「敵戦車隊は北東方面に進行中。数は五輌、陣形は斜行陣を敷いています」
『了解した。全車に通達。これより作戦Aを開始する。アサミはそのまま偵察を続行。ただし、決して深追いはするな』
「心得ています。取るに足らない試合ですが、手を抜くつもりは毛頭ありません」
大洗女子学園との練習試合でアサミが任された役目は、M24チャーフィー軽戦車を使用した偵察任務だ。
アサミは大学選抜チームでもチャーフィーの車長を担当しており、偵察はお手の物。しかし、慣れ親しんだ仕事のはずなのに今日のアサミはご機嫌ななめであった。
それも無理はないだろう。このチャーフィーの乗員は、アサミが苦手としている人物ばかりで固められているのだから。
「アサミさん、そういう言いかたはないんじゃないですか? 大洗のみなさんは真剣にこの試合に取り組んでいます。嫌味を言うのは淑女としてどうかと思いますよ」
「ふふっ、あなたの口から淑女という言葉が出るとは思いませんでした。ですよね、問題児カルテットのリーサルウェポンさん。あなたが淑女を語るのは百年早いのでは?」
「たしかにそうかもしれません。では訂正します。嫌味を言うのは人としてどうかと思いますよ」
涼しい顔でアサミにカウンターを入れるオレンジペコ。中学生のころからアサミに反抗的な態度をとるこの少女がチャーフィーの砲手である。
だが、苦手ではあるものの装填手席に座っている少女に比べればオレンジペコはまだましだ。
チャーフィーの装填手はカモミールのニックネームを与えられたアサミの妹。不運なことに、アサミは一番嫌悪感を抱いている人間と同じ戦車に乗る羽目になってしまったのだ。
「アサミ姉さん、ペコさん、喧嘩はやめて仲良くしましょうよ。あっ! ほらほら、大洗の戦車隊が先に進んじゃいますよ」
「言われなくてもわかっています。戦車前進」
嫌っている妹から注意されたアサミは表情を歪めるが、カモミールに罵声は浴びせなかった。
カモミールと喧嘩をしてはダメ。それが愛里寿がアサミに下した命令だ。
隊長の命令ならそれに従うまで。生真面目で上下関係を重んじるアサミは、愛里寿に逆らうようなことはしない。
「そろそろ大洗と囮部隊が鉢合わせします。このまま進めば愛里寿ちゃんの狙いどおりですね」
「相手は素人同然。隊長ならこの程度の予測は造作もないでしょう。あなたが隊長だったとしても、これくらいは予想できたのでは?」
「私には無理ですよ。愛里寿ちゃんだからできるんです」
チャーフィーを運転する操縦手はアサミの問いかけにそう答えた。
この操縦手のニックネームはラベンダー。今回の合宿を仕組んだ張本人であり、いろいろな噂が飛びかう戦車道界の有名人だ。
その噂の中でもっとも有名なのが、実の姉を追いだして後釜に座った悪女というもの。アサミが初めて出会ったラベンダーに辛辣な態度をとったのも、この噂が頭の片隅にあったからだ。
ラベンダーに関しては苦手というより後ろめたさのほうが大きい。
大洗のアウトレットモールでいざこざを起こしたあの日、アサミは愛里寿からこっぴどく叱られた。驚くべきことに、聖グロリアーナの問題児トリオは愛里寿の友人だったのだ。
知らなかったとはいえ、隊長の友人に無礼を働いてしまったのは許されない失態。誠心誠意謝ったことで愛里寿には許してもらえたが、あのときは生きた心地がしなかった。
アサミが愛里寿の口からラベンダーの本質を聞いたのはそのときだ。彼女は姉を追放した性悪な妹ではなく、姉を守ろうとした優しい妹だったのである。
「あなたには謝罪しなければいけませんね。噂を真に受けてあなたとまほさんを罵倒した私が愚かでした。申し訳ありません」
