遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep117「閑話ー天才のある一日、その2(前編)」

 

 

時は少々遡り、『春休み』の少し前。

 

冬が終わり、雪は融けたが…

 

まだ卒業式も終業式も終わっていなかった、まだ寒さも残ったとある春の初め頃。

 

 

 

「明日、プロテストに行ってくるぞ。」

「…は?」

「…え?」

 

 

 

遊良の指名手配騒動も完全に落ち着き、鷹矢のプロ入りへの話題も少し落ち着きを見せてきた、そんなとある日。

 

その、もうすぐ一日も終わる夕方・団欒中の夕食時に…

 

唐突に、遊良とルキへと向かって。鷹矢が、幼馴染二人にそんな事を言ってきた。

 

しかし、鷹矢からの突然のソレを聞いて…思わず、箸を止め鷹矢の言葉を理解出来ないかのように固まってしまった遊良とルキ。

 

当然だ…

 

鷹矢の言うプロテスト…それは勿論、この時期における世界的な大イベント、『プロデュエリスト試験』の事であったのだから。

 

そう、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】が定めた規定により、決闘学園高等部卒業見込みの学生の中から学園側に特別的にプロテストの受験許可をもらえた者…

 

あるいは決闘学園高等部の卒業生や決闘大学のプロデュエリスト学部の者、またあるいは学園の卒業者でなくとも数々の公式大会などの結果から、【決闘世界】に受験資格ありと認められた選ばれし者が受けるという、この世界に生きるデュエリストならば誰もが一度は目指すであろう、プロの世界への入り口のことである。

 

そんな、受験資格を持った多くのデュエリストが毎年プロの世界を夢見て数多く挑戦してくるソレは、この時期特有の一種のイベント事のような扱いとなりてその結果をメディアが大々的に取り上げる事もあるのだが…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「プロテストって…お前、試験免除でプロ入りするんだろ?」

「うむ。」

「じゃあ何でプロテスト行くの?そんな必要ないはずでしょ?」

「そうもいかんのだ。これには深いわけがあってだな…」

 

 

 

そう、それはあくまでも、『普通』にプロになろうと言う者たちにとっての話。

 

それ故、遊良とルキが鷹矢の言葉に思わず引っかかってしまったのは他でもない…

 

偏に、鷹矢が既に『無試験』にてプロデュエリストの資格を有する事が決定しているが故の疑問であったのだ。

 

何しろ、数ヶ月前に行われた決闘市とデュエリアの決闘学園が合同開催した世界最大規模の学生達の祭典…

 

【決島】において、鷹矢は全世界へと向けて大々的に言い放った。

 

 

 

―『うむ、これで心置きなく来年からプロになれると言うモノだ!』

 

 

 

【決島】の表彰式で叫ばれた、天宮寺 鷹矢の突然の宣言。

 

まだ決闘学園高等部の2年生で、規定によりプロ入りするにはあと1年の猶予があるはずの少年が零した…世界の法をも揺るがした、前代未聞のあの宣言には世界中がどよめいていた。

 

しかも、ソレが歴史上初となる『ランク0』のエクシーズ召喚を行った天宮寺 鷹矢であったのだから―

 

【決島】の終了後に、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】が正式に天宮寺 鷹矢の無試験でのプロ入りを発表した事で。その熱は、一気に加速の一途を辿ってしまったのだ。

 

それは世界中のメディアが連日ざわめき、どよめきを見せた事が証明している。遊良の指名手配の一時の騒ぎを除き、先日まで毎日のように天宮寺 鷹矢のプロ入りの件や『ランク0』のエクシーズモンスターに関する番組を報道しつづけていたのだから…

 

前代未聞の学生プロ。それも学園には在籍したままでプロになるというだけではなく、法整備された戦後初と言うだけではなく大戦前から数えてもなお史上初となる、決闘学園の長い歴史の中で見ても史上最年少のプロデュエリストの誕生に世界は大いに賑わいを見せていて。

 

…だからこそ、事の重大さを全く重く捕らえていない鷹矢本人はともかく。

 

遊良も、そしてルキも。改めて鷹矢が、どれだけ破天荒な事をしようとしているのかを日に日に目の当たりにし続けているのだろう。

 

それ故、鷹矢がたった今零した、『プロテストに行ってくる』という言葉に対し。

 

遊良とルキは箸を止め、どこまでも怪訝な目で鷹矢を見つめており…

 

 

 

「…なんだよ、深いワケって。」

「無論、修業と後学のためだ。この俺と同期となる奴らがどのような者達なのかを早めに知っておきたいからな。それに、俺のプロ入りに関してまだ煩く言っている奴らも居るみたいなのだ。ならばこの俺にプロ入りの資格は充分にあるのだと、正々堂々プロ試験を突破し証明してやろうと思ってな。いい考えだと思わんか?」

「…あれ?でもさー、プロ試験って明後日だったよね?しかも次のって最終試験じゃなかったっけ。毎年テレビで中継されてる、プロとデュエルするやつ。」

「うむ。」

「なんで明日行くの?それに鷹矢ペーパーテストも二次試験も受けてないじゃん。」

「そうだよな。なんでいきなり最終試験からなんだよ。」

「フッ、その辺りも綿貫のジジイに話をつけてあるに決まっている。何しろ俺も忙しい身だからな、こまごました余計な試験など受けている暇もない。ならば手っ取り早く結果が出て、これ程までに分かりやすく俺の実力を見せ付けられるのはプロ相手に戦う最終試験をおいて他にはないと言うわけだ。無論、プロが相手ならば修業にももってこい、デュエリアも遠いしな、遅刻するわけにもいかんから明日に出るというわけなのだ。うむ、これ以上ないくらいにいい考えだ。思いついた自分が誇らしい。」

「…ソレ、よく砺波先生が許可してくれたな。」

「あ、私もソレ思った。理事長先生、絶対に許可くれなさそうなのに。」

「む?理事長には何も言っておらんぞ?」

「…は?」

「綿貫のジジイに直接相談したのだ。そうしたら話題アップも兼ねて良いだろうという事で特別に許可をもらった。無論、理事長の方には綿貫のジジイから今頃話が行っているはずだぞ。」

「今頃ってお前…」

「えー…大丈夫なの?ソレ…」

「綿貫のジジイが大丈夫と言ったのだぞ?だから大丈夫に決まっている。それに俺も春から正式なプロだからな、話題を作るのもプロの仕事だ。だから、これも少し早いが仕事の一環というわけなのだ、うむ。」

「…」

「…」

 

 

 

しかし、遊良とルキの怪訝な視線を浴びてもなお。

 

そして遊良とルキからの、沈黙と言う名の呆れを浴びてもなお。もっともらしい理由をつけて、鷹矢は夕食である遊良謹製の下準備から手間隙かけて仕込みをした揚げたてエビフライと本格メンチカツを手作りソースと共に飲み込むようにして次々に頬張りながら…

 

どこまでもただただ雄弁に、ソレを語り続けるだけではないか―

 

…その態度は傲岸不遜。

 

ただでさえ在学中の高等部2年の学生が無試験でプロになると言うだけでも反感が多いのに、火に油を注ぐような真似をよくもまぁ思いつくものだと遊良とルキが半ば呆れ果てているのも意に介さず。

 

どこまでも不敵に、どこまでも不遜に。あくまでも食事する手を止めはせず、若さに任せて常人の3倍の量の揚げ物を食らいつつ自らの道を我が物顔で突き進み続ける鷹矢の態度は…

 

自由奔放と言うよりは、傍若無人に近いモノとなっているに違いなく…

 

 

 

「ねぇ鷹矢…まさかとは思うけど…」

「いいよルキ、ここは俺が言う。」

 

 

 

けれども…

 

何やら鷹矢の余裕綽々という態度から、ふと遊良とルキは『何か』を悟ったのだろうか。

 

ふんぞり返り、揚げ物をオンした後の白米を美味そうに掻き込みながら偉そうに余裕を垂れ流している鷹矢へと向かって…

 

徐に、遊良がその口を開き始めた、

 

 

 

「おい鷹矢…お前がプロテスト行くのって、明日から期末テスト始まるからってのがホントの理由じゃねーよな?」

「…ブッ!?」

「きゃっ!?ちょっと鷹矢!汚いんだけど!もう!」

「ゴホッ……ゆ、遊良が変な事を言うからだ…ッ、そ、それより遊良、俺が…何だと?」

「お前の事だ、どうせ期末テストよりプロテストの方が楽だって考えたんだろ。相手がプロでも、デュエルしてる方がお前にとっちゃ楽だもんな。会場はデュエリアだし、試験も明後日なのにご丁寧に明日出発するって言ってるし…んで明日出発して、明後日プロ試験受けたら帰って来る頃には期末テストも終わってるしで…ホント、何でこういう悪知恵だけは頭働くんだよお前は。」

