遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

13 / 119
ep12「認めぬ、認める」

「大体テメェは昔っから頭がガチガチなんでぇ!」

「適当な貴様に言われたくは無い!」

 

 

決壊したダムのように、我慢を溜めた怒りをあらわにして胸倉をつかみあう大人二人。砺波の現役時代から考えてみても、決して仲がいい方ではなかった二人だが、しかしこれで言い合うのも通算して何度目だろうか。年齢が近いこと、実力が拮抗していたこと、性格が正反対だったこともあり、もう数え切れないほどだ。

 

しかし、ただ言い合うだけならば良いものの、二人して常人では逃げ出してしまうくらいの殺気を飛ばしまくっているのが傍迷惑と感じたのだろう、それを見かねた鷹矢が仲裁に入った。

 

 

「ジジイ共落ち着け!見苦しいぞ!」

「んだとゴラァ!テメェ孫の癖して調子乗んじゃねぇぞゴラァ!」

「君はまず口の利き方を直しなさい!」

「…むぅ。」

 

 

吠え始めた二人に対して、勇猛に鷹矢が止めに入ったが、しかし耐性があってもかなりの迫力を纏うこの王者と元王者。流石に辛いのか、鷹矢も微かにたじろいでいる。

 

 

「どうするルキ?こうなったら先生しばらく落ち着かないよな…」

「はぁ…ホント短気なんだから。」

 

 

そんな荒れ狂う王者と元王者に対して、一瞬は驚いたものの、しかし傍から見ている分には殺気を除いて被害は無い。遊良とて、自分の退学がかかった話ではある、しかし自分よりも熱くなっている人間を見ていると逆に冷静になるものだ。そうは言っても遊良とルキは傍観するしかないが、このまま争わせていても埒が明かないのも事実。

 

他の教師が出て来てもこの二人を止められるわけがなく、それに第一このままでは、先ほどから意識を無くして空気と一体化している学年主任が、駄々漏れの殺気に中てられすぎて精神的に死んでしまいかねない。

 

―折角退学が取りやめになったというのに、そうなってはきっと退学どころの話ではないだろう。

 

 

「…先生!」

 

 

そして、意を決して遊良が声をかける。鷹矢でさえたじろいだこの二人の間に割って入ることはとてつもなく緊張したのだが、それよりも絶賛怒り中の師が聞く耳を持ってくれるか心配なのか、不安そうな顔をする遊良。しかし声をかけられた鷹峰は、一瞬だけ砺波を睨みつけた後、遊良へと向き合った。

 

 

「んだよ。」

「退学を何とかしてくれてありがとうございます。先生にここまでして貰ったので…後は俺が何とかしてみますから。」

「あん?オメーに出来んのか?何する気だ。」

「…それは…」

 

 

そう言われると、具体的な案が遊良にあるわけではないが、しかし全くの無策ではいられないだろう。何とか理事長に話をつけられないかと、必死に考える。

 

ここは決闘学園、聞く耳を持たない相手にやることと言ったら一つしかないのだが、そんな姿の遊良をみて、鷹峰は言い放った。

 

 

「ケッ、どーせ砺波のバカとデュエルでもして片をつけようって腹か?やめとけやめとけ、テメーじゃどうひっくり返っても砺波にゃー勝てねぇよ。」

「でも…」

 

 

そう言って鷹峰が頭から止めにかかり、遊良はそれ以上なにも言えなくなってしまった。…いくら相手が元王者【白鯨】と言えども、全く付け入る隙が無いわけでは無いだろうと画策したのだろうが、それすらお見通しのような目つきに、遊良の口が閉じてしまった為だ。

 

王者の過去のデュエルは公式に映像化していて、いつでも誰でも好きなときに見ることが出来るし、研究すれば一矢報いることも出来なくないだろう。相手だって人間だ……過去、そう算段して散っていった挑戦者の数は星の数、まるで数え切れないのだが。

 

まぁ、鷹峰が【堕天使】を得る前の遊良までしか知りえないのならばそういうのも当たり前か。遊良がEx適性を手放した代わりに得た、あの力のことは、鷹矢とルキにしか話して居らず、二人しか知らない。

 

―単純に【堕天使】を得ただけではない。決闘における心の強さ、自信、そして纏うオーラすら、以前の遊良とは違うのだから。

 

 

