私の名前はラベンダー   作:エレナマズ

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第十四話 ラベンダーとアールグレイ

 みほ達が休日に訓練を行ったことで、聖グロリアーナに大きな変化が起こった。

 三人が休日返上で特訓をしているのを知った一年生が、休日訓練に参加するようになったのである。参加する人数は日に日に増していき、今ではほとんどの一年生が訓練に参加していた。

 人数が増えたことで訓練のバリエーションも大幅に増加。個人の技量を上げるだけでなく、複数の車輌を使った連携もできるようになり、訓練の効率は格段に上がった。

 

 そんな中、いつものように訓練を始めようとしたみほ達の前に、クロムウェルに乗ったアールグレイが姿を見せた。

 

「ラベンダー、私も訓練に参加していいかしら?」

「私は別にかまわないですけど……アールグレイ様は大丈夫なんですか?」

「私を心配する必要はありませんよ。今日の仕事はもう片づけてきましたし、あとを任せた副会長は優秀な子ですから」

 

 アールグレイはみほが仕事のことを心配していると勘違いしたようだが、みほが心配なのはアールグレイの体調のほうだ。 

 アールグレイは休日でも学校で仕事をしている。みほ達がこうやって訓練を行えるのも、アールグレイが監督をしているという名目があるからだ。

 大海原を航海する学園艦を円滑に運営していくためとはいえ、アールグレイの仕事量は激務といっても過言ではない。戦車道は体力を使うので、アールグレイの体調をみほが心配するのは当然であった。

 

「それに、もうすぐ全国大会も始まります。明日からは私も積極的に授業に参加しますので、少しでもクロムウェルに慣れておかないといけませんわ」

 

 アールグレイは今まで搭乗していたチャーチルではなく、クロムウェルで全国大会に出場する予定になっている。

 アールグレイがクロムウェルに搭乗する理由。それは、愛里寿が練習試合で見せた動きが神がかっていたのが原因だった。完璧ともいえる愛里寿の動きを見てしまったことで、他の生徒達はクロムウェルに搭乗するのに尻込みしてしまったのだ。

 

 OG会を説得して導入したクロムウェルを全国大会で使わないわけにはいかない。

 そこで、アールグレイはチャーチルをダージリンに託し、自分がクロムウェルに搭乗する決断を下したのだ。

 

「アールグレイ様、私に手伝えることがあったらなんでも言ってください。クロムウェルは馴染みが薄い戦車ですけど、少しくらいならアドバイスできると思います」

 

 みほは図鑑で得た知識のおかげで、様々な戦車の情報が頭の中に入っている。なので、クロムウェルの性能をある程度把握していた。

 

「ラベンダー、あなたは本当に優しい子ですね」

「ふえっ!? あの、アールグレイ様?」

 

 アールグレイは突然みほの頭を撫で始めた。その顔はとても穏やかで、みほを撫でる手つきはとても優しい。

 エリカに容姿が似ていたことでみほは最初アールグレイが苦手だったが、今ではそういった感情は微塵も湧いてこなかった。

 

 生徒達のために身を粉にして働き、愛里寿が体験入学をしていたときはみほと愛里寿を誰よりも気づかってくれたアールグレイ。そんなアールグレイをみほは心から尊敬しており、容姿のことなどすでに気にならなくなっていたのである。

 

「……全国大会が終わったら、あなたに言わなければならないことがありますわ」

「私にですか?」

「ええ。今は話せないけど、すべてが終わったら必ず話します。申し訳ないですが、もう少し待っていてください」

「わかりました」

 

 みほに関係がある話なら、まず間違いなく戦車道絡みの話だろう。おそらく、以前から気になっていた聖グロリアーナの戦力を強化していることと無関係ではない。

 アールグレイの話の内容は気になるが、みほはすぐに頭を訓練に切り替えた。今やるべきなのは全国大会に向けて少しでもいい準備をすることだ。 

 

 勝利にこだわらない戦車道を掲げる聖グロリアーナ女学院。

 しかし、参加する以上は全国大会優勝を目標にしている。卑怯な手段は使わず、正々堂々と戦って優勝しなければいけないので目標のハードルは高い。

 

 困難な戦いになるのは百も承知。それでも、みほは高校生になって初めての全国大会に気合が入っていた。

 黒森峰にいたときとは違い、今は友達や尊敬できる先輩が一緒に戦ってくれる。みほがやる気になる理由はそれだけで十分だった。

 

 

 

