言峰士郎の聖杯戦争 作:麻婆アーメン
神父は独り、闇に紛れてグラスを傾ける。
テレビもラジオも雑誌も、月の光でさえ。彼には響かない。届かない。
心を占めるは呪われた自身の性と、それを満たしうる可能性。
10年前の大火災の直後、私たちは赤い光に導かれるかのように、一人の赤子を発見した。
両親の血にまみれながらも確かに息をするその目に、私はかつての自分を見た。
遠く、全てを失った男の慟哭を聞きながら。私の側で嗤う血の如く赤い瞳をした男は言った。
「クク…良い拾い物をしたな綺麗、貴様は此奴を連れ育てよ、上手く使えば貴様も愉悦が得られよう」
自身を理解して直後だったからこそ、私は飛びついた。
戦闘だろうと、拷問だろうと、果ては死であっても。
私を満足させられるのなら構わない。
それを見つけよと、私の心は叫んでいる。
「ほう…詳しく説明して欲しいものだな英雄王」
「此奴は空虚故に他者を模倣し己が世界を構成する。丁度腹の減った赤子が食い物を食べ荒らすようにな」
なおも薄ら笑いを浮かべたまま語る英雄王に、私は少しの不快感を覚え抗議する。
「…要領を得んな。私にもわかりやすく言って貰えないか」
そんな私の表情もまた彼の男からすれば滑稽に見えたのだろう。
酒でも飲んだかのように機嫌よく、雄弁に語る。
「単純な話よ。此奴は己を失った。故に″己はかくあるべき″なる部分を他者に丸投げし、忠実にそれを模倣する術を持つ。しかして気をつけよ。空虚故にその性質は絶えず変化する。我の求めるものにならぬようならば───」
私の求める答えとは言い難かったが、どちらにせよそれに可能性があるのなら試さない手はない。
ダメならば次の手を探すまで。
人生とはそういうものなのだと、私は知っている。
故に、受け入れた。
「殺すのだな。良かろう、やるだけやってみよう。方針はどうするのだ?」
「そうであるな、貴様のような小悪党にすら手を差し伸べる狂信者が良かろう。魂の模倣、それは即ち己を消し去る事に他ならぬ。それを成してもなんとも思わぬただの器こそが理想であろうな」
「なるほど。良かろう。偏った人格者に育てたいのであれば方法は私に心当たりがある。」
私の瞳を確かに見据え、英雄王はその奥を察して問うた。
「ほぉ、つまり貴様はこの赤子に正義の味方の真似事をさせようと?」
「ふふ、貴様もなかなか皮肉が板に付いてきたな、英雄王。構わんのだろう、この一夜程度では人格を壊すには生温い」
さも愉快そうに口角を上げる英雄王に嗤いで返し、これから目の前で無防備に眠る少年を待ち受けるであろうさらなる地獄を思い、彼の表情を想像するだけで心が踊った。
「……クク、全く良い趣味になったな綺麗。それは正義の味方などと生温いものではないな。此奴が成し遂げるとすればそれは───
英雄王は誰に聞かせるでもなく、眠る少年を前にしてひとりごちる。
その声は静かに響き、やがて闇へと溶けていった。
目を閉じ、少し長めの回想を終えるとグラスを机に打ち付け、コツンと鳴らした。
「私がかつて望み続けたもの…終ぞ見ることはなかったが、よもや私が育てる側だったとは」
長かった。この10年。
それは遠く、険しい道のりだが、それが成されれば私も漸く答えが得られるかもしれん。
1度は果てたこの身だが、掴んで見せよう。
私が生かす、私が殺す。
「
立ち上がり、ドアに手をかける。
準備は整った。
手袋を外し、ほくそ笑む。
「その身にどうか、
聖杯は、願いある者を選び、施す。
であれば、選ばれる者は選ばれるべくして選ばれた。
闇に潜むその手の甲には再び、血の聖痕が刻まれていた。
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「えっと…遠坂。悩みがあるなら聞くからとりあえず離してくれないか?」
「……嫌。」
