遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep108「終息と真相」

「…お見事でした、天城 遊良。」

「ッ!?」

 

 

 

どこからか現れた、もう一人の『あまぎ ゆうら』との激闘を終え。

 

そう、ユーラが呼び出した、この世ならざる存在である『邪神』との戦いが終着を迎えた…その、すぐ後のこと。

 

束の間の安堵を感じていた遊良達の背後から、不意に『誰か』の声がし…

 

そして反射的に遊良が振り返ったそこに居たのは、遊良にとってありえない人物であった。

 

 

 

「お、お前は!?なんでお前がここに居る、釈迦堂 ユイ!」

 

 

 

そう、この場に現れたのは紛れも無い。

 

それは遊良が知る『あの女性』によく似た、しかし『あの女性』よりも確実に若く見える人物でもあり…

 

…暗くなりつつある霊園の、黄昏の闇に溶ける褐色の肌。霊園が迎える夜よりも、なお深いその漆黒の髪。

 

それは夏ごろに決闘学園イースト校に転入してきた人物。そして師である【白鯨】の個人的な理由から近辺調査をさせられた人物。しかし目立った行動を全くとって居なかったために、遊良も今の今までその存在をすっかり忘れていた人物。

 

そう、それは遊良にとっての指標とも言うべき存在である釈迦堂 ランと、まったく『同じ』ような雰囲気を持った一人の少女。

 

 

 

―釈迦堂 ユイ

 

 

 

そんな彼女は、一体どのような目的を持ってこの場に現れたのか。

 

釈迦堂 ユイはゆっくりと…まるで、不気味に傅く人形のような素振りを見せながら…

 

徐に、その口を開き始め…

 

 

 

「…全て、見ておりましたから。」

「見てただって?そ、そんなわけないだろ!大体、決闘市の人間は全て消えて…」

「…はい。ですが貴方が『邪神』の一柱を打ち倒したおかげでその問題は解決されました。…やはり、見込んだ通り…いえ、私などでは見抜けなかった本物の『……』、ですね…」

「な、何を言って…」

 

 

 

突如姿を現しながら、まるで理解出来ない言動にて淡々と言葉を紡ぐだけの釈迦堂 ユイ。

 

その声は夜風に流され、上手く聞き取る事が出来ない錯覚を遊良へと与えているようでもあり…

 

そう、釈迦堂 ユイの言葉を聞いている遊良には、まるで目の前の少女が同じ言語を使っていないかのような感覚を覚えてしまっているのだ。

 

…何しろ、いくら『邪神』を倒し人々の魂が流星となりて決闘市に還っていっているとは言え。まるでこの戦いを見ていたかのような彼女の口ぶりは、およそ今まで消されていたと思われる決闘市民の口からは絶対に零れてこないような…

 

あまりに冷静、あまりに淡々、あまりに沈着としているような代物であったのだから。

 

…決闘市の人々は、未だ全て消えてしまっているはず。

 

何せ、『神』の力の影響を受けた人間が元に戻るためには一定の時間が必要であるということは、この場にいる『神』に関する人物である高天ヶ原 ルキがその身で証明していること。

 

【邪神イレイザー】と呼ばれていた神がどんな理屈で決闘市の人々を消して、そしてソレを打ち倒した今どのような原理で人々の魂が戻っていっているのかは遊良達には定かではないものの…

 

…決闘市の人々は全員確実に消えていた。それは自らの目と足で確認したから間違いないはず。

 

だからこそ、もし釈迦堂 ユイが真っ先に蘇ったのだとしても。まずその心に感じるのは、突然の事への『混乱』であるはずなのだ。

 

…普通であればありえない。『あんな目』に遭ってこんなにも冷静な言葉を述べられる人間など。

 

だからこそ、遊良とユーラと、そして鷹矢とルキの他には誰の気配もなかったはずのこの『霊園』に釈迦堂 ユイが気配もなく現れ。そして先ほどの赤い重光による混乱もなく、最初から全てを見ていたかのような言動をするのをどうにも遊良には理解できず…

 

 

…すると、突如現れた釈迦堂 ユイへと向かって。

 

 

遊良と同じく、驚いた様子を見せていた鷹矢が…

 

釈迦堂 ユイへと向かって、その口を開いた。

 

 

 

「誰だ貴様は!釈迦堂と名乗ったが、もしやあの釈迦堂 ランの関係者か!?」

「え?」

 

 

 

しかし…

 

開口一番、鷹矢の口から飛び出してきた言葉もまた、遊良にとっては驚きに値する言動であった。

 

…しかし、それもそのはず。

 

何しろ、いくら他人の顔を忘れっぽい鷹矢であったとしても。その名に『釈迦堂』を持つ彼女を、鷹矢が忘れるわけがないのだ。

 

…転入生というインパクトもそうだし、リベンジを誓っている釈迦堂 ランに容姿がそっくりなのもそう。

 

それに授業で何度も顔を見ているのに加えて、これまでも何度か夕食時の話題として鷹矢の方から名が挙がっていたくらいなのだから、いくら他人に興味を持たない鷹矢であったとしても、その外見も名前も鷹矢が覚えていないわけがないと言うのに。

 

けれども、そんな遊良の驚きなど関係ないかのようにして…鷹矢は、更に言葉を続けるだけ。

 

 

 

「釈迦堂の関係者ならば一体何の目的で現れたというのだ!ぬ…もしや貴様、さっきの遊良の偽者の仲間か!?遊良が手負いになるのを狙ったのだとしたら、今度は俺が相手になってやるぞ!」

「鷹矢!お前なに言ってんだ!?アイツは釈迦堂 ユイ!【決島】の前に転入してきた…」

「む?転入…?一体何の事だ?」

「ッ!?お、お前…」

 

 

 

