遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

10 / 119
ep9「閑話ー砺波 浜臣 前編」

―いつでも脳裏に浮かぶ、苦々しい記憶。老いとともに、一緒に消え去ってくれたらどんなに楽になれるだろう。もう結構な年数が経つというのに、今でも簡単に思い出せてしまうのがとても辛い。

 

世界最高峰の決闘者の一人に数えられ、シンクロ召喚において並ぶ者などいない、まさに、王者【白鯨】と称えられた。

 

歴戦を戦い抜き、輝かしいタイトルをその手に掴み、彼の【黒翼】・【紫魔】と並ぶ、シンクロ召喚の王者と呼ばれ君臨していた頃。そう、まさしく王者であったのだ。

 

挑んでくる若者を派手に降し、圧倒的な力の差を見せつける。支えてくれるファンには手厚く接する。そうすることで、自分の存在が世界に認められることが、年甲斐もなく、他の何よりも嬉しかったから。

 

―栄光に包まれていた。少なくとも、あの時までは。

 

物語は、一度過去へと遡る…

 

 

 

―…

 

 

その日、【王者】として25年目の節目を迎える少し前のこと。自身が持つタイトルに、歴代最年少の「天才」と名高い挑戦者が挑んでくる、少し前のとある日のことだ。朝早くからの電話で、妻に起こされたばかりの砺波は不機嫌な声で電話に出た。それはきっと、電話を渡してきた妻の機嫌も悪かったからだろう。

 

 

「…はい、お電話変わりました…」

『砺波…浜臣さん…ですよね?』

「…はい、そうですが…どなたでしょう?」

 

 

それは、とても聞き覚えの無い声だった。とても若く、まだ大人になりきれていないであろう少女の声。自分の娘よりも遥かに若い声だったが、しかし一体、こんな声の主が自分に何用だと言うのだろうか。

 

心当たりもない砺波は、妙な胸騒ぎと不信感を抱きながらファンの一人かと考えもしたが、そもそも自宅の番号を知っていることがなんとも怪しい。一方で、そんな雰囲気を察したのか、声の主である少女は一呼吸置いて続ける。

 

 

『あぁ失礼…天宮寺 鷹峰さんからこの番号をお聞きしたもので。』

「鷹峰から?…それで、私になんの御用でしょうか?申し訳ないのですが、今は少々忙しくしておりまして…御用でしたら来週以降にしていただきたく思うのですが。」

 

 

まさかあの傍若無人な男にこんな女性と関係があったことにも驚いたが、現在自分は大切な戦いを控えている身。自身の節目ということも相って、現在業界は賑わっている最中。こんなことで変な噂が広まってしまうのは面倒だし、そもそも今日とてこれから仕事がある。温和な口調ではあったが、はっきりと断る意思を押し出して話を切ろうとする砺波。

 

しかし、それに食い下がるように少女も続ける。

 

 

『存じております。こんな早朝に電話をかけたのだから、今なら確実にあなたは自宅にいると思いました。…実は砺波さん。あなたと是非決闘がしたくて。世界最強のシンクロ使いと名高い【白鯨】のあなたに。』

「デュエ…」

 

 

すると、あろうことかこの少女は【白鯨】の自分とデュエルがしたいと申し出てきたのだ。いや、もしプロデュエリストだったら、この自分が現役であり続ける限りいずれどこかで合間見えることが出来るだろうが、それと異なり一般人とデュエルをする機会はほぼ無いに等しい。

 

だからこその申し出なのかとも思ったが、それにしては些か失礼極まりないのではなかろうか。いくら鷹峰の知り合いだとしても、プロとして、一つの召喚法の王者として君臨しているのだ。二つ返事で、はい良いですよ、と受けるわけにはいかない。

 

 

「…あの、ええと、なにゆえ私が…?あの、そういう事は事務所を通して正式にしていただかないと…」

 

 

まぁそう言った所で、事務所を通しても戦えるとは思えないが。何せ多忙極まりない身だし、次のオフだって早くて1か月後。とてもこの少女だけを特別扱いなどは出来ない。

 

しかし、次の瞬間、少女の口から思いもよらない言葉が飛び出し、砺波は思わず自分の耳を疑った。

 

 

