私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第四十八話 オレンジペコの戦い

 入浴を終えたオレンジペコは、友人達と一緒に調理室へと向かっていた。

 聖グロリアーナ女学院の制服に色とりどりのエプロンを着用した彼女達の姿は、可憐の一言に尽きる。もしこの学校に男子生徒がいたら、あまりの可愛さに思わず二度見してしまうだろう。

 オレンジペコ達がエプロンを着用している理由。それはもちろん料理をするためだ。

 合宿初日の夕食は聖グロリアーナ女学院の当番。事前にそうラベンダーから連絡を受けていたので、エプロンはみんな自前である。

 

「さすがはペコっち、エプロン選びも抜かりないね。花柄のエプロンは男受けバツグンじゃん」

「別にそんなつもりはなかったんですけど……。ベルガモットさんのハート柄のほうが男性は喜ぶんじゃないですか?」

「新婚夫婦ならハート柄が一番なんだけど、かわいいエプロンの王道はやっぱり花柄っしょ」

「なら、私はこのエプロンで問題ありませんの。ダーリンとは結婚したようなものですし」 

 

 きっぱりとそう言いきるベルガモット。結婚という言葉をあっさり口にできるあたりがいかにも彼女らしい。

 

「でもでも、ハイビスカスさんはピンクの無地エプロンなんですね。王道には飽きたんですか?」

「甘いね、カモっち。シンプルな無地のエプロンは結構男の子に人気があるじゃん。カモっちのネイビーも大人っぽくて有りだと思うよ。ニルっちの白は悪くないけど、ちょっとお母さんっぽいかな」

「私ってそんなに老けて見えるんですか……」

 

 ニルギリは落ちこんだ様子でがっくりと項垂れてしまう。

 このグループには背の低いオレンジペコとカモミール、さらには小学生並みの容姿であるベルガモットがいる。背が高くて落ちついた雰囲気のニルギリは、余計に大人びて見えてしまうのだろう。

 とはいえ、オレンジペコだって何もしていないわけではない。食事は一日三食しっかりとっているし、牛乳もほぼ毎日飲んでいる。食べ過ぎた分を脂肪にしないために、日々のトレーニングだって欠かしたことはなかった。

 しかし、そうして得た経験値はなぜかパワーのステータスに全振りされてしまう。そのせいでついたあだ名がリーサルウェポン。世の中は本当に思いどおりにはいかないものだ。

 

 エプロン談議が一段落したところで、オレンジペコ一行は調理室に到着した。

 中で待ちうけているのはオレンジペコをトラブルに誘う問題児トリオ。何事もなく終わりますように、そう祈りながらオレンジペコは調理室の扉を開けた。

 

 

 

「これから夕食の準備に取りかかります。料理の腕を披露するいい機会ですので、みなさんがんばりましょう」

「お料理の基本は真心をこめることですわ。手抜きをしてはダメでございますわよ」

 

 ラベンダーとローズヒップはやる気満々の様子で発破をかけてくる。

 思えば、この二人は大浴場でもテンションが高かった。カモミールとアサミに積極的に話しかけ、気まずい空気にならないように奮闘していたのだ。

 

 オレンジペコはアサミが来たことに最初は納得がいかなかったが、ここにきてようやく問題児トリオの狙いが見えてきた。おそらく、問題児トリオの目的はカモミールとアサミの関係修復だろう。

 アサミはオレンジペコにとって最低最悪な人物だ。アサミが今までカモミールにしてきた仕打ちは到底許せるものではない。

 だが、カモミールはアサミを嫌っていない。どんなに酷い扱いを受けても、アサミを悪く言ったことはなかった。大洗のアウトレットモールでカモミールがアサミに歯向かったと聞いたときは、心底驚いたものだ。

 カモミールが姉との和解を望んでいるのなら、オレンジペコも野暮なことを言うつもりはなかった。一番大事なのはカモミールの気持ち。オレンジペコの感情は二の次だ。

 

 今回は問題児トリオに協力しよう。オレンジペコがそう決心していると、ふとあることに気づいた。問題児トリオの一人、ルクリリの姿が見えないのである。

 

