私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第五十八話 聖グロリアーナ女学院対大洗女子学園 前編

 決勝戦の会場、東富士演習場には大勢の観客が詰めかけていた。

 聖グロリアーナ女学院と大洗女子学園。普通に考えれば、四強の一角である聖グロリアーナ女学院のほうが有利に思える。

 ところが、今回の決勝はありえない事態が立て続けに起こっている。

 決勝直前の隊長解任。クロムウェルの登録削除。そして、クルセイダー隊の隊長車の装填手が欠場し、隊長車の乗員が三人になった事実。

 聖グロリアーナ女学院のこれらの事情を踏まえると、大洗女子学園が優勝する可能性も十分にある。

 だからこそ、観客は期待してしまう。無名校が強豪校を倒すジャイアントキリングを。

 マイナー競技の決勝戦にこれだけの人が集まったのは、それも大きな理由であった。

 

 その観客席から少し離れた丘の上で、車体に継という漢字が書かれた一台のトラックが止まっていた。

 トラックの車体からは、足場がにょきにょきと空に向かって伸びている。このトラックは本来は高所作業に使われるものなのだろう。

 その足場の上で、二人の少女が決勝出場校の戦車が格納されているガレージを見ていた。

 二回戦で聖グロリアーナ女学院と対戦した継続高校の生徒、ミカとアキだ。

 

「知波単と黒森峰は聖グロを激励してるみたいだよ。ねえ、ミカ。私たちも行こうよ」

「その役目は彼女たちに任せよう。人には適材適所があるからね」

「またひねくれたこと言うー。そんなだから、ミカは交友関係が広がらないんだよ」

「人の輪を広げすぎると身動きが取れなくなる。私は自由なままでいたいのさ」

 

 ミカはつねにマイペース。他人に興味を持つことも少ないし、戦車道の試合でも感情を表には出さない。

 逆にアキはたくさん友達がほしいタイプ。決勝戦を見にきた理由は仲良くなった聖グロの生徒に会いたいからだ。

 二人の性格はまるで正反対。にもかかわらず、二人はいつも一緒にいる。

 アキが文句を言って、ミカがのらりくらりとそれをかわすのもお決まりのパターン。性格は違っても二人の相性は悪くないのだ。

 

「じゃあさ、ミカはどっちが勝つと思う?」

「この試合にはいろんな人の思惑が複雑に絡み合っている。勝敗を予想するのは難しいね」

「なによそれー。そもそも、なんでミカはそう思ったの?」

「風が教えてくれたんだ。この試合は荒れるってね」

 

 

 

 

 試合前のあいさつを終え、ついに決勝戦が始まった。

 準決勝のような卑怯な作戦はしない。それが聖グロリアーナの合言葉だ。

 クルセイダー隊を率いるみほも当然それは理解している。

 この試合に西住みほの出番はない。どんな苦境に立たされても最後までラベンダーであり続ける。みほはそう決めていた。

 

『ラベンダーちゃん、様子はどうですか?』

「大洗の戦車隊は姿を現しません。おそらく、市街地で私たちを待ち受けるつもりです」

 

 試合会場の東富士演習場は、平原、山岳、市街地の三つのエリアがある。

 聖グロリアーナが得意としているのは浸透強襲戦術を用いた面制圧。遮蔽物が何もない平原に大洗の戦車が出てくるとは考えづらい。

 大洗にはポルシェティーガーがいるので山岳地帯も選択肢から外していいだろう。

 足が遅いあの戦車で坂道を登るには時間がかかる。大洗が山登り中に背後を突かれるような愚を犯すとは、みほには思えなかった。

 

『それなら、市街地へ行くしかないですね。ラベンダーちゃん、先行してください』

「了解しました。クルセイダー隊はこれより市街地に向かいます」

 

 この試合のフラッグ車はダンデライオンが搭乗するチャーチルだ。

 足の速いクルセイダー隊で市街地のクリアリングを行い、マチルダ隊に守られながらゆっくり市街地へ向かう。実に堅実で合理的な作戦であり、不審な点は見られない。

 だが、アールグレイの命令を遂行しようとするダンデライオンはどこかで必ず仕掛けてくるはずだ。

 この試合は普通の試合とは違う。敵は大洗だけとは限らない。

 

 クルセイダー隊は本隊より一足先に市街地へ到着した。

 今回のクルセイダー隊は全九輌。マチルダ隊十輌に匹敵する大部隊である。

 ここからどう部隊を動かすか。みほがそう思案していると、市街地の入口付近にある団地エリアで大洗の戦車を三輌発見した。

 

