遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep14「閑話ー高天ヶ原 ルキ 前編」

「おっはよー!おーい、遊良ー?…居ないのー…?」

 

 

まだ太陽が活発になる前。とは言っても、買ったばかりのノースリーブのワンピースでも、その肌にやや暑さを感じながら、夏真っ盛りの空気に包まれたルキは、遊良と鷹矢の家の前に居た。

 

本格的に気温が上がってくるまえに、クーラーの効いたこの家で宿題でもしようと画策していたルキだったのだが、いざインターホンを鳴らしても、いくら外から呼びかけても誰も出てこなかったことを不信に思う。

 

いつも朝早く起きてせっせと働く遊良にしては珍しい。しかし、そうは言っても夏休みなのだ、もしかしたら昨日夜更かしでもしてまだ寝ているのだろうか。そう考え、ルキは遊良から渡されている合鍵を使って玄関を開けた。

 

勝手知ったるこの家だ。自分が居るのに、平気でパンツ一枚の格好で歩き回る鷹矢には何度文句を言ったか分からないし、自分よりも家事が出来る遊良は素直に凄いと思うが、それはいつもの変わらぬ日常。ここでは実家と同じくらいの感覚で過ごすこともできるし、今更幼馴染達相手に遠慮など無いと言わんばかりに、ルキは自宅に入るかの如く中へと入った。

 

 

「しょうがないなぁー。ルキ様が起こしてあげますよー。…おはよぉございまぁす…」

 

 

小声でそう呟いて、こっそりと二階に上がると遊良の部屋の前で立ち止まるルキ。過去、鷹峰の元での修業時代は、よく力尽きて起きられなかった遊良と鷹矢を問答無用で叩き起こしていたものだと、ルキはその時のことを懐かしく思い出すが、そういえば鷹矢は今でも自分で起きられないので物理的に起こす羽目になっていることを思い出し考えを改めた。

 

 

「3…2…1…」

 

 

―バンッ!

 

 

「おっはよ遊良!あっさでっすよー!」

 

 

そして、ルキは勢いよくドアを開けて部屋の中へと押し入った。必要最低限の物しか置いていない整頓されたこの部屋も、彼女にとってはもう見慣れたものだろう。

 

 

「…ってあれ?」

 

 

しかし、てっきりそこで寝ていると思っていた遊良本人の姿はなく、彼がいつも持ち歩いている鞄も机の上に置いてあるのを見ると、どこかへ出かけているはずもないだろうと瞬間的に理解した。…そもそも、そんなことは何も聞いていない、そう言いたげな表情をして。

 

まさか、鷹矢までいないなんてことはあるのだろうかと、ルキは部屋を出て、隣の鷹矢の部屋の扉を無造作に開ける。

 

 

「ねぇちょっと鷹矢ー?…って、もう!鷹矢も居ないじゃん!」

 

 

しかし、デュエル関連と筋トレ関連の物でごった返している部屋の中にも鷹矢は居らず、こんな時間に鷹矢まで起きていることへの不信感を抱きながら、二人して連絡もなしに居なくなっていることへルキは苛立ちを覚えた。

 

一旦リビングへ降りてみると、いつまで居たのだろうか、遊良の物と思わしき宿題が出しっぱなしで置いてあり…鷹矢の物でないことはルキには初めから分かっていたが…しかしやりかけの宿題を出しっぱなしで外出するなど、遊良にしては珍しいのだろう。ルキの様子は、益々不信感が強まっているようだ。

 

ルキは自分のディスクを取り出すと、遊良と鷹矢に交互に電話をかけてみ始めるが、しかし返ってくる機械音声に圏外と言われて彼らには繋がらない。どこでも連絡がつくこのご時世に、一体どこへ行ったというのだろう、まさか深い海底や、遥か上空とは言うまいに。そんな面白そうなところなら連れて行ってほしいくらいなのにと、彼女の表情がそう言いたげな顔をしているものの…ある意味その予想は当たっているのだが、家にいるルキにそれがわかるはずもない。

 

 

「…もー、置いていくなんて酷いなぁ。」

 

 

二人が居ないのではやることもないし、朝早く起きたものだからまだ若干眠気が残る。そう感じたルキは、二階に上がって遊良の部屋へと戻ると、何の躊躇もなくベッドにダイブして、そのまま天井へと向き直すと目を閉じた。

 