「先生、俺…」

「でもじゃねぇ。お前がいくら【何か】を得ていたんだとしても、それでもダメだってんだよ。それをさせねぇためにわざわざ俺が来てやったんじゃねぇか。」

「…え?」

 

 

しかし、まるで遊良の身に起こったことを知っているかのような鷹峰の口ぶりに、思わず驚いた遊良。しばらく会っていなかったというのに、それでも弟子の変化に気付いたのだろうか。

 

それに意を決したとはいえ、遊良とて幼い頃から師である鷹峰を見ていたからこそ分かるのだが、いくら自分が力を得たと言っても、それでも王者のいる高みというのが、まだ遥かに遠いことは理解していた。

 

―才能と研鑽と思考をこれ以上無いくらいに積み重ね、その中にいる人と人とが本気で喰らいあっても、それでも王者の高みはまだまだ見えてこない

 

それ程までに「王者」と呼ばれる人間がいる場所というのは高い、高すぎるのだから。

 

それを知る鷹峰とて、自らの弟子をみすみす潰されに行かせるはずがないだろう。目の前に居るこの頑固者が、傷心の末に引退した「元」王者と言えど、その実力がいまだ世界最高峰に位置することを知っているからだ。

 

最前線で見てきた鷹峰にとって、「歴戦」と言うのは、口で言うほど、頭で思うほど軽くない。それを体験した者でないと、それは理解できない。

 

想像を絶する戦いを制し、遂にそこへと到達した人間を相手にする為には、今の遊良では圧倒的に足りていない。遊良が得たモノなど、プロの世界という「魔窟」に居る決闘者が基本的に備えているものだ。師から見れば、今の遊良はスタートラインに立つことはおろか、そこに立つ準備すらまだしていないに等しかったのだろう。

 

 

「…ったく、バカな弟子見てたら頭冷えたぜ。」

「ふん…例え君がデュエルを挑んできたとしても、私は受ける気など無いですが。」

「ケッ、ホントに好き嫌いが激しい奴だよお前さんは。…しかしよぉ、俺ぁ引退までかけて遊良を残そうとしてんだぜ?お前さんも少しは乗って大人しく引けってんだ。大体なぁ、そんなに自分の生徒がこれ以上遊良に負けるのが辛いのか?だったらお前さんの自慢の生徒はその程度の奴しか居ないってことだぜ。」

 

 

けっして煽ろうとしたのではない。冷静になった鷹峰の、何気なく放られた言葉。それは、鷹峰の本音が口から出ただけなのだろうが、しかしそれを聞いた砺波はさも侮辱を受けたと言わんばかりの表情になっていた。

 

 

「…減らず口を。この私の学園に、天城君程度に劣る生徒しか居ないとお思いで?」

「だったら簡単じゃねーか。そのご自慢の生徒をこぞって遊良にぶつけりゃぁいい。そいつらが勝ったなら決闘祭も遊良を出さなくて済むだろーしよぉ。でも公平な選出をせずに遊良を外した時は…わかってんだろ?なにせ俺ぁコイツの保護者だ。どっかの団体のお偉いさんにちっと話をつけりゃぁ、正確な成績だって俺の手元に来るんだぜ?詐欺ったらただじゃあ置かねぇ。今度は教師共も纏めて…」

「はぁ…わかりましたよ。」

 

 

このままではまた話が平行線に流れて言ってしまう。そう判断したのだろう。そういい掛けた鷹峰を遮るようにして…呆れた声ではあったが、しかし自身にとっても重い物を賭けた王者に釣り合いを取る意味でも。

 

また、自分の学園の強者となりうる生徒達を信じた意味でも、砺波はその口を開いた。

 

 

「流石にあなたもイカサマで引退させられるのも納得しないでしょうし、下手を打てば本当に死人が出るやもしれない。…不本意ですが、【黒翼】に誓って約束してあげます。いくら私が大嫌いな天城 遊良でも、【決闘世界】に則った選出基準は公平にさせると約束しましょう。私がここまで条件を呑んだんだ、あなたも下手な行動はしないようにしてくださいよ。」

「カッカッカ。やっと纏まりやがったか。手間かけさせやがって。」

「…どうせ、私の生徒が彼を叩き出すことには変わりはない。」

 

 

そう言って、砺波はため息をついて部屋を出ようとする。懐かしい顔と、散々言い合っていい加減疲れたか。自分の思惑がこんな馬鹿な男に止められたのも癪だが、しかしこの馬鹿者をさっさと引退に追い込む権限を得たのも思わぬ収穫と、そう複雑そうな顔をして。

