言峰士郎の聖杯戦争 作:麻婆アーメン
「……主よ。今日の糧があることを、そして今日私が生きていられることを、只々感謝いたします」
誰に押し付けられるでもなく、彼の内側から溢れ出る言葉。
他人に言わせれば間違いなく不幸だ、と断ずるであろう彼の人生も、彼自身に言わせれば"それなりに幸せ"なものである。
10年前の大火災。
彼は全てを失い、そして少しの幸福を得た。
故に、彼が今日を生きるのは感謝の為。
まだ日が昇る前に冷たい水で野菜を洗いながらも、彼はそれを一瞬たりとも忘れない。
否、忘れることを許されない。
「…こうしているとそこまで大したものには見えないけどな…ただの痣に見えるが」
水を止め、ふと目に止まった左手の甲の痣を改めてまじまじと見やる。
赤い、まるで血管が皮膚の上に浮き出てきたようなそれは、10年前のあの日から、変わらず彼に宿る物。
令呪。そう彼の"父親"は告げた。
『喜べ少年、君の願いは叶えられる。その令呪によってな。』
『……え?』
〜〜〜
10年前のあの日、少年はデパートで、他愛のない幸福を噛み締めていた。
なんてことはない、幼い少年が両親と買い物に出かける。
およそ誰もが気にも留めない、日常の中の1ピース。
しかし、少年にはそれすらも許されなかった。
否、奪われた。
突如として暗転した視界の中で、彼は瓦礫の下、動けない体で両親を探そうともがいた。
何もかもを燃やし尽くす炎の熱と、むせ返るような鉄の匂い。
それでも彼は諦めない。
だが…元来持ち合わせている諦めの悪さは時として彼に残酷な祝福をもたらす。
(う、動いた…!これな…ら…)
彼の非力な腕が傾けた瓦礫の上から、滴る赤い液体。
左手の甲に感じた冷たさが、彼に上を向いてはならないと、そう訴えかける。
だが、彼は何者にも屈さない。
故に。
見てしまった。
彼を庇い、鉄パイプに貫かれた彼の父親の姿を。
「う…うぁ……ああぁぁあああああぁぁああぁああああああああぁあああ!!へぶっ!?」
「うるさい。この愚弟は朝静かにしていることすらもできないのですか?」
突然の後頭部への痛みに追い打ちをかけるように、罵倒が浴びせられる。
「そういってやるなカレン。彼とて思春期なのだ。突然そのような使い込まれた裸体が現れては叫びもするという…む。」
「まあこのような父親に育てられたのではまともに育たないのは必然ですか。士郎、お腹が空きました。この屑神父を躾るまでに朝食を作り終えなさい。」
裸のカレンと、パン1で聖骸布に巻かれて悶える父親……なんでさ。
「あ、あぁ。ほどほどにな、カレン。」
慣れたとはいえひきつる顔のまま冷水につけていた豆腐を取り出し、手の上で包丁にかける。
……カキンッ
「……またやっちまった…」
今朝の朝食は、味覚の死んだ親子絶賛。
そして言峰士郎の会心の失敗作。
……硬化豆腐が主役の、スパイス地獄。又の名を、激辛麻婆である。
ーーーーーーーーーー
「素に銀と鉄。
礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。 」
ため息を一つ零し、ここ3日かけて必死に覚えた呪文を唱える。
「四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
狙うは最優の相棒。
何としてもこの戦争を勝ち抜くための駒。
「閉じよ。
閉じよ。
閉じよ。
閉じよ。
閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
もう一度、ため息。そして呪文を締めにかかる。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、
天秤の守り手よ―――!」
「………あれ…失敗…?」
刹那。
爆音。
「はぁぁ!?な、なにごとよ!?」
音の発生源と思わしき場所…具体的には遠坂家の二階に駆け上がり、一室のドアを開け放つ。
「……やれやれ。またとんでもないマスターに引き当てられてしまったものであるな。」
「あんたは…」
「だがまあこの滅茶苦茶な召喚方法も、耳障りの良い声とその間抜けな阿呆面に免じて許そうではないか」
目を見開く。
なんかぶっちゃけダメな気がしていた凛的には、どこぞのムキムキな赤い外套の大男とか、あって全身青タイツの釣りバカかと思っていたのだが…
なんとなく直感が告げる。
これはめんどくさいやつだ…
「我は最古にして最大の王。遠坂凛、貴様を今生のみ我が家臣と認めよう。」
しかして、ここに新生超絶傍迷惑コンビが誕生したのだった。