問題児たちと最後の吸血鬼が異世界から来るそうですよ? 作:問題児愛
「―――あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス」
「いいからさっさと進めろ」
半ば本気の涙を浮かばせながらも、黒ウサギは話を聞いてもらえる状況を作ることに成功した。
ライムが太陽の光に弱い為、木陰に移動しており、其処で四人は座って黒ウサギの話を『聞くだけ聞こう』という程度には耳を傾けている。
「………ぐすっ。我は吸血鬼の真祖だというのに、何故このような仕打ちを受けねばいかぬのだ」
………いや。約一名、吸血鬼の真祖ライムだけは黒ウサギと同じ………ではなく本気の涙を瞳に浮かばせて愚痴っていた。
そんな憐れなライムの頭を『なでなで』して耀が慰め中なのだ。
ライムが子供で耀がお母さんみたいなまるで親子のような光景に、十六夜と飛鳥がニヤニヤと眺める。
黒ウサギも苦笑いを浮かべつつ気を取り直して咳払いをし、両手を広げて、
「それではいいですか、御四人様。定例文で言いますよ?言いますよ?さあ、言います!ようこそ〝箱庭の世界〟へ!我々は御四人様にギフトを与えられた者達だけが参加出来る『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼンさせていただこうかと召喚いたしました!」
「ギフトゲーム?」
「そうです!既に気づいていらっしゃるでしょうが、御四人様は皆、普通の人間ではございません!」
「そもそも我は人間ではなく吸血鬼の真」
「はいはい、分かってますから説明中に割り込まないでください」
「ぬ………」
黒ウサギに話を遮られて不服そうに顔を歪めるライム。
黒ウサギは取り敢えず彼女を無視して説明を続けた。
「その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその〝恩恵〟を用いて競い合う為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大な力を持つギフト保持者がオモシロオカシク生活出来る為に造られたステージなのでございますよ!」
両手を広げて箱庭をアピールする黒ウサギ。
飛鳥は質問する為に挙手をして、
「まず初歩的な質問からしていい?貴女の言う〝我々〟とは貴女を含めた誰かなの?」
「YES!異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活するにあたって、数多とある〝コミュニティ〟に必ず属していただきます♪」
「嫌だね」
「集団行動は好かぬ」
「属していただきます!そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの〝
「………〝主催者〟って誰?」
「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試す為の試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示する為に独自開催するグループもございます。
特徴として、前者は自由参加が多いですが〝主催者〟が修羅神仏なだけあって凶悪かつ難解なものが多く、命の危険もあるでしょう。しかし、見返りは大きいです。〝主催者〟次第ですが、新たな〝
後者は参加の為にチップを用意する必要があります。参加者が敗退すればそれらは全て〝主催者〟のコミュニティに寄贈されるシステムです」
「後者は結構俗物ね………チップには何を?」
「それも様々ですね。金品・土地・利権・名誉・人間………そしてギフトを賭け合うことも可能です。新たな才能を他人から奪えばより高度なギフトゲームに挑む事も可能でしょう。ただし、ギフトを賭けた戦いに負ければ当然―――ご自身の才能も失われるのであしからず」
愛嬌たっぷりの笑顔に黒い影を見せる黒ウサギ。
挑発とも取れるその笑顔に、同じく挑発的な声音で飛鳥が問う。
「そう。なら最後にもう一つだけ質問させてもらっていいかしら?」
「どうぞどうぞ♪」
「ゲームそのものはどうやったら始められるの?」
「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければOK!商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているのでよかったら参加していってくださいな」
黒ウサギの発言に飛鳥は片眉をピクリと上げる。
「………つまり『ギフトゲーム』とはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」
お?と驚く黒ウサギ。
「ふふん?中々鋭いですね。しかしそれは八割正解の二割間違いです。我々の世界でも強盗や窃盗は禁止ですし、金品による物々交換も存在します。ギフトを用いた犯罪などもってのほか!そんな不逞な輩は悉く処罰します―――が、しかし!『ギフトゲーム』の本質は全く逆!一方の勝者だけが全てを手にするシステムです。店頭に置かれている商品も、店側が提示したゲームをクリアすればタダで手にする事も可能だということですね」
「そう。中々野蛮ね」
「ごもっとも。しかし〝主催者〟は全て自己責任でゲームを開催しております。つまり奪われるのが嫌な腰抜けは初めからゲームに参加しなければいいだけの話でございます」
黒ウサギは一通りの説明を終えたのか、一枚の封書を取り出した。
「さて。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界に於ける全ての質問に答える義務がございます。が、それら全てを語るには少々お時間がかかるでしょう。新たな同士候補である皆さんを何時までも野外に出しておくのは忍びない」
