問題児たちと最後の吸血鬼が異世界から来るそうですよ? 作:問題児愛
では、どうぞ(^^)
道中、ライム達四人は興味深そうに街並みを眺めていた。
商店へ向かうペリベッド通りは石造で整備されており、脇を埋める街路樹は桃色の花を散らして新芽と青葉が生え始めている。
日が暮れて月と街灯ランプに照らされている並木道を、飛鳥は不思議そうに眺めて呟く。
「桜の木………ではないわよね?花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」
「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合いの入った桜が残っていてもおかしくないだろ」
「………?今は秋だったと思うけど」
「ぬ?桜が満開だから春であろう?」
ん?と噛み合わない四人は顔を見合わせて首を傾げる。
黒ウサギが笑って説明した。
「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ」
「へぇ?パラレルワールドってやつか?」
「パワフルワイルド?」
「パラレルワールドな。観察者がいる世界から、過去のある時点で分岐して共存するとされる世界。簡単に言えば並行世界のことだ」
「う、うむ?」
十六夜の説明を理解していないのか小首を傾げるライム。
黒ウサギもライムの発言に苦笑を零しつつ、十六夜の言葉に、成る程と感心する。
「近しいですね。正しくは立体交差並行世界論というものなのですけども………今からコレの説明を始めますと一日二日では説明し切れないので、またの機会ということに」
曖昧に濁して黒ウサギは振り返る。どうやら店に着いたらしい。
商店の旗には、蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神像が記されている。あれが〝サウザンドアイズ〟の旗なのだろう。
日が暮れて看板を下げる割烹着の女性店員に、黒ウサギは滑り込みでストップを―――
「まっ」
「待った無しです御客様。うちは時間外営業はやっていません」
―――ストップをかける事も出来なかった。
黒ウサギは悔しそうに店員を睨み付ける。
流石は超大手の商業コミュニティ。押し入る客の拒み方にも隙が無い。
「なんて商売っ気の無い店なのかしら」
「ま、全くです!閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」
「文句があるならどうぞ他所へ。あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」
「出禁!?これだけで出禁とか御客様舐めすぎでございますよ!?」
キャーキャーと喚く黒ウサギに、ライムが小首を傾げて、
「………〝できん〟とはなんなのだ?」
「へ?店員さんがつい先程〝出入りを禁じます〟と言ってましたよ?」
「出入りを禁ず。成る程………それで〝できん〟というのだな」
納得するライム。
彼女の馬鹿さ加減に苦笑いを浮かべる黒ウサギ。
店員は
「成る程、〝箱庭の貴族〟であるウサギの御客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」
「………う」
一転して言葉に詰まる黒ウサギ。
しかし十六夜は何の躊躇いもなく名乗る。
「俺達は〝ノーネーム〟ってコミュニティなんだが」
「ほほう。ではどこの〝ノーネーム〟様でしょう。良かったら旗印を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
ぐっと黙り込む。
黒ウサギが言っていた〝名〟と〝旗印〟が無いコミュニティのリスクとはまさにこういう状況の事だった。
「(ま、まずいです。〝サウザンドアイズ〟の商店は〝ノーネーム〟御断りでした。このままだと本当に出禁にされるかも)」
力のある商店だからこそ彼らは客を選ぶ。
信用出来ない客を扱うリスクを彼らは冒さない。
十六夜達三人の視線が黒ウサギに集中する中、ライムが不快そうに眉を顰めて女性店員を睨み付ける。
「お主、〝ノーネーム〟が旗印を持っていないことを理解しておきながら聞くのは失礼ではないか?」
「ちょ、ライムさん!?」
驚く黒ウサギを、ライムは右手で制す。
女性店員は、成る程と頷き、
「そうですね。これは失礼しました。では〝ノーネーム〟の方でしたらうちは御断りですのでお引き取りください」
「あ………」
話が最悪な方向へいってしまい黒ウサギは放心する。これで完全に出禁が決定してしまったからだ。
そんな彼女の事などお構い無しにライムは、フン、と鼻を鳴らして女性店員を苛立たしげに睨み付け、
「差別意識のある店など、此方から願い下げだ!お主の態度も、この店も我は不快だ」
