遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep109「閑話―劉玄斎、前編」

―デュエリエア、某所。

 

 

 

「…なるほど、それがお主の主張かの。やはり…変えることはない、か。」

「…あぁ。今更弁明する気はねぇよ。」

 

 

 

その世界最大のデュエル大都市であるデュエリアの、超巨大決闘者育成機関【決闘世界】の本部の一室では…

 

…現在、【決闘世界】最高幹部、『妖怪』と呼ばれし翁、綿貫 景虎が直々に、とある一人の男の取調べを行っていた。

 

それは約1ヶ月前に起こった世界最大規模の学生達の祭典、【決島】における騒動の重要参考人として【決闘世界】に連行された大男であり…

 

世紀末を生きているのではないかと思えるような巨大な体躯に、戦場を生身で駆け抜けてきたのではないかと錯覚するほどの傷跡の数々。

 

この星の重力のような重々しさを感じるようなその声は、およそこの男が確かな歴戦を潜り抜けてきたモノであることを誰しもに示しているに違いない事だろう。

 

…そう、この【決闘世界】デュエリア本部の取調室にて、【決闘世界】最高幹部である綿貫 景虎の取調べを受けていたのは他でもない。

 

かつては【王者】と同格と称えられていた、今もなお世界最高峰の実力を持つとの呼び声高い、王座を踏みつける戦闘狂。

 

決闘学園デュエリア校学長、『逆鱗』と呼ばれていた伝説のデュエリスト―

 

 

―劉玄斎、その人。

 

 

 

「…しかしのぅ…もう少し言い訳とかしたらどうなんじゃ。何せ黒幕があの【紫影】じゃったんじゃし…いくら本土の生徒達が人質に取られていたとはいえ、お主が【紫影】に心から従うわけがない事くらい、儂ら幹部連の全員が知っておる。」

「クハハ、相変わらず俺には甘ぇジジイだなぁおい。…何度も言ってんだろ、言い訳する気なんざねぇよ。俺がやったことは…間違いなく、犯罪行為だからよぉ。」

 

 

 

そんな劉玄斎は、【決島】でのダメージが回復したそのすぐあとに。

 

その身柄を【決闘世界】に、名目的には『拘束』という形でおよそ1ヶ月にもわたる取調べを受けているところであった。

 

…まぁ、拘束や取調べと言っても、それはどこか形ばかりの形式だったモノなのだが。

 

何しろ。今回の【決島】における騒動の原因は、【決闘世界】の『上』の者達であればその真相を知っている。

 

それは30年よりもさらに前に、非人道的な大虐殺を嬉々として行い決闘界から追放され、そして通称『表裏戦争』にて時の【紫魔】紫魔 憐造によって倒され命を落としたはずの男…何故か蘇った裏決闘界の融合帝、【紫影】による、大規模犯罪が行われたと言う事は、既に【決闘世界】は把握していることなのだから。

 

…だからこそ、この『逆鱗』の拘束や取調べとて。言ってみれば、たかだか『逆鱗』に対する事情聴取のようなモノ。

 

多少の厳罰は言い渡されているとは言え、その全責任は【紫影】にあると既に【決闘世界】は決定している。それ故、今回で何度目かになる『逆鱗』への取調べとて…

 

自ら担当を申し出た『妖怪』からすれば、単なる事情の確認と、今後の進退についての相互理解になるだけのはずだったと言うのに。

 

しかし…

 

普通であれば、既に厳罰も言い渡され釈放されているはずの『逆鱗』への処遇が、ここまで長期に渡って長引いているのも理由がある。

 

それは現在も綿貫 景虎が頭を悩ませているように…

 

 

 

「だから俺は『罰』を受ける。…しかるべき罰ってぇのを受けなきゃ…俺ぁ、俺の気が収まらねぇんだ。」

「ふむ…」

 

 

 

何を隠そう、『逆鱗』本人が、自らの罪を重く認めているが故の釈放の難航であった。

 

…通常、如何なる温情や取引があったとしても、自らの罪が軽くなったと言うことは喜ぶべき事のはず。

 

けれども、逆に自らの罪を重く受け止めている劉玄斎は【決闘世界】の言い渡した軽すぎる厳罰に自ら異議を申し立て…

 

その結果として、表向きは3か月の謹慎処分…その本筋は、【裏決島】での怪我の療養と『逆鱗』本人の釈放拒否から、現在はデュエリア校の学長を長期休業して劉玄斎は自ら【決闘世界】の牢に留まっているというわけで。

 

 

 

「…永いこと尋問官やってきたが、自分から罪を重くしろと言ってきた奴は初めてじゃわい。」

「当たり前ぇだろうが。今回、俺ぁ取り返しのつかねぇ事に加担しちまった…それによぉ、前々から思っちゃいたが…『征竜』ン時も、マフィアぶっ潰し回ってた時も…それに『今回』だって、大体何でジジイは俺にこんなに甘ぇんだ?今回の事だって、俺ぁ懲役か決闘権『剥奪』ぐれぇの罪を覚悟してたってのに…ほとんどお咎め無しとか何の冗談だよおい。」

「…別にお咎め無しというわけじゃないじゃろ。しかるべき罰はもう与えた。3か月の謹慎処分に、向こう1年間の『決闘禁止』…そして減俸を踏まえた上でデュエリア校の学長の座に、今後10年は嫌でも就いて【決闘世界】のために働いてもらうという確約…結果的に実害が出てない以上、【紫影】の罪を考えるとお主には充分過ぎる『罰』のはずじゃろ?」

「けど俺ぁ、事実上イースト校の嬢ちゃんを殺しかけたんだぜ?それだけじゃねぇ…『焔』の時だって…俺ぁ消されててもおかしくなかったってのに…」

「それもお主の罪ではない…3年前の煉獄園の倅のときの事も、お主にはどうにも出来ん状況じゃったしのぅ………それに今回の『鳴神』の…いや、今は高天ヶ原じゃったか。あの子の事とて、全ては【紫影】のやった事。まさか蛇蝎坊が生きておったとは驚きじゃったが、その行方は【決闘世界】が全力を持って捜索しとる。じきに見つかるじゃろうて。」

「…けどよぉ…」

 

 

 

そんな綿貫の告げる『逆鱗』への罰に、どうしても納得の言っていない様子を見せ続ける劉玄斎。

 

それは『あれだけの事』をしておいて、この程度の処分で済むとことが…どうしても、彼は彼自身を許せていないが故に生まれる葛藤と困惑でもあるのだろう。

 

…理由はどうあれ、自分は【紫影】に手を貸し…その結果、大勢の学生達の危機を招いてしまった。

 