「ラベンダー、フラッグ車のⅣ号ですわ!」

「澤様のM3中戦車もいますの」

「残りの一輌は河嶋さんの38t。どれも大洗の主力戦車……罠かな?」

 

 相手は三輌だが油断はできない。

 フラッグ車のⅣ号は準決勝で五輌の戦車を撃破しているし、M3リーも二輌同時撃破という離れ業を演じている。

 さらに、38(t)には大洗の副隊長、河嶋桃がいるのだ。準決勝であえて砲撃を外し、敵をその気にさせて返り討ちにした彼女の手腕は侮れない。

 

「ダンデライオン様、大洗の戦車を三輌発見しました。場所は……」

 

 みほが無線で報告していると、大洗の三輌の戦車はバラバラになって逃走した。

 どうやら、大洗はクルセイダー隊を分断させて市街地に引きずりこむつもりのようだ。

 

「大洗の戦車が逃走しました。全車輌でフラッグ車を追跡します」

 

 相手の分断作戦にわざわざ乗る必要はない。戦力の分散は各個撃破されるリスクがある。

 みほはそう判断したが、ダンデライオンはそれに異を唱えた。 

 

『ここは部隊を分けて三輌すべてを追うべきです。河嶋副隊長と澤梓さんは放置していい相手じゃありません』 

 

 ダンデライオンの言うことにも一理ある。

 あの二輌は放置するにはあまりに危険。みほだって、できれば早めに撃破したいと思っている。

 しかし、それは大洗の罠にみすみすはまりに行くようなものだ。この命令がダンデライオンの策略なのは疑いようがない。

 

『ラベンダーちゃんはあたしの命令に従ってくれますよね? あたしに逆らうなんてことはしませんよね?』

「……わかりました。クルセイダー隊はこれより三手に分かれます。ハイビスカスさんはM3中戦車、ジャスミンさんは38tを追ってください」

『その言葉を待ってたじゃん!』

『承りましたわ』 

 

 みほは小隊長の二人にそう指示を出した。

 不可解な命令には従わなくていい。アッサムにはそう言われたが、みほはそれを実行することができなかった。

 ダンデライオンのすがるような声を耳にしたみほは、どうしてもNOとは言えなかったのである。

 

「ダメだな私って……」

「落ちこんでいる暇はありませんわ。ここまできたら行け行けドンドンでございます。地の果てまで追いますわよ!」

 

 うなだれるみほに声をかけたのはローズヒップだった。

 親友の二人にはアールグレイの陰謀の件は話してある。みほがダンデライオンとどんな話をしたのかローズヒップには察しがついているのだろう。

 だからなのか、いつもよりローズヒップのテンションは高めだ。彼女は彼女なりの方法でみほを鼓舞してくれているのである。

 

「ラベンダー様、カモミールさんも応援に来てますの。フラッグ車を撃破して彼女を安心させてあげましょう」

 

 ベルガモットの言葉にみほは大きくうなずくと、二輌のクルセイダーと共にⅣ号のあとを追った。

 これにより、クルセイダー隊は三輌ずつの小隊に分かれることとなる。

 試合がついに動き出した。

 

 

◇◇

 

 

 38(t)の乗員は大きく様変わりしていた。

 これまでと同じ乗員は河嶋桃のみ。あとの二人は桃が用意した船舶科の助っ人だ。

 

「親分、魚が餌に食いついたみたいですぜ」

「罠があるとも知らずにのこのこついてくるなんて、飛んで火にいる夏の虫とはこのことね。夏の虫がどんな虫なのかは知らないけど。ラム、例の場所までこいつらを誘導するよ」

「アイアイサー!」

 

 元気な声で返事をするチリチリパーマの赤髪少女。

 仲間内で爆弾低気圧のラムと呼ばれているこの少女が、38(t)の操縦手を担当している助っ人その一である。

 

「桃さん、あとはあたしたちに任せてください」

「頼んだぞ。私は今のうちにほかのチームと連絡をとる」

 

 桃に声をかけたのは黒のロングコートをまとった黒髪の少女。

 仲間内で竜巻のお銀と呼ばれているこの少女が、38(t)の車長を担当している助っ人その二である。

 

 クルセイダーを引きつれたまま団地エリアを抜けた38(t)は、そのまま市街地へと入った。

 大通りには聖グロリアーナをあっと言わせる仕掛けが用意してある。そこに敵を誘いこむのが38(t)に課せられた任務だった。

 

「なかなかスピードが速い魚だね。ラム、もっと飛ばしな」

「これが最大戦速でさ!」

「私が牽制する。もう少しで大通りに着くんだ。ここでやられてたまるか!」

 