──どうしてこうなった。
いや、訂正しよう。
うちの学校のアイドル的存在である遠坂と、俺の膝の上に乗って胸に顔を埋めるようにして抱き合っているのだから、そんなまるで自分が不幸であるような言い方をすればどんな目にあうかわからない。
「えっと…そ、そうだ!エミヤの作ってくれたお菓子食べないか?」
「食べる」
「じゃ、じゃあ取ってくるから少し「嫌」おぉう…」
ダメだ。確かに遠坂は昔から頑固なところがあったが、どうやらレベルアップしてるらしい。10年の歳月は伊達じゃなかった。
「先輩〜、エミヤさんが…ってあら?その可愛らしい女の子誰ですか?」
ドアの向こうから現れた桜は、色々と複雑な事情があるとは言え、遠坂凛の実の妹である。
故に、彼女が遠坂を知らないなんてことは起こりえない。
「桜…?桜〜!」
目が合った瞬間、先程までの頑固さは何処へやら、桜の腕の中へ飛び込んで行く遠坂。
「へっ?ひゃっ!?…ね、姉さん!?どうして小さく…」
そう、遠坂凛が幼くなってさえいなければ。
どうしてこうなったのかを説明するには、約十分前に遡らなくてはならない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
傷も大分癒えてきたので、日課の魔術鍛錬と筋トレを終えて飲み物を取りに行くと、リビングでは聞きなれたふたりの声。
どうやら遠坂とエミヤの声らしい。
「凛、君のところのサーヴァントは少し躾が行き届いていないのではないか?第一サーヴァントの身にありながら酒に溺れるなど…」
「あー、はいはい。説教はお腹いっぱいよ。大方あの王様に苛められたんでしょうけど、それを私にぶつけるのは筋違いってもんでしょうに」
む。あの堅物をヒラリヒラリとかわしていく話術は流石だな。
さすがあの歳で御三家の一つ、遠坂家の当主を務める天才魔術師と呼ばれているのは伊達じゃないらしい。
「む…まあ、確かにそうだな。確かに君の言いつけ通り食事を作り置いてきた。それからこれは君にだそうだ」
「ん?何かしら。まあいいわ。ありがとね、衛宮君」
まあ詳しくはよく分からないが、よりにもよって遠坂は英雄王の所にアサシンを使いに出したようだ。
…なんて命知らずなんだセカンドオーナー。
まあそれは置いておくとして、遠坂はそんな言葉と共に差し出された紙袋を受け取り、とりあえずお礼を言った。
「あら、言峰くんったら盗み聞き〜?」
「む、そんなワケないだろ。でも悪い。邪魔したか?」
「いや、構わないわよ。ね、衛宮くん?」
わざとらしい笑顔で俺達2人を呼び分ける彼女は今日も楽しそうだ。
対するアサシンは複雑そうな表情で苦笑いを零し、無言のまま霊体化した。
後は任せた、といったところか。
「ところでそれ、なんだ?ギルガメッシュかららしいけど」
「さあ?私にも検討がつかないけど…開けて見ましょうか」
そういってやけに年季の入った包みを破り裂くと、中から出て来たのは小瓶と紙切れだった。
「えぇと…なになに。『三流シェフの薄粥で腹も満たした。散策に出る。薬の一つをくれてやる故魔力の補充と供給を怠るな、雑種』ゥ…?なんなのよアイツ!腹立つわね!」
紙を読み切るや否や即ビリビリに破って舞いあげ、自身の怒りを華々しく表現する遠坂凛。
こういう感情を隠そうとしないところは昔から変わらない彼女の美点の一つだ。
「……まああいつなりに心配してくれてるんだろう。
自信が無いので声が小さくなってしまう。
が、聞こえてはいたらしく、ふん、と鼻を鳴らすと今度は同封されていた瓶をマジマジと見つめる。
「ふぅん。まあ貰えるもんは貰っときましょ」
「っておい、もう飲んじゃ……あー」
そこら辺のオジサマ顔負けの豪快な一気飲みを見せる凛。
昔から何をするにも説明書を読まなかったのは10年経っても変わらな……待て、まさか魔術も独学で──?!