決して許される罪ではない。それこそ、この程度の罰で済むような事ではないと言う事を劉玄斎も自分自身で分かっているからこそ…自らを罰するかのように、どこまでも劉玄斎は自分で自分を苦しめ続けようとしているのか。

 

そう…劉玄斎は、自分自身が許せない。

 

なぜなら、この程度の『罰』で許されてしまっては胸を張って決闘市に『会い』に行けるわけが―

 

 

 

しかし…

 

 

 

自らの罪を重く受け止めている劉玄斎を意に介さず。

 

『妖怪』と呼ばれし翁、綿貫は更に続けて…

 

幼い頃より知っている、自らの心を痛め続けている大きな体の小さな龍へと向かって更に言葉を続けるのみ。

 

 

 

「ともかく、いつまでも『牢』に居座られてこっちも迷惑なんじゃ。全治に1年以上はかかる怪我を1ヶ月で治すその体力は健在のようじゃしのう…とっととデュエリア校に帰って、溜まった仕事をさっさと片付けんかい。」

「…そうかよ。…なら…あと、1つだけ教えてくれ。」

「…なんじゃ?」

「俺の………決闘市への『出禁』を解いたのもジジイなのか?」

「…」

「いや、絶対にジジイなんだろぉ?なんせ俺の『出禁』は三大貴族のお達しだったんだ…三大貴族の決定を覆す事ができる奴なんざ…俺の知る限り、ジジイかトウコの姉御ぐれぇのモンだけだからよぉ。」

「ふむ…」

 

 

 

最後の劉玄斎からの問いを聞いて、ふと綿貫は考える。

 

…それは、ここで全てを伝えても良いが、ソレが劉玄斎にとってどう転ぶのかを綿貫は慎重になって考えているが故の熟考でもあるのだろう。

 

劉玄斎の決闘市への『出禁』…

 

それは実に40年近くも昔に、当時のルーキーたちが酒の勢いで『とある』馬鹿騒ぎ…と一言では言い表せない程の若さゆえの暴走をしてしまい、その結果として最も被害および損害を出した小龍が貴族連…ひいては三大貴族の怒りを買ってしまったが故の処罰でもあったのだが…

 

…しかし、一生解かれることのないと思われていたソレが、今年に入って急に解かれたのだ。

 

ソレは長らく決闘市から追放され続けてきた劉玄斎からしても突然の事かつ、あまりに突発的な許しであったために意味もわからず混乱を引き起こす原因にもなってしまっていた。

 

…だからこそ、劉玄斎は『妖怪』へと尋ねる。

 

自身が知る限り、自分の関係者で『三大貴族』へのパイプを持っているのは『妖怪』の綿貫 景虎と『烈火』の獅子原 トウコのみ。

 

そしてトウコが今更になってリスクを負いつつ動いてくれるわけも無いと言う事を、劉玄斎も長い付き合いからよく分かっているからこそ…その思い当たる最後の節に、どうしても聞かずには居られなかったのか。

 

 

そして、綿貫の口から語られる…

 

 

その、答えは―

 

 

 

「…ま、確かに儂も多少手回しはしたが、お主の『出禁』を解くのに尽力したのは鷹峰の奴じゃ。」

「…あ?なんであの野郎が…それに、なんで今更になって…大体、俺が決闘市『出禁』になったのはもう40年近くも昔の事なんだぜ?」

「…ま、去年の【決闘祭】の時期に鷹峰と色々話しをしてのぅ。しかし大変じゃったわい、貴族連が決めたお主の『出禁』を解かせるのぅ…あぁ、これは儂らが勝手にやったことじゃから、お主が気にすることではないがの。」

「だから何なんだよ、その『色々』ってのは…」

「…残念じゃが、それ以上は儂の口からは言えんわい。それに、お主もさっさと仕事を片付けて一刻も早く決闘市に行きたいんじゃろう?…『あの子』が、待っておるのじゃから。」

「ッ…ジジイも知ってたのかよ………砺波から聞いたのか?」

「いや、これも鷹峰からじゃ。」

「あ?…なんで…あの野郎が知って…」

「フォフォッ、どうせ近いうちに決闘市に行くんじゃろう?じゃったら、その時に鷹峰に直接聞いてみるがいい。」

「…」

 

 

 

全てが腑に落ちない中、綿貫の口から語られたソレを劉玄斎はどう受け止めるのか。

 

それは今回の件に関して、全くの無関係と思われた【黒翼】からのまさかの手助けがあったという…劉玄斎自身も知らなかった、予想すらしていなかった人物の関わりに、本気で混乱しているが故の思わぬ沈黙。

 

…そして、その龍の沈黙を持ってして今回の件の全ては終了なのだと言わんばかりに。

 

そのまま、『妖怪』と呼ばれし【決闘世界】最高幹部、綿貫 景虎は静かに…

 

 

 

「うむ、ではこれにてお主の尋問および拘束を終了とする。それじゃ、儂は帰るからの。お主もとっとと帰るがよい。」

 

 

 

と言って、取調室を出て行くのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

…送迎用にと用意された、一目で高級車と分かる黒塗りのリムジンの中。

 

半ば強制的に【決闘世界】の牢を追い出された劉玄斎は、車の窓から見慣れたデュエリアの街の様子をボンヤリと眺めつつ…

 

 

 

「イノリ…」

 

 

 

ポツリと…

 

かつて愛していた、今でもなお愛し続けている女性の名を零したかと思うと。

 

何やら、思いを馳せるようにして…

 

自分の過去を、ゆっくりと思い出していた。

 

 

…全てが黄金に輝いていた、ルーキーと呼ばれていた頃。

 

…憎まれ口を叩き合いつつ、互いに実力を高め合っていた同期のライバル達。

 

…自分にとってかけがえのない、愛する女性との出会い。

 

そして、愛していたのに…ある日突然、自分の前から姿を消してしまったその女性。

 

 

車の窓に流れる風景が、龍の記憶を呼び覚ましていく。そんな物思いに耽る、これまでの自分の人生を思い返している様子の龍の姿はその巨体からは考えられない程に静かであり…

 

また悲嘆に暮れているような雰囲気はその体躯を考えればあまりに女々しくもあり痛々しくもあるものの…

 

 

…しかし、劉玄斎はどうしても考えてしまう。

 

 

これまでに自分に起こった事と、そしてどうして『こう』なってしまったのかを。

 

 

 

 

 

 

 

…物語は、一度過去へと遡る。

 

 

 

 

 

歴戦のデュエリスト達が、まだ『ルーキー』と呼ばれていた時代…

 

 

 

 

 

決闘界が、最も熱狂していた頃へと―

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの世も、『黄金期』と呼ばれるような世代が確かに存在している。

 

それは学生の実力が『豊作』である世代であったり、プロに実力者が多数存在している世代であったり…

 

