遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep107「翼」

―それは、『何か』の蠢きだった。

 

人間が触れてはならない領域。人間が感じてはいけない存在。

 

存在そのモノがただの空虚で、存在そのモノがただの虚無。

 

…音を消し、心を消し、命そのモノを消してしまう純粋なる『消滅』の化身。

 

あまりに虚ろで、あまりに虚空な、あまりに暴悪な泡沫の根源。その神性は直視した者の心を、直接削り取っていくような絶望を誰しもに抱かせるのか。

 

その蠢きの余波に触れただけで、霊園の木々が次々と粒子となりて『消滅』していくその光景は…

 

この存在から駄々漏れている、ただ純粋なる『消滅』の力そのモノ―

 

 

 

 

【邪神イレイザー】レベル10

ATK/ ?→4000 DEF/ ?→4000

 

 

 

 

 

―『アイツヲ消ス力ヲヨコセェェェェェェェェェェッ!』

 

 

 

 

 

その叫びによって霊園に降臨したのは紛れもなく、この世のモノとは思えないほどの悪意を纏っている、歪なるも蠢く『消滅』の神威であった。

 

 

 

「な…なんだよ、コレ…」

 

 

 

そして、ユーラが繰り出したソレを目の当たりにして…遊良が思わず、無意識に後ずさりしてしまったのを一体誰が責められようか。

 

…ソレほどまでに『邪神』の圧は強大で、ソレほどまでに『イレイザー』と叫ばれた存在の神威はこれまで遊良が対峙してきたどの存在をも超えている。

 

その蠢きを一目見ただけで心が消されていくような…その姿を一目見ただけで存在が消されてしまいそうな…

 

そんな、形容し難い不安感が沸々と湧き上がってくるような、まるで抵抗することすら許されずに『消滅』させられそうになる神の威圧が目の前の『邪神』から駄々漏れにされているのだ。

 

…一体、【邪神イレイザー】とは何なのか。

 

何やらルキの持つ『赤き竜神』と、同じような感覚だけは遊良も辛うじて理解できるものの…これ程までの圧倒的な圧力を感じてしまうのは、きっと遊良が実際にこの神と対峙しているが故なのだろう。

 

…伝わってくるのは、この神が司る『消滅』の力。

 

しかし、それ以外の何もかもがわからない…

 

思考を巡らす端からその全てを『消されて』しまうようなその感覚は、『邪神』と対峙している遊良から何もかもを奪い去ってしまいそうな威圧となりてどこまでも妖しく蠢くだけで…

 

 

 

「こ、この感じは間違いない…同じだ…や、奴の繰り出した『邪神』と…」

 

 

 

また、ソレと『一度だけ』対峙したことのある鷹矢だけは…目の前に現れたソレの正体に、いち早く理解出来てしまった。

 

そう、鷹矢は…鷹矢だけはこの存在と『同種』のモノと対峙したことがある。

 

それはきっと、この世界においては鷹矢だけなのだろう。少なくとも有史以来で、おそらく初めてソレと対峙したのは世界中探しても天宮寺 鷹矢のみのはず。

 

…鷹矢が対峙したのは、この『消滅の神』と同種の『恐怖の神』。

 

しかし、釈迦堂 ランが持っていたあの【邪神ドレッド・ルート】と同種のモノを、一体どうしてアマギ ユーラが繰り出せたのか。

 

そんな事など鷹矢には全く持って検討もつかず、それでいてこの混沌とした場では鷹矢が零した『核心』に迫るそんな言葉も誰にだって伝わることもなく。

 

 

 

しかし…

 

 

 

「ハァ…ハァ…グッ…ァ…アァァァァァァァァァァァァアァァァァァァァァァアァァァァァァァアッ!」

 

 

 

邪神を召喚したユーラの方も―

 

その代償はタダでは済まず。決闘市の人々を消し去ってしまったのと『同じ』モノが…そう、邪神を呼び出したアマギ ユーラの体から、決闘市の人々が消えていったのと同じ重光が…『赤い粒子』が、霧散し始めたのだ。

 

…しかし、一瞬で人間が消滅したアレほどの勢いでは無いにしろ。それでも、呼び出した主であるはずのユーラの体が消えていきそうなのは一体どうしてなのだろう。

 

 

 

「お、お前、その体…」

「ウルセェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエ!ウォォォォォォォォォォォォォオ!【邪神イレイザー】、【獣神機王バルバロスUr】ヘ攻撃ィィィィィィィィイ!」

「ッ!?」

 

 

 

けれども、ソレに対し問答をする余裕など遊良もユーラにもありはせず。

 

そのままユーラは、呼び出したばかりの邪神へと向かって今ここに高らかに―

 

 

 

 

 

「消エ去レェ、ジェノサイド・ディオガブラスター!」

「さ、させるか!罠発動、【メタバース】!デッキから【チキンレース】を発動する!」

 

 

 

―!

 

 

 

瞬間、寸前、咄嗟、刹那。

 

狂い狂ったユーラの叫びと同時に、邪神の口から放たれた消滅の重光の波動が見えない壁に阻まれて―

 

それは遊良がデッキより発動した、【チキンレース】の効果による戦闘ダメージ軽減効果。

 

そう、いくらこの戦闘による邪神からのダメージが200で、いくらLPが残るとは言え…それでも、神よりの一撃はほんの少しでも受けてはいけないと…そう、遊良は判断したからこそ。

 

バルバロスUrの破壊は免れなかったものの、しかしそれ以上に邪神からのダメージを『受けてはいけない』と感じたが故の判断であり、結果的に切り札の1枚は破壊されてもなお、どうにか遊良はダメージを受けず。

 

 

しかし…

 

 

『命』だけは守れた状況にホッと胸を撫で下ろす感覚を覚えたのも束の間。

 

…邪神の攻撃が直撃した、【獣神機王バルバロスUr】のカードが―

 

 

 

 

消滅、していく―

 

 

 

 

 

「なっ、カ、カードが!?」

 

 

 

 

あまりに衝撃的な光景に、思わず動揺を隠せない様子を見せる遊良。

 

…当たり前だ。

 

何しろ、邪神の一撃によって直撃を受けた【獣神機王バルバロスUr】が、カードごと跡形もなく消滅してしまったのだから―

 

…一応、戦闘破壊され墓地に送られたという状況だけは成立しているとは言え。それでも獣の機王が消滅してしまったその光景は、遊良からすればあまりにショッキングなモノであったに違いないはず。

 

そう、自分のカード、それも切り札足り得る1枚が、邪神の攻撃をその身に受けカードごと消されてしまったというその事実は…

 

邪神を前にしている遊良に、更に酷い恐怖心を与えたにまず間違いなく。

 

 

 

(ヤバイ…あのモンスターは本当に…)

 

 

 

…だからこそ、遊良は理解してしまう。

 

今の一撃は、本当に受けてはならない一撃だったのだ…と。

 

もしほんの僅かでもダメージを喰らっていれば、いくら200のダメージとは言えとんでもない衝撃が襲いかかって来ていたのではないだろうか。

 

それだけではない。あの『消滅の神』の放った赤い重光のブレスの、その余波でも掠っていれば…今頃自分は、ユーラと同じく体の端から霧散してしまっていたはず…

 

もし、あんなのを…ダイレクトで、喰らってしまえば―

 

遊良の心に浮かび上がるは、払拭しきれないそんな思い。

 

走馬灯にも似た高速化したその思考は、まさにこの攻防が遊良にとって『生き死に』を左右するモノであったという証明となりて…

 

 

 

「なんなんだよソレは!その『邪神』ってのは一体…」

「ウルセェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!」

「ッ!?」

「喚クナ!足掻クナ!抵抗スルナァァァァァァァア!オマエハ消ス!オレノコノ手デェェェェェェェェェエ!」

 

 

 

けれども、遊良の声など聞く耳持たず―

 

狂い狂ったユーラの叫びは、邪神の呼応に反応して更にどこまでもその激しさを増していくばかりではないか。

 

飲み込まれていく…あまりに激しい、邪神が織り成すその悪意に―

 

そのまま、攻撃宣言を終えたユーラは…

 

消滅の神の咆哮に合わせるように…否、『邪神』の咆哮に従うように。

 

更にその叫びを、激しく轟かせるのみ。

 

 

 

「ウォォォォォォッ!邪神ヨ、マダ足リナイ!マダ、コノ程度デハ!モット、モットダ!モット『力』ヲヨコセェェェェェェェェェェッ!【貪欲な壷】ヲ発動ォ!カリスライム、クリオルター、キャンドール、ペンシルベル2体ヲデッキへ戻シテ2枚ドローッ!【チキンレース】ノ効果デLPヲ1000払ッテ1枚ドロー!【トレード・イン】発動!【輝神鳥ヴェーヌ】ヲ捨テ2枚ドローッ!」

「なにっ!?」

 

 

 

そんなユーラが巻き起こすはドローの嵐。自分がバカにしていたはずの、遊良を模した連続のドロー。

 

そう、連続して行われる、何の脈絡も無いカード達を組み合わせて行われるソレは紛れもなく…遊良が得意とする、メインデッキの無理矢理な回転と同じモノにも見える行動ではないか―

 

何の因果か、邪神の力によって増幅された怒気を纏いて行われるユーラのソレは奇しくも遊良と同じデッキ回しとなりて、遊良と同じ所作にて連続のドローを行い続ける。

 

…まぁ、遊良であればそのドローの嵐は、本来であればメインフェイズ1に行っているとは言え。

 

それでも、本能を駄々漏れにしながら行っているかのようなそのデュエルはまさしく、『あまぎ ゆうら』という人間のデュエルの本質がまさにソレなのだと言わんばかりに…

 

―狂ったように、暴れるように。

 

どこまでも激しく、ただひたすらにカードをドローし続けるだけ。

 

 

 

「マダダァ!【星呼びの天儀台】発動ォ!【竜姫神サフィラ】ヲデッキノ下に戻シ2枚ドロー!【闇の誘惑】モ発動ォ!2枚ドローシ【魔神儀-ブックストーン】を除外ィ!」

「こ、こいつ…まだ、こんなドローを…」

「グッ…ァ…っ…はぁ…はぁ…ぐっ…こ、これが代償だ……命を削り、邪神に身を食われ…そうしなければオレは…『あまぎ ゆうら』ってのは本来この程度なんだよ!オマエだってそのはずだろ!なのに、なのになんでオマエは平然とこんな真似が出来る!なんでオマエだけが決闘学園に入学できた!どうしてオマエなんかが【黒翼】や【白鯨】に師事出来るっていうんだぁぁぁぁぁぁぁあ!グッ…ウッ…ウォォォォォォォォオッ!2枚目ノ【闇の誘惑】発動!2枚ドローシテ【デーモンの降臨】ヲ除外ィ!…タ、ターン…エンド…」

