私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第六十話 聖グロリアーナ女学院対大洗女子学園 後編

 大洗のフラッグ車であるⅣ号戦車はひたすら逃げ続けていた。

 フラッグ車を囮に使うのはリスクが伴うが、格上の相手に勝つには有効な手段。現に、聖グロリアーナも準決勝でフラッグ車を囮にして黒森峰に勝利している。

 とはいえ、聖グロリアーナが勝利できたのはラベンダーの力があってこそ。沙織がラベンダーのようにうまく立ち回れるかは、まったくの未知数だ。

 それに、この作戦は悪くいえば聖グロリアーナの模倣。オリジナリティなど欠片もありはしなかった。

 

 作戦はパクリで、新戦車も拝借したクルセイダー。あれこれ盗んでばかりで情けないことこの上ない。

 それでも、沙織はこの作戦にすべてを賭けた。

 大洗は弱小校で母校は消滅寸前だ。綺麗事をいってる場合ではないのである。

 それに、あの妹大好きお姉ちゃんのまほが自分からクルセイダーの車長に名乗りを上げ、対クルセイダーの指導までしてくれたのだ。 

 妹よりも学校を選んだまほのためにもこの試合は負けられない。卑怯だろうが、カッコ悪かろうが、勝利をもぎ取ってみせる。

 モテたいから始めた戦車道。けれども、沙織はその感情に蓋をした。

 この試合の勝敗はモテることよりも大事。恋愛脳はいったんお休みである。

 

 その効果が現れたのか、沙織はラベンダー小隊の二輌のクルセイダーを撃破した。

 ラベンダーを大通りでまほが釘付けにし、残った二輌を沙織が撃破する作戦は大成功。もしかしたら、沙織は煩悩を捨てたほうがいい戦車乗りになれるのかもしれない。

 これでクルセイダー隊は残り二輌。このままクルセイダー隊を全滅させることができれば、勝利をぐっと引き寄せられる。

 

「よーし、私たちもカニさんチームの援軍に向かうよ。ラベンダーさんを倒して、一気に試合の主導権を握っちゃおう!」

 

 パンツァーハイになっている沙織は、重要なことをすっかり忘れてしまったようだ。

 ラベンダーという戦車乗りは大洗の前に立ちはだかるもっとも高い壁。簡単に勝てる相手なら誰も苦労しない。

 

 

 

 

「ラベンダーちゃんはやっぱり強いね。一対一を挑んだのはまずったかな……」

 

 杏の独り言に答えられる乗員は誰もいなかった。

 ハッチから身を乗り出して懸命に指示を出すまほ。額の汗をぬぐうこともできずにクルセイダーを操縦する柚子。

 悪戦苦闘。二人の状態を言い表すならこの言葉がぴったりだろう。

 

 杏の置かれている状況も二人と大差はない。

 本来は車長のまほが装填手を兼任するのだが、そんなことをしたらラベンダーに瞬殺される。クルセイダーが命脈を保っていられるのは、まほの的確な状況判断のおかげだ。

 なので、今は杏が砲手と装填手を兼任している。体が小さく、力もそれほどない杏にとっては中々ヘビーな戦いだった。

 

「河嶋の苦労が身に染みる。武部ちゃん、私たちが負けたらあとはよろしくね」

 

 杏の口から弱音がこぼれる。いつも強気な杏がそう言いたくなるほど戦いは絶望的だった。

 ラベンダーはハッチから姿を現してすらいない。彼女は車長と装填手を兼任しながら、クルセイダーを上手に運用しているのだ。

 こちらは回避で手一杯なのに対し、相手は余裕しゃくしゃく。まほとラベンダーに実力の差はないと杏は考えていたが、その見通しは甘かったらしい。

 戦車道から離れた時期があるまほと戦車道に向きあい続けたラベンダー。両者の歩んできた道をよく熟考しなかったのは痛恨のミスであった。

 

 そのとき、大通りの脇道から一輌の戦車が出現した。

 現れた戦車はクルセイダーMK.Ⅲ。敵の増援なのはいうまでもない。

 もはやこれまで。杏がそう覚悟を決めた瞬間、予想外の出来事が起こった。増援のクルセイダーがラベンダーを攻撃し始めたのである。

 背後を突かれたラベンダーのクルセイダーは杏たちを無視して前進。それを見た増援のクルセイダーは追撃をかけ、その場にはカニチームだけが残された。

 

