問題児たちと最後の吸血鬼が異世界から来るそうですよ?   作:問題児愛

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中々先に進まない(´・ω・`)


十八話 仲直りと戦利品

 ―――同日。〝ノーネーム〟・居住区画、本拠。黒ウサギの自室。

 そこには、決闘のチップにされている黒ウサギとライム、そしてそれに賛同していた耀がいた。彼女達の表情は芳しくない。

 それもそのはず、三日前から反対派の飛鳥とジンは自室に籠ってしまい、口すら聞いてくれないでいるのだ。陰鬱になるのも仕方がないことである。

 十六夜に至っては、三日前に〝ちょっくら箱庭で遊んでくる〟と言い残したまま一度も帰ってこない。彼のことだから責任を放棄して失踪したわけではないとは思うが、一体どこで何をしているのやら。

 

「「「……………」」」

 

 集まったはいいが、飛鳥とジンの二人とどうやって仲直りすればいいか分からず迷っていた。

 と、不意にコンコンと控えめなノックが響く。次いで、子供の声が聞こえた。

 

「黒ウサギのお姉ちゃん、お話があります。ここを開けてください!」

 

「………!その声はリリですか!?はいな、ちょっとお待ちを」

 

 黒ウサギはウサ耳をピンと立てて立ち上がると、急ぎ足でドアに向かい、開けた。そこには年長組の子達がいた。その中で狐耳の子は、大事そうに布袋を持っていた。

 その布袋から何やら甘い香りがする。嗅覚の鋭い耀とライムが即座にそれを感じ取った。

 

「あれ?リリだけでなく年長組の皆さんもいましたか。どういったご用件です?」

 

「はい。まずはこれを受け取ってください………!」

 

 リリと呼ばれた狐耳の幼い少女は、黒ウサギに布袋を手渡す。黒ウサギはそれを受け取って、首を傾げた。

 

「………これは?」

 

「お菓子だよ、黒ウサのねーちゃん」

 

「みんなで作ったんだよ」

 

「頑張って作ったから………っ、残したら許さないんだからね………っ」

 

「!?」

 

 リリ以外の子達が布袋に入っているものの説明をする。約一名、泣きそうな声で。

 黒ウサギが驚いていると、彼女の背後から耀とライムが顔を覗かせた。

 

「美味しそうな香り。これ、みんなで作ったんだ」

 

「お主達は凄いのぅ………我なぞ料理すらしたことないというのにな」

 

「「え?」」

 

 とんでもないことを知った耀と黒ウサギが、まじまじとライムの顔を見る。ぬ?とライムは小首を傾げて、

 

「………なんだ?」

 

「「なんでもない」」

 

「………?」

 

 耀と黒ウサギは思った。過去はどうかは知らないけれど、血すら口にしなかった時期は、一体どうやって生き延びたというのか。その辺の草でも食べていたのだろうか?

 リリ達もキョトンと固まっていたが、ハッと目的を思い出して黒ウサギ達三人にリリが泣きそうな表情で告げた。

 

「お願いですから、飛鳥様とジン君と仲直りしてください!お二人は、ここ三日間お料理を全然食べてくれないんです!このままではお二人は―――っ!!」

 

「「「なっ!?」」」

 

 リリ達が飛鳥やジンの部屋に料理を持っていくのを見たり、部屋の前に置いてあったりしていたのを見かけたりしたが、まさか全く口にしていないとは思いもしなかった。

 こうしちゃいられない。黒ウサギ達のせいでかけがえのない友人達が餓死するなんて、絶対にあってはならない。

 けれど、行ってどうする?また中にすら入れてもらえずに終わるのではないか?空腹を利用してお菓子の匂いで部屋を開けさせるのは、最低の行為だし、なによりそんな目的のためにリリ達がお菓子を作ってくれたわけではないはずなのだ。

 黒ウサギ達が迷っていると、リリが助言した。

 

「大丈夫です!本当の気持ちを伝えれば、きっとお二人にも届きます………!」

 

「本当の、気持ち?」

 

「はい!ですから、諦めないで頑張ってください!私達にはこれくらいのことしかできないけど………仲直りできることを心から祈ってます―――ッ!!」

 

「「「「「頑張ってください―――!!!」」」」」

 