小さな金属製のラックに、必要最低限の私物。衣服類は綺麗に畳まれクローゼットに収まり、カード類も整理されて引き出しに入れられている。机の上には教科書と多少のデュエル雑誌が立てられて並んでいるだけ。

 

無駄な物が無いこの部屋は、まるで余計な事を抱えたくない遊良の心情のようだ。確かにここに住んでいるはずなのに、家の他の場所からは感じられる生活感が、遊良の自室からだけに感じられない。

 

それはきっと、彼の心の奥底にあるモノが原因だということはルキとて重々承知している。今でこそ開いてくれている心も、絶望していた時期には自分と鷹矢ですらシャットアウトしていたのだから、それを思い出すと今でもやるせない…彼に救われた命なのだから、自分が彼を見捨てることなど有り得ないというのに。どことなく悲しげにも見えるルキの表情がそれを物語っていた。

 

 

―今でも簡単に思い出せること、絶対に忘れられないことを、その頭の中に思い浮かべながら。

 

 

―…

 

 

窓から差し込む日の光と、弱くかけた冷房と、そして窓から聞こえる微かな規則正しいセミの音が耳に心地いい。次第に、ルキの意識は深く沈み、そのまま寝息を立て始めた。

 

 

物語は一度過去へと戻る。まだ幼少期、天城 遊良が出来損ないと言われる、その前に…。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「いくぞ!おれのターン!」

 

 

自信満々にデッキからドローをしたのは天宮寺 鷹矢だ。まだ幼等部だというのに、その実力は初等部の学生達を倒してしまうくらい強いのだから驚きだ。いつも自信満々にデュエルをするその姿に、幼等部の教諭達も鷹矢の才能とその血筋ゆえに、将来はプロ入り確実といつも噂している。そのドローが勝利へと繋がり、見事に勝利を収めていた。

 

 

「たかや!次はおれとデュエルだ!」

「いいぞ、かかってこい!」

 

 

そして休むまもなく次のデュエルが始まる。しかし、鷹矢は疲れた素振りを見せず、寧ろ生き生きして戦いに臨んでいた。ギャラリーの子供達も元気に盛り上がり、本当に子供の体力は無尽蔵、大人達がなぜ自分達について来る事が出来ずにすぐ疲れてしまうのか、子供達からしたら不思議でならないだろう。

 

 

「…いいなぁ。」

 

 

そんな盛り上がる子達を見つめながら、部屋の隅でポツリと呟いたのは、決闘市に引っ越してきたばかりの高天ヶ原 ルキだった。真っ赤な長い髪を後ろで一つに縛っているこの少女は、この決闘学園所属の幼等部の一つに、最近転入してきたばかりだったが、転入してきてから今までデュエルをする鷹矢達をいつも遠巻きに見ているだけだ。

 

羨ましそうな顔をして膝を組んでいるが、本当はみんなと一緒の輪に入って話しをしたり、みんなと一緒にデュエルをしたいのだろう。しかし、とある事情から親にデュエルを禁止されているのだから、それも出来ない。せっかく決闘市に引っ越してきたのに、デュエルを満足にできないことが残念でならない、そんな気持ちが胸中にある様子だ。

 

 

「デュエルしたいのかお前?」

「…あ、ゆーらくんだ。」

 

 

そんなとき、不意に隣から声をかけられたのでルキが振り返ってみれば、そこには同い年のクラスメート、天城 遊良の姿があった。まだ話したことは無かったが、鷹矢に負けず劣らずのデュエルの実力で、幼等部では鷹矢と並ぶヒーローのような存在。落ち着いていて、どこか大人びている雰囲気の遊良に、密かに憧れている子も多いらしいのだとか。

 

まだEx適正検査もしていないのに、血筋ゆえ既にエクシーズ召喚を扱うことのできる天宮寺 鷹矢と、まだExデッキを持っていないけれども豪快なデュエルを魅せる天城 遊良。この二人のデュエルが始まるときなど、教諭達もこぞってギャラリーに転じてしまうのだから、幼いながらもその実力が伺える。

 

戦ってみたい、彼に自慢のモンスターを見せてあげたい。気のせいかもしれないが、ポケットに忍ばせている自分のデッキも彼と戦ってみたいのか、微かに呼応しているようにすら感じるのだろう、しかしそれを許さぬ父の言葉が耳に残り、最後の一歩が踏み出せないルキ。

 

 

「デュエルしたいなら相手するぜ、たまがはら。」

「…『たまがはら』じゃないよ、『たかまがはら』だよ、もう。」

「あぁ、ごめんごめん。んでさ、たまがはら。デュエルするのか?しないのか?」

 