 

その中でも、『この時』ほどプロの新人たち…ルーキーと呼ばれる者たちが世間を騒がせていた時代も、そうそう無かったに違いないことだろう。

 

 

そう、この当時は、近年でも特に【王者】の交代が長い間見られなかった、圧倒的な力を持った3人の【王者】達による絶対王政が敷かれていた時代でもあり…

 

 

―融合王者【紫魔】、紫魔 憐太郎(れんたろう)

 

―シンクロ王者【白夜】、白桜院(はくおういん) 貞光(さだみつ)

 

―エクシーズ王者【黒猫】、(すめらぎ) 大和(やまと)

 

 

既に老年を迎えていると言うのにも関わらず、この3名の【王者】はそれぞれが30~40年以上も王座を守り続けているという、正真正銘の強者として世間から広く浸透されていた。

 

…特に、シンクロ王者【白夜】。

 

もうすぐで在位50年という、この【王者】制度が敷かれてから誰一人として達成したことのない『永世王者』の称号にもうすぐ手が届くとされている彼は…この時代において、歴史上最強のシンクロ王者、ひいては最強のデュエリストの呼び声を欲しいままにしていたのだ。

 

…また、ある事情から【紫魔】は置いておいたとしても。

 

エクシーズ王者【黒猫】も、【白夜】に次ぐ就任年数から彼もまた『永世王者』の称号を充分に狙える豪の者として知られていることや…

 

その少し下の世代である壮年達の中にも、『霊王』や『鉄錆』、『爆走』といった猛者が犇めき合っていることから、この時代の決闘界は特に老兵が強い力を持っているというのが当たり前の認識とされていることは言うまでもなく…

 

 

 

しかし…

 

 

 

つい最近になって、世間を大いに賑わしていたのは時の【王者】達だけではなかった。

 

それは、ついに若き世代に次代の【王者】を狙えるであろう、待望の才能を持った者たちが多々現れ始めたと言うことでもあり…

 

…何しろ、その当時は近年稀に見る若き世代の『大豊作』時代。

 

10代~20代におけるルーキーたちの、リーダー格であった鳳凰堂 烈火…後の獅子原 烈火を筆頭に、10年に一人と言われる程の天才たちが同じ世代に集うという、ルーキー黄金期と呼ばれていたのだ。

 

 

…いわずもがな、幼少の頃から天才として知られている『不死鳥』の鳳凰堂 烈火、24歳。

 

…女性らしからぬ激しいデュエルで、『鬼』として恐れられ始めた獅子原 トウコ、23歳。

 

…激流の如き荒々しさで、格上相手にも全く怯まず喧嘩を売りまくる『荒くれ者』として知られる砺波 浜臣、21歳。

 

 

…暴れ狂う龍として、ヤクザやマフィア達からも一目置かれていたという、デュエル以外の場でも恐れられていた巨漢、小龍(シャオロン) 21歳。

 

…貴族でありながらも高い実力を持ってして、一躍日の目を浴び始めた竜胆家の若き嫡男、竜胆(りんどう) 蛇蝎(だかつ)、21歳。

 

…先の世界大戦における戦犯の家系ながらも、エクシーズ王者【黒猫】の弟子として知られる若き天才、天宮寺 鷹峰、19歳。

 

 

それ以外にも『鮫肌』の朴城(ほおじろ) 範真(はんま)や、『竜殺し』の異名を持ったバスター藤堂、自称『マグネットマスター』岩切(いわきり) (とおる)といった、簡単に数えただけでも近い将来確実に【王者】に手が届くとまで言われていた確かな逸材たちが、近い世代に揃って頭角を現し始めたのだ。

 

 

…世はまさに、『老』と『若』が凌ぎを削りあう大決闘時代。

 

 

世代交代を狙う若き才能たちと、遥か高みに立つ老兵たちの激しい戦い。

 

それは長らくマンネリ化していた決闘界を、久方ぶりに多いに賑わす代物となりて…

 

久々に熱狂の渦を巻き起こしている世間において、特に若い世代の活躍が大きく取り上げられ始められていて―

 

 

 

 

 

そんな、激しい戦いが日夜繰り広げられている決闘界。

 

 

 

 

 

そのとある日。決闘市で行われていた賞金トーナメント、通称『金林檎杯』の…

 

 

 

本日の試合が全て終了した、そのすぐ後の控え室での事…

 

 

 

 

 

「待ちな小龍…アンタ、今なんつった?」

 

 

 

 

 

世間から『鬼』と呼ばれる事もある女性、若き女帝と世間に知られ始めた獅子原 トウコが…

 

…あまりに『意外』な事を言った、弟分である小龍に対し。

 

その長く切り揃えられた赤みがかった茶色い髪を、陽炎のように揺らしつつ。やや強めの口調にて、そんな言葉をぶつけていた。

 

 

 

「アタシの聞き間違いかねぇ。『何』が出来たって?」

「いや、だからよぉ…」

 

 

 

それは小龍をよく知るトウコからしても、あまりに意外な言葉であったからこその問い詰め。

 

そう、若いとは言え、鍛えすぎている所為で筋骨粒々で規格外な体躯をしているために、常々『モテない』と小龍が愚痴を零していることをトウコは知っているからこそ―

 

そんな弟分が、あろうことか急に『ありえない』事を伝えてきたのだから…ソレを聞いた獅子原 トウコも、思わず自分の耳を疑ったに違いないが故に小龍を問い詰めているのであって。

 

しかし…

 

獅子原 トウコの強い圧に気圧されつつも、目の前に立つ小龍はとても『小き龍』と呼ばれているとは思えないその大きな体躯をモジモジとさせながら。

 

ハッキリとした意思で、ソレを目の前の姉貴分へと再度伝えるのみ。

 

 

 

「だからよぉ…彼女が出来たって言ったんだぜ。」

「ハッ、馬鹿も休み休み言うもんさ。アンタみたいなデカブツに惚れる女が何処にいるってんだい。」

「姉御のいう通りだぜ小龍。お前、鏡見た事あんのか?女できる図体じゃねぇだろ。」

 

 

 

また、それを横から茶化したのは…『荒くれ者』として世間から知られている、喧嘩っ早い男、砺波 浜臣であった。

 

そんな彼は、どこのチーマーかと思えるような真っ黒なレザージャケットにレザーパンツ、そしてトゲトゲした装飾のレザー手袋を嵌めた手で…

 

自前の白髪をオールバックに固めながら、その独特のファッションセンスを見せ付けながらトウコに倣って小龍を小馬鹿にしつつ…

 

 

 