 組み合わせを決める抽選会も終わり、いよいよ全国大会の幕が切って落とされた。

 高校生の全国大会には四強と呼ばれている優勝候補の学校がある。

 九連覇中の王者、黒森峰女学園。ソ連製の優秀な戦車を多数保有しているプラウダ高校。戦車保有数全国一位で三軍まであるサンダース大学付属高校。残る最後の一校がみほの通う聖グロリアーナ女学院だ。

 

 抽選の結果、聖グロリアーナ女学院は黒森峰女学園がいるAブロックに入った。プラウダ高校とサンダース大学付属高校がBブロックに入ったので、うまい具合に四強が分かれた形だ。

 聖グロリアーナ女学院の入った山はとくに手ごわい相手がいない。順調にいけば、最大の壁である黒森峰女学園とは準決勝で戦うことになる。 

  

 

 

 聖グロリアーナ女学院は一回戦でワッフル学院、二回戦でヴァイキング水産高校を撃破し、準決勝に駒を進めた。

 

 一回戦と二回戦は参加車輌数が十輌と少なかったのだが、みほ達はマチルダⅡで二試合とも出場した。任せられた役割はフラッグ車であるチャーチルの護衛だ。

 全国大会の試合形式はフラッグ車を撃破すれば勝利となるフラッグ戦。そのフラッグ車を守る役目を一年生で与えられたのは、三人が期待されていることの表れであった。

 

 車長のルクリリはチャーチルの盾になるようにしっかり指示を出し、みほもそれに答える形でマチルダⅡを懸命に操縦。見事にフラッグ車の護衛という大役を果たし、周囲の期待に答えることができた。ちなみに、ダージリンを守る役目を得たことで、ローズヒップのテンションが上がりっぱなしだったのは言うまでもない。

 

 準決勝の相手は大方の予想通り勝ち上がってきた黒森峰女学園。

 みほにとって因縁の相手である黒森峰女学園との戦いはすぐそこに迫っていた。

 

 

 

 迎えたAブロック準決勝当日。

 準決勝の試合会場は平原と山で構成されており、山の中には観光用に復元された大きな城がある。この城は近々大規模改修を行うのが決定しているので、試合で壊れたとしても問題はなかった。

 

 準決勝はこれまでと違い、参加車輌数は十五輌。

 一、二回戦では出番のなかったクルセイダー隊は、車輌数が増えたことでようやく出番が回ってきた。みほ達はそのクルセイダー隊の一員として、準決勝に出場している。

 

 現在、みほ達はクルセイダーを降り、山の中の城で偵察に出ている真っ最中であった。

 その理由は簡単だ。聖グロリアーナの戦車隊はほぼ壊滅し、残りの少数が城の本丸で籠城している状態だからである。

 

「黒森峰の戦車隊は正面の広場に集まってる。フラッグ車のティーガーⅠは最後尾だね」

「あっ! ワニ女のⅢ号戦車だ。あいつだけでも倒せないかな?」

「Ⅲ号戦車は後方にいますわね。正面を突破して近づくのは、かなり難易度が高いミッションですわよ」

 

 みほ達は高所に設置された物見櫓に登り、双眼鏡を使って偵察を行っていた。

 双眼鏡に映るのは、堀に囲まれた本丸前の広場に続々と集結する黒森峰の戦車隊。どうやら、すべての車輌がそろってから、聖グロリアーナの戦車隊が立てこもる本丸に突入する腹積もりのようだ。

 

「突入は時間の問題かな。早くみんなのところに戻ろう」

 

 みほは偵察を打ち切り、友人二人と共に仲間達が待つ本丸へと向かった。

 

 

 

 天守閣前の広場に停車している聖グロリアーナの戦車は全部で四輌。

 アールグレイのクロムウェル、ダージリンのチャーチル、ダンデライオンのクルセイダーMK.Ⅱ。そして、みほ達のクルセイダーMK.Ⅲだ。

 

 みほ達が持ち帰った情報を元に、残った一同は紅茶を飲みながら作戦会議を開いている。一見余裕そうに見える行動だが、それは見せかけにすぎない。

 ダージリンですら背中にびっしょりと汗をかいているのだから、聖グロリアーナが切羽詰まっている状態なのがよくわかる。

 

「ごめんなさいね、ダージリン。あなたには相当な負担をかけてしまいました。私のクロムウェルをフラッグ車にできればよかったのですが……」

「アールグレイ様、私のことはお気になさらずに。チャーチルを任されたのですから、多少の苦難は承知の上ですわ。それに、チャーチルがフラッグ車を務めるのは聖グロリアーナの伝統。伝統を軽んじるわけにはいきませんわ」