『…そうですか。いえ、そういうことが必要なら別にいいのです。憐造さんと鷹峰さんに勝ったので、今度は砺波さんと、と思っただけですから。また日を改めて…』

「…はい?い、今なんと?鷹峰と憐造に…か、勝った?」

 

 

―それは、到底信じられない話だった。

 

まさか、こんな少女に【黒翼】と【紫魔】の、あの二人の王者が敗れたなど。

 

天宮寺 鷹峰の実力は言うに及ばず、紫魔 憐造もあの紫魔本家の長であるというのに。その実力は、同じく王者の自分がよく知っている。仲の悪さは置いておいても、長い歴史を共に戦ってきたのだから。

 

歴戦の二人が、まさかこんな少女に敗れるとは到底思えない。しかし、さも当たり前のようにそれをやってのけたと言う、少女の迷いの無い言葉も笑い飛ばすことが出来ないでいる自分がそこに居た。ただデュエルを取り付けるためだけにつく嘘にしては、いささか大仰すぎる。常人ならば恐れ多くてそんなことはいえないだろう。

 

半信半疑の砺波ではあったが、思い返してみればこの少女、電話越しとはいえ全く恐縮していなかった。少なくともデュエルに関わる者で、王者相手にまるで知人と話すかの如く接する人間などあったことがないというのに。

 

 

『…えぇ。先日お相手いただきまして。とても楽しい勝負でした。』

「そ、そうですか…。」

『しかしさすがに【白鯨】と名高いお方。ご多忙極まりない時期に無茶なお願いをすみませんでした。では、私はこれで…』

「あ、あの、お名前は!?」

 

 

そういって、電話を切ろうとした少女を呼び止める砺波。これではどちらが頼んでいるほうか分かった物じゃないと思いながらも、名を聞かずには居られなかった。そして、少女はゆったりとした口調で自分の名を言う。

 

 

『あぁいけない、私としたことが名乗り忘れるなど、とんだ失礼を。わたくし、釈迦堂 ランと申します。では、また…』

「まっ…」

 

 

静止も聞かず、そういって電話が切れた。すぐさま同じ番号にかけなおしてみてもその番号には繋がらず、単調な機械音だけが受話器越しから聞こえるだけという、奇怪な現象に見舞われてしまう。

 

もしかして、本当にただのいたずらだったのか?…思い当たる節をいくつか頭に思い浮かべてみても、やはり心当たりが無かい。

 

 

「釈迦堂…ラン…?」

 

 

それにしても聞いたことのない名だ、身に覚えも無い。しかし、その後の砺波の行動は早く、砺波は一度電話を切るとすぐさま別の番号へと電話をかけた。画面には、天宮寺の文字。

 

 

「…だめか、出ない。」

 

 

しかし、あの自由奔放なあの男にかけた所で簡単に電話に応じるはずもなく、数回連続でかけては見るものの、一向に出る気配すら無かった。またもや電話を切り、残るは電話をするのも嫌になるあの家。

 

 

「くそ…仕方がない。」

 

 

そうして、背に腹は変えられぬ砺波は数度のコール音を待つ。多分電話は繋がるだろうが、果たしてこちらの言い分を聞いてくれはするだろうか。砺波は微かな不安とともに、一呼吸置くと、静かな声がその耳に届いた。

 

 

『はい、紫魔でございます。』

「朝早くからすみません。私、砺波 浜臣と申します。紫魔 憐造に繋げていただきたいのですが…」

『お約束の方でしょうか?』

「い、いえ、ですが、急を要する案件でして…」

『アポイントメントがございませんのでしたら、お繋ぎはいたしかねます。ご了承くださいませ。』

「ですが、これは【白鯨】として【紫魔】にかけているのです。本当に急を要するので、無理を承知で…」

『いくら【白鯨】と名高い砺波様のお頼みでもご了承いたしかねます。すみませんが、正式なお手続きを経ておかけください。では。』

「あ、ちょ…あぁくそ…」

 

 

しかし折角意を決して電話をしたと言うのに、【白鯨】の名を出しても一方的に電話を切られてしまった。…まぁわかっていたことだったが、しかしこうあっさりと門前払いされるのも癪に障るものだ。歴史的な云々、崇高なる云々の紫魔だとか言って、王者相手だと言うのに電話番すら話を聞こうとしない。