「だから冗談はお前の馬鹿みたいな図体だけにしとけよな、この木偶の坊が。」

「クハハハハ!砺波よぉ、テメェこそ女の一人でも作ってから偉そうなコト言えってんだぜぇ?ファッションセンス皆無のクソダサ小魚がよぉ!」

「あぁ!?ンだとテメェ喧嘩売ってんのかトカゲ野郎!Exデッキ使わねぇ雑魚の癖しやがって!殺すぞ!」

「その雑魚にこの前負けたのはどこのどいつだぁ!?Ex使われずに負けるなんてテメェの方が雑魚じゃねぇか!コロコロとデッキ変える節操無しの癖しやがって!」

「あぁ!?やるかトカゲぇ!」

「クハハ!勝ってくれるってぇんなら遠慮なく売りつけるぜこの小魚野郎ぉ!」

 

 

 

それは売り言葉に買い言葉。

 

そのまま、同期ゆえか全く遠慮もなしに…お互いに煽り合う形で、小龍と砺波は何故か喧嘩を始めてしまったではないか。

 

しかし、どちらが悪いとかは関係なく…顔を合わせれば毎回始まるいつものこの光景は、最早彼らと同じ世代でプロの世界に入った若手ならばあまりに見慣れた光景に違いないこととも言えるのか。

 

何しろ、お互いがお互いに喧嘩っ早い性格で、かつ腕っ節でのし上がる生活をしてきた所為か…

 

プロ入りも同期で、デュエルの腕も互角と言う事もあり。そして片やExデッキを縛ることで自らを鼓舞するスタイルと、片やシンクロ召喚に特化することで自らを鼓舞するスタイルのぶつかり合いがよほど相性悪いのか…

 

小龍と砺波の2人の仲の悪さは、既にプロの世界においては自他共に認める常識とまでなってしまっているのだから。

 

 

 

「カカッ、馬鹿どもが今日も騒がしいったらありゃしねぇぜ。」

「まぁまぁ…お二人とも、仲がよろしくていいじゃありませんか、えぇ。」

「聞こえたぞ鷹峰!誰が馬鹿だ誰が!こんなデカブツと俺を一緒にするんじゃない!」

「そうだぜ!それに蛇蝎よぉ、誰と誰が仲が良いってんだぁ?」

 

 

 

だからこそ、同じ控え室に居た天宮寺 鷹峰と竜胆 蛇蝎もまた…

 

あまりに見慣れた小龍と砺波の取っ組み合いを、いつもの光景の如く少々呆れた目で見ているだけで…

 

 

 

「アンタらいい加減にしな!…小龍、そこまで言うんだったら証拠を見せてもらおうじゃないさ。そこまで意地になるってんなら、すぐに証拠を見せられるんだろう?」

「あー…それはだなぁ…」

「ハッハー!やっぱ嘘なんだなトカゲ野郎!すぐバレる嘘なんてつくんじゃね…」

「アンタは黙ってな!」

「ッ!?痛ってぇな!なにすんだ姉御!」

 

 

 

そして、あまりに見苦しいその喧嘩を、いつものようにトウコが仲裁しつつ。

 

余計な事を言い喧嘩を続けようとした砺波を、トウコは拳骨で無理矢理黙らせたかと思うと…

 

再度、小龍へと向かい直しつつ。弟分が見栄だけでここまで意地を張り続けるような男ではない事を知っているトウコは、再び小龍へと向かってその真偽をハッキリさせるように言いつける。

 

 

 

そうして…

 

 

 

「…その………初めっから会わせるつもりで外に待たせてんだよ…でもよぉ、心の準備というか何というかだなぁ…」

「ハッ、肝っ玉の小さい男さねぇ。デカイ図体は見掛け倒しかい?アンタの心の準備とかどうでもいいから、さっさとしな。」

「わーったよ………ほら、入ってきていいぜ。」

 

 

 

静かに…

 

乱雑ないつもの小龍からは考えられないような、どこか優しい声が彼の口から控え室の外へと発せられたかと思うと。

 

 

―ギィッ…

 

 

と、控え室のドアがゆっくり丁寧に開けられ…

 

 

そして、そこに居たのは―

 

 

 

 

 

 

「みなさん、初めまして。天津間 イノリと申します。」

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

現れた女性を見て、誰もが言葉を失っていた。

 

…しかし、それも当然か。

 

だってそうだろう。顔は整っている部類ではあるものの、趣味で体を鍛え過ぎている所為か筋骨隆々が度を越している、その巨大なる体躯はおよそ同年代の女性達からすればどこか敬遠されがちな風体として世間からは評価されているあの小龍の…

 

あの、酔えば必ず『モテない』と言って泣き言を漏らす、そのデカイ図体からは考えられない繊細な感性の持ち主である小龍の…

 

仲間内からもネタにされる程に、これまで一向に女性の影が皆無であったあの小龍の…

 

 

 

 

 

その、小龍の彼女がまさか…

 

 

 

 

 

まさかまさかまさか―

 

 

 

 

 

絶世の、美少女であったのだから―

 

 

 

 

 

いや、それどころか―

 

 

 

 

 

「…待ちな小龍、アタシの危機間違いかねぇ…アンタの彼女、今とんでもないモン名乗らなかったかい?あまつ…いや、聞き間違いさね絶対。あま…なんだって?」

「言い間違いかもしれないぞ姉御。天津原とか天の川とか天城とかだぜ絶対。あぁ、絶対にそうだと俺は思う。」

「…ほーん、小龍にしてはえれぇ別嬪さん捕まえたじゃねぇか。」

「た、鷹峰君、そ、そうではなくてですね………し、しかし驚きですねぇ、えぇ…」

 

 

 

紹介された小龍の彼女が、絶世の美少女であったこともさておきながら。

 

事の『重大さ』をよくわかっていなさそうな、この場における最年少の天宮寺 鷹峰は別として…

 

紹介された女性の見た目の美しさ以上に、この場にいる者たちは目の前の女性が名乗った『名』に対し、あまりの衝撃を感じてしまっている様子。

 

…そう、ソレは聞き間違いや言い間違いでなければ、あまりに衝撃的過ぎる恐れ多い『名前』。

 

それ故、女性の名乗りを聞いた…一般常識を身につけている獅子原 トウコ、砺波 浜臣、竜胆 蛇蝎に、大きな衝撃が走ったのは言うまでもなく―

 

 

 

「聞き間違いでも言い間違いでもねぇよ。コイツぁ天津間 イノリ。俺の彼女だ。烈火兄ぃにも紹介したかったぜ、クハハハハ。」

「お恥ずかしいです。でも劉さんからいつも皆様のお話を聞いていたので、是非ご挨拶したいと思ってお伺いさせていただきました。」

「ちょ、ちょい待ちな…なぁアンタ…天津間って名乗ってたが………本当に、あの三大貴族のあの天津間かい?確か、『天津間』の姓を名乗るのは宗家だけって烈火から聞いた覚えが…」