「なっ、何を言うのだ!そんなわけな…」

「えー、だって鷹矢、今日も私と遊良が勉強してる横でずっとデッキ弄ってたし…」

「先月からずっと勉強しろって言ってやってんのに随分と余裕そうだったしな。」

「ねー。毎回赤点ギリギリなのに。ふーん、随分ズルい手使うんですねー鷹矢さんはー。」

「ぬ、ぬぅ…」

 

 

 

幼馴染は伊達じゃない。

 

鋭い切り口で、言い訳する余地を全く与えず。咀嚼していたモノを噴出した鷹矢を意に介さず、問い寄るように怪訝な視線のままで詰め寄り始めた遊良とルキ。

 

また、あまりに核心を突かれたからか…思わず鷹矢の言葉が詰まり、そして箸を持つ手も止まってしまったことで…

 

その鷹矢の態度がより一層、遊良とルキの確信を強固なモノへと変えていく。

 

こうも簡単に言葉に詰まると言う事は…つまりは、『そう言う事』に違いないのだろう。

 

幼少の頃からこれまで、ずっと鷹矢と共に過ごして来た遊良とルキなのだ。無論、遊良とルキはこれまでの鷹矢の学業における成績の全てを見てきていているわけなのだし…

 

テストの成績だけではなく、日々の宿題や授業態度など、とにかく勉強嫌いの鷹矢をこれまで見続けてきたからこそ。遊良とルキも、今の鷹矢の態度がいつものテスト前の態度とはあまりに違う事に嫌でも気がついてしまっていて。

 

 

…そう、遊良とルキの目は誤魔化せない。

 

 

どれだけ鷹矢がポーカーフェイス…もとい、鉄仮面をしているとしても…

 

鷹矢がどれだけ悪知恵を働かせ言葉を選び、もっともらしい理由をつけたとしても…

 

それでも、これまでの鷹矢の、あまりに酷い勉強嫌いを誰よりも傍で見続けてきた遊良とルキに対しては。

 

いくら鷹矢とて、隠し事を隠し通せるはずもなく―

 

 

 

「そ、そんなわけないだろうが!一体何を言っているのだお前らは!だ、大体だな、期末テストを受けられなくて一番残念なのはこの俺なのだぞ!?日々の勉強の成果を見せられなくてこんなにもショックを受けているというのに…」

「お前が…テストを受けられなくて残念?」

「鷹矢が…勉強の成果?ずっと勉強してないのに?授業中も寝てるのに?ねぇいつ勉強してるの?」

「ぐ…いや、その…それはだな…夜中に…」

「夜中?でも最近は修業終わったら疲れてご飯食べたらすぐ寝ちゃってるじゃん。お風呂だって朝入ってるんでしょ?その所為で毎日遅刻ギリギリなのに。ねぇねぇ、鷹矢さんはいつ勉強してるの?ねぇってば。」

「ぬぅ…」

「…はぁ、やっぱりか…砺波先生に通さず、直接綿貫さんに話つけたのもつまりは『そういうこと』なんだな。ただでさえランク0の事で色々目ぇ付けられてるってのに…」

「…ホンッットおバカなんだから、もう…」

 

 

 

 

目論見を看破され、言葉を失い。

 

遊良とルキに論破され、完全に後手に回ってしまったイースト校2年、天宮寺鷹矢。

 

…その甘すぎる見通しで、よくもまぁここまで自信満々にプロテストに行くなどと豪語できたモノだ。

 

しかも、遊良とルキにはもう完全にバレている。そう、プロテストに行く鷹矢の目的が仕事というプロ意識などではなく、ただ単に期末テストをサボりたいだけ…と言う事を。

 

だからこそ、呆れを通り越し。溜息交じりで鷹矢を睨む遊良とルキの視線が、どんな刃物よりも鋭い代物となりて鷹矢へと突き刺されていて…

 

 

 

「と、とにかく、これはもう決まった事なのだ!だから俺は明日デュエリアに行ってくる!遊良!明日は朝8時に起こしてくれ!弁当も忘れるな!唐揚げは絶対入れるのだぞ!」

「…偉そうに。っていうか8時だと俺がもう出てるっての。明日から期末テストなんだぞ?」

「ならば7時だ。余裕を持って出発したいからな。それともお前も一緒に行くか?祖父に会いにデュエリアに一緒に…」

「だから期末だって言ってんだろ!それに『あの人』も…そんな気安く会えるわけねーだろ。デュエリア校の学長なんだから、そんなホイホイ会うわけにはいかねーんだよ。はぁ…ホントに仕方ない奴だなお前も。」

「知らないよ?理事長先生に叱られても。」

「ふん、俺はプロになるのだぞ。いつまでも理事長を怖がってばかりも居られん。だからおかわりだ!こうなったら明日のプロテストで暴れまくってきてやる!プロ入り前に、プロの奴らに目に物見せてやるのだ!」

 

 

 

それ故、鷹矢は隠し事のバレた子どものように。

 

そう、どこまでも不遜な態度を崩さぬまま、どこか開き直ったように…

 

再び、夕食へと止まっていた箸を動かし始めるのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

翌日―

 

 

 

「ふむ…浜臣に随分と大目玉くらったようじゃの、鷹矢や。」

「…うむ。」

 

 

 

決闘市から飛行機に乗り、早朝の便で【決島】以来となるデュエリアの地に足を踏み入れた鷹矢は…

 

到着早々、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】幹部である『妖怪』綿貫 景虎に連れられて。

 

送迎用の高級リムジンにて、明日開催されるプロ試験に参加するべく会場近くのホテルへと送迎されていた。

 

…しかし、試験の本番はまだ明日だと言うのにも関わらず。

 

鷹矢はどこかグッタリと、それでいて既に疲れきっているかのような…高級リムジンの、高級そうな座席に座っている綿貫の対面にて、すでに相当の精神的疲労を抱えているかのような姿を見せているはないか。

 

 

 

「全く、寝坊しなかったと言うのに何故あんなにも叱られなければならんのだ…」

「ま、当然じゃろ。何しろ浜臣に黙ってプロテストに来ようとしとったんじゃから。」

「それはジジイが任せろと言ったからだろうが。何が大丈夫だ…全然大丈夫ではなかったぞ。」

「儂だけのせいにするでないわ。大体この話はお主の方から持ちかけた物じゃったろうが。おかげで儂まで浜臣に叱られたわい…何故今日から期末テストじゃと言う事を黙っておったのじゃ。」

「聞かれなかったからに決まっている…しかしまだ調子が戻らん…これでは試験にも影響してしまうぞ…全く、理事長の奴め…」

 

 

 

…そう、試験は明日だと言うのに、鷹矢がすでに疲れきっているのは他でもない。

 

それは鷹矢の出発前…

 

よほど期末試験を受けたくなかったのか、鷹矢にしては本当の本当に珍しく寝坊せず起床し、今まさに空港に向けて出発しようとしていた…

 

その、出かけ寸前でのこと。

 

 

 

―…

 

 

 

「では遊良、行ってくるぞ。」

「…あっちで迷惑かけるんじゃねーぞ?」

「うむ。安心しろ、ちゃんと土産も買ってきてやる。」

「そういう心配じゃねーよ…」

 

 

 

早朝。

 

昨日の宣言通り、プロテストに行く鷹矢は珍しく寝坊せず、寧ろ期末試験を受けなくても済むという余裕からか、遊良よりも早く家を出ようとしていた。

 

しかし、その雰囲気は他の受験者たちとはまるで違う、どこか気楽さすら感じさせるおだやかな代物。

 

そう、自らの人生がかかっている、気を張り続けていると思われる他の受験者たちとは違い…今の鷹矢の雰囲気は、まるで旅行にいくかのような気楽さとなっているではないか。

 

…テスト会場のあるデュエリアには泊まりとなることから、その手に遊良が昨夜用意してくれた荷物入りのキャリーケースをしっかりと持ち。

 

期末試験をサボ…もとい、特別に休ませてもらい、殺伐とした雰囲気で行われるプロ試験に特別に参加させてもらう立場であると言うのにも関わらず…

 

