言峰士郎の聖杯戦争   作:麻婆アーメン

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運命

「起きなさい言峰士郎よ…目覚めの時です」

 

「……」

 

耳に心地の良い、しかし聞き覚えのない声が脳に響く。……本当に聞いたことのない声だな。わかることと言えば女性の声であるということだけ。

仕方ない…と思いつつ薄目を開くと、そこはまだ暗闇だった。夜目はかなり効くほうだと思っていたんだけどな。

違和感を抱きつつもまだ心地よい微睡みの中瞳だけをゆっくりと傾けると、そこには暗闇の中にも関わらず何故かハッキリとした女性の姿があった。

雪のような白い肌に、トップモデルでも全速力で逃げ出す程整っていてなおかつどこかあどけなさを残した顔立ち。

そして顔からは不釣り合いなほど豊満で自己主張の激しい胸、更に更に出る所は出ているのにクビレはしっかり引き締まったワガママボディ。

およそこの世の人とは思えない美貌の持ち主と、バッチリ3秒ほど目が合う。

……なるほどこれが女神か。なんか白いドレス着てるし間違いない。

状況を完璧に理解した俺は…

 

「……」

 

「ちょっ、嘘でしょう?!この状況で二度寝するの!?」

 

いやいくら最近死闘続きだからって流石にないだろう。

銃弾を受けても生き延びた俺が志半ばで死ぬとでも?

ははは、冗談じゃない。

よってこれは夢だ。

断固として夢だ。

夢の中で寝たり死んだりすれば夢から覚めるというのは代々言峰家に伝わる家訓であり、神の教えでもある。(言峰綺礼談)

よって俺は一刻も早くこの馬鹿げた夢から覚めて行動を移す必要が「ちょっと聞いてるの?お姉さん泣いちゃう!泣いちゃうんだからぁ!」……なんか不憫になってきた。

しょうがない。朝寝坊したからと言われて顔にカレンやら凛やらに油性ペンで落書きされることはもう諦めるとして、とりあえず話を聞くことにしよう。

そう決意し、むくりと上半身を起こすと胡座をかき、顔だけを回して要件を聞いてみる。

 

「で、何のようだ。というかアンタ誰だっけ。俺の知り合いにはこんな美人いなかったと思うんだけど」

 

「やだもう、美人だなんてお姉さん照れちゃあああ!ごめんなさい!謝るから寝ないで!もうあまり時間が無いのお願い!」

 

自分の発言の揚げ足を取られたようで少しイラついたので再度寝るふりを試みる。

効果は抜群のようだ。

いや別に愉しんでいるとかではなく会話の主導権を握る一手としてだな。

 

「時間?……そう言えばアンタよく見るとどっかで見覚えが…」

 

「ごめんなさいね、説明している時間はないの。主に誰かさんが三度寝した…三度寝したせいでね!!」

 

うわぁ…なんかすげえ根に持ってるな。

自分の遊び心に少しの後悔を抱きながらも、沈黙は金などという格言を生み出したご先祖さま方の知恵にあやかり、無言のまま目線で続けろと促した。

 

「こほん!とにかくあなたには謝らなきゃいけないのだけれど、それは最後の最後にしましょう。まずこれから貴方がやっちゃいけないことを伝えるわ!聖杯に射影を初めとした諸々の魔術行使!それにキャスターの宝具で聖杯の中身をリセット!っていうのも禁止よ!」

 

危なかった…大聖杯に豆腐を射影した後麻婆に入れて親父とカレンに食わせようとしていたのはどうやら禁止事項だったらしい。

 

「前のが中の良くないものを刺激する可能性があるって理由なら納得できるが…後ろの方はどういう事だ?」

 

「キャスターの宝具は見たかしら?破壊すべきすべての符(ルールブレイカー)と言って…」

 

「あぁ…発動中の術式なら問答無用で破壊するんだよな。ライダーとの戦いで俺も使ったからよく知ってる。」

 

「そう!彼はそんなものまで持っているのね!…あっ、ごめんなさい。彼らに気づかれちゃう。また隙を見て貴方の意識に語りかけるわ!また会いましょう!ちゃおー!」

 

「ちょっ、えっ、理由っぁあぁああああ」

 

ヒラヒラと彼女が手を振ると、あたりが眩い光に包まれる。

途端に床が抜け落ち、落下する。

夢の中のはずなのに心臓が浮くような感覚に思わず悲鳴をあげる。

いや待て、つうか色々大事なことをまだ全然聞いてないぞ!