「はい。私は宗家当主、天津間(あまつま) 祈祷(きとう)の娘です。」

「おいサソリ…これってマジな話か?」

「砺波さん、サソリはやめてください……で、でも間違いありませんねぇ…あ、あの私、い、以前に父に連れられて貴族のパーティーに参加した事があるんですが…確かその時に、天津間家の2人のご令嬢方にご挨拶させて頂いた覚えがあります…えぇ…」

「ふふ、私も覚えていますよ。竜胆家の当主、(がら)様のご子息、蛇蝎様ですよね?」

「あわわ、きょ、恐縮です!私なんかの事を覚えてくださっておられるとは…」

 

 

 

そう、小龍の彼女として紹介された女性が名乗ったのは他でもない―

 

それは『煉獄園』、『白桜院』に並ぶ、この世における特権階級の最上位として君臨していることで知られている…

 

『三大貴族』として世間に知られている特別なる家の一つ、『天津間』の名であったのだから。

 

 

三大貴族…

 

 

それは『白桜院』、『天津間』、『煉獄園』の3家からなる、この世界の支配者的階級に位置する上位の血筋の名。

 

政界、財界、決闘界…多岐に渡るこの世界の本筋において、その特権を思うがままにしている、雲の上に住む上流階級の者達の総称であり…

 

…その全貌を知る者は居らず。その深遠に辿り着いた者はおらず。

 

そんな、およそこの世の表における『権力』と言われているモノの、その全ての『上』にあるとさえ言われているその家の名は、およそ一般社会に生きる人間においてはまず目にするコト自体が稀であるとは言うのに。

 

しかし、その内の1つの家の息女が、あろうことかプロの中でもまだ新人の部類に入る小龍の彼女として紹介されたとあっては。一般常識を知るトウコや砺波、果ては貴族ではありつつもその『位』が全く持って異なる位置にある竜胆 蛇蝎に、一体どれ程の衝撃を与えたというのだろうか。

 

…特に、貴族の一端を担っている竜胆家の嫡男である蛇蝎のこの怯えよう。

 

それはまさしく、小龍の紹介したこの女性が紛れも無い三大貴族の令嬢であるという何よりの証拠でもあって。

 

 

 

「…おい砺波。貴族ってぇのはンなに偉いのか?」

「鷹峰テメェ、いい加減年上には敬語使えって何度言ったらわかるんだ。つーか貴族を知らないとかマジモンの馬鹿かテメェは………あぁ、馬鹿だったな。大和さんから教えて貰ってたりしないのか?」

「そう言う事は大和爺も教えてくんねーんだよ。なんなんだよ、貴族とか天津間とかって…そういや、烈火兄ぃと蛇蝎ンとこも貴族なんだっけか?」

「大まかにはそうだが中身は全然違う。鳳凰堂や竜胆など、貴族に数えられる家は多々あるが…『三大貴族』に数えられる『天津間』、『煉獄園』、『白桜院』はその実状が他の貴族とはかなり異なっている。俺らとは、住む世界が違う生き物だぜ三大貴族ってのは。」

「白桜院………あり?【白夜】のジーさんと同じ名前じゃねーか。」

「そうだが?まさか今更気がついたのか?【白夜】は『貴族であり王者』だってずっと言われているだろうが。」

「はー、ウチによく顔出して大和爺と酒飲んでるあのジーさんがねぇ。ただのヨボヨボじゃねぇってわけか。」

「お前、さては全く分かっていないな。元々テメェの天宮寺家だって貴族だったんじゃねーのか?」

「カカッ、小難しい話はよくわかんねぇ。家の事だって俺にゃ関係ねぇしな。」

「…そうかよ。」

 

 

 

…まぁ、出自ゆえの無知ゆえに、貴族やらその辺りの事を全然知らない鷹峰はひとまず置いておいて。

 

ともかく、小龍の彼女を名乗ったこの女性の『名』は、紛れもなくこの場に居るほとんどの者に強い衝撃を与えたのだ。

 

…普通であればありえない、『三大貴族』の血を持つ者と一介のプロが恋仲であるだなんて。

 

しかも、ソレは『三大貴族』の名を持つ側からすれば何もメリットなどない事。

 

そんな、プロの中でもルーキーの部類に入る小龍が、『三大貴族』をどうこうする権限など持っていない事を考えると…ソレはお互いにメリットや策略など無い、ただの若い男女のカップルとしか言い様がなく…

 

 

 

「でも劉さん、本当に良かったの?部外者の私がプロの皆様の控え室にお邪魔するなんて…」

「クハハ、良いに決まってんだろぉ?別に【王者】の控え室でも何でもねぇんだ。その…お前は俺の、か、彼女なんだし、よぉ…」

「まぁ、劉さんったら。」

 

 

 

それ故、小龍と天津間 イノリの間に漂う、その砂糖を吐きたくなるような甘ったるい雰囲気が証明している。

 

それは紛れもなく、小龍と天津間 イノリは間違いなくお互いがお互いを好き合っているという…

 

付き合いたての男女から感じられるような、お互いに思い合っているからこそ滲む初々しくも微笑ましい雰囲気となっていて。

 

 

 

「しっかし…なんで天津間のお嬢様が小龍みたいなデカブツと付き合うなんて事になったのさ。」

 

 

 

だからこそ、トウコもまたソレに対し、どうしてもツッコミを入れなければならない衝動に駆られたのか。

 

…百歩譲って、小龍に彼女が出来たことはまぁいい。

 

しかし、一体全体どうして『その相手』がよりにもよって三大貴族の天津間家の宗家という、あまりに雲の上の存在過ぎる人であるのか、と。

 

そう、普通の貴族ならばまだしも…いや、貴族に普通も何も無いのだが、ともかく貴族の中でも特に最上位に位置している存在である『三大貴族』の女性と、一介のプロに過ぎない弟分がどうやって知り合いどうして付き合うに至ったのかを獅子原 トウコはどうにも納得できていない様子。

 

…何しろ、相手が三大貴族。

 

先の世界大戦よりも前からその座にいた、歴代最長就任記録を未だ更新し続けている生ける伝説のシンクロ王者【白夜】はまだしも…

 

『三大貴族』の名を持つ人間が、こんな下々の民の前に姿を現す事など基本的には『皆無』と言っていい程の存在。それほどまでに『三大貴族』という人種は住む世界が違うとされる、まさに天上の人であるはずなのだから。

 

 

…すると、そんな事を聞いてきた姉貴分に対し。

 

 

小龍は、どこまでも気恥ずかしそうに…

 

しかし、付き合いたての男子特有の、どこか蹴りを入れたくなるような浮かれ具合で。

 