「あの、ラベンダー様。ルクリリ様のお姿が見えないようですが、何かあったのでしょうか?」

 

 心配そうな表情でラベンダーに問いかけるニルギリ。どうやら、彼女もオレンジペコと同じことに思い当たったようだ。

 

「ルクリリさんはお風呂でのぼせちゃったみたいなの。今は保健室で横になってるよ」

「心配する必要はありませんわよ、ニルギリさん。西住流の門下生は柔な鍛え方はしておりませんの。ちょっと休んだらすぐ戻ってきますわ」

 

 そういえば、ルクリリは西住まほと二人っきりでサウナにこもっていた。

 サウナに偵察へ行ったハイビスカス曰く――

 

『今はサウナに行かないほうがいいよ。西住先輩とルクリリ様が修羅場の真っ最中だったし。みほのことをどう思ってるんだとか、みほを幸せにする自信はあるのかとか……あれじゃまるで彼氏に詰問するうざい親父だね。ルクリリ様も顔が引きつってたじゃん』

 

 どうやら、オレンジペコの知らないところで一悶着起こっていたらしい。まあ、それについては関わるつもりはない。今はカモミールが最優先だ。

 しかしながら、ルクリリがいないとなると人数的に厳しくなる。

 今日の夕食は学食を借りた立食形式。料理の品目も多いし、ある程度の量を作る必要もある。時間も限られているので、要領よくやらないと夕食の時間に間に合わないだろう。

 

「ちょっと待ったー!」

 

 オレンジペコが頭の中で料理時間を計算していると、調理室に四人の人物が入ってきた。

 

「聖グロ忍道履修生、ただいま参上! 拙者たちも助太刀するでござる」

「今日は大洗の忍道履修生の方々にいろいろとご指導いただきました。恩は返すのが礼儀ですわ」

「料理は得意だ。任せろ」

「ぴょん!」

 

 夕食会には、戦車道履修生と同じように合同合宿をしていた忍道履修生も参加する。なので、ここで忍道履修生が現れても違和感はない。犬童頼子の名前さえ聞かなかったら、オレンジペコだって何も疑問に思わなかったはずだ。

 忍道履修生はいつものように素顔を隠している。忍者頭巾、編み笠、サングラス。五右衛門にいたっては、リアルなうさぎの被り物で頭部だけ隠していた。

 スパイである可能性を考えると顔を隠しているだけで怪しく見えてくる。けれども、彼女たちの破天荒さを考えると、忍者が素顔を隠すのは当たり前と考えていても不思議はない。誰がスパイかもわからない現状では、追求したところでうまくかわされてしまうだろう。

 

「ラベンダーと逸見様が仲直りしたときの状況にますます近づいてきましたわ。これはいけるかもしれませんわね」

「うん、私もそんな気がしてきた。みんな、手伝いに来てくれてありがとう」

 

 援軍が来たのを手放しで喜ぶラベンダーとローズヒップ。彼女たちは犬童頼子が陰で動いているのを知らないのだから、浮かれてしまうのも無理はない。

 この中ですべての事情を把握しているのはオレンジペコのみ。犬童頼子の暗躍を阻止できるのはオレンジペコしかいないのだ。

 

「はぁ、仕方ないですね」

 

 ため息まじりにそうつぶやくオレンジペコ。

 オレンジペコは聖グロリアーナ女学院の生徒だ。知っていながら見て見ぬふりをするような真似はできない。

 それに、カモミールを救おうとしている問題児トリオには借りができた。なら、大洗を救うことでその借りを返そう。借りを返すのは早いほうがいいと相場は決まっているからだ。

 

 その後、ルクリリも無事に復帰し、夕食会の準備は時間どおりに終えることができた。

 問題はこのあと行われる夕食会。スパイがなにか仕掛けてくるとしたら、おそらくこのときだろう。オレンジペコにとってはここからが勝負どころだ。

 

 

 

