問題児たちと最後の吸血鬼が異世界から来るそうですよ? 作:問題児愛
―――箱庭二一〇五三八〇外門・内壁。
飛鳥、耀、ライム、ジン、三毛猫の四人と一匹は石造りの通路を通って箱庭の幕下に出る。パッとライム達の頭上に眩しい光が降り注いだ。
遠くに聳える巨大な建造物と空覆う天幕を眺め、
『お、お嬢!外から天幕の中に入ったはずなのに、御天道様が見えとるで!』
「………本当だ。外から見た時は箱庭の内側なんて見えなかったのに」
都市を覆う天幕を上空から見た時、彼らに箱庭の街並みは見えていなかった。だというのに都市の空には太陽が姿を現している。
天高く積み上げられた巨大な都市を見て首を傾げた。
「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は太陽の光を直接受けられない種族の為に設置されていますから」
ジンの説明を聞いて、ライムが嬉しそうな笑みを唇に浮かべた。
「それはなんともありがたい話だな。これで日陰に逃げ込む必要が無くなった!」
「よかったね、ライム」
「うむ!それにジンとやらの話を聞くからに、この都市にも吸血鬼がいるようだしな。早く同類に会いたいのぅ」
天幕のことや吸血鬼が存在すると知って上機嫌のライム。
そんな彼女に苦笑いを浮かべる耀。
吸血鬼と聞いて〝彼女〟の事を想い複雑な表情を見せるジン。
吸血鬼と聞いて同じ街に住むことが出来る種とは思えず、複雑な表情をする飛鳥。
ライムも吸血鬼を名乗っているが、彼女なら傍にいても不思議と恐くない。
一方の三毛猫は耀の腕からスルリと降りると、感心したように噴水広場を見回す。
『しかしあれやなあ。ワシが知っとる人里とはえらい空気が違う場所や。まるで山奥の朝霧が晴れた時のような澄み具合や。ほら、あの噴水の彫像もえらい立派な造りやで!お嬢の親父さんが見たらさぞ喜んだやろうなあ』
「うん、そうだね」
「あら、何か言った?」
「………別に」
耀はライムや三毛猫に話す優しい声音とは対照的な声で返す。
飛鳥はライムを羨ましく思うも、今はその気持ちを押さえて、目の前で賑わう噴水広場に目を向ける。
噴水の近くには白く清潔感の漂う洒落た感じのカフェテラスが幾つもあった。
「お勧めの店はあるかしら?」
「す、すいません。段取りは黒ウサギに任せていたので………よかったらお好きな店を選んでください」
「それは太っ腹なことね」
ライム達は身近にあった〝六本傷〟の旗を掲げるカフェテラスに座る。
注文を取る為に店の奥から素早く猫耳の少女が飛び出て来た。
「いらっしゃいませー。御注文はどうしますか?」
「えーと、紅茶を二つと緑茶を一つとミルクティー甘めを一つ。あと軽食にコレとコレと」
『ネコマンマを!』
「はいはーい。ティーセット四つにネコマンマですね」
………ん?と飛鳥とジンが、………ぬ?とライムが不可解そうに首を傾げる。
しかしそれ以上に驚いていたのが耀で、信じられない物を見るような目で猫耳の店員に問いただす。
「三毛猫の言葉、分かるの?」
「そりゃ分かりますよー私は猫族なんですから。お歳の割に随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスもさせてもらいますよー」
『ねーちゃんも可愛い猫耳に鉤尻尾やな。今度機会があったら甘噛みしに行くわ』
「やだもーお客さんったらお上手なんだから♪」
猫耳娘は長い鉤尻尾をフリフリと揺らしながら店内に戻る。
その後ろ姿を見送った耀は嬉しそうに笑って三毛猫を撫でた。
「………箱庭って凄いね、三毛猫。私以外に三毛猫の言葉が分かる人がいたよ」
『来てよかったなお嬢』
「ちょ、ちょっと待って。貴女もしかして猫と会話出来るの?」
珍しく動揺した声の飛鳥に、耀はコクリと頷いて返す。
ライムが、ほう、と得心がいったように笑みを浮かべ、
「耀が度々独り言のような事を呟いていたのは、その猫と会話をしていたからなのだな」
「うん、そうだよ」
ライムの言葉に首肯する耀。
ジンも興味深く質問を続けた。
「もしかして猫以外にも意思疎通は可能ですか?」
「うん。生きているなら誰とでも話は出来る」
「それは素敵ね。じゃあ其処に飛び交う野鳥とも会話が?」