 桃は37㎜砲でクルセイダーを砲撃した。

 もちろん、ノーコンの桃の砲撃が当たるはずもなく、クルセイダーにはあっさり回避されてしまう。

 だが、砲撃の目的はあくまで時間稼ぎ。大通りに到着する前に38(t)が撃破されなければ作戦成功だ。

  

「うほっ。大通りに着きましたぜ」

「でかしたよ、ラム」

「西住、敵を連れてきたぞ。一気に蹴散らせー!」

 

 大通りに入った38(t)の進行方向には一輌の戦車がたたずんでいた。

 色はブルーグレー。砲塔はそろばん玉型。砲塔の側面にはデフォルメされたカニのチームエンブレム。  

 巡航戦車クルセイダーMK.Ⅲを使用するこのチームの名はカニチーム。乗員は車長が西住まほ、砲手が角谷杏、操縦手が小山柚子。腕利きの隊員がそろったこのチームは大洗最強のチームだ。

 

 その後、カニチームは38(t)を追跡していた二輌のクルセイダーを撃破し、鮮烈なデビューを飾った。

 

 

 

 

「大洗がクルセイダーを!?」

『はい。突然現れたクルセイダーによって、ジャスミン小隊は壊滅しました。残ったのは私だけですわ』

 

 大洗が使用したクルセイダーは、みほたちが持ちこんだもので間違いないだろう。

 まさか大洗がクルセイダーを使ってくるとは夢にも思わなかったが、この試合には学校の運命がかかっている。

 いや、よくよく考えれば学校だけじゃない。学園艦で生活するすべての人の人生がかかっているのだ。 

 大洗からしてみれば藁にもすがりたい状況である。使える戦車が目の前にあるのなら使わない手はない。同じ立場に置かれたら、みほだってそうした。

 

 しかし、不思議なのは大洗のメンバー表にクルセイダーの名前がなかったことだ。

 いくらなんでもメンバー表に細工はできない。登録されていない車輌を使えばレギュレーション違反の対象である。

 ということは、大洗はクルセイダーを登録しているが、みほが渡されたメンバー表からは名前が消えていたことになる。

 それができるのは最初にメンバー表を受けとった人物。隊長のダンデライオンだけだ。

 

最上(もがみ)様は大洗のクルセイダーの存在を知っていたんじゃないですか? だから、あなただけ生き残れた」

『……敵が来たようなので通信はここまでにしますわ』 

 

 最上からの無線は唐突に打ち切られた。どうやら、みほの指摘は図星だったようだ。

 最上はダンデライオンのクルセイダーMK.Ⅱの装填手をしていた三年生。ダンデライオンと歩調を合わせるのは当然といえば当然だ。

 

 みほは自分の甘さを痛感させられた。試合前の段階ですでに手を打っていたダンデライオンは、みほより一枚も二枚も上手だ。

 おそらく、この作戦を考えたのはアールグレイだろう。

 ダンデライオンは策を弄する軍師タイプではなく、勇猛果敢な武人タイプの人物。このような狡猾な作戦を彼女が立案したとはとても思えない。

 アールグレイの影を実感したことで、みほの背筋に嫌な汗が浮かんだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 M3リーは市街地の中を逃走中。

 追ってくるのは三輌のクルセイダー。それがハイビスカス小隊なのを梓はすでに確認済みだ。

 M3リーのキューポラから身を乗り出す梓とクルセイダーのハッチから顔を出すハイビスカス。二人の視線が合わさった回数はもう数えきれない。クルセイダーは合計三輌だが、梓の目にはハイビスカスしか映っていなかった。

 

「梓ちゃん、カニさんチームがクルセイダーを二輌撃破したって。あっちの作戦は順調みたいだよぉ」

「了解。こっちもそろそろ頃合いかな」

 

 優季から情報を受けとった梓は決心を固めた。

 カメチームには敵をカニチームの元へおびき寄せるという作戦があった。それに対し、ウサギチームには何の策もない。

 それは当然だろう。ハイビスカス小隊相手に元から策など不要。必要なのは自分たちがやってきた努力を信じる心だけだ。

 

「みんな、準備はいい? 私たちは今日こそハイビスカスさんに勝つ!」

『おーっ!!』

 

 梓の力強い言葉にウサギチーム全員がおたけびを上げた。

 ウサギチームは過去最高に気合が入っている。これなら、練習でやってきた成果を遺憾なく発揮できるだろう。

 

