私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第三十七話 ラベンダーの新しい友達

 教会へ向かう道すがら、みほとエリカは歩きながら意見を交わしていた。

 話の内容はキャロルの変装について。彼女が誰に化けるのかを予想し、事前に対策を立てようというのが二人の考えだ。

 ちなみに偽クマこと五右衛門は、付かず離れずの距離を保ってみほとエリカのあとをつけてくる。

 

 キャロルの命令に従っている五右衛門は忍道履修生の一年生なのだろう。

 聖グロリアーナ女学院の忍道は、履修生がほとんどいないことで有名な必修選択科目。その不人気っぷりは去年廃止を検討されたほどである。しかし、今年入学した数人の一年生が履修したことにより、忍道は寸前で廃止を回避。この出来事は校内新聞の一面を飾るなど、ちょっとした話題となった。

 

「私の予想では、キャロルが次に変装するのはローズヒップかルクリリ、それかダージリンね。あの女はみほに狙いを定めてるみたいだから、あなたと親しい人たちの姿を取るはずよ」

「それだと、ダンデライオン様の可能性もあるかも。一年生のころから良くしてくれた先輩で、私をクルセイダー隊の隊長に推薦してくれた人なの」

「みほの戦車の乗員あたりも怪しいわね。ローズヒップ以外は全員一年生だってお風呂で話してたでしょ。あなたのことだから、一年生の子たちを猫かわいがりしてるんじゃない?」

「そんなことしてないよ。クルセイダー隊の隊長がえこひいきなんてしたら、ほかの隊員に示しがつかないもん。そう言う逸見さんのほうこそ一年生には甘い気がする。逸見さんは美人だから、一年生から人気がありそうだし」

 

 エリカに軽口を叩いたみほは、むすっとした顔で口をとがらせる。

 無意識に言葉が口から出てしまったが、エリカとこんな風に会話ができたことにみほは内心自分でも驚いていた。もしかしたら、みほが自分の思いを素直に口にできるようになったのは、エリカとの心の距離が縮まっている証なのかもしれない。

 

「みほも言うようになったわね。でも、なにも言ってくれない昔のあなたより、今のあなたのほうが私は好きよ」

「好きっ!? こ、困るよ。私たち女の子同士なのに……」

「なっ!? なにバカなこと言ってんのよ! ラブじゃなくてライクに決まってるでしょ!」

「そ、そうだよね。ご、ごめん。突然だったから変な勘違いしちゃった」

 

 みほに向かって吠えるエリカの顔は、怒りに燃えていたときの倍以上に赤くなっている。みほもそうだが、エリカもこういった話には免疫がないようだ。戦車が恋人とも比喩される、戦車女子の悲しい性だった。

 

「とにかく、キャロルがどんな変装をしようと感情を乱さないようにすること。いいわね」

「う、うん。わかったよ」

 

 その後はぎこちない雰囲気のまま、みほとエリカは終始無言。けれど、決して二人の仲が悪くなったわけではない。二人の状態を言葉で言い表すなら、据わりが悪いといった感じだろう。まるで付きあい始めのカップルのようである。

 

 そんな二人の甘酸っぱい空気を教会の扉の前に立っていた人物が一気にぶち壊す。

 グレーの制服。栗色のボブカット。みほとよく似た顔立ち。

 みほの姉である西住まほがそこにいた。

 

「遅かったな。みほ、エリカ」

「あんたはどこまで性根が腐ってんのよっ!」

「エリカ、怒りっぽいのはお前の悪い癖だ。優秀な戦車乗りは感情をうまくコントロールするもの、私はお前に何度もそう教えたはずだがな」

「黙れ! 黙れ! 黙れぇぇぇっ!」

 

 エリカの叫びが夜の闇に消えていく。

 エリカが激怒するのも無理はない。キャロルが変装しているまほはエリカの大事な人なのだから。

 

「逸見さん、気をたしかに持って。怒ったら相手の思う壺だよ」

「みほは腹が立たないの!? あいつは黒森峰にいたころの隊長の変装をしてるのよ!」

 