「西住ちゃんをラベンダーちゃんと勘違いしたのかな? 二人は姉妹だからよく似てるし」

「……いや、違う。あのクルセイダーは意図的にラベンダーを狙っていた」 

「仲間割れってこと? 西住さん、私たちはどうすればいいの?」

 

 柚子は不安そうな表情でまほにそう問いかける。

 その問いに対するまほの回答時間は一秒もかからなかった。

 

「ラベンダーを助ける」

「だよね。小山、あのクルセイダーを撃破するよ」

「いいのか?」

 

 杏のほうに顔を向けたまほは驚いたような表情をしていた。

 大洗にとって有利なこの状況。杏ならそれを利用するとまほは思ったのだろう。

  

「この戦車の車長は西住ちゃんだもん。私がとやかく言う権利はないっしょ。それに、こんな形で決着がつくのは私だって納得いかないし」

「私も会長と同じ気持ちだよ。西住さんもやられっぱなしじゃ終われないよね?」

「ああ。私はもう大丈夫だって姿をみほに見せないといけないからな」

 

 生徒会とまほの出会いは最悪なものだったが、今はこうして一緒の戦車に乗っている。

 チームの輪は上々。ラベンダーの猛攻をしのげたのだから連携も悪くない。みんなで力を合わせれば、ラベンダーにだってきっと勝てるはずだ。

 そのためにも、まずはあの不届き者を叩く。それが三人の共通見解だった。

 

 そうと決まれば話は早い。

 柚子がクルセイダーを操縦し、杏が照準を合わせ、まほが砲撃命令を下す。

 流れるような動きで放ったカニチームの砲弾は、乱入者のクルセイダーの背面に命中。無法者はあっけなく成敗された。

 

 すると、事態はさらなる展開を迎えた。あんこうチームとウサギチームが大通りへとやってきたのである。

 大洗とラベンダーの戦いは新たな局面を迎えようとしていた。

 

 

◇◇

 

 

 団地エリアの攻防は我慢比べに突入した。

 よくいえば一進一退。悪くいえば停滞戦線。

 どちらかが思い切った行動でもしない限り、早期の決着は望めないだろう。

 

「クルセイダー隊は残り一輌。ちょっと苦しくなりましたね」

「大丈夫よ。データ上ではこちらが不利だけど、まだラベンダーがいる。あの子の力はデータで測れるようなものじゃないわ」

 

 オレンジペコとアッサムがそんな話をしているとチャーチルに異変が起こった。 

 団地の影に隠れていたチャーチルが急に動き出し、単騎で敵陣に突撃したのである。

 

「ルフナ!? まさか、あなたまで! やめさない!」

 

 砲手席から離れたアッサムが操縦手に飛びかかる。

 どうやら、チャーチルの操縦手、ルフナはアールグレイ派だったらしい。さすがのダージリンも彼女が裏切り者であることは見抜けなかったようだ。

 

「ペコ、チャーチルは私が操縦します。あなたは外の様子を確認してちょうだい」

 

 アッサムの命を受けたオレンジペコは、キューポラから半身を出し外を確認した。

 マチルダ隊の対処は遅れている。現状のチャーチルは守るものがいない丸裸な状態だ。

 それでは、肝心の大洗の動きはどうかというと、なぜかあちらも不可解な行動を起こしていた。38(t)がたった一輌で真正面から突撃を仕掛けてきたのである。

 

 呆気にとられるオレンジペコだったが、キューポラから身を乗り出す車長には見覚えがあった。

 黒のロングコートを羽織り、一つ結びにした長い黒髪をなびかせた車長の少女は、大洗の船底を仕切っていたボスだ。

 オレンジペコは彼女のことをよく知っている。もちろん悪い意味で。

 

「ようやく姿を現したね、リーサルウェポン! ここで会ったが百年目。あのときの勝負の決着をつけにきたよ。まあ、実際に百年経ったわけじゃないんだけどね」

 

 リーサルウェポンの呪いはまだ解けていなかった。

 これも隊長になるための試練なのだろうか。だとしたら、神様はオレンジペコに試練を与えるのが好きなサディストに違いない。

 

 

◇◇◇

 

 

「勝手に持ち場を離れるやつがあるか! 早く戻れ!」

「いくら桃さんの命令でもこればかりは聞けませんぜ。ラム、リーサルウェポンに一発ぶちかますよ」

「合点でさ!」

 