 

 

 

ユーラ LP:2600→1600

手札:3→3枚

場:【邪神イレイザー】

伏せ:なし

 

 

 

そうして…

 

妖しく蠢く『邪神』を呼び出し、連続のドローと共にターンを終えたユーラの姿はまさしく満身創痍。

 

消滅を司る神を場に呼び出した代償か、その体からは赤い重光がまばらな粒子となりて少しずつ霧散し始めており…

 

連続したドローを繰り返したその体は、無茶を押し通しているかのようにして疲労困憊な姿となっている。

 

…それはユーラの一連の行動が、己の力量を超えた行動となっていたことの紛れも無い証明なのか。

 

『邪神』の召喚も、連続のドローも。そのどれもが、ユーラの器には収まりきらない分を超えた行動とでも言わんばかりに…

 

デュエルも、そして自分自身も。今にも崩壊してしまいそうな危うさを滲ませながら、ふらつく足取りでユーラは自らのターンを終えるだけ。

 

 

 

…そんな満身創痍なユーラの姿を見て、遊良は一体何を思うのだろう。

 

 

 

ユーラが歩んできた道筋も、その人生に何があったのかも遊良は知らない。

 

また、Ex適正を与えられなかったという、神に見放されているはずの『あまぎ ゆうら』の人生において。一体、どうしてユーラが『邪神』という神の力を持っているのかも…遊良には、微塵も検討もつかず。

 

…ユーラは言った。『あまぎ ゆうらとは本来この程度』…と。

 

ユーラが文字通り身を削って見せたあのドローの嵐は、遊良からすれば日常茶飯事。それが自分の力なのだとして、これまでずっと磨き続けてきた、遊良のデュエルの根幹とも言えるデッキ捌きがすなわちあの形。

 

しかし、ユーラはそれすら否定した。それは自分よりも世界の『真実』を知っているであろうユーラの、遊良には知りえぬ『あまぎ ゆうら』の真実でもあるのだろうが…

 

…けれども、それでも『邪神』を目の前にして。

 

まだ遊良も戦意自体は失っておらず。遊良がこの場に立てているのは、偏に目の前に立つアマギ ユーラというデュエリストが自分と比べてもなお未熟な部分を残すデュエリストであるからなのか。

 

…対峙しているだけで、あの『消滅の神』の危うさはひしひしと伝わってくるものの。その使い手自体が力を御しきれずにふらついているのならば、まだ自分は立ち向かえるのだ、と…

 

まだ、遊良もそう思えているが故に…

 

 

 

(…あの【邪神イレイザー】がとんでもなくヤバイ奴だってのは分かる…で、でも、アイツの調子があんなだったら…まだ、付け入る隙はある!)

 

 

 

遊良とて、突如目の前に現れた『邪神』が人知を超えた厄災であることを本能で理解しつつも。

 

それでも、ここで引くわけには行かないのだと―

 

己を鼓舞し、心を奮わせ。切り札の1枚を消滅させられた動揺を、無理矢理にでも抑えながらも…

 

どうにか『邪神』に立ち向かおうと、自らのターンを迎えようとするのみ。

 

 

 

 

 

 

 

しかし―

 

 

 

 

 

 

 

「…俺のターン、ドロー!」

 

 

 

 

 

遊良が、ターンを迎えてすぐに…

 

 

 

 

 

邪神が…

 

 

 

 

 

 

 

吠える―

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

遊良 LP:2000

手札:2→3枚

場:【ダーク・アームド・ドラゴン】

魔法・罠:【冥界の宝札】

フィールド:【チキンレース】

 

 

 

 

「なッ!?タ、ターンが勝手に!?」

「神ノ前デ足掻ケルト思ウナ屑野郎!ウォォォォォォォォォォォォッ!オレノタァァァァン!ドロォォォォォォオッ!」

 

 

 

自らのターンを迎えてすぐに、なぜか強制的に終了してしまった遊良のターン。

 

それは『邪神』の咆哮に、遊良が怯んでしまったが故の強制的なターンの終了なのだろうか。

 

…デュエル続行の意思がない者に、デュエルディスクが強制的にターンを終了させる現象はしばしば確認されている事例だとは言えども。

 

それでも、立ち向かう意思を見せていた遊良のターンが強制的に終了させられたことはどうにも説明がつかない。心を折られていない遊良のターンが、勝手に終了することなど本来ありえてはいけない現象だと言うのに…

 

これではまるで、デュエルディスクが『邪神』の意思に従ったかのようではないか―

 

いくらユーラの力量に付け入る隙があろうとも、行動することを許されなければ遊良とて何も出来ない。

 

そんな今の遊良のターンの終了は、コレ以上無いくらいの同様を遊良へと与えつつ…

 

 

 

「オカシインダヨォ、オマエナンカガ生キテル事自体ガァ!【儀式の下準備】発動ォ!デッキカラ【闇の支配者との契約】ト【闇の支配者-ゾーク】ヲ手札ニ加エ、ソノママ儀式魔法【闇の支配者との契約】発動ォ!手札ノ【終焉の王デミス】ヲ生贄二ィィィィィィイ!」

 

 

 

ユーラの怒気を、更に上昇させるだけで―

 

 

 

 

「レベル8、【闇の支配者-ゾーク】ヲ儀式召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【闇の支配者-ゾーク】レベル8

ATK/2700 DEF/1500

 

 

 

現れたのは、暗黒世界を統べる覇王。

 

『邪神』の悪意と同調せし、異世界に君臨するその暗黒闘気を駄々漏れにし…

 

破滅へと誘う危うさを纏いて、どこまでも不気味に闇に佇む。

 

 

 

「全部…全部全部間違ッテルンダヨ、オマエノ世界ハ!【闇の支配者-ゾーク】ノ効果発動ォォォォオ!ダイスロォォォォォォルッ!」

 

 

 

そして…

 

運否天賦に身を任せる、破滅への効果が天に舞う。

 

それは天運に愛された者でもないと迂闊には使用出来ないような、一種のギャンブル性を帯びた効果ではあるものの…

 

…しかし、怒り狂ったユーラの声に同調するかのようにして。

 

今一度、『邪神』が天に吠えた…

 

その、結果は―

 

 

 

「ダイスノ目ハ『4』!【ダーク・アームド・ドラゴン】ヲ破壊スル!」

 

 

 

―!

 

 

 

デュエルディスクが判定するはずのダイスの目すらも、邪神がコントロールしているのではないかと思えるほどに。

 

ユーラが叩き出したのは最善の目、それも『死』を連想させる『4』の目を鈍く妖しく光り輝かせ、その威光を遊良へと向けて見せ付けるのか。

 

…いくら遊良の場のモンスターが【ダーク・アームド・ドラゴン】の1体だけで、ユーラは『6』以外の目を出せば良いだけだったとは言え。

 

それでも万が一という可能性があるデュエルにおいては、おいそれと発動できない効果に何の恐れもなく…

 

ユーラはそのまま、激しく攻撃を命じるのみ。

 

 

 

「クタバレェ!【闇の支配者-ゾーク】デ奴ニダイレクトアタック!」

「くそっ!攻撃宣言時に手札の【アンクリボー】の効果発動!【アンクリボー】を手札から捨てて、墓地から【モザイク・マンティコア】を特殊しょうか…」

「無駄ダァァァァァア!」

 

 

 

―!

 

 

 

【イービル・ソーン】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 300

 

 

 

また、遊良の意に反し。

 

そう、『邪神』の咆哮と共に、遊良の宣言に反して場に現れたのは【モザイク・マンティコア】ではなく…

 

他に墓地に存在していた、異なるカードの1枚であって。

 

 

 

「なっ!?今度は【イービル・ソーン】が勝手に!?」

「言ッタハズダ!神ノ前デ足掻ケルト思ウナァァァァア!【闇の支配者-ゾーク】ヨ、ソノ雑草を蹴散ラセェ!」

 

 

 

―!

 

 

 

そのまま成す術なく破壊される、遊良の場に現れた【イービル・ソーン】。

 

…魔人の手刀、閃光の一撃。

 

一応、ギリギリでの悪あがきなのか。遊良の場に特殊召喚された【イービル・ソーン】も、守備表示であったことが幸いし…どうにか遊良も、LPを減らさずにはいられた。

 

けれども、ターンのスキップに続いて宣言とは異なるカードが勝手に現れた今の現象は、いくらデュエルディスクによる判定だとは言えども奇怪すぎる現象ではないか。

 

…これではまるで、不可侵領域であるはずのデュエルディスクの判定すらも遊良の不利に働いているかのよう。そんな説明のつかない今の状況は、デュエルの流れや行動すらも『邪神』が全て支配していると錯覚するほど。

 

…相手に抵抗を許さない威光。相手にデュエルをさせない怒号。

 

その『消滅の神』の轟きは、例え誰であろうとも自由にデュエルすることを許していないかのようでもあり…

 

…『邪神』と、ユーラと。

 

それぞれの激しい叫びが歪に交わり、今にも周囲一帯全てを消し飛ばしてしまいそうな危うさを駄々漏れにし続けているその姿はまさに一触即発、爆発寸前。

 

…遊良の守りの手を、ギリギリまで消費させるその勢いはまさに悪魔の如し。このままでは、『邪神』の攻撃はいずれ確実に遊良を消し飛ばしてしまう事に違いなく…

 

 

 

そして―

 

 

 

「マダ足掻ク意思ガアルノカ!ケドコレデ終ワリダァァァァァア!【邪神イレイザー】デ天城 遊良ニ攻撃ィ!」

 

 

 

今、更に激しく。

 

残りの遊良のLPの数値である2000と、同じ攻撃力となっている『邪神』へと向かって…

 

ユーラは、再び『邪神』に攻撃を命じ―

 

 

 

「消エ去レェ!ジェノサイド・ディオガブラス…」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!墓地の【ネクロ・ガードナー】のモンスター効果ぁ!コイツを除外し攻撃を1度だけ無効にぃ!」

 

 

 

―!