 

なにせあの時、釈迦堂に負けた3人の王者の内、【黒翼】だけが未だ生き残っているのは正直面白くないと感じていたのだから。

 

 

「あ、あの、理事長!」

 

 

そんな出ていこうとした砺波の背から、急いで遊良が声をかけた。

 

これ以上何を言うつもりなのだろうか。退学が取り消しになり、師も居るので大きな態度にでも出るつもりなのか。そんな憶測を立てつつも砺波は振り返らずに、その耳で遊良の声を拾おうとその場に立ち止まる。

 

 

「…その…退学を…撤回していただいて、ありがとう…ございます。」

 

 

思わず遊良の口から出たその言葉。それは本心からの感謝ではないだろう、何しろこの男が自分の退学を進めたのだから。

 

しかし何故遊良がそう言ったのか、その言葉に秘めた意思はきっと本人にしかわからないだろう。また、それを聞いた砺波が何を思うか、静かに呟いた。

 

 

「…あなたの退学も、師の引退も…私の手中にあることを、努々お忘れなく。」

「はい。」

 

 

そして、砺波は今度こそ部屋から退出していく。

 

その姿が見えなくなったからか、一つの大きな気迫が去っていったことで、心なしか部屋の空気も軽くなったように遊良は感じた。なにせ、こんな狭い部屋に収まりきらない程大きな気迫が充満していたのだ、寿命が縮まるという言葉も、比喩でなくなってしまうだろう。

 

その砺波が去り、少し時間を空けてから鷹峰が口を開く。

 

 

「ケッ、退学させようとした張本人に、なーにが『ありがとうございます』だよ、このガキ。」

「でも、先生もありがとうございました。先生がいなかったら有無を言わせず退学でしたから。…理事長がこんな強引な人だとは思いませんでしたけど。」

「あー…あの野郎はなぁ…大人しぶってやがるが、実はかなり気性が荒れー奴なんだよ…昔っからなぁ。…まぁ、つっても約束は守る奴だ、大丈夫ってんなら大丈夫だろ。いいか遊良、精々俺を引退させんじゃねーぞ。カッカッカ。」

「はい。」

 

 

そうだ、目下の問題は退けられたが、しかし自分にとって負けられない理由がもう一つできたのだ。例え死んでも、負けている暇がなくなった、そう遊良は覚悟を決める。

 

自分の退学だけではない、この世の最強のエクシーズ使いが、自分のせいで王者を引退など、決して許してはいけない。そんな覚悟を決めた遊良の姿が危うくも見えたのだろう、ルキが心配をしつつも遊良に声をかけた。

 

 

「…でもよかったぁ…遊良、退学にならなくて…」

「ごめんな、心配かけた。ルキもサンキュ。」

「…ううん。でも、先生ってば本当にすごい人だったんだね。ただの怖い顔じゃないし、ちょっと見直したかも。」

「うむ。よくやったぞクソジジイ。」

「おいクソガキ、お前は後でシメっからな。」

「無理するな、若くない癖に。」

「ケッ、口が減らないガキめ。」

 

 

幼馴染二人も安心したのだろう、師なら対しても口調が一気に軽くなるが、しかし遊良とルキに比べて、世界中探しても鷹峰にここまで言える人間は鷹矢とその父親だけだろう。よくここまで言えるものだと遊良は思いつつも、鷹矢にとっても師であることには変わりない、逆にここまで言えるのも信頼している証なのだろうか。

 

その証拠に憎まれ口を叩いていても、遊良の退学を何とかしてくれた祖父でもある師に向かって、鷹矢はホッとした顔をしていた。

 

 

「んじゃ俺もとっとと帰るぜ。こんな所にいつまでも居ちゃあガキ臭くてたまんねぇからな。」

「あれ?…そういえば先生、仕事のついでに来たって言ってなかった?ねぇ、お仕事の方はいいの?」

「…あぁん?」

 

 

そう言って部屋を出ていこうとした鷹峰だったが、唐突なルキからの質問によってその足を止めた。しかしその顔は、珍しく不味いことを突っ込まれたかのようになっている。

 

 

「あー…そりゃあ、アレだ。仕事はもう終わってんのさ。俺ぐれーになると仕事なんてモンはとっとと片づけられるんだっての。」

「え…もしかして先生…俺の為に…」

「おっ、もうこんな時間じゃねーか。カァー、忙しすぎて嫌になっちまうなぁ。じゃあなガキども。」

 

 

―!