 暴走した38(t)はチャーチルに向かって突っ込んでいく。

 そのとき、一輌のマチルダⅡがそれに待ったをかけた。チャーチルの手前で38(t)の突撃を身を挺してブロックしたのだ。

 そのマチルダⅡのキューポラから身を乗り出しているのは、マチルダ隊の隊長、ルクリリであった。

 

「ペコのところには行かせないぞ!」

「あたしのターゲットはリーサルウェポンだ。あんたに用はない」

 

 二輌の戦車が押し合う様子はまるで刀のつばぜり合いのようだ。

 すると、もう一輌の戦車がこの場に乱入してきた。ルクリリの因縁の相手である八九式中戦車である。

 

「根性ーっ!!」

「なっ!? しまった!」

 

 38(t)と八九式中戦車に挟まれ、マチルダⅡは身動きが取れなくなってしまった。

 そこに入るダメ押しの一手。大洗唯一の重戦車、ポルシェティーガーがマチルダⅡの正面に走りこんできたのだ。

 マチルダⅡは防御に特化した歩兵戦車。しかし、いくらなんでもこの距離で88㎜砲は防げない。

 

「くそーっ! ごめん、ラベンダー……」

 

 ルクリリが落ちたことで団地エリアの我慢比べは終わりを迎えた。

 防御陣形がズタズタになった聖グロリアーナと高火力の戦車が二輌も残っている大洗。どちらにチャンスが訪れたのかは火を見るよりも明らかだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ラベンダーのクルセイダーを三方向から包囲した大洗の戦車隊。

 あんこうチームのⅣ号が右、カニチームのクルセイダーが中央付近、ウサギチームのM3リーが左にそれぞれ陣取っている。

 戦力差は三対一。数で上回る大洗は戦いを優位に進めていた。

 けれども、梓には勝てるという実感がまったく湧いてこなかった。

 大洗が強くなれたのはラベンダーの指導によるところが大きい。梓たちもわかないことを懇切丁寧に教えてもらったし、実戦形式で稽古もつけてもらった。

 だからこそ、ラベンダーの力がいかに強大かわかる。大洗の隊員が束になっても勝てなかったあの強さはまさに圧倒的だった。

 梓が知っている人物でラベンダーと一対一の勝負ができるのは、島田愛里寿くらいのものだ。

 

 ハッチから姿を現したラベンダーは平然とした顔で紅茶を飲んでいる。

 その姿は隙だらけに見えるが、待てども待てども沙織から攻撃命令は出てこない。

 カニチームはラベンダーに押しこまれ手も足も出なかったと言っていた。おそらく、沙織はそれを知って及び腰になってしまったのだろう。

 この均衡を保てているのは車輌数というアドバンテージがあるからだ。こちらが一輌でも欠ければパワーバランスは崩壊する。

 それに、マチルダ隊と戦闘中の別動隊は優勢に戦いを進めているのだ。

 このまま時間を進めて相手フラッグ車を撃破すれば大洗の勝利。沙織はそれも計算に入れて静観の構えをとっているようだ。

 

「梓、こちらから先に仕掛けましょう。みほ様が動かないのは、何か策があるからに違いありません」

「めいちゃんに賛成ー。敵を倒すには早いほうがいいって、新兵の人も言ってたもん」

「私も賛成かな。ラベンダーさんはほんわかしてるように見えるけど、中身は鬼だからね」

 

 芽依子、桂利奈、あやの三人から出された意見具申。

 梓がそれにどう答えるか考えていると、あゆみと優季が反対意見を述べた。

 

「勝手に行動したら命令違反だよ。それはまずいんじゃない?」

「軍法会議にかけられて拷問されちゃうよぉ。あやちゃんの眼鏡も割られちゃうかも」

「縁起でもないこと言わないでよ、優季ちゃん。この眼鏡買ったばっかりなんだから」

  

 珍しく意見が割れたウサギチーム。

 とはいえ、最終的に行動を決めるのは車長の梓だ。梓が決断すればみんな従ってくれるだろう。

 いったいどちらの意見を採用するのが正しいのか。梓が頭を悩めていると、一人黙っていた紗希が梓の肩を叩いた。

 紗希の助言には色々と助けられてきた。もしかしたら、今回もいいヒントをくれるのかもしれない。

 梓がそんな風に期待していると、紗希の口から発せられたのは予想外の言葉だった。

 

「ニルギリさんが来る」

「えっ……ニルギリさん?」

 