ゆっくりと、その口を開き始めた。

 

 

 

「おう…なんでも、テレビで偶然俺の試合を見たらファンになったらしくてよぉ…ンで半年ぐれぇ前のティマイオス杯ン時、試合終わりに楽屋に来てくれて…そうこうして何回か会う内に、色々話してたら…ってなぁ、クハハハハ。」

「…その節は不躾で本当にすみませんでした。最初はテレビで御試合を応援するに留まっていたのですが…一度この目で御試合を拝見したくなりまして。ですがまさか主催者様に希望を伝えたら楽屋に案内してくださるとは思いもよらず…」

「いやアンタ、そりゃ天津間のお嬢様が一声出したら通すに決まってるさね。」

「主催者も驚いたでしょうねぇ…まさか天津間家のご令嬢から直接お願いされるだなんて、えぇ。」

「けど何で小龍なのさ。もっと良い男なんていくらでも居るじゃないか。それに天津間家のお嬢様ともなれば、親が許婚とか決めてるんじゃないのかい?」

「その………大変お恥ずかしいのですが………ひ、一目惚れ…して、しまいまして…」

「…はい?」

「い、今まで社交界などで多くの殿方とお話させていただいてはいたのですが、劉さんほど凛々しいお方には今まで出会った事が無く…その…一目見て衝撃が走ったと言いますか、私には運命的なモノを感じたと言いますか…」

「凛々しい…しゃ、小龍の奴が…かい?」

 

 

 

顔に手を当て、頬を染め。一人のうら若き少女が照れるその様子は、この場にいる令嬢が本当にあの『三大貴族』のお嬢様なのかと錯覚してしまうような…

 

それこそ、一般人となんら変わらない反応を見せるその様子は、まさに恋する乙女その物のようではないか。

 

要するに…

 

偶然偶々、TVでプロの試合をやっていたのが令嬢の目に留まり…その映像に映っていた小龍に、天津間家の令嬢が一目惚れしてしまったとのこと。

 

…それは普段から社交界で身なりの整った礼儀正しい紳士達としか接してこなかった令嬢にとって、小龍のこの人間離れした雄々しい体躯とExデッキに頼らない豪快なデュエルがあまりに衝撃的なモノであったと言う事なのか。

 

 

―人間は誰もが皆、好みのタイプは異なると言うが…

 

 

どこで自らの運命を感じるのかも人それぞれ。本当に偶然、偶々、天津間家の令嬢の好みの男性像が小龍であったという…蓋を開けてみればなんともまぁ貴族らしからぬ、しかしあまりに人間味に溢れた色恋の話であるという…

 

ただ、それだけの事のようで―

 

 

 

「し、しかしですねぇ…えぇと…しゃ、小龍さんの方はだ、大丈夫なんですか?」

「あ?何がだ、蛇蝎よぉ?」

「いえ…三大貴族のご令嬢とお付き合いなさるなんて、小龍さんは恐ろしくならなかったのかと………あっ、い、いえ!あの別に、恐ろしいといってもその天津間家の事を悪く言ったわけではなくてですね!そ、その…お、恐れ多いといいますか、なんと言いますか…」

「クハハハハ!俺がンな事気にするタマだと思ってんのかぁ?貴族が何だってんだ、イノリがどこの誰だろうが関係ねぇよ!惚れたから付き合う、それだけだぜ?」

「…その割には、告白してくださるまで随分待たされましたけど。」

「お、おいイノリ…そりゃねぇぜ…」

「ふふっ、冗談です。」

 

 

 

また、小龍の方も。

 

相手が三大貴族の令嬢と言うよりは、ただただ本気で彼女という一人の人間を心の底から単純に好いているかのような様子。

 

…まぁ、一般的な常識を持った人間であれば、『三大貴族』の人間と付き合うだなんて、竜胆 蛇蝎が零したように恐れ多くて躊躇してしまうのが普通であるはずだと言うのに。

 

それでも、小龍も令嬢も身分の差など関係なしに、どこまでも甘ったるい雰囲気を醸しだす様子を見る限り…

 

その接し方は身分を越えた、むしろ身分など全く気にしてもいない様な、ただただ普通の付き合いたてのカップルとしか言い様がなく。

 

それ故―

 

 

 

「はー、こりゃマジでマジみたいさね。まっさか、小龍に彼女が出来るとはねぇ。」

「クハハ、どーだ、信じたかよ」

「信じられねぇ…小龍の野郎に女が出来るとかマジ信じらんねぇ…」

「カカッ、男のやっかみはみっともねぇって大和爺が言ってたぜ?まぁテメェも女作りゃ良いだけだろ。そのクソダサファッションセンスを直してからだけどな。」

 

 

 

相手が三大貴族の令嬢であったという事実はひとまず置いておいても。

 

誰もが信用していなかった、小龍に彼女が出来たというソレを事実として目の当たりにしてしまっては…

 

…トウコも、蛇蝎も、鷹峰も、そして最も信用していなかった砺波でさえも。

 

ソレがいくら信じがたい出来事であったとしても、事実を現実のモノとして信じる他なく…

 

 

 

 

 

 

…そういう時代も確かにあった。

 

 

 

 

 

 

全てが桃色に輝いていた、若く甘く楽しい時間だけが過ぎていた頃も。

 

 

 

―…

 

 

 

また、それから少し経った頃―

 

 

 

 

 

「へぇ、コイツがオメェが初めて作ったカードってわけか。」

「おうよ!これで兄貴がソレ使って許可されれば、俺も一気にトップデザイナーの仲間入りってな!」

 

 

 

とある日。

 

うるさい大衆酒場の酒の席で、一人の若き青年が小龍へと何やらいくつかの『カード』を渡していた。

 

 

 

「しかしやるじゃねぇか。8種類を3枚ずつで24枚…デビューしたての癖して、こんな枚数の試作が許可されたなんてよぉ。流石は俺の弟分じゃねぇか木蓮。」

「まぁな!伊達に『神の手』の家系やってねぇってんだ!俺もゆくゆくは『神の何とか』って称号も狙ってんだしよ…だから頼むぜ劉の兄貴!俺の作ったソイツらで大暴れしてくれ!」

「クハハ、わかったぜ。んじゃ、ありがたくコイツらは貰っておくが…ま、けど期待しすぎんなよな。俺ぁ最近ちと勝率が伸び悩んでんだ。」

 

 

 

それは一人の新人カードデザイナーが、試作許可のおりたカードのテスターとして小龍にその使用を依頼している場面。

 

…そして小龍にカードを渡していたのは、彼と幼少の頃からの知り合いでもある弟分の李 木蓮であった。

 