 

―あ、こいつバカだ。

 

 

いくら幼等部のヒーローとは言え、ほとんど話したことがないからか、ルキにとっての遊良の印象が今決まってしまったようだ。しかし、こんな隅にいるのを気にかけてくれたのはルキにとっても素直に嬉しいことなのだろうが、それに応えることはできないと残念そうな顔を見せる。

 

 

「ごめんね。私デュエルしちゃダメなの。」

「え、なんで?デュエルくらい誰でもできるじゃん。」

「…えっと…その…」

 

 

出来なくないわけがない。むしろデュエルは大好きなのに、それが出来ないわけがあるのだと、人に言えない理由を背負った少女の雰囲気が、幼い遊良にそう告げていた。

 

 

「…内緒。言っちゃダメなの。パパがダメって。」

「ふーん。そっか。わかった。」

「…え?う、うん。」

 

 

そんな雰囲気を悟ったのだろうか、意外にあっけなく引き下がった遊良に、思わず驚くルキ。バカだと思っていたものだから、てっきりしつこく聞かれるのも覚悟していたのにと、そんな心構えだったのだろう。やや拍子抜けしたように感じている様子だったが、遊良はそれだけ言うとそれ以上を聞くことは無く、隅っこで小さく座っているルキに付き合って、そこに立ったままデュエルの最中の鷹矢に野次を飛ばした。

 

 

「おい鷹矢!ミスするんじゃねーぞ!」

「うるさい!黙って見ていろ!ゆうらの癖に!」

「ハハハ。あいつ罠カードで妨害されそうになるとすぐ焦るんだ。」

「そうなの?」

 

 

可笑しそうに笑う遊良に釣られて、思わずルキまでクスクスと笑ってしまう。そうして、鷹矢のデュエルが終わる時まで、遊良は話を続けていた。自分と鷹矢が幼馴染だということ、プロデュエリストになって鷹矢と大きな舞台で戦いたいこと。デュエルの細かい戦術から、好きなモンスターの話まで様々と。

 

そして、終始聞き手に回っていたルキだったが、転入してから初めて、こんなに人と話しをしたのがとても嬉しかったのだろうか。遊良との話題がどれも楽しく、笑顔が絶えない様子だ。彼が、どれだけデュエルと鷹矢のことが好きなのかも良くわかったのだろう、話の間に鷹矢がもう2~3戦デュエルをしていたようだったが、あっという間に時間が過ぎたことに気が付かないほど、幼い二人は話し込んでいた。

 

 

「よし!ダイレクトアタックだ!!」

 

 

―ピー…

 

 

そうしている間に、デュエルを終えた無機質な機械音が鳴り響く。どうやら鷹矢は無事すべて勝つことが出来たようで、デュエルディスクを片付けながら遊良に近づいてきた。その表情はどこか満足げで、してやったと言わんばかりの顔だ。

 

 

「これで10連勝だ!見たかゆうら!お前の記録こえたからな!」

「俺は昨日11連勝だったからまだまだだな。」

「む?…くそ、まだ足りなかったか…明日こそ…」

 

 

自信満々の顔から一転、コロコロと表情が変わる鷹矢の顔を見ているだけでも面白いと感じたルキだったが、鷹矢が『明日』と言った所で、今日はもう帰る時間というのを理解した。どうやら時間を忘れるくらいに、遊良の話を聞き入っていたらしい。

 

―退屈に感じていた幼等部も、今日は全然つまらなくなかった。もう帰らなくてはいけないのが、悔やまれるほどに。

 

 

「あ…あの…」

 

 

立ち去ろうとする鷹矢と遊良へと向かって…『またお話しよう?』と、そう言いかけて、ルキは口を噤んでしまう。

 

思えば、まだ全然親しくもないのに、こんなことを言うのは恥ずかしいのだろうか。もしかしたら、楽しかったのは自分だけだったのかもしれないと考えてしまったらしい。しかし、そんなルキをみて、遊良は先ほどまでと全く同じトーンで返した。

 

 

「また明日話そうぜ。じゃあな、たかまがはら。」

「え?あ…う、うん…またあした…」

 

 

ニカッと笑って手を振った遊良に、思わず驚くルキ。遊良の方からそう言ってくれるとは思わなかったのに、それでもまた話そうと言ってくれたことが、何よりもうれしい様子で。

 

―明日楽しみになる。

 