「全くだ。吸血鬼の真祖たる我を野外に出しておくのは鬼」
「黙らっしゃい!………ここから先は我らのコミュニティでお話させていただきたいのですが………よろしいです?」
ライムの横槍に怒りながらも最後の言葉を言い終える黒ウサギ。
ぞんざいに扱われて、ぬう、と唸るライム。
そんな彼女は無視して十六夜が挙手し、
「待てよ。まだ俺が質問してないだろ」
静聴していた十六夜が威圧的な声を上げて立つ。
ずっと刻まれていた軽薄な笑顔が無くなっていることに気づいた黒ウサギは、構えるように聞き返した。
「………どういった質問です?ルールですか?ゲームそのものですか?」
「そんなのはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ、黒ウサギ。ここでオマエに向かってルールを問いただしたところで何かが変わるわけじゃねえんだ。世界のルールを変えようとするのは革命家の仕事であって、プレイヤーの仕事じゃねえ。俺が聞きたいのは………たった一つ、手紙に書いてあったことだけだ」
そう言うと十六夜は視線を黒ウサギから外し、ライム・耀・飛鳥の順に見回し、巨大な天幕によって覆われた都市に向ける。
彼は何もかもを見下すような視線で一言、
「この世界は………面白いか?」
「―――――」
ライム達三人も無言で返事を待つ。
彼らを呼んだ手紙には『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』と書かれていた。
ライムの場合は、既に家族も友人もいなく、財産は底を突いている状態だが、思い出の地を捨てて来ているのだ。
それに見合うだけの催し物があるのかどうかこそ、四人にとって重要な事だった。
「―――YES。『ギフトゲーム』は人を超えた者達だけが参加出来る神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」
☆
―――場所は箱庭二一〇五三八〇外門。ペリベッド通り・噴水広場前。
箱庭の外壁と内側を繋ぐ階段の前で戯れる子供達がいた。
「ジン~ジン~ジン!黒ウサの姉ちゃんまだ箱庭に戻って来ねえの~」
「もう二時間近く待ちぼうけでわたし疲れたー」
口々に不満を吐き出す友人達に、ジンと呼ばれたダボダボのローブに跳ねた髪の毛が特徴的な少年は苦笑しながら、
「………そうだね。みんなは先に帰っていいよ。僕は新しい仲間を此処で待っているから」
取り巻きの子供達に帰るよう指示を出す。
「じゃあ先に帰るぞ~。ジンもリーダーで大変だけど頑張ってな~」
「もう、帰っていいなら早く言ってよ!わたしの足なんてもう棒みたいよ!」
「おなか減ったー。ご飯先に食べていい?」
「うん。僕らの帰りが遅くなっても夜更かししたら駄目だよ」
ワイワイと騒ぎながら帰路につく少年少女と別れる。
ジンは石造りの階段に座り込むと、暇を持て余したのか、外門を通る人々をぼんやりと眺めていた。
「(箱庭の外に作られた国が最近活発になってきたって聞いたけど、ペリベッド通りは〝世界の果て〟と向かい合っているから閑散としているなあ………)」
箱庭の世界に於ける〝国〟の定義とは、超巨大コミュニティの俗称である。
明確な〝世界の果て〟が存在する箱庭の世界だが、その表面積は恒星に匹敵するとまで云われている。
それだけ膨大な資源と豊かな土地が野晒しにされていて開拓しない手はない。
才ある者は人を集めて国を作り、逆に能ない者は天幕に覆われた箱庭都市から離れて暮らしを始める者も多い。
龍種、鬼種、幻獣、精霊などの国は箱庭外にも大規模の都市を設けている。
ギフトを失った人間は箱庭から一歩離れた国で力を付け、再度箱庭で『ギフトゲーム』に参戦するのだ。
「(もしも外界から来た人達が使えない人達だったら………僕らも箱庭を捨てて外に移住するしかないのかな)」
ジンは新たな同士に期待を込めて想いを馳せる。
力の無いコミュニティはゲームホストになって主催をすることも出来なければ、ゲームに参加してクリアすることも出来ないからだ。
集団を維持出来ない程の衰退。それは即ち、コミュニティの消滅を意味する。
ジンのコミュニティは現在、とある事情で黒ウサギを除きジンよりも幼い者達ばかりだ。
そんな彼らが生まれ育った土地を手放し、宛ての無い旅をするのは何としても避けたい。
「ジン坊っちゃーン!新しい方を連れて来ましたよー!」
ジンは、ハッと顔を上げると、外門前の街道から黒ウサギと女性三人が歩いて来た。
「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性三人が?」
「はいな、此方の御四人様が―――」
クルリ、と振り返った黒ウサギは、カチン、と固まって、
「………え、あれ?もう一人いませんでしたっけ?ちょっと目付きが悪くて、かなり口が悪くて、全身から〝俺問題児!〟ってオーラを放っている殿方が」
「ああ、十六夜君のこと?彼なら〝ちょっと世界の果てを見てくるぜ!〟と言って駆け出して行ったわ。あっちの方に」
そう言って飛鳥は上空4000メートルから見た断崖絶壁を指差す。
街道の真ん中で呆然となった黒ウサギは、ウサ耳を逆立てて問いただす。
「な、なんで止めてくれなかったんですか!」
「〝止めてくれるなよ〟と言われたもの」
「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」
「〝黒ウサギには言うなよ〟と言われたから」
「嘘です、絶対嘘です!実は面倒臭かっただけでしょう御二人さん!」
「「うん」」