「うん、きっと出来………る?ええと、鳥で話したことがあるのは雀や鷺や不如帰ぐらいだけど………ペンギンがいけたからきっとだいじょ」
「「「ペンギン!?」」」
「う、うん。水族館で知り合った。他にもイルカ達とも友達」
耀の声を遮るようにライム達三人が声を上げた。
三人が驚いた点は同じで、空を駆ける野鳥と出会う機会ならそれこそ数多にあるだろうが、まさかペンギンと会話する機会があるとは思わなかったのだろう。
「し、しかし全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において幻獣との言語の壁というのはとても大きいですから」
「そうなんだ」
「はい。一部の猫族やウサギのように神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意思疎通は可能ですけど、幻獣達はそれそのものが独立した種の一つです。同一種か相応のギフトがなければ意思疎通は難しいというのが一般です。箱庭の創始者の眷属に当たる黒ウサギでも、全ての種とコミュニケーションをとることは出来ないはずですし」
「そう………ライムさんと春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ」
飛鳥に笑いかけられると、困ったように頭を掻く耀。
ふふん、と自慢げに胸を張るライム。まだ二つしか異能は見せていないが。
対照的に飛鳥は憂鬱そうな声と表情で呟く。
そんな飛鳥の表情が彼女らしくないと感じた耀は、慎重に口を開き、
「久遠さんは」
「飛鳥でいいわ。ライムさんも〝オヌシ〟ではなく飛鳥でいいわよ。よろしくね春日部さん、ライムさん」
「う、うん。飛鳥はどんな力を持っているの?」
「うむ、それは我も気になるな。おぬ………飛鳥もただの人間というわけではなかろう?」
「私?私の力は………まあ、酷いものよ。だって」
「おんやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュ〝名無しの権兵衛〟のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」
品の無い上品ぶった声がジンを呼ぶ。
振り返ると、2メートルを超える巨体をピチピチのタキシードで包む変な男がいた。
ジンは顔を顰めて男に返事をする。
「僕らのコミュニティは〝ノーネーム〟です。〝フォレス・ガロ〟のガルド=ガスパー」
「黙れ、この名無しめ。聞けば新しい人材を呼び寄せたらしいじゃないか。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続させるなど出来たものだ―――そう思わないかい、お嬢様方」
ガルドと呼ばれたピチピチタキシードを着た巨躯な男は四人が座るテーブルの空席―――は無いので近隣のテーブル席に勢い良く腰を下ろした。
ジン以外の三人に愛想笑いを向けるが、ライムはそれを敢えて無視して、
「………して、飛鳥はどんな力を持っておる?」
「え?あ、話の途中だったわね。私の力は、その」
「ちょっとマテやゴラァ!ヒトが話しかけてんのに無視すんじゃねえ!」
無視されて激怒するガルド。
ライムは肩を竦ませて、
「冗談だ。我らに話があるのだろう?ならば此方に来い。特別に我の席を譲ってやるぞ」
「え?よろしいのですかレディ?」
「よいよい。ほれ、空けたから早よう此処に座れガルドとやら」
ライムはスッと立ち上がって席を空ける。
ガルドは彼女の気遣いに感謝して、空けてもらった席にありがたく腰を下ろした。
二人のやり取りを見ていた飛鳥は首を傾げて、
「それではライムさんの席が無くてよ?」
「ん?我の席の心配はいらぬぞ飛鳥。我の席はちゃんとある」
「え?あるって、どこに?」
今度は耀が質問すると、ライムはニヤリと笑い、
「無論、此処だ」
ガルドの膝の上に腰を下ろした。
「「「え!?」」」
「は?」
驚くジン達三人と間の抜けた声を洩らすガルド。
ライムは振り向きガルドを見上げて、
「なんだお主、我が此処に座るのは不服か?だが席を譲ってやったのだ、これぐらいの事は甘んじて受け入れろ」