ぷはーっ!とこれまた豪快な息を吐くと、瓶を流しに置いた。
「うえぇ、なんだか変な味ね…蜂蜜にガムシロ混ぜたみたい…」
なにそれカレンが喜びそう。
しかしどうやらご希望には添えなかったらしく、その顔はますます不機嫌そうになってしまう。
八つ当たりを食らう前に撤退しようと適当な言い訳を口にしながらそそくさと背を向けると、不意に背後からポスッという小さな音がした。
「と、遠……遠坂……?」
そこに倒れていたのは赤い悪魔などではなく、遠く見覚えのある一人の少女だった。
まあ後は大体予想のとおりでこの有様、というわけだ。
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「なるほど……英雄王さんのお薬の影響でしょうか」
目撃者の証言を元に、キラン、と目を光らせながら名推理を披露する私……なかなかイケてるのでは?イェイ!
──冗談はともかく、疲れて寝てしまったロリ姉さん…概してロリンの頭を膝にのせ、優しく撫でてあげつつコソコソと先輩とお話をします。
「多分そうなんだろうな…あいつ、あぁ見えて子供好きだし」
「へ?」
「あ、いや何でもないぞ、桜」
慌てる先輩の可愛さに今日も今日とて悶々としながらも何とかこらえきった私は、スヤスヤと寝息を立てる懐かしい姿になってしまった姉さんを眺めるのです。
「それにしてもさ、こうしてると…なんだか俺達の子供が出来たみたいだな」
ポリポリと照れ臭そうに頬をかきながらポツリと零す先輩。
また先輩はよく考えもせずにそんな──
「そうです……ねっ!?!?」
こ、ここ子供!!?なんて…なんて甘美な響きなんでしょう…!
あぁ…先輩いけません!私達は血が繋がっていないとはいえ兄妹!いくら男の人がそういうのが好きだといってもこういうのは…!
け、けど先輩がどうしてもって言うなら私はそんな
「さ、桜〜?大丈夫か?戻ってこーい」
「はっ!?す、すみません先輩、ボーッとしてました」
「……ホントか?なんか物凄く顔が赤「ボーッと!してました!!」…は、はい…」
ふぅ…!なんとか言いくるめました。危ない危ない。こんな煩悩だらけのはしたない女の子だなんて思われるのは流石の私も我慢できません。
そんな私を見かねてか、先輩はおもむろに立ち上がり、部屋の隅の冷蔵庫からジュースを取って渡してくれました。
「この前話した時から桜はもっと無理してるみたいだし、いい機会だ、休憩しよう」
「あ、あの…無理はしてませんよ?確かに言峰家に嫁…名を連ねる者として恥ずかしくないように頑張ろう、とは思っていますけど」
「ばか、それを人は無理って言うんだよ。気張らなくていい、養子の俺が言うのもなんだけど大した家柄でもないからな。親父とカレンを見ればわかるだろ」
むぅ…そうなんでしょうか。綺麗さんは強い上に信心深い神父さんですし、カレンさんだって言葉遣いは少し過激に見えますけど本当はすごく先輩やランサーさんのことを心配してくれていますし。
思えば私は皆さんのことをあまり知りません…そんな私の心を察してか、先輩は
「まあその、なんだ、親父が退院したら一緒に飯でも食いに行こう。だから今は許せ、桜」
そう言って私のおでこをコツンと小突きます。
それもうSINOBI的な別アニメなのでアウトだと思いますーーーーーー!!とても素敵ですけどーーーーーーーー!!!