 

 

 

否―

 

それでも、足掻く―

 

遊良の墓地から飛び出した、1体の戦士が勇敢にも『邪神』の攻撃の前に立ちはだかったかと思うと…消滅の波動を纏いし赤い重光なるブレスを、その身全体で受け止め始めて。

 

…今の遊良の切羽詰った表情は、とても攻撃力『2000』程度のモンスターの攻撃を喰らう者の慄き方では断じてない。

 

そう、攻撃力なんて関係ないのだ―

 

『邪神』の攻撃力が増減していることにも、今の遊良は気付いてはいない。いくら『邪神』の攻撃力が増減しようとも、『邪神』の攻撃自体を喰らってしまった瞬間に全ては終わり。『邪神』の放った重光のブレスが、もし直撃してしまえば…

 

その瞬間に、遊良は文字通り『消滅』してしまうのだから。

 

 

…それを、誰に説明されるまでもなく遊良は理解しているからこそ。

 

 

闇に隠れた『邪神』の効果を読み取ることも遊良には出来ず、それ以上に『邪神』の威圧の前に今にも潰されてしまいそうになる体をどうにか支えながらも…

 

ギリギリで…そう、自分に残されたギリギリの所で。ユーラの激しさに気圧されつつ、遊良もまた必死になって喰らい付き続けるだけで…

 

 

 

しかし…

 

 

 

(どうすればいい…もう手がない…も、もしまたターンがスキップされたら今度こそ…)

 

 

 

意気消沈。これで遊良は、用意した全ての守りの手を使いきってしまった。

 

そう、【ネクロ・ガードナー】は先のターンの最後に、【手札断札】で墓地に送っておいた最後の防御札だった。『邪神』の咆哮によって、前のターンに行動を許されなかった遊良が用意できていた…

 

ソレは正真正銘、遊良にとっての最後の守り、最後の砦であったのだ。

 

…けれども、『邪神』の攻撃を食い止めた【ネクロ・ガードナー】までもが。

 

『邪神』の波動の攻撃の、その重光の余波によって…

 

カード自体を、消滅させていくではないか。

 

 

 

「ッ、【ネクロ・ガードナー】まで消えて…触れちゃ駄目なのかよ…ど、どうすれば…」

 

 

 

どうにか『邪神』の攻撃を止め、どうにかLPと共に命を守れたとは言え。それでも遊良とて疲労困憊、満身創痍。

 

全ての守りの手を使いきってしまい、そして満足に行動すらさせてもらえないこの状況は、遊良にとっては最悪どころではなく…

 

 

 

「マダ足掻クカ、コノ出来損ナイノ屑野郎ガァァァァァァア!………グッ!?タ、ターン…エ、エンドォ…」

 

 

 

ユーラ LP:1600

手札:4→2枚

場:【邪神イレイザー】

【闇の支配者-ゾーク】

伏せ:なし

 

 

 

触れても駄目、足掻いても駄目。ターンを迎えることすら許されず、例え足掻こうとしても自分の意思とは異なる動きとなってしまうカードの流れをこれ以上どうすればいいのだろうか。

 

…遊良に浮かぶは、絶望にも似たそんな感情。

 

こんな戦いは、これまで体験してきたどの苦境にも当てはまらない。それ程までに苦しい今の状況は、デュエルにすらならないという絶望となりてどこまで遊良の心に切羽詰った逆境を与え続けていて。

 

…あの『邪神』の前では、きっと次の自分のターンも成す術なくスキップされてしまうことだろう。

 

それを、容易に想像できるからこそ―

 

もしまた次のターンも強制的にスキップされてしまえば、もう遊良には打つ手がない。

 

…このままでは、次のターンに確実に『邪神』の攻撃は自分を直撃してしまうことだろう。もしそんなことになってしまえば、消滅の神の力によって自分はきっと跡形もなく光の粒子となりて霧散してしまう…

 

…それは以前の敗北の時に、自分の全てが『消滅』していく感覚を一度味わっているからこその遊良の恐怖。

 

あの時はどうして消滅せずに生き残ったのかをまだ理解出来ていないとは言え。それでも、存在が消されていくあの絶望と…

 

そして虚無に誘われるあの恐怖を再び味わうのではないだろうかという気持ちが、どこまでもどこまでも遊良へとにじり寄ってくる。

 

 

 

(どうすればいい…い、一体どうすれば…)

 

 

 

このまま無策でターンを迎えるわけにはいかない。そんなことは遊良にだって分かってはいる。

 

けれども、何とかしたくても…もう、手がないのだ―

 

ドローフェイズのドロー以外に、自分は行動が許されてはいない。そんなデュエルにもならない棒立ちの状況で、ただ消滅させられるのを待つなんて遊良からしても絶対にしたくはないはずだと言うのに。

 

…何か…何か手はないのか。ただ消されるなんて冗談じゃない。どうにか出来ないか、何か策はないのか…

 

ターンを迎える前に、ソレを必死になって考える遊良。それは幼少期の【黒翼】との修業や、これまでの【白鯨】との修業によって培われた高速化した思考の成せるギリギリまで生きる悪あがきでもあるのだろう。

 

…Ex適正を持たない自分は、他人より深く深く考えることでここまで生き残ってきた。

 

その経験からか、恐怖と絶望の板ばさみの心の中であっても―

 

その中の切り離した別領域にて、遊良は足掻きにも似た高速思考を止めずにただひたすらに考え抜く。

 

考えて、考えて…

 

高速化の中で、この思考を止めてしまえばその瞬間に自分は終わり。だからこそ、ほんの少しの希望、小さなキッカケでも何でもいいから何か手は無いのかと、遊良は脳をフル回転させ高速思考を繰り返し―

 

そして―

 

 

 

「お、おい!どうしてだ!どうしてお前はそんなに全てを消そうとしてるんだよ!」

「…ア?」

 

 

 

ほんの少しでもいい…怒り狂ったユーラへと、会話を試みようとしてそう問いかける必死な遊良。

 

…それはあまりに見苦しい悪あがき。デュエルに関係のない盤外の閃き。

 

けれども、会話が出来れば少しは怒りが逸れるだろうと…

 

ソレが淡い期待であろうとも、ほんの少しだけでも気を逸らせればチャンスが生まれるのではないかという希望的観測を遊良は持ちながら。遊良は、ユーラへと向かってそう声を放ち…

 

 

 

「さっき見えたあのイメージ…あれはお前の記憶だったんだ!鷹矢が焼け死んだシーンと、ルキが刺し殺されたシーン…あれは…お前が体験した…だ、だったら尚更おかしいだろ!い、いくら鷹矢とルキがこ、殺されたからって…今『ここ』には、鷹矢とルキはちゃんと生きてるのに!なのにお前はそんな世界ごと消そうとして…」

「ウルセェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエッ!」

「ッ!?」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

しかし、叶わない。

 

 

 

「全部…全部偽物ナンダヨォォォォォォォオ!オマエノ世界ハ全部全部全部ゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 

 

 

怒り狂ったユーラの怒号が、『邪神』の叫びと相まって更に激しく遊良を貫く。

 

…会話も、説得も、声をかける行為そのモノが無駄。

 

キレたユーラに、少しでも冷静さを与えようと『鷹矢』と『ルキ』の名を出したと言うのにも関わらず…

 

 

 

(だ、駄目だ…は、話が通じない…)

 

 

 

そのまま、ユーラの怒りと狂乱は遊良の声を皮切りに、更にその激しさを増していくばかりではないか。

 

…しかし、それは考えてみれば当たり前。

 

数々の絶望を味わった先に、ユーラは世界に復讐するために『ここ』に現れたのだ。そんなユーラが、あろうことか遊良に『弱い』とまで言われ、その身を投げ出す覚悟を持ってして『邪神』を召喚したと言うのだから…

 

今、ここで。まだ会話が出来るのではないかという淡い期待など、遊良が抱くことすら『邪神』の前ではありえない事に違いなく―

 

 

 

 

 

…会話が出来ないのならば、もう本格的に遊良に取れる手立てはない。

 

 

 

 

 

打つ手なし、万策尽きた。

 

このままでは、『邪神』の意思のままに成す術なくただターンをスキップされ…抵抗も許されぬまま、遊良が『消滅の神』に消されてしまうことは最早必至とも言える運命。

 

…逃れられぬ消滅の定め、納得できない敗北の取り決め。

 

これでは、ユーラの怒りをその身に受けることこそが遊良の決まっている運命なのだと言わんばかりに…

 

この寂しき霊園に、『邪神』がただただ吠え続けるだけで…

 

 

 

…一体、どうしてこんな事になってしまっただろう。

 

 

 

遊良には、ユーラの怒りがわからない。ユーラがなぜ自分にこんなにも怒り狂っているのかも、鷹矢とルキを失った後にユーラに何があったのかも…

 

そんな、何もかもわからないまま消されるなんて遊良からしても冗談じゃない事であるはずだと言うのに。しかしそんな理不尽をあまりにも激しく押し付けてくるユーラの圧に、遊良は現状何も出来ないまま呆然と立ち尽くしているだけ。

 

…もう、全て諦めるしかないのだろうか。

 

Ex適正がないと周囲に知られた幼少の頃に、その存在自体を否定されていた頃と今は似て居る。

 

そう、他人に『生きる事』すら否定されていたあの頃と、ユーラから存在を否定されている今の現状はあまりに酷似しているとさえ遊良は感じてしまっている様子。

 

…ユーラの言っていた、『ひとつ前』の意味すらわからないままとは言えども。それでも、他の誰でもない『自分自身』すらこれ以上自分が生きることを否定してくるのならば…

 

本当に、天城 遊良という人間はこれ以上存在して居ること自体が間違っているとさえ遊良は思ってきてしまっていて―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダカラ『オマエ』ヲ消シテ、『鷹矢』ト『ルキ』モ消シテヤルンダ!偽物ノ『鷹矢』ト『ルキ』モ!オレノ目ノ前デ死ンダ『鷹矢』ト『ルキ』ガ生キテルナンテ奇怪シインダヨォォォォオッ!」

「………え?」

「殺ス!コンナ偽物ノ『鷹矢』ト『ルキ』ナンテ、存在シテル事自体が奇怪シイ事ナンダ!ダカラ殺ス!『鷹矢』ト『ルキ』モ殺ス!コノオレノ手デェェェェェェェェェエッ!」

 

 

 

まるで、『邪神』に乗っ取られたかのように。

 

狂乱の最高潮に達したユーラが、己の手でここにいる『鷹矢』と『ルキ』も消すと…

 

 

 

 

 

自分の手で、鷹矢とルキを『殺す』と…

 

 

 

 

 

ユーラが、そう叫んだ…

 

 

 

 

 

その直後―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよソレ…」

「…ア?」

 

 

 

 

 

 

…今の今まで、『消滅』を受け入れようとさえ思っていたその弱った思考から一転。

 

 

 

 

 

『邪神』の唸りに呼応して、叫ばれたユーラの言葉に遊良は一体何を思ったのか…

 

 

 

 

 

今まで『邪神』に気圧されていた、ターンを迎えることすら戸惑っていた遊良が…

 

 

 

 

 

「…今…はっきりわかった…お前なんか…鷹矢とルキを殺そうとしてるお前なんか…」

 

 

 

 

 

そう、ユーラの怒気に圧され、どうにもならなかったはずの遊良が震えながらデッキに指をかけたかと思うと…

 

 

 

 

 

 