 リリを筆頭に他の年長組の子達が声を揃えて黒ウサギ達にエールを送る。黒ウサギ達は顔を見合わせて頷く。彼らにもらった絶好のチャンスを無駄にするわけにはいかない。

 と、年長組の一人が思い出したように言った。

 

「そういえばさっき、ジンが部屋を出て行ってたよ。もしかしたら飛鳥お姉ちゃんのところに行ったかも」

 

 それはつまり、飛鳥の部屋に行けばジンにも会えるということを意味していた。どちらが先かを決める必要はなくなったようだ。

 情報をくれた子にお礼を告げた三人は、リリ達が作ってくれたお菓子の入った布袋を持って飛鳥の部屋へと急いだ。

 

 

 飛鳥の部屋の前に着いた三人のうち、代表して耀がドアを控えめにノックする。しかし中の人からの返答はない。

 すると黒ウサギがドアに手を置いて口を開いた。

 

「飛鳥さん、ジン坊っちゃん!ここを開けなくても構いません。ですが、黒ウサギ達の話を聞いて欲しいのです!」

 

『『……………』』

 

 返事はない。が、黒ウサギは構わず続けた。

 

「………御二人の気持ちも考えずにすみませんでした!ですが、黒ウサギはレティシア様を取り戻したかったのです!それが仮令、この身を差し出すことになっても」

 

『『……………ッ』』

 

 ウサ耳に、飛鳥とジンの息遣いがドア越しに聞こえる。恐らく今の台詞で怒ってしまったのだろう。

 黒ウサギはそれを感じつつ、続けた。

 

「黒ウサギはレティシア様のためなら、とあの時言いましたが、本当は………本当は嫌だったんです!もし、もし負けてしまったら、レティシア様を救えなくなるどころか、飛鳥さんやジン坊っちゃん、このコミュニティの皆さんとお別れになってしまうのですから………っ!」

 

『『………!!』』

 

「ルイオスさんに言われた時だってそうです!本能のままに献身的な行動に、自己犠牲に走ろうとしましたが、心の奥底では、本当は〝ペルセウス〟なんかに行きたくなんてない………っ!!〝ノーネーム〟に残りたい………っ!!そう思っていたのですから―――ッ!!!」

 

『『―――――!!』』

 

 ウサ耳が、ドア越しに驚愕している二人の息遣いを捉えた。黒ウサギの本当の気持ちが、二人にちゃんと届いた証だった。

 

「―――黒ウサギの本音は以上です。この気持ちは嘘でも偽ってもません。どうかそれだけは分かっていただければ幸いでございます」

 

『『……………っ』』

 

 黒ウサギがそう締め括ると、飛鳥の泣いているような声が聞こえた。彼女は嬉しいのだ。本当はお別れなんてしたくないという想いが黒ウサギにあったことが。

 泣きはしないものの、ジンもまた嬉しがっているに違いない。リリの助言通りにしたら、二人の閉ざしていた心を叩き開こうとしている。

 黒ウサギが下がると、次にライムが瞳を閉じると、飛鳥とジンの脳内に直接語りかけた。念話(テレパシー)というもので。

 

『我も、黒ウサギと同じだ。同類は救いたい。だが、このコミュニティとお別れするのは御免だ。せっかく巡り会えた、かけがえのない友達がここにはいるのだからな』

 

『(………っ、ライムさん!)』

 

『それに、春日部耀という愛おしい我がつ―――こほん!恋人がおるのだ!別れるなど考えたくもない………っ!!』

 

『『(え?恋人!?)』』

 

 ライムの衝撃の発言に、飛鳥とジンが驚愕の声を上げ―――バンッ!

 

「ライムさん!春日部さんが恋人ってどういうことなの!?」

「ライムさん!耀さんが恋人とはどういうことですか!?」

 

 ―――と勢いよくドアが開き、二人が部屋から出てきてはライムに詰め寄り問いただした。突然のことにライムは一瞬固まったが、

 

「う、うむ。言葉通りの意味だぞお主達」

 

「「!?」」

 

 言葉通りの意味。それはつまり、ライムは耀とお付き合いしているということだ。女の子同士だというのに。

 飛鳥達二人は次に耀に詰め寄り、確認を取った。

 

「春日部さん!ライムさんが恋人って本当なの!?」

「耀さん!ライムさんとお付き合いしてるというのは本当なんですか!?」

 

「うん。ライムは私の主で恋人だよ」

 

「「なっ!?」」

 

 さらっと言ってのける耀に、二人は驚愕する。いや、頬を赤らめているから恥じらってはいるのだろう。

 耀はライムを後ろから抱き締めると、頬擦りを始めてラブラブなところを見せつける。ライムも、最初はいきなりだったので驚いたが、すぐに頬を朱に染めて耀の頭を撫でた。

 そんな二人を唖然と見つめる飛鳥とジン。黒ウサギは、どこからともなくハリセンを取り出し―――スパパァーン!