無垢な少女の表情は、言葉にしなくとも、明らかにそう言っていた。

 

 

「よくわからんが、また明日な。えっと…たまがはら?」

「…たかや君…たかまがはらだよ…」

 

 

それに連れだって去っていく鷹矢に若干の呆れと、ちゃんと苗字を言ってくれた遊良に手を振り返して。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「でね、ゆーら君ってバルバロスってモンスターが一番好きなんだって!見せてくれたけどかっこよかったよ!」

 

 

そしてその日の夜、ルキの両親は驚いていた。幼等部に行くことに乗り気でなかったルキが、その日幼等部であった楽しかったことを自ら話してくれていることに。ここまで饒舌になる娘を見るのはどれ程振りだろうか、生き生きと話す娘を膝の上に置いて、父の表情も思わず緩む。

 

 

「へぇー…なんだか、なかなか渋いのが好きな子だね。」

「渋い?」

「派手じゃないってこと。」

「ふーん。」

 

 

よほど、そのゆーら君との話が楽しかったのだろう、顔も知らぬ娘の同級生に感謝すら覚える父だったが、しかしその後に続いた娘の言葉に、思わず言葉に詰まってしまった。

 

 

「私のカードも見せてあげたいなー…ねぇお父さん、なんで私はデュエルしちゃダメなの?」

「…あー、それはね…えっと…」

 

 

ルキの問いに、父親の顔が苦い顔に変わる。何度言い聞かせても同じことを聞いてくるソレは、子供ゆえにしかたがないことだが、しかしあまりに大きい力を持ってしまったことをまだ理解できないのも可哀そうと感じてのことだろう。

 

しかし、それでも許してやるわけにはいかない。これは何も娘が嫌いだから禁止しているとか、そんな程度の低い話ではないのだ。下手をすれば、まだ幼い娘の命に関わる問題。たかがデュエルなのにと、それを知った時には思ったのだが、まだそれを自覚せぬ娘の力の片鱗を目の当たりにしてしまっては、いくら父とて信じないわけにはいかなかった。

 

だからこそ、許してやるわけにはいかない。このことで、例え娘に嫌われようとも。

 

 

「…いいかいルキ、ルキはとっても強いカードを持っているんだ。でも、それをほかの人にバレちゃいけないんだよ。それにね…ルキが本気でデュエルしたら、きっと危ないことが起こるんだ…ルキが危ない目にあっちゃうからさ…」

「…でも…」

「パパもルキがケガをしたら悲しいな。…ね、いいかいルキ。」

「…うん。」

 

 

―明らかに納得はしてくれていない顔だが、しかしこれもルキのためなのだ。

 

いくらカードを取り上げても、手に余ることから信用のおける人物に隠してもらっても、まるで瞬間移動でもしたかのように主であるルキの手元に戻ってしまう。

 

こんなことになるなら、いくら愛らしい娘にねだられたとは言えどもまだデュエルディスクなんて買ってやるべきではなかった。まさかEx適正検査も受けていない幼い娘が、自分のディスクに触れた瞬間に、突然カードが創造されることなど誰が想像できるものか。この難儀な運命を抱えて生まれてきた娘のことを、そんな風に可哀そうにも思う父だったが、しかし何もできない父親からしてみれば、愛娘に言い聞かせるほか無いのだろう。

 

娘に言うのと同時に、父は自分にも言い聞かせるように、その覚悟を思い出していた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「なぁルキ!これとこれならどっちがいいと思う?」

「んーとねぇ、【トレード・イン】かなー?ゆーらのデッキレベル8が多いから。」

「やっぱりかー。闇属性増やすよりもレベル8増やした方がいいかなぁ…。」

「ゆーら【闇の誘惑】1枚しか持ってないし、その方が絶対デッキも回るよ。」

 

 

およそ、大人顔負けなレベルでデッキ調整をしている遊良にも驚きではあるが、それについて行けているルキの方も相当な実力を持っているのだろうと、仕事をしながら二人の話を後ろで聞いていた教諭は感じていた。

 

ここ最近彼女が明るくなってきているのは感じていたが、今まで教室の隅で隠れるようにして縮こまっていたルキがここまでのレベルにあるなど知らなかったことだろう。子供の仲良くなるスピードは尋常じゃないというが、あの暗い表情をしていた少女がここまで明るく話していることも相まって、その驚きは止まない。

 

 