そんな私の心の叫びも知らずに私の隣に座ってそのまま頭を撫でてくれる先輩。
これだから嫌なんです。一挙一動、呼吸の音一つでさえ私を動揺させて自分は冷静だなんて、不公平だと思います。
私もカレンさんみたいにこの体を使って籠絡してやりましょう!───恥ずかしいのでまずは手を繋ぐくらいから。
「さく…らぁ…士郎…」
「「!」」
まずいです、起こしてしまったでしょうか。
昔から目覚めの悪い姉さんは寝起きが不機嫌なので……
そんな私たちの心配をよそに、寝返りを打ってスヤスヤと寝息を立てるロリン。
「守れなくて……守ってあげられなくて……ごめん…なさい…」
「凛……」
寝言に嘘はつけません。
それは間違えなく普段素直になれない姉さんの、紛れもない本心。
彼女の懺悔を聞いて、少し哀しい気持ちになった後、私達は顔を見合わせてクスリと笑い合いました。
だって───
「ありがとうな、凛。けど俺達はここにいるから。謝ることなんて何一つないさ」
その通りです──と頷いて、私達は2人で幼くなってしまった姉さんの頭を撫でました。
気恥ずかしくてなかなか呼べなかったけれど
「凛、お姉ちゃん」
その時不思議と私は、呼んであげてもいいような。そんな気持ちになりました。
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遠坂を桜に任せ、一人で衛宮邸を出る。
歩いて10分ほどだろうか、流石に1年ほど住めばもう慣れてくる。
見慣れた街のなんでもない道路の真ん中に、彼は立っていた。
『駄犬、行くのですね』
家を出る間際に白髪を揺らして儚く笑う彼女の声が聞こえた。
『生きて帰ってきなさい。あなたはまだ───』
「
欲しかった
なら、戻らなければならない。
刹那、金色の波紋が広がり、一振りの剣が射出された。
「
武器を見繕う暇などない。
この手に遥かトロイア戦争において神の投函さえ防いだ無敗の盾を宿し事なきを得る。
「迷子か?英雄王。奇しくも逆だな、あの時と」
目の前の金髪赤眼の男に少しおどけて問いかける。
「ほざけ、小僧。要件は分かっておるのだろう?」
普段なら、また別のものならば激怒し即宝具を飛ばしていたところだっただろうが、今の彼は違う。
これからのことを思えば、機嫌が良くなるのも仕方ないと言えるだろう。
「あぁ。聖杯が欲しければ約束を果たせってやつだろ。お約束通りすぎて涙が出るよ」
微笑み、回想する。
たった27本の魔術回路しか持たない少年が数多の悪魔憑きを退け、魔術師や代行者と敵対してなお生き延びるなど不可能だ。
万が一の奇跡が起こっても、ホルマリンの中が関の山だろう。
しかしそれは俺に…いや、奴にとって当たり前のことだった。
「ハ、有象無象の雑種共の戯言などと一緒にしてくれるな。貴様、それが
「感謝してるよ、お陰で俺は今もこうして生きている。そして漸くここまでこられたんだ」
固有結界を発動する前から俺はギルガメッシュの持つ宝具を一つ一つ見続けてきた。
ろくに魔術も使えぬ身で禁忌とも言える無理を続けてきた。
何度死にかけたか分からない。
何度血を吐いたか分からない。
けれど、諦めることだけは、俯くことだけはしてこなかった。
何故なら俺は───その方法さえ知らなかった。
「世辞は良い。それよりも疾く始めよ。我は待ちわびた。10年越しの契約、果たす時だ」
そう、あの英雄王が善意のみでそんなことをするはずがない。
俺が生かされたのはある可能性を見出されたからだ。
例えば、
それは
剣術とは、単に剣を振る事のみにはあらず。
足の動き、地形の見極め、呼吸の一つ一つでさえ不可欠な要素。
彼はそれらのうち実現可能、ないし必要なものを切り取って使役する。
ならば───
「この為だけに溜め続けたんだ。せいぜい愉しめよ、ギルガメッシュ」
目をつぶり、ある回路を起動する。
そして───身体中に浮かび上がる青い紋章。それは数年間かけて溜め続けてきた魔力の解放を意味する。