「は、はぁ………」
「それにこんなにも可愛い絶世の美少女吸血鬼たる我を間近で見られかつ感触を味わえるのだぞ?これ程嬉しいことは無かろう?」
「は?吸血鬼!?」
少女の正体を吸血鬼と知って驚愕するガルド。三人共人間と思い込んでいたからだ。
しかしこんなところで吸血鬼に遭遇出来るとは運が良い。是非とも仲間に加えたいものだ。
そんな二人のやり取りを見ていた耀は自分の膝の上をポンポンと叩いて、
「ライム。そんなむさ苦しい男より、私の膝が空いてるからおいで」
「む、むさっ!?」
「良いのか耀?」
「うん」
「そうか。では遠慮無く座らせてもらおうかのぅ」
ライムはガルドの膝の上から降りると、耀の下へ歩み寄り、彼女の膝の上に腰を下ろした。
すると耀はライムのお腹辺りに腕を回して、ぎゅっと抱き締めた。
ライムは驚いて振り向き耀を見つめ、
「………耀?」
「落ちないように固定しただけ。特に深い意味はない」
「う、うむ」
固定しただけという割には、耀の手がライムのお腹を撫でている。
ライムは動物に変身していないから感度は低いが、くすぐったくて徐々に頬を赤らめていく。
そんな二人を見て苦笑いを浮かべるジンと飛鳥。
耀はライムを吸血鬼ではなく、動物として見ているのかもしれない。ライムが狼に変身したり蝙蝠の翼を生やしたりしたことによって。
一方、ガルドはむさ苦しいと言われてキレそうになったが、なんとか平静を装うっていた。
そんなガルドに飛鳥が鋭い視線を向けて、
「それでガルドさん………でいいのかしら?私達に話があるのならまず、ちゃんと氏名を名乗ってくださる?」
「おっと失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ〝六百六十六の獣〟の傘下である」
「烏合の衆の」
「コミュニティのリーダーをしている、ってマテやゴラァ!!誰が烏合の衆だ小僧オォ!!!」
ジンに横槍を入れられてガルドの顔は怒鳴り声と共に激変する。
口は耳元まで大きく裂け、肉食獣のような牙とギョロリと剥かれた瞳が激しい怒りと共にジンに向けられる。
「口慎めや小僧ォ………紳士で通っている俺にも聞き逃せねえ言葉はあるんだぜ………?」
「森の守護者だった頃の貴方なら相応に礼儀で返していたでしょうが、今の貴方はこの二一〇五三八〇外門付近を荒らす獣にしか見えません」
「ハッ、そういう貴様は過去の栄華に縋る亡霊と変わらんだろうがッ。自分のコミュニティがどういう状況に置かれてんのか理解出来てんのかい?」
「ハイ、ちょっとストップ」
険悪な二人を遮るように飛鳥が手を上げる。
「事情は良く分からないけど、貴方達二人の仲が悪いことは承知したわ。それを踏まえた上で質問したいのだけど―――」
飛鳥がジンを鋭く睨み、
「ねえ、ジン君。ガルドさんが指摘している、私達のコミュニティが置かれている状況………というものを説明していただける?」
「そ、それは」
ジンは言葉に詰まった。同時に自分が大きな失敗を犯してしまったことに気付く。それは黒ウサギと口裏を合わせて隠していたことだった。
飛鳥はその動揺を逃さず畳み掛ける。
「貴方は自分のことをコミュニティのリーダーと名乗ったわ。なら黒ウサギと同様に、新たな同士として呼び出した私達にコミュニティとはどういうものなのかを説明する義務があるはずよ。違うかしら?」
飛鳥の追及する声は静か、然れどナイフのような切れ味でジンを責める。
それを見ていたガルドは獣の顔を人に戻し、含みのある笑顔と上品ぶった声音で、
「レディ、貴女の言う通りだ。コミュニティの長として新たな同士に箱庭の世界のルールを教えるのは当然の義務。しかし彼はそれをしたがらないでしょう。よろしければ〝フォレス・ガロ〟のリーダーであるこの私が、コミュニティの重要性と小僧―――ではなく、ジン=ラッセル率いる〝ノーネーム〟のコミュニティを客観的に説明させていただきますが」
飛鳥は訝しげな顔で一度だけジンを見るが、彼は俯いて黙り込んだままだ。
「………そうね。お願いするわ」
「承りました。まず、コミュニティとは読んで字の如く複数名で作られる組織の総称です。受け取り方によって違うでしょう。人間はその大小で家族とも組織ともコミュニティを言い換えますし、幻獣は〝群れ〟とも言い換えられる」
