言峰士郎の聖杯戦争 作:麻婆アーメン
「私は、本来この世に生まれてはならない人間だった」
月明りがステンドグラスから差し込み、淡い赤光が神父を照らす。
士郎には、その背中がひどく空虚に見えた。
ちょうど一年前、彼に救われたばかりの自分のように。
「どういう意味だよ、親父?」
幼くも、芯の通った声が青く照らされる。
赤と青の境界にある黒い影が、酷く大きく感じるのはただの気のせいだろうか。
「そのままの意味だよ、士郎」
「でも親父いつも言ってるじゃないか。主はどんな罪も許してくれる〜ってさ」
「フフ、門前の小僧とはよく言ったものだな」
「教会、だけどな」
祭壇の前に立ち、聖書の表紙をなぞる綺礼。
(余興の一つだ。無垢な少年に問うてみるのも悪くなかろう)
「士郎、お前はどんな時に楽しいと、幸せだと感じるかね?」
聖書から手を離し、神父は少年に向き合ってなんの変哲も無い問いを投げる。
少年は、考え、すこし唸ってからハキハキとした声でそれに答える。
「遠坂や親父と遊ぶ時かなぁ…魔術の練習も楽しいっちゃ楽しいけど上手くできない時は面白くない。親父は何が楽しいんだ?」
「そう、か。私はまだその楽しいことというものを見つけられていなくてな。」
「へぇ〜。それで?」
「それで…か。それでは生きてるとは言えないだろう。故に私は…」
「でも、生きてんじゃん」
「……」
「俺は親父の本当の子供じゃないけどさ、親父に出来ないなら……親父のくれた力とこの命で代わりに叫んでやるよ」
士郎は綺礼の元へ歩み寄り、赤い光の中へと足を踏み入れる。
「『神様、親父を許して、救けてください!』ってさ。それからはゆっくり、一緒に探そうよ。親父が本当に楽しいって思えることをさ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「マスター…お話があります」
日の落ちた街をカレン達の手がかりを求めて歩き始めてすぐ、ジャンヌが切り出した。
「カレン達のことか?」
ジャンヌはカレンにも桜にも懐いていたからな。余計に心配なんだろう。
だから開口一番聞くとしたらあの二人のことかと思ったんだが
その予想は、どうやらハズレだったみたいだ。
「いえ、私達の戦い方の話です」
「まだセイバーに言われたことを気にしてるのか?それなら気にするなって何度も」
ため息を零して、しつこいぞと暗に突っ撥ねる。
確かに聖杯戦争においてサーヴァントが前衛に立つのはセオリーではある。
だけど、それが最善であるならそんなものは邪魔でしか無い。
少なくともジャンヌの体術が使い物にならないうちは譲ってやるつもりもない。
「はい。やはり私が前に出るべきです。私が消滅すれば聖杯戦争に負けるのはわかっていますがそれはマスターも同じこと。ならばせめて令呪で呼んでほしかったです」
最初の方はまあともかく、令呪を使わなかったことは確かに正論だ。
今の戦い方では俺がジャンヌを信頼していないように思われて不満なのかもしれない。
「…あぁ、でもアサシンとは俺自身でケリをつけなきゃならない。他のサーヴァントと戦うことになったら呼んでたさ」
「マスターがそこまで固執するアサシンとは何者なのですか?話に聞いた無限の剣を持つ英霊など聞いたことがありませんが」
「…遠坂とカレンには特に秘密にしておいて欲しいんだが…守れるか?」
「はい、この旗に誓って」
そう言ってふんっ!と胸を張るジャンヌ。
今旗持ってないし、胸を張っていうことでも無いんだけどな。
もしあの2人に知れたらなんて怒られるかわからない。
「あれは、平行世界の俺の、成れの果て…らしい。」
「…!マスターも英霊になるということですか?!」
やっぱり驚くよな、知り合いが将来英霊になる確率なんてどのくらいか想像もつかない。
「いや、正確には真っ当な英霊じゃない」
「…?しかし現に聖杯に呼ばれていますよ?」
小首を傾げてアホ毛を揺らすな。
今真剣な話ししてんのにそんなアホ面されたら笑っちゃうだろうが
「世界と契約して正義の名の下、悪を片付ける心の枯れた人類の守護者…らしい」
「守護者が呼ばれる……ではやはりこの聖杯戦争は…」
「あぁ。使い方を誤れば今度は世界を焼き尽くすかもしれない。」
「止めましょう、マスター。私達の手で」
「ありがとう、ジャンヌ。でも…」
…いや、今は迷っている場合じゃない。
「どうかしましたか?」
自分を誤魔化すことも兼ねて、不安そうに顔を覗き込んでくるジャンヌの頭を撫でて笑いかける。
「いや、なんでもない。まずはカレン達を探さなきゃな。無事でいてくれるといいが…」
心のうちに芽生えた、微かな迷いを心に押し込めて再び歩き出そうとしたその時、目前に現れた気配に反応し身構える。
が、そんな緊張は驚きによって上書きされる
「おま…え…」
纏っていた風のベールが剥がれて露わになったのは
銀髪の18歳児と、誉れ高い騎士王様の、清々し過ぎてもはや神々しい、ダブル土下座だった。
…なんでさ?