俺はそれを擬似令呪と呼ぶ。
この身に令呪を宿し続けてきたからこそ思いついた、サーヴァントへの命令権を持たない純粋な魔力の貯蔵方法。
「ほう、良い。良い心がけだ。あとで飴をやろう。」
「
莫大な魔力を以て今一度、世界を塗り替える。
脳裏に浮かぶのは異世界の自分の成れの果てが口癖のように説くあの言葉。
『イメージするのは常に最強の自分。貴様は戦うものではない。』
そればそうだ、俺はマスター。もとより戦うべきじゃない。
だけど、それは″士郎″としては間違いだと言わざるを得ない。
違う。
俺は間違っても強くなんてない。
魔術回路も武術も無才で凡庸な三流品。
目の前の
なら…イメージすべきは神代の槍。
目の前の王に幾度も聞かされ、説かれたその力。
今この身に宿し、英霊を穿──
プツリと。そこで、俺の意識はあっけなく途絶えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
なんと奇特な存在か。
技術の完全投影とはつまり、自己を他者の人格で丸ごと書き換えることに他ならない。
それを平然とやってのける小僧は、やはり我が目をかけるに相応しい男だった。
「フハハハハ!待ちわびたぞ我が友よ!」
「…あぁ…なんて、罪深い」
「釣れないことを言うでない。貴様を呼び出させるために如何に我が目をかけてやったことか、貴様に見せてやりたいくらいだ。だがまあ」
ギルガメッシュが組んでいた右手を上げると、彼の後ろの大気が揺らめき無数の刃が顔を出す。
それを見た″士郎″も地から大量の鎖を射出する用意を完了させた。
「相変わらずわからないね、君も…そして人間っていう生き物も」
「フッ、貴様がわかろうとしないうちはわかるまいよ。それ、出来を確かめてやろう。」
数多の宝具と宝具がぶつかり合い、甲高い金属音と火花であたりが明るく照らされる。
一歩前に踏み出せばそこは死の海。しかしその場に何者かがいたとすれば、その口からは綺麗…そんな言葉が溢れたかもしれない。
火花が収まる頃には、約束の草原はとっくに荒野へと変わっていた。
それでも、裁定者と神の槍は止まらない。
裁定者は乖離剣エアを。
神造兵器は天の鎖を。
互いに最も信頼する武器をその手に再度ぶつかり合う。
「ククク!ハハハハハ!!」
「ふふふ…」
嗤いながら、相手を撃つ。
何処までも無邪気に、そして懐かしむように。
他の者が入り込む余地など微塵も存在しなかった。
そこは神さえ踏み入れぬ領域。
「原初を語る。元素は混ざり、固まり、万象織り成す星を生む。」
「呼び起こすは星の息吹。人と共に歩もう。僕は。故に。」
「「エヌマ・エリシュ!」」
この世の理とでも言うべき絶対の一撃同士がぶつかり合う。
火花などど生ぬるいものではない。
もしあの二つが相殺していなければ、もしここが固有結界の中でなければ。
銀河はとっくに跡形も無くなっていただろう。
「少し衰えているのかい?…あぁ、不完全な受肉の影響か。その体では厳しいだろう。早く降参しなよ、ギルガメッシュ」
「たわけ、愚昧ここに極まったな。その器の貴様などこの程度で十二分よ」
嗚呼──思わず笑みが零れる。
どれほどこの時を待ちわびたことか、と。
聖杯の呼びかけに応える度に、奇跡に縋らなかったと誰が断じれよう。
つまらぬ男の憐れな末路を愛で、酒を飲むつもりが思わぬ幸運に恵まれたものよ。
『なんて、罪深い』
忘れよと、貴様は言った。
だが貴様とて知っていよう。
我に物を忘れる力はない。
故に愉悦と重圧で上書きして王を全うし、死を迎えたが、その程度の苦痛では愚神どもへの裏切りの対価とはならんらしい。
死してなお戦の道具とされ、この刃達を振るってきた。
世界の全ては今この
「
振るおう、世界を切り裂こうとしぶとく生き延びる貴様にならば
この英雄王は力の全てを出し切って──
「天の鎖よ!」
数えるも馬鹿らしくなるほどの鎖を束ね、王の一撃を貴様はいとも容易く防いでみせる。
