私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第三十五話 お風呂で裸の付き合い作戦

 学校が休みの日も聖グロリアーナ女学院の大浴場にはお湯が張られている。

 休日も部活動に励む生徒。学園艦の運営のために働く生徒会。生徒たちに付きそい、ときにはアドバイスを送る教職員。そんなすべてのがんばる人のために、学校は大浴場を休日も開放しているのだ。

 

 その大浴場の露天風呂でエリカたちは一日の疲れを癒していた。

 

「うまい飯においしい紅茶。さらには大きな露天風呂。まさに至れり尽くせりだな」

「着替えも用意してくれてるみたいだしね。私たち、こんなにお世話になっていいのかな?」

「遠慮する必要はないってあいつらも言ってただろ。その自己主張が激しいおっぱいみたいに、もっとドーンと構えてればいいんだよ」

「あんたねぇー! 胸のことで私をいじりすぎでしょ!」

「うらやましいんだよっ! お前のおっぱいをあたしにも少しよこせー!」

 

 逆ギレした三郷が直下に飛びかかり、水面が大きく波打つ。湯船にはバラの花びらが浮かべられていたが、三郷と直下が暴れたせいでその多くが湯船の下へと散ってしまう。

 

「あなたたち、そのへんにしときなさいよ。もう子供じゃないんだから」

「ほほう。子供みたいに夢中でハンバーグに食らいついてた逸見さんのお言葉とは思えませんなー。ラベンダーの手作りハンバーグはそんなにおいしかったのかい?」

「三郷、あんた最近調子に乗ってるでしょ?」

「強いほうにつくのがあたしのスタイルだからな。今の逸見はあたしと同格。もうお前のご機嫌取りはしないのさ」

 

 湯船から立ちあがり、仁王立ちでそう宣言する三郷。慎ましい胸と違って態度はどこまでも大きい少女である。

 

「そういえば、ラベンダーはお前だけにカモミールティーを用意してたな。特別扱いしてもらって実はご満悦だったんじゃ……あがっ!」

「減らず口はそこまでよ。たしかに私はあんたと同格になったけど、それで弱くなったわけじゃないわ」

 

 エリカはアイアンクローで三郷の頭をぎりぎり締めつける。三郷は入浴の際に眼鏡を外していたので、手加減はまったくなしであった。

 

「うぎゃああああーっ! 助けて直下ー!」

「あんたの自業自得じゃない。少しは反省しなさい」

 

 女子高生とは思えない叫び声をあげて助けを求める三郷を直下は無視。胸のことで散々直下をからかったのだから当然の結果だ。

 しかし、大声で助けを求めた三郷の行為は無駄ではなかった。エリカを止められる救いの女神がこの場に現れたからだ。

 

「逸見さん!? なんで喧嘩してるの!?」

「あれは逸見様の十八番、アイアンクロー! あそこまで完璧に決まったらもう逃げられませんわ」

「少しはおとなしくなったと思ったけど、血の気の多さだけは変わってないみたいだな」  

 

 みほたちの姿を見たエリカはバツが悪そうな顔で三郷から手を放した。

 アイアンクローから開放された三郷はすぐさまみほたちのもとへ駆けより、すばやくみほの背中に隠れる。誰が一番エリカに対する影響力が強いのかを彼女はよく理解しているらしい。

 

「聞いてくれよ、ラベンダー。逸見の奴があたしの冗談を真に受けて暴力を振るってきたんだ」

「そうなんですか? 逸見さん、悲鳴をあげるほどの暴力はよくないと思うの。友達の悪ふざけぐらい大目に見ようよ」

「ぐっ……三郷、あとで覚えてなさいよ」

 

 エリカは鋭い目で三郷をにらむが、当の三郷は表情一つ変えずに口笛を吹いている。

 

「逸見様、そんなにカッカしてるとのぼせてしまいますわよ。このアイスティーを飲んで気を沈めてくださいまし」

「直下と三郷の分もあるぞ。もしホットのほうがいいなら、こっちのお盆の紅茶を飲んでくれ」

「ちなみに、わたくしのおすすめは断然ホットですの。お風呂につかりながら飲む熱ーいお紅茶は最高ですわよ」

「いや、そんな我慢大会みたいなことしたくないから……」

 

 直下はローズヒップの提案をやんわりと断りアイスティーへと手を伸ばす。それを見たエリカと三郷もアイスティーを手に取り、大浴場の露天風呂はお茶会の会場へと早変わりした。

 仲直り作戦の第三段階、お風呂で裸の付き合い作戦の幕開けである。

 

 

 