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「話はわかった。つまり衛宮切嗣を助けるために俺たちと同盟を組もうってことだな?」
「えぇそうね。物分かりがいい子は好きよ、士郎」
「…さっきまで土下座してたやつが偉そうに…」
「謝ったんだからウジウジ言わないの!日本では土下座すればなんでも許さなきゃいけないんだから!ねぇセイバー?」
「えぇ、キリツグが確かに言っていました。間違いありません」
「何言ってんだ。初耳だぞそんなの。」
大体そんなことでなんでも許されるなら警察も裁判官も正義の味方も必要ないじゃないか。
絶対嘘だ信じないぞ。
おのれ衛宮切嗣め…!こんないたいけな少女にそんな嘘を…なんて卑劣なやつなんだ!
……もし本当なら親父に教会で土下座させる作戦でも…
「…マスター?天におられます我らが主が全力でマスターを止めなさいと言っているような気がするのですが」
「な、なな何言ってんだ信じてるわけないだろ?!いくら日本にいない時間が長かったからってそんなわけないじゃないかうん!」
「で、ですよね、安心しました」
「それで?返事を聞かせてもらえる?」
「返事も何も、貴女達と凛お姉様は協定を結んだのですから凛お姉様達と同盟を組んでいる私たちも自動的に同盟を組んでいることになるのでは?」
「あれは士郎をあの場から逃すこととの交換条件じゃない。同盟ではないわ」
その時のことを考えると、いやでもあの気に食わないスカした顔が思い浮かぶ。
早くも痺れを切らした俺は、少し不機嫌そうな声で切り出した。
「なぁ、俺の目的は衛宮切嗣を殺すことだって言っただろ。俺とお前が組むことはあり得ないんじゃないか?」
「カレンと桜の居場所、知りたいでしょ?」
「…!知ってるのか!」
「えぇ。それに…」
イリヤから視線を受けたセイバーは頷くと、イリヤに代わって話す。
「言峰士郎、貴方の言う衛宮切嗣というのは、彼のかつての意思のことではないのですか?」
「…何が言いたいんだセイバー」
「彼はもう、かつての彼ではない…ということです。そして貴方も気付き始めているはずだ」
「な、なにを…」
「サーヴァントなら、魔力の塊ならこの世の全てに含まれないとまだ思っているのですか?」
「……あいつに、聞いたんだな」
俺の問いに、セイバーはコクリと小さく、しかし確かにうなづいた。
夜の沈黙に刺さったその声に、心臓が高鳴りが収まりそうにない。
「……もう少し、早くお前に出会いたかった」
直感Aとはよく言ったものだ。
俺が死にかけてようやく手にした疑問と、取り返しのつかない罪の意識。
その条件も、思考過程もすっ飛ばしてただ答えだけを得ていく。
それでは、きっとただついていくだけの部下にはきっと何一つ理解されはしなかっただろう。
なにぶん長くはない俺の人生観から言わせてもらうので安っぽい言葉になるが
こいつに必要だったのは、隣で笑い、泣き、ともに叱り合うことのできる友達なのかもしれない。
「わかった。いいよ、手を組もう。衛宮切嗣が変わったというなら俺は救わなきゃならない。カレン達のこと、それから…そっちの事情も聞かせてくれるか?」
「はい。話は10年前に遡ります。」
「10年前っていうと…前回の聖杯戦争か」
「えぇ。私は前回の聖杯戦争でも同じくセイバーとして召喚され、キリツグが私のマスターでした。…そうですね、ではまず、聖杯というものが何か理解していますか?」
「英霊6体の魂を以って完成する万能の願望機、ですよね?」
「あぁ。表向きにはそうされてるな。」
「表向き?」
「では、その完成前の聖杯は何処にあるかはわかりますか?」
「聖杯戦争では毎回御三家のアインツベルン家が製造することになってるはずだろ」
「そうね。でもまさかドイツのお城に大事にしまわれてる、なんて本気で思っているわけじゃないでしょう?」
「…?つまりどういうことですか?」
「アインツベルンは考えました。戦争の真っ只中にありながら、聖杯を誰にも奪われず、守るためにはどうすれば良いか。」
「中立の教会に渡すのが普通ではないのですか?」
「聖堂教会は魔術協会と敵対している組織だ。いくら協定があるとはいえ敵に聖杯を預けるとは思えない……だとすると…まさか!」