 

 

「なんだったんだあのクソジジイ。」

「…アハハ、先生らしいね。」

「…そうだな。」

 

 

遊良の言葉を遮るようにして、急いでその場を後にした鷹峰の姿を見て、弟子たち3人は苦笑いを隠せない。

 

…確かに昔から隠し事が苦手な師だが、しかしガラにも無いことなのは自覚しているのだろう。ならば弟子として、察することが大切か。これ以上何も言うまいと、そう遊良は思った。

 

 

「…さて、どうする?今から俺たちも授業出るか?」

「腹が減った。帰って飯が食いたい。どうせ今日は召喚別の授業もないしな。」

「じゃあ私もー。今戻ったら絶対周りが煩そうだし。」

「…そうだな、帰ろう。今日はもう他の先生にとやかく言われるのも嫌だしな。」

 

 

そう言って、未だ気絶している学年主任を置いて部屋を出る遊良たち。いずれ意識は戻るだろうし、遊良のバックに【黒翼】がいることを知ったのならこれ以上は何も言ってこないはずだ。

 

退学云々も、砺波理事長が一旦差し止めを行った。彼が約束を守ると言ったのならば、遊良に出来ることは、それを信じるしかないのだから。

 

そうして、荷物を置く間もなく連れてこられたことが幸いし、帰るのに支障もないため遊良達は誰にも見つからないように学園を後にした。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

『…遅かったな。』

 

 

イースト校の敷地を少し抜けたところで、電話越しから聞こえるのは微かな焦りを孕んだ声。それに答えるは、何事にも動じない厳しい声。

 

 

「あぁ、着いたらちっと面倒なことが起こっててよ。まぁ野暮用だ。」

『…やはりクロか?』

「いーや、砺波はシロだなありゃ。キレやすいのは昔通りだったし、何も見えなかった。とりあえず今のとこは問題はなさそーだぜ?」

『ふむ。サウス校とウエスト校理事のこともあるが…イースト校は大丈夫そうということか。』

「まだわかんねーけどな。気配はなくてもガキの方に混ざってる可能性もある。」

『…可能性ならばいい。目下の事案を片付けるのが先だ。…期待しているよ【黒翼】。』

「ケッ、この俺様を顎で使おうたぁ、覚悟しとけよ。」

『覚悟はしているとも。では、失礼するよ。』

 

 

そして、電話が切れると同時に、鷹峰はつぶやいた。それは、心の底から嫌そうな声で。

 

 

「…チッ。面倒くせーことだぜ。」

 

 

先ほどとは打って変わり、鷹峰は冷徹な目をしてその場を去っていった。何が起こっているのかを詳細に知る者は、まだ居らず。

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「主任!一体何故天城が候補に!?」

 

 

そう言って、職員会議で配られたプリントに目を通した一人の若い教師が詰め寄ったのは、数日前から急に髪が薄くなった学年主任だ。よほどのストレスを受けたのだろうか、たった数日でここまでなるストレスが何なのかを知る教師は居ないが、詰め寄っているのはこの若い教師だけではなかった。

 

1学年担当の教師も他に数人、一緒に詰め寄っている。彼らが必死に問うているのは、もう直ぐそこまで到来している夏休み、その夏休み明けに行われる決闘祭の学年選抜戦の候補者の中に、Ex適性が無い天城 遊良の名があることについてだ。

 

 

「それだけじゃありません!エクシーズクラスの生徒の名前も入っているじゃないですか!」

 

 

続いてそう言ったのは、エクシーズクラスを担当している教師の一人。すでにエクシーズクラスの学校代表者は1年生の天宮寺 鷹矢に決定している為、残りのシンクロ、融合クラスからそれぞれ選出するはずだったのだが、しかしこの配られた候補者の名には、既に決まっていて選ばれることがないはずのエクシーズクラスの生徒の名も載っていた。イースト校の伝統では、各召喚法3つ平等にチャンスを与えるのを忘れたのかと、まるでそう言いたげに。

 

 

「うるさい!理事長命令なんだ!俺が知るわけが無いだろう…天城の退学も撤回するし、一体理事長は何を考えているんだ?」

 

 