「それぐらい分かるわ」
「はい、確認までに。そしてコミュニティは活動する上で箱庭に〝名〟と〝旗印〟を申告しなければなりません。特に旗印はコミュニティの縄張りを主張する大事な物。この店にも大きな旗が掲げられているでしょう?あれがそうです」
ガルドはカフェテラスの店頭に掲げられた、〝六本傷〟が描かれた旗を指差す。
「六本の傷が入ったあの旗印は、この店を経営するコミュニティの縄張りであることを示しています。もし自分のコミュニティを大きくしたいと望むのであれば、あの旗印のコミュニティに両者合意で『ギフトゲーム』を仕掛ければいいのです。私のコミュニティは実際にそうやって大きくしましたから」
自慢げに語るガルドはピチピチタキシードに刻まれた旗印を指差す。
彼の胸には虎の紋様をモチーフにした刺繍が施されている。
耀とライム、飛鳥が辺りを見回すと、広場周辺の商店や建造物には同様の紋が飾られていた。
「その紋様が縄張りを示すというのなら………この近辺はほぼ貴方達のコミュニティが支配していると考えていいのかしら?」
「ええ。残念なことにこの店のコミュニティは南区画に本拠がある為手出し出来ませんが。この二一〇五三八〇外門付近で活動可能な中流コミュニティは全て私の支配下です。残すは本拠が他区か上層にあるコミュニティと―――奪うに値しない名も無きコミュニティぐらいです」
クックッと嫌味を込めた笑いを浮かべるガルド。
ジンはやはり顔を背けたままローブを、グッと握り締めている。
「さて、ここからがレディ達のコミュニティの問題。実は貴女達の所属するコミュニティは―――数年前まで、この東区画最大手のコミュニティでした」
「あら、意外ね」
「とはいえリーダーは別人でしたけどね。ジン君とは比べようもない優秀な男だったそうですよ。ギフトゲームに於ける戦績で人類最高の記録を持っていた、東区画最強のコミュニティだったそうですから」
ガルドが一転してつまらなそうな口調で語る。現在この付近で最大手のコミュニティを保持している彼には心底どうでもいい話なのだろう。
「彼は東西南北に分かれたこの箱庭で、東の他に南北の主軸コミュニティとも親交が深かった。いやホント、私はジンの事は毛嫌いしてますがね。これはマジですげえんですよ。南区画の幻獣王格や北区画の悪鬼羅刹が認め、箱庭上層に食い込むコミュニティだったというのは嫉妬を通り越して尊敬してやってもいいぐらいには凄いのです。―――まあ先代は、ですが」
「……………」
「〝人間〟の立ち上げたコミュニティではまさに快挙ともいえる数々の栄華を築いたコミュニティはしかし!………彼らは敵に回してはいけないモノに目を付けられた。そして彼らはギフトゲームに参加させられ、たった一夜で滅ぼされた。『ギフトゲーム』が支配するこの箱庭の世界、最悪の天災によって」
「「「天災?」」」
飛鳥と耀、ライムは同時に聞き返した。それほど巨大な組織を滅ぼしたのが、ただの天災というのは余りにも不自然に思えた。
「これは比喩に非ず、ですよレディ達。彼らは箱庭で唯一最大にして最悪の天災―――俗に〝魔王〟と呼ばれる者達です」
☆
「―――なるほどね。大体理解したわ。つまり〝魔王〟というのはこの世界で特権階級を振り回す神様etc.を指し、ジン君のコミュニティは彼らの玩具として潰された。そういうこと?」
ガルドからコミュニティの説明を聞いていた飛鳥と耀、ライムはそれぞれに出されたティーカップを片手に話を反復する。
「そうですレディ。神仏というのは古来、生意気な人間が大好きですから。愛しすぎた挙げ句に使い物にならなくなることはよくあることなんですよ」
ガルドはカフェテラスの椅子の上で大きく手を広げて皮肉そうに笑う。
「名も、旗印も、主力陣の全てを失い、残ったのは膨大な居住区画の土地だけ。もしもこの時に新たなコミュニティを結成していたなら、前コミュニティは有終の美を飾っていたんでしょうがね。今や名誉も誇りも失墜した名も無きコミュニティの一つでしかありません」
「……………」
「そもそも考えてもみてくださいよ。名乗ることを禁じられたコミュニティに、一体どんな活動が出来ます?商売ですか?