そう言ってライムは踵を返して女性店員に背を向けて帰ろうとする。
彼女にとって差別意識のある者は嫌いだ。大っ嫌いだ。
吸血鬼というだけで人間は彼女を拒み除け者にする。
それは
「ラ、ライム?」
帰ろうとするライムの手首を耀が慌てて掴み引き止める。
ライムが耀に振り返ったその時、
「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉぉ!久しぶりだ黒ウサギイィィィィ!」
放心していた黒ウサギは店内から爆走してくる着物風の服を着た真っ白い髪の少女に抱き(もしくはフライングボディーアタック)着かれ、少女と共にクルクルクルクルクと空中四回転半捻りして街道の向こうにある浅い水路まで吹き飛んだ。
「きゃあーーーーー…………!」
ボチャンと着水。そして遠くなる悲鳴。
十六夜達四人は目を丸くし、女性店員は痛そうな頭を抱えていた。
「……おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか?なら俺も別バージョンで是非」
「ありません」
「なんなら有料でも」
「やりません」
真剣な表情の十六夜に、真剣な表情でキッパリ言い切る女性店員。二人は割とマジだった。
十六夜はライムに向き直り真剣な顔で見つめ、
「よし、真祖ロリ」
「ぬ?我もやらぬぞ」
「まだ何も言ってないが………そう言わずに頼むぜ、真祖様」
十六夜がそう言うと、様付けされてライムは気を良くしたのかニヤリと笑って、
「仕方がないのぅ!ちゃんと受け止めるがよいぞ十六夜!」
「ヤハハ、そうこなくちゃな。来い」
両手を広げて待ち構える十六夜。
ライムは地面にヒビを入れる踏み込みで十六夜の胸に飛び込んだ。
ドン!と抱き着く音とは思えない衝撃に、十六夜は余裕の笑みを浮かべて受け止める。
「こいつは中々強烈な抱擁だな」
「その割には簡単に受け止めたようだが?」
「まあな。巨大隕石だって俺は受け止めてやるつもりだからよ」
「………お主、それは人間技ではないぞ?」
きょとんとした顔で十六夜を見るライム。
ヤハハと笑いながら彼女の体の感触を愉しむ十六夜。
その一方、フライングボディーアタックで黒ウサギを強襲した白い髪の幼い少女は、黒ウサギの胸に顔を埋めて擦り付けていた。
「し、白夜叉様!?どうして貴女がこんな下層に!?」
「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろに!フフ、フホホフホホ!やっぱりウサギは触り心地が違うのう!ほれ、ここが良いかここが良いか!」
スリスリスリスリ。
「し、白夜叉様!ちょ、ちょっと離れてください!」
白夜叉と呼ばれた白髪に金色の瞳と二本の黒い角が特徴的な黒い着物を着た少女を無理矢理引き剥がし、頭を掴んで店に向かって投げ付ける。
クルクルと縦回転した少女を、十六夜はライムの首根っこをひょいと摘まみ上げて、
「ぬ?―――うぎゃっ!?」
「ゴバァ!」
ゴン!とライムの頭で白夜叉を受け止めた。その際、白夜叉も頭を強打した。即ち、両者の頭が衝突したのである。
「お、おんし、飛んできた初対面の美少女を小娘の頭で受け止めるとは何様だ!」
「十六夜様だぜ。以後よろしく和装ロリ」
「………………………きゅぅ」
ヤハハと笑いながら自己紹介する十六夜。
頭に物凄い衝撃を受けたライムは、目を回しながら気絶してしまった。
そんな彼女を見た白夜叉はニヤリと笑い、
「ほう、この小娘………小柄な割には中々の胸を持っておるな。気絶中ということは勝手に触っても」
「いいぜ」
「駄目」
許可する十六夜と、却下する耀。
耀が両手を伸ばして十六夜を睨み、
「ライムは私のだから返して」
「何?その小娘はおんしのものなのか?」
「うん」
迷いなく頷く耀。
大人しい彼女はライムのことになるとどこか必死なように見える。
それが面白く思えた十六夜は、彼女をからかってやろうかと考えたが………今日のところはやめることにした。
「分かったよ。今回は譲ってやるからそう睨むなって」
「今回だけじゃなくそれ以降も駄目。ライムに酷いことをしたら私が許さない」
十六夜からライムを受け取りながら釘を刺す耀。
十六夜はそれに肩を竦ませた。
一連の流れの中で呆気に取られていた飛鳥は、思い出したように白夜叉に話しかける。
「貴女はこの店の人?」
「おお、そうだとも。この〝サウザンドアイズ〟の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢の割に発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」
「オーナー。それでは売上が伸びません。ボスが怒ります」