 

「うぎゃっ!?」

 

「このお馬鹿様方!!今はイチャついていい状況ではないのですよ!?」

 

 叱る黒ウサギを、耀はギロッと睨み付けると、痛そうに頭を抱えるライムの頭を優しく撫でながら、

 

「私のライムを苛めないで。次やったら、ウサ耳引き千切るから」

 

「なにさらっと恐ろしいことを言ってんですかこの人は!?黒ウサギはただこの場でイチャつく貴女方に制裁を加えただけでございますよ!」

 

「言い訳は見苦しい。やっぱり今すぐにウサ耳引き千切ろう」

 

「言い訳ではありません!!―――って、フギャア!?黒ウサギの素敵耳をそんな強く引っ張らな」

 

「問答無用」

 

「フギャアアアアアアアアアア―――――ッ!!?」

 

 耀の容赦ないウサ耳引き千切りの刑に、激痛のあまり絶叫を上げる黒ウサギ。それを慌ててライムが止めようとして、

 

「春日部さんッ!ライムさんッ!」

 

「「!?」」

 

 飛鳥の怒鳴り声に、ハッとして動きを止める耀とライム。黒ウサギは痛むウサ耳を擦りながら、半ば本気の涙を浮かべた瞳で飛鳥を見る。

 流石に巫山戯すぎたと反省する耀とライム。しかしその事に飛鳥は怒っておらず、駆け寄って二人を抱き締めた。

 

「「………え?」」

 

「二人が付き合い始めた件は分かったわ。けれど、それなら尚更、十六夜君の提案は断るべきだったじゃない!」

 

「「―――!?」」

 

「どうして断らなかったの!?互いに愛し合っているのなら、離れ離れになる可能性のある条件を飲むべきではないわ!」

 

「「……………っ、」」

 

 飛鳥の言うことは尤もだ。耀とライムは愛し合っている。これは事実であり、チップの提案者である十六夜も知っている。

 なら、どうして断らないのか。ライムはレティシアよりも、耀の方が大事ではなかったのか。耀は何故ライムを止めなかったのか。

 飛鳥の疑問に、まずライムが答えた。

 

「我は耀を愛している。だからこそ、コミュニティのために同類を奪還したいのだ。ここで耀だけを選択しては、耀に嫌われてしまうだろう?」

 

「……………っ!」

 

「私もライムを愛している。だからこそ、ライムの想いを尊重して受け止め、私は私でライムのために、コミュニティのために尽力することを選んだ」

 

 ライムは十六夜に言われた、自分が口にした約束………勿論それもあるけれど、一番は耀を想っているからこそ、彼女に嫌われたくないという自分勝手で我が儘な理由だった。

 耀は十六夜に言われた、ライムのメイド化計画………勿論それもあるけれど、一番はライムを想っているからこそ、彼女の想いを無下にしたくない、そんな優しい思いやりが理由だった。

 お互いに愛し合っているからこそ、彼女達はそんな選択に走れるのだ。

 飛鳥は、二人の気持ちを知って、だからこそ、これを伝えた。

 

「春日部さんとライムさんの気持ちは理解したわ。でも、互いに愛し合っているのなら、ぶつかり合ったっていいじゃない!本当はどう思っているのか、それをぶつけ合ってもいいじゃない………っ!!」

 

「「―――――ッ!!」」

 

 ハッと気がつく。お互いに愛し合っているからこそ、傷つけ合う行為を避ける選択をした。けれど、飛鳥の言う通り、本当の気持ちを言い合うのだって悪いことじゃないではないか。

 見つめ合う耀とライムに、飛鳥が察したのか離れて様子を見守る。すると、耀が瞳に涙を浮かべて言った。

 