「そうね………誰も加入したいとは思わないでしょう」
「そう。彼は出来もしない夢を掲げて過去の栄華に縋る恥知らずな亡霊でしかないのですよ」
ピチピチタキシードを破きそうな品の無い、豪快な笑顔でジンとコミュニティを笑う。
ジンは顔を真っ赤にして両手を膝の上で握り締めていた。
「もっと言えばですね。彼はコミュニティのリーダーとは名ばかりで殆んどリーダーとして活動はしていません。コミュニティの再建を掲げてはいますが、その実態は黒ウサギにコミュニティを支えてもらうだけの寄生虫」
「……………っ」
「私は本当に黒ウサギの彼女が不憫でなりません。ウサギと言えば〝箱庭の貴族〟と呼ばれるほど強力なギフトの数々を持ち、何処のコミュニティでも破格の待遇で愛でられるはず。コミュニティにとってウサギを所持しているというのはそれだけで大きな〝箔〟が付く。なのに彼女は毎日毎日糞ガキ共の為に身を粉にして走り回り、僅かな路銀で弱小コミュニティを遣り繰りしている」
「………そう。事情は分かったわ。それでガルドさんは、どうして私達にそんな話を丁寧に話してくれるのかしら?」
飛鳥は含みのある声で問うと、ガルドもそれを察して笑う。
「単刀直入に言います。もしよろしければ黒ウサギ共々、私のコミュニティに来ませんか?」
「な、何を言い出すんですガルド=ガスパー!?」
ジンは怒りの余りテーブルを叩いて抗議する。
しかしガルドは獰猛な瞳でジンを睨み返す。
「黙れ、ジン=ラッセル。そもそもテメェが名と旗印を改めていれば最低限の人材はコミュニティに残っていたはずだろうが。それを貴様の我が儘でコミュニティを追い込んでおきながら、どの顔で異世界から人材を呼び出した」
「そ………それは」
「何も知らない相手なら騙し通せるとでも思ったのか?その結果、黒ウサギと同じ苦労を背負わせるってんなら………此方も箱庭の住人として通さなきゃならねえ仁義があるぜ」
先程と同じ獣の瞳に似た鋭利な輝きに貫かれて、ジンは僅かに怯む。
しかしガルドの言葉以上に、飛鳥達に対する後ろめたさと申し訳なさがジンの胸の中で濁り出す。
それほどジンのコミュニティは崖っぷちなのだ。
「………で、どうですかレディ達。返事はすぐにとは言いません。コミュニティに属さずとも貴女達には箱庭で三十日間の自由が約束されています。一度、自分達を呼び出したコミュニティと私達〝フォレス・ガロ〟のコミュニティを視察し、十分に検討してから―――」
「結構よ。だってジン君のコミュニティで私は間に合っているもの」
は?とジンとガルドは飛鳥の顔を窺う。
彼女は何事も無かったようにティーカップの紅茶を飲み干すと、まず耀に笑顔で話しかけた。
「春日部さんは今の話をどう思う?」
「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだもの」
「あら意外。じゃあ私が友達一号に立候補していいかしら?私達って正反対だけど、意外に仲良くやっていけそうな気がするの」
飛鳥は自分の髪を触りながら耀に問う。口にしときながら気恥ずかしかったのだろう。
耀は無言で暫し考えた後、小さく笑って頷いた。
「………うん。飛鳥は私の知る女の子とちょっと違うから大丈夫かも」
『よかったなお嬢………お嬢に友達が出来てワシも涙が出るほど嬉しいわ』
ホロリと泣く三毛猫。
だが耀は飛鳥に頭を下げて、
「けどごめん飛鳥。友達一号は、ライムに決めてるの。だから飛鳥は友達二号」
「………!」
「あら、それは残念。ライムさんが羨ましいわ」
耀に優遇されるライムを羨望の眼差しで見つめる飛鳥。
しかしライムの表情は一瞬だけ嬉しそうに笑って、すぐに哀しげになる。
「………耀。我と友達になるのは、やめろ」
「え?」
「我と深く関わるな。我と一緒にいては、何れお主が不幸になる」
「ラ、ライム?」
耀はライムの顔を覗き込む。ライムの表情はどこか辛そうな感じがした。
耀にはどうしてライムがそんな顔をするのかは分からない。分からないけど、このまま彼女の言う通りにしては駄目だと直感し、
「嫌」
「………ぬ?」
「友達になってくれなきゃ、嫌」
「嫌と言われてもな」
突然子供のように駄々をこねる耀に、困った顔をするライム。
耀はムスッと剥れた顔をすると、ライムの頬を突っつきながら、
「………どうしたら友達になってくれるの?」
「いや、どうしたらと言われてもな。我と友達にならぬ方が良いと言っているのだが」
「私がライムと友達になりたいの!」
「ぬっ」
ライムが拒んでも、耀の気持ちは変わらない。
どうすれば耀が諦めてくれるのか、ライムは考えていると、