今の鷹矢の振る舞いを見れば、『これ』がいつもの他人の顔を覚えていない鷹矢の振る舞いではないことなど遊良には手に取る様にわかってしまう。

 

そう、今の鷹矢の振る舞いは、本気の本気で釈迦堂 ユイが誰だか分かっていないかのようではないか―

 

…完全に知らない人間に向ける目。完全にその記憶にはない人間を見る目。

 

鷹矢の目を見ただけで、ソレを直感的に把握してしまう遊良。生まれた時からの幼馴染ゆえの感覚により、鷹矢が本当に釈迦堂 ユイの事を忘れてしまっていることに遊良は驚きを禁じえず。

 

また、ルキの方も―

 

 

 

「ルキ、もしかしてお前もアイツの事が…」

「あ、えっと…ゴメン、誰かわかんない…転入生って何のこと?あの人…誰?」

「ッ…」

 

 

 

…鷹矢のみならず、ルキまでも釈迦堂 ユイの事を忘れてしまっている。

 

いや、ルキの場合はそれだけで済む話ではない。そう、これは遊良は知りえぬ事ではあるのだが、ルキは【決島】において一度、釈迦堂 ユイとデュエルを行っているのだ。

 

まぁ、ルキはその『直後』に【紫影】によって、体内に宿る『赤き竜神』を解放されかけた事でその前後の事を鮮明には覚えていないのだが…

 

しかし、それでも。

 

他人の顔を覚えない鷹矢とは違って、ルキが確実に顔を合わしたことのある相手にその反応を見せるのは明らかに奇怪。

 

…自分がしっかりと覚えているのに、鷹矢とルキが釈迦堂 ユイの事を忘れてしまっているのは何か裏がある。

 

それは先の決闘市の人々を消滅させた赤い重光を見た衝撃と、同じくらいの衝撃を遊良の心へと与えていて。

 

そして、決闘市の人々の消滅と『邪神』との戦いを見てもなお全く混乱していない様子を見るに…おそらく、いや確実に釈迦堂 ユイには『何か』ある。

 

それを、瞬間的に理解したからこそ―

 

遊良は、釈迦堂 ユイへと向かって身構え…

 

 

 

「…ご安心を。事を荒立てるつもりはありません。私はコレを…『邪神』のカードを回収しにきただけですので…」

 

 

 

しかし…

 

全く敵意を感じさせない声と共に。

 

釈迦堂 ユイが見せた、その手に持っていたのは―

 

 

 

「ッ!?お、お前!どうしてそのカードを持っている!だ、だってそのカードはたった今風に飛ばされて…」

 

 

 

何を隠そう、風によって天に舞っていったはずの【邪神イレイザー】のカードであったのだ。

 

…遊良とて、散らばったユーラのカードの中から、【邪神イレイザー】のカードを回収し損ねたことを気にかけてはいた。

 

何しろ、この世ならざる邪なる『神』のカード。

 

その危険さは遊良とてその身を持って体験したのだし、同じく『神』のカードを持つルキの体の事も知っていることから下手に『神』のカードが他人の手に渡る事の無いようしっかりと回収し、そしてその後に師である【白鯨】に邪神の事を相談しようと思っていたくらいなのだ。

 

…だからこそ、この後すぐに遊良は散らばったユーラのカードを全て探し『回収』するつもりだった。

 

けれども、そんな遊良に先んじて―

 

わざわざ最も危険な『邪神』のカードを手に取っている釈迦堂 ユイの存在が、遊良の目にはどこまでも不気味なモノにしか映らないのか。

 

 

 

そして…

 

 

 

釈迦堂 ユイが、【邪神イレイザー】のカードを遊良と鷹矢とルキへと見せた…

 

 

 

その瞬間―

 

 

 

「………ぐッ!?な、なんだこの記憶は…そ、そうだ!貴様は遊良の言う通り転入生…ッ!?…あ、頭が…わ、割れそうに痛いぞ…」

「うぅっ…ぁ…ち、違う…わ、私、知ってる…あの子と…私、【決島】でデュエルを…うぁ…」

「鷹矢!?ルキ!?」

 

 

 

急に…

 

 

そう、急に―

 

 

鷹矢と、ルキが。急に、その頭を抱えて苦しみだしたのだ―

 

…それはあまりに異常な光景。

 

何しろ、ルキはともかくとして、意地でも風邪を引かない、食べ過ぎ以外でここ十年ほど全く体調を崩した事のないあの鷹矢が。

 

頭痛を感じているその姿にさえ違和感を覚えそうになる、あの鷹矢が頭痛で頭を抱え…それに加えルキまでもが今にも膝から崩れ落ちそうになっているその光景は、遊良からしてもどうにも奇怪しな現象にしか思えることが出来ず。

 

一体…一体、何が起こっているのか。

 

ひとつの戦いが終わったばかりで、満足に頭が回らない遊良の前で次々と奇怪な現象が起こり続けるこの場はまさに混沌。

 

常識が働かず、理性が理解を諦めているかのようなこの場の状況は…『邪神』との戦いを終えたばかりの遊良では、どうにも収拾させることなど敵わないモノとなりてその眼前に広がるだけ。

 

…すると、そんな混乱だらけの少年達へと向かって。

 

 

 

「…なるほど。天宮寺 鷹矢…一時的とは言え、自力で『世界』に穴を開けられた者と…高天ヶ原 ルキ…あのルキアの遠き子というだけはありますね…まだ私を覚えていられるとは恐れ入りました…しかし、それもすぐに忘れることになりましょう…」

 

 

 

釈迦堂 ユイは、鷹矢とルキに意味深な言葉を投げかけたかと思うと…

 

そのまま、遊良達の元から去ろうとゆっくりと振り向こうとし…

 

そして―

 

 

 