あぁ、愛おしい。何故、何故死んだのだ───。
我があれほど満足した時など無かった。
満ち足りたことなど無かったのだ、───。
「
「……なに?」
我の魂の叫びなど知らぬとでも言うが如く、目の前の輩は平然と、微笑すら讃えて言ってのける。
認めたくはない。だが、いつまでも続く夢など鬱陶しいだけ。ならばいっそ。
確かに貴様の望みそうなことだ───。
「良かろう。ならば貴様もその力、底まで余さず出し切るが良い」
宝物庫の全ての鍵を開く。
この世界が滅ぼうとも知ったことか。
我はこの友に全てを捧げよう。
しかし友は首を振る。
「そうじゃない。忘れてくれと言ったはずだよ、ギルガメッシュ」
「なに?」
「気付いているんだろう、彼は、君の友になり得るのだと」
「何をたわけた事を。生涯、いや死後その末端まで我の友は貴様だけだ、───」
「所詮僕は一時だけの紛い物。けれど彼は違う。これからを生き、君の隣に在る者だ。その名を神の剣…これは君の名付けた名前だね?」
「……ならなんだというのだ」
「君が導き、そして共に生きてくれ。それが───」
目を見開いた。貴様、最後の最後まで。
嗚呼、なんて憎らしい奴よ。
良かろう、貴様の最後の願い、この我が聞き届けた。
王ではなく──として。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
目が覚める。
傷だらけなのに、不思議とこの身には倦怠感の一つさえなかった。
かつてないほどハッキリした視界に、いやだからこそ、目の前の王の顔がハッキリと見えた。
「漸く起きたか。喜べ、我の友の計らいにより貴様は試練を受ける資格を得た」
「な…にを……ッ」
冴えた突如として頭に走る激痛。
それが一人の者──いや、兵器の物語だと悟るのにさして時間など必要なかった。
だが血にまみれたその物語は決して誰に否定されるようなものでもない。
神の失態により自我を持たず生まれた
道具として生まれた彼は、人として死んだ。
あぁ───
「…少々垣間見たようだが、その程度で我達を理解し同情しているつもりならば筋違いだぞ、小僧」
ハッとして血だらけの掌を頬に押し付けると、血とは違う透明な液体に触れた。
どうしてこう自分は自分の感情に鈍感なのだろう。
誰より、何より他人の感情を読み解く術を持っていながら。
「…そうじゃ、ないんだ。そうじゃないんだよ、ギルガメッシュ」
「ほう?」
「これは多分、羨望ってやつなんだと思う。俺とは違う最期を掴んだ
何を口走っているんだ俺は。
あの最後を当の本人の前で羨ましいだなんて。
見ろ、目の前の不機嫌そうな顔に拍車をかけてしまった。こんな事じゃ下手したら…いや、下手しなくても死ぬかもな。
「顔を上げよ、小僧」
恐怖と、少しばかりの気恥しさから俯く俺にかける王の言葉は、表情よりも余程柔らかかった。
「その無礼、見事武勲により果たして見せよ!出来ねば…この世界など最早意味は無い。貴様諸共葬り去ってくれる!」
──訂正しよう。最初から乖離剣抜刀状態。慢心なしの本気モード。
目の前にいるのは間違えなく世界最古にして最悪の王様だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これよりご覧に入れますは神の子と人の子の児戯にして、
二人の
『
雨の如く降るは無限の宝具。
その全てが超のつく一級品。
それに加え王の寵愛を受ける最悪の鎖がこちらの動きを絡め取ろうと猛スピードで迫ってくる。
「天の鎖よ!」
「ッ!」
駆ける。
その不完全な模倣。
当然こちらが加速すれば、当たった時の衝撃は莫大なものとなる。
ただでさえこちらの身は人の制約に縛られる。生きている限り、それは越えられない壁。
それでも、それでも。
頭の中に浮かぶは今の俺を作り上げたたくさんの笑顔。
『君ならきっと正義の味方になれる』