 梓が友人の名を口にした瞬間、一発の砲弾が大通りに着弾した。驚いた梓が砲撃音のしたほうに目を向けると、そこにはマチルダⅡの姿がある。 

 マチルダⅡのキューポラから顔を出しているのは車長のニルギリ。紗希のエスパーじみた勘の良さに梓は思わず目を見張った。

 

 そのとき、今までのんきにしていたラベンダーが突然動き出した。

 紅茶を飲む手を止め車内に引っこみ、クルセイダーを急発進させてⅣ号に突撃をかけたのである。

 芽依子の主張は正しかった。ラベンダーはニルギリが到着するのを待っていたのだ。

 

「戦車前進! フラッグ車を守るよ!」

 

 マチルダⅡに背後をとられたが、今はニルギリの相手をしている場合ではない。フラッグ車をラベンダーから守るのが最優先だ。

 しかし、M3リーはクルセイダーの猛スピードにまったく追いつけなかった。

 クルセイダーは速度制限用の調速機を解除することでスピードが増す。ラベンダーがリミッターを外したのは間違いないだろう。

  

 Ⅳ号は必死に後退するものの、すでに砲弾を何発も受けている。 

 白旗が上がらないのは、試合前に追加装備したシュルツェンと呼ばれる増加装甲の賜物。

 だが、頼りのシュルツェンはすでにボロボロ。Ⅳ号がやられるのは時間の問題であった。

 

『澤、私がラベンダーを食い止める。フラッグ車を連れてこの場から離れろ』

「わかりました。がんばってください」

 

 ここにはもうすぐニルギリもやってくる。ただでさえ強いラベンダーに援軍が加わるのだから、カニチームの勝てる可能性はゼロに等しかった。

 それでも、ラベンダーの足止めができるのはまほしかいない。クルセイダーのスピードについていけるのはクルセイダーだけだ。

 今の梓にできるのはⅣ号を守りながら逃げることだけだった。

 

 

 

 M3リーはⅣ号と一緒にハイビスカス小隊を撃破した学校まで逃げてきた。

 梓が撃破したクルセイダーはすでに回収されており、学校はあの激闘がなかったかのように静まりかえっている。

 

「私がもっと早く決断していればよかったのかな……」

「隊長のせいじゃありません。ラベンダーさんのプレッシャーにのまれて動けなかったのは、私も同じですから」

「これからどうしよう? カニさんチームなしでラベンダーさんと戦うのは無理だよ……」

 

 カニチームはラベンダーに撃破された。

 だが、あの状況でニルギリのマチルダⅡは倒したというのだから驚きだ。きっと大洗最強の名に相応しい戦いぶりだったのだろう。 

 別動隊からフラッグ車を撃破したという報告はいまだになく、ラベンダーはすぐそこまで迫っている。

 ラベンダーを倒すのか、それとも時間稼ぎに徹するのか。梓たちは選択しなければならなかった。

 

「隊長、私たちに良い作戦があります。ラベンダーさんの弱点をついて、クルセイダーを撃破しましょう」

 

 ラベンダーをよく知る芽依子は彼女の弱点も把握済み。その情報を活用し、ウサギチームは対ラベンダーの秘策を用意していた。

 先ほどは実行できなかったが、今が作戦を発動する絶好の機会だった。

 

「ラベンダーさんに弱点なんてあるの?」

「あります。みんな、すぐに準備して」

 

 梓の指示でウサギチームのメンバーが全員車外に出た。

 その手に握られているのはペンキ缶。色は茶色、青、白、ベージュ、こげ茶色である。

 ラベンダーをあっといわせる奇策がついにベールを脱ぐときがやってきた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 みほはクルセイダーを学校に走らせていた。

 Ⅳ号が逃げた方向で探索していない場所はあとはあそこだけ。Ⅳ号が学校に身を隠しているのは十中八九間違いない。

 酷使したクルセイダーのエンジンは故障寸前。さらに、フラッグ車のチャーチルは絶体絶命の大ピンチ。

 みほがⅣ号を撃破できなければ、聖グロリアーナの敗北は決定的なものになってしまう。まさにここが正念場だった。

 

「見つけた! ローズヒップさん、Ⅳ号は校舎のほうに向かっています。全速力で追ってください」

「了解ですわ! リミッターを外したクルセイダーからは逃げられませんわよ!」

  

 速度を緩めることなく、クルセイダーは学校の敷地内に突入した。

 Ⅳ号が逃げた先は四方を校舎に囲まれたエリア。校舎が連なっているあの空間は追いかけっこにぴったりの場所だ。

 どうやら、沙織はあそこで最後の時間稼ぎをするつもりらしい。

 