 

 聖グロリアーナのフラッグ車はチャーチルでなければならない。これはチャーチルが導入されてからずっと守られてきた伝統であった。  

 OG会のチャーチル会も、全国大会は必ずフラッグ車をチャーチルにするようにと念押ししてくる。もしこの伝統を破ってしまえば、チャーチル会が激怒するのは想像に難くない。

 

「それにしても、黒森峰の隊長の鬼気迫る様子には驚かされましたわ。執拗にチャーチルばかりを狙ってくる姿には、殺気のようなものまで感じましたから」

「チャーチルはもうボロボロですね。白旗が上がってないのが不思議なレベルですわ」

「マチルダ隊が守ってくれましたからね。彼女達の犠牲がなければ、とっくに走行不能になっていましたわ」

 

 そう話すアッサムの背中もダージリン同様汗まみれ。トレードマークともいえる縦ロールの金髪も、心なしかへたっているように見える。

 ルクリリがボロボロと評したチャーチルもひどい有様だ。あちこちに砲弾を受けたせいで塗装は剥がれ落ち、装甲も一部が破損していた。はっきりいって、ここまで逃げてこれたのが奇跡ともいえる損傷具合である。

 

「『藪をつついて蛇を出す』。これは私も誤算でしたわね」

「はいはいはいっ! その言葉知ってますの。余計なことをすると、かえって悪い結果を招くという意味のことわざですわ。ダージリン様、ラベンダーのお姉様に何をしたのでございますか?」

「それはですね。ダージリンさんが……」

「ダンデライオン、こんなことわざを知っているかしら? 『口は災いの元』。この言葉の意味、賢いあなたなら当然知っているわよね?」

「ももも、もちろんです。黒森峰の隊長はなんで怒ってるんでしょうかね? あたしには見当もつきませんよ」

 

 ダージリンに威圧され、すぐさま意見をひるがえしたダンデライオン。声がどもっているところを見ると、どうやら相当焦っているようだ。

 ダージリンとまほの間で起きたもめ事。それが気になるみほであったが、その思考はアールグレイのパンパンと手を叩く音にさえぎられてしまう。

 

「時間もあまりありませんし、雑談はこれくらいにしましょう。みなさま、私から一つ提案があります。成功する可能性は低いかもしれませんが、やってみる価値はあると思いますわ」

 

 アールグレイの作戦は部隊を二つに分けることだった。

 本丸には正門以外に裏門も存在する。正門で味方が敵を食い止めている間に一輌が裏門から抜け出し、黒森峰のフラッグ車の背後をつくというのがアールグレイの策だ。

 

 みほ達のクルセイダーMK.Ⅲは、その重要な任務を帯びた一輌に指名された。

 クルセイダーMK.Ⅲの素早さと火力、そして三人の連携力の高さが考慮された形だが、みほの表情には困惑の色が浮かんでいる。 

 

 こそこそと相手の裏を取る作戦はとても優雅とはいえない。現状の戦力差で正面から戦っては勝ち目がないとはいえ、このような作戦を実行していいのかとみほは疑問に思ったのだ。

 アールグレイはそんなみほの感情を読みとったのか、みほと正面から向き合い話を続けた。

 

「ラベンダー、あなたが戸惑うのも無理はありません。聖グロリアーナの戦車道は優雅でなくてはならない、そう教えてきたのは私ですから」

「あの、アールグレイ様。どうして急に考えを変えたんですか? この作戦もそうですけど、クロムウェルや愛里寿ちゃんの体験入学も、全部聖グロリアーナが勝つための策ですよね?」

「……聖グロリアーナは世間からは四強と呼ばれていますが、実際は他の三校に大きく水をあけられています。とくに黒森峰とは……。私が入学してから、聖グロリアーナは黒森峰に一度も勝ったことがないの。一年生のときに黒森峰に大敗して味わった悔しさは、今でも忘れられませんわ」

 

 みほの疑問に答えたアールグレイの言葉には、強い感情がこもっていた。

 つねに優雅を地で行く完璧なお嬢様、アールグレイ。そのアールグレイが人前で感情をあらわにしたことにみほは驚いてしまう。

 

「黒森峰に勝ちたい、それが私の夢でした。ですが、聖グロリアーナの戦車道は試合の勝ち負けにこだわるものではありません。私もその考えを尊重しておりますので、今までは心に秘めるだけで何も行動は起こしませんでしたわ。でも、今年になって私の考えを変える出来事が起こったの。中学生の戦車道全国大会でチームを優勝に導いた隊長が、聖グロリアーナに入学することがわかったのですわ」

