私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第四十五話 対プラウダ合宿作戦

 大洗女子学園の次の相手は優勝候補の筆頭、プラウダ高校。まほにとっては、去年の大会で完膚なきまでに叩きのめされた因縁の相手だ。

 今までの対戦相手も強敵ぞろいであったが、プラウダ高校の実力はさらにその上を行く。そんな難敵に大洗が勝つには、とにかく必死で練習するしかない。

 この三連休に行う合宿は一日も無駄にできない貴重な時間であった。

 

 休日を無駄にできない理由はもう一つある。

 フランスの重戦車B1bisが次の試合に使用できることになり、新しいメンバーが戦車道チームに加わったからだ。

 

「新しい隊員はそど子か……。面倒なことになった」

「名前を略さないでよ! いい冷泉さん、チームメイトになったからって遅刻を見逃したりはしないからね」

 

 B1bisを担当するのは、風紀委員長の園みどり子がリーダーを務める風紀委員チーム。当然ながら戦車道に関してはずぶの素人であり、戦力として計算するにはかなりの練習が必要だろう。

 そして、新たに増えた素人は風紀委員チームだけではない。

 

「ついにこの日が来たにゃ!」

「ゲームで鍛えた腕前を見せるときだっちゃ!」

「がんばるもも!」

 

 三式中戦車の前で気合を入れているのが、ネットゲームマニアで構成されたもう一つの素人チームだ。ゲームで得た豊富な戦車知識が武器だが、実際の戦車には触れるのはこれが初めて。彼女たちが三式中戦車をうまく扱えるかは出たとこ勝負であった。

 とはいえ、三式中戦車に搭乗してくれる生徒が現れただけでも上出来といえる。まほと芽依子とあやの三式中戦車チームは、すでに解散してしまっているのだから。

 

 アンツィオ高校戦で活躍した三式中戦車チームが解散したのは、車長の芽依子が三式中戦車に搭乗するのを拒否したからだ。

 河嶋桃を始めとした一部の生徒は芽依子に詰めよったが、芽依子はただ謝罪を繰りかえすのみで理由を語らなかった。もちろんそれで桃が納得するわけもなく、芽依子を守ろうとしたうさぎチームのメンバーを巻きこんで、一時一触即発の事態にまで陥ってしまう。

 そのきは沙織とまほが仲裁に入ったことで事なきを得たが、ちょっとでも遅れていたらチームがバラバラになるところだった。

 

 芽依子が三式中戦車を降りた理由。まほはそれに心当たりがある。

 犬童家の人間は戦車に搭乗しない。その決まりを守り裏方に徹することで、犬童家は西住流を盛り立ててきた。

 西住流一門からは臆病者の誹りを受け、世間からは評価もされず、ただひたすら西住流の発展に尽くす。西住家が光なら、犬童家は影。どちらが欠けても西住流は栄光をつかめなかっただろう。

 

 戦車に搭乗し戦車道の試合に参加した芽依子の行いは、犬童家に対する裏切り行為。おそらく、アンツィオ高校戦で目立ちすぎたことで、家から圧力がかかったに違いない。

 芽依子が戦車道を始めるときにまほが危惧した事態。それが現実に起こってしまったのだ。

 

 その芽依子は今、聖グロリアーナ女学院の一年生と話をしている。

 この一年生たちは、大洗に協力しているみほが用意した助っ人その一。ちなみに、その二は大洗に向かっている最中とのことだ。

 

「めいっち、なんか元気なくなーい?」

「そんなことはありません。ハイビスカスさんの気のせいでは?」

「ははーん。もしかして、愛しのパパと喧嘩でもした? それならさっさと新しい恋を見つけたほうがいいよー。親父なんて臭いし、顔だってヌメヌメしてるし」

「……」

 

 芽依子はゆらりとした動作で棒手裏剣を取りだすと、それをハイビスカスへと向けた。

 

「やばっ! 助けてペコっち!」

「自業自得です。自分でなんとかしてください」

「愛を愚弄した報いですの」

「薄情者ーっ!」

 

 オレンジペコとベルガモットに見捨てられダッシュで逃げるハイビスカス。そして、それを猛スピードで追いかける芽依子。

 三式中戦車の一件以降、芽依子は気落ちした表情を見せることが多い。この合宿が少しでも彼女の気分転換になるのを祈るばかりである。

 