「そんなに気にしないでください。私が問題児と言われているのは事実ですから。それよりカモミ……」
「止まってください。これ以上大洗を追う必要はありません」
「は、はいっ!」
チャーフィーが停車したのを確認したアサミは無線で連絡を入れる。相手は囮部隊で重要な役目を担っているハイビスカスだ。
「大洗が網にかかります。あとはあなた次第ですよ」
『大船に乗ったつもりでいてくださいよ、先輩。今日のあたしってばマジ絶好調だし。ありっちの期待にばっちり応えてみせるじゃん』
「……そうですか。調子に乗って油断だけはしないでくださいね」
『オッケーオッケー!』
アサミはこめかみをひくつかせながら無線を切る。
無線を入れたのはラベンダーとの会話を打ちきるためであったが、余計なストレスを増やす形になってしまった。堅物なアサミと俗っぽいハイビスカスの相性は最悪らしい。
アサミとカモミールが同じ戦車に乗ることになったのは、おそらくラベンダーの差し金。そして、それには愛里寿も一枚噛んでいる。
あの二人の望み。それは間違いなくアサミとカモミールの関係改善だろう。
しかし、いくら愛里寿の願いでもこれだけは受けいれることができない。
カモミールはアサミのプライドをズタズタに引き裂き、居場所を奪った忌むべき存在。そうやすやすと溝が埋まる相手ではないのだ。
◇◇
武部沙織はいつも以上に緊張していた。
すでに公式戦を二試合消化し、隊長職も板についてきた沙織。そんな沙織がなぜこれほどまでに緊張しているかというと、助言を与えてくれる西住まほが新チームの基礎練習に同行していて不在だからだ。
ちなみに、新チームの指導にあたっているのはローズヒップとルクリリの西住流門下生コンビである。
「元気出してください、武部殿。西住殿の穴は私たちがカバーします」
「まほさんのようにはいかないと思いますけど、沙織さんの助けになれるように精一杯がんばりますね」
「沙織はもう一人前の隊長だ。西住さんがいなくてもやっていける」
「ありがとう、みんな。よーし、愛里寿ちゃんに勝ってまぽりんをびっくりさせよう!」
あんこうチームのメンバーに励まされた沙織が意欲を燃やしていると、カメチームから通信が入った。
『今日はそんなに気を張らなくてもいいよー。ラベンダーちゃんも言ってたでしょ。この試合を準決勝の参考にしてくださいって』
『武部、この試合は勝てなくてもいい。プラウダ攻略の糸口さえつかめれば十分だ。そのかわり、プラウダには絶対に勝つんだぞ! 負けたら終わりなんだからな!』
『桃ちゃん、プレッシャーをかけるようなこと言っちゃダメだよ。武部さん、今日は気楽にやってね』
柚子の言葉を最後にカメチームとの通信は途絶えた。
桃が一杯一杯になるのはいつものことだが、最近はとくにそれが目立っている。犬童芽依子が三式中戦車を降りると言ったときに、人一倍取り乱していたのも桃だった。
準決勝が近いので気が立っているのかもしれないが、今度の相手は去年の優勝校。普通に考えれば、素人に毛が生えた程度の大洗が勝てる学校ではない。
にもかかわらず、桃は勝つことに異常にこだわっている。なぜそこまで必死になるのか、沙織にはまったく理解できなかった。
『敵戦車発見! クルセイダーが一輌、シャーマンが二輌です』
先頭を走るウサギチームの梓から無線が入る。
桃がなにを考えているかはわからないが、今はこの練習試合に集中するべきだ。沙織はそう頭を切り替えると仲間たちに指示を出した。
「クルセイダーとシャーマンは機動力に差があるから、クルセイダー隊お得意の連携攻撃はしてこないと思う。数はこっちが有利だから、ここは正面から仕掛けるよ。全車、砲撃戦用意!」
◇◇◇