 学食で開催される夕食会は立食パーティー形式。決まった席は用意されておらず、それぞれ好きな場所で食事や会話を楽しむことができる。

 大洗の忍道履修生が加わったことで会場はかなりの大人数だ。その中には昼間戦車道の取材に来ていた放送部の生徒、王大河と三郷楓の姿もある。放送部は今はサンダースの生徒を取材中らしく、せわしなくマイクとカメラを動かしていた。

 

「アリサさん、意中の相手であるタカシさんに振られたという噂は本当ですか?」

「告白もしてないのに振られるわけないじゃない!」

「ということはあの噂はデマということですね。ではでは、ずばり聞きます。いつタカシさんに告白なさるんですか?」

「それは……その……」

 

 大河にマイクを突きつけられたアリサの返答は歯切れが悪い。どうやらすぐに告白する勇気はないらしい。 

 すると、そこへいきなりベルガモットが乱入してきた。

 

「アリサ様、そんなことではダメですの! 好きな殿方がいるのなら、自分の気持ちを正直に伝えるべきですわ。早く告白なさってくださいませ」

 

 ベルガモットの悪い癖が顔を出したことで、オレンジペコは思わず頭を抱えそうになった。

 他校の放送部の前で恥を晒せば、ダージリンの耳にまで入ってしまう可能性がある。そうなれば、オレンジペコに災いが降りかかってくるだろう。ここ最近の運のなさを考えるとそれは必然といえた。

 

「先輩、恋は戦いじゃん。ぐずぐずして敵に先手を取られたら、一生後悔するよ」

「モテクイーンの言うとおりだよ。私もこの大会で優勝したら告白してみせるから、アリサさんもがんばって」

「アリサ、ここが勝負のしどころよ。 Let's go!」

 

 ハイビスカスに武部沙織、さらにはケイにまで詰め寄られてしまうアリサ。どうやら彼女もかなりの巻きこまれ体質らしい。

 オレンジペコがそんなことを思っていると、ついにアリサが重い口を開いた。

 

「わかりました。今年度は冬季無限軌道杯が復活します。その大会で優勝したら告白するということで……」

「バッカモーン!」

 

 ケイに怒鳴られたアリサは小さくなってしまった。アリサが告白できるのはまだまだ先の話になりそうだ。 

 

 あちらの話にオチがついたことで、オレンジペコは自分がいるテーブルに意識を戻した。スパイの動きを察知するため会場全体に気を配っているが、オレンジペコの本命はあくまでカモミールだ。

 オレンジペコ以外でこのテーブルにいるのは問題児トリオとカモミール、そして要警戒人物のアサミ。しかし、オレンジペコの警戒は今のところ取り越し苦労に終わっている。

 アサミはずっとカモミールを毛嫌いし、彼女に対して何かと嫌味を言ってきた。そんなアサミが大人しくしているのは、ローズヒップの存在が大きい。ローズヒップは二人の間に立ち、会話が円滑に進むようにうまくコントロールしているのである。

 

「アサミ様、このプリンはカモミールさんが作ったのでございますわ。ぜひ食べてみてくださいまし」

「アサミ姉さんの好きなプリンの味とは違うかもしれないですけど、真心を込めて一生懸命作りました」

「……私がプリンを好きなのを覚えていたのですね」

 

 アサミはじっとプリンを見つめているだけで手は伸ばさなかった。

 アサミは頑固で融通が利かない人間。ここで素直にプリンを食べられたのなら、二人の関係はこんなにこじれたりはしない。

 とはいえ、アサミの態度が以前と違うのは明白。カモミールだけでなく、アサミにも寄りそったローズヒップの作戦はうまくいっている。

 アサミを敵視していたオレンジペコではこうはいかなかっただろう。親友の助けになれないのは悔しいが、この問題に関してはローズヒップに任せたほうがうまくいく。

 オレンジペコはそう判断し、アサミに対する警戒を解いた。頭をサッと切り替えることができなければ優等生は務まらない。 

 しかし、一難去ってまた一難。サウナでルクリリと揉め事を起こした張本人。西住まほがこの場へやってきた。

 