小龍の1つ年下である木蓮は、この春に大学を卒業した後…見事カードデザイナーの資格を取得し、そして入社早々に実に『8種類』ものカードの新規作成を許されたとあって、その試作カードを小龍に渡していて。

 

 

…カードデザイナー。

 

 

それはデュエルにおける最も重要な存在である、『カード』の『作成』を許された特別な者達。

 

社会においてその重要性はプロデュエリストに並んで高く、加えて子どもにも人気の職業の1つであり…

 

 

…しかし、その道は狭き門。

 

 

年間合格率1%以下といわれるデザイナー試験は、才能無き者を容赦なく蹴落とし続けているのだし…

 

また、その狭すぎる試験を突破し、晴れてカードデザイナーの資格を得た者であっても。そこから長い長い下積みを経て修業を重ね、独立を経て自分の製作したカードを世に出すまでデザイナーとして耐え切れる者は極々僅かと言われているのだ。

 

…まぁ、確かに過去には『神の手』や『神の筆』、『神の腕』や『神の指』といった、カードデザイナー最高位の称号を与えられた天才的な腕前を持った者も歴史上には確かに存在していたとは言え。

 

それでも、資格を取得しても一枚も新規カードを世に生み出せずに…厳しい社会の現実に心居られ、志半ばでこの業界から消えていく者だっている。

 

ソレを踏まえると、つまりカードデザイナーと言うのは専門の知識を学び、プロデュエリスト試験にも匹敵する難関中の難関である厳しい試験を突破し、長い下積みを耐え、その間もセンスを失わなかった者だけが世界中に自分の作ったカードを披露することを許されるという、あまりに厳しすぎる現場で生きる者たちのことを言うのだが…

 

 

―しかし、そんな厳しい世界の中の中で。

 

 

新人である木蓮が、実に『8種類』もの新規カードの申請を【決闘世界】に許されたと言うのは、カードデザイナー業界からしてもかなりのニュースであった。

 

…どれだけカードをデザインしても、【決闘世界】の許可が下りずソレを世に出せないデザイナーも世界には多々居ると言うのに。

 

まぁ、過去には若くしてテーマ単位のカード作成を、企業にも所属せずたった一人で成し遂げていた伝説的な逸話を持つカードデザイナーも居たと言うが…

 

それでも、資格を取得したての、大学を卒業したての新人である木蓮がこれだけの枚数の新規申請を通したと言うのもデザイナー業界からしてみれば100年にあるかないかの大々的な大事件。

 

つまりは、【決闘世界】がそれだけ木蓮の才能を認めたと言う事でもあり…

 

それすなわち、近年においては少々動きの少なかったデザイナー業界が久々に賑わう事にも繋がるのだから、デザイナー業界に突如新風を巻き起こした李 木蓮もまた、この時代においては『老』に立ち向かう新たな『若』として多方面から期待の眼差しが向けられていて。

 

 

…とは言え、木蓮が今渡したのは正式な許可が下りる前の『試作段階』のカード達。

 

 

そう、デザイナーがデザインしたカードは、そのまますぐに世に出回るわけではない。

 

カードをデザインし、ソレを【決闘世界】に提出し…【決闘世界】が法の下、申請された新規カードの是非を決定し、そうしてようやくカードはまず『試作』を許される。

 

そして、試作を許可されたカードは次の段階…

 

作られたカードは、作成したデザイナーが『選んだデュエリスト』、もしくは【決闘世界】が指定したデュエリストがその試作カードをしばらく使用し、その決闘記録を元に更に【決闘世界】が色々な審査を行うのが基本的な流れとなっている。

 

そうして数々の実戦を経て、その試作カードがデュエルの秩序を崩壊させないと【決闘世界】が最終判断をした後に…ようやく、デザイナーが作った『新カード』は世間に一般流通することを許されるのだ。

 

それ故、遥か過去に『神の手』と呼ばれていた李 木魚という人物を祖先に持つ、この若き新人デザイナーである李 木蓮もまた―

 

晴れて第一段階をクリアしたカードのテスターに、真っ先に兄貴分である小龍を選んだと言うわけで。

 

 

 

「情けない事言わないでくれよ!せっかく兄貴の為にデザインしたんだぜ?『征竜』ってんだ!絶対ぇ兄貴と相性抜群なはずだからよ!」

「クハハ!ありがとよぉ木蓮!折角オメェがここまでやってくれたんだ、宝の持ち腐れにならねぇようにしねぇとなぁ!」

 

 

 

まだ世界の誰も持っていない、全く新しいカードが日の目を見る事を夢見てカードを託した弟分の木蓮の思いを受け止め。

 

小龍もまた、最近の成績がやや落ち気味になってきているとはいえ…

 

木蓮がわざわざ自分の為にデザインしてくれたという『征竜』の名を持った新たなカード達と共に、ここから戦績の巻き返しを硬く決意していて―

 

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

―『おぉーっと!まさか!まさかまさかまさかぁ!実に!実に30年ぶりに!お、王者【黒猫】がルーキーに土を付けられましたぁ!』

 

 

 

 

 

 

強すぎた…

 

 

 

『征竜』は、強すぎた―

 

 

 

いや、正確には『征竜』と、ソレを操る小龍の相性があまりに『合い』過ぎていたために…

 

そう、カードデザイナーの李 木蓮が、あくまでも小龍の為にデザインしたという『征竜』は。そのカードをデザインした木蓮の想像をも超えて、小龍にあまりにも『合い過ぎ』ていたのだ。

 

それはここまで、少々成績を落とし気味だった小龍が爆発的に勝率を伸ばした事に始まり…

 

そして、あろうことか。まさか他のルーキーの誰よりも早く、小龍が【王者】の一人に勝利してしまったことがその最たる例。

 

それこそ、当時のエクシーズ王者であった【黒猫】にすら土をつけ…一時はいよいよ老兵の一角が崩れるのか、エクシーズ王者が交代するのではないかと、世界中が大騒ぎになるほど多いに賑わったのだ。

 

 

…ついに、世代交代が起こるのか。

 

 

長き『老』の時代に、ついにヒビが入るのかとその当時の世間の賑わいはおよそ近年まれに見る大熱狂を迎えていたといっても過言ではなく。

 

だからこそ、決闘法に則ってもしその当時に小龍が【白夜】に負けなければ…もしくは【紫魔】が勝負を受けてくれていれば。小龍はきっと、新たなエクシーズ王者と呼ばれていたに違いないことだろう。

 

そして小龍と、彼に使役される征竜の暴れ具合を見た誰かが、小龍のデュエルをこう称した。

 

噴火、瀑布、竜巻、地割れ。その自然災害にも似た『征竜』の恐るべき力と、ソレを平然と従える小龍の事を…暴れ狂う、『大災害』のようだ…と。

 