何処までも冷静な声で女性店員が釘を刺す。
濡れた服やミニスカートを絞りながら水路から上がってきた黒ウサギは複雑そうに呟く。
「うう………まさか私まで濡れる事になるなんて」
「因果応報………かな」
『お嬢の言う通りや』
気絶中のライムを大事そうに抱きかかえながら黒ウサギの呟きに応える耀。
三毛猫も彼女に同意するように頷く。
悲しげに服を絞る黒ウサギと、反対に濡れても全く気にしない白夜叉は、店先で十六夜達を見回してニヤリと笑った。
「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たという事は………遂に黒ウサギが私のペットに」
「なりません!どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」
ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。
何処まで本気か分からない白夜叉は笑って店に招く。
「まあいい。話があるなら店内で聞こう」
「よろしいのですか?彼らは旗も持たない〝ノーネーム〟です。規定では」
「〝ノーネーム〟だと分かっていながら名を尋ねる、性悪店員に対する詫びだ。あの小娘にも指摘されてたしの」
耀が抱きかかえている気絶中のライムに目を向けながら言う白夜叉。
「それに身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」
むっと拗ねるような顔をする女性店員。彼女にしてみればルールを守っただけなのだから気を悪くするのは仕方がない事だろう。
それに金髪の彼女は自分だけではなくコミュニティを不快だとか言っていた。幾ら気絶しているからといってその彼女を簡単に受け入れるのは―――
「安心せい。その小娘にはこの私が直々に灸を据えてやるからの」
「!!………分かりました」
女性店員は白夜叉の瞳の奥に宿った憤怒の炎を見て、息を呑む。
それと同時に金髪の彼女を憐れんだ。決して怒らせてはならない人を怒らせてしまった彼女に。
一方の〝ノーネーム〟の五人(のうち一人は抱きかかえられた状態)と一匹は女性店員に睨まれながら暖簾を潜り、店の外観からは考えられない、不自然な広さの中庭に出た。
正面玄関を見れば、ショーウィンドに展示された様々な珍品名品が並んでいる。
「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」
五人と一匹は和風の中庭を進み、縁側で足を止める。
障子を開けて招かれた場所は香の様な物が焚かれており、風と共に五人の鼻を擽る。
その香りを嗅いだライムは気絶の状態から復活して目を開けた。
「………ん………ぬ?」
そして彼女の目に映ったのは、個室というにはやや広い和室の上座に腰を下ろした白夜叉の姿だった。
大きく背伸びをしてから十六夜達に向き直った白夜叉は、お?とライムが目を覚ましたのを確認して笑う。
「金髪の小娘が起きたようだし、もう一度自己紹介しておこうかの」
「あ、ライム………起きたんだ」
白夜叉の話を遮って耀が起きたばかりのライムに話しかけた。
ライムは耀の声を耳元で聞いて振り返る。
「………耀?」
「何?」
「いや、何故我は耀に抱きかかえられているのだ?気を失う前までは十六夜に首根っこを掴まれていたはずだが」
「気絶してたから私が引き取った。あのままじゃ十六夜と新手にいいようにされてたから」
「う、うむ。それは助かった。ありがとう耀」
「どういたしまして」
耀は嬉しそうに微笑みながらライムの頭を優しく撫でる。
ライムはまだ痛む頭を優しく撫でられて嬉しそうな笑みを浮かべる。
そんな二人を苦笑いで眺める黒ウサギ。
ニヤニヤと笑いながら眺める十六夜と飛鳥。
白夜叉はオホン!と咳払いをしてライム達を黙らせた。
「私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている〝サウザンドアイズ〟幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」
「はいはい、お世話になっております本当に」
投げ遣りな言葉で受け流す黒ウサギ。
その隣でライムを抱きかかえながら耀が小首を傾げて問う。
「その外門って何?」
「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです」
此処、箱庭の都市は上層から下層まで七つの支配層に分かれており、それに伴ってそれぞれを区切る門には数字が与えられている。
外壁から数えて七桁の外門、六桁の外門、と内側に行くほど数字は若くなり、同時に強大な力を持つ。
箱庭で四桁の外門ともなれば、名のある修羅神仏が割拠する完全な人外魔境だ。