ガクリ、と前のめりに倒れる黒ウサギ。新たな人材に胸を躍らせていた数時間前の自分が妬ましい。
まさかこんな問題児ばかり掴まされるなんて嫌がらせにも程がある。
そんな彼女にライムは口を開き、
「十六夜とやらに〝お前も来るか?〟と誘われたが、無論断ったぞ。太陽の光もそうだが、我を抱えて連れて行くつもりだったからな。どさくさに紛れてセクハラされかねんしのぅ」
「断るだけではなくて止めてくださいお馬鹿様!」
「いや、それは吸血鬼の真祖たる我でも無理な話だ。そんな真似をしようものなら、問答無用で我は彼に拉致られていただろうからな」
「え?」
ライムの発言に驚く黒ウサギ。彼女はたしかに〝馬鹿〟ではあるが、吸血鬼の真祖を名乗るからには強大な力を持っているはずだ。
なのにその真祖の彼女が、十六夜という人間に〝勝てない〟と言った。これは一体どういう意味なのか。
一方、二人の会話を聞いていたジンがぎょっと目を剥いてライムを見つめ、
「え!?貴女は吸血鬼なんですか!?それに真祖って」
「如何にも。我こそは吸血鬼の真祖!崇め奉るがよいぞ少年!わっははははは!」
「は、はぁ………」
胸を張って高らかに笑うライムを、ジンは間の抜けた返事をする。
「―――じゃなくて!吸血鬼なのに太陽の光を浴びてて平気なんですか!?」
「平気なわけあるか!死にはせぬが今もしんどくて早く日陰に逃げ込みたいのだっ!」
ジンの質問にライムは逆ギレ気味に返す。
ジンはまたライムの発言に驚愕した。〝箱庭の騎士〟の
だが目の前の吸血鬼の少女は〝太陽の光〟を受けても死なないという。
外界の吸血鬼だから?それとも真祖とかいうのだから?
どちらにせよ、幼いジンの頭では理解することは出来ないだろう。
黒ウサギの方に目を向けたジンは、あっ、と重要なことを思い出して顔を青ざめ、
「く、黒ウサギ!〝世界の果て〟にはギフトゲームの為野放しにされている幻獣が」
「幻獣?」
「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に〝世界の果て〟付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」
「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」
「ゲーム参加前にゲームオーバー?………斬新?」
「冗談を言っている場合じゃありません!」
ジンは必死に事の重大さを訴えるが、飛鳥と耀は叱られても肩を竦めるだけである。
そんな三人にライムが首を振り、
「あの彼ならば心配いらぬだろ。何せ吸血鬼の真祖たる我に気付かれる事なく背後を取ったのだからな」
「………いえ。黒ウサギが潜んでいたのに気付けなかった貴女が言っても説得力がないわよ?」
「………ぬ」
「ごめん、ライム。私も久遠さんの意見に賛成。ライムが言っても信憑性に欠ける」
「ぬぐっ!?」
飛鳥だけでなく耀にまで言われて押し黙るライム。
一方の黒ウサギは溜め息を吐きつつ立ち上がった。
「はあ………ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、御三人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「わかった。黒ウサギはどうする?」
「問題児を捕まえに参ります。事のついでに―――〝箱庭の貴族〟と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」
驚きから一転、怒りのオーラを全身から噴出させ黒ウサギは艶のある青い髪を淡い緋色に染めていく。
外門めがけて空中高く跳び上がった黒ウサギは外門の脇にあった彫像を次々と駆け上がり、外門の柱に水平に張り付くと、
「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能ございませ!」
黒ウサギは淡い緋色の髪を戦慄かせ踏み締めた門柱に亀裂を入れる。
全力で跳躍した黒ウサギは弾丸のように飛び去り、あっという間にライム達四人の視界から消え去っていった。
巻き上がる風から髪の毛を庇うように押さえていた飛鳥が呟く。
「………箱庭の兎は随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」
「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが………」
そう、と空返事をした飛鳥は心配そうにしているジンに向き直り、
「黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。………早く日陰に行きたい吸血鬼さんもいることだしね。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」
「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします」
「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」
「春日部耀。此方の子は」
「ライムだ。先程も言ったが我はただの吸血鬼では」
「はい、わかってます。吸血鬼の真祖、でしたよね?」
「う、うむ。そうであるぞ」
途中でジンに話を遮られて眉を顰めるライム。
そんな彼女を見た飛鳥と耀はニヤニヤと笑い、『扱い方が良く分かってる』とジンを称賛した。
「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」
飛鳥はジンの手を取ると、胸を躍らせるような笑顔で箱庭の外門を潜るのだった。