大洗と相対しているのは、聖グロリアーナとサンダースに大学選抜の助っ人が加わった連合部隊。
とはいえ、部隊の主力はほとんどがサンダース所有の戦車。聖グロリアーナの戦力は、ボコられグマのイラストが描かれた深緑色のクルセイダー一輌のみだ。
ところが、連合部隊の隊長、島田愛里寿はこのクルセイダーを大絶賛。作戦Aの重要な要素を請け負う部隊の中心にクルセイダーを抜擢したのであった。
その大事なクルセイダーを任されたのは聖グロリアーナ女学院所属の一年生。車長ハイビスカス、操縦手ニルギリ、砲手ベルガモットの三名である。
「あ、囮シャーマン先輩が撃破された。おーし、次は大洗を例の場所におびき寄せるじゃん」
「ここまではうまくいきましたわね。ニルギリさん、あとはお願いしますの」
「は、はい。では、後退しますね。しっかりつかまっていてください」
ハイビスカスが車内に引っこんだのとほぼ同時に、ニルギリはクルセイダーを軽やかな走りで後退させた。大洗の砲撃がかすりもしないその操縦技術は見事の一言に尽きる。
どのポジションでも難なくこなすオールマイティー選手、ニルギリ。その実力はこの試合でも遺憾なく発揮されていた。
「ニルっち、そんなに完璧にこなさなくてもいいよー。白旗があがらない程度にボコられたほうがありっちも喜ぶっしょ」
「島田様が喜ぶ? なぜですの?」
「クルセイダーのイラストを見たありっちの目、ものすごく輝いてたでしょ。ラベンダー様と同じ目をしてたから、ありゃ相当なボコられグマ狂いだね」
ボコられグマのことになるとラベンダーは頭のネジが外れる。ラベンダーのボコられグマ好きに触れた一年生が、一時間ボコられグマ談義に付き合わされたのは有名な話だ。
優しく聡明で面倒見の良いステキな先輩、ラベンダー。そんなラベンダーが問題児扱いされているのは、ボコられグマが原因であるというのが一年生の共通認識であった。
「あの短時間でよくそこまで見てましたわね」
「観察眼と洞察力には自信があるじゃん。この能力をフルに使って男の子にモテまくったからね」
「殿方を取っ替え引っ替えするのはよくありませんわ。女性は一人の殿方を愛し尽くす。それが男女の愛のあるべき姿ですの」
「ちょっち待って。ベルっちの彼氏だって女の子を二人もはべらせてるじゃん。それは問題ないわけ?」
唇を尖らせて文句を言うハイビスカス。
それに対し、ベルガモットは顔色一つ変えずにこう言い放った。
「優れた殿方が複数の女性を愛することになんの問題があるんですの? 姉様のご後輩のお父様は愛人が五人もいますわよ」
「その親父、いつか絶対奥さんに刺されるね。もしくは愛人が刺される」
「奥様と愛人の方たちの仲は良好ですわ。姉様が聞いた話だと、同じ家に住んで子育ても協力して行っていたそうですの」
「マジか……」
ハイビスカスが絶句していると、ニルギリが申し訳なさそうに話に割りこんできた。
「あの、そろそろ目的地に着きますけど……」
「おっと、ごめんごめん。大洗は……よしよし、ちゃんと食いついてるじゃん」
作戦が成功したことを確信したハイビスカスは無線連絡を入れる。相手は前方で待機しているシャーマン小隊のフラッグ車だ。
「無線傍受先輩、大洗をつれてきたよー」
『なんであんたがそのことを知ってんのよ!』
「あずっちたちが教えてくれたし」
『あいつらーっ! 今日は目に物見せてやる! あんたは念のため私の守りに入りなさい』
「了解じゃん。ニルっち、反転してシャーマンの前に出るよ」
ハイビスカスの命を受けたニルギリはクルセイダーをドリフトさせ方向転換。器用にくるっと回転したクルセイダーはフラッグ車の前へと躍り出た。
これにて作戦Aはほぼ完了。大洗が罠にかかれば、一回目の練習試合は早期に決着がつくだろう。