「―――ライムだって本当は、友達欲しいくせに」
「………ッ!?」
そんな耀の呟きが耳を掠めて、ドキリと心臓が跳ねた。本心を読まれたのかと内心で焦り出す。
耀はライムの僅かに見せた動揺を見逃さなかった。耀はライムをぎゅっと抱き締めて耳元で囁いた。
「大丈夫、私はライムを化け物扱いしない。絶対に裏切らないから」
「………っ!耀………けど我と友達になった者達の末路は、」
「ライム。此処は、貴女に酷い事をする世界じゃない」
ハッと俯きかけた顔を上げるライム。そうだ、此処は奴らがいる世界では、思い出の地ではない。
だが、それでも耀を友達にして問題ないだろうか。自分に関わった者達は皆―――
「私なら平気。平気だから、お願い………私の友達になってください!」
「―――ッ!」
まるでライムの心情を読み取ったかのような絶妙なタイミングで言ってくる耀。
ライムは振り向き耀の顔を見る。耀の瞳は真剣で嘘偽りがない。
やがてライムは観念したような表情をして、耀の頭にポンと手を乗せ、
「そこまで言うなら仕方がないな。我と友達になってくれ、耀。その代わり、後悔しても知らぬからな?」
「………!うん。勿論、覚悟の上だよ。改めてよろしく、ライム」
「うむ、我の方こそよろしくな、耀」
互いに嬉しそうに笑い合う耀とライム。
三毛猫も耀に二人目の友達が出来て歓喜する。
暫し二人は見つめ合っていると、
「―――コホン。二人だけで楽しくお話しないでくれる?」
「「………!」」
飛鳥の咳払いでハッと周囲を見回す二人。
不機嫌そうな飛鳥の顔と、唖然としたジンとガルドの顔が映った。
ライムと耀は照れ臭そうに頬を掻く。飛鳥達を余所に二人だけの世界に入っていたのが妙に恥ずかしかった。
飛鳥は、まあいいわ、と置いてきぼりにされたことは水に流し、
「私もライムさんの友達に立候補してもいいかしら?」
「飛鳥………とても嬉しいが、我と友達になるのはお勧め出来ぬぞ」
「あら、春日部さんは良くて私は駄目なの?そんなの依怙贔屓だわ!」
「は?いや、駄目と言ったわけでは」
「そう。駄目じゃないのなら友達になりましょう?ライムさん」
「ぬ………ふ、ふん!飛鳥が我とどうしても友達になりたいというのなら、なってやらんでもないぞ!その代わり耀にも言ったが、後悔しても知らぬからなっ!」
飛鳥にまんまとしてやられたライムは嬉しい気持ちを隠して、上から目線に返す。
ツンデレ口調に言うライムに飛鳥は、そう、と短く返して、
「そんな言い方をするなら、別に友達にならなくてもいいわ」
「え!?」
予想外の飛鳥の返しに、ライムは瞳を見開いて驚愕し固まる。自分から友達になりたいと言ってきたのに、態度一つで取り下げたからだ。
ライムは飛鳥の顔を窺うと、飛鳥はニヤリと笑って、
「というのは嘘よ」
「………え?」
「ふふ、嘘だからそんな悲しそうな顔をしないの」
「ぬ、悲しくなどあるものか………!」
強がるライムだが、飛鳥の言う通り取り下げられた時、凄く悲しい気持ちになっていた。
飛鳥は耀の友達ということもあって、仲間外れの気分になるのだ。
飛鳥はライムにスッと手を差し出してニコリと微笑む。
「ライムさん、私と友達になりましょう?」
ライムは差し出された飛鳥の手を取り微笑み返す。
「………うむ。よろしくな、飛鳥」
「ええ。よろしくねライムさん」
微笑み合うライムと飛鳥。内心で飛鳥は、自分の行為を恥ずかしく思っていた。しかしそれをライムに悟られぬように表情には出すまいとしている。
そんな二人を見て耀は嬉しい反面、複雑な気持ちになっていた。自分の時は中々友達になってくれなかったのに、飛鳥の時はアッサリ友達になったことを不服に思ったのだ。
なので鬱憤を晴らす為に耀はライムの頬を摘まみ、
「ぬあっ!?」
思いっきりつねった。
「な、なにをするのだ耀!」
「………別に。手が滑っただけ」
「ぬ?そ、そうか。ならば致し方無いな」
耀の言葉を信じて疑わないライム。彼女が〝馬鹿〟で助かる。
一方、ガルドは全く相手にされなかったことに顔を引き攣らせ、それでも取り繕うように大きく咳払いして問う。
「失礼ですが、理由を教えてもらっても?」
「だから、間に合ってるのよ。春日部さんは聞いての通り友達を作りに来ただけだから、ジン君でもガルドさんでもどちらでも構わない。そうよね?」
「うん」
「ライムさんは?」
「我か?我は本当はどちらのコミュニティにも入るつもりはなかったが、耀と飛鳥が友達になってくれたからのぅ。ジンとやらのコミュニティで良いぞ」
ライムは照れ臭そうに頬をほんのりと赤らめながら言う。