「見つけたぞ、ルクリリ。私はまだ納得していない。さっきの話の続きをするぞ」

「も、もう勘弁してくださいまし! ラベンダー、助けて!」

 

 オレンジペコの隣にいたルクリリがラベンダーの背に隠れた。

 これはかなり新鮮な光景といえる。普段の問題児トリオはルクリリが先頭に立つことが多いからだ。 

 

「お姉ちゃん、ルクリリさんに何をしたの?」

 

 ラベンダーの表情はおっとりしたままで変化はない。だが、オレンジペコは彼女が少し目を細めたのを見逃さなかった。

 

「みほ、わかってくれ。これはみほのためなんだ」

「私の?」

「ああ。中途半端な輩にみほは託せないからな」

「中途半端? ルクリリさんが? ……私の大事な人を悪く言うのはお姉ちゃんでも許さないから」

 

 まほは地雷を踏んだ。

 ラベンダーの前でローズヒップとルクリリの悪口を言うのはタブー。問題児トリオと濃い時間を過ごしてきたオレンジペコは、それをよく知っていた。ラベンダーが感情を表に出すのは、ローズヒップとルクリリを除けばあとはボコくらいだ。

 ラベンダーの視線の先にいるまほは顔面が真っ青になっている。普段はのほほんとしているラベンダーが氷のような視線を向けてきたのだ。ビビるなというほうが無理だろう。

 ところが、この状況でビビらない人物が一人いた。

 

「西住まほさん、あなたは妹に軽く見られています。生意気な態度をとる妹には厳しく接するべきではないですか? このままだと姉としての沽券に関わりますよ」

 

 強い口調でまほに問いかけたのはアサミであった。

 姉が妹に負ける。アサミにとってこの光景が許容できないのは容易に想像がついた。

 

「それはできない」

「なぜですか?」

「私は一度それで失敗している。同じ過ちを繰り返すわけにはいかない」

 

 きっぱりとそう言いきったまほの表情は、さっきまで青ざめていたのが嘘のように凛としている。

 

「以前の私は苦しんでるみほを助けてあげられなかった。妹を守るのが姉の役目なのに、それを放棄したんだ。姉失格だよ」

「姉失格……」

「そんな私をみほはまだ姉と呼んでくれる。その気持ちを裏切ったら、私はもう二度とみほの姉には戻れない。姉の威厳なんてちっぽけなものより、みほのほうが私は大事なんだ」

「そう……ですか」

 

 アサミはわなわなと体を震わせうつむいてしまった。

 これはまずいかもしれない。そう思ったオレンジペコはすすっとカモミールの隣に移動した。

 もしアサミが怒りで震えていたら、矛先は間違いなくカモミールへ向く。それがオレンジペコが今まで見てきたアサミという人間の性質だ。

 しかし、オレンジペコのその行動は無駄に終わった。アサミはぱっと顔を上げるとテーブルの上のプリンを食べ始めたのだ。

 

「……味は悪くありません。料理がうまくなりましたね、カモミール」

「アサミ姉さんがプリンを食べてくれた。ちゃんとニックネームで呼んでくれた……ううっ……よかった、よかったよぉ……」

 

 大粒の涙をぼろぼろこぼすカモミール。

 そんなカモミールに対し、オレンジペコはすぐさま自分のハンカチを手渡した。

 

「カモミールさん、これで涙を拭いてください」

「ペコさん、私やりました。アサミ姉さんと仲直りできました。これもペコさんのおかげです」

「私は何もしてませんよ」

「いいえ、そんなことはありません。ペコさんはいつも私のそばにいてくれました。ペコさんがいたから私はがんばれたんです。私はペコさんが大好きです!」

 

 カモミールはオレンジペコにギュッと抱きついてきた。

 大好きというのは友達としてだと思うが、さすがにこれは少し恥ずかしい。どうしたものかとオレンジペコが視線を漂わせていると、こちらを見ているアサミと目があった。

   

「オレンジペコさん、あなたには謝らないといけませんね。リーサルウェポンだの、ゴリラ女だの、ドワーフだの、カッパだのと、今までいろいろと酷いことを言ってしまいました」