◇◇
『武部隊長~、ハイビスカスさんのクルセイダーがシャーマン三輌と合流しましたぁ。フラッグ車も一緒だから、梓ちゃんは突撃したいって言ってますぅ』
沙織のもとにウサギチームの通信手、優季から無線が届く。
梓が血気盛んになるのは珍しいがその感情は沙織にも理解できる。ハイビスカスは聖グロリアーナとの練習試合で梓を負かした相手。梓がリベンジしたいと躍起になるのも当然だ。
沙織だってあのときはラベンダーに手も足も出なかった。成長した姿をラベンダーに見せたいという思いは少なからずある。
「わかった。この勢いに乗って短時間で決着をつけよう。全車、突撃!」
沙織は全車輌に号令をかけるが、すぐにその判断が誤りだったのを思い知らされることになる。
まるで大洗が前がかりになるのを見越したかのように、シャーマンの後方から見覚えのない戦車が突然三輌現れたからだ。
「なにあれっ!? シャーマンじゃないよ!」
「あれはM26パーシング! アメリカがティーガーに対抗するために開発した重戦車ですよ」
優花里が即座に戦車の名前を教えてくれるが、今はそれに感心している場合ではない。
「なんでそんな戦車がいきなり出てくるの? 全国大会にはいなかったじゃん!」
「ラベンダーさんは大学選抜チームから助っ人が来ると仰っていました。あの戦車もそうなのでは?」
たしかに華の言うとおり、ラベンダーはそんなことを言っていた。助っ人というのは人員だけだと思っていたが、ラベンダーは戦車まで手配していたらしい。
「この先は坂が連続して見通しが悪いエリアだ。連中は坂の下に隠れていたんだろう」
「M26は坂道を登るのが遅い。最初からここで待ち伏せしていたと考えるのが自然ですね」
「もしかして、これって罠!?」
大洗五輌に対し、聖グロサンダース連合は七輌。しかも重戦車のオマケつき。
沙織たちが見事に釣られたのは明らかである。
「沙織さん、どうします? フラッグ車を狙いうちしますか?」
「ううん、ここはいったん後退しよう。後ろは塞がれてないからまだ退路は……」
沙織は最後まで指示を言いきることができなかった。聞きおぼえのある砲撃音があたり一面に響いたからだ。
『やられたー』
杏の緊張感の薄い声が無線から聞こえてくる。
沙織がキューポラから身を乗りだして確認すると、最後尾の38(t)から白旗があがっていた。今日の試合で使用されているのは練習弾だが、ダメージ判定は試合とほぼ同じ。白旗があがれば即失格である。
「今のって、もしかしなくてもファイアフライの17ポンド砲?」
「ですね。どうやら我々は袋のネズミみたいです」
優花里の言葉どおり、後方からファイアフライと一輌のパーシングがこちらに迫ってくる。そのパーシングのキューポラから顔を出しているのは、サンダース大学付属高校隊長、ケイ。
パニック状態の沙織が当然勝てる相手ではなく、一回目の練習試合は大洗の完敗で幕を閉じるのであった。
◇
今日の練習試合はインターバルを置いて二回行われる。大洗の戦車隊と戦闘を行った部隊は戦車の点検や補給などでてんてこ舞いだ。
そんななか、みほたちのチャーフィーは燃料の補給をさっさと終え、すぐに持ち場へついていた。極力無駄をなくし与えられた役割を正確に実行する。遊び心がいっさいないやり方はいかにも生真面目なアサミらしい。
しかし、みほにはアサミとカモミールを仲直りさせるという目的がある。このまま素直にアサミに従っているわけにはいかない。
「次の試合が始まるまでまだ時間がありますから、少し休憩しましょう。カモミールさん、お茶の準備をお願いね」
「はいっ! お任せください」