 本当ならまほが芽依子の問題を解決するべきなのだが、残念ながらまほにもあまり余裕がない。まほにはこの合宿でやらなくてはならないことがあるのだ。

 

「角谷会長、そろそろ到着するみたいです。準備はいいですか?」

「ばっちりだよ」

「わかりました。もしもし、こちらが誘導しますので着陸態勢に入ってください」

 

 みほはインターカムを使ってあれこれ指示を出している。仕事ができる女。今のみほの姿はまさにそれだ。

 そのとき、慌ただしく動いていたみほがなにもないところでつまずいた。

 

「わわっ!?」

「おっと! 大丈夫か?」

「ありがとう、ルクリリさん」

 

 倒れそうになったみほを助けたのはルクリリであった。このルクリリこそが今回の合宿でまほのターゲットとなる人物だ。

 

「あんまり無茶するなよ。最近のラベンダーはなんだか生き急いでるみたいで、私は少し不安になる」

「心配いらないよ。私にはルクリリさんとローズヒップさんがいるから」

「……そうか。まあ、なにかあったら遠慮なくこき使ってくれ。ラベンダーを守るのが私たちの役目だからな」

 

 仲睦まじい様子のみほとルクリリ。

 そんな二人の姿を見ていたまほの胸がキリキリと痛む。まほの中にある嫉妬心はいまだに衰えを見せない。

 ローズヒップに対する嫉妬心はすでに克服したが、ルクリリだけはダメだった。みほに優しい言葉をかけ、なにかとみほを気遣い、まるで姉のように振舞う彼女がどうしても許せないのだ。

 みほの姉は自分だというちっぽけな自尊心。これを断ち切らない限り、まほはいつま経っても弱い少女のままだ。

 

 まほがこの合宿でなすべきこと。それは弱い自分との決別。一人の少女との交流がまほのやる気を燃えあがらせていた。

 

「安斎。お前の助言、無駄にはしないぞ」

 

 

 

 

「妹の友達に嫉妬してる?」

「ああ……」

 

 二回戦終了後に行われたアンツィオ高校との食事会。まほはこの場で、アンツィオ高校の隊長であるアンチョビこと安斎千代美に自分の悩みを打ちあけた。

 まほが己の抱く嫉妬心を誰かに話したのはこれが初めてだ。友人である沙織たちには、失望されるのを恐れて今まで話すことができなかったのである。

 

「みほが……妹が誰かに取られるのを私は恐れているんだ」

「西住、今からそんなことでどうするんだ。お前の妹もいつかはお嫁に行くんだぞ。西住は妹の旦那さんにまで嫉妬するつもりか?」

 

 みほが結婚する。そんな考えは今まで一度もまほの頭に浮かんでこなかった。小さいころから西住流の修行に明け暮れていたせいで、まほは色恋沙汰には無頓着なのだ。

 

「そんなことはない……と思う」

「少し間があったのが気になるけど、まあいい。とにかく、妹さんの友達はあくまで友達であって、西住の手から妹さんを奪う泥棒猫じゃない。妹さんのお姉ちゃんはお前だけなんだ。もっと自分に自信を持て」

 

 アンチョビはまほをビシッと諭してくれる。

 彼女を相談相手に選んだのは正解だったようだ。さすがは後輩からドゥーチェと呼ばれ慕われている隊長だ。

 

「ありがとう、安斎。がんばってみるよ」

「アンチョビだ。まあ、待て。西住にはもう一つ言いたいことがある」

 

 アンチョビはコホンと一つ咳払いをすると話の続きを始めた。

 

「妹依存から脱却する一番の方法、それはずばり恋だ。西住はもっと異性に興味を持ったほうがいい」

「……恋愛のことはよくわからない」

「なら今度おススメの恋愛小説を貸してやる。西住も恋に興味をもつこと間違いなしだ」

 

 どうやらアンチョビは恋愛小説を読むのが趣味らしい。

 意外な趣味だなとまほが驚いていると、そこへ沙織が乱入してきた。

 

「なになに? 恋愛の話? ガールズトークならみんなでしようよ」

 