黒ウサギが描く上空から見た箱庭の図は、外門によって幾重もの階層に分かれている。
その図を見た四人は口を揃えて、
「………超巨大タマネギ?」
「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」
「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」
「タマネギもバームクーヘンも美味いからな。久しぶりに食べてみたいのぅ」
ライムだけ三人とは別の話題を口にする。
そっちかと苦笑する問題児三人。
身も蓋も無い感想や別の話題を口にするライム達にガクリと肩を落とす黒ウサギ。
対照的に、白夜叉は呵々と哄笑を上げて二度三度と頷いた。
「ふふ、上手いこと例える。その例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分に当たるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側に当たり、外門のすぐ外は〝世界の果て〟と向かい合う場所になる。彼処にはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持った者達が棲んでおるぞ―――その水樹の持ち主などな」
白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。
白夜叉が指すのはライム達三人は知らないが、十六夜と黒ウサギが出会ったトリトニスの滝を棲みかにしていた蛇神の事だろう。
「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ?知恵比べか?勇気を試したのか?」
「いえいえ。この水樹は十六夜さんが此処に来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」
自慢気に黒ウサギが言うと、白夜叉は声を上げて驚いた。
「なんと!?クリアではなく直接的に倒したとな?ではその童は神格持ちの神童か?」
「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見れば分かるはずですし」
「む、それもそうか。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがある時だけのはず。種族の力でいうなら蛇と人ではドングリの背比べだぞ」
神格とは生来の神様そのものではなく、種の最高のランクに体を変幻させるギフトを指す。
蛇に神格を与えれば巨躯の蛇神に。
人に神格を与えれば現人神や神童に。
鬼に神格を与えれば天地を揺るがす鬼神と化す。
更に神格を持つことで他のギフトも強化される。
箱庭にあるコミュニティの多くは各々の目的の為神格を手に入れる事を第一目標とし、彼らは上層を目指して力を付けているのだ。
「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」
「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」
小さな胸を張り、呵々と豪快に笑う白夜叉。
だがそれを聞いた十六夜は物騒に瞳を光らせて問いただす。
「へえ?じゃあオマエはあのヘビより強いのか?」
「ふふん、当然だ。私は東側の〝
〝最強の主催者〟―――その言葉に、ライム達四人は一斉に瞳を輝かせた。
「そう………ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」
「無論、そうなるのう」
「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」
「最強を名乗るからには、相応の力を持っておろうな?」
ライム達四人は剥き出しの闘争心を視線に籠めて白夜叉を見る。
白夜叉はそれに気付いたように高らかと笑い声を上げた。
「抜け目無い童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームで挑むと?」
「え?ちょ、ちょっと御四人様!?」
慌てる黒ウサギを右手で制す白夜叉。
「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」
「ノリがいいわね。そういうの好きよ」
「ふふ、そうか。―――しかし、ゲームの前に一つ確認しておく事がある」
「なんだ?」
白夜叉は着物の裾から〝サウザンドアイズ〟の旗印―――向かい合う双女神の紋が入ったカードを取り出し、壮絶な笑みで一言、
「おんしらが望むのは〝挑戦〟か―――もしくは、〝決闘〟か?」