 市街地を抜けたM3リーは学校の敷地内に入った。

 校舎はボロボロで校庭は穴だらけ。その様相は過去にここで激しい戦いが行われたのを物語っている。

 その中で梓が決戦場所に選んだフィールドは校庭であった。

 

 三輌のクルセイダーは校庭の中央に陣取ったM3リーを三方向から取り囲む。

 二回戦の継続高校で見せた連携攻撃。あれをM3リーにかけるつもりなのだ。

 

「あゆみ、あや、私が合図するまで絶対に発砲しないで。この戦いはタイミング勝負だからね」

「わかった。梓を信じる」

「梓ちゃん、私の出番をなくさないでね」

 

 砲手の二人に指示を出した梓は、次に装填手の二人へと命令を飛ばす。

 

「芽依子、紗希、装填は素早くお願いね。ここで三輌全部撃破するよ」

「御意」

「……うん」

 

 装填手の二人の次は通信手。

 

「優季、クルセイダーを撃破したらすぐに武部隊長に報告して。私たちの勝利を伝えてチーム全体の士気を上げるの」

「は~い」

 

 そして、梓は最後に桂利奈へと目を向けた。

 この勝負は車長と操縦手の意思疎通が肝心かなめ。操縦手の桂利奈がこの戦いのカギを握っているといってもいい。

 

「桂利奈、自信を持って戦おう。あんなに練習したんだもん、私たちならやれる」

「あいっ!」

 

 桂利奈の心地の良い返事を聞いた梓はキューポラから顔を出し前を見つめた。

 正面のクルセイダーには、梓の目を惹きつけてやまないハイビスカスの姿がある。

 初めて戦った練習試合では、ドキドキしっぱなしでまともにハイビスカスの顔が見れなかった。

 だが、今日は違う。梓の瞳はしっかりとハイビスカスの姿を捉えていた。

 

 再び二人の視線がぶつかり合ったことが合図となったのか、クルセイダーがいっせいに攻撃を開始した。

 三方向から迫る砲撃の嵐。しかし、M3リーに砲弾は当たらない。

 クルセイダーの波状攻撃を回避するM3リーの姿は、まるでワルツを躍っているようだ。

 

 乗員が三名のクルセイダーMK.Ⅲは車長が装填手を兼任しているので、戦闘中の車長は外の様子を正確に視認できない。なので、砲撃の命中率は砲手の能力がものをいう。

 継続高校戦で見せたクルセイダー隊の連携攻撃は見事の一言につきるが、実際に敵戦車を撃破したのはクロムウェルとクルセイダーMK.Ⅱ。ハイビスカスのクルセイダーMK.Ⅲの砲撃はかすった程度だ。

 三人乗りのクルセイダーMK.Ⅲは命中率が悪い。聖グロリアーナの二回戦の映像を何度も確認した梓はそう結論付けた。 

 それからは、特訓に次ぐ特訓。機動力があるカニ、アヒル、カメの三チームに手伝ってもらい、三方向からの砲撃回避をひたすら練習した。

 この回避力はその努力が実を結んだ結果。さらに、努力したのは回避だけじゃない。

 

 プラウダ戦で成功したダブルアタック。BT-5を撃破したことで自信を深めた梓はこの攻撃方法にも磨きをかけてきた。

 練習でもアヒルとカメの両チーム撃破には成功している。カニチームは最後まで撃破できなかったが、あのチームは大洗でもっとも能力が高い。二輌同時撃破などという甘い目論みが通じる相手ではないのだ。

 今、M3リーに砲撃の雨を降らせているクルセイダーにも同じことがいえる。

 小隊長のハイビスカスを狙っても同時撃破はきっとうまくいかない。狙うなら僚車のクルセイダーだ。

 

 集中力を極限まで高め、梓は桂利奈に回避の指示を出しながらそのときを待った。

 すると、砲撃が当たらないことに痺れを切らしたのか、クルセイダーの包囲の輪が徐々に狭くなっていく。

 クルセイダーが向こうから近づいてきてくれたことで、梓は即座に頭のスイッチを回避から攻撃に切り替えた。

 

「撃てっ!!」

 

 梓の号令で放たれるM3リーの二門の砲撃。

 ウサギチームの思いを乗せた砲弾は二輌のクルセイダーの命中し、白旗が二つ上がった。

 それはまさに準決勝の再現。梓たちは再び奇跡を起こしたのだ。

 

「装填急いで! 次はハイビスカスさんを落とす」

 

 梓はそう勢いこむが、残る一輌のクルセイダーは砲撃を中止し、校舎へ向かって逃走した。

 

「戦車前進! 絶対に逃がさないから」 

 

 梓とハイビスカス。二人の勝負の決着は近い。


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