

 

「私は誰に何を言われても、遊良君の味方をしますから。そうしないと、恩が返せないもの。」

「う…で、でもルキが…」

 

 

突如として世界が敵に回ってしまった少年に、自分達まで敵に回るわけにはいかないだろう、と。すでに覚悟を決めた様子のルキの母は、娘の走っていった方向を強い目で見つめていたものの、やはり大人故にどうしても今後を悟ってしまうのか、悲しい目をしている。

 

きっと娘が選ぶ道は、世間からは白い目で見られることだろう。誰もが見捨てるような少年と我が子が共に歩むことは、本当ならば絶対に許しがたいことなのだから。

 

それでも、敵に回ることなど出来ない。娘が言うように、たかがEx適正が無いというだけで、天城 遊良という存在を否定できるほど高天ヶ原家にとっての彼の存在は小さくない。

 

1年にも満たない期間とはいえ、塞ぎ込んでいた娘を変えてくれ、親の目の届かないところでも彼がいるから安心できた程…それ程までに天城 遊良という存在は、ルキにとっても、そしてルキの親にとっても大きな存在になっているのだから。

 

遊良がもっと子供相応に、我儘や自分勝手であったならば、きっととっくに見捨てていただろう。だからこそ、思ってしまう。

 

―なぜ、遊良君なのだろうか、と。

 

例えば、ルキに無理やりデュエルをさせようとした、あの苛めっ子風の男の子ではだめだったのだろうか、そんな風に思ってしまうほど、ルキの母は遊良が不憫でならない。

 

 

「あなたが反対したいのならどうぞご自由に。ルキのことを考えているのか何だか知りませんけど、娘に一生恨まれる覚悟があって遊良君を見捨てるんでしょ?」

「うぅ…わ、わかったよ。僕もできる限りのことはするさ…。で、でもルキが危ない目に会いそうになったら、僕は彼よりもルキを優先するからね!」

「あなたよりも遊良君といる方がルキは安全そうだけれどね。」

「そ、そんなぁ…」

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「ゆーらぁ…ねぇゆーらぁー…」

 

 

なんど呼びかけても彼は応じない。魂の抜け殻になってしまったかの如く、虚ろな目を宙に向けていた彼を、何度も何度も揺り動かす。

 

あれだけ明るかった遊良が、あれだけ強かった遊良が消えた。そんなこと、信じたくも無いのに。目の前の彼の姿を見ていると、自分まで悲しくなってくるのだと。

 

 

「おじさんとおばさんは?…ねぇ…ゆーらってばぁ…」

 

 

泣きながら声をかけても、彼の耳には届かない。自分を救ってくれたヒーローが、そこにはいない。でも、彼から離れるわけには行かない。石が投げこまれ、ガラスが散乱した部屋の片隅で、暗い影に覆われながら死ぬのを待っている少年を、絶対に一人にしたくない。できるわけがない。

 

 

―絶望に囚われている少年を、決して離さないように…

 

 

必死に彼に寄り添うルキの表情は、涙を溜めた瞳で精一杯にそう告げていた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「…うぅん。」

 

 

目が覚め、もう西日が差し込む時間なのだとルキは理解する。流石に寝すぎたと感じたが、頬を伝う水滴が、自分が泣いていることにも気づかせた。…随分と懐かしい夢を見たものだが、なにも夢で見なくても絶対に忘れることなんてないというのに、彼女の表情がソレを物語っている。

 

 

「…はぁ。」

 

 

突如訪れた、世界が全て敵に回ったあの日。

 

絶望に囚われていた遊良が、今こうして笑っていられることはある意味奇跡だ。自分の呼びかけにも、鷹矢の叫びも全く聞く耳を持たなかった遊良を救ったのが、彼を見捨てたデュエルだというのだからと、神すら恨んだことを思い出すルキ。

 

なにせ、自分にはいらないものを与えた癖に、いつも遊良から奪っていくのだから。それでも諦めなかった遊良なのだから、今の力を得たのだろうが。しかし、それでも過酷な道を進んでいるのだ、彼の心が傷つくことに変わりない。それはルキにとって、常々思っている事だろう。