「―――ライム!私は、本当は………!チップになることを選んだ貴女に、怒ってるんだよっ!!本当は、大反対なんだから………っ!!!」

 

「耀………っ!?済まぬ、本当に済まぬ耀………っ!我も本当は、チップにされたくなどなかったっ!!耀に、負担をかけたくなかったのだ………っ!!!」

 

 本音を心の奥底から叫ぶ耀に続くように、ライムも本音を泣きながら叫ぶ。そして抱き締め合い号泣する二人。

 その様子を、飛鳥は涙を浮かべながら優しげな表情で見守る。同時に、親友二人も、自分と同じで本当は反対だったことを知れて嬉しく思った。

 黒ウサギとジンは、さながら喧嘩した子供を仲直りさせる母親のような光景を見て、これが親友か、と温かく見守るのだった。

 

 

 それから、仲直りを果たした五人は、飛鳥の部屋に集まってリリ達が作ってくれたお菓子を美味しく食べ始めた。

 

ほい(美味)()()()()()()はひ()()()()()()()へひ()()()()()()()()()()()()()()ひはは()()()()()!」

 

ふぁひ(はい)はへ()()()ふふ()()()()()()()()()()ほひ(美味)()()()()………!」

 

「お二人さん?食べるか喋るかどっちかにするのですよ?」

 

 凄い勢いでお菓子をつまむ飛鳥とジンに苦笑する黒ウサギ達三人。まあ、三日間も碌に食べ物を口にしてないのだから、仕方がないことだが。

 耀はお菓子をつまみながら、ふと思い出したように呟く。

 

「………そういえば三日前にルイオスとかいう男が言っていたけれど、黒ウサギのいう〝月の兎〟ってあの逸話の?」

 

「YES。箱庭の世界のウサギ達は総じて同一の起源を持ちます。それが〝月の兎〟でございます」

 

 ―――〝月の兎〟。傷ついた老人を救うため、炎の中に飛び込んで自らを食べるように捧げた、仏話の一つ。仏門における自殺は本来、大罪の一つにあげられるが、その兎の行為は自己犠牲の上に成り立つ慈悲の行為として認められ、帝釈天に召され〝月の兎〟と成る。

 箱庭の兎はその〝月の兎〟から派生した末裔なのだ。

 

「我々〝月の兎〟は箱庭の中枢から力を引き出しているため、力を行使した際に髪やウサ耳が影響を受けて色が変わるのですよ。個体差がありますけれどね」

 

「そうなんだ。三日前に見せたアレがまさしくそれなんだね」

 

 三日前?とライムは小首を傾げた。まあ、彼女はその時、石にされていたから知らないのは無理もないが。

 

「はいな。一部のウサギは創始者の眷属の名の下に、インドラの武具の使用権限がございます。そんじょそこらの相手には負けませんとも!」

 

 えっへん、と胸を張ってウサ耳を伸ばす。

 

「けどギフトゲームの出場制限がある、と」

 

「………はいな」

 

 一転して萎れるウサ耳。喜怒哀楽が激しいウサ耳だと、耀とライムは感心した。

 

「けど驚いた。〝月の兎〟と言えば万葉集にも載ってるぐらい有名だもの。私の世界じゃちょっとした有名人だよ」

 

「そ、そうですか」

 

「うん。………ライムは〝月の兎〟の逸話を知ってる?」

 

「ぬ?我か?………黒ウサギには済まぬが知らぬな。我が生前の頃、母に教わったのはギリシャ神話についてだからな」

 

 ライムの言葉に、え?と黒ウサギとお菓子を食べる手を止めたジンが驚きの反応を見せた。

 

「ライムさんってギリシャ神話にお詳しいのですか!?」

 

「う、うむ。詳しいというほどではないがな。我を寝かしつけるためにと、よく母にギリシャ神話の物語を聞かされたのだ」

 

「………!!で、ではペルセウスは知っていますか?」

 

「無論だ。有名なペルセウスの話は、やはりゴーゴン退治だな。英雄ペルセウスがギリシャの神々からヘルメスの靴やハルパー、ハデスの兜、アテナの盾を授かり、蛇髪の怪物ゴーゴンを退治したという話だったっけか」

 

 生前に母親から聞いたペルセウスの物語を話すライム。何の話かさっぱりな耀と飛鳥は首を傾げる。

 黒ウサギとジンは思わず顔を見合わせて驚き合った。まさかあの〝お馬鹿〟なライムが、ギリシャ神話を知っているとは思わなかったのだ。

 