  

 オレンジペコは言い返したい気持ちをぐっとこらえた。この和やかな雰囲気を台無しにするわけにはいかない。

 

「アサミさん、心変わりはしないでくださいね。カモミールさんが悲しむ姿はもう見たくありませんから」

「わかっています。今までの私は姉の本質を見誤っていました。西住さんのような真の姉になれるように、これから努力します」

 

 まほの姉理論はアサミには効果てきめんだったらしい。

 まさかまほが決着をつけるとは思わなかったが、この問題はひとまず終止符を打つことができた。ここ最近不運続きだったオレンジペコにとっては、久しぶりの明るい話題だ。

 

「お姉ちゃん、カモミールさんを救ってくれてありがとう」

「事態がよく飲みこめないんだが、私はみほの役に立てたのか?」

「うん! お姉ちゃんは私の自慢のお姉ちゃんだよ」

「そうか」

 

 大はしゃぎのラベンダーに両手を握られたまほの表情は、どこか安堵しているように見える。 

 

「あの、その調子で私にも穏やかに接してもらえると助かるのですが……」

「ダメだ」

「なんでっ!? 私にいったい何の恨みがあるんだーっ!」

 

 他校の生徒が大勢集まっている食堂にルクリリの絶叫がこだまする。聖グロリアーナの上品なイメージにまた一つヒビが入ってしまった瞬間であった。

 

「ルクリリはみほと添い遂げるつもりなんだろう? お前がみほのパートナーに相応しいと納得できるまで、私の態度は変わらない」

 

 まほのビックリ発言でシーンと静まり返る会場。せっかく問題が一つ片付いたのに、また新たな騒動の勃発だ。

 オレンジペコがほっと一息つけたのはほんの数分。頼むからもっと心の休まる時間を与えてほしい。

 

「思わぬところでスクープをゲットしてしまいました。お嬢様学校で芽生えた禁断の恋、マチルダ×クルセイダー。明日の三面記事はこれで決まりです。楓、カメラカメラ!」

「二人とも、こっち向いてくださーい」

 

 真っ先に寄ってきた放送部はカメラでラベンダーとルクリリの姿を撮影していく。

 新聞記者が素早いのはどこの学校でも同じらしい。オレンジペコも問題児トリオと一緒に騒ぎを起こしたときは、よくこうやって囲まれたものだ。

 

「女の子同士の恋愛なんて風紀違反よ。不純同性交遊だわ」

「園様! 愛を否定する権利は誰にもありませんわ。人を愛するという行為はこの世で最も尊いものなんですの」

「そど子は横暴すぎる。今の発言は取り消せ。ついでに私の遅刻も取り消せ」

「取り消すわけないでしょ!」

 

 高校生になってからベルガモットの暴走が止まらない。オレンジペコが密かに憧れていた大人な彼女は、どこへ消えてしまったのだろうか。

 

「梓ちゃん、聖グロリアーナは女の子同士の恋愛にも寛容みたいだよぉ」

「梓も告白しちゃえば。ノリと勢いが大事だって、アンツィオの人達も言ってたし」

「梓ちゃんのカッコいいとこ見てみたい~、それ、こっくはく、こっくはく、こっくはく!」

「うるさーいっ!」

 

 大野あやに向かって澤梓が吠えた。梓は大人しい子だと思っていたが、意外と大胆なところもあるようだ。

 大洗の生徒まで騒ぎだしたのを考えると、そろそろこの事態は収束させるべきだ。放っておくとこっちに飛び火しかねない。

 

「お姉様は西住流ジョークを小耳に挟んでしまったようですわね。思いっきり勘違いしてますの」

「お姉ちゃん、あれは冗談なの。ルクリリさんは私の恋人じゃないよ」

 

 オレンジペコより先にラベンダーが火消しに動いた。この騒動の引き金を引いたのはやっぱり問題児トリオだった。

 

「ルクリリはみほの恋人になる気はないのか?」

「あるわけないっ!」

「みほの姉になる気もか?」

「ラベンダーの姉はあんただろっ!」

 