遊良のデッキが…

 

 

 

 

 

 

遊良、自身が―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前なんか…お前なんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊良と、デッキが―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前なんか俺じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

光り、輝く―

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺のターンッ!ドローッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―引いた、カードは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【堕天使の追放】発動ォッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

眩き一瞬の輝きと共に、邪神の圧を跳ね返しカードの発動を宣言した遊良。

 

 

 

 

 

そして、宣言したそのカード名は紛れもなくかつて遊良が使っていた『あの』―

 

 

 

 

 

 

『堕天使』のカードで―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナッ!?ダ、堕天使ダト!?何故ダ!ドウシテ神ノ前デ動ケ…」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ッ!?」

「俺はデッキから【堕天使スペルビア】を手札に加える!続いて【トレード・イン】を発動ッ!スペルビアを捨てて2枚ドロー!そして今引いた【堕天使イシュタム】の効果発動!手札の【堕天使アムドゥシアス】と共に捨て更に2枚ドロー!【闇の誘惑】も発動!2枚ドローして【堕天使アスモディウス】を除外ぃ!」

 

 

 

 

 

ユーラの怒りを更に上回る、遊良の怒りが天を裂く。

 

そしてその怒りに応じるように、次々と遊良の手には失ったはずの『堕天使』のカード達が集ってくるではないか。

 

…しかし、一体どうして失ったはずの『堕天使』の力が今ここに蘇ったのか。

 

しかも、失う直前に全く言うことを聞かなかった『堕天使』の効果も、怒りのままに発動させる姿から察するに完全完璧に蘇っている様子。

 

…『堕天使』が消えた理由も蘇った理由も、その詳細を知る者は今この場には誰もおらず。

 

しかし、唯一つだけ確かなことは…

 

今確かに、確実に。遊良に、『堕天使』が再び集っているという、ただソレだけ―

 

 

 

「何故ダ!?ド、ドウシテ動ケ…」

「知るかンな事ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!【堕天使の戒壇】発動!墓地から【堕天使スペルビア】を蘇生し、その効果で【堕天使イシュタム】も呼び覚ます!羽ばたけ、2体の堕天使達よ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【堕天使スペルビア】レベル8

ATK/2900 DEF/2400

 

【堕天使イシュタム】レベル10

ATK/2500 DEF/2900

 

 

 

そうして遊良の場に羽ばたくは、その美しき翼をより一層強く羽ばたかせた異形の堕天使と魅惑の堕天使。

 

怒りと共に、叫びと共に…

 

遊良の叫びに呼応して天高く羽ばたくその姿は、失う前よりも更に荘厳さを増しているかのような雰囲気を纏いて、何にも怖れることなく邪なる神に立ち向かうのか。

 

 

 

 

そう…

 

 

 

ユーラの怒りの理由とか、『ひとつ前』の意味とか、『正史』とか存在の否定とか。

 

そんな『どうでもいい事』なんて、難しくゴチャゴチャ考えることなんてなかったのだ―

 

ユーラの轟く激情を、激怒をもって凌駕する。

 

遊良に必要だったのはただそれだけの事。ユーラが怒り狂って威圧してくるのならば、ソレを上回る怒りと共に圧を返せばそれで済む話…例えソレが、『邪神』の圧と混ざりて襲ってこようとも。ユーラ本人の『圧』を更に上回るほどの『圧』で押し返せば、必然的に遊良にターンは巡ってくるという…ただ、それだけ。

 

 

 

今…大気を揺るがす遊良の怒号は、ユーラの怒りを完全に弾き返した。

 

 

 

それは紛れもなく、今の遊良は『邪神』に怖れを抱いていないと言うこと。

 

そしてそれ以上に、ユーラの怒りの根源も『正史』や『ひとつ前』という意味のわからない世界の真実も何もかも…

 

今の遊良にとっては、微塵も『どうでもいい事』と言うことであって―

 

 

 

 

 

「堕天使!?ねぇ、戻ってる!遊良に堕天使が戻ってるよ!」

「うむ!」

 

 

 

また、後ろから聞こえる鷹矢とルキの声を聞いて。

 

更に、心に強い感情を遊良は覚える。

 

 

 

そう…誰が許せるものか―

 

 

 

鷹矢とルキを傷つける者は、例え誰であろうと許せるわけがない。

 

遊良はそうして生きてきた。遊良にとって、鷹矢とルキは何にも変えがたい大事な存在。

 

しかも、けれども、あろうことか―

 

鷹矢とルキを『殺す』と、そんなふざけた事を抜かしたのがまさか、まさか、まさか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あまぎ ゆうら』であるなんて…

 

 

 

 

 

遊良が、許せるわけがない―

 

 

 

 

 

 

「鷹矢とルキを殺すなんて冗談でも言うんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!【堕天使イシュタム】のモンスター効果発動ぉッ!」

 

 

 

 

 

世界を揺るがす激しき叫び、獣の範疇を超えた雄叫び。

 

大気を震わす遊良の声が、虚空を劈き雲を割る。

 

そして遊良の叫びが届いたのか、または遊良自身が自分とユーラは『違う存在』なのだということを、はっきりと堕天使達に分からせたためか。

 

失った『あの時』とは違い、ユーラと戦っているというのに堕天使達の力は確かに遊良へと戻っていて。

 

 

…堕天使が蘇り、勢いを吹き返し。

 

 

目の前で蠢く邪なる神をまるで意に介さず…

 

遊良は、更に高らかに吠え続けるのみ。

 

 

 

「お前なんか俺じゃない!俺はアイツとは違う…俺は…『俺』はここにいる俺一人だけだぁぁぁあ!【堕天使イシュタム】の効果により、俺はLPを1000払って墓地の【堕天使の追放】の効果を得る!【堕天使ルシフェル】を手札に加え、【堕天使の追放】をデッキへ戻す!」

 

 

 

果たして…

 

そう叫ぶ遊良の声に応えるようにして、天に舞う魅惑の堕天使の表情が以前のフードの男とのデュエルの時とは違う事に…この場に居る者達の誰かが、気が付けただろうか。

 

…いや、誰も気付けるはずがない。

 

堕天使達が欲しかったのはその『言葉』。

 

以前のデュエルで、堕天使達が遊良に従わなかったその理由。それは『邪神』…いくらソレが邪なる存在であろうとも、『神』に見放されたデュエリストであるはずの『あまぎ ゆうら』が、『神』の力を所持しているという事象を…堕天使達は、決して許しはしなかった。

 

『神』に飲まれた『アマギ ユーラ』と、存在を『同じく』している者などに自分達は従わない。

 

まるで、そう言わんばかりに姿を消していた堕天使達が…今ここへ来て、完全にユーラを否定した遊良の下へと還ってきたのはおそらく…いやきっと、いや確実に『そういう』ことなのだろう。

 

…そう、あくまで黒き翼持つ者達が主と認めている者は、この世界においては神に反旗を翻す唯一つの存在のみ。

 

それは自らの希望、願望、切望、熱望、渇望、羨望、懇望の…

 

その一切の全てを捨て去る覚悟を、決意を見せた、この場にいる『天城 遊良』ただ一人だけなのだとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は2体の堕天使をリリース!」

 

 

 

 

 

遊良は、叫ぶ。

 

自分を見限った堕天使達に、己が主の姿を今一度刻み込むように。

 

 

 

 

 

「神に背きし反逆の翼、その姿を今ここに!」

 

 

 

 

 

遊良が、轟く。

 

堕天使達を失ってからも、多くの戦いで培った自分自身の力を…強く、堕天使達へと見せ付けるかのように―

 

 

 

 

 

「来い、レベル11!」

 

 

 

 

 

今、満を持して。

 

かつての己を超え、以前の自分とは比べ物にならない程に強くなった自分自身を、今ここに君臨させ。

 

『邪神』の…邪なる神の前であろうとも、押さえつけられないほどの怒号をこの霊園にて轟かせながら…

 

両親の墓の前で、更に己を超える宣言の元に遊良の呼び声に応えるのはまさしく―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【堕天使ルシフェル】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

その時…

 

 

 

 

 

天が、割れた―

 

決闘市全域を覆っていた曇天の、暗き雲が切り裂かれ。光芒差し込む空の果てより現れたるは、神聖とは真逆な漆黒なる者の唯一つの姿。

 

 

 

 

 

そう…

 

 

 

 

 

清廉なる天の光、それを遮る黒き姿。

 

世界の全てを消滅させんとする邪なる神を前にしても、決して引けを取らぬその佇まいはまるで神か悪魔か天使か人か…

 

儚くも憤るその姿は、天使と呼ぶにはあまりに混沌。しかして悪魔と呼ぶには、あまりに荘厳なる存在が禁忌を打ち破る反旗の翼を広げ、今ここに天空より降臨する。

 

 

その姿を、一体誰が見間違えようか…

 

 

それは邪なる神に立ち向かわんとしている、今の『遊良』の姿そのモノであって―

 

 

 

【堕天使ルシフェル】レベル11

ATK/3000 DEF/3000

 

 

 

「な…なンダこのモンスターは!オ、オレは知らナいゾ…オ、オレが、『オマエ』がこんなモンスターを持ッテいルなん…」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!」

 

 

 

―!