「………ゴーゴン退治がどうかしたのか?」

 

「あ、はい。実は力のあるコミュニティは自分達の伝説を誇示するために、伝説を再現したギフトゲームを用意することがあります。彼らは特定の条件を満たしたプレイヤーにのみ、そのギフトゲームへの挑戦を許すのです。自らの持つ伝説と―――旗印を賭けて」

 

「ほう?伝説を再現した、か。例えば」

 

「旗印………!そうだわ、それなら黒ウサギとライムさんのチップの件を断ってもゲームに挑めるじゃない!」

 

 飛鳥に遮られてムッとするライム。そんな彼女に黒ウサギは苦笑したのち、

 

「はい。ですが、伝説に挑むのですから相応の資格が問われます。提示された二つのギフトゲームを乗り越え、その証しを示さねばなりません。いずれも厳しい試練です。クリアにどれだけの年月がかかるか………残念ではございますが、黒ウサギ達にそれだけの時間は―――」

 

「邪魔するぞ」

 

 その時、ドガァン!と十六夜がドアを蹴り破った。その際に外れたドアノブが宙を舞い―――ゴッ!

 

「うぎゃっ!?」

 

 ライムの後頭部にクリティカルヒットした。

 

「ライム!?」

 

 頭を抱えた涙目のライムを優しく介抱する耀。飛鳥もライムを心配そうに見つめたが、すぐに自分の部屋のドアを蹴り破って侵入してきた十六夜を睨み付けた。

 

「あら十六夜君、なに勝手に入ってきてるのかしら?貴方には私の部屋に入っていい権利を与えてないわよ?それにしても一体今までどこに行ってたの?てっきり逃げてしまったのかと思ったのだけれど?」

 

 皮肉たっぷりで言う飛鳥。されど彼女の瞳には明確な怒りが刻まれていた。十六夜は悪びれることもなく肩を竦ませた。

 

「だってお嬢様の部屋に他の奴らもいるし」

 

「それもそうね。けれどそれが私の部屋に侵入してきていい理由にはならないわよ?」

 

「まあ、そうだな。けど、お嬢様がきっと喜ぶ素敵な戦利品を手に入れてきたなら、どうだ?」

 

「あら、素敵な戦利品?それは何かしらね―――って、え?」

 

 不意に飛鳥が固まる。素敵な贈り物ではなく、〝戦利品〟と十六夜が言ったことに驚いたのだ。

 ヤハハと笑いながら、脇に抱えていた大風呂敷を部屋の床に置く。それに驚いた表情で飛鳥達五人が群がる。その中身を覗き見て、瞳を丸くした。

 

「―――――………これ、どうしたの?」

 

「だから戦利品だって言ってるだろ」

 

「もしかして………貴方、一人でこれを取りに行っていたの?」

 

「ああ。時間ギリギリまで集めてた」

 

「まさか………あの短時間で、本当に?」

 

「ああ。ま、ゲームそのものよりも時間との戦いが問題だったけどな。間に合ってよかった」

 

 耀・飛鳥・黒ウサギの順に訊き、十六夜が答える。ジンも驚愕していると、約一名―――ライムだけは何故かソワソワして、

 

「の、のぅ、十六夜」

 

「ん?」

 

「黒ウサギが、力のあるコミュニティは自分達の伝説を誇示するために、伝説を再現したギフトゲームを用意することがある―――と言っていたのだが、お主はその戦利品を得るために〝ペルセウス〟の伝説に挑んだのだろう?」

 

「ああ、そうだが?」

 

「で、では一体どんな敵と戦ったのかそこのところを詳しく()()()に教えて!」

 

「あん?」

 

 鼻息荒く十六夜に迫るライム。彼女の紅い瞳も爛々と輝いていた。そして口調が興奮のあまり生前の頃に戻っている。

 十六夜はその変化に即座に気づき、ずいっと顔を近づけてくるライムを、からかってやることにした。

 

「いいぜ。教えてやるよ」

 

「本当!?」

 

「ああ。その代わり―――お前の胸の〝生揉み券〟をくれ」

 

「ふえ―――っ!?」

 