ティータイムを大事にするのは聖グロリアーナ女学院の伝統。OGであるアサミはそれを咎めることはできないだろう。
カモミールが紅茶を用意すればアサミに直接手渡すことになる。この程度で二人が仲良くなるなどと楽観視はしていないが、言葉を交わす機会ぐらいは作れるはずだ。
だが、そんなみほの淡い期待はオレンジペコが待ったをかけたことでもろくも崩れさった。
「カモミールさんはラベンダー様の紅茶を用意してください。アサミさんのは私が用意します」
「ほほう、リーサルウェポンさんが私に紅茶をいれてくれるんですか。これは毒を盛られないように見張っておく必要がありそうですね」
「安心してください。今日お出しするのは普通のレモンバームティーですから。アサミさんのように年中イライラしているかたにぴったりのハーブティーですよ」
もしかすると、アサミとオレンジペコを仲良くさせるほうが難しいかもしれない。この二人の関係はまさに水と油だ。
本来の計画では、チャーフィーの砲手はベルガモットに担当してもらう予定だった。
ベルガモットはアサミが慕っていたウバの妹。チャーフィーの砲手にこれほど適した人物はほかにいないだろう。
ところが、アサミのことをリサーチしてきたみほの計画はオレンジペコによって頓挫した。オレンジペコは搭乗する戦車をベルガモットと交換し、アサミの前に立ちはだかったのだ。
おそらく、オレンジペコはカモミールをアサミの魔の手から守るつもりなのだろう。友情に厚いオレンジペコの姿が見れたのはうれしく思うが、できればもっと違う場面で発揮してもらいたかった。
「そ、そういえば! 愛里寿さんの作戦は見事でしたよね。私たちが苦戦した大洗にあっさりと勝っちゃうなんて、本当にすごいです」
「あれは隊長の考えた作戦ではありません。隊長は他人の作戦を完璧に再現しているだけですから。そうですよね、ラベンダーさん」
カモミールの話にすぐ反応したのはアサミであった。
先ほどの愛里寿の作戦はプラウダ高校の数ある戦術の一つ。アサミの言ったとおり、愛里寿はカチューシャの作戦をなぞっているにすぎない。
大洗の生徒にカチューシャの戦いかたを肌で感じてもらう。それがみほの考案した対プラウダ合宿作戦の全容。
とはいえ、みほ一人ではこの作戦は実行できなかった。ここまでこぎつけられたのは友人たちの協力があってこそだ。
プラウダの戦術を詳細にまとめてくれたのは、練習試合でプラウダ高校と幾度となく対戦していたエリカ。プラウダの作戦を急造チームで実行するのは、大学選抜チームという名の混合部隊を率いている愛里寿。この作戦はみほと友人たちが力をあわせて完成させたものなのである。
「ああ、勘違いしないでください。隊長があなたに手を貸すと決めたのなら、私はそれに従うまでです。あなたがなにを企んでいようと、文句を言うつもりはありません」
みほがどう返答するか考えを巡らせていると、アサミが先に言葉を投げかけてきた。
アサミは愛里寿の命令には絶対に逆らわない。とある人物が教えてくれたアサミ情報にはこのような話もあったが、どうやらそれは事実のようだ。
「企む? ラベンダー様が? アサミ姉さん、またラベンダー様のことを悪く言うんですか……」
カモミールは悲しそうな顔でアサミを非難するような言葉をつぶやいてしまう。
アサミが再び凶行に走るのではないか。そんなネガティブな思考が一瞬頭をよぎったみほであったが心配は無用だった。
アサミは暴力に訴えるのではなくひたすら深呼吸を繰りかえしている。アサミはアサミなりの方法で怒りを我慢しているのだろう。
「先ほどは失礼しました。発言を撤回します」
愛里寿はこの日のためにアサミと話し合いを複数回行ったと語っていた。アサミがカモミールに手を出さなかったのは愛里寿の努力が実を結んだ結果だ。