 キャロルが変装したまほは黒森峰時代の姿だ。髪が長く、表情に覇気がない今のまほとは正反対。まほをよく知る人が見れば、誰もが西住まほの全盛期のころと答えるだろう。

 だからこそ、みほは冷静でいられた。キャロルの変装はたしかに見事だが、彼女が真似できるのは外面まで。本当のまほを知っているみほにとって、この変装はただの虚像にすぎない。  

 

「全然イライラしないよ。だって、黒森峰時代のお姉ちゃんは自分を偽って強い姿を演じてただけだもん。本当のお姉ちゃんとはほど遠い姿を真似たところで、私の心にはいっさい響かない」

「随分と強気だな、みほ。私から西住流の後継者の座を奪って自信をつけたか?」

「奪ったんじゃなくて、私が背負うことにしたんだよ。もうお姉ちゃんにつらい思いを味わってほしくなかったからね」

 

 偽まほの挑発をみほは動じることなく切って返した。黒森峰時代のまほを模している限り、みほの心は揺るがない。

 

「ふむ……話は変わるが、お前はエリカと親しくなったみたいだな。中学時代はあんなに毛嫌いしていたくせに、いったいどういう風の吹きまわしだ?」

 

 偽まほは会話の切り口を変えてきた。みほの心を折るのを諦めるつもりはないようである。

 

「中学時代の私が逸見さんから逃げてばっかりだったのは認めるよ。でも、今は違う。私は逸見さんとしっかり向きあって、新しい関係を築きたいと思ってるの」

「エリカのことをいまだに名字で呼んでるお前には無理だよ。心の奥底ではまだエリカを拒んでるんだろう?」

 

 みほを見下すような笑みを浮かべる偽まほ。的確にみほの痛いところを突いてくるあたり、変装だけでなく話術のほうも腕が立つようだ。

 

「私は逸見さんを拒んでいません。今からそれを証明します」

 

 みほは偽まほに背を向けると、エリカの真正面に立った。

 エリカとの確執に終止符を打ち、みほの思いが伝わる言葉。それを告げるときがやって来たのだ。

 

「逸……エリカさん。私と友達になってください!」

 

 エリカと初めて感情をぶつけあった練習試合。エリカを見る目が変わった西住流の後継者問題。そして、エリカの心を傷つけてしまった戦車喫茶での争い。

 様々な出来事を通してみほはエリカのいろいろな面を見てきた。見て見ぬふりをしていた中学時代とは違い、エリカの本質を知ることができたのだ。エリカと友達になりたいというのは、それを踏まえて導きだした結論であった。

 

「み……今の名前はラベンダーだったわね。いいわよ、ラベンダー。あなたの友達になってあげる」

 

 素直じゃない言いかたは実にエリカらしい。それでも、エリカはみほを初めてニックネームで呼んでくれた。聖グロリアーナ女学院の一員であるみほをエリカは認めてくれたのである。エリカの思いを察するのはそれだけで十分だった。

 

「これで任務は完了ですわね。茶番はここまでといたしましょう」

 

 偽まほはそう告げると、地面に煙玉を投げつけて変装を解いた。

 

「任務? あんたはラベンダーと私に復讐したかったんじゃないの?」

「いいえ。そんなつもりは毛頭ありませんわ。お姉様がああなったのは自業自得。そろそろ三郷家の長女としての自覚を持ってもらいたいものですわ」

「あれ? 三郷さんは太陽のような人じゃなかったの?」

「純粋にそう思っていたころが私にもあったのですわ。大人になるというのは悲しいことですわね」

 

 今までのキャロルの言動は演技だったらしい。

 みほを憎む目は演技とは思えなかったが、それだけキャロルの演技力が高いのだろう。他者に成りすます変装を得意としているのだから、当然といえば当然だ。

 