「BC自由学園はそんなにひどい学校だったんですか?」

「あれはひどいとかいうレベルじゃないよ。仲間同士でいきなり潰しあいを始めたときは、みんなで唖然としちゃったもん」

「深水隊長は相手の策だって警戒してたけど、結局ほとんどの戦車が同士討ちで自滅したからな。あいつらなにがしたかったんだろう?」

「あんな学校が全国大会に出場できること事態がおかしいのよ。戦車道に対する冒涜だわ」

 

 エリカは不機嫌そうに鼻を鳴らしている。戦車道の全国大会はここにいるメンバー共通の話題だが、どうやらエリカのお気に召す話題ではなかったようだ。

 

「ところで、みなさまはどんな戦車にお乗りになっているのでございますか? ちなみに申しますと、わたくしはクロムウェルの操縦手をやっておりますの」

「奇遇だな、あたしも操縦手だぞ。駆逐戦車ヤークトパンターのな」

 

 ローズヒップの質問に対し、三郷は薄い胸を張って得意げにそう答える。

 

「そのヤークトパンターの車長兼通信手が私で、逸見が砲手なの。装填手は今用事で大洗に行ってる根住が担当してるんだよ」

「ちょっと! なんで敵に情報をばらしてるのよ!」

「硬いこと言うなよ。私たちは敵じゃなくて友達だろ? あ、私の戦車はマチルダⅡでポジションは車長だから」

「あれは深水先輩の命令で……」

 

 ルクリリの言い分に反論しようとしたエリカは口ごもる。深水トモエのシナリオを遂行したことで、エリカとみほたちは事実上の友達だ。まったくの嘘ではないのだから、面と向かって否定はできないのだろう。

 

「逸見さんは車長から砲手にポジションを変えたんだね。私はてっきり車長をやってると思ってたよ」

 

 みほは何気なくそう言っただけなのだが、すぐにそれを後悔することになった。みほの言葉を聞いたエリカが渋い表情を浮かべていたからだ。

 

「あたしと逸見は車長をやってたんだけど、お前たちと喧嘩した一件が原因で乗員に逃げられたんだ。それで仕方なく、同じように一人になった直下のヤークトパンターに二人で転がりこんだってわけ。根住があたしたちのところへ来てくれなかったら、試合にも出れなかっただろうな」

 

 三郷が語った真実はみほの心に衝撃を与えた。みほはまたしてもエリカの心を土足で踏みにじってしまったのだ。

 湯船につかっている体とは対照的に、みほの心はどんどん冷えていく。せっかくみんなが協力してくれた仲直り作戦をみほの無神経な一言が台無しにした。その事実はみほを深い絶望の淵へと沈みこませる。

 

「不始末を起こしたのは私よ。これはその報いだから、みほが気にする必要はないわ」

「逸見さん……。でも、私が……」

「それ以上言うとまた怒るわよ」

「……わかった。もうなにも言わないよ」

 

 エリカはみほを拒絶するどころか逆に気遣ってくれた。凍えそうになっていたみほの心にエリカが温もりを与えてくれたのだ。

 あまりのうれしさに涙が出そうになったみほは、両手でお湯をすくって顔に叩きつけた。ここで泣いてしまったら、またエリカに気を遣わせてしまう。

 

「みなさま、聞いてくださいまし! わたくし、実は今悩みがあるのでございますわ」

「よし、私たちが相談に乗るぞ! お前らもローズヒップの悩みを聞いてやってくれないか?」

 

 ローズヒップとルクリリが芝居がかったような口調で強制的に話題を変える。

 どうやら二人は、場の空気が悪くなったときのために流れを変える話題を用意していたらしい。みほに内緒だったのは、より自然な形でフォローするためだろう。

 

「別にいいけど、私たちで力になれるかな?」

「むしろ直下様に一番聞いてもらいたいですわ。わたくしはダージリン様のようなお嬢様になりたいのでございますが、どうしても足りないものがあるんですの」

「足りないもの? 落ち着きかな?」

「まあ、それも足りないといえば足りませんわ。けど、それよりもっと足りないものがあるのでございます。それはずばり、大人の色気。ダージリン様や直下様のように、わたくしもお胸を大きくしたいんですわ!」

 

 湯船から身を乗りだし声高に力説するローズヒップ。

 それに対する直下の反応は冷ややかなものであった。表情が消えて真顔になっているその様は、直下の不機嫌さをはっきりと表している。

 

「あんたもか……あんたも私をいじるのか……。私だって好きでおっぱいが大きくなったんじゃねぇー!」

 