 ライムはライムらしからぬ声を上げる。ふえ?と黒ウサギ達がキョトンとライムを見つめた。

 そんな十六夜達を無視して、真剣に考え込む。憧れのギリシャ神話の伝説が聞けると思うと、耀には申し訳ないけれど首を縦に振りそうだ。

 それを察したのか、耀が慌ててライムを回収して背後から抱き締め、

 

「そんな券は私が許さないよ十六夜」

 

「へ?耀()()()?」

 

「ヤハハ、冗談だ。ちょっとからかっただけだよ―――って、は?」

 

「「「耀ちゃん?」」」

 

 またライムらしからぬ発言をするライムに、十六夜達四人は瞳を丸くした。ライムが、ん?と小首を傾げていると、耀が彼女に耳元で囁き教えた。

 

「………ライム、口調変わってる」

 

「―――――っ!!?」

 

 耀の指摘に、ハッと気がついたライムは、んんっ!と唸って口調を戻した。

 

「助かったぞ耀。これでさっきのが本来の我の口調であることは隠せた」

 

「ライム、今自分で暴露しちゃってるよ?」

 

「ぬ?―――あっ!?」

 

 ライムは咄嗟に口を塞ぐがもう時既に遅し。十六夜と飛鳥が、それはいいことを聞いた、と言わんばかりのニヤニヤ顔でライムを見つめた。

 

「へえ?さっきのが真祖ロリの本来の口調、ねえ?」

 

「ふふふ、随分可愛らしいのね、ライムさんって」

 

「………っ!!」

 

 ライムは、このネタで弄られるのだろうと確信して、ガクリと項垂れた。耀は、ドンマイとライムの頭をポンと軽く叩いた。

 それに黒ウサギとジンが苦笑いを浮かべた。密かに黒ウサギは仕返しのネタが手に入って喜んでいるけれど。

 ライムは急に開き直って、フンと鼻を鳴らして、

 

「ああ、そうだよ!さっきの口調こそが本来の我だ!だがこの喋り方は耀と二人きりの時に決めておるのだッ!だから」

 

「そっか。じゃあ俺が戦った相手の話をするのはやめるか」

 

「嘘です冗談だからそんな意地悪なことを言わないで教えてください十六夜様………っ!!」

 

 完全に十六夜に弄ばれているライムに、黒ウサギとジンは苦笑し、飛鳥は笑いを噛み殺した。耀だけは剥れた顔をしていたが。

 それにしても、ライムがギリシャ神話に興味津々なのは意外だった。彼女が興味を持つのは〝箱庭の騎士〟の方だとばかり思っていたのだから。

 ヤハハと笑う十六夜は、そろそろ話してあげてもいいだろうと思い、簡潔に言った。

 

「俺が戦ったのは大タコとババアの二体だ」

 

「「「………?」」」

 

 十六夜が何を言ってるのかさっぱりな飛鳥達三人は顔を見合わせて首を傾げる。黒ウサギは白夜叉から話を聞いたことがあったので予想はついた。ライムもそれだけで理解できたらしく、ポンと手を叩いて答えた。

 

「大タコというのはもしかして、生け贄にされかけたアンドロメダ王女を救出する時に英雄ペルセウスが戦ったクラーケンのことかな?そしてババアというのは………英雄ペルセウスがゴーゴンの居場所を聞くために会ったグライアイっていう体が三つで目は一つしかない三姉妹の魔女のことかな?」

 

「「「え?」」」

 

「ああ、正解だ。よく知ってるじゃねえか真祖ロリ」

 

「「「え?合ってる!?」」」

 

 まさかたったアレだけで正解を言い当てるとは驚愕ものである。流石の十六夜も驚いた。〝お馬鹿〟なライムにしてはやけに詳しいではないかと。

 ライムはハッと思い返して、黒ウサギに訊いた。

 

()()()()()()!もしかして三日前に交渉した〝ペルセウス〟のあの男の人って―――!」

 

「く、黒ウサちゃん?………はい。ルイオスさんは〝ペルセウス〟の名を継ぐ子孫でございます」

 

「そ、そうなんだ!なら決闘前にサインでも」

 

「もらわない方がいいよライム。あんな奴のサインなんて」

 

 ライムの言葉を遮って耀が忠告した。

 

「え?」

 

「そうね。あの外道からサインなんかもらうべきではないわ」

 

「外………道?」

 