飛鳥は、そう、と嬉しそうな笑みを浮かべると、耀が不意に手を挙げて、
「ライムが入るなら私もジンのコミュニティにする。飛鳥も入るなら尚更同じがいい」
「あら。じゃあガルドさんのコミュニティは?」
「「興味ない」」
口を揃えて言うライムと耀。それに額に青筋を浮かべるガルドと、対照的に嬉しそうな表情を浮かべるジン。
飛鳥は楽しそうに笑ったのち、フッと真剣な顔をして、
「そして私、久遠飛鳥は―――裕福だった家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうる人生の全てを支払って、この箱庭に来たのよ。それを小さな小さな一地域を支配しているだけの組織の末端として迎え入れてやる、などと慇懃無礼に言われて魅力的に感じると思ったのかしら。だとしたら自身の身の丈を知った上で出直して欲しいものね、このエセ虎紳士」
ピシャリと言い切る。
ガルドは怒りで体を震わせていた。飛鳥の無礼極まりない物言いに対してどう言い返すべきか、自称紳士としての言葉を必死に選んでいるのだろう。
「お………お言葉ですがレデ」
「
ガチン!とガルドは不自然な形で、勢い良く口を閉じて黙り込んだ。
本人は混乱したように口を開閉させようと藻掻いているが、全く声が出ない。
「………!?……………!??」
「私の話はまだ終わってないわ。貴方からはまだまだ聞き出さなければいけないことがあるのだもの。貴方は
飛鳥の言葉に力が宿り、今度は椅子にヒビが入るほど勢い良く座り込むガルド。
ガルドは完全にパニックに陥っていた。どういう手段かは分からないが、手足の自由が完全に奪われて抵抗することさえ出来なくなっているのだ。
その様子に驚いた猫耳の店員が急いで飛鳥達に駆け寄る。
「お、お客さん!当店で揉め事は控えてくださ―――」
「丁度良いわ。猫の店員さんも第三者として聞いていって欲しいの。多分、面白い事が聞けるはずよ」
首を傾げる猫耳の店員を制して、飛鳥は言葉を続ける。
「貴方はこの地域のコミュニティに〝両者合意〟で勝負を挑み、そして勝利したと言っていたわ。だけど、私が聞いたギフトゲームの内容は少し違うの。コミュニティのゲームとは〝
「や、やむを得ない状況なら稀に。しかし、これはコミュニティの存続を賭けたかなりのレアケースです」
聞いていた猫耳の店員もジンに同意するように頷く。
「そうよね。訪れたばかりの私達でさえそれぐらい分かるもの。そのコミュニティ同士の戦いに強制力を持つからこそ〝主催者権限〟を持つ魔王として恐れられているはず。その特権を持たない貴方がどうして強制的にコミュニティを賭け合うような大勝負を続けることが出来たのかしら。
ガルドは悲鳴を上げそうな顔になるが、口は意に反して言葉を紡ぐ。
そして周りの人間もその異変に気付き始める。この女性、飛鳥の命令には………絶対に逆らえないのだと。
「き、強制させる方法は様々だ。一番簡単なのは、相手のコミュニティの女子供を攫って脅迫すること。これに動じない相手は後回しにして、徐々に他のコミュニティを取り込んだ後、ゲームに乗らざるを得ない状況に圧迫していった」
「まあ、そんなところでしょう。貴方のような小者らしい堅実な手です。けどそんな違法で吸収した組織が貴方の下で従順に働いてくれるのかしら?」
「各コミュニティから、数人ずつ子供を人質に取ってある」
ピクリと飛鳥の片眉が動く。言葉や表情には出さないものの、彼女を取り巻く雰囲気には嫌悪感が滲み出ていた。
コミュニティには無関心な耀とライムでさえ不快そうに瞳を細めている。
「………そう。ますます外道ね。それで、その子供達は何処に幽閉されて―――」
「幽閉ではなく、
え?とジンと猫耳の店員、耀、飛鳥は驚き一斉にライムを見た。何故彼女がそんなことを言うのか不思議でならない。
ガルドは一瞬ギョッとした顔でライムを見た。何故バレたのか理解出来ない。が、どうやら彼女の言葉には逆らえるらしく、彼は否定しようと口を開き、
「ライムさんがああ言ってるのだけど………殺めたって本当なの?」
飛鳥に質問された為、頷くことしか出来なかった。
それを見た飛鳥達の表情が凍りつき、思考を停止させる。ライムだけは無言でガルドを睨み付けている。
一方のガルドは再び言葉を紡ぎ始めた。
「初めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭にきて思わず殺した。それ以降は自重しようと思っていたが、父が恋しい母が愛しいと泣くのでやっぱりイライラして殺した。それ以降、連れてきたガキは全部纏めてその日のうちに始末することにした。けど身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は証拠が残らないように腹心の部下が食」