 

 

「仕方ない…か。」

 

 

とりあえず、紫魔家にはマネージャーにアポを取っておいてもらい、鷹峰にはかけ続ければいつか出るだろう。

そして、仕事の準備に取り掛かるために部屋を出る砺波。何やら妻の機嫌がまだ悪かったが、それよりも多忙極まりない身なのだから。そうして砺波は後ろ髪引かれる思いで仕事に取り掛からなければいけないのだった。

 

 

―…

 

 

「先生、お疲れさまでした。」

「…あぁ。」

 

 

高速を走る車の中。流れる夜景が目に染みる年になって来たのだと砺波は感じていた。一日の仕事を終えすっかり夜も更けている頃、マネージャーが労いの言葉をかけてきたが上の空で聞き流してしまう。なぜなら、今朝の電話の主である釈迦堂という女性のことが頭から離れず、今日一日仕事が手につかなかったのだから。

 

しかし、流石に【白鯨】として人前に出れば自然と恥ずかしくない立ち振る舞いができたのだが、頭の中ではどうしても違うことを考えてしまう。あの声の少女はどうやって【黒翼】と【紫魔】の二人を倒したのだろうか。扱う召喚法は何なのだろうかとグルグル頭を駆け巡る。

 

 

「あ、そうだ、先生に言われた通り紫魔家にアポ取っておきました。」

「…そうか。どうだった?」

「はい、それが…今は立て込んでいるとか何とかで、来月にならないと電話には応じられないとのことでしたが…どうなされます?」

「…全く、足元をよく見る家だ。来月は私が忙しいことを知っているくせに。」

「…ですよねぇ。」

 

 

なるほど、紫魔家は憐造と自分を話させる気はないらしい。それを悟れぬほど老いてもいないが、そうなると益々あの少女の言葉の信憑性が上がってきてしまうのも事実。

 

もし紫魔の当主が負けたとあれば、きっと今頃は紫魔本家がゴタゴタしていることだろう。あの家は本当に面倒事が多いものだ。まぁ、例え本当にそうなのだったら、確かに自分と話しなどしている暇もないのもわかるが。

 

しかしどうしたものか…そんなことを考えていた、まさにそんな時だった。

 

 

―!

 

 

懐に閉まっておいた砺波の端末が震え、思わず驚く砺波。仕事の電話などはマネージャーにかかってくるので、自分の端末にかけてくる人間は限られている。自宅には帰りの連絡を済ませているため、今かけてくるとしたら、もしかすれば…

 

期待と不安を胸に、そして急いで取り出して画面を見ると、そこには件の天宮寺の文字。

 

 

「…ッ、も、もしもし!」

『ごらぁ砺波ぃ!テメェ何回も何回もかけやがって!ウゼーんだよ!』

「あ、あなたがすぐに出ないからでしょう!?」

 

 

すぐに電話に応じたものの、いきなり耳をつんざくような鷹峰の声に、隣にいたマネージャーも耳をふさいでしまっている。何度かけても電話に出なかった相手から、まさか第一声が文句とはこれいかに。確かに親しいといえる間柄ではないとは言え、なにもここまで怒ることはないだろう。

 

 

『んでなんの用だ?俺ぁ今チョー忙しいんだけど。』

「だったらなぜ今かけてきたのですか…。実は今朝、釈迦堂という女性から電話が来まして。」

『あぁーん?…カカッ、ランのやつ、もうヤるつもりなのか。ったく、若けーやつは威勢がいいねぇ。』

「やはりあなたでしたか。…しかし本当なのですか?彼女が言っていたことは。」

『あん?なんだって?』

「ほら、あなたと憐造が…」

『あぁー、はいはい、そうだぜー、俺も憐造も負けちまってよー。カッカッカ、久々に面白ぇデュエルだったぜ。』

 

 

そして、なんの悪びれもなく、恥ずかしげもなくそう言う鷹峰に若干のイラつきを覚える砺波。鷹峰の乾いた笑いが余計に耳に響くが、しかし王者ともあろう者があんな少女に負けて、へらへらしているなどあってはならないというのに。

 

 