 

 

「遅いなぁ…遊良達、どこ行ったのー?」

 

 

しかし、そうは言っても彼らは一体どこへ行ったのだろうか。一度も起きずに今まで寝ていた自分が言うのもなんだが、いくら何でも遅すぎだとルキは感じた。寝すぎて気怠い体を起こして電話をかけるが、今度は圏外ではなくデュエルモードに入っていて通話が不可と来たものだから不思議だ。

 

 

「はぁ…もう…意味わかんない…。汗かいちゃったじゃん、シャワー浴びよー。」

 

 

連絡がつかない二人など放っておこう。そうすることにしたルキは、遊良の部屋から出ると一階に降りて風呂場に向かい、汗で不快感の増えた体へとシャワーを浴びせ始めた。勝手知ったるこの家だ、今更遠慮もなければ不安感もない。元々泊まる気で来ていた為、着替えも問題ないのだから、と。

 

しかし、長めにシャワーを浴びても、冷蔵庫にある食材で勝手に晩御飯を作って食べても、一向に返ってくる気配がない二人に、次第に心配が大きくなってくるルキ。何回か電話をかけてみても、繋がりはするが出る気配がないことは明らかにおかしいでのではないか。そんな不安がこみあげてくる。

 

 

「何かあったのかな…どうしよう…ん?」

 

 

そんなことを考えていた時だった。

 

家の外に車の音がし、数人の話声が聞こえてくる。しかも、不審者かと思ってよくよく聞いてみれば、それは聞きなれた声で。

 

 

「…へぇー…ルキちゃんのこと放って遊んで来たんだぁー…」

 

 

先ほどまでの不安はどこへやら。ルキは突如沸き起こってきた感情に任せて、玄関で待ち構えるようにして仁王立ちすると、扉が開くのを待ちわびる。きっと、今の自分は鬼の形相をしているのだろう、だったらせめて口だけでも笑っておいてあげようか、そんなことを考えながら。

 

 

そして…

 

 

「…随分と遅かったね?」

 

 

恐る恐る開けてきたのが丸わかりであり、伺うようにして中へと入ってきた遊良と鷹矢。

 

しかし、その姿を見てルキは静かに驚いた。てっきり遊びまわって来たと思ったのに、二人して服は砂だらけで擦れてボロボロ。生傷が多くできており、遊良に関してはどこか痛めたのか、どこかを庇っているような立ち方ではないか。

 

それは、二人の表情からは読み取れず、隠そうとしている雰囲気があまりに妙で。

 

 

「ルキ…た、ただいま…」

「…うむ。」

「ただいま…じゃないでしょ!もう!連絡しても繋がらないし、デュエルモードで電話に出られません?そんなボロボロになってまで、二人ともどこで何をしてたのよ!?」

 

 

何も聞いていないし、どこでこんな危ない目に会ってきたと言うのだろうか。車の音がしたということで犯人に心当たりは一人しかいないが、何の説明もなしに幼馴染二人がこんな状態になっている姿など、とてもじゃないが彼女にとっては容認できないことなのだから。

 

 

「いや、あのさ…せ、先生がさ!そう、先生…先生!?」

「む!?あのクソジジイ!どこへ消えやがった!?」

 

 

二人が助け舟を求めて後ろを振り向いたが、そこに犯人と思わしき人物は居らず、どうせ怒っている自分をいち早く察知して逃げたのだろうが、しかし偉大な危機察知能力は流石だが後で絶対に文句を言ってやらねば。ルキはそう心に決め、そうして遊良と鷹矢はそのままルキの怒りを浴び続けた。

 

 

「二人とも聞いてるの!?ちゃんと説明してもらいますからね!」

「わ、わかったよ…落ち着けって…」

「むぅ…」

 

 

 

すっかり暗くなった空に、怒りの声が吸い込まれて行く…

 

 

―…

 


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