「それで、任務ってなんなのよ?」

「あなたたちが仲直りできるように手を尽くすこと。それがダージリン隊長から請け負った任務ですわ。私という共通の敵がいればお二人は団結できると踏んだのですが、正直ここまでうまくいくとは思いませんでした」

 

 今回の騒動はすべてダージリンが意図して仕組んだシナリオ。ダージリンは仲直りできるのを祈っていると言っていたが、彼女はみほとエリカを仲直りさせる気満々だったようだ。

 

「お二人には感謝しかありませんわ。あなたたちが仲直りしてくれたおかげで、私はあの女と決着をつける機会を得ることができました」

 

 あの女と決着をつける、そう口にしたキャロルはみほたちを憎む演技をしていたときと同じ表情をしていた。

 キャロルはダージリンから任務を請け負った。それはすなわち、キャロルにはなんらかの報酬が約束されているということだ。しかも、それは穏便な話ではないらしい。

 新たな騒動の火種が誕生したのを目の当たりにしたみほは、思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 

「そうだ。ラベンダー様、お礼にいいことを教えてあげますわ。サンダースの通信傍受機入手を手引きしたのは犬童家ですわよ」

「ふぇ? ど、どうして犬童さんが?」

「犬童家は大洗女子学園をなにがなんでも廃校にするつもりなんですの。今年の戦車道全国大会で優勝できなければ、大洗女子学園は廃校になりますから」

「廃校? 大洗が? なんで?」

 

 みほは極度の混乱状態へと陥ってしまう。キャロルが衝撃発言を続けざまに言い放ったことで、みほの心は悲鳴をあげてしまったのだ。

 

「廃校についてはお国の取り決めなのでなんとも言えませんわ。ただ、戦車道の全国大会で優勝したら廃校を撤回する、そういった約束が交わされたのは事実ですの」

「待ちなさい。なんであんたがそんな重要なことを知ってるのよ」

「聖グロリアーナ女学院には、学園艦教育局長と親しい政治家の娘さんが在籍しておりますの。この情報はそのかたが情報源ですわ。GI6の情報収集力を甘くみないでくださいまし」

「ただの憶測じゃないってわけね。あんたの言いたいことはわかったから、もうその口は閉じなさい。これ以上はラベンダーの負担になるだけだわ」

 

 エリカはふらつくみほの肩を支えてくれる。たったそれだけで、みほは混乱状態からすぐに立ちなおった。

 今のエリカからは、ローズヒップとルクリリと一緒にいるような安らぎを感じることができる。以前はあれほど嫌悪していた相手だというのに、心というのは本当に不思議なものだ。 

 

「私もラベンダー様を困らせるのは本意ではありませんので、この辺にしておきますわ。ただ、これだけは言わせてもらいます。犬童芽依子には気をつけたほうがいいですわよ。あの子は父親の操り人形、最後には必ず大洗を裏切りますわ」

 

 犬童芽依子を名指しで批判するキャロル。彼女が憎むあの女が誰なのか、みほにはわかった気がした。

 

「頭領ー! 一大事でござるー!」

「五右衛門、あなたも一緒に来なさい。そこにいたらひき殺されますわよ」

「死にたくなければ走れ」

 

 ピンク忍者、虚無僧、暗視ゴーグル装備の体操服少女という奇妙な三人組が全速力でこちらに走ってくる。

 五右衛門を含めたあの子たち四人が忍道履修生の一年生なのだろうが、統一感はゼロに近い。忍道履修生というよりは、むしろ大道芸の一団といったほうがしっくりくる。

 

「半蔵、あなたたちにはお姉様の足止めを命じましたわよ。もしや、またしくじったんですの?」

「それが……」

 

 半蔵が言い訳を口にする前に、エンジン音とともに一輌の戦車が姿を現した。

 クルセイダーによく似た車高が低いサンドブラウンの戦車。聖グロリアーナが誇るお仕置きマシンこと、巡航戦車カヴェナンターのお出ましだ。

 

「ラベンダー! 助けに来ましたわよ!」

「この戦車、ヤバすぎ。私、死んじゃう……」

「しっかしろ直下。ほら、目的地に着いたぞ」

 