 

…けれども、強すぎる力と言うのは時として意図しない枷を嵌められてしまうモノ。

 

 

そう、出る杭は早めに打っておくに越した事がないように…

 

小龍の駆る、あまりの征竜の力を危惧した【決闘世界】は李 木蓮のデザインした『征竜』のカードたちに対し、『流通』および『量産』の許可を出さなかったのだ。

 

…まぁ、【王者】に土をつけるまでに至った『征竜』の存在自体は、その衝撃もあってか世間にも広く浸透してしまったために…その時に『試作』された『征竜』のカードには、【決闘世界】も処分の指示は出さなかったのだが。

 

そう、小龍が持つ、試作段階であった『征竜』のカードだけは【決闘世界】は封印せず。寧ろ、小龍以外の使用を禁ずるという、決闘法における例外的な措置を取られるということに留められたのだ。

 

 

…普通であれば、『試作』段階で【決闘世界】が不可を突きつけられたカードは、試作されたカードであってもその全てが処分対象になるはずだと言うのに。

 

 

それは世間の目を気にしての措置か。何しろ、長き『老』の時代に亀裂を入れた、【王者】に土をつけるに至った小龍の、もはや代名詞ともなりつつある『征竜』を処分したとあっては【決闘世界】も世間に『何』を言われるかを気にしたのだろう。

 

それ故、普段は厳格な【決闘世界】にしては珍しく…

 

小龍と征竜のあまりの相性の良さ、魂と魂が合致しているとしか思えない程のオーラに、『征竜』自体の封印だけはせず。

 

つまりは、小龍の持つ『征竜』のカードだけがこの世に存在する唯一の『征竜』。その使用も複製も何もかも、今後一切『征竜』に関する事柄を小龍以外には『禁止』するという異例の処置がとられたのであって。

 

 

 

そして、一時は【王者】にも土をつけた小龍はいつしか小さな龍ではなく…

 

 

 

新たに『劉玄斎』と言う通名と共に、こう恐れられるようになった―

 

 

 

 

 

暴れ狂う大災害…

 

 

 

 

 

…『逆鱗』、と。

 

 

 

 

 

それはまさにプロとしての絶頂期。

 

その年は惜しくも【王者】交代とはならなかったものの、これから先に伸び代しかない小龍…改め、『逆鱗』の劉玄斎の活躍に、当時の世界は大いに賑わっていた。

 

 

…『逆鱗』はこれから、彼だけに許された『征竜』と共に更に名を上げていくだろう。

 

 

まぁ、とある年に彼が酒に酔って取り返しのつかない失態を決闘市で犯してしまったために、貴族連の怒りを買って決闘市を『出禁』となってしまったのも当時は一種の武勇伝として扱われたりもしたことはさておき。

 

【王者】にだって土を就かせた彼は名実共に、世界が最も注目している…最も勢いのある、規格外のルーキーと言われていたのは嘘偽りなく。

 

他のルーキーたちとは一線を画すほどに人気と声援が、いつしかルーキー筆頭として『逆鱗』の劉玄斎を応援し…

 

世界は一時、『逆鱗』人気一色となっていた時代も確かに存在していて―

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

『征竜』を従え、メキメキと頭角を現し始めた、そんなプロとしての絶頂期に…

 

 

 

 

 

 

イノリが、姿を消してしまった―

 

 

 

 

 

それは突然の出来事だった。

 

ある日、突然、何の前触れも無く。

 

それまでは常に寄り添っていた天津間 イノリが、ある日突然『逆鱗』の前から忽然と姿を消してしまったのだ―

 

 

…一体、その当時に天津間 イノリに何があったのか。

 

 

これから先、きっと【王者】になると思われたルーキー筆頭の…決闘界の中でも着実に力を増していき、いずれはきっと三大貴族の令嬢と並んでも遜色無い立場の男になると思われていた劉玄斎の前から、ある日忽然と天津間 イノリの消息が途絶えてしまった。

 

それは劉玄斎からしても、あまりに突然の出来事であり…

 

別段変わった様子も無かったというのに。その愛は本物であると思っていたのに。

 

何も言わず、突然音信普通になってしまった彼女に…プロとしての絶頂期にあった劉玄斎は、大いにショックを受けてしまったのだ。

 

 

…だから、荒れた。

 

 

劉玄斎は、大荒れした。

 

苛立ちの余り、目に付く全てを破壊し…触れるモノ皆傷つけるかの如く、とにかくその焦りと苛立ちを暴力に訴え、暴れまわるという発散方法しか劉玄斎には自らを抑える術を見つけられなかった。

 

だからその当時…劉玄斎の八つ当たりで、力任せに壊滅させられた『組』や『ファミリー』が一体幾つあったことだろう。

 

それこそ、弟分である木蓮と共に、デュエルヤクザやデュエルマフィアを壊滅させまくっていた劉玄斎は裏社会では一時『暴双龍』とも呼ばれ…力が支配するはずの裏社会においても、その存在自体が恐怖の対象ともなっていた。

 

また、イノリの消息を探って四方八方手を尽くしても、三大貴族の家の事情に新人の部類に位置する一介のプロが介入できるはずもなく…

 

それ故、一時はルーキー筆頭とまで呼ばれていた劉玄斎は、一時『謎』の不調によりその成績を大きく落としてしまう羽目に陥ってしまった。

 

…心の動揺がデッキに伝わり、試合でもデッキの動きが安定せず。

 

勝つとしても征竜の暴力によってどうにか勝つか、しかし征竜を扱いきれずに酷い負け方をしてしまうか…

 

それは劉玄斎の活躍を楽しみにしていたファンにとって、一体どれほどの衝撃と落胆が襲い掛かったというのか。

 

しかも、世間には公表されていない『謎』の不調の原因が、最愛の女性を無くしたショックというなんともまぁ情けない理由であるだなんて…その当時の人々は知りえる事は無い事実だったとは言え、しかしソレほどまでに活躍を期待されていた劉玄斎の滑落は世間からすれば大きなショックであったに違いなく…

 

 

 

 

 

…けれども、そんな世間からの鋭い視線を受けながらも。

 

 

 

 

 

この時の劉玄斎の心にあった思いは唯一つ…

 

マフィア相手に大暴れしている時も、デュエルしている時も、大事な試合が控えている時も―

 

 

劉玄斎の心にあったのは…

 

 

 

「イノリ…今、お前はどこに居るんだ…」

 

 

 

自分が愛した女性…今でもずっと愛し続けている女性の事、ただそれだけに思いを馳せながら。

 

大荒れしている龍の心には、いつの時も一人の女性の事だけが重く圧し掛かり続けるのだった―

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、遊戯王Wings

ep110「閑話―劉玄斎、中編」

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