 突然激怒した直下は、ローズヒップと三郷の頭を左右の脇に抱えて締めあげた。見事なダブルヘッドロックの完成である。

 

「いだだだだっ! 直下様、いったいどうしたんですの!?」 

「あぎゃああああーっ! なんであたしまで! 助けて逸見ー!」

 

 露天風呂はプロレス会場へと一転し、仲直り作戦は一時中断。その後は、みんなで直下をなだめるのに時間がかかったせいで、お風呂で裸の付き合い作戦はあいまいな結果で終わってしまった。

 それでも、このお風呂タイムはみほにとって有意義な時間であったといえる。エリカとの心の距離が少し縮まったのを感じられたし、まるで本当の友達のようにみんなでじゃれ合うこともできた。去年愛里寿と一緒に露天風呂へ入ったときと同じように、この出来事もみほの大切な思い出の一つとなったのだ。

 

 

  

 大浴場を出たみほたちは、休憩室に設置された扇風機でほてった体を冷やしていた。

 休憩室にはエリカたちの姿もあり、みほたちが用意した寝間着に着替えて涼を取っている。露天風呂で大暴れした直下の機嫌も回復し、今はルクリリとおそろいの浴衣姿で談笑中だ。

 そんな直下とは違い、エリカと三郷はなにやら浮かない顔。その原因はみほとローズヒップの用意した寝間着にあった。 

 

「ねぇ、みほ。あなた本当にこれしか寝間着を持ってないの?」

「うん! ボコパジャマはボコマニアにとって必須装備なの」

「そう……あなたの趣味にケチをつける気はないけど、いざというときのために普通のパジャマも買っておいたほうがいいわよ」

 

 みほと一緒にボコの着ぐるみ型パジャマに身を包んだエリカは、赤く染まった顔で目を伏せる。フードを被らないことで抵抗を試みているが、恥ずかしさを誤魔化しきれてはいないようだ。

 

「あたしに比べたら逸見はまだましだよ。おいっ! なんであたしだけ羞恥プレイを受けないといけないんだ!」

「なにを怒っているんですの? わたくしたちはもうすぐ大人の仲間入りをするのでございますから、セクシーな寝間着ぐらい着こなせないといけませんわ」

「あたしみたいな貧相な体型の女がこんなの着てたらおかしいだろ!」

 

 ローズヒップと三郷の寝間着は大きく胸元が開いたピンク色のネグリジェであった。しかも、かなりスケスケ。

 体の線どころか下着の色までわかってしまうのだから、三郷が嫌がるのも無理はない。ちなみに、ローズヒップが三郷に用意した下着の色は赤。まさに鬼の所業であった。

 

「ローズヒップ、さすがにその恰好で学校をうろつくのはまずいんじゃないか?」

「心配ご無用ですわ。ちゃんとガウンも持ってきてますわよ」

「なら問題ないな」

「このスケスケ自体が問題なんだよっ!」

 

 ルクリリとローズヒップのやり取りを聞いていた三郷は、片足で床をドンドンと叩く。

 

「三郷、もう諦めなよ。用意してくれたものに文句を言うのは失礼だよ」

「直下はまともな寝間着を借りられたからそんなことが言えるんだ。あたしのスケスケと交換しろ!」

「絶対に嫌っ!」

「今日一日はそれで我慢しなさい。どうせあとは寝るだけなんだし……」

 

 エリカは寝るだけだと思っているようだが、みほたちにはまだ作戦の最終段階が残っている。

 最後の作戦、それはダージリン主催のレクリエーション大会。詳細は聞かされていないが、入浴後にエリカたちを『紅茶の園』へ案内するよう、みほたちはダージリンから指示を受けていた。

 

「みなさん、就寝の前にちょっとした催し物があります。私たちのあとについてきてください」

 

 主催がダージリンということには一抹の不安もある。

 ただ、みほとしてもこのまま寝るわけにはいかない。エリカとの距離がだいぶ縮まってきた今こそ、一気に仲直りするチャンスなのだ。ボコパジャマを着用したことで、みほのやる気はみなぎっていた。  

 

 

 

 みほたちは『紅茶の園』で普段お茶会が開かれている広間へとやってきたが、そこにダージリンの姿はなかった。

 明かりのついた広間のテーブルには大きなスピーカーがポツンと置かれている。今からいったいなにが起こるのか、詳細を聞いていないみほたちもチンプンカンプンだ。

 

 全員がその場で困惑していると、スピーカーから声が聞こえてきた。このイベントの主催者であるダージリンの声である。

 