俺の心の声なんて知ったことではないとでも言わんばかりに落下速度は早まっていく。

おのれ重力加速度gめ。恨むからな

 

「ああああああ「フィ〜ッシュ」っ!?!?」

 

唐突に訪れる圧迫感。さっきまでも目を開けていたはずなのに、また目を開く。

今度こそ目を覚ましたらしく、さすがに見慣れた天井…というか床やら壁やらが目に入っては流れ、フェードアウトして行く。

そしてその中心で微笑むはみんな大好き白い悪魔(カレン様)

 

「ぁっ…か、なん…で…っ」

 

聖骸布と遠心力のダブル圧力に抗い、ようやく声を絞り出す。

 

「うなされていたものですから、目を覚ましてあげようと聖骸布コースターなるものを実験してみました。」

 

なるほど夢の中だったはずなのに感覚がやけにリアルだったのは現実の方でも似たような体験をしていたかららしい。

…いやほんと、白い髪の女にはろくなのがいないな。

締めあげられつつ遠心力か。

何も食べていないのに吐きそうだ。

 

「ぁ、ありがとう…助かったから下ろし…へぶっ!?」

 

「朝食ができたらしいですから行きますよ。…あら?そんなに気に入ったのでしたらまた」

 

不服ながら感謝を述べると(ダイナミックに)降ろしてくれたので、気分を少しでも良くするために床に蹲るっていたらまさかの提供側からのアンコール。

 

「あぁぁあ行く!今すぐ行きますお姉さま!だからご慈悲を!」

 

先程までの夢をも頭の片隅へと追いやり、クマさんエプロンのファザコン野郎が作ったであろう朝飯目指して猛ダッシュをかますことで俺の今日は幕を開けることとなった。───

 

 

「フンッ!」

 

「ハァァ!!」

 

煌めく朝日が何度雲に隠れ、出てを繰り返しただろうか。

魔力に編まれた風により散った舞う木の葉の数が、その長さを物語る。

不可視の聖剣が織り成す猛攻を、一撃一撃丁寧に捌いていく紅き双剣使い。

騎士王が獰猛に攻め、時折正義の味方が故意に守りを薄めた隙にも容赦なく打ち込み、返される刃も冴え渡る直感で掠らせもしない。

守り上手のアサシンと、隙のないセイバー。

両者の剣が打ち合う金属音が幾度も鳴り響き、幾度も咲き乱れる火花。

その場に居た誰もがその美しい打ち合いに息を呑み、その熱に当てられる。

 

「これで最後よ!やっちゃえセイバー!」

 

「はい!」

 

「アサシン、迎え撃て」

 

「元よりそのつもりだが?」

 

繰り返される剣戟の果て、2人は主から信頼に応えんと剣を握り直す。

 

「ここまでだ、アサシン!この一撃を以って貴方への賞賛とさせてもらおう!」

 

「フ、では私も全身全霊を以ってその返礼とさせてもらう」

 

風王…(ストライク…)

 

投影開始(トレースオン)

 

セイバーの不可視の剣に集中する風と膨大な魔力。

対するアサシンも重ねた両手に魔力を集める。

そして訪れるは呼吸の音さえ響くほどの静寂。嵐の前の静けさ、とはこの状況のためにあるのではないかと、あの切嗣が感じたほどだ。

一刻の後構え、そして放つ。

 

鉄槌(エア)!」

 

絶世の名剣(デュランダル)!」

 

膨大な魔力同士がぶつかり、弾け。

熱と光を帯びた爆炎が咲く。

その轟音と共にセイバーとアサシンの戦闘は決着した。

 