 

 

 

怒気に塗れていたはずのユーラの声を、更に押し潰すは完全にキレた遊良の雄叫び。

 

…それは怒号と波動の意趣返し。やられた事の完全なる仕返し。

 

今のユーラの戸惑う声の質は、『邪神』に飲まれていた時とはまるで違う。

 

そう、『堕天使』の再臨と、遊良の怒号に完全に押されたユーラの動揺は、彼と『邪神』との接続を切り離しかけているかの様ではないか。

 

 

 

「鷹矢とルキを死なせたお前なんか…鷹矢とルキを殺そうとしてる『お前』なんか絶対に『俺』じゃねぇぇぇぇぇぇぇえ!お前の場のモンスターは【邪神イレイザー】と【闇の支配者-ゾーク】の2体!【堕天使ルシフェル】のモンスター効果!アドバンス召喚成功時、デッキから【堕天使ゼラート】と【堕天使マスティマ】を特殊召喚ッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

【堕天使ゼラート】レベル8

ATK/2800 DEF/2300

 

【堕天使マスティマ】レベル7

ATK/2600 DEF/2600

 

 

 

だからこそ、動揺に塗れたユーラを意に介さず。

 

堕天の王の力によって、続けざまに遊良の場には血に染まったかのような真紅の装束を纏う赤衣の堕天使と…

 

白き獣のような堕天使が、その姿を現して。

 

 

 

「そして【冥界の宝札】の効果で2枚ドローッ!まだだ!【堕天使ルシフェル】の更なる効果!デッキからカードを3枚墓地へ送る!墓地に送られた『堕天使』カードは3枚!よって俺はLPを1500回復し、速攻魔法【ツインツイスター】発動!手札を1枚捨てて【チキンレース】と【冥界の宝札】を破壊する!」

「ッ!?」

「これで『邪神』の攻撃力はルシフェルと並んだ!行くぞ、バトルだ!【堕天使ルシフェル】で、【邪神イレイザー】に攻撃ぃ!」

 

 

 

また、『怖れ』という名の闇に隠された『邪神』の効果…その攻撃力の神秘も、既に遊良は看破している。

 

それ故、神なるも邪な存在の【邪神イレイザー】の攻撃力を逆に利用し…ここへきて、遊良はなんの怖れもなく高らかに『神』へと戦いを挑むのか。

 

…召喚時のルシフェルの効果を使用せずに、【チキンレース】を自壊させ『邪神』の攻撃力を下回らせて攻撃する手だって遊良にはあった。

 

 

しかし、ソレをしなかったのは他でもない―

 

 

例え相討ちになろうとも、自分の『力』をセーブするのではなく…

 

現状における己の力の全てを発揮し、『邪神』の力のその全てを真正面から受け止め、ぶつかり、拮抗し、そうして全ての力を持ってして『打ち破る事』こそがこの状況下において『真』に『邪神』を『倒す』ことなのだと…

 

そう遊良が判断したからこそ―

 

 

そう…

 

 

この世界における、『神を倒す』というその『意味』を、堕天使の導きにより直感的に『真』に『正しく』理解した遊良の判断だからこそ―

 

 

 

「神だろうがぶった斬れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!」

 

 

 

今ここに、『邪神』へと向かって堕天の王が天に舞う。

 

その手に握られしは二振りの劒。神に反旗を翻す、堕天使の王のみが持つことを許される人知を超えた二振りの宝剣がそれぞれ闇の光を眩く放ち…

 

…神をも殺す禁忌の剣、しかして神域に届き得る唯一つの闇の力。

 

そんな、神聖なるも神性からは余りにかけ離れた剣を…神域を壊す、神威を断ち切る、神をも殺す力を、堕天の王は高々に掲げながら―

 

 

 

 

「背徳の一閃、バニッシュ・プライドォォォォォ!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

ぶつかる…

 

 

 

 

 

消滅を司る邪なる神と、神に反逆する堕天の王が。

 

…蠢く邪神に果敢に挑み、凄まじき剣撃にて神を切り裂くその様はまさに反逆。

 

例えソレが邪なる神であろうとも、『神』に立ち向かう堕天使の進撃はまるで神話の戦いの様でもあり…

 

 

 

 

…そして、人の命の気配の無い決闘市の霊園にて。

 

 

 

 

今…

 

 

 

 

ここに…

 

 

 

 

 

 

 

 

消滅を司る『邪神』の首が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地に、落ちて―

 

 

 

 

 

 

 

「ばっ、馬鹿なぁ!?か、神があんなモンスターと相討ちになるだなんて!?」

「これで『邪神』は消えた!いや、倒したんだ!続けて【堕天使ゼラート】で…」

「だ、だけど【邪神イレイザー】が破壊されたこの瞬間、神は最後の効果を発動する!フィールドの全てのカードを破壊する………でもそれだけじゃねぇ!オマエも…そこの鷹矢とルキも!全部全部吹き飛ばしてやる!オレも、この世界から完全にぃ!」

「なっ!?」

 

 

 

しかし…

 

例え歪でも神は『神』―

 

その力は、例え死しても抑えきれるモノではない。

 

特に神の力によって実体化しているこのデュエルにおいては、全てを『破壊』する効果とはすなわち…周囲の物『全て』を、実際に巻き添えにしてしまう実物の破壊となってしまうのだ。

 

しかも、司る力は『消滅』の力―

 

ただの物理的破壊とはワケが違う。粒子となって消えた人々の姿や、余波で霧散していった周囲を見ればわかる通り…

 

【邪神イレイザー】の力に触れたモノは、例え如何なるモノであろうとも粒子となりて文字通り『消滅』してしまう。

 

…そんな神の最後の力を、ユーラは自分も巻き添えになってしまうことを微塵も厭わずに宣言するのか。

 

 

 

 

 

「神は全てを消し去るんだよぉ!お前も…この世界の鷹矢とルキも!この世界も全部全部全部ぅ!全部消し去ってや…」

 

 

 

 

 

 

 

けれども…

 

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

 

 

 

 

「やらせるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!手札の【堕天使テスカトリポカ】の効果発動ぉ!こいつを手札から捨てることで、堕天使達を破壊から守る!」

「なっ!?」

 

 

 

 

 

『邪神』の断末魔を遮るは、全てを飲み込む邪神の『闇』を、確かに切り裂く革命の業火。

 

…十字に燃える天使の篝火、しかして聖なるモノではない堕天使の灯火。

 

そんな消滅の波動を確かに食い止めるのは、これまた遊良の手に蘇った悪魔の様な堕天使の姿で…

 

…さらにソレは、『神』に反逆する堕天使であるからこそなのか。

 

『消滅』を司る邪まなる神の、逃れられぬ消滅の力の波動を受けたと言うのにも関わらず。

 

悪魔の様な堕天使はその実体も、そして『カード』自体も消滅することなく存在し続けているではないか。

 

…神の力に押し返されることなく、堕天使達を『消滅』の波動から守り続ける悪魔のような見た目の堕天使。

 

それはどこまでも神に反旗を翻す者の姿となりて、堕天使達を神の力から守っていて。

 

 

 

「け、けどそれじゃ偽物の鷹矢とルキは守れやしない!消えろぉ、この偽物がぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

だが、問題は更にその後―

 

 

 

堕天使達は堕天使に守られる。しかし、周囲は守りきる事などできない。

 

 

 

堕天使達が前にいる遊良はまだしも、このままでは鷹矢とルキが―

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ、あれ?生き…てるの…?」

「…うむ…」

 

 

 

 

 

静かに…

 

ゆっくりと目を開けた鷹矢とルキは、自分達がまだ存在を保てている事に気がついた。

 

しかし、ソレは『邪神』の効果が不発に終わったわけでは断じてない。抉れた大地と、消滅してしまった墓石が紛れもなく『邪神』の消滅の力が炸裂した事を物語っている。

 

…ならば、一体どうして鷹矢とルキは無事でいられたのか。

 

そして、鷹矢とルキが正面へと目を向けた…

 

そこには―

 

 

 

 

 

 

 

「ぬ!?こ、これは…」

「え…黒い…は、羽?」

 

 

 

 

 

 

 

片方で、鷹矢とルキを守るように―

 

片方で、自分の身を守るようにして―

 

 

 

 

 

目を向けた鷹矢とルキの眼前…

 

 

 

 

 

神に立ち向かう、『遊良の背』から…

 

 

 

 

 

 

 

 

2枚の、大きな『黒い翼』が生えていた―

 

 

 

 

 

 

 

「な…なんだその翼は…オ、オマエェ!オマエはオレと同じで、ただの人間のはずだろぉ!な、なのになんで生き残って…な、なんでオマエも鷹矢もルキも…オ、オレも、生きて…」

 

 

 

また、遊良が完全に『邪神』の消滅の力を受け止めたことで…邪神の力が分散し、ユーラも消えずに済んだのか。

 

しかし、今の遊良の姿をその目に映した事で、これまで以上にその動揺を強くしたようにして声を荒げ始めるアマギ ユーラ。

 

…当たり前だ。

 

『ひとつ前』の世界を消滅させた『邪神』の力の事はユーラもよく理解している。だからこそ、今のコレは止められるような力では断じてなかったはず。

 

つまりデュエルの中で『邪神』が破壊されたと言う事は、今まで溜めに溜めた『消滅』の力が爆発的に解放されると言うこと。それはすなわち解除不可能の二重の罠、強き者であればあるほど逃れられぬ消滅の定め。

 

そう、『邪神』に教わったからこそ―

 

ユーラは、自分までもが消えることを承知で破滅への衝動にその身を委ねようとしていた。

 

けれども、一体どうして天城 遊良はソレを止められた―

 

ソレがユーラにはどうしても分からない。神の波動を受け止め凌ぎ切ったあの『堕天使』は何なのか。神に反逆の意思を見せるあの堕天使達とは一体何なのか。一体どうして鷹矢とルキが原形を保てたのかも、一体どうして遊良の背から翼が生えたのかも、一体どうして自分も消滅しなかったのかも…

 

それが、ユーラには分からない。今のユーラには、遊良も堕天使も何もかもが分からないままで―

 

 

 

「…え?…あ、な、なんだこれ…つ、翼?」

 

 

 

また、あまりに動揺し過ぎているユーラを他所に…遊良もまた、自らの身に起きた現象に対し意味も分からず混乱を見せていた。

 

…これは紛れもなく『翼』。しかも自分の背から『生えて』いる。

 

感覚的に、ソレを理解してしまう遊良。しかし、まるで堕天使のモノのような漆黒の『翼』が自分の背から生えているだなんて、突然のこと過ぎて遊良にも理解が追いつかず…

 

 

 

そうして…

 

 

 

…まるで、ソリッド・ヴィジョンのように。

 

遊良の2枚の大きな翼は、次第に透けて消えていき…

 

 

 

「ねぇ鷹矢!い、いま、遊良の背中から黒い羽生えてたよね?」

「うむ。」

「な、なんだったんだ今の翼…」

 

 

 

鷹矢も、ルキも…当然ながら、遊良本人も今の現象をよく理解できていない。

 

そう、誰が理解出来るモノか―

 

今、遊良の背から生えていた巨大な黒き2枚の翼のことを…神の消滅の波動、決闘市の全ての人間を消してしまった赤き重光と同じ位のプレッシャーを放っていた、消滅の邪神の断末魔の波動を防いだ堕天使によく似た漆黒の翼の事を…

 

未だ何も知らぬ未熟なままの『今の彼ら』の、誰もが理解できるはずもなく。

 

 

 

 

けれども…

 

 

 

「不思議だ…遊良に『堕天使』が戻った瞬間…俺には、完全に奴が遊良には見えなくなった。いや、奴が『邪神』を召喚した時からそんな感じはしていたのだが…」

「…うん、なんかわかるかも…」

「やはり、遊良は一人だけだったと言うことか………いや、違う。ここにいる『俺達』にとっての遊良は、やはり『俺達の遊良』だけなのだ。奴にとっての俺達は…」

「もう死んじゃってるから…だから、あっちの遊良はああなっちゃったって事?」

「…うむ。」

「でもさ…それって…」

「うむ…」

 

 

 

今の遊良と、そしてユーラを見比べながらそう呟いた鷹矢。

 