 

 アールグレイの話に口を挟むものは誰もいない。その隊長が誰であるかは、ここにいる全員がすでに知っているからだ。

 

「中学生の全国大会は私も拝見しておりましたので、正直心が躍りましたわ。この子がいれば黒森峰に勝てるかもしれない、そう考えた私は、クロムウェルの導入を推し進め、来年を見据えて愛里寿さんの体験入学の話を島田家に持ちかけました。生徒会への根回しもまもなく完了します。私が卒業したあとも、生徒会は戦車道チームの味方になってくれるはずですわ」

 

 アールグレイが日々忙しそうに仕事をしていた理由がようやくわかった。

 すべては戦車道チームのため。そして、その先にある打倒黒森峰のためだったのだ。

 

「ラベンダー、前にあなたに話があると言いましたね。私は、クロムウェルや愛里寿さんの件で、あなたの名前をOG会との交渉材料に使ったのを謝りたかったのです。本当にごめんなさい……あなたが聖グロリアーナを選んだ理由を知っていたのに、私はそれを都合よく利用してしまいました」

「アールグレイ様、その件に関しては私も同罪です。GI6と一緒にラベンダーを調べていたのは私ですから……。ラベンダー、あなたの過去を探ったりしてごめんなさい」

 

 アールグレイとアッサムはみほに向かって深々と頭を下げた。

 アッサムの話に出てきたGI6とは、聖グロリアーナの情報処理学部第六課のことだ。GI6は対戦相手の偵察や戦車道に関する様々な情報提供などで、戦車道チームを陰ながら支えてくれている。情報処理学部の生徒であるアッサムは、このGI6と協力して偵察活動を行っていた。   

 

「わわっ! お二人とも、頭を上げてください。私のほうこそ、アールグレイ様とアッサム様に迷惑ばっかりかけてごめんなさい!」

 

 みほは二人に向かって勢いよく頭を下げた。そのせいで謝罪を受けたほうも一緒になって頭を下げるという、かなり珍妙な光景ができあがってしまう。

 

「ふふっ、ラベンダーまで頭を下げてしまっては収拾がつかなくてよ。あなたもそう思うわよね、ダンデタイガー」

「あたしのニックネームはダンデライオンです!」

「あら、ごめんなさいね。こんな失礼なミスをしてしまうなんて、私も少し疲れているようですわ。次からは間違えないように気をつけますわね、ダンデライオン」

「まったく、次はちゃんとダンデライオンって呼んでくださいね。……あれっ?」

 

 ダンデライオンは自分の矛盾した発言に気づいたようだ。 

 しかし、気づいたところですでに手遅れ。大義名分を得たダージリンは、もうダンデライオンをタンポポとは呼ばないだろう。

 

「タンポポ様が墓穴を掘ってますの」

「タンポポ様、私達もダンデライオン様と呼ばせてもらってもよろしいですか?」

「絶対にダメっ! もぅー、あなた達はすぐ調子に乗るんだから」

 

 ローズヒップとルクリリに文句を言うダンデライオン。

 しかし、ダージリンには何も言わない。いつもだったら、ダージリンにいじめられたと泣きわめいているはずである。

 それを不思議に思ったみほであったが、この場の空気が和やかになっているのがわかると、ある一つの答えが思い浮かんできた。

 

 おそらく、あれはダージリンのジョークだったのだろう。ダンデライオンもそれがわかっているから過剰に反応しないのだ。

 普段は喧嘩ばかりでも、いざというとき意思疎通ができるあたり、実は二人の相性は悪くないのかもしれない。

 

 ダージリンとダンデライオンが話を進めやすい空気を作ったことで、アールグレイは作戦の細かい指示を出し始めた。

  

「ラベンダー、私が正門で敵を引きつけます。黒森峰はクロムウェルを一番警戒しているでしょうから、私が囮になるのが最適のはずですわ。あとのことはあなたに任せます」 

「はい!」

「ダージリン、あなたのチャーチルはもう戦える状態ではありません。ここで防御に徹して時間を稼いでください」

「わかりましたわ」

「ダンデライオン、あなたにはチャーチルの護衛を任せます。装甲の薄いクルセイダーで守るのは困難だと思いますが、あなたの奮闘に期待します」

「ご期待に応えてみせます!」

 

 最後の指示を出し終えたアールグレイは、その場にいる全員を見渡しながら締めの言葉を口にした。

 

「作戦会議はこれで終わりにします。みなさま、聖グロリアーナの意地を黒森峰に見せてあげましょう」


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