「見事でした、士郎。まさかアサシンクラスで私とあそこまで渡り合えるとは、余程の鍛錬を積んできたのでしょう。感服です」

 

「いや何。セイバーである君にそこまで言われるとは感慨深い。私もまだまだ捨てたものではないな」

 

「はい2人とも、飲み物よ!すごいじゃない大士郎!見直したわ!」

 

キャイキャイと先刻の2人の戦闘を振り返りながら褒め合う3人。

言峰士郎の提案により、聖杯を欺くための模擬戦闘。

前回の聖杯戦争からすれば全く信じられない光景だ、と切嗣は思う。

もしも10年前もこうだったのなら今頃アイリも…。

いや、よそう。こんなことを考えても何にもならないのは分かりきっている。

それよりも重要なのは聖杯に聖杯戦争は継続していると誤認させること、そして大聖杯の在処の探索だ。

 

「士郎、サーヴァントである君から聖杯の動きはわからないかい?」

 

「すまないが私には何も感じない。第一今の我々にとって聖杯とは門のようなものに過ぎない。司会するための魔力はマスターから得るものだからな」

 

「そうだな…すまない。」

 

「…焦ることはないさ。命のかかっている身としては気が気でないかもしれないが我々には協力者がいる。しかも見ようによっては″聖杯戦争は奴のために引き起こされたとも取れる″。それについては君も同意したはずだが?」

 

「そうだね。現状最優先で考えるべきはバーサーカーに対する対処だろう。とりあえず今日はここまでだ。屋敷に帰ろう」

 

「そうだな。セイバー、イリヤ。帰るぞ」

 

「はい。」

 

「大士郎〜!今日のご飯は何かしら」

 

「さてな。今日の当番はセラだろう。私に聞くのは筋違いだと思うがね」

 

「え〜、私士郎の料理の方が好きだなぁ」

 

「それは執事(サーヴァント)冥利につきるが…セラの前では控えることだ。彼女は彼女でなかなか面倒な性格をしているのでな」

 

「はーい」

 

駄々をこねるイリヤをたしなめるアサシンと、それを見て優しく微笑むセイバー。

屋敷では彼女が熱く信頼を寄せる2人の家政婦…いや、もう代理の母と姉という位置付けの方が正しいのかもしれない。

まるで家族だな。

昔からここにあったのが当然のようにさえ切嗣には思えてくる。

 

そう、傷は薄れていく。

人は別れを、悲しみを忘れる生き物だ。

たとえそれはホムンクルスだろうと、サーヴァントだろうと、何も変わりはしない。

もしその一瞬の感情の痛みを少しも忘れることのできない生物が存在したのならば…それは数々の悲劇の末に無き幻想を追い求める復讐者、もしくは狂人となるだろう。

けれど。その少し薄れた思いを誰もが胸に止めることが出来たのならば。

それこそが真に平和な…そして彼女が本当に望んでいた世界が実現されるのだと。

あの死の泥に飲まれた直後に僕は悟った。

 

「……。それが貴様の選ぶ正義とやらか。雑種」

 

「っ!?」

 

視線を感じて振り返るも、ただ枯れた木の葉が風に揺れるだけだった。

 

「切嗣?何をしているのですか?早くしなければ置いていきますよ」

 

「切嗣ー!はーやーくー!」

 

「あ、あぁ。今いくよ、セイバー、イリヤ。」

 

そうして僕は少しの不安と胸の痛みをひた隠しにして、3人の背中を追いかけて再び歩き始めた。

 

ーーーーーーーーーー

 

「私には…聖女と呼ばれる資格なんてないんです。確かに私は神の御言葉を聞きました。しかし結果から言えば私はたくさんの人を殺める口実を作った罪人に他なりません。

今になって思えば…私のしたことはとても許されることではない」

 

聖処女の懺悔。

人から見ればその生き方には一片の罪もないように思われがちだが、本人に言わせればそれは違うらしい。

それはそうだ。だって彼女は17歳で故郷を立ち、19歳でその命を絶たれた。

英霊として召喚されたにしろ、彼女は余りに人生経験に乏しい。

悩みも人一倍あって当然だろう。

 