 ルクリリは猫被りができないくらい追いこまれていたらしい。よく見ると少し涙目である。

 

「……ごめんなさい。正直に言うと私はルクリリに嫉妬してた。みほはルクリリみたいなお姉ちゃんが欲しかったんじゃないかって、不安でたまらなかったんだ」

「私のお姉ちゃんは世界に一人だけしかいないよ。妹思いで、優しくて、でもちょっと泣き虫。そんなお姉ちゃんが私は大好きだよ」

「みほ……」

 

 今度はまほが涙目になった。ラベンダーの言葉はそれだけ彼女の心を震わせたようだ。

 慈しみに満ちた笑顔をまほに向けるラベンダーは、まるで本当の女神のように見える。

 問題児と呼ばれながらも多くの人から好かれるラベンダー。なぜ彼女の周りに人が集まるのか、オレンジペコはその理由の一端を垣間見た気がした。

 

 そのとき、この場に新たな登場人物が現れた。

 

「ノリと勢いとパスタの国から総統(ドゥーチェ)参上! 西住、お前が凶行に走っても妹さんが悲しむだけだ。妹さんの幸せを願うなら、二人の仲を素直に認めてやれ」

「楓ー。アンチョビさんを連れてきたよー」

 

 突然やってきたのは、アンツィオ高校の制服に身を包んだ二人の少女。

 一人はアンツィオ高校戦車隊隊長、アンチョビこと安斎千代美。もう一人はオレンジペコの知らない少女だが、三郷楓と瓜二つの容姿を見る限り、三郷家の五つ子姉妹の一人なのは間違いない。

 

「すまない、安斎。あれは私の勘違いだった」

 

 まほの発言を聞いたアンチョビが頭からずっこけた。まるで野球のヘッドスライディングである。

 

「おおいっ! 私は何のためにここへ来たんだー!」

「それはもちろん、私たちの取材を受けてもらうためです。今日はサンダースの隊長もおいでになってますし、対談形式でお話を伺いたいと思います。楓、さっそく準備に取りかかりましょう」

「了解。お姉ちゃんも手伝って」

「もうー、楓は姉使い荒いよー」

 

 放送部はそそくさと食堂を出ていった。対談場所は別のところに用意するつもりらしい。

 

「ハーイ、チョビー。あなたもいいように利用されたのが我慢できなかったの?」

「利用された? 何のことだ?」

「あらら、なーんにも知らなかったのね。じゃあ特別に教えてあげるわ」

 

 ケイとアンチョビは二人でなにやらひそひそ話。

 オレンジペコはその内緒話の内容に大体の察しがついている。十中八九、大洗の廃校を目論む犬童家の企みの件だろう。

 

「なにーっ!! その話は本当か!?」

「Yes。それで、この話を聞いてあなたはどうするの?」

「どうするもこうするもない。私も協力する」

「OK。明日の試合は今日よりも楽しくなりそうね」

 

 どうやら大洗に新たな協力者が誕生したようである。大洗にもラベンダーのように人を惹きつける力があるようだ。

 オレンジペコがそんな風に事態を観察していると、ニルギリと丸山紗希が小走りでこちらに向かってきた。

 この二人はコンビになると要注意だ。動画流失事件の悪夢を忘れてはならない。

 

「オレンジペコさん、大変です!」

「そんなに慌ててどうしたんですか?」

「紗希さんが撮った写真にとんでもないものが写っていたんです。紗希さん、お願いします」

 

 ニルギリに促された紗希はオレンジペコに持っていたスマートフォンの画面を見せた。

 そこに映っていたのは――

 

「ボコ……」

 

 オレンジペコは小さな声でそう呟いた。

 スマートフォンの画面に映っていたのは島田愛里寿の手を引くボコの着ぐるみ。しかも、場所はこの学校の校内だ。

 ニルギリが慌てるのも頷ける。このことがラベンダーに気づかれでもしたら大惨事は必至。ボコはラベンダーを一瞬で別人に変えてしまう劇薬なのだ。

 