先日の鷹峰と理事長のやり取りの最中、気を失っていた学年主任にことの詳細を知る術はなく、ただ言われるがままに仕事を進めるしかないが、しかし退学させろと圧をかけてきたと思えばそれを勝手に撤回した。それだけではない、あれだけ忌み嫌っていた天城だというのに、今度は公平な選出基準に則って候補を提出しろと来たのだから全く持って意味が分からないと言わんばかりに、薄くなった頭を抱えて学年主任は憤慨している。

 

 

「しかし主任、天城が代表候補なんて!あいつ、デュエル実技の回数が少ないんですよ?いくら筆記の成績をクリアしているからって…」

「…デュエル実技の回数基準は…最初に上にそう提出してしまっているんだから仕方ないだろうが…ったく誰だよ、天城の実技回数を少ない基準にしたバカは…」

 

 

そういって思い切り悪態をついた学年主任だったが、しかしそれを聞いていた他の教師は知っていた。

 

天城が入学してきた時に、全ての召喚別授業への参加を希望した、あの身の程知らずの要望を切って捨て、上にデュエル実技の回数基準を少なくするようにかけあったのは、他ならぬこの学年主任なのだから。

 

確かに自分たちも、自分の召喚別クラスに天城が来るのを嫌がり、誰も天城を引き取りたがらなくて揉めたが、まさかそれがこんな所で仇になるとは。そうしないと、出席不足で学園に来ていても留年となるのだから、最低限残った教師としての倫理的に、仕方がなかったとはいえ。

 

 

「他の1年生がこの発表を見たらなんて言うか…暴動が起こりませんか?」

「知るか!もう俺は知らん!文句があるなら理事長に直接言いに行け!」

「そ、そんな…言えるわけないじゃないですか…あの【白鯨】に…」

 

 

そんな、もう自暴自棄になっているように見える学年主任を見て、他の教師達も悟ってしまう。

 

いくら天城の名前を候補に入れたくなくても、筆記成績が上位なのはともかく…Ex適性が無い癖に、何故か通常デュエル実技の成績もほぼ負けなしと記載されているこの不可解な成績表がある限り、天城を候補から外すわけには行かないのだと。

 

―あんな落ちこぼれの生徒がこんなに勝てているわけがないというのに。

 

しかし、無理やり候補から外してしまえば、不正によって自分の首が飛ぶと言われては黙るほかないのも事実。理事長である、あの【白鯨】の決定に異議を唱えられるほど、自分達は強くないと理解していた。

 

 

「…なんで天城が…もしこんな奴が代表にでもなったらイースト校はいい笑いものじゃないですか。」

「…あれ、でも天城って最近1年のほとんどに野良で勝ったとか噂になってなかったっけ?」

「あぁ、そう言えば…いやいや、そんな訳ないじゃないですか。どうせ本人が構って欲しくて流したんでしょ。だってあの天城ですよ?そんなこと出来る訳ないですって。」

「ハハッ、確かに。」

 

 

そう言って、仕方なく散り散りになって自分の机に戻っていく教師達。遊良のことを、ただのEx適性のない落ちこぼれとしか見ていない多くの教師からしたら、この決定は納得の行くものではないのは確かだろう。

 

自分達が言っている言葉の意味を、全く理解していない教育者の姿など、生徒達に見せられるはずがないことに気がつかず。

 

 

「…あーぁ、間近で見てない奴はいいよな。好き勝手言えて。」

「ですねー。…アレ見ちゃったら、ちょっと他の生徒を選んでいいものかとも思っちゃいますし。…私のクラスの生徒が負けて本気で泣きじゃくってるの見ちゃったら…本当に天城君を相手に手も足も出せなかったんだなーって。…悔しいですけど。」

「アレでEx適性が無いってのが信じらんねーよ。」

 

 

しかし、少ないながらも、遊良のデュエルの本質を実際にその目で見た教師だけは、異なる意見を持っていた。それは、この横暴ともいえる理事長の決定に、異議を感じない者がチラホラ出始めてきた証拠でもある。

 

確かにアレは、実際に見ないことには信じられないだろう、まさか天城が、あんなデュエルが出来るだなんて、と。

 

 

「天城が代表になったら凄いな。前代未聞だし、それはそれで面白そうだ。」

「でも可能性がないわけじゃないですよね。私、彼が代表になっても良いと思いますし。」

 

 

それは、この目ではっきりと見てしまったが故に、天城を蔑むことに抵抗を感じている証拠でもあった…

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「なっつやっすみぃ!イエスッ!」

 