「ま、待て!お前が何者なのかはこの際どうでもいい!だけどその『邪神』のカードを持っていかせるわけにはいかない!そ、そのカードは危険なカードだ!お前、そのカードが何なのか知っているのか!?」

「…はい。このカードを『ここ』に持ってきたのは私ですので…それより…」

「ッ!?」

 

 

 

…徐に。

 

釈迦堂 ユイが、指を天へと向けたそこには―

 

先ほどまでとはまるで規模が違う量の、夜を引き裂くような圧倒的物量の光り輝く流星のような『モノ』が…

 

決闘市へと向けて飛び散っていき、街に帰っていく光景があまりに幻想的に広がっていて。

 

 

 

「…貴方が感じた通り…『邪神』が喰らった街の人々の魂は神を倒した事により解放されました…よくやってくれました。それでこそ貴方は『……』。その『翼』が育つことを…努々、願っております。それでは…お疲れさまでした…」

 

 

 

そうして…

 

ポツリと。最後まで、どこまでも理解出来ぬ言葉を静かに紡ぎ続けた釈迦堂 ユイは…

 

 

 

―努々忘れることなかれ…自分が一体何なのか…貴方は歴史の革新者…『翼の……』…

 

 

 

…遊良達が空に目線を切ったその瞬間に、遊良達には聞こえない声で『何か』を呟いたと同時に。

 

音も無く、その場から消え失せたのだった―

 

 

 

「な、なんだったんだよ、ホントに…」

「………ぬ?急に頭痛が治まったぞ?…む!?奴が居なくなっているではないか!あの謎の女は何処へ消えた!?」

「あ、ほんとだ………ねぇ、遊良は知ってるの?さっきの女の子のこと…」

「鷹矢…ルキ…お前ら、本当にアイツの事覚えてないのか?」

「えっと、覚えてないって言うか…さっきの、ホントに誰?初めて見た人だったけど…」

「…うむ、一体何の話だ?俺からすれば、お前がなぜ奴の事を知っているかの方が不思議だぞ。あんな奴、初めから俺の記憶には無い。」

「…」

 

 

 

…そして、釈迦堂 ユイが去ったそのすぐ後に。

 

頭痛が治まったのか、先ほどの苦しみ方がまるで嘘のようにして立ち上がると…遊良へと向かって、釈迦堂 ユイの事を問いただし始めた鷹矢とルキ。

 

…しかし、その記憶から完全に釈迦堂 ユイへの記憶を失った素振りを見せながら。

 

それが頭痛が治まった『代償』なのか、それともまた別の要因の所為なのかまでは遊良には分からない。

 

けれども、確かに自分は覚えているあの釈迦堂 ユイという転入生の事を鷹矢とルキが忘れ去ってしまっているという事はおそらく…あの釈迦堂 ユイという女は、およそ人間の理解には当てはまらぬ『人外』であると言う結論に、遊良も嫌でも至ってしまうのか。

 

…そうした結論に遊良が至れるのも、偏にこれまで紫魔 憐造や【紫影】と言った文字通りの『人外』と出くわした経験が成せるモノ。

 

…まぁ、果たしてソレが他人に誇れるような経験であるのはかともかくとして…

 

突然の指名手配と、決闘市からの脱出と…そして『邪神』を繰り出してきたユーラとのデュエルに加えて、今の釈迦堂 ユイとの邂逅。

 

そんな、あまりに多くの騒動に次ぐ騒動の連続の中で。釈迦堂 ユイが最後に残した『お疲れさまでした』という言葉が、遊良からすればどこか1つの区切りのようにして…

 

 

 

「…はぁ…とりあえずその事は後で話すから、今は早く砺波先生と合流しよう。今も電話が鳴りっぱなしだ。何があったのか説明しないと。」

「…怒るかなぁ、理事長先生…」

「うむ…確実に怒るだろう。なぜ連絡しなかったと攻め寄ってきそうだ。」

「…想像したくないな。」

 

 

 

デュエルモードが終了したことで、万能端末であるデュエルディスクの電話機能に鬼のようにかかってくる『砺波 浜臣』の着信画面に、遊良達は若干引きつつも。

 

『霊園』から遠目に見える決闘市の雰囲気が、静寂から徐々にざわめきを取り戻しつつある光景に対し…

 

安堵が半分、不安が半分。そういった感情が入り混じった疲れの表情を見せるのは、きっとこの戦いがひとつの大きな山場であったということを、その肉体が理解しているが故なのか。

 

降り注ぐ流星のような人々の魂を見ながら、ようやく緊張の糸を遊良は緩めつつ…

 

 

 

「何か、どっと疲れた感じだ。指名手配されるし、フードの男は俺そっくりだしで…意味がわからなさすぎていい加減疲れた…」

「…そうだね。何か色々ありすぎて疲れちゃったよ、もう。」

「うむ。」

「…お父さんもお母さんも…これで、元に戻るんだよね?」

「うむ、そんな気がするぞ。」

「あぁ…そんな気がする。」

 

 

 

ひとつの戦いが終わり、明らかに疲れた表情を見せる遊良達。

 

指名手配の件がどうなるのかは、今の遊良達は知る由もないことではあるのだが…

 

それでも、街に帰る人々の魂の流星が…

 

 

 

いつまでも、決闘市へと降り注ぐのだった―

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

数日後―

 

 

 

 

 

 

 

―『この度は不確定な情報を発信し、国民の皆様に多大なるご迷惑をかけたとともに―』

―『1人の少年に、謝罪では済まない迷惑をかけてしまったことを深くお詫びし―』

―『大変申し訳ありませんでした。今後はこのような事態にならぬよう、全身全霊で正確な報道に勤めていく事を皆様に誓い―』

―『先日の天城 遊良氏の指名手配は、警察側の不手際であったと警視庁が認めたことにより完全に撤回されました。繰り返します、天城 遊良氏の指名手配は間違いであったとのことです。国民の皆様におかれましても―』