「ああ。あいつは英雄でもなんでもねえ、〝ペルセウス〟の名を汚すただのボンボンの下種坊っちゃんだな」

 

「………っ!?」

 

 外道。下種。それはつまり、件のガルドのような悪い奴ということだ。ギリシャ神話に憧れを抱くライムの幻想は、跡形もなく打ち砕かれてしまった。

 ライムはあの時、石になっていたから黒ウサギ達とルイオスの交渉を聞いていなかった。だから彼の下種な部分を知らずにいたのだ。

 本当は彼女の夢を壊さずに黙っておくべきかと思ったが、いずれバレるし騙すのはよくない。故にルイオスの性格を隠さずに話した。

 ライムはショックから一転して、怒気の孕んだ表情を作り、

 

「―――許さ()()が憧憬なるギリシャ神話を汚す外道は、絶対に八つ裂きにしてやる………ッ!!」

 

 などと宣言した。物騒極まりないが、意気消沈するよりもましだと黒ウサギ達は思った。

 十六夜は、よし、と頷いてライム達の顔を見回し、

 

「俺がコレを取りに行ったのは、謝罪と仕返しの意味を込めてだ」

 

「「「「!?」」」」

 

「俺としてはあのままでも―――と思っていたが、よくよく考えてみたらあの提案は下種坊っちゃんが喜ぶ内容になるわけだから、非常に不愉快になった。それに、お前らには荷が重すぎてプレッシャーに押し潰されかねない。それじゃあ勝率に響くしよろしくない」

 

 前者の理由は、確かに、と納得できる。あの外道の喜ぶ姿とか、考えたくもない。後者のは、遠回しに飛鳥達のことを気遣っているのだと気づいた。言い方はあれだけど。

 

「んで、訊くまでもないかもしれないが………作戦を変更しないで行くか、作戦を変更してリスクなしの決闘にするか。どっちにする?」

 

「「「「「勿論、後者でお願いします」」」」」

 

 満場一致で後者の作戦に決定した。ヤハハと満足げに笑う十六夜。

 が、謝罪の意味は理解したが、もう一つの仕返しとはどういう意味だろうか?

 

「あの、十六夜さん」

 

「ん?」

 

「この戦利品が〝ペルセウス〟への仕返しになるというのはどういう意味です?」

 

「ああ、それな。三日前、俺達は交渉で惨敗しただろ?そのあとに俺の提案したチップの件………あれがなかったことになったって知ったら―――あの下種坊っちゃんは一体どんな顔をするんだろうな?」

 

「「「「「―――!!」」」」」

 

 ニヤリと悪どい笑みを浮かべる十六夜に、黒ウサギ達はハッと彼の意図を汲み取った。

 要するに、ルイオスは一週間後のチップを手にしたも同然でいるわけだ。それを〝やっぱその件なし。こっちでよろしく〟と旗印を賭けさせる状態になるのだ。これを仕返しと言わずしてなんというのか。

 外道を以て、外道を制す。十六夜はルイオスを持ち上げるだけ持ち上げて、奈落の底へと叩き落としてやったのだ。

 

「………なんて酷いことを考えてたのよ十六夜君!―――最高じゃない!」

 

「「え?」」

 

「うん。外道を狩るには、同じ外道となって狩るのもとてもいいかも」

 

「「は?」」

 

「うむ。見直したぞ十六夜!相手が外道故に通じる最高の手だ!」

 

「「ちょっ!?」」

 

「まあな。もっと褒めてくれてもいいぜ」

 

 ヤハハハハハ!と高らかに笑う十六夜を、褒め称える飛鳥達三人。相手が外道じゃなかったら最低極まりないけれど。

 まあ、ルイオスや彼の部下達には散々やられたから、これはその報復ということでいいんじゃないかと黒ウサギとジンは割り切るのだった。




ライムはギリシャ神話の知識はあるようです。

リリ達に後押しされて仲直りへ。
ライムと耀が付き合っていることを飛鳥とジンも知る。
そして仲直り。
十六夜帰還。戦利品獲得でもう一つの方法で決闘へ。


念話。テレパシー。
真祖の異能で、相手の脳内に直接想いを伝えたり、逆に受け取ったりすることができる能力。基本は眷属の者に対して行うもの。別途で使用する場合は、万能ではないため霊格が劣るものに限る。

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