『アンタなら何とかなるでしょ、というか何とかしないと許さないんだから』
『先輩…ありがとうございます』
『マスター、私は信じていますよ!』
『私の許可なく死ぬなど許しませんよ、駄犬』
「あぁ…やってやるさ」
そんなデタラメで俺1人には重すぎる幾つもの十字架でさえ、この世界でなら剣に変えることが出来る。
「
刃こぼれすることのない西洋剣を振るい、1本1本全霊を持って宝具の雨を撃ち落とす。
この身を守る唯一の盾はこの1本の剣のみ。
魔力も固有結界を張るのに精一杯。
明日は見えない。
1分先には血塗れかもしれない。
1秒先には蜂の巣かもしれい。
1歩先が、常に死の領域。
───だから、どうした
思えばいつだってそうだった。
前方から真っ直ぐ飛んできた数本の魔剣を、剣を水平に薙ぐことで弾き飛ばす。
───まだ、進める。
俺に出来るのはいつだって。
足元をすくうように現れた聖剣を跳んで回避し、追撃機能をもった名剣を、身をよじるようにして横腹を掠めるに止めた。
───意味も知らずにこの身を捧げることだけだった。
なら、だから。
目前に現れた波紋から射出される槍を左掌で掴もうとするも、反応が遅れ貫かれる。
その痛みによる一瞬の怯みを狙い、更に多くの剣が、槍が、斧が。
脚を、腕を、肩を、貫く。
「ハッ、その程度か小僧。やはり貴様は俺の友とは呼べん。だが喜べ。せめてもの褒美だ。我自ら手を下してやろう。光栄に思うが良い」
黄金の王が右手を軽く上げると、
さながら処刑のように。
あまりにも一方的に、容易く殺し得る力。
「……や…。」
「なに?」
血が垂れ、力なく吐き出された音にならぬ声に王は眉を顰める。
「それを、待っていたぞ!
───お前だって救ってやるぞ!ギルガメッシュ!
この身はまだ、潰えちゃいない!
意を決して、踏み込む。
ノータイムで射出される無限の刃。
そして───
「……っ、な、に…!?」
不敬にも飛び込んだのは王の蔵。
無限の宝具を最善の状態で保管するために、そこには空気も、光さえもない。
体が動かない。
状況を察したギルガメッシュが、侵入者を閉じ込めるべく波紋を今にも閉じんとしている。
これを逃せばもう二度と外に出ることは叶わないどころか、先にこの場で死ぬことになるだろう。
───けど、ここで勝たなきゃいつ勝てるっていうんだ、そうだろう言峰士郎!
自らの体の崩壊も顧みず行使するは時間の概念。
「
骨が、肉が、内蔵が軋む。
身体のあちこちの傷穴からは血も止まらない。
それでも止まらない。
止まれない。
もうこの双肩に乗っているのは俺1人の命じゃない。
だから───
全力で疾走する。
今にも閉じようとするその門へと。
そして───
「……っらぁ!」
「がは……ッ」
誰もが呆れ返るような馬鹿げた
体を巨大な斧に割かれながらも王の蔵を駆け抜け、即座の解析魔術と見様見真似の固有時制御を駆使し、見事黄金の王の背中をとった少年は思い切り
「……ハッ、全く…貴様は英雄の座に間違いなく来れるだろうよ。この英雄王を完全に上回っておきながら拳で決着をつけるなど…」
「こんなこと誰だって出来るさ。俺はただ小汚く王の蔵を這いずり回っただけのネズミに過ぎないよ、ギルガメッシュ」
「では俺はネズミに敗れたと言うのか……ククッ…ハハハハハハ!!」
「ふっ、はははは!」
二人して笑う。
その姿は例えば、喧嘩しているうちに馬鹿馬鹿しくなっていつの間にか仲直りしていた───のように。
「友、だな最早。認めよう。お前はたしかに俺の友になり得る。
「やめてくれ、今更どうってことないさ。さて、お前も来いよ。俺もお前もあと1戦、共通の敵が控えてるからな」
「ククク、そうであるな、友よ。なに、問題ない。俺とお前ならば…たとえ神を敵にまわそうと負けることは無い。行くぞ友よ。遅れを取るな」
「はは、誰に物言ってんだ、俺はお前の友なんだろ、ギルガメッシュ」
夢見がちな少年達がするように、2人の男は血にまみれたその拳を重ね合わせた。