 

 

 

天城 遊良の『指名手配』の報道がされてから、数日たったとある日のこと。

 

決闘市に放映されているTVは、どのチャンネルに回しても皆等しく…先日の耳を疑うような『報道』に関する、『間違い』を重点的に伝えているモノばかりであった。

 

それは、『謝罪』…それも、放映している全ての局が―

 

普通であればありえない。どの局のどのチャンネルのどの時間帯も、皆同じようにTV局の面々や警察の謝罪会見の映像や、自分達の『間違い』を認めているような報道をしているだなんて。

 

何せ、『報道の自由』という理論を勝手に解釈し捻じ曲げ事実を面白おかしく報道することが日常茶飯事のマスコミの方から、『自責』の発言をするだなんて一体どうした了見だというのだろうか。

 

…だからこそ、このマスコミの急すぎる掌返しには、今もネット上にて様々な憶測が飛び交い続けている。

 

それは『天城 遊良が金を積んだ』とか、『某国の陰謀』だとかその他色々…

 

しかし、そのどれもが的外れかつ、あまりに現実味の無い憶測ばかりであり…その『真相』を知らぬ者達からすれば、一体どうしてメディアや警察が急に『こんな事』をし始めたのかが、まるで理解できないままただただ混乱に陥ってしまっていて。

 

そう…この1日たらずの突然の『騒動』は、世界に大きなざわめきと疑問とを巻き起こしたと言うのにも関わらず。メディアと警察が、自分達が広めた騒動を半ば強制的に終了させてしまったのだ。

 

まぁ、とは言え天城 遊良の指名手配が、例え『誤報』であったと警察やメディアが謝罪したとしても…

 

普通、人々が一度抱いた見識は簡単な事では書き換えられる事は無いのだから、決闘市『以外』の街や他国ではまだそれなりに天城 遊良という少年に対し、少々反意的な意見を持っている者もチラホラ見かけられているのが現状と言え…

 

 

 

しかし…

 

 

 

他の街とは違い、遊良が住む決闘市においては。

 

この報道がなされる前から…それこそ、ユーラとの戦いが終わったその日から急に…

 

『遊良』に対する接し方や言動が、ガラっと変化を見せ始めたのだ―

 

 

それは『悪い意味』で…ではない。『良い意味』で、だ。

 

 

そう、それは他の街の者たちとは違い、『邪神』によって文字通り『消滅』させられた決闘市の住民達だからこそ抱く事を許された特別な感情。

 

なんと決闘市の住民達は、誰もが皆おぼろげながらも天城 遊良に『助けられた』という感覚を無意識に覚えていたのだ。

 

…果たしてソレがどこから来る感情なのか、そして『何』から助けられたのかを決闘市の住民達は決して知らない。

 

いや、むしろ住民達は遊良に救われたということを自覚することはない。

 

あるのは、なぜ天城 遊良に対して敵意を抱いていたのかという疑問だけ。Ex適正が無いとは言え、【決闘祭】に優勝し、【決島】に準優勝した決闘市が誇るイースト校の学生という…

 

そう、遊良に助けられたという『自覚』は住民達には無い。あるのは、敵意を向ける必要がないという『無自覚』だけであり…

 

確かに自分達を襲った謎の『苦しみ』から、天城 遊良が『救って』くれたという無意識だけは確信を持って決闘市の住民全員が覚えている。

 

それこそ、決闘市における老若男女、その全ての者達が無意識の内に遊良に『救われた』という感覚を覚えているからこそ―

 

あの騒動から数日たった今では、こと決闘市内においては指名手配された直後とは打って変わって…

 

遊良への攻撃の声は、全くと言っていい程なくなっていて。

 

…まぁ、とは言え現状の把握と整理が出来るまで、遊良の身は【白鯨】によって手厚く保護されているのだから、遊良本人が決闘市の変化を知るのはもう少し後になってしまうのだが…

 

それでも、決闘市の住人たちの意識が遊良への敵意を無くしたのと同時に。

 

畳み掛けるようにして警察が指名手配の撤回をしたり、マスコミが次々に天城 遊良への謝罪報道をしたりしたその『贖罪』によって、少なくとも決闘市内では誰一人として遊良へと非難の声を上げる者は居なくなった。

 

それは誰も自覚はなくとも、理屈はわからなくとも…それでも、誰もが天城 遊良に救われたという『無意識』を心の隅に引っ掛けているが故の心境の変化。

 

すでに決闘市内では、遊良が指名手配された事に対してとやかく言っている者など居ない。

 

謎の『苦しみ』に襲われる前と同じ…いや、それ以上に。天城 遊良は【決闘祭】に優勝し、【決島】に準優勝した決闘市が誇るイースト校の学生という認識が、決闘市内の人々の中では前よりも大きくなっており…

 

…後は、時間が解決してくれる。

 

特に渦中の決闘市でこの調子ならば、騒動が本格化する前に鎮圧してしまった諸外国でもこの件を再び騒ぎ立てでもしない限りは、僅かな時間と共にこの件への興味もすぐに薄れていくに違いない。

 

そう、つまりは決闘市が、一時的に世間をほんの少し騒がせただけ。メディアからの『贖罪』の後に、この話題に触れずに何もしなければきっと…2~3日も経てば、世間はこの件を綺麗さっぱり記憶に残さないはず。

 

 

 

 

 

そんな、ようやく平穏を取り戻した決闘市の…

 

 

 

その、決闘学園イースト校の理事長室にて…

 

 

 

「どうだい、アタシが紹介してやった『逃がし屋』…真蒸(まむし)の奴は、良い腕だったろう?」

「はい…流石はかつて決闘市の四天王と呼ばれていただけはありますね。ですが、まさか【紫影】の甥である彼の事を獅子原理事長が頼るとは少々予想外でしたが。」

 