「…それがわかっててどうして聖杯の呼びかけに応えたんだ?今回は異例だが普通ならお前に敵を殺せと命じる人間がマスターになる可能性だってあったろ」

 

衛宮邸から少し足を伸ばした公園のベンチで独白するジャンヌの横に座り、頬杖をつきながら彼女の横顔を盗み見る。

この小さな体にどれだけの重荷を背負っているのだろうか。

もし、もし俺にその少しだけでも取り除くことができたなら。

そう思った一瞬、体に電流のようなものが走った。…なんだ今のは?

少し気になったが、今はジャンヌの話を聞こうと意識を引き戻す。

 

「えぇ…ですから当然拒否も考えました。しかしこうして呼ばれること自体が主のご意向であるならば従う他ありません。それに」

 

「それに?」

 

「こうしてあなたと出会えて本当に良かった。生前奪い、奪われることしか出来なかった私に新しい道を示してくれたこと、感謝してもしきれません」

 

頬を赤らめて顔を綻ばせるどこか儚げなジャンヌ。

思えば俺とこいつは本当によく似ている。

夢に見たジャンヌの最期の光景は、10年前のあの日の地獄ととてもよく似ていた。

その違いは炎が焼き尽くしたものが自分自身か自分以外の全てだったかだけ。

そう、あの瞬間から俺は人じゃなくなった。

自分一人が救われたのだから、自分は死んで行った誰かの分も役に立たなければならないという義務感。決して俺は運が良かっただけではない。たくさんの人の死にも、俺が生きることにも意味があったと証明しなくてはならない。これは、─意味も知らず運命(fate)に振り回され続ける─神の剣(人ならざる者)としての俺の、第2の生なのだと。

そうして、俺は神の剣(言峰士郎)として、一人の少女はサーヴァント(ジャンヌ・ダルク)としてここで出会った。

ならばこれは、奇跡や偶然なんかじゃない。

神の定めた運命。

そしてそれは、俺にはやるべき事があるという意味でもある。

 

「そっか…じゃあ感謝されついでにもう一つ」

 

「へ?いたっ!?」

 

左拳を軽くジャンヌの頭に落とす。

突然のことに驚き、涙目になるジャンヌの方に向き直る。

そして…彼女が今最も求めている(・・・・・・・)言葉をはじき出す。

 

「許される許されないとか…今更考えたってしょうがないって言ったのはお前だろう。それに今のお前のご主人様(マスター)は俺だ。俺が許す。だから変に自分を責めるな」

 

「マスター…えへへ。ありがとうございます!」

 

ぱぁぁっという擬態語が聞こえてくるのではないかというほどの満面の笑顔を咲かせたまま、腕に頬ずりしてくるジャンヌの頭を逆の手で撫でてやる。

良かった。役目は果たせたらしい。俺達は本当によく似ている。きっと彼女を召喚したのは必然だったし、それが最善だった。

だからこそ、段違いの規模を以ってしてもその苦労と苦心は察して余りある。

 

「それにしてもマスター、このあいすくりーむ?とかいう食べ物は美味しいですね!」

 

「はは、最近よく頑張ってくれてるからな。好きなだけ食べていいぞ」

 

「ホントですか!私は良いマスターに恵まれて本当に幸せ者です!おじちゃん!溶けないようにまずは五つください!」

 

「……領収書、英雄王でお願いします」

 

支払いを済ませ、元のベンチに座って伸びをする。

思えば衛宮家にお邪魔してから早1週間が過ぎようとしている。

大聖杯の探索はキャスターと切嗣に任せているが、状況は思った以上に難航していた。

そりゃあそうだ。なにせ唯一の手がかりが年中怪我の絶えず、何度頭を打ったか分からない絶えない少年の朧気な記憶だけなのだから。

いかに魔術のスペシャリストと魔術師殺しのコネクションを使用しても厳しいことこの上ない。

俺も手伝うと駄々をこねてみたのだが、まずは怪我と魔術回路の把握を優先しろと俺を除いた満場一致で押し切られてしまった。

 