 もちろん、みほは沙織に思惑に付き合う気はない。

 クルセイダーのスピードで一気に距離を詰め、早々に勝負を決める。Ⅳ号のシュルツェンはほとんど破壊したので、至近距離で砲撃すればたやすく撃破できるはずだ。

 おそらく、このエリアにはM3中戦車も隠れているだろう。

 彼女たちのポテンシャルの高さは誰もが認めるところだが、みほの相手をするにはまだ未熟。みほの前に立ち塞がってもたいした障害にはならない。

 

「武部さん、次の一撃でこの試合を終わらせます」

 

 Ⅳ号が校舎の角を曲がった瞬間に加速し、肉薄して一瞬でケリをつける。それがみほの思い描いた筋書きだ。

 そして、Ⅳ号はみほの予想どおり校舎の角を曲がった。長かったこの試合もこれで終わりである。

 ところが、勝利を確信したみほを待っていたのは思いもよらない光景だった。 

 

「ふぇ?」

 

 あまりの衝撃に間の抜けた声を出してしまうみほ。

 それも無理はないだろう。角を曲がったクルセイダーの目の前に現れたのは、車体に大きなボコの絵が描かれたM3中戦車だったからだ。

 しかも、みほを驚かせたのはそれだけじゃない。キューポラからはボコの着ぐるみが上半身を出しており、みほに向かってファイティングポーズをとっていたのだ。

 ボコが戦車に乗ってみほに喧嘩を売ってきた。ならば、答えはただ一つ。

 ボコから売られた喧嘩は買うしかない。それがボコシリーズのお約束だ。

 

「撃て!」

 

 クルセイダーの砲弾はM3中戦車に命中し、白旗が上がる。

 すると、それとほぼ同じタイミングでM3中戦車の影からⅣ号が現れた。ボコに気を取られたみほは、M3中戦車の背後に隠れていたⅣ号を見落としてしまったのである。

 罠だと気づいたときにはもう手遅れ。砲弾を撃ってしまったクルセイダーは砲撃できず、Ⅳ号の体当たりをまともに受けて動きも止まった。

 そして、Ⅳ号の砲塔がクルセイダーの車体に向けられる。

 みほは至近距離でⅣ号を撃破しようとしたが、逆に沙織の接近戦によって敗れることとなった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 大洗女子学園の勝利。そのアナウンスをダージリンは大型ビジョンが見える丘の上で聞いていた。

 隣にはこの試合を引っかき回した張本人、アールグレイの姿もある。

 

「ルフナまで仲間に引きこんでいたとは思いませんでした。この勝負はアールグレイ様の勝ちですわね」

「そのニックネームで呼ばれる資格は私にはありません。後悔はしていませんが、私はあなた達を裏切りましたから」

 

 アールグレイは無表情で大型ビジョンを見つめている。

 この試合結果はアールグレイが望んだもの。それなのに、彼女の表情はまったく生き生きしていない。

 

「あなたとはここでお別れです。もう会うこともないでしょう」

「わかりました。では、最後にこの言葉をお送りします。『速度を上げるばかりが、人生ではない』。アールグレイ様、まじめに働きすぎるのは考え物ですわよ」

「……そうかもしれませんね」

 

 沈んだような表情を浮かべるアールグレイ。後悔していないと先ほど語っていたが、心の底からそう思っているわけではなさそうだ。

 インド独立の父、ガンジーの名言はアールグレイの心を揺さぶった。だが、彼女の目を覚まさせるのにはあともう一手必要。

 その次の一手を成功させるために、ダージリンは頼れる仲間たちに協力を依頼したのだ。

 

「あ、いたいた。ハーイ、ダージリン。こっちは準備OKよ」

「アンツィオの準備も万全だ。今日は腕によりをかけるぞ」

「ノンアルコールビールもたくさんご用意しました。アルコール度数ゼロ、安心安全の黒森峰産です」

「デザートはカチューシャが用意したわ。プラウダの鳥のミルクケーキは絶品なんだから」

 

 サンダースとアンツィオ、黒森峰にプラウダ。

 四校の戦車道チームの隊長が勢ぞろいした光景を前にしたアールグレイは目を丸くしている。

 

「ダージリン、いったい何を企んでいるの?」

「アールグレイ様に聖グロリアーナの戦車道を思い出していただきたいだけですわ。もう少しだけ私たちの戦車道にお付き合いくださいませ」


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