 

照り付ける太陽に負けずに、浮かれた声でルキは跳ねるようにして下校していた。今日は終業式だけだったので、午後からはもう休みなのだろう。

 

その少し後ろでは、遊良が見守るようにして歩いている。この昼間に学園から帰る事ができるのは、確かに嬉しい事ではあるだろうが、しかし何もこんな太陽が照り付けている中で帰さなくてもいいだろうにと、滲む汗を無視してそんな顔をしながらトボトボ歩いている。

 

そこに鷹矢の姿は無いが、遊良が帰りがけに聞いた話だと、どうやら決闘祭のことについて鷹矢は教師から呼ばれているらしい。それは、どうやら鷹矢の出場はまだ公にはしておらず、夏休み明けの学年選出時に一緒に発表する予定らしいのだが、それに対する細かい打ち合わせなのだろう。

 

しかし、あいつ一人にしておいて大丈夫だろうか、また言われた事を忘れて、「だから遊良に言っておいてくれないと困るだろう。」とか言い始めないか、そう心から心配する遊良だったが、帰ってきたらすぐに聞き出して覚えておいてやるかと、そう思ったのだろう。鷹矢に関しては、遊良とてもう半分諦めているのだから。

 

 

「あっちぃーな…おいルキ、アイス食いに行こーぜ?」

「おっ、いいねぇ!遊良の奢り?」

「はいはい、奢ってやるよ。期末テストで物理の世話になったし。」

「やったぁ!まぁ私も遊良のおかげで数学助かったけどね。」

 

 

そう言って、遊良とルキは帰路を家から馴染みのスーパーへと変え向かい始める。ルキがすっかりその近くで売っているアイスを気に入って、時々付き合わされて一緒に食べていたせいか、遊良もすっかりはまっていたのだ。特に現地直送ミルクフレーバーが本格的でたまらないらしく、この間、ミルクでも貰おうか…とカッコつけて言った所をルキと鷹矢に爆笑されたので、今日は違うのにしようと考えてはいる様子だが。

 

そして、遊良のほうからアイスに誘われて嬉しかったのか、ルキが笑顔を崩さずに遊良の横に並ぶ。

 

 

「へっへー、遊良が学校でもオープンに話してくるようになったじゃん?友達にさ、遊良と鷹矢が幼馴染だって言ったら驚いてたよ。」

「色々うるさく言われなかったか?」

「ううん、むしろ今まで朝一緒に登校してたのもスッキリしたって。それに遊良が最近雰囲気変わったってさ。」

「ふーん。…自分じゃあよくわかんねーけど。」

「あ、でもさぁ、鷹矢無しで二人でいると噂されちゃうかな?」

「…何が?」

 

 

心なしか嬉しそうに話すルキだったが、しかし遊良にしてみれば、学園関係で嬉しそうにそういうルキの顔をみるのは、もしかしたら幼等部以来かもしれないと、そう思ったのだろう。

 

何しろ遊良の就学後すぐから今まで約十年、散々言われ放題だったため、特に学園関係の話だとルキは怒ってばかりだったからだ。

 

遊良とて、ルキと幼馴染と言うことを隠していたのも、自分なんかと関係があるということが知られれば、二人も何を言われるかわかったものじゃないからであるが、しかしそうやってコソコソ隠れるのも止めた。

 

今では昔みたいに、何も気にせずに話している。むしろ本気で自分を認めさせに行こうとしている心境の変化からだろう。その雰囲気が、もう隠す必要など無い、文句があるなら直接言いに来いと語っている。

 

まぁ、それを見せ付けられたルキのファン達からすれば、忌々しいと言うより、驚愕と後悔の方が勝っていることだろう。幼馴染だなんて聞いていないし、てっきりストーカーだと思っていたのだ、遊良に食って掛かってきた人間は、もれなく彼女の目の前で彼女の幼馴染を蔑んでいたことに変わりないのだから。

 

…だが、二人でいることで何が噂になるというのだろうかと、遊良には心当たりが思いつかなかった。

 

 

「もー…遊良のデュエル馬鹿。私のアイスはトリプルでよろしく。」

「…へいへい。よくわかんねーけど。」

 

 

―すぐにピンとこないのも、きっとこの暑さのせいだ。

 

 

何故か膨れるルキを横目に、二人は帰路をゆっくり歩いていった。

 

 

―…

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。