 恋愛に関する話はどんなささいなことも沙織は聞き逃さない。さすがは後輩から恋愛マスターと呼ばれ慕われている隊長だ。

 

「今ね、梓ちゃんたちの友達の話で盛りあがってるの」

「梓たちの友達……聖グロリアーナ女学院の一年生か?」

 

 ウサギチームのメンバーは、聖グロリアーナ女学院の一年生と仲が良い。

 みほの後輩はどんな生徒なのか。まほにとっても気になる話ではある。

 

「そうそう、聖グロリアーナの一年生。中学の学園艦で逆ハーレムを築いたモテクイーンがいるんだって」

「まるで小説か漫画の主人公みたいなやつだな。よし、私たちも参加するぞ、西住。小説よりもおもしろい話が聞けそうだ」

 

 その後、モテクイーンに加えて、年上の自衛隊員の彼氏がいる愛戦士の話でガールズトークは大盛況。まほにはピンとこないが女子高生というのは異性に興味津々のようだ。そして、おそらくそれはみほにも当てはまるだろう。

 みほに恋人ができたとき、はたして自分は冷静でいられるのか。アンチョビには先ほど否定したものの、少し不安になってしまうまほであった。

 

  

 

 

「みほに恋人ができることに比べたら、ルクリリを許容するほうが容易だ。今日でけりをつける」

 

 まほが一人そう意気込んでいると、みほたちのもとへローズヒップがやってきた。

 

「またお二人でイチャイチャしてますわね。本当はお付き合いしているのではございませんか?」

「お前もしつこいな。ラベンダー、一発ガツンと言ってやれ」

「私は……ルクリリさんならいいよ」

「は?」

 

 狐につままれたような顔で立ちつくすルクリリと微笑みを絶やさないみほ。

 ショッキングな光景を目の当たりにしたまほはその場から逃げだした。ルクリリはみほを奪う泥棒猫だったのである。

 

 

◇◇

 

 

「あ、あのなラベンダー。お前の気持ちはうれしいけど、私は女の子を恋人にする趣味はないんだ。でも安心しろ! これでお前のことを嫌いになったりはしないから」

 

 早口でまくし立てるルクリリに対し、みほはペロッと舌を出していたずらっ子のような笑みを浮かべた。

 

「ごめんね。今のはジョークなの。これが相手の心をわしづかみにする西住流ジョークです」

「ルクリリったらお顔が真っ赤ですの。言動はがさつでも心はウブなのでございますね」

「うるさい黙れっ!」

「いだだだっ! こめかみをグリグリするのはご勘弁ですわー!」

 

 三人がいつものように戯れていると大型輸送機がこちらに向かってきた。

 最強の助っ人である島田愛里寿。そして、愛里寿が手回ししてくれたサンダースの戦車隊がやってきたのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 ここはアンツィオ高校の学園艦。

 戦車隊の隊長である安斎千代美は自室で恋愛小説を読みふけっていた。

 この日のアンツィオ高校戦車隊は完全オフ。ノリと勢いで活きるアンツィオ高校の生徒は、毎日練習させるよりもオンオフをうまく切りかえるほうが効率が良いのである。

 

 そんな千代美の携帯電話に一通のメールが届いた。

 差出人は西住まほだ。

 

「西住からか……吉報だといいんだけどな」

 

 まほと連絡先を交換した千代美は何度かメールのやり取りをしている。

 まほは今日、嫉妬している妹の友達と会う機会があるとメールに書いていたので、このメールはそれに関してのことだろう。よい知らせを期待した千代美がメールを開封すると、そこにはこう書かれていた。

 

『安斎千代美様へ

 

 妹の友達は泥棒猫でした。

 

 今夜決着をつけます。

 

 西住まほ』

 

 メールを見た瞬間、千代美は目が点になってしまう。

 泥棒猫、今夜、決着。これらの不穏なワードに深刻な妹依存症を患っている西住まほを加えると、導きだされる答えは一つしかない。恋愛小説には付きものの修羅場だ。

 

「早まるな! 西住ーっ!」 

 

 せっかくの自由な休日であったが、のんびり恋愛小説を読む時間はここで打ち止めらしい。

 

 

◇◇

 