「せめてアインツベルンの協力があればなぁ…」

 

途方に暮れ、心象とは真反対の雲一つない空を仰ぐ士郎。

が、その視界に突然見知らぬ顔が入り込んだ

 

「君が、言峰士郎か」

 

「ええと…知り合いだっけ?」

 

「いいや、初対面だ。だが…」

 

そう言って、目の前のスーツを着込んだ長髪の男は手袋を外して見せた。

即座に飛び退き、身構える。

片手の拳を前に差し出し、片手をポケットの黒鍵に添えて。

が、肝心の相手にその気はないようだった。

タバコの火を消しながら、軽くお辞儀をする。

 

「ロードエルメロイ2世…いや、君にはこう名乗った方がわかりやすいだろうか。」

 

その手にあったのは紅い刻印。

聖杯に選ばれし者のみが有する戦争(願い)への片道切符。

 

「ウェイバー・ベルベット。第4次聖杯戦争の生き残りだ。以後お見知りおきを」

 

「時計塔の講師…だと…?」

 

耳を疑う。

願ってもない魔術協会の上層部とのパイプが手の届くところまで降りてきた。

鍋をしようとしているところにカモが牛を背負ってやって来るようなものだ。

……ああそうさネギは苦手だ何か悪いか。

 

「本来ならもう少し後に手を出すつもりだったのだが…予定よりも早く聖杯戦争が始まってしまったようだから来日した。」

 

「けどその令呪…サーヴァントが消えたら消えるはずだよな?まさかアンタ…」

 

「あぁ。恐らく再度聖杯に選ばれたのだろう。だが不審な点がいくつかある」

 

「不審な点?」

 

「まずは令呪が現れたのが一昨日。つまり聖杯戦争に途中参加を促されたということになる」

 

「……念のために聞いても良いか?アンタのサーヴァントのクラスは…」

 

「ライダーだ。不本意だがな。それが何か問題でも?」

 

「……おかしいな」

 

「…どういうことだ?…おいライダー!アイスは後で買ってやるからこちらへ来い!」

 

見えない何かに呼びかけるエルメロイ2世。

察するに、おそらく霊体化したサーヴァントがアイスを欲しがっているのだろう。

 

「それで、一体何がおかしい?」

 

「ライダーはもう俺が倒したんだ。聖杯戦争ではクラス一体につき一体しか召喚されないはずなんだが」

 

「……まずいかもしれないな。このままでは冬木の地脈が崩壊するぞ」

 

「な…どういうことだよ!」

 

「おそらく残りのサーヴァントでは聖杯が完成しないと判断したのだろう。故に新しいサーヴァントの魂を呼び寄せた。」

 

「…ただでさえ60年周期だった聖杯戦争が10年のインターバルで開始されたのに…もしさらに7体も呼び出したりしたら…」

 

「あぁ。まず間違いなく冬木の地脈は枯れ果てる。人の生きられる環境ではなくなるだろう」

 

「っ!付いてきてくれ!」

 

「お、おい!」

 

拠点にまだ敵か味方かもはっきりしないサーヴァントとマスターを招くなど普通に考えれば失態もいいところだった。

そんなことをかまっている場合じゃない。今は一刻をあらそう。

後先考えずに、まるで牛か馬かを扱うかの如く彼の手を引いて屋敷へと引きずっていく。

頭の中にあったのは、あの日の地獄の光景と、そこから生き延びた自分の使命。

ただそれだけでいっぱいだったんだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……で、後先考えず連れてきたわけね、この間抜け」

 

「わ、悪かったって言ってるじゃないか遠坂。けどもう構ってる余裕もないんだ。」

 

正座させられながらも必死に抗議する。

確かに事前に知らせるくらいするべきだったかもしれないが、そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。

第一戦力差は明白なのだから下手に手は出せないだろう。

 

「はぁ…わかったわよ。とりあえずここにいる全員に納得できるよう説明してちょうだい」

 

数十分に及ぶ説得の末、ようやく話を聞いてもらえることになった。

…くっ、足が痺れて力が出ない…っ!