「この件は私がなんとかします。ほかの人たちには悟られないようにしてください」

「わ、わかりました」

 

 ニルギリが怯えた声で返事をし、紗希もこくこくと首を縦に振る。

 オレンジペコはそれを確認すると、調理室へと歩きだした。聖グロリアーナの忍道履修生は、この時間は調理室で追加料理の用意をしているはずだ。

 ついにスパイが動いた。オレンジペコはそう確信していた。

 

 

 

 オレンジペコが調理室の扉の前までやってくると、中から忍道履修生の話声が聞こえてきた。

 

「それにしても、大洗のバレー部の部長は小太郎にそっくりでしたわね。小太郎、これでいつでも分身の術ができますわよ」

「うれしくない。おかげで私はもみくちゃにされた。おっぱい怖い」

「あの二人の発育具合はすごかったでござるからね。拙者が関東平野なら、あっちはエベレストでござるよ」

 

 調理室から聞こえてくる声は三人。

 オレンジペコの思ったとおり、やはり一人足りない。ボコの正体は忍道履修生でほぼ間違いないだろう。

 オレンジペコは事実確認をするために調理室へと足を踏みいれた。これが終われば、いよいよスパイとの直接対決だ。

 

「あなた達に聞きたいことがあります」

 

 

 

 

 連休二日目。

 忍道履修生は今日も大洗と合同合宿を行っているが、そこに五右衛門の姿はなかった。彼女にはこの合宿中にやらなければならない任務があるからだ。

 大洗のプラウダ対策を丸裸にする。それが彼女に与えられた命令。

 忍道履修生の五右衛門ではなく、犬童頼子の部下、ブッキーになる時間がやってきたのだ。

 

 とはいえ、ブッキーにとってこの命令はあまり気乗りがしない。

 この作戦はブッキーの友達である忍道履修生を利用している。ブッキーはそれがたまらなく嫌だった。

 

 大洗のことは別にどうでもいい。この世は弱肉強食。弱いものが淘汰されるのは自然の摂理だ。

 しかし、この件に忍道履修生を巻きこんだのは気に食わない。

 彼女達は自分の殻に閉じこもり気味だったブッキーがやっと手に入れた大切な友人。頼子なんかよりもよっぽど大事な存在である。

 その掛けがえのない友をだます片棒をブッキーはかついでいる。こんなことは絶対にやりたくなかった。

 

 だがしかし、ブッキーは犬童頼子には逆らえない。

 ブッキーの実家は戦車道に関連する商品を売る老舗業者。保有する戦車も多種多様で、ティーガーからパーシング、はてはカール自走臼砲にいたるまでなんでもござれだ。

 西住流の財務を担当している犬童家は実家のお得意様。頼子を適当にあしらうことはできず、気弱なブッキーはすぐに部下にされてしまった。

 ブッキーというあだ名の由来。それは戦車という兵器を売る武器屋の娘だから。なんともふざけたあだ名である。

 

 犬童頼子は気に入らない。それでも、ブッキーは今回与えられた命令をほとんど終えていた。

 ボコの着ぐるみ姿で島田愛里寿を油断させ、情報を手に入れるのにはすでに成功している。あとはこの情報をまとめて頼子に渡せば任務は完了のはずだった。

 任務が終わっていないのは、今朝になって頼子からメールで新たな命令を受けたからだ。

 追加された命令は、ブッキーが今持っている手提げ袋の中身のビラをばらまくこと。

 ビラに書かれているのは大洗が廃校になるという記事だ。頼子は大洗に潜入したとき、あらかじめ用意していたこの記事を校内に隠していたのだ。

 負けたら即廃校という事実を公表して、大洗の士気を落とす。これが頼子から下された新たな作戦内容。相変わらず悪知恵がよく働く女だ。

 

 頼子に心の中で悪態をつきながら、ボコの着ぐるみ姿のブッキーはある場所を目指していた。

 普段戦車が収納されているガレージ。そこがブッキーの目的地である。戦車道履修生は練習試合で出払っているので、ビラをまくなら今がベストのタイミングであった。

 