「面白いってあなたねぇ!」

『だってよぉ、あんなデュエルは久々だったんだぜ?明日もランと遊ぶ約束してんだ。カァー、楽しみだぜ。』

「あそ!?…鷹峰、あなた奥さんも子供も、ましてや孫までいる癖に…」

『あぁん?…カッカッカ。いくら俺でもガキ相手に手は出さないっての。デュエルだよデュエル。まぁ…あいつも近々この町を離れるみてーだからな。今のうちにヤれることヤッとかねぇと。』

「…そうなのですか。」

 

 

どうにも胡散臭く感じる言い方だ。しかし、この男の言うことに若干の少女の身の危険さを感じながらも、それよりあの少女が近々いなくなってしまうことの方に引っかかる。そうか、だからあの少女は確実に自分が家にいるあんな早朝に電話をかけてきたのだろうか。

 

 

『…気になるか?』

「え?」

『どうせランに連絡つかねーんだろ?俺が話つけてやってもいいぜ。』

「…それは…ありがたいですが…」

 

 

確かに、あれから何度かけても単調な機械音のみで電話が繋がることがなく、どうしようかとも思っていた。しかしまさか鷹峰の方から連絡をとれるとは思っておらず、そうなれば確かに願ってもみないことだ。そういう気持ちも確かにある。

 

それに反して常識ある王者としてそれをおいそれと受けていいものなのだろうかという気持ちも砺波の胸中にはあった。こういう時は、何も考えて居なさそうな鷹峰が若干羨ましくも感じるが、そんな砺波を感じてか、本来ならばありえない言葉が鷹峰の口から出てきた。

 

 

『けどいいのかよ。…下手すりゃ、おめーさん潰れるぜ?』

「はい?それは…一体どういうことですか?」

『まぁ、れんぞーと違って、おめーさんも【白鯨】なんて呼ばれてるから大丈夫とは思うがよ。…んで、どうすんだ?』

「…長く生きてきましたが、あなたに心配される日が来るとは思いませんでした。」

 

 

まさかこの男が他人を気遣うことが出来るとは。こいつは自分の息子が産まれる時でさえ、身重の奥さんを放って、朝まで遊び歩いて飲み歩いていたと聞くのに。

 

しかし、鷹峰が放ったその言葉が砺波の心を深くえぐったのも事実。日々適当が信条のようなこの男が他人の心配をしてくるとは夢にも思わない。この男にここまで言わせる少女への興味が一気に強くなってしまうではないか。

 

 

「…いいでしょう、お願いします。いつでも相手になりましょう。」

『よしわかった。ちっと待っとけ。』

 

 

それだけ言うと、鷹峰が電話から離れたのか声が小さくなっていく。…まさかとは思うが、今も一緒に居たのだろうか…いやまさか、いくらあの鷹峰でもそんなことは…そんな不安が砺波を襲う。

 

 

『おいラン、砺波がヤってもいいってよー。今からでいいか?』

『私はいつでもいいとお伝えください。』

 

 

…前言撤回、少女の身の為にもこの男を即刻通報した方がいいかとも考えたが、しかしそんな暇もなく鷹峰が電話に戻った。

 

 

『いいってよー。じゃあ今から行くそうだわ。とりあえず外れにあるスタジアムでいいだろ?どうせ人もこねーだろうし二人でヤりあえ。んじゃ、あとよろしくー。』

「あ、ちょ、鷹峰…全く、あの人は…」

 

 

そうして、言いたいことだけ言ってすぐに電話を切ってしまう鷹峰。その行動の早さに一抹の不安を感じながらも、今からという急すぎるデュエルに焦りも感じる砺波だったが、隣を見ればマネージャーがポカーンとした顔で口を開けていた。

 

 

「はぁ…すみません。用が出来ました。車を自宅ではなく事務所の方へお願いします。」

「先生…あの、いったい何の話を…」

「個人的なことですので。事務所についたらあなたはもう帰って結構です。」

「いえ…そういうわけには。」

「いいのです。」

 

 

意味の分かっていないながらも食い下がるマネージャーを他所に、砺波はそれだけいうと、それ以上口を開くことは無かった。

 

 

その瞳に、静かに王者としての火を灯らせて。

 

 

―…

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。