 

「あぁ…まず───

 

───……ってことだ。つまりこのままじゃ聖杯がめちゃくちゃに英霊をこの地に呼ぶ。そのための魔力はこの土地にある霊脈から来ている。すると…」

 

「この土地が枯れ果てる可能性があるわけか…そうね、確かにセカンドオーナーとしては見過ごせない問題だわ」

 

「時計塔の講師としても一般人に危害が及ぶのは避けたい。ぜひ協力させてもらおう」

 

遠坂のあまりの剣幕に先程まで沈黙を決め込んでいた時計塔の講師様がようやく口を開く。

壁に寄りかかってクールぶってるけど足震えてるのバレバレだからなあんた。案外根は可愛い人なのかもしれない。

サーヴァントもアイスを欲しがっていたようだしもしかするとジャンヌに同い年くらいの友達ができるかもしれないな。

 

「あぁ、よろしく頼む。早めに決着をつけよう」

 

握手をしようとしたその瞬間、いけすかない声が部屋に響く。

 

「容易く言うが、よもや口だけではあるまいな、言峰士郎」

 

スゥと金色の光を纏いながら部屋の隅に現れるエミヤ。

その言葉に何も考えていなかった俺はうっ…と言葉に詰まるしかない。

 

「……はぁ。そんなことだろうとは思っていたがね。まあ良いさ、私もそろそろ動くとしよう」

 

「!…なにか策があるのか!」

 

「あぁ。だが貴様に出来ることなどない。体を休めろ、というのも無理な話だろう。セイバーを…頼んでも構わないか?」

 

アサシンの言葉に思わず立ち上がり、勢いよく机に手をつく。

パシン、という音が部屋の静けさに響いた。

しかし返ってきたのは″今のお前は役立たずだ、まずは体を治せ″という奴なりの気遣いだった。

正直自分がこうなると思うといけ好かないことこの上ないが、こいつと話している時だけは何故か気が楽な気がする。

顔を合わせる度口論からの剣戟が日常と化してしまっているが、果たしてコイツもそうなんだろうか。

 

「……珍しいな、お前が俺に頼み事なんて。それで、セイバーがどうかしたのか?」

 

まあ助けを求められているのであれば仕方が無い。エミヤのためだと言うのなら躊躇せず跳ね除けただろうが、どうやらそうでもないらしい。

そこに居合わせた切嗣、遠坂も傍観するのみなので、どうやらこれは俺だけが知らない案件なのか。

話を聞く価値はありそうだ。

 

「私は元より願いなど持たぬ身だった故にこうして飄々としていられるがね、誉ある騎士王ともなるとそうもいかないということさ。本来の時間軸ならば救う者がいたはずだったのだが、如何せん今の私では役不足らしい」

 

「お前…俺の魔術特性を知ってるのか」

 

「私と貴様は元々同一人物なのだ。固有結界に一度取り込まれれば嫌でも理解するさ。お前が私を即座に理解したようにな」

 

「…わかった。それも俺の使命だろうしな。やってみるよ。聖杯のことは頼んだ」

 

「あぁ。任された」

 

そう言い残し、金色の粒子と化して空気に溶けていくエミヤ。

結局あいつの口からセイバーの詳細な話が出ることは無かった。

だが…

 

「体は剣で出来ている…か。」

 

かつて固有結界を通して頭の中に流れ込んできた奴の生き様を思い、そして零した。

 

「それでも…振るう意志があるだけ羨ましいな──

 

 

ーーーーーーーー

 

 

紫の空に大きく空いた色とりどりの穴。

その中でも特に大きな黄色い穴は、今日一切の陰りを見せていない。

思えばあの日もこんな夜でしたね。

私は月の光に照らされながら縁側に佇む。

しかしその景色の美しさとは裏腹に、私の心中は穏やかでは…いえ、真実を知ってからというもの毎晩この調子です。

ギネヴィア、ランスロット、アグラヴェイン、ガヴェイン…。

誰もが自らを信じ、行動をした。

それらの一つ一つに理由があり、尊ぶべきものでした。

それでも尚、私達の円卓が…ブリテンが滅んだことに理由があるとすれば──

 