そして、その言葉が理解出来るのだと言わんばかりに続くルキもまた、遊良を見た後にどこか悲しげな目をユーラへと向け始める。

 

…先ほどまでは鷹矢でさえ曖昧になっていた『遊良』と『ユーラ』の違いが、今ではハッキリし過ぎている程に今の鷹矢とルキには分かってしまう。

 

ソレは遊良が、ユーラとの違いを完全に証明したからか。それとも、ユーラがハッキリと『今』の鷹矢とルキが『偽者』だと言ったからなのか…

 

…しかし、それは果たして鷹矢とルキにとっては幸なのか不幸なのかどちらかなのだろう。

 

自分達にとっての『遊良』を理解出来てしまうことが、ユーラの狂いの原因を理解してしまった事に繋がることを…鷹矢とルキも、理解してしまうからこそ…

 

 

…鷹矢も、そしてルキも。

 

 

あれだけハッキリと遊良だと認識出来ていたユーラが、今の鷹矢とルキにはハッキリと別人だと言うことが理解出来てしまっていて―

 

 

 

そして…

 

 

 

「嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ!どうして『オマエ』程度が邪神に逆らえる!ただのバグのはずがどうして!どうして…オレの癖に…」

「ッ、ま、まだバトルは終わっていない!【堕天使ゼラート】でダイレクトアタックだ!」

「ッ!?」

 

 

 

動揺に忘れず、衝撃に気を取られすぎず。

 

『邪神』の余波でがら空きとなったユーラへと向かって、赤衣の堕天使が飛び上がる。

 

…抜きしその剣に纏うは、血塗れを連想させる真紅の迅雷。

 

そのまま、赤衣の堕天使はこの戦いに終止符を打つべく…

 

 

 

「真紅の断罪、バニッシュ・レヴィアァァァァァア!」

 

 

 

ユーラのLPを超える力を込めて、銀に煌くその剣を真っ直ぐに振り下ろし―

 

 

 

 

 

 

「や、やらせるかぁぁぁぁぁぁぁあ!手札から【バトルフェーダー】の効果発動!このカードを特殊召喚し、攻撃を無効してバトルフェイズを終了する!」

 

 

 

―!

 

 

 

【バトルフェーダー】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

いや…

 

…終わりは、しない。

 

どこまでも遊良が足掻いたように、ユーラもまた神を打ち倒された衝撃に我を忘れることもなく、最後の最後まで戦いを続けるつもりなのか。

 

…それはどこか悪あがきにも似た、持たざる者の必死な行為でもあるのだろう。

 

しかし、その必死さこそが紛れもない『あまぎ ゆうら』の証明。まるでそう言わんばかりに、ユーラもまた必死になって遊良へと喰らい付き続ける。

 

 

 

「まだそんなカードを…俺はこれでターンエンドだ。」

 

 

 

遊良 LP:2000→2500

手札:2→2枚

場:【堕天使ゼラート】

【堕天使マスティマ】

伏せ:なし

 

 

 

「く…」

 

 

 

先ほどまでとは一転。

 

今度はユーラの方が、あまりに苦々しげにその表情を曇らせていく。

 

…ターンを迎えたくてもその手は重く。『邪神』に飲まれていた時と比べても、あまりに小さく見える今のユーラの姿は怒ることすらも忘れたようにしてただ呆然と立ち尽くすしかないのか。

 

…そう、ユーラも気が付いている。

 

自分は、【邪神】に飲まれる事によってその力を跳ね上げた。その結果がアレだけのドローと威圧であり、それはEx適正を持たない『あまぎ ゆうら』という人間が強者と渡り合うだけの力を得るには、ソレだけの代償が必要だと言うことを。

 

…しかし、目の前に立つ『今の天城 遊良』は違う。

 

『神』に見放され、『神』を恨み…そして『神』への復讐の手段として【邪神】を利用した自分と、『神』に反旗を翻したまま強くなった目の前の男は、いくらDNAを同じくしていても『存在』その物が異なっている。

 

…アイツは自らの努力だけでアレだけの『力』を身につけた。自らの怒号だけで『邪神』の圧を跳ね除けた。

 

そして今、目の前の『天城 遊良』は自分の目の前で『神』を打ち破った―

 

得られたであろう『力』を捨て、その代償として得たはずの力を一度失ったというのに…ソレを再び掴み取り、到底到達できるはずの無かった地平に、アイツは自らの力のみで羽ばたいて『そこ』に足を踏み入れた。

 

そして、何をどうしたのかは理解できないが…『邪神』の最後の怒りの波動を、目の前のアイツはその身1つで受け止め、そして鷹矢とルキを守りながらその身1つで耐え切った。

 

それはまさか、Ex適正を持たない『あまぎ ゆうら』に、アレだけの可能性が秘められていたとでも言うのか―

 

だとしたら、自分はこれまで何をやってきたのか…自分のやってきた事も、自分の抱いてきた感情も、自分の行ってきた行為もその全てが無駄であったのか…自分も、アイツみたいに諦めなければ『あそこ』まで至れたのだろうか…

 

 

 

―そうしたら、自分も鷹矢とルキを失わずに済んだのだろうか…

 

 

 

そんな、どこまでも惨めな気持ちが今のユーラの中には渦巻き続けている。

 

遊良の姿を見て、遊良の行動を見て…今の自分が、どれだけ矮小な存在であるのかを、ユーラはひしひしと強く痛感している様子でもあり…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

 

「そ、それでもオレは…オレは今更戻れないんだよ!俺の所為で死んだアイツらの…鷹矢とルキの断末魔が、今もオレの耳からは消えないんだ!だから全部消し去る…オレは絶対に、全部消し去らないといけないんだ!偽者の鷹矢とルキも!オレにならなかったオマエも!全部全部全部ゥ!」

「…」

 

 

 

もう、後戻りなんて出来はしない。

 

自分の世界は終わってしまって、もう『次』が始まってしまっている事をユーラもまた理解しているからこそ…

 

自分が『ここ』へきた使命…導かれし『邪神』の意思によって、ユーラが出来るのは自分が終わらせた世界と同じく今のこの世界を消滅させることだけなのだから。

 

…悲痛な叫びに呼応して、さらに粒子化していくユーラの体。

 

もう長くは持たない…それは誰の目から見ても明らかな事であり、このままではいくらデュエルに勝利出来たとしてもユーラは消えてしまうに違いなく。

 

 

そんな、歪んだ心に至ってしまったユーラを見て…

 

 

対峙している遊良は一体、何を感じ何を思うのか。

 

…一つ間違えば、自分だって『こう』なっていたかもしれない…そうならない自負だって遊良には『ある』には『ある』とは言え、ユーラの言う正史…『あまぎ ゆうら』の決まっている運命とやらによれば、遊良にだって『こう』なっていた可能性の方も少なからず存在しているのだ。

 

けれども、遊良は『こう』はならなかった…

 

それは一体どうしてなのか。そんなこと、『今』の遊良には決して分かりえることでは無いとは言え。それでも自分だってユーラのように全てに怒り全てを憎む人間になっていたかもしれないという可能性を、遊良も少なからず考えてしまうからこそ。

 

とても…とても悲しい目で。遊良は、ユーラを見ているだけで…

 

 

 

「負けなんて認めるもんか…アドバンス召喚に逃げたオマエに!『正史』じゃないオマエなんかに!正しくない天城 遊良なんかにぃ!オレがこんな目に遭っているってのに、『堕天使』なんてモノを得て、鷹矢とルキが居て、生きる事を許されて呑気に笑ってるオマエなんかに!…み、皆から認められてるオマエなんかに、オレは負けちゃいけないんだ!絶対に!」

「…お前、まだ戦う力が…」

「当たり前だ!オマエを消して、そして『最後』のこの世界を消し去れば…そしたらもう全部終わるって!クソッタレな『世界』の奴も消えてしまうって『邪神』がそう言ったんだ!鷹矢とルキが死に続ける世界は終わるんだよ!だからオマエだけは…オレが、絶対に倒さなくちゃいけないんだ!オレの………タァァァァァン!」

 

 

 

―!

 

 

 

そうして、ユーラがカードをドローした刹那。

 

 

 

「…ッ!?」

 

 

 

そして、その瞬間…遊良の脳裏には、まるで走馬灯にも似た『記憶』の光景が流れ込んでくるではないか―

 

…いや、これは遊良の走馬灯などでは断じてない。

 

何しろ、この『記憶』は遊良のモノではなく…

 

流れ込んでくるのはユーラの『記憶』。例え異なる人間だとは言え、それでも遊良もユーラも『あまぎ ゆうら』だからこそ繋がったであろう、それはユーラの歩んできた記憶の断片。

 

遊良に見えるのは、ノイズ混じりの曖昧な光景ではなく…

 

鷹矢とルキを亡くした光景の、ハッキリとしたユーラの絶望。

 

 

 

―『生きろユーラ!お前だけは…死なせはしない!』

―『鷹矢!鷹矢ぁぁぁぁぁぁぁぁあ!』

 

 

 

燃え盛る業火に焼かれながらも、それでもユーラだけは助けた鷹矢の姿と。

 

 

 

―『…生き…て…ユー…ラ…』

―『嫌だ!し、死なないでくれ!ルキィ!』

 

 

 

血が止まらぬまま、鮮血に塗れてもなおユーラの身を案じ続けたルキの姿。

 

 

遊良に見えたのは、ノイズのないハッキリとしたそんな光景。

 

…炎に焼かれ焼死した鷹矢。胸を刺され刺殺されたルキ。

 

もしコレが本当に、ユーラの言う本来の『あまぎ ゆうら』に起こりえるべき『正しい出来事』なのだとしたら…

 

Ex適正が無いと宣告され、人々から忌避され、それでも傍に居てくれると言ってくれた鷹矢とルキを亡くす流れこそが天城 遊良の人生の奔流なのだとしたら、それは一体どれだけ悲しい人生だと言うのだろう。

 

…そして、遊良の目の前のアマギ ユーラは、ソレを確かに経験してきた人間。

 

だからこそ、流れ込んできたユーラの記憶を見て…遊良は、咄嗟に考えてしまう。

 

自分だって、ユーラと同じように鷹矢とルキを失っていたら…目の前にて喚くアマギ ユーラと同じように、世界に対し憎悪を抱いていた可能性が大きいだろう…と。

 

…それはあくまでも可能性の話だとは言え、遊良がそう感じてしまう程に鷹矢とルキを失ったショックはユーラにとっては大きな問題。

 

そう、遊良とユーラには相違点が多いとはいえ、それと同じくらい類似点は多い。だからこそ、ユーラと同じ目に遭っていたとしたら。遊良もまた、『こう』なっていた可能性の方があまりに大きいと言え…

 

 

 

そして―

 

 

 