 やる気のない足取りでブッキーはガレージへ向かう。するとガレージまであと少しというところで、一人の少女に行く手を塞がれた。

 彼女のことはブッキーもよく知っている。聖グロリアーナ最強の名をほしいままにした怪力少女、戦車道履修生のオレンジペコだ。

 

「ごきげんよう、五右衛門さん。新作の着ぐるみ、よく似合っていますよ。愛里寿さんにも好評だったんじゃないですか?」

 

 着ぐるみの中でブッキーは冷や汗を流した。

 ブッキーがやったことはオレンジペコにはすべてお見通し。そんな彼女がここにいる理由など一つしかない。

 裏切り者の粛清だ。

 

「それで、あなたはこのあとどうしますか? 私としては、抵抗しないで何もかも洗いざらい吐いてもらいたいんですけど」

 

 捕まってしまうと友達に罪がばれてしまう。それだけはなんとしても避けたい。

 相手は最強と噂されているが、よくよく見れば可愛らしい少女だ。それに着ぐるみ姿のブッキーのほうが体格は上。勝てる可能性は十分にある。

 ブッキーはそうやって自分に言い聞かせながら前に進んだ。そうでもしないと恐怖で失神しそうだったのだ。

 

「やってやる、やってやるぞぉ!」

「ボコはそんな腰の引けた声は出しませんよ。やっぱりあなたは演技がヘタですね」

 

 

 

 

 オレンジペコは戦いに勝った。

 といっても、大したことはしていない。オレンジペコが怪力をちょっと披露しただけで、五右衛門は気を失ってしまったからだ。

 

「全国大会で負けたら廃校決定、大洗の運命は戦車道履修生にかかっている……。くだらない記事を作る暇があるなら、ラベンダーさんのボコ狂いを少しは矯正してほしいものですね」

 

 五右衛門が持っていたビラを読んだオレンジペコはそう独り言をつぶやいた。この記事を作った犬童頼子は、よほど大洗に廃校になってもらいたいらしい。

 このまま頼子を野放しにしていたら、聖グロリアーナの品位が疑われてしまう。事はもう大洗だけの問題ではない。一刻も早く彼女の陰謀を阻止するべきだ。

 

「その前に、まずはこの人をどうにかしないといけませんね。こんなところを誰かに見られるわけにはいきませんし」

 

 オレンジペコは片手でボコの着ぐるみを引きずっている。今この姿を見られたら、熊殺しペコという新たな異名が付けられかねない。 

 だが、運の悪いことにガレージの中から出てきた生徒にオレンジペコは見つかってしまった。しかも、よりによって相手は放送部の三郷楓。

 さようなら、優等生のオレンジペコ。そして、こんにちは、熊殺しペコ。

 

「あ、ちょうどいいところに! ねえ、あなたも手を貸して!」

 

 ところが、楓はオレンジペコがボコを引きずっているのをスルーし、焦った様子で手伝いを依頼してきた。どうやら、何かただならぬ事態が起こっているらしい。

 

「いったい何があったんですか?」

「これを見てよ! 誰かが放送部の許可なしに学校中に号外をばらまいたの」

 

 楓から号外を受けとったオレンジペコは驚きを隠せなかった。号外に書かれていた内容が五右衛門が持っていたビラとまったく同じだったからだ。 

 

「楓ー!」

「お姉ちゃん、どうだった?」

「ダメ。体育館は号外がびっしり貼られてた。運動部の生徒にばっちり見られちゃったよ」

「えーっ! これじゃ放送部の面目丸つぶれだよ。なんとか騒ぎを最小限に食い止めないと。お姉ちゃん、次は三年生の教室!」

「だから、姉使い荒いってばー!」

 

 オレンジペコは犬童頼子を甘く見ていた。

 五右衛門はあくまで囮で本命は別。いや、もしかしたらこの事態を引きおこしたのは頼子本人なのかもしれない。

 もう大洗廃校の事実を隠すことはできないだろう。大洗女子学園は、とてつもないプレッシャーを抱えながらプラウダ高校と対戦することになってしまった。


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