愛里寿は対プラウダ合宿作戦でもきっちり結果を出しているのだから、みほも負けてはいられない。目指すはみんなが笑顔になれるハッピーエンド。それを実現させるために、みほは今一度気合を入れなおすのであった。
◇◇
『こちらアヒル。クルセイダー一輌とシャーマン二輌を発見。一試合目とまったく同じ場所に陣を敷いています』
沙織に連絡を入れてきたのはアヒルチームの車長、磯辺典子。
一試合目で不覚をとった沙織はアヒルチームを偵察に回し、まずは相手の出方を伺うことにしたのである。
「布陣を変えてないってことはさっきと同じ作戦なのかな? みんなはどう思う?」
「こちらの裏をかいて別の作戦を展開している可能性もありますし、この情報だけでうかつに行動するのは危険ですね」
「だが、いつまでも動かなければじり貧になるだけだぞ」
「愛里寿さんは作戦立案能力に長けているようですから、それ相応の手を打ってくるかもしれませんね」
あんこうチームのメンバーがそれぞれ意見を述べる。その意見を踏まえ、沙織は一つの決断を下した。
「クルセイダーを無視して別ルートを進もう。アヒルチーム、今度は西側の偵察をお願い」
『了解しました!』
アヒルチームを先行させて細心の注意を払いながら進軍する。沙織は方針をそう定めると待機している仲間たちに命令を飛ばした。
「今度はアヒルチームの情報を逐一確認しながら慎重に進むよ。戦車前進。全車、あんこうチームのあとに続いて!」
索敵が功を奏したのか、それからしばらくは順調な進軍が続いた。
もしかしたら、聖グロサンダース連合は作戦を変えていないのかもしれない。配置が前回と同じなら、うまく進めばフラッグ車の背後を突けるだろう。
沙織がそんなことを考えていると、アヒルチームから通信が入った。
『武部隊長、パーシングが一輌前方に陣取っています。車長は……島田愛里寿です!』
「愛里寿ちゃん!? さっきの試合で姿が見えなかったけど、こんなところにいたんだ……」
部隊の指揮をとるべき隊長が一人離れて別行動。天才の考える作戦は沙織の想像をはるかに超えているようだ。
『おい、武部。隊長が一人だなんてどう考えても罠だ。ここは撤退しよう』
桃にしては珍しくまともな提案である。普段は試合になると冷静さを欠いてわめき散らすので、桃の発言はあまり当てにならないのだ。
『待ってくれ。見方を変えればこれはチャンスでもある。隊長を撃破できれば敵は間違いなく浮足立つ』
『大将を失った部隊がもろいのは歴史が証明しているぜよ』
『桶狭間の戦いも義元公が討ち取られたことで今川軍は敗北した!』
『武部隊長、ここで一戦交えてみるのはどうだろうか?』
カバチームのメンバーが一通り意見を出し、最後にリーダーのカエサルが沙織に提案を持ちかけた。
たしかに敵隊長を撃破できれば試合を有利に進めることができる。しかし、相手は天才少女の呼び声高い島田愛里寿。そう都合よく勝てる相手ではないだろう。
ところが、カバチームの提案にほかのチームは乗り気なようであった。
『私たちはカバチームの先輩たちの意見に賛成です』
『大丈夫ですよ、武部隊長。根性があればなんでもできます!』
『明日も練習試合はあるんだし、島田ちゃんの実力を測っておくのはありかもね』
結局、沙織は仲間たちに押し切られる形で愛里寿と戦うことになった。
その結果はというと――
『ウサギチーム、走行不能! 武部隊長、すみません!』
「武部殿、これで残るは我々だけです……」
「やっぱり罠だったじゃない! もぉーやだー!」
後悔しても後の祭りだ。愛里寿に軽々しく手を出した時点で大洗の負けは確定していたのである。