行きの道中で食べるであろう、大好物でもあるリクエスト通りの遊良特製低温からじっくり火入れし高温にて堅めに2度揚げした醤油と塩の2味が楽しめる大ぶりモモ肉の唐揚げ弁当を遊良から嬉しそうに受け取りながら…

 

そう、その手に大事そうに持った唐揚げ弁当から、あまりにも美味そうな匂いが漏れ出しつつ。朝っぱらから鷹矢の為に唐揚げを揚げてやる遊良も遊良ではあるものの、しかし鷹矢もまたソレは当然の事なのだとしてどこまでも当然のように弁当を受け取るのか。

 

荷物よりも、大事そうに弁当を抱えながらどこまでも…どこまでも、気楽な雰囲気を崩さぬ天宮寺 鷹矢のその態度。

 

それ故、そんな鷹矢の不遜な態度は、同じく家を出ようとしている遊良の目から見てもあまりに不躾に映ることこの上ないと言うのに…

 

 

 

「他の受験生に迷惑かけるなって言ってんだ。ただでさえ無試験のせいで目の敵にされてるってのに…そんなお前がプロ試験に来るとか、受験生からしたら冷やかしも良いとこだろ。お前のせいで調子崩して落ちたとか言われたらどうすんだよ。」

「ふん、それがどうしたと言うのだ。俺は俺の戦いをしにいくだけだ…この程度で調子を崩す弱者など初めからプロになどなれん。己の敵を見誤る雑魚になど興味などないからな。」

「だからその態度が反感買うって言ってんだって。ホント分かんない奴だな、下手したら刺されるぞ?」

「だからそんな事は俺の知ったことではないと言っている。お前こそ分からん奴だな、何故俺が有象無象共に気を遣わねばならぬと言うのだ。…まぁいい、そろそろ出ねば飛行機に間に合わんからな。では行ってくる。」

「…あぁ。」

 

 

 

それ故、受験生たちから怨みを買いそうな鷹矢に対し、遊良も釘を刺すように口出しするものの。

 

しかし当の鷹矢は何処吹く風で、あくまでも自らの不遜を崩そうとはせずただただ自己中心的に振舞い続けるのみ。

 

 

 

 

そして…

 

 

 

遊良の心配を他所に、デュエリアに、ひいてはデュエリア行きの便に乗るため、空港へと向かおうと鷹矢が自宅の玄関の扉を開けた…

 

 

 

そこには―

 

 

 

「…おはようございます。」

「む!?」

「砺波先生!?」

 

 

 

玄関の扉を開けた瞬間に飛び込んできた声に、思わず驚きの声を上げてしまった鷹矢と遊良。

 

…当然だ。

 

何しろ、まだ早朝という時分であるにも関わらず。

 

今まさに出かけようとした矢先に、家の外にはあろうことか―

 

 

およそ今の鷹矢が絶対に顔を合わせたくは無かったであろう人物…イースト校理事長である、砺波 浜臣が立っていたのだから。

 

 

…しかも、その砺波の表情は見るからに晴れやかなモノでは断じてない。

 

早朝と言う事もあり、隠そうともしていない鯨の不機嫌がその透明感を感じる朝の空気とが相まって…

 

玄関前に佇んでいる砺波の雰囲気を、より一層近づきがたい代物へと変えており…

 

 

 

「な、なぜ理事長がここに…」

「何故?その理由を説明しなければ理解できませんか?」

「う…いや…その、だな…」

 

 

 

そんな、自家用車か公用車か分からぬ黒塗りの高級車の前に立つ、あまりに不機嫌そうな砺波が家の前で待ち構えるようにして佇んでいたのだ。

 

それはいくら悪い事をしていない遊良でも思わず焦燥を感じてしまう驚きであり、とすれば当然の事ながら怒られるような事しかしていない元凶である鷹矢にとっては…あまりにも不穏な気配を感じてしまうのも、当然と言えば当然で。

 

 

 

果たして…

 

 

 

昨日の今日で、綿貫 景虎から鷹矢のプロテスト参加を聞かされた砺波の心中は、一体どのようなモノになっていると言うのだろう。

 

容認できない重度の怒りか、はたまた迷惑ばかりかける男への失望か…

 

そのどちらにせよ、およそ鷹矢本人にとっては良いモノとは言い難いはず。

 

確かに既にメディアにも、そして『決闘世界』の試験委員会にも話を通してしまっているが故に、いくら元シンクロ王者【白鯨】である砺波を持ってしても前日になって『キャンセルさせます』だなんて出来るはずもなかったのだろう。けれどもソレが逆に砺波の怒りを大きくさせたのか、溢れんばかりの苛立ちは砺波の周囲の空気を歪ませている錯覚を遊良と鷹矢へと見せており…

 

それ故、突然現れた砺波の、あまりに不穏なる空気を感じ取った鷹矢が。

 

思わず反射的に、家の中に戻ろうと玄関のドアをゆっくりと閉め始めたものの…

 

 

 

『閉めるな。』

「ッ!?」

 

 

 

…砺波から発せられるは、この世のモノとは思えない深海の水圧のような重苦しい声。

 

それは誰にも逆らうことなど出来はしない代物。逆らってはいけないとさえ感じてしまう人外の響き。

 

一体、どこからこんなにもドスの効いた声を出せると言うのか。

 

それはいくら傍若無人な鷹矢であっても、思わず身震いを感じてしまうような波響となりて砺波の言う通り閉めかけたその手を止めてしまい…

 

そして、完全に鷹矢が静止したのを確認してか。

 

ゆっくりと…まるで、噴火する寸前の海底火山のような雰囲気のまま…砺波が、その細腕からは考えられない力にて玄関のドアを引き、開けると。

 

先ほどよりは少々マシなものの、それでも微かにドスを感じる声のままにて。鷹矢へと、声を投げつけてきて。

 

 

 

「さて…では行きますか。私が直々に車で送っていってあげましょう。」

「…い、いや、俺はタクシーでも使おうかと…」

「何か…言いましたか?」

「…」

 

 

 

そうして…

 

先ほどの気楽さはどこへやら。

 

決して逆らうことを許されず、そのまま鷹矢はまるで連行されるようにして…

 

大人しく砺波の車へと乗せられると、苛立ちのアクセル音と共に砺波は車を発進させたのだった―

 

 

 

「…砺波先生、完全に怒ってたな…鷹矢の奴、無事に行ければいいけど…」

 

 

 

そして、そこから車中であったことはおよそ語るに及ばず。

 

そう、逃げ場の無い車の中、それも砺波と鷹矢の二人しか乗車していないこともあり…空港に向かう高速道路で、鷹矢は延々と砺波に小言を浴びせられ続けたのだ。

 

しかも、ただの小言ではない。その言葉の一つ一つが形容し難い重みを孕ませていたものだから、これでは唯我独尊を地で行く鷹矢を持ってしても相当辛い道中だったに違いないことだろう。

 

…いっそのこと、一思いに怒りを爆発させて叱ってくれた方が楽なのではないだろうか。

 

きっと、鷹矢もそんなコトを感じてしまったに違いない。

 

ソレほどまでに、延々と続く逃げ場の無い小言の猛襲は、鷹矢から楽観を奪い去るほどの精神的疲労を確実に与え続けており…

 

 

…すでに参加が決定してしまっていることは覆すことは出来ない。しかし、これからプロになろうとしている人間の立ち振舞いの重要さを理解していない様子が少しでも会場先から伝わりでもしたら、当然こちらにも考えがある。なんなら期末試験を追試扱いで受けさせるのも検討している。当然、出題問題を特別に作り直し、他の学生達とは別の日程で一人だけ再試験を受けてもらう。大体、ランク0の件もあるのに悪目立ちするなど何を考えて…

 

 

等々…

 

そんな事を…いや、『それ以上』の事を。

 

空港に着くまでの間、鷹矢は延々と叩きつけられ続けた。

 

また、鷹矢の方にも自分に比があるという自覚だけはあったのか、砺波の小言には反論する事さえ出来ないままに…

 

それ故、どうにか砺波から解放されたその後も。

 

遊良の唐揚げ弁当と、飛行機の中で多少眠ったとは言え。砺波から与えられたその精神的疲労は、当然のことながら完全には回復しておらず…

 

 

 

―…

 

 

 