「ここに居たのかセイバー。おぉ今日は月が綺麗だな」

 

「士郎…ふふ、そうですね。それにしても休んでいなくても良いのですか?また桜に怒られてしまいますよ」

 

「はは、まあお月見くらい大丈夫だろ」

 

そう言って手に持った瓶とお団子、それにコップ二つを縁側の端に並べて、私の隣に腰を下ろしました。

全くこの人は…

 

「貴方は未成年ではなかったですか?」

 

「セイバーだって体はそうだろ?硬いこと言うなよ」

 

そう言って悪戯っぽく笑う士郎。

はぁ、とため息を吐く。

本当に聞いていた通りなのですね。

アサシンと彼は同一人物の筈なのに全くの別人。目の前の彼には、アサシンのような堅苦しさが微塵も感じられない。

それはどこか…遠い過去で出会った───

 

「セイバー。君の話が聞きたいな。酒の肴にでも聞かせてくれないか」

 

「……しかし…聞いて面白いものでもありません。あれらは全て失敗なのですから…」

 

「そんなことないさ。本人から伝説が聴けるなんてこんな機会滅多にないだろう。頼むよ」

 

渋りつつも、結局私は促されるままに話してしまった。思えば、悩みをぶちまけて楽になりたいという気持ちがどこかにあったのかもしれません。

自分の出で立ち、聖剣を抜いたこと、信頼する円卓の騎士達と共に戦い、玉を守って過ごしていた日々のこと。

そして、政策のためとはいえ多くの命を奪い、村を潰し、敵という名の命をこの手で葬ってきたこと。

その果てにブリテンは───

そして、聖杯に託すはずだった私の願いまでも。

 

「そっ…か。」

 

「……人に赤裸々に語らせておいてそれだけとは。王風に言えば…無礼、というものですよ、士郎」

 

茶化す声にも正気が乗らない。

頬を暖かな液体が伝っていた。

それに気付いてしまえば、もう止められなかった。

嗚咽が、漏れた。

 

「…っ、ぐっ、どうして……っ、私は…ブリテンを…っ…」

 

声にならない声で訳の分からない悲鳴をあげる私の背中を、彼は優しく撫でてくれました。

やっぱり彼は、いつも私を支えてくれた──のようで。

けれど戦う時の意思の強さは──のようで。

相手が例え誰であろうと厳しく、時に優しく振る舞うその在り方は──のようで。

 

訳の分からない感情が尽きない。

もう、わからない。

 

私はきっと王にふさわしくなかった。

だからこそ前回ああして切嗣に聖杯の破壊を命じられて絶望したし、今回の召喚で初めて顔を合わせた時にはイリヤスフィールに令呪で止められる程鬼気迫った表情で切りかかろうとするほど怒った。

例え何千何万の戦いを乗り越え、どんなに辛い思いをしたとしても。

王としての失態(自分)を亡くし、ブリテンの滅びの運命(アーサー王伝説)を消しされるのならと。

剣を振り、戦い続けた。

それなのに、どうして。

聖杯の汚染?冬木の大火?

ふざけるな、ふざけるな。

切嗣の、アサシンの、イリヤスフィールの。

笑顔を、平穏を見てどうにか誤魔化してきたが、どうしても限界だった。

汚染された聖杯が破壊を及ぼす物だというのなら…いっそのこと…

 

「敢えて言うよ。お前は間違ってる」

 

そんなバカなことを一瞬でも考えた私を貫いたのは覆い隠すことのない彼の幼く率直な、それでいて残酷な短い言葉だった。

 

「…っ、な、に…を」

 

先ほどの優しい雰囲気は消え失せ、月に照らされる彼の横顔は、とても険しいものへと変わっていた。

けれど、そんなことどうでも良い。

間違っている?私が?