 真っ先に外へと飛びだしたローズヒップに続いて、ルクリリが直下に肩を貸しながら降りてくる。最後にキャロルの姉である三郷が外に出てくるが、その手には割れた眼鏡が握られていた。

 

「キャロル、よくもやってくれたな。お前がガレージに仕掛けたトラップのせいで、眼鏡が割れちゃったじゃないか!」

 

 三郷は割れた眼鏡を地面に叩きつける。どうやらブチ切れモード全開のようだ。

 

「またそのような野蛮な振る舞いをして……。お姉様、もう少し大人になってくださいまし。それにそのハレンチなお姿。お父様が見たら泣きますわよ」

 

 動くサウナであるカヴェナンターに搭乗したことで、三郷は汗だくになっている。ガウンもすでに脱ぎ捨てており、肌にぴったりくっついたネグリジェは体を隠す用途をまったく満たしていない。隠せているのは、赤パンツが守っている女の子の大事な部分くらいである。

 

「うるせーっ! そんなの知ったことか!」

 

 三郷は大きな声でわめき散らす。暑さで頭をやられてしまったのか、冷静さを完全に失っていた。  

 

「頭領は姉上と本当にそっくりでござるね。髪の色以外では見分けがつかないでござる」

「頭領が五つ子なのは知ってましたけど、体型まで同じだとは思いませんでしたわ。なんだか頭領のヌードを見ている気分ですの」

「これはエロい」

「クマクマ」

 

 忍道履修生の会話を聞いていたキャロルの顔が徐々に赤く染まっていく。自分と同じ顔をした女が裸同然で人前に立っていたら誰だってそうなる。

 

「お姉様! 早く服を着てくださいまし!」

「よし、捕まえたぞ。あたしの怒りを思い知れ!」

 

 不用意に三郷へと近づいたキャロルはプロレス技の卍固めをかけられてしまった。

 

「痛い痛い痛い! ギブ、ギブですわ! 許してお姉様ーっ!」

 

 三郷がキャロルにきついお灸を据えたことで、この騒動も一件落着。新しい友達もできて万々歳、と言いたいところだが神様はみほに休息を許す気はないらしい。

 大洗の廃校と犬童家の暗躍。この二つの問題の打開策をみほは早急に講じなければならないからだ。

 

「ローズヒップさん、ルクリリさん、エリカさん。三人に相談したいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 課題は山積みであり、なにから手をつければいいのか見当もつかない。けれど、今のみほには頼りになる友達が大勢いる。みんなの力を借りることができれば、どんな無理難題も解決できるだろう。

 エリカという新たな友を得て、みほの心はさらに強固なものへと成長していた。

 

 

 

 

 演習場にある司令塔の最上階。肝試しの仕掛人であるダージリンの姿はそこにあった。

 ダージリンはオレンジペコにいれてもらった紅茶を飲みながら、メインモニターに映っているみほたちの様子を眺めている。司令塔にあるモニターは、防犯目的で学校中に設置された監視カメラの映像を映すことができるのだ。

 

「キャロルは私の依頼を完璧にこなしてくれたみたいですわね」

「ダージリン様、例の件をラベンダーさんに教えて本当によかったんですか? このことをアッサム様が知ったらきっと怒りますよ」

「『人生では、学ばなければならない課題が次々と与えられます。ひとつを完全に身につけたとき、また新しい課題が与えられるのです』」

「米国の教育家、ヘレン・ケラーですね」

 

 ダージリンはオレンジペコの返答に満足げにうなずくと話の続きを口にした。

 

「西住流の後継者となったラベンダーには、これから先も多くの困難が待ちうけているわ。大洗の件もラベンダーの人生に訪れた一つの試練にすぎないの。どんな試練にも耐えられるくらい強くならないと、ラベンダーは西住流に潰されてしまう。そうならないように、私はラベンダーが成長するための手助けをするつもりなのよ」 


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