「一生分の小言を言われた気がするぞ…いや、帰ってからもまだ続きそうだ…」

「ま、しばらくは続くじゃろうな。何しろ儂もさっきまで電話越しに叱られまくっとったからのぅ…全く浜臣の奴め、【決島】の時からなーんか強いんじゃよなぁ…」

「ぬぅ…」

「だから儂でも今の浜臣は宥められん。とりあえず、怒りが冷めるまで大人しく謝っておけ。」

「他人に謝るなど容認できんが…この際仕方あるまい。今の理事長に逆らうと冗談抜きで殺されそうだ。」

「そうじゃな。」

 

 

 

…疲労困憊、意気消沈。

 

強制的にメンタルをやられた鷹矢は、試験会場へと向かう道すがらもグッタリとシートに体を預けたまま。だからこそ、プロ試験が今日ではなく明日であった事は鷹矢にとっても幸運であったに違いない。

 

…このままの状態でデュエルなどすれば、調子が出ずに無様な戦いを見せてしまう可能性もある。

 

何しろ、いくら想定している相手が下位のプロとは言え、それでも対戦するのはプロデュエリストなのだ。

 

油断していると足を掬われるどころではない。例え相手が下位のプロであったとしても、それでもプロの世界で戦ってきた経験のある者は学生とはまた違った強さがあると言う事は夏休みに多くのプロと戦ってきた鷹矢も重々承知していることであり…

 

 

 

「しかし惜しいのぅ。」

「…何がだ?」

「『ランク0』のエクシーズモンスターのことじゃよ。お主がアレを自在に操れておれば、お主の注目度も更に高くなったと言うのにのぅ。もうこの世に無いとは…勿体無いことこの上ない。」

「…無茶を言うな。アレは俺の力ではない。いくらこの俺でも、あんなモノを2度も使えば今度は確実に死んでしまうぞ。」

「ま、この儂でさえ見たことのない代物じゃったしのぅ。研究者やデザイナー達が必死になって研究をしておるが全く上手く行っておらぬようじゃし…せめて現物が残っておればと泣き付かれたわい。」

「ふん、それこそ俺の知ったことではない。大体何なのだ、研究とは。アレは俺だけに許された俺の力、俺だけのモノを他人が研究しようなど片腹痛い。」

「…」

 

 

 

また…

 

鷹矢と向かい合うようにして座っている綿貫の口から零されたのは、鷹矢が【決島】にて呼び出した『ランク0』のエクシーズモンスターについての言葉であった。

 

そう、鷹矢の【決島】の決勝戦・第一試合…デュエリア校の鍛冶上 刀利とのデュエルにて、鷹矢がこの世界の理に反しながら呼び出した『No.0』への反響はそれはそれは凄いモノだったのだ。

 

…何しろ、史上初となる『ランク0』のエクシーズモンスター。

 

長い長い決闘界の歴史においても、そんな常識外れの存在など誰も見た事も聞いた事もない代物であったのだから…

 

これまでの学説、学術、研究結果が、根底から覆される事態になってしまったあの時のデュエルの衝撃は、それはそれは計り知れないモノとなりて世界中が震撼したと言っても過言ではなく。

 

…連日、メディアも騒ぎ何度も『あの試合』の『あの光景』がTVで流された。

 

また、それだけでは終わらず。他の誰も成しえなかった、他の誰も想像もしなかった、他の誰も思いつきもしなかったソレを歴史上初めてエクシーズ召喚した鷹矢の事を、過激な研究者や学者たちが必要以上に追い回した事もあったのだ。

 

…無論、表向きは鷹矢への『ランク0』の再現への協力の要請。

 

しかしそれは傍から見れば、マッドサイエンティストたちによる人体実験の被験者の捕獲にも見えるほどに必死なる追い掛け回しだったのだから…

 

自身だけに許された『No.』を研究しようとしている無礼者達に鷹矢が憤慨を覚えたのは当然と言えば当然であり、それ以上に鷹矢の学業への妨げになるとしてイースト校理事長である【白鯨】砺波 浜臣によってそのマッドサイエンティストたちが駆逐されていなかったら…鷹矢とて、いまごろ研究者たちの手にかかりどうなっていたか想像もつかない事だろう。

 

また、ソレらが今では落ち着いているのは他でもない。それは偏に、追い掛け回されることにウンザリした鷹矢が、【白鯨】や綿貫を通じて超巨大決闘者育成機関【決闘世界】から当事者たちに伝達し思い知らせた『ある言葉』のおかげか。

 

そう、鷹矢は言った…もう、『ランク0』のNo.のカードはこの世に存在してはいないのだ…と。

 

鷹矢のその言葉を聞いて、メディア関係者や研究者たちがどれだけ落胆を示したことか。そしてソレらが、【決闘世界】直々の回答であったために…恰好の報道対象を、そして恰好の研究対象を失った彼らは、そうしてようやく鷹矢を追い掛け回すのを諦めたのだ。

 

まぁ、もうこの世に『ランク0』のエクシーズモンスターが存在していないのだとしても。それでも公の場で歴史的快挙を成し遂げた鷹矢に対し、もう一度『ランク0』のエクシーズモンスターの召喚を熱望している声が未だ多いこともまた事実。

 

そう、【決島】が終わってからまだ数ヶ月しか経っていないために、世間からしても『ランク0』が呼び出されたあの興奮がまだ冷めやらぬままなのは当然と言えば当然で…

 

…そして、ソレは明日のプロ試験のエキシビジョンでも期待されている事だろう。

 

もう召喚出来ないであろう幻の存在に期待をかけられるプレッシャー。そしてこれまた史上初となる高校生プロへの期待と怪訝。

 

そんな色々な視線を常に浴び続ける事になる事と、そして理事長から受けた小言のダメージとが相まって。尚更、鷹矢は簡単には回復しないであろう精神的疲労を感じているのであり…

 

…だからこそ、理事長に削られた精神を少しでも回復すべく。

 

明日のプロ試験へと向けて、鷹矢は全力でシートに体を預け怠ける姿勢を見せるだけ。

 

 

 

「まぁ良い、無いモノねだりをしてもどうしようもないからのぅ。それに、どうせ試験は明日なんじゃ。お主の順番も一番最後じゃし…それまでしっかり休み、他の受験生のデュエルを見ておれば良い。」

「そうするぞ…」

 

 

 

送迎の高級リムジンの座り心地を感じる余裕もなく。

 

試験会場であるデュエリアの特設スタジアムに併設された高級ホテルへと向けて、鷹矢はただ成すがままに運ばれて―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

 

 

 

 

肌寒さすら感じた昨日の気温から一転。

 

…受験生たちを待ち構えるかのごとき、春の陽気すら感じられるであろう見事な快晴の中。

 

デュエリア屈指の高級ホテルにて、招待選手の待遇にて一泊した鷹矢は…あの鷹矢にしては珍しく、超高級が売りの朝食バイキングもそこそこに。試験会場のドームスタジアムへと続く、長い長い大通りの…

 

他の受験生たちが緊張の中会場へと向かっている…

 

 

 

その、最後尾に居た。

 

 

 

「ぬぅ…理事長に小言を喰らったからか、他の奴らの余裕の無さが痛いほど伝わってくるぞ…」

 

 

 

しかし、理事長の小言を受けた時間からほぼ一日経っていると言うのにも関わらず。

 

昨日受けた理事長からの小言がまだ緒を引いているのか、受験者たちがぞろぞろと列を作っているその最後尾…その最後尾にて、どこか疲れた顔を残す鷹矢の雰囲気は未だ重く。それでいて精神的疲労からか、朝食もそこそこした食べられなかった事から未だに鷹矢には理事長から受けた攻撃…いや、口撃が、まだ深く根付いている様子。

 

…また、他の受験者たちが重い足取りにて、会場へと向かっていくのを眺めている鷹矢の目に映っているのは紛れも無い。

 

それはそれは重い空気、それも目に視えるほどのプレッシャーに苛まれ続けている、受験生たちの憂鬱な雰囲気が鷹矢の目には映り込んできているのだ。

 

…しかし、それも当然か。

 

何しろ鷹矢と違い、彼らは一次試験と二次試験、その過酷なプロ試験を最後まで通り抜けたものの、下手をすればこの最終試験でその全てがパーになってしまうかもしれないのだから、既にプロ入りが決まりこの最終試験すらただのエキシビジョンでしかない鷹矢と比べれば他の受験生たちのプレッシャーはおよそ測りきれる代物では断じてない。

 

…己の人生を賭けて最終試験へと望もうとしている、その憂鬱なるも緊張に包まれた、目に見える程に重苦しくなったその空気。

 

その足取りは誰もが重く。そう、まだ会場とは距離があると言うのにも関わらず、デュエリアの街の一角にはあまりに重い空気と息苦しい雰囲気が充満しており…

 