「よしっ、鷹矢相手に試してくる!あいつどこいった?」

「たかやならさっきお外に出てったよ。行こう?」

「おう!昨日はあいつのエクシーズにやられたからなー、今日は絶対勝つ!」

「うん、頑張ってね!」

 

 

そして、外に出ていった遊良を追うようにして、話を聞いていた教諭もすぐに同僚を誘って外へと出た。絶対にプロにまでなれる才能を持つ二人のデュエルだ、もしかしたら教員である自分たちも既に叶わないかもしれない、教師とは言え決闘市にいる人間として、そんな二人の拮抗した対決は見逃すわけにはいかないと言わんばかりに急いで。

 

すでに子供達が取り囲んだ中心には、件の二人が堂々と立っていた。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「甘いぞゆうら!これで終わりだ!ダイレクトアタック!」

「ぐぅ…くっそぉ!」

 

 

―ピー…

 

 

無機質な機械音が鳴り響いて、デュエルの終了を告げた。お互いに残りライフ100という、プロでも中々見れない好勝負を、ギリギリ制したのは運に味方された鷹矢だった。

 

しかし、それは本当にどっちが勝ってもおかしくない勝負。最後に鷹矢が【死者蘇生】を引かなければ、勝っていたのは遊良だったのだから。

 

 

「よし!これで82勝81敗、俺の勝ち越しだ!見たかゆうら!」

「明日は俺が勝つんだっての。あーあー…俺もEx適性の検査が終わったらお前なんてイチコロなのになー。今に見てろよ。」

「む…、いいだろう、ならばおれはその上を行ってやる!」

 

 

何と負けず嫌いな二人なのだろうか。傍から見ているルキからしたら、仲が良い事この上ないのだが、本人たちは照れくさいのか素直になることは少ない。しかし、それでも深いところで分かりあっているのだろう、言い争っていても険悪には絶対にならない。そんな二人を、ルキは羨ましくも感じていた。

 

 

「とーさんがエクシーズでー、かーさんが融合だからー、俺はシンクロだったら丁度いいなー。」

「ふん、エクシーズだったらお前には意地でも負けんぞ。」

「どうだか。鷹矢の癖に。」

「なんだと!?ゆうらの癖に!」

「まーまー、落ち着いてよ二人とも。」

 

 

―しかし、それでもヒートアップはする。

 

こういう場面はここ数週間で何度も見てきたのだ、元々引っ込み思案だったルキも、もうすっかり二人の歯止め役に落ち着いており、この3人で行動することが増えてきたせいもあってか、今ではセットで数えられることも少なくなかった。

 

それに、もうすぐ就学前のEx適正検査が近いということも相まって、現在幼等部のこの学年では誰がどの適正になるか、その話題で持ちきりだ。

 

鷹矢はすぐに他の相手につかまってそのままデュエルを始めたので、そのまま置いて遊良とルキは教室へ戻り始めた。

 

 

「ルキは何だと思う?俺のEx適正。」

「んーとねー…わかんないや。…あ、でもシンクロだったらいいなー。私と一緒だもん。」

「あれ?ルキってシンクロなのか?」

「あっ…今のダメ。聞いちゃダメなの。」

「わかったわかった…ん?」

 

 

随分と慣れてきたのだろうか、たまにポロっと口を滑らせそうになるルキだったが、そんな話をしながら部屋の中へと戻る二人。しかし、中へ入るや否や、クラスメートの一人が立ちはだかるようにして立っていた。

 

どうやらルキを睨んでいる様子だったのだが、それがクラスでも大柄な少年だったのがなんとも怖く感じている様子で。

 

 

「おい、たまがはら!お前なんでデュエルしない癖にここ来てるんだよ!」

「えっ!?な、なぁに、急に…。あと、『たかまがはら』だよ?」

「う、うるさい!ここにいたいなら俺とデュエルしろよな!こい!」

 

 

なんとも横暴な理由をつけて構え始めた少年だったのだが、そういえばこの少年、どうやったのか、他の誰よりも先駆けてEx適正検査を受けてきたと自慢していたことをルキは思い出した。検査後から適応されるEx解禁に伴って、元々横柄だった態度が、最近より一層強くなったようだ。

 

そんな大柄の少年は、威嚇するように声を荒げて遊良とルキに近づいてくる。

 

 

「やめろ!嫌がってるだろ!」

「うるさいぞゆーら!なんでそいつ庇うんだよ!そいつデュエルもしないんだぞ!」

「だから何だ!デュエルしなくたってルキは強いんだから、そんなの関係ねーだろ!」

 