「…やっぱり『お前』だけだ…『お前』だけがオレを裏切らない…オレに残っているのは、もう…」

 

 

 

ドローしたカードを見て、とても悲しそうに…そう、呟いたアマギ ユーラ。

 

 

 

そして、カードを一瞥した後に発動するのは…

 

 

 

 

 

「儀式魔法、【イリュージョンの儀式】を発動だ!【バトルフェーダー】を生贄にぃ!」

 

 

 

 

 

それはこれまで彼が発動してきた『儀式魔法』とは、どこか形質の異なったモノ。

 

これまで『高レベル』の儀式を行ってきたユーラの場に灯るは、その道筋とは真逆の光を点す『一つ』の命であり…

 

…ユーラの記憶を垣間見た、堕天使を駆る天城 遊良には理解できる。

 

そう、アマギ ユーラが呼び出そうとしている、そのモンスターこそ―

 

 

 

「儀式召喚!こい、【サクリファイス】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【サクリファイス】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

闇の中から降臨するは、真理を見通す異形の眼。

 

…悪魔よりもなお異質、悪霊よりもなお異物。

 

その形容しがたい異界の瞳は、遊良を見据えながら一体何を考えているのだろう…

 

 

 

「サクリファイス…やっぱり、ソイツがお前の…」

 

 

 

…その異形なる目から、遊良は目がそらせない。

 

そう、最初の戦いにてトドメを刺されたモンスターであること以上に、遊良には【サクリファイス】が抱いているであろうモノが感じ取れてしまうのだ。

 

遊良には何故か伝わってくる…【サクリファイス】が抱く、その感情が。

 

 

 

「ねぇ鷹矢…あの【サクリファイス】ってモンスター…なんか…すごく、悲しそうな目をしてる…」

「うむ…」

「なんでだろ…見慣れないモンスターのはずなのにさ、あの【サクリファイス】見てると…なんだか、こっちまで悲しくなってくるよ。」

「…うむ。」

 

 

 

また、本物の目では無いはずの、【サクリファイス】から伸びた異形の目は遊良を超えて『鷹矢』と『ルキ』も見つめていて。

 

それ故、伝わってくる…

 

鷹矢とルキからしても、【サクリファイス】というモンスターは初めて見るはずの、全く見慣れぬ異形のモンスターであるはずだと言うのに。

 

…それでも、鷹矢とルキは感じてしまう。

 

この土壇場に、まるでユーラを守るかのようにして現れた【サクリファイス】というモンスターが…

 

一体、『どんな存在』であるのかを―

 

 

 

「アレはバルバロスと同じだ。遊良にとってのバルバロスが、奴にとってのサクリファイスなのだろう。」

「じゃああのサクリファイスって…もしかしてずっとユーラを?ユーラと…私達を?」

「うむ…見てきたのだ。ずっと…ずっとだ。」

 

 

 

鷹矢とルキとて、他のモンスターでは絶対に感じ取れない微細なソレ。

 

それはまさしく、【サクリファイス】がユーラにとっての魂のカードであると同時に、遊良にとっての【神獣王バルバロス】と同じ立ち位置に存在しているモンスターであると言うことにまず間違いはなく…

 

そう、まるでカードが意思を持っているのではないかと錯覚するほどのその感覚は、使い手となるデュエリストの『全て』を『最初』から見てきたモンスターでなければ決して生まれない感情。

 

だからこそ、鷹矢とルキもまた遊良のデュエルをずっと見てきた者として…ユーラの【サクリファイス】が、どんな感情を抱いているのかが。どうしても、鷹矢とルキの二人には分かってしまうのだろう。

 

…それはきっと、かつて二人を救えなかった悲しみを『今』の鷹矢とルキに重ねているから。

 

そしてユーラを『こう』してしまった後悔を…【サクリファイス】もまた、感じているからなのか。

 

ここに居る鷹矢とルキが、ユーラの知る二人とは別の存在なのだとしても。それでも主の大切な存在へと向けたその物悲しさは、押さえきれぬ感情となりて…

 

現れし異形の目からは、見えぬ涙のようなモノが零れ落ち…

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

 

「オマエだけは絶対に…絶対に許すもんか!行くぞ、【サクリファイス】の効果はつど…」

 

 

 

 

 

それでも、デュエル続行の意思を崩さぬユーラの声によって。

 

今、【サクリファイス】はその異形の目を妖しく輝かせ始め―

 

 

 

 

 

 

しかし―

 

 

 

 

 

「【堕天使マスティマ】の効果発動。」

 

 

 

―!

 

 

 

妖しく輝くその光も…

 

淡々と宣言された遊良の声によって、遮られるのだった。

 

 

 

「LPを1000払い、墓地の罠カード、【神属の堕天使】の効果を得る。サクリファイスの効果を無効にし…このカードを、デッキに戻す。」

「なっ…」

 

 

 

遊良 LP:2500→1500

 

 

 

「そ、そんな…サクリファイス…お、お前までオレを…」

「俺のターン!ドロー!」

 

 

 

そして、自動的に。

 

そう、先ほどの現象と同様に、デュエルディスクが強制的にユーラのターンを終了させたかと思うと、自動的に遊良のターンを告げ始めて。

…それは戦う意思を完全に無くした者に、ターン続行は許されないということなのか。

 

しかし、一体どうしてデュエルディスクがそんな判定をユーラに下したのかはさておき。勢いよくカードをドローした遊良もまた、自分がドローしたカードを見ると…

 

静かに、何かを考え始め…

 

 

 

「…そうだな…この決着は、『お前』が着けないとな…」

 

 

 

そして、ドローしたカードを一瞥すると。

 

たった今ドローしたカードを見つめながら、遊良はゆっくりとその手を天へと掲げ―

 

 

 

「俺は2体の堕天使をリリース!」

 

 

 

今、遊良の宣言によって。2体の堕天使達がその身に纏うは、天に身を捧げるための神秘の渦。

 

…それは特殊召喚のモノではなく、紛れもなくアドバンス召喚のための代物。

 

そう、ユーラが【サクリファイス】を呼び出したのならば、この戦いの決着のために遊良の場に現れる存在など決まっている。

 

 

 

 

今、悲しき空気が充満する、故人の眠る霊園に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奮える大気、獣の咆哮と共に…

 

 

 

 

 

 

 

 

…それは、現れるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「来い、【神獣王バルバロス】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【神獣王バルバロス】レベル8

ATK/3000 DEF/1200

 

 

 

それは全てを破壊する咆哮などでは断じてない。

 

現れた獣の王が発するは、異形の目と同じく…どこか物悲しさを感じさせる、厳かなるも悲痛なる咆哮。

 

 

 

「バル…バロ…ス…」

 

 

 

だからこそ、遊良と対峙している、【サクリファイス】を駆るアマギ ユーラからすれば。

 

遊良が召喚したこの獣の王は、先の戦いにて彼が『ケダモノ』と言い捨てた、確かに見慣れぬモンスターであるはずだと言うのにも関わらず…

 

最初の邂逅のときに感じたモノとは、全く別のモノをその冷たい心に浮かび上がらせてしまっているのか。

 

 

 

「何で…何でオレをそんな目で見るんだ!ケダモノの癖に、一体どうしてそんな悲しい目でオレを見る!オレにとって、一体何なんだよ『お前』はぁ!」

 

 

 

それは、目の前で対峙してしまったからこそ理解してしまった…彼もまた、確かに本物の『あまぎ ゆうら』だからこそ理解出来てしまう、理解の追いつかぬ獣の感情。

 

果たして…

 

遊良との最初の邂逅で、『ケダモノ』だと言い捨て…そして何の戸惑いも無く屠った、取るに足らないはずの獣の王を見てユーラは何を感じたのか。

 

また、獣の王の方も。主と『同じ顔をした他人』を見据えながらも、一体何を思っているのだろう…

 

 

 

いや、獣の王が思うことなど、たった一つしかないはず。そう、その姿形が違えども、その種族が違えども、その効果が違えども…

 

 

 

その『魂』は違えども、きっと共に戦ってきた相棒にかける『思い』は異形の目と同じはずで―

 

 

 

「行くぞ…バトルだ!【神獣王バルバロス】!」

 

 

 

駆ける…獣の王がその足で、異形の眼へとその槍を向けて。

 

…【サクリファイス】がユーラのことをずっと守ってきたように、この【神獣王バルバロス】だってこれまでずっと遊良と共に戦ってきた。

 

だからこそ、主の『魂』が異なるモノであったとしても。それでも獣の王も、異形の目も、世界に見捨てられた幼い相棒をこれまでずっと守ってきた者同士。

 

姿形は違えども内に秘めたモノは同じ…

 

遊良もユーラも等しく『あまぎ ゆうら』だと言う事を、それぞれの存在が理解出来てしまうからこそ…

 

 

 

 

 

「アイツの…【サクリファイス】に攻撃!」

 

 

 

 

 

駆け続ける…

 

獣の王が、何の躊躇もなく。

 

各々それぞれ思惑はあれど、それでもこの戦いに一刻も早く終止符を打つべく。異形の目へと向かって、獣の王は力の限り駆けるだけ。

 

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

絶望の果てに、アマギ ユーラの『これまで』の全て見てきた異形の目は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天柱の崩壊、ディナイアー・ブレイカー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

今、『閉じられるはずのない』その目を静かに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かに、閉じたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ…ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーラ LP:1600→0

 

 

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…風が、吹いていた。

 

日も落ち、完全に闇に染まった霊園に。

 

それは今の今までここで激しいデュエルが行われていたとは到底思えない程に穏やかな、しかして戦いの激しさを物語るほどに厳しい冷たさを纏った静かな風。

 

そして、そんな静かな風の吹く霊園の中で…

 

 

 

「…オレは………オレはどうすればよかったんだ…どうしてオマエが上手くいってて…オレが…こんな目に…」

「…知るかよ、そんなこと…」

 

 

 

へたり込んでいるユーラを、遊良が見下ろしていた。

 

…今ここに、決着はついた。

 

ポツリとそう零すユーラの体からは、赤い粒子がゆっくりと天に立ち昇っているのが見てわかり…

 

意気消沈。敗北によって完全に己が分からなくなってしまっている今のユーラの姿は、あまりに痛々しいモノとなりて霊園の空に消えようとしているかのようではないか。

 

果たして…

 

そんなユーラの姿を見下ろしながら、遊良が考えるのはどのようなことなのだろう。

 

ひとつ道を間違っていれば…いや、『あまぎ ゆうら』という人生を『正しく』進んでいれば、確実に遊良だってこうなっていた。

 

だからこそ、ユーラからのその問いには遊良だって正しい答えなんて出せるはずもなく。

 

『今』の自分は間違っている存在なのか…だとしたら、今こうして鷹矢とルキが居てくれる自分とは一体どんな存在なのか…

 