それは例えるならば通夜や葬式。そう例えたいほどに、緊張からかどこまでも暗い表情をしている受験者たちの織り成す列はただただ沈黙と焦燥に塗れていて。

 

 

 

「…なるほど、遊良が言っていたのはこう言う事か。下手したら刺される…確かに今のコイツらならやりかねん。余計な事は言わないようにしなければ…」

 

 

 

だからこそ…

 

昨日の不遜で不躾な態度から一転。受験生たちの切羽詰った姿を目に写し、素直に自分の非を認め口を慎む今の鷹矢には、受験生たちの弱った悲哀が痛いほど理解出来てしまう。

 

…きっと砺波に口撃を喰らう前の鷹矢であったならば、そんな受験者たちの重苦しい空気を全く気に留める事もなく、吐き捨てるように彼らを抜き去って言ったに違いない。

 

それこそ、受験者たちの列のど真ん中を我が物顔で…

 

自分だけは既にプロになることが決定しているという優位を見せびらかすようにして、この程度の試練に切羽詰っている弱者たちとは格が違うのだと態度で語りつつズカズカと追い抜いていったはず。

 

けれども、砺波よってこの受験者たちと同じ程度の精神的疲労を喰らわせられた今の鷹矢には…受験者たちの緊張、葛藤、憂鬱、切迫が、肌で感じられるほどに痛いほど伝わってきているのだろう。

 

…それはある意味で成長の証か。

 

理事長から精神を削られたおかげとはいえ、普段からおよそ他人など端から気遣うつもりも無い『あの鷹矢』が、こうして少々他人を気遣う素振りを見せている事はある意味で確かに鷹矢もまた成長している証でもあり…

 

 

 

そうして…

 

 

 

「…さて、俺もそろそろ行かねばな。」

 

 

 

受験者たちが充分に離れたその最後尾で。

 

一人、誰も刺激しないように慣れない気遣いを見せた鷹矢が、自分も試験会場へと向けて今まさに歩きだそうとした…

 

 

 

―その時だった。

 

 

 

「…天宮寺 鷹矢…あなた…どうしてここに?」

「む?」

 

 

 

突然…

 

まだホテルの横、最後尾に居るはずの鷹矢の背後から、唐突に何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

…そして、鷹矢が瞬間的に振り向いたソコにいたのは他でもない。

 

他の受験者たちの誰よりも遅くこの場に到着したのは、鷹矢もよく見知ったある人物。そう、それはあの他人の顔と名前を全然覚えない鷹矢が、自らの意思で顔とフルネームを覚えた数少ない一人の女性であり…

 

それは魔窟のようなプロの世界に飛び込もうとしているとは到底思えない、あまりに華奢な体付き。

 

デュエリアの風に揺れる白髪と、走ってきたのか少々乱れている吐息がその雰囲気をより一層気怠く儚げなモノと変えている…

 

鷹矢が数ヶ月前に【決島】で戦った、儚く気怠げな一人の少女。

 

そして鷹矢が【裏決島】で戦った怨敵である、裏決闘界の融合帝【紫影】を祖父に持つという…

 

しかして彼女自身も【紫影】に多大なる怨みを持つ人物でもある、決闘学園ウエスト校3年筆頭…

 

 

 

―竜胆 ミズチ

 

 

 

「なんだ、竜胆 ミズチではないか。久しぶりだな。今到着したのか?」

「…えぇ。空港からの電車が少し遅れて……【決島】では迷惑をかけたわ。あれからお礼も言えずにごめんなさい。」

「気にするな。お前もお前で忙しかっただろうしな。だが怪我はもう良いのか?両手両足の骨折とかなりの重症だっただろう?」

「…昔から、怪我の治りは早いの。3年生だし、授業もあまりなかったのも幸いしたわ。」

「そうか、ならば良い。しかし、まさかお前もプロテストを受けるとはな…【決島】の時はプロに興味があるようには見えなかったが…」

「…【決闘祭】と【決島】に出場したから許可が貰えたの。李理事長から、プロテストを受けてみないかって…それに…少し、プロに興味が沸いたから………ところで、どうして試験会場にあなたがいるの?あなた、試験を受ける必要ないはずじゃ…」

「うむ。まぁ、その、アレだ…色々と事情があってだな…」

「…そう、期末試験を受けたくなくて…」

「む!?…くっ、そういえばお前の眼はいろいろと『視える』のだったな。」

「…フフッ、相変わらずなのね、あなた。」

 

 

 

そんなミズチは、試験会場に赴こうとしている鷹矢を少々驚いた表情で見た後に。

 

鷹矢がどうしてここにいるのかを即座に見抜いたかと思うと、その理由に少々呆れた顔を零しつつ優しく鷹矢へと微笑みかける。

 

…それは切羽詰った他の受験者たちとは違った、落ち着きすら感じられる優しい微笑。

 

しかし、今ここに普段の彼女をよく知る者が居たとしたら…

 

きっと、誰しもがその目を疑うに違いない。

 

そう、それこそ、彼女の兄のような人物がもし、この場に居て今のミズチと鷹矢を見たとしたら―

 

普段の、物憂げで儚げな振る舞いしか見せないあのミズチが、こんなにも優しい微笑みを零しているだなんて。彼女を見知った者の、一体誰が信じられると言うのだろう。

 

そして、その微かな桃色に染まった頬と穏やかな微笑みが、まさかの鷹矢だけへと向けられているというその事実に…今、この時、この場所においては。気付いている者は、この本人たちを含めて誰一人としては存在しておらず。

 

だからこそ、竜胆 ミズチは今の自分がどういった表情を目の前の男性も向けているのかも理解しないまま。ただ無意識に、その頬に浮かぶ儚くも可憐なる微笑みを自然と零したまま…

 

他の誰にも向けることの無いであろう柔らかくも優しい声にて、更にゆっくりと言葉を紡いで…

 

 

 

「…じゃあ…私も、合格したらあなたと同期になれるのね。頑張るわ。」

「うむ。プロの世界でお前とまた戦える日を楽しみにしているぞ。」

「…私も。…試験前にあなたと話せてリラックスできたわ、ありがとう。…じゃあ、またね。」

「うむ。」

 

 

 

果たして…

 

ほのかに頬を染めつつ、そう言いながら小さく手を振り小走りで去っていく竜胆 ミズチから向けられているその感情に…当の鷹矢は、何を感じるのだろう。

 

可憐な、しかして今にも風に散ってしまいそうな春の花弁にもよく似た、薄く儚い麗しき微笑。

 

…彼女の頬がやや赤みを帯びていたのは、きっとこの春の陽気の所為だけでは断じてないはず。

 

それは【決島】での…いや、【裏決島】での出来事が関係しているのか。

 

そんな、普段から笑みなど浮かべないであろう少女が見せる、男であれば心臓が飛びあがる感触も覚えるであろうその微笑みを真正面から受けた鷹矢の顔は…

 

あくまでもいつも通りの鉄仮面なれど、しかして去っていくミズチの背中を遠目から眺めている鷹矢の雰囲気は、名を覚えるに値する強敵の一人が同期でプロになろうとしている事に対し…

 

どこまでも、嬉しそうな空気を醸し出していて―

 

 

 

「…竜胆 ミズチならば受かるだろう。強敵が同期となる…うむ、楽しみだ。」

 

 

 

それは鈍感か、それともあえての反応なのか。そんな、ミズチから向けられているであろう感情とは、また別ベクトルで楽しそうな感情を…

 

鷹矢は、向けているのだった。

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

「おっといかん、俺も遅刻などしたらまた理事長から叱られ…」

 

 

 

ミズチの背中が見えなくなってから、鷹矢もまた会場に向かおうと今まさに歩きだし―

 

 

 

「おい待て天宮寺!何でお前がここにいる!?」

「…む?」

 

 

 

否―

 

再び、歩き出そうとした鷹矢を呼び止める声が鷹矢の後から響いてきて。

 

それは先ほどの竜胆 ミズチのモノとはまた違った、低くも重く聞こえる男の声。

 

そして、再び背面から声をかけられた鷹矢が瞬間的に振り向いたそこには―

 

 

 

「なんだ、虹村ではないか。卒業式以来だな。何故お前がここにいるのだ?」

「だからそれはこっちのセリフだ!何でお前がここにいるんだよ、ここ、プロテストの会場だぞ?」

「俺は色々と事情があるのだ。まぁアレだ、エキ…エキシ…エキシポーションと言う奴だ。」

「…エキシポ…?もしかしてエキシビジョンって言いたいのか…?」

「うむ、そうとも言う。」

「…だからソレが意味わかんねぇんだって。」

 