『みなさま、ごきげんよう。本日は私の考案した企画にわざわざお越しくださったこと、心から感謝いたしますわ』

「女王様は姿も見せずに高みの見物か……それで、これからなにをするつもりなのよ?」

『姿を見せることができない無礼は許してくださらないかしら? これにはちゃんとした理由がありますの』

 

 エリカの皮肉めいた言葉をダージリンは軽くいなす。この程度の嫌味ではダージリンの心に一ミリも傷はつけられない。

 

「ダージリン様、理由とはなんでございますか?」

『今からあなたたちに肝試しをやってもらうからよ。主催者が姿を現さないほうが雰囲気が出ていいでしょう?』

「肝試し? バカバカしい。なんで私たちがそんなことしなきゃいけないのよ」

『逸見さん、あなたに拒否権はなくってよ。それに、もしこの肝試しがクリアできなければ、あなたたちは恐ろしい事態に見舞われることになるわ』

 

 低い声で脅し文句をかけるダージリン。さすがのエリカもこれには少し動揺したようで、どこかそわそわした様子で周囲を見回した。

 

「ふ、ふん! そんな脅しに私が屈すると思ってるの?」

『脅しではありませんわ。この映像をごらんなさい』 

 

 ダージリンがその言葉を口にした瞬間、広間の明かりがフッと消えた。幸い明かりはすぐについたが、テーブルの上にはいつの間にかノートパソコンが置かれている。

 そのノートパソコンにこの場にいる全員を驚愕させる動画が流れていた。

 

『アアアン アン アアアン アン アアアン アアアン アン アン アン』

「嫌あああああっ!」

 

 直下が絶叫して隣のルクリリに抱きつく。ほかのメンバーは声こそあげないものの、動画を見ている顔は一様に青い。

 それはみほも同じであった。あんこう踊りを踊る自分の姿を見て平静を保てる女子高生はなかなかいないだろう。

 

『肝試しのクリア条件は、校内の三ヶ所に置かれているティーカップを取ってくること。拒否、もしくは降参した場合、この動画をインターネットに配信します』

「ダージリン様、冗談ですよね?」

『ラベンダー、私はつまらない冗談は言わない主義なの。詳しい説明は肝試しに協力してくれるGI6の生徒がしてくれますので、心して聞くように。あなたが無事に逸見さんと仲直りできるのを祈っているわよ』

 

 その言葉を最後にダージリンからの通信は途絶え、スピーカーはウンともスンとも言わなくなった。みほの不安は現実のものになってしまったのだ。

 そのとき、広間の扉がガチャッと重い音を立てて開き、制服姿のオレンジペコが部屋へと入ってきた。ダージリンはGI6の生徒と言っていたが、どうやらオレンジペコが詳しい説明をしてくれるらしい。

 

「ペコ、ダージリン様を止めてくれ。あんこう踊りがネットに晒されたらお前まで大ダメージを受けるぞ」

「ルクリリ様、ダージリン隊長の命令は絶対です。逆らおうなんて考えちゃいけませんよ」

 

 オレンジペコはいつもと違い、ルクリリの名前を様付けし、ダージリンを隊長と呼んだ。しかも、口角をあげて意地悪そうにニヤニヤと笑っている。別人になってしまったかのようなオレンジペコの姿に、みほはうすら寒いものを覚えた。

 

「違うっ! そいつはリーサルウェポンじゃない!」

「ふっ、ふふふっ、あはっ、あひゃひゃひゃひゃっ!」

 

 三郷に人差し指を突きつけられたオレンジペコは狂ったように大笑いし、懐から丸い玉を取りだして床に叩きつけた。すると、玉が割れた瞬間に白い煙が噴きだし、周囲を真っ白に染めあげる。

 

 煙が晴れたあとに姿を現したのは三郷と瓜二つの少女。顔つきだけでなく、前髪を七三に分けたショートカットも大きな丸眼鏡も一緒だ。唯一の違いは髪の色のみで、三郷が黒髪、謎の少女は金髪である。

 

「やっぱりお前か、(しのぶ)!」

「お久しぶりですわね、お姉様。それと、今の私は三郷忍ではありません。私はGI6所属の忍者エージェント、キャロルですわ。みなさま、以後お見知りおきを」

 

 『不思議の国のアリス』の著者、ルイス・キャロルの名前を名乗った少女は、右手を胸の前に添え仰々しく頭を下げる。 

 みほがGI6に所属している生徒に出会ったのはこれで二人目だ。しかし、その第一印象はまったくの正反対。一人目のクラークには親近感がわいたのに対し、二人目のキャロルから感じたのは得体の知れない不気味さだけであった。


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