 

 大洗の学園艦に着艦したサンダース大学付属高校の輸送機、C-5Mスーパーギャラクシー。

 最大六輌のM4中戦車を搭載できるこの輸送機は、対プラウダ合宿作戦の重要な要素を占めている。今回行う訓練は基礎練習ではなく試合形式の実戦。多くの戦車を大洗へと運べるスーパーギャラクシーがなければ、試合自体が成り立たないのだ。

 

「残りのもう一機も間もなく到着する」

「ありがとう、愛里寿ちゃん。これで十分な練習ができるよ」

「礼ならメグミに言ってほしい。私は彼女にお願いしただけだから」

 

 愛里寿が隊長を務める大学選抜チームは副隊長格が三人おり、メグミはその中の一人である。サンダース大学付属高校出身であるメグミは、今回の作戦を円滑に進めるために尽力してくれた人物だ。

 

「うん。あとでお礼を言っておくね。姿が見えないけど、メグミさんは次の輸送機で来る予定なの?」

「それが……」

「Sorry。メグミ先輩は体調不良で今回はお休みよ」

 

 言いよどむ愛里寿の代わりに返答したのは、サンダース大学付属高校戦車隊隊長であった。この隊長の名はケイといい、一年生のときに練習試合で対戦したみほは彼女と面識がある。

 

「But don't worry。大学から戦車も借りてきたしファイアフライとナオミもいる。プラウダに引けを取らない戦力をそろえてきたつもりよ」

「ケイさん……私のわがままに付き合ってくれてありがとうございます」

「こんなの全然OKだよ。それに、悪い大人に利用されたまま終わるのはおもしろくないしね」

 

 どうやら、ケイはこちらの事情をある程度察しているようだ。

 サンダースは試合に負けたあとに必ず反省会を行う。おそらく、そのときに一回戦の通信傍受機の件が明るみに出たのだろう。サンダースほどの学校なら裏で誰が動いていたのか、おおよその見当をつけていても不思議はない。

 

「そうだ、その件であなたに会わせたい子がいるの。アリサ、Come here!」

「は、はい!」

 

 ケイが呼びだしたアリサという少女にみほは見覚えがあった。たしか一年生の時に行われたサンダースとの懇親会で、タカシという名の男子生徒と一緒にいた少女のはずだ。

 アリサはみほの前までやってくると、ビッと指を突きつけてくる。

 それでも、みほがアリサから目をそらすことはなかった。この程度で怯んでいたら西住流の後継者は名乗れない。

 

「これからは正々堂々と勝負するわ。あなたにタカシは渡さないからっ!」

「ふぇっ!?」

 

 女子の友達を渇望していたみほは男子に対しての興味が薄い。実の所、みほに熱心に話しかけてきたタカシのこともなんとなく覚えている程度であり、とくに関心はなかった。

 それなのに、なぜかアリサはみほを恋敵だと思いこんでいる。恋愛事情に疎いみほには、なにがなにやらさっぱりであった。

 

「よく言ったわ、アリサ! 恋も戦車道も負けちゃダメよ!」

「Yes ma'am!」

 

 ハイテンションの二人に圧倒され立ちつくすことしかできないみほ。愛里寿が袖をクイクイと引っぱってくれなければ、しばらくそのまま唖然としていただろう。

 

「ラベンダー、メグミは来れなかったけどアサミは次の輸送機に乗ってる。妹さんのほうは?」

「カモミールさんはもう来てるよ。アサミさんが来るのは内緒にしてある」

 

 愛里寿はみほの言葉に満足そうにうなずくと真剣な眼差しをみほに向けた。

 

「私はプラウダ対策に専念する。アサミには妹さんと喧嘩しないように言い聞かせてあるけど、もしアサミが暴走するようならフォローを頼む」

「任せて。最高の結果が得られるようにみんなでがんばろう」

 

 今回の合宿の目的は二つ。大洗がプラウダに勝てるように力を貸すこととアサミとカモミールを仲直りさせることだ。

 どちらの目的達成も一筋縄にはいかないだろうが、みほと愛里寿が手を組めばできないことはなにもない。日本を代表する戦車道の流派、西住流と島田流。その後継者の名は飾りではないのである。


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