 

 

鷹矢へと声をかけてきたのは、鷹矢もよく見知った一人の男の姿であった。

 

それは鷹矢がまだ高等部一年生であった昨年度に、同じエクシーズクラスに所属し鷹矢の2代年上の先達として何かと鷹矢の事を気にかけてくれていた面倒見の良い先輩であり…

 

既に今年度からプロの世界で戦ってもいる、新人ながらメキメキと頭角を現している事でその名を上げてきていると言う、決闘学園イースト校の誇りでもある卒業生…

 

 

―プロデュエリスト、虹村 高貴。

 

 

そんな虹村は、久方ぶりに邂逅した問題児…もとい、手のかかる後輩がこんな場所にいる事が信じられないのか。

 

鷹矢へと向かって、怪訝な顔をして更に言葉を紡ぎ始める。

 

 

 

「ったく、相変わらず意味わかんねぇ奴だなお前…」

「それで、虹村の方はどうして会場に来ているのだ?お前の方こそもうプロなのだから無用のはずだろう?」

「…あぁ、俺はちょっと『ある奴』の応援に…って、俺の事はどうでもいいんだよ、それより…【決島】、見てたぞ。お前、まだ学生の癖にもうプロに殴りこんでくるんだってな。」

「うむ。」

「…ったく、昔からめちゃくちゃな奴だったが、本当に変わらないなお前は。」

「む?お前こそ何を言っているのだ。去年の卒業式のときに言ったはずだぞ、お前はプロに行く、そして俺もいずれプロとなる…とな。だから喜べ虹村。約束どおり、プロの世界でまた俺と戦えるのだから。」

「いや随分と早いだろ。はぁ…イースト校の事、任せたって言っただろうが。お前が居なくなったらエクシーズクラスがどうなるのか分かってんのか?」

「だからお前は何を言っているのだ?俺は学園から居なくなったりなどせんぞ?」

「は?だってお前…学校辞めてプロになるんだろ?」

「違う。学生のままだ。学生のまま、プロになるのだ。」

「はぁ?そんなわけあるかよ。大体、そんなことしたら先生達にどれだけ迷惑がかか…」

「ふん、そんな事は俺の知ったことではない。」

「…」

 

 

 

鷹矢から零される言葉を聞いて、何やら悩ましそうにその眉間を押さえ始めた虹村 高貴。

 

…きっと、おそらく虹村は今、相も変わらずハチャメチャな事を自主的にやらかす後輩に頭痛を感じてきているのだろう。

 

いや、そうに違いない。

 

何しろ在校中から、礼儀も何もあったモノじゃない不遜すぎる後輩には虹村もとにかく手を焼いてきていたのだ。それがあろうことか、卒業してようやく1年も経とうとしたこんな時期に…昨年度の再現のようにして、再び礼儀知らずな後輩が各所に多大なる迷惑をかけている事が分かってしまえば…

 

既に卒業しているとは言えども、元エクシーズクラスのトップとして。直属の後輩に対し、責任感の強い虹村が責任を感じてしまうのもある意味仕方の無いことと言えば当然で―

 

 

 

「やっぱりもっとキツく叱っとくべきだったか…ホント自由すぎる奴だな、お前。」

「フッ、そんなに褒めるな。気色悪いぞ虹村。」

「いや褒めてねぇだろ!大体お前は去年も…」

「む?すまんな虹村、俺もそろそろ行かねばならんのだ。積もる話もあるだろうが、続きはまた今度と言う事にしてくれ。ではな。」

「あ、おい待て天宮寺!」

 

 

 

しかし…

 

久方ぶりとは言え、虹村からの説教の気配をいち早く察知したのか。

 

去年と同じように、いや去年よりも素早く虹村から逃げるようにして…

 

鷹矢は、走り去っていったのだった―

 

 

 

「…後で教頭先生に連絡取ってみるか…ったく、あんな馬鹿をもうプロにするとか、理事長は何考えてんだよ…」

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

プロテスト…

 

それは生半可な者では受かる事など絶対に出来はしない狭き門。

 

そう、カードデザイナーと同様に、あまりに多い受験者数に対しその合格率はあまりにも低い。才能無き者をふるい落とし、才能ありし者を選別し続けるソレは、古き時代から選ばれた強者にしか受験する事を許されず。

 

…プロテストは、全部で3つの関門がある。

 

 

一次試験…『筆記試験』。

 

 

その筆記試験のレベルは相当に高く。細かなルールへの知識だけではなく、時には決闘法やその他の法律関係にも精通していなければならないのは当然の事ながら、それ以上にこの世に存在している膨大な枚数のカードへの知見を問われるその筆記試験は、一流決闘大学の入学試験にも引けを取らないとまで言われていて。

 

そして、筆記試験を突破したとしても。その先に待っている次なる試験は、筆記以上に受験者をふるい落としにかかってくると言われている。

 

 

二次試験…『決闘世界』の構成員による、『実技試験』。

 

 

超巨大決闘者育成機関『決闘世界』のプロ試験課の試験官チームには、現役を引退した元プロの者が多く在籍している。

 

それも生半可なプロだった者たちではなく、『鮫肌』や『ジュエルマスター』と言った、かつては一時代を築いた誰もが知る歴戦の元プロデュエリストを筆頭に、挙ってトッププロと呼ばれていた者たちばかりで構成されているのだ。それ故、その試験官チームは現役のプロチームに匹敵、もしくはそれ以上の力を持っているとさえ言われており…

 

そんな試験官チームの人間達と1対1で実技を行うのが、鬼門と呼ばれる2次試験。

 

けれども、ここで問われるのは勝ち負けではあらず。

 

 

…問われるのは、『将来性』。

 

 

元プロの目から見て成長性や将来性、精神性や向上性などを事細かに審査され、受験者側からは何が正解かも分からぬ答えを試験官へと見せた者のみが最終試験へと進むことを許される。

 

…だから、例えここで負けたとしても、試験官の目に止まるデュエルを行う事が出来れば先へと進める。

 

しかし逆に言えば、例え試験官に勝ったとしても試験官の目から見て『先』が無いと判断されれば、その時点でその受験者のプロテストは終了してしまうのだ。

 

そして、その二つの試験を突破した者だけが…その先にある、『最終試験』へと進むことを許される。

 

 

 

最終試験…『現役のプロ』を相手に戦う『デュエル』。

 

 

 

ここでは、『勝利』こそが絶対の合格条件。

 

しかも、相手は経験の浅い新人プロなどでは断じてない―

 

満身創痍で最終試験まで辿り着いた受験生たちを待ち受けているのは、年数と言う場数を踏み、プロの世界の酸いも甘いも知り尽くした、いわゆる『ベテラン』に数えられるプロの世界を知り尽くした者たち。

 

まぁ、とは言えここで言う『ベテラン』とは、いわゆるトッププロなどではないのだが…

 

そう、受験生たちの相手をするのは、悪く言えば成績不振などでスポンサーが離れてしまったり、契約を打ち切られようとしている…成績が落ちもう後が無い、いわゆる『落ち目』に差し掛かった者たちでもあるのだ。

 

…ある者はスポンサーへの最後のアピールの場として。ある者は契約打ち切り後に他の事務所にスカウトしてもらうため。ある者はただただ憂さ晴らし等々…

 

そんな、もう後に引くことが出来ない立場に追いやられた者達が、最終試験にまで上り詰めた数少ない受験生たちの相手に宛がわれる。それ故、いくら相手がベテランのプロとは言え…二次試験にて『将来性』を見込まれた受験生たちにとっても、充分に勝機はあるはずで。

 

 

…けれども、そうは言ってもプロはプロ。

 

 

ここで敗北すれば後が無いのはプロ側も一緒。メディアで生中継もされているこの『プロテスト』の最終試験が、ベテランと候補生たちとの入れ替わり戦とも例えられている通り…

 

彼らもまた、このプロテストの試験官という世間への最後のアピールの場で、自らの価値を関係者やスポンサーや、TVを見ているファンなどに見せつけようと戦いに望んでいるのだ。

 

そう、過去に『同じ試験』をクリアし、既にプロの世界の厳しさを経験してきた、一筋縄ではいかない者達が更に必死になって戦いに望んできている。当然の事ながら、プロ側も本気で勝利を狙って受験生を仕留めにかかっている。