「
飛鳥が黙れと口にしようとした瞬間、小さな影がいきなり飛び出してきて―――ズドォオン!!とガルドの胸倉を掴みその場に勢い良く叩き付け地面に大きなクレーターを作った。
「ライム!?」
ライムの予想外の行為に耀が驚きの声を上げる。
ライムは怒りに任せて地面に押さえ付けたガルドに殴りかかろうとしたが、寸でで押し留まる。
耀達は初めてライムが激しく怒った光景を目にした。彼女がどういう経緯であれほどの怒りを露にしているのかは知らないが、彼女のデタラメな腕力を見て吸血鬼の真祖を名乗るだけのことはあると思った。
「……………」
どうにか怒りを抑えたライムは、地面に押さえ付けていたガルドから離れて踵を返す。彼を殺したところで亡くなった子供達が生き返ることはないので、大人しく引き下がることにしたのだ。
敵に背を向ける。その行為が命取りだとは知らずに。
「―――よくも………よくもやってくれたなこの小娘共がァァァァァァァァ!!」
飛鳥が別の事に気を取られたことで縛り付けていた力が消えたのか、体に自由が戻ったガルドは怒り狂って雄叫びを上げその体を激変させた。
巨躯を包むタキシードは膨張する後背筋で弾け飛び、体毛は変色して黒と黄色のストライプ模様が浮かび上がる。
彼のギフトは人狼などに近い系譜を持つ。通称、ワータイガーと呼ばれる混在種だった。
そしてガルドは丸太のように太い剛腕を振り上げて、無防備な背を見せているライムに襲いかかった。不意打ちなら吸血鬼の少女といえども勝てる、彼はそう思ったのだ。
その攻撃を回避すべくライムは〝霧化〟しようとしたが、その前に耀が腕を伸ばしてきて、
「ライムを苛めちゃ駄目」
ガルドの腕を掴み、更に耀は腕を回すようにして彼の巨躯を回転させて押さえ付けた。
「ギッ………!」
耀の細腕には似合わない力に目を剥くガルド。
それにライムは、ほう、と面白そうに耀を眺める。
耀に押さえ付けられたガルドは、顔を上げてライム達を睨み、
「テメェら、どういうつもりか知らねえが………俺の上に誰が居るか分かってんだろうなァ!?箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞ!!俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ!その意味が」
「
ガチン、とまた勢い良く黙る。飛鳥の言葉の力によるものだ。
飛鳥はジンに視線を向けて、
「ところでジン君。先程の証言で箱庭の法がこの外道を裁くことは出来るかしら?」
「難しいです。吸収したコミュニティから人質をとったり、身内の仲間を殺すのは勿論違法ですが………裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです」
それはある意味で裁きと言えなくもない。リーダーであるガルドがコミュニティを去れば、烏合の衆でしかない〝フォレス・ガロ〟が瓦解するのは目に見えている。
しかし飛鳥はそれでは満足出来なかった。彼女はガルドの下へ歩み寄り、
「さて、ガルドさん。私は貴方の上に誰が居ようと気にしません。それはきっとジン君も同じでしょう。だって彼の最終目標は、コミュニティを潰した〝打倒魔王〟だもの」
その言葉にジンは大きく息を呑む。内心、魔王の名が出た時は恐怖に負けそうになったが、自分達の目標を飛鳥に問われて我に返る。
「………はい。僕達の最終目標は、魔王を倒して僕らの誇りと仲間達を取り戻すこと。今更そんな脅しには屈しません」
「そういうこと。つまり貴方には破滅以外のどんな道も残されていないのよ」
「く………くそ……!」
どういう理屈かは不明だが、耀に組み伏せられたガルドは身動き出来ず地に伏せている。
飛鳥は機嫌を少し取り戻し、足先でガルドの顎を持ち上げると悪戯っぽい笑顔で話を切り出す。
「だけどね。私は貴方のコミュニティが瓦解する程度の事では満足出来ないの。貴方のような外道はズタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ。―――そこで皆に提案なのだけれど」
飛鳥の言葉に頷いていたジンや店員達は、顔を見合わせて首を傾げる。
飛鳥は足先を離し、今度は女性らしい細長い綺麗な指先でガルドの顎を掴み、
「私達と『ギフトゲーム』をしましょう。貴方の〝フォレス・ガロ〟存続と〝ノーネーム〟の誇りと魂を賭けて、ね」