けれども、世界の仕組みも、世界の謎も、そして自分自身すらも何もかもが分からない遊良だからこそ。

 

遊良は、へたり込んだままのユーラへと向けて…

 

ユーラから問いかけられた、正しい答えなどないその問いへ向けて遊良は…

 

 

 

「けど…」

 

 

 

静かに…

 

一呼吸、置いて…

 

 

 

 

 

「俺なら…俺だったらどんな目に遭ったって鷹矢とルキは絶対に見捨てない…鷹矢が焼け死ぬ運命だっていうなら、俺も鷹矢と一緒にその場で焼け死んだ………ルキが刺し殺される運命だっていうなら、どんな手を使ってでもルキだけは庇うか…ルキと一緒に、刺し殺されて死ぬ………俺だったら…『俺』だったら。例え二人に生きろと言われても、自分一人だけ生き残るなんてしない…………絶対に。」

「あ…」

 

 

 

それが遊良の出した答え。

 

例え鷹矢とルキが自分を『生かそう』としてくれたとしても、それでも鷹矢とルキをただ死なせるなんて自分はしないという…

 

それは依存という言葉では表しきれない、世界に見放され続けてきた遊良だからこそ抱くことを許される究極完全の自暴自棄。

 

…『堕天使』の力を得ることになった謎の男との戦いの時だって、二人に『逃げろ』と言われても遊良は逃げなかったのだ。

 

だからこそ、鷹矢とルキの命を貰ってまで生き続けはしない。だったら、鷹矢とルキと一緒に自分も死ぬ…

 

『今』の遊良が出したのはそんな結論。鷹矢と、ルキと。二人と共に生き、二人と共に死ぬと…そう、誓っているからこそ…

 

遊良は、どこまでもユーラを見下ろしたままで…

 

 

 

 

「あ…あぁぁ…」

 

 

 

鷹矢とルキが遊良に近づき…そして、ユーラを見る。

 

そんな、遊良に寄り添う鷹矢とルキを見上げながら…

 

ユーラは、一体何を思うのか。

 

 

 

 

「や、やめろ…やめてくれぇっ!恨んでるのか!?オレの所為で死んだから、オマエらを助けられなかったからって、オ、オレを恨んでるのか!?」

 

 

 

喚く…

 

自我を失った狂人のように。

 

 

 

「だ、だってお前たちが言ってくれたから!オ、オレに生きろって…お、お前たちがそう言ったからオレは!」

 

 

 

騒ぐ…

 

間違っていると思いたくないのに、自分が間違っているのだという現実を突きつけられた子どものように―

 

 

 

「やめろぉ!鷹矢!ルキぃ!…そ、そんな目で…」

 

 

 

 

 

今、戦いに敗れたユーラが…

 

 

 

 

アマギ ユーラが、粒子となりて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな目でオレを見るなあぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

―あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…

 

 

 

 

 

消える…

 

『ひとつ前』から来たというアマギ ユーラが、赤い粒子となって消えていく。

 

それは彼が選んだ代償。邪なる神の司る『消滅』の力を行使した彼の身に降りかかる、逃れられぬ最後の運命の…その、代償。

 

…ユーラだって、どこかで違う選択を選んだら『こう』はならなかったのだろうか。

 

そんな事など、今この場にいる遊良にも鷹矢にもルキにも…誰にも、絶対に分かる事はないのだが。

 

すると、ユーラが消滅していく光景を見てしまって…

 

ルキが、泣き崩れてしまって。

 

 

 

「…なんでルキが泣いてんだよ。」

「だ…っで…ひぐっ、ゆ、遊良が…遊良がもしこ、こうなってたら…っで…思、うど…」

「…アイツは俺じゃない。もし俺が道を間違っていたとしても…俺は絶対に、アイツみたいにはならない。」

「…うむ。アイツは最後に言っていた…俺とルキに、『恨んでいるのか』、と。………馬鹿な男だ。例え何があろうとも………例え世界の全てが敵に周り、遊良の所為で世界が滅ぶことになろうとも。それでもこの俺だけは絶対の絶対に遊良を恨むことなどあるはずがない…世界でただ一人、この俺だけは遊良を憾むことなど無い………遊良を怨むなど、絶対に『無い』というのに。」

「鷹矢…」

「だからどうでもいいのだ。ソレがわかっていなかった時点で、アイツは絶対に遊良ではない………ただの…………………ただの、どうでもいい『別人』だ。」

 

 

 

しかし、泣き崩れるルキを他所に。

 

こんな場面を目の当たりにしたというのに、鷹矢の表情は相変わらずの鉄仮面で…全く変わらずその場に立って、ユーラが居たところをただ見下ろしているのみ。

 

…遊良ではないアマギ ユーラ…彼が『正史』と呼んでいた彼の人生を、鷹矢は知らない。

 

そうして、鷹矢は『いつもと同じ』に聞こえるトーンで…静かに、その口を開いて。

 

 

 

「どうでもいい有象無象にすぎん赤の他人が消えたところで俺は何も思わん。所詮は…どうでもいい奴の、ただの自業自得だ。」

「…だったら、なんでお前も泣きそうな顔してんだよ。」

「しておらん。」

「してるって。」

「しておらん。」

「してるって!」

「しておらんと言っているだろうが!」

「………そうかよ。…わかった、じゃあ…そういう事にしておいてやる。」

「…うむ。」

 

 

 

…誰の目にも、今の鷹矢の顔は表情の無い鉄仮面だというのに。

 

遊良の目には、きっと今の鷹矢の表情の変化がはっきりと見えているのだろう。

 

いくら『他人』からは鷹矢に表情が無い様に見えたとしても、鷹矢自身には思うところがきっとあるはず。

 

それ故、遊良にしか読み取れない鷹矢の表情は彼が何を思っているのかをいとも簡単に遊良へと伝えている。

 

…遊良が最初に堕天使を得た『あの時』、鷹矢もまた遊良の身を案じて真っ先に遊良を逃がそうとした。

 

ゆえに、鷹矢には『わかって』いる。ユーラと共に居た自分も、『焼け死ぬ』その時だってきっとユーラの身を案じ…

 

ユーラが助かった事を誇りに思い、ユーラの命だけを思い…

 

ユーラを恨むことなく、死んだのだろう…と、言うことを。

 

鷹矢にとって、遊良とはそう言う存在。それはこの世界だろうと、違う歴史だろうと、『正史』であろうとも。

 

だからこそ、鷹矢にはわかっている…いや、確信がある。天宮寺 鷹矢という存在が、いかなる歴史においてもどのような思いを抱きどのような行動をとったのかを…

 

それ故、『アマギ ユーラ』がこうして『暴走』してしまったことに対して…遊良と最も一緒に過ごしてきた自負のある鷹矢が、何も思わないなんて絶対に無いのだから。

 

…鷹矢のそんな感情を、静かに感じ取った様子の遊良。

 

そして、ユーラが消えたその場所から…

 

遊良は、ふと『1枚』のカードを拾い上げ…

 

 

 

「…俺とは違うカードを選び、俺とは違う人生を歩んだアマギ ユーラ…でも、確かにアイツも…」

 

 

 

…遊良は見つめる。

 

ユーラが赤い粒子となって消えてしまったその場に落ちていた、ユーラのデッキであった散らばったカード達の中から、『1枚』のカードを。

 

すると、そのぼろぼろになったカードを拾った瞬間に…

 

流れ込んでくる…

 

『誰か』の、記憶が―

 

 

 

―『行くぜたかや!デュエルだ!』

―『うむ!きょうこそはオマエとサクリファイスにかってみせるぞ!』

―『無駄だっての!オレとサクリファイスに勝てるわけないだろ!今日もオレ達の勝ちに決まってるって!』

―『わらわせるな!おれもあたらしいカードをジジイにもらったのだ!これだ、【生贄封じの仮面】!これさえあれば、きょうこそまけるのはおまえたちのほうだぞ!』

―『は!?おいなんだよそのカード!くそっ、ズルいぞたかやの癖に!』

―『なにをいう!そっちこそかちこしているからといってちょうしにのるな、ゆーらのくせに!』

―『もー!デュエルの前からケンカしないの二人とも!』

 

 

 

「ッ…」

 

 

 

見えたのは幼少の頃の彼の光景。

 

それはきっと、拾い上げたその『1枚』の最も幸せだった頃の―

 

 

 

「アイツも…確かに生きてきたんだ。俺とは違うカードを選んだ『ひとつ前』のアマギ ユーラ…まだよく理解出来ないけど…確かに俺とアイツは別人だけど…でも…それでも、アイツも確かに『あまぎ ゆうら』だったんだ。鷹矢とルキと一緒に生きた…アイツも…」

 

 

 

Ex適正を持たないと宣告され、全てが狂い始めたあの日から確かに遊良もあらゆる物を奪われ続ける人生を送ってきた。

 

…だからこそ、遊良には分かる。

 

ユーラもまた、どんな人生を送ってきたのかが。

 

 

 

―!

 

 

 

突風が吹く…

 

雨をまとって天に吹き抜ける突風が、地に散らばったユーラのカード達を天へと運んでいく。

 

遊良が持った『1枚』以外のユーラのカード達を、まるで後を追わせるかのように天へと運んでいき…

 

それと、同時に―

 

 

 

「ねぇ…あれってさ…」

「あぁ…これできっと、決闘市の皆も元に戻るはずだ。…そんな気がする。」

「…うむ。」

 

 

 

…夜が訪れた空に見えるは無数の流星。

 

それがおそらく、決闘市の人々の魂だと言うことが何故か遊良達には理解出来る。

 

…それは『邪神』を倒したが故の理解なのか。

 

消滅を司る邪なる神を倒した事によって、消滅したはずの決闘市の人々の魂が蘇り還っていくと思われるその光景は…

 

どこまでも美しき流星群のようになりて、いつまでも決闘市の方へと降り注ぎ続け…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、光景の中で―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お見事でした、天城 遊良。」

「ッ!?」

 

 

 

遊良たちの背後から、急に『誰か』の声が聞こえてきた。

 

 

 

そこには―

 

 

 

「お、お前は!?」

 

 

 

そこに居たのはありえない人物。

 

 

浅黒い肌、漆黒の髪…

 

それは遊良が知る、『あの女性』によく似た、しかし『あの女性』よりも確実に若く見えるあの―

 

 

 

 

 

 

 

「なんでお前がここに居る、釈迦堂 ユイ!」

 

 

 

 

 

 

―釈迦堂 ユイ

 

 

 

夏ごろに決闘学園イースト校に転入してきた謎の少女が…

 

 

 

 

 

突如、姿を現したのだ―

 

 

 

 

 

 

 




次回、遊戯王Wings

ep108「終息と真相」




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