 

「セイバーが聖剣を抜かなければ、王にならなければブリテンは崩壊しなかった?あぁ、確かにそうかもしれない。」

 

「なら…なら…!」

 

「でもさ」

 

まるで幼児のように講義しようと身を乗り出した私の両頬を、彼のゴツゴツとした指が挟み込んだ。

こっちは怒っているというのにこんな…唇を突き出した道化のような顔に無理矢理させられて、怒りと恥ずかしさでもうどうしていいか分からないほど顔が赤くなり、何も言えなくなってしまう。

そして、彼はこちらを見向きもせず、月を眺めたまま言いきった。

 

「やっぱりセイバー以外に聖剣は抜けるとは思えない」

 

「…は?」

 

恥ずかしい顔にさせられたまま、抵抗することも忘れてしまうほど突飛な指摘。

そんな私を横目で一瞥し、軽く笑った後彼は続けた。

 

「王の資質を持つ者だけが抜ける聖剣。ってことはさ、セイバーは選ばれて王になったわけだろ?むしろセイバー以外に抜かれたら意味無いじゃないか」

 

「ぁ…ぇ……」

 

思考停止。

あれ…そういう話でしたっけ?

あー…たしかにマーリンのジジイがそんなことを言っていたような…いや、聞いてはいたんですがあの時は正直使命感に溢れていて勢いに任せて返事しましたし…

 

「よし、じゃあ気分転換も兼ねて故郷帰りでもしよう!」

 

「はえ?」

 

それだけ言って私の頬をようやく解放すると、彼は右拳の手首を左手で握り、詠唱を始めてしまう。

 

I am the bone of my vise. (この魂は偽善で出来ている。 )

 

「あっえっ?」

 

どうしてこう私の周りには話を聞いてくれない人しかいないのでしょうか。

もう意味がわからなすぎて、無意識のうちにほんの少し口角が上がっているのにさえ気づかず、私は闇に溶けていく彼の声に聞き入り、月に照らされる彼の横顔に見入ることしか出来なかった。

 



My body is bread, and wine is my blood. (血潮は酒で、体は小麦。 )

 

それは哀しみであり。

 



I have prayed for over thousand soul. (幾多の罪を犯し、不問。 )

 

それは喜びであり。

 

Unaware of begining. (唯一つの問いもなく、 )

 

そして懺悔でもある。



 

Nor aware of the end. (唯一つの答えもなし。 )

 

言わば彼の人生、心象風景そのものを以て、世界を塗り替える大魔術の最奥。

固有結界。そう、アサシンから聞いた。

 



Stood pain with inconsitent weapons. (遺子はまた独り )

 

その痛々しくも健気な運命(fate)と孤独に振り回される姿にどこか共感めいたものを感じている自分に気付き、彼と私は違うのだと自嘲めいた笑みで振り払う。

 



My hands will never hold anything. (穢れた拳で父が救いを謳う)



――――yet, (けれど、 )

Only God knows. (迷える子羊の安らかな眠りがために)

 

……?

初めて聞く詠唱のはずなのに、私は何処か違和感を抱いた。

まるで彼が彼でなくなるような。

そんな、根拠も何も無い一抹の不安。

 



My whole pride was (今宵はとある王の話をしよう )

 

そこまで言って、彼はようやく私の方を向いた。

尚も戸惑う私の手を取り、さながら王に忠実な騎士のように、それでいて悪戯好きの魔術師のように。

彼は邪悪に微笑む。



 

still(故に)



“unlimited God works” (この体は、神の剣で出来ていた─── )

 

───そうして世界は塗り替えられた。

 

「……っ、こ…これは…!」

 

眩い光に目を焼かれ、ようやく目が慣れてきたと思えば、目の前に広がる世界に今度は目を疑った。

しかし、私に限って、それを見間違うはずもなかった。

此処に来て、幾度夢に見たかわからぬその景色。

賑やかな人々の営みを見下ろす、王の象徴であり住処。

人々の喧騒、いやその姿形でさえも当時のままに。

誉れあるブリテンの、騎士王が世界。

その名を───

 

───いまは遥か理想の城(キャメロット)

 

 




次話 真伝 アルトリア伝説(嘘のようでホントの予告)

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