 

 

決闘界における二人の重鎮が、およそ他人には聞かれるわけにはいかないような危ない内容を話し合っていた。

 

 

 

「ハッ、【紫影】は【紫影】、アイツはアイツってことさ。アタシが恨みを持つのはあくまでも【紫影】の屑ただ一人…いくら真蒸の奴が『竜胆』の血を持つ男だろうが、そこんとこを履き違えるほどアタシも落ちぶれちゃいないさね。だからウエストのガキ共…大蛇やミズチが『竜胆』を名乗って出てきた時も、アタシは別に何も言わなかっただろう?」

「そう言えばそうでしたね。…しかし今回は火鳥(かとり)君…息子さんにも、相当危ない橋を渡ってもらいました。彼には感謝してもしきれません。彼が居なかったら、天城君たちを決闘市から出すことなんて出来ませんでしたから。」

「ま、警察も一枚岩って訳じゃないからねぇ。火鳥の奴も、天城の逮捕にゃ納得してなかったんだろ。だからアンタに内部の情報流し天城を逃がした…ただ、それだけの事さ。」

 

 

 

しかし、彼らの内容はどこかフランクな雰囲気ではあるものの、決して軽い内容ではない。

 

何しろ、傍から見れば…いや傍から見なくても、その内容は他人には聞かせられないような危ない内容となっているのはきっと聞き間違いではないはず。

 

その内容も、そしてソレを話している人物も。まるで世間で騒がれているモノの真実を知っているかのような、どこまでも事情の裏側に立つモノばかりであるのだから。

 

 

そう、イースト校の理事長室にて会話を交わしているのは紛れも無い…

 

 

…一人は苛烈な火花を纏っているかのような、それでいて確かなる威厳を醸し出している女性。

 

『逆鱗』や【黒翼】、果ては【白竜】と言った、決闘界の大物たちすら彼女には頭が上がらないとされている決闘界きっての姉御肌の御仁であり…

 

王座を燃やす女武人、燃え上がる戦いの鬼。天下に轟く燃え盛る女傑、かつては『烈火』と呼ばれた歴戦のデュエリスト。

 

 

―決闘学園サウス校理事長、獅子原 トウコ。

 

 

そしてもう一人は、およそこの世にある言語では形容し難いモノであると思えるような…

 

あえて言うならば、この世の何よりも深い海のような…そう言った人間らしからぬモノの雰囲気を纏っているとさえ思える、人の領域からは観測できない場所に棲んでいるような不思議なモノを醸し出している一人の男。

 

 

 

そう、それは元シンクロ王者【白鯨】…

 

 

 

―決闘学園イースト校理事長、砺波 浜臣。

 

 

 

そんな決闘学園の理事長を務める砺波とトウコは、色々な憶測が今もなお繰り広げられていると知っていながらも。

 

真実を『何』も知らぬネット上の民とは違い、この件における限りない『真相』について…

 

そう、ソレを知る者として、誰に聞かれるわけもいかない話を、誰にも聞かれる事の無いこの部屋でただただ繰り広げ続けるのみ。

 

 

 

「けどま、少しはアタシにも感謝してほしいモンさね。『煉獄園家』に無理言わせるなんてホント嫌な後輩さアンタは。生まれて初めて娘に頭下げたさ…あんな事、二度と御免さね。」

「申し訳ありませんトウコさん…今回の件は本当に助かりました。逃がし屋の件もそうですが、今回の件に『天津間家』が絡んでいると知った時に…頼れるのは、『煉獄園家』にパイプを持つトウコさん以外には居ませんでしたから。」

「ハッ、鷹峰といいアンタといい、アタシをいい様に使うとはご立派になったモンさねぇ。…ま、別にいいけど。あんまり覚えちゃいないが、天城に『救われた』ってのだけは理解してるんだ。まさかメイコに頭下げる羽目になるとは思いも寄らなかったが…アタシの頭1つで済むんなら安いモンさ。『去年』の憐造の時みたいなアレが…また、起きたんだろう?」

「はい。…しかしソレを抜きにしても、今回の件は色々と奇怪しな点が多く目立ちました。天城君の指名手配にしても、警察も普通であれば指名手配を全国公開する前にもっと早く動いているはず…特に、所在が分かっている天城君を前もって逮捕しておくことなど、警察からすれば簡単でしたでしょうし。」

「あぁ、けど警察はソレをしなかった…と言うより、出来なかったんだろうさ。火鳥の奴も、『あの日』に天城が突然指名手配されたことをテレビで知って驚いていたからねぇ。アレでも警察内部でそこそこの地位にいるアイツが、ソレを直前まで知らされてなかったってことは…」

「…警察とメディアの最上層部に直接モノを言え、まかり通らない無茶を無理矢理通せるような者がありえない『無茶』を行わせた…となれば、そんな無茶を通せる者は限られてくる。そして、天城君の繋がりを遡ると該当するのは…」

「…んで、『天津間家』ってわけか。ハッ、どこのどいつが天城みたいなガキにあんな馬鹿らしい真似するんだって思っちゃいたが…アンタの話じゃ、10年くらい前の天城の大々的な報道も、【決島】ン時の馬鹿らしい実況も、『天津間』の手回しだったってことだろう?」

「…えぇ、まず間違いないかと。」

「チッ、こうなってくると、アタシも段々ムカっ腹が立ってきたってもんさ。…アタシはねぇ、竜一のことは抜きにしても、鍛えてやった事もあってこれでも天城の奴は結構気にいってたんだ。それをあのヒステリババア…とんだ『おふざけ』してくれたもんさ。随分と…舐めた真似してくれたもんさね。」

「…そうですね。」

 

 

 

彼らの間に繰り広げられるは、一般の人間は知らぬ騒動の裏側。そして一般人には決して聞かせられないような、とても危うい上層の会話。

 

その彼らの話の中に出てくる単語の1つ1つを取っても、そのどれもがおよそ常人には理解できない代物かつ、常人が知ってはならないような危ない繋がりを持ったモノばかりであり…

 

今でもネット上では、様々な憶測やフェイクニュースが飛び交い続けていると言うのに。ソレらとはまるで異なる雰囲気にて砺波とトウコが会話を交わせるのはまさしく、自分達が『真実』を知る者だからこそ交わせる混じり気のない答え合せのようなモノなのか。

 

…砺波やトウコの口から、この世界における絶対的権力者たる『三大貴族』の名がポンポンと飛び出てきているのもそう。

 

三大貴族…

 

それは『白桜院』、『天津間』、『煉獄園』の3家からなる、この世界の支配者的階級に位置する上位の血筋の名。

 

政界、財界、決闘界…多岐に渡るこの世界の本筋において、その特権を思うがままにしている、雲の上に住む上流階級の者達の総称であり…

 

…その全貌を知る者は居らず。その深遠に辿り着いた者はおらず。

 

どこかでは『三大貴族』、【決闘世界】、【王者】がいわゆる『3竦み』として扱われているという噂もあるにはあるのだが…

 

それは今は語られる事ではなく、そんなおよそこの世の表における『権力』と言われているモノの、その全ての『上』にあるとさえ言われているその家の名はおよそ一般社会に生きる人間においては、まず目にするコト自体が稀であるとは言うに及ばず。

 

…まぁ、2代前のシンクロ王者【白夜】の姓が『白桜院』だったりだとか、一般社会に『煉獄園家』の人間がたまに混ざっていたりだとか、本当に極偶に『三大貴族』の者が一般社会に下りてくることはあるにはあるとは言え。

 

それでも、普通であれば一般社会において関わり合うことなど皆無であろう、そんな者達の名を口々に交えつつ…

 

砺波とトウコの二人は、およそ彼らにしか共有していないであろう情報を…次々と、交換しあうだけで…

 

 

 

「とにかく『天津間家』がメディアと警察に指示させた今回の騒動は、『煉獄園家』と『白桜院家』が撤回を要求したおかげですんなりとカタが付きましたが…しかし、まさか綿貫さんが『白桜院家』を動かしてくれるとは思いませんでした。こっちからしても嬉しい誤算です。」

「ハッ、あのジジイも『白桜院家』に身内潜り込ませてるからねぇ。それに【白夜】のジジイの一件もあるし、意外と三大貴族の中でも白桜院だけは言う事聞かせやすいのさ。」

「…簡単に言わないでください。それは身内が三大貴族に居る綿貫さんやトウコさんだけが言える台詞でしょう?…こちらとしては『煉獄園家』の声明と、【白鯨】だった頃のツテを使った根回しでどうにか数ヶ月中にケリをつけるつもりだったんですから。」

「それが数日で収まったんだ。むしろコトが公になりすぎた所為で、警察とマスコミの『膿』もそこそこ駆除できたし…ハッ、むしろ結果オーライって奴さね。」

「…少々やりすぎた気もしますが…」

「なんだいなんだい、これまで散々ハイエナ…じゃなかった、マスコミに噛みつかれたアンタにしては随分と『らしくない台詞』じゃあないか。アンタだって、ふんぞり返ってた『上』の奴等が軒並み消えて、少しはざまぁみろって思っただろう?」

「それは…そうですが…」

 

 

 

…また、獅子原 トウコの言った通り。

 

警察とメディアが揃って天城 遊良への『謝罪』を公に行った裏では、ソレに見合うだけの『粛清』も同時に行われていた。

 

 

そう…

 

 

未成年の、それも【決闘祭】や【決島】での功績を世間に知られている少年に対し。これだけの『誤報』や『誤審』を行ったメディアや警察も、それをただの『間違い』だったで許されるほど世間の目は甘くはなかったのだ。

 

…大きな『騒動』には、それだけ大きな『責任』も伴う。

 

メディア側には、今回の騒動に際しいち早く天城 遊良の指名手配を発信した局…そう、『天津間家』の息がかかっていたと思われる大手の局の、その上層部は軒並み総辞職させられたという。

 

また、今回の騒動に便乗していた中小企業の中には、解体された会社が複数もあると言うし…そうでなくとも、今回の騒動に際し少しでも関わりがあったメディアの関係者には『煉獄園家』と『白桜院家』の名においてソレ相応の『罰』が与えられえたと言うではないか。

 

…そして警察側にも、同じような『罰』が与えられることとなった。

 

政界における警察の長の辞職会見から始まり、およそ『天津間家』と繋がりがあると見なされた派閥の人間は軒並み警察から文字通り排除され…

 

あの『騒動』からたった数日しか経っていないこともあり、警察もメディアも今は謝罪会見に再編成に大忙しとなっており、世間からすればこれ程滑稽な事はないといわれるまでに警察とメディアの信用は地に落ちてしまっていて。

 

 

 

…そんなメディアや警察のトップを、文字通り『操作』したり『排除』したりする事が可能なほどの権力を持った存在が『三大貴族』と呼ばれる者達。

 

 

 

まぁ、普段であれば『三大貴族』側とて、こんなにも大掛かりな騒動を起こすといったことな皆無なのだが…

 

何しろ『三大貴族』という括りの中にはあっても、3家とも決して相容れぬ間柄であるが故に…彼ら『三大貴族』の鬩ぎ合いは、天上のモノ過ぎて最早一般の社会にはほとんど関わってこないのが普通なのだ。

 

…つまりは、一般的な生活を送っている者達からすれば、『三大貴族』とはまず関わり合う事もない存在。

 

政界や財界や決闘界のトップクラスの面々の言動や行動だって、一般人からすれば『そういうモノ』としか感じられないもそう。その存在を知ってはいても、まず関わり合うことがないのが『三大貴族』と言われる者達なのだから。

 

 

だからこそ…

 

 

通常であれば一般人が逆らえるわけもない、今回の事の発端である『三大貴族』の内の1つ、『天津間家』のソレに対し…

 

今回のような迅速なる撤回と謝罪がなされたのは、偏に『三大貴族』である『天津間家』と同じだけの権力を備えた家が力を回したからに他ならない。

 

…それは遊良のことを庇ってくれた『大人達』による、多大なる尽力による功績の結果。

 

今もなお決闘界で絶大な力を誇る元シンクロ王者【白鯨】が方々へと手回しを行い、貴族の1つ『煉獄園家』に深い関わりを持つ『烈火』が動き…

 

そしてどういうわけか、砺波の予想外の場所から『白桜院家』までもが動きを見せてくれたおかげで、今回の突然の『騒動』はあまりにあっけなく無理矢理な終焉を迎えてしまったというわけだ。

 

…けれども、こんな事は普通であればありえない。

 

何しろ上流階級の者でもなければ、Ex適正が無いことで知られる天城 遊良という少年に【白鯨】や『烈火』と言った決闘界の重鎮たち…果てはそこから広がった、『三大貴族』の内の2つまでもが味方しただなんて。

 

…通常であれば、貴族たちの争いとは陰謀策略に満ち混沌迷宮と化した、一般人には到底及びもつかぬ、もっと雲の上にて行われているはずの代物。ソレがこんな下界にて、『煉獄園』と『白桜院』vs.『天津間』という2対1の構図になるなんて…常時であれば本当にありえないコトなのだ。

 

 

だからこそ、『天津間家』にただ従わざるを得なかった警察側はまだマシだとしても―

 

 

『天津間家』に指示を背景に…いや『天津間家』からの勅命を大義名分に。『10年程前』も、そして『今回』も…これまで好き勝手にしてきたメディア側からしたら、今回の『仕打ち』はとてもじゃないが信じられなかったに違いない。

 

…何せ10年ほど前に、天津間家の指示によって『Ex適正の無い少年』を大々的に取り上げ、売り出し、偏向報道し、世論を誘導し、世間を使って叩き、そうして視聴率を稼ぎとことん儲けさせてもらった…

 

あの人間以下の出来損ないに過ぎないただの『金づる』を再びオモチャにしたら、まさか今度は自分達が人生を破滅させられる程のしっぺ返しを喰らう羽目になっただなんて―

 

 

…何も知らない、騒動にも関わってもいなかった職員達は助かった方。

 

 

…上からの指示に従い、現場に出たり番組を制作したりした、事情を知らずに関わった者達も更迭で済んだだけまだマシな方。

 

寧ろ事情を知った上で金儲けのために動いた、今回の件を『指揮』し騒動をわざと『大きく』したA級戦犯の張本人たち…

 

メディアの『上』の者達の方が、きっと今頃は想像を絶する仕打ちを喰らっているに違いないのだ。

 

 

…それは貴族からの命を後ろ盾に、好き勝手に儲けた報い。

 

 

因果応報、自業自得。

 

今回の件における、『天津間家』と通じていた者達…報道界の重鎮、企業の長、政界と通じている幹部、果ては国の中枢に関わるような人物といった…そういった権力に塗れた者達、いわゆる安全圏にいたはず権力者達の何人かは、きっと今頃は今回の失敗の責任を負わされ…

 

騒動から数日経った今となっては、『天津間家』からの逃れられぬ八つ当たりに遭っている頃だろうから。

 

 

果たして…

 

貴族から受ける『罰』、それは如何なる仕打ちなのだろう。

 

そんなこと、普通の生活を送る者達からすれば到底関係の無い事であり…

 

そして少なくとも、『罰』を受けた者達が再びどこかで日の目を見る事は決してないという事だけは確かなことでもあるのだろうが。

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「しっかし、『天津間家』がなんで天城みたいなガキを貶めようとしたのか不思議だったが…小龍と関わりがあるって知って納得したよ。天城の奴、まさかあの『イノリ』の孫だったとはねぇ…道理で何か見覚えがあるはずさ。となると竜一の奴も…チッ、もっと早く気付いてやれてればねぇ…」

「…イノリさんが決闘市に身を隠していたことと、天城君の父、天城 竜一がイノリさんの息子であったという事実…そして思い返せば、かつて中央校筆頭と呼ばれていたあの天城 竜一が劉玄斎にあまりに『似ていた』ことを考えると…」

「ハッ、小龍もヤる事ヤッてたってことさ。何が生涯独身さよ、未練がましい男だったってだけじゃないか。なぁ浜臣?」

「…そう言わないでやってください。劉玄斎が『荒れた』時期…考えてみれば、丁度イノリさんが劉玄斎の元から去った時期…そして天城 竜一の年齢と一致します。いくら劉玄斎の『アレ』が若気の至りだったとはいえ…」

「わかってるさ。アイツは何も知らなかった…だから暴れることしか出来なかったってのはねぇ…けど小龍の野郎、八つ当たりでアタシのことを本気で殴り飛ばしたんだ。そのこと、未だに怨んでんだよアタシゃ。」

「あれはトウコさんがからかったのが原因では…?女々しいとか何とか、傷口に塩を塗りこむような…」

「あ?何か言ったかい浜臣。」

「…」

 

 

 

…点と点が繋がった様子の、そんな彼らが思い出すのは若かりし頃。

 

それは歴戦のデュエリスト達が、まだルーキーと呼ばれていた頃に彼らの間で繰り広げられた出来事であり…

 

…かつての記憶、これまでの軌跡。

 

若かりし頃の劉玄斎と、その恋人だったイノリという女性の事をどこか遠い思い出のようにして砺波もトウコも思い出しつつ。

 

劉玄斎…いや、彼がまだその名で呼ばれる前の、若造だった彼が彼女だと言って仲間達に『ある女性』を紹介してきたその時の衝撃は…

 

砺波も、トウコも。40年近く経った今でも、鮮明によく覚えていて。

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

「ま、それはいいとして…んで、肝心の『失踪事件』の犯人の方はどうなったんだい?確か【決闘世界】が諸々持っていったはずだろ?」

「それは…すみません、口止めされていまして。トウコさんなら、この意味がご理解いただけるかと。」

「チッ、また綿貫のジジイか…ホント秘密主義なジジイさよ全く。」

「…えぇ、それだけ、今回の『騒動』は綿貫さんからしても…いえ、【決闘世界】からしても、無視できない案件だったということでしょう。」

「ハッ、【決闘世界】の秘密主義は今に始まったことじゃないからねぇ。けど何が『決闘者育成機関』さ。秘密結社の方が似合ってるんじゃあないかい?」

「…獅子原理事長…そう言う事はあまり大きな声で言うモノでは…」

「わかってるさ。しっかし…決闘市の『失踪事件』は無関係の第三者がしでかした犯行、天城の指名手配は天津間のヒステリババアのおふざけ…どうりで今回のこの2件、コッチで調べても何も繋がらないはずさ。何せ、元々この二つに共通点っつーか…繋がりなんて、始めから『なかった』んだから。」

「…そうですね。」

 

 

 

1つの答え合わせを終えた彼らの意識は、再び先の決闘市に起こった『失踪事件』へと舞い戻る。

 

そして、ソレはたった今トウコが言った通り。

 

今回の件…決闘市で起こった大量の『失踪事件』と、その失踪事件の犯人として扱われた天城 遊良への『指名手配』。

 

一見すれば絡み合っていると思えるこの件は、事の顛末と真相を知る『上』の者からすれば実は何も『繋がり』が無かったという終わり方として報告されていた。

 

…確かに世間やネット上では、未だこの二つの騒動に関して陰謀論や憶測などが飛び交わされてはいる。

 

しかし、何も知らぬ一般人やネットの住人たちとは異なり…今回の件について、詳細な報告を受けられる立場の者達からすれば、今回の失踪事件と指名手配には『関わり』など無かったとして処理されているのだ。

 

…今年の夏前頃から始まった、実に20名もの行方不明者を出した決闘市における『失踪事件』。

 

そしてその犯人として、天城 遊良の名が挙がったことは…

 

実は何の関係もなく、ただただこの『失踪事件』を三大貴族のひとつ、『天津間家』の現当主である女性がが利用し、何の罪もない一人の少年を陥れようとしただけという結論を超巨大決闘者育成機関【決闘世界】は最終報告としたのだから。

 

 

 

とは言え…

 

 

 

今回の件において、『現地』にてその顛末を自分の目で見聞きした、今回の『騒動』の真実の更にその『奥』を知っている砺波からすれば。

 

今回の二つの事件に、繋がりが『ない』と言うのは少々語弊があるのだろうけれども。

 

…そう、ここから先は本当に限られた一握りの者しか知り得ない情報。

 

砺波とて『現地』でその事象に巻き込まれ、そして自らの身を持ってして得たモノだからこそ【決闘世界】の上から直々に『口止め』を言い渡された真実の最奥であり…

 

 

今回の件…

 

 

それは失踪事件と指名手配は、厳密に言えば繋がりが無いわけではない。

 

むしろ、『あまぎ ゆうら』が点と点となることによって、今回の件は繋がっているということ。

 

確かに事の発端は、正史から来たというもう一人のアマギ ユーラが起こした失踪事件…そして『天津間家』は、この失踪事件に託けてこの世界の天城 遊良を嵌めたという…

 

果たしてソレがどんな因果にて繋がりを持ってしまったのかは、複雑に絡み合いすぎた個々の事情がこんがらがってしまったが故の偶然の産物ではあるものの、しかし奇妙な因果と世界と真理とが絡み合った結果生まれた、決して簡潔には言い表せない複雑な事象。

 

…ソレらが1つ1つ紐解かれるのには、もう少し時間がかかる。それはこの物語の間か、それとも更に過去と未来の物語が紡がれる時か…

 

 

…それ故、今回のこの複雑化した真実の最奥について。

 

 

その全てを知りえた砺波からすれば、『気にかかる』のはむしろ三大貴族の『天津間家』などではなく―

 

 

 

 

 

(…『ひとつ前』から来たというアマギ ユーラ…その彼を、なぜ劉玄斎が『匿っていた』のかはまだ分からないが…)

 

 

 

 

それは現時点では、砺波しか知り得ない真実の最奥の更に最奥。

 

一体どうして砺波が『そんなコト』を知っているのかはともかくとして。

 

 

 

(だが…やっとこれで、天城君は全ての真実を知ることになるのだろう。)

 

 

 

 

アマギ ユーラが消えたことによって、これでやっと【決島】の時に劉玄斎が言っていた『真実を語る資格』が『逆鱗』には与えられた。

 

いや、真実を語る時が来た…語らねばならぬ状況が来たと言った方が正しいか。

 

…先の『邪神』との戦いに打ち勝った…いや、もう一人のアマギ ユーラとの戦いに打ち勝った天城 遊良には知る権利がある。そしてユーラが消えたことによって、劉玄斎には真実を言う資格が…いや、遊良へと真実を伝える『義務』が、これによって生まれたのだ。

 

 

…これより先は、真実の最奥の更に奥の、当事者である『逆鱗』の口から語られることになる。

 

 

そんな他人には知り得ないソレを、人知を超えたから【化物】だからこそ見通せてしまえる遠い目で…

 

砺波は、どこまでも深い溜息を1つ零したのだった―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回、「閑話―劉玄斎、前編」





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