 

それ故、そんな彼らに『勝利』することが出来なければ、受験生たちもまた来年度からプロデュエリストになる事は決して許されはしない。

 

プロ相手に勝てない者が、この先のプロの世界で戦えるはずもなく…落ち目のプロを容赦なく叩きのめせない者が、蹴落とし合いが日常となる魔境で生き抜くことなど出来るはずもないのだから。

 

…残留を賭けたベテランの執念か、プロへの道を志す新進気鋭か。

 

常に世間に見られているというプレッシャーの中で、本来の実力を発揮できる受験生はそう多くはない。ソレを証明するかのように、既に開始されている今年の最終試験での受験生の合格率もまた例年に漏れず未だおよそ3割にも満たないほどで…

 

やはり残留に賭けるベテランの執念は凄まじく、もう終盤に差し掛かった最終試験では今年もまた多くの受験生たちが生中継の場にてその夢を打ち砕かれ続けており…

 

 

 

そんな殺伐とした混沌が充満している、この試験会場のスタジアム。

 

 

 

多くの報道陣がカメラを向けているアリーナ…ではなく、観戦者や関係者などが座っている観客席。

 

その、一席に…

 

応援者や関係者、スタッフに混ざって。もうすぐ終わりを迎えるであろう、最後の受験者のデュエルを…

 

 

決闘学園イースト校2年、天宮寺 鷹矢は一人、遠目から眺めていた。

 

 

 

「うむ。ライバルになりそうな奴らは大体分かった。やはり注意すべきは竜胆 ミズチとデュエリアの『ギャンブラー』あたりか…だがその他にもチラホラ面白そうな奴が居たな。…フッ、収穫はあった、来年度が楽しみだ。全員、『新人戦』でこの俺に倒されるのを待っているが良い。」

 

 

 

値踏みするように。品定めするように。

 

これまで数々の試験のデュエルを眺めた上でそんなセリフを零した、イースト校2年、天宮寺 鷹矢。

 

先ほどまでの精神的疲労も回復したのか、そのセリフからは彼らしい不遜な気配が蘇っている様子でもあり…

 

そんな鷹矢は、これまでの試験を見てきた感想をぽつぽつと思い出しているのだろう。その脳裏に思い出されるのは、既にプロに勝利し『合格』を掴んだ者たちの中から彼の目に止まった実力を持った者たちの顔と名前。

 

…いや、元々他人の顔と名前を覚えるのが苦手な鷹矢の脳裏には、面識のある竜胆 ミズチとデュエリアの『ギャンブラー』ことリョウ・サエグサ以外の顔はおぼろげであり、覚えているのはデッキとデュエルの内容だけであるのだが、ともかく鷹矢の目に止まったのは誰しもがこの最終試験まで上り詰めた受験生だけあって、相当な実力の持ち主ばかりであったのだ。

 

そう、【決島】にて実際に対峙しその実力を痛いほどよく知っている竜胆 ミズチや、遊良と接戦を繰り広げたリョウは勿論のこと。世界中から集った受験者の中には、鷹矢も見知らぬ若者の姿が何人か見受けられた。

 

…それ故、今から鷹矢はワクワクしている。

 

世界は広い。決闘市と、デュエリアと。多くの実力者を見てきたつもりだった自分の目の前に、まだまだ見知らぬ実力者が現れ続けるというその嬉しい現実に対し…鷹矢の心は、今から戦意に逸っている様子にも見受けられる。

 

そうして…

 

 

 

「さて、では帰るとするか。もうここに用は無い。」

 

 

 

見るモノを見て満足した様子の鷹矢が、会場から帰ろうとして徐にそう言いつつ立ち上がろうとした…

 

その時だった―

 

 

 

「帰るな馬鹿もん!」

「…む?」

 

 

 

デュエルを観覧し終え、満足そうに帰路に着こうとしていた鷹矢へと向かって。

 

響いたのは、このプロ試験を司っている超巨大決闘者育成機関『決闘世界』の最高幹部による…呆れと疲れが混ざった老人の、渇いた声の一喝であった。

 

 

 

「お主一体ここに何しに来たんじゃ?特別に実技試験行うためじゃろぅ!」

「む………そうだった、忘れていた。」

「忘れっ…全く…さっき浜臣の奴に電話で釘刺されたから儂もまさかと思ったが…本当に試験の事を忘れておったとは…」

「…理事長に何と言われたのだ?」

「お主がのう、『暇を持て余し、実技試験受けるのを忘れて帰ろうとするだろうから注意しろ』とな。そんな馬鹿な話があるかと思って一応見に来たらまさかじゃわぃ。はぁ…のぅ鷹矢…お主、若い頃の鷹峰と同じくらい…いんや、それ以上の馬鹿もんじゃわい…」

「ぬぅ…」

「ほれ、思い出したなら早ぅアリーナに降りんかい。あの最後の試験の子が終わったらすぐじゃぞ、お主の番。」

「うむ。」

 

 

 

しかし、叱りを飛ばした『妖怪』、綿貫 景虎の怒りを他所に。

 

当の鷹矢本人は、いきなりぶつけられた一喝に対してもなお淡々と悪びれもなくそう言うと…本来の自分の目的を思い出したのか、ディスクを手に持ちゆっくりと立ち上がり始める。

 

…そんなマイペース過ぎる鷹矢を見て、長い歴史を見てきた『妖怪』は一体何を思うのだろう。

 

若い頃の【黒翼】によく似た、世間知らずかつ傲岸不遜なその態度。まるで【黒翼】をそのまま若くしたかのような、それでいて祖父以上に自尊心に溢れる今時の若者に対し…

 

綿貫もどこか、力が抜けるように深く溜息を1つ吐いており…

 

 

 

「では行ってくる。」

「あ、ちょっと待てぃ。」

「ぬ?」

 

 

 

…いや、試験会場へと降りていこうとする鷹矢へと向かって。

 

何かを思い出したのか、再び綿貫がその口を開き始めた。

 

 

 

「浜臣からもう一つ伝言じゃ。これに勝てんかったら、期末の単位は『なし』じゃそうじゃ。」

「なんだと!?」

「当然じゃろ、何驚いとるんじゃ?負けたら追試決定、試験範囲も増大すると言っとったわい。」

「ぐ…理事長の奴め…ふざけた事を…」

 

 

 

綿貫からの伝言を聞いて、何やら不服そうな声を漏らした鷹矢。

 

しかし、鷹矢は何を憤慨しているのだろう。そう、本人の憤りを他所に、綿貫は砺波からの伝言に対しさも当然の事のようにしてソレを伝えているのみであり…

 

…何しろ、鷹矢は期末テストをサボってプロ試験を受けているのだ。

 

だからこそ、砺波からのその通達も当然の事。鷹矢のこの試験が期末テストの代わりなのだとしたら、この試験で負けると言う事はつまりテストで赤点を取り単位を落とすと言う事と同義であるはず。

 

いや、寧ろ鷹矢は、既に試験免除にてプロ入りが決まっているのだ。それ故、『勝利=合格』、『敗北=不合格』という他の受験者たちを差し置いて…ここで鷹矢が試験官相手に負けるわけには、評判的にも世間的にも絶対にいかないのは当然の摂理なのだから。

 

それ故、ここで負ければ単位なしというのも当然の事であろうと、綿貫もまた思っているはずで…

 

 

 

「…フン、あの程度の相手に俺が負けることなどまずありえん。相手側のプロの実力も大体測れている…あの程度のは夏休みに戦ったプロ以下ばかりだ。」

「フォフォッ、そう上手く行くかのぅ…」

「何か言ったか?綿貫のジジイ。」

「いんや、なんにも。」

「…」

 

 

 

そうして…

 

今、予定されていた全てのプロ試験の日程が終了し。

 

最後の受験生の試験が終わったそのタイミングで、これからが本番なのだと言わんばかりにアリーナに多くの報道陣が機材と共に入ってきたではないか。

 

…それは例年の報道陣の数のおよそ3倍以上。

 

そう、今回のプロ試験、その最大の注目は受験生ではあらず。大勢の報道陣が、『このデュエル』を映しにきたのだと言わんばかりにざわめき始めたそこでは、これより始まるエキシビジョンこそがメインイベントなのだという事を大勢の関係者や受験生たちに否応なしに伝えていて。

 

そう…史上初、高校生プロという称号を作り出した【黒翼】の孫、天宮寺 鷹矢。

 