 

そんな少年の前に立って、ルキを庇うように一歩前に出る遊良。

 

自分を庇ってくれることを嬉しく思い、またデュエルの考察を一緒にしただけで自分の実力をわかってくれていた遊良を、なんとも勇ましく思ったルキだったのだが、デュエルに応じないルキに苛立ちを感じたのか、少年は遊良を押しのけて近づくと力づくでルキの腕を掴んだ。

 

 

「このぉ…、どけっ!」

「あっ、や、やめてよ!」

「じゃあデュエルしろよ!なんでデュエルしないんだよ!」

 

 

そういって、抵抗するルキを力の限り振り回し始める少年。苛立ちを我慢できない子供らしい行動ではあるが、しかしこれは些かやりすぎだ。

 

 

「やめろって言ってんだろ!」

 

 

―!

 

 

「うわぁ!」

「キャッ!?」

 

 

そして、見かねた遊良が少年へとドロップキックを食らわした。鷹矢直伝だけあって、その蹴りには遠慮がなければ躊躇もない。

 

それが少年に直撃とすると共に3人は勢い余って転んでしまったのだが、直撃した少年が苦悶の表情を浮かべているのはどうでもいいとして、何故かそれ以上にルキの表情が慌てていたことに遊良は気が付く。

 

不安になってルキの視線の方へと目をやると、そこには散らばったカード達が。今の衝撃でポケットから零れてしまったのだろう、部屋の中で盛大に散っていた。

 

 

「あ…わ、私のカード!」

「わ、悪いルキ!拾うから!」

 

 

そう言って、遊良は散らばってしまったカードを拾い始めた。ルキを助けるためとはいえ、少々やりすぎてしまったか、素直に悪いと思いながらも、散らばったカードを拾おうとする姿に周りに居た子供たちも善意から手伝おうとし始める…

 

―そんなときだった。

 

 

「さ、触らないで!」

 

 

急に大きな声を出して、あっけにとられていた他の子ども達をよそに、素早く自分のカードを集めるとそそくさとポケットにしまうルキ。まるで、見られることすら嫌だと言わんばかりに。しかし、我に返ったルキは、怪訝な表情を浮かべている他の子ども達と、驚いている遊良へ向かうと、謝罪を述べた。

 

 

「…あ…ご、ごめんね…パパに…カードは見せるのもダメって言われてて…」

「そ…そっかー、悪かったよルキ。みんなも驚いたけど気にしてないってさ。な?だ、だろ?」

 

 

禁を破ってしまって思わず泣きそうになっているルキを案じ、子供らしからぬ手際の良さで遊良が促すように他の子ども達にそう言うと、皆気にしてない様子で各々の遊びに戻っていった。一瞬険悪になったとしても、下手に拗れることが少ないのも、子供の特権か。

 

そして、ルキがこっそり自分のカードを確認したが、どうやら無くなったカードなどは無く、全て無事のようだった。

 

 

「悪かったなルキ。」

「ううん…助けてくれてありがと。…ごめんねゆーら?」

「いいよ。…あいつのことは放っておこう。また来たら、今度は鷹矢のドロップキック食らわせてやる。」

「それはちょっと可哀想だけど…。」

「いいんだって。あっち行こうぜ?」

「…うん。」

 

 

未だに蹲って苦しそうに呻いている少年を他所に、遊良とルキはその場を離れる。そうして、教諭が戻ってきたときに一時的に大騒ぎにはなったのだが、幸いにも近くで見ていた他の子ども達の証言で遊良とルキに嫌疑がかからなかったことはせめてもの幸いか。しかし、この後ルキを迎えに来た父が、このときの事情を聴いた瞬間に怒り狂ったというのは、また別の話であるが。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、今日ルキちゃんのカード見た?シンクロモンスターキレイだったねー。」

「うん!いいなー、私もシンクロ使いたいなー。なんだったっけ?えっとぉー…。」

 

 

日も暮れてきた時間帯。おしゃべりに夢中になっている母親達をよそに、公園のベンチで楽し気に話す二人の少女。無邪気なだけのこの言葉が、たまたま後ろを通った誰かの耳に届いているのかも知らずに。

 

子供達からしたら、すぐに忘れてしまうであろう、この場限りの話題。しかし、何気なく呟かれた一人の子供のソレが原因で事件が起こる事など、この時に予想できる人間は誰も居らず…

 

 

―…

 

 


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