「えぇ、聖杯そのものに意思を持たせて自衛させる。具体的にはホムンクルスを生み出しその体に聖杯を埋め込むというのがアインツベルン家の答えです」
「……おい、まさか今回の聖杯は」
「そう。イリヤスフィール、つまり私のマスターの体に埋め込まれています」
「え…それではどう転んでもアインツベルン家が願いを叶えるということですか?」
「いえ、ホムンクルスとはいえ1人の人間が英霊6体もの魂を受けきれるはずもありません」
「つまり、聖杯戦争が終わる頃には…」
「そうね、私は絶命するはずだったわ」
薄幸の少女はそう言って目を伏せてしまう。
「はずだった…?」
「身代わりとなったのです。彼女の父親、衛宮切嗣が」
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「幸い僕には体内時間をいじることの出来る魔術が使えるからね。多少の無理があっても調整は間に合ったというわけさ。」
「ありえません。聖杯などという大層なものを埋め込まれてそこまでビンビンにしていられるはずがないではないですか」
「…それを言うならピンピンですカレンさん…」
「あら私ったらはしたない。うふふ」
突拍子のない乙女ジョークに手からこぼれ落ちそうになるタバコを慌てて持ち直し、もう片方の手で頭をかいて困り顔になる衛宮切嗣。
「……。ともかく、疑問にはお答えしておこうかな。すでに英霊一つぶんの魂を受けてなおここまで元気でいられるのはこいつのおかげなのさ」
そう言うと、タバコを口にくわえたまま右手を胸元にかざし、体内から取り出したそれを見せる。
「それは…」
「さすがはコルキスの女王様、といったところかな。これは
「なるほど。その若さもそれの賜物というわけ?本当に羨ましいわね。私も欲しいわ、それ」
「まあ正解と言っておこうかな。と言ってもつい最近まではもっと老けていたし白髪だらけだったんだけどね。僕の10年はこいつからすればただの傷らしい」
「……そんなことを私たちに教えて何をしようというのですか?もしや情報代は体で払えなどと」
「ひぃ…」ガタガタ
「言うかッ!アンタ私の宗一郎様に手を出したらタダではおかないわよ!」
「キャスター。少し落ち着け」
「はぁい宗一郎さまぁ〜♡」
「まぁ。人目もはばからずはしたない。とんだ雌豚サーヴァントもいたものですね」
「聞こえてるわよこのビッチシスター」
「か、カレンさん…私が言うのも何ですが一応人質なんですから大人しくしませんか?」
「……まあそうですね。本題に入りましょうか」
「ん、なんだい?悪いが僕は既婚の身でね。デートのお誘いなら受けられないよ」
「はい?何をおっしゃるんですかこの辛気臭い根暗オヤジは」
「」
子供には弱いと見える。これは案外いい玩具を見つけたかもしれない、とカレンが心の中でガッツポーズをしたのは秘密だ。
「いいから質問に答えなさい、貴方はイリヤスフィールを救うために全てをかけたのでしょう?」
「あぁ、その通りだ」
「ならばどうして愛娘と相対してまでギルガメッシュの提案を跳ね除けたのですか?」
「生憎敵の言葉を鵜呑みにするほど僕は人間ができていなくてね。僕の命を捧げて済むのなら……そうだね、君たちに言わせればそれは
償い、という言葉になるのかな。…ッ!」
「宗一郎様!」
衛宮切嗣がタバコをふかしたその煙を、数本の黒鍵が貫いた
神に見放されながらも神を慕うその剣。
その切っ先が、ようやく10年狙い続けたその首前に届いた。
「見下げ果てたよ。元正義の味方」
しかし、少年は原点を取り戻す。
最早囚われる怒りなど持ち合わせていない。
ならばやることは単純だ。
「先輩!」
魔術で強化した脚力による跳躍で敵地の真ん中へと躍り出る。
「もうお前には殺す価値もない」
「言峰…士郎…!」
「俺がお前を救ってやる」
魔女と暗殺者の巣窟に、偽善に塗れた1人の
拳を握れ、精神を研ぎ澄ませ。
この先には。
本文の改行を大幅に削除しました。
もう読んでいただけないということですが、読みにくい、手抜きに見えて不快だという評価を頂きましたので気持ちだけでもと変更させていただきます。
内容が分かりにくい、誤字が多い等のご指摘も感謝です。
感想を頂きましたらその場でご説明と、編集、もしくは次の話で補足を加えさせていただきます