先の祭典、【決島】では、優勝のみならず世界の歴史をも変える『ランク0のエクシーズモンスター』を作り出したことでも知られている、現在最も世間から注目されているその高校生が、プロ試験の場にてその実力を世界に再度見せつけようとしているのだ。

 

そんな、恰好の話題の的を…

 

当然、メディアが撮り逃すわけがなく…

 

 

 

…観客席からアリーナに繋がる階段を、ゆっくりと降りてくる鷹矢へと降ってくるはカメラのフラッシュの雨霰。

 

 

 

そして、それ以上の視線の嵐。受験生と、試験官と、スタッフと、観客と、そして集ったメディアとTVの前にいる見えない観客達の、様々な感情が篭った視線の槍がカメラのフラッシュ以上の数となりて鷹矢へと突き刺されていて。

 

もし…この場にて、これ程多くの感情と視線にさらされながら歩けと言われたら。果たして平静を保ったまま歩みを進められる人間が、世界に何人いる事だろう。

 

そう、それほどまでの圧倒的重圧が、多くの視線によって形作られているのが今のこのスタジアムのアリーナ。まるでプロのビッグタイトルを賭けた戦いのような注目度にも似たソレは、好奇の視線も多いとは言え異質な雰囲気となりてデュエルスタジアムを包み込んでおり…

 

 

しかし…

 

 

そんな、場数を踏んだ者であっても気後れしてしまいそうな雰囲気の中でもなお。

 

そんな他者からの注目など、全く意に介していないかのようにして…

 

鷹矢は、ただただ淡々とステージへと向かっていく。

 

 

 

「…しっかし浜臣の奴、鷹矢によほどの自信があると見える…この儂を相手に、『相手は誰を選んでも良い』などと抜かしおってからに…フォフォッ、じゃったら、鷹矢にも少しは灸を据えてやらんとのぅ。」

 

 

 

離れた観客席で、綿貫が意地悪い笑みを浮かべながらそんなコトを言っていることなど露知らず。

 

階段を上がるその一歩を踏みしめるたびに、マスコミたちの激しいフラッシュが更に激しさを増して弾かれるものの…

 

しかしそんな閃光の雨など何処吹く風で階段を上り続ける鷹矢の姿は、まだまだ学生だと言うのに彼の祖父のような一種の風格さえ漂わせているとも言えるのではないだろうか。

 

…そう、負けたら単位なしという脅しをかけられたにも関わらず。

 

確実に、かつ着実に。まるで自らの祖父を倣うかのような、他人への無関心と己の闘争心のみを高め続けながら…

 

鷹矢はただただ淡々と、己の覇道を進むかのごとき落ち着きでステージへと上がっていくだけ。

 

 

 

(…全く、負けたら単位なしだと?理事長め、それではまるで俺があの程度のプロ相手に負けるかもしれぬと思っているようではないか。俺の力を知っている癖に…気に食わん…)

 

 

 

いや…負ければ単位なしという脅しなど、端から脅しとも感じてない様子にて。鷹矢の内心は、これから戦う相手ではなくふざけた条件を出してきた理事長である【白鯨】へと向けられているのか。

 

…そして、鷹矢はただただ階段を上り続ける。

 

このフラッシュと視線の中を、あまりにも堂々と歩くその姿は…

 

まさしく、鷹矢もまた学生離れした強靭な精神力を持っていることの証明となりて、彼の覇道を指し示していて。

 

 

 

(しかし叱られるのを承知でここへ来たと言うのに…まさかプロの中でも弱い奴等が相手をしているとは誤算だった。これではわざわざ来た意味がない。)

 

 

 

…今まで見学したこれまでの試験の内容から、受験者の相手は中堅、または落ち目のプロ。その実力もピンキリであったとは言え、全体的にあの程度ならば全く相手にならないだろう。

 

今の鷹矢の雰囲気からは、どこかそんな感情が読み取れる。

 

それは彼の真の思惑がどうであれ、落ち目とは言えプロをあまりに舐め過ぎていると言えばそうなのだが…しかしそれはある意味、【決島】の前の夏休みに大勢のプロ達を相手に大会で暴れまわっていた経験則が成せる、一種のプロの風格と言えばそうとも取れる落ち着きようとも言えるのだろう。

 

おそらくきっと…いや、確実に。

 

鷹矢の感じているソレは他の学生の誰よりも、もっともプロの世界の空気を肌で感じ続けてきた他ならぬ天宮寺 鷹矢だからこそ感じ取れているであろう、紛れもなく今の自分の力がプロと遜色無い代物となっている事への揺ぎ無い自信と自負と自尊に違いない。

 

 

…その歩みはあくまでも威風堂々。

 

 

他者の目に映るは、世界最強のエクシーズ使いと呼ばれる彼の祖父の掲げる生き様…豪放磊落、天下無双に瓜二つ。

 

そう、例え誰が相手であろうと、容赦なく叩き潰すのみ。その纏う雰囲気が語る今の鷹矢の歩く姿は、どこまでも不遜であくまでも不敵で…

 

 

…天上天下、唯我独尊。

 

 

覇道を歩む、かの如く―

 

 

 

 

「…む?なんだ…この気配は………ッ!?」

 

 

 

 

しかし…

 

ステージ上へと上がったタイミングにて、対戦相手の顔も名前もまだ確認していない鷹矢へと不意に伝わってきたのは…

 

紛れも無い、『プレッシャー』であった。

 

それは水面に張った氷のような、凍てつきを覚えるかのような冷たい圧迫。

 

そう、鷹矢の相手をするであろう一人の女性プロが、鷹矢と同じタイミングにてステージ上へと到着した所で…

 

鷹矢の目の前に立っていたのは、他でもない―

 

 

 

「うぉぉっ!見ろよすっげぇぇ!本物の『薄氷の麗人』だぜアレ!」

「マジかよ!あれホンモノの雪霜プロ!?」

「やっぱ天宮寺選手のエキシビジョンだから特別ってことだよな!」

「雪霜プロ…すっごい綺麗…」

 

 

 

そして鷹矢の対面、その立ち位置に立っている一人の女性の姿を見て。

 

にわかに、そしてザワザワと。観客達が、突然大きく騒ぎ始めたではないか。

 

それはこの鷹矢のエキシビジョンを見に来たであろう一般人たちが、突然のサプライズに会場内を激しくざわめき立った証明でもあるのだろう。

 

…いや、一般人だけではない。

 

ざわめいているのは受験生やメディア、それに試験官に選ばれた落ち目のベテランプロ達も同じく…

 

そう、試験官を務める、ベテランのプロ達もがざわめいているのだ―

 

 

しかし、それも当然のことか。

 

 

何しろ、観客席から聞こえた、『薄氷の麗人』という呼び名が指し示した通り…他の受験者たちの相手は、少なくとも世界ランク400~500位以下の者たちばかりであったと言うのにも関わらず。

 

 

 

まさか…

 

 

 

この、鷹矢のエキシビジョンの相手はまさかの―

 

 

 

 

 

「綿貫さんにも困ったものですわ。…若造に、プロの厳しさを教えてやってくれだなんて。」

 

 

 

 

 

現れたのは凍れる微笑み。

 

水晶のように透き通った雰囲気、初雪のような佇まい。

 

そしてそれ以上に美麗なるは、誰の目にも止まるその整った容姿と姿勢が成せる、圧倒的なるプロポーション。

 

ホワイトアウトよりもなお白い、タイトなワンピースにその身を包み。スレンダーな体躯に付随している、その圧倒的な存在感を放つ女性の武器はまさに理想の女性像そのものとも言えるだろうか。

 

まさに立てばカトレア、座ればビオラ、歩く姿はローズマリーとも称されるその美しき姿は…

 

およそ他の追随を許さぬほどの注目を、その一身に集めている事は言うに及ばず。

 

…寒冷地にて流れる滝のように、美しくも真っ直ぐに伸びたその長い髪は彼女の氷のような美しさをより一層彩っている。

 

そんな、明らかに他の試験官プロ達とは存在感からして異なっている、その対戦相手を一目みてしまっては…

 

鷹矢も、嫌でも気が付いてしまう他なく…

 

 

 

 

 

そう、鷹矢の相手はまさかの―

 

 

 

 

 

 

 

―世界ランク11位、凍れる白き『薄氷の麗人』

 

 

 

 

 

雪霜(ゆきしも) スノウ…

 

 

 

 

 

…という、まさかのトッププロであったのだから―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 












次回、遊戯王Wings

ep118「閑話―天才